その日、斉凛(
ja6571)は鞄の中に手作りのお菓子を忍ばせていた。
可愛くラッピングしたカラフルなマカロンやジンジャーマンクッキー、それにバナナオレや水筒に入れた温かいジンジャーミルクティー。
休み時間にでも取り出せば、きっと会話も弾むだろう。それにもし、自分と同じ様に友達を作るのが苦手な子がいたら、このお菓子で皆と仲良くなれるかもしれないし……
(あら?)
ふと見ると、校門の前に小さな人だかりが出来ている。
待ち合わせにしては少し様子がおかしい。
「あの、どうかなさいましたか……?」
凛は意を決して、その集団に声をかけてみた。
(……ん?)
校門を通り過ぎようとした白崎 柚樹葉(
jb1644)は、そこに出来た小さな人垣を見てふと足を止めた。
一瞬カツアゲでもしているのかと思ったが……違う様だ。
(なんか、面白い事になってるしー)
自分も一枚噛んでみようか。
「よ、どうしたー?」
柚樹葉は気さくな調子で声を掛け、輪の中へ入って行った。
そして、鈴屋 灰次(
jb1258)は……困っていた。
「おい、どうした?」
小さな相手の目線に合わせてしゃがみ込み、精一杯の笑顔と優しい声で話しかけても、目の前の子はちっとも泣き止んでくれない。
本当は泣いている子供を放っておけず、思わず声を掛けてしまう様な優しいお兄さんなのだが……若い女の子には魅力的に映るであろうその容姿も、小学校低学年の児童にはちょっと怖いのかもしれない。
だが、そこに救いの神ならぬ道化が現れた。
「もし、そこなお坊ちゃん」
オウムが喋る様な甲高い声色に、少年は思わず顔を上げる。
白塗りの肌に派手な化粧を施した顔が、ニコニコと笑っていた。
「そんな顔してどうしたんでさァ?」
声の調子を元に戻した道化、Ninox scutulata(
jb1949)は、相手の表情を伺いながら訊ねる。
「ははァ、モーくんってぇご友人が浚われてしまったと。そいつぁ悪い奴も居たモンで御座いますねェ」
泣いてる人を笑顔にするのが道化の務め。
何処からか聞こえて来たお馴染みのメロディに乗せて、道化はにっこり笑うと指をパチンと鳴らし、掌をくるりと返した。
と、そこに現れたのは小さな赤い花と、可愛くラッピングされたお菓子がひとつ。それは、先程こっそり凛から渡された物だった。
「ホラ、コイツをお受け取りなすって、もう悲しそうな顔はお止めになって下せぇ。コッチまで泣きたくなって来ちまいまさァ」
道化は小さな手にそれを握らせると、その頬に伝う涙を指先で拭き取って朝の光にかざして見せた。
「それに涙ってぇのは宝石みたいに綺麗なモンで御座いまして。そいつをぽろぽろ落っことすってェのは、随分勿体無い話だとは思いませんかねェ?」
再び指を鳴らすと、涙は宝石の様にキラキラ光るキャンディに変わっていた。
少年は目を丸くしている。
「なァに、道化にとっちゃ、手品ってぇのは刺身のツマみたいなモンでございまして」
そう言って、彼は他の仲間に場所を譲った。
メロディを奏でていた凛が入れ替わりに進み出て、持っていたバナナオレを手渡す。
「お腹がすいてたら元気も出ませんわ。これを飲んで元気にモーくんを探しましょう」
それを両手で包む様に持ち、少年はこくんと頷いた。
気が付けば、少年を取り囲む生徒の数は7人になっていた。
「……まぁ、大事なお守りを取られてしまったんですの?」
礼野 静(
ja0418)はノートを取り出して、校門を起点にした学校の見取り図を書いてみる。
「こういう悪戯されるのって、多分初等部の方の可能性が高いと思うんですけど……」
さて、自分が隠すとしたらどの辺りを選ぶだろう?
「……校内全域でしょうけど、一般に禁止されている所には行かないでしょうし、自分の所属しているクラスやクラブ以外の部室って入り難く感じませんか?」
そう感じるのは自分だけだろうか。
「そうですねー、普通はそうだと思いますよー」
アクア・J・アルビス(
jb1455)が頷いた。
よかった、ズレてない。
「でしたら……初等部が使う施設の方が、可能性は高いと思いますわ」
しかし、そうは言っても学校は広い。手分けして探した方が良さそうだ。
「まろんさん、……もしよろしかったら、わたくしもモーくんを探すお手伝いをさせていただけませんでしょうか?」
静の言葉に、まろんはぴょこんと頭を下げた。甘い物をお腹に入れて、少し落ち着いた様だ。
「よし、まずはその悪戯っ子達の趣味趣向をリサーチやな!」
足を肩幅に開いてしゃきっと立った笹本 遥夏(
jb2056)が、両手を腰に当てて胸を張る。
「うちはヒーローやからな! こんな時には熱い友情パワーで事件を解決するのがヒーローなんや!」
任せておけと、サムズアップ。暑苦しいくらいのドヤ顔が眩しかった。
「友情、か」
灰次がぽつりと言った。もし彼等に悪気がないなら、掛け違えているボタンを直せば良い。それでスッキリするだろうし、折角出会ったのなら、仲良くできた方が良いに決まっている。
「なあ、まろんちゃん。モーくんが無事に帰って来たら、その子達を許してやれるか?」
その問いに、暫く迷った後……まろんはこくんと頷いた。
「よーし、良い子だ」
灰次が栗色頭をくしゃくしゃに掻き混ぜると、まろんは小さな笑い声を立てた。どうやら怖いおにーさんのイメージは無事に払拭された様だ。
「……いや、待てよ」
どうせなら、それを逆手に取ってやろうか。
悪戯小僧相手には、悪いおにーちゃん役に徹するのも悪くない。
「じゃあ、今回も張り切っていこーですー」
作戦を打ち合わせた仲間達は、アクアの元気な掛け声と共に学園内のあちこちへ散って行った。
それを見送り、まろんと同行する事になった凛と柚樹葉、そして道化がのんびりと歩き出す。静だけは少し離れて、彼等の後ろを歩いていた。
「……一緒では、見えない所ってあると思いますし……学校、広いですし」
静はそう言って他人のふりをしてみる。
もしかしたら、モー君を隠した人達が何処かからまろんを見ているのではないか……そう考えての行動だった。
視野を広く保っておけば、それらしい姿を見付けられる可能性も高くなるだろう。
とは言え、その思いつきにそれほどの自信がある訳ではなかった。
(妹達には、甘いとよく言われていますものね……)
前を行く4人は、歌を口ずさみながら楽しげに歩いていた。
学園の施設や買い食いのお薦めスポットを回り、その度に足を止めては凛が色々と解説する。
その真面目な解説に加え、道化がさも真実であるかの様に嘘八百を並べ立てた。
どこぞの風呂では時々人魚が泳いでいるだの、音楽室の楽器が夜中になると勝手にコンサートを開くだの、すぐにホラとわかる様な話ばかりだが、身振り手振りを交えた熱演が面白いのか、まろんは楽しそうに笑っていた。
だが、それでも……新しい場所に案内される度に彼の目はモーくんを探し、ないとわかると肩を落とすのだった。
「まあまあ、そう落ち込まないで」
凛イチオシの展望スポットである校舎の屋上へ上がった時、見かねた柚樹葉が笑いかけた。
「モーくんは、絶対、マロンクンの元に帰ってきてくれるじゃん。だから、安心して、な?」
俯いたまろんの顔を、下から覗き込んでみる。
「っと、そういえば、モーくんがいないと、上手く喋られないんだったけ?」
こくん。
「じゃあ、頷くだけでいいよ。それだけでも、十分、マロンクンの意志は伝わるし。な?」
こくん。
「せっかく広い所に出たんだし……マロンクンさえ良かったら、ヒリュウを召喚してみる?」
頷いたまろんの目の前で、柚樹葉は高速召喚術を使ってみせた。あっという間に現れたヒリュウに、まろんは目を輝かせている。
「まあ、俺もまだまだ、ひよっこだけど一緒に頑張ろうじゃん♪」
スキルを身に付けていなかった後輩に、手取り足取り教える先輩。同じバハムートテイマーとして、二人は暫し盛り上がる。
その姿を、先程からチラチラと伺う影がある事に、静は気付いていた。
物陰から見え隠れするその特徴が例の三人組と一致する事を確認し、こっそりと携帯電話を取り出す。
犯人発見のメールが一斉に送信された。
その頃、遥夏は悪戯三人組に関するリサーチを終えていた。
彼等の学業成績は鳴かず飛ばず。撃退士になったのも適性があったからというだけで、特に目的はないらしい。当然、任務の方でも余り活躍はしていない様だった。
ただし、悪戯の方ではかなりの有名人。
「なるほど、目立てるんは悪戯してる時だけなんやな……けど、そない悪どい事はせぇへん、と」
その時、携帯に着信の知らせが入った。
現場に急行した柚樹葉はアクアと合流し、三人組を待ち伏せる。
やがて……
「やっほー、こんにちはなんですー♪」
いきなり声をかけられて、隠密行動をしていたつもりの三人は驚いて飛び上がった。
だが、自然体で気軽に近付いたつもりのアクアは意に介さず、お近付きの印にと笑顔で煎餅を取り出した。
「ではでは、挨拶がてらお煎餅どーぞですー」
怪しい白衣のおねーさんに勧められ、何となく断る事も出来ずに受け取ってしまう三人はやっぱり子供。
そして彼等は、知らない人から物を貰ってはいけないという教訓を身に染みて体感するのだった。
「っ何だこれっ!?」
「っからーっ!!」
それはロシアンお煎餅という数枚に一枚は激辛なお煎餅。ただし今回は一気に確率アップで二枚に一枚の当選率だった。
「これぞ、ロシアンおせんべー♪」
お子様にはさぞ辛かろうと、アクアはにんまりと微笑む。言っておくが、これはお仕置きではない。彼等はただ、クジ運が悪かっただけなのだ……多分。
ヒーヒー言いながら涙目で抗議する彼等に、アクアは平然と言い放つ。
「あー、親しくない人に悪戯はやっぱりダメですかー、ごめんですー」
さりげなく、彼等の行為と重ねてみる。
しかし相手はプリプリ怒るばかりで、一向に気付いた様子はなかった。
ならば、作戦変更。
「ハイもしもしヒーローテレフォン!!」
変な人その2、遥夏がいきなり叫んだ。どうやら電話がかかって来たらしい。
「何ィ?! まろん君のモーくんが行方不明?! 場所は?! ……不明?! ……」
通話を切ると、遥夏は深刻そうな表情で三人を振り返った。
「聞いての通りや。あんたら、何や知らんか?」
「べ、別に……」
答えるワルガキどもの目が泳いでいる。
「でしたら、手伝ってほしいのですー」
「そうや、頼むわ! 見付けたら、あんたらもヒーローの仲間入りや!」
「……は? ヒーロー?」
胡散臭い。
「アホらしー、何で俺らが……」
「ヒーローやからな!」
暑苦しいドヤ顔で迫る遥夏の勢いに、彼等は逆らえなかった。
そして気が付けば、いつの間にやら子分にされていた。
「ほな、行くで!」
「行きましょうですー」
調子を合わせたアクアもノリが良い。
その後ろから「どうしてこうなった」という顔で、子分が渋々付いて行く。
恐るべし、ヒーローパワー。
「ここにもありませんですねー」
三人の反応を伺いつつ、アクアは既に仲間が捜索を終えた場所ばかりを探し回っていた。
やがて痺れを切らした一人がぽつりと呟く。
「……んなトコじゃねーよ」
「何処か心当たりがあるのですかー?」
「体育館……多分。そこ、まだ探してねーし」
それを聞いて、遥夏はこっそりとメールを打つ。
モーくん、発見。
それは体育館の壇上、演台の上に置かれていた。
しかし、そこには先客の姿が……
「何すんだよ、ドロボー!」
明らかにほっとした様子で手を伸ばそうとした子供達の目の前で、それはひょいと取り上げられた。
「俺が今拾ったから、俺のでしょ」
その泥棒、灰次はいかにも悪そうな顔で舌を出す。
「ひとからモノ取り上げようとするなんて酷いだろーが。謝れよ」
「取ったのはそっちだろ!」
「取ってない、拾っただけだって」
「ヘリクツゆーな!」
「じゃあ、これがお前らのだって証拠は?」
ある筈がない。だって……
「俺らのじゃ、ねーし」
「だったら俺のモノだな」
灰次は勝ち誇った様に言い、ぬいぐるみを小脇に抱えて立ち去ろうとした。
が、その時……
「ダメだよ、それ返すんだから!」
「ちょっと困らせてやろうと思っただけだし!」
「友達のなんだ、お願い返して!」
三人が口々に叫んだ。
その言葉に、悪いおにーちゃんは口元を綻ばせる。
「だったら、ちゃんと自分達で返してやるんだな」
壇上から身軽に飛び降りると、灰次は三人の手にぬいぐるみを押しつけた。
どうやら、大事な物を取り上げられるしんどさは身に染みた様だ。この様子ならちゃんと自分から謝る事が出来るだろう。
「こんな所にあったんや、よう見付けたなー」
「ありがとうなのですー、見付かって良かったのですー」
素知らぬふりで駆けつけた二人がその仕事ぶりを褒めちぎると、子分達は居心地が悪そうにモゾモゾ蠢く。
「さて、返しに行こか」
「せっかくですから、一緒にいこーなんですー」
そう言われて、やっぱり渋々付いていく三人だった。
そして、集合場所となった食堂の片隅。
「ほら、言った通りじゃん♪」
神妙な顔でモーくんを抱えた三人組の姿を見て、柚樹葉がまろんの肩を軽く叩く。
「でもな、きっと、いじめっ子クン達も、悪気があってしてたわけじゃないみたいだし。許してあげてな?」
まろんはこくんと頷き、小さな声で言った。
「……かえし、て」
その言葉に、ワルガキはそっぽを向いたまま「落とし物……」と言いかけて、思い直した様に首を振り、ぬいぐるみを突っ返した。
「ごめん。返す」
言い方と態度に難はあるが、まあ上出来だろう。
「ありがとう!」
モーくんを受け取ったまろんは、別人かと思う程の大声で言った。
「みんなも、ありがとう!」
頭を下げると「モォ〜」という間の抜けた鳴き声が漏れた。
「あの子達は、ただ、マロンクンとお友達になりたかっただけじゃん」
「そうなの?」
「そ、お友達になりたかったんだよ? マロンクンのね?」
柚樹葉の言葉に「別にっ」という声がしたが、気にしない。
「一緒にお茶をしたらもう友達ですわ」
凛がふんわりと微笑んで、三人に椅子を勧めた。
テーブルに並んだ美味しそうな菓子。その誘惑に子供が勝てる筈もない。
かくして、仲直りのお茶会が半ば強制的に開かれる事となった。
子供達の楽しそうな様子を見て、道化はそっとその場を離れる。
(皆様方、またお会いする事を楽しみにしておりますよゥ)
皆が笑顔になれば、道化はお役目御免だ。
「……どうけさん?」
まろんが気付いた時には、その姿は一輪の小さな花に変わっていた。
そしてもう一人。陰の立役者灰次は、仲間からの連絡で目論見の成功を知った。
お茶会に誘われたが、自分はあくまで憎まれ役。このまま姿を消した方が良い。
さて、今日は何処をねぐらにしようか――