「お魚が空に…っ! 凄い凄ーいっ☆」
「うわぁ…水中トンネルみたいだねぇ」
ユウ・ターナー(
jb5471)とアッシュ・スードニム(
jb3145)は、空を見上げて歓声を上げた。
「空飛ぶ魚ってリアルで見ると凄くシュールだね。漫画とかだとたまにあるとはいえ(汗)」
猫野・宮子(
ja0024)も、思わず見入る。
「空飛ぶ魚群だと? ……どうやらディアボロのようだが、奇妙なものを作る……」
フィソス・テギア(
jb6308)が半ば呆れた様に呟く傍らで、エイネ アクライア(
jb6014)は涎を垂らさんばかりの表情でそれを見つめていた。
「美味しそうなのに食べられないとは、どんな拷問でござる……」
ぎゅるる、腹が鳴る。
「ああ、こないだの依頼を思い出すのでござるよぅ」
皆さん、先日参加した依頼で豚型ディアボロをこんがり焼いたのは、この人……いや、この悪魔です。勿論、食べなかったけどね!
そして、いくら美味しそうでも綺麗でも涼しげに見えても、奴等は敵なのだ。
「敵は抹殺しなければ…な」
光纏した言羽黒葉(
jb2251)が、周囲に展開した無数のウィンドウに手をかざし、自在に動かしながら言った。
まるでその画面に敵のデータが映し出されているかの様に、黒葉はウィンドウのひとつひとつを確認しながら、手元のキーボードに指を走らせる。
その様子は、まるで腕利きのハッカーの様だ。
「…って、敵、なんだよね…あまりの光景に、ユウ、忘れちゃうトコだったよ☆」
ぺろっと舌を出して、ユウは頭を切り換える。
「とりあえずはまだ公園内に居る人達を避難させないと…! あとあと、これから公園内に入ってくる人達を止めないと…!」
でも、どっちを先に?
それに、公園には沢山の出入口がある。何処から先に手を付ければ良いんだろう。
「ひとまずは手分けして誘導に当たりましょう」
音羽 千速(
ja9066)が言った。
「雑魚でも人にとってはどうかわかんないんだし…」
ましてや大型の魚は。
そう呟いた千速の眼前に、小魚の群れを掻き分けて猛スピードで接近する巨大な影。
咄嗟に身を翻した千速のすぐ脇を、巨大な鮫が突き抜けて行った。
回避が遅れていたら、今頃は上半身が消えてなくなっていたかもしれない。
「えらくサメに縁のあるこった。…出来りゃホンモノだけにして欲しいがな」
呟く島津・陸刀(
ja0031)の脇で、泳ぎ去る鮫の後ろ姿を目で追う千速は、小さく溜息をついた。
「同じ公園での天魔退治でも、まだ先輩の鳩退治の方が良いよなー、生命の危機無かったんだから」
だが、今はボヤいている暇はない。
「急ぎましょう」
撃退士達は、それぞれの持ち場へと素早く散って行った。
「気を取り直してさっさと殲滅でござるよ!」
闇の翼で空中に舞い上がったエイネは、歩法:磁滑で速度を上げて、魚群の中を縦横無尽に飛び回る。
「拙者、囮となって魚達の目を引き付けるでござる!」
魚達の注意を引く為に、目の前で宙返りをしてみたり、弱った獲物の様にヒクヒクと痙攣してみたり。
地上では千速が精一杯の大声で避難を呼びかける間に、ユウとアッシュは何カ所もある公園の出入口を次々に閉鎖していった。
黄色と黒に塗り分けられたビニールテープと「天魔退治中、立ち入り禁止」の貼り紙。
その表示を見ても尚、公園に入ろうとする者はまずいないだろう。
人の流入を止めたら、次は公園内に残っている人々の安全を確保しなければ。
「さぁ避難誘導だ、急げ急げー!」
\危ないぞー!/
近くの商店から提供されたメガホンを使って、アッシュは思い切り声を張り上げる。
「こっちから園外に出れるよー、落ち着いて進んでねー」
あと、跨いでも下を潜っても良いけれど、そのテープは切らないでねー。
ついでにひとつ、お願いがあるんだけど。
「公園に入らないよう呼びかけながら逃げてね、後は任せろー!」
そう言いつつ、アッシュは敵の動きにも気を配る。
囮となったエイネに、全部の魚達が釣られてくれれば良いのだが。
一方、ユウは少しでも多くの人に届く様にと、悪魔の囁きを使いながら避難を呼びかけていた。
広範囲を飛び回り、園内に残った人達を探す。
と、眼下に渦を巻いている魚の群れが見えた。その中心には、身を寄せ合っている人々の姿が――
「あそこ、魚に囲まれてる人がいるよっ!」
仲間達に連絡を入れると、それに応えてアッシュがすっ飛んで来た。
「任せろって言ったからには、しっかり守るよー」
スレイプニルのアディと共に、魚群を蹴散らして壁になる。
「むぅ、ただ逃げ回るだけでは囮の効果は薄いでござるか!」
それを見たエイネは刀で自分の手に傷を付けた。
「血の匂いで誘き寄せるのでござるよ!」
滴る血を空中に振りまくと、巨大な鮫が真っ先に反応した。
それに呼応する様に、逃げ遅れた人々を狙っていた小魚達も一斉にエイネに向かって行く。
今のうちに、皆を逃がすのだ。
「動ける人は走ってー、……なに、腰が抜けた?」
しょうがないなぁ、もう。
元気な人達が自力で逃げた事を確認すると、アッシュは尻餅をついている樽の様に太ったおじさんを抱えてアディの背に乗った。
自分で抱えて飛ぶには重いし暑苦しいし、汗で滑ってすっぽ抜けそうだし。
「ちょっとダイエットした方が良いと思うよー」
一方のユウは杖をついた老人を軽々と抱え上げて出口に運ぶと、文字通り現場に飛んで帰った。
眼下で若い母親がベビーカーを押しながら走っている。
速く逃げなければと気が急くのか、段差や地面の起伏で激しく揺れて、赤ん坊が泣き喚くのもお構いなしだ。
「ベビーカーはユウに任せるんだよっ!」
言うが早いか、ベビーカーはふわりと宙に浮いた。
その浮遊感が心地良いのか、赤ん坊はぴたりと泣き止む。それどころか、笑い声さえ立て始めた。
「お母さんも早く、こっちなんだよっ!」
暫し呆然と見上げていた母親は、その言葉で我に返ると、指し示された出口に向かって走った。
「もう大丈夫だよ。でも今、公園の中は危ないから入っちゃだめって、ママ友さん達にも伝えておいてねっ☆」
囮が魚達を引き付けている間に、フィソスは高くて丈夫そうな木の間に大きな網を仕掛ける。
まるで定置網の様に大きく広げ、ただし下は人一人が屈んで通れる程度の隙間を開けて。
と、上空から何やら声が――
「その手前にもぉーっ、何枚か連続で仕掛けて欲しいでござるぅーーー!」
上空で逃げ回っているエイネだ。
「そこで勢いを殺してぇーっ、破られる前にぃーっ!」
どうやらプランはあるが、自分で実行に移す余裕はないらしい。
「……わかった」
丁度、自分でも何枚か仕掛けようと考えていた所だと、陸刀が了解の合図を送る。
五枚も張っておけば足りるだろうか。
「阻霊符はどうしますか? ……使えた方が良いんだけど」
避難誘導を終えて手伝いに来た千速が問うが、最後の方は独り言に近い。
その疑問には、フィソスが答えた。
「今はまだ、使う時ではない」
今回の作戦では、それを使うタイミングが重要になってくるだろう。
やがて準備が整い、迎撃班の面々が待ち伏せポイントに散った。
「ともかく…囮班が引き寄せて来るまでここで待機にゃっ」
今回は最初から魔法少女モード全開の宮子が、すちゃっと猫耳を装着、木陰に潜む。
その向かい側の木には陸刀が隠れ、更にその奥には黒葉が身を隠した。
『配置完了、これより追い込みに入る』
フィソスからの連絡を受け、エイネは逃げる。
いや、逃げた訳ではない。罠の場所まで誘導するのだ。
「付いて来るでござる!」
途中で合流したフィソスは、エイネの負担を減らそうと鮫の注意を自分に向けさせる。
「お前の相手は私だ」
光の翼で宙に舞い、目の前に飛び出しながら虚空のリングで攻撃を仕掛けた。
黒く光る五つの玉が、鮫の顔面に向けて飛ぶ。
狙い通り、鮫はフィソスに向けて突っ込んで来た。他にも、スピードの速い鮪や鰹が体当たりを仕掛けて来る。
それを辛うじて避けつつ、二人はそのまま全力で飛んだ。
「上手い具合に、大型が釣れたでござるよ!」
大型魚を引き連れたまま、次々に透過で網をすり抜ける。
だが彼等の速度に追い付けない小型の魚達は、まだ後方でモタついていた。
囮の二人と大型の魚達が最後の網を通り抜け、必死に追いすがる魚達が最初の網に差し掛かろうとした時。
「今だ、阻霊符を!」
全力移動の最中に自分でそれを使うのは難しい。
フィソスの声に応えて阻霊符を展開したのは黒葉だった。
次の瞬間、目の細かい網が大きく膨らみ、繋いでいた紐がほどけた。
一枚、二枚……次々に突破されるが、これも計算のうちだ。
「まずはこれで雑魚は分断、一網打尽でござる!」
振り返ったエイネが拳を握った。
陸刀が設置した五枚の網は、何かかかれば解ける程度に緩く固定されていた。
そこに突っ込んだ魚達は網を被り、引きずったまま、速度を落としつつ突進して来る。
フィソスが仕掛けた最後の網だけは、しっかりと固定されていた。
魚達を受け止め、今にもはち切れんばかりに大きく膨らむ。
「大漁ォオオ!!!」
木陰から飛び出した陸刀は発勁を発動、その真っ正面からアウルの衝撃波を浴びせた。
「纏めて…吹き飛べ」
続いて黒葉の炸裂陣が弾ける。
それでも尚、魚達は網を突き破ろうと巨大な団子状になって前進を続けていた。
だが、いくらディアボロでも六枚重ねの網を破るのは簡単ではないらしい。
ましてや固定されていない五枚の網は魚達の身体に絡み付き、その自由を奪っている。
「一度退いて方向転換って頭はないのか」
流石は魚類と、陸刀は鼻を鳴らして再びの発勁。
魚達が漸く網を食い破った時には、アディを従えたアッシュが正面に回り込んでいた。
「全力全開だよー、アディがんばれー!」
ホーリーヴェールで強化したボルケーノを浴びせると、破れ目から飛び出した魚達は次々と地面に叩き付けられた。
「丸焼きの方が良い…か?」
黒葉が連続で放った炎陣球の炎が、残った魚を焼き尽くす。
一方、網をすり抜けた大型魚の前には、鋭い猫爪……いや、肉球グローブ型マグナムナックルを光らせた宮子が立ちはだかった。
「うに、罠にかかったにゃね! こうなったら大物から潰して行くにゃよ! マジカル♪猫ロケットパンチにゃー!」
どっかーん!
鮫の鼻面にネコパンチが炸裂する!
が、骨まで削られそうなゴワゴワの鮫肌に、肉球ぷにぷには流石に威力が足りなかったか。
「にゃっ!? もしかして怒ったにゃっ!?」
そうらしい。鮫に言わせれば「ショッパイ攻撃してんじゃねーぞ!」という所だろうか。
鮫は大口を開けて宮子に迫る!
だが、その前に雑魚の始末を終えた陸刀が立ち塞がった。
真っ赤に開いた口中に向けて、炎を纏った拳を叩き込む。
「中から喰らってやるぜ、燃えろ!」
どんなに固い外皮でも、その内側は脆い。鮫は大きく身体を仰け反らせると、跳ねた。
反動で尾鰭が地面を叩く。その衝撃で周囲の木々が枝葉を揺らした。
この巨体、暴れるだけで周囲に被害が出そうだ。こんな時は、動きを止めてしまうに限る。
「でっかいのは痺れろー!」
アッシュのサンダーボルトが炸裂する。
殆ど同時に、エイネが上空からの急降下と共に雷閃を叩き込んだ。
どちらも敵の麻痺を誘う攻撃だ。動きを封じられた鮫の身体が、次第に降下して来る。
「動きが止まったらチャンスにゃ!」
宮子は得物を忍刀に持ち替え、その脳天に兜割りをぶち込んだ。
「マジカル♪脳天割にゃ! 頭くらくらになるにゃ!」
良い音がして、鮫の脳天から火花が飛んだ……気がする。
これで鮫肌の防御は半減、宮子のネコパンチも今度は威力倍増だ。
上空からは、狙い澄ましたユウの矢が雨の様に降り注ぎ、鮫の身体に容赦なく突き刺さる。
「今のうちに、皆で倒しちゃうんだよっ」
それに応えて、全員で寄ってたかって全力全開フルボッコ。
他の魚達が妨害して来るが、今はとにかく鮫を沈めるのが最優先だ。
「こいつは硬いし、喰らった時の被害も大きいからな」
フィソスがアルマスブレイドでその巨大な尾鰭を切り落とす。
満身創痍の鮫は本能に突き動かされてか、それでも獲物を求める事をやめなかった。
「―どうした? 来いよ大将」
挑発する様に苦無を投げた陸刀の指先から滴る血の匂いに引き寄せられていく。
「逝く前に一つ知っときな。…陸の上じゃ魚は『食いモン』だとな」
二度目の拳は、鮫を内側から燃やし尽くした。
残るは鮪と鰹、それに網から逃れた小型の魚達だ。
「ここからは、各個撃破だな」
黒葉がガルムSPを取り出し、向かって来る魚達に向けて撃ちまくる。
守るべき存在がなくなって、攻撃のみに専念し始めた様だ。何もしなくても勝手に突っ込んで来る魚達は格好の標的だった。
「空とんでるから地上まで来た時がチャンスにゃね。今にゃ! マジカル♪砂まみれにゃ!」
宮子が鰹の編隊を土遁に巻き込み、突進の勢いを削ぐ。
「よーし、鰹の一本釣りだー!」
アッシュが狙った一本釣りはしかし、紛れ込んでいたアジを引っかけた。
「小魚はタタキにしてやるー!」
ペチン、飛龍翔扇の一振りで粉砕。
残った鰹は釣られるより早く、ユウが上空から放った矢に射貫かれていく。
鮪の集団は陸刀が放った投網(三度目の正直)にひっかかり、身動き取れなくなっていた。
その編み目を縫って、フィソスが剣の切っ先を突き刺していく。
エイネはラジエルの書から呼び出した白いカード状の刃で鮪を三枚下ろし……は無理でもブツ切りくらいなら!
千速は水鏡旋棍、所謂トンファーで網の上から叩いていった。
「魚のタタキは、こうやって作るものじゃないけどね……」
叩きながら、苦笑混じりに呟く。
だって、興味津々で手元を覗き込んでいる誰かが勘違いしそうだったから――
戦い終わって陽が暮れて。
「こう言うのは結構得意だよ、最近習ったんだー」
綺麗に片付けられた芝生の上で、アッシュは犬耳をピコピコさせながら、破れた網の修繕に取り組んでいた。
勿論、他の仲間も――こうした手作業が壊滅的に苦手でない限りは、一緒に手伝っている。
手を動かしながら考えるのは、夕食の事。
「今日の晩御飯はお魚だ!」
アッシュはマスター達におねだりするらしい。
「やっぱり魚は食べられる魚が一番だね。…いや、それは誰でも当たり前か」
変身を解いた宮子が苦笑混じりに言う。
「今日は鰹のたたきに決定でござるー!」
エイネがそんな事を言うから……という訳でもないけれど、宮子も何だかイキの良いお刺身が食べたくなってきた。
帰りに魚屋に寄っていこうか。
「拙者、すーぱーで買って帰るのでござる!」
「ぁ、スーパーより魚屋さんで切りたてを買った方が……」
そんな話で盛り上がりつつ、ひたすらちまちまと手を動かし続ける撃退士達。
晩ご飯までに、終わるといいな。