(安藤ロイド…)
過去の報告書を確認しながら、ロジー・ビィ(
jb6232)は思いを巡らせていた。
(天使に、門木先生に牙を剥く者…それは一体何故?)
特に執拗に門木に対して固執するのはどうしてなのだろう。
その同じ疑問を、アレン・マルドゥーク(
jb3190)も抱いていた。
(…天使と判りづらく多くの生徒に親しみもたれる先生…天使倒す為の武器鍛えてくれる大好きな先生が、実は天使と判り…裏切られた思いに…?)
それとも、天界でも武器を作っていたと誤解しているのだろうか。
いずれにしても、彼とは一度会って話をする必要があった。
「一連の事件は凌ぎましたが、ある意味それを主導した相手の事は何も分かっていないも同然、なんですよね」
調査用の端末が置かれた資料室の一角。皆が顔を揃えた所で、カノン(
jb2648)が言った。
恨まれて当然のことを天界がしてきたのは自覚している。
しかし、だからと言って…恨まれて当然だから、と開き直るわけにもいかなかった。
「まずはその、安藤ロイドと名乗る生徒の正体を特定する必要がありますよね」
レグルス・グラウシード(
ja8064)が頷く。
「アンドウ・ロイド…少し、格好良い?」
ぽつり、呟いた七ツ狩 ヨル(
jb2630)の小さな声に、「え?」という皆の視線が集中する。
「俺、何か変な事言った?」
その反応に、ヨルは傍らに立つ蛇蝎神 黒龍(
jb3200)の袖を引いた。
「いいや、なーんも!」
「そう」
なら良いや。
「それじゃ、最初に今わかってる情報を整理してみようか」
青空・アルベール(
ja0732)が手元の紙に書き出してみる。
「大きく分けて、接点は三つ。学園と天魔事件、それに…中村大和」
この中で唯一、過去と繋がるもの。それが中村だ。
そして唯一、推測ではなく事実を掴んでいる接点でもある。
「ヤマトの出身地、今は天使の支配地域なんだよね」
ヨルが言った。
ロイドが天使襲撃犯だと仮定した場合、彼が天使に恨みを持つ理由として「故郷を奪われたから」というのは充分に有り得る。
「中村は彼を恩人と言っていた様ですし、そこで何かしらの接触があったと考えるのが自然ですわね」
ロジーの言う通り、二人は同郷である可能性が高い。
「そう考えると、中村の故郷が天界に襲撃された時期が分かれば、その時期に入ってきた学生を絞り込めるかもしれませんね」
カノンが頷く。
「学校の所在地と、彼が高校2年の在学中に起こった天使襲来の日付を重ねれば、出身地域は特定出来ますわね」
ロジーは早速、端末の操作を始めた。
その年の前後に、周辺地域から久遠ヶ原に来た生徒は――
それと同時に、黒龍が別の角度からも調べてみる。
襲撃時に撃退士が彼等を護りつつ天使を倒した可能性もある。その時の事が何か記録に残されていないだろうか。
出来れば周辺の人物にまで調査対象を広げて…
と、その前に。
「安藤にしてやりたい事、こいつにずーっと語りかけてやり」
黒龍は何処から持って来たのか、ミニカドキロボを門木の目の前に置いた。
「何処で聞いてるかは解らへんけど、な」
そのロボに録音再生機能が付いている事を知ってか知らずか、黒龍はそう言って細い目をますます細くする。
(想いを口にする事が大事なのはボクかて知ってる)
門木にも、それを知って貰いたい。
そして黒龍はひとり端末の前に座ると、関連する資料を片っ端から開いて行く。
「速読、フルで使うとは思わんかった」
モニタ画面に目を走らせつつ、ぽつり。
「毒を盛るんはボクらやない、けど毒を持って毒を制するって言葉もある」
ほろ苦い呟きが漏れた。
結果を待つ間、青空はもうひとつ気になった事を尋ねてみた。
「襲撃事件の方は、学校側で調べてるとか…ないのかな?」
録音状態を表す赤いランプが点灯している事に気付いてはいたが、それでも構わない。
いや、寧ろ聞かせたかった。
「…いや、ないだろう」
門木は首を振る。
問題が学外に広がらない限り、その解決は学生に任せる。それがこの学校の教育方針だ。
撃退士に必要なのは腕っ節だけではない、という事なのだろう。
「じゃあ、先生はロイドが犯人だって思う?」
「…わからない」
動機としては充分だが、似た様な境遇の者は他にいくらでもいる。
だが、もし彼が犯人だとしても。
「…責める気はないし…その資格も、俺にはない。ただ、話がしたいだけだ」
「私も、そうであるよ」
会って、話がしたい。
中村大和には届かなかった。だからせめて、今度こそは。
「彼だって、正しいことをしているとは思っていないはずです」
レグルスが言った。
そうであるなら、正しさを押し付けてもきっと拒絶するだろう。
(できるなら…手の施しようのなくなる前に、自首してほしい)
まだ間に合う。
「学園の生徒だっていうのなら…僕は、彼はまだ、仲間だと思いたい…」
「…仲間、か」
門木はロボに向かって言った。
「…一緒に、風呂でも入るか」
日本には裸の付き合いという言葉がある。同じ釜の飯を食った仲、という言葉も。
風呂上がりに牛乳でも飲んで、鍋でもつつき合えば、それはもう大切な仲間だ。
「お鍋、良いですねー」
アレンがほわんと言った。
でも、今の時期は暑いから…出来れば寿司で。
「カッパ巻きはお好きでしょうかー」
「アイスの食べ放題も良いですよね!」
「…腹、壊すぞ」
「風呂上がりは、カフェオレがいい」
「バーベキューもいいのだよ」
ただし野菜は抜きで。
などと種族入り乱れて、シリアスブレイクに言いたい放題。
彼とも、いつかこんな風に話せたら――
(無駄な血流れぬ世界。皆仲良く平和に暮らせる世界。私の好きな作り話じゃなく…現実に実現させたいものです)
皆の話を聞きながら、そうアレンは思う。
山形の惨劇を聞いた時にはショックを受けたし、彼等が受けた傷はそう簡単に癒える筈もない。
学園にも天魔が増え、心に闇抱える生徒は彼だけでは恐らくないのだろう。
(…そんな子達が悩み吐き出せるカウンセリングルームがあれば…)
検討してみては、どうだろうか。
「検索、終わりましたわ」
ロジーの声に、皆は一斉に顔を上げる。
該当する生徒は12名。
そこから更に、声から判別出来る性別と大体の年齢、鬼道忍軍という条件に合わない者を除外すると…
残ったのは、一人。
画面に学生証が映し出されている。
高松紘輝、16歳。高等部二年の鬼道忍軍。
「…ぁ」
そこに添えられた写真を見て、門木が声を上げた。
「カドキ、知ってるの?」
ヨルが尋ねる。
「…結構、よく見る。確か、この間も…」
彼が持ち込んだ忍刀は運良く成功続きで、今ではかなり高性能になっている筈だ。
「意外とすぐ傍にいたのですねー」
アレンが言った。
(案外、今もすぐ傍にいたりして…?)
レグルスはこっそり生命探知を使ってみる。
この近くにコソコソと隠れている人物はいない様だが、変化の術を使って堂々と見張っている可能性もあるか。
彼等の周囲には何人かの生徒がいる。
貸切ではないのだから、常に誰かがいるのは当然だが…ここでシールゾーンを使ってみるべきだろうか。
「…何故、自分を殺そうとするような相手を、助けたいんですか…?」
近くで聞いているなら、何かしらの反応があるかもしれない。
彼の耳に届く事を願いつつ、レグルスは門木に尋ねた。
償いか。これ以上の犠牲を出さない為か。それとも学園の生徒だからか。
「…ない、な」
「え?」
「…理由は、ない」
付けようと思えばいくらでも付けられる。
だが、どれも取って付けた様でしっくり来なかった。
「…ただ、そうしたいから…では、駄目か」
「ダメじゃ、ないと思います」
彼、高松がどう思うかはわからないけれど。
「そう言えば、知ってる生徒なのに電話の声でわからなかったんですか?」
レグルスはふと疑問に思った事を訊いてみる。
「スキルでは声は変えられないんですよね?」
或いは声色を使ったのだろうか。
この学園にも、それを得意とする人は案外多い様だし。
「声紋鑑定、してみましょうかー」
アレンが言った。
「そうですわね」
断定するには確実な証拠が必要だと、ロジーが頷く。
全ての条件に当て嵌まる者は一人しかいないが、それが間違っていないとは言い切れなかった。
もし前提条件が誤っていれば、そこから導き出される結果も誤ったものとなるだろう。
それに、データベースに登録されている事が全て事実とも限らないのだ。
「隠密裏にお声を取らせて頂いた上で、それが録音された声と合致すれば間違いはありませんわね」
「では、私は残りの11人と接触してみましょうか」
カノンが言った。
その中に知り合いがいるなら、そこからも情報が得られるだろう。
「ただ、そちらも同じく天使を憎悪している可能性もありますから…」
と、その時。
「俺の声が何だって?」
背後で聞き覚えのある声がした。
電話の声と同じだ、そう感じた皆が一斉に振り返る。
が、目に入ったのはモニタの映像とは似ても似つかない姿だった。
(やっぱり変化の術?)
レグルスがシールゾーンを使う。
と、その姿が揺らぎ…
「…タカマツ、コウキ?」
青空の問いに、少年はあっさりと答えた。
「ああ、そうさ…ハジメマシテ、かな?」
ポケットに両手を突っ込み、世の中を斜めに見る様に身体を傾けている。
表情は明るく笑顔を作っているが、その目は全く笑っていなかった。
危険を感じたカノンは、門木の前に立ちはだかる。
計算が狂った。
門木とは、まず自分達が安全を確かめてから引き合わせるつもりだったのに。
まさか向こうから現れるなんて――
仲間達はせめて彼の視界から門木の姿を隠そうと、全員で壁を作る。
「敵意丸出し。嫌われたモンだな」
その様子を見て、高松は大袈裟な身振りで天井を仰いで見せた。
「俺、お前らに何かしたかな?」
その声は、いつの間にか変わっていた。
『…この声だ』
門木が意思疎通で皆に伝える。
彼が電話の主だ。
「何をしたかは、あなたが一番よく知っている筈ですが」
警戒態勢を取ったまま、カノンはその意識を自分に向けさせようとする。
「私の顔に、見覚えがあるのではないですか?」
カノンは一連の襲撃の際にも門木と行動を共にしていた。
更に、彼の嫌いな天使でもある。彼が襲撃事件の犯人なら、覚えていないと言う方がおかしい。
だが高松は――
「覚えてないね」
馬鹿にした様に肩を竦める。
「奴等はどれでも同じだ、区別する意味がないだろ」
ぴくり、ポケットの中で手が動く。
何か仕掛けて来るのかと、カノンは咄嗟に防壁陣を展開した。
その隣に立ったロジーもシールドを展開して攻撃に備える。
更にはアレンが高松の背後にストレイシオンを召喚した。
三人の背には、光の翼。これだけ一目でわかる特徴があれば、攻撃の矛先は背後の門木ではなく自分達に向けられる筈だ。
しかし、何も起きなかった。
「おいおい、こんな狭い所でドンパチやろうってのかよ!」
高松は腹を抱えて笑い出す。
病的な程に、激しく。口調まで変わっている。
「虫も殺さねぇツラしやがって、これだから天使サマはよぉ!」
「だったら、話し合いが出来ると思って良いんですか?」
レグルスが言った。
「僕らはその為に、あなたを探していたんです」
彼の気持ちを聞く為に。
彼が門木を執拗に狙う理由を知る為に。
(個人で動いているなら…つまり、仲間がいない、孤独だ…ってことだ)
話し相手がいないなら、何時間でも付き合おう。
それで気が晴れるなら、いくらでも。
「憎いのはカドキ? リュール? それとも天使全部?」
高松に向けて、ヨルが手を差し出す。
逃走防止の為(?)に手を繋ぐのは、黒龍がよく使う手だった。
だが…
「触るな!」
爆発する様に弾け飛んだアウルに、黒龍は慌ててヨルを引き戻す。
どうやら彼が嫌悪しているのは天使ばかりではない様だ。
「学園にいる天使も許せない?」
青空の問いに、高松は「ふん」と鼻を鳴らす。
「それは何故?」
「お前らには関係ねぇよ」
「関係ある。すぐに変われ仲良くしろって、そんなつもり無いけど。でもこのまま進んだら、君は引き返せなくなっちゃうよ」
「引き返す? 何処に? 俺の道は最初から一方通行なんだよ!」
それを聞いて、黒龍が言った。
「毒は君の中で精製されている、天使以前に自分を呪い続ける毒が君を蝕んでる」
「はぁ?」
「誰がどういおうと、受け取るのは君や、君の中で出来た毒を癒すのは自分しかおらん」
「わかった様なクチきいてんじゃねぇぞクソ悪魔野郎」
床に向けて唾を吐く。
「俺は説教聞きに来た訳じゃねぇ」
「だったら…提案なら、聞いてくれる?」
何しに来たと問えば更に反発を招くだろうと、ヨルが矛先を変えた。
「ただ憎しみに任せて殺して無駄にするぐらいなら、利用してよ。俺達を」
人は弱い、けど強い。
憎しみを越えて、はぐれた天魔を受け入れ、その力をも取り込める。だから強い。
「俺達を利用して、本当に果たしたい事を果たす為の力にすればいい」
「利用してるさ、あのバカムラとかな」
中村の事だろうか。
「彼は恩人を最後まで裏切らなかったのですよ」
ぽつり、アレンが言った。
「だから…いつか、ヤマトに一声かけてあげて」
「嫌だね」
即答すると、高松は苦笑いを浮かべながら首を振る。
「ったく、案外早かったな」
身元がバレた以上は、もう下手な動きは出来ない。
今後はもう少しやり方を考える必要があるだろう。退学は流石に拙い。
「わかったよ、暫くは大人しくしてやるさ」
「あ…待って」
踵を返した高松を、青空が呼び止めた。
「人は1人で考えると答えを見失ってしまうもの、だから」
一緒に考えていきたい。
「話したくなったら、いつでも来ると良いのだ」
彼の事はまだ何もわからないけれど。
この声が、いつか心の深い所まで届くと信じて。
高松が去った後、仲間達はカドキロボを取り囲んでいた。
本人を前にしては言えなかった言葉と思いを届ける為に、録音のスイッチを入れる。
(彼の心の闇がいつか晴れますよう)
アレンは祈る。
天への憎しみは否定せず受け入れよう。
ただ、知って欲しい。
「人に寄り添える天魔の存在を。一方的な暴力受けた者が一方的な暴力受けた者を傷つける事の悲しさを」
そして黒龍は。
「聴いた言葉をどう料理するかは君次第や、だから逃げたきゃ逃げろ」
また反発を喰らうかもしれないが、それでも。
「今わからんでもええ、ただ自分を他人を傷つけんのはやめて欲しい…君には出来るはずやから」
数日後。
無残に壊されたロボの残骸が、ゴミ捨て場で見付かった。
カノンが割り出した高松の知り合いを通して、それが一度は彼の手に渡った事は確かだ。
壊す前に、録音を聞いてくれただろうか。
だが、聞かなかったとしても、きっと大丈夫だ。
壊すよりも、無視する方がずっと楽で、簡単なのだから――