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マスター:STANZA
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/07/03


みんなの思い出



オープニング



 トンネルを抜けた向こうには、不思議な世界がありました。
 可愛い妖精達がひらひらと舞い踊り、犬や猫が人間の言葉を話す、夢の国。

 さあ、君も足を踏み出してごらん。
 見た事もない素敵な世界が待っているかもしれないよ――?



 その「おはなし」は、女の子のお気に入りだった。
 寝る前に何度も何度も読み聞かせてもらったから、内容もすっかり覚えている。
 お母さんが読み間違えると、すかさず訂正を入れるくらい完璧に覚えている。
 それでもやっぱり、寝る前に読んでもらう一冊はこれ以外にないというくらい、お気に入りだった。
 真っ暗なトンネルに足を踏み入れる時のドキドキと、そこを抜けて明るい光が見えて来た時の嬉しさ。
 見た事もない世界に飛び出した驚きと喜び。
 おはなしの中で次に何が起きるのか、最後はどうなるのか、全部知っている筈なのに、それでもワクワクドキドキするのだ。
 けれど、今のワクワクドキドキは、おはなしを読んでもらっている時の比ではなかった。

 なにしろ目の前に……おはなしの挿絵とそっくりなトンネルがあるのだから。
「トンネルだ! ほんもののトンネルだよ、シロ!」
「わんっ!」
「えほんでみたのと、そっくり!」
 女の子はぴょんぴょん飛び跳ねながら、お供の犬に言った。
 足元には錆び付いた線路が草に埋もれている。
 ふたりは、その廃線跡を辿ってここまで来たのだ。
「ね、はいってみよう!」
 女の子は愛犬のリードを引っ張った。
 しかし犬は思い切り足を踏ん張り、頑としてその場から動こうとしない。
「シロ、どうしたの? こわくないよ?」
「きゅうぅーん」
 押しても引いても、びくともしない。
「じゃあいいよ、チカひとりでいくから!」
 リードをぽいっと手放して、女の子はどんどん歩いて行った。
 自由になった犬は行動を決めかねる様子で、暫く小さなご主人様の後ろ姿を見送っていたが……
「わんっ! わんわんっ!」
 やはり心配になったのか、慌てた様子で後を追って行く。
「あ、やっぱりきた!」
 女の子は嬉しそうに愛犬の頭を撫でると、大きく口を開けた真っ暗なトンネルを指差した。
「ほら。ずっとむこうに、ちっちゃいあかりがみえるよ」
 そう、あの向こうは見た事もない素敵な世界。
 パパはきっと、そこに居る。



 その頃、女の子の自宅では――

「母さん、チカ見なかった?」
「ちぃちゃんなら、さっきシロの散歩に行くって……あれ、まだ帰ってないのかい?」
 犬の散歩にどこまで行ったのかと、母親と祖母の二人は顔を見合わせる。
「でもまぁ、都会と違ってここは車も滅多に通らないしねぇ」
 溜め池や川など、子供にとって危険な場所はあるが、犬が一緒なら心配ないだろう。
 そう行って、祖母は呑気にテレビを見ながらお茶をすすっている。
 しかし母親は気が気ではなかった。
 嫁いだ先の町が天魔の攻撃を受けたのが、一年ほど前の事。
 その際に夫を亡くした彼女は、一人娘と共にこの田舎にある実家に身を寄せていた。
「でも……あの子も最近、行動範囲が広がって来たし……」
 この辺りでは天魔が出たという話も聞かないが、今までなかったからといって、これからもないとは限らない。
 心配しすぎだろうか。
 けれど、あの子はたったひとりの娘。
 亡き夫の忘れ形見。
 万が一にも、失ってはならない。
 と、その時。
 ふとテーブルに目をやると、夕べ寝物語に読み聞かせていた絵本が置かれていた。
 その表紙には明るく光り輝くトンネルの絵が描かれている。
「……ねえ、母さん」
 母親は自分の母親に尋ねた。
「あのトンネル、まさか自由に通れる様になんて……なってないわよね?」
「さあ……どうだかねぇ?」
 彼女が幼い頃は、この近くにも鉄道の路線があった。
 もうずっと昔に廃線になり、線路は草に埋もれている筈だが……その先に、短いトンネルがあった筈だ。
 家からはだいぶ遠いが、まさかそこまで行ったのだろうか。
 だとしたら、トンネルの中にはどんな危険があるかも知れない。
 天魔の巣になっているかも……?
「母さん、あたしちょっと見て来る!」
 一言そう言い残し、母親は玄関を飛び出した。
 玄関から門扉まで、都会なら三軒の家がびっしり建ち並ぶ位の距離だ。
 そこを走りながら、母親は久遠ヶ原に連絡を入れる。
 万が一が起きない事を必死に祈りつつ――



「……まっくら……だね」
 入口から差し込む光は、何歩か歩いただけで届かなくなった。
 慣れない目には、真っ暗闇にしか見えない。
 頼りは、ずっと向こうにぽつんと見える小さな光だけ。
 あれを目指せば良い。
 そう思っても、何故か膝がカクカクと震え始める。
「……こ、こわく、なんか……ないよっ!!」
 叫んだ声はトンネルの壁に反響して、自分のものではない様に聞こえた。
 それに……何か、別の声も混じっていた気がする。
『キキ……キィ』
 錆びた金属が擦れる様な、耳障りな音。
 足元の犬が唸り声を上げている。

 なにか、いるの――?



リプレイ本文

 転移装置で送られた場所のすぐ先に、そのトンネルは口を開けていた。
 足元には、錆びた線路が雑草に見え隠れしながら真っ直ぐに続いている。
 そこには、僅かだが踏まれた様な跡が残っていた。

「小さな子の突発的な思いつきと行動にはいつも驚かされますね」
 走りながら、駿河紗雪(ja7147)が呟く。
 それを聞いて、風雅 哲心(jb6008)は「まったくだ」と言う様に首を振った。
「トンネルの向こうが別世界だというのはお伽話や迷信のようなものだ」
 そんなものを本気で信じるなんて。
 もし仮に実在するとしても――それが楽園ならともかく、地獄に繋がっていたりしたら洒落にならない。
「ともあれ、地獄への旅路にならんよう、絶対に助け出そうか」
「はい! かすり傷一つ、その身と心に残すことなく救出できるよう尽力しましょう」
 クールに見えて実は気さくな好青年だったりする哲心の真っ直ぐな言葉に、紗雪も微笑と共に頷き返す。
 と、線路脇の砂利道を息せき切って走る女性の姿が目に入った。

「チカちゃんのお母さんですね?」
 崔 北斗(ja0263)の声に、女性はびくりと身を震わせて立ち止まる。
 ここに来るまでに何度か転んだのだろう。ジーンズの両膝は汚れ、半袖シャツから覗く肘には血が滲んでいた。
「助けに来ました」
 そう言われて、女性は漸く思い当たった様に「ぁ」と小さく声を上げた。
 同時に不安げな様子も見せた彼女を安心させる様に、北斗は続ける。
「皆化け物退治のプロです。必ず娘さんを救出します」
 だから、落ち着いて。心配で堪らない気持ちはわかるが、トンネルの外で待っていて欲しい。
 そう言い残し、撃退士達はトンネルに急いだ。



「面子は十分、焦らず気を抜かず行こう」
 北斗は仲間達にそう声をかけ、自分は母親と共にトンネルの手前に残った。
 いつでも魔法で援護が出来る様に、入口を射程に収めた位置で待機する。
「父親か…」
 誰にも聞こえない様に小声で呟くと、馳貴之(jb5238)はトンネルの入口脇に貼り付いた。
 ここなら、中で何かあってもすぐに飛び込んで対処出来る。
 それを超えて、救出班が足音を忍ばせながら奥へと入って行った。
 侵入と同時に、紗雪が阻霊符を発動させる。
「この程度なら、照明は必要ないね」
 ゆっくりと奥へ進みながら、常木 黎(ja0718)が小声で囁いた。
 中は暗いが、目が慣れれば人や物の輪郭程度はわかる。少女を助け出すまでは敵を刺激したくなかった。
 と、夜目の利く九十九 遊紗(ja1048)が立ち止まる。
 遊紗は「見付けた」と身振りで示しつつ、自分の口元に人差し指を当てた。
 犬を連れた少女は、進退窮まった様子で小さく足踏みをしている。
 その先、ほんの数メートルの所ではディアボロの集団が獲物を待ち構えていた。
 少女があと一歩でも動けば、彼等は一斉に飛び掛かって来るだろう。
「いきなり声かけたら驚くかな?」
 ひそひそ、遊紗が仲間達に問いかける。
 驚いて声を上がれば、それも襲撃の合図になるかもしれない。
「大丈夫だ、その時は俺が何とかする」
 哲心の頼もしい一言に背中を押され、遊紗は小声で少女の名を呼んだ。
「ちーかーちゃん!」
 微かに聞こえたその声に、チカはきょろきょろと辺りを見回している。
 小さな主人を守ろうと、足元の犬が低い唸り声を上げ始めた。
「だれ? どこ?」
「貴女がチカちゃんね?」
 今度は天使の微笑を浮かべた鏑木愛梨沙(jb3903)が声をかける。
「あたし達は貴女のママに頼まれて来たの」
「ママ…?」
 漸く声の出所を探り当て、チカは振り向いた。
 その目に飛び込んで来たのは、背後からの光にぼんやりと浮かび上がる人影。
 背中には逆光の中でも白く輝く翼があった。
「てんしさま!」
 チカは目をまん丸に見開く。
 彼女にとっては、天使も「向こう側」の存在だ。
 なのに、どうしてここに居るのだろう。
 しかもトンネルの向こうではなく、こちら側から手招きしている。
「ここは怖い子がいるかもしれない。調べてくるから、暫くママと一緒に外で持っていてくれるかな?」
「こわいこ?」
 天使様の言葉に、チカが首を傾げる。
「そう、とぉーっても怖い…」
「チカ、こわくないよ!」
 えっへん、チカは胸を張ってふんぞり返った。
「シロもいっしょだもん! チカ、つよいこだもん!」
 精一杯の虚勢を張った大声が、トンネルの内部に反響して響き渡る。
 それに刺激されて敵が動き出さないか、撃退士達は気が気ではなかった。
「でも、外でママが待ってるから、ね? チカちゃんが一人で行っちゃうと、ママ寂しいって泣いちゃうよ?」
 愛梨沙はチカの前にしゃがみ、目線を合わせてみる。
「ママないちゃうの?」
 チカは暫く考え込み、やがてこくんと頷いた。
「じゃ、ママといっしょにいく」
 向こうに行きたいという決意は変わらない様だが、とりあえず一旦外に連れ出す事は出来そうだ。
「それじゃ、ママを迎えに行こうか」
 差し出した手を、チカはそっと握り返した。
 その場に居る全員をアウルの衣で守護し、愛梨沙はチカの手を引いて歩き出す。
 主人が素直に従う様子を見て「敵ではない」と判断したのか、シロも大人しく付いて来た。
 が、その時。

 折角の獲物を逃してなるものかと、ディアボロ達が動き出した。
「守りはあまり得意じゃないが、四の五の言っていられんか」
 電磁防御で防御を固めた哲心がその前に飛び出した。
「…邪魔だ、そこを退け!」
 敵の攻撃を玉鋼の太刀で受け止め、押し返す。
 その間にチカとシロを両脇に抱えた愛梨沙は、出口に向けて走った。
「―悪いね、掃除が終るまでちょーっと退いてくれるかな?」
 すれ違いざまに、苦笑いを浮かべた黎が声をかける。
 小さな子供に対する言葉としては、ちょっとどうなんだろう…とは、自分でも思う。
 だが他に何と言えば良いのかわからないし、気の利いた言葉も思い付かなかった。
 それに、こんな時には言葉よりも行動だ。
 黎はリボルバーを構えて、その場に立ちはだかる。
 遠ざかる足音がトンネルの外に出た事を背中で確認すると、迫り来る小さな影に向けて引き金を引いた。
「おっと、アンタらはここで通行止めだ…『向こう』へ逝きな」

 銃声と共に、トンネルから蝙蝠の群れが飛び出して来た。
 入口脇で待機していた貴之が、アサルトライフルでそれを撃ち落とす。
 だが、今の貴之は怪我のせいで普段の力が充分に発揮出来なかった。
 相手の動きが鈍いと見た蝙蝠達は、数に任せてその周囲を取り囲み始める。
 しかし仲間達がそれを放っておく筈がなかった。
 黎が素早く正確な一撃でそれを引き剥がし、紗雪が弓の連射で次々と仕留めていく。
 不利を悟った蝙蝠達はトンネルの巣を放棄し、何処かへ逃げようと高く舞い上がる。
 が、逃げられる筈もなかった。
「一匹たりと逃がさねえぞこの野郎!」
 北斗が放った魔法が黄色い光の矢となって、蝙蝠達の身体を貫いて行く。
「悪い、世話かけるな」
 とは言え、貴之も守られているばかりではなかった。
 急降下で向かって来る蝙蝠の攻撃を急所外しで軽減し、反撃で撃ち落とす。

 その中を、チカとシロを抱いた愛梨沙は母親の元へ走った。
「なに、いまの…?」
 待ち構えていた母親の胸に飛び込みながら、チカは不安そうに尋ねる。
「あれはね、お化けをやっつけてる音だよ」
 答えたのは北斗だった。
 小さな子供にもわかりやすい様に、ディアボロをお化けと言い換えてみる。
「チカちゃん、あそこは間違ったトンネルなんだ。間違ってるから、お化けが出るんだよ」
 だが、チカは頑固だった。
「まちがってないよ!」
 頑として己の意志を曲げようとしない。
「チカのそういう所、パパにそっくりね」
 母親が溜息をついた。この子は何事も自分の目で確かめなければ納得しないのだ。
「それなら、後で確かめてみようか」
 北斗が母親の顔をちらりと見る。
「お化けをやっつけたら、お兄さん達も一緒に行ってあげるから」
 母親にも異存はない様だった。
「それじゃ、ママとここで待っていてね」
 チカの頭を軽く撫で、愛梨沙はトンネル内へ戻って行く。
 北斗はそのまま親子を背に庇いながら、トンネルの様子に目を光らせていた。

 トンネル内部に眩い光が溢れる。
 紗雪が放った星の輝きに、子鬼達は一斉に目を背けた。
 その数、凡そ30。
「…こう多いと食傷だねえ」
 冷たい笑みを浮かべつつ、黎は手近な敵に片っ端からアウルの銃弾を撃ち込んでいく。
「ここは通さないんだからね!」
 包囲を抜けようとしたものは、遊紗が正確な射撃で次々と始末していった。
 光の届かない暗がりに逃げようとしても無駄だ。
「遊紗は暗い所だって見えるんだよ!」
 外から戻った愛梨沙も山雀翔扇で応戦する。
 怒濤の波状攻撃に怖れをなした子鬼達は、トンネルの更に奥へ逃げ込もうとした。
 しかし、紗雪がそれを許さない。審判の鎖で動きを止めつつ、その背に矢を放った。
 敵の中にはヤケクソに向かって来るものもいたが――
「こいつらには指一本触れさせねぇぜ。俺が相手だ!」
 射撃班の前に立った哲心の太刀にかかって真っ二つ。

「子供の泣き顔は嫌いでね、チャチャっと行かせてもらうわ」
 チカの救出を確認した貴之は、入れ違いにトンネルの中に滑り込む。
 外に逃げようとした蝙蝠は始末した。後は中に潜むものを片付けるだけだ。
 ペンライトを口に咥えた貴之は、光の届かない場所を照らして残った蝙蝠を炙り出す。

 その間に子鬼の方も片が付こうとしていた。
「これで終わりだ。―――雷光纏いし轟竜の牙、その身に刻め!」
 哲心が雷の太刀を振り下ろす。
 それが、とりあえず見える範囲に潜んでいた最後の一体だった。



「どうやら、小さな子が無駄に命を散らせる事は阻止出来たわね」
 愛梨沙がほっと胸を撫で下ろす。
 だが、これで終わりではなかった。
「後は、あの子の心をどうにかしてやらないとな」
 哲心が呟く。
「説得するのは良いが…」
 貴之が言った。
「あの子に父親の死を分からせる事だけは、絶対に駄目だ」
「大丈夫、そんな野暮な事はしないよ」
 黎が小さく肩を竦めて見せる。
 もっとも、自分にはどう話せば良いのかわからないけれど。
「とにかく、まずは残党が居ないか確かめよう」
 合流した北斗が子鬼の死体を片付けながら言った。
「チカちゃん、どうしても見たいって?」
 遊紗の問いに、北斗は黙って頷く。
「そっか…」
 遊紗も小さい頃は夢が現実になると信じていた。
(だからチカちゃんも思い描いている夢がトンネルを抜けると叶うって、きっときっと思ってるんだね…)
 それが叶わぬ夢であると気付いたのは、いつの頃だったろう。
「不思議世界への入り口のトンネル…ホントにあるのなら連れて行ってあげたいけどねぇ」
 ぽつり、愛梨沙が呟く。
 でも、このトンネルの向こうは現実が続いているだけだ。
 それとも…
「ねえ、もしかして…そんなトンネルが人界のどこかにあるの?」
「ないない」
 人界知らずな天使の質問に、遊紗はひらひらと手を振った。
 完全にないとは言い切れないが、少なくとも今までに確認された事は…多分、ない。



 そしてこのトンネルもやはり、異界への通路ではなかった。
 勿論、パパもいない。
 母親に手を引かれ、雑草の生い茂る線路の上に立ったチカの目からは、今にも大粒の涙が溢れて転がり落ちそうだった。
(ありふれた、と言えばありふれた話だけど…どうも苦手だね、こういうの)
 子供は可愛いし、その姿を痛ましくも思う。
 どうにかして慰めてやりたい、とも。
 黎は何か言ってやりたくて口を開きかけるが、肝心の言葉がどうにも出て来なかった。
「不甲斐ない…」
 ぼそりと呟き、諦めて後ろに下がる。
「おはなし…うそだったの?」
 ぽつり、チカが呟いた。
「嘘じゃないわ、でもね…」
 天使の微笑と光の翼で不思議世界関係者的な雰囲気を醸し出しながら、愛梨沙が言った。
 こことは違う世界は確かにある。けれど…
「こんなオバケが出るトンネルの向こうには、パパはいないんだ」
 貴之がその目の前にしゃがみ込み、努めて優しい口調で言った。
「パパは今、どこか別の所を旅してるんだよ」
「べつの…どこ?」
「チカちゃんがね、大きくなったらパパがいる場所が分かるようになるよ」
 答えたのは遊紗だった。
「ほんと!?」
 その問いに、貴之もゆっくりと頷く。
 その居場所とは、チカの心の中。
 今はわからないだろうし、まだ小さいのだからそれが当たり前だ。
 けれど、いつかきっとわかる時が来る。現実を受け止められる時が。
 その時の為に、今は小さなタネをその心に植え付ける事が出来れば、それで良い。
「でも、今はだめなんだ。今はどのトンネルにもオバケがいる。そんな危ない所に入って行ったら、ママやシロが悲しむよ。パパだって、きっと悲しい」
 そう言われて、チカは母親を見上げる。
「ママ、かなしい?」
 こくり、母親が頷く。
 そう言えば、トンネルの外で待っていたママは、パパがいなくなった時みたいな顔をしていた。
「今のチカさんには、何が見えていますか?」
 今度は紗雪が跪き、その手を取って語りかける。
「お母さんは好き?」
 こくり。
「シロちゃんは好き?」
 こくり。
「お祖母ちゃんは好き?」
 こくり。
「今、みなさんどんな顔をしてるかな?」
「ママ、ないてる」
「泣いてるお母さんと、笑ってるお母さん…どっちが好き?」
「わらってるママ」
 そうね、と紗雪はチカの頭を撫でた。
「おおきくなったら、おばけいなくなる?」
「うん、きっとね」
 貴之が答える。
「おばけいなくなったら、トンネルはいってもいい?」
「いいよ」
 その頃にはきっと、全てを理解しているだろうから。
「だから今は、チカさんの大切な物を大事に、大好きな人たちを笑顔にしてあげてくださいね」
 紗雪はチカの胸にそっと手を添える。
「お父さんも、ここで笑顔でいるのではないですか?」
「ここ?」
 チカは首を傾げ…
「パパ、チカよりずっとずっとおっきいよ!」
 だから小さなチカの中には入れない。
 哲心の先読みでも予測不能な回答に、皆は思わず噴き出してしまった。
 何を笑うのかと憮然とするチカの手に、北斗がキャンディを握らせる。
「ひとつ、良い事教えてあげるよ」
「いいこと?」
「…夜寝る時、目えつぶると暗くなるだろ?」
「うん」
「そのまま寝てると、遠くに光が見えてくる事がある。そこが本当の入り口なんだ。俺もたまに、そうやって親父に会うよ」
「おやじ?」
「パパの事さ」
「チカ、あったことない」
「もしかしたら、忘れてるだけかもしれないよ?」
 それは目覚めた途端に消えてしまう魔法の様なもの。
 それでも…覚えていなくても、ちゃんと会えるのだ。
 そしていつかは、心の中のパパと自由に会える日が来るだろう。

 ――そう。
 チカちゃんがパパを忘れない限り、パパはずっとチカちゃんの心の中で微笑んでくれているよ――



依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:6人

※お察し下さい※・
崔 北斗(ja0263)

大学部6年221組 男 アストラルヴァンガード
筧撃退士事務所就職内定・
常木 黎(ja0718)

卒業 女 インフィルトレイター
鈴蘭の君・
苑邑花月(ja0830)

大学部3年273組 女 ダアト
撃退士・
九十九 遊紗(ja1048)

高等部2年13組 女 インフィルトレイター
君との消えない思い出を・
駿河 紗雪(ja7147)

卒業 女 アストラルヴァンガード
208号室の渡り鳥・
鏑木愛梨沙(jb3903)

大学部7年162組 女 アストラルヴァンガード
罪を憎んで人を憎まず・
馳貴之(jb5238)

中等部3年4組 男 インフィルトレイター
勇気あるもの・
風雅 哲心(jb6008)

大学部6年138組 男 アカシックレコーダー:タイプB