斡旋所の掲示板前に、二人の学生が並んでいた。
「猫喫茶というものの存在は知っていますが…」
募集要項に書かれた一風変わったコンセプトに対し、久遠 冴弥(
jb0754)は自分なりの解釈を試みる。
「ある程度普及してきたからこそ、ひねりを入れないと他と差別化が図れない、という事でしょうか」
それを聞いて、神谷 愛莉(
jb5345)はぶんぶんと首を振った。
「ねこさんは一緒に遊んでこそねこさんなのよっ!」
その剣幕は、今にも店に殴り込みをかけそうな勢いだ。
「寝てるねこさんみてると心があったかくなるけど、人間見ても面白くないのっ」
でも、それはそれとして。
「…え、撫でたりして嫌がらない猫って本当?」
もう一人、猫好きオーラ全開の少年が身を乗り出して来る。
べたべたOK、撫で放題弄り放題の甘え好きにゃんこと聞いたら――
「…これは、行くしかないよね」
その少年、エレムルス・ステノフィルス(
jb5292)は、期待に目を輝かせながら言った。
こくり、愛莉も真剣な目で頷く。
意気投合した二人は、今にも走り出しそうな弾む足取りで店に向かって歩き始めた。
その背を見送り、冴弥はつい先程見かけた友人の姿を思い出す。
同じ様な歩き方をしていた彼女も、やはりこの依頼に目を付けたのだろうか。
そう、彼女ならこの機会を見逃す筈は――
ほら、やっぱり。
その彼女、エリス・シュバルツ(
jb0682)は、どうやら一番乗りだった様だ。
「にゃー♪」
猫達やオーナーの千鶴に猫語で挨拶をすると、猫達が一斉に駆け寄って来た。
猫雪崩に呑み込まれ、エリスは嬉しい悲鳴を上げる。
と、部屋の奥に我関せずの様子でどーんと構えている猫が目についた。
「…ドン…?」
エリスが呼ぶと、ボスの貫禄たっぷりの媚びぬ省みぬ巨大猫はぴくりと耳を動かす。
名は体を表すと言うが、ドンはまさに名前の通りに成長していた。
スコじゃないのにスコ座りをしているその腹も、貫禄たっぷりにたぷんたぷん。
「ボスになったら…ドン…太った…? 痩せないと…だめ…です…」
その腹をむにむにしながら声をかけると、ドンは「余計な世話だ」と言わんばかりに尻尾をぱたり。
「…6ヶ月振り…くらい…? 覚えててくれたかにゃー?」
気を取り直して他の猫達を撫でまくるエリスに、一匹の猫が鈴を転がす様な声で返事をしてくれた。
ベルだ。それに銀縞のシャル、金縞のトラ、もこもこのモコ。皆、首輪に小さな名札を付けている。
皆をもふもふしながら千鶴と話でもしようかと思ったが、猫達はそんな優雅な時間を与えてはくれなかった。
遊ぼうコールに負けて、じゃらしを一振り。
右、左、上、くるっと回って…どったんばったん。
「皆…大きくなっても…変わってない…です…」
ドンのノリの悪さも不動だった。
ボスは下僕を使うもの、下僕に踊らされたりはせぬ…とでも言いたそうなその態度に、エリスは悲しそうに「みゃん」と一声。
他の素直な猫達に慰めを求めるその様子を、冴弥はお茶を飲みながらのんびり眺めていた。
なるほど、これは確かに充分楽しめる。遊ばれている人間が子猫っぽい所も良い。
この店の方針、結構いけるのではないだろうか。
(…まあ、猫にとっては関係のない事ですし、ならばこちらにとってもあまり深く考える事でもありませんね)
猫達が幸せなら、それで良し。
(今日は猫さんとたくさん戯れるのですわ…!)
猫カフェは初めてというシェリア・ロウ・ド・ロンド(
jb3671)は、不安と期待を抱きつつ緊張の面持ちで店内を覗き込む。
「い、意外と広い部屋なんですのね。お邪魔します…」
隅に座って、さて誰を指名したものかとキョロキョロ。
その度に長いツインテールがゆさゆさ揺れて…
「えっ?」
向こうから猛然と走って来た銀灰色に黒の縞模様の猫が、シェリアの膝を踏み台に肩へ飛び乗り髪をげしげしぺしぺし。
「ちょ、ちょっと…!」
引っ張られた髪が痛い。
それに、その猫は見た目の割にずっしりと重かった。
「こ、これは玩具ではありませんわよ。ああ、リボンはダメです!」
髪留めに手をかけた猫を捕まえ、引き剥がして腕の中に。
が、一緒に引き剥がされた髪留めはもう一匹の足元に転がった。
ちょいちょいとそれを転がすずんぐり体型の茶トラは「ぶん助」と言うらしい。
腕の中に収まった方は「エリー」という名の人懐っこい女の子だ。
抱っこしながら背中を撫でてやると、エリーは気持ち良さそうに喉を鳴らす。
そのまま膝の上にズリ落ちると、そこで仰向けに引っ繰り返った。
「ここを撫でて欲しいのですか?」
ご要望通りに、なでもふ。
「まあ…ふふ、エリーはふかふかですわね」
満足したエリーが膝から降りると、シェリアはぶん助に近寄ってみる。
「ぶん助はどうかしら…って重!」
抱き上げようとしたが、岩の様に動かない。
無理強いは良くないと諦めたその時。
ぶん助が膝の上に乗っかって来た。
抱き上げられる事は拒否したプライドの高い彼だが、自分から甘えに行くのは問題ない様だ。
膝に座ってシェリアの顔を見上げ、かくーりと首を傾げる。
みー。小さく鳴いた。
「〜〜っ〜〜可愛いっ! 抱きしめたくなります!」
もう抱き締めてるけど。
(猫様に、じゃれ愛可能性…ここで、朽ちても構わない…)
猫様の言う事は大体わかるらしい草刈 奏多(
jb5435)は、自分も猫語で問いかけてみた。
『何やります…?』
答えたのは灰色の縞猫様、煉(れん)という名の男の子。
『お昼寝ですね…場所はそこが最適、と…』
日当たりの良い窓辺で、一緒にごろーん。
『あ、撫でろと仰せですか?』
それはどうも、気が付きませんで。
『此処ですね…?』
なでなでごろごろ、ああ幸せ。やっぱり猫様と一緒の日なたぼっこは最高だ。
『次は抱っこでございますね? はい、どうぞ』
奏多の抱き方はお気に召した様で、煉さんは喉を鳴らしてスリスリしてきた。
『やっぱり、可愛い…』
目元も頬も口元も、何もかもがだらしなく緩んで、もう止まらない。
そのうちに、煉さんは奏多の胸元でふみふみを始めた。
「うわぁ、うわぁ、うわぁー…」
思わず声に出てしまう。
キャラ崩壊? 何それ美味しいの?
「こんな楽しいお仕事があるなんて、此方の世界に来て良かったですの…♪」
リラローズ(
jb3861)は、黙っていても寄って来る猫達に囲まれて幸せ一杯。
「茶トラさん、三毛さん、黒さん白さん…皆可愛いですv」
すらりとした白猫は、金と青の色違いの瞳をしている。
「此方の子はオッドアイなのですね、美人さんですのv」
猫達と遊ぶだけで良いなんて、夢の様だ。
それに本当に人懐っこい猫ばかり。
「私も飼いたくなってしまいます」
でも、まずはきちんと仕事をこなさなければ。
「私達が楽しく遊んで、見てる人々に『自分も猫と遊んでみたい!』って思っていただけるようにすればよろしいのですよね」
でも、じっと猫を見て和むだけでは、アピールが弱い気もする。
「そうだ、私も猫になって猫さんと遊びます!」
猫耳カチューシャ&ふりふり尻尾、オン!
「こうすれば、猫さんともっと仲良くなれるような気がするのです♪」
無邪気な微笑みで猫装備を差し出すリラローズの勧めを丁重にお断りして、エレムルスは店内を見渡してみた。
「そうだなぁ…。どの子にしようかな…?」
見知らぬ人間が大挙して押し寄せたというのに、どの猫も寛いだ様子だ。
まずは軽く触れあう程度にしようと、白猫の近くに胡座をかいてみる。
そうして猫が自分から寄って来るのを待つ。決して自分から手を出してはいけない。
それが初対面の猫に対する礼儀…の、筈なのだが。
「本当に甘え好きなんだ…」
警戒する様子もなく膝に乗って来た猫の背を撫でながら、エレムルスは目を細めた。
丸くてふわふわ、少し足が短めの女の子だ。
「抱っこしても、大丈夫かな…?」
恐る恐る抱き上げてみる。無抵抗だ。それどころか嬉しそうにスリスリしてくる。
「可愛いなぁ…♪」
と、羨ましそうにそれを見上げる4つの瞳。
「なに? 抱っこしてほしいの?」
違う? じゃあ遊びたいのかな?
試しに小さな鈴入りボールを転がしてみると、黒と灰色の活発そうな猫達は大喜びで食いついて来た。
しかし、どうやら人に転がして貰わないと面白くないらしく、二匹は遠くに行ってしまったボールをじっと眺めている。
咥えて持って来る、なんて事はしてくれない様だ。
「じゃあ、これでどう?」
片手で白猫を抱いたまま、エレムルスは器用に鋏を動かして紙に穴を開け始める。
何個も開けたその穴から、じゃらしを出したり引っ込めたり。
「ふふっ…こっちこっち…♪」
じゃらし版モグラ叩きは猫達のハートを鷲掴み。
紙はあっという間に破かれてボロボロになったけど、いらない紙ならいくらでもある。
「ちびちゃーん、おいでおいで〜」
愛莉は一番体格の小さな三毛猫を抱き上げて、所構わず撫で回す。
ついでに細い前足をそっと掴んで、肉球を…
「あー、やっぱりこの感触楽しい…」
ぷにぷにぷにぷに…
「…はっ」
いけない、何処か知らない世界に旅立ってしまう所だった。
「そろそろ、おやつの時間かな」
自分はケーキを注文し、膝に乗せた猫には猫用のおやつを…
「あれ? ちびちゃん意外に食いしん坊?」
もっともっとと催促されて、愛莉は自分のケーキを食べる暇もない。
結局おやつをお代わりし、漸く満足した猫は愛莉の膝で寝息を立て始めた。
その背を撫でながら、愛莉はやっと自分のおやつを口に運ぶ。
「続き部屋…入れないかなぁ…涼しい中でねこさんにまみれてお昼寝…あこがれるですのぉ…」
カフェの方は寝っころがれないし…と思っているうちに、自分も船をこぎ始めた。
「ああ、ほら…絡まってしまいますわ」
シェリアの髪を結んでいたリボンは解け、くしゃくしゃになったそれでエリーが一人遊びをしていた。
それを取ろうとした手にも絡み付いて来る。
爪は立てないのはお利口さんだが、興奮すると忘れがちになるのは…まあ、仕方がないか。
どうやら、じゃらしやボールよりもリボンがお気に入りらしい。
取り返すのは諦めた。
「それは差し上げますわ」
もとより、帰り際にはお揃いのリボンをプレゼントするつもりだったけれど――
皆が猫達と遊び始めて暫く経った頃。
(・ω・(・ω・(・ω・(・ω・(・ω・ミ
見るだけで混ざらない冴弥に、無垢なまなざしの嵐が襲いかかる。
「ではそろそろ参加しましょうか」
その無言の圧力に屈し、冴弥は猫用のおやつを手に立ち上がろうとして…
「…え?」
「いくにゃ、にゃんにゃんアタック…!」
押しが足りないと見たエリスは、猫力(物理)で攻撃を仕掛けて来た。
猫達を飛びつかせてにゃーにゃー鳴かられてもふられて肉球でぺしられるだけの奥義ですが何か。
え、もうとっくに落ちてる?
それは失礼しました。でも、この際だし――
「あ…冴弥…これ…用意しておいたから…付けて…くれたら…嬉しい…かも…」
猫耳尻尾を差し出すエリス。
「きっと…これあれば…にゃんことも…すぐ仲良くなれます…きっと…」
こくり。
「…わかりました」
勝てない。猫とエリスには勝てる気がしない。
素直にそれを装着すると、冴弥は猫達におやつを差し出してみる。
「…初対面なのに手から直接食べるとか、よほど人に慣らされてるんですね」
それに、食事中に撫でても怒らない。
お腹をくすぐるように撫でても、肉球をぷにってみても、耳を触っても大丈夫。
ちょっと楽しくなってきた。
「ここは嫌じゃないかにゃ? 大丈夫かにゃ? ん、良い子だにゃー」
思いっきり相好を崩して、猫なで声で語りかける。
「…あ、いえ、これはその、あくまでお仕事として楽しんでる様子をみせるためにですね?」
うん、わかってる(にやり
おやつの匂いを嗅ぎ付けたのか、リラローズと遊んでいた猫達もしきりに鳴き始めた。
「お腹空いたの? 一緒におやつ食べましょうね♪」
自分はケーキと紅茶を注文し、猫と一緒におやつの時間だ。
「コーヒー…は香りがダメだろうし、紅茶かな。この子には…何がいいだろう」
甘えん坊の白猫を膝に乗せ、エレムルスも紅茶で休憩。
ササミやカニカマ味のスナック、歯磨きが出来るおやつもあるけれど。
「猫さんと見た目お揃いのお菓子などいかがでしょう」
お腹が一杯になった猫達に添い寝しながら、リラローズが言った。
「一体感があると楽しいですし、猫さんと遊ぶだけでなく、そこでしか手に入らない物、といった稀少性を付加する事も大事かと」
ミニたい焼きや、猫が食べても大丈夫なケーキ…
「フォンダンショコラとか…どうかな…? 暖めたら…とても…美味しい…」
エリスが言った。七色バージョンなら見た目も派手だし、作り方もそう難しくない。
「プリン欲しいなー」
愛莉の提案はレンジで出来る超簡単プリン。
「猫さんと同じメニューなら…肉団子駄目かな?」
素材は同じで、人間用だけ味付けを変えれば行けそうな気がする。
「ドーナツは、如何ですか…」
奏多が差し出したのは、丸い形に三角の耳が付いた可愛いドーナツだった。
「猫カフェなので、ドーナツに…耳つけてみました…作るの、楽しいですし…お客様増えるかもです…」
プレーン、イチゴ、鰹節。
鰹節味は、食いしん坊の煉さんが殆ど食べてしまったけれど。
「自分も、ドーナツ屋…営んでおりますので、営業仲間ですかね…」
可愛くて美味しいドーナツは、皆の評判も上々だった。
「数量限定販売でテイクアウトも可能にすると、其方の方でも収益を得られないでしょうか」
リラローズの言葉に、奏多はレシピを手渡すが…
「それなら、あなたの所で作ってくれないかしら」
千鶴が言った。
「あなたも納入の度に猫達と遊べるし…ね、どう?」
このコラボ、良いかもしれない。
製造元の店名を入れれば互いの宣伝にもなるだろうし。
他のメニューは少しずつ試していくとして――
やがて皆が遊び疲れる頃には、店の前には結構な人だかりが出来ていた。
これなら宣伝効果もばっちりだ。
「こんなに猫さんと戯れたのは初めてですわ。今日は良い思い出になりましたの」
シェリアが後ろ髪を引かれる思いで席を立つ。
名残惜しいが、そろそろお別れの時間だ。
「楽しかったー、又来たいなぁ」
愛莉は最後に三毛猫の頭をひと撫で。
『有意義な時間を…ありがとうございます…』
煉さんに一礼し、奏多も店を出る。
「本日は…ありがとうございました。辛いこと、あるかも知れませんが…貴方なら…大丈夫ですよ。それでは…」
「…ふぁ…満足♪ …また来ますね。今度はお客としてですが」
エレムルスも満面の笑顔で手を振っていた。
「末永く、商売繁盛されますように」
リラローズが祈りを込める。
後に届いた手紙には、感謝の言葉と共に「大盛況」の文字が躍っていたそうだ。