「ダンさんは日本の事をまだ知り尽くしていませんっ!」
黒瓜 ソラ(
ja4311)は力説していた。
先に立ってずんずん歩くサムライの前へ回り、後ろに付きながら、真のジャパニーズマインドとは何たるかを説いていた。
この国には侍や武士道よりも、もっと素晴らしいものがあるのだ。
「それは……ニンジャですっ! ニンジャソウルをもったニンジャは実際無敵! 末法めいたこの世をカラテと術で生き抜くヒーローなのですよっ!」
忍者じゃなくてニンジャ。これ大事。
どうやらソラは「何か」の影響を受けているらしく、他の単語も独特のカタカナ語で発音されているのだが……しかし、その「何か」を知らないダンには普通の日本語にしか聞こえなかった様だ。残念!
(BUSIDOUですか……)
そのやりとりを見ながら、仁良井 叶伊(
ja0618)は自分なりの考察を纏めてみる。
(今から150年程前に若い武士がニューヨークに渡って人気を博した事で、色々と誤解を招く事態になったのも……あるのでしょうね)
騎士は日本に来ていないらしいのと、日本人の性質から、日本人の騎士に対する誤解はそこまでではないと思うが。
いずれにしろ、この誤解には長い歴史がある。多少の説得では、その修正は難しいだろう。
そうこうしている内に、一行は現場に到着した。バリケードの向こうに、ホネホネの姿が見え隠れしている。
「説法中だったんですがね……しょーがないです。天魔殺すべし、慈悲は無い。サツバツ!」
討伐が先だと、ソラはスナイパーライフルを構えてスケルトンに狙いを定めた。
だがその時、助けを求める子猫の声が!
仲間の制止も聞かずに飛び出すサムライ! その背中はソラの射線を思いっきり塞いでいた!
「……猫好きの人に悪い人はいないと思うけど……、まずはこの状況をどうにかしないとね……」
紅 アリカ(
jb1398)がその着物の襟首をむんずと掴んで引き戻そうとするが、火事場の馬鹿力なのか何なのか、ダンはそれを振り切って突っ走る!
「これだからアメリカ人は……」
それを見て、英国紳士カーディス=キャットフィールド(
ja7927)は軽く肩を竦めつつ、余裕の笑みを浮かべた。
(侍? ブシドー? ……そんなものよりも私がもっとイイモノを教えて差し上げましょう……)
大体、自分で見つけた訳でもない武士道を派手にかざしてもかっこ悪いだけだ。
「本当に格好いいのはジャパニーズニンジャ! シノビデース! HAHAHA」
おかしな口調が空気感染したらしい。日本と忍者が大好きな英国紳士は、高らかに笑いながらサムライの膝に背後から跳び蹴りをカマした。所謂、膝カックン。
「ぉオウっ!?」
しかしサムライは挫けない。不屈の闘志で転倒を阻止して走り続ける。
かくなる上は投網で捕獲。大丈夫、投げ方は時代劇で見た事がある。ここをこう持って、こう……シュート!
勢いよく投げられた網は華麗に広が……らなかった。塊のまま飛んで行き、ダンの背中を直撃する!
「ぉオウっ!?」
今のはちょっと効いた。
その隙に、犬乃 さんぽ(
ja1272)がニンジャの俊足で追い抜いて行く。
「ブシドーとは死ぬ事と見つけたりか、ガイダーくん天晴れ……」
ブシドーは正に日本の神秘。サムライとニンジャ、共に日本を愛する者として、それを極めんとする志は全力で応援しよう。
しかし、ニンジャ道(みち)とて負けてはいない!
「でもごめん、ニンジャ道はヒーローの道、誰かを生かし笑顔を守るものなんだ」
キラリ、笑顔が光る。
「英雄燦然ニンジャ☆アイドル! 虚ろな視線もボクに釘付け☆」
闇を切り裂くスポットライトが、歌って踊れるアイドルニンジャの姿をくっきりと照らし出す!
敵の視線はさんぽに釘付けだ!
おまけにダンまで釘付けにした!
「これが、ニンジャ……!」
青い目から、巨大なウロコが剥がれ落ちる。
その背後から、そっと近付く影ひとつ。ハリセンを握り締めた、賤間月 祥雲(
ja9403)だ。
(あの人……いじられ……キャラに……するか……。それは……それで……いいかも……)
ふふふと笑いながらハリセンを振りかざし……
――スッパーーーン!!
後頭部にスマッシュ込みの全力ツッコミが炸裂した!
「気絶……した?」
祥雲はその枕元にしゃがんで、顔を覗き込む。指先で頬をツンツンしてみる。動かない。
「うん……したね……」
ふふふ。
じゃ、これは縛ってそこら辺に転がしておこうか。
「後で……きちんと……話し合い……しましょうね……」
この場合、話し合いと書いて洗脳と読むんだけど。
猫の素晴らしさを頭に叩き込んであげよう。
さて、これで邪魔者は片付いた。
「あー迷惑な阿修羅っ! 絶対葉隠読んだ事ないわね」
ぶつぶつと文句を言いながら、礼野 真夢紀(
jb1438)が飛び出す。
「でも、にゃんこ保護の為にまずは敵殲滅!」
その苛立ちをぶつけるかの如く、スケルトンの集団に向けて炎陣球をぶちかました。続けて炸裂符を投げ付けると、骨の体が弾けてバラバラになる。
「まあ……良くその程度で生き残っていた物で……」
呆れ気味に呟くと、叶伊は飛んで来る矢を白銀の杖で叩き落としながら、接近戦を挑める間合いまで距離を詰める。
敵を射程に捉えると、叶伊は神速で踏み込むと同時に巨大な戦斧に持ち替えて……バックスイングから、強振!
――カキーン!
良い音がして、打球はライナーでバックスクリーンへ一直線。
名付けてスケルトンでフルスイング。
そしてホームランの勢いそのままに、叶伊は体を軸にして回転を始めた。
人間独楽か、はたまた鋼鉄の竜巻か。スラッガー叶伊はカランカランと音を立て、スケルトンを粉砕しながら竜巻の中に巻き込んで行く。
見える筈もないのに塹壕や落とし穴を巧みに避けながら進むその技は、まさに達人!
残る集団に、祥雲がいそいそと近付いて行く。打刀を思い切り振り切ると、乾いた音がして骨が散らばった。
「ばらばらりん……ばらばらりん……これ……楽しい……」
からーん、ころーん、ばらばらりーん。
「いい音だ……」
うっとりしつつ、ばらばらりん。片っ端から、ばらばらりん。
散らばった骨をザクザク踏みながら、次の目標に向かって……ばらばらりん。
別の場所では、纏まっていた所をアリカの大剣グランヴェールで豪快に薙ぎ倒され、バリケードごと纏めて吹っ飛ばされている。
飛んで来る矢は剣の腹で弾き返し、そのまま横にスイング。
念の為に魔法攻撃の準備もして来たが、どうやら大剣一本で事が足りる様だ。
事前に聞いた「無効な攻撃」以外なら何でも効くし、特に弱点を衝く必要があるほど強くもない。と言うか、弱い。
そう、効果が無いのは銃撃や刺突のみ……
と、思ったのだが。
(隙間だらけで銃は無効?)
狙撃銃を構えたソラが、ふふりと笑う。
(何時から錯覚していた……? 細い骨を狙うと)
ソラは知っていた。スケルトンの弱点……それは、骨盤であると!
「胴体と下半身を分離させてやります! 屍が動くな、地に還れ!」
カッシャアァァン!
良い音を立てて、骨盤が砕け散る。何が起きたのかわからないまま、スケルトンの体は上下に分断された。
……その発想はなかった……!
恐らく、撃たれた方もそう思っている事だろう。その場に立ち尽くす下半身を残し、上半身が必死の思いで這いずりながら逃げて行く。
「タツジン! 次!」
逃げる半身は追わず、ソラの銃口は次の獲物へと向けられた。
しかし、逃げたスケルトンがほっとしたのも束の間。その体は、まだ回っていた叶伊のトルネード打法に巻き込まれ、砕け散る!
撃退士達の容赦無い攻撃に晒され、残り僅かとなったスケルトン達は、全身の骨をカクカク震わせながら逃げ出した。
しかし、彼等の逃げる先からは子猫の鳴き声が聞こえている。それに気付いた一体のスケルトンが、ふと足を止めた。やられた腹いせに、自分より弱い者をいたぶるつもりなのだろうか――
しかし、そんな事はさせない!
「だめぇぇ……幻光雷鳴レッド☆ライトニング! ホネホネだってパラライズ★」
さんぽの指先から迸った真紅の雷光がスケルトンを直撃した。赤い光の中で、ホネホネのシルエットがギャグマンガの様に激しく明滅を繰り返す。そのショックで、スケルトンは痺れて動けなくなった。
その隙に近付いた祥雲が、ばらばらりんと吹っ飛ばす。
残りの敵も、竜巻に巻き込まれ、大剣で吹っ飛ばされ、骨盤を粉砕され、吸魂符で生命力を吸われて、その体を大地にバラ撒いていった。
「……子猫は無事でしょうか……」
アリカが落とし穴を覗き込むと、底の方から「ミャア!」と元気な泣き声がした。
撃退士達は寄ってたかって子猫を救出し、その無事を喜び合う。
「ほーら……お食べ……」
祥雲が猫缶を差し出すと、白黒ブチの子猫は顔全体を缶の中に突っ込む勢いで猛然と食べ始めた。
余程腹が減っていたのだろう。アリカにそっと背中を撫でられても気付かないほど、子猫は食事に夢中になっていた。
その少し前。
祥雲のハリセンスマッシュに倒れたサムライは、ロープで縛り上げられ、転がされていた。
「さて……どうもただの説得では効果が薄い様ですからね」
手足の自由を奪われ、横たわる少年の耳元にそっと唇を近付ける英国紳士。
のしかかる様にして体の脇に肘を付くと、三つ編みにした長い黒髪が少年の胸元にはらりと落ちた。
(……っ!)
そんなドキドキの光景に、傍らでスケルトンに炎陣球をぶち込んでいた真夢紀の胸は高鳴る。
これはもしかして、薄い本が出る展開!?
……と、思ったら。聞こえて来たのは、こんな色気も何もない台詞だった。
「闇夜の中を音もなく忍び寄り命を刈り取る無情さ! 陰ながら諜報活動! 渋いデース!」
カーディスは意識のない相手に向かって語り続ける。
「侍が表で戦っている時、忍者は裏で戦うのデース!」
シノビはCOOL、サムライはNOUKIN。忍者がいかに素晴らしいものか熱く語る英国紳士。
「それにレベルの高い忍者は素っ裸で首を刈り取りマース! OHチョーカッコイイ! HAHAHA」
どこの電脳世界のお話ですか、それは。
しかし、純真なサムライは信じた。彼の夢の中に、気を失う直前に見たニンジャの姿が甦る……
そのニンジャは降り注ぐ矢を巧みに避けながら走り、無数の棒手裏剣をスケルトン達に投げ付けた。
そしてトドメは……
「ニンジャ力ならもっと沢山飛ばせるもん……鋼鉄流星ヨーヨー☆シャワー!」
投げ付けられたデュエルヨーヨーがスケルトン達の骨に絡み付き、切断し、粉砕する!
「これがボクのヨーヨー忍法だよっ!」
キラーン!
夢はそこで途切れた。
サムライの瞼がゆっくりと開かれ……その顔を覗き込むカーディスと目が合う。
暫し見つめ合う中で、何か通じるものがあっったのだろうか。
やがて、ダンはぽつりと言った。
「アナタも……ニンジャデスカ?」
厳かに頷く英国紳士。
「……ニンジャ……素晴らしいデス……!」
見よ、これぞ睡眠学習の効果!
やがて、戦いを終えた仲間達が戻って来た。
「おぉ、アナタは……!」
さんぽの顔を見て、ダンは瞳を輝かせる。
「クノイチ!」
え? それって、女性の忍者の事じゃ……?
「ぼっ、ボク男だから……」
真っ赤になったさんぽの言葉に、ダンの目からは再び何かが剥がれ落ちた。
ニンジャ、奥が深い。
しかし彼は武士だ。武士たる者、そうそう節を曲げる訳にはいかないのも事実。
武士道とニンジャ道の間で男心は揺れる。
そんなダンに、さんぽが笑顔で告げた。
「ブシドーこれからも貫いてね、ボク応援してるから」
「……良いのデスか!? アナタ、ニンジャデスのに!」
何と心の広い人だ。腕が立つ上に、人間も出来ている。これぞニンジャのカガミ!
感動に打ち震えるサムライ。
だが、そこにキツい一言が突き刺さった。
「あんた本当に「葉隠」読んだ事あるんですか?」
真夢紀が腰に手を当てて仁王立ちしている。相当お怒りのご様子だ。
「武士道とは死ぬ事と見つけたりの後にはねー、目的を達せずに死んだならそれは犬死にだって文があるの! 大事な目的の時には死ぬ事を恐れず行動しろっていうのが本来の意味! 危険依頼に出る人達の心意気よ! 連携すれば仲間を危険に曝す事もない所で特攻やれなんて書いてないのよ、アンタのやってる事は武士道の真逆!! 腹切りなんてね、天魔殲滅という大事の前にやる人いる訳ないでしょ!」
一気にまくし立てて、ふっと息を吐く。
「第一葉隠って、戦乱の世終わった時期の人が書いた本よ、説教臭いし……」
それに。
「道なんて各々自分で見つけ出すものじゃない?」
それだけ言って、ぷいと背を向ける。
代わってアリカが口を開いた。
「……貴方は、武士道云々を語る前にまず仲間と協調する事を覚えた方がいいわ。昔の武士でも、味方に迷惑をかけてまで死に急ぐ事はなかったでしょうし……」
あくまで静かに、理性的に。
「……私はね、本当の武士道とは信頼する仲間のために命をかける事だと思うの。貴方にとってその猫が大切であるように、私にとっても貴方や他のみんなが大切だもの……」
祥雲の手に抱かれていた子猫が、ダンの膝に降ろされる。空腹が満たされた子猫は、安心した様子で毛繕いを始めた。
「『和を以て貴しとなす』って言葉があります」
襟を正したソラが言った。
「自分の正義を、信念を貫くのはとても素晴らしい事です。でも、独りよがりではダメなんです。相手を敬い、話を聞き、意見を取り入れ、そして自分の伝えたい事も伝える。そうやって調和を保つことのほうが、よほど素敵な事だと思いませんか」
最初のノリとは打って変わった真面目な様子に、ダンも思わず素直に頷いてしまった。
「にゃんこサン、助かって良かったデス。ありがとうゴザマシタ」
自分が特攻しても、この猫は助けられなかった。助けたのは仲間達だ。
命と引き替えに、他の命が無条件に救われる訳ではない。
助ける為には他の誰かの手が必要なのだ。
彼の中で、ほんの少し……何かが変わった。
「……あの文章の後には、今におけるビジネスマナーや礼法について書かれているわ。ちゃんと読んでみた方がいいかもね……」
「現代語訳、出てるわよ」
アリカの言葉を受けて、真夢紀がまだ怒っている様な口調で言った。
中には彼に読ませるのはどうかと思う様な部分もあるが、まあ、それはそれで。
「ところで、この子はどうしましょうか」
子猫を入れたケージを大切そうに抱えたカーディスが言った。
首輪はないが人慣れしている様だし、迷子かもしれない。
ならば、探して届けてやるのも仕事のうちだろう。
その後、子猫の飼い主は無事に見付かった。
そしてサムライはニンジャの心を得て、新たな道を歩み始めたらしい。
サムニンドーという、前人未踏の険しい道を……!