「これだから、君は。中々どうして、俺を飽きさせてくれないな」
ディートハルト・バイラー(
jb0601)は小刻みに肩を震わせながら、こみ上げる笑いを堪えていた。
暇なら付き合えと言われ、何事かと思って来てみれば。
「まさか、見合いとはね」
しかし当の門木は何がそんなに受けているのか、さっぱりわからない。
「ああ、すまないね。誰か説明してあげてくれないか」
そう言われて、年齢的に最も見合いとは縁遠いであろう蓮城 真緋呂(
jb6120)が答えた。
門木が見合いをすると聞いても何だかピンと来なかったが、どうやら本人が一番ピンと来ていない様だ。
黙っておいた方が面白くなりそうな気もするが、説明が必要とあらば。
(とりあえず、私は美味しいご飯が食べられればいいの♪)
という事で、かくかくしかじか。
「…知ってたか、二人とも…」
真実を知って青くなった門木は、二人の天使に問いかけた。
「ええ、それは勿論〜」
事情通のアレン・マルドゥーク(
jb3190)が答える。
今日は未婚女性が着る様なピンクと黄色を基調に艶やかな花を散らした振袖姿、綺麗な指輪にメイクもばっちり。
普段は女性扱いされるとしょんぼりだが、今回は特別だ。
同性の前でなら相手も油断して本音を漏らしてくれそうだし。
「はい…ぁ、いえ、私もこの機会に調べて、初めて意味を知りました」
一方のカノン(
jb2648)は正直に頷いた。
良かった、仲間がいたよ。でも、きちんと自分で調べて来る辺りがズボラな門木とは違う。
服装だって普段とは違う。今日のカノンは淡いベージュのフレアスカートにペイルブルーのニットを合わせて白いベルトをあしらい、上には薄手の白ジャケットを羽織っていた。
実は「月刊Yagis」に載っていたそのままのコーデだが、これなら本人が見合いの席に座ってもおかしくないだろう。
「先生…よく分からないものは、きちんと確認してから返事するようにしないと…」
「…すまん」
門木は神妙な顔で頷く。
「で、先生はどうするんだ?」
色々と考えると自分も他人事ではないお年頃のダンディーなおじさま、リーガン エマーソン(
jb5029)が尋ねた。
「…どう、しよう…」
門木、困っている。自業自得だが、思いっきり困っている。
「どれ、ちょっと見せてくれるかな」
ディートハルトが見合い相手の写真を開いた。
「へえ…中々美人じゃあないか、なぁ?」
仲間の女子に同意を求めてみる。
「29歳? とても見えんね、流石に東洋人は若いな」
しかし彼女達の目を引いたのは、一緒に挟まっていた門木の写真だった。
「あ〜」
アレンが声を上げる。
これは以前、自分が変身させた時のものではないか。
それが巡り巡って、こんな事になるとは。
少しばかり責任を感じたアレンは、急に真面目な顔になって門木に向き直った。
「お相手は一般の人間なのですね」
それなら、自分達天使とは年の重ね方も寿命も違う。
「もし人間のお嫁さんを貰ったら…お嫁さんは自分だけ老いる悲しみ、先生は奥さんの老化と死を短い時の中で体験する悲しみ。生まれたお子さんが天使の特性を継いでいれば、奥さんは我が子の成長を見届けられない悲しみ。人間の特性を継いでいれば。先生は我が子にも先立たれる悲しみ」
高い壁が多い。と言うか、壁だらけだ。
人間同士であっても、妻に先立たれた悲しみが大きすぎて病んでしまった例を身近に知っている。
「本当にお見合いしてしまうのですか?」
門木は首を振った。
そもそも相手の種族が何だろうと、結婚など考えた事もないのだ。
その前に恋愛経験さえない。
「とは言え、一度引き受けた以上すっぽかせないですし、結果はともかく何とかしないといけませんし」
カノンが困った様に首を傾げる。
それならと、藤咲千尋(
ja8564)が言った。
「すっぽかせないなら、ぶち壊せば良いんだよね!!」
だって――
「恋愛や結婚はお互いが望んでするのが一番のはずだよ!! ナーシュきゅ…」
げふん。
いやいや、今の門木はちっちゃくないし、ひざ小僧だってつるつるぴかぴかじゃないし!
「門木先生が本当にお見合いしたいなら邪魔はしないけどね!!」
いいえ、そこは是非とも邪魔して下さいお願いします。
「わかった、じゃあまずは…先生の服装はそのままでいいよ!! むしろそのままがいい!!」
「そうね、先生は普段通りの白衣でいいと思うわ」
千尋の提案に、真緋呂も頷く。
渋イケメンに一目惚れしたという相手の幻想を、初っ端から完膚無きまでに打ち砕くのだ。
「と言うか、ありのままの先生を気に入る人じゃないとダメだと思うし」
友人としての付き合いが続く事になったとしても、そこは重要だ。
(良いのでしょうか、成否はともかく礼儀は礼儀なのでは…)
カノンは思ったが、人間である二人が言うのだから問題はないのかもしれない。
それにこの作戦は、彼女自身も念頭に置いていた。
とは言え必要以上に飾ることも無いが、必要以上に悪く見られることも避けたいし…ぐーるぐるぐる。
しかしやっぱり、礼儀は礼儀だった。
「ちょっと先生、そんな格好で!?」
料亭で待ち構えていたオバチャンから待ったがかかる。
ありのままの姿をという生徒達の意図もわかるが、世の中にはその場に合った相応しい格好というものがあるのだ。
ましてここは見合いの場、先方に失礼があってはならない。
それに、間に立つオバチャンの立場もあるだろう。
「大丈夫です、スーツは用意してありますから」
流石、カノンは用意が良い。
「…悪いな、ちゃんと洗って…返すから」
スーツを着てネクタイを締め――
「ああ、ダメダメそんな頭じゃ!」
チェックが入って、アレンの手で髪もきちんと整えられる。
「あ〜、またまた渋イケメンが出来上がってしまいましたね〜」
どうしよう、のっけから計画が頓挫しそうだ。
『そこは大丈夫だと思いますよ』
カノンは意思疎通で語りかける。
『後は先生が普段の調子なら自然と「なんか違う」という方向に行くと思いますから』
それもそうか。
そもそも教え子を連れてくるような場ではないし、その時点で向こうの両親は――
ほら、首を傾げてる。
本人だけは、何やら舞い上がった様子だが…
それもその筈、目の前には眼福な面子が揃っているのだ。
門木を中心に、右にアレン、左にカノンの美女二人。
その両脇はディートハルトとリーガンというダンディなオジサマが固めている。
…まあ、端っこに居る高校生っぽい二人の女子はどうでもいいけど、って失礼な。
オヤジスキーや美女スキーには、まさに天国。
そして原田真理は、その両方の属性を兼ね備えていた…勿論、両親には内緒で。
(どうしよう、目移りしちゃうじゃない!)
そんな心の声が聞こえてきそうだ。
さてさて、この見合い…果たしてどうなる事やら。
事の顛末を語る前に、ここで少し時間は戻る。
旅行代理店のお姉さんが秘密の依頼を託した、その時に。
「良かったぁ、あんた達も壊す気満々だったのね!」
「そりゃもう、渡りに船!!」
ほっと安堵の息を吐いたお姉さんに、千尋は任せておけと胸を張る。
「でも、ぶち壊すって言っても誰も傷付かずに破談に持って行く方向だから、安心して!!」
「そうだな、いい人そうだけれど結婚にはちょっと…といった感じに持っていくつもりだ」
リーガンが頷いた。
いい人と言うより、面白い人という評価になりそうな気もするが。
「しかしまた、何だってこんな依頼を出す気になったんだ?」
ここに至る心境を訊いてみたいと、リーガンはお姉さんの顔を覗き込む。
しかし、答えたのは真緋呂だった。
「お見合い壊したいって事は要するに、門木先生が好きって事よね?」
「ば、ばばばばバカ言ってんじゃないわよ! アタシはただ…っ」
だが、真緋呂は生温かい微笑みを浮かべながら、その肩をぽんと叩いた。
「お姉さんも前途多難そうだけど頑張れ」
にっこり。
さっき聞いた所ではハードルはかなり高そうだが、愛さえあれば何とか。
そんな事より…
(私は美味しいご飯が食べられれb(ry)
皆のこの勢いなら放っておいても破談は確実、間違いなし。
大船に乗ったつもりで、どーんとご馳走をお願いします。
「果たすべき役割は果たして行くことにしよう」
しかし、とリーガンは続ける。
「この依頼完遂する事は誓うが、また次の見合いが無いとは限らないぞ」
「ちょ、何それ脅してるの!?」
「いや、事実を言ったまでだ」
そして事実とは時に残酷なもの。
「頑張れお姉さん」
ぽむ。真緋呂が再び肩を叩いた。
そして再び見合い会場。
「久遠ヶ原学園高等部2年10組、藤咲千尋です!!」
元気だ。やたら元気だ。若いって良いなぁ。
「先生はちょっとぼやーっとしてるとこがあるので今日は付き添いで来ましたー!!」
うむ、正直でよろしい…と、門木は思う。
だが先方は目を丸くしていた。
生徒が付き添いって何だ、しかも見合いの席に。
「先生に頼まれてついて来ました。宜しくお願いします」
真緋呂は微笑みながら頭を下げる。
「頼まれた?」
父親がやっとの思い出口にした。
「はい。先生、お見合いってよく分かってなくて、とても心配なんですよね」
生徒に心配される先生って何?
「私は先生と同郷の縁で〜」
今度はアレンが天使の微笑みを向ける。
同郷? でもどう見ても外国人でしょ?
この場合は同じ天使という事を指すのだが、そこは門木の意向で伏せておく事になっている。
いすれ話すつもりではいるが、オバチャンでさえ知らない重大な事実をこの場で明かすのは、何となく申し訳ない気がするのだ。
「ね、面白い方でしょ?」
オバチャンがフォローするが、反応は今ひとつ。
『両親はわりと頭の固い常識人っぽい!!』
相手の様子をじっと観察し、聞き耳を立てていた千尋は、そう書いたメモを仲間内に回していく。
それならと、アレンが少し物騒な事を口にしてみた。
「先生は天魔に命を狙われてるから、護衛が必要なのですよ〜」
原田家周辺の体感温度が5度下がった!
しかし、真理はさほど気にする様子もない。
それどころか、何やら尊敬の眼差しを向けている。
「そうまでして、私達の為に力を尽くして下さっているのですね!」
情報がだいぶ美化されて伝わっている様な。
渋イケメンなら無条件で格好良いと思い込んでいる様な。
『ヤバイ!! 好感度上がった!!』
そうこうするうちに、相手の両親から怖れていた質問が来た。
「失礼ですが、ご両親は?」
「ぁ…いないんじゃないかしら…」
こう、触れちゃいけない感を醸し出しつつ真緋呂が答える。
「亡くなられたのですか?」
「あ、いえ…」
そうじゃないけど、何で察してくれないかな。
『先生、ここは仕事の都合で来れないという回答が無難です』
意思疎通によるカノンの助言に従い、門木はその通りに答えた。
しかし相手は食い下がる。
「どの様なお仕事を?」
両親も高齢の筈。それでも仕事で忙しいという事は、企業の役員等それなりの地位にあるのか。
それとも逆に、年金では暮らせない程に困窮しているのか。この男は両親に仕送りもしていないのだろうか。
門木の答えは――
「…いや…俺、家出中…で」
最悪だった。
いや、破談に近付いたという意味では最善かもしれない。
「では、こちらからも質問させて貰おうか」
案の定、自分からは何も話そうとしない門木に代わって、リーガンが言った。
「将来の事について、何か希望は?」
低音の美声に耳を傾ける真理は、明らかに舞い上がっている。
やはり渋い男性に無条件で惹かれる属性があるのは確かな様だ。
「出来れば結婚観も聞かせて欲しい」
だが、返って来たのは模範解答。
何を訊いてもそんな調子だ。趣味も読書の感想も、思い出話も。
猫を被っているのは間違いない。
「先生の趣味もお話するといいと思うわ」
真緋呂が促す。
「…俺の趣味…くず鉄作り?」
『先生、それは趣味とは言いません』
カノンがツッコミを入れた。
趣味だったら生徒達に殺されるから。
「…じゃあ…ガラクタ集め、か」
「本当に趣味なんですか、それ」
スキルを使い切れば後は小声でひそひそと、カノンは門木の受け答えに逐一世話を焼く。
先方からのものや、仲間が考えた質問に対する二人の答えは、やはり何となくズレた感じで…
「お姉さんは先生の何処を気に入ったんですか?」
スットコな問答が積み上がった頃合いを見計らって、真緋呂が尋ねる。
「えーと…天魔と戦う為に日夜研究を続けるご立派な…」
「へえ…だって、先生。先生ってそういう人だったかしら?」
ふるふる、門木は素直に首を振る。
いや、頑張ってるのは多分事実だが、そんなご立派なものでは…ねぇ?
「良かった。顔、と言われてしまえば俺に勝ち目はないだろうがね」
そこに、ディートハルトが渋い笑みを浮かべながら割って入った。
「正座は苦手でしてね…申し訳ないが、胡座でも?」
了解を得て膝を崩すと、ダンディなオジサマは語り始める。友の愛すべき点を、つらつらと。
「Mr.カドキは…そうだな、例えるなら天使のような。だろうか。箱入りと言えば聞こえは良いが、良くも悪くも冗談が通じない」
それ、褒めてるんだろうか。
そしていつの間にか、語りは自分の事になっていた。
真理は流れる様なトークに引き込まれている。
「料理が上手、とても素敵だが…それなら、不摂生な男は嫌いだろうか」
「え?」
何だろう、真理の頬に赤味が差した様な?
「俺はどうにも、生活が雑でね。もし嫌いなら残念だな」
「いいえ、そんな事は…」
これは、落ちたか?
「お母さんも料理が上手なんだろうね。その愛らしさも、どうやら母譲りだ」
「そんな、あの、困ります…」
落ちたな。
流石に期待通りの見事なテクニックだと、リーガンは感心する。
不良中年、かくあるべし。
これでもう、この話は放っておいても「なかった事」になるだろう。
勝利を確信した皆は、遠慮なく食事を楽しみ始めた。
「おかわりしてもいいですか?」
真緋呂など早くも一人前を平らげてしまった。
が、オバチャンは勘弁してくれと首を振っている。
「良かったらどうぞ」
そこに、カノンが自分の膳を差し出した。
食欲がない様だが、腹の虫は元気に…いや、気のせいですね。はい。
「嬉しいね…卒業したら、また会ってくれるかい」
帰り際、ディートハルトは真理に甘い言葉をかける。
両親の視線が突き刺さるが、気にしない。
「すまないね、Mr.カドキ」
何やら横取りする様な形になってしまったが。
「君が結婚して、若し何処かに行ってしまう事があれば…それは、とても寂しいと思ったんだよ」
口説かれている気がするのは、気のせいだろうか。
GETした彼女はどうするんだろう。
「まぁ縁は結構身近にあるものですよ」
リーガンは門木の肩を軽く叩く。
視線の先で、誰かが素早く身を隠す気配が――