夜の廃墟は真っ暗闇だった。
楊 玲花(
ja0249)の提案で昼間のうちに戦闘場所となる辺りを調べてはおいたが、それでもやはり昼間の景色とはかなり違って見える。
いや、ぼんやりとでも見えるだけ、まだ良いかもしれない。
「私が育った所なんて、自分の手も見えないくらい真っ暗でしたよ」
南 日向(
jb6026)が言った。
その声が少し震えて聞こえるのは、気のせいだと思っておこう。
「都会の夜は田舎よりは暗くない……けど、やっぱりまだ緊張しますね」
怖くない、怖くない。
そうだ、こんな時には勇気をくれる変身ポーズ!
「とうっ!」
これで大丈夫、もう暗闇なんか怖くな……
「ふえええええ!」
やっぱり怖い! って言うか、なんか出た!?
暗闇の中にヒラヒラと華麗に舞うのは――
「お化けです! このジャケット、足がありません!!!!」
出ると聞いてはいたけれど。
「スクールジャケットとは、また変わった物をモチーフにしたものが出てきたものね……」
でも、とフローラ・シュトリエ(
jb1440)は後ろで涙目パニック状態に陥っている日向を振り返り、その肩を軽く叩いた。
大丈夫、お化けじゃないから。だって――
「え? ジャケットに足がないのは当然? ……う?」
言われてみれば、そうかもしれない。
お化けじゃなければ、怖くない……かも。ディアボロなら撃退士の力で退治出来るし。
「敵がスクールジャケットだと聞いた時は、何の冗談だ…と思ったが」
冗談でも何でもなかったと、キャロライン・ベルナール(
jb3415)は溜息混じりにそれを見上げる。
いや、存在そのものは冗談としか思えないが。
でも何故ジャケット?
「空蝉の生贄にされる恨みがディアボロ化の原因、なんてふざけた事は言わないよなぁ?」
苦笑いを浮かべた雨宮 歩(
ja3810)の呟きに、影野 恭弥(
ja0018)が答えるでもなくぽつりと言った。
「そういえば以前聞いた話にこんなのがあったな。物も長い年月が経てば魂が宿ると…荒ぶれば禍をもたらし、和ぎれば幸をもたらすとされる…付喪神」
「ツクモガミか、それは聞いた事がある…こいつらも、そうなのか?」
「いや、こいつらがそれと関係あるかは知らないがな」
だがキャロラインは恭弥の返事を聞く前に、思い込みを暴走させていた。
「ぬ…ジャケットにも深い事情がありそうなのか」
それが事実ならば、尚の事放ってはおけない。
「きちんと供養をして、怨念を取り除こう」
「供養……という事は、やっぱりお化けなんですか!?」
会話を聞いていた日向が再び涙目になった。
「だとしても、これはさすがに悪趣味ですね」
どちらにしても倒せば良いのだと、玲花がヘッドライトを点ける。
「まあ、心当たりのある人には個人的に供養して貰いたいとは思いますけれど。まずは目の前の敵の掃討に尽力することとしましょう」
光の中に敵の姿がはっきりと浮かび上がった。
「ジャケットのディアボロ……来たばっかりでよく知らないけど、人界ってこんな事がよく起きるのかな?」
その姿をまじまじと見つめた鏑木愛梨沙(
jb3903)が首を傾げる。
「聞いた話では、結構いるらしいぞ」
音羽 聖歌(
jb5486)の知り合いには、勘違いした妖怪やら何やらと遭遇した経験のある者が多い様だ。
「へえ、そうなんだ?」
人間界には変なディアボロが多い。愛梨沙、覚えた。
「しっかし、作成者は何考えてこんなの作ったんだが」
衣服系の妖怪だと小袖の手という妖怪がいるが、ちょっと派生経緯が違うだろうし。
いや、考察は後回しだ。
「とりあえずディアボロ退治と行きますか」
「うん、とにかくがんばろっと」
愛梨沙にとっては、これが人間界での初仕事。
記憶が曖昧なせいで、自分に何が出来るのか良くわからない部分もあるけれど。
「皆と一緒ならきっと大丈夫よね」
「はい、大丈夫ですよきっと!」
震える膝を宥めながら、日向が精一杯の元気な声を出す。
彼女にとっても、これが初めての仕事だった。
「ええと、まずは範囲攻撃する人達の所まで引っ張って行くんですよね!」
とは言え、ディアボロは何処?
どうやらヘッドライトに照らされる事を嫌って、暗がりに逃げ込んでしまったらしい。
「明るいのは苦手なのかしら?」
愛梨沙が再び首を傾げた。
そう言えば、夜にしか出ないとも言われていたし。
「それなら、一旦明かりは消しましょうか」
玲花が明かりを消し、他の者もそれに従う。
「この暗さに慣れれば敵の姿も見えますし」
日向が言った。
攻撃を当てるには暗すぎるが、追い込む位なら出来るだろう。
「わかった、そこであたしが星の輝きを使えば良いのね」
愛梨沙のスキルなら半径20mを万遍なく照らせる。
その間に仕留めて貰えば良い。
「ええ、それで行きましょう」
フローラが頷いた。
「よし、追い込み開始だ」
キャロラインが阻霊符を発動すると同時に、ジャケット達が潜伏場所から弾き出される。
光の翼で空中に舞い上がると、キャロラインは自らも囮になりつつ、敵の分布状況を皆に知らせた。
「聖歌、背後から来るぞ。回り込め」
その指示通りに動くと、聖歌は敵の集団に火炎放射器の炎を向ける。
本物の火ではないが、相手が衣類なら本能的に怯むかもしれない。
炎に怯んだのか、それとも単に攻撃から逃げようとしただけなのか。理由はともかく、ジャケット達は後退を始めた。
一方で、囮となった仲間達が自分を追わせる事で敵を一箇所に集めていく。
「はいは〜い、ジャケボロくん達はこっちに集合〜」
ある程度の数が釣れた所で、愛梨沙が周囲を明るく照らし出した。
愛梨沙のレベルでは周囲を照らす以外の効果は期待出来ないが、この場合は光源になる事こそが重要なのだ。
「大した敵じゃなさそうだな」
後方で待機していた恭弥がエンゼレイターを構える。
「アシッドショットを使う。当たったやつを狙え」
ただでさえ高い命中率を、煌焔眼を使って更に引き上げ、狙う。
その弾丸には腐敗の効果があった。当たれば生命力を削るのは勿論、腐敗の効果で防御も下げられる。
一体でも多くの敵に当てる事が出来れば、仲間の範囲攻撃も威力が増すだろう。
……と、思ったのだが。
「見た目の通り、防御も布並みか」
当たれば一撃。
そして勿論、恭弥ほどの命中率があれば面白い様に当たる。
もう彼ひとり居れば良いんじゃないの、という位に当たる。
しかし、敵もこの危機を黙って見過ごしはしなかった。
四方八方から群がるジャケット達。
「うっとおしいやつらだ…」
恭弥は次々に撃ち落とし、或いは回避するが、数の暴力には抗しきれなかった。
たちまち、恭弥を芯にした糸巻きの様なジャケット団子が出来上がる。
だが、それだけ固まっているなら攻撃のチャンスだ。
「影野さんには申し訳ありませんが、良い囮になって下さいましたね」
「囮役に感謝、と。その活躍、無駄にはしないよぉ」
待ち構えていた玲花と歩が、タイミングを合わせて範囲攻撃を繰り出した。
玲花は影手裏剣・烈を、歩は――
「ペインブラッド」
左肩の傷痕に触れると、血色の禍々しい刃に変化した影手裏剣が敵に飛び掛かる。
二人の攻撃は中心に取り込まれた恭弥をも巻き込んだ様に見えたが、大丈夫。敵味方の識別は可能だ。
一方、フローラの攻撃は味方にもダメージを与えるものだ。
他人を囮にして、それを使う訳にはいかない。
「恨みを晴らす、みたいなのに見せかけたのは性質が悪いわね。ここで仕留めましょう」
フローラは付近を漂う敵に攻撃を加え、その注意を自分に向けさせる。
「ほら、こっちよ」
当てる気のない大振りな攻撃を繰り返すと、敵はカモだと思ったのだろうか。ヒラヒラと群がり、纏い付く。
それを避けながら、ある程度の数が集まるのを待った。
「そろそろね」
集まった敵が簀巻きにしようと群がった瞬間。
フローラはその包囲を抜け出し、Eisexplosionを仕掛けた。
普段から服や小物を大切にしている者としては、それを切り刻む事に対して複雑な思いがある。
しかし、あれはディアボロだ。本物の服ではないと、自分に言い聞かせた。
爆発と共に冷気が吹き荒れ、氷の欠片が飛び散る。
外側にいたものは逃れたが、逃げ場のない内側にいたものは爆発に巻き込まれ、吹き飛んだ。
逃れたものは更にしつこく纏い付こうとするが、寄って来た所を待ち構えてクロセルブレイドで一刀両断……と、そう上手く行けば良かったのだが。
ひらり、ひらり。
ジャケットは風に舞う羽毛の様に捉え所なく逃げ回り、絡み付こうと隙を伺う。
刃をかいくぐり背後から近付いた一体が、するりと首に絡み付いた。
こうなれば、無理に引き剥がすよりも自分を囮に一網打尽を狙った方が良い。
フローラは次々と敵を纏い付かせながら仲間との距離を取り、呪縛陣を発動させる。
身動き取れなくなったジャケット達は簡単に引き剥がされ、切り刻まれた。
「まったく、何の役にも立たずに処分されるよりも身代わりとして有効活用される方がマシだと思うんだけどねぇ」
罪深き血を使い切ってもまだ残る敵に、歩は肩を竦めて見せる。
「まぁ、どちらにしろボクがやることは変わりないねぇ」
分散した敵を再び集めようと、歩は囮役を買って出た。
「道化舞台開幕。探偵が追われるのも一興、なんてねぇ」
歩はアウルが変化した血色の翼を羽ばたかせて嗤い謡い踊る。
それは一体の敵の目を惹き付け、それに釣られた他の敵もひらひらと集まって来た。
集まり、絡み付こうとする所を空蝉で避ける。
身代わりを掴まされた事にも気付かないまま、団子になったジャケット達は探偵式拘束術で身動きを封じられた。
「捕まったのはお前たちの方だったねぇ」
封じたのは二体のみだが、互いに絡まっているお陰で他のジャケットも身動きが取れない。
その隙に、蛍丸改式、黒刀で斬り付ける。
本来の戦闘スタイルは躱して斬るカウンタータイプだが、今回はこうでもしないと攻撃が当たりそうもなかった。
その好機を逃すまいと、玲花も棒手裏剣や胡蝶扇の投擲と、緋焔の忍術書を使った遠距離攻撃を組み合わせてダメージを与えて行く。
最後に残ったものは、身代わりにされてボロボロになったスクールジャケットの残骸だった。
「終わったらきちんと供養してやる。だから今は…」
大人しく斬られろと、キャロラインは自分に纏わり付いたジャケットの隙間にニンジャブレードの刃を差し込み、容赦なく切り裂く。
大鎌を振り回すよりも、この方が確実に仕留められそうだった。
一方、駆け出しの新人達は、闘牛士に向かって行く猛牛の如くに弄ばれていた。
ホワイトナイト・ツインエッジの二刀流で挑んだ日向は、片方の刃を敵に避けさせ、もう片方を当てる作戦に出る。
が、相手はまるで馬鹿にする様にひらひらと舞い踊る。
アイスウィップのスキルならどうだと試してみるが、鞭状に結晶化させたアウルは空を打つばかり。
「こうなったら最後の手段です。マジ囮作戦、いきますよ!」
それは、わざと自分に張り付かせた敵を味方に攻撃して貰うという、捨て身の作戦だった。
構えた盾に上手く貼り付いてくれれば良いのだが。身体の方に来られたら、後は先輩がたの剣捌きに期待するしかない。
「あたしも便乗させて貰うわね」
クロムロッドをひたすら振り回していた愛梨沙も、諦めてシールドを構えた。
さあ来いジャケボロ。
ここは敢えて、その薄っぺらい抱擁を受けようじゃないか。
だがそれを見て、聖歌は覚悟を決めた。
「しょうがないな」
自らに鉄壁と加護の効果を与えて、二人の前に立つ。
「女の子にやらせるようじゃあ男がすたるってもんだぜ」
こんな事もあろうかと、今日は滅多に着ないスクールジャケットを身につけて来たのだ。
「仲間と思うか着られている事に嫉妬するか…ってジャケボロはスクールジャケットじゃないけど」
どちらにしても、敵の注目度は高い筈だ。
武器を手放し、大きく手を広げた聖歌にジャケボロが群がる。
上手く絡み付いた所を、玲花が切り出し小刀を使って身体に傷を付けない様に注意しながら引き裂いていった。
「動かないで下さいね」
気を付けないと、ディアボロではないジャケットどころか中身まで切ってしまいそうだ。
「大丈夫だ、手が滑った時にはすぐさま治療してやる」
その脇でヒールの準備をしながら、キャロラインが言った。
「逃げたものは、いないでしょうか?」
見える範囲から敵の姿が消えている事に気付いた日向は、見落としはないかと周囲に目を懲らす。
「それは大丈夫だと思うわ」
逃げそうなそぶりを見せた敵は、フローラが優先的に攻撃を仕掛けていた。
自分の攻撃が当たらなくても、自由を取り戻した恭弥がフォローしてくれた。
撃ち漏らしはない筈だ。
周囲に散らばるのは、ディアボロの残骸。
そして……中にひとつだけ残る、本物のジャケット。
それを拾い上げようと手を伸ばしたキャロラインよりも先に、歩の手が伸びた。
「本来の用途と違うとはいえ、空蝉に使用される事で確実に使用者の身を守るんだ」
そう言いながら、キャロラインに手渡す。
「スクールジャケットに感謝しない鬼道忍軍はいないし、スクールジャケットを雑に扱うのは二流以下だよぉ」
受け取ったキャロラインは、その皺を伸ばし、破れた所を合わせ直しながら丁寧に畳んで胸に抱えた。
せめて空蝉などの身代りになって頑張ってくれたジャケット達の供養が出来たら。
「この一枚を供養する事で、彼等の無念を晴らせるだろうか」
「そうね、彼等の代表という事で良いんじゃないかしら」
フローラが言った。
ディアボロ達を供養する気はないが、本物の服ならば。
しかし、そのディアボロ達に向かって手を合わせている者がいた。
「南無なのです」
日向だ。
「ディアボロは作るだけで犠牲者がいると聞きましたから」
「え、そうなの?」
愛梨沙の問いに、日向は頷く。
そう、ディアボロの材料は魂を取られた生き物なのだ。
「知らなかった……」
愛梨沙も一緒に手を合わせた。
それを聞いた、仲間達も。
「しかしこういう時、火葬が良いのか、それとも…土葬が良いのだろうか…」
誰か詳しい者がいるなら、教えて貰いたい。
誰か先生に訊けばわかるだろうか。
「でもジャケットの供養は…する気にはならないけどなぁ」
皆には聞こえない様に、聖歌が苦笑混じりに呟いた。
重いし強化は出来ないし、何しろ弱い。ストイックな自虐プレイでも望まない限りは、好んで着る者もいないのではないだろうか。
しかし、それはそれ。
皆が供養したいと言うなら、特に反対する理由もない。
後日、学園内で小さな供養祭が営まれる事となった。
荼毘に付されたジャケットが、白い煙となって天に昇っていく。
これからも、その身を犠牲に主を救い続けるであろう彼等に、心からの感謝と哀悼の意を――