ここは王子様出現ポイントのひとつ、町外れの公園。
のんびり散策のふりをしながら、水城 要(
ja0355)は辺りの様子を伺っていた。
(…他に、姫方のお姿はない様ですね)
これなら王子様は確実に自分を狙って来るだろう。
日本舞踊の嗜みがある為、女性らしい所作はお手の物。後は少しメイクを施せば――
「アア、ボクノヒメ!」
…え?
木陰に隠れてメイクセットを取り出そうとした要の耳を、心地よい低音がくすぐる。
ただし片言。
「サガシマシタヨ!」
顔を上げると、そこには両腕を広げた王子様の姿が。
ただし馬。
え、ちょっと待って。まだメイクもしてないのに、何故!?
念の為に言っておくが、要は男だ。男の娘でも男装女子でもない。
ただ、少しばかり性別に迷子属性が付いているだけだ。
予想外の出来事に、要の頭は真っ白になりかける。
しかし、彼は己の使命を思い出して踏み留まった。
「ああ、私の王子様っ!」
捨て身の、いや迫真の演技で魅了されたふりをして、要はまんまとその背に収まる。
後は楽しくランデブー、きゃっきゃうふふしながら敵の本拠地を突き止めるのだ。
「ふゆみミリョーとかかかんないよっ…だって、ふゆみはオージ様、ちゃーんとだーりんがいるもーん」
リア充女子中学生、新崎 ふゆみ(
ja8965)は自信満々だった。
(どぅせだーりんのほうがかっこいいんだよっ☆ミ)
人気の無い河原の遊歩道。休憩用のベンチに座って見えない釣り糸を垂らしながら、王子様の出現を余裕で待ち受ける。
だーりんと一緒に撮った写真を眺めながら、暫し。
「ミツケタ、ボクノ…ウンメイノヒト」
釣れた。
「あわわ…ち、ちょうカッコイーオージ様なんだよっ…」
背後から聞こえた甘い声に、ふゆみは弾かれた様に立ち上がる。
心にもない棒読みの台詞。だが王子様は気付かない。
釣ったつもりが釣られた事も知らないで、王子様は獲物と共に巣へまっしぐら。
その道中、ふゆみは周囲の様子を写メに撮ろうと、こっそり携帯を取り出した。
道順の案内になる様にと…
「これは土地勘がないと無理だね」
ふゆみからの写メを受け取った来崎 麻夜(
jb0905)は、それを見て苦笑い。
出来るだけ目印になりそうなものを選んだらしい努力の跡は見えるが、それだけで場所を特定するのは難しそうだった。
でも心配はいらない。
今の世の中にはGPSという便利な物があるのだ。
「ともあれ、潜入には成功したみたいですね」
水屋 優多(
ja7279)が言った。
要とふゆみ、アルレット・デュ・ノー(
ja8805)、ユリア(
jb2624)、四人の囮班はいずれも潜入に成功していた。
電波状況も悪くない。位置情報も掴んだ。
後は内部の情報が送られて来るのを待って一斉突入、一網打尽にするだけだが…
「その前に、外に出てる連中を片付けておくか」
蒼桐 遼布(
jb2501)が言った。
巣の場所が判明した以上、もう他の王子様に用はない。
戻って来る前に片付けてしまえば、後の戦いが楽になるだろう。
「まずは巣に近い所から潰していこう」
遠出してるものは、戻って来た所を襲えば良い。
巣には一体も帰さない。
雫(
ja1894)の目の前で、王子様が白い歯を光らせている。
甘い言葉に、魅惑の微笑み。
しかし雫には、そのどれもが通用しなかった。
(軽い。軽すぎる…っ)
何だ、この絵に描いた様な軽薄野郎は。
虫唾が走る。今すぐにでも殲滅したい。だが、もう少し。
(が、我慢しないと…)
逃がさず、反撃もさせず、確実に捉えられる距離に近付くまでは。
「残念ですが、私は王子様の登場を静かに待つ御淑やかな御姫様ではありませんので」
魅了されたふりをして相手に近付き、背中に乗せようと腕を伸ばした所をフランベルジェの一振りで薙ぎ払う。
「…確かに魅力ある顔立ちですが、片言で半裸姿では千年の恋も冷めますよ」
それに雫の好みは寡黙で包容力がある古き良き日本男児だ。
甘い言葉でナンパに勤しむ様な、チャラい男に用はない。
足を止めた所で容赦のない一撃を加えると、その軽い口は永遠に閉ざされた。
「ねぇ、王子様。ボクの為に…死んでくれる?」
「アア、キミノタメナラヨロコンデ」
上目遣いで見上げた麻夜の問いかけに、王子様は極上のスマイルと共にそう答えた。
「そう…ありがとう」
にっこりと微笑み返した麻夜は、背中で組んだ腕にアウルの力を込める。
「じゃあ、死んで?」
その手に作り出した赤黒い拳銃を眉間に押し当て、撃つ。
何が起きたのかを理解しないまま、その頭は半分以上が吹き飛ばされた。
残った身体は闇雲に暴れ回る。
もしかしたら、こんな状態でも致命傷にはならないのかもしれない。
逃げられても厄介だし、まずは足を潰しておこうか。
「跪けっ!」
空中から現れた黒い腕に叩き伏せられ、人馬はその場に足を折る。
「ねぇ、トドメは何が良い?」
くすくす。
耳を失った彼に、その声は届いただろうか。
「白馬に乗った王子様、ですか? 私の周囲にいる人は幼馴染パターンの方が圧倒的多数ですから、今一つ実感ないんですけど」
ここにも性別が迷子になっている人がいた。
ワンピース姿の優多に対して、違和感は自らの仕事を完全に放棄したらしい。
ウェディングドレスを着た時でさえ、違和感は裸足で逃げ出していた。
「私の王子様、は…男装の麗人ですからねぇ」
ならば、ある意味釣り合いは取れているのか。
等々、誰にともなく優多は話しかける。
と、そこへ…来た。王子様だ。
魅了されたふりを演じる気もない優多は、いきなりスタンエッジを放つ。
直後、物陰に潜んでいた遼布が飛び出し、背後から双龍矛で足を払った。
ここだけ二人組なのは、戦力的に劣るから…では、勿論ない。
仕方がないのだ、遼布ひとりでは王子様が釣られてくれないのだから。
動きを封じられた人馬は二人の攻撃の前になすすべもない。
「しかし…これが王子様に見えるね…」
双龍矛を振るいながら、遼布は苦笑いを浮かべた。
「なんというか…被害者は残念なタイプなのだろうか」
いや、それは幻覚のせいだから。多分。
それに、顔だけ見れば王子様なんだよ。顔だけは。
その頃、囮として敵の巣に潜入した四人は――
「白馬の王子様って言うか、白馬な王子様だよね、これ」
辺りを観察しながら、ユリアはぽつりと呟いた。
彼等が連れて来られたのは、今にも崩れ落ちそうなボウリング場だった。
勿論とうの昔に廃業して、今は荒れ放題になっている。
その広い場内の一角に、女性達は無造作に集められていた。
固い床に寝かされたまま、幸せそうな表情で眠り続けている。
王子達はその周囲に適当に距離を置く感じで散らばりながら、ゆっくりと歩き回っている。
囮と共に戻った四体は、そのまま巣に留まっていた。
他に、巣に残っていたものが二体。
特に監視しているという風でもないが、妙な動きを見せればすぐに気付かれる事は間違いなさそうだった。
と言うか、既に気付かれている人がいた。
ふゆみが横たわる人々の頬をぺちぺち叩いて、正気に戻せるか試している。
反応はなかった。
が、その代わりに。
のそり、奥の方で何かが立ち上がる。
顔は王子様だが、体格は他より大きく筋骨隆々、王様といった風格のある人馬だ。
彼はふゆみに近付き――
「はわっ( Д ) ゜ ゜」
だーりんだ! だーりんがいる!
勿論それは幻覚だ。しかし、既に術中に嵌まったふゆみには、それは本物としか思えなかった。
しかも何やらフィルタがかかっている。このだーりん、実物よりも背が高いぞ!?
勿論それは、ふゆみだけの脳内ビジョンだが…
ふゆみが理想のだーりんといちゃこらしている間に、王様は携帯を取り上げてしまった。
確かさっき、あれで室内を撮影していた筈だが、データは送れたのだろうか。
(まずは一人陥落ですか…)
それを見て、要は下手な動きは出来ないと悟った。
ここで仲間と連絡を取るのは拙い。どこか彼等の目が届かない所に移動しなければ。
「…、……」
もじ、もじもじ。
要は腰をくねらせ、上目遣いで一体の王子様を見上げてみた。
「ドウシタンダイ、ハニー?」
「あの…お手洗い、を…」
頬を染め、恥じらいながら小声で呟く。
と、王子様はその身体をそっと抱き上げ、奥にあるトイレに連れて行ってくれた。
良かった、彼等にもとりあえず衛生面に気を遣う程度の知恵はある様だ。
個室に籠もると、要は光信機のスイッチを入れる。
人質の人数、その様子、部屋の間取りに逃走経路――
「…わかった、今から突入する」
残る一体を巣に戻る途中で倒した仲間達は、連絡を受けて救出作戦を開始。
室内を映したふゆみの写メも、何枚かは手元に届いていた。
雫、優多、麻夜は気配を殺しながら正面から、遼布は透過能力を使って王の背後に潜む。
配置が完了した事を見て、アルレットが動いた。
うっとりとした表情で手近な王子に寄り添って、その腕…いや、毛深い前脚に抱き付く。
「ああ、素敵な脚ぃ…あたし、うっとりしちゃいますぅ…」
すりすり、さわさわ。
確かに毛並みは良い。
「こんな素敵な王子様ならぁ、あたしの初めて…貰ってくれても良い…わけなーい!!」
ぐさり。
こっそり活性化した切り出し小刀で、その脚を一突き。
「これで俄然、逃げにくいし、蹴り難いでしょ? えへへ」
だがしかし、蹴りに使うのは後ろ脚だった!
傷付けられた王子はくるりと後ろを向くと、強烈な蹴りを見舞う。
蹴り飛ばされたアルレットを受け止めたのは、何と王様の逞しい腕だった。
その騒ぎと同時に仲間達が動き出す。
ユリアは咄嗟に捕まえた王子の陰に隠れ、身を震わせる。
が、それは勿論演技だ。
「お願い、あたし達を守って! …なんてね♪」
ドンッ!
グローリアカエル。新月の闇夜を髣髴とさせる黒色の弾丸がゼロ距離で放たれる。
「残念だったねえ、連れてきたのは悪魔だったんだよ」
その微笑みは、まさに悪魔。
天使の眷属は馬体の腹に大穴を開けられ、斃れる。
次の一手でもう一体を凍てつかせた。
騒ぎで目を覚ました乙女達は、ある者は恐怖に逃げ惑い、ある者はまだ幻覚が効いているのか斃れた王子に駆け寄り、縋り付く。
またある者は邪魔をするのかと思えば、王子様を奪い合っていた。
どちらにしても、邪魔だ。
「いい加減に目を覚ましなさい! いい年をした大人なんですから」
雫が吠える。
乙女達は恐怖の余り、奥の壁に一列になって貼り付いた。
その間に、要は一体の王子に走り寄る。
「姫方の純粋なる心に付け入るとは笑止千万。この水城 要…お前達に容赦するつもりはありません…っ! 天誅と思い知りなさい」
膝を曲げ、思い切り屈んで、アウルの力を大剣に込め、下からありったけの力を込めて逆袈裟に薙ぎ払った。
馬の胴体がざっくりと斬られ、白い毛並みを赤い血が染める。
もう一撃、今度は化粧もしていないのに間違えてくれた事への恨みを込めて――!
「乙女心を弄ぶ不埒な輩達には地獄を見て貰いましょうか…」
手近な王子を薙ぎ払いながら、雫はふゆみの元へ走った。
ぱぁーん!
その頬に容赦のないビンタが炸裂!
「はぅっ!?」
ふゆみは我に返った!
礼を言うふゆみに、雫は一言。
「誰かに幸せにして貰うより、自ら幸せを掴みに行く野蛮な姫ですよ私は」
なんかちょっと、カッコイイ。
その時、王が動いた。
侵入者を纏めて魅了しようと、腕を広げてスマイル炸裂!
「…っ!」
途端、雫がつつつっと後ろに下がった。
頬を赤らめ、もじもじしている。野蛮でクールな姫はどこ行った?
これはあれか、古き良き日本男児が現れたのか。
「魅了? 幻惑? 女の子も好きなあたしには効かな…あれ?」
突撃をかましたアルレットの足も、途中で止まる。
目の前に、王子様がいた。
貴族文化華やかなりし頃のフランス軍人の如き、二角帽子と見事な巻き毛のカツラ。
ただし上半身はやっぱり裸で、なのに肩には何故か金モールが揺れていた。
裸金モールって、ちょっと新しいかも。
でも、ちょっと目元がタラシっぽい。
なんかイラつくから、殺っちゃって良いよね?
「乙女の夢をもてあそぶなんて…赦せないっ! これは、ぶっ殺さないとわかんないですよねぇ。えへへっ」
アルレットは恨みを込めて戦斧の柄を握り締める。
優多に本の角で頭を叩かれ、雫の日本男児も儚く消えた。
「…覚悟は出来ているでしょうね」
雫の背後に言い様もない殺気が漲る。
向けられた相手は勿論、夢から引き戻してくれた優多ではない。ちょっと痛かったけどね。
「…悪いけど…君に魅了はされたくないんでね。徹底的に邪魔させてもらうよ」
背後の壁から現れた遼布が闘気を開放、双龍矛を構える。
遼布が壁を抜けて来た事を確認し、優多が阻霊符を発動させた。
撃退士達はじりじりと包囲を縮める。もう逃げ場はない。
「ある意味幸せなんだろうけど…そろそろ夢から覚めて現実を見てもらおうか」
こっそり近付いた麻夜が、王の耳元で囁いた。
「貴方も堕ちよう? ボクより黒く、真っ黒に」
クスクス。
その後ろでは要が王の眉間に弓の狙いを定めている。
CR差の恩恵を受けて魅了を跳ね返したユリアは二度目のグローリアカエルを準備。
それが一気に炸裂したら、きっと大変な事になる。
「みんな、こっちに逃げるんだよっ」
ふゆみは傍の非常口を開けると、恐怖に震える乙女達を外へと促した。
動けない者は背負い、抱え上げ、とにかくその場から遠ざける。
後ろ手にドアを閉めた瞬間――
仲間達の全身全霊を込めた本気すぎる攻撃が、一気に炸裂した。
あの様子では、王は肉片のひとつも残さずに消滅している事だろう。
とてもではないが、乙女達に見せられるものではなかった。
「女の子の夢は純粋なんだよ…これだから天魔は」
夢の残骸に一瞥をくれると、アルレットはその場を離れた。
向かう先は、乙女達が集う場所だ。
「皆を慰めてあげなきゃね」
効果的なのは、やはりスキンシップ。
下心? なにそれ美味しいの?
「『自分がそれに釣りあってるか』から目を逸らしちゃ駄目だよねぇ」
抜け殻になった様な乙女達の様子を見て、麻夜が言った。
彼女達には聞こえなかった様だが…聞こえる様に言ってあげた方が良かっただろうか。
「今回は災難でしたね…」
遼布も、自分なりに彼女達を慰めようと頑張っていた。
「まぁ…あれですよ、きっとあなたたちの本当の王子様はどこかにいるでしょうからあきらめずがんばってくださいってことですよ…きっと」
フォローになっているかは…まあ、うん。
ともあれ、乙女達は心身共に疲弊している様子。
近くにゲートもあることだし、安全な場所まで護衛してあげようか。
その親切心を、何かと勘違いする人がいなければ良いけれど――