「病院が襲われてる…!?」
報せを受けて斡旋所に飛び込んだフィン・ファルスト(
jb2205)は、そこに置かれたモニタ画面に映し出された映像を信じられない面持ちで見つめていた。
窓を破ってゴミの様に投げ出される人々。
それを受け止める巨大なイソギンチャクと、タコ頭の異形の兵士達。
玄関や非常口からは、人々が転がる様に逃げ出して来る。
その前に立ち塞がる小柄な人影を映した所で画面は乱れ、何も見えなくなった。
今の影は、現場に現れたという悪魔マルコシアスだろうか。
「動けない人の多い所を…!」
フィンの怒りは爆発寸前。
「体の弱った人をさらうなんて、マルコシアス、許せません」
雁鉄 静寂(
jb3365)は静かに怒りを燃やしている。
売られた喧嘩は勿論買うが、あくまで冷静に。だが心は熱く。
「びょういんを…やっぱり、天魔はうすぎたないのっ! ころすころすころすッ!」
エルレーン・バルハザード(
ja0889)は、その場で地団駄を踏む勢いだ。
集まった撃退士達は程度の差こそあれ、多くが似通った思いを抱いているのだろう。
しかし…
「病院かぁ」
後ろの方でソーニャ(
jb2649)が呟く声は、冷めた響きを持っていた。
「弱った個体から捕食する…生物学的にはテンプレート的行動だし、非難するつもりはないけど」
そう言った途端、部屋中の視線がソーニャに集中する。
――非難するつもりはない?
――この子は敵の蛮行を擁護する気か?
しかし、ソーニャは黙って首を振った。
「もう少し慎みをもった方法にして欲しいね。見てて虫唾が走るよ。おかげで、徹底的に邪魔したい気分」
余りの嫌悪感に、普段の丁寧な言葉遣いも何処かへ吹き飛んでいた。
――良かった、この子も考えてる事は同じなんだ。
皆がほっと胸をなで下ろした時、アナウンスが出発を告げる。
「急ぎます!」
フィンは真っ先に部屋を飛び出して行った。
「あははァ、こんなに多いと喰らいきれないわねェ…♪」
黒百合(
ja0422)が嬉しそうな声を上げる。
彼等が到着した時、現場は映像で見た状態よりも更に酷い事になっていた。
「あっちもこっちもキャリアー…」
病院の建物を取り囲む10体のデビルキャリアーは、草薙 胡桃(
ja2617)が見ている目の前で触手に捕らえた人々を次々に呑み込んでいく。
「まさに人をただの簒奪の対象としてしか見ていないその行為…」
カノン(
jb2648)はその光景に、かつて自分が決別したものと同じ種類の傲慢さを見た。
「私も異世界からこの地球に来た身ですが、それでも敢えて言いましょう、これ以上ここでの狼藉、見逃すわけにはいきません!」
多くの人間が連れ去られたとしても、キャリアーさえ撃破すれば取り戻せる事はわかっている。
それでも、これ以上好きにさせる訳にはいかない。
「私は内部の敵を食い止めます」
カノンと神凪 宗(
ja0435)、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)が病院内に。
黒須 洸太(
ja2475)と黒百合は高所に陣取って上から攻撃する手筈を整える。
「キャリアーは全部、外にいるの?」
エルレーンはそれが病院内にも居るものと考えていた様だが、実物を見ればそれが建物内に入れる大きさではない事は明らか。迷った末に、外は仲間に任せる事に決めた。
外に残る者はキャリアーとブラッドロードの撃破に回る。
最初の標的はロードだ。
指揮官である彼等に気付かれれば防御を固められてしまうし、病院内の警戒も厳しくなるだろう。
「だから、まずは指揮系統を混乱させる」
「だな。初手でキャリアーとぶつかっても、ロードに回復されちゃかなわねぇし」
ソーニャの言葉に、天険 突破(
jb0947)が頷く。
二人一組で確実に数を減らしつつ、キャリアーが逃げようとするなら断固阻止。
「なかなかに厳しいが、やるっきゃねぇな」
その隙に院内組が中に入り敵の侵攻を食い止める。
「外の敵は任せた」
「おう、任された!」
宗に言われ、突破は自分の身長よりも大きな両刃の剣を頭上に振りかざした。
「病院を狙うとは、なんともえげつない連中だぜ」
既に多くの人々がキャリアーに捕らわれているし、それを全て撃破するのは難しいかもしれない。
「それでも…誰も連れて行かせない。絶対助けるから待っててくれよ」
物陰に身を隠し、こっそりと近付いて行く。
ここから見えるのはロードが十体と、その周囲を護るウォリアーが数体ずつ。最初の情報通りだ。
敵との間合いを詰めながら、ソーニャは思う。
一網打尽、乱獲のつもりかもしれないが、あまり人間という存在を意識していないのではないだろうか。
(人をなめてるってのとちがうけど…反撃を含めて、人の習性に無関心って感じ)
ソーニャは天使だが、その心情は人間に近い。人間を馬鹿にされて、良い気はしなかった。
ここは思いっきり思い知ってもらおう。
(ここから人を運べなきゃ、この作戦はまったくの無意味。キャリアーを潰して、ほえづらをかかせてやるんだから)
成功すれば、これほど気分のいい事はない。
「いいかい、まずは1体わき目も振らずそいつをやるんだ」
ソーニャが身振りで合図を送る。
「せーので一気に…いくよ」
3、2、1…せーの!
突入の合図と共に、洸太は三階の窓に発煙手榴弾を投げ込んだ。
既にガラスが割られ、患者達が連れ去られた後の部屋なら、多少の荒っぽい事も許されるだろう。
その白煙に紛れて、エイルズレトラは壁走りで、カノンは自前の翼で中に飛び込む。
学園外から応援に駆けつけた撃退士達も、移動手段のある者はそれに続いた。
残りはエルレーンと共に一階のロビーから。
敵の退路を塞ぐ様にと指示を出しながら、エルレーンは動くものの気配を探る。
しかし、そこは既に殆ど無人。倒れている者達に息はなかった。
と、西側の階段から大勢の足音が聞こえて来る。撃退士達の侵入に気付いて敵が階段を下りて来たのだ。
エルレーンは思い切り大声を上げて敵の気を引いた。
「このっ、ぷりてぃーかわいいえるれーんちゃんがあいてだあっ…来いッ!」
異形の兵達は深紅の巨大剣を振りかざして突進して来る。
「みんな、私につづいてっ」
敵が固まっているなら、この技が威力を発揮する筈!
「はううーっ! もえーっ! もえーっ!!」
ひっさつ、┌(┌ ^o^)┐すぷらっしゅ!
このシリアスなシーンで、この叫び。人間並みの知能を持ったロードなら、脱力と戦意喪失を狙えたかもしれない。
が、この集団は知能もタコ並(?)のウォリアーのみ。脱力したのは味方の方だった!
しかしそこは訓練された戦士達、すぐさま立ち直ると残った敵を吹っ飛ばし、道を切り開きながら階段を上がって行った。
突入と同時に、外の奇襲班も一斉に攻撃を開始する。
「何としても先手を取ります」
御堂・玲獅(
ja0388)と組んだ静寂は、一体のロードに向けてPDW FS80を撃ち放った。
病院の窓から立ち上る白煙に気を取られたロードは、その無防備な背中を撃ち抜かれる。
やや遅れて、玲獅がトドメの魔法攻撃を放った。
が、その攻撃は殆ど効いた様子もなく、ロードは杖を持つ手を掲げ――
「回復など、させません」
間合いを詰めた玲獅は自分の周囲にシールゾーンを発動させ、相手のスキル発動を封じる。
それを避けようと距離を取ったロードはしかし、次の瞬間そのタコ頭を噴き飛ばされていた。
「指揮系統が統一されているのは優秀よねェ、でもォ…頭を喰われればァ、意味ないわよねェ…はい、どーんゥ…♪」
病院の窓からの狙撃。黒百合だ。
「速攻勝負だ、標的を集中させるぞ」
突破とフィンの阿修羅コンビはウォリアーの間を脇目もふらずに駆け抜け、ロードに迫る。
「ここはね、その人が生きて欲しいって願うから、その人を託す場所なの」
フィンはアレスティングチェーンでその身体を絡め取り、引っこ抜いた。
「断じてあんた達の狩り場なんかじゃない…とっとと出てけぇ!」
引きずられ、投げ飛ばされたロードは待ち構えていた突破の剣で一刀両断。
「お前らの相手は動けない患者たちじゃねぇ、俺たち撃退士だ!」
それでもまだ立ち上がろうとするその気力を、フィンのアヴェンジャー「禍断ち」が撃ち砕いた。
もう一体のロードも仲間の異変に気付く間もなく、胡桃の放った一撃で殆ど瀕死の状態まで追い詰められた。
「その人たちを、渡すわけにはいかないから。…中の人たち、返して」
回復する暇も与えず、ソーニャがトドメの一撃を放つ。
「これで三体」
「いや、四体目だ」
立ちはだかるウォリアー達を蹴散らして突っ込んで来た宗が、走り抜けざまに両手の曲剣をロードの身体に叩き込んだ。
宗は後ろを振り返る事なく、そのまま壁走りで三階の窓へ駆け上がる。
「はい、もう一回どーんゥ…♪」
残されたロードにはまだ息があったが、黒百合が引導を渡した。
しかし、それでもまだ数の上では敵が圧倒的に有利である事に変わりはない。
しかも初撃を凌いだ残りの敵が迎撃体勢を整え、残ったロードを護る様に陣形を組み始めた。
黒百合の隣では、烈風の忍術書を使った洸太が風の刃で残ったロードやウォリアーを切り裂いていく。
が、その攻撃は殆ど効いている様子がなく、洸太はその目的を病院内に突入する撃退士達の援護に切り替えた。
彼等を追うキャリアーの触手を打ち払い、突入を手助けする。
その頃には生き残ったロードは病院の窓から中に転がり込んで壁に隠れ、或いはキャリアーを盾に回復スキルを使い始めていた。
「なんで敵も回復とかしてるんだよ、マルコシアスは壊れたもの直すとか理解できないんじゃないのか!」
下で突破が悪態をついている。
ならば場所を変えようと、黒百合は壁を駆け下り隣のビルへ。
それを目で追った洸太はしかし、その場を動かずに援護を続けた。
その鼻に忍び込んで来る、血の匂い。
足元に転がる白衣の人々は、敵の侵攻を食い止めようとして殺されたのだろうか。
(敵の今回の目的は、人々を殺さずに連れ帰る事だ。ならば、人間を必要以上に殺す事はしない…しない筈じゃ、なかったのか…?)
指揮官レベルでは見せしめに殺したりする可能性はあるが、兵士には禁じている筈だ。でなければ、あちこちで無秩序な虐殺が起きて収穫が減ってしまうだろう。
それでも逆らって死ぬ人は居るだろうが、それは誤差だ。救いようがない。
――そう考えていたのは、少々甘かったかもしれない。
ここは敵にとって格好の狩り場。刃向かう事も出来ずに横たわるだけの獲物は、いくらでもいる。
いくらでも狩れるなら、慎重に事を進める必要もない。適当に攻撃を加え、運良く生き残った者を拾うだけでも数は足りるのだ。
しかし既に起きてしまった事は仕方がないと、洸太は皆に笑顔を向けた。
「みんな、やると言った以上は何を見ても、一心不乱に前に進むんだよ」
今はこの惨劇を一刻も早く食い止める事。
後悔は、それからでいい。
隣のビルに貼り付いた黒百合は、キャリアーの影に隠れたロードに照準を合わせる。
「隠れたつもりでしょうけどォ、ここからじゃ丸見えよォ?」
引き金にかけた指に緊張が走る。
力を込めようとした、その瞬間――銃口が揺れた。
「良い腕をしているな、人間」
ライフルの銃身を、小さな手が掴んでいる。
その腕に沿って視線を動かすと、あどけない少年の顔があった。
少年は黒い翼で宙に浮いている。
気付かなかった。周囲の安全は確認した筈なのに。
「それは褒めてやる。だが…」
少年、マルコシアスはにっこりと微笑む。
「邪魔はさせない。消えろ」
次の瞬間、ビルに風穴が空いた。
その奥から白い煙がもうもうと吹き出して来る。
「…逃げたか」
マルコシアスは何の感情も入らない声で呟くと、ついとその場を離れた。
目指す先は、病院の裏山を通る送電線。
それが患者達の生命線である事を、彼は知っていた。
「…わかりました、皆さんにお伝えします」
空蝉で難を逃れた黒百合からの報告を受け、静寂は病院内の仲間にマルコシアスに対する警戒を呼びかける。
ハンズフリーにしたスマホは複数同時通話が出来る様に設定しておいた。
だが――
三階の窓から突入した仲間達は、敵を蹴散らしながらフロアの案内表示を確かめる。
「まずは階段とエレベータの確保だな」
宗が言った。
階段は東西と中央の計三箇所、エレベータは一般用と医療用が一基ずつ。上に行く階段は一箇所を残して、下への階段は全て封鎖。エレベータは両方とも止める。
「二階から上がって来る敵は自分が止める。誰か手を貸してくれ」
宗は周囲の撃退士達に声をかけ、最も多くの敵が集まる中央階段に向かった。
ウォリアーが二十体ほど、下から上がって来る。ロードの姿はない。
回復役がいなければ少しは楽かと思いつつ、回避を上げた宗は敵の集団にアウルの炎を放った。
しかし、殆ど効いている様子はない。
「どうやら魔法で攻撃しても無駄な様だな」
続く撃退士達にそれを伝え、自らも一対の曲剣を振りかざしてウォリアーの壁に斬り込んで行く。
しかし迎撃体勢を整えた彼等は、奇襲の時ほど簡単には倒せなかった。
階段から押し返そうとしても、自らのダメージなど気にしない狂戦士の様に力任せに押して来る。
まともに相手をしていては、こちらの体力が先に尽きてしまうだろう。
「バリケードはまだか!?」
「もう少しです!」
彼等が敵を足止めしている間に、撃退士達は手近な病室からベッドやロッカーを、廊下からはソファを持ち出し、階段の踊り場に積み上げる。
だが、この破壊力に対してバリケードがどこまで有効なのか――
上に行く階段の封鎖はエイルズレトラが指揮をとった。
「手近にある物は何でも使って、階段を封鎖して下さい。外の非常階段も破壊します」
だが、まずはこのフロアに入り込んでいる敵の排除が先だ。
阻霊符の効果は病院全体を包んでいるが、その発動前に病室に入り込んだ敵もいる。廊下にも敵が溢れていた。
窓際のガラスが割れる音も、あちこちから聞こえている。
「射程の長い人は屋上からの狙撃をお願いします。それ以外の人は病室に向かって、これ以上の連行を阻止して下さい。階段の安全確保をお願いします」
元々そう多くなかった西階段付近の敵が一掃されたのを確認し、エイルズレトラは難を逃れた人々を呼び集めた。
「動ける人は残った上に避難して下さい。そこの階段は安全ですから」
「いや、階段は無理だ」
医師だろうか、白衣を着た人物が首を振る。
「ベッドごと運べる医療用のエレベータだけでも動かしてくれないか」
しかしエレベータは二基とも最上階に止め、扉にソファを突っ込んで固定してある。
「敵に使われる怖れがありますから、動かす訳にはいきません。どうしても動かせない人は、諦めるしかないでしょう」
「そんな…!」
非情な様だが、多くを救う為には必要な措置だとエイルズレトラは確信していた。
だが、医師も譲らない。
「ならば、私もここを動きません」
「仕方がありませんね」
動かないと言うなら、その意思に反してまで動かす事は出来ないし、そこまでの手間をかける気もない。
ただ、キャリアーに餌を与える気もなかった。
「窓のない病室に、ベッドごと移動させて下さい。そこなら比較的安全でしょうから」
保証はしないし、手伝う事もないが、彼等が自主的に動く分には構わない。
一通りの指示を与えると、エイルズレトラは病院内を走り、避難と防衛の進行具合を確認して回る。
何しろ病院内では通信機器は使えない。手術室やICUがあるこのフロアでは、特に気を付ける必要があった。
ならば、誰かが伝令として走り回るしかない。外の様子も時折確認して、皆に伝える必要がある。
二階の足止めに向かった宗が苦戦しているのを見て、エイルズレトラは援軍の指示を出した。
鬼道忍軍なら外壁を伝って下に降り、敵の背後を突く事も可能だろう。
三階に到達したエルレーン達と入れ替わる様に、階段を塞ぐバリケード要員が配置に付いた。
その場を彼等に任せ、エルレーン達は戦闘中の区画に急ぐ。
途中で横に折れる通路が目に入ったが、そこに敵の姿はなかった。
だが、エルレーンは足を止める。そこにある半透明の自動ドアが気になった。
どうやらその奥にはICUや手術室があるらしい。
ドアはロックされている――と、その表示に目をやった瞬間、奥に続く廊下から悲鳴が聞こえた。
阻霊符を使う前に入り込んでいた敵がいたらしい。
ドアのガラスを突き破り、敵を追い越し、エルレーンは廊下の突き当たりで立ち竦む親子の前に立ち塞がった。
「みんなが来るまでは…私が、守ってみせるっ」
敵はウォリアーが三体。助けを呼ぶ事は出来ない。誰かが気付いてくれるまで、ここを守れるのは自分一人。
それでも。
「私は剣…私は盾!」
ここは通さない。絶対に。
カノンは案内図で確認した手術室のあるブロックへ急いでいた。
フロアに溢れる敵への攻撃は最小限にとどめ、とにかく走る。
その背後で「東階段、バリケード破られました!」との声が聞こえたが、足を止める事はなかった。
どのみちこう数が多くては、まともに戦っても押し返す事は出来ないだろう。
ならば、危険度の高い場所を重点的に守りつつ、敵の撤退を待つのも策のひとつだ。
「内線ででも何でも、動ける方に階段を一つ残して封鎖するよう伝えてください」
途中の部屋に残っているであろう人々に協力と避難を呼びかけながら、カノンは走った。
角を曲がると、目の前にガラスの破られた自動ドアがあった。
その向こうに、敵の背中が見える。
飛び込んだカノンはザフィエルブレイドを叩き付け、振り向いたウォリアーの目をタウントで惹き付ける。
これで二対三。それまで防御に徹していたエルレーンも反撃に転じた。
守備力ならディバインナイト、攻撃なら鬼道忍軍の方に分がある。二人は素早く立ち位置を入れ替えた。
カノンが防壁陣を展開して親子を守り、エルレーンは例のアレをぶちかます。
「はううーっ! もえーっ! もえーっ!!」
親子が…ついでにカノンも目を丸くしているが、気にしない!
効いているなら問題はないのだ!
追撃で三体を倒し、ほっと一息。
が、その時――
室内の照明が消えた。
病院の外は混戦模様になっていた。
二階から上への侵攻を諦めたウォリアー達がキャリアーの周囲に集まって守りを固める中、撃退士達はひたすらロードの撃破を狙う。
マルコシアスの動きも気になる所ではあったが、気に掛ける余裕はなかった。
「ロードには物理攻撃が効きます、攻撃を集中して各個撃破を」
玲獅が仲間達に呼びかける。
それを聞いた静寂はPDWを構え、ロードに照準を合わせた。
「5分で片付けばベストですね。全力で行きます」
だが、その射線はウォリアー達に塞がれてしまう。
射線を塞いだまま、ウォリアー達は深紅の巨大剣を振りかざしながら突撃して来た。
ウォリアーへの対処は想定外だったが、静寂は仕方なくそれを受けて立つ。
その隣に立ったソーニャはアサルトライフルのフルオートで援護射撃、出来た空間に阿修羅コンビが飛び込んで行く。
至近距離まで接近されたロードはその杖で打ちかかって来た。
真っ正面から飛び込んだ突破はその攻撃を避け損ない、魔法の衝撃波にその身を貫かれる。
意識が朦朧として、手足が思う様に動かない。
だが同時に背後へと回り込んだフィンが、両刃の剣を叩き込む。
ロードが膝をついた所に、胡桃がヨルムンガルドの引き金を引いた。
二人が走ったその道を通って、アウルの弾丸がタコ頭に吸い込まれていく。
軟体動物の残骸が周囲に飛び散った。
「残りは五体ですね」
動かなくなった突破には、白蛇の盾をかざして走り込んだ玲獅がすぐさまクリアランスを使った。
「もう一体、…はい、どーんゥ…♪」
黒百合の攻撃は狙い違わず、一撃でロードを沈める。
「残り四体です」
玲獅が皆に伝えた。
視界に入るのは三体のみだが、残る一体の居場所も見当は付いている。
「一気に決めるよ」
ソーニャはライフルを撃ちまくり、仲間達も接近されない様に距離を取りながら着実にダメージを与えていった。
「俺はそろそろ足止めにかかるぜ」
頭をすっきりさせた突破は、ロードの始末を仲間に任せてキャリアーを狙いに行く。
撤退の動きはまだないが、早めに手を打っておいた方が良いだろう。
しかし取り巻きが邪魔で、なかなか前に進めない。
「このっ、邪魔すんじゃねぇっ」
金色の大剣を振りかざした、その時。
まるでその剣に雷鳴が落ちたかの様な閃光と地響き、そして轟音が轟いた。
音の方を見ると、送電線が燃え上がっている。
病院の照明が一斉に消えた。
「停電!?」
手術室の前でエルレーンが声を上げる。
だがそれも束の間、すぐさま非常灯の明かりが灯った。
「手術室の電源も無事な様ですね」
心配そうに手術室のドアを見つめる親子に、カノンが言った。
ICUの機器も問題なく動いている様だ。
他には入り込んでいる敵もいない様だし、後は動ける人々を上に避難させれば良い。
「でも、おかぁさんは!?」
女の子が泣きそうな声を上げた。
彼女の母親は今、手術の最中だ。動かす事は出来ない。ICUで治療を受けている人々も。
「大丈夫です、バリケードを築いて守りますから。ですから、私達を信じて…」
そこまで言った時、病院の建物が揺れた。
廊下の向こうから爆風が迫って来る。二人は咄嗟に親子を庇った。
「一体、何が…!?」
爆風が収まり、カノンは恐る恐る顔を上げる。
そこに、悪魔が立っていた。
外で戦う仲間達は、雷鳴に続いて轟いた爆音に顔を上げる。
病院の三階、その一部がえぐり取られていた。
崩れ落ちる瓦礫と湧き上がる煙の中に、小さな影が舞い降りる。
「非常電源があるから大丈夫…そう考えているのだろう?」
軽い足音を響かせて、マルコシアスは手術室に向かって歩を進める。
「だが、その希望もすぐに潰える。発電機を止めれば終わりだ」
今、配下のロード達が動いている。
マルコシアスはそう言ってにっこりと微笑んだ。
「生命線が切れれば、ここの人間は即座に生命活動を停止する。だが…キャリアーに積み込めば、いくらでも延命が可能だ」
それは脅迫だった。
「選択肢は三つ。服従による延命か、見殺しか、それとも…我に殺されるか」
マルコシアスが自分の身長の倍もありそうな大鎌を取り出す。
あれを一振りすれば、周囲の病室もろとも粉砕されてしまうだろう。
エルレーンは咄嗟に飛び出し、ニンジャヒーローでマルコシアスの気を引いた。
その脇を走り抜け、外へと誘う。
「弱い者いじめする悪魔め…お前が、しんぢゃえッ!」
「不同意。キサマにも理解可能な言葉で言えば…い・や・だ」
大鎌が振られ、爆音が轟く。
だが、エルレーンは空蝉で難を逃れていた。
白煙の中、その代わりに姿を現したのは――
「残念ですが、停電は起きませんよ」
エイルズレトラだった。
「電源室に向かったあなたの部下は、全て排除させて頂きました」
何の冗談だと、マルコシアスは思った。
だが、にこりともせずに立っている相手の表情を見て、それが嘘でも冗談でもない事を悟る。
「この規模の病院なら、自家発電の設備は供えている筈ですから」
キャリアーの足止めに向かいながら、玲獅が言った。
彼女は医者の娘。送電線を狙うマルコシアスの姿を見て、その意図に気付いた様だ。
「後は捕らわれた人々を救い出すだけです。あと少し、頑張りましょう」
玲獅は生命探知でキャリアーの内部構造を探ると、攻撃を加えても問題の無い場所を仲間達に伝える。
自らも触手の射程外からキャリアーの足に攻撃を加えていった。
「胴体さえ良ければ大丈夫な様ですね」
その指示に従い、静寂も足を狙う。
捕らわれた人々に被害が及ばぬよう慎重に…出来るだけ多くの命を救う為に。
「さァ、私と鬼ごっこの時間だわァ、おいでェ…遊んで上げるわァ♪」
黒百合はキャリアーの目の前でニンジャヒーローを発動、病院から引き離すべく、その注意を自分に向けさせる。
だが、キャリアーは触手を黒百合に向けながらも、その場を動こうとしない。
「だったらァ…腕を使えないようにしてあげるわァ」
黒百合は漆黒の大鎌デビルブリンガーでキャリアーの触手をばっさりと薙ぎ払った。
これで獲物を捕獲する事は出来ないだろう。後は足を潰してしまえば良い。
頃合いを見て合流した宗も、仲間と共に互いの背を守りながら攻撃を加えていった。
突破は薙ぎ払いの強烈な一撃を浴びせて行動の自由を奪い、その隙にありったけの攻撃を叩き込む。
足と触手を切り落としてしまえば、キャリアーなどただの生命維持タンクだ。
「間違って胴体を斬らないように気を付けなきゃ」
フィンは敵の間を縫う様に走り回り、すり抜けざまにキャリアーの足に斬り付けていった。
ついでに、途中で出くわしたウォリアーにも一撃を加える。
「撤退なんかさせないんだから!」
「…それも、不同意だ」
ふいに、フィンの耳元で声が聞こえた。
「誰っ!?」
咄嗟にその場から飛び退くフィン。
戦場の真ん中に、マルコシアスが立っていた。
「撤退する気か!?」
突破が叫ぶ。
「そうはさせません」
玲獅は防犯ブザーの紐を引き、それをマルコシアスの足元に投げ付けた。
ブーブーと耳障りな音が辺りに響く。
それに乗じて、静寂が攻撃を仕掛けて指揮の邪魔を試みた。
だが、ブザーは踏み潰され、静寂の攻撃は掠りもしない。
「ここまでは良くやったと褒めてやろう」
だが、そろそろ撤退の時間だ。
まだ病院内に残っていたウォリアー達が、撤退を支援すべく続々と外へ出て来る。
かなりの数を減らしたつもりでいたが、まだまだ大軍と呼べるだけの兵力が残っていた。
しかし、数で劣ってもここで諦める訳にはいかない。
「人間の習性、もう少し興味を持った方がいいかもね」
ソーニャが前に進み出た。
「群れで、強いものが弱いものを守る」
そう珍しい習性ではないけれど。
(そう、ボクが守ってあける)
その原動力は、きっとこんな気持ちなのだろう。
「きみは感じたこと、ある?」
「くだらん。強きものは弱きものを喰らう、それが道理だ」
マルコシアスの手から雷が迸る。
それは広範囲に広がり、敵味方を問わずに巻き込んでいった。
「…させない」
ソーニャの前に飛び出した胡桃が回避射撃でその軌道を逸らす。
だが、範囲内にいた仲間達の多くが雷の直撃を受け、胡桃自身も避けきれずに直撃を受けてしまった。
そして、マルコシアスの手駒である筈のウォリアーや、獲物を運ぶ為の大切なキャリアーまで。
だが、本人はその損失を全く意に介していない様子だった。
「我はそろそろ下がらせて貰う。一体どれだけの者が無事に帰還できるか、楽しみに待つとしよう」
マルコシアスは上空に舞い上がる。
それを見上げ、胡桃が口の中で「一振りの剣」と呟いた。
桃色の髪が銀に変わり、緑の瞳は明るさを増す。
闇を撃ち堕とす一撃が、飛び去ろうとする悪魔に追いすがった。
しかし…
残されたのは、人を小馬鹿にした様な笑い声と、眷属達。
「まずは傷の手当てが先です」
撤退を始めたキャリアーに追いすがろうとする仲間を玲獅が止める。
「でも…逃がすわけにはいかない、から」
ふらりと立ち上がった胡桃を、宗が止めた。
「大丈夫だ、自分が足止めしておく」
空蝉のおかげで体力はまだ残っている。
「回復したら、加勢を頼む」
射程外に居たお陰で攻撃を喰らわずに済んだ、黒百合と洸太がそれに続いた。
そして、胡桃の働きで怪我をせずに済んだソーニャも。
「今日のボクは非情で冷徹なのさ」
キャリアーの射程外から、容赦なく攻撃を加えていく。
洸太は小天使の翼で宙に舞うと、自らも攻撃に加わりながら、治療を終えて復帰した仲間達に状況を伝えた。
移動不能なキャリアーは五体。残り半分のうち三体は何らかの損傷を受けて移動速度が鈍り、二体がまだ無傷だった。
それを受けて、玲獅が足止めに向かう。
全力疾走で追いつき、回り込み、進行方向を塞いだ。触手の攻撃を白蛇の盾で防ぎつつ、アヴェンジャーで足を斬り付ける。
洸太の空中からの援護と、胡桃と静寂、ソーニャの狙撃で息の根を止めた。
もう一体は合流したエルレーンが影縛の術で束縛、動けなくなった所を突破とフィンが寄ってたかって袋叩き。
残る三体も足に攻撃を集中し、動きを止める。
ここまで来れば、逃げられる心配はない。後は撤退する気がまるでなさそうなウォリアー達を片付けるだけだった。
病院の周囲に救急車が続々と集まって来る。
戦いを終えた撃退士達は自分の治療もそこそこに、キャリアーに収容された人々の救出を手伝っていた。
この病院は設備の損傷が酷く、また医療スタッフも多くが犠牲になった為、医療機関としての活動は暫く出来そうにない。
救出された患者達は、他の病院に移送される事になっていた。
「あなたの能力しかと拝見しました」
ふと手を止めた静寂が、マルコシアスが消えた空に向かって呟く。
次こそは。今度こそ、必ず一矢報いてみせる。
と、そこに――
「みつけた!」
子供の声がして、撃退士達は顔を上げた。
手術室の前にいた親子だ。
「先程はありがとうございました」
父親が深々と頭を下げる。
「お陰さまで、手術は無事に成功しました」
姉弟が頷き、満面の笑顔を浮かべた。
「おかぁさん、げんきだったよ!」
「これ、あげる!」
男の子が、病室から持って来たらしい一輪の花を差し出した。
病院の奥から赤ん坊の元気な泣き声が聞こえる。
それは新たな命の誕生を告げる声。
そこにも、撃退士達に守られた命があった。