「ふむ…以前ダチがこんな映画を借りてきて騒ぎながら見ていた気がするな…」
アルフォンゾ・リヴェルティ(
jb3650)が呆然と見上げた視線の先には、数え切れないほどの鳥、鳥、鳥。
「まさに悪夢だな…」
戸蔵 悠市(
jb5251)も、その映画なら見た事がある。
あれは確か、以前勤めていた図書館で行われていた上映会だったか。
悪魔には悪魔らしくしていて欲しいものだが、事実は小説より奇なりということか。
しかし大丈夫だ。動揺するな戸蔵悠市。いくら個性的だろうとあれは敵だ、演習通りやればいい。
「ご苦労だったな」
悠市は公園の入口からここまで、大きなバスケットを咥えて運んでくれたストレイシオンを還し、代わりにヒリュウを呼び出して戦闘に備える。
「…撃退士やめたら、引っ越し屋でもやるか」
ストレイシオン急便、とか。
「ここまでたくさんいると、鳩とはいえこうぞわっとしますねー…」
思わず腕に現れた鳩肌…いや、鳥肌を撫でながら、櫟 諏訪(
ja1215)はブルッと身を震わせた。
「とはいえ救助しなきゃいけない人もたくさんいますし、気合入れていきましょー!」
「ああ、まずは一般人避難させないとな」
周囲に残る人々を、礼野 智美(
ja3600)が隣接の公民館に誘導する。
そんな彼女の今日の姿は、お下げ髪に女子の制服。
(うぅ、足元スース―する…これ)
入学式に着たきりでずっと箪笥の中で眠っていたそれは、樟脳の臭いがした。
スカートは嫌いだが、これも依頼を成功に導く為。
(女性を助けるのに、男と思われるのも拙いからな)
客観的に見て、普段の凛々しい姿なら問題はなさそうな気もするけれど。
それどころか、却って喜ばれそうな気が――特に年配の女性には。
「っしゃあ!! どんな敵だろうと派手にブチのめしてやるぜッ!!」
動ける者達の避難が終わったのを見て、東條 晶(
jb5047)は鳩の塊を派手にブチのめしに…あれ、どこ行くの?
「いや、別に俺がやってやってもいいんだがそれじゃあ意味がねぇだろ」
え?
「今回は俺に出来る事をやるまでだ」
うん、意味がないかどうかはともかく、言ってる事は多分ちょっとカッコイイ。
でもその豆は何?
「相手が鳩型なら豆が好きな筈だろ? 襲われそうになったら豆を投げるって寸法よ」
なるほど、餌ですか。
じゃあ、体中に貼り付けたそのCDは?
「これはあれだ、よく畑に鳥よけで吊るされてるだろ? あれの効果に期待してるんだよ俺は」
つまりそれで鳩を威嚇していると?
…どうも、効いてないみたいだけど。
「大丈夫だ、こんな事もあろうかとッ!」
晶は華麗にビニール傘を広げ、巨大鳩の下に飛び込んだ。
「これで糞が落ちてこようが俺の頭上は安全って寸法よ! 汚れても水で洗えば復活…」
が。
「うぉっ、重いっ!」
安物の傘は糞の重さでたちまち分解!
どばーっと降って来た大量の糞にまみれ、晶は…あれ、どこ行った?
「東條先輩、貴方の犠牲を無駄にはしません」
糞に埋もれた勇者の姿を遠目に見て、神月 熾弦(
ja0358)は勇敢にも盾を構えて鳩達の前に立った。
「助け出すにも拘束している糞を洗い流さないと難しそうですし、最初はディアボロを引き離すところから始めましょうか」
見た目は可愛らしいのにと、そう考えると少し勿体なく思えてしまう。
(でも、ディアボロなら倒さないと)
心を鬼にして、糞を被らない様に、被らない様に…正面に構えた盾を上に向けたくなる衝動と戦いながら、熾弦はじわじわと鳩達に近付いた。
「鳩さん、こちら…です」
気休め程度だろうと考えた盾は気休めにもならず、熾弦はあっという間に糞まみれ。
だが、ここで逃げては敵の注意を引く事は出来ない。
とは言え…
「うぅ…ディアボロの攻撃手段にすぎない、と分かっていても辛いですね、これは」
ぼとぼと、べちゃべちゃ。
拭ったら逆にこびりつきそうだ。
それでも何とか束縛を受ける事には抵抗し、熾弦は頑張る。
ふと横を見ると、諏訪は頭からすっぽり被ったレインコートで糞をガードしていた。
「その手があったのですね…」
と思っても、もう遅い。
頭上から降りかかる糞の重さに耐えかねて、熾弦はがっくりと膝をついてしまった。
「熾弦さんの分まで、自分が頑張るのですよー」
コートは瞬く間に糞まみれになったが、でも大丈夫。
「一枚脱げば、まっさらなのですねー」
コートの下には、またコート。ペラペラの安物ならではの活用法だ。
しかし、その脱皮にも限度がある。
「対策したとはいえ、フンまみれにはやっぱりなりたくないですねー?」
さっさと仕事を済ませてしまわなければ!
「救助の邪魔をさせるわけにはいかないですしねー? おびき寄せて一網打尽にさせてもらいますよー?」
その場から遠ざける様にナパームショットを放つ。
塊の真ん中で光が炸裂すると、巨大鳩は一瞬その形を崩し、少し離れた場所で再び鳩の形を取った。
続けてもう一発――
「おー! 鳩って成長したらあんなにおーきくなるのかー俺知らなかったぞー!」
その様子を感心した様子で眺めているのは、相変わらず上半身の装備がない彪姫 千代(
jb0742)だ。
その思い込みに突っ込む者もない中で、千代は足音を消し、その姿を周囲の景色に溶け込ませながら鳩達に近寄った。
射程内に入ると、千代は凍てつく細氷を降らせる。
「おー? なんか剥がれたんだぞー?」
それは冷気に触れて眠りに落ちた鳩達の姿。
鱗の様に剥がれ落ちたそれを捕まえようと、千代は巨大鳩の腹の下へ…しかし、その頭上から大量の糞が!
「こんなの気にしないんだぞー! レインコート? ふ…服を着るのは駄目なんだぞ!」
糞と共に繰り出される嘴の攻撃を避けながら、千代は赤き虎となった。
「虎なんだぞー! ガオーだぞー!!」
灼熱の炎球が弾け、焼け焦げた鳩が落ちて来る。
「悪い鳩らしいからな! 俺頑張るんだぞ!!」
「…鳩は平和の象徴だと、本からの知識ではそうあります」
エンフィス・レローネ(
jb1420)は、それを真っ向から否定する様な鳩達の姿を見て、ちょっと裏切られた様な気分になった。
尤もディアボロだと判明しているのであれば、それは単なる模造品に過ぎないけれど。
「いや、鳩は凶暴なんだよなー」
「ぇ…?」
背後でぽつりと呟いた智美の声に、エンフィスは思わず振り返る。
「あれを平和の使者って言った人は真実を知らなかったんだろうな」
知らないって怖いよな、と頷く智美の真実も、知らなければ女装男子にしか見え…(げふん
「とにかく、救助は俺達に任せてくれ」
「それでは…、倒れた皆様をよろしくお願いいたします…」
そろり、そろり。エンフィスは姿を隠しながら近付いて行く。
「…皆様に仕事を押し付けてしまった以上…私もしっかりと役目を果たさなければいけませんね…」
エンフィスが鳩対応班を選んだのは、人々にくっついた糞に触りたくないからでは決してない、筈。
だから、頭の上から糞を被ったって平気…じゃない! だって女の子だもん!
でもナイトアンセムを群れの中心に展開する為には、ここまで近付くしかないのだ。
「…大空を翔る能力が、いつでも有利に働くとは限りませんよ…、夜道ではスピードを落とし、安全運転を心がけましょう…なんて」
糞にまみれた仲間を攻撃しようと降りて来た所を狙って、深い闇に包み込む。
(彼等が鳥目、であるかはわかりませんが…飛行最中の視野への影響は多大な筈…)
その予測通り、視界を閉ざされた鳩達は陣形を乱して好き勝手に飛び回り始めた。
「ほーらほら、こっちだ!」
パンパンと手を叩きながら、アルフォンゾが弱った獲物の様にふらふらと飛ぶ。
視界を閉ざされた鳩達は、その刺激に向かって闇雲に突進を始めた。
「よし、ヒリュウ。アルフォンゾ先輩と一緒にネットを持ってハトを捕まえろ」
悠市の命令に従い、ヒリュウはサッカーのゴールネットを咥えて飛んで行く。
その片方の端を手に取ると、アルフォンゾは向かって来る鳩の群れを包み込む様に網を広げた。
阻霊符の効果で透過を防がれた鳩達は次々と網に絡まり、じたばた暴れ回る。
「まぁ一網打尽なんて甘い事は言わないさ」
それでも三割程はかかっただろうか。
端を縛って袋状にすると、自由を奪われた鳩団子は自重で沈み始めた。
「皆さん、下がって下さい!」
警告し、熾弦は彗星の雨を降らせる。
網にかかって鈍った鳩達の動きは更に鈍り、そうなれば攻撃は当て放題だった。
「それじゃ、遠慮なく」
アルフォンゾは塊の上から遠慮も手加減もなくショットガンを乱れ撃ち。
「チャンスですねー? 一気に行きますよー!」
諏訪もダメ押しとばかりに加勢してアサルトライフルを撃ちまくる。
白い塊が朱く染まり、心臓の弱い方にはちょっとお見せ出来ない様な代物が出来上がった。
が、それもたちまち残った鳩達の糞で覆われて見えなくなる。
「これが雪なら少しは風情もあるんだがな」
アルフォンゾが呟き、再び上空へ舞い上がった。
「とりあえず放射角と範囲を考えたら極力近づいて撃たんと流れ弾が洒落にならんよな…」
ショットガンは範囲攻撃が出来るのが利点だが、それだけに扱いには慎重になる。
誤射を防ぐ最善の手段は下から撃つ事なのだが――
「糞害は御免被る」
下に誰もいない事を確認してから、アルフォンゾは引き金を引いた。
残った塊を、エンフィスが再び闇に包む。
その闇の中に純白の鯱が身を躍らせ、大波となって襲いかかった。
「鯱は鳩食べたりするんだぞー!」
それに呑まれた鳩達を狙って、黒き虎が牙を剥いた。
鳩対応班が着実にその数を減らしていく中、救護班は糞まみれになった一般人の救助にかかる。
智美は悠市が手配したバスケットに入れて貰ったタオルやジャージを抱え、まずは避難所となった建物へ急いだ。
そこからホースを抱えて戻ると、目の前の白い塊に向けて勢いよく水をかける。
「つめてぇっ!」
晶、復活。
「よし、この俺が復活したからにはもう大丈夫だ!」
智美から放水係を引き継いだ晶は、盛大に水を撒き散らす。
薄着の女性には、特に丁寧に、念入りに水をかけ…ちらり。
目を逸らしつつ、狙った様に胸元に水をかけつつ…ちらり。
「どこ見てんのよっ!?」
パアァン!
ご褒美のビンタ、頂きました。
「助けに来たぞ。もう大丈夫だ、安心してくれ」
悠市は自由を取り戻した人々にそう呼びかけながら、バスタオルを手渡して回る。
「向こうの建物に着替えがある。風邪をひかない様に、早く着替えた方が良い」
女性に対しては、なるべく素っ気ない態度で。
「歩けないなら、私が運びます」
智美は呆然と座り込んだ女性を素早く抱き上げた。
「きゃっ」
女性が小さく悲鳴を上げる。
でも大丈夫、男と間違われない様に女子の制服を着て、髪型まで変えてきたんだから。
今のはきっと、急に抱き上げられたせいで驚いただけだ、うん。
「濡れたままでは帰れないでしょうから、こちらに替えのジャージを用意しておきました。濡れた服はこちらに…」
避難所まで送り届けると、智美は再び現場に戻る。
「なんだ歩けねえのか? しょうがねぇな」
文句を言いながら、晶も結構マメに動いていた。
流れ弾ならぬ流れ鳩を自分の身で防ぎつつ、負傷者を背負ってせっせと避難所まで運ぶ。
「この程度なら痛くも痒くもねぇしな!」
その間も悠市は必死で冷静沈着を装いながら、残る人々にバスタオルを配り歩いていた。
しかし何故、残ったのは女性ばかりなのだろう。
これは何かの陰謀だろうか。
露わになったボディラインを、なるべく見ない様に、見ない様に…ちらり。
やましい考えはしないし、やましい視線も断じて向けてはいない。
なのに何故、彼女達の視線が突き刺さる様に痛いのか。
だって、見えてしまうものは仕方がないじゃないか!
「お、俺は何も見てない! これは何かの間違いだ、じゃなくて誤解だ!」
女性の体をバスタオルごと荷物の様に抱え、可及的速やかに避難所に運んで智美にバトンタッチ。
運んでいる途中で手が何かふにゃふにゃと柔らかいものを掴んでいる気がしたけれど、きっと気のせい!
あれ、何だこれ。鼻血?
「すまん、頭から水をかけてくれ」
糞を浴びた訳ではないけれど、晶に頼んでみる。
「おおう…思った以上にべとべとするのですよー?」
向こうでは脱皮の限界を超えた諏訪が糞まみれになっていた。
「…あの…私も」
エンフィスも手を上げる。
ナイトアンセムは使い切った。もう鳩の群れに近付く必要はない。
後は絶対に進路上に立たない事を厳守しながら、幻想動物図鑑で魔法を叩き込むのみ!
…勿論、その攻撃には乙女の恨みが上乗せされていた。
「鳩がスリムになったんだぞ!!」
千代が驚きの声を上げた。
「あの形態は…今までよりスピードが出そうですよー?」
諏訪が仲間達に警告する。
流線型となった鳩達は、今までとは比べものにならない速さで突っ込んで来た。
皆がその攻撃を避ける中、智美はひとり盾を手に立ちはだかる。
「盾に追突すればその衝撃で退治できそ…ぅっ」
思ったよりも強い衝撃に、智美の体は後ろに弾かれた。
鳩の激流に呑まれた智美は、それでも踏ん張って盾を構え続ける。
それにぶつかって数を減らしながらも、残った鳩達は再び上昇に転じた。
「おー! 突進凄いんだぞー! びゅーって来たんだぞ!」
智美のダメージを癒兎で癒やした千代は、楽しそうにはしゃいでいる。
「ばーどすとりーむあたっくって感じなんだぞー! でも言いにくいから鳩速いにするんだぞー!」
「名づけるならば、BSA(バードストリームアタック)…」
僅かの差で先に言われてしまった諏訪は、咄嗟に別のネーミングを考えた。
「…いや、Dove Strohm(ドーブシュトローム)とでも言うべきですかねー?」
「集まって突撃してくる…? なるほど、良いですね。その技、もらいます!」
再び遅い来る鳩達を、熾弦は星晶飛鳥で迎え撃つ。
硝子の翼を持つ白鳥が力強く羽ばたくと、鳩達は次々と地に落ちた。
今や鳩は何かを形作る程にも残っていない。
バラバラに向かって来る鳩達を、千代が鋼の虎で押し潰し、智美がチタンワイヤーで絡め取り、エンフィスが魔法を叩き込み――
「これで最後だ」
皆を退かせたアルフォンゾがショットガンを叩き込んだ。
「鳩は平和の象徴といわれているのですが…」
戦いの跡を見て、熾弦は悲しげに呟いた。
それがディアボロとなって現れるとは、何という皮肉なのだろう。
せめて今は、安らかに。
「さすがにフンまみれのままはちょっと汚いですしねー? 折角ですし、きれいにしていきましょー!」
公園の掃除を提案した諏訪に、ある者は喜んで、ある者は面倒臭そうに応じる。
来た時よりも美しく、ゴミを拾おう持ち帰ろう。家に帰るまでが遠足です。
何か違うけど、気にしない!