「あんれまぁ、こんなちっこい子らが?」
同行する撃退士達の姿を見て、老婦人は目を丸くした。
自分の孫より小さい子供もいる。こんな子供達があの恐ろしい天魔と戦うというのだろうか。
「なに、心配は無用じゃ」
中でも最も幼く見える少女、白蛇(
jb0889)が胸を張った。
「人の身に墜ちた神であるこのわしは勿論のこと、ここにおる者達はいずれも力ある者ばかり、安心するが良い」
その言葉の前半はともかく、後半部分は紛れもない事実だ。
ただ、その力ある者達が責を果たせずに、ゲートの出現を許してしまった事もまた事実だった。
「わざわざこんな物々しい準備をせずに行けるようになればいいのですが」
そう言って、久遠 冴弥(
jb0754)は頭を下げる。
危険なところにわざわざ行かなくとも、とは言うべきではないだろう。
(危険なところにしてしまったのが本来の間違いなのですし)
孫の様だと親近感を持って貰える事に対して悪い気はしないが、だからこそ余計に申し訳なく思うのだ…直接ではなくとも、守りきれなかった事を。
「いんや、嬢ちゃんのせいではねぇだよ」
自分の我儘が悪いのだと、老婦人は笑った。
ゲートは時間が経てばそのうちに消えると言われても、どうしても待てなかったのだ。
「そこまでして行きたいとか、凄いなぁ」
桝本 侑吾(
ja8758)が言った。表情には現れていない様だが、心の中では素直に感心しているらしい。
しかし、紅刃 鋸(
jb2647)は首を傾げた。
「危険と知った上でそれでもって…なんでまた?」
墓参りという習慣に関する知識は書物等で仕入れたが、そこには「危険を賭してまで行くべきもの」とは書かれていなかった気がするのだが。
「愛ですよ」
黒井 明斗(
jb0525)が柔和な微笑を浮かべつつ、こくりと頷く。
「お爺さんのこと、よっぽど大事に想ってるんだな」
侑吾が言った。
「覚えてる事こそ供養とか聞いた事ある気がするが、お爺さんは今も幸せだな」
そう言われて、老婦人は少女の様に頬を朱く染める。
(ふふ、本当にかわいいおばあちゃんだね)
その様子を見て各務 与一(
jb2342)が微笑んだ。
この護衛任務、気合いを入れてしっかりと果たさなくては――
一行は二台の車に分乗して目的地へと向かった。
封鎖区間の道路は他に走る車もなく、歩行者などに気を遣う必要もないと思えば、ついスピードを出してしまいそうになる。
だが先頭車のハンドルを握る冴弥は、後続車に乗る老婦人の事を考えて安全運転を心がけていた。
「コアが破壊されやがったゲートの残骸でも、ディアボロ吐き出し続けやがるんですね…」
後部座席で周囲の警戒に当たりながら、エドヴァルド・王(
jb4655)が呟く。
「うん、コアさえ破壊すれば良い訳じゃないのが厄介だよね」
応えたのは助手席の与一だ。
「そんな状況じゃ墓参りも出来ねぇですし、通ってやがったお婆さんも、待ってやがったお爺さんも可哀想でありやがるですね」
早くゲートの機能が完全停止すればいいのにと、エドヴァルドは後続車を振り返る。
「今回は俺達が確り守って行くですが…」
時が経つのを、ただ待つしかないのだろうか。
当の老婦人は、鋸が運転する車の後部座席で二人の少女に挟まれてちんまりと座っていた。
「おばあちゃん、もうすぐだからね」
本当の孫になったつもりで話しかけてくる山里赤薔薇(
jb4090)に、老婦人も孫に対する様にニコニコと嬉しそうに応えている。
「そうだ、お茶のむ? あったかいの持って来たんだよ」
「ありがとなぁ。ありすはえぇ子だえぇ子だ」
頭を撫でられ、涙が出そうになった。
(天魔に惨殺された御婆ちゃんに似てる…)
祖母に両親、そして兄。家族で幸せに暮らしていた頃の事が思い出される。
(でも堪えるの、おばあちゃんを不安にさせちゃいけないから。私はもう撃退士なのだから)
絶対に守らなくちゃ。
本当は不安で、怖くて仕方がないけれど。
でも、もう二度と、誰にも奪わせない。
やがて、一行を乗せた車は無事に目的地へと到着した。
しっかりと周囲を警戒していたせいもあってか、ここまでの道中は何事もなく順調だった。
だが、ここから先は…
「やはり、いますね」
敵の気配を探った明斗が仲間に注意を促す。
車を駐めた道路脇の付近は安全な様だが、そこから墓地へと続く斜面のあちこちに生命反応があった。
「まったく廃棄されても従者共を吐き出し続ける…門とは実に傍迷惑なものよの」
それを受けて、白蛇はヒリュウの「千里眼」を呼び出す。
何かが潜むと言われた場所をその目で見ると、丈の高い草の影に隠れているものの姿が見えた。
「蜥蜴か鰐か…いずれにしても天魔である事には違いないじゃろうの」
「それじゃ打ち合わせ通り俺たちは先に行くね。おばあちゃんの事、よろしくね」
護衛に残る仲間達に言い置いて、与一は明斗と共に階段を上がって行った。
「こうやって一緒に戦うのは初めてだね。君の背中は俺が預かるから、お互いに頑張ろうね」
「はい、よろしくお願いします」
部活で知り合ったという二人は、互いの背をカバーしながら敵が潜む場所へ近付いて行く。
「戦うところは出来るだけ見せたくないな。ちょっと気を遣ってあげてくれないか」
侑吾は老婦人の護衛に残る仲間にそう頼むと、二人の後に続いた。
(ゲートの被害者なら嫌な事もあっただろうからな)
敵が潜むと言われた茂みをレッセクーラントと名付けた大剣で草ごと薙ぎ払うと、巨大なトカゲが姿を現す。
待ち伏せを見破られたトカゲは再び茂みの中へ逃げ込もうとするが、侑吾はそれを許さなかった。
「逃がさないっての」
後ろに伸びる長い尻尾に剣を突き刺し、その場に釘付けにしようと試みる。が…
「尻尾を切って逃げるとは、やっぱりトカゲだな」
しかし、それを見ていた与一は敵が逃げ込んだ先の草むらに向けて矢を放った。
潰れたカエルの様な悲鳴が上がる。
「君たちの相手は俺の役目だからね。だからそっちには行っちゃダメだよ」
その声を頼りに追いかけた侑吾がトドメを刺して、まずは一匹。
だが、この付近にはまだまだ多くの敵が潜んでいた。
白蛇と交代でヒリュウのニニギを召喚した冴弥が、その動きや潜伏場所を仲間達に伝える。
その指示に従い、与一は敵を炙り出す様に矢を撃ち込んでいった。
一撃を食らって逃げ出すもの、反撃に出るもの、或いは逃げたと見せかけて背後から回り込もうとするもの。
「簡単に狙わせないよ。味方が傷つくのを許したら、与一の名を穢す事になるしね」
それを明斗が十字槍の穂先で突き刺し、二匹目。
地道に倒しながら、先行した三人は次第に階段を上って行く。
「こっちもそろそろ行きましょうか」
鋸が残った仲間達に声をかけた。
先行組の目を巧みに逃れたものもいるだろうが、討ち漏らしは自分達で叩いて行けば良い。
老婦人を戦闘に巻き込む危険は避けたかったが、ある程度の所で見切りを付けなければ、日が暮れても墓参りなど出来そうもなかった。
「結構きつそうな石段だけど大丈夫? なんならおぶって行きますよ?」
「そんな勿体ねぇ、こんくれぇならゆっくり上がりゃ大丈夫だぁ」
声をかけた鋸に、老婦人はぷるぷると首を振る。
だが、折角の厚意を無にしてはいけないと思ったのか、或いは一目で天魔と分かる鋸の容姿を怖れてはいない事を伝えたかったのだろうか。
「したら、手ぇ貸して貰うべかな」
片手を差し出す。
もう片方の手は、赤薔薇がしっかりと握った。
二人に手を取られながら、老婦人は一歩一歩踏み締める様に階段を上がり始める。
その歩は余りにも遅く、鋸はつい抱え上げて上まで運んでしまいたい衝動に駆られるが…我慢、我慢。
「あの…危なくねぇように、頑張る、ですから」
エドヴァルドは先頭に立って壁役となりつつ、老婦人の歩調に合わせてゆっくりと階段を上って行く。
白蛇はストレイシオンの堅鱗壁を呼んで老婦人の守護に当たらせつつ、自らも盾となるべく前に出た。
その脇を、ヒリュウを送還した冴弥が固める。
「得物を剣に持ち替えれば、召喚獣なしでもある程度戦える筈です」
五人の撃退士で周囲を固めれば、例えディアボロに襲われても守り通せる自信があった。
いや、自信などなくても絶対に守らなくてはと、五人は周囲に目を光らせる。
やがて無事に階段を上りきり、ほっと一息ついた時――
「うろちょろしてやがるんじゃ、ねぇですっ」
近くの茂みから飛び出して来た尾の一振りに、エドヴァルドは大剣を立ててガードしつつタウントでその注意を引く。
その横っ面を張り飛ばす様に、鋸がアサルトライフルを撃ち放った。
「信用してくれるならそれにはちゃんと応えなくちゃね」
先行していた仲間達も戻ってきて、援護に回る。
侑吾は尾の一振りをジャンプで避けると、蜥蜴を弾き飛ばした。
斜面を転がって行った蜥蜴は、暫くは上がって来ないだろう。
「この隙に…よっし、来いっ」
もう一匹を挑発して注意を引いた所に明斗が槍を突き刺し、暴れる尻尾を切り落とす。
切り離された尻尾はそれでも動きを止めず、巨大なネズミ花火の様な予測不能な動きで縦横無尽に跳ね回った。
「行くなって」
暴れる尻尾を侑吾が体を張って止め、下の斜面に投げ捨てる。
「おばあちゃん、こっち!」
赤薔薇はその隙に老婦人の手を引いて、近くの墓石の影に隠れた。
戦いが目に入らない様に墓石に向かって座らせると、その背を守る様に立ちながらクリスタルダストやエナジーアローを降らせる。
そちらに近付くのは無理だと判断した敵は標的を変えるが――
「遠距離型の俺に対して接近したのは悪くない判断だけど、扇を振るうのも結構得意でね。あまり俺の事を甘く見ちゃダメだよ」
与一の背後にこっそりと忍び寄ったものは、白銀鉄扇による返り討ちを喰らった。
「近くの敵は、あらかた片付けた様じゃな」
再び千里眼を召喚した白蛇が、その目で周囲の様子を確認する。
明斗の生命探知にも、引っかかるものは今のところなかった。
「では、今のうちにお墓参りを済ませてしまいましょうか」
明斗は持参した掃除道具や線香、お供え用の花や水を荷物から取り出す。
ペットボトルの水は鋸も持参していた。
周囲を見渡しても水道設備は見当たらないし、どうやら持って来て正解だった様だ。
「お参りの前に、隅々まで綺麗にしましょう」
「ピッカピカに磨き上げるわよ」
明斗の言葉に鋸が頷く。
次はいつ来れるか分からないのだし…とは言わないが。
侑吾と冴弥、与一の三人が見張りに立ち、周囲を警戒する中で、残った仲間達は老婦人と共に墓周りの掃除を始めた。
「少しでも綺麗になるように…です」
エドヴァルドも頑張って墓石を磨く。
「心地よく眠るにはやはり綺麗にせねばな」
千里眼で周囲を見張りつつ、白蛇は周囲の草刈りを。
明斗は他の墓の周りに映えた雑草も綺麗に刈り取っていく。
「お隣や近くのお墓も全部綺麗になっている方が気持ち良いですし、雑草はディアボロの隠れ場所にもなりますからね」
綺麗に刈った後は赤薔薇が除草剤を撒いた。これで暫くは綺麗な状態が保てるだろう。
ピカピカになった墓石にお爺さんの好きだった酒をかけ、老婦人はそっと手を合わせる。
何事かを熱心に報告するその脇で、撃退士達もそれぞれに手を合わせた。
「いやぁー、よかったよかった、ありがとなぁ」
無事に墓参りを終えた老婦人は、曲がった腰を更に折り曲げて、何度も何度も礼を言った。
「ねえ、おばあちゃん」
赤薔薇が少し躊躇いがちに切り出してみる。
「あの、もし良ければだけど…ゲートが完全に消滅するまで、お骨をどこかに移動してみたらどうかな」
あくまで一時的に、いつか戻すことを前提に。
「ふむ、その案は悪くはないのう」
白蛇が頷く。
土地への愛着などもあるだろうし、無理にとは言わないが…
「どうされたいかの? 今一時眠りを妨げても床を移動するなれば、わしらが手伝おう。このままここに眠らせるなれば、また依頼を出すが良い」
その時には是非受けさせて頂こう。
「…あるいは、命日とずれるとも、何人かで共に依頼を出せば、金銭的な負担は減るじゃろうな」
「こんな婆ちゃんの為に色々考えてくれて、ありがとなぁ」
老婦人は拝み倒さんばかりの勢いで頭を下げた。
「んだどもなぁ、やっぱし…」
ゲートは永久に残るものでもないし、それに。
「あんたらには迷惑かもしんねぇけんど、こうしてたまーに若い子ぉらと一緒に過ごすのも悪ぐねぇしなぁ」
お爺さんもきっと、賑やかな方が嬉しいだろう。
例え待つ時間は長くなったとしても――
無事に墓参りを終えた一行は、老婦人の家で一晩ゆっくり休ませて貰う事になった。
いかにも農家らしい造りの母屋は、部屋数が数え切れないほどに広い。
(こんな広い所に一人暮らしなんて…きっと寂しいでしょうね)
明斗はふと、田舎に残して来た両親や祖父の事を思い出した。
「何でもやりますんで、言って下さい」
お爺さんの仏壇に手を合わせた後、明斗は一人で暮らしているなら色々と手の届かない事がある筈だと手伝いを申し出た。
「電球が切れている所とか、雨漏りとか…何か、困ってる事ありませんか?」
「俺も畑仕事なら手伝えるな。体力だけはあるから好きにこき使ってくれ」
戦いの後でもまだまだ余裕のある表情で侑吾が言う。
「じゃあ、俺は採ってきた野菜で何か作ろうかな」
料理が得意な与一だが、特に和食には自信があった。
(私も、パパと旅してたとき覚えた料理の腕を披露してみようかな)
赤薔薇はこっそり頭の中でメニューを考えてみる。
「わしも何か手伝うかのう。なに、ガスがなくとも問題ない。昔取った杵柄じゃ…何、ある?」
こんなに古そうな家なのにガスは通っているのかと、白蛇はビックリ。
「あ、俺も…少しは出来やがる、ので」
少しなどと謙遜してみたエドヴァルドは、実はかなりの腕前らしい。
「じゃあ、私は教わる方に回ってみようかな」
鋸が言った。
お婆ちゃんの味を覚えて帰るのも良いかもしれない。
その日の食卓には、一人では一週間かかっても食べきれない程の料理が並べられた。
「口に合うと…良し、ですが…」
エドヴァルドは間違えて妹のものを持って来てしまったらしいフリフリエプロン姿で給仕に励む。
素材の味を活かした煮物や、きんぴら、葉物の汁物…皆で舌鼓を打ちながら、ワイワイガヤガヤ。
「お爺ちゃん、わりとイケメンよね」
仏壇の写真をちらりと見て鋸が言う。
若い頃はさぞかし良い男だったのだろうし、老婦人はさぞかし可愛かった事だろう。
「お爺さんって、どんな人だったのかな」
侑吾が尋ねる。
「なれそめとか、聞きたいな」
後ろで肩を揉みながら、赤薔薇が言った。
久しぶりに賑やかな夜。替えて貰った電球も明るく輝いている。
今夜は語り明かそう。
孫の様な、可愛い友達と――