「隠れ家とか秘密基地ってのは、幾つになってもワクワクするな」
「隠れ家とか秘密基地って、なーんかワクワクするよねー」
「秘密基地……! 小説とかで出てくる、あれですよね?! みんなでいろんなもの隠したりする……ああ、憧れちゃうなあ!」
「秘密の隠れ家とかわくわくするよねー!」
若いエネルギーの塊が4つ、口々に似た様な事を言いながら、楽しそうに小屋を覗き込んでいる。
その中の一人、大学生の崔 北斗(
ja0263)は比較的落ち着いた様子だが、それでも若さ溢れるお年頃には違いない。
残る三人に至っては、揃いも揃って15歳。若さが溢れるどころか爆発して弾けるお年頃だ。
「なんかさ、他の人には知られちゃいけないところが、イケナイ事してる? みたいで良いよね」
並木坂・マオ(
ja0317)が、声を潜めてクスリと笑う。
レグルス・グラウシード(
ja8064)の脳裏に浮かんでいるのは、少年少女向けの冒険物語に出て来る様な秘密基地の姿だった。今から作るそれは主にオッサン御用達なのだが、そこは良いらしい。
そして、秘密基地と言えば外せないのが……
「ハンモックはぜひやりたいんです! 木陰でもいいし、あえて室内でも面白そう……」
「ハンモックかー」
ヒリュウ大好きな黒羽・ベルナール(
jb1545)は、小さなドラゴンがそこに揺られている姿を想像してみた。
「……うっ」
その可愛さに、思わず鼻血が出そうになる。
「良いっ! それ良いよ! やろう!!」
黒羽はレグルスの両手をがっしりと握り締め、同じ様に目を輝かせた。
少年達の妄想……いや、夢は膨らむ一方だった。
「確かに、あれは眩しいね」
その様子を遠巻きに眺めつつ、ディートハルト・バイラー(
jb0601)が苦笑いを浮かべた。
「俺ももう若くない。嫌いじゃあ無いが……学生の若さは、俺には少し眩しすぎる」
若さが眩しい者同士、隣にぼさっと佇む門木章治(jz0029)に対しては少々親近感を覚える様だ。
そこにもう一人、若さが眩しい男が加わった。
「アンタが門木っつう先生か」
その男、ミハイル・エッカート(
jb0544)は、サングラスの奥から門木の顔をまじまじと見る。
「うわさは聞いてるぞ、布製品すらも鉄くずにする天才ってのは」
因みに、彼はこれでも学生だった。
歳はそれなりに行っているが、教師ではない。ついでに中年でもない。
しかしそれでも、周りの若さが、眩しさが目にしみた。
「とくに文化祭の時期はな」
「……なるほど。俺も色付きの眼鏡にするかな……」
何を考えたのか、門木がぽつりと呟く。
それを読み取ったらしいミハイルは、苦笑いを浮かべつつ首を振った。
「いや、あの眩しさはこいつじゃ防げない」
それは主に、日本の強い陽射しを防ぐ為のものだった。
「さて、そろそろ始めるよ」
ダベってばかりで一向に動こうとしない不良中年とその予備軍の背後から、刑部 依里(
jb0969)のクールな声がかかる。
それを聞いて一斉に姿勢を正した彼等のスイッチは、お仕事モードに切り替わった。
「まずはコレで綺麗にしなきゃ!」
黒羽が取り出したのは、燻煙式の殺虫剤。人が暫くいなかった場所なら、色々な虫が湧いていそうだ。
「虫は駄目! 絶対駄目!」
殺虫剤をお守りの様に握り締め、ふるふると震えながら断固主張する。
「じゃあ、その前に急いで確認しちゃおう!」
黒羽の肩をぽんと叩くと、マオは埃を舞い上げながら室内に踏み込んで行った。
「何が必要かわからないと、材料も調達しようがないもんね」
壁や床の壊れ具合や、家具を置けそうな場所の広さを確認し、調達リストを作る。
「よし、早速廃品回収にゴー♪」
「僕は校内で廃棄物を探してみますね」
マオに続いて、レグルスが元気に走って行った。
「僕も少し見てくるかな」
依里がその後に続く。まずは商店街で段ボール集めと行こうか。
「車は借りられるかい?」
「……リヤカーなら、あるが」
いや、それはちょっと。何処かで自転車でも拾えば良いか。
「ありがとう。いや、こっちで何とかするよ。それより、章治先生も掃除くらいはどうだい?」
去り際にそう言われ、門木はヘルメットを頭に乗せた。一応やる気だけはある、らしい。
「なら、俺は廃材置き場かな」
北斗が雑巾と殺虫剤、消毒用アルコールをバケツに放り込む。
ついでに押しつけられたリヤカーを引いて、北斗はひとり廃材置き場へ向かった。
そろそろ冬だというのに、何だこの匂いは。
聞きしに勝る汚さだと思いつつ、北斗はタオルで鼻と口を覆うと乱雑に積み上がったガラクタを持ち上げてみた。
「下にある角材は使えそうだな」
……と、足下から大きなネズミが飛び出して来た。
慌てず騒がず、北斗はピコピコハンマーを振りかざす。
「ピコハンで魔法攻撃なら潰れないかもしれん……安らかに逝け」
ピコンッ!
その音に驚いたのか、今度は黒い虫がゾロゾロと湧いて出た。
ピコン、ピコッ、ピコピコ……きりがない。
ここは殺虫剤の大量散布で一気に殲滅を狙うのが良さそうだ。
(あんまり汚いんじゃ、作業がやりにくそうだしな……)
スプレーも届かない奥の暗がりに潜むものは、星の輝きの光で照らし出し、追い出して叩く。使えそうな材料を選び出しながら叩く。とにかく目についたものは叩く。
ただのゴミ溜めだった廃材置き場は、北斗の奮闘によって、きちんと整理された立派な資材置き場へと生まれ変わって行くのだった。
「そろそろ良いかな……」
燻煙式殺虫剤がその仕事を終えた頃を見計らって、黒羽は恐る恐る小屋のドアを開け放った。
壁の至る所から蒸気が漏れているのが見えたが、ちゃんと効果は出ているだろうか。
そうでなくても、あの薬は蜘蛛には効かない様だが……
(出ませんように、出ませんように)
呪文の様に唱えながら、天井の辺りを伺う。
窓を開けていたディートハルトが、その様子を見て目に付いた蜘蛛の巣を払ってやった。
さあ、これでもう大丈夫だ。きちんとお礼を言って、黒羽は部屋の中へ。
「じゃあ、まずはお掃除だね! 掃除道具は……あの中かな?」
黒羽がロッカーのひとつに取り付いてみる、が。押しても引いてもビクともしない。
「だいぶ錆び付いてるな……貸してみろ」
ミハイルが取っ手の周囲に錆取りスプレーを吹きつけてみる。
ガシャガシャと何度か動かすうちに、手応えがあった。
「開いたぞ」
「ありがとうございます! ……あ、箒発見!」
箒にモップ、雑巾、バケツ、ちりとり等、一通りの物は揃っていた。
黒羽は箒を取り出すと、床に積もった埃を勢いよく外へと掃き出しにかかる。
上の方に溜まった埃は、召還したヒリュウにハタキを持たせて……
「……か、可愛い……っ! さすが俺のヒリュウ!」
実用性に難はある……と言うか殆ど役に立ってない気もするが、可愛いから許す!
それが終わったら、次は雑巾がけだ。
出来ればそれもヒリュウに頼みたい所だが、流石にそれは無理があるだろう。
さてどうしようと考えていると、ディートハルトがひょいと手を伸ばした。
「下の方は頼むよ、あまり屈むと腰を痛めるかも知れない」
さりげなく冗談を交えつつ、高所の掃除を買って出る。
格好良い。これが大人の余裕というものだろうか。
拭き掃除も終わりかけた頃、タイミング良く資材が到着した。
「まだ色々ありますから、後はお願いしますね」
言い残して、北斗は再びリヤカーを引いて資材置き場へと戻って行く。
受け取ったミハイルは、拭いただけでは取り切れなかった汚れをカンナで削り、消臭スプレーを吹きかけた。後はニスを塗っておけば耐久性も増すし、誰も廃材とは思わないだろう。
暫くして、今度は依里が段ボールの山を担いで戻って来る。どうやら足の調達は当てが外れた様だが、この程度の荷物なら人力で充分だ。
「これで床の材料は揃ったね」
「うん、スノコ作ろう!」
依里と黒羽が塗装の終わった資材を選び出し、それらしい形に組み合わせて釘を打ち付けていった。
日曜大工は初めての経験だったが、依里は持ち前の器用さで難なくこなしていく。黒羽の手つきもなかなか堂に入ったものだ。
そんな様子を、ディートハルトは拭き掃除の仕上げをしながら見守っていた。
この調子なら手を貸す必要はないだろう。後は何か詰まった時にアドバイスでもしてやれば良い。
若い子達が楽しんで作業しているのを見られれば、それで満足だった。
「俺はロフトでも作るか」
資材の手入れを終えたミハイルは天井を見上げて呟く。
ロフトと言っても、そんなに大層なものではない。ちょっとした収納に使えれば良いのだ。
家の改築リフォーム番組だったか、そこで吊り下げ式のものを見た事がある。作り方も紹介していた。
「狭い場所だから支柱は邪魔だろうし、屋根が落ちたらヤバイから余り広くは出来ないが……」
出来上がったのは、一見するとキャットウォークの様な収納スペースだった。
と、背後から頓狂な声が上がる。
「どうして猫が来るってわかったんですか!?」
振り向くと、戸口にマオが立っていた。その腕に抱かれている汚れてボサボサの毛玉は、よく見ると猫の様だ。
その後ろから、ハンモックの材料らしい丈夫そうなネットとロープを抱えたレグルスが顔を出す。
「いや、これは……」
猫用ではないとミハイルが言いかけた途端、マオの腕からするりと抜けた猫が飛び上がり、ロフトで毛繕いを始めた。まさか、あの猫もここの備品になるのだろうか。
「……気を付けろよ、夏場は暑いぞ」
ゴムやプラスチックが溶ける事もある。猫は……伸びる、か?
それはそうと、二人は備品の調達に向かった筈ではなかったか。
「ソファは確保できたよ!」
「僕もコンピュータを貰えそうです」
ソファはボロで、コンピュータは動かないが、そこを直して使うのが不良中年だ。
「それで、運ぶのにリヤカーが欲しいと思って戻って来たんだけど……あ、来た来た!」
資材を運ぶ北斗の姿を見付けて、マオが手を振る。
後は炬燵があれば完璧だが、流石に学校の物置では見付からない。こればかりは商店街で買うしかなさそうだ。
それを聞いて、釘を打つ手を止めた依里が立ち上がった。
そろそろ、自分の出番が来た様だ――
「それで、欲しい物は?」
依里は商店街の入口にすっくと立ち、リヤカーを引く北斗とマオに問いかける。
「炬燵!」
「出来れば電気ポットや卓上ガスコンロも」
壁紙や絨毯もあれば尚良し。
頷いた依里は、一軒の小さな電気店のドアを開けた。
「こんにちは、景気はどうだい?」
世間話から始めて、話は次第に核心に迫る。
「今時、個人商店がやっていくのは大変だろう?」
ディスカウントストアの展開や、宣伝、値段。それに対抗し得るものが、個人商店にあるだろうか。
ある。人脈だ。それこそが最大にして最強の武器。
「久遠ヶ原学園の教論愛用、と宣伝しておくよ。部活で使うんだ、生徒の目に触れる機会も多い。何なら、商品に店名と電話番号を書く」
……どうだ?
「部費が出たら、改めて購入するとして……暫くはこの位でいいだろう」
出て行ってから一時間もしないうちに、リヤカーは電気製品その他の品々を満載して戻って来た。
「お帰りなさい、部屋はもう大体片付いてるよ!」
黒羽が出迎え、荷下ろしを手伝う。重そうな物はディートハルトが手を貸して、中へ運び入れた。
床はスノコの上に段ボールを敷き詰め、更に新聞紙が敷いてある。その上に、目が痛くなりそうな模様の絨毯を敷いた。
「Mr.カドキ、これはここで良いかな?」
ディートハルトは家主(?)の意見を扇ぎつつ作業を進める。
ボロソファには廃棄物の暗幕をツギハギして作ったカバーをかけて、日当たりの良い南側に。炬燵は空いたスペースの真ん中に、その上には猫。修理されたスチール棚には、北斗が持って来た本が何冊か並べられた。一番下の段にはミハイルが何処かから拾ってきたクーラーボックスが置いてある。
元からあった備品も綺麗に掃除し、ロッカーは錆を落として壁際に並べ……その背景となった壁紙は一枚ずつ柄が違うが、それもまた良し。
そして隅っこにはハンモックが下がっている。
「わあ……! あはははは、楽しい楽しい!」
早速揺られてみたレグルスが子供の様にはしゃいでいた。
「意外と簡単に、こんなに良い隠れ家ができるもんだな……」
見違えるほど綺麗になった室内を見渡し、ディートハルトが感慨深げに呟いた。
きっとすぐに若者達の溜り場になる運命だろうが、それもまた一興。
「少なくとも今だけは、此処を知るのは俺達だけなんだから」
それを聞いて、依里がちらりと門木を見る。アイテム関連で泣きを見た者に押しかけられては堪らないが……まあ、そこは大丈夫だろう。
外ではドラム缶製のバーベキューセットを作ったマオが、早速それで焚き火をしていた。
「ほら、先生も引き篭もってばっかりじゃダメだよ?」
言われて、門木ものそりと外に出る。
「……で、結局……入部希望はいるのか?」
その声に、殆どの手が上がった。
「でも不良中年部って、そもそも何するんだろ?」
マオが首を傾げる。先生に隠れて煙草や酒を……でも、入部するようなオジサンは普通にOKだし、先生ここに居るし。謎は深まるばかりだ。
「うーん……不良中年の門木先生の謎をいろいろ調べるとかどうでしょう、科学室に秘められた秘密とか……」
「秘密と言えば、こんな物を見付けたぞ」
レグルスの言葉に、ミハイルが大きな紙を広げた。宝の地図かと一瞬期待したが、どうやら設計図の青焼きの様だ。
その間取りに見覚えはないから、今は廃墟となった建物かもしれない。いずれ探検してみるのも面白そうだ。
「ところで、先生は学園の外に出た事ないって言ってましたけど、天界から直で来たんすか?」
北斗の問いに、門木は「まあな」と頷く。どうやら、人間界での感情搾取には当たっていなかった様だが……
皆の愛情とかを注ぎ込んだら美青年に戻るのだろうか。いつか試してみたい気も、しないでもない。
「さて、折角だ。完成祝いに乾杯と行こうか」
ディートハルトがワインを取り出して言った。勿論、未成年にはジュースで。
「先生、不良中年を自称するなら酒くらい飲むだろ。いや触媒じゃなくてよ、口から摂取するものだ」
ミハイルに言われ、門木はまたひとつ新しい知識を手に入れた様だ。
ならば、ここは飲むしかあるまい。
「では……今日の縁と、我々の不良中年部に。乾杯」
「乾杯!」
ディートハルトの音頭に、皆が唱和する。
「ああいう渋い大人になりたいですよね」
誰を見て言ったのか、レグルスはダンディという言葉に憧れるお年頃らしい。
と、そこで終われば良かったものを、つい余計な一言が出た。
「あっ……僕の彼女も今度ここに連れてきていいですか?」
……まあ、良いんじゃないかな。どうなっても、知らないけどね!