「空飛ぶ豚とはまた珍妙な光景で御座いますね」
嵐の中、空を見上げてAL(
jb4583)が呟く。
その視線を地上へと移し、僅かに眉を寄せた。
「しかしながら被害は甚大な御様子…」
これで被害がなければ面白い見物になるだろうが、ここは早急に数を減らしていきたいところだ。
「一撃離脱は、巧手、ですよね(−_−);」
「飛べない豚はただの豚っていうけど…飛べる豚というのもなんだか(汗)」
その隣でやはり空を見上げる神酒坂ねずみ(
jb4993)の言葉に、猫野・宮子(
ja0024)は、こくこくと頷いた。
「今日の天気は晴れ時々豚とかいう予報があったわけでもないだろうに…」
おお、そちらのネタにも気付くとは…おぬし、やるな。
「暴風雨と豚ですか。荒れ模様ですね」
雁鉄 静寂(
jb3365)が頷く。暴風雨は撃退士の力ではどうにもならないが…
「豚はなんとかしたいですね」
「何とかしたいけど、食べられないのは残念だわ」
空を飛ぶ豚は初めてだが、食べられない豚も初めてだとクレール・ボージェ(
jb2756)は溜息をつく。
「…お腹空いたわね」
「…ともかく」
すちゃっと猫耳尻尾を装備した宮子は、いざ変身!
「魔法少女マジカル♪みゃーこ出陣にゃ♪」
そして魔法少女部の新入部員、ALの肩をぽんと叩いた。
「ALくんは初依頼かにゃ? 魔法少女を目指すものとして頑張っていこうにゃ♪」
「はい、部長様」
ALくんは少年だけど、気にしない。
しかし、皆が空を見上げる中で、ただ一人…地面にがっくりと膝をついている者がいた。
「豚ですら空を飛べるのにわしときたら…!」
残酷すぎる現実に、橘 樹(
jb3833)は打ちひしがれる。
しかもこの嵐の中を自由自在とは何と羨ましい…!
いや、自在に飛び回っているのは豚達ばかりではないが。
クレールは暴風雨が荒れ狂う中、空中でしっかりと立っていた。
「うふふ、これぐらいの風に負けてたら自由を勝ち取るなんて出来ないわ」
「…くぅっ、風がなくても飛べないわしに、自由はないのかの…!」
しかし、樹にはきのこがある! きのこ知識なら、多分誰にも負けない!
「そうであったの!」
樹は立ち直った。
まずは逃げ遅れた人を探し、安全な場所に誘導しなければ。
「レスキューはこちら側から入って貰いますから、戦場は反対側に近い方が良いですね」
ねずみの指示に従い、樹は千条に適した場所を探しに走った。
「大型店ということで、立体駐車場であればなお良いですね」
ALの意見も参考に、視界の開けた広い場所を――
「これくらいの状況なら、頑張れば何とかなるよね」
空で敵を迎え撃つサキは、翼を並べるクレールに声をかけた。
撃退士としての初仕事、絶対に成功させたい。それに、はぐれ悪魔でも役に立つと信用して貰う為には、ここで頑張るしかないとサキは考えていた。
(大丈夫、撃退士としては駆け出しだけど、剣士としての腕前は自信あるし…こっちの世界で手に入れた剣の試し斬り、楽しみにしてたんだ)
アルマスブレイドを握り締め、サキは風雨に逆らって飛ぶ。
「地上の作戦準備が整うまで、ここで足止めさせて貰うよ!」
ただでさえ雨で視界が悪い上に、大粒の雨が目に入って来る。
だが、サキは頑張った。この戦いで実力を示すのだ。
突っ込んで来る豚を避け、剣を振る。
が、タイミングがずれた。予想よりも速く飛び去った豚は、そのままクレールに突っ込んで行く。
「うふふ、久しぶりの狩ね。楽しませてもらうわよ」
クレールは咄嗟にシールドを発動し、その突進を斧槍で受け止めた。
「うふふ、せっかちなのね。慌てなくてもしっかり仕留めてあげるわよ」
跳ね返った所に、追い付いたサキが剣の一撃を見舞う。
「ごめん、横取りするつもりはないんだけど」
「うふふ、良いタイミングね。気が合うのかしら」
横取りなんて思わないと、クレールは微笑んだ。
「うふふ、この調子でどんどん倒していきましょ」
豚のくせに猪突猛進、空中でも一度止まらないと方向転換が出来ないらしい。
これなら二人だけでも何とかなりそうだ。
「豚に負けたら、もう恥ずかしくて生きていけないよ」
そう言いながら、サキは急降下体制に入った豚の前に回り込む。
クレールのシールドが尽きるまでは、さっきと同じ戦法で行けそうだった。
その頃、雁久良 霧依(
jb0827)は仲間達から少し離れた所で何やら物色していた。
「私ってよく雌豚って言われるのよね♪」
その時の事を思い出したのか、ゾクゾクと体を震わせる。
「どんな時かってそれは秘密♪ 兎も角やっつけましょう!」
でも、その前に。
「そこの金髪リーゼントに特攻服(しかもぼっち)の人〜」
霧依は交通規制で足止めを喰らってブーたれている兄ちゃんに擦り寄ってみた。
「凄いバイクね♪ 後で何でもいう事聞くから貸して♪」
「ぇ、何でも…って」
兄ちゃんの視線は雨で貼り付いた白衣の下に浮き出たボディラインに釘付けだ!
勿論、断れる筈もなかった。
分捕った…いや、借りたバイクを物陰に隠し、霧依は往来に出る。
「まずは敵数を減らさないと!」
向かって来るものは横飛びで回避…っと、危ない。足を滑らせる所だった。
「痛そうだし食らうのは勘弁よ」
突進を終えた直後の豚に、側面から魔法攻撃を浴びせかけた。
足を止めた所に反対側から回り込んだ魔法少女がクロスファイアを炸裂させると、豚は一声鳴いて転がり…動かなくなった。
「最初がつらいところでありますが、敵の数が減れば徐々に楽になっていきますよね」
先輩の戦いぶりを観察しながら、ALもそれを真似て手近な敵に攻撃を仕掛けてみる。
だが、まだまだ魔法少女見習いの少年には少し手に余る様子。
「大丈夫です、私がフォローしますから」
脇にいた静寂がPDWで足を狙い撃ち、動きを止める。
「さあ、トドメを」
「ありがとうございます」
フィニッシュを譲って貰ったALは、教科書を開いて生み出した光の槍を豚の体に突き刺した。
その要領で、地上班は手堅く敵を片付けて行く。
近場の敵を片付けた後はすぐ救助に入る様にと、レスキュー隊には話を付けてあった。
「すぐに救助がきます」
近くで助けを求める者にはそう声をかけ、ねずみは走る。
この当たりは大丈夫だが、彼等の手がまだ届かない場所にいる人々は自分達が助けなければ。
「車を捨てて逃げて下さい」
この雨の中を外に出るのかと渋る者もいたが、敵の標的は車だ。
「車で移動すれば狙われますよ?」
そう言われれば従うしかない。
避難場所は…
『ホームセンターを確保したであるよ!』
樹から連絡が入った。同時に、すぐ近くの店先で発煙手榴弾が炸裂する。
風雨に紛れて煙は殆ど見えないが、場所はわかった。
「ついでにこの車、お借りしますね」
乗っていた人達を送り出すと、ねずみは囮となるべく車を発進させた。
「もう大丈夫だの!」
道路から逃れて来る人々を誘導し、樹は建物の中へと導く。
敵の排除が終わった地点には、緊急車両が次々に入り始めていた。
「さあ、いらっしゃい。駐車場にご案内よ」
豚の鳴き声にも似たコール音を鳴らしつつ、霧依はバイクを走らせる。
鳴り響く暴走族ラッパと、たなびく族旗。そこには「豚淫振怨嗟」と書かれているが…はて、どういう意味だろう。
「何でもいいわ目立つなら♪」
パパラパパパラパー♪
急降下で体当たりしてくる所を巧みに避けると、豚はそのまま地面に激突した。
地面にめり込んで短い足をバタつかせている所に、ALは光の槍を撃ち込む。
「なんとも気の抜けた…でも、油断はできません」
そう言えば、先輩はどんな戦い方をしているのだろう。
見ると、魔法少女マジカル♪みゃーこはニンジャヒーローで敵の注意を引き――
「ふふん♪ 直線的な動きなら避けるのもなんとかなるのにゃ♪」
突進をかわしてマグナムナックルを構える。
「落ちた所を…マジカル♪猫ロケットパンチにゃ〜♪」
柔らかい尻を殴り飛ばした。
上空では戦法を変えたクレールが豚達を叩き落としている。
「あら、あなたが落ちるのはそこじゃないでしょ」
横から攻撃を浴びて軌道を変えられた豚は、そのまま地面にめり込んだ。
続いて二頭、三頭と同じ場所に落とされる。
「目標複数確認にゃ!」
それを、魔法少女は見逃さなかった。
「纏めていくから皆離れてにゃ! マジカル♪土遁の術にゃ!」
土の塊を浴びせられた豚達は次の瞬間、静寂が放つファイアワークスの餌食となった。
「これが魔法少女の、そして撃退士の戦い方なので御座いますね…!」
鮮やかな連携を見せつけられたALは、キラキラと目を輝かせる。
それを見習って、自分も頑張らなくては。
しかし闇の翼を使い切った二人が地上での戦いに加わった事もあって、手は足りている様だ。
「お二人の代わりに、ボクが空で戦います」
蝙蝠の様な大きな翼を広げたALは空に舞い上がる。
一方、囮として車を走らせるねずみは間一髪、体当たりを見切って車の外に飛び出した。
二転三転する車を見送り、ねずみは一言。
「まー、保険が下りますよね」
そしてまた、乗り捨てられた車を探して乗り込む。
災害時にはキーはそのままに避難すべしという鉄則は、残念ながら余り守られてはいなかった。
ドアは開錠(物理)で開けられても、エンジンがかからなければ使えない。
キーが付けっぱなしの車は、大抵が事故に巻き込まれて破損していた。
「走れなくてもライトを点灯してエンジンふかせば目立ちますよね」
だが、その車はワイパーがイカレていた。
雨に洗われたフロントガラスは視界が悪く――
ガンッ!!
豚の特攻を見切れなかった。
シェイクされる車の中で、ねずみは受け身の姿勢を取る。
「これこれ、しきしき」
大した事ない、筈。
「心頭滅却すれば火もまた熱し」
大丈夫、冷静だから。すごく。
体当たり後の隙を狙って、クレールがスマッシュを叩き込む。
「その石頭本当に割れないのかしらっ!」
敢えて頭を狙ってみるが…
「あら、ホントに割れないのね」
逆に頭突きを喰らって後ろに倒れ込む。コートの裾が捲れて非常に悩ましい格好になったが、豚にハニートラップは通用しなかった。
「まあ、情熱的なのね…面白いじゃない」
しかし、クレールも黙ってやられてはいない。
「うふふ、斧を振り回すだけだと思ってたのかしら? さあ、かかって来なさい!」
天魔図鑑を開いて魔法で反撃すると、固い頭は意外に脆かった。
「なるほど、魔法なら正面からでも有効なのですね」
雷鳴の魔法書に持ち替えた静寂は、大破した車から這い出したねずみを狙う豚に雷の矢を放つ。
「味方には指一本触れさせません!」
やがて戦場は道路から駐車場へと完全に移っていった。
避難誘導を終えた樹はスクラップと化した車を建物の前に並べてバリケードを作る。
「これで万が一の場合も安心だの!」
そちらは大丈夫と見て、樹は緊急車両の誘導と護衛に回った。
「こっちであるよ!」
大雨の中でも勢いよく炎を吹き上げる車輌火災の現場に、消防車を誘導していく。
しかし、それに目を付けた一頭の豚が空中から急降下を始めた。
ALの空中での方向操作も間に合わず、豚は一直線に消防車を目掛けて突っ込んで来る。
「そっちには行かせぬであるよ!」
樹は大声を出したり手を振ったり飛び上がってみたり、きのこを高く掲げてみたり。
しかし、豚の目標は変わらなかった。
こうなったら身体を張ってでも止めるしかない。
樹は少しでも突進の勢いを弱めようと、迫り来る豚の目の前に炸裂符を叩き付け、受け身を取る。
脳天をハンマーで殴られた様な衝撃が走った。
どうやら反動で後ろの車に頭をぶつけた様だが…
「…よかった、車は無事だの!」
本人はあんまり無事じゃない気もするけれど。
「あらあら、大丈夫?」
しかし、バイクで乗り付けた霧依がライトヒールをかけてくれた。
「ありがとうの!」
さらりと手を振ると、霧依は再びバイクを駆って駐車場へ。残る豚達を引き付けて、駐車場内をぐるぐる回る。
だが、不器用な豚達は駐車場を直進し、バリケードを突き破ってホームセンターの建物に突っ込んで行く。
そこには魔法少女が待ち構えていた。
「壁際でも魔法少女は慌てないのにゃ♪ マジカル♪壁歩きで回避完了にゃ♪ …って、避けたら建物に突っ込んじゃうのにゃ!」
魔法少女は慌てて作戦変更、クロスファイアを横合いからぶっ放して軌道を変えた。
「危ないとこだったにゃ」
そこにサキの剣が一閃し、Uターンして来た霧依が魔法を放つ。
「もう少しだね、みんな頑張ろう!」
サキは仲間達に声をかける。
雨に濡れ、風に吹かれて体力は消耗していたが、敵を完全に排除するまで退く事は出来ない。
けれど、それも後暫くの辛抱だ。
全てが終わる頃には、荒れ狂っていた暴風雨も勢いを弱めていた。
小降りになった雨の中、撃退士達は最後の救急車が走り去るのを見送っていた。
「うふふ、無事で良かったわね。所でこの辺りに猪を狩れる場所は無いかしら? お腹が空いたわ」
あちこちに転がる豚の死骸を物欲しそうにじっと見つめながら、クレールが言った。
山の方なら居そうな気はするけど…今から一狩り行くつもりなのだろうか。
その隣で、樹は静かに手を合わせる。
悪魔の眷属として、ディアボロに同情する気持ちもあった。
「生まれ変わったら、一緒にアドリアの海を飛ぼうの…!」
せっかく手に入れた翼を破壊活動にしか使わないとは、何と勿体ない事か。
しかし、一緒に飛ぶには自身にも相当な練習が必要な気がする。
樹は再びがっくりと膝をついた。
だが、ここは人間界。文明の利器を利用する手があるではないか。
そう、アドリア海を飛ぶなら、やはり飛行艇!
そこへ、ホームセンターの中から声がかかった。
「おーい、そんな所にいると風邪ひくぞ!」
どうやら従業員が気を利かせて、色々と用意してくれたらしい。
着替えやタオル、暖かい食べ物もある様だ。
撃退士達は顔を見合わせ…やがて一斉に走り出した。
「さて、後始末に取りかかりましょうか」
一休みした所で静寂が皆に声をかけた。
外はもう雨もすっかり上がっている。
「こんな事件さっさと片付けた方がいいですからね」
「あ、ボクも手伝うよ」
変身を解いた宮子が言った。
「部長様がそうされるなら、ボクも手伝わせて頂きます」
見習い少年が手を上げる。
「では、私も」
サキが言った。
結局、ほぼ全員で片付けを手伝う事になった様だ。
ただひとり、霧依を除いて。
「さあ、約束通りに何でもいう事聞くわよ?」
霧依は法規に従ってきちんとヘルメットを被り、バイクの兄ちゃんと2ケツでランデブー。
道交法以外にも守るべきものは色々とある気がするのだが、霧依さんは気にしない様だ。
嗚呼、何というフリーダム。
彼等が何処へ行くのか、それはきっと空にかかった虹だけが知っている――