「運び出したコレクションは、この上に並べて下さいね」
古びた屋敷の草ボウボウの庭に、紫園路 一輝(
ja3602)がブルーシートを広げる。
その上からもう一枚のシートで屋根を作れば、簡易テントの出来上がりだ。
「少しでもコレクションを傷つけたくねェからな。今のうちに出来るだけ外に出しちまおう」
ヤナギ・エリューナク(
ja0006)が、廊下に飾られた武器の数々を抱えて来る。
「しかし何だな……引っ越しのバイトでもしてる気分だゼ」
だが本来の仕事を完遂する為には、こうした地道な作業こそが大切なのだ。
何しろ今回は室内で戦う事になるのだ、動かせる物は出来るだけ運び出しておいた方が、余計な事を気にせずに戦いに専念出来る。
「甲冑の方も、ある程度は片付けた方が良くないか?」
屋敷のあちこちでポーズを決めている甲冑達の姿を見て、アイリス・レイバルド(
jb1510)が言った。
「そうですね。余り片付けすぎても、敵が警戒して現れない怖れがありますが……」
一輝が答える。
確かに守る対象が少ないほうが戦いやすいだろう。
敵の中にはボウガン持ちもいると聞くし、流れ弾の警戒も必要になる。その上、敵が館や鎧を傷つけない保障などないし、自分達が誤って破損させないとも限らない。
「木を隠すには森と言いますから、その効果が薄れない程度に運び出しておくのが良いのではないでしょうか」
「では、戦闘に適した広い場所と移動の際に邪魔になりそうな箇所を選んで、少しずつ撤去していきましょうか」
神棟 星嵐(
ja1019)が言い、候補を選んでいく。
「……これを、運び出せば良いのだな」
中津 謳華(
ja4212)は重たい甲冑に手を掛けて、持ち上げた。
腕に力を込めると、前回の戦いで受けた傷が悲鳴を上げる。だが、この程度の作業なら何とか出来そうだ――時間さえかければ。
「残す奴は兜なんかを外しときゃ目印になるか?」
ヤナギは甲冑の兜に手をかけてみた。
「ん? 結構しっかり留めてあるじゃねーか」
これは、下手に弄らない方が良いかもしれない。
「無理に外さなくても、テープでも張っておけば目印にはなるだろう?」
「それもそうか」
アイリスの提案に、ヤナギも頷く。
「蛍光色トカだったら、夜でも目立つな」
兎も角、見た目で敵と区別出来るようにしておきたい。
向きを変えておくだけでも有効だろうか。
「私も…出来る事は、お手伝いします、です」
水葉さくら(
ja9860)も怪我を押しての参加だったが、それでも出来る事を探して頑張っていた。
壁を向かせた甲冑にリボンを巻いて、目印を付けていく。
「メインの戦闘場所は、広間なのデスよネ」
ならば、そこに置かれた家具も一時撤去しておいた方が良いだろうと、巫 桜華(
jb1163)が椅子やキャビネットを運び出した。
「ちょっとアナタ達、これホントに元通りに出来るんでしょうね?」
屋敷の中から次々に運び出されるコレクションを見て、管理人が心配そうに尋ねる。
星嵐に許可を求められて一度はOKを出したものの、作業の様子を見ているうちに不安を覚え始めたらしい。
それに応えて、桜華がニコヤカに微笑んだ。
「大丈夫なのデスよ。ほら、元の配置はこの通り、ちゃんと紙に書いておいたデスから!」
そう言って見せた紙には、何処に何があって、どのように動かした等が事細かに書かれていた。
「それに、こうして写真も撮っておきましたから」
さくらが携帯電話のカメラで撮影した画像を見せる。
「そお? それなら大丈夫かしらねぇ」
まだ半信半疑な管理人を少しでも和ませようと、桜華は世間話の様なものを振ってみた。
「古い建物にも風情、というモノがありますし、お好きナ方には最高の物件なのでしょうネ」
「そうなのよォ!」
よくぞ聞いてくれましたとばかりに、管理人は話に食いついて来た。
「相場からしたら随分お高いのよ、ここの家賃。それなのに……」
管理人は喋り出したら止まらない。
さあ、今のうちに残りの作業を片付けようか。
そして夜。
件のディアボロ達が配置に付いた頃を見計らって、撃退士達は屋敷に足を踏み入れた。
「夜になると出てくる、動く甲冑ねェ…。家共々悪趣味だな」
まずはヤナギが、玄関を入ってすぐの所にある広間の明かりを点けた。
スイッチの場所は昼間のうちに覚えておいた。残した甲冑の配置も頭に叩き込んである。
「……だいぶ、増えてやがるな」
ざっと見て、十体は増えている。
何とも見事に擬態している事だ。見た目だけでは本物の甲冑と見分けが付かない。
おまけに残した甲冑達の真似をして、きちんと壁を向いているではないか。
「まあ、増えたヤツはわかってるし……目印も付いてるがな」
さっさと倒してしまいたい所だが、今はまだ彼等の相手をする訳にはいかなかった。
当初の予定に比べて戦力に不安がある。それに、下準備に時間をとられたせいか、班分けに関しても意見が纏まっていなかった。
「とりあえず、ここは全員でって事で良いんだよな?」
広間から続く廊下に足を踏み入れたアイリスは、続く仲間達を振り返る。
他の敵を狭い部屋から広間に誘い込む為には、まずここを押さえる必要があった。
「ふぁ…本当に、ホラー映画みたいデスね!」
暗がりの中にぼんやりと浮かぶ甲冑達の姿を見て、桜華は早くも逃げ腰になっている。
その姿を見て、アイリスは楽しそうに言った――ただし、表情を崩さない為に、見た目からはそうとわからないが。
「いかにもな場にいかにもな事件。そういう場にはいかにもな怪異が引き寄せられるという……視てみたいとは思わないか?」
「…ウチは…怖いの、ちょと、苦手なのデ」
出来れば、そういった怪異の類とは出会いたくない。
ここに引き寄せられたのは、ただのディアボロだけだと思いたかった。
「ともあれ、これ以上被害者を増やす訳にハ参りませんし、管理人さんの為にも頑張りマショ」
廊下に明かりが灯る。
増えた甲冑は、廊下の手前と奥に二体ずつ。気付かずに通れば、ちょうど中央で挟み撃ちにされるだろう。
「だが、明かりを上手く使えばエンカウントもこちらの思い通りに調節出来る」
手前の二体を仲間が取り囲んだ所で、アイリスはスイッチを切った。
奥の二体とは距離がある。これなら闇の中でも動かない筈だ。
撃退士達は、敵が動き出す瞬間を息を殺して待ち構え――
「いや、待てよ」
ヤナギが言った。
「敵がわかってんなら、別に動くの待ってる事もねぇだろ?」
それもそうか。
明かりを点け、それでも念の為に星嵐とさくらが冥魔認識を使って確かめる。
「相手がディアボロであるなら、このスキルで大半の敵を識別できそうです。早々に撃破して、被害を抑えませんと」
……よし、この二体で間違いない。両方とも片手剣に盾持ちだ。
「早いトコ、倒しちまおーゼ」
お墨付きを貰うと、飛び上がったヤナギは片方の首元を目掛けて鉤爪を振り下ろした。
甲冑の継ぎ目に深々と爪が突き刺さる。
置物のふりをしていた甲冑に、生命が宿った。盾を突き出し、剣を振り上げる。
だが、ヤナギの動きの方が素早かった。
爪を引き抜き、蹴り飛ばす。それを謳華の放った黒いカード状の刃が切り裂いた。
「……ふむ、戦えん事はないな」
いつもと勝手は違うし、動き回る事も難しいが、幸いこの敵には魔法が効く様だ。
尻餅をついた所に、龍の形となった雷刃が襲いかかる。
さくらが生み出したその雷龍の鼻先には、使用者の状態を反映して絆創膏が貼ってある……なんて事はないか。
あったらカワイイと思うけど。
そこにアイリスがメルクリウスで頭を狙う。ヤナギの爪でダメージを受けていた所を思い切り叩かれて、甲冑の首が床に転り……それっきり、動かなくなった。
もう一体の正面からは星嵐が大剣ミストラルソードを上段から――
「……っと!」
振りかぶろうとした所で、慌てて引っ込めた。
「危ない、天井を削る所でした」
今度は突きに行こうとした、その瞬間。甲冑の剣が一閃した。
その攻撃を危うくかわし、星嵐は反撃に出る。長い刃が真っ正面から鎧の胴を貫いた。
そこに、桜華が生み出した黄色い光の矢が突き刺さる。
謳華とさくらが追撃を加え、甲冑は音を立てて廊下に転がった。
「思ったよりも耐久力がありましたね」
ほっと一息つきながら、さくらが言った。
この先は班ごとに分かれて少人数での戦いになる。
「気を引き締めて行かんとな」
謳華が頷く。怪我を押しても頑張る二人には、少々厳しい事になりそうだった。
廊下に残った二体を同じ要領で片付け、一行はその奥にある部屋に向かった。
途中には表札の出ている部屋がいくつか並んでいる。
「えと、お化け屋敷の中に、アパートがあるような物でしょうか…」
それを横目に見ながら、さくらは桜華と共に食堂へ。
「どうデス? 増えてマスか……?」
桜華が扉の影から恐る恐る中を覗きつつ、ヒリュウを偵察に出す。
この部屋は雰囲気を重視した造りで、明かりは壁の松明と真ん中の大テーブルに置かれた燭台の蝋燭のみ。
つまり、スイッチひとつで明かりをコントロールする事は出来なかった。
二人はLEDランプで暗がりを照らしてみる。
昼間は部屋の四隅にそれぞれ一体ずつの甲冑が飾られていた。それが今は――
「変わっていませんね」
さくらが首を傾げた。ここにはディアボロは現れないのだろうか。
でも、昼間とは何かが違う気がする。
二人は携帯の写真やメモを取り出して、懸命に見比べてみた。
「……あそこ……誰かいマス」
桜華が指差した先、大きすぎて片付けられなかった大テーブルの真ん中あたりの席に、誰かが背を向けて座っている。
と、その首がキリキリと真後ろを向いた。
「「キャーーーっ!!」」
叫びと同時に、その誰か――甲冑ディアボロが立ち上がり、大きな斧を振りかざす。
一目散に外に出た二人は、扉の影からありったけの攻撃を叩き込んだ。
さくらは防壁陣を張り、フォースで吹っ飛ばす。その勢いで、甲冑は大テーブルもろともひっくり返り、上に置かれた燭台が派手な音を立てて落ちた……が、壊れはしなかった様だ。
桜華はインビジブルミストを展開し、ブレスで攻撃。
広い場所へ誘き出す、そんな余裕はなかったが……何となく楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。
台所の明かりを点けた途端、一輝と謳華の目に飛び込んで来たものは……冷蔵庫から生えた、甲冑の尻だった。
いや、生えているのではなく、冷蔵庫に頭を突っ込んで中を物色していたらしい。
「何か興味を惹かれる物でも見付けたのでしょうか」
「……知らん」
問答無用で、謳華は尻に向けて魔法をぶっ放した。
「本来なら『牙』や『爪』で問答無用で叩き潰したいところだが…致し方あるまい」
攻撃を受けた甲冑は冷蔵庫から抜け出し、ボウガンを撃って来た。
それを一輝は自分の体で受け止める。避けるのは簡単だったが、館を傷付ける訳にはいかないのだ。
謳華の魔法による援護を受けた一輝は、そのまま懐に飛び込み拳の連打を叩き込んだ。
「次はトイレ掃除ですね」
――コンコン。
一輝は個室の扉を叩いてみる。
と、中からノックが返って来た。
「どなたか使用中の様ですね……って、そんな訳あるか!」
問答無用でドアを開けると、そこにちんまりと座る甲冑の姿が。
「あ、失礼しました……なんて、見逃すと思うか!」
昼間、風呂場の脱衣所には二体の甲冑が置かれていた。
それが今は三体に増えている。
すまし顔でメイスを構える一体を、アイリスは無表情に見つめていた。
「人間を殺したのだろう。事件を起こしたのだろう。血と恐怖を啜ったのだろう。その実績が深淵を呼び寄せる。より強い暴力で君を抉り殺せば、深淵は私に振り向くか?」
無表情のまま、銀色の杖を振り上げる。
「さあ、見せてくれ――」
飛び上がり、まずは頭に一撃。
途端、メイスが振り下ろされる。アイリスはその重い一撃を杖で受け止め、反撃で相手の膝関節を狙った。
「なに多少負担は大きくなるが鍛え方が違うさ、淑女的に」
ダメージを受けても、自分の傷は自分で治せる。
今は防御よりも攻撃あるのみ。ただし、一撃必殺よりも確実な攻撃を。
アイリスは敵の膝を集中的に攻めた。まずは動きを封じて周囲の破壊を防いでから、武器を持つ腕を封じる。
ここまで来れば、後は一方的に殴るだけだ――
食堂を片付けたさくらと桜華は階段に回っていた。
踊り場に現れたディアボロを今、桜華が広間へと誘導している。
そこではヤナギと星嵐が十体余りの甲冑を相手にしていた。
もっとも、一度に全てを起こす訳ではない。広間に並ぶ甲冑のうち、どれがディアボロであるか……それがわかっていれば、戦う相手を選ぶのも難しくない。
一体ずつ起こしていくのは面倒だが、周囲に与える被害の面からも、自分達の体力的な面からも、それが最善の策だった。
星嵐はミストラルソードを上段に振りかぶり、思い切り振り下ろす。
天井の高い広間では遠慮無く振り回す事が出来た。
叩き起こされた甲冑は無表情に斧を振る。星嵐がそれを受け止めている間に、背後から近付いたヤナギが股関節の大転子を狙って黄金の杖を打ち付けた。
「ここは効かねぇか……なら、こっちだ!」
甲冑にも膝カックンは効くらしい。バランスを崩した所に、武器を持つ手を狙って白鶴翔扇を投げ付けると、甲冑は斧を取り落とした。
その機を捉えて反撃に出た星嵐が、大剣で袈裟懸けに斬り付ける。
それを見届けると、ヤナギは階段から追われて来た一体に向き直り、足を絡める様に扇子を投げた。
ガシャンと倒れた所に桜華の魔法が炸裂する。
その頃には他の仲間達も広間に集まっていた。
これで数の優位も確保した。後は一気に片付けるだけ――
「ホントに元通りに出来るんでしょうね?」
全てを片付けた後、再び引っ越し作業員に変身した撃退士達に向かって、管理人はやはり心配そうに尋ねた。
「大丈夫なのデスよ。ほら、ちゃんと元通りになってマスでショ?」
やはり、桜華もまたニコヤカに微笑む。
壁のコレクションも、さくらが撮影した写真の通りに並べ直したし、目印のリボンやテープも跡が残らない様に取り除いたし。
「じゃあ、これはナニよ、これは」
と、管理人が広間の床を気味悪そうに指差す。
そこにはアイリスが倒した敵の数を確認する為に運び込んだ、甲冑の頭がずらりと並べられていた。
「これもコレクションに加えれば良い、紳士的に」
無表情に言ったその言葉に、管理人は真っ青になって首を振った。
わかりました、ちゃんと片付けますから。
「何はともあれ……」
屋敷の全てが元通りになった事を確認すると、管理人は大きな溜息と共に言った。
「ありがとうね。これでまた、アパートが再開出来るわ。良かったらまた遊びに来てね」
今度は本物の幽霊が出るかもしれないし……?