「いつも通り武器と寝具を改造しに来たのですが、何やら楽しいことになってますね〜」
風鳥 暦(
ja1672)は寝袋を抱えたままの格好で言った。
足元の花畑には、二十年前なら眠れる王子様と呼べたかもしれない中年天使が横たわっている。
「…こんな所で昼寝したら、気持ち良さそう…」
七ツ狩 ヨル(
jb2630)は自分も一緒に寝転がりたい誘惑に駆られた…が、今は我慢だ。
「…それにしても、また不思議な事が起きるものですね〜」
石田 神楽(
ja4485)も楽しそうに言いつつ、ぽつりと付け加えた。
「まぁ、これって自爆にも見えますが」
「自爆…間違えて自分に変異許可書を使ってしまった…とかでしょうか」
レイラ(
ja0365)はそう言って、小さく溜息をついた。
「でも、突然変異にも程があります」
分身してちっちゃくなったり、いつもと雰囲気が変わったり…
「うーん、今まではアレがほどよく混ざってて普通の門木先生になってたのかなあ」
「…そうなんでしょうか」
レグルス・グラウシード(
ja8064)の言葉を聞いて、カノン(
jb2648)は首を傾げる。
「…でも、なんでしょう、あの三人を足し合わせても、普段の先生になるのが想像つかないというか…」
「うん、僕もどんな割合でブレンドすれば良いのか見当も付きませんけどね!」
その辺りの匙加減は自動的に行われるにしても、まずは材料…あの三人を捕まえて来なければ。
獅堂 遥(
ja0190)はいつの間にか現れたソファに門木を寝かせ、やはりいつの間にか手にしていた毛布をかけてやる。
流石は夢の世界、何でもアリと言うか想像したモン勝ちだ。
「まっててくださいね、先生。直ぐ戻ってきますから」
生徒達は本能の赴くままに二手に分かれ、次の世界への扉をくぐった。
「見て下さい、あれ! アスレチックですよ!」
レグルスは早速、船のマストの様に高いポールから下げられている網を登り始める。
するすると天辺に辿り着くと、そこには一本の丸太の橋がかかっていた。
「丸太渡りなんて、軽い軽い!」
意気揚々と足を踏み出す…が。
「わっ! わわっ!?」
この丸太、回る!
右へ左へ、少しでも重心がずれればクルクルと。
「うわっとっと…っ!」
両手をばたつかせ、片足立ちになり…しかし踏ん張りきれなかった!
レグルスは真っ逆さま――しかし、そこにはロープが垂れ下がっていた。
それに掴まり、一安心。
見れば、ロープはスタートからゴールまで等間隔に下がっている。
「…よし!」
もう一度、今度こそあの丸太を渡りきってやる…!
レグルスはくるりと向きを変え、振り子の様に勢いを付けて隣のロープに飛び移った。
「わあーーーーー!! ターザンみたいだーーーーー!!」
「しかし、ここはまた凄い事になってますね」
明らかにトラップだらけだ。
大人な神楽は、その手には乗らない。乗らないが…
(ちび門木さん、乗って欲しそうですね)
物陰から期待の眼差しを感じる。
これはきっと、乗ってやらないと泣かれるパターンだ。
そう、かつて妹と遊んでやった時に覚えがある…
(仕方がありませんね)
神楽は足元の「↑」が書かれた丸い台座に乗ってみた。途端――
びよよよーん!
神楽の体は大空に向かって一直線。
飛ばされながら下を見ると、ちび門木が手を叩いて喜んでいる。
(喜んでくれたなら、良しとしましょう)
でもこれ、どこまで飛ぶんだろう?
「面白そうなものが結構ありますね〜。このボタンとか、てい!」
ぽちっとな。
暦は相変わらず寝袋を大事に抱えたまま、何かのボタンを押した。
と、足元に落とし穴が口を開ける!
「これはまたよくあるギミックですね〜」
落ちる落ちる、どこまで落ちるんだろう。
「しかし結構深いですね…」
ここまで深いと、流石の撃退士も落ちたら再起不能になりそうだ。
「でもきっと大丈夫ですよね〜」
信じてます、先生。
ぼっふーん!
ほら、下には大量の羽毛が!
「…でも、自力では出られそうもありませんね〜」
出口は遙か遠い。
それにこの、ふかふか羽毛。
「落とし穴の罠と見せかけて、実は眠りに誘う罠だったのですね〜」
きっと誰かが気付いて助けてくれる。だからそれまで…お休みなさい。
「ふかふかです〜…くぅ」
信じてます、皆さん。
「ナーシュきゅん!! ナーシュきゅん!!」
藤咲千尋(
ja8564)はちびの姿を見付けるとマッハで駆け寄り、思いっきり抱き締めた。
「きゃあぁっ!?」
「かわわあああかわわああ可愛いですねナーシュきゅん!!」
普段はYesショタコン、Noタッチ!
だけど今回はお触りしちゃっても仕方が無いよね、よね!
ちびカド、真っ赤になってあわあわおろおろしてるけど、嫌がってる訳じゃなさそうだし!
って言うか何この萌え生物!
「ナーシュきゅん、ナーシュきゅん、あそぼーあそぼー!!」
「で、でも、ナーシュはお仕事するのですぅ!」
はぎゅはぎゅもにゅもにゅ、もみくちゃにされて、ちびはじたばた暴れている。
「お仕事って、これの事かな? この部屋の仕掛けはナーシュきゅんが作ったの??」
こくこく。
「すっごいね、すっごいね!! ナーシュきゅん天才っ!!」
じゃあ、お姉さんもちょっとハマってみちゃおっかなー。
がっこん。
「きゃーーー!!」
レバーを倒すと、ちびもろとも穴に落っこちた。
落ちた先の雪の斜面に待機していたソリの座席が二人を受け止め、急発進。
「あの的を撃つのです!」
千尋の膝にちょこんと座ったちびは、前方のイチゴやスイカを指差した。
どうやらこれは、強制スクロール型のシューティングゲームらしい。
「インフィルで良かった!! 神様ありがとう!!」
備え付けの銃で次々に的を撃ち抜いて、パーフェクト!
紙吹雪が舞う中、ゴールした千尋はちびを思いっきりだっきゅる!
「ナーシュきゅん、可愛いー賢いー可愛いー!!」
もうだめだ、このひと。
揉みくちゃにされているちびの姿を、カノンはじっと見つめていた。
「…はっ! べ、別に私は、ち、ちび門木先生はそのままでいいんじゃないかなんて思ってませんからね!?」
いけない、つい本音が。
(ちび門木先生は子供、とはいえ使命感は強い、でしょうか)
ならば、見るからに罠だとわかるこの地面に埋め込まれたプレートも、潔く踏むべきなのだろう。
えいっ!
と、プレートがふわりと浮き上がり、カノンの体を上空へと運んだ。
そこには「飛び移れ」と言わんばかりに3つのシーソーが。
「これは、バランス感覚が物を言いそうですね」
カノンはシーソーの片側に飛び乗り、素早く反対側へ。
モタモタしていると角度が付きすぎて滑り落ちる。既にカノンの目は真剣だった。
シーソーをクリアし、連続空中ブランコも突破して、残るは最後の大ジャンプ。
跳んだ先には高いポールがあった。
「何故でしょう、意地でもあの天辺に掴まらなければいけない気が…」
カノンは手を伸ばし、ポールの先端にある丸い球にしっかりとしがみついた。
どどーん! ぱーん!
盛大な花火が上がり、ポールには旗が翻る。
ポールから降りたカノンを、ちびが出迎えていた。
「楽しかったですか?」
「はい!」
素直に答えたカノンは、心の中で思い切り首を振った。
(…あ、いえ、決して本気で楽しんだ訳ではありませんよ…?)
これは、そう、向こうの罠にのることで気分よく遊びに巻き込んで弱らせようという作戦であって!
「こんな素直な先生良いなとか、どう育ったら今の先生みたいになってしまうのかとか時の流れに思いを馳せてしまったわけでは…はっ、本音が!?」
しかも声に出てる!
だが、ちび門木は自分の事だとは思っていない様で――
「門木きゅん♪ こっちでお姉さんとゲームしない?」
雁久良 霧依(
jb0827)に呼ばれて、ちびはきょとんと首を傾げた。
ちびはまだ、今の名前ではないのだ。
「じゃあナーシュきゅん♪ じゃんけん三本勝負で負けたら罰ゲームよ♪」
内心はショタ最高ハァハァだが、怪しい人だと思われない様に努めて平静を装う。
白衣の下はレディーススーツだし、きっと大丈夫。
「負けたらここに入ってる紙を引いて、そこに書かれた罰を受けるのよ。簡単でしょ?」
霧依はくじ引き用の箱を取り出した。
「…当たりは、ないのですか?」
「あるわよ?」
霧依にとっての当たりという意味なら、全てが当たりだ。
くすぐりの刑に、お医者さんごっこの患者役など、お触り…いや、スキンシップを図る内容ばかり。
「じゃーんけーん」
「ぽんっ」
ちびの負け。罰ゲームは、ほっぺぷにぷにの刑。
霧依はちびの頬に手を伸ばすと…ぷにんっ♪
「あぁあんッ♪」
なんか変な声出てますお姉さん。
次は顎の下をくりくり。今度は全身くすぐりの刑だ。
じゃんけんに負け続けたちびは、笑いながら転げ回っている。
しかし次は…
「あら、お姉さんの負けね♪」
罰ゲームはお医者さんごっこだった。しかも、おっぱいの触診とか誰の陰謀だ。
霧依はいそいそとスーツのボタンを外し始める。
「だ、だめなのですぅ!」
ちびは真っ赤になって後ずさり、ぶんぶんと首を振った。
「なら、追加ルールで特殊罰ゲームね♪」
はぎゅっ!
霧依は半分はだけた胸に、ちびの顔を押し付ける様にして抱き締めた。
「いい子ね…」
母親が子供にする様に、頭や背中を撫でる。
「は…母上よりも、おっきぃのです…」
何が?
と、その時…
空の上から悲鳴が聞こえた。
天高く吹っ飛ばされた神楽が、今頃落ちて来たのだ…って、一体何処まで飛んだやら。
しかし、翼がなければこのまま地上に激突してしまう!
「大変なのです!」
ちびは慌てて、レグルスが遊んでいるトランポリンの方に駆けて行った。
「これで受け止めるのです! 手伝って欲しいのです!」
他の仲間達も集まって、トランポリンは落下地点へ――
ばいぃーん!
キャッチ成功。しかし。
「わあ、また高く上がりましたね!」
レグルスは自分も負けじと再びトランポリンに乗る。
我も我もと皆が続き、跳ね回り…
「…酷い目に遭いました…」
よろりふらりと、神楽が降りて来る。
「ごめんなさいです」
しょんぼりと下を向いたちびに、神楽は精一杯頑張って笑いかけた。
「いいえ、楽しかったですよ」
にこにこ。
「さて、門木さん。折角これだけの遊び場があるんです。思う存分遊びましょうか」
「先生ー! 一緒にサッカーして遊びませんかー! 野球でもいいですよー!」
カドキサン? さっかー? やきゅう?
聞いた事のない言葉ばかりだけど、何だか楽しそうだ。
「これを蹴れば良いのですか?」
蹴られたボールはボテボテと転がり、お世辞にも上手いとは言えなかったが…レグルスは褒めた。目一杯褒めまくった。
「先生、上手ですよー! ほら、もう一回!」
才能は褒めて伸ばす。ちびにスポーツの才能があるかどうかは、甚だ疑問だったけれど。
その様子をにこにこと眺めていた神楽は、そろそろ遊び疲れた頃かと手招きをしてみる。
しかし、向こうでも遙と霧依、二人のお姉さんが待ち構えていた。
さて、誰の所に行くべきか。
暫く迷った末に――
「美味しいですか?」
遙にジュースを貰い、ちびは嬉しそうに頷く。
「ナーシュは、こんなに沢山の人に遊んで貰ったのは初めてなのです」
「そう、良かったですね」
遙は微笑みながら、夢中でお菓子を頬張るちびの様子を見守っていた。
やがてお腹も一杯になり、遊び疲れも加わって朦朧とし始めたちびを、遙は優しく抱き寄せる。
膝枕をして、毛布をかけてやり…
「私はナーシュと門木がいてくれればいいの。でもちょっとだけお休みしててね」
寝息を立てている所に、頭を撫でる様にカプセルをぽんと当てる。
「おやすみなさい。良い夢を」
神楽がそっと囁いた。
捕獲、完了。
(人恋しいのだろうか)
ニート門木の背中を向けた姿を見て、刑部 依里(
jb0969)はそんな印象を持った。
獲物の捕獲は、対象の分析から始まる。
(不良中年部のネゴシエーターとしては、腕が鳴るよ)
実際にぶんぶんと鳴らしているのは拳だが。
「ヒリュウ、帰ったら焼酎を呑ませてやろう」
依里はヒリュウの視覚共有を利用して進めそうな場所を探し、先導させてみようと試みる。
「壊すんじゃ、ないの?」
最初からぶっ壊す気満々のヨルが、斧を持ったまま訊いた。
「臆病な者に接するのに、怖がらせてどうする」
破壊行為は誠実性に欠けるだろうと、依里。
「まあ、のんびり行こうか」
ディートハルト・バイラー(
jb0601)が鷹揚に言った。
「折角面白そうな事なんだ、齷齪したって仕方ないだろう?」
とりあえず皆のイライラが限界を超えるまでは、地道に行こうじゃないか。
という訳で、ミハイル・エッカート(
jb0544)は手探りで進む。
レイラは床に小麦粉で白線を引きつつ、それを目印に…
…イラッ。
おや、誰かの苛立ちが限界を超えた様だ。まだ依里やレイラのマッピングは一割も埋まっていないというのに――
「こんなもん、やってられるかー! いくぞっ」
どっかんがっしゃん! ミハイルがキレた。
「うん、そう来なくちゃ。危ないから、ちょっと離れてて」
ヨルがダークブロウをぶっ放し、更には斧でバリンボリン。
レイラも蛍丸で壁をスパスパ切り裂き始めた。
「…君達の辞書には我慢とか忍耐とかいった言葉はないのかい?」
依里は大きな溜息をつく。
「若い子達の勢いは止められないさ」
ディートハルトがその肩をぽんと叩き、遠回りする必要もないなら手伝おうとファルシオンを振りかざした。
「随分と派手だな…勿論、そういうのも嫌いじゃあないがね」
がっちゃんバリバリざくざくドッカン。
奥へ続く道は、あっという間に開通した。
(これは門木先生の過去の姿なのか?)
ニートの目の前まで来て、ミハイルは思う。
「おーい、先生、迎えに来たぞ」
しかし、反応はない。
「ねぇカドキ…っぽい人、そこで何してるの」
ヨルが透明な壁をコンコンと叩いてみる。
だが、それにも反応はなかった。
何故だ。男だからか? 野郎の声には応えないつもりなのか?
ならばと、いつの間にかミニスカメイドの姿になったレイラが進み出た。
こんな格好、恥ずかしいに決まっている。でも、これで門木が喜んでくれるなら…!
紅茶と焼き菓子をトレイに乗せて、レイラはニートの正面に回り込んでみた。
「ご主人様、そのようなところに一人でいないでこちらにきて、一緒にお茶会を楽しみませんか?」
しかし、ニートは顔を上げもしない。
うん、レイラさんはそいつの頭から熱い紅茶をぶちまけてやる権利があると思うよ。
だが、心優しい彼女は一歩下がって、他の仲間の説得が功を奏する時を待つ事にした。
なんて寛大なお嬢さんなのだろう。やはり育ちが違うのか。
「もしかしたら、俺達の事を覚えていないのかもしれないね」
ディートハルトがそう言って、視線を合わせる様に腰を折った。
「まずは自己紹介からか?」
そこにいる五人は皆、門木とは浅からぬ縁がある。
しかしこれが過去の姿なら、記憶にないのも当然だろう。
「いきなり押しかけてすまんね。誰も怖い事はしないから、安心してくれ」
「大丈夫かい?」
その隣では依里が柔らかな微笑みを湛えている。
年の功と、交渉術の賜だろうか。門木が僅かに顔を上げた。
「…ぱっつん…」
――びきっ!
依里の中で、何かがヒビ割れる音がした。
よりによって、第一声がそれか。
しかし、依里は頑張った。額に青筋を浮かべながらも笑顔は絶やさず…いや、その方が普通に怒ってるより怖い気もするんだけど。
「いや、大丈夫だ。危害を加えるつもりはないからね」
ここで選手交代、ディートハルトが交渉を引き継いだ。
(男を口説くのは慣れた訳じゃないが、まあ…そう変わらないだろうさ)
まずは警戒心を解き解す所から。
「ところでそんな箱に入っていて…体、凝らないか?」
そんな心配をしてしまうのは、歳のせいだろうか。
「食事とか、トイレとか…どうしてるの」
質問ついでに、ヨルが尋ねてみる。
しかし、それは愚問だ。美形はトイレなど行かないし、食事は…まあ、我慢してるんだろう。多分、ハンスト的に。
「もし…あんたがその箱から出てきてもいいと思えるなら、顔を見せてくれないか」
再び顔を伏せてしまったニートに、ディートハルトは辛抱強く呼びかける。
「どうにも、触れられない相手と話をするってのは…俺としても少し、寂しい」
嘘ではない。
「好きな相手に目を合わせて貰えない、ってのは寂しいだろう?」
「…俺の事を、好きになる奴なんか…いる筈、ない」
それを聞いて、ミハイルが再びキレた。
――ガンッ!
透明な壁を拳で叩く。
「ふざけるなよ。好きでもない奴の為に、誰がこんな所まで来るかっ!」
「…俺がいなければ、ここから出られないから、だろ」
確かにそれもある。それもあるが…
「ねえ、何でそんな所にいるの?」
引き篭もるに至る、どんな理由があったのだろうかとヨルが尋ねる。
「…何も、変わらないから」
ぽつり。
いくら頑張っても誰も喜ばないし、母親に恩返しをしたくても却って迷惑ばかり…
「…だったら、俺なんか…いなくてもいい」
「確かにこのままなら何も変わらない」
このまま、外との関わりを絶ってしまうなら。
「でもさ。外にある綺麗な物とか…常に変わって行く色々な物を見逃すの、勿体無くない?」
「…この世界は、ずっと同じだ。何年も、何百年も」
「でも、人界は違う」
ヨルが人間の世界に来たのは、その変わって行く様子を見たいからなのだ――なんて、門木には教えないけど。
「そうだね。良い事ばかりじゃない。世間は厳しい、独りで生き抜くには辛い場所だ」
平常心を取り戻した依里が言った。
「でも、悪い事ばかりでもないだろう?」
どんな世界でも、厳しさは変わらないのかもしれないが。
「世間の厳しさを認め、弱い心を認め、その上で共に歩んでみないかい?」
透明な壁の表面が、僅かに波打つ。
「何が変わらないのか分からんが、先生には居場所があるだろ。皆先生を慕ってるぞ」
ミハイルが言った。
「俺だって…、いや、俺を変えたきっかけを作ったのは先生なんだぞ」
「…俺…?」
「そうだ、学園に放り込まれたことを恨んでいた俺が学園生活を楽しめるようになったのは、あのプレハブ小屋のおかげだ」
そう言えば、何となく記憶にある様な――
「戻って来い」
ミハイルは壁の中に手を突っ込んだ。
壁はシャボン玉の様にそれを通し、腕を掴まれたニートが引っ張り出される。
「お帰り、章治先生」
空いた方の手を、依里が握った。
「僕達の手は、温かいだろう? 生きて、此処にいるからなんだよ」
「…ありがとう…ぱっt」
「誰がパッツンかー!」
すぱーん!
ニートの頭に容赦の無いハリセンのツッコミが入り、次いでカプセルが投げ付けられる。
「下僕確保。敵は敵、割りきらねばね」
その背後で、ティーセットを抱えたままのレイラが涙目になっていた。
待ってたのに。一緒にお茶を楽しんで、膝枕をして頭を撫でてあげようと思ってたのに。
(こうなったら…この思い、ダーク門木先生に全てぶつけて差し上げます!)
黒に近い緑や紫といった色調の不気味な雰囲気が漂う城の中を、ミハイルは先頭切って走る。
「鉄くずが怖くて強化やってられるかー!」
だが、その目の前にはぼこぼこと泡立つ不気味な沼が!
そこには触れたものを瞬時にくず鉄に変える、恐怖の液体が満ちていた。
「ここは私にお任せ下さい」
浮輪を持ったミニスカメイドさんが進み出る。
投げ込んだ浮輪がくず鉄になる前に、それを浮石の様にして飛び越えて行けば…だめでした。
浮輪は一瞬でくず鉄となって沼に沈む。うっかり足を乗せようものなら、沼に沈んで全装備がアウトだ――勿論、着ている物も全て。
このくず鉄力は半端ない。
「ナーシュ、何とか出来ませんか?」
遙はカプセルからちびを呼び出してみた。
「お任せなのです!」
どういう原理か知らないが、あっという間に橋がかかる。
その橋を渡って一行は進んだ…ただ一人、闇の翼で抜け駆けを計って蜘蛛の巣に引っかかったヨルを除いて。
「…助けて」
無表情で助けを求める声に応え、暦がスナイパーライフルを構える。
「たっぷり寝ましたから、コンディションは最高なのですよ〜」
蜘蛛の糸を狙って撃ち落とされた先には…沼があった。
どぼん!
「…まぁ俺の場合、元から装備はあってないようなものだし」
なくなっても気にしな…、あれ、愛用のハルバードは?
「…、……(ぷちっ」
ヨル、ちょっと怒った。
今すぐにでもダーク門木を殴りに行きたい。けれど…ぱんつまで溶かされては、出るに出られなかった。
「これを使って下さい」
神楽がフルカスサイスを投げて寄越す。
そして依里からは、タオルのプレゼントが。
腰にタオルを巻いたヨルの目に飛び込んで来たのは――
「手足の生えた冷蔵庫が、歩いて来る」
そして、ワンワン吠えながら走って来る炬燵。
その混成部隊がわらわらと、部屋の奥から現れた。
「ワンワン、ワン!」
飛び付いて、嬉しそうに尻尾を振りまくる炬燵犬達。
これって、敵? 敵なの?
一方、冷蔵庫の扉が開くと、そこから現れたのは小さなロボットだった。
「カド、カド、カド、カド…」
「ちっちゃいカドキが一杯…」
それが一列になって、アリの様に行進して来る。
「面白いから一体お持ち帰りしちゃ駄目かな、これ」
掌サイズの可愛いロボを一体、つまみ上げてみた。
「カドカドカドカド」
ロボは短い手足を振り回し、じたばた暴れる…だけ? 攻撃力、ゼロ?
「やっぱり人恋しいのかね」
炬燵犬に押し倒されながら、依里が言った。
ダーク門木もなかなか可愛いじゃないか。
「お陰で安全に通れる道もわかりましたよ」
敵の行動を子細に観察していた神楽が言った。
「彼等が通って来た道筋には、罠はない筈です」
なるほど、まっすぐ来れば良いものを、彼等の足跡は蛇行している。
「わかった、奴等を蹴散らして行けば良いんだな?」
ミハイルは纏い付く炬燵犬を振り払い、ロボを踏んづけ、冷蔵庫をぶち抜きながら走った。
ところが、その地面から無数の触手が!
「くっ、俺をどうする気だ」
それに掴まったミハイルは、とりあえずお約束の台詞を言ってみる。
しかし、どうするもこうするも…やっぱりここは、お約束でしょう?
わさわさうねうね、触手達は嬉々としてミハイルの装備(衣類限定)を剥がしにかかる!
「俺を屈服させたいか? そいつは無理だ。俺を屈服させることが出来るのは会社の辞令だけ…ぁ、こら、やめろっ!」
ちびの手を引いて歩いて来た遙は、おもむろにカメラを取り出し…激写。
「良い画が撮れました」
助ける気はないらしい。だって折角の美味しいネタですもの。
そうしている間にも、一枚また一枚とミハイルの装備が消え、カメラのシャッター音が増えていく。
「随分と無茶をする…まあ、若い連中が多少の無茶をするのは、嫌いじゃあないがね」
ディートハルトが助けに入る様だが、果たして間に合うのだろうか。
「然し、俺も歳だからなあ…助けに行くのが少し遅れるかもしれんね、頑張って耐えてくれ」
と、そこに救いの女神が現れた!
「だって!! 外見年齢28歳よ!?」
千尋は触手に向かって弓を射る。
ミハイルの年齢は絵的にアウトらしい。
と言うか、どうせならナーシュきゅんを放り込みたい。
触手から解放されたミハイルは得物を流剣ミヅチに切り替えて、残る触手をバッサリ切り落とした。
「悪い、手は抜けないんだ」
カッコイイ台詞を決めてみる。
でも、ぱんついっちょで言われても、ねぇ。
そして一行は遂に、最後の部屋の前まで辿り着いた。
「僕の力が…みんなを癒す、光になるならッ!」
最終決戦を前に、レグルスのライトヒールが恐るべき罠で傷を負った仲間を回復…出来ない!
装備のくず鉄化による心のダメージは、ライトヒールでは治せなかった!
ならば、残る手段はひとつ。ダーク門木を倒すしかない。
「倒せばきっと、皆さんの装備も戻って来ますよね!」
希望的観測を述べつつ、扉を守る最後の敵にレーヴァテインの魔法攻撃を撃ち込む。
「僕の魔力を受けてみろッ!」
だが、扉を開けたその向こうには、更に恐ろしいものが待ち構えていた。
「なんで、なんで少年はいつまでも可愛い少年のままでいられないの!! なんでこんなになっちゃうの!!!」
千尋は怒りに震えていた。
「こんな残酷な現実があるというの…」
霧依もまた、がっくり膝をつき滂沱の涙を流している。
「あんなに可愛かった門木きゅんが小汚い中年に…髪だけでなく鼻毛に白いものがまじったり、尿の切れが悪くて短時間に何度もトイレ行ったり『次回から白髪染め入れますね♪』って行きつけの美容院で言われたり…あんまりよっ!」
いや、その言い分こそあんまりです!
外見年齢41歳はそこまで老けてませんから!
「先生! やけにならないで下さい! アイテムが強化失敗してくず鉄になったのは、先生のせいじゃありません!」
まずは説得を試みようと、レグルスが叫んだ。
「僕だって、大事な杖をくず鉄にされましたけど、ちっとも怒ってませんから! ちっとも怒ってませんからーッ!」
大事な事なので二回言いました。
ええ、ちっとも怒ってませんよ、特別アイテムSランクだったけどね!
しかし返事は、くず鉄ビームの嵐だった!
それなら実力行使しかない。
「僕の力よ…全てを貫く、聖なる槍になれッ!」
ヴァルキリージャベリンが空を裂いて飛ぶ!
だが、それもビームに迎撃されて、何とくず鉄になってしまった!
アウルの力さえくず鉄にするとは、流石に飲料水をくず鉄に変えるだけの事はある!
「ぴかぴかのひざ小僧を返せー!! ナーシュきゅんを返せー!!! ついでにみんなのレアアイテムも返せー!!」
千尋はありったけの武器を総動員して攻撃するも、片っ端からくず鉄にされて遂には最後の切り札、烈光丸で精密殺撃!
「精密殺撃ィィィ、初めて使うわァァァ、ナーシュきゅんんんん!!」
だが…結果はお察し下さい。
「ねぇ、壁作る能力でアレの動き封じられないかな?」
ヨルはニートを呼び出してみた…が、流石はニート! 何の役にも立たないぞ!
「ミハイル、試しに僕の盾になってみないかい?」
依里はミハイルの背後に隠れ、ストレイシオンを呼び出す。
「サフィルス、ブレス…僕は一服、章治先生はタバコが苦手だったな」
ストレイシオンを盾にして接近、煙草の煙で嫌がらせをしてやろうという作戦だったが、何と召喚獣までがくず鉄に! 当然、煙草が無事な筈もない。
そんな状況だから、暦が額に乗せたアイマスクだって無事では済まなかった。
くず鉄の恐怖を知らない無垢な心は、一瞬にして黒く染まる。
「…ふ、フフフ、あはははは! 覚悟しろや天パ!!」
暴走人格、降臨!
武器をあっという間にくず鉄化されても、そこらにある物を拾って投げ付ける!
「狙い撃ちます。そろそろ此処を出たいので」
神楽は黒業を全弾撃ち尽くす勢いで、くず鉄化に貢献した!
「こればかりは…装備品に『俺の屍を越えていけ』をお願いするしかないですか」
カノンは覚悟を決めた。
敵の能力はくず鉄化のみ。ならば全てがくず鉄になってしまえば、もう何の能力もない!
例え衣服をくず鉄にされても、翼で隠してしまえば――
活性化 を 忘れました
「…あ。きゃぁぁぁ!?」
はい、ごちそうさまです。
撃退士達は万策尽きようとしていた。
「インフィルの命中度を舐めんなよ」
ミハイルが降り注ぐビームを片っ端から相殺するが、それも精密狙撃のスキルが尽きるまでの事。
遂には最後に残った遙の金剛夜叉もくず鉄に…と、思いきや!
まさかの突然変異で聖槍アドヴェンティ誕生! さすが夢!
「ぐおぉっ!」
叩き込まれた一撃は効いている!
そこに、闘気解放で強化したレイラが目にも止まらぬ速さで突撃、吹っ飛ばされたダークは行動不能に!
「ダーク門木…覚悟っ!」
翼を活性化させたカノンが殴りに行く。
「蔵輪光(クラリンハイロゥ)!」
全装備が消えた霧依は危険部位を不自然な光で隠して急接近、そしてハグ!
その背後からはレイラがむにゅっと羽交い絞め、更には煙草を奪われてキレた依里がはずかし固めを狙う!
それは、何と言うか…凄まじい光景だった。
ダークに取り付いた美女四人、しかも皆さん全裸でいらっしゃる。
「決着付けてやるぁ!」
暦が叫ぶ。
そこに、残る全員がそれぞれの恨みを込めてくず鉄を投げ付けた。
「今の貴方、かつて光の中にあった自分と目を合わせられるかしら?」
霧依の指令で、ちびの純粋な瞳がダークを射る。
「章治、心行くまで殴り合おう」
そして、ミハイルの拳が熱く何かを語った――!
「…カドキ、意外とS?」
カプセルに収まったダークを見て、ヨルが呟く。
或いは、このSな門木を封印すれば強化失敗はなくなるのだろうか。
それよりちびだけを残したい、お持ち帰りしたい、連れ歩きたい…
様々な想いが交錯する中、3つのカプセルは渋々、持ち主に戻された。
途端、花畑は消え…そこはガラクタだらけの科学準備室に戻る。
皆の装備も元通り。
「何事も、極端はよくないってことだよね」
レグルスがほっと一息。
「何にしても、めでたしめでたし、かな」
と、ディートハルト。
しかし、目覚めた門木に対する遙の第一声は――
「先生、分離しても大丈夫な機械作れませんか」
真顔だった。
その後、何が起きたのか事態を全く把握出来ずにボンヤリしている…つまりは通常運転の門木を放置して、生徒達は思い思いに科学室の探索を始めた。
果たして、そこに隠された秘密とは!?
待て次回!!
って、あるのか次回!?