彼等の行く手には、黄色い世界が広がっていた。
「…ぐしゅ、ぐじゅぐじゅ」
「…くしゅん!」
もう、それを見ただけでクシャミに鼻水、涙だばー、の凶悪コンボを叩き込まれたのが約二名。
いや、彼等…十八 九十七(
ja4233)とシェリア・ロウ・ド・ロンド(
jb3671)は普段から花粉症に悩まされているらしい。
出発前ですら、通常の花粉による容赦の無い攻撃によって鼻水くしゃみマッハ状態。
そこに来て、これだ。この敵。一体何の恨みがあって、こんな嫌がらせの様なディアボロを送り込んで来るのか。
天魔、許すまじ。
「焼き払…ぐしゅ。ただ、それだけですの…っくしゃんぐしゅんずるずるずびー」
最早、正義も主義もないと、九十七は火炎放射器を握り締めた。
「花粉症であるわたくしにとって地獄も同然の今回の依らっくしゅん!」
花粉はシェリアに台詞を最後まで言わせる事さえ許さない。
「とはいえっくしゅん! 地味に嫌がらせ過ぎるっくしゅん! この凶悪なディぁっくしゅん! を、どばだじでぃず…」
ちょっと待って、鼻かむから。ちーん!
「野放しにすることはできませんわっくしゅん!」
シェリアは水の入ったバケツを両腕に抱えて、黄色い世界を睨み付けた。
「ええっくしゅん! やってやろっくしゅん! じゃありまっくしゅん!」
声は震えているが、間に入る盛大なクシャミのせいで、やけに威勢良く聞こえる。
しかし、花粉症の恐ろしさを知らない者達は、全く怯む様子も見せずに黄色い雲の中に飛び込んで行った。
「花粉を撒き散らすだけなら…余裕ですよね」
海城 阿野(
jb1043)は、その黄色い微粒子をがっつりと吸い込む。
「うぅ…目が痒くていけませんね…鼻までぐじゅぐじゅで気持ち悪い…」
しかし、その程度なら普通の花粉症と変わらない。
阿野は余裕の表情で白い団子を取り出すと、いそいそと敵に近付き…
「花粉ってきなこに似てません? もしかしたらこれにつければ甘くて美味しいおやつが出来るかも…」
ぺたり、そのドレッドの先に付いた黄色い粉をくっつけてみた。
まんべんなく、たっぷりと。
「ほら、美味しそうですよ?」
ぱくり、もぐもぐ。
食べた。食べちゃったよ、この人。
「…、……」
あんまり美味しくない。と言うか、正直鼻が詰まっていて味が分からなかった…というのは心の中にしまっておいて。
しかし、大量摂取の効果は絶大だった。
来た。一気に来た。途端に目と鼻が大洪水。
「このままでは酸欠になっでしばいばずで…」
ずびーむ、鼻をかむ。
ずびー、ずびび、ずびびび…あれ、止まらない。
ふが、酸素が足りない!
誰か人工呼吸を…!
「ただ文字通り空気が悪いだけだろ、がまんすればいいんだよ」
天険 突破(
jb0947)は名前の通りにその黄色い雲を突破しようと突っ込んで行き――
「おんどぅるくしゃっらぎったんでぃすか!」
訳:できるかっ!
「うぇぇぇいっ!」
注:くしゃみ。
「ぐしょん! くしょぶひゃっだだじゃるじゃぎゃね」
訳:くそ! こうなったらやるしかねぇ!
色々諦めた突破はしかし、荷物にマスクを忍ばせていた事に気が付いた!
「ごんじゃごじょぼがどうがどっ」
訳:こんな事もあろうかと!
しかし、それはアイマスクだった!
「うぞだぐじゃんどんどこどーん!」
訳:絶望した!
「…この世の中に、こんなきょうあくなのがいただなんてー!!!(ぺしょ」
あまね(
ja1985)は走った。
余りにも凶悪なその姿に震え上がる暇などない!
「平和のためにたおさなくては(ぺしょ」
ぺしょぺしょ変なくしゃみも、この戦闘なら勲章だ!
うん…たぶん、…だといいね。
とにかく速攻! 速攻あるのみ! だってモタモタしてたらますます酷い事になるし!
「くしゃみ鼻水だいきらいなのー!(ぺしょ」
雷の如く飛び出したあまねは、敵の眼前で高く跳躍し、その頭上にとっておきの兜割りを――
「どこが頭かわかんないけど、てっぺん狙えば大丈夫なのー!(ぺしょ」
ずがーん!
割れた。足元のアスファルトが、そりゃもう派手に!
折角の物理命中上昇効果もコメディの前には無力だった!
「とっておきの兜割りが、なの…(ぺしょ 迅雷、二回しか使えないのに、なのー(ぺしょ」
がっくりと膝をついたあまねの頭上から降り注ぐ、黄色い微粒子。
「…あぅ(ぺしょ お鼻かまなきゃなの(ぺしょ」
ちーん!
「ゴミを散らかすのは、レディのすることじゃないなのー(ぺしょ)」
ゴミはゴミ箱…ならぬゴミ袋ポシェットに。
これだって、使い様では立派な武器になるのだ…多分。
『花粉撒き散らすなんて…許せません!(シュコー』
久遠寺 渚(
jb0685)は防護マスクで顔全体を完全防備していた。
その外見は、所謂ガスマスク。面体内部に付けられた伝声器によって会話は可能だが、その声は籠もって聞き取りにくい。
『っていうか、どうせなら、作った天魔の前で撒き散らせばいいのに…(シュコー』
この恐ろしさ、浴びてみなければわからない。
そして…実際に浴びれば、すぐさま理解するだろう。これが如何に恐ろしい兵器であるかを!
『…っ、くしゅんっ!(シュコー』
ほらね、ガスマスクさえ効かないんだから! 阻霊符? そんなもの無駄無駄ぁ!
渚はがっくりと膝を折り、両手で顔を覆った。
しかし、マスクは外さない。効かなくたって外さない。いや、外せない。
乙女たるもの、こんなぐしゅぐしゅの顔を他人様にお見せする訳には!
『きっと…くしっ、人間同士の戦争みたいに…くしゅんっ、禁じ手に…くしゅくしゅんっ!(シュコー』
気を取り直して、渚は再び立ち上がった。
『さあ、花粉を撒き散ら…くしゅんっ、サボテンディアボロさん!(ジュゴー 覚悟はいいれふか?!(ジュゴー』
なんかマスクから漏れる呼吸音が変わって来てる気もするが、気にしない!
『…っていうか…くしっ、お願いれしゅから、雨降って花粉納まってくらひゃい!(ジュゴー、ジュ、ジュ…ゴゴッ』
卜占の結果、今後も清々しいまでの晴天が続く事が判明しました。
そして、マスクのフィルタが詰まりました。
ついでに渚の鼻も詰まった様です。
『…っ、く…っ!!』
慌てて近くの茂みに駆け込み、周りに誰もいない事を確かめて…マスクを外す。
そして怒濤の勢いで鼻をかむ!
もう乙女がどうこう言ってる場合じゃなかった!
「OH、コレはティッシュペーパーのCM撮影デスネー☆」
何を勘違いしたのか、自称銀幕の世界から惜しまれつつ引退した名優マイケル=アンジェルズ(
jb2200)は、ボサノヴァのBGMに合わせてレッツダンシン☆
まあ確かに、ギャラリーの皆さんは携帯やスマホのカメラ向けてますけど。
サボテンをバックダンサーに、マイケルは踊る。
ぼっさぼっさ、ぼっさぼさ♪
頭と手をリズミカルに動かし、華麗に踊る。
「黄色い粉のエフェクトさんもがんばってるデスネー☆ Hu−!☆」
時折、鼻から伸びたキラリと光る筋が風になびいて糸を引く。
それが張力の限界に達してプツンと切れると、風下のギャラリーから盛大な悲鳴が上がった。
「ギャラリーの皆サンも盛り上がってマスネー☆」
それはきっと勘違い。
しかしマイケルはますます激しく踊り、光る雫を撒き散らす。
「ごっでぃぐんだあぁー!」
訳:こっち来んな!
その勢いに仲間も思わず逃げ回るが、マイケルはますますノリノリだ!
目から溢れる涙をベロアのハンカチで拭い、鼻の下に残った光る筋をティッシュで拭き、背中に背負ったゴミ箱に入れる。
「ゴミはゴミ箱に☆ デース☆」
キメ顔でカメラに向かい、くるりとターン、背中のゴミ箱を親指でビシッと指差す。
そして見返り、ドヤァ!
「雨が降らないならっくしゅ! 降らせれば良いのでっくしゅ!」
いくら強力凶悪な粒子でも、水をかければ湿って飛ばなくなる筈だ。
シェリアはバケツを抱えて敵に突撃!
「ふふ、自慢の微粒子も飛ばなくなってしまえばただのサボテン。頭でも冷やして反省なさ…っくしゅ!」
今度はちゃんと最後まで言えそうだったのに!
しかしやっぱりクシャミに邪魔され、そしてあろう事か…その瞬間に手が滑った!
ざっばー!
そして、がこん!
「…くしゅん! 粒子が鼻に…いえ、水が冷たいっ! 寒いっ! くしゅん…!」
水とバケツを頭から被ったシェリアの頭は、冷えるどころか沸騰した。
「な、何も見えない! これは、暗闇の魔法!? くう〜〜サボテンのくせに姑息な真似を! 皆さんどこ!? くしゅん…涙が止まらない!」
自ら幻惑と認識障害のバステを被ったシェリアは、闇雲に走りながら手当たり次第に魔法を乱れ射ち。
敵も味方も関係ない、勿論、周囲の野次馬だって射っちゃうからね!
しかし、幸いな事に命中率が残念すぎる事になっていた!
そして――
どんがらがっしゃん!
シェリアは何もない所で躓いて、ギャラリーに頭から突っ込んだ!
「くしゅん! くしゃん! ずびび、ずごー」
もはや戦いどころでない。が、ギャラリーは容赦なかった。
「はい立って!」
「回れ右で、十歩前!」
などと指示を出し、それに従うシェリアのロボットの様な動きに腹を抱えて笑っている。
いや、誰かバケツ外してあげようよ。
しかし、シェリアの自爆も笑いを取っただけではなかった。
巻き添えを食った阿野が、水を被って復活したのだ!
結局誰も人工呼吸はしてくれなかった様だが、それは置いといて。
「そういえばこの服、花粉が付きにくくなる洗剤で洗濯したのよね!」
何事もなかった様に立ち上がると、阿野は再び敵に近付いた。
酸欠のせいか微粒子のバステ効果か、いつの間にか語尾が妙な事になっているけど気にしない!
「その効果、試してみなくちゃ!」
真紅の外套に花粉(?)をべっちょり。
「あら? 取れないわよ?」
叩いても擦っても、ますますべっちょり。
まあ、濡れちゃってるしね。厳密に言えば花粉でもないし。
「…ふふ。うふふふ。なんだか楽しくなってきたわ! 今なら何でも出来る気がするの!」
黄色い汚れを前に、現実逃避。ヤケクソとも言う。
周囲の気温が一気に下がり、敵の眠りを誘った。そこに釘バットを振りかぶる。
「うふふ、ホームラン出来るかしら?」
――すかっ!
空振った。勢い余ってくるくる回った。
「もう、いっそのこと全部燃やしちゃいましょうか」
阿野の目の奥に、炎が見えた。
「…わかりましっくしゅ! …ですの」
ずびーっと鼻を鳴らして、九十七は涙に霞む目を敵に向けた。
あれを防御する術はない。ならば、ここは気合と根性と無駄にシリアスな戦闘目的系雰囲気で、これに真っ向から対抗する以外には生き延びる道はない。
「くしゅ! くしゃくしゅずびびっ」
訳:故に殺す。焼き払う。己の全てを賭して。
火炎放射器、セット。目標、バックダンサー。
マイケルは巻き込まれない様に逃げろ!
「グレネード弾、発…っくしょ!」
ポン!
軽い音と共に発射されたそれは、九十七の真上に舞い上がり…
「…ぁ」
凄まじくド派手な大爆発を起こす。
そこに巻き込まれた九十七はしかし、踏ん張った!
今は唯、己の敵を倒す。
「…っぷしゅ!」
切実に! 超切実に!
『…私は、負けませんっ(シュコー』
渚は色々クリーニング終了、そして復活。
『粉塵爆発…この際、それもいいかもしれません!(シュコー』
炎陣球で一気に燃やし尽くす!
それに合わせて、仲間達もそれぞれのスキルを全力で叩き込んだ。
「後はただ焼き払うのみ。汚物消毒砲の威力を視よ!」
九十七が火炎放射にドラゴンブレス弾の威力を乗せて、全身全霊で汚物を焼き払う!
「燃えておしまいなさい!」
阿野がファイアワークスを炸裂させる!
「ゴミは燃やしてすてるのー!」
べしーん!
どさくさに紛れて、あまねがとっておき迅雷でゴミ袋ポシェットを叩き付けた!
果たしてこれは燃料になるのか!?
炎と火花がこれでもかという程に荒れ狂う中…
『けほ、けほ…どうですか、サボテンさん、倒せましたか…?(シュコー』
熱と煙の向こうに、誰かが立っていた。
『えうぅー、倒せてないなんて…(シュコー』
ぇ、違う?
よく見れば、それは真っ黒にススけたマイケルだった!
「HAHAHA☆」
燃え落ちたバックダンサーの前で、ビシッとイケメンに決めた黒い笑顔と白い歯、そしてキラキラ光る鼻の下が眩しいぞ!
しかし、そんな中で何事もなかった様に鎮座しているゴミ袋。
アウルの炎は延焼しないのだ…例えコメディでも。
『こ、こうなったら数撃ちゃ当たるで、スキルを雨霰と使っちゃいます!(シュコー』
明鏡止水で心を落ち着かせ…って、全然落ち着いてない気がするんだけど。
いや、そこの敵はもう片付いたから!
向こうにはまだ残ってるけど…
『何処ですか!(シュコー』
あっち!
『えーい、呪縛陣、奇門遁甲、八卦石縛風、鎌鼬、炸裂陣、炸裂符、吸魂符!(ジュコー』
乙女の顔を人様に見せられないような状態にした罪。
『貴方の命で償っでいだだぎばず!(ジュゴー、ジュゴ、ゴ』
その向こうでは、突破がマフラーで鼻を拭きながら奮闘していた。
「ずびーどがぐゃんぎぇんずるじゃらぶしゃんのにびゃびぼは、はっくしょんでくしょげばびーっ、んだっげっくしょん!」
訳:スピードが半減するなら普段の二倍の速さで動けばいいだけのこと!
しかし二倍になったのはくしゃみだけだった!
「はくしょはくしょはーっくしゅへくしょおでのっくしょぼどぼどだ!」
訳:減った能力値はスキル使いまくって補う!
華麗に剣舞を舞うマイケルのキラキラに触れない様に距離を置きながら、突破はヤケクソにアバレる。
そのマイケルはサボテンのドレッドを切り落とし…
ぶわっ!
その断面から大量の黄色い微粒子が噴き出した!
「コレもCMの演出デース☆」
ドヤッ☆
そして…
激しい戦い(主にクシャミ鼻水と)の末、遂に黄色い霧は晴れた。
邪悪な存在に聖火で最後の一撃を見舞ったマイケルは、とっておきのポーズを決める。
「あとで、カフーンに効くお茶とか飲むなのー…くしゃみしてたら、体力削られまくったなのー…(ぺしょ」
あまねは燃え残ったゴミ袋を手に、まだ鼻をぐずぐずさせている。
「花粉症の人の気持ちが少し分かった気がします…」
語尾が戻った阿野は思わず天を仰ぐ。
渚と突破は洗面所に猛ダッシュしていた。
顔を洗って鼻うがいもして、これでスッキリしなかったら泣く。
そしてシェリアは…
「もうお嫁に行けない…」
めそめそ、ハンカチを顔に当て…って、それさっき鼻かんでた奴じゃ…?
いや、大丈夫だよ。恥ずかしいトコ見られちゃったのは皆一緒だから。
因みに、現場で撮影されたCM…もとい動画は投稿サイトに即日アップされ、見事ランキングの一位に輝いたそうだ。
その熱演に敬意を表し、出演者にはハクションスターの称号が与えられたとか――