少年のポケットで、携帯が震えた。
『無事でいやがりましたか』
その声を聞いた少年は、顔を寄せてきた仲間達と視線を合わせる。
「撃退士って言った?」
「何か怖そうな人…」
「喋り方も変だし」
信用して良いのだろうかと、彼等は首を傾げた。
しかし少年の携帯番号を知っているなら、学園の関係者である事に間違いはないのだろう。
『今から助けに行きやがりますから、どの辺りにいるのか教えやがれです』
その問いに、少年はそっと周囲を見回してみる。
結構大きな部屋だ。窓はないが、隙間から差し込む光でほんのりと明るい。
「行き止まりだから引き返そうと思ったけど、出口にはオバケがいて…」
しかし自分達が動かなければ、それ以上は近付いて来ない様だ。
「だから、助けが来るまでじっとしてようって…」
『良い判断でありやがるです』
そう言って、声の主は続けた。
『今、五人一緒でありやがるですか?』
しかし、答えは――
「…はぐれやがった、ですか」
エドヴァルド・王(
jb4655)は、仲間達の顔を見る。
男の子二人が、いつの間にか居なくなっていたらしい。
「三人はとにかくそのまま離れない様に、あまり動き回らずに隠れていやがれ、です」
残る二人も何処か別の場所に上手く身を潜めているのだろう…というのは願望に近い希望的観測だが、エドヴァルドは三人を安心させる為にそう伝えた。
「それから、俺達が敵に遭遇しやがった時にはホイッスルを吹きやがる…ですから。音がしやがった方には近付きやがるな、です」
後は…他に聞き忘れた事はないだろうかと、柏木 丞(
ja3236)を見る。
「必ず行くから、と」
丞の返事に頷き、エドヴァルドは子供達に救助を約束して通話を切った。
「それじゃ、とっとと助けに行くかの」
古島 忠人(
ja0071)は壁走りのスキルを発動すると、身軽に外壁を駆け上がって行く。
「怖くて辛いだろうから、さくさくっと助けるなのー!」
気合い充分なあまね(
ja1985)と丞がそれに続いた。
三人の鬼道忍軍はビルの屋上に降り立つと、ざっと周囲を見渡す。
屋上の一部はごっそりと抜け落ちて、下の部屋が丸見えになっていた。
「…さて、さくさく探しちゃいましょうか」
丞が音もなく飛び降り、二人がそれに続く。
その部屋に窓はなかったが、破れた天井からの光で充分に明るかった。
しかし、ドアを開けて次の部屋に進むといきなり辺りが暗くなる。
「ガキども、おるかぁ?」
忠人は声をかけながら薄暗い部屋の隅々まで歩き回り、覗き込み、懐中電灯の光を当ててみる。
「ビビッて物影で震えてちゃ見つけられんかもしれんしな」
その間、あまねは微かな物音でも聞き逃すまいと耳を澄ませていた。
何処かで鈴の音はしないか、移動する音や子供の泣き声が聞こえないか。
だが、周囲は不気味な程に静まりかえっていた。
「ここにはおらん様だの」
忠人の声に、丞は隣の部屋に続くドアに手をかける。
向こう側の気配を伺いながら、そっとノブを回し――
「開かない」
鍵がかかっている様だ。
どうする、と丞は二人を振り返った。
「他に出口はないみたいなのー」
「せやな、ぶち破るしかないのぉ」
頷いて、念の為に丞はドアの向こうに声をかける。
「誰もいないな!?」
アサルトライフルでドアを蜂の巣にし、蹴破った。
「…廊下、か」
さて、左右どちらに行こうか。
設計図でも手に入れば良かったのだが、図面の保管期限が切れる程に古い建物だったらしい。
「左の方が見る場所は少なそうっすね」
「んじゃ、まずはそっちからちゃちゃっと見て来るかのぉ」
「まがりかどでは、左右をかくにんなのー」
指差し確認を終え、三人は狭い廊下に滑り出す。
やがてその姿は暗闇に紛れて見えなくなった。
一方、残る五人は二手に分かれて一階の正面入口から中に入った。
崩れた壁や、ガラスが割れた窓、迷路の様な暗い廊下…そしてこの、廃墟臭いとでも言う他はない様な、独特の臭い。
「これは色んな意味で冒険心を揺さぶられるね。探検したくなる気持ちもわからないでもないかな」
グラルス・ガリアクルーズ(
ja0505)が、男の子らしい感想を漏らす。
しかし同行した女子二人は、あくまで現実的だった。
「敵がいつ殺そうとし出すか分からないし、早めに助け出さないとね」
ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)は暗がりにライトを向けながら奥へと急ぐ。
影野 明日香(
jb3801)は持ち前の機動力を活かして早々に階段を見付けると、一人でさっさと二階に上がって行った。
「大丈夫よ、ちゃんと印は付けておくから」
仲間への目印を兼ねて、何かあればすぐ入口に戻れるようにと壁にチョークで大きな矢印を書く。
階段を上がった途端、通路の先に小さな灯りが見えた。
灯りは次第に大きくなり、近付いて来る。それが敵の持つランタンから放たれた火の玉だと気付く前に、体が勝手に反応していた。
漆黒の鎖鞭を手に、明日香は走る。
敵を射程に捉えると、鞭を撓らせ全力で叩き込んだ。
天井の建材を撃ち砕きつつ、鎖鞭は敵に向かって伸びる。
しかし反撃を喰らった途端、それは一目散に逃げ出した。
「どうしたの?」
遅れて階段を上がって来たソフィアに、明日香は何でもないと首を振った。
「さあ、捜索を続けましょう」
逃げるものを追う必要はない…後で纏めて鞭の餌食にしてやれば良いのだ。
「…俺は廃墟とか、あまり入ろうと思わねぇ、ですが…」
エドヴァルドはおずおずと建物の中に足を踏み入れる。
「…何か、出そうで」
完全に腰が引けているが、それでも足は前へ進んでいた。
「とにかく子供達の安全確保を最優先でやがるです」
その為には、怖いなどどは言っていられない。
後ろに続くヴィンセント・ライザス(
jb1496)は、真っ赤なマーカーで壁に自身のイニシャルを書きながら進んで行った。
因みに、イニシャルを書いたからといって、これは観光地によくある様な落書きではない。任務上必要な措置なのだ。
角を曲がって奥に進むと、急に辺りが暗くなった。
そこからは夜目の利くヴィンセントが先に立って進む。
暫く進むと、彼は立ち止まった。
後ろに続くエドヴァルドに「ここで待て」と合図を送り、霧を纏って闇に紛れる。
――チリーン…
今度は、はっきりと聞こえた。
戻って状況を伝える。
「敵だ。二体が通路を塞いでいる」
戦いは極力避けたい所だが、この場合は仕方がない。
エドヴァルドは頷き、ホイッスルをを思い切り吹き鳴らした。
それに気付いた敵が、ふわふわと音もなく近寄って来る。
「喰らいつけ、デバウアー!」
ヴィンセントが指を鳴らす音と共に、魔方陣が敵の体に絡み付く。それは網の様に相手を捉え、引き裂いた。
直後、エドヴァルドが大剣が真っ直ぐに突き出し、その体を貫き通す。
『ヒャッ』
残る一体は短い叫びを上げると、奥の闇に逃げ込んで行く。
その先で、悲鳴が聞こえた。
「子供か!」
ヴィンセントが弾かれた様に声のした方へ走り出す。
後を追ったエドヴァルドは、片手に持ったチョークで壁に線を引きながら走った。
「誰か、いる? いるなら返事して?」
ソフィアは小声でそう呼びかけながら、瓦礫の山を乗り越えて行く。
なるべく音を立てない様に、自分達以外が立てた音や声を聞き逃さない様に注意して…
「子供なら、これくらいの穴は潜れるかな」
そう言いながら、崩れた壁の向こうを覗く。
その時――
「キャアァァァッ!」
すぐ近くで悲鳴が上がった。
「この壁の向こう…?」
ソフィアが耳を澄まし、明日香が廊下の向こうまで走る。
「だめ、こっちは通れないわ」
明日香の声に、ソフィアは壁に向き直った。
壁を破壊し、部屋の中へ。だが、そこには誰もいない。
ソフィアは部屋を横切り、反対側の壁を叩いてみた。
「助けに来たよ!」
反応があった。一段と大きな悲鳴が上がる。
「この壁壊すから、動けるならどいて!」
そう言って三人がかりで壁を破り、建材の白い粉が舞う中に飛び込んで行く。
子供達よりも先に、敵の姿が目に入った。
五体、六体…
「数が多いな。ここは僕が食い止める、皆は急いで外へ!」
グラルスが隅の方で固まっていた子供達の前に立ち塞がり、魔法を唱える。
「出でよ、黒曜の盾。オブシディアン・シールド!」
その時、部屋の反対側からヴィンセントとエドヴァルドが駆け込んで来た。
「こっちに来やがれ、です…」
エドヴァルドはホイッスルを吹き鳴らし、タウントで自分に注目を集める。
その間に背後から近付いたヴィンセントは、尚も子供達に視線を向ける敵に向けてチタンワイヤーの糸を放った。
見えない糸を体に巻き付け、その動きを止める。
そのまま引キ裂ク凶爪を発動すると、体を覆ったシーツの様なものが引き裂かれ、垂れ下がった。
「大丈夫だから、落ち着いて」
「怪我はない?」
ソフィアと明日香が子供達に駆け寄り、安心させる様に声をかける。
「怖かったわね…でも、もう大丈夫よ」
抱き合って震えていた二人の女の子を、明日香はぎゅっと抱き締めた。
子供達は三人。比較的落ち着いて様子で立ち上がったのが、携帯の持ち主だろう。
「とにかく、この子達だけでも先に逃がしましょう」
明日香は二人を立ち上がらせ、その手を握る。
残る一人の護衛にはソフィアが付いた。
「敵が逃がさないようにしてくるかもしれないし、注意しないとね」
と、言ったそばから追いかけて来る幽霊達。
「黒玉の渦よ、すべてを呑み込め。ジェット・ヴォーテクス!」
その前に立ち塞がり、グラルスは漆黒の風の渦を巻き起こした。
「やっぱり、無理のない範囲で倒してはおきたいかな」
と言うよりも、数を減らさないと逃げ切るのは難しそうだ。
ソフィアの手から、無数の花びらが螺旋を描く様に飛んで行く。
タイミングを合わせた二つの渦に巻き込まれた敵は、動きを封じられた。
それでも執拗に追って来る相手には、明日香が容赦なく鞭を浴びせかける。
「目に毒だから、子供は見ちゃダメよ?」
遠距離からの攻撃は、ヴィンセントが体を張って止めた。
「…スマートなやり方ではないが、な」
子供を守ると決めた以上は、それを貫くのが筋だ。
「手前ぇらの相手は、俺でありやがる…です!」
残った敵に、エドヴァルドは果敢に立ち向かう。
自信はないが、今はとにかくこの場を守る事が自分の使命だ。
タウントを使い切ると、エドヴァルドは出口を塞ぐ様に立って大剣を振るう。
子供達に被害が及ばない様に、ありったけのスキルを使って、とにかく必死で頑張った。
「三人は見付かったみたいやのぉ」
明日香から連絡を受けた忠人が言った。
という事は、残るは男の子が二人か。忠人としては、少々残念な気がしないでもない、が。
「忠人先輩、あそこ」
丞が指差した先に、小さな灯りが見えた。
それはまだこちらには気付いていない様子で、ふわふわと漂いながら次第に遠ざかって行く。
「こっちにこねぇなら無視やな。寧ろサーバントが向かう方にガキがおるかもしれんのぉ」
「おいかけてみるのー」
三人はこっそりと、敵の後をつけ始めた。
「あそこに、もう二体いるっすね」
合流した三体の幽霊は、鈴を鳴らし、ランタンをかざしながら、ゆっくりと輪を描く様に回り始めた。
その中心で震えているのは――
「みつけたのー」
男の子が二人。
あまねは急いで駆け寄ろうとしたが、邪魔が入った。
接近する彼等に気付いた幽霊達が、肉切り包丁を振りかざしながら近付いて来る。
「真昼間から幽霊退治とはのぉ」
どうやら、これを片付けない限り子供達には近付けない様だ。
「仕方ないな」
丞がアサルトライフルを構える。
銃声と共に、あまねが影手裏剣を放った。
その攻撃に続けて、忍刀・雀蜂を抜き放った忠人が突っ込んで行く。
たちまち一体がボロ布の様になって落ちると、残る二体は一目散に逃げて行った。
「わなかもしれないのー。ふかおいは、きけんなのー」
「せやな、まずはガキどもを無事に連れてかんとのぉ」
固まって震えている少年達に、丞が歩み寄る。
「よう。怪我ないか」
ぽんぽん、頭を軽く叩いた。
途端に――
「ぎゃあぁぁぁっ!!」
彼等はパニクっていた。敵と味方の区別も付かない程に動転していた。
「だいじょぶなのー。ちゃんと助けにきたなのー」
あまねが駆け寄り、二人をぎゅーっと抱き締める。
母親が小さい子供をあやす様に背中をとんとんしながら、大丈夫、大丈夫と言い聞かせた。
その甲斐あってか、二人は次第に落ち着きを取り戻し…そして気付いてしまった。
自分達より遙かに小さな女の子にあやされているというその事実に。
「うわあぁぁっ!!」
今度は恥ずかしさでパニック。
「うーん…これで、どや?」
そんな二人の目の前で、忠人はとびきりのヘン顔を作って見せた。
みにょーん。
「…ぷっ」
笑った。よしよし、一度笑わせてしまえばこっちのものだ。
「怪我してるのか」
丞が二人の前に膝をつき、包帯を取り出す。
転んで出来た、打撲と擦り傷。
丞が応急手当をしている間に、あまねが明日香に連絡を入れた。
外に出たら、ライトヒールをかけて貰おう。
「ほれ、気付け代わりに食うとけ」
二人の口に、忠人がチョコの欠片を放り込む。
「にしし、残りは外にでてからや」
忠人と丞で一人ずつ背中に負って、彼等は元来た道を戻り始めた…つもりだったのだが。
出口どこ? 目印付けてなかったよ!
道に迷っているうちに、さっきの幽霊達が追いかけて来た!
「ぬおお! こっちくんじゃねー!?」
忠人はあまねを小脇にひっ抱えると、すぐそこに見えた窓からダイブ!
ここは三階だけど、撃退士ならきっと大丈夫だよね。
そんな先輩の姿を見ながら、丞は慌てず騒がず壁走りのスキルを発動させるのでした。
「よー頑張ったな」
無事に助け出された五人にお菓子やジュースを配りながら、忠人が言った。
「ただ今度からは危ない場所にはいかんよぉにな。今度はどーなるか分からんしのぉ」
とは言え。
「まあ、ワイも人のこと言えへんけどなぁ」
「俺もこういう秘密基地みたいなとこ好きだし」
「だよね! だよね!」
丞の言葉に、男子二人が目を輝かせる。
しかし、そんな彼等の頭にエドヴァルドのゲンコがコツンと落ちた。
「あまり心配かけやがるなです」
が、女子二人がくすくす笑っているのは何故だろう。
「電話の声すっごい怖そうだったのに」
「ね、可愛いよね実物」
…だそうですが。
「まだ少し残っているか。今後のためにもなるべく倒しておかないと、かな」
残った敵を片付けようと廃墟に戻るグラルスに、丞とエドヴァルドが続く。
「安全が確認されたら、改めて皆で探検してみるのも良いかな」
グラルスの言葉に、子供達は先程までの恐怖をすっかり忘れた様に目を輝かせた。
いってらっしゃいの明るい声に送られ、彼等は再び廃墟へ。
めでたしめでたし…?