「天呼ぶ地呼ぶ人が呼ぶ、ボクを呼ぶ声がする! そう、ボク参上! …って何コレっ!?」
高らかな名乗りと共に躍り出たイリス・レイバルド(
jb0442)は、眼前に展開される光景に思わず目を丸くした。
「うわー、潰されながらニヤニヤしてる人がいっぱいいるよ。…いいの? アレ?」
思わず指差したのは、アティーヤ・ミランダ(
ja8923)だ。
「えっ? なあに、あのねんどみたいなモノ…あれが、だいすきなモノ…に、なっちゃうの?」
エルレーン・バルハザード(
ja0889)が首を傾げる。
うん、斡旋所で聞いた敵の仕様は確かそんな感じだった気がするけれど。
「ある意味、大好きな物暴露大会状態なわけね…」
オネェ天使のユグ=ルーインズ(
jb4265)が、なんか上手いこと言った。
そう、ぶっちゃけてしまえばそういう事なのだ。
「これって退治していいのか迷っちゃうよね、ホント」
並木坂・マオ(
ja0317)は、幸せそうに潰されている人々の顔を覗き込んだ。
これはこれで、幸せの一つの形なのだろうか。
「でもまー、ゴハンも食べられないんじゃいずれ死んじゃうし、このままだと真面目に危ない、か」
他の人の迷惑にもなるし。
「皆の幸せな夢を奪うみたいで、すっごく申し訳ないのですけど…」
これも撃退士の宿命と、若菜 白兎(
ja2109)は悲壮な覚悟で大鎌の柄を握り締める。
片付けましょう、そうしましょう。
「はいはーい、ディアボロ出てるから皆速やかに避難してねー」
パンパンと手を鳴らし、天使の微笑を浮かべながら気楽な様子で野次馬に呼びかけるオネェ様。
しかし彼等は知らなかった。
その敵が如何に手強く、非道な存在であるかを…!
「相手の好みに合わせて巧みに近付き、気を許したら死ぬまで付き纏う…その戦略は敵ながら天晴だな」
桂木 桜(
ja0479)は素直に感心した様子で頷いた。
しかし天晴ではあるが「嫌いじゃないぜ」とは言えない。寧ろきっぱりと嫌いなタイプだった。
「人の心の隙間を狙う卑劣非道な妖怪変化、八百万の神が許しても、この桂木桜が許さねぇ!」
両手にトンファーを構え、手近な巨大美女(しかも全裸)に向けて本気のトンファーキックを叩き込んだ。
「ったく、わかりやすい欲望だぜ」
二撃、三撃と素早く叩き込み、終いには蹴り飛ばして引き剥がす。
のしかかられていた男がうっすらと目を開け…がばっと起き上がった。
「美女! 俺の美女はっ!?」
目を血走らせて辺りを見回す男に、桜は爽やかな笑顔を向けて親指をぐっと立てて見せる。
「いい夢見れたかい?」
「…ゆ、め…?」
「オッケー、そいつを糧に現実へ戻るんだ」
男の両肩に手を置いて、桜はこくりと頷いた。
その目を見返した男の瞳が、正気を取り戻した様に光を宿す。
途端に…
「うわあぁぁっ!」
真っ赤になった男は何故か股間を押さえつつ、猛烈な勢いで何処かへすっ飛んで行った。
「ま、時にはこうやって憎まれるのもダークヒーローっぽくていいよな」
憎まれるのとは微妙に違う気もするが、気にしない。
と、その目の前に――
「おぉ、これは…っ」
色艶ともに完璧な桜餅が鎮座していた。
「美しい…この艶、この弾力、絶品だ」
思わずその前に跪き、しげしげと眺め、香りを堪能し、指でそっとプニプニしたり、乗っかられてみたり。
って、ちょっと待って。最後何?
「ラムネさん、きちんと懲らしめてやりましょうね」
ストレイシオンのラムネさんを召喚したマーシュ・マロウ(
jb2618)は、人々の背中に乗っかっている犬猫や札束にブレスでお仕置き。
次いで、巨大な金の延べ板にはチャージアタックをぶちかました。
「ラムネさん、ぐっじょぶです!」
才能は褒めて伸ばすもの。体罰よくない。
ところが、次の瞬間。
「…っ!?」
ずしっ。
背中にのしかかる重圧。
これはもしや、ラムネさんが何かに潰されているのか。
その感覚を共有してしまったのか。
「ラムネさん、一体何に…っ」
しかし、マーシュは顔を上げる事も出来ない。
数秒後、ラムネさんの消滅と共にその重圧は嘘の様に消え失せたが…その代わり次の瞬間には。
「大きなマシュマロです〜」
濃厚な甘い香りと、もっちりぷにぷにの白い物体に潰されていた。
思う存分もふもふした後で囓ってみると、中から溢れるとろ〜りチョコレート。
勿論それは幻覚なのだが…
「ほわ〜幸せです、昇天してしまいます〜」
堕天使だけど。
「よーし、やっちゃるか!」
ニンジャスタイルのセクシー姉ちゃんが、微妙に勘違いした忍者刀を構える。
「うおっ、不定形で動いてるとキモッ!! ていうか速っ!! だからもっとキモッ!!」
などと言っているうちに、その不定型が何かの形に見えて来た。
いや、これは、まさか。
「美少女キターーーッ!」
あっちにも、こっちにも。美少女に男の娘、美少年もいるよ!
「ぐへへ、お嬢ちゃんに坊やぁ。フリフリのドレスにネコミミも超似合うじゃないかぁ」
じゅるり、涎が垂れる。
「ハーレムとかマジ幸せ…。んふふ〜、きゃわいがってあげようじゃないか♪」
両腕を広げ、うぇるかむ。大丈夫、お姉さんは差別しないよ。皆平等に可愛がってあげるからね。
「んー、よいではないかよいではないか。…あれ? あたしが押し倒されてるじゃん?」
ちーん。
「はっはー! ディアボロなんてボクのハンマーで華麗にホールインワンしてやんよっ」
しかし、そんなイリスの目の前に現れたのは可愛い後輩風美少女。
「こ、これは…!?」
ヤバい。ちょー好みだ。どストライクだ。
「ひきょうだー! これじゃー攻撃なんてできるはずもっ、はふぅー」
潰されるーなんかもーどーでもいいやー…どっすん。
小柄で細身なのに、ずいぶん重いんだねー。
「やっべちょーふかふかでいいにおいがするー」
もふりたい。なのに何故、背負う形で潰されているのだ。
「これじゃもふれないだろちくしょーでも美少女に押し倒されてるだけでもいっかなぁ」
美少女と密着している、これ以上の真理があろうか。いやない。あってたまるか。
にへへへへ。
「?!ふあっ?!」
素っ頓狂な声を上げるエルレーンの目の前で、それは変化した…大きな、ふっわふわのこねこさんに!
子猫だけど、巨大。それはもう、犯罪レベルの可愛さだ。
「ふ、ふわあぁぁぁ…」
もはや抵抗など不可能って言うか最初からそんな気ないし。
のしかかられ、もふもふにうまり、にくきゅうでぷみぷみされ…
「あうぅ、ねこちゃん、かわゆす、かわゆすぅ…」
ユルみきっている。
「ああっ…こーい! みんな、みんな、私のところにくるのおッ!」
ニンジャヒーローでまわりのディアボロ独り占めだっ★
やったねっ★
「ねこにゃ、にゃんにゃ、かぁいいよぉ…」
ぬこの腹毛って、どうしてこんなに暖かくてふわもふなんだろうね。
こんなの、自力で脱出なんて無理。絶対無理。
無理でも良いや、だって幸せなんだもの。
(アタシの場合だと…猫、トマト、ハンバーガー、そして焼きそばパン…かな?)
好きなものと聞いてマオの脳裏に浮かぶのは、殆ど食べ物ばかり。
(で、でも成長期だし、し、仕方ないよね!?)
微妙にヘコんだ乙女心を抱えつつ、マオは不定型な何かに相対する。
(でも…)
トマトに埋もれるとか、食べ切れない量の焼きそばパンとか、想像しただけで涎が出て来る。お腹の辺りから「ぐぅ」と元気な音もする。
「苦しいだろうけど、幸せなんだろうなぁ――わぷっ!?」
焼きそばパンになったディアボロがログインしました。
ちーん。
ユグの目の前には、可愛らしいテディベアがちんまりと座っていた。
どう見ても場にそぐわないそれは、罠に決まっている。
「う…ア、アタシはディアボロ大嫌いだから騙されたりしな…」
罠に決まってるのに…ふかふかしたい。抱きしめたい。
「あぁんやっぱり駄目ー!」
罠でも良い、寧ろ上等! さあ、アタシを潰してー!
「お、重い…でも、ふっかふかのもっふもふだわぁ…」
ちーん。
大福、どら焼き、カステラ、プリンにチョコ、それは白兎の目の前で次々と姿を変える。
「ケーキもいろんな種類があって迷うのですけど、一番は苺の乗ったショートケーキをホールで丸ごと〜」
ずしーん。ホールケーキ、入りまーす。
「あとクレープにアイスにパフェにフレンチトースト…世界は美味しい物で溢れてるの〜」
どすーん。はい、クレープ追加でーす。
「それから、ふわもこさんも大好きなの…一番はうさぎさんで、次がねこさん…」
もふーん。ふわもこウサギが乗りましたー。
「アルパカさんやビクーニャさんもふわもこさんと聞いたのですが…」
ばいーん。良いですねー、この機会に体験してみましょうー。
「いただきますなのー」
イチゴショートにかぶりつきながら、ふわもこをもっふもっふ…
それはそれは幸せそうに、色んなものに埋もれまくる。
ぽわわ〜。
撃退士は全滅しました――
いや、だがしかし!
まだ希望はある!
(あーこれは何か違うなー)
美少女に押し潰されながら、イリスは心の中に漠然とした思いを抱いていた。
やがてその思いは確信に変わる。
(何か欲しいものを欲しいままに与えるだけで機械的っていうかねー)
恐らく対象に愛される目的なのだろうけれど。
(悪いけど、ボクは愛してほしー派なんだよねー。愛するのはとーぜんだけど、それ以上に愛されたいのさ)
という訳で、イリスは夢から覚め…、覚め、ないの?
(まっ、ネタにはなりそーだから助けられるまでは潰されてよっかな)
美少女好きなのはホントだし、役得〜役得〜♪
…希望は潰えた。
かと思ったが!
(――――ッ! ダメ! これはただの幻…)
それに、それに――
「焼きそばパンは、購買のあの地獄の中で、自分の力で手に入れるから美味しいんだあぁぁぁっ!」
ねこぱーーーんち!
背中の巨大焼きそばパンを弾き飛ばしたマオはすっくと立ち上がった!
「うぅ…危ないところだった…」
だが、すぐによろよろと蹈鞴を踏む。
息を整え、周囲を見ると…なんかすごい事になってた!
「今、動けるのアタシだけ!?」
そう、マオがやらねば誰がやる!
皆ものすごーく幸せそうだけど、ここは心を鬼にして、いざ!
「ダラクって言うんだっけ? 自分に甘えちゃダメ! その内、道端に寝泊りしてる人達みたいになっちゃうんだから!」
などと、ご本人達が聞いたら全力で泣きダッシュしそうな台詞を吐きながら、マオは仲間に取り付いたモノを引っぱがしていく。
「なんて強力な…っ」
滴る鼻血をを拭いながら、アティーヤは立ち上がった。
それはきっと、潰された時の重圧によるものだ。そういう事にしておこう。
「危険だからすぐに片づけないと!」
ユルんだ顔をキリリと引き締め、手近な巨大美少女をずんばらり。
「…はっ!!」
イリス復活!
「ボクのハンマーに聖火が灯る! 欲望砕けと猛り狂う! セイクリッドイリスちゃんハンマー!」
どっかーん!
巨大なテディベアが吹っ飛んだ!
「眼を覚ますんだ! そんな幻影に囚われていてはいけないんだよッ!」
えっ美少女? 何の話です? 何の事か、わからないなぁ(棒
「アタシとした事が、不覚を取ったわ」
気を取り直したユグは、反撃に転じようとして…気付いてしまった。
茂みの中に逃げ遅れた一般人(美少年)が隠れている事に!
「あら、貴方ここは危ないわよ? こっちにおいでなさいな」
一度潰されて警戒度が上がっている筈なのに、ああそれなのに。
「え? おんぶして欲しいの? しょうがないわねぇ」
などと言いながら、いそいそと背中に…ずしり。
美少年は成長して美青年になり、更に質量を増してのしかかる。
「こんなイケメンに押し倒…じゃなかった、潰されるなんて幸せ…」
傍から見るとちょっと危ない状態だが、本人が幸せならそれで良…くない。
「はーい、それディアボロだからねー」
哀れイリスのハンマーで粉砕される美青年。
「アタシとした事が…」
大丈夫、もう騙されない。
ユグはちょっと涙目になりながら、畳んだ扇子を振りかざし…
「ほらそこ、いい加減になさい!」
ハリセンの如くばしーんとツッコミを、じゃなかった、はたいて攻撃。
「もぅ、本当何体いるのかしら」
エルレーンの上に乗っている巨大子猫は…もう、数え切れない。
「ふあぁ…いいゆめだったのぉ」
こんな良い夢を無残に破られては怒りたくなるのも無理はない。
と、そうは思っても。
「う…うぐっ、た、たすけたげたのにひどいよぅ」
助けた一般人に文句や嫌味を言われれば涙目にもなる。
だって女の子だもん。
その脇では全てを剥がされた白兎が暫し呆然としていた。
やがて悲しみに満ちた表情でゆっくりと辺りを見回し…よろり、気力を振り絞り大鎌に縋る様にして立ち上がる。
星の輝きを身に纏い、怒りと悲しみのヴァルキリージャベリンを投げ付けた。
その一撃で正気に戻ったマーシュは、ぶんぶんと釘バットを素振りしながらバッターボックスへ。
「かっ飛ばせ〜 マーシュ♪ ディアボロたーおーせー おー♪」
かきーん。
え、打点王じゃありませんよ、堕天使です。
ついでに形状が非常に禍々しいと評判のフルカスサイスにチェンジしてみましょうか。
「皆さんの幻想、刈り取らせていただきますね」
ぶんぶん。
え、死神じゃありませんよ、堕天使です。
「皆さん、もう少しです!」
もう少しで、この天国が終わってしまう!
何て名残惜し…いやいや、げふん。
「でも、ラムネさんは一体何に潰されていたのでしょう?」
勿論、大好きなマーシュに決まっている。
それ以外には有り得ないけれど…
「後できっちり問い詰めてみましょう♪」
「恐ろしい…強敵だったぜ」
あんな完璧な桜餅にはもう二度と出会えないかもしれないと、桜は今は亡き強敵(とも)に思いを馳せる。
「ヤバい、ヤバいよ、このディアボロ。桃源郷が見えたよ神様」
アティーヤの脳裏にはハーレムの光景がはっきりくっきりと刻まれていた。
「これはアレか。頑張って夢かなえろってことかい?」
仲間内の美少女に熱い視線を送る。
久遠ヶ原は美少女美少年の巣窟。アティーヤ、覚えた。
「これが、撃退士の悲しい宿命なのですか…?」
消えてしまったスイーツやふわもこ達を思い、白兎は誰にともなく問いかける。
エルレーンもまた、心なしか肩を落としている様に見えた。
「ううっ…人間の敵、天魔を倒したのに…きもちがしょんぼりだよぅ」
かぁいかったのに。もっふもふだったのに。
「で、でもっ、さすが天魔、うすぎたないのっ…あんなかぁいいの出されたら、耐えられないのっ」
「でもさー、コイツを超いっぱい量産すれば天下取れるんでね?」
アティーヤが、さらっと恐い事を言った。
撃退士さえメンタルを削られ、抵抗力を奪われる…確かに最終兵器の素質は充分かもしれない。
でも。
そんなラスボスは嫌すぎます――!