撃退士達は阻霊符を展開しつつ、敵に気付かれない様にこっそりと村に入った。
敵の目は上手い具合に例の三人組が――その気はないのかもしれないが、しっかりと引き付けている。
あれが例の三人組かと、雪室 チルル(
ja0220)は眉を寄せた。
守るべき人達がいるのに役割を放棄して逃げるとは、撃退士の風上にも置けない連中だ。
しかし仮にも撃退士を名乗るなら、もう暫くは踏ん張ってくれなければ困る。
救援に来た自分達には、敵の撃破よりも先に、まずやるべき事があるのだ。
それとて本来なら彼等の仕事なのだが――
「ここは高齢の者が多い様だな」
村をざっと見渡して、ケイオス・フィーニクス(
jb2664)が言った。
ならば屋外での避難行動は危険だろうと、彼は出会った住民達に声をかけていく。
もっとも、声をかけるより先に、頭の角を見て逃げて行く者の方が多かったが…こんな田舎では、それも仕方のない事だろう。
結果的に家に閉じ籠もってくれれば、それはそれで結果オーライだ。
後はそのまま外に出ない様に、放送でも流して貰えれば良い。
「村役場…あそこ…」
頭に入れた村の地図と実際の地形とを照らし合わせ、浪風 威鈴(
ja8371)は素早く当たりを付ける。
役場には放送設備もある筈だと、威鈴はそこを目指して一直線に走った。
だが、途中に見える民家から顔を覗かせる人々の視線は、どう見ても好意的とは言い難い。
「住んでる…人の…目…冷たい…」
ぽつり、悲しげに呟く。
そこには、ただ余所者に対する警戒心以上の不信感が見てとれた。
原因は勿論、あの三人組だ。
役場に集まった人々も、「撃退士など信用しない」と言いたげな目をしていた。
目に見える程のあからさまな敵意を向けてくる村人達に対し、どう言葉を切り出せば良いのか…威鈴は迷う。
と、そこに遅れて入って来た九 四郎(
jb4076)が、その大きな体を折り曲げて深々と頭を下げた。
「皆さんにかすり傷一つ負わせないっす! そのために協力してほしいっす!」
四郎は背丈も大きいが、声も大きい。
そして考えるよりも先に飛び出して来た様な真っ直ぐな言葉に、村人達は思わず耳を傾けてしまった。
「あの人達の事は、同じ撃退士として申し訳ないと思ってるっす」
四郎は再び頭を下げる。
「信じてくれなくてもいいっす。でも今は、言う通りにして欲しいっす!」
「お願い…外に…出ないで…自宅待機…放送で…」
まだ若い、村の老人達にしてみれば孫の様な二人に懇願されて、村長は放送設備のスイッチを入れた。
「家に籠もっておれば、安全なんじゃな?」
こくん、威鈴が頷く。
「お前さん達より、わしが言った方が良いじゃろ」
防災無線で自宅待機の指示が流れる。
「あざーっす!」
「ぁ?」
四郎の礼は、老人には意味が通じなかった様だ。
「ありがとうございました、っす!」
慌てて言い直し、四郎は役場を飛び出して行く。
「準備…完了」
その後を追った威鈴は自分の持ち場に身を隠しつつ、既に配置についている筈の仲間達に連絡を入れた。
これで漸く、戦いに専念出来る――
「まずは軽く挨拶代わりだ…受け取れ」
ケイオスが上空で派手な花火を打ち上げた。
その爆発による火花が舞い散る中、走り込んだガナード(
jb3162)が背中から魔法の石礫で攻撃を仕掛ける。
一体のみを狙い、それが後ろを振り向く迄の間に出来る限りのダメージを蓄積させる狙いだが――
「流石に反応は早いか」
それにあの剣は魔法さえ弾き、軌道を変えてしまう様だ。
ガナードは戦法を変え、ケイオスと共に闇の翼で攻撃の届かない高さまで舞い上がる。
入れ替わる様に、四人の囮が潜伏場所から飛び出した。
「撃退士全体の汚名返上の為にも、ここは何としても撃破して見せなくてはなりませんね。微力ながら全力を尽くさせて頂きます」
楊 玲花(
ja0249)は胡蝶扇を投げながら、戦いに適した場所まで敵を誘導しようと試みる。
六体の敵が、一斉にそちらを向いた。
更に、その死角に潜んだ威鈴が和弓「鶺鴒」の弓を引き絞る。
正確に狙いを付け、放つ。勿論それは四本の刀によって弾かれたが、威鈴の目的は攻撃を通す事ではなかった。
狙い通り、一体の敵が攻撃の出所を探して移動を始めた。
もう一撃、隣の敵を狙って撃つ。これで二体が群れから引き離された。
「こっちにも居るっすよ!」
その更に反対側からは、四郎が両手を広げて飛び出す。これだけ的が大きければ嫌でも目立つだろう。
(数の優位は大きくないっすし、防御力になるくらいの攻撃力ということはこちらも手を緩めたらあっという間にやられそうっす)
どれか一体を倒すまでは、攻撃に集中しなければ。
狙いは先程のケイオスとガナードの攻撃で多少なりともダメージを受けたものだ。
(人型なら、それなりの知能を持っていそうっすよね)
声に出したら攻撃を悟られそうだと、二人に身振りで合図を送って炸裂符を投げ付ける。
それは敵の刀に切り刻まれる瞬間、小さな爆発を起こした。
決定打になる程の威力はないが、隙を作るには充分だった。
上空からその背に向けて、ケイオスの放つ光の矢とガナードの混沌の矢が突き刺さる。
暗い穴の様な敵の目に、怒りの炎が灯った。
反撃の届かない場所にいる二人の事は無視し、目の前の四郎に狙いを付けて――跳んだ。
咄嗟に張り巡らせた乾坤網のガードを突き抜け、急所を庇った四郎の腕に無数の赤い筋が走る。
「こんなの、痛くないっす!」
それでも四郎は踏ん張った。
これが彼の、撃退士としての矜恃――
その隙に上空の二人が追撃の矢を降らせ、更には背後に回ったアイリス・レイバルド(
jb1510)が魔法による光の槍を放つ。
がら空きの背中に集中攻撃を受け、敵は膝を折った。
「…すっげぇな、あいつら…」
その様子を呆然と見つめていた三人組は、ふと我に返った。
そうだ、逃げなければ!
三人は傷だらけの体で転がる様に走り出す、が。
その足元にアイリスの魔法が炸裂した。
「未知の強敵と戦う機会など大金を積んでもそうあるものでもないだろうに、逃げ出すとは紳士的じゃない奴らだな」
ここは血湧き肉躍る…そういうものだろう、淑女的に。
「ちょっとあんた達! 助けを必要としてる人がいるのになにやってんの!」
振り向くと、そこにはチルルが仁王立ちしていた。
「せっかく新しい剣を用意したのに、あんた達のお陰で気分は最悪よ! 後でたっぷりお説教してあげるから、そこで大人しく待ってなさい!」
何なら試し切りの的にしてやろうか、とでも言い出しそうな勢いで剣の切っ先を突き付ける。
「逃げる…なら…」
いつの間にかロープを手にし、背後に回り込んでいた威鈴がぽつりと言った。
「大きな…木に…つるし上げ…する…」
太いロープを鞭の様にピシリと鳴らしながら、威鈴は三人組に迫る。
「我が同胞を裏切りはぐれ悪魔となった我が言うのもなんだが…」
上空に浮かんだまま、ケイオスが溜息混じりに言った。
「汝らの行動は撃退士の同胞を裏切っているように我には見える…汝等には誇りは無いのか?」
そんなものがあれば、ここでこうして震えている事もないだろうとは思うが。
その様子を、ガナードは汚物でも見る様な目つきで見下ろしていた。
「撃退士ともあろうものが民間人を食い物にするなど、聞いて呆れる」
彼等を見ていると、かつて見切った世界の苦い記憶が甦って来る。
「お前達は何の為に撃退士をしている。楽をする為か?」
「誇りのかけらが少しでも残っているのならば我に示して見せよ…我が言えるのはこれだけだ」
あてにはしていないが、ケイオスはそう最後に付け加えた。
その一言が、彼等のなけなしのプライドに火を点けたらしい。
「ばっ、馬鹿にするなよっ!? 俺達だって…っ」
「出来ると言うなら、火力支援でもやって貰おうか」
少しばかり疑わしげな様子でガナードが言った。
他の二人は期待薄としても、銃持ちのインフィルトレイターなら多少は使えるだろう。
「ふん…良くも悪くも人の子よ…心の持ちようでどちらにでも転がるか」
ケイオスが鼻を鳴らす。
三人を攻撃に組み込んで、撃退士達は改めて敵に向き直った。
チルルはその場を離れ、敵の背後から氷砲『ブリザードキャノン』をぶっ放しつつ駆け抜ける。
「そこをどけー! あたいのお通りだー!」
前に回って氷甲『スノーパーティクルズ』を展開し、氷の鎧を纏った。
「今よ! 一斉攻撃ー!」
自らも氷壊『アイスマスブレード』で敵を吹っ飛ばしながら味方に攻撃を要請する。
それに応えて様々な方向から攻撃が飛んで来た。
(タイマンで切り結べないのは残念無念)
だが、これは集団戦。弓兵の存在を卑怯とは呼ばないだろうと、アイリスは無防備な背中に向けて魔法を撃ちまくる。
(遠慮無く凶気を曝け出したまえ。観察させてもらおう、淑女的に。殲滅と行こう、淑女的に)
ふと思い付いたのだが、敵が回避よりも弾く事を重視するなら、魔法の槍の軌道に隠す様にクロスボウの矢を撃つのもアリだろうか。
囮の一本の死角に本命の二本目を隠して当てる事がが出来れば、初撃を弾かれても次の一撃は当たる筈だ…理屈の上では、多分。
しかし特殊なスキルでもない限り、それを一人でやるのは無理だ。
(今は戦場に目を光らせる事が肝要か、淑女的に)
敵はまだ四体残っている。
一体が高速移動で威鈴の背後に回り込んだ。続いてもう一体がすぐ隣に移動し、背中合わせの陣を張りつつ攻撃を加える。
威鈴は咄嗟にその場から飛び退くと、振り向きざまにソーンウィップを振るった。
だが、それは四本の剣であっという間に切り刻まれ、威鈴は無防備な状態で敵の攻撃に晒される事となった。
それを僅かでも逸らそうと、アイリスは横合いから光の矢を放つ。
だが、そのアイリスの背後にも回り込んだものが居た。
四本の刀が振り降ろされる、その刹那――
飛んで来た棒手裏剣が、間一髪でその攻撃を防御に変えさせた。
連続で手裏剣を投げつつ、玲花は敵の背後を取ろうと走る。
だが、残る一体が仲間の背を守ろうと走り込む方が早かった。
互いの背を守りつつ、四体の敵は刀を振りかざす。
「この形を取られたら、真上から仕掛けるしかないか」
得物をアサルトライフルに替えたガナードは、敵の頭上から真下に向かって引き金を引いた。
だが、そろそろ翼の効力も切れる頃だ。
ガナードはシールドのスキルを発動、スピンブレイドを活性化させて、敵の目の前に飛び降りた。
その勢いを借りて、柳一文字で流れる様な一撃を加える。
敵は二本の刀を交差させてそれを受け流し、残る二本でガナードの胴を薙ぎ払いに来た。
しかしその機を狙って、まだ上空を飛んでいたケイオスが光の矢を叩き込む。
敵は背をのけぞらせ、一瞬だが腕の動きを止めた。
「一瞬でも隙が出来れば充分だ…!」
ガナードは返す刀で逆袈裟に斬り上げる。
その間に残る一体の背後に回り込んだ玲花は、その背中に棒手裏剣を投げ付けると同時に影縛の術をかけた。
敵の足が地面に縫い付けられた様に動かなくなる。
こうなればもう、背後からボコり放題だ。
そちらはもう大丈夫と見て、ケイオスは残る一組の方に矛先を向けた。
「大丈夫っすか!?」
ミュールシールドを構えた四郎が、威鈴と敵の間に強引に割り込む。
その真上から、ケイオスはファイアワークスを放った。
続いて飛び込んだチルルが、一撃の下に二体を纏めて斬り付ける。目にも留まらぬ早業に、流石の敵も防御が追い付かなかった。
チルルはそのまま、一気に押しまくる。巨大な氷塊で片方を吹き飛ばすと、その間に再び距離を取った威鈴の援護を受けて剣の一撃を叩き込む。
「あたいの怒りを受けてみろーっ!」
あの三人組への怒りを上乗せした本気の攻撃を叩き付ける。
脳天から足の先まで、四本の刀を叩き折った刃は一直線に敵の体を切り開いた。
それを見て、最後の一体は踵を返す。
だが、逃げられる筈もない。
その背中には、ありったけの攻撃が一斉に叩き込まれる事となった。
やがて村の安全が確認されると、三人組は村人達の前に引き出された。
「今までの詫びを入れさせねばならんな。尤も、被害はこの村だけではなさそうだが…」
ガナードが冷たい視線を向ける。
同じ撃退士として、同胞の悪行については此方からも詫びるべきかとも思うが、まずは彼等の謝罪と反省が先だろう。
「謝る…こと…しないの…?」
威鈴に咎める様な目を向けられ、彼等は居心地が悪そうに目を逸らす。
「そういう心根であるなら、後で訓練とカウンセリングをしてやろうか、淑女的に」
にやり、アイリスが良い笑顔を見せた。
「素直に謝罪が出来る程度には心を曝け出してもらおうか。心配は要らない、多少深淵に近づくだけだ」
「大体あんたら、今までどんだけ悪さしてきたのよ! 洗いざらい、ここでぶちまけなさい!」
チルルの怒りは収まらない。
だが、ここに一人…彼等に対して比較的ソフトな視線を向ける者がいた。
「昔は、こんな風じゃなかったんすよね?」
四郎はその大きな背を屈め、じっと彼等の目を見つめる。
勿論、四郎とて憤りを感じていたが、同時に初心を取り戻して欲しいという気持ちもあった。
自分達が頑張る姿を見て、何か感じるものはなかっただろうか。
「人は過ちを犯してもやり直せるものっす。自分は、人としての良心と撃退士としての矜持を信じてるッす!」
そこまで言われて心が動かない者に、更正を期待するのは無理だろう。
だが、彼等にはまだ望みがあった様だ。
「…すみませんでしたっ!」
代表格の男が頭を下げると、それに釣られる様に他の二人も体を折り曲げた。
それが心からの謝罪であるか否か、それは今後の彼等の行動を見ない事にはわからないが。
「とりあえずは、今後の稼ぎを回すくらいの誠意は見せてもいいのではないか」
ガナードが言った。
貢献度はともかく、一応は戦闘に参加したのだから、彼等にも多少の報酬は出るだろう。
「…撃退士のすべてがあのような不心得者ばかりではありません」
その不心得者も反省の色を見せている事だし、と玲花。
「どうか、もう一度汚名返上の機会を頂けないでしょうか?」
その言葉に、村長が答えた。
「この村は見ての通り、年寄りばかりでな」
若い者の手が足りないのだ。
働き手になると言うなら、追い出す理由はないだろう…それが、村人達が出した結論だった。
ただし、今までの借りを返す迄は、当然タダ働きだが――
手が後ろに回るよりはマシだろうと、ケイオスは思う。
この状況下でも住民を見捨てて逃げ出す様なら、ひ弱な老人達を騙した詐欺師として撃退庁なり何なり、然るべき所に突き出してやるつもりでいたのだが。
力ある者のあるべき姿を思い出したなら…彼等は再び光の中を歩き出すのだろう。
いつか、きっと。