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マスター:STANZA
シナリオ形態:イベント
難易度:普通
形態:
参加人数:20人
サポート:0人
リプレイ完成日時:2017/10/31


みんなの思い出



オープニング



 それは去年の春。
 久遠ヶ原島は生徒達の手によって隅から隅まで探検し尽くされた――と、思われていた。

 しかし。

 たかが二十五人、一万八千字程度のレポートで、この島の全ての謎が解明されるはずがないのである。



 例えば不良中年部。
 彼等の部室に眠っていた謎の図面は、新たな謎を呼び起こしたまま「待て次回」となって現在に至っている。
 新たに発見された設計図もまた、古びた二枚の青焼きコピー。
 だが厳重に保管されていたせいか、その状態は比較的良好だった。
 一枚目には前の図面と同じような設計図が書かれ、新旧二枚を重ね合わせてみると大きさがぴたりと一致する。
 ということは、これは同じ建物の別の階。
 二階より上が未完成だったことから考えて、彼等が辿り着いたその先にまだ地下構造物が眠っているということなのだろう。
 前回の調査では隠し扉も何かの仕掛けも見付からなかったが、気分を新たに装備も充実させて臨めば、また何か新たな発見があるかもしれない。
 いや、きっとある。
 図面にはいかにも隠し部屋や隠し扉がありそうな不自然な空間や、どう見ても実用的とは思えない並びの部屋、途中で途切れた廊下などが書き込まれていた。
 そして二枚目の図面にはただひとつ、宝箱のマークと共に「ここに宝ねむる」の文字が。
 他には何も書かれていないが、こことは何処のことなのか、宝とは何なのか。

「まあ、行ってみればわかることだな」
 去年は学校行事ということで涙を呑んで留守番だった門木章治(jz0029)も、今年は探検に加わる気満々だった。
 参加者に話を聞いた限りでは、最後に辿り着いた地下室は何かの研究施設だったのではないか、という気がする。
 門木が学園に来る前にも科学室はあったし、今ほど設備は整っていないが強化や改造も行われていた。
「その当時の研究室なら俺も見てみたいし、何か面白い発見があるかもしれない」
 先代の科学室担当教諭は行方不明になったと聞いているが、まさか今でもそこで研究を続けていたりする、かも――?


 或いは卒業記念モニュメントに自分の名を刻んでみるのも良いだろう。
 それは広い学園の何処かにあると言われているが、何故か在校生の目には見えないのだという。
 見付けることが出来るのは卒業が確定した者か、卒業生のみ。
 しかもオベリスクの様な形だったり、ころんと丸い球だったり、招き猫の形をしていたりと、見る者によって形が変わるらしい。
 それはただのオブジェではなく、突然変異したパサランであるという説もある。
 そのパサランは呑み込んだ者を吐き出さずに自分の中に取り込み、取り込まれた者が持つイメージを使って自分の姿を変えることが出来るのだとか。
 そんな噂の真偽を、身をもって確かめてみるのも良い――戻って来られる保証はないが。
 無事に戻れたら俺参上的にその身に刻み付けてやるのだ、本名でも通り名でも、HNでも源氏名でも。
 なおこれまでに目撃されたのは、学長室、科学準備室、廃墟の三箇所。
 中でも最も多いのが、科学準備室だとか――


 そう言えば久遠ヶ原の新七不思議にも、あと二つ空きがある。
 二つと言わず、十不思議でも二十不思議でも、どんどん作ってみてはどうだろう。
 多分この島にはまだ、数え切れないほどの謎がある――きっと、生徒達の想像(妄想)力の数だけ。


 他にも卒業前に何か記念になりそうなイベントを興してみたり、お世話になった購買や学食、商店街の人達に何かお礼をしてみたり。
 まだまだお世話になる進級組が何か企画してみるのも良いだろう。



 島を離れる人も、まだまだ現役で頑張る人も、ちょっと思い出を作ってみませんか?




リプレイ本文


●とある探偵の一日

 それは一通の置き手紙から始まった。

『ちょっくらたんけんしてくる!』
 歪んだパンダのような絵が添えられたその手紙は、リビングのテーブルに置かれていた。
「……探検? こんな朝早くから?」
 飛鷹 蓮(jb3429)は眠い目を擦りながら部屋の様子を確かめる。
 手紙の主、ユリア・スズノミヤ(ja9826)が朝食を摂った形跡はない。
 もちろん自分のために何か作って置いておく、なんてこともない。
 カーテンを開けると、気持ち良く晴れた青空が目に飛び込んで来た。
 恐らくユリアは、この朝の光に触れて高揚した気分のままに、食事も忘れて飛び出して行ったのだろう。
「危険だな」
 テンションが上がりすぎている。
 はしゃいで怪我でもしたら大変だ――周りが。
「……とりあえず追いかけるか」
 出来れば捕まえたい、周囲に被害が出ないうちに。
 ベッドに彼女の温もりはない。出て行ったのはかなり前のようだ。
 しかし大丈夫、追跡や情報収集ならお手の物だ。
 何しろ蓮は元探偵、近いうちにユリアと共に探偵業を再開するつもりだから、ほぼ現役と言っても良い。
「だが暫く離れていたことは事実……勘を取り戻すには丁度良い、か」
 軽く朝食を済ませ、蓮は朝の光の中に足を踏み出した。

 今朝、ユリアは何故かいつもより早く目が覚めた。
 普段ならそのまま二度寝を決めるところだが、その時――ビビッと来たのだ。
 探検せねば、と。
「今をめっちゃ遊ぼーぅ☆」
 だって探検はお家に帰るまでが探検だもん☆
「まあ好きなことするだけだけどねん」
 まずは近所のスーパーの裏手に回り、搬入口の脇に詰まれていたダンボールを拝借。
「どうせ捨てるんだもん、一枚くらいいいよね」
 それを手に、目指すは緑に覆われたあの高い丘。
 えっちらおっちら登ったら、まずは眼下に広がる景色を堪能。
「過去と未来があるから自由に飛べるんだよねん」
 何やら哲学的なことを呟いてみる。
「というわけDE  あいきゃんふらーぃ☆」
 ずざざざざーーーーー!
 尻にダンボールを敷いて、マッハで滑る!
 飛んでないじゃんとか言うな、気分の問題なのだよ!
「は!」
 思い出した、朝ごはん食べてない!
 ごはんと言えば食堂!
「食堂のおばちゃんにお礼言っておかにゃいと! あとご飯食べさせてもらおっ!」
 用済みになったダンボールをポイして、ユリアは学園の食堂へ。

「……ダンボール?」
 何だかんだで丘に辿り着いた蓮は、摩擦でボロボロになったダンボールを拾い上げた。
 後でリサイクルに出しておこうと思いつつ、それをじっくり観察する。
「この跡は……かなり加速したようだな」
 空でも飛んだか?
「まさか、E○ごっこでもしたのだろうか……」
 だとすると、そろそろゴーホームしたくなる頃合い……いや、まだだな。
 空腹の上にここで更にカロリーを消費したとすると、向かう先はひとつ。

「おばちゃーん、お腹すいたー」
 いつものちょうだーい!
 それだけで通じる、全メニュー各3人前。
「ごちそうさまー☆」
 うん、美容と健康のためには腹八分目が大切だよね!
「おばちゃん、いつも私の胃袋を美味しく満たしてくれてありがとーぅ!」
 はぎゅ!
「あ。最後にカツ丼大盛りテイクアウトで☆」
 腹八分目とは何だったのか。
 え、テイクアウトは別腹ですかそうですか。

「……ユリアは此処に来たな」
 わざわざ訊かなくても、下げ膳のカウンターに積まれた空の食器の山を見ればわかる。
「この洗い物の量……手伝うか」
「あらいいのよぉ、こっちも商売なんだから!」
「いや、しかしこれだけの量は想定外――では、ないのか」
 既に毎日の予定に組み込まれている、と。
 そうは言われても、そこはかとなく漂う申し訳なさ。
「では、こうしよう。手伝う代わりに情報が欲しい」

 校舎の屋上から、出汁と醤油の香りが漂って来る。
(「……いたか」)
 ユリアは給水塔の上に腰かけて足をぶらぶらさせながら、大盛りのカツ丼を頬張っていた。
 背を向けているため、蓮の存在には気付いていない。
「そいえば」
 もぐもぐ。
「学園の七不思議で汚れた河童が夜な夜な徘徊してるって噂……ほんとかにゃ?」
 もぐもぐもぐもぐ。
(「……河童?」)
 そんな噂は初耳だ。
 が、ここはその期待に応えてやるべきだろうか。
 しかし、さすがに河童の着ぐるみは持っていない。
「……これで折り合いを付けるか……」
 おかめのお面、装着。
 ユリアの背後から、そーっと、そーっと。

「あっ、蓮おはよーっ☆」
 青空の下、振り向いたユリアの頬にごはん粒がキラリと光る。
「弁当、付いてるぞ」
 さてこのお弁当、指で取るか、それとも――



●たんけん、久遠ヶ原商店街

「さて、どうしましょ?」
 イベントの開催を知らせる掲示板を前に、神谷 愛莉(jb5345)は暫し考え込む。
「潮干狩りマップは夏休みの間に『一応』完成したし……」
 一応というのは、ここが久遠ヶ原だから。
 少しでも目を離すとあっという間に色々と変化するのが久遠ヶ原、よって少なくとも年に一度の情報更新が必要なのだ。
 しかし今は更新したばかり、他に何か必要そうなことは――
「ん〜〜」
 年齢的に自分と幼馴染が一番最後まで学園に残る事になるのは確実だ。
「多分島にいる間は島残留確実の先輩達……旦那様が悪魔じゃそうなるよね……が保護者代わりになるだろうけど……」
 その彼等にとっても役に立ちそうな、何か。
 大学4年までいたら後12年はいるんだし……ん?
 いやいや、今は小等部六年だからそんなに長くはないか。
 けれど、それなりに長くお世話になることは確実だ。
「よし」
 決めた。
 今回のテーマは「新しい買い物場所開拓」と行きましょう。
「一番近いスーパー行く事多かったけど、確か商店街もあるって、科学室の先生が前言ってましたの」
 ついでに買い物マップでも作っておけば何かと重宝するだろう。

 というわけで、まずは科学室へ。
「先生行きつけの商店街の場所教えてほしいですの」
 ふむ、先生の紹介だって言えば何かしらオマケしてくれるだろうって?
「それは楽しみですの」
 では、地図も書いてもらったし、れっつごー。
 と言っても全く知らない場所でもない……何しろ学園から風雲荘までの道の途中にあるのだから。
「リコさんに会いに行く時、通った気がしますの」
 けれど、ただ通り過ぎただけで詳しいことは覚えていなかった。

 ずんずん歩いて辿り着いた商店街の入口。
 そこにはクルマが入れないように柵が設置されていた。
「ふむふむ、でも自転車は通れるようになってますの」
 メモメモ。
 足下はカラフルなレンガ造り、マンホールの蓋にはアートっぽいイラストが描かれ、お洒落な通りを意識しているのだろうな、とはわかる。
 わかるけれど、どことなく時代の波に乗り損ねた感は否めない。
「うわぁ、あんな八百屋さん昔のマンガで見たことありますの……」
 天井からゴムで吊されたザルに、お札や硬貨が無造作に突っ込まれている。
 見たところレジの機械もないようだ。
「へい嬢ちゃんいらっしゃい! お遣いかい!? 今日はスイカがお買い得だよ!」
 値札を見れば確かに安い、けれど。
「今はちょっと……帰りにまた寄らせていただきますの」
 今日はかくかくしかじか商店街をリサーチ中だと告げると、店主は頼みもしないのに講演会を始めてしまった。
 自分の店はもちろん、他の店のアピールや、商店街で行う行事のこと、スーパーにはない利点などなど……
「あの、お店番は大丈夫ですの?」
「なぁに、この時間は客もそんなに来やしねぇさ」
 なるほど、忙しいのは夕方から、と。
 一通りの説明を聞いたら店主にお礼を言って、自分の目で確かめに。
 スーパーでは見かけない野菜や、どこに需要があるのかわからない謎の品、もう何十年も店先で陽に晒されていそうな本、とうに放送を終えたテレビ番組の関連グッズ等々。
 これは一日中歩き回っても飽きない気がする。
「お総菜屋さんも品数豊富ですの」
 全く自炊しなくても、日替わりで栄養バランスのとれた美味しい食事がいただけるかも。

 愛莉のマップ作りは続く。
 そうして詳しく調べ上げた結果、その情報をもとに商店街PR用のWEBサイトを作ってほしいという依頼が舞い込んだとかなんとか――



●ひみつのあばんちゅーる

 久遠ヶ原島の、とある入り江。
 夏も終わろうとするこの時期、そこに人影はない――ただ、エクレール・ポワゾン(jb6972)と露原 環姫(jb8469)の二人を除いては。
「島で過ごす夏も、これで最後だな」
 学園を卒業したエクレールは間もなく島を出る。
 その際はもちろん、環姫も一緒だ。
 と言うより、そのために半ば強制的に卒業させたのだから。
「ええ、もう夏も終わり、ですし……最後の思い出作り、ですね」
 波の穏やかな入り江は、陸の方からは死角になっていた。
 二人がこの場所を見付けられたのは、幸運の女神か何かが味方してくれたせいだろう。
「お陰で誰に見られる心配もない」
 エクレールの水着は大胆な黒のマイクロビキニ。
 大胆すぎて着ている意味がないような気もするが、とりあえずギリギリ許容範囲だ。
「他人の目がある場所ではこんな格好はしないがね。今は二人きり……環姫になら、いくら見られても構わないさ」
 むしろ見せたい。
 見せ付けたい。
 爆乳巨尻を惜しげもなく晒し、ビーチチェアに腰掛けるエクレール。
 視線の先には無邪気に波と戯れる環姫の姿があった。
 その肢体を包むのは、エクレールとお揃いのマイクロビキニ。
 ただしその胸のサイズゆえ、こちらは限りなくアウトに近い……いや、完璧アウトか。
「ふふ、よく似合っているじゃあないか、環姫」
「そうでしょうか……ありがとうございますエクレール様」
 素直に喜び、頬を染めながら控えめに微笑む。
 その足下をふいに波がさらい、環姫は思わず転びそうになった――が、大丈夫。
 寄せ波から逃げるようにステップを踏み、引き波を追いかけては不意に打ち寄せる横波から逃げ、その姿はまるで波と踊っているようだ。
 飛び跳ねるたびに、大きな胸がたわわに揺れる。
 マイクロビキニはただの紐となって、胸元で奔放に飛び跳ねていた。
「エクレール様は海には入らないのですか?」
「私はここでいい。目は充分に楽しませてもらっているよ」
「それは、良かったです……エクレール様が楽しんでくださっているなら、私も楽しいです」
 しかしエクレールとしては、そろそろ視覚以外の感覚でも楽しみたいところだ。
「環姫」
「……はい、なんでしょうか?」
 エクレールは手招きで環姫を呼び寄せる。
 小走りに駆けてきた環姫は、飼い主に呼ばれた子犬のようにエクレールの首に飛び付いた。
 エクレールはそれをひょいと抱え上げ、自分の上に跨がらせる。
 所謂だいしゅきホールド状態。
「良いじゃないか、良いじゃないかっ♪」
 誰も見てないんだし、何かしてもいいよね。
「ええ、お望みのままに……」
 無抵抗な環姫はそのまま唇と重ね、押し倒されて。
 何かとは何か、それは触れてはならぬもの。
 打ち寄せる波の音と共に、全ては闇の中へ――



●たんけんのつづき

 ぜんかいのあらすじ

 ミハイル・エッカート(jb0544)率いる不良中年部は、部室に残されていた謎の図面を手がかりに、学園の廃墟で謎の地下室を発見した。
 そこに隠されていたのは新たな図面。
 あからさまに怪しい宝のマーク、そこには何が隠されているのか。

 久遠ヶ原の財宝? 欲しけりゃ好きにしな。
 探せ! ネタの全てをそこに置いてきた――!


 というわけで。
「今日こそ謎を解き明かすんだの!」
 わくわくドキドキの宝探し、橘 樹(jb3833)は新たな図面を手に地下室を眺める。
 前回は天井を踏み抜いて落っこちる形でこの場所に到達した彼等だが、今回は縄梯子や自前の翼を使って安全に降りて来ていた。
「あれから一年とちょっとだけど、なんだかもう懐かしい感じがするね!」
 不知火あけび(jc1857)が辺りをきょろきょろしながらチェックを入れていく。
「うん、誰か他の人に荒らされた形跡はないみたい。前に来た時と同じだと思うよ」
「それはそうだ、こんな所までわざわざ来る奴がいるとは思えんしな」
 不知火藤忠(jc2194)が門木を振り返った。
「そう言えば章治はここに来るのは初めてだったな」
「ああ」
 去年の探検は学校行事ということで教師として留守番役を務めていたが、今年は心置きなく皆と遊べる。
 その時に実務を担当してくれた月乃宮 恋音(jb1221)も、今日は袋井 雅人(jb1469)と共に探検隊として参加していた。
「……参加させていただくからには……何事にも全力で対処させていただきますねぇ……」
 動き易く肌の露出の少ない服装に、各種電子機器を詰め込んだビジネスバッグを肩に掛け、ポケットにはスマホ、背中には飲料水や軽食、防虫スプレーなどでぱんぱんに膨らんだバックパック。
 前後の膨らみを合わせると五人分ほどの厚みになるだろうか、撃退士でなければ腰を痛めて再起不能になっていたに違いない。
 必要な手続きや根回しは既に完了、地上には代わりの待機要員も確保してあった。
 時々こっそりいなくなってもお気になさらず、ええ、ちょっと野暮用で電話をかける必要があるものですから。
「俺も去年は一緒に来る予定だったんだぜー」
 ラファル A ユーティライネン(jb4620)も島の探検には参加していたが、何故か途中で学園7不思議の誕生に立ち会うという数奇な運命に――いや、だからお前の仕業じゃねーかってツッコミは禁止だって。
「なんか今年も何かありそうな嫌な予感がするんだが、気のせいだよな」
 そうそう、気のせい気のせい。
「しっかし、なんだこりゃ? 空き巣にでも狙われたような散らかりっぷりじゃねーか」
「ああ、それは……」
 あけびが笑って誤魔化そうとする。
「ほら、何か手がかりがないかと思って家捜ししたから」
「その成果がこれなんだの!」
 ほら、このキリノミタケ……じゃなかった、この図面。
 なお樹は今回、キノコ採取用の各種装備ばっちりキメてるんだの。
 手には軍手、腰にはナイフ、背中のリュックには新聞紙と小分け用のビニール袋。
「珍しいきのこの予感がするの……!(カッ」
 樹にとって、お宝とはすなわち珍しいきのこである。
 いやいや、もちろん普通に宝探しもしますよ!
「学園の秘宝を見つけたいね! でも秘宝って何だろう?」
 あけびの言葉に、樹の脳裏に浮かんだのは……やはりきのこ、きのこ一択。
「もしそうなら、それを隠した誰かとは良い酒が飲めそうなんだの♪」
 その人物が存命であれば、だが。
 こんなものを残した酔狂な人物はいったい誰なのか。
 ミハイルは学園の資料をあたってみたのだが、判明したのは名前と行方不明になった時期のみ。
「名前はポーチ・ド・エッグ博士……明らかに偽名だな」
 門木がこの学園に来る少し前に退職し、以後は行方が知れなくなっている。
 恋音の調査能力をもってしても、それ以上の情報は得られなかった。
「……どの資料にも書かれていないのですぅ……」
 どうやら意図的に全ての記録から抹消されているようだ。
「こんな図面を残すくらいだ、記録を消したのは恐らく本人だろう。探検を盛り上げるための細工だな」
「確かに……事前に色々とわかってしまっては、探検の醍醐味が薄れてしまうような気もしますね」
 ミハイルの推測に、サラ・マリヤ・エッカート(jc1995)が頷く。
 きっと、そうした謎を解き明かすこともミッションの一部なのだろう。
 ただ、恋音の尽力によって工事を担当した業者は判明し、建物の建設当時の計画書や詳細な図面も手に入った。
 二枚目の図面と重ねてみると、やはり大きさがぴたりと一致する。
 重ねたまま光に透かしてみると、不自然な空間や途切れた廊下など未完成と思われた部分が「正しい姿」となって見えた――気がする。
 宝マークの場所も具体的に示された――気がする。
「怪しい場所はそこだ! だが先に謝っておく、違ったらすまん!」
 しかしそれより問題なのは、それでもこの部屋の出口が見付からないということだ。
「図面にも出入り口は示されていない。だが地下空間は向こうに続いている……ということは、この壁のどこかがブチ破れるはずなんだが」
 一通り叩いてみたが、どこも空洞になっている気配がしなかった。
「じゃあ、もっと下があるってことかも?」
「なるほど、これはこの階――地下一階ではなく二階の図面という可能性もあるか」
 あけびの指摘に、藤忠が床を軽く蹴ってみる。
「まあ、この程度で床が抜けるならとうの昔に――」

 ――カチッ

 なんか嫌な音がした。
 と、思った次の瞬間。

 がったん!

 床板が割れた。
 その場にいた全員を巻き込むサイズで。
「やっぱり落ちるのか!」
 しかし大丈夫、こんなこともあろうかと藤忠が翼を持たない全員に韋駄天をかけておいたのだ。
 おかげで華麗に着地、ノーダメージ。
 あ、自前の翼がある人は自分で上手く降りられ――

 どすんがたん!

「樹、章治も……翼はどうした」
「そうだったの! わし飛べるんだったの!」
 忘れてたのか。
「……猫もな、低い位置から落ちた時のほうが着地に失敗しやすいらしい……ほら、咄嗟に体勢を整える前に地面にぶつかるだろう?」
 こっちは単に運動神経がないだけだな。
「姫叔父、今度あやしい場所があったら樹君と章治先生にも韋駄天かけてあげてね」
「ああ、そうしよう……」
 とりあえず二人とも怪我はないようだし、探検を続けようか。

 落ちたところは「いかにも急いで作りました」といった風情のコンクリート打ちっ放しの部屋。
 ランタンの明かりを床に近付けてみると、急ぎすぎたせいか足跡までがくっきりと残されていた。
「これは、かなり奥まで続いてるな」
 ミハイルが図面と照らし合わせてみる。
「これを辿れば難なく宝の場所に辿り着けそうだが――」
 よく見れば、壁も床も打ちっ放しなりに丁寧に仕上げられている。
「これだけの仕事をする者が、不用意に足跡を残すとは思えない」
 しかも残された足跡は一組だけ。
 ここから導かれる結論は、ただひとつ。
「意図滝に付けられた――罠だな」
「それならそれで、掛かってみるのも面白いと思わないか?」
 むしろ罠であってほしいと、藤忠がニヤリ。
「足かけ二年を費やした大冒険だ、すんなり上手く行ってもつまらんだろう」
 撮影係としても、絵になるイベントは積極的に踏みたいところ。
「それもそうだな……というわけで章治、先頭は任せた」
 ミハイルは門木の背をぐいぐい押した。
「ちょ、待て! なんでそうなる!?」
「格好いいところを見せるチャンスだぞ、遠慮なく罠を踏みまくれ」
「べつに見せなくていいし見せたい相手いないし――って普通に危ないだろそれ、俺はか弱い一般天使だぞ」
「先生は生徒を守るものだろう?」
「だったら部長は部員を守るものだろう、お前も一緒に来い」
「いや、残念だが俺には手作り弁当がぎっしり詰まった沙羅の荷物を持つという大役が――」
「あら、私なら大丈夫ですよ?」
 にっこり微笑んで、沙羅は夫の退路を断った。
「確かに少し重いですけど、皆さんに喜んでもらうためだと思えば重さなんて気になりませんから」
 あ、そうそう……と、沙羅は荷物の中から綺麗な袋に小分けされたお菓子を取り出す。
「途中で歩きながら食べられるようにと思って作ってきたんですよ」
 それを皆に配って……ほら、少し軽くなった。
「ですから、ミハイルさんは心置きなく探検を楽しんでください」
「そ、そうか?」
「ええ、信じていますから……ミハイルさんなら何があっても大丈夫だと。でもなるべく気を付けて下さいね?」
「わかった、沙羅が信じてくれるなら俺は何があっても大丈夫だ」
 夫を信じて送り出す、これぞ妻の鑑。
「たとえ怪我をしても女神のヒールで全快だぜ!」
 というわけで話は決まった。
「安心しろ章治、俺も一緒に最前線に立ってやる。部長は部員を守るものだからな!」
「それ、さっき俺が……」
「見付け次第、罠は積極的に踏んでいくぞ!」
 先頭が罠を踏み抜けば、それはもうただの飾りだ。
「俺達の犠牲で皆が安全になると思えば安いものだろう? なに大丈夫さ、久遠ヶ原関係者が残したものなら、生徒相手にそう凶悪な罠を仕掛けるはずもない」
「関係者だからこそ、色々な意味で危険な気がするんだが」
「……、…………」
 言われてみれば、そんな気もする。
 や、やっぱりここは安全第一で慎重に避けていく方向に――と思ったけれど、手遅れかも。
「ミハイルさん、章治先生! 年長者が率先して危険に飛び込むなんて、その心意気に感動しました!」
 あけびがキラキラの眼差しを二人に送る。
「いやーここはシノビの特性的に私の出番かなって思ったんですけど、よく考えたら私サムライですもんね!」
 考えなくてもそうだけど!
「お二人とも頑張ってください!」
「章治、足元に気を付けろよ」
 藤忠が声をかけるが、心配なら代わってくれてもいいのよ?
「まぁ頑張れ」
 あけびにどーんと背中を押され、藤忠に肩を叩かれて、もう後に引けない中年コンビは二人並んで歩き出した。
「おおっ、いよいよ本格的な探検の始まりですね!」
 後ろの方から雅人の弾んだ声が聞こえる。
「ここが宝島だと思うとワクワクして来ますねー」
 しかし彼等は知らなかった。
 その更に後ろから、怪しい人影が近付いていることを――


 床の足跡を辿り、通路の奥へと進む一行。
 やがてミハイルの足がぴたりと止まる。

「待て章治、それ以上進むな……俺の隼が罠に気付いた」
 門木を制し、ミハイルは後ろを振り返る。
「皆、ここから離れてくれ。俺はあえて罠を踏み抜く!」
 先程は遠慮なく踏みまくれと言ったが、いざ本当に罠を見付けるとまずは皆に注意を促すのがミハイルの優しさ――誰ですか、美味しいところを独り占めしようとする芸人魂なんて言ったのは。
 ただし門木は逃がさない、だって親友ですもの。
「死なばもろとも、行くぞ章治」
「死ぬ気はないが……わかった、一蓮托生というやつだな」
 何が起きても泣かない覚悟は決めた。
 ミハイルは後続との距離を確認し、黒い隼が翼を休める床にそっと足を降ろす。

 ――カチッ。

 ごぅんごぅんごぅん……
 真っ暗な通路の奥から響いて来る不気味な音。
 足の裏から伝わる振動。
 あ、これなんかヤバいやつだ。
 そう思った直後、ランタンの光がそれを照らし出す。
「逃げろ章治!」
「逃げるってどこに!?」
 迫り来るのは通路いっぱいぎりぎりサイズの大岩、おまけに速い。
 足だけは自信がある門木でも逃げ切るのは難しいスピードだ。
「くっ、こうなったら迎撃するしかないか、粉々に打ち砕い――」

 べしょ!

 残念、逃げ切れませんでした。
 なお門木は物質透過でスルーした模様。
「ず、ずるいぞ自分だけ……っ」
 一蓮托生とは何だったのか。
 でも仕方ないね、生身の人間は一緒に透過出来ないし、か弱い天使的一般人が潰されたら怪我くらいじゃ済みそうもないし。
「ふっ、良いんだ……章治が無事ならそれで……俺の全身打撲は沙羅の愛、もといヒールで……、…………おい、沙羅は? 他の皆はどこだ?」
 大岩が転がって行った先を振り返るが、そこには誰もいない。
 まさか全員潰されたのか、しかしそれなら通路に死屍累々と転がっているはずだが――


 その少し前。
 後続の仲間達は迫り来る大岩を前に立ちすくんでいた。
「ミハイル殿が潰されたんだの!」
「章治は!?」
「わからないんだの!」
 でもきっと大丈夫、コメディ補正で伸しイカになっても無事だって信じてる――なんて他人の心配してる場合じゃなかった! 大岩はもう目と鼻の先だ!
 その時、あけびが叫んだ。
「みんな、ここに待避所があるよ!」
 さすがニンジャ、こういう所には鼻が利く――サムライだけどね!
 そこはどう見てもただの壁だが、このままじっとしていては伸しイカ待ったなし。
 覚悟を決めて壁に体当たりすると、それはくるりと回転した!
 直後、壁の向こうを大岩が通り過ぎる。
「ほむ、どんでん返しになっていたんだの!」
「こんなもの、よく気が付いたな」
 遠ざかって行く轟音を壁越しに聞きながら、樹と藤忠が感心したようにあけびを見た。
「私ひとりじゃ見付けられなかったよ」
 その眼差しをリレーするように、あけびは雅人を見る。
「雅人さんがヒントをくれたおかげです!」
「こういう真っ直ぐな通路では大岩トラップが定番ですからね!」
 そして大岩トラップには退避所が付き物。
「きっとどこかにあると思ったんですよ、お役に立てて何よりです!」
 しかし、これで安心と胸をなで下ろしたのも束の間。
「あれ、おかしいな……開かないよ?」
 あけびが押しても引いても、回転扉はビクともしない。
 か弱い乙女アピールをしているわけではないし、する必要もない。本当に開かないのだ。
「一方通行だったのかな……」
 まさか閉じ込められたのかと皆の背筋を冷や汗が伝った瞬間、床面いっぱいに光が溢れる。
 眩しさに思わず閉じた目を再び開けると、彼等の前には――

「……どうして、ここにいらっしゃるのでしょうかぁ……?」
「それはこちらの台詞ですね……」

 雫(ja1894)は昨年の探検で島に広がる森を調査していた。
 しかし、その際に得られたものは「森の内部にゲートが展開されている、或いはこの森は丸ごと異界になっている」との仮説のみ。
 その検証は未だなされず、謎は謎のまま残り続けて一年と少し。
「今日こそ全ての謎を解き明かします」
 気合い充分に乗り込んだ雫は、しかし――予想外の更に斜め上を行く展開に暫し呆然とその場に佇むのだった。
 目の前に現れたのは、恋音や雅人、それに不良中年部の面々。
「皆さんは……どこからどうやって現れたのでしょうか」
 その問いに、彼等の目が一様に同じ答えを描き出す――「それはこっちが訊きたい」と。
「……廃墟の地下二階を探検していたところ、罠から逃れるために待避所に飛び込んだのですが……もしかして、そこにも何か仕掛けられていたのでしょうかぁ……」
 壁の中に飛び込んだと思ったらそこは森だったと、ちょっとなに言ってるかよくわかんないことを証言する恋音、しかし事実だ。
「待避所の床にワープゾーン……久遠ヶ原流に言えば転移装置があったのでしょうね」
 雅人の言葉に、雫は何か思い当たるふしがあるように頷いた。
「やはり、この森には……いえ、この島には何かがあるようですね」
 まあ何かがあるのは大前提だし、何があっても驚かないのが久遠ヶ原ではあるけれど。
「そして、その異変は何か……皆さんが探検していたという地下遺跡に関連があるものと思われます」
 これは彼等と合流して謎の真実に辿り着くべしという、何かの神の思し召しか。

 しずくが なかまに なりたそうに こちらをみている!
 なかまに してあげますか?

 > はい

 しずくが なかまになった!

「……なるほどぉ……私達は廃墟からここまで飛ばされてしまったのですねぇ……」
 恋音が抜かりなく用意していた島の地図を広げて現在位置を確認する。
 いや、確認しようと試みたのだが。
「地図は多分、当てにならないと思います。中に入ってしまえば、この森は異空間ですから」
 ただし出られなくなる心配はなかった。
「月乃宮さん達は元の場所に戻りたいのですよね?」
「……ええ……ミハイルさん達とも、はぐれてしまったようですしぃ……」
「でしたら、森を抜けて改めて廃墟に入り直すのが近道かと。この森は入る度に大きさが変わるようですが、今のところそれ以外に罠などは見付かっていませんので……基本的に、転移装置は一方通行ですし」
 問題は、この森を抜けるまでに何時間かかるかという点だが。
 これまでの記録では、横断にかかる時間は最短で1時間ほど、最長で2時間48分。
 さて、今回は何時間かかるのだろう。
「ミハイルさん、無事だといいのですが……」
 沙羅が心配そうに呟くが、今はとにかく歩くしかなかった。


 その頃、ぺしゃんこにされたミハイルは溜息混じりにセルフでライトヒールをかけ、なんとか厚みを取り戻していた。
 いくら探しても仲間の姿は見付からない。
 どうやら気付かないうちに更なる罠に嵌まり、分断されてしまったようだ。
「仕方がない、俺達だけで先に進むぞ」
 地図代わりの図面はミハイルが持っているが、手回しの良い恋音ならコピーを用意していることだろう。
「他の皆も歴戦の撃退士だ、心配はいらないさ」
 どう考えても一番心配なのは自分達だとか、そんなことは多分ない、と思いたい。
「まあ、俺は翼と透過があるからな……」
 罠を仕掛けたのが建設当時なら、学園に天魔が存在することは想定していなかったはず。
 誰かが阻霊符を使ったりしなければ――

「……くっくっく……」
 闇の中に押し殺した笑い声が響く。
 しかしまだだ。
 出番にはまだ早い。
「ミハイル氏よ、今のうちに楽しい探検気分を味わっておくがいい……!」
 謎の声は颯爽とマントを翻し、再び闇に沈むのであった。


 暫し後。
 詳細を描写するのも憚られる凶悪なトラップの数々をどうにか切り抜けたミハイルと門木は、宝の隠し場所まであと一歩の所まで進んでいた――図面で見る限りは、多分。
 お宝ゲットまであと少し。
 ところが通路はどこも行き止まりで、先に進めそうにない。
「さっきの分岐はこっちじゃなかったか」
 図面を見返したミハイルは現在地に×印を付け、元来た通路を引き返しはじめる。
 一度通った場所ならもう安全――
(「と思うでしょ?」)
 そんな心の隙を衝いて、黄色い何かが宙を舞い……ぽとり、床に落ちた。
 気付いた時にはもう遅い、茶色い声が通路に響く。
「どわあぁぁぁっ!?」
 トラップの定番バナナの皮を踏んづけて、ミハイルは見事な空中バク転を決める――が、着地は決まらなかった。
 したたかに打ち付けた腰をさすりつつ、ミハイルは眼光鋭く周囲を睨む。
「誰だ、こんなイタズラしやがったのは!?」
 先程までの殺意の高いマジトラップに比べて明らかに方向性が違う。
 拾い上げた皮は剥きたてフレッシュ鮮やかな黄色、ということは誰かが近くに潜んでいるに違いない。
 敵か、お宝の匂いを嗅ぎ付けて誰かが追って来たのか。
「隠れていないで姿を見せろ!」
 その問いに、声の主――歌音 テンペスト(jb5186)は何かを口に含んだようなモゴモゴした声で答える。
「ひょうらいふぉひりふぁへれふぁ(もぐもぐごっきゅん)……正体を知りたければ、合い言葉を言うのです!」
「いや、合い言葉は仲間内で決めるものだろう、正体もわからないのに――」
「むぅ、さすが中年! ウワサに違わぬ理屈っぽさ!」
 どんな噂だ。
「合い言葉が言えないなら敵と見なし、これより攻撃を行います!」
 その声と同時に奥の暗がりから現れるピンクと黄色の飛行物体。
 それは腕いっぱいにバナナの皮を抱えたヒリュウだった。
「絨毯爆撃、開始!」
 ぼとぼとべちゃっとバラ撒かれるバナナの皮、通路はたちまち足の踏み場もなく黄色に埋め尽くされる。
「ふっふっふ、我が姿を拝みたくばその屍を越えておいでませ」
「ふっ、この程度なら軽く飛び越えられるが……ゴミを散らかすのは感心しないな」
 ミハイルは黄色い帯を端からつまみ上げ、どこからともなく取り出したゴミ袋にポイ。
「ぐぬぬ、我が軍の最新兵器をゴミ扱いするとは許すまじ! しかし、これなら!」
 再び飛んで来たヒリュウがバラ撒いたのは、乾いて薄茶色になったコロコロのウ○コ――!?
「ふっふっふ、ウ○ンの力かな、ウ○コの力かなと迷って一歩も動けなくなるが良い!」
「なんだウコンか」
「あぁっ、しまったぁ!」
 敵にヒントを与えるような台詞を言ってしまった!
「ならばこれはどうですか!」
 どどん、積み上がって壁を作るブロック!
「これでここは通れまい!」
「……どう見てもコンニャクだろう、これは」
 つん。
 秘○を突かれた壁は三秒も経たずに崩れ去った!
「くっ、この正体を見破るとはさすが不良中年、しかしこれはどうだ!」
 行け、生パン!
(「パンかな、パ○ツかな、と迷うが良い!」)
 よし、今度は声に出さなかったぞ。
 しかし迷ったのはミハイルよりもMSの方だった!

 生パン #とは
 1.焼いていない生地状態のパン
 2.トーストしていない食パン
 3.女の子が生で穿いているパ○ツ

 どれだ。
 歌音のマイペには「主食は青汁とカマボコと生パン」と書かれているから恐らく食べ物である1か2を意味するのだろう。
 だがしかしキャラ的には3のパ○ツも食べ物として成立するのではなかろうか――ほら、称号にも「主食は脱ぎたての生パンツ」って。
 しかし、やはり生パンと生パンツは異なるものとして区別すべきか。
 そもそも生パンはバラ撒けるものなのか、脱いでしまったものは生パンツであり、生パンとは呼ばないのではないだろうか。
 それで一ヶ月余り、悶々と迷った結果がこの納品遅延である(いいえ
 迷った結果、蔵倫的に3は除外せねばなるまいという結論に至り今ここ。

 しかし1と2の混成部隊としてバラ撒かれた生パン達は、着地前にミハイルの目にも留まらぬ華麗な動きで回収されてしまった!
「食べ物を粗末にするんじゃない、これは後で食事の時に配るとしよう」
「この凶悪なトラップを悉く打ち破るとは……!」
 何か、何かないのか、この不良中年をギャフンと言わせる秘策は!

「……ふっふっふ……苦戦しておるようじゃな歌音殿……」
 ズ……ズズズ……。
 床を引きずる重そうな金属音と共に現れたのは、右手に釘バット、左手に岡持ちを提げた狂戦士系NINJA緋打石(jb5225)だった。
「策が欲しいか、ならば授けよう……」
 緋打石は三下悪役めいた笑みを浮かべながら、岡持ちの蓋をスライドさせる。
 途端に溢れ出す青臭いニオイ!
「こっ、これは……っ!」
「そうじゃミハイル殿、おぬしの天敵ピーマン料理フルコース!!」
「くっ、俺はピーマンになど負けは……負け、は……」

 廃墟の地下通路に、茶色い悲鳴がこだまする。
「――この声は……ミハイルさん?」
 沙羅が不安げに通路の奥を見る。
 森に飛ばされた一行は、再び廃墟の地下に戻っていた。
「ふむ、声の様子から察するに凶悪なピーマン攻撃を受けたに違いないんだの!」
「どうしましょう、早く助けないと……」
 樹の言葉に、沙羅は心配そうに眉を寄せた。
 自分が作ったピーマン料理だけは何とか食べられるようになったのに、ここでダメージを受けたらそれさえも受け付けなくなってしまうかもしれない。
「急ぎましょう、こっちです!」
 あけびが先導し、一行は奥へと急ぐ。
 その途中にも様々な罠が仕掛けられていたが、全てが既に作動を終えて解除された状態になっていた。
「これを全部、ミハイルと章治が引き受けてくれたのか……あいつら無茶しやがって」
 通路をライトで照らし、藤忠はそっと目頭をぬぐった。
 トゲトゲ床に落ちる吊り天井、崩れる床にギロチン通路――どれもゲームなら即死級の罠だ。
「ミハイルはともかく章治が心配だな」
 頑張れと肩を叩いた手前、何かあったらと思うと胃の辺りがチクチクする。
 しかし。

「ミハイル殿、門木殿、無事だったんだの! 良かったんだの!」
 鼻を摘んで悶絶するミハイルを無事と表現するのが適切かどうかはともかく、生きてさえいれば万事OK何とかなる。
「今助けるんだの!」
 樹は賢者の筆を空中に走らせ、巨大なきのこを描き出す。
「ピーマンにはきのこだの!」
「そう、ピーマン料理にはきのこが良く合うのじゃ!」
 攻撃の気配を感じ、緋打石は咄嗟に岡持ちの蓋を閉めてガード!
「しかしそのきのこは遠慮するぞ! 自分らの昼飯を台無しにされては堪らんからのう!」
 何を隠そう、これは罠としても使えるスグレモノ弁当だったのだ!
 その隙に歌音はストレイシオンをカウボーイ的に放り投げ、ってどうやるんだ投げ縄っぽい何かか、ストレイシオンをグルグルしてどーん、なのか。
 よくわかんない攻撃で、よくわかんないうちにミハイルは捕縛された。
 足首に重そうな足枷が嵌められる。
「くっ、こうなっては仕方がない、好きにするがいいぜ」
「……何してもいいの?!(ぶふんっ」
 歌音の鼻息が荒くなる……が、しかし。
「そう言われても、おじさんじゃねー」
 溜息混じりに足枷を外す歌音。
 キャッチ&リリース、女の子になって帰っておいでー(無茶

「ミハイル、章治、無事だったか!」
 藤忠が駆け寄って来る。
「ああ、俺はともかく章治は掠り傷ひとつ付いてないぜ」
「さすがは部長だ、身を挺して守りきった……なに、違う?」
 翼と透過のおかげ?
 黙っておけば部長の株爆上がりだったのに!
「それはともかく、これでようやく役者が揃ったようじゃな」
 緋打石は追い付いて来た面々を見て、ニヤリと笑う――恋音と雫の姿を認めた時、その笑みが凍り付いたのは秘密だ。
「今こそ出番じゃ、ブラザー!」

 満を持して颯爽と現れたるはタキシードに身を包み、赤いマスクにシルクハットと黒マント、手にはステッキとオサレに決めた怪盗紳士、その名も七種 戒(ja1267)――いや、ブラザー・カイ!
 華麗に優雅に麗しく不良中年部の前に立ちはだかったブラザー・カイは怪盗団の長である。
「ククッ、謎を追うのが君達だけだと思ったかね?」
「何故その情報を!?」
 ピーマン地獄から解放されたミハイルの問いに、ブラザー・カイは不敵に笑う。
「甘いなミハイル氏、お宝あるところに我らあり! 情報とは筒抜けるものなり!」
「なんだと、いつの間に!?」
「ふはははは、君達は気付いていなかったようだね。何を隠そう、この緋打石こそが不良中年部に潜り込んだ我らのスパイ! 君達の話は全て筒抜けだったのさ!」
「そ、そんな馬鹿な、では風雲荘リビングでの秘密会議は……!」
「全く秘密ではなかったということだな!」
 知ってた。
 でもここは盛大に驚いて見せるのが大人の嗜み!
「な、なんだってえぇぇぇっ!!?」
「緋打石ちゃん、友達だと思ってたのに!」
 ノリノリで芝居に乗っかるあけびに、緋打石もまたノリノリで返す。
「すまぬな、あけび殿。これもまたシノビの定め……伊賀と甲賀は未来永劫、相容れぬサダメなのじゃ!」
「そんな運命、私が変えてみせる!」
「ほう、どうやって?」
 ブラザー・カイが冷たい視線を投げた。
 いつの間にそんな設定になったのか、それは多分話している本人達も知らない。
「そ、それは……っ」
「どうしたんだい、答えられないのかな? ならば君に緋打石氏の友を名乗る資格はない!」
 ずぎゃあぁぁぁん!
「さあ来るのだ緋打石氏、君は我が怪盗団の一員……余計な雑音に心を揺らす必要はない」
 白手袋をしたブラザー・カイの手が差しのべられる。
 緋打石がそれを取ろうとした、その時――
「待って!」
 あけびが叫んだ。
「私達がお宝を手に入れるよ!」
 学園の秘宝、それはきっと七つ集めなくても願いが叶うボール的な何か!
「ほう、君達はそんなことのために秘宝を使うと言うのかね?」
「そんなことなんて言わないで! 緋打石ちゃんは私の友達で、不良中年部の大切な部員だよ!」
「くっ、さすがあけび殿、本人でさえ部員であることを忘れておったのに……!」
「よろしい、ならば認めよう。この勝負、君達が勝てば何でも好きなようにするがいい」
「望むところだよ、待っててね緋打石ちゃん! 私達が必ず取り戻してみせる、そして伊賀と甲賀の因縁に決着を付けるよ!」
「あけび殿……!」
「しかし、そう簡単に手に入るとは思わないことだね」
 ブラザー・カイは不適に微笑んだ。
「何故なら……こちらには強力な助っ人がいるのだ! 先生、出番です!」
 いきなり小物くさい台詞を吐いたブラザー・カイは、マントを翻す。
 すると、そこには――

「リュール!?」
「母上!?」
「リュールさん!?」
 口々に驚きの声を上げる不良中年部のメンバー。
 それもそのはず、この元大天使は超絶めんどくさがりの出不精有閑マダム。
「いったいどうやって連れ出したんだ、甘い菓子か!?」
「はっはっは、その通り!」
 母上チョロすぎる。
「しかし、それだけではないぞ!」
 話せば長いことながら、回想を交えて解説しよう。
「あれはつい昨日のことだった――」


 敵陣に雫氏が参加するという極秘情報を得たワレワレは、いきなり壊滅の危機に立たされた。
 これに対抗するには、こちらも強力な助っ人を用意する必要がある。
 ということで白羽の矢が立ったのが、リュールその人である。
「リュール殿、門木殿のことで何か悩みはないかな?」
 まずは変化球で様子を見る。
 次は怪盗的演技力で母の愛に訴えかけるぞ、でも演技力って何だ。
「母上としては、こう、あれだ、鍛錬が足りんとかもっと鍛えねばとか、色々とあるのではないか?」
 ええい、早い話が息子を鍛えつつ遊ばないかっていうお誘いだよわかれよ!
 なに、わからん?
 これはアプローチを間違えたか?
「ではこうしよう、我々が勝てば秘宝の力でいくらでも高級スイーツが出て来るお菓子箱を提供する。どうかね?」
「乗った」
 というわけで結局お菓子だったよね!
「そうと決まれば息子の門木教諭を含めた中年部最後の思い出作りじゃ!」
 緋打石、学園生最後の悪ふざけがんばっちゃうぞ☆
「え? 最後じゃない? ブラザーまだ学園生?」
 おっと、今のはオフレコで!


 かくして不良中年部と怪盗団の熱き戦いが始まる!
 やっと、ようやく、ジスウ一万を越えて!

 しかし、そう思ったのも束の間。
「それはそうと……まずは昼食にしないかブラザーズ&シスターズ?」
 時計を見れば正午を回ったあたり。
「都合の良いことに、そこに程よい広さの隠し部屋がある。ここは暫く休戦ということにしようじゃないか」
 不良中年部にも怪盗団にも、異論のあろうはずもない。
「腹が減っては戦は出来ぬ、と言いますしね」
 沙羅は生命探知で安全を確認すると、部屋の真ん中にシートを広げて幾重にも重なった重箱を並べ始めた。
 炊き込みご飯のおにぎりに定番のおかずから秋の味覚までたっぷりと、飲み物は温かいお茶を数種類。
「さすが沙羅さん、どれも美味しそうだね!」
 かく言うあけびは食べる専門、女子力何それ美味しいの?
 怪盗団からは先程のトラップで使用されたピーマン料理の数々……だけ。
「他に誰ぞ弁当を持って来た者はおらんのか?」
 緋打石が皆を見るが、他に食べられそうなものと言えば先程ミハイルが回収した生パンの、トーストしていないバージョンのみ。
 いくら沙羅が大量に作ってくれたとは言っても、この人数では足りそうもない。
 休戦協定を結んだばかりの不良中年部と怪盗団、しかし早くも食料の分配をめぐって決裂の危機!?

 しかし!
 そこに救いの神――いや、お化けが現れた!


 現在の姿からは想像も付かないが、星杜 焔(ja5378)はかつて極度の人見知りだった。
 人前に出るのツライ、話しかけるのコワイ、場を保たせるのキツイの三重苦、しかし手料理を誰かに食べてもらいたいという欲求は人一倍。
 ブラックホール的な胃袋を持つ気心の知れた友が一人でもいれば問題はないのだが、そんな特殊な存在はおろか友と呼べる者さえ――あ、思い出したら涙出て来た。
 料理とは、誰かに美味しく食べてもらってこそ完成されるもの。
 未完成のままで廃棄するしかないとわかっているものを作るわけにもいかず、かといって料理はしたい誰かに食べさせたい禁断症状やばい!
 されど如何ともし難いこのコミュ障――はっ!

 そうだ、シーツ被って姿隠した状態なら人前に出るの割りといけるんじゃない……?

 それは天啓。
 かくして、学園の七不思議的な何かのひとつ、飯時になると美味しい弁当を手に「飯くってけー飯食ってけー」と徘徊する『飯食えおばけ』が爆誕した。
 ぼっち飯な学生達の思いの結晶が具現化したものと噂され、まともな食事をする金もない数多の貧乏学生を救ってきた影のヒーロー、その正体は彼だったのだ。

「――というのも久しい話だね」
 今は家族に毎日手料理を振舞い、他にも作ったものを残さず食べてくれる仲間が大勢いる。
 だから禁断症状にも久しくお目にかかっていない……むしろ懐かしい気さえする。
 いや、帰って来なくていいけど。
「でも……そうだね。卒業する前にもう一度やっておこうか、学園の不思議」

 というわけで、宝探しの噂を聞きつけた焔は『飯食えおばけ』に変身した――と言っても目の部分に穴を開けた白いシーツを被るだけだけど。
 ふらりと現れた飯食えおばけは、ピクニック仕様のお弁当セットを押し付けて逃走する。


「今のが噂の飯食えおばけ……!」
 ブラザー・カイ――いや、休戦中は戒と呼ぼう――は、遠慮なく受け取ったお弁当セットを手にキラキラの眼差しで白い後ろ姿を見送った。
「話には聞いていたが、遭遇したのは初めてだったようなそうでもなかったような」
 中の人も知っているようなそうでもないような……いや、中の人などいない。
「大丈夫、あれは良いおばけだ」
 彼はこのメシテロで今までどれだけの欠食児童生徒を救ってきたことか。
 反面、その弁当を食いたいがゆえにわざとメシ抜きで待ち構えるも何日経っても現れず、遂には空腹で倒れ救急車で運ばれた者も多いという罪作りな噂もある。
「その伝説の弁当が今、我の手に!」
 これで食糧不足による衝突の危機は回避された。
 それどころか弁当がひとつ余っている……と、ここで初めて気が付いた。
「あれ? ラルは?」
 ラファルの姿が見えないと、あけびは周囲をきょろきょろ。
「どこかではぐれたのかな……?」
「待避所に飛び込んだ時には一緒だったんだがな」
 藤忠も心配そうに辺りを見る。
 しかしフリーダムな彼女のこと、きっとどこかで我が道を突き進んでいるのだろうと結論付けた。
 日頃の行いって大事だね!
「じゃあこの余ったひとつ、我がもらって良いかな! な!」
 戒が二人分の弁当セットを抱え込んだ、その時。

 ぐるるきゅぅーーー!

 どこかで腹の虫が鳴いた。
「わ、我じゃないよ!」
 だって聞こえたのは部屋の外だし!

(「し、しまった!」)
 ドアの影に蹲る怪しい人影、それは神埼 晶(ja8085)の姿だった。
 戒の従妹である晶は、戒お姉様大好きっ子。
 今も彼女のピンチに颯爽と登場すべく、虎視眈々とその機会を伺っていたところ、なのだが。
 待てど暮らせどピンチは来ない。
 ヒーローは遅れて現れるものだが、このままでは登場のタイミングを失ったまま全てが終わってしまいそうだ。
(「それは困る、非常に困るわ」)
 さりとて登場シーンはカッコ良くキメたいヒーロー心理。
(「とにかく、このまま見付かるのは拙いわね」)
 発見され、なし崩し的に合流したのではドラマとして盛り上がりにも欠ける。
 ならば、いっそドラマを作ってしまえ!

 ばーん!

 晶は勢いよくドアを開けた!
「じゃーん! 怪盗・神埼晶参上! あ、怪盗なら本名を名乗ったらマズかった?」
「いや、今は休戦中だし……って何!?」
「戒姉! その弁当は弁当に見せかけた爆弾よ!」
「な、なんだってえぇぇーー(棒」
「さあ、今すぐこちらに寄越して! この私が安全に処理するわ!」
 お腹の中で!
「お、おう、わかった……!」
 かくして戒の安全と食事時の平和は守られた。最初から危なくなかったとか言うな。
 晶の空腹も満たされ、ヒーローとしてのイメージも守られた、多分。
 めでたしめでたし。


「というわけで休戦協定はただ今をもって破棄される! 覚悟しろ不良中年部!」
 具体的には謎解きは敵に任せて鮮やかに宝を盗みたい怪盗団。
「わかった、いまいち事態を把握しきれていないけど、門木先生とリュールさんがあーなって、中年部さんがこーなっている隙にお宝を華麗に! 頂戴すればいいわけね!」
 よくわかんないけどわかった!
「で、お宝って何!?」
「知らん」
「何も知らずに狙うなんて、さすが戒姉!」
 え、そこ褒めるとこ?
「科学室に纏わるモノなら、門木先生がなにか知ってるかもね! 拉致る? 拉致って吐かせちゃう?」
「いや、おっさん浚っても美味しくなかろ?」
「狙うなら当然、女の子よね!」
 歌音が鼻息も荒くベビードールを掲げる。
 でも待って、それたった今まで自分が着ていたものでは……つまり今、穿いてない?
「見えなければいいの! それにほら、大事なとこは生パンで隠してあるから!」
 その生パンはどれだ、1と2はともかく3だったら穿いてないのに穿いてることになって、もうわけわかんない。
「して、誰を狙うのじゃ?」
 ちらり、不良中年部の面子を見る緋打石。
 目に入ったのは魔王と破壊神。
「な、ならんぞブラザー! その二人には触れてはならん!」
「ああ、わかってるさブラザー、ここで命を捨てる気はない」
 そうなると、残るは――
「いるではないか、可愛い子が」
「おお、そうじゃな!」
 ターゲット、ロックオン。

 ――きゅんっ☆
 何やらアツい視線を感じ、あけびの胸は高鳴った。
「あけび殿、どうかしたのかの?」
 すぐ後ろにいた樹が声をかける。
「ううん大丈夫。怪盗団のみんなに見られてる気がしただけ」
「ほむ、それならわしも感じたんだの、向こうも気合い充分なんだの!」
「でも負けないよ、今こそ中年部メンバーの結束を見せる時!」
 怪盗団より先にお宝を手に入れて……手に入れて、どうするんだっけ?
 まあいいや!
「行き過ぎるようなら注意もします、仲良く楽しみましょう」
 沙羅の笑顔と共に、仁義なき戦いが始まる。
 不良中年部と怪盗団、お宝を手に入れるのは果たしてどちらだ!
 待て次回!


 ここでカメラは別地点の映像に切り替わる。
 そこはコンクリート打ちっ放しである点は他と変わらない。
 しかし。
「なんだここ?」
 薄暗く、だだっ広い空間にひとりぽつんと佇むラファルは、訝しげに首を傾げた。
「俺はどうしてこんなところに? あけびちゃん達はどうした?」
 大岩に追われて待避所に飛び込んだことまでは覚えている。
 しかし、そこから先の記憶は曖昧だった。
 何年も眠っていたような、全く別の世界に来てしまったような……意識が別の身体に入り込んでしまったような。
 薄闇に目が慣れてくると、何もないと思われていた空間に何かが存在することに気付く。
 巨大な何かが薄ボンヤリと輪郭を露わにし――

 直後、眩い光がラファルを呑み込んだ。
 その耳に足音が聞こえる。
 一人や二人ではない、大勢が歩調を揃えた一糸乱れぬ統率された足音。
 その音はラファルの前でぴたりと止まる。
 恐る恐る目を開けてみると、そこには見覚えのない謎の集団が立っていた。
「……なんだ、お前ら……?」
 彼等の背後に聳える巨大な影は、ロボットか。
 見渡せば似たようなものが何体も、どうやらここはロボットの格納庫らしい。
「何がどうなってやがる、誰か説明しやがれ」
 それに答え、謎の集団からひとりの人物が歩み出る。
 男か女か、年齢も、ヒトであるかさえもわからない、その人物は言った。
 天魔大戦終結の後も地球は狙われているのだ、と。
「は? 何だそれ……え? 今度は宇宙怪獣だってぇぇぇぇ!?」
 ここは未来でも別世界でもない、学園長が秘密裏に準備を進めていた秘密基地だったのだ!
「それに対抗して新組織と新兵器を用意している校長の先見の明パネェェェェ!!」
 ってなわけでグロリアスドライブの未来に続く……のか?
 因みに秘密を知ってしまったラファルは……

 新番組グロリアスドライブ、この冬スタート! 多分!
 乞うご期待!!


 そしてカメラは再び戦いの現場へ。
「お宝は渡さないんだの!」
 樹はロマンスグレー的なあれこれをバラ撒く、ターゲットは主にブラザー・カイだ。
 なお、それは具体的に何なのか、どうやって出したのかなど、細かいことを気にしてはいけない。
 全くもって細かくない気もするが気にしてはいけない、コメディだから!
 そのよくわからないロマンスグレー的な何かに思わず目を奪われるブラザー・カイ、しかし!
「ふふん、残念だったね! 我的にはロマンスグレーもいいけどやっぱり若くてピチピチなイケメンだよね、みたいな!」
「ほむ、ならばこれでどうかの?」
 樹は不思議な術を使った!
 ロマンスグレーはイケメンにクラスチェンジした!
「くっ、これは……何たるイケメンパラダイス……っ!」
 ふらふらと引き寄せられるブラザー・カイ、しかし晶の叫びがその足を止める。
「戒姉、気を確かに! 戒姉はイケメンにトキメいてホイホイされるようなキャラじゃないはず!」
「そ、我を釣るならむしろ食べ物! じゃない!」
 何を言わせるか!
 そう、男も女も顔じゃない。
 ちょっと見た目がイケてるからって良い気になるなよ。
「ハハッこれしきの色仕掛け……、え、あれ?」
 待ってイケメンの行動おかしくない?
「ねえちょっと何で我んとここないの!? ねえ!?」
 イケメン達が目を奪われたのはなんと――

「知ってたよ、姫叔父は女子枠だって」
 イケメンにモテモテの藤忠を見て、真顔で頷くあけび。
「納得するな、俺は男だ!」
 しかし叫びも虚しくイケメンに囲まれた藤忠の頭上から落ちて来るタライ!

 カーン!

「い、いいんだ……おかげでトラップ回避出来たもんね……」
 泣いてなんかいない。
 しかし容赦ない追い討ちがブラザー・カイに迫る!
「今こそ封印されし(されてない)アレを解禁するんだの!(カッ」
 魔法少女★まじかるきのこ、ここに復活!
「マジきのしめじ参上なんだの☆」
 フリフリミニスカに、きのこ柄のキラキラセーラー服、脚はニーハイ絶対領域、頭にきのこの帽子を被り、手にはマジカルステッキ。
 吹き荒れる圧倒的な女子力の嵐、イケメン達はおろか周囲の視線を独り占めだ!
 ブラザー・カイは精神に深刻なダメージを受けた!
 もう立ち直れない!
「すまぬ皆の衆……我は逝く、さらば……」
「まだよ戒姉! 女子力なんて秘宝に願えばいくらでも手に入るわ!」
「なんと!?」
 ならば本気を出そう。
 ここはやはり、誰かを拉致って宝の在処を聞き出すより道はない。
「晶、そこの女子を引っ捕らえるのだ!」
「任せて戒姉、怪盗レディ行きまーす!」
 いつの間にそんな設定になったのか、怪盗レディ晶が飛び出して行く。
 標的はもちろん魔法少女★まじかるきのこ!
「ちょ、ちょっと待つんだの! わしは女子ではないんだの!」
「問答無用!」
 これほど高い女子力を持つ男子などいるはずがない、つまり樹は女子。
 本当は知っている、そんな男子は石を投げれば当たるほどいるって。
 だって久遠ヶ原だもの。
 しかし認めるわけにはいかない。
「認めてしまったら戒姉の立場はどうなるの!?」
「晶、なんかそれもヒドくね?」
 あ、声に出てた!
「そんな無理して樹君を女の子にしなくても、女子ならほら、ここにいますよ!」
 あけびが盛んに女子アピールしてみるが、晶は見向きもしない。
 そう、先程の熱い視線はあけびではなく背後の樹に向けられたものだったのだ。ひどい。
「くっ、こうなったら見せてあげるよ、私の女子力!」
 あけびは女子力が高いと思われるアイテムをぶちまけた!
 可愛いお菓子に可愛い服、可愛いスポットの載った可愛いづくしのティーン向け雑誌、これでどうよ!
「ふっ、そんなもの所詮は借り物、付け焼き刃にすぎんのだよ!」
 投げられた雑誌を弾き飛ばし、ブラザー・カイは不敵に笑う。
「本物の女子力とは……!」
「女子力とは!?」
「――物理なのだ!!」
 あかん。

「ふっ、ブラザーもまだまだじゃのう」
 一方で余裕の笑みを見せる緋打石。
 真の女子力とは、そう……あざと可愛いさである!
『……聞こえますか……聞こえますか……今、あなたの心に直接語りかけています……私の声が聞こえますか……』
 緋打石は意思疎通で樹に話しかけた。
「ほむ、これはどう考えても完璧に罠なんだの」
 しかし、だからこそ積極的に踏みに行き、踏み抜くのがきのこマスターの心意気。
『……私は可愛いきのこの妖精……この声が聞こえたら……助けてください……私はその角を曲がった先の……そう……今、あなたの後ろにいるの……』
 にやりんぐ。

 ――ごん!!

「撲☆殺」
 振り向く暇も与えずに背後から振り下ろされる釘バット!
 バットの方が粉々に砕けたけど気にしない、だって発泡スチロールだもの!
 しかし華麗に決まった一撃は、剣道で言えば一本取ったも同じこと。
「まず一人」
 次の標的はミハイルだ。
 変化の術で捕らえたばかりの樹の姿をコピーし、出来る限り声音を真似て、叫ぶ。
『た、助けてほしいんだの! 落とし穴に落ちそうなんだの!』
 ハードボイルドと見せかけて実はお人好しのミハイルは、きっと助けに――ほら来た。
「樹、どこだ?」
 ふっふっふ、壁走りで天井に張り付いているとは気付くまい。
 そっと背後に降り立ち、後ろから思いっきりド突く!
「かかったなミハイル殿! その先はピーマン地獄じゃ!」
 汚い流石NINJA汚い!
 たたらを踏むミハイル、崩れる足下、そこにはびっしりと敷き詰められたピーマンが!

 ――ずぼぉっ!

「くっ、だが口に入らなければどうということはない!」
「と、思うじゃろう?」
 じゃーん、取り出したるは水鉄砲、中身はもちろんピーマンジュースだ!
 穴から出ようとしたら、顔面にお見舞いしちゃうぞ☆
 危うしミハイル!
「この難局をどう乗り切るか、ここがクライマックスだな」
 カメラを構える藤忠の実況にも熱が入る!
「って、のんびり撮影してないで助けろ藤忠!」
「いや、ここは自力で乗り越えてこそだろう」
「ミハイルさんならピーマンの罠も何のそのだよね!」
 いつの間にか見物に回っていたあけびが声援を送る。
 二人とも安易に手は貸さないスタイルだった。
「だってこれなら怪我の心配もなさそうだし?」
 なんて言いつつ、はっちゃける部長が見たいだけだなんてそんな。
「不良中年部の結束はどうした!」
「ならば私が親友のミハイル君を助けますよ!」
 駆け寄る雅人、しかし!
「あっ、雅人さんダメです! そこを踏んじゃ――」

 ――カチッ

 あけびには見えていたのだ、落とし穴の周囲に張り巡らされた凶悪な罠が。
「そう、このトラップは二段構え! 助けに来た者を大岩が押し潰すのじゃ!」
 雅人の真上から落ちて来る巨大な岩、しかし!
「まあ、これもハリボテなんじゃがの」
 緋打石は優しさで出来ています。三下悪役っぽいのは見た目だけだよ!
「他にもレアアイテムが引けるまで吸い込まれるガチャや、くず鉄ボッシュートなんかがあるのじゃ」
 ちょっと遊んでく?


 その後もドアに黒板消しを挟むアレとか女子力(物理)対決とか、うれしはずかし恋バナ合戦が不発に終わる程度の残念な女子力を競い合い――
 不良中年部対怪盗団だったり伊賀対甲賀だったり魔法少女対怪盗レディだったりする戦いは続く。
 が、皆さん何か忘れてはいませんか?
「今回の目的は地下の探検と宝探しだったのでは……」
 雫の言葉に、はっと我に返る一同。
「そう、我らの計画は不良中年部に謎解きさせて最後の最後にお宝を華麗にかっ攫うことだったはず!」
 なのに何で罠とか仕掛けまくって邪魔してるの怪盗団!
 そしてここはどこ、お宝は!?
「姉様達が邪魔をしなければ、今頃は皆で山分けしていたかもしれませんね」
「くっ」
「今からでも遅くありません、投降して一緒に宝を探しませんか」
「しかし敵の施しは受けぬのが我ら怪盗団のポ○ンキー、いやポリシー!」
 馴れ合えば、そこで怪盗の魂は失われる。
「それだけはっ! たとえこの身が滅びようとっ! 断じてっ!」
「さすが戒姉!」
 どこからともなく舞い散る花吹雪。
「そう、我らはもう後には引けないのだよ」
「……しょうがないですね」
 ふぅ、雫はひとつ溜息を吐くと、腰の大剣に手をかけた。
「もう……人様に迷惑を掛けたら駄目って言ったのに。姉様も緋打石さんも少々御仕置きが必要みたいですね」
 ちゃきっ。
「えっ、あっ待って! 待つのだしぃ!」
 ブラザー・カイは慌てて猫耳を装着、喰らえ必殺小動物のフリ!!
「ぼくわるいかいとうじゃないよ、にゃん☆」
 しかし手遅れだった!
 スイッチが入った雫にはもう、小細工は通用しない!
 いや、スイッチ入ってなくても多分通用しないし、おまけに余計なスイッチを押しちゃった気がする。
「……ええ、どうせ私は動物に怖がられるんです……いいんですよ、奴等はしょせん……食料ですから……」
「ひぃっ!?」
「では月乃宮さん……お願いします」
「はい……お任せください……そして、覚悟してください……手加減はしませんのでぇ……」
 コメットがいいかな、ファイアワークス、それともクロスグラビティ……いや、テラ・マギカかな。
 それとも全部盛りでどーんといってみる?
「私も恋音を援護しますよ! せっかくなので氷の夜想曲で派手にバーンと!」
 既にオーバーキルの気配を感じるところに雅人が参戦、どうなる怪盗団!?
「拙いぞブラザー、これ完全に……!」
「ああ、詰んだね。ありがとうブラザー、短い間だが楽しかった……」
 緋打石と戒は完全に諦めモード、せめてあんまり痛くありませんようにとお祈りの体勢に入っている。
 が、まだ諦めていない者がいた!
「戒姉、忘れたの!? 私達にも切り札があるじゃない!」
 あると言うか、いると言うか。
 今まで殆ど役に立っていなかったけれど――
「役に立たんとは失礼な」
 手にした阻霊符をヒラヒラさせて、リュールが不満げに口を尖らせる。
「私はこの時のために、阻霊符で透過を阻害するという地味な役割に甘んじていたのだぞ」
 お陰で息子も多少は鍛えられた、気がする。
 だが、遊びはここまでだ。
 リュールの手に白銀の杖が光る。
「おぉ、久しぶりに見るな……!」
 ミハイルが懐かしそうに目を細めた。
 余裕だな!
「大丈夫だ、堕天前は超絶魔攻大天使だったが、今では駆け出しのアスヴァン程度。戦力と言えるレベルではないぞ」
「ふっ、甘いなミル」
 リュールは大天使時代を思い起こさせる冷たい笑みを浮かべて言った。
「私が堕天して何年になると思っている。戦闘以外でも経験は貯まるということを忘れたか」
「それはそうだが……」
 何か実になるような活動してたっけ?
「ダラダラ食っちゃ寝していても貯まるとは初耳だ」
「ぬかせ、貴様の目に見えるものだけが真実と思うなよ! ダラけていたことは認めるが――」
 認めるのか。
「それは少しでもエネルギーの消耗を防ぐため!」
 ほんとかなぁ?
「疑うならば、とくと見るが良い!」

 そして唐突に始まるアルティメイト超魔法大戦!
 先手を取った恋音はテラ・マギカで辺り一帯を薙ぎ払う!
 続いて雅人の氷の夜想曲が周囲を凍てつかせ、安らかな眠りに誘う――が、リュールはその両方を涼しい顔で耐えて見せた!
「ふっ、この程度か――片腹痛いわ!」
 白銀の杖が眩く輝く!
 そう、あと少し時間に余裕があれば、この力を戦場で見せ付けることも出来たのだ!
 東北の地に乗り込んで、未だ敵対する悪魔や天使どもに引導を渡してやるつもりだったのに!
「私だって、暴れたかったのだ!!」
 積もり積もった鬱憤が今、光となって迸る!
 それは敵味方の区別なく襲いかかり、盾となった雅人さえもその身体ごと弾き飛ばす。
 紙のように吹き飛ぶ壁、崩れる天井!
 しかし、そんな嵐の中でも歌音は痛みを快感に変えることでささやかな抵抗を示し立ち向かう、が。
「きゃああああ! Oh,Yees!」
 瞼の裏に蘇るデジャヴ。
 そう、あの時も全力で豆をぶつけて来たのはこのオカンだった……!


「……ああ、空が綺麗……」
 快感の嵐が去り、そっと開いた歌音の目に映ったものは、青い空。
「……空?」
 どうやら仰向けに倒れていたらしいと気付いた歌音は、起き上がろうとした……が、動けない。
 そっと首を回すと、ロープでがんじがらめにされた蓑虫が転がっている。
 戒に晶、緋打石……となると、自分も同じ状態なのだろう。
 ロープを着るとか、なんて高度なテクニック……いや、これもデジャヴだな?
「しかし雫殿、やはり恐るべしじゃな……」
 身動き取れないまま、緋打石が呟く。
「あの嵐の中で、自分らをこうもあっさりと捕縛するとは」

 恋音の絨毯爆撃と雅人の魔法、そしてリュールの無差別攻撃が荒れ狂う中、雫は冷厳なる態度で任務を遂行していた。
 抵抗を封じるため邪神をその身に宿したかの如き姿となった雫は、嵐に紛れて獲物に近付き、背後から禍々しく紅い光を放つ大剣を振り下ろす。
 一撃必殺の萬打羅の前に、一人また一人と倒れる怪盗団。
 恐怖を煽る様にゆっくりと。
 友人達を後回しにしたのは、きっと優しさ……ではない。
 真逆の何かだ。

 周囲には、陥没した地面と瓦礫の山が広がっている。
 誰がここまでやれと言ったのか。

「これじゃもう図面は役に立たんな」
 ふらりと起き上がったミハイルが、手に残っていた図面の残骸を足下に捨てる。
 とりあえず皆は無事のようだ。
 回復手段を持つ者達が、倒れた人影に駆け寄って行く。

「皆さん、ちょっとこちらへ!」
 瓦礫の山の片隅で、雅人が声を上げた。
 どうやら何かを見付けたようだが――

「ラル!?」
 それは行方不明になっていたラファルの姿。
「……あけびちゃん? 俺はどうしてこんな所に……」
「それはこっちが訊きたいよ! 今までどこで何してたの!?」
 見る限り怪我はないようだし、服も汚れていない。
「そうだ、巨大ロボは? 謎の集団は?」
 ラファルは慌てて周囲を見回すが、そこは見渡す限り瓦礫の山。
「こんなこと言っても信じちゃもらえねーだろうが……」
 格納庫で見たこと、聞いたこと。
 既におぼろげになった記憶をたぐりながら、ラファルは語る。
 しかし語っているうちに、自身でさえあやふやになってきた。
 あれは現実だったのか、それとも夢か幻か――

「でも結局、お宝は見付からなかったね」
 少し残念そうにあけびが首を振る。
 しかし。
「いや、そうでもないぞ」
 ミハイルが言った。
「俺の記憶が正しければ、お宝のマークがあったのはちょうどこの辺り、ラファルが見付かった場所だ」
「……それって、もしかして……ラルがお宝ってことですか!?」
「ほむ、その可能性はあるんだの」
 樹がぽんと手を叩いた。
「ラファル殿そのものではないかもしれぬが、ここで見付かったことには何か意味がある気がするの」
 ほら、苦難の末に辿り着いた先での友との再会、友情こそが何よりも尊い宝物だったんだよ、みたいな!
「それ良い! 採用!」
 真相は恐らく永遠に謎のままだ。
 しかし、こんな結末も悪くない――丸投げされたMSがめんどくさくなって投げ出した結果、とは考えないでおこう。

「戒姉、聞いた?」
 ぼそぼそと漏れ聞こえる会話を耳にした晶が目を輝かせる。
「ああ、友を想う気持ちこそが宝とかなんとか……」
「そう!」
 つまりそれは、人の数だけお宝があるということで!
「久遠ヶ原のお宝、それは戒姉だったんだよ!」
 ドーン!

 怪盗団はとんでもないものを盗んで行きました!
 盗んでないけど!


 かくして物語は大団円を迎える。
 しかし、もうちょっとだけ続くのじゃよ!


 本日、桃源 寿華(jc2603)はベースキャンプ(風雲荘)を守護する任に当たっていた。
 簡単に言えば、お留守番。
 だが、ただ座って待っているわけではない。
 寿華には大切な任務があるのだ。
 それは探検に出かけた皆のために、美味しいごはんを作ること。
 風雲荘の大人は平気……ではないけれど。
「顔見知り、だし……優しい人ばっかりだって、知ってる……から」
 いざとなったら手助けしてくれるのも知っているけれど、ここは自分ひとりで頑張りたいところ。

「探検……皆、凄い撃退士だから凄いお話聞けそう?」
 土産話を楽しみに、寿華はまず買い出しに出かける。
「お腹空かせて帰ってくるだろうし、沢山作るの」
 まずはレシピを調べて、人数分の材料を書き出して。
 学園島も慣れてきたから、買い物だって一人で出来る。
 おにぎりの具は鮭のフレークと……いやいや、せっかくだからここは本格的に塩鮭を焼こう。
 ツナ缶とマヨネーズ、おかかにこんぶ、たらこに明太子、梅干しに鶏の唐揚げ。
 汁物は豚汁、余った材料で車麩を入れた肉じゃがを作ろう。
 大根、にんじん、ごぼうに里芋、こんにゃく……そうそう、肝心の豚肉も忘れないように。
「こんなにたくさん買い物したの、初めてかも……」
 持ち帰り用にキャリーを持って来たけれど、そこに積み込んでも――
「重、い〜」
 うんせ、こらせ。
「このへん、坂がなくて助かった、の……」

 やっとの思いで風雲荘の玄関に辿り着き、荷物をキッチンの作業台に移して。
 もうこれだけで力尽きそうな予感。
「でも、皆はきっと、もっといっぱい頑張ってるの……」
 大きな鍋を火にかけて、お湯が沸く間に材料を切って……あっ、根菜は水から煮るんだった!
「えっと、ごはんもいっぱい炊かないと……水加減、これでいいかな……?」
 一通りの準備を終えて、後は皆の帰りを待つだけ。
「あ、お風呂の準備もした方が良いよね?」
 バスタブにお湯を張って保温モードに設定したら、後は……
「そうそう、バスタオルも用意しておかなきゃ」
 目の前が見えないほど大量に抱え、しずしずと運ぶ――が。
 その足下を猫達が駆け抜けた!
「えっ、ぁ……ふわぁ!」
 すてーん!
 見事にコケた拍子に舞い上がるバスタオル、それはバサバサと寿華の上に降り積もり――


「ただいまー!」
「お邪魔しまーす!」
 やがて賑やかな集団が帰って来る。
 不良中年部も怪盗団も、伊賀も甲賀も魔法少女も怪盗レディも、禍根は美しい思い出の一部として、今は仲良くごはんタイム。
 しかし、玄関を開けた彼等の目に飛び込んで来たのは……
「にゃー」
 バスタオルの山に三つ指揃えて、勝ち誇ったような顔で出迎える猫の姿。
 もぞもぞと蠢くバスタオルの下から声がする。
「あ、お帰り……はぅ」
 あの、誰か発掘ぷりーず。

 無事に救出された寿華は、慌ててキッチンへ。
「人が増えてる……御飯足りるかな?」
 多めに見積もってはおいたけれど、何しろ撃退士は食欲が元気な人が多いから。
 しかし、ここにも現れる飯食えおばけ。
「ごはんが足りない叫びが聞こえた気がしたんだよ〜」
 大きな桶にたっぷりのちらし寿司、どーん!
「え、あの、ありがとう……ございます……!」
「礼には及ばないんだよ〜冷蔵庫にデザートもあるんだよ〜」
 そう言い残し、飯食えおばけは夜の闇に消えて行った。
「おかずが足りなければ、きのこがあるんだの♪」
 いつの間に採っていたのか、樹のリュックには見たこともないきのこがいっぱい。
「一般にはあまり知られていないのであるが、どれも絶品なんだの、好きなだけ使って良いんだの♪」
 大丈夫、毒ではないことは保証する。
「良かったら調理法も教えるんだの」
「そうそう、さっき拾ったパンもあるぞ」
 ミハイルは生パンをオーブンに突っ込み、食パンはトースターへ。
 なに、ピーマンは拾わなかったのかって?
 誰が拾うかそんなもん。
「今から追加で調理するなら、私もお手伝いしましょうか」
 用意していたエプロンを身に着け、沙羅がキッチンに入っていく。
「……では、私はテーブルをセットしておきましょうかぁ……」
「私はお皿とか並べるね!」
 恋音とあけびはリビングへ。

 そして食卓に並べられる熱々の豚汁とほくほく肉じゃが、きのこ料理各種と焼きたてのパン、そして大量のおにぎりとちらし寿司。
「料理の腕、そんなでも、ない……けど、頑張った、の……」
「ううん美味しいよ! 肉じゃが最高!」
 謙遜する寿華に、あけびがぶんぶん首を振る。
「ああ、これは確かに……胃袋を鷲掴みに出来るな」
 藤忠はさっそくホームバーから酒を持ち出して酒盛りを始めた。
 歌音は焼きたてのパンをもぐもぐもぐもぐ……なお焼かれた生パンは、膨らんだパンツのように見えた。
 周囲にも積極的に勧めることで「あれはパンかな、パ○ツかな」と、皆と蔵倫とSMいやMSを戸惑わせ――いや、もう迷わないからね!
「おぉ、この一糸乱れず整然と並んだおにぎりの美しさ!」
 これが女子力かと、戒は尊敬の眼差しで寿華を見る。
「して、中身は?」
「あ、えと、その……、どれが、どれか……わからないように、なっていて……あ、もしかして、食べられないもの、とか……」
「ううん、何でも食べるよ! なるほどロシアンおにぎり……」
 ハズレは激辛とか、そういうやつかな。
 え、違う?
「いいんだ、我の魂は純朴だったあの頃には戻れない……」
「それは自分も同じじゃよブラザー」
 遠い目をした戒の肩を、緋打石が叩く。
「お互いすっかり久遠ヶ原カラーに染まってしまったのう」
 後悔はしてないけどな!
「して、なになに……焼きたらこおにぎりはアタリとな?」
「あ、じゃあこれ当たりかな?」
 晶が半分に割ったおにぎりの中身を見せる。
「あ、はい……当たりには、プレゼント……」
 おにぎりの具にしようと思って作りすぎちゃった唐揚げと、風雲荘の菜園で採れたピーマンの肉詰め、どっちが良いですか?
「俺も当たったぞ、景品は唐揚げで頼む」
 ミハイルも手を上げる、が、戒と緋打石が待ったをかけた。
「残念だったなミハイル氏、唐揚げは今ので最後だ! 貴君にはこのピーマンの肉詰めを進呈しよう!」
「何だと!?」
「因みに我々は独自の調査により、その肉詰めが沙羅殿の手によるよるものとの情報を得ておるのじゃ」
「それは本当か?」
「信じるも信じぬも、ミハイル殿の胸ひとつじゃよ……」
「くっ」
 楽しげな(?)三人の様子に目を細め、藤忠は杯を煽る。
「良い思い出になったな、さすがは不良中年部と言うべきか」
「でもミハイルさんも卒業しちゃうし、次の部長は誰になるんだろう?」
 あけびが真顔で藤忠を見た。
「姫叔父はお姫様だから違うよね」
「俺はミハイルのようにはっちゃけられないしな」
 だから誰が姫だという反論は、言っても無駄な気がしてきた今日この頃。
「俺は章治で良いと思うぞ」
「いや、俺そういうの無理」
 即答か。
「そんなもの、誰でも構わんじゃろ」
 緋打石が鼻で笑った。
「誰が部長になろうと、このノリと空気は変わるものではなかろう?」
 そう、どんなに代替わりをしても続いていくに違いない。
「それもそうか」
 撮った写真はプリントアウトして、後で皆に配ろう。
「新しいアルバムも用意しないとね!」
「ああ、部室の棚にまた思い出が増えるな」

 こうして、波乱の一日は幕を下ろす。
「いや、不良中年部は不滅なり!」


 そして物語は次の世界へ――?
 不良中年部の新たな活躍に、ご期待は出来るのか!?

 待て次回!?





 つづく





 かも?


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:8人

あんまんマイスター・
七種 戒(ja1267)

大学部3年1組 女 インフィルトレイター
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
思い繋ぎし翠光の焔・
星杜 焔(ja5378)

卒業 男 ディバインナイト
STRAIGHT BULLET・
神埼 晶(ja8085)

卒業 女 インフィルトレイター
楽しんだもん勝ち☆・
ユリア・スズノミヤ(ja9826)

卒業 女 ダアト
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
大祭神乳神様・
月乃宮 恋音(jb1221)

大学部2年2組 女 ダアト
ラブコメ仮面・
袋井 雅人(jb1469)

大学部4年2組 男 ナイトウォーカー
繋ぎ留める者・
飛鷹 蓮(jb3429)

卒業 男 ナイトウォーカー
きのこ憑き・
橘 樹(jb3833)

卒業 男 陰陽師
ペンギン帽子の・
ラファル A ユーティライネン(jb4620)

卒業 女 鬼道忍軍
主食は脱ぎたての生パンツ・
歌音 テンペスト(jb5186)

大学部3年1組 女 バハムートテイマー
新たなる風、巻き起こす翼・
緋打石(jb5225)

卒業 女 鬼道忍軍
リコのトモダチ・
神谷 愛莉(jb5345)

小等部6年1組 女 バハムートテイマー
能力者・
エクレール・ポワゾン(jb6972)

卒業 女 鬼道忍軍
撃退士・
露原 環姫(jb8469)

卒業 女 ディバインナイト
明ける陽の花・
不知火あけび(jc1857)

大学部1年1組 女 鬼道忍軍
Eternal Wing・
サラ・マリヤ・エッカート(jc1995)

大学部3年7組 女 アストラルヴァンガード
藤ノ朧は桃ノ月と明を誓ふ・
不知火藤忠(jc2194)

大学部3年3組 男 陰陽師
一緒なら怖くない・
桃源 寿華(jc2603)

中等部3年1組 女 陰陽師