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マスター:STANZA
シナリオ形態:イベント
難易度:普通
形態:
参加人数:42人
サポート:0人
リプレイ完成日時:2017/10/02


みんなの思い出



オープニング



 戦いは終わった。
 試験も終わった。

 さあ遊ぼう。
 結果なんて気にするな。

 徹夜で祈ろうが朝から晩まで惰眠を貪ろうが、今さら何も変わらない。
 だったら思い切り遊ぶのが賢い選択というものだろう。

 というわけで。



●星に願いの旧暦七夕

 今年の八月二十八日は旧暦の七月七日、つまり七夕である。
「今年はないと思ったか?」
 門木章治(jz0029)は用意した笹の葉を風雲荘の玄関脇に飾った――門松のように、左右二本。
 まだ何の飾りもなく、短冊も結ばれていない。
 飾り付けが終わったら庭で花火でも楽しんで、いつものようにランタンを手に、蛍を見ながら廃墟の祠に納めに行こう。
 商店街のお祭もあるから、帰りに屋台を冷やかしたりするのも良いかもしれない。



●そうだ東北行こう、北海道でも良いね!

 夏休みの最後に、思い切って旅行に出かけるのも良い。
 有名な夏祭りの多くはもう終わってしまっただろうが、特にイベントがなくても知らない土地に行くというそれだけでワクワクするだろう。
 見たことのない景色、食べたことのない料理、体験したことのない遊び。
 パッケージ旅行も便利だが、宿の手配からルートの作成まで全て自分でやってみるのも楽しそうだ――むしろ計画だけでお腹いっぱい、行った気になって満足してしまうこともあるかもしれない。
 秋も近い日本海でひとりしんみり感傷に浸るも良し、卒業旅行として皆で騒ぐのも良し、夏休みの宿題が終わっていなければ日記のネタを探しに行っても良い。
 もちろん、二人きりでのんびり温泉に浸かるのも――



●バーチャル世界旅行

 久遠ヶ原学園ならではの楽しみとして、こんなものもある。

 知る人ぞ知る謎の組織「ぼっち救済委員会」。
 それはかつて、クリスマスやバレンタインなど独り身には辛い行事が続く厳しい季節に、彼等の寒い心を少しでも温めようと設立された有志の慈善団体である。
 彼等は最新のバーチャルリアリティを駆使して理想の恋人を提供し、或いはモテ活を支援し、現実逃避の翼を授けて来た。
 だが今、その活動はぼっちの救済だけに留まらない。
 むしろそちらは副業、片手間、ほんのついで。
 現在の彼等が最も力を入れているのが、エンターテインメント事業だった。

「結果はどうあれ、試験から解放されたこの夏休み、どうせなら一ヶ月くらいかけて豪勢に世界一周とかしてみたいですよね!?」
 しかし現実は厳しい。
 日本の国内でさえ大人の事情で行ける場所が限られているのだ――主に東北と北海道に。
「東北も北海道も、それは素晴らしいところです。景色は綺麗だし、水も空気も食べ物も美味しい」
 けれど、国内旅行なら恐らく今後も出かける機会があるだろう。
 しかし海外旅行は、特にメジャーとは言い難い土地に出かけようとするならば、その機会は一生に一度あるかないか。
「悠々自適な生活を手に入れてからの老後の楽しみとするのも良いかもしれません。しかしこのご時世に、安泰な老後が待っている保証などどこにもないのです!」
 おまけに秘境魔境の類に行きたいならば、体力のある若いうちでなければ難しいだろう。
「夢を叶えるためにせっせと貯金をし、机上で計画を練りながらその日を待つ――それも良いでしょう。しかし思い立ったら吉日という言葉もあります」

 そ こ で

 最新鋭のバーチャルリアリティシステム「愛の使者・キューピッドくん28号」の登場と相成るわけだ。
 ああ、ネーミングは気にしない方向で。
 とにかくこれを使えば世界中どこにでも季節を問わず、それどころか宇宙の果てでも実在しないファンタジーな世界でも、好きなところへ遊びに行けるのだ。
 脳に直接働きかけるその感覚はリアルと区別が付かず、記念写真や動画を残すことも可能。
 しかも移動に要する時間はゼロ、とは言え移動も旅の楽しみと考えるなら、しっかり時間をかけて楽しむことも出来るのだ。
 煩わしい部分は全てすっ飛ばし、美味しいところだけを重点的に楽しめるのもVRならでは。
 おまけにどんなに時間をかけようと、リアル時間はほんの少ししか進まない。
 旅の仲間は二次元でも三次元でも好きに選べるし、良い格好を見せるチャンスも作り放題、逆に何が起きるかわからない変数を仕込んでおいて旅先ならではのハプニングを楽しむ手もある。
 ただひとつ、リアルなお土産を持ち帰れないことだけが玉に瑕だが……そこは海外お土産サービスなどを利用すればいいだろう。
 有名な観光地なら、久遠ヶ原学園から一歩も動かずに旅行を楽しみ、お土産まで用意出来てしまうのだ。

 もちろん、それでは味気ないと感じるなら、リアル旅行を楽しめばいい。
 場所は東北と北海道に限定されるが、この時期はどこも祭や伝統行事などで賑わっていることだろう。

 そのあたりはお好みでどうぞ!

「なおプログラムの都合により、行き先は以下の地域のみとさせていただきますので、ご了承くださいね!」

【欧州】ヨーロッパ各国(ロシア除く)・各地の祭や有名観光地巡り、名物料理の食べ歩きなど
【北米】アメリカ、カナダ・同上
【中南米】イースター島、ガラパゴス諸島を含む南米大陸・同上
【オセアニア】オーストラリア、ニュージーランド・同上
【アフリカ】ケニア、タンザニア(サバンナの保護区、国立公園)・野生の王国見学ツアーなど
【北極】グリーンランド含む・オーロラ観測と砕氷船クルーズなど
【南極】オーロラ観測とペンギンスイム(ペンギンと一緒に泳ぐ)など
【天界】ぼくのわたしの考えた天界
【魔界】ぼくのわたしの考えた魔界
【月】何故か一昔前の近未来的なドーム都市が出来ている・ローバーで月面ドライブなど
【火星】同上・火星人(?)との交流イベントも
【太陽圏外】外宇宙への旅・エイリアンと遭遇するかも
【妄想】あなたが神だ、何でも望むままに創造するがよい

「それでは、リアル旅行の皆様もバーチャル旅行の皆様も、どうぞご存分にお楽しみくださいませ!」


――――――


 さて、それぞれに趣の異なる打ち上げプラン。
 あなたはどれを選びますか?




リプレイ本文

 ―― REAL ――


●津軽海峡・夏景色

 八月も末。
 疲れを知らずギラギラとエネルギッシュに照りつけていた太陽も、ここに来て流石に無理が祟ったらしく――或いはルーチンワークに虚しさを感じたのか、適当にサボリながら空を行くようになっていた。

 今年も夏が終わる。
 そして、全てが終わった。

 季節は秋になり、戦いも終わり、これで一息つけると誰もが思う時期。
 しかし、だからこそ。
「そこでどう過ごすかが、これから先の未来を決定付けるというもの」
 下妻笹緒(ja0544)は歩き続ける。
 立ち止まっている暇などないのだ。

 そして、パンダチャレンジ2017サマーが今まさに開幕する。

 今、彼の目の前にあるのは東北でもなく、北海道でもなく、その中間。
 すなわち津軽海峡だ。
 世界七大海峡の一つでもある、この海峡をパンダボートで横断する。
 それが彼の挑戦だった。

 ただし、泳ぐわけではない。
 用意したのはかわいいパンダちゃんのイラストが描かれたビニールボート。
「かつてこの海峡の両岸は青森と函館を結ぶフェリー、青函連絡船のみで結ばれていた」
 現在でもフェリーは運航しているが、そこにかつてのような賑わいはない。
「まるで秋の日差しのようではないか」
 栄華を極めた末に、時代の流れに取り残され、消えていった者達。
「今、やはり節目の時代にその轍を踏まぬよう深く心に刻むため、私は敢えて船でこの海峡を渡る」
 そんな理由を、たった今思い付い……いやいや、最初からそのつもりでいたさ。

 権現崎から漕ぎ出して、北へ、北へ――
 櫂を手にどんぶらざんぶらひたすらに漕ぐ。
「天界や魔界を目指そうという者が海峡一つ越えられずに如何する」
 海の広さを、空の青さをどこまでも感じながら。
 波と戦い風に抗い、海峡を行き交う大型船の合間を縫って、ひたすらに。

 飛沫を浴びたパンダの毛皮はずっしりと重く、櫂を握る腕の動きを鈍らせる。
 垂れた雫がボートの底に溜まり、その重みで喫水線がじわじわと限界に近付く。

 試される大地の前には、試される海が茫漠と広がっていた。

 パンダチャレンジ2017サマー、結果はいずれ何処かで報告される――かもしれない。



●三人、北の大地に立つ

 試される大地はまた、美味しく楽しく美しい大地でもあった。
 観光で訪れる者にとっては、特に。

 北海道に降り立つわし、こと上野定吉(jc1230)は両手に花。
 本日は真白 マヤカ(jc1401)と桃源 寿華(jc2603)の三人で大自然を満喫しに来たのだ。
「マヤカどの、寿華どの、これが神の子池じゃよ」
 少々くたびれた熊の着ぐるみに身を包んだ定吉は、冷たく澄んだエメラルドグリーンに光る水面を背に胸を張る。
 道中の林道で本物の熊に遭遇するというハプニングに見舞われながらも、幼少時に鍛えた熊語とクマニケーションで事なき得、無事に二人を導いたわしカッコイイ。
「道東の湖と言えば霧の摩周湖や雲海の屈斜路湖、マリモの阿寒湖など有名どころが目白押しじゃ。しかしわしはまず、この小さな池を二人に見てもらいたかったのじゃ」
 そこはまだ「知る人ぞ知る」レベルの秘境で、訪れる者もそう多くない。
 ましてや午前中のこの時間なら貸切状態、人の多い場所が苦手な二人も気を張ることもないだろう。
「この場所は、やはり静かに楽しむのが似合うからのう」
 神の子池は摩周湖の伏流水が作ったという言い伝えがある。
 摩周湖はカムイトー(神の湖)、その伏流水から生まれたから「神の子」というわけだ。
 年間を通して水温は8度前後に保たれ、そのせいか底に沈んだ倒木が腐りもせずに、蒼い水の中で化石のように眠っていた。
「綺麗…青いけど…緑のところもあって…透明で…綺麗」
 白樺の林に囲まれた小さな池を見下ろした寿華は、他の言葉を忘れたように「綺麗」を繰り返す。
「だって…、ほんとに…すごく、すごく…」
 綺麗、としか言いようがない。
 人は魂を揺さぶられるような強い感動を覚えると語彙を失うと言われているが、それが実感できた気がする。
 マヤカに至っては語彙どころか言葉そのものを失って、瞬きも忘れて蒼い世界を見つめていた。
「……あ、お魚…」
「あれはオショロコマじゃな」
 倒木の間を縫って泳ぐ姿を指さした寿華に、定吉が間髪を入れずに答える。
「すごい…熊さん、物知りなの…」
「ほっほっ、年の功より熊手の甲じゃよ」
 その喩えはよくわからないけれど、とにかく豆知識の宝庫なのはわかった。
「ほれ、見てみぃ……不思議じゃのう、わしらが映っておる」
 じっと見ていると、自分達が水中にいるような気がしてくる。
 それから暫く、三人は何もかも忘れて蒼の世界に身を委ねていた――腹の虫が時を告げるまで。

 マヤカが用意したサンドイッチで腹拵えをすると、三人は次の目的地へ。
「ここは桜色の鱒の修行場じゃな」
 神聖な場所なので、そっとお邪魔します。
 その名も「さくらの滝」と呼ばれるその場所は、滝と言われて想像するものに比べてずいぶんと低い。
 少し高めの段差程度にしか思えないが――それは人間の視点で見るからだ。
「ほれ、あそこに」
 定吉が指さしたところに濃い桜色の影が見える。
「あっ、跳ねたわ」
「あれはサクラマスじゃ。卵を産むために上流へ向かって旅をしておるのじゃな」
 彼等にしてみれば、行く手を阻むその落差はまさに滝。
 それを越えようと懸命にジャンプする姿に、マヤカは思わず拳を握る。
(「頑張って」)
(「頑張るのじゃぞ……!」)
(「ふぁいと…なの」)
 祈りにも似た応援が通じたのか、何度押し流されても果敢に挑戦を続けていた一匹が滝を越えて上流へ泳いで行った。

 そんな姿を見た直後に食べる昼食は新鮮な海の幸をこれでもかと盛った海鮮丼。
 丼から溢れてトレイに山を作る紅い宝石は、先ほどのサクラマスのように頑張って川を遡上する鮭の卵だ。
 しかし、そうと知っても美味いものは美味い。
 知っているからこそ余計に味わい深く、また有難みもひとしおだった。
「ほわわあ!」
 海鮮たちが煌めき、口にすれば喧嘩もせず一体となり感動させる味に!
 これぞまさしく大自然の恵み、野生の熊たちが鮭漁に夢中になるのも道理と、熊のように丼を掻き込む定吉。
「きらきら艶々して、とても綺麗ね」
 まるで初めて人間界に来たような輝きだと、マヤカはうっとりと丼を見つめる。
 口の中でとろける濃厚な味わいに舌もお腹も大満足だ。
「サーモン、と…イカ…美味しい♪」
 どれも全部美味しいけれど、寿華は特にそのふたつが気に入ったようだ。
(「お姉ちゃんも…楽しそう。よかった…」)
 海鮮丼はマヤカのリクエスト、イクラや鮭の正体を知って食べられなくなってしまったら……と少し心配だったけれど。
 地上のことを沢山知りたいと言っていたマヤカは、「他の生き物を食べて生きる」という人間界の現実にもきちんと向き合う強さを持っている。
(「私も…頑張らなきゃ」)
 学園に来てから沢山の珍しい知らないものに出会った。
 けれど、知れば知るほど世界は広がって、広がった世界にはもっと多くの知らないことが溢れていて。
 もっと知りたい、見たい、行ってみたい。
 この旅行がその第一歩になるだろうか。

 その後は近くの穴場を巡り、裏摩周展望台からの眺めを楽しんだら温泉でのんびりゆったり。
 しかし、ここでも仲良く三人一緒――というわけにはいかなかった。
「わし、ぼっち」
 ここの温泉は混浴ではないのかと、女の子二人が楽しそうに女湯へ向かうのをしょんぼり見送る熊さん。
 いや、決して下心があるわけではない、ただ一緒にいられないことが寂しいだけで。
「しかしこの広い湯を独り占めできると思えば悪くないかの」
 前向き熊さんはそっと着ぐるみを脱いで人に戻り、まずは掛け湯をしてから頭のてっぺんから爪先までわしわし洗う。
 綺麗になったら頭に手拭いを乗っけて、鼻歌交じりにのんびりと。
「ふわあいい湯じゃ」
 極楽極楽。
 と、女湯から何やら大きな音が――

「好きな人たちと旅行ってこんなに楽しいのね」
 脱衣所で服を脱ぎながら、マヤカは嬉しそうに微笑んだ。
「出来ればお風呂も一緒だと良かったんだけど、定吉さんは寂しくないかしら」
「板で仕切られてるだけ…みたい、だし…声、聞こえれば…寂しくないんじゃない…かな?」
「じゃあいっぱいお話しましょうね」
 すぱーんと脱いだマヤカは広いお風呂に楽しくなって、子供のように走り出す。
「あっ、お姉ちゃん…走っちゃ――」
 すてーん!
 手遅れだった。

「――はっ!?」
 良い湯加減にうとうとしていた定吉は、その音に覚醒。
 しかし何が起きたのか、壁の向こうは見えず乗り越えて覗くわけにもいかず。
「マヤカどの、寿華どの、どうしたのじゃ!」
 野生の熊でも出たのだろうか。
 ここは熊に戻って突撃すべきか。
 熊ならきっと女湯に入っても大丈夫――
『何でもないの、大丈夫よ定吉さん』
 マヤカの声に、定吉はひとまず胸をなで下ろす。
「何かあったらすぐに呼ぶのじゃぞ、わしがすぐさま駆け付けるからのう」
 いや、それはちょっと遠慮してもらった方がいいかも。

「定吉さんに心配をかけてはいけないわね。規則はちゃんと守らないと」
 マヤカは入口に書かれていた注意書きに目を通し、うんうんと頷いた。
「走らない、泳がない、騒がない……あら、お喋りもいけないのかしら?」
「それくらいは…大丈夫なの。今日は…他に、人もいないし…」
「じゃ、二人で楽しくお喋りしましょ、時々は定吉さんも入れてあげて」
 二人は静かに湯船に浸かり、思い切り手足を伸ばす。
「お家のお風呂と違って…足を伸ばして入れるお風呂は…気持ち良い、の」
「桃ちゃん楽しそうね」
「うん…とっても楽しい、の」
 一人でもそれなりに楽しそうだけれど、大事な人と一緒だともっと楽しい。
 みんなもそうだと嬉しいな。
「熊さん…楽し…い〜?」
『わしは楽しいぞー』
 あ、聞こえた。

 大好きな三人で、明日はどこを回ろうか。
 いっぱい遊んで綺麗な景色を見て、美味しいものを食べて、お土産を買って。
 宿に落ち着いたマヤカは、こっそり買っておいたお土産を荷物の中へしまい込む。
 お揃いの桜色をしたマスストラップ、帰ったら二人に手渡そう。
「喜んでくれるかな?」



●星のリゾートは雲の上

「星のリゾートって……星が綺麗に見れる、とこ?」
「うん、夜の星も綺麗だけど、朝にもっと素敵な景色が見れるんだよ」
 ただし、そのためにはお天気と相談し、更には頑張って早起きする必要がある。

 というわけで。
 如月 統真(ja7484)とエフェルメルツ・メーベルナッハ(ja7941)はリゾート内のホテルで寛いでいた。
「一晩ここに泊まって、お楽しみは明日の朝だよ」
「お楽しみ?」
「うん、だから楽しみにしててねエフィちゃん」
「わかった……楽しみに、してるの」
 天気によってはもっと何日も泊まることになるかもしれないけれど、そこはちゃんと調べて来たから大丈夫。
「でも、エフィは明日じゃなくても……いいの」
「どうして?」
「お楽しみ……今からじゃ、だめ?」
 じぃっ。
 エフェルメルツは真っ正面から統真の顔を見る。
 その距離1cm。
 見てるけど、よく見えない。
 けれど、お互い頬が上気していることは見なくてもわかった。
「ベッド、連れてって?」
「うん」
 お姫様抱っこでベッドに連行、その先は――

 おはようございます
 ゆうべはおたのしみでしたね

 結局は一睡も出来なかったらしい二人は、眠い目を擦りながら部屋を出る。
 二人とも、ほっぺやおでこに赤い跡が盛大に付いていた。
「顔を洗っても、消えないの……」
 そりゃそうですよね、キスマークだもの。
 ファンデーションで隠すにしても数が多すぎ、かつ広範囲にわたりすぎている。
 しかしエフェルメルツとしてはむしろ見せびらかしたい。
 いちゃらぶっぷりを見せ付けたい。
「統真ったら、とっても激しいから……あぁ、思い出したらまたうずうずしちゃうの………♪」
 犯罪? いいえ、セーフです。
 これ虫刺されだし、刺されたのは首から上だけですから、多分きっと。

 それはともかく、やって来たのは天国に一番近いカフェと呼ばれる雲海テラス。
 足下に広がる雲海を眺めながらお茶や軽食を楽しめる絶景スポットだ。
 人生で一度は見るべき風景のひとつと言われることもあるが、それはその場所に行けば必ず見られるというものでもない。
 天気予報とにらめっこして「この日は確実」と思っても、外れるのが当たり前という程度のレア度を誇る気紛れな現象。
 それが一度で遭遇できたのだから、これはもう運命と言うしかない。
「見てエフィちゃん」
 日の出と共に周囲を取り囲む山々から立ち上り、流れるように降りて来た雲が瞬く間に視界を覆い尽くす。
「うわぁ。凄いねエフィちゃんっ」
「うん、すごぉい!」
 そうして眺める間にも、虫刺されの大量生産が続くのは当然のこと。
「ありがと、統真……また、素敵な思い出ができたの♪」
 ちゅっ。
「喜んでくれたみたいで、連れてきた甲斐があったよ」
 ちゅっ。
 いつの間にか風景そっちのけでイチャイチャし始める二人。
 だって雲の上でデートなんて、そうそう経験出来るものじゃないし。

 やがて雲海の切れ目に緑の山々と草原が姿を見せ始めた頃。
「さすがにちょっと眠くなっちゃったね」
 このまま部屋に戻るのも良いけれど――

「せっかくだし、ふっかふかの牧草ベッドで日向ぼっこしない?」



●ぷりんプリンすとーりー

 ミハイル・エッカート(jb0544)はこの度めでたく久遠ヶ原学園を卒業することとなった。
 新居も決まった、引っ越し業者も手配した。後は中身の人間が移動するだけ。
 立つ鳥跡を濁さず――冷蔵庫に残った大量の俺プリンを除いては。

「そういうわけで、プリンパーティだ。普段は食ったら蜂の巣にされる名前入りプリンも食べ放題だぞ」
「それは単にプリンを溜め込みすぎただけじゃないのか」
 その自称ありがたい申し出に、不知火藤忠(jc2194)がツッコミを入れる。
「どれもこれも消費期限ぎりぎりじゃないか、自分が食べられる分だけ保存しておけ」
 特売とか限定とか聞いたらついつい買いすぎるのもわかる。
 勿体ないから少しずつ食べようと思っているうちに、大事にしすぎて腐らせることもよくある話だが。
「ミハイルさん、なんだかリスみたいですね!」
 不知火あけび(jc1857)の爆弾発言、コワモテのイケ渋ダンディを捕まえてリスとは何事か。
「だってほら、リスって冬眠前に木の実とかたくさん溜め込むって言うでしょ? そのまま忘れちゃった所から芽が出てくるって聞いたことないですか?」
「いや、確かにそういう話は聞くが」
 リスか。斬新だな。
「でも本当にいいんですか? 後でやっぱり返せなんて言われても無理ですよ?」
「心配ない、男に二言はないさ」
 よし、そうと決まれば気が変わらないうちに――!
「ミハイルさん秘蔵のプリン……きっと美味しいに違いないよ!」
 それに負けない美味しい緑茶を淹れようと、あけびは湯を沸かし始める。
 プリンの甘さにお茶の渋さが良く合う筈!

「風雲荘でプリン祭ですか〜」
 これは良いことを聞いたと、星杜 焔(ja5378)はほくそ笑む。
 学園を卒業した焔は、暫くの間この島を離れて妻の実家で暮らす事になっていた。
 息子の望は一般人と暮らしても問題ない程度にアウル制御が出来ているし、実家の皆も望と暮らせるのを楽しみにしてくれている。
 とは言っても、望が久遠ヶ原幼稚園に入園するまでの間だから、ほんの一年あまりの間でしかないけれど。
 しかし、それでもお世話になった皆さんに義理を欠かすわけにはいかないと、焔は今お手製の菓子を餞別として配り歩いている最中だった。
 風雲荘にももちろん顔を出すつもりではいたけれど、これは願ってもないメシテロのチャンス。
 焔は急いで家にとって返し、テロの準備を始めるのだった。

「今日はミハイルさんがためこんだプリンを消費する日になるそうですよー」
 久遠ヶ原商店街をフィリアと並んで歩きながら、アレン・P・マルドゥーク(jb3190)は本日のミッションを説明する。
「焔くんもプリンを持ってくると言ってたので今日はプリン祭ですねー」
「それは……リュールが喜びそうだな」
「ダルドフさんは青くなりそうですけれどー」
 そんなわけで、二人で何か甘くないものを買いに来た次第。
「スイーツビュッフェでも塩気のあるお食事系おいていますし、何かお惣菜でも買って帰りましょうー」
「カッパ巻きとか?」
「それに沢庵と納豆巻きもですねー」
「ブレないな」
「ええ、それはもう。フィリアさんは食べたいものありますかー?」
「そうだな……何か食べたことがないものがいいか」
 サツマイモとキノコののサラダとか、里芋のチーズ焼きとか、さんまのトマト煮込みとか。
「なるほど、秋の味覚ですねー」
 ところでこの二人、商店街のおじちゃんおばちゃん達の目にはどう映っているのだろうか。
 ちゃんと夫婦に見えて……、見えて、ない気がする。
 最近よく一緒に買い物来るよねー仲良しさんだねー、くらいの認識はあると思うけれど。
「驚くだろうな、私が子供を産んだりしたら」
「えっ」
「……アレン、お前が驚いてどうする」
 確かに現時点では想像も付かないかもしれない。
 だが夫婦である以上は、いずれそのうち多分きっと……
「ほら、帰るぞ!」
 ツンデレ嫁は照れ隠しなのか、さっさとひとりで歩き出すのだった。

「こんにちは、お邪魔します〜」
 片手で息子の手を引いて、もう片方に大きなクーラーバッグを提げた焔が顔を出す。
「プリン祭と聞いて差し入れに来ましたよ〜」
 バインフランはベトナム風プリン、ケーキのようなポルトガル風プリン、そして――
「くっ、この匂いは……っ」
 思わず身構えるミハイル、目の前に置かれたのは緑も鮮やかな抹茶プリン、だと思いたい。
 しかしその匂いは「奴」以外では有り得なかった。
「ピーマン!?」
 畏れ多くも神聖なるプリンに対してなんという冒涜!
「俺は食べないからな!」
「おいしいよ?」
 そんな無垢な瞳で見つめられても絶対に食べないぞ!
「望はピーマン好きなのか、すごいな」
「ええ、離乳食でもお世話になりましたので〜、お陰ですくすく元気に育っていますよ〜」
「それは良かった、だが俺はもうこれ以上育つ必要はないからな」
 子供が出来たら試してみるのも良いかもしれない、とは思うけれど。
「ダルドフさんには冷やし茶碗蒸しと、うちの家庭菜園で採れた夏野菜の甘くないパンプティングをどうぞ〜」
「おぉ、いつも気遣いすまんのぅ」
「いいえ〜、美味しく食べていただけるのが料理と料理人の幸せですので〜」
 そこに商店街で仕入れた総菜を並べ、後は本命の登場を待つばかり。

「冷蔵庫の一角を占めるミハイルゾーンに触れる時が来るとは……!」
 キッチンの冷蔵庫や私室からかき集めたプリン、その数……数えようと思ったけれど、目眩がしてきたからやめておこう。
 とにかく、すごい数であることは間違いないが、甘い物に関しては底なしのリュールと、黒咎の三人――特に何でも食べる大食いのマサトがいれば大丈夫だろう。
「さあ、どれも俺秘蔵の高級プリンだ。遠慮なく食べてくれ」
 珈琲や紅茶、ブランデー風味もあるぞ。
「それじゃ遠慮なく、いただきます!」
 あけびが手に取ったのは、プレーンな高級プリン。
 品の良い甘さとなめらかな口当たり、ここが楽園エリュシオンか。
「私の知ってるプリンと違う……!」
 今まで食べていたものは何だったのか、いやプリンには違いないけれど、だし巻き卵とオムレツくらいの違いがある。
 プレーンはシンプルなだけに違いがわかりやすいが、抹茶や苺も何と言うか格が違う味がした。
「これ、お土産に持って帰ったら喜んでくれるかな」
 苺プリンを見つめ、ミハイルに尋ねる。
「ミハイルさん、少し貰っても良いですか?」
「構わん、残したら捨てるしかないんだしな」
 あ、常温で長期保存できるやつには手を出さないように。
「今度来た時の楽しみにとっておくんだからな」
「常温保存のプリンなんて初めて聞いたぞ、美味いのか?」
 藤忠が疑わしげな目を向けるが、ミハイルの眼鏡に適うのだから普通以上に美味いのは確かなのだろう。
「期限に余裕のないものがあれば食べてもいいが、まずは切羽詰まってヤバそうなヤツからだ」
「ああ、わかってる」
 藤忠は固めの高級感漂うプリンに手を伸ばした。
 敬意を表してプディングと呼びたくなるそれは、やはり美味い。
 美味いとしか言いようがない、語彙が飛ぶほどの美味さ。
「そのままでも良いが、アレンジを加えても良さそうだな」
 カラメルと生クリームは鉄板だが、そこに洋酒に漬けたレーズンを添えてみる。
 大人の味だ。
「これは確かに緑茶とも合うな」
 だが飲兵衛としてはやはり、お供はアルコールがいい。
「自業自得とは言えミハイルにばかり身を切らせるのも申し訳ない、ここは俺の秘蔵の品も提供しよう」
 とっておきの日本酒やウイスキーの封を開け、ホームバーでカフェ・ロワイヤルを作ってみようと思ったが――
「肝心のブランデーがないな」
 ちらりとミハイルを見る。
「残念だ、最高級のブランデーで作ったらさぞかし美味いだろうと思ったのだが」
「……わかった、出せば良いんだろう。好きなだけ使うがいい」
 出ました、ミハイル秘蔵のVSOP。
 それを角砂糖に染み込ませ、火を点ける。
 蒼い炎が揺らめく幻想的なカクテルは大人のコーヒーブレイクに相応しい。
「あけびと章治、それに未成年組にはこれだ」
 ノンアルコールのブシーキャット、オレンジとパイナップルにグレープフルーツのジュースとグレナデン・シロップを加えたカクテルだ。
「この家にも猫が増えたからな」
 みんな好き勝手に動き回るから、どの猫が誰に飼われているのか今ひとつ把握しきれていないけれど。

 そう言えば、猫のぷりんはどうするのだろう。
 一緒に連れて行くのだろうか。
「いや、猫は家に懐くというからな」
 このまま風雲荘で面倒を見てもらったほうが幸せなのではないだろうか。
「俺も遊びに来るからな、205号室はそのまま借り続けるし……」
 ミハイルはマイペースな白猫の頭を撫でる――が。
「それ、ただの迷信らしいぞ」
「なんだと!?」
 門木の声に、その手が止まった。
「放し飼いされてた昔の猫はそうだったかもしれないが、今の猫は人にべったりだからな」
「そうなのか!?」
「次に来た時には思いっきり無視されるかもしれないな」
 いっそうちの子になるかと話しかけた門木に、良いお返事を返して膝に乗るぷりん。
 ミハイルは慌てた。
「いや待て、それは駄目だ」
 これは今後の計画をもう一度練り直す必要がありそうだ。
「専用の猫部屋と猫用アスレチックに高級猫缶三昧で手を打たないか」
 その言葉に、ぷりんは大きく一度尻尾を振る。
 イエスなのかノーなのか、門木の膝から降りようとしないのはまだ何か足りないのだろうか。
 それは後でまた考えることにして、ミハイルは人間同士の話に戻った。
「あけびと藤忠は当分ここに残るんだったな」
 あけびは大学を卒業するまで、藤忠もそれに付き合う予定だった。
「俺は不知火の忍と撃退士の力を活かし、要人警護から身辺警護まで完遂する警護会社を作りたいと考えている」
 目下、そのために経済学や経営学を勉強しているところだ。
「ミハイルの会社にも負けない大企業に、というのは少し高望みが過ぎるかもしれんが」
「そんなことはないさ、どんな会社でも始めは中小やベンチャーからだ――ああ、そうだ。これを渡しておこう」
 ミハイルは集まった者達に新しい部署の名刺を配る。
「何か仕事があれば呼んでくれ。呼ばれなくても遊びに来るが」
 モチベを保つために、新しいプリンも置いておこう。
「風雲荘が賑やかなのは変わりませんから、章治先生も元気出してください!」
 ちょっぴり寂しそうな門木にあけびが笑いかける。
「そうだ、章治も色々とやることがあるんだろう? 寂しがっている暇などないと思うが」
 藤忠がその背を軽く叩いた。
 菜園も手伝うし、部活も維持する、きっと新しい住人も増えるだろう。
「ダルドフはどうするんだ?」
 ミハイルが話を振る。
「元上司が神界でああなっちまっただろ、後を引き継ぐのか?」
「いやいや、某はもう御役御免よ。色々と落ち着くまでは向こうにおるが、その後はここで孫の面倒でも見ながら悠々自適と考えておる」
「まだ隠居するには早いと思いますが、のんびり考えてみるのも良いでしょうね〜」
 ミハイルの目の前で美味しそうにピーマンプリンを食す望の姿に目を細めながら、焔が言った。
「ぬしはどうするのだ?」
「俺はまず、年に一度しかない保育士資格試験に向けての勉強ですね〜。それに調理師免許も取る予定ですし〜」
 実務経験は充分だし、そちらの試験は問題ないだろう。
「今は家族がいっぱい増えるのが楽しみで楽しみで〜」
「ふむ、それは良かったのぅ」
「喜ばしいことは確かですがー」
 アレンが少し厳しい表情で言った。
「焔くんは自分の服装に無頓着すぎですからね……」
「え、そうかな〜」
 全く自覚のなさそうな返事に、アレンは重々しく頷いて見せた。
「とりあえず黒尽くめなら無難と思って、適当に安いのを買ってることはお見通しなのですよ」
 だからこれは餞別だと、高級紳士服ブランドのロゴが入った大きな福とを手渡す。
 中身はアレンが見立てた社会人向けのお洒落な服一式が入った箱と、一冊のノート。
「スーツの選び方や私服コーデの仕方等を書いておきましたので、参考にどうぞー」
 戻って来る時には見違えるようなお洒落さんになってるって、信じてる。

 仲間のやりとりを見ながら、ふと藤忠があけびに問いかける。
「あけび、お前はあいつが好きか?」
「あいつって、お師匠様? 大好きだよ?」
「いや、家族とか師匠としてとか、そういうことじゃなく、な」
「えっ!?」
 ぼふっと真っ赤になったその顔が答えか。
 しかし本人はまだ自覚がないようだ。
「ずっと一緒に居たいなとは思うけど……まだよく分からない」
 あけびと彼が結ばれてくれれば、藤忠の幸せ家族計画が完成するのだが。
「けど時間は沢山あるからこれから考えるよ!」
「そうか、そうだな」
 藤忠は木通の簪に触れ、白い花を軽く揺らす。
 今は三人でいられる幸せを噛み締めるか――

「おい、プリンはまだまだ残ってるぞ」
 ミハイルの声で二人は我に返る。
 いつの間にか、そこはプリンを完食しないと出られない部屋になっていた。

 残りは……ちょっと、数えたくない。



●遊びをせんとや呼ばれけり

「まったく、あの人達は……」
 風雲荘のキッチン方面に目をやって、天宮 佳槻(jb1989)はそれはそれは深い溜息を吐いた。
 せっかく笹を用意したというのに、飾り付けをほったらかして何をしているのか。
 まあ、それが彼等らしいと言えばそうなのだが。
「きっと終わった頃に思い出すのだろうから、飾り付けだけでもやっておくか」
 他に七夕祭りを楽しみたい者もいるようだし、ここは主催者に代わって準備を進めておこう。
 そこまでする義理もないように思うが、風雲荘には知人も住んでいることだし、以前にも手伝いに来た事があったから勝手もわかっている。
 まずはリビングにお邪魔して、キッチンの喧噪をBGMに折り紙や切り紙で飾りを作る。
 星に天の河、鵲や飾り用の短冊を幾つか、それに願い事を書くための短冊も作って――
「筆記具と一緒に置いておけば、書きたい人は勝手に書くだろう」
 自分は特に書きたいとは思わないし、願い事も思い付かないけれど。
 今は遠い明日を願うよりも足場を固める時。
 願うのは全てをやりきった後でいい。

 七夕の笹としての体裁が整い、後は短冊を吊すだけとなった頃。
 噂を聞いた浴衣姿の生徒達がぽつりぽつりと集まり始める。
「すみません、今日はこの会場でミニ笹が手に入るって聞いたんですけど」
「ああ、はい……どうぞ」
 すっかりスタッフだと思われた佳槻は、去年までの様子を思い返しながら、本体から切り取った小さな枝を手渡す。
「短冊はそこにあるものを自由に使ってください。飾りが足りなければそこに……」
 七夕と聞いて願い事を託すためだけに来た者も多かった。
「神様からよく見えるように、てっぺんに飾りたいの!」
 そんなリクエストには翼を使って応え、例によって鳳凰をコキ使いつつ、佳槻は手際よく「客」を捌いていく。
 おかしい、今日は試験明けの打上だったはずなのに。
 遊べと言われていたはずなのに。
 なのにこれか、いつものことだけれど。
(「この方が落ち着くんだよな」)

 さて、出来ればお茶のサービスなどもしたいところなのだが――
 キッチンは開かずの間になっていた。

 仕方がないから、先に片付けを済ませてしまおうか。



●笹に願いを

「中々立派な笹やねぇ……」
 風雲荘の玄関前に飾られた一対の笹を見上げ、宇田川 千鶴(ja1613)は何か懐かしいものでも見るように目を細めた。
「七夕なんて久しぶりな気がするなぁ」
「千鶴さんもですか、私も久しぶりな気がします」
 千鶴の目から短冊を隠すように願い事を書きながら、石田 神楽(ja4485)が微笑む。
 毎年七月のカレンダーを見れば「七夕の季節だ」と思いはするが、実際にこうして行事に参加することは久しくなかった。
「そない隠さんでも見たりせぇへんよぉ」
「ええ、それはわかっていますが……」
 願い事はお互い秘密にしようと決め、覗き見などしないしされないこともわかっている。
 けれどやっぱり、つい手元は隠したくなるものだ。
「まぁ私の願いなんて、ごく普通かつ平凡な願いなんですけどね」
「なら私と同じようなもんやね」
 にこにこしながら短冊を結び付ける神楽にそう返し、千鶴は自分の短冊を葉の陰になる場所にそっと結んだ。
 飾り付けが終わったら集まった皆と花火を楽しみ、自分の短冊が揺れるミニ笹を持って廃墟の祠へ。
 無事に奉納を済ませたら、後は――

「さて、まだ家に帰るには早い気もしますが、どうしましょうか」
「決まっとるわ、今日は商店街でも七夕祭りしとるんよ?」
 祭と言えば屋台、それを冷やかさずにこのまま帰れるものかと、千鶴は神楽を引っ張って行く。
 いつもの見慣れた商店街も、今夜は初めて見る場所のように感じられた。
 沿道を彩る七夕飾りは近所の幼稚園児が作ったものらしい。
 広場の中央に飾られた大きな笹の枝は、買い物客達の願い事で重そうに垂れ下がっていた。
 その周囲を取り囲むのは、いくつもの屋台。
「色々なお店があって目移りするなぁ」
「そうですね、やはり食べ物の店が多いようですが……射的とかないですかね?」
「久遠ヶ原で射的の店なんて、ご自由にお持ちくださいて景品並べとくようなもんやねぇ」
 銃口が勝手にブルブル震えるような銃でも使うなら、命中全振りインフィルトレイターでも楽しめるかもしれないけれど。
 そう言いつつ、千鶴は食欲をそそる匂いに誘われるように食事系の屋台に引き寄せられていく。
 焼きそばにお好み焼き、たこ焼き、フランクフルト、冷やしきゅうり――チョコバナナにクレープ、りんご飴などの甘いものも外せない。
「千鶴さん、先程から食料ばかり買い込んでいませんか? まさかそれを全部ひとりで食べる気では……」
「え? 私も食べるが、神楽さんにやよ、勿論」
「私に、ですか? もしかしてこの先食生活管理される流れです?」
「もしかせんでも、そういうことやねぇ」
「そんなに食生活が乱れているように見えます? 私も料理は出来るんですよ?」
 にこにこ顔の神楽にお好み焼きのパックを押し付けながら、千鶴はそれに負けない笑顔で返した。
「出来てもせぇへんのやろ?」
「ええ、まあ……時間効率とか考えると携帯食の方が何かと効率が良くてですね」
「私と一緒におるからには、そうそう携帯食料などにいかせんから覚悟しとき?」
 にっこり。
「あ、はい、覚悟しておきます」
 にっこり、しかしその目はどこか遠くへ泳ぎ出す。

 これは千鶴さんが作ってくれるのかな。
 それともメニューは考えるから料理はお願い、のパターンだろうか――



●いつまでも、いっしょに

「シャヴィくんといっしょに、ほたるが見たい、です……」
 茅野 未来(jc0692)は、短冊にそんな願いを託した。
 それが叶えられるのは普通、願い事が神様に届けられた後になるものだけれど――

「呼んだ?」
 やっぱり来た。
「え、と、どうして、わかったの、です……?」
「お祭があるって聞いたから、未来ちゃんも行きたいんじゃないかなって思って」
 読まれている。完全に読まれている。
 今まで念じると会えたのも、この特殊能力(?)のせいだったのだろうか。
「あ、そうだ」
 シャヴィはポケットをごそごそと弄って何かを取り出した。
「すまーとほん、っていう本なんだって。これ使うと便利だからって、宮本が買ってくれたんだ」
 宮本とは、先頃シャヴィの配下となったヴァニタスのこと。
 人生経験豊富なオジサマは、今やすっかり彼の保護者的立場に収まっているようだ。
「あ……じゃあ、アドレスとかこうかんすれば、いつでもおはなしできるの、ですね……」
 本とは違うけれど、それを説明すると長くなりそうだから、今はそっとしておこう。
「シャヴィくん、あの……ほたる……見られるばしょがあるらしいの…いっしょに行ってみませんか、です」
「ほたる?」
「きれいに光る虫さんなの、ですよ……」
 未来は昆虫図鑑を抱えてそわそわ。
「光る虫?」
 あ、これ多分、身体全体がピカッと光るようなの想像してる。
「えと、そういうのじゃ、ないの……です」
 未来はホタルのページを開いて見せた。
「こうい虫さんなの、ですね……」
「え、これ?」
 それを見たシャヴィの声にガッカリ感が滲み出る。
 確かに明るい場所で見るホタルは黒くて地味だし、光るのもお尻だけ。
「で、でも、くらいところで見ると、とてもきれいなの、です……!」
 力説されて、シャヴィも興味を惹かれたようだ。
 まずは未来の家に寄って、シャヴィの分もおねだりして買ってもらった浴衣に着替えて。
「シャヴィくん、とてもよくにあってるの、です……」
「未来ちゃんもよく似合ってる、すごく可愛いよ」
 さらっと言ってのける天然たらしだった。

 ホタルが見られる場所は、学園で配られていた「久遠ヶ原ホタル観察ガイド」なるものに書かれていた。
 有志の生徒達が数年かけて集めた確実な情報という触れ込みのガイドに従って、二人は廃墟に踏み込んでいく。
 慣れない浴衣とカラコロ鳴る下駄は足下の悪い廃墟では歩きにくく、何度も転びそうになるけれど――繋いだ手がしっかり支えてくれるから、大丈夫。
 やがて二人の耳に小川のせせらぎが聞こえ始める。
「……ぁ……」
 立ち止まった未来は、静かに、と言うように人差し指を立てた。
 息を殺して待つこと暫し、ぽつり、ぽつりと仄かな明かりが灯り始める。
 ひとつひとつの明かりは小さくて淡いけれど、それが数え切れないほど集まると、柔らかな光が辺りに満ちる。
 クリスマスのイルミネーションとはまた違った幻想的な光に、シャヴィは時間を忘れて見入っていた。

「ちょっとおなかがすいたの、ですね……」
 ホタル達が活動を終えて寝静まった頃、二人は夢から覚めたように元来た道を戻り始める。
「おまつりのやたいで、なにかたべていかない、です……?」
「そうだね、今日はちゃんとお小遣い持って来たよ」
 去年は未来に買ってもらうばかりだったけれど、今年のシャヴィはひと味違う。
「はい、りんご飴!」
 姫リンゴの小さな飴を買って、未来に手渡す。
「あ……ありがとうなの、です……」
 でも、いつも甘いものに付き合ってもらってるから、他のものも一緒に食べてみたいな。
「シャヴィくんは何か食べてみたいものありますか、です……?」
「んー、よくわかんないから、端っこから一通り全部!」
「そ、そんなにたべきれないの、ですよ……!」
 そう言いつつも、未来は嬉しそうにシャヴィの後を付いて行く。
(「シャヴィくんといっしょだとなんでもたのしくて、キラキラして見えるの、です……」)
 これはどんな魔法なのだろうと未来は首を傾げる。
「これからもいっしょにお出かけしたり、あそべたらうれしいの、ですね……」
 交換した連絡先。
 シャヴィの名前の後ろには、こっそりとハートマークが付けられていた。



 ―― VIRTUAL ――


●死者の宴と時の部屋

「こ、ここがあの呪われていると名高い天〇小学校跡地ですか。本当に今にも出そうな雰囲気ですね」
 袋井 雅人(jb1469)は「愛の使者・キューピッドくん28号」にプログラムされたホラーゲームの中に入り込んでいた。
 タイトルは「コー○スパーティー」、その名の通り登場人物が派手に死にまくるゲームだ。
 本来ならば共に校舎内を探検する仲間の多くが悲惨な結末を迎えるゲームだが、ここではプレイヤーの行動次第で助けられるようになっていた。
 必要なのは知恵と勇気と運、そしてアウルパワー。
「さあ皆さん、行きますよ!」
 他に参加者がいるかどうかはわからない。
 ここは本物のゲームと同じように多重空間になっているため、いたとしても同じ空間に存在しているとは限らない。
 最初に行動を共にする仲間は仮想空間に作り出されたデータだけの存在だ。
「とは言え実在の人物をデータ化しているのですよね」
 学園の教職員や生徒達など、本人の許可を得て登録されたNPC。
 初期パーティはそこからランダムに選ばれる仕組みだ。
「データだけの存在とは言え、学園の仲間や恩師達を死なせるわけにはいきません! 全力で護り抜きますよ!」
 特に真っ先に死にそうな門木先生とか!

 仲間達と共に、雅人は朽ち果てた木造校舎を慎重に進む。
 ずしりと思い空気に、鉄サビ臭い匂いが染みついていた。
「おお、嗅覚までリアルに再現されるのですね……」
 歩くだけでミシミシ音を立てる床は、所々がどす黒く染まっている。
 その上に足を置くと、ヌルリとした感触が伝わって来た。
 生乾きの血だ。
 その発生源は見ないようにして、雅人は仲間達に注意を促した。
「滑りますから、なるべく踏まないように――」
 しかし、それは無理な相談だった。
 薄暗い中に目を凝らすと、そこから先は一面の血の海。
 点々と散らばる白っぽいものは、少し前まで人間だったものの一部だろう。
 赤黒くドロリとしたものは肉か内臓か。
 せめてそれらは踏まないようにしながら、一行は理科室の前に辿り着く。
「こういう所ではいきなりドアが開いて人体模型が襲って来たりするんですよね……」
 言った途端、ガラッ!
 ドアが開いてまさしく人体模型が姿を現す――が、それは模型ではなかった。
『……タスケ、テ……』
 身体の右半分だけ皮を剥がれ、筋肉や内臓が剥き出しになった女子生徒。
「うわあぁぁぁっっっ!!」
 ピシャーン!
 それを挟み込む勢いでドアを閉め、雅人は一目散に廊下を逃げる。
 しかしそこは雅人の鬼門、どこまでも果てしなく伸びる廊下だった。
 後ろからはドアに挟まれた右半身を引きちぎり、血と内臓をボタボタと垂らしながら追いかけて来る女子生徒の姿。
「ここは捕まったら即死の場面……!」
 雅人は走った。
 なりふり構わず走った。
 もう仲間を守るどころではない。
 まずは自分の身を守らなければゲームオーバーだ。
「まさか、ここで死んだら現実世界でも……なんて設定ありませんよね!?」
 どうにか逃げ切った時、仲間は半分ほどに減っていた。
 しかし、普段から逃げ足だけは速いと自慢していた門木は無事だ――と、ほっとしたのも束の間。
 行く手から漂って来る猛烈な腐臭。
 発生源に近付いてみると、真っ黒な霧が払われるように無数のハエが飛び去っていく。
 後に残ったいくつかの塊にはびっしりとウジが湧いていた。
 元の形を留めているのはプラスチックの名札のみ。
 そこに書かれた名前もはっきりと読み取れる。
 が、それを見た瞬間――

 雅人は声にならない悲鳴を上げた。

 その頃、月乃宮 恋音(jb1221)は専用の部屋に籠もり、ひたすら勉学に励んでいた。
「……そこでどんなに長く過ごしてもリアル時間は殆ど進まないという、キューピッドくんの機能から考えますと……学業への応用も可能だと思われますのでぇ……」
 リアル時間の一日が一年に相当する修業部屋や、時間を戻す時計など、フィクションの世界にしか存在しないものが現実になるかもしれない。
 まずは自分で実験してみようと、恋音はネットや書物などから可能な限りの学術、情報、言語などのデータを拾い、自身の苦手分野を中心にキューピッドくんに入力していく。
 なお、これは手作業であるため準備に相応の時間がかかるのが難点だが、この手間が必要なのは最初だけだ。
 必要な入力を終えれば、後はひたすらバーチャル空間で勉強するのみ。
 何時間、何日、何年過ごそうと、リアル時間はほんの少ししか進まない。
 よって身体が休憩や栄養、睡眠を必要とすることもない。
 恋音はひたすら勉強し、一定時間が経過したら試験で成果を確認し、また勉強に戻り――入力したデータを全て修得するまで延々と繰返す。
 実地で使える知識を得るため、そして最初の辺りを忘れないように、試験は実地応用、範囲はそれまでの全て。
 なお、その試験問題もやはり事前に作って入力してあった。
 その時間と手間を考えると効率的とは言い難いが、これも手間がかかるのは最初だけだ。

 最終段階で一定以上満点を連続し取り、ほぼ全て修得したことが確認できた時点で計画は終了する。
 現実に戻った恋音は、その成果を確かめるためにバーチャル空間で受けた同じ試験をもう一度受けてみた。
 この実験が成功しているなら、ここでも軽く満点が取れるはず――
 だが、結果は芳しくなかった。
 そこそこの点は取れるものの、満点には程遠い。
 そして襲い来る猛烈な空腹。
「バーチャルで時間を引き延ばしても、リアル時間は変わりませんからねぇ」
 システムの担当者が残念そうに首を振る。
「リアルで一時間なら、脳味噌は一時間分の栄養しか使えないわけですから、キャパを越えた部分は夢のように忘れてしまうんじゃないでしょうか」
 そこそこの点が取れたのは、データの入力や試験問題の作成を自力で行ったためだろう。
 結局、地道に努力するのが一番ということか。

「恋音!!」
 そこに、現実に戻った雅人が血相を変えて走って来る。
「恋音! 無事ですか!?」
「……え、えぇ……少し頭痛がして、空腹ではありますがぁ……」
「良かった!! いや、無事なのはわかっていましたが……!」
 雅人は恋音を思いっきり抱きしめる。
 名札に使われる名前も生徒達から募集したものだと聞いてはいたが――

 暫くして落ち着いた雅人はほっと一息。
「恋音、お疲れ様でしたー。ここからは楽しく息抜きといきましょう」
 手打ち蕎麦や和菓子などの手土産を持って風雲荘の七夕へ。
 プリン祭もそろそろ終わる頃合いだろう。



●それは魂の伴侶

 神谷 愛莉(jb5345)はキューピッドくんの前で迷っていた。
(「面白そうだけど参加金額的にちょっと厳しいですの」)
 愛莉はちゃんと小遣いを残していたけれど、幼馴染は今月もうジュースも買えないと言っていた。
 一緒に行きたかったけれど、さすがに二人分は――え、参加無料?
(「でも今からじゃ連絡つきませんの」)
 え、本人は呼べなくてもデータ化したイメージとしてなら一緒に楽しめる?
「じゃあ、それでお願いしますの」
 行き先はランダムで――それ、ぽちっとな。

 着いたところは見覚えがあるような、ないような、不思議な世界だった。
 愛莉の隣には、翼の生えた白いライオンがお座りしている。
 ライオンはずいぶんと愛莉に懐いている様子だった。
 もしかして、これは幼馴染のデータがこの世界に反映された結果なのだろうか。
「あれ、エリちゃん?」
 名前を呼ばれて、愛莉は声のした方を振り返る。
 そこには――
「……あ、いつものお兄さん達?」
 にこにこ笑顔の子犬っぽいお兄さんと、ちょっと無愛想な山猫っぽいお兄さん。
 昼間に会うのは珍しいかもしれない。
「お兄さん達は選択、ですの?」
 愛莉の言葉に、子犬っぽいお兄さんはかくりと首を傾げた。
「エリちゃん、なに言ってるの? ここはエカリスだよ?」
「えか、りす……」
 なんだろう、知らないはずなのに何故か懐かしい響きがする。
 けれど名前からして外国であることは確かなようだ。
「やっぱりお二人とも外国人だったんですねー」
「もう、やだなーエリちゃん。エリちゃんもここに住んでるじゃない」
「え?」
 目を丸くした愛莉に、今度は山猫っぽいお兄さんが言った。
「どうやら記憶が混乱しているようだな」
「混乱、ですの?」
 言われてみれば、断片的に何かを覚えている気がする。
 山猫っぽいお兄さん、こんな口調だったかな?
「町を歩けば思い出すかもしれん」
「そうだね、じゃあ僕達が案内してあげるよ」
 子犬っぽいお兄さんが、相変わらずのにこにこ笑顔で言った。
「まずは公園に行ってみようか、それから湖やギルドにも」

 それにしても、道行く人々の姿を見る限り、ここは外国と言うより異世界だ。
 だって、二足歩行の動物達が普通に歩いてお喋りしてるんですもの。
「え、国民性? そうですかー」
 あの前髪がピンと立った赤い猫の人には見覚えがある気がする。
 一緒に歩いている赤い熊の人も……あれ、でもあれは女の人?
 二人の間には赤いパンダの男の子と女の子。
 何がどうなっているのだろう。

 町を見物しながら子犬さんお勧めのスイーツを食べたり、色々な店を覗いたり。
「次はエリちゃんのお家に行こうか、止まり木っていう宿屋さんなんだよ」
 その名前も、何となく記憶にあるような気がする。
 自分は本当にここで暮らしていたのだろうか。
「思い出した?」
「なんとなく、ですけど」
「よかった、会えなくなる前に思い出してもらえて」
「え……、あ、そうか、ご卒業おめでとうございますですの」
 その言葉に、子犬っぽいお兄さんはにこーっと笑った。
「ううん、卒業じゃなくて結婚するんだよ」
 結婚してクヴァールに住むのだと、お兄さんは言った。
「時々はこっちに帰って来るけどね。それに、もう自由に行き来できるからエリちゃんが会いに来てくれてもいいけど」
 今度来た時には、おでんをご馳走してくれるらしい――



●けっきょく南極アドベンチャー

「二人の関係とな? できたてほやほやの恋人じゃよ」
「か か 彼女さんですのよ」
 バーチャル体験の開始前、何故かスタッフにインタビューされた二人――ザラーム・シャムス・カダル(ja7518)とカーディス=キャットフィールド(ja7927)は、それぞれにそう答えた。
「ふむ、何故にあのようなことを訊かれねばならなかったのじゃろうな。わらわ達は、そのように見えぬのであろうか」
「そんなことはないと思いますのよ」
 にっこり笑った中の人@デート仕様は、指定された席にザラームをエスコートする。
 そこは幅の狭い二人がけのふかふかソファ、所謂ラブソファだった。
「きっとこの席を用意してくださるためだったのですの」
「なるほど、言われてみれば確かに、周りはお一人様用の椅子ばかりじゃな」
 リアルカップルはリアル世界でもイチャつかせてやろうという、運営側の計らいであるらしい。
「では遠慮なくらぶらぶさせてもらうとしようぞ」
 ソファに沈み込むと、否応なく身体が密着する。
 専用のヘッドセットを付けて、互いの体温にドキドキしながら二人は夢の世界へ――

「おぉ、これは……っ」
 寒い、暗い、そして白い。
 大地の白さに自分の手さえ見えないほどに……ん?
 ザラームの肌は小麦色だったはずだが――ああ、そうか。
(「わらわは今、白くまの着ぐるみを着ているのじゃったな」)
 お陰でぬくぬくと暖かい。
 カーディスはと見れば、こちらはいつもの黒猫を脱いだ中の人。
(「ふむ、いかにも寒そうじゃのぅ」)
 ここはひとつ、抱き付いて温めてやろうか……と、その前に。
「がおー!」
 悪戯心を起こしたザラ熊は、渾身の演技でカーディスに襲いかかった。
「どうじゃ、驚いて声も出まい! だが安心せい、わらわじゃ!」
 しかし脅しが利きすぎたのか、カーディスは両手で顔を覆ってへなへなとその場に崩れ落ちた。
「どうしたのじゃカーディス、わらわの演技がそれほどまでに真に迫っておったのか!?」
 ふるふる、首を振ったカーディスは顔を覆ったまま答える。
「くっしろくま着ぐるみのザラームさん凶悪に可愛いのですの!」
「……っ」
 今度はザラ熊が崩れ落ちる番だった。
「カーディス、おぬしという奴は……っ」
 熱い、そして暑い。
「カーディスは結構猫のを着ておるから、それのりすぺくとじゃ。しかしこう暑くては、そうそう着てもいられぬのぅ」
 脱ごうと思った瞬間に、それはパッと消え失せる。
 さすがバーチャル、便利なものだ。
「脱ぐとさすがに寒いのぅ」
 ちらっ。
「寒い時にはこう、身体をくっつけると温かいのじゃがのぅ」
 ちらっちらっ。
「では、こうしてみてはいかがでしょう」
 すっ。
 ザラームの手を取るカーディス。
「これで寒くありませんの」
「う、うむ、そうじゃのぅ」
 では、温かくなったところでオーロラ見物といきましょうか。

「VRといえどもさすが久遠が原クオリティめちゃくちゃリアルですの!」
 手を伸ばせば届きそうなところにオーロラが揺れている。
 薄くて軽いヴェールのようなそれは、ゆらゆらと揺らめきながら形と色を変えていく。
 緑色から紫、そして赤、ピンク。
 何枚ものヒダが折り重なって見えることもあれば、空を覆って翼を広げる巨大な鳥のような形になることもあった。
「わらわはあんまり遠出を好まぬから、こういうのはありがたいのぅ」
 プチ引きこもりっぽいザラームさんには、本物のオーロラは少々敷居が高い。
 アラスカあたりならまだしも、こうして南極まで来ようと思ったら飛行機と船を乗り継いで何日かかることやら。
「あっ、見てくださいザラームさん、ペンギンさんですの!」
「む? おぉ、よちよちと可愛いものじゃのぅ」
 手招きしたら寄って来た。
「どうやらお腹が空いているようですの。私達もお弁当にしましょうか」
 早起きして頑張ったペンギンさんの可愛いキャラ弁。
「自信作ですの」
 でも残念ながらペンギンさんが食べられるようなものは……え、タコさんウィンナーが欲しい?
「はい、どうぞですの」
 ペンギン型のおにぎりも欲しいですと?
 さすがバーチャル、ここのペンギンは何でも食べる。
「リアルに戻ったら、改めてお昼にしますのよ」
「うむ、それは楽しみじゃ。ところで……の、のうカーディス」
「なんですのザラームさん?」
 ザラームは一世一代の決意を込めてカーディスを見つめる。
 伝われ、この想い!
「いずれ、わらわの生まれた国に共に赴いてはくれぬか」
「ザラームさんが生まれた国ですの?」
 カーディスはにっこり笑顔で頷いた。
「きっと素敵な国なのでしょうね。是非ご一緒致しましょう」
 その真意、伝わるのはいつの日か――



●ばーちゃるペンギンものがたり

「卒業旅行、楽しみにしてたのに……ごめんね?」
「どうして、謝る? おめでたいことだ、し……俺は嬉しい、よ」
 水無瀬 快晴(jb0745)は、がっくり肩を落とした妻、水無瀬 文歌(jb7507)の頭を撫でる。
 おめでたがわかったのは、記念の旅行を計画していた矢先のことだった。
「それに、ほら」
 快晴は一枚のチラシを妻に見せる。
「これなら安全に旅行が出来る……しかも、行き先は選び放題、だ」
 バーチャルだけど本物そっくり、バーチャルだから安全安心。
「ありがとう、カイ大好き!」
「ん、知ってる」
 それで、奥様はどこに行きたいのかな?
 一瞬も迷わずに答えた、その場所は――

 というわけで、二人は南極大陸のど真ん中に立っていた。
 他には動くものの影もない雪原で、二人は寄り添って空を見上げる。
 星の光で編んだレースのカーテンのような、淡い光が天上から舞い降りていた。
「オーロラがこういう形で見れるのは凄い、な」
「うん、テレビでしか見たことなかったけど、やっぱり本物はすごいね!」
 本物じゃなくてVR、なんて野暮なことは言いっこなし。
 身を切る寒さも雪の冷たさも、もちろん互いの温もりもしっかり感じ取れる。
 これが幻だとしたら、リアルなんてどこにもない。
「こんな素敵な景色を間近で見られるなんて,来てよかったね♪」
 それに、こうして二人寄り添いながらオーロラを見た思い出は、記憶にはもちろん記録にも残る。
「……せっかくの想い出だし、ねぇ?」
 オーロラを背景にペンギン達と記念写真をパチリ。
 ここでは寒さで機械が動かなくなったり、うっかり落として壊す危険もない。
「それに、お土産だって買えるからねぇ」
 快晴がそう言うと、目の前の雪原にペンギンフォルムのドーム型をした建物が現れる。
 南極土産ペンギン屋だ。
「中でお茶も出来るらしい、な」
 さすがに少し冷えてきたし、何か温かいものでも飲んでひと休み。
 ペンギングッズが所狭しと並ぶショップを冷やかしたら、次は――

「わぁ,ペンギンさんだよ〜」
「……うむ、ペンギンさんだねぇ?」
 海岸線には黒山の人だかりならぬペンだかり。
 その中に分け入ってみると、ペンギンの押しくらまんじゅうでぬっくぬくに温かかった。
「カイほら見て、誰も逃げないよ!」
 むしろ仲間だと思われている、ような。
「……相変わらず、うちの嫁さんはペンギンが好きだねぇ?」
「うん、好きだよ! カイの次くらい♪」
「それは……うむ、ありがとう」
 快晴はペンギンと文歌を一緒にぽふぽふ。
「じゃあ私、ちょっと行ってくるね♪」
「……行くって、どこに……、え、泳ぐ、の……?」
 呆気にとられている快晴を尻目に、文歌は次々と氷の海に飛び込んで行くペンギン達に混ざってドボン!
「ペンギンさんと一緒に泳げるのは楽しいね♪」
 寒くないし、水中で息だって出来るよ、だってバーチャルですもの。
 都合の悪い部分はカット出来るのもバーチャルならではですよね!

 オーロラとペンギン三昧を堪能したら、そろそろログアウトの時間だ。
 快晴は名残惜しそうにしている文歌の頭を撫でる。
「……今度来る時は2人じゃなくて3人で、かねぇ?」
「3人もそうだけど、家族が増えるごとに,ここに遊びに来られたらいいね♪」
 まだまだ遊び足りないけれど、その時のために楽しみはとっておこう。
 キスを交わしたのはバーチャルだったか、それともリアルに戻ってからだったのか。

 まだ夢心地の文歌の目の前に、もっふもふのぬいぐるみが差し出される。
「はい、プレゼント……旅行のお土産、だねぇ」
「えっ、これ私が欲しいって言ってた親子のペンギンさんだぁ……ほんとに買えたの!?」
 驚き喜ぶ文歌に、快晴は微笑みながら頷き返した。
 本当は事前に文歌が気に入りそうなものを見繕って、海外お土産サービスで注文しておいたのだけれど。
「ありがとう、大事にするねっ」
 ぬいぐるみと快晴を一緒に抱きしめ、文歌はさっきのキスにお返しを――



●夢の食べ放題

「はい! キューピットくん使います!」
 VR装置が並んだ特設会場。
 その受付で、御子神 藍(jb8679)はとても良い笑顔で颯爽と手を挙げた。
「いくら食べても体重増えないもんね!」
 ん? 今誰か笑った?
「いや、悪い……確かにそれは重要だな」
「あ、門木先生! 先生もVR旅行?」
「いや、俺は装置の調整に駆り出されただけだ」
「そっか、お疲れさまです」
 笑われたことも気にせず満面の笑顔を返した藍は、「それじゃ」と手を振った。
「先生、結婚してもずっと仲良くできる秘訣を今度聞かせてね。これからもお幸せに!」
 そう言い残し、友人達のもとへ――

 2017年夏、世の一部はパンダブームに沸いている。
 だからというわけでもないが、ユリア・スズノミヤ(ja9826)はパンダだった。
 パンダと言えば可愛いものというイメージが強い。
 だがそれは形が歪な上に片目は星型で南瓜のパンツを履いているという、じっと見ているとSAN値チェックが入りそうなシロモノだった。
 しかし世の中には様々な感性の持ち主がいるものだ。
「あ! パンダ!」
 その姿を発見した藍は、嬉々として駆け寄っていく。
「パンダさんこんにちはー! お邪魔してますー!」
 そう、ここ九寨溝はジャイアントパンダの生息地としても知られている。
 野生のパンダがひょっこり顔を出しても不思議ではないロケーションだった――が。
 その「パンダ」は二足歩行でのちのち歩いて来ると、藍に向かってふにゃふにゃと手を振った。
「あ、ユリもんか! その着ぐるみ可愛いね!」
「ちっちっち。藍ちゃん、ここは何でもアリのバーチャルな世界だよ?」
 つまりこれは着ぐるみなどではない。
 ユリアは今、真にパンダなのだ――背中にチャックはあるけどな!
「あっ、そうだったね!」
 じゃあ妄想全開で、天地創造いきまーす。

 やって来ました中国は九寨溝ー☆いえーぃ☆
 青く透明な池が棚田みたいにいくつも連なる絶景だよ!
「独特の色合いがすごぃ綺麗……!」
 ユリパンダは夢見る乙女の表情でその景色をうっとりと眺める。
 しかし考えていることは少しばかり残念だった。
「折角だから中国料理食べたいよねん☆」
 こんな綺麗な景色を見ながら食べたら、さぞかし美味しいだろうなー。
 ここは願えば叶うバーチャル空間。
「見てユリもん、あそこ! 本格中華の丸テーブルあるアルよ!」
 池のひとつに、いつのまにか水上レストランが出来上がっていた。
 巨大なテーブルにはラーメン、中華ちまき、麻婆豆腐、餃子、春巻き、酢豚、八宝菜、中華まん、杏仁豆腐などなど――どれも軽く十人前はあるだろうか。
「わ! 中華の山!」
 食べに行こうと声をかけた時には、ユリパンダは既にダチョウの如く駆け出していた。
 なお、ここでは水の上も走れるよ!

「ユリ、アか……」
 ヨダレを垂らした歪なパンダの姿を見て、テーブルの脇に立っていた給仕、飛鷹 蓮(jb3429)がそっと溜息を吐く。
「見慣れたな、その姿も」
「あっ、蓮! これ全部蓮が作ったの?」
「いや、俺じゃない」
 どこからともなく湧いて来たものを、ただ並べただけだ。
「なーんだ、そんな格好してるからー」
「れーくんカッコいい! シェフ姿も似合ってるね!」
「ありがとう、藍は……、何だそれは」
「チャイナと言えば! これでしょう!」
 せくしーなチャイナドレス?
 いいえ、アクティブなクンフースーツです!
「……間違ってもその姿で夫の前に出るなよ?」
「え、どうして?」
「カンフーポーズをする間も与えられずに投げ飛ばされそうだ、彼に」
「それは……」
 どうしよう、否定出来ない。
「でもこれユルユルだから、食べ放題には丁度良いんだよ?」
 もちろんバーチャルだから、いくら食べても太らないけど。
 でもお腹が膨れる感覚はきっとあると思うのだ。
 タイトなドレスなんか着てたら詰め込めないじゃない、ねぇ?
「迎撃準備完了、いざ!」

 そして始まる食べ放題という名の戦い。
 押し寄せる敵(料理)を次から次へと撃ち落とし(胃袋に詰め込み)、破竹の勢いで突き進む二人。
 なおユリアは後ろのチャックから蓮に放り込んでもらうという大量破壊兵器ぶり。
「ユリア……まるでわんこイリュージョンだ……」
 結果、僅か数分で制圧は完了した。
「久し振りにこんなに食べた〜」
 ぱぁん!
 藍は丸くなったお腹を叩く。
 旦那様にはとてもお見せ出来ない姿だが、見てないから大丈夫……見て、ないよね?
 モニタに映ってたりしないよね?
「久しぶりって?」
「う、ダイエットしてたから……んー、結婚式できれいな姿、見てもらいたいしね」
「ふみゅ……でも藍ちゃんの旦那さん、その脇腹のぷにぷに感が好きなんじゃ……」
「Σぷにぷに!?」
 藍は思わず自分の脇腹に手をやった。
 確かに……ぷにっぷにだ。
 二の腕なんかもたぷんたぷんしている、ような。
「うん、でも気持ちはわかるにゃ。乙女にとって結婚式は一生に一度の大切な舞台だもんねん、めいっぱい愛されなさいこのこのー☆」
 ぎゅうぅぅぅー。
「あ、だめユリもん、今はぎゅーしちゃだめ!」
 出ちゃう、出ちゃうー!

「あれ、なんか背景変わったにゃ?」
 藍を解放したユリアは、今初めて気付いたように辺りを見回す。
 池の水は時間と共に七色に変化し、空は青空から夕焼け、オーロラ舞う星空まで刻々と変化していた。
 どうやら食事に夢中で気付かなかったようだ。
「浸かったら私も虹色になるかな……」
 そーっと水に足を漬けてみようとするユリパンダ。
「ユリア、風呂じゃないんだ。パンダのままだと沈むぞ」
「だいじょーぶ、パンダだってきっと泳げる!」
 ここバーチャルだし!
 蓮の心配をよそに飛び込んだユリパンダは、七色パンダになって帰って来た。
 もちろん濡れた毛皮も一瞬で乾くよ、バーチャルって便利!
「2人は結婚しても、きっと変わらないまま、いつだって仲良しなんだろうなぁ……10年、20年経っても」
 その様子を頬杖を突きながら見守っていた藍は、嬉しそうに目を細める。
「ああ、ユリアとの仲は……と言うより、彼女への愛情か。それは変わらないだろうな、絶対に」
 だから、今の時間をゆっくり過ごせればと思う――そう言って、蓮はユリアに柔らかな視線を向けた。
「そうだにゃ……今は“エンゲージ”を楽しみたいんだぁ」
「だが、藍と彼もそうだろう?」
「ん、そうだね」

「お腹いっぱいになったし、景色も堪能したし……そろそろ帰ろうか」
 本体がお腹を空かせているかもしれないと、藍は名残惜しそうに立ち上がる。
 やり残したことは、もう――
「あ、そだ。ちょっくらジャイアントパンダに会ってくる! ナマカの握手してくる!」
 七色パンダは野生のパンダを探す旅に出た。
「ん、いってらっしゃーい!」
「ユリアなら生のパンダとも交友を図れそうだな」
 そんな行動にも動じないお二人、さすがわかってらっしゃる。



●月面PTH

「だからタグ付けた責任者出てこい」
 矢野 胡桃(ja2617)陛下はお怒りになっていた。
 その怒りを鎮めなければ、無事に地球へ帰ることは出来ないかもしれない。
 鎮めても帰れる保証はない、むしろ何故帰れると思ったっていうアレだけどな!
「知ってる、どうせアスハさんだって」
 違うかもしれないけど絶対そうに決まってる(偏見
「だがPTHがピーチトリガーハッピーの頭文字だと、いつから勘違いしていた」
 疑惑の本人、アスハ・A・R(ja8432)が厳かに首を振った。
 きさまか、やはりきさまか……って、え、意味違うの?
「PTHとは――」

 P・ピンチだ T・たすけて H・ハルヒサ(助かるとは思ってない)

 というわけで。
「これより! チームハルヒサプレゼンツ! ドキッ! 負け犬だらけのワイル○・スピード鬼ごっこin月を開始する!」

 これはVRによる時速300km/h月面ローバー鬼ごっこである。
 ルールは簡単、鬼に追われながらひたすら月面都市のゴールを目指すだけだ。
 ゴールは何処かと? 知らんわそんなもん。
 なお攻撃以外のスキルは使い放題だ、味方を利用して、あるいは裏切ってドラテクで生き残れ!
 捕まったら地球へ帰れなくなるぞ!(ご褒美)

「鬼ごっこ……えっ?」
 色々アレすぎて、Spica=Virgia=Azlight(ja8786)の脳が理解を拒む。
 だがこれが彼等の平常運転。
 スピカの他には誰もが理解し、何の疑問も持たずに受け入れている様子だった。
「VRの使い方が普段の遊びと変わらへんとこ好きやで」
 ぬるい微笑みを浮かべる小野友真(ja6901)。
 あまりにお馴染みすぎて重要な情報を危うく聞き逃すところだった。
「ってかタイトル!? 負け犬言うてる!?」
 あ、ごめん今更やったわ。
 しかしここはVR、願えば何でも叶う世界。
「リアルじゃ勝てなくても(そこは認めるのか)VRなら勝つる(何故そう思うのか)!」
 いや、ほら、ここって妄想力がモノ言う世界だし?
 きっと少しは善戦できるんじゃないかなーって既に弱気。
「ほう、それは楽しみですね」

 <○><○>(カッ

 振り向くとそこには夜来野 遥久(ja6843)の姿が。
「さて、最後まで華々しく散って頂きましょうか」
 遥久は一部の面々、友真とか月居 愁也(ja6837)とか――特に加倉 一臣(ja5823)を見る。
 その眼力はリアルと変わらない、いや、リアルよりも更に威力を増している気がするが……気のせいだ、きっと気のせいだ。
 って言うか散る前提か、わかるけど。
「オミッセイは俺が阻止したる! 助手席担当俺ー!」
 友真は颯爽とローバーに飛び乗る。
「ナビは任せろー!」
 なお、このローバーに屋根はない。
 めっちゃ見晴らしが良いオープンタイプ、よってハコ乗りであろうとなかろうと吹っ飛ばされれば軽く死ねる。
「え、シートベルトは?」
 そうですよね、あるわけないですよね、知ってた。
 ところで、シートベルト云々というレベルにすら達していない参加者が約一名。
「学生生活最後に月面ロバで鬼ごっことか新し……えっローバー?」
 ロバじゃないの?
「だって月面では重力が六分の一で、だから言葉もふわふわ軽くなって間延びするからローバーはロバのことだって遥久が」
「しゅやおにーさん」
 ぽむ、胡桃がその肩をそっと叩いて首を振る。
「え、もしかして俺騙された?」
「そもそも言葉に物理的な重さはないな」
 一臣が頷いた。
 それに、月には空気がないから声は聞こえない――はずなんだけど何故か呼吸も会話も普通に出来ているのは流石VR、細かいことは気にしたら負けだ。
「そんなことより……聞いてほしい。私無事に卒業できるって思ってた」
 胡桃は居並ぶ面子を見る。見る。
「……無理だな……?」
 絶望に顔を覆った。
 そんな娘に、父――矢野 古代(jb1679)が声をかける。
「モモ、マイスイートエンジェルグレートマーベラスドーター、大丈夫だ」
 根拠はないが……いや、ある。
「ここには加倉さんやゼロがいる。もし危なくなってもあの二人がどうにか――」
「ちち、ちち。私が逃げる側だと、いつから勘違いしていたのかしら、ね」
「なに……!? まさか、モモ……!!」
「私が鬼役じゃないわけ、ない」
 にっこり笑ってPTH、それはもちろん「桃銀の絶対狙撃少女」の頭文字だ。
 敵味方に引き裂かれた親子の運命や如何に!
「なんだいつも通りね!」
 エルナ ヴァーレ(ja8327)が得心の様子で頷くが――まあ、そういうことだ。
「問題ありすぎて問題なしのヤツね! あたい詳しいのよ!!」
 思い返せばこれまでに幾度、こうして歴史を作って来ただろう。
「このメンバーでこういうのも最後かもしれないしね、名残り惜し……惜し……うん、とにかく楽しみましょ!」
 喉元まで出かかった冷静な判断を飲み下し、エルナは軽やかな身のこなしでローバーに飛び乗った。
 軽やかすぎて危うく重力の鎖を断ち切ってフライバイするところだったが、そこは抜かりない。
「脱落者は私が回収しましょう」
 待ち構え、取り押さえたのは只野黒子(ja0049)だった。
「あ、私は今回レースには参加しませんので」
 今日の黒子はまさに黒子、回収要員のついでにレースコースから少し離れて実況中継と解説を行い。その模様は全て録画として残す所存。
 卒業する者もいるので、記念に残してやろうと思った次第である。
(「別枠でしゅーや向けにもな」)
 高画質録画の永久保存版、これは卒業後の事務所開設費用に充てようかと。
「なん、だと……!?」
 一臣が驚きの声を上げる。
「黒子が参戦しないなら、生き残れる可能性も微レ存……?」
 いや、世の中そんなに甘くない。
 四天王の一角が崩れても、まだ三人残っている。
「そうそうー、自分も今回は案内役的ポジションで行動する予定ですよー」
 謎の原理で空中にふわふわ漂いながら、櫟 諏訪(ja1215)がにこやかに言った。
 ほら、よくゲームで逆走したりすると頭の上に矢印とか出るでしょ?
 あれです、あれ。
「ということは……!」
 これで四天王は残り二人。
「戦わずして二人を倒した俺、すごくね!?」
 四天王と言えど戦力が半減した今なら――

 <○><○>(カッ

「――あ」
 アスハともかく()遥久がいたな!
 だが勝利の女神は諦めを知らぬ者にこそ微笑むのだ。
「さあ、月のレース、誰が優勝するか楽しみですねー!」
 若干棒読みな諏訪の台詞と共に、宇宙一過酷なレースが幕を開けるのだった。

「さあ行くぞ、ワイルドバロン!」
 愁也はうきうきしながらロバ的馬マスクを被る。
 マシンの名前は今ノリで考えた。
 イメージ的には先頭を切ってぶっちぎりそうだが、先頭=追われる身。
「ところでコース設定はどうなっとるんや?」
 やはり追われる身である友真がナビシステムを弄ってみるが、そんなデータは入っていない。
 当然、月面には道路も案内標識もない。
「ゴールの月面都市てどこや!?」
 それは誰も知らない――ただひとり、矢印ポジの諏訪の他には。
「皆さんは適当に走ればいいのですよー、コースから外れたら自分が先導しますのでー」
 ただしゴールまでの最短距離を案内するとは言っていない。
 走りやすい道に誘導するとも言ってない。
「さあ、楽しくなりそうですねー?」
 まずは自由に走って半分くらいに数を減らすと良いんじゃないかな!

 スタート地点は見渡す限りの平野が広がる場所――多分ナントカの海と呼ばれているもののひとつ、だと思う。
 障害物が何もないから思う存分に走れるよ、ただしいきなりクレバスがぱかっと口を開けてたりするけどね!
「つまり逃げ惑う連中をそこに突き落とせば良いのじゃな?」
「なるほど、任されたっす!」
 緋打石(jb5225)とニオ・ハスラー(ja9093)は、がっしりと腕を組み合った。
 さっきリアル世界の受付で初めて会ったばっかりだけど、一目出会ったその日から恋の花咲く――じゃなかった、意気投合。
 五分後には月世界人を束ねる大企業、その名も「嵐の鳥」が設立されていた。
 彼等は現地人――火星からの移民だというタコ型異星人をパートとして大量に雇い、そこかしこにひっそりと潜ませていた。
 タコさん達は甲羅やバナナを投げて来るぞ、うっかり乗り上げたらどこかにぶつかってクラッシュするまで止まれない。
 なお彼等はめっちゃ仕事熱心だから気を付けろ、ここで良い成績を残せば正社員に昇格という甘い餌が目の前にぶら下がってるからな!
「さあ、この先生きのこることできるかのう?!」
「緋打石さんと手に手を取り参加者をきょうふのずんどこに叩き落とすっす!」
 彼等が駆るのは一人乗りの馬付きチャリオット。
 前後に突撃用の角が生え、車軸に垂直に刺が生えているという凶悪なシロモノだが、実はゴム製だったりする安全設計だ。
「近頃では月社会でも安全に対する意識が高くなって、訴訟だなんだとうるさくなってきたからのー」
 と、そういう設定。

「おかしい……卒業したはずやのに残業のレベルが高い」
 ゼロ=シュバイツァー(jb7501)はしかし、スピード勝負で負ける気はしなかった。
「スピード……それは俺の世界。この中で一番速いのは俺だ! 光速の世界を知っているのは俺だけだ!」
 ゼロのマシンは初速でいきなり光速を越えた――時速300km/h制限?
 さあ何のことですかね?
 しかし、それさえも軽々と超えて行くマシンが!
「ヒャッハー! どけどけぇー!」
 エルナである。
「バナナの皮でも亀の甲羅でも何でも持ってきなさいよー!」
 実際、彼女のローバーは亀の甲羅に乗り上げていた。
 ゆっくり慎重にスタートした直後、タコさん達がこっそり置いたトラップにうっかり引っかかってしまったのだ。
 だがエルナは転んでもただでは起きない、いや、滑ってもただでは転ばない。
 コントロール不能な筈のマシンを無理やり制御し、光速のゼロさえもぶっちぎって爆走する。
「レースでもなんでも体当たり上等のラフプレイ上等よー!」
 その勢いでクレバスもひとっ飛び、聳える岩山さえもジャンプ台に――
「……え?」
 勢い余ったエルナはお星様になりました。

「予測可能、回避不可能ってぇ文句が世の中ありやしてね……」
 キラリと光るエルナの星を見上げ、点喰 縁(ja7176)は震えながら心の中で手を合わせた。
 せめて回避可能なトラップだけは避けて通らねばなるまい、隣に座る娘のためにも。
「すっごーい! たのしー!」
 その娘、点喰 瑠璃(jb3512)は、繰り広げられるカーチェイス(?)をジェットコースターか何かくらいに思ってるらしく、きゃっきゃとはしゃいでいる。
 まあ、その認識もあながち間違ってはいない、かも。
「パパ、今のあれ瑠璃もやりたい!」
「今のって……いや、あれをやっちまったら即リタイアになっちまいやすからねぇ」
 もっとこう、低い角度なら加速とショートカットに使えるかもしれないが。
「そっかぁ、うん、今は鬼さんにつかまってもコースから出ちゃってもダメなんだよね!」
 娘の言葉に頷き、縁はローバーのハンドルを握る。
 が、気が付けば周囲に他の者の姿はない。
 もしかして、完全に取り残された……?
「そう言えば、家の家紋が月にゆかりがある意匠でしたっけねぇ」
 割とどうでもいいことを考えて現実逃避しつつ、目印も何もない広野をひた走る。
 多分、コースが間違っていればナビが来てくれる。
 いくら広くて平坦な場所での運転が苦手だからって、まさか同じところでグルグル回ってるとか、そんなことは……
「パパ、あの山の形さっきも見たよ?」
 やばい回ってた。
 ナビ、ナビはどこ!?

「……ここはおにさんになるべきなの、です?」
 華桜りりか(jb6883)は、ゆっくりのんびりと行動を起こした。
 流石だいまおーの風格である。
 仲良し鳳凰さんを喚び出して、その背に乗ってまずは上空から下界を一望。
 なおVRにつき召喚時間の制限はない。
 サイズだって自由自在。
「あ、ゼロさん見付けたの……」
 ギュンッ!
 急降下、かーらーのー、通せんぼ――と思ったら、ごめんうっかり押し潰してた。
「やめろだいまおー! まただいまおーするのか!?」(手遅れ
「ごめんなさい……なの」
 お詫びにチョコあげるから許して?
 なお甘いかどうかは運次第、たまに贅沢なカカオ100%もあるよ、すごいね!
「ゼロさん、当たったの……です? おめでとうございます、です」
「わざとや、これ絶対わざとやろ」
 知ってる、ロシアンチョコとか言っても本人だけは中身が見えてるんだきっとそうだ。
 でなきゃこのタイミングで的確にカカオ100%の超ニガチョコが出て来るはずがないな!
「そんなことないの、ですよ?」
 疑うなら好きなものを取ればいいと、りりかは大きなバスケットに山盛り入ったチョコを差し出す。
 しかし。
「そうやってここで俺を足止めする気やろ! だがその手には乗らんで!」
「そんなつもりはないの……」
 足止めは否定しないけれど、むしろそれはゼロさんのため。
 だってほら、上を見て。
 巨大な矢印が真逆を向いてふわふわしてるよ。
「ゼロさん、正しいコースはこちらなのですよー」
 矢印の上から諏訪の声が聞こえてくる。
 どうやらあの矢印は飛行系の乗り物であるらしい。
「諏訪ぁ! キサマは倒す、絶対にだ!」
 エンジン点火、垂直上昇!
「おやー? いいのですかー、先導役への攻撃はペナルティの対象になりますよー?」
「男にはレースの勝ち負けよりも大事なものがあるんや!」
「そうですかー、ではー」
 先導役はレースに於ける絶対的存在、よってボタンひとつでこんなことも出来るのだ。

 はいリセット☆

「スピード……それは俺の世界。この中で一番速いのは――」
 あれ、この台詞さっきも言った気がするな?
 しかも周りに誰もいないってどういうことだ、まさか出遅れた!?
「ふっ、しかし周回遅れからの逆転優勝ほど燃える展開はない、そしてこの俺ならそんなミラクルも可能!」
 ミラクルどころか朝飯前と、ゼロは光速でぶっちぎる。
 で、ゴールどこ?

「未来において勝った気がしたが別にそんなことはなかった……!」
 今回こそは勝つ、そんな決意を籠めて――古代は逃げる!
 え?
「知らないのか、逃げるが勝ちと昔から言うだろう!」
 個人的に最大の敵は、最愛の娘。
 PTHとなった彼女は「娘と書いて強敵と読む」的な存在だった。
「すでに一人前の人である以上――最早やられるわけにはいかない……!」
「父さん、何か勘違いをしているよう、ね?」
 すぐ後ろから胡桃の声が聞こえた。
「私が直接手を下すと、誰が言ったの、かしら」
 他の鬼の手助けをするココロヤサシイ鬼だよーコワクナイヨー。
 ちょっと【祝歌】で先回りして行く手を塞いで、スリープミストで眠らせるだけだからねー。
「はい、通行止め、ね」
 え、急な飛び出しを避けようとしてハンドル切ったら岩山に激突した?
 まあそういう不幸な事故もたまには、ね。
 でも宣言通り、直接手を下したわけではないのです。
 陛下ですからね。
 あとは他の鬼が狩ってくれるのです、むしろ狩らせるのです。
 陛下ですから、ええ。

「けがをした人がいたら祓い給へ 清め給へで回復します、です」
 クラッシュ現場を発見したりりかが鳳凰を駆って飛んで来る。
「矢野さん、大丈夫なの……です?」
 はい、痛いの痛いの飛んでけー。
 さすがVR、怪我が全快するのはもちろんマシンまで新品同様に!
「これでまた皆と一緒に遊べるの……」
 怪我をしたらリタイアなんて慈悲はない。
 リタイアより皆で楽しみましょー。
「鬼だな、華桜さん……」
「ええ、おにさんなの……ですよ?」
 にっこり、桜色の鬼はそれはそれは良い笑顔で獲物を見た。

「やばい、あれはやばい……!」
 コモモおかーさんもやばいが、桜色の鬼はもっとやばそうな気がする。
 スピカはその視界に入らないようにコースを取りながら、その場を一気に走り抜けた。
 しかし、それでも助かった気がしないのは――
「ひゃっはー汚物は消毒っす!!!」
 振り向けば、ニオが凶悪なチャリオットの上で仁王立ちしている。
 その隣には情け容赦なく馬に鞭をくれている緋打石の姿があった。
「どこを見ても、やばくない人なんかいない……捕まったら、絶対危険なはず……!!」
 どいつもこいつも殺意に溢れている気がするが気のせいではなく明らかに危険な気配しかないから逃げるが勝ち!!
 ひたすら逃げる。
 逃げるったら逃げる。
 それ以外に生き残る道はない。
「これが鬼ごっこだと言うなら……捕まらなければいい、はず……!」
 その前提が正しいことを祈りつつ、スピカはフルスロットル(縮地)で加速、一気にゴールを目指す――で、ゴールはどこ?
 しかし、そんな細かいこと(?)を気にしている場合ではなかった。
 後ろからぐんぐん迫る二台のチャリオット!
「挟み撃ちっすー!!」
「ホットサンドにしてくれるのじゃ!」
 魔獣の顎門が開かれ、挟み込もうと左右から迫る。
 しかし間一髪で空中に逃れるスピカ、コードクリスタルウィングは自身の背ではなくローバーから生えていたが細かいことは気にするな。
 火花を散らしてぶつかり合うチャリオット、しかし二台はそのまま合体し、二頭立ての重戦車にパワーアップした!
「おお、これはすごいのじゃ!」
 本人達も予想しなかったまさかのシステムチェンジ!
「なんかすごい主砲も付いてるっすよ! いっちょ試しに撃ってみるっす!!」
 そぉーれどっかーん!
 空中のスピカ機に向けて一直線に飛ぶ砲弾、ただしゴム製。
「この程度なら……!」
 シールドでいける、そう思っていた時期もありました。
 たかがゴム、されどゴム。
 ごーーーん!
 ぶち当たった反動で、スピカは重力の外へ。
 彼女は今でも、双子座の片割れとして夜空に光り輝いているそうです。

 ――というのも話としては面白いのだが、これはあくまで月面レースである。
「しんでないんならいいんですけど。まあ、『死んで楽に終わる』ってことは多分ないよなぁ……」
 そんな終わり方は許さないだろう、我らがだいまおーさまが。
「ならばレースとして悔いなく全うさせるのが回収要員の使命ですよね」
 お星様になったリタイア組を、黒子が回収してだいまおーの御前へ。
「魔王様、こちらを」
「んむ、よきにはからうの……」
 復活したメンバーは、激戦地のど真ん中にでも放り込んでおこうか。

 そんなわけで、エルナとスピカはいきなり修羅場に放り込まれた。
「え、なに!? 何がどうなって――!?」
 訊くだけ無駄だよね、知ってる。
 エルナは瞬時に頭を切り換え戦闘モードへ。
「誰にでも突撃だぁー! 死なばもろとも!」
 視界に捉えた先頭集団、その後方にぴたりと貼り付いた。
 と、前方からもくもくと白い煙が!
「攻撃スキルはダメって知ってる!」
 煙の向こうでロバ的馬マスクの男が後ろを振り向く。
「だが、ちょっと部品という名の落下物があってもおかしくはないはず! たまに発煙手榴弾とかがぽろっと落ちたり飛んだりしてもこれはしかたのないこと……」
 許せ、勝負の世界は非情なのだ。
「鬼にかける情けはない!」
「あたし鬼じゃないし!」
「えっ」
 その瞬間、怒濤の勢いでカマを掘られた。
「ーーアッー!!」
 煙幕で遮られたエルナの目には、そこに転がる亀の甲羅が見えなかったのだ。
 結果、見事に乗り上げ玉突きからの、死なば諸共ジャーンプ!
 二人はお星様になりました、が……あっという間に回収されて再び修羅場に叩き込まれましたよね。
「空に逃げ道はない……だったら、ここで踏ん張るしか……!」
 スピカは無理矢理な運転でマニューバキル、巻き込まれることで発生する運転ミスによる自滅を誘ったつもりが因果応報、自分が炎上!
 それでリタイア出来るほど甘くないけどね?

 そんな中、一臣と友真のコンビは順調に先頭を走っていた……順調すぎて気味が悪いほどに。
 こんな時こそ気を緩めてはいけない。
 ほら、後ろから着実に近付いて来る悪魔の足音ならぬエンジン音、いや、あれは――
「……ん? 空気がないから音は聞こえないは、ず……」
 ぱららぱらりらぱらりらりー♪
 鳴り響く六連ホーン、あれはかの有名な愛のテーマ!
 慣らしているのはアスハだ!
「まさか、こいつ、脳内に直接……!」
「愛のテーマ馴染み過ぎでは」
「回避! 回避射撃で何とかなりませんか!」
「回避……耳飛ばしたらいい?」
 がちゃ!
「てのは冗談です任せろー!」
 ちゃんと外れるけどね、バーチャルだから!
 でもとりあえず付け直して。
「あの面子が次何を仕掛けてくるか俺は手に取るようにわかる……俺の専門知識が火を噴くで! 俺のナビに従って走れば問題ないです!」
 え、そういうスキルではない。
「はい、素直に索敵します」
 え、索敵するまでもなくすぐそこに見えている。
 マーキングもばっちり付いてる、と。
「言われてみればそうやね!」
 ではどうすれば。
「ゆけ、おのゆうま!」
 人間ロケットランチャー、発射!
「え、そこで俺投げ――」
 ぶん!!
 背後に迫るアスハの単車()に向け、一直線に飛ぶ友真!
「一臣さんは俺が守――っ」
 だがしかし、擬術:零の型つまり瞬間移動で一臣の前に跳んだアスハの姿はもう、そこにはなかった。
 ずべしゃ!
 砂地に頭から突っ込むも素早く起き上がり、後ろを振り返る。
 舞い上がる砂煙の向こうに見えたのは、目の前で急ブレーキをかけたアスハの単車につっかかり、勢いでシートから投げ出される一臣の姿。
「一臣さん、なんでや……なんでシートベルトしてなかったん」
 あ、付いてなかったよね、そう言えば。
 そして始まる感動巨編、映画「オミッセイ」――
 彼の還りを待つのはたった一人、友真だけかもしれないが、この一人には70億人分の価値がある、多分。
 後方から笑顔で見守る遥久は考える、「オミッセイに続編はあるのか」と。
「あるに決まっとる、オミッセイの後には新作ヒーローユベンジャーズが始まるんやで」
 それは続編とは言わないなんてツッコミはナシやで!
 それにサムズアップにゃまだ早い、つーかそれは「オーミネーター2」やからな!
「この俺がハンドルを握るターンがやって参りまし……」
 どーん!
 地球で待つたった一人の友真のために、帰って来たオミトラマン。
 帰って来ても特に策はないけれど、帰って来ることに意義がある、と思いたい。
「宇宙の果てから俺は見た。友真の後ろに迫る真の恐怖を……!」
 それが何であるのか、言わなくてもわかるな。
 次にすべきことも、わかるな?
「アクセル全開!」
「逃げ切るで!」
 大丈夫、索敵とマーキング効果で「ヤツ」の居場所はわかる。
 じわじわ迫ってくるのが手に取るように。
 跳ね上がる心拍数、額を流れる脂汗。
 わかる、わかるぞ、恐怖がすぐ後ろまで迫っているのが。
 しかし振り向いてはいけない、振り向けがそこには――

 <○><○>(カッ

 SAN値チェック入りましたー。
「うん、知ってたよね、失敗するって」
「大丈夫、俺もどこまでも一緒や」
 諦め顔の一臣と、むしろ清々しく悟り顔でかっこいいヒーローポーズを決める友真。

『仲良く親指を立てて砂地に沈む二人は、こうして月に抱かれて永遠に眠ることとなったのである』
 以上、実況と解説は皆様の黒子がお送りしました。
「まあ、何か飛ぶんだろうとは確信してたけど」
 沈むのは想定外、よって回収は不可能――ではないけれど、なんか面白そうだから放置する。
 多分そのうち反対側から出て来るんじゃないかな?

 そしてレースも終盤に差しかかった頃、彼等は予想通りに復活を果たしたのである。
 突き抜けて飛び出したそこは月の裏側、そしてゴールである月面都市のすぐ目の前。
「見ろ、勝利の女神は俺達の味方だった!」
「せやろか……」
 これまでのことを忘れて素直に喜ぶ一臣と、これまでのことから素直に喜べない友真。
 そしてやはり、歴史は繰り返した。
「残念ですが、ここから直進は出来ないのですよー」
 諏訪の矢印が反対方向を示している。
 示す先には聳える岩山、その間を縫うように走る狭い道と言うか岩の割れ目と言うか。
「そんなうっかりしなくても事故が起こりそうなコース、素直に通るわけ――」
 ずおぉぉっ!
 突然目の前の地面が割れた!
「あ、飛び越えても構いませんがー」
 その場合、漏れなく謎の超高温ガスでジュッとなりますのでー。
「いや、そんなまさか」
 試しに石ころを投げてみる。
 ジュッ。
「おわかりいただけたでしょうかー」
 はい、おわかりさせていただきました。

 最後の難関に、ローバーがひしめき合う。
 絶壁の間に挟まれた通路の幅は、三台のローバーがぎりぎり並べる程度。
 しかも路面はデコボコで、V字型のヘアピンカーブが連続し、おまけに上からは落石注意。
「無茶ぶりもええとこやな!」
 見通しが悪いどころか全く先が見えないコースをそれでもスピードを落とさずぶっちぎりながら、ゼロは置き土産のバナナを撒いていく。
「毎回鬼どもが勝てると思うなよ!」
 正直自分らが勝てるとも思ってないけどな!
 今、ゼロはソウルメイトたる古代、一臣と共に三台で後続に蓋をしていた。
 このまま行けば、ここを抜けるまで三台仲良くトップを独占出来る。
 抜けるまでの儚い友情ではあるが――
 しかし男の友情は予想を超えた驚きの短さだった。
 後方から信じられないスピードで追い上げて来るのは縁と瑠璃を乗せたローバーだ。
「こちとら狭い下町を毎日のように走り回ってんでぇ、三車線もありゃ目ぇ瞑ってたってぶつかりゃしませんや!」
「パパかっこいいー!」
 バナナの皮を避け、亀の甲羅もキノコも避けて、縁は三台の後ろにピタリと付ける。
「抜かせてもらいやす!」
 宣言からの、血湧き肉躍るマンガ映画的壁走り!
 垂直に切り立つ崖をノリと勢いで走り抜け、見事トップに躍り出た!
 そればかりか――
「今こそ逆転のチャンス!」
 投げ付けられたバナナの皮を攻撃と見なし、愁也はスキル逆風を行く者でゼロの後ろに貼り付いた。
「ヒャッハー! 鬼がなんだ! 俺は負けロバにはならねえぞーー!!」
 がっつりフラグを立てるのはお約束。
「どうやら俺達の友情もここまでのようやな」
 ゼロがソウルメイトに別れを告げる。
「今から俺らは敵同士や」
「俺達三人、もとより裏切り愛を誓った仲間!」
 しかし古代だけは信じていた。
「そんなこと言っても、やばそうな連中は勝手に加倉さんやゼロがなんとかしてくれるんでしょう?」
 信じてるから、きっとどっちかが……或いは二人とも生贄になってくれるって。
「これが俺たちの(どうせ裏切るんだろうなっていう)信頼の形だ!」
「そうだな、二人とも俺の大切な仲間(という名のスケープゴート)だ」
「せや、仲間の(きっと自分の身代わりになってくれるっていう)期待と信頼は裏切ったらあかん!」
 今や危機はすぐ後ろに迫っていた。
 いや、悪いけど愁也さんのことじゃないんだ、うん。
 更にその後ろ――

 ぱららぱらりらぱらりらりー♪

 <○><○>(カッ

「ひぁっ!?」
 愁也の喉から変な声が漏れる。
「いやいや、俺はもう逃げないって決めたんだ! 鬼なんかこのロバのヒヅメで蹴り飛ばしてやるぜ!」
 喰らえ、うっかり落としたくず鉄とシルバートレイ攻撃!
「そんなもので効果があると、本気で考えているの、か」
 ぱららぱらりらぱらりらりー♪
「だがその意気や良し」
 <○><○>(カッ
(「逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ……」)
 アスハさんはともかく()遥久からは!
「俺はこの愛()を貫いてみせるっ!」
 愁也は僅かにスピードを落とし、追い上げてくる二台の間に自ら滑り込んだ。
 狙いは遥久のみ!
 思い切りハンドルを切って体当たりを喰らわせる!
「喰らえサイドアターーーック!」
 ガガガガガ!
 しかし。
「下克上? 100年早い、来世に出直せ」
 ぽーい。
 軽く弾き飛ばされ、愁也はお空のロバ座になりました。

 ぱららぱらりらぱらりらりー♪

 <○><○>(カッ

 迫る恐怖に、先頭集団は既に団結を失っている。
「物理には物理をぶつけるんだよぉ!」
「そんなもんは百も承知や!」
 火花を散らしてぶつかり合う古代とゼロ、その後ろからぱらりらアスハが煽る、めっちゃ煽る。
 煽られつつもゼロはパリィで弾き予測回避で避け創造でダミーを――あれ、ダミーの中に古代さんとおみさんが……?
 すっかり混戦模様になったところに遥久が突っ込んで来る。
 地獄に悪魔か。
 なんかスッと並んだ時の風圧からして既に格が違うぞ。
「あかん並ばれた!」
 捕まってまう!
 ゼロは更にスピードを上げ、V字カーブでナイトアンセムを置き土産にして視界を塞ぐ――が、そんな小細工が「<○><○>」に通用するはずもなかった。
 一方の古代は敵が分散したのを幸い、単身アスハに挑む。
「ふ、最後の最期だ……逝くぞアスハさ……ロットハール……!」
 全力で併走する二台、だがどちらも攻撃を仕掛けない。
 これは純粋なスピード勝負かと思いきや――
 外側に思い切り膨らんだところで。
 ちょん。
 アスハは古代を軽く小突いた。
 それだけのことだった。
 それだけのことなのに、大きくバランスを崩した古代は。
「あー、古代さんそこは危ないでー」
 無重力やから曲がり方を間違えると宇宙だよ!
 ついでにそっとバナナの皮置いときますね。
 そして「ヤノ・グラヴィティ」が壮大に何も始まらないのだった。

「古代さんが落ちたか」
 一臣は後ろを振り返り、そっと目を閉じる。
 仕方ない、彼は三山羊仲間のうちでも最弱――全部最弱とか言うな。
「大丈夫だ、その犠牲を無駄にはしない……!」
 デコボコ砂地にハンドルを取られても、上から岩が降って来ても、何とか踏ん張る。
 そして三山羊仲間最後の生き残りをかけた戦いが、今!
 遥久と併走しつつ追って来るゼロにドリフトで容赦なく砂かけ――
 ふわぁ。
「え、今の効果音なんか間違ってませんか!」
 ライスシャワーか!
 なんてツッコミ入れてる余裕はない。
「まずは抜いてった縁ちゃんを抜き返す!」
 喰らえドリフトライスシャ――
「あっ、かつおぶしのおにーちゃんたちだ!」
 瑠璃と一臣と友真、二人でひとつのかつおぶし。
「瑠璃たち先に行くね、ばいばーい!」
「うん、ばいばーい」
 ふ、いいんだよ……女の子には優しくするのが加倉家の家訓なんだよ……

 しかし大人げないゼロさんと鬼達は容赦なく追い上げて来る。
「あ。パパ。ちょっと鬼さんの行動が怪しい。迂回したほうがいいかも?」
「らじゃ!」
 ちょうど分かれ道だし、でもどっちへ?
 と思ったら矢印が出現、縁は反射的にそれが示す方向にハンドルを切る。
「何しろ考えてたら正面にぶち当たって一発大破になっちめぇやすからねぇ……!」
 直後、背後で矢印の向きが切り替わったことを縁も瑠璃も知らない。
 それが吉と出るか凶と出るか――
「大丈夫なの、ですよ……?」
 矢印の影からそっと顔を出したのはりりかさん。
「向こうの道は安全、なの」
 多分、5%くらいは。
 おまけに女の子と見れば鬼さんでもご案内しちゃうので、あんまり効果はないかもしれません。てへっ☆

「……ゴール何処よ!?」
 縁達に続いたエルナはひたすら走る。
「……ゴール何処なのよ!?」
 走っても走っても、ゴールどころか絶望しか見えないけれど。
 スピカはその後ろにぴたりと付けていた。
「そう言えば、このローバー……何で動いて……?」
 燃料計が見当たらないんだけど、途中でガス欠になったりしないのだろうか。
 月面に取り残されたら――まあ、呼吸は出来るしお腹も空かないみたいだから、それほど危機感はない気もするけれど。
「……あ」
 お腹が空かないならガス欠もない?
「……さすがVR……」
 などと考えているうちに、後ろから鬼が迫って来た。
 どーん!
 容赦なくゴム弾主砲をぶっ放してくるアレは緋打石とニオだ。
「我らが合体チャリオット、名付けてガッチャリくんは無敵っす!!」
「待つのじゃニオどの、いつの間にそのような名を!?」
「カワイイっすよね! さあパートのタコさん達、ここが最後の見せ場っすよ!!」
 いつの間にかパート統括マネージャに成り上がったニオは、周囲に潜んでいたタコ型異星人達に指令を下した。
「これが最後のミッションっす! 成功すれば配点三倍っすよ!」
 さあ頑張れ!
 煽られたタコさん達は踏まずには通れない密度で亀の甲羅とキノコを敷き詰める!
「いいわ、かかってらっしゃい! 何回でも☆になってやるわよー!!!」
 エルナはまたもお星様になりました。
 もうお空の果てがゴールでいい気がしてきた。
「こんな、こんな初歩的な罠で……!」
 スピカは懸命にハンドルを操作するも、ローバーは操縦者の意思に反逆するように勝手に走り――いや、滑り続ける。
 そしてやっぱり、スピカもお星様に。
 次々にリタイアしていく姿をモニタで見た縁は遂に覚悟を決めた。
「遂にこいつを使う時が来たようですねぇ」
 自爆技(るび:さいしゅうしゅだん)。
「瑠璃、おめぇさんまで巻き込むわけにはいきやせん、どうか達者で……!」
「はーい!」
 深刻な養父の忠告に対して余りにも能天気な返事。
 だがそれでいい。
 翼を出してぱったぱたと飛んで逃げる娘を見送り、縁はいかにも最終手段っぽいボタンに手をかける。
 そーれぽちっとな。
「ピンポイントバリアアタック!」
 ヒトガタに変形したローバーの右手に防御スキルをありったけ乗せまくって、そそり立つ岩肌に突貫!
「防御こそが、最大の、攻撃手段なもんでぇね……!」
 ジグザグに曲がったコースをブチ抜いて、ショートカットに成功!
 ゴールは目の前だ!
 しかし!
「コースを外れてはいけませんねー」
 先導役にダメ出しを喰らった!
「はい、ブチ抜いたところからやり直しですねー」
 がんばってー。

 一方、5%ほど厳しいコースに誘導された男性陣は、それなりに色々あったもののどうにか突破、ゴール前の直線コースに差しかかっていた。
 しかし、そこに諏訪の仕掛けた最後の罠が!
「月面都市に連絡して、警備員の皆さんに妨害していただくことになりましたー」
 警備員と言ってもそこは月面なので、戦闘用重戦車型ローバーにレールガンとかミサイルランチャーとか積んであるけど大丈夫ですよね撃退士ですもんね。
「あ、鬼の皆さんには攻撃しませんので、ご心配なく」
 それとリタイア組も全員漏れなく復活させておきましたから、だいまおーさまが。
「最後まで楽しく遊びましょう……です」
 にっこり。
「あ、レースには栄養補給も必要なの……ですね」
 ラストバトル前の小休止、甘いチョコでひと休みしましょう。

「さあ、最後にその勇姿をしっかりと記録に残してあげましょう」
 黒子がマイクを手に取りカメラを構える。
「では、逝ってらっしゃいませ」

 哀れなイケニエ達は、前門のミサイル後門の遥久。
 追い立てられ、逃げ惑い、そして最後の最後に――
 ゴール直前。
「……で、誰が鬼だと言いました?」
 めっちゃ良い笑顔で、遥久は哀れな子羊達を抜き去った。

「……一体みんな何と戦っていたのかしらね……」
 全てを終えて、ゲンナリと呟くエルナ。
 その答えは誰もが知っている――そんな気がするのは気のせいだろうか。

 ところで、これどうやって帰るのだろう。
 その答えは誰も知らない……?


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:15人

新世界への扉・
只野黒子(ja0049)

高等部1年1組 女 ルインズブレイド
パンダヶ原学園長・
下妻笹緒(ja0544)

卒業 男 ダアト
二月といえば海・
櫟 諏訪(ja1215)

大学部5年4組 男 インフィルトレイター
黄金の愛娘・
宇田川 千鶴(ja1613)

卒業 女 鬼道忍軍
ヴェズルフェルニルの姫君・
矢野 胡桃(ja2617)

卒業 女 ダアト
黒の微笑・
石田 神楽(ja4485)

卒業 男 インフィルトレイター
思い繋ぎし翠光の焔・
星杜 焔(ja5378)

卒業 男 ディバインナイト
JOKER of JOKER・
加倉 一臣(ja5823)

卒業 男 インフィルトレイター
輝く未来を月夜は渡る・
月居 愁也(ja6837)

卒業 男 阿修羅
蒼閃霆公の魂を継ぎし者・
夜来野 遥久(ja6843)

卒業 男 アストラルヴァンガード
真愛しきすべてをこの手に・
小野友真(ja6901)

卒業 男 インフィルトレイター
猫の守り人・
点喰 縁(ja7176)

卒業 男 アストラルヴァンガード
幸せですが何か?・
如月 統真(ja7484)

大学部1年6組 男 ディバインナイト
Walpurgisnacht・
ザラーム・シャムス・カダル(ja7518)

大学部6年5組 女 アストラルヴァンガード
二月といえば海・
カーディス=キャットフィールド(ja7927)

卒業 男 鬼道忍軍
二人ではだかのおつきあい・
エフェルメルツ・メーベルナッハ(ja7941)

中等部2年1組 女 インフィルトレイター
撃退士・
エルナ ヴァーレ(ja8327)

卒業 女 阿修羅
蒼を継ぐ魔術師・
アスハ・A・R(ja8432)

卒業 男 ダアト
さよなら、またいつか・
Spica=Virgia=Azlight(ja8786)

大学部3年5組 女 阿修羅
闇鍋に身を捧げし者・
ニオ・ハスラー(ja9093)

大学部1年74組 女 アストラルヴァンガード
楽しんだもん勝ち☆・
ユリア・スズノミヤ(ja9826)

卒業 女 ダアト
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
紡ぎゆく奏の絆 ・
水無瀬 快晴(jb0745)

卒業 男 ナイトウォーカー
大祭神乳神様・
月乃宮 恋音(jb1221)

大学部2年2組 女 ダアト
ラブコメ仮面・
袋井 雅人(jb1469)

大学部4年2組 男 ナイトウォーカー
撃退士・
矢野 古代(jb1679)

卒業 男 インフィルトレイター
陰のレイゾンデイト・
天宮 佳槻(jb1989)

大学部1年1組 男 陰陽師
Stand by You・
アレン・P・マルドゥーク(jb3190)

大学部6年5組 男 バハムートテイマー
繋ぎ留める者・
飛鷹 蓮(jb3429)

卒業 男 ナイトウォーカー
撃退士・
点喰 瑠璃(jb3512)

小等部6年2組 女 バハムートテイマー
新たなる風、巻き起こす翼・
緋打石(jb5225)

卒業 女 鬼道忍軍
リコのトモダチ・
神谷 愛莉(jb5345)

小等部6年1組 女 バハムートテイマー
Cherry Blossom・
華桜りりか(jb6883)

卒業 女 陰陽師
縛られない風へ・
ゼロ=シュバイツァー(jb7501)

卒業 男 阿修羅
外交官ママドル・
水無瀬 文歌(jb7507)

卒業 女 陰陽師
青イ鳥は桜ノ隠と倖を視る・
御子神 藍(jb8679)

大学部3年6組 女 インフィルトレイター
撃退士・
茅野 未来(jc0692)

小等部6年1組 女 阿修羅
大好きマヤカどの・
上野定吉(jc1230)

大学部2年7組 男 ディバインナイト
大好き熊さん・
真白 マヤカ(jc1401)

大学部2年4組 女 陰陽師
明ける陽の花・
不知火あけび(jc1857)

大学部1年1組 女 鬼道忍軍
藤ノ朧は桃ノ月と明を誓ふ・
不知火藤忠(jc2194)

大学部3年3組 男 陰陽師
一緒なら怖くない・
桃源 寿華(jc2603)

中等部3年1組 女 陰陽師