「けっこう集まるものだな…」
予想外の反響に、声をかけてみるものだと門木は応募者の顔ぶれを見る。
と、そこにもうひとつの「予想外」が存在した。
「ミハイル、お前がこの仕事に興味を持つとは思わなかったぞ」
「いや、俺は跡継ぎになるために来たんじゃない」
ミハイル・エッカート(
jb0544)は門木の両肩を掴んで壁に押し付けると、目の前に差し入れのプリンを突き付けた。
「早まるな章治!」
「はい?」
「天使は寿命が長いのだろう、ここはゆっくり考えようぜ」
「え?」
「聞いたぞ、章治は医者を目指すんだってな」
それはいい、しかしまずは現実を見ろ。
「まず医学生は実習がある。検体を解剖するんだ、検体とは本物の死体のことだぞ。切り開いて内臓やら筋肉や骨を実際に見て勉強するんだ、そういうの大丈夫なのか?」
「大丈夫…ではないが、必要なことだから」
「奥さん以外の女性の裸体は平気なのか? 超奥手の章治が平常心で裸体を見ていられるのか? もし赤面したら患者にどう思われるか、俺は章治が心配でたまらない!」
「あ、それは問題ない」
元々色仕掛けには滅法強いからな!(惚れた相手以外には興味がないとも言う)
「流血は苦手じゃなかったか? 実際どんだけ頭良くても、血や刃物や針がダメだからと医学部を避ける奴だっているんだぞ」
それも大丈夫、血そのものが苦手なわけではない。
「じゃあ人の体にメスを入れられるのか?」
びくっ、門木の肩が震えた。
「針を刺せるのか? 手が震えないか?」
「それは…」
正直、傷を付けるのは苦手と言うより不可能に近い。
「医学を志すのはいい、だが章治のメンタルを鍛えてからでも遅くないだろう」
ミハイルはその肩をポンと叩いた。
「500年後でどうだろう! 100年後は? 50年後でもいいぞ」
「でも、それじゃ遅いんだ。俺が守りたいものの中には、お前も入ってるんだぞ?」
「くっ」
確かに50年後ではミハイルは80歳を越える。
まだ元気だとしても少々手遅れの感は否めないだろう。
「まあ当たり前のようにいた教師が学園から離れて寂しい気持ちはわかるがのう」
緋打石(
jb5225)がしみじみと頷く。
しかし愛する人たちのために夢に向かって進みたい気持ちもよくわかる。
「どちらも大事ではあるが、決めるのは門木教諭の意思次第であるしのう」
で、どうなの?
やっぱり決意は変わらないの?
「どうやら意思は固いみたいね」
蓮城 真緋呂(
jb6120)が声をかける。
「私も応募者じゃないんだけど、先生がお医者さん目指すって聞いて、お喋りしに来たの」
卒業しちゃうから科学室の方には関われなくてごめんなさいと言いつつ、真緋呂は氷結晶で作ったかき氷を皆に配りながら話を続ける。
「私は医者じゃないけど、先生と同じ医療方面に進むの。女性しか進めない道…助産師」
外国では男性もなれるようだが、ひとまずそれは置いといて。
「4月から看護大学に入学するの。やっぱり編入じゃなくイチから勉強したかったから、暫くは自分で勉強かな」
だから門木が小児科医を目指すなら縁があるかもしれない。
「…でも小児科の免許って無いわよ?」
「えっ」
「知らなかったの?」
「いや、とりあえず医学部に入れば何とかなるかな、と」
おーい。
実は走り出してから考えるタイプだった門木に仕組みを説明し、真緋呂は最後に付け加える。
「私の家は病院で、両親は医者だった。その両親が言ってたことなんだけど」
『医者は絶対に不安になってはいけない』
「不安は伝染するから。一番不安なのは患者さんなのに、医者が不安がってどうするんだ。自分が絶対に治す、頑張ると思うんだって」
そう、いつも言っていた。
「だから先生も頑張ってね。どの科だろうが、例え内科だろうが医者と血は切り離せないし、命を守る最前線になれば尚更だけど…怖がってちゃ駄目だよ?」
「ありがとう、肝に銘じておく」
「私も新しい命を送り出す為に頑張る!」
真緋呂はぐっと拳を握る。
「…門木家のご用命も承りましょうか?」
「そうだな、もし間に合えば」
「うん、任せて!」
後はかき氷をしゃくしゃくしながら面接を見物するだけだ。
皆はどんな想いでここに来たのだろう。
「私もいっぱいお世話にはなったよ」
愛刀「火輪」は方向性の食い違いで一時的に所属小隊を離れた際に、隊長が餞別として贈ってくれたものだ。
その後は独りで戦い続けていたけれど、守ってくれたのはこの刀だった。
「そしてここで鍛えて貰ったから生き残り続けられたんだと思うわ。ありがとうございます、先生」
丁寧に礼をして、にこりと微笑む。
なお小隊には後に戻って共に戦い、件の隊長も今では恋人。
生涯面倒を見てくれるらしいから、婚約者と言っても差し支えないだろうか。
「僕もこう見えて、感謝してるんですよ」
応募者のひとり、浪風 悠人(
ja3452)が言った。
科学室は普段からよく利用していたこともあって、後継者を必要としていると聞けば駆け付けずにはいられなかった。
卒業はしたけれど、世界との対峙を誓った身としてはこれからも魔具魔装は手放せない。
それに今自分が居るのはV兵器による恩恵が大きく、物魔遠近オールラウンドに対応した動きが出来るのも魔具のおかげだ。
思い入れや手に馴染んだ魔具の強化は自分の成長とも言えるし、そう考えると科学室自体も思い出の場所であると言えるだろう。
もっとも、良い思い出ばかりではなかった事も確かだけれど。
「僕が立候補した理由は、まずひとつ…今後の活動による魔具魔装のメンテナンスの必要性ですね」
今以上を目指す為に魔具魔装の強化は必須事項。
神器や祭器の再現が不可能でも、近しい物を生み出したいという好奇心もある。
「卒業後も科学室という拠点があれば、ただのOB以上に学園と関わっていけますし…ただ、これ以上のくず鉄の発生は防ぎたいですね」
そもそもくず鉄とは何なのか。
何故に食べ物からも生まれるのか。
夏に大量に生まれたセミの抜け殻の件も確かめたい。
「もちろん他人の魔具魔装を弄る事への責任も果たすつもりですよ」
失敗した時の、セミどころか自分が抜け殻になりそうな喪失感も身をもって経験していますから、ええ。
「よんせんよんひゃくまん」
ネコノミロクン(
ja0229)は、いきなりそんな数字を提示した。
「ねえ、これ何だと思う?」
それは恐らく、5つものくず鉄の山を築き上げるという前人未踏の偉業を達成した彼にしかわからない数字だろう。
そう、それは購買で購入した最安品を5Lvまで強化し、くず鉄を100個創るために必要な久遠。
時には成果なしや突然変異の場合もあるので実際にはまだ掛かる。
…というリアル事情は一先ず置いておいて。
「俺が『くず鉄怖い』なんて言っても、誰にも信じてもらえないだろうね」
「まあ、そうだな…」
寧ろくず鉄大好物に見えると門木。
「くず鉄があんなに出来るとは俺も予想してなかったぞ」
「そうだろうね、でも五百個程度で満足してちゃ真のくず鉄マスターとは言えないな」
「いや、マスターになる気はないんだが」
「俺が合格した暁には、累計千個のくず鉄作成を目指すよ!」
大丈夫、罵倒されたいとは思わないけど、罵詈雑言を浴びせられても折れない心は持っている。
「俺がくず鉄を創った分、君のアイテムがくず鉄化する確率は減る、的に皆を誑か…(げふん」
さて、これでこちらの主張はわかって貰えただろう。
次は質問コーナーだ。あ、もちろん質問するのはこっちね?
「まずは『くず鉄』と『鉄くず』の違いを明らかにして貰おうか。例えば缶ジュースを握り潰しただけでは『くず鉄』にならないよね?」
「それは簡単だ、再生利用可能なものが『鉄くず』、どうやっても再利用出来ないものが『くず鉄』だな」
「では金属以外でもくず鉄になるのは?」
例えばこの忌まわしき赤ピーマン青ピーマン黄ピーマンを強化してみよう。
ピーマンの鉄分含有量は0.4mg/100gだが、強化を重ねるとほらこの通りくず鉄の出来上がり。
「お前、くず鉄作りの才能があるな」
「えっ、ほんと!?」
そこは喜ぶ所で良いのか、まあくず鉄千個を目指すなら良いのかな。
「原理は俺にもわからん、それを解明するのも後継者の仕事だな」
「では目玉焼きがフライパン諸共くず鉄と化す理由は?」
「それは鉄くずの間違いじゃないか?」
「あ、そうだった」
紛らわしいな!
しかしそれなら理由は簡単、火力が強すぎるか火との相性が悪いのだろう。
「俺もよくやるがな」
「なんと門木教諭は『くず鉄』ばかりか『鉄くず』の生産まで得意としておったのか!」
緋打石が驚きの声を上げる。
「そう言えば風雲荘でも時折キッチンから爆発音が聞こえておったのう」
それはさておき。
「乗っ取りに来たぞぉ、門木ぃ!」
というのは冗談だが、あんまり冗談には聞こえない気がする。
「かつて学園に来たばかりの頃に買った刀をくず鉄にされたこと、忘れてはおらぬぞ」
大して強い武器ではなかったが悲しかった。
そのおかげで強化に過剰なほど慎重になったのは怪我の功名だが別に感謝なんてしてないんだからね!
「あの時は一瞬カオスレートの差をこめてアッパーしようと思ったが…これでもう苦しまなくて済むのじゃな!」
門木の引退、それ即ちくず鉄の根絶…え、違う?
「まあどっちにしてもこの我が来たからにはもう哀しい思いはさせぬ。あの悪魔さんが担当してる時はくず鉄できないんだよねー的な科学室の看板を目指すのじゃ!」
いつもいられる訳じゃないからシフト制な?
作りたい者はどんどんくず鉄作ってよし、ただ緋打石の物では遠慮しろよ!
「職権乱用で設備も使い放題、仕事に使う装備も強化し放題じゃな」
あ、別にそれが主目的では…!
「さっきの『くず鉄』と『鉄くず』の違いっすけど」
先程から考え事をしていた平賀 クロム(
jb6178)が口を開く。
「んーと、くず鉄率を下げる研究はここ数年で結構進んでると踏んでるんすけど、では逆にくず鉄からの復元や、くず鉄の再利用化についてはどうなのかな、と思ってたっす」
そこに来て、先程の回答だ。
「本当に再利用って出来ないんすかね?」
今までは手が回らなかったというのもあるだろう。
けれど、これからの時代なら。
「…何かを間違えたとして、間違ったらそこで終わり、後はただのゴミ…っていうのもどうかなって」
それは人としての道を踏み外したまま二度と戻らなかった父の姿にも似て。
「なのでくず鉄化ゼロを目指しつつそういう研究も出来たらいいな、と…そんなとこっすかね」
後継者という肩書よりも科学室の技術を学んで、今後に活かしたいという思いの方が強い。
最終的にどうありたいかはまだふんわりしているけれど。
「元々機械弄り好きでしたし、何よりアウルに覚醒していなかったらV兵器の技術者を目指そうと思ってたっすからね」
機械は人と違って裏切らない。
自分の作った武器が呪う敵を殺す事を望んでいた時期もあった。
けれど、今は――
神のシステムに「今よりほんの少し優しい世界を」と願い、願うだけでなくその実現の為に何かをしたいと、そう思える。
「これからの改造は今までとは別の方向になりそうっすけど、それはそれで面白そう…とまぁこんな感じっす!」
「よし、全員合格だ」
あっさり下される判定。
人の適性や能力なんて面接だけでわかるはずもないしな!
やってみたい気持ちがあれば、やってみればいい。
もし合わなかったら途中で辞めてもOKだ。
「仕方がない、だが科学室の看板はそのままにして貰うぞ」
部屋の中だというのにサングラスをかけたまま、ミハイルは言った。
「章治の貢献があってこその科学室だ、異論は認めない」
「ふむ、門木教諭は科学室のアイドルであるからのう」
いつアイドルになったのか本人には覚えがないが、緋打石がそう言うなら多分そうなのだろう。
「もし俺に子供が出来て、学園に来たら、偉大な先生がいたことを語りたい。そして看板を大切にするよう伝える。だから…」
「わかった、あの看板はエッカート一族に託そう」
べつに完全に辞めるとは言ってないけどな!
「開業したら知らせろよ、診療所の周りをでっかい花で囲んでやるからな」
「うん、ありがとう」
「俺が学園に遊びに来たら章治も必ず来いよ、章治が学園で何かしたくなった時は俺も飛んで来るからな」
「うん」
「俺には元々故郷なんて無いも同然、必要ないと思っていた。だが今では学園が故郷だ。故郷に帰って家族がいなかったら寂しいだろう」
「ああ、風雲荘もずっとあのままだ。いつでも好きな時に帰って来るといい」
門木はミハイルの頭をなでなで。
「章治、お前は俺の父で兄で親友だ…恥ずかしいからこれ以上言わせるな(つーん」
ツンデレる中年、でもこれ以上って何だ。
あと父は遠慮しておくからな。
「やれやれ、ミハイル殿の大告白大会じゃのう」
いいそもっとやれ。
「ところで風雲荘の自室を将来の仕事の事務所に使ってもいいかのう?」
「ああ、構わないぞ。空き部屋が増えるのも寂しいしな」
卒業生も勿論OK、いざって時には変形もするよ!(しません、多分
話が付いたところで後は雑談タイム。
「じゃあ好きなカード三枚引いて貰える? 先生の未来を占ってあげるよ」
ネコノミロクンに言われるまま、門木は三枚のタロットを引く。
結果は「世界・逆/隠者・正/力・正」
解釈は「道は険しく厳しい。でも信念を追い続ければ、道は拓ける」
「カギは『信頼と絆』。どんな困難が生じても、先生を援けてくれる人は多いはずだよ」
「それなら心配はなさそうだな」
信頼と絆なら揺るぎないものがあるし、困った時には皆が寄ってたかって助けてくれるのもいつもの事だ――皆ちょっと甘やかしすぎじゃないの、というくらいに。
「門木先生は義手とかの医療サポート器具を作る方が向いてそうな気はするっすね」
手先が器用なのは実証済みだし、とクロム。
「とはいえ、何事もやってみないとわからないっすから!」
背中どーん@非物理
「いや、でもそれも良いな」
治療と予防を優先するあまり思いつきもしなかったが、確かにその方面なら存分に才能を発揮できそうだ。
「ありがとう、それも考えてみるな」
「他には野草や薬草を使った治療や、漢方なんていうのもありますよ」
悠人が言った。
「原始的だと思われるかもしれませんけど、西洋医学にはない効果が保証されているものも多いですし」
食用にもなるヨモギなど、まさに医食同源。
「あとは…内科医ならコミュニケーション能力、かしらね」
しゃくしゃくしゃくしゃく、食べるそばから補充されるかき氷を頬張りながら真緋呂が言った。
「それも大丈夫だろう、五年前の章治からは想像も付かないがな」
出会った当時を思い出し、感慨深げに呟くミハイル。
寧ろ彼の方が父親ポジションではなかろうか――