●二人だけの同窓会
その年の成人式の日。
築田多紀(
jb9792)は、新成人となった蒼井 流(
ja8263)が会場から姿を現すのを今か今かと待ち構えていた。
「あ、るーくん」
手を振る多紀に気が付いて、一張羅のスーツに身を包んだ流が小走りに駆けて来る。
「成人おめでとう、そのスーツ似合ってるな」
「そうか? ありがと、初めて買ったスーツだから、少し背伸びして良いの選んでみたんだ」
「うん、僕はそういうの詳しくないけど、仕立てが良いのはわかるよ」
流はすっかり大人の装いが似合う歳になった。
ずっと一緒にいるから普段はあまり感じないけれど、こうしていつもと違う空気を纏ったりすると、その変化が際立って感じる。
(「昔から格好いいけど、るーくんは更に格好よくなったな」)
それに比べて自分はと、多紀は我が身を振り返る。
四年の歳月は多紀の上に僅かな変化しか置いていかなかった。
並んで歩く流を見上げると、その顔は以前よりも遠くなったように感じる。
(「そうか、背も伸びたんだな」)
これでは兄妹のように見られてしまわないだろうか。
いや、もう少ししたら親子に見られてしまうかも……?
多紀の表情に不安を読み取ったのか、流はことさらに明るく言った。
「もう4年経ったんだなぁ、月日が流れるのは早いもんだなっ」
「そうだな、あっという間だった」
「今日はうちに寄ってくだろ? ちゃんと掃除しといたし、多紀の好きなチョコも買っといたぜっ」
本人がそう言うだけあって、流の部屋は綺麗に片付いていた――独り暮らしの男性の住まいとしては。
もっとも、不意打ちで訪ねてもそれほど散らかっているわけではないから、そのあたりは普段からきちんとしているのだろう。
「ま、座って座って」
おひとりさまサイズの小さなテーブルに、向かい合うように座布団が置かれる。
「改めて、大人の仲間入りおめでとう」
「ありがとう、じゃあまずは乾杯といくか!」
流は缶チューハイに手を伸ばす。
「アルコール、実は今日初めて飲むんだぜっ」
「え、誕生日はとっくに過ぎたのに?」
「うん、多紀と一緒に飲もうと思ってさ。あ、多紀はまだ飲めないから、これをどうぞなんだぜっ 」
目の前に置かれたのは色鮮やかなメロンソーダ。
「それじゃ、二十歳のお祝いに――」
「るーくんの前途を祝して、乾杯」
缶のままグラスに合わせると、流は中身を一気に喉に流し込んだ。
「どう、大人の味」
「正直よくわかんねーけど、美味いっ! 気がする!」
チョコをつまみに飲みながら、二人はこの四年間の出来事を振り返る。
「この四年間、俺はずっと家庭教師のアルバイトをしつつ教師になることを目標に勉強してたんだぜっ」
教員免許は大学を卒業しないと取れないから、あと二年はこの生活が続くことになるだろうけれど。
「多紀はどうしてた? いや、うん、大体は知ってるつもりだけど、具体的な細かいことは知らないから教えてほしいんだぜっ」
その問いに、多紀はそっと目を伏せた。
「世の中には知らない方がいいこともあるって、よく言うよな」
「でも多紀はそれを知ったんだろ? だったら俺も知りたいぞ、多紀のことなら何でも」
「……わかった」
彼ならきっと、何を知っても大丈夫。
その想いと共に多紀は話し始めた。
「自分の家が『不老長寿の家系』だということは知っていたが、それにしてもあまりに成長が遅いと思って……実家を調べてみた」
その結果判明したのは、そこが天魔に関係した研究所だということ。
そして自身の出自が試験管ベイビーであること。
「つまり天魔の血を引いているということだが……入学時の検査ではわからなかった。今もまだ発現していない、と思う」
学園側にも知られていないだろう。
「そういうことか……で、他には?」
「他、とは?」
「学園では何してた?」
「甘味と司書のプロになるための勉強をしていた」
「甘味のプロって何だ、利きチョコとかそういうのか?」
「いや、一挙両得でチョコレートや甘味専門の図書館を作るのもいいかと……だが、利きチョコか。それも良いな」
現時点でも匂いだけでカカオの産地がわかったりするし、鍛えればすごいことになる、かもしれない。
「それはそれとして、いずれは専門図書館か専門書店で職を得たいと考えている」
「そうか、多紀ならきっと叶えられるさ」
「そうだな、ただ……」
ひとつだけ不安なことがある。
このままずっと成長しなかったら――と。
だが、流は多紀の頭をぽんぽんしながら笑顔を見せた。
「俺は多紀が一番良いからだいじょーぶ」
どんなに変わっても、変わらなくても、この気持ちはずっとそのままだ。
「一緒にまた過ごしていこうなっ」
頭ぽんぽんは子供扱いではないのかと思いつつ、多紀は頷く。
たとえそうだとしても、その心地よさに抗うことは出来なかった。
●桜餅のかほり
「青空と緑に囲まれた家か。何度来ても心地良い」
御子神さんちにお邪魔した飛鷹 蓮(
jb3429)は、勝手知ったる他人の家とばかりに庭先のベンチでのんびりと寛いでいた。
少し早く着きすぎたらしく、家の中では慌ただしく準備が進められている。
「私も手伝うって言ったのにー」
ユリア・スズノミヤ(
ja9826)はぷうっと頬を膨らませて、目立ち始めたお腹の脇に手を当てた。
「それは仕方ないだろう、その状態ではな」
どうやら彼女には妊婦としての自覚が少しばかり足りないようだ。
あれから五年、ユリアは名を百合亜と漢字表記に改めている。
姓はもちろん飛鷹だ。
二人の間に生まれた最初の子、長男の昴は今年で四歳になる。
スノーホワイトの髪に金の瞳を持つ、ちょっと垂れ目のところ以外は父親似のハンサムくんだ。
「ゆりもーん! れーくーん! すーくーん! 準備できたよー!」
やがて屋上から声がかかる。
三歳になる息子、双子の弟あおいを抱っこした御子神 藍(
jb8679)が手を振っていた。
「藍ちゃーん! あおいちゃーん!」
手を振り返し、自分の身体状況も顧みずに走り出そうとする百合亜。
「青空テラスだぁー☆ 日光浴しよっ☆」
「百合亜、日光浴は構わないが走――」
「母さん、走るとあぶない。母さんは足癖が悪いんだから気をつけて」
蓮が止めるよりも早く、四歳児とも思えないクールな声が響いた。
「え、ちょっとすーくん足癖関係なくない?」
そこはお腹の赤ちゃんがーとか、そっちを心配するべきじゃないかな?
「わかってるなら、なんで走るの?」
「うにゅ、それはつい癖で……はい、気を付けましゅ」
「まったく、どちらが親かわからんな」
しゅんと項垂れる百合亜の頭を蓮が撫でる。
「蓮に似てしっかりしてるから、助かるにゃ。もう少し優しくしてくれると嬉しいんだけどにゃ」
「昴は充分優しいだろう、ただあの喋り方と……感情が面に表れづらいのが難点だな」
「そう、そこにゃ! お友達に誤解されそうで……」
「まあ大丈夫だろう、人を見る目はあるし類は友を呼ぶという言葉もある」
彼に惹かれて集まって来る子は、きっとその優しさを理解できるに違いない。
「うん、そうだねん♪」
夫と息子に両側から支えられ、百合亜はテラスへの階段をしずしずと登り始めた。
屋上の広いウッドデッキにソファーとテーブルを用意して、夫婦で作った沢山の料理を並べて――実家のおばあちゃんに届けてもらった花も飾って。
「そうそう、ユリもん用にブランケットも用意しなきゃね!」
藍は一通りの準備を終えると、あおいに声をかけた。
「あおい、みんなを一緒にお迎えしよう!」
「はぁーい!」
良いお返事をしたあおいは濡羽色の髪に大きな深海色の瞳を持つ父親似、好物はもちろん桜餅だ。
「ゆりもん、れーくん、すーくん、いらっしゃい!」
「いらっしゃーい!」
藍のエプロンをきゅっと握ったあおいは、空いている手をぶんぶん振ってお客様をお出迎え。
百合亜もそれに応えて大きく手を振り返した。
「藍ちゃーん! あおいちゃんも元気そうだにゃー……あれ、旦那様は?」
それに双子のお姉ちゃん、さくらの姿も見えない。
「うん、まだ用意するものがあるって、さくらと一緒に下で何かやってるみたい。呼んで来る?」
「ううん、それなら構わないにゃ」
もしかして女子会ぱわーに恐れをなして逃げちゃったのかなーって思っただけだし。
と、その背後から聞き慣れた声がした。
「ふむ。良い天気に日当たりの良い場所。うん。良い」
良いと言いつつ日差しを避けるようにフードを目深に被っているのは、てるてる坊主――ではなく、祭乃守 夏折(
ja0559)だ。
「わ! 夏えもーん!」
くるりと振り向いた百合亜は全力ハグ!
「おや、ユリア君。経過は順調か――と、そんなに全力で抱き付いたら腹が潰れるだろう」
「大丈夫だよん、そんなにヤワじゃないからねん」
「ユリア君が大丈夫でも、見ているこちらが心配になる。先ほどのあれも――身重で派手な動きは蓮君の寿命が縮むよ」
「もしかして、見られてた?」
こくりと頷いた夏折は、ふと表情を緩めた。
「でも。元気そうで何よりだ」
「うん、お陰様ですーくんもこの子も順調に育ってるよん」
お腹の子は六ヶ月、つい最近まで悪阻が酷かったが、安定期に入った今ではご飯をもりもり食べて母子共に元気いっぱいだ。
名前は結愛(ゆあ)に決めた。
「私達のように大切な縁を沢山結んで、愛される子になりますようにって」
「ああ、良い名前だ」
「夏月ちゃんも大きくなってー」
百合亜は夏折の娘、夏月(かづき)の頭を撫でる。
六歳になる夏月は基本無口で無表情だが、それを補って余りある表情豊かな琥珀の瞳の持ち主だ。
それを見れば心の動きは手に取るようにわかる。
「ふふ、懐中時計のペンダントすっかり馴染んだねん」
初めて会った時は壁掛け時計を持ち歩いているようなサイズ感だったけれど、今ではすっかりお洒落なアクセサリだ。
「それ、お母さんの大切な物だから、大切にしてあげてねん」
こくりと頷いた夏月は母を見上げる。
褐色の肌に輝く琥珀の瞳が「遊んできてもいいか」と問いかけていた。
「ああ、好きにしておいで。ところで、今日は何の集まりだっけ?」
言われた通りに好き勝手を始めた娘を目で追いつつ、夏折は今更のように問いかける。
「わかってなかったんかーい、って夏えもんお母さんになっても変わらないねん。なんだか安心するにゃ」
「ユリア君や藍君には負けるよ。あ、これお土産」
大量のすあまが投下されると、すあますきーの藍が目を輝かせた。
「すあまありがと! うれしい!」
「あおいと旦那にはこれだな」
蓮は桜餅をひとつ、あおいの小さな手に乗せた。
その残りと百合亜が焼いたプチマフィンはテーブルの上に。
「れーくんもありがとうね!」
「ありがとー!」
「あおい、大きくなったな。みんなの名前は言えるようになったか?」
「うん! ゆりもん、れーくん、てるてる」
こくりと頷いたあおいは、一人ひとりを確認するように指さして、にこっと笑う。
その笑顔がまた何とも可愛らしいけれど……てるてる?
「色々と吹き込まれているようだな」
犯人は夫婦のどちらだろう。
「なっちゃん、私じゃないからね、教えたの。あの人だからね」
「あぁ、大丈夫だよ。うちの子にもその人の事は菓子妖怪と教えてあるから」
その菓子妖怪は娘のさくらと夏月を連れて、いつの間にか両手に花のデートに出かけてしまったようだ。
「ふむ。まぁ、いいか」
好きにすればいいと言ったのだから、その通りにしているなら大いに結構。
「あおい君はまた大きくなったかい? 昴君もずいぶんと男前になったじゃないか」
「こんにちは、母さんがいつもお世話になってます」
四歳児とも思えない台詞と共に、昴がぺこりと頭を下げる。
二人の頭を両手で撫でて、夏折はその手の位置がまた高くなったことに軽い驚きを覚えた。
「いやはや、三日会わざればと言うやつかな」
「夏月ちゃんも急に背が伸びた感じだよね。こう、手足がすらっと伸びて、いかにも夏の少女! みたいな!」
「ん? あぁ、そうかな」
毎日見ていると気付きにくいが、確かに子供の成長は早いものだ。
「すーくんこっち」
大人同士の会話が始まって退屈したのだろうか、昴お兄ちゃん大好きなあおいはその手をとって遊びに誘う。
「すーくん、あおいちゃんと沢山お話してあげにゃ☆」
「昴くんあおいをよろしくね」
二人に言われ、昴は「言われなくてもわかっている」と言うようにこくりと頷いた。
「昴くんほんとにクールで格好いいね、妹ちゃんそのうちお兄ちゃんと結婚するとか言い始めるんじゃないかな」
「それは仕方ないにゃ、すーくんれーくんにそっくりだし」
自分の娘なら、愛しの旦那様にそっくりな子に夢中になるのは当然という理屈。
いや、むしろ旦那様にメロメロかもしれない――今、自分は手強いライバルを自らこの世に生み出そうとしているのだろうか。あげないけどね!
「あおいちゃんはミニパパだねん」
「えーそうかなー」
「藍ちゃん、旦那さんは相変わらず優しい?」
「え? あー」
問われて、その頬が音を立てるように紅く染まった。
「変わらず優しいひとだよ」
「そうそう、その調子でいっぱい惚気て☆」
「う、うちのことはいいから……! ゆりもんこそ――」
いや、それはいいか、目の前で見せ付けられてるし。
「れーくんお仕事順調?」
「ああ、探偵業の方は御陰様でな。時々、藍の旦那が手を貸してくれるので感謝している」
「え、そうなの?」
「なんだ知らなかったのか?」
「うん、初耳……」
手を貸すって何だろう、元戦闘科目教師の経験を活かした方面の何かだろうか。
だとしたら心配をかけまいと思ってのことだろうが――帰って来たら小一時間ほど「お話」する必要がありそうだ。
「夏折に子供、と聞いた時は正直驚いたな。元気に育っているようで何よりだ」
「ん? あぁ……子どもは元気が一番だね」
急に蓮から話を振られ、惚気話の聞き役に徹していた夏折は夢から覚めたように顔を上げる。
「元気すぎて困る時もあるけれど……」
「そうなのか、昴は大人しいほうだから余り実感はないが」
「うむ、だが……そのうちに、そうも言っていられなくなるだろうね」
ほら、と夏折は百合亜を見る。
「あ! 蓮、お腹触って! めっちゃキックしてる!」
「ん? ……ああ、今日も元気だな」
内側から響く結構な手応え。
「あ、いた、痛いΣ」
「百合亜と同じ、お転婆な姫だ。これは確かに夏折の言う通りになりそうだな」
「私も触れてみていい?」
「いいよ、むしろ触って! 夏えもんも!」
言われて二人は百合亜のお腹にそっと触れてみる。
「ゆあちゃん早く出ておいで」
「うむ、早すぎるのも困りだが」
「あ、それもそうだね」
待ってるよ。
ここにいるみんなはもちろん、まだ会ったことがない人達も、きっと。
●われら不良中年部
「章治ーーー!」
バァン!
プレハブのドアが勢いよく開いて、ミハイル・エッカート(
jb0544)が飛び込んで来る。
「久しぶり、というほどでもないか」
なんだかんだで割と頻繁に学園に出入りしているミハイルは、部室にも年に一度は顔を出して掃除をしていた。
その度に門木も巻き込まれ、手伝いをする羽目になっているのだが――ここ最近は暫く会っていなかったか。
「おっ、花鈴は大きくなったな。今いくつだ? おじさんのこと覚えてるか?」
屈み込んだミハイルは、全く物怖じせずにさっそく部室の探検を始めていた門木の娘、花鈴に声をかける。
真っ直ぐな黒髪に柔らかな茶色の瞳、顔立ちや真面目で几帳面そうなところは母親寄りだろうか。
「こんにちは、ぴーまんのおじさん! かりんはごさいです!」
「そうか、五歳か……って章治、どんな教え方をしてるんだ」
まあ確かに未だにピーマン怖いではあるけれど。
「お陰で花鈴はピーマン大好きだぞ、反面教師というやつだな」
「そうか、それはよかっ……よかった、のか?」
よかったのだと頷いて、門木は娘の頭を撫でた。
「偉いぞ花鈴、きちんとご挨拶できたな」
「俺の娘も紹介しよう」
ミハイルは背後を振り返る。
「娘のレイだ。連れて来るのは初めてだったな」
今では良き妻良き母となったサラ・マリヤ・エッカート(
jc1995)に手を引かれた少女は、金髪ワンレンボブに琥珀の瞳のハンサム女子。
小等部二年生だというが、少し大人びて見えるのは下に二人の弟がいるせいだろうか。
「初めまして、レイです。お父さまがいつもお世話になっております」
「……れいちゃん……」
物怖じも人見知りもしない花鈴は、父を見上げて上着の裾を引っ張った。
「ね、おとーさん。かりん、れいちゃんとあそびたい」
「ん、遊んでおいで?」
ミハイルが頷いたのを見て、門木はそっと娘の背を押す。
面倒見の良いレイは、それをすんなりと受け入れてくれたようだ。
「うちでは花鈴が一番上だからな……よくお姉ちゃんが欲しいって言われるよ」
「ん? 章治のところは他にも子供がいるのか?」
「いや、二つ下の甥っ子と姪っ子がな。弟妹同然だから寂しくはないんだろうが、たまには年下になりたい時があるらしい」
「なるほどな、うちの娘は……どうなんだろうな」
しっかり者のお姉さんも、たまにはそんな風に思ったりするのだろうか。
その彼女は今、母親の沙羅が教師を務める女学院に通っている。
だがいずれは久遠ヶ原学園に転入予定のため、今日は本人の希望で同行した次第。
「学園のことを色々と聞きたいそうだ。昔話も良いが、今日は現役の教師も参加予定なんだろう?」
それに現役部員であるもうひとりの娘も――
「ああ、来たな」
「あ! ミハイルぱぱ発見っ」
開けっ放しにされたドアの向こうから、クリス・クリス(
ja2083)がぶんぶん手を振りながら走って来る。
「ぱぱ久しぶりー! わぁ沙羅さんもきれいー」
「お久しぶりです、クリスさん」
と言っても、沙羅も仕事の関係で学園には時折足を運んでいる。
アウルに覚醒した子供たちの相談に乗ったり、その子たちと学園との橋渡しをするのも仕事のうちなのだ。
とは言え若い子の変化はめざましく、数ヶ月会わないだけでも別人のようになることも珍しくない。
「少しの間にずいぶん大人っぽくなりましたね。どこから見ても立派なレディですよ」
「そうかな、ありがとう☆ 今年は卒業の年だし、就職活動でお化粧なんかもするようになったから、そのせいかな?」
しかし尚、沙羅との差は如何ともし難く。
(「これが真の大人の女性よね……ボクも頑張らなきゃ(ぐっ」)
それに一番乗りを逃したのは現役部員――いや、部長として一生の不覚。
「真っ先に来て歓迎するつもりだったのにな」
「今からでも遅くないさ、俺達は部員の中でも別格だしな」
なにしろ伝説の初代部長とその妻、そして親友だ。
「そうだね、じゃあ今から現役部長としてのお仕事始めます!」
歓迎の横断幕も作って来ました!
「章治先生、ミハイルさん、沙羅さん、クリスちゃん! 久しぶり!」
「久しぶりだな、元気そうで何よりだ」
不知火あけび(
jc1857)は息子の、不知火藤忠(
jc2194)は娘の手をそれぞれに引いて来る。
仙火はやんちゃ天然系の鬼道忍軍、楓はミステリアスな性別不詳系陰陽師。
二人とも久遠ヶ原学園の小等部に入学したばかりだった。
「この機会にまた島内で暮らすことになったんだ。もちろん姫叔父の家族も一緒だよ! 今は離れた場所で仕事が出来るから便利だよね!」
「また風雲荘にもちょくちょく遊びに行けるようになるな……ああ、ちょっと待て二人とも」
藤忠はさっそく子供同士で遊ぼうとする二人を呼び止めて、ミハイルと門木の前へ。
「楓、仙火。この二人がミハイルと章治……俺とあけびの友人だ」
言われて二人はぺこりと頭を下げる。
「不知火楓です、よろしくお願いします」
「俺、仙火。よろしk――あっ!」
男の子らしく言葉の足りない挨拶をした仙火は、門木を見て思わず声を上げた。
「本物だ! 看板じゃない!」
「……ほんとだ……」
新入生の二人はついこの間オリエンテーションで科学室を訪れたばかり。
そこで「伝説のヌシ」と紹介されたその本人が今、目の前にいる。
「しかも母さんや姫叔父の友達だなんて、聞いてない……」
「僕も初めて聞いた」
「まあ、言ってなかったからな。二人ともこれから科学室には世話になるんだ、しっかり拝んで強化成功を祈っておくように」
藤忠に言われ、二人は素直に手を合わせる。
「いや、そんな拝まれてもな……」
なお門木は今でも年に何度か科学室に出向いて、色々と手伝いをしていた。
学生の間では遭遇したらラッキーなレアキャラ扱いになっているとか、いないとか。
「ちなみにあの看板は約束通り、俺がしっかりメンテしてるからな」
ミハイルに言われ、二人は顔を見合わせる。
「おじさんも先生なの?」
「俺の顔を知らない後輩たちはそう思い込んでいるらしいな。だが俺は教師じゃない、とある企業の部長だ」
「部長さんが看板のメンテって、どういうこと?」
約束って何?
そもそもどうして看板?
そのへん詳しく解説ぷりーず。
「みな、久しぶりなんだの♪ 元気だったかの?」
橘 樹(
jb3833)はアルバムから抜け出てきたような、十年前と少しも変わらない姿で手を振った。
手土産はやっぱりきのこ料理、見た目だけでなく中身もブレないキノコスキーは健在どころかますますレベルアップしていた。
「わしが発見した新種のきのこも入ってるんだの♪」
毒じゃないよ、美味しいよ!
「門木殿は変わらないの♪ ミハイル殿は……ちょっと老けたかの?」
樹の辞書に遠慮という文字はない。
オブラートに包むという概念もない。
「相変わらずのイケ渋ダンディーと言ってくれ」
本人はそう言うが、会社では部長職に就いたこともあって貫禄が増した風貌は以前にも増して近寄りがたく、子供が見たらギャン泣きしそうな雰囲気を醸し出していた。
ただし中身は相変わらずのハーフボイルドかつイジラレー、家庭においては良き夫であり子煩悩パパでもある。
「おお、あけび殿もクリス殿も綺麗になったの♪」
「ありがとう! 樹君は……うん、変わらないね!」
普通ならここは謙遜するところだが、あけびの辞書にも色々と落丁があるようだ。
「変わらないけどお世辞が上手くなったかな? あけびさんは綺麗だけど、ボクはまだまだだよー」
「そんなことはないんだの。きのこに喩えるならあけび殿はムラサキホウキタケ、クリス殿はシロキクラゲなんだの」
わからない。
多分それぞれに違った美しさがある的なことを言いたいのだと思うけれど、よくわからない。
そもそも女性の美しさをキノコに喩えるって何。
「うん、やっぱり樹君は変わらないね! 安心したよ!」
大事なことなので二度。
「皆さんお元気そうで何よりですー」
アレン・P・マルドゥーク(
jb3190)は妻のフィリアと共に、三歳になった双子の手を引いて来る。
兄のレアは薄緑の髪に緑の目で中身が父親似、妹のミアは金髪と青の瞳に母そっくりの中身。
「色違いの縮小コピーのようだと、よく言われるのですよー」
二人は現在、絶賛反抗期。
今日も出がけにひと悶着あったようだが、そんな時に叱りつけるのはアレンの方だった。
「なにしろ育児経験をやたら積んできたベテランですからねー」
自分の子供を育てるのはこれが初めてだが、行き倒れた所を拾ってくれた親友の息子に、その息子の恩人の息子と本人の息子を育ててきた。
子育て一年生だった門木夫妻も、アレンにはずいぶん助けられた――いや、現在進行形で助けられている最中だ。
なお、その妻は母となっても相変わらず。
アレンに言わせれば見違えるように丸くなったらしいが、彼以外の目にはその変化を捉えることは出来なかった。
「ミハイルさん、お久しぶりです」
卒業後に大学院へ進んだ雪ノ下・正太郎(
ja0343)は、博士号を取得した後も研究員として学園に残り、研究三昧の日々を過ごしていた。
何の研究かと言えば、それはもちろん――いやいや、それはまだ秘密だ。
「研究自体は秘密でも何でもありませんが、実は今日、重大発表があるんですよ」
「ほう、それは楽しみだな」
そこに、高野信実(
jc2271)が何故か敬礼しながら入って来る。
白いワイシャツに黒のスラックスという服装に、166センチという小柄な体型と童顔も相俟って高等部の頃と殆ど変わらないように見えた。
ただ、よく見ると目元のあたりがきりりと引き締まり、真面目さに磨きがかかった印象がある。
黒髪にちらほらと混ざる白いものは……見なかったことにしておこう。
「お邪魔いたします、自分は元ディバインナイト専攻、高野信実であります!」
「おお、高野君か。元気だったか?」
「正太郎先パイ、ご無沙汰しています。お陰様で元気に――」
「ずいぶん堅苦しいな、どうした?」
「えっ、あ、いや……」
苦笑混じりに言われ、信実は照れくさそうに頭を掻いた。
「変ですか?」
「そんなことはないが、どうも勝手が違うな。せっかくの同窓会だ、昔に戻るのも悪くないと思うが」
「それもそうっすね」
学生時代の口調に戻ると、気分まで一気に「かわいい後輩」に逆戻り。
可愛いと言えば、今の信実は可愛いおまわりさんだった。
「俺、今は故郷の岩手に戻って巡査やってるんっす」
「ああ、それで喋り方が……今日は岩手からわざわざ来たのか?」
「いえ、県外研修でちょうど近くに来てて……あっ、これ差し入れっす!」
差し出したのは小麦粉を使った薄焼き煎餅にクリームを挟んだ盛岡銘菓。
その日に同窓会があることは聞いていたから、出かける前に用意していたのだ。
「日持ちするから大丈夫っすよ、皆さんでどうぞっす!」
いや、どーんと置いても遠慮して手を出さない人もいるだろうから、挨拶がてらに全員に配って回ろう。
「あっ、雅人先パイ!」
袋井 雅人(
jb1469)の姿を見付けた信実は嬉しそうに尻尾を振りながら駆け寄って行く。
「信実君、皆さんも本当にお久しぶりです、私が来ましたよ! どうです、元気にやってましたか?」
「あれ、恋音先パイは一緒じゃないんっすか?」
月乃宮 恋音(
jb1221)は今では袋井恋音となり、二人の間には男の子が生まれたと聞いていたけれど。
「ええ、最愛の妻恋音は後で合流しますよ! 今日はどうしても抜けられない仕事があるとかで、それを終えたら真っ直ぐこちらに向かうと言っていました」
本人は遅れるが、差し入れは既に届いている。
部屋の隅に置かれた白い発泡スチロールの箱がそうだ。
中には水揚げされたばかりのカツオやサケにサンマなど新鮮な旬の魚介が氷と共に詰め込まれている。
「これはなかなか立派な冷蔵庫がありますね! ミハイル君、ここに入れさせてもらっても良いでしょうか!」
「いや待て! その冷蔵庫があの当時のアレなら、そいつは――」
「うん、あの当時のアレだよ」
ちらりと視線を投げた元部長に、現部長が重々しく頷いた。
「電子レンジだ」
ちーん。
「いや、このネタも久しぶりだな」
ミハイルは改造を施した本人の背をばしばし叩く。
「他のコたちもまだ現役で動いてるよ、せっかくだから炬燵やヒーターも出そうか」
クリスが他の発明品達を引っ張り出して来た。
「おお、皆元気そう……と言うのも変であるが、元気そうなんだの♪」
樹は自分が名付け親となった炬燵犬、「しいたけしめじえりんぎ」を撫でる。
「うん、今でもカメラが入らないところでは好き勝手してるよ」
二人のやりとりを聞いて、雅人は「さすが不良中年部」としみじみ呟いた。
後でオフレコになったら、その「好き勝手ぶり」を見せてもらうことにしよう。
「ところで雅人は子連れじゃないのか?」
恋音が後から連れて来るのだろうかと問うミハイルに、雅人は手にしたハンカチを噛み締めた。
いや、よく見ればそれは女性ものの下着のようだが――頭に被っていないだけ良しとしよう。
「生憎なことに我が最愛の息子、凌雅君は託児所でお留守番なのですよ!」
「そうか、それは残念だったな」
「ええ、私としても凌雅君の可愛らしさを是非とも皆さんにご覧いただきたかったのですが!」
でも写真ならあるよ!
見る? 見たい? 見たいよね、って言うか見せたい! 見て!
「スマホに撮り溜めた凌雅君フォルダが火を噴きますよ!」
「それなら俺は下の二人の息子自慢だ」
「だったら私は――ほら!」
対抗心を燃やして熱くなるミハイルに、それに乗っかるあけび。
恐らく現時点でも一番の子沢山であろうあけびは、これからもまだまだ家族を増やすつもりのようだ。
「さて、勤務地と近い場所が会場で良かったです」
雫(
ja1894)の職場は近いと言うよりも会場そのものと言ったほうが良いかもしれない。
なにしろ現役の撃退士にして、学園の教師なのだから。
と言っても「雫先生の授業は本日自習」というわけではない。
「今日はたまたま授業のない日でしたので」
撃退士としての仕事はいつ呼び出しがかかるかわからないが、それはいつものこと。
「平和になった頃は、まだ未成年でアルコールは楽しめませんでしたからね……」
せっかくこうして集まったのだから、杯を交わさずして何とする。
「今日は久々に飲むとしますか」
なお未だによく言われるのだが、未成年ではない。
「背はあまり伸びませんでしたからね……」
容貌はそれなりに大人びていると思うのだが、他人の目にはそうと映らないらしい。
お陰で酒の席では見えるところに身分証を置いておく癖が付いてしまったが、ここでは必要ないだろう。
「おお、盛り上がっとるようじゃのう」
緋打石(
jb5225)は十年前と変わらない姿で皆の前に現れた――が。
五歳くらいに見える女の子の手を引いている。
「いつの間に結婚されたのですか? そうと知っていればお祝いのひとつでも……」
だが、雫の言葉に緋打石は意味ありげな笑みを浮かべた。
「結婚……そうじゃのう。しておるか、おらぬか……それはシュレディンガーのアレ的なソレじゃ」
「はい?」
ごめん意味わかんない。
「つまり結婚している我と結婚していない我とが同時に存在し、重なり合った状態にあるということじゃ」
ますますわかんないんだけど?
「そう、つまりは……わからぬということじゃ」
わかりやすく言うと、ノーコメントということで。
「ひとつだけわかっているのは、この子……ヒヨコは我が産んだ子ではないということじゃな」
緋打石は今、本業の傍らで孤児院の手伝いをしている。
そこで暮らす子供達の多くは特別な事情を抱えていた――要するに「訳あり」ということだ。
ヒヨコも非合法なアウル実験の被験体で、緋打石が本業で保護したうちの一人だった。
「今日は将来のために社会勉強がしたいと言うてのう、まだ五歳だというのに大したものじゃろう?」
人は誰しも親馬鹿になる。
それは緋打石とて例外ではなかったようだ。
「ヒヨコ、ここは久遠ヶ原の縮図じゃ。学園で生き抜くために必要な経験の全てはここに詰まっておる。存分に勉強するのじゃぞ?」
「はい、かーさま」
ヒヨコはこくりと頷き、ターゲットロックオン。
「せんてひっしょー、ぴーまん!」
まるで手榴弾のように、両手に持ったピーマンを投げる――もちろん、ミハイルに向かって。
「どうじゃ、将来有望じゃろう?」
「だが、ここは社会の厳しさも教えねばなるまい」
ミハイルはそれを迎撃、ピーマンは跡形もなく塵となった。
「どうだ、まだまだ腕は衰えちゃいないぜ」
「フフッ。みんなは変わらないね」
それを見ていた雪室 チルル(
ja0220)が学生時代とは打って変わって落ち着いた様子で微笑む。
それもそのはず、政治家への道を歩み始めた彼女は最初のうちこそ「まだまだ半人前」などと言われていたが、今では秘書を務める議員の先生にも一目置かれる存在となっているのだ。
立場上、言葉遣いには気を遣う必要があることから、普段から気を付けているうちに自然とこうなったらしい。
「今日は議員秘書の仕事の合間を縫って参加させていただきました」
が、どうも我ながら浮いている気がする。
それはそうだろう、同窓会では誰もが学生気分に戻るものだ。
(「ここは場の空気を読んで私も昔のように……、おや、困りましたね」)
それほど昔のことではないのに、既に記憶が曖昧になっている。
(「一人称は何でしたか……そう、確か……」)
あたい、だった気がする。
今の自分が口にするのはかなり違和感があると言うか、どうも恥ずかしい。
けれど空気を読んで多数派に流されるのもまた政治家の嗜み(いいえ
「あ、あたい……、そう、あたいは元気よ!」
思い出した、これだ。
「正太郎、ミハイル、雅人、緋打石、あけび、それに門木先生も、元気だった!?」
友人達の名前を片っ端から呼んでみる。
「あっ、ユウも来たわね!」
「こんにちはチルルさん、ご無沙汰しています」
校舎の方から姿を現したユウ(
jb5639)は、もちろんリュールとダルドフを連れている――リュールは「なぜ私まで」だの「面倒くさい」だの「動きたくない」だの「むしろ会場が来い」だのと、散々文句を言っていたけれど。
しかしあれから十年、ユウの「リュール操縦技術」にはますます磨きがかかっている。
ただひとつ、リュールとダルドフのジジババモードを改善しようとする努力だけは実を結んでいないようだが。
しかしそこは仕方がないだろう、小学校入学前の孫娘の可愛さに勝てるものなど存在しないのだから。
なお久遠ヶ原の教師となった今、リュール操縦技術はやる気のない生徒への対処に応用され、大いに役立っているようだ。
「皆さん問題なく集まれたようですね」
学園の敷地内は基本誰でもフリーパスだが、ユウは万が一があってはいけないと来訪の許可を取っていた。
「部室内での飲酒も構いませんが、くれぐれも未成年の人達には飲ませないようにしてくださいね?」
「なんだ、近頃じゃ部室で酒を飲むのに許可が必要になったのか?」
「昔は部活動と称して酒の飲むのが当たり前、むしろ飲むことが部活だった気がするが」
今ではすっかり不良中年らしくなったミハイルと藤忠が顔を見合わせる。
「いえ、そういうわけではありませんが……教師としては、一応の注意をと」
「ほむ、それは当然の心配りであるな」
「章ちゃんは何も言いませんでしたけれどねー」
樹が頷き、アレンが混ぜっ返す。
「いや、それは生徒達を信頼して……!」
「大丈夫だよ章治先生、みんなわかってるから!」
楽しそうに笑いながら、あけびが門木の肩を叩いた。
「わぁ……懐かしい顔も沢山……」
現役部長のクリスは十年前に戻ったようだと楽しげな笑みを漏らす。
ただし当時は「不良中年」の看板に合わなかった若人さんも、今では立派な中ね(げふん)大人だ。
「これで全員かな?」
遅れる予定の恋音を除いて、参加表明のあったメンバーはこれで揃ったようだ。
「あ、ちょっと待って、ラルは?」
あけびが室内を見渡してみるが、姿が見えない。
「おかしいな、来るって言ってたのに」
ラファル A ユーティライネン(
jb4620)は現在、不知火の当主となったあけびが興した医療関係の会社を任されている。
「義肢をメインにした人体パーツを扱う会社なんだよ。ラルなら義肢が必要な人達の気持ちもわかるし、技術面のノウハウも豊富だから、これ以上の適任者はいないよね」
彼女も今日は休みを取っているはずだが、どうしたのだろう、何かあったのだろうか。
電話にも出ないが、それもそう珍しいことではない。
そのうちふらりと現れるだろうと、あけびは気分を切り替えた。
「ここは全然変わらないねー!」
「ああ、こいつの座り心地も昔のままだ」
藤忠もツギハギソファに身を沈めて――と言うほど沈まないし、むしろ長く座っていると尻が痛くなる固さだが、それもまた懐かしいと目を細める。
「俺は久しぶりでもないが、確かにこれだけ集まるのはそうそう無いか」
ミハイルがとっておきのボトルを取り出した。
「よし、まずは乾杯だな」
「ずいぶん高級そうなワインですね!」
雅人の問いに、樹が答える。
「おおこれが噂の『偉大なるワイン』なんだの……!」
シャトー・ペトリュス、それは世界で最も高額なワインのひとつ。
しかしお値段は知らない、怖いから調べたこともない。
「聞いて驚け、一本の値段は――」
ミハイルは思いきり胸を張り渾身のドヤ顔で言い放った。
「こ、これ一本で俺の給料二ヶ月分っすか……!」
信実がボトルに伸ばそうとしていた手を思わず引っ込める。
値段を聞いた途端、なんだか触れてはいけない禁忌の品のように見え始めた。
「そ、それはすごいんだの……! 白トリュフが食べ放題なんだの!」
樹も固まったままぶるぶる震えている。
しかも、テーブルの上にはそれが人数分用意されていた。
「飲めば世間に自慢できる逸品だぞ。つまみには世界各地の高級チーズを用意した、遠慮なく楽しむがいい」
「ペトリュスとは太っ腹だな、しかし懐は大丈夫なのか?」
見栄を張って無理したのではないかと藤忠が心配そうに尋ねるが、ミハイルのドヤ顔は崩れない。
「伊達に管理職はやってないぜ、外資系は金払いも良いしな!」
「なるほど、そういうことなら遠慮なくいただこう」
懐に問題はなくても奥さんに怒られる可能性は残されているが、どうやらそれも大丈夫らしい。
ワイングラスに惜しげもなく注がれた真っ赤な液体を掲げ、乾杯。
「ん、おいしー♪」
クリスはグラスの中身を一気に傾け、満足の吐息を漏らした。
「十年前はあこがれの存在だった人達とお酒飲めるなんて、ボクもレディに成長したものです」
はい、おかわりー(くぴっ
「北国出身なんで実はお酒に強い血筋なんですよ?」
もう一杯いきまーす(くぴくぴ
「う〜ん……ワインについては詳しくありませんが、美味しく感じますね」
雫はもっぱら日本酒を好んで飲むせいか、ワインを始めとする洋酒には疎い。
「え、ペトリュス……有名なワインなのですか?」
どうやら友人達との会話に忙しく、先程の話はよく聞こえていなかったらしい。
改めて値段を聞いて、驚きはしたものの……それでも飲む、遠慮なく飲む。
「一度封を開けたものは早めに飲みきってしまいませんと、風味も落ちますしね……」
高級品であれば尚更、高級の所以たる独特の風味が飛ばないうちに楽しまなければという使命感。
「これがペトリュス……!」
こんなお酒が飲めるとわかっていれば夫も引っ張って来たのにと、あけびは少し悔しそうだ。
「それくらいの余裕はあるだろう、後で買って帰ればいい。あいつの好みに合うかどうかはわからんが」
「あ、それもそうだね!」
最近は洋酒にも興味を持ち始めたから、喜んでくれるかもしれない。
「むぅ、ペトリュスとはしてやられたのじゃ」
緋打石は持参したお高めブランデー、リシャールの瓶を隣に並べ、ペトリュスと見比べる。
一本の値段はさほど変わらないが、緋打石が用意したのは一本きり。
「まさか数で勝負をかけて来るとは……!」
暫く学園を離れていたせいで勝負勘が鈍ったようだ。
「待て、いつの間に勝負なんて話になってるんだ」
そんなつもりはないと言うミハイルに、緋打石は断固として首を振った。
「ミハイル殿、おぬしはここが何処だか忘れてしもうたのか! 久遠ヶ原のノリと勢いなら、ここは当然勝負に出るところじゃろう!」
緋打石も金払いのいいお得意様のお陰で懐の余裕は充分、しかも他に支出も少ないから、やろうと思えば人数分を用意できないこともない。
しかし。
「向こうは正社員、こちらは不定期な請負仕事じゃからのう」
金払いがいいとは言っても、仕事そのものがなければどうにもならないのがフリーランスの辛いところだ。
いざという時のために多少は蓄えも残しておく必要があるし、娘のためにも宵越しのゼニは持たねぇ的な使い方は出来ない。
と、ヒヨコが母の袖を引いた。
「かーさま、ぴーまんのおじさんにいじめられた?」
「いや、そうではないのじゃ……しかしヒヨコよ、現実とはかくも厳しくツライものなのじゃ、よぉく覚えておくのじゃぞ?」
「はい、かーさま」
こらこら、子供に何を教えているか。
「今日のところは負けを認めよう、しかし次こそは! 社会人ボケした重役なぞに、この緋打石が二度も負けるはずがないのじゃ!」
なんたってまだ現役だからね。
例のお得意様とは恋音のことである――と聞けば、どんな仕事かは想像が付くだろう。
いやいや、表の顔ではなく、裏のほう。
つまり緋打石はバリバリ現役の撃退士なのだ。
「さあ、敗者からの分捕り品をしかと味わうがよい! これぞまさしく勝利の美酒ぞ!」
緋打石さん、酔ってませんか?
「酔ってなどおらぬ、絡んでもおらぬぞ!」
いや、酔ってるし絡んでるし。
撃退士も天魔も酒には酔わないが、場の空気には酔う。
それとも誰か、撃退士さえ酔わせる例の酒をペトリュスに混ぜたりしたのだろうか。
「いや、そんな隙はなかったはずだが」
ミハイルが否定する。
「俺の酒に細工などしてみろ、ただではおかん」
「いや、そのワインには何も入っておらぬ」
くっくっと可笑しそうに喉を鳴らす、その声は――
「リュールか、何をした?」
「いやなに、そこの菓子にな」
指さしたのはチョコレートボンボン。
「特別仕様にしておいた。せっかくの酒に酔わぬのもつまらんだろう?」
本人は恐らく気を利かせたつもりなのだろう。
しかし。
「リュールさん!」
案の定ユウに叱られた。
「子供が間違えて食べてしまったらどうするのですか!」
箱に並んだチョコ達は洋酒のミニボトルを模した銀紙で包まれ、大人なら一目で酒が入っているとわかるだろうけれど。
「とにかく、これは没収です」
返してほしければ後で職員室に――ではないけれど、反省文を添えて取りに来ること。
「俺は練馬大根の沢庵漬けを持って来ました」
正太郎の差し入れはごはんやおにぎりに合いそうだ。
「恋音が来たらあの魚で刺身を作るそうですよ!」
「沢庵にお刺身、ごはんが進みそう……足りるかな?」
クリスが隅に置かれた大きな炊飯器に目をやると、沙羅もまた同じ場所に視線を向ける。
「そうですね、調理室を借りて追加で炊いておきましょうか」
「だったらボクも行こうかな、久しぶりに沙羅さんにお料理教わりたいし」
「ええ、では一緒に行きましょう。クリスさんとはゆっくりお話もしたいですし、何か悩み事があるならなんでも相談にのりますよ」
「えっ、わかっちゃった? 悩みっていう程のものじゃないんだけど、じゃあお言葉に甘えちゃおうかな♪」
「では何かおつまみと、追加のおかずでも作りながら……」
「あ、それなら私もこのピーマンを料理してきましょう!」
雅人が自分用に持って来たピーマンを取り出す。
「勢いで生のまま持って来ましたが、さすがにそのまま囓るわけにもいきませんからね! 沢山ありますから、ミハイルさんにもお裾分けしますよ!」
「謹んで遠慮しておく。沙羅が作ったものなら別だがな!」
愛妻の手にかかると、死ぬほど嫌いなピーマンさえも美味しく……とは言えないが、それなりに食べられるらしい。
それもひとえに愛のなせるわざ、か。
「それでは、私はこちらのごはんを少し使わせてもらっても良いでしょうかー」
アレンが荷物の中から愛用の巻き寿司セットを取り出す。
不良中年部の集いにアレンが参加するとなれば、お供は一択カッパ巻き。
「好物のカッパ巻きだけはうまく作れるようになったのですよー」
え、他の料理?
「いつもはフィリアさんが作ってくれるのですー」
どんなに不器用でも十年も続ければそれなりの腕にはなる、らしい。
「美味しいのですよー?」
「チビ達の評判は今ひとつだがな」
ぽつりとフィリアが付け加える。
風雲荘では月に何度かいくつかの家族が集まって食事をする。
他の家族が提供した料理の方が、明らかに食いつきが良いのだとか。
「でも私はフィリアさんの料理が一番だと思いますよー」
はいはい、ごちそうさま。
なおアレンの味覚は独特であることを付け加えておく。
「落ち葉を集めて焼き芋するのにもよい季節ですねー、焼き芋に塩辛乗せると美味しいですよー」
それは本当に、美味しいのだろうか。
「……遅くなりましたぁ……皆さん、ご無沙汰しておりますぅ……」
暫く後、恋音が大きな荷物と共にやって来る。
十年前とそれほど変わらない、二十代前半程度に見える顔立ち。
嫌でも目立つ胸の方も、どうやら成長が止まったようで……え、未だに成長中?
本人曰く、抑制法が完成し普段は一定サイズに抑えているため日常生活には支障がないそうだ。
その腕に抱えているのは、子供や酒を飲めない人でも楽しめるようにと用意した手作りの和菓子と……大きなマグロ。
「……ちょうど業務で手に入りましたのでぇ……」
一体どんな業務なのか、そこは企業秘密ということで。
そして始まるマグロの解体ショー。
先に届いていた魚たちもまとめて裁き、目の前で豪華な盛り合わせが作られていく。
余った部分は調理室で酒の肴やごはんのおかずに余すところなく利用された。
「さすがは恋音、私の最愛の妻ですよ!」
「本当に、相変わらず見事ですね」
雅人の惚気に正太郎は素直に同意する。
「仕事が忙しいようですが、家でも食事の支度は月乃宮さん……いえ、恋音さんが?」
「それはもちろん、二人の共同作業ですよ!」
だって夫婦ですもの!
「テーブルの上がずいぶん賑やかになったー」
クリスはどれも美味しそうな皿たちに向かって手を合わせる。
「お料理やお酒の差し入れ、感謝です」
あとは食事をしながら近況を報告したり、思い出話に花を咲かせたり――
「皆さんにご報告があります」
正太郎が立ち上がり、少し改まった様子で一同を見渡す。
「この度、かねてから研究していた新クラス「変身ヒーロー」が学科として始動することになりました」
そればかりではない。
「つきましては、自分がその担当教授に抜擢されまして……」
「それはすごいですね! おめでとうございます、雪ノ下君! いや、雪ノ下教授!」
「ありがとうございます、袋井さん」
ところで、ラブコメ仮面も変身ヒーローに入りますか?
え、入るかもしれないけど授業で取り上げるのは無理がある?
それは残念。
「でもお呼びがかかればいつでも特別講師として参上しますよ!」
「ええ、その節は是非お願いします」
その節とやらは決して巡って来ない気がするけど。
「みんなの中で将来ヒーローになりたい人はいるかな?」
正太郎は未来の学生確保のため、子供達に尋ねてみる。
真っ先に手を挙げたのは、双子の妹ミアだ。
「みあ、ひーろーなる!」
一方、兄のレアは――
「れあ、きゅいきゅあなるのー」
きゅいきゅあ、とは女の子達に人気の魔法少女アニメ「美河童戦士キュリキュア」のことだ。
なんでも魔法のキュウリを食べて変身する河童の女の子が主人公だとかなんとか……レアはそれが大のお気に入りだった。
しかし残念ながら、今のところ魔法少女学科開設の予定はない。
レアが男の子であるという事実は、恐らく問題にならないだろうけれど。
「よし、じゃあ未来のヒーローのためにとっておきのスキルを見せちゃうよ! 龍転っ!!」
正太郎は子供達の目の前でリュウセイガーに変身した!
「青龍の化身が悪を断つ、我龍転成リュウセイガー参上!!」
せっかくだから新たに開発したスキルも披露しよう。
「これが物理型や魔法型に戦闘スタイルを変更できる初期スキル、その名も<フォームチェンジ> だ!」
「さすが正太郎先パイ、ちょぉカッコイイっす!」
頬を赤く染めた信実が拳を振り上げて声援を送る……が、その拳はへなへなと力を失い――
ごん!
良い音を立てて、信実はテーブルに突っ伏した。
一応は出張中の身として乾杯以外の酒は自重していたものの、例のチョコレートボンボンをうっかり口にしたのがいけなかった。
酔うとポーっと赤面し、眠くなってしまう可愛いおまわりさんだった。
あけびは現在、不知火の当主となっている。
が、その他にも撃退士と忍のノウハウを生かして会社をふたつ立ち上げていた。
「忍の家だからって、古い伝統を守るばかりじゃ生き残れないからね!」
「ほむ、先程の医療関係の他にもまだあるのかの?」
「うん、多角経営ってやつかな!」
樹の問いに、あけびは胸を張って答える。
「もうひとつは警備会社で、こっちは姫叔父に任せてあるんだ」
「俺はその社長兼あけびの補佐役だな」
もっとも、仕事を請け負う相手は外部のみだが。
「あけびの護衛は必要ないんだ、俺の親友……つまり旦那が全力でやってくれるからな」
「何しろ私のお師匠様だった人だからね、強くて頼りになるよ!」
あけびを使徒にする目的で近付いた天使が今では子煩悩な旦那様なのだから、人生何が起きるかわからないものだ。
「そうそう、さっきも写真見せたけど……ほら、天使と人は寿命が違うでしょ? だから子沢山なんだよ!」
「ほむ?」
「私が『なら子供を沢山作ろう! そうすれば寂しくないよ!』って言ったからね!」
本日、彼は下の子達とお留守番。
未だにヘルプの要請がないところを見ると、どうやら上手くやっているようだ。
「良い旦那さんでしょ?」
「そうだの、幸せそうな様子が目に見えるようだの♪」
「うちは下にもう一人、今日は妻が見てくれている。それはそうと、樹はどうしてたんだ? 今は何をしている?」
「わしかの? わしはもちろんきのこ一筋なんだの!」
いや、まあ、それはきっとそうなんだろうとは思っていたけれど、やっぱりそうか。
「今では念願かなってきのこ研究家として世界各地を飛び回る日々を過ごしているんだの♪ 毎日楽しくて仕方ないんだの!」
「そうか、それは良かった……他には?」
「ほむ? 他に何かあったかの?」
「いや、例えば身を固めたとか……」
「それはないんだの! わしには研究が恋人なんだの!」
その説明は嘘ではない。
嘘ではないが、100%本心でもなかった。
樹の心には、ひとつの忘れられない面影が棲み着いている。
今はただ想うばかりだけれど、いつかは――
「私は今も現役で戦い続けていますよ!」
雅人はフリーランスの撃退士、妻の恋音は事務代行業の代表を務めている。
本人と局員、学生時代から培ってきた双方の技量もあって、恋音の業務は極めて順調だった――裏の顔も含めて。
「……先ごろ本社を島内の別所に移転しましてぇ……風雲荘に構えた事務所は今では出張所として――あ、ちょっと失礼させていただきますねぇ……」
時折姿を消すのは、電話で業務の指示を送るためらしい。
「……出張所の方は、今後は直接いらっしゃるお客様が増えるかもしれませんねぇ……」
今までは住人以外には殆ど人の出入りがないアパートの一室だったが、近くそのすぐ脇に診療所が開かれることになっていた。
「そうだ、開業は確か来月だったか?」
「章治が院長とは驚いたが、結構似合ってるぞ」
ミハイルと藤忠が両側から門木に話しかける。
「院長と言っても医者は俺ひとりだがな」
「それでも院長は院長だろう、約束通りアパートの前を花輪で埋め尽くしてやるからな」
「俺とあけびからも何か祝いを贈るとしよう」
確か内科と小児科だったか。
「うちの子供達は体調崩した時章ちゃん先生に診て戴くのですー」
「ああ、うちもそのつもりだ」
話に加わったアレンに藤忠が返す。
「最近アウルに目覚める子も多いですし、一般向けでない医療の需要高まりますねー」
「ところで、あれは克服出来たのか? 手術とか、そのあたり」
ミハイルの問いに門木はそっと首を振った。
「怪我の手当なら多少酷くても大丈夫だが、手術はな……」
実習は何とかなったが、それを毎日のように続けるのは無理だった。
「結局、外科の研修は最後まで続かなくてな」
「まあ、人には向き不向きってものがあるさ。……そうそう、俺の見立てではレイはインフィの素質があるぞ」
そこから先は競うように親馬鹿談義。
四人とも娘を持つ父親とあって、話題には事欠かなかった。
そして娘と言えば――
「クリスはもう四年生だったな、そろそろ進路は決めたのか?」
「あっ、そのことなんだけど……ちょっといいかな?」
ミハイルに問われ、クリスは先ほど沙羅と話していたことを尋ねてみる。
「あのね、パパ。パパのツテで会社に就職できない?」
「うちの会社にか?」
「うん、今ボクを雇うと漏れなくストレイシオンの紫苑も付いて、とってもお得だぞー」
「それは構わんが、試験はきっちり受けてもらうぞ。身内だからと贔屓はしないからな」
「わかってるよーボクだってやる時はやるんだから」
「よし、クリスなら余裕で受かるさ。後で会社案内を送っておこう、確か近いうちに社内見学もあったはずだな」
「はい、よろしくお願いします、エッカート部長!」
何部の部長なのか、実はよく知らないけれど。
「しかしクリスもいよいよ卒業か……この不良中年部にも、とうとう見知った顔がいなくなるってわけだ」
「でも大丈夫だよ、部の名声と伝統は後輩達が受け継いでくれるから」
もう何年かすれば、ここにいる子供達が入って来るだろうし。
「そう言えば、雫さんもユウさんも学園の先生でしたね! どうでしょう、部の顧問になってみるというのは!」
雅人の問いに、二人は顔を見合わせる。
「確か、顧問はいなかったはずでは……」
「私もそう聞いていますね」
「えっ、門木先生が顧問ではなかったのですか!?」
「いや、俺はただのヒラ部員だ」
「もし顧問が必要なら、ダルドフさんはいかがでしょう」
ユウが話を振ってみる。
「あっ、そう言えばダルドフさんも今ではお二人の同僚でしたね!」
「私の知る限り、ダルドフさん以上にしっくり来るかたはいないと思うのですが」
「いやいや、某が顧問では若い者が集まらぬであろう」
「そんなことはないと思いますが……」
むしろ小さい子供に人気が出そうだと雫。
「ダルドフが顧問なら安心だな、うちの娘も転入したら入部するように勧めてみよう」
「待たぬかミの字、某は引き受けるなどとは一言も――」
科学室の看板メンテその他でわりと頻繁に学園を訪れていることだし、いっそミハイルが名誉顧問とか、そういうのはどうでしょう、ね?
「さて、わしは子供達と遊んで来るかの」
樹は部室の一角に出来上がったアレン託児所へ。
そこにはチルルの姿もあった。
「でっかい夢を持つのは良いことよ! みんなは将来、何になりたいのかな?」
「かりんは、はつめーするひとになるの!」
花鈴が元気に手を挙げる。
「発明家ね! どんな発明をするのかな?」
「えっとね、たいむましん!」
なんでも、過去に戻ってお父さんのお嫁さんになるのだそうだ。
「だってね、おとーさんはおかーさんとけっこんしてるから、だめだってゆーの」
だからそれより昔に行って、母よりも先にかっ攫う計画なのだとか。
「ほむ、門木殿は相変わらずのモテっぷりであるの」
微笑ましい限りだが、そうなると自分が生まれて来ないことになるのは理解しているのだろうか。
「ワタシはお父さまと肩を並べて戦えるような、立派なインフィルトレイターになります」
花鈴よりも年かさなだけあって、レイの目標は現実的だ。
「俺は父さんみたいなカッコイイサムライになるんだ!」
仙火は母から譲られた愛刀、小烏丸を自慢げに見せびらかす。
「でも仙火、忍軍だよね?」
「仕方ないだろ、適性試験でそうなっちゃったんだから!」
楓のツッコミに仙火は口を尖らせた。
「まあ最初の専攻はね、それで将来が決まっちゃうわけでもないし、気楽に考えるのが良いと思うわ!」
チルル先輩のアドバイスに、真剣な眼差しで頷く後輩達。
「でも良いわね、みんな親御さんのことが大好きなんだってビシビシ伝わって来るわ!」
「そうだの、こうして命だけでなく想いも繋がっていくんだの」
ところでチルルさんのご予定は?
「あたいはまだ全然よ!」
そりゃさいきょーはまだ先だしね。多少はね?
「ここは相変わらず賑やかだな」
礼野 智美(
ja3600)はふらりと立ち寄った部室の前で小さく笑みを漏らした。
「もっとも、賑やかなのは風雲荘も変わらないが」
智美は今も風雲荘の部屋と菜園を借りている。
ただ、畑の手入れをしているのは大学部四年になる義弟とその彼女――いや、もう妻か――の二人、部屋のほうも皆の収穫物保存部屋として使われているだけで、生活の拠点は他にあった。
二人とも畑仕事のついでにリコとお茶を楽しんだり、今でも仲良くやっているようだ。
けれど、そんな二人もそろそろ卒業。
今のところは故郷に戻って市役所に就職し、復興に力入れようと考えているようだ。
そのことで相談があると義弟から電話を受けたのは昨日のこと、会って話をしようという流れで久しぶりに学園に出向いてみたのだが――そこで初めて同窓会が開かれていることを知ったという次第。
「門木先生も来ているのか。せっかくだし、少し邪魔させてもらうとしよう」
ついでに後で少し畑の様子も見てみようと思いつつ、部室に顔を出す。
「こんにちは、お邪魔します」
知った顔も知らない顔も、昔の面影が残る顔も、まるで別人のような顔も、一斉に智美を見た。
「智美か、久しぶりだな」
「ええ、ご無沙汰しています」
声をかけてきた門木に頭を下げた、その時。
遠くからヘリコプターの飛行音が聞こえて来た。
それは次第に大きくなり、やがて会話も聞こえないほどの爆音になる。
外に出てみると、空には何とも可愛らしい黒猫型自家用ヘリが浮かんでいた。
「あれ、テレビで見たことある!」
「カメのおじさんだー!」
子供達が口々に叫ぶ中、爆音を割いて拡声器から『おじさんちゃうわーーーっ!』という魂の叫びが飛び出して来る。
その声は、今や日本を中心に世界を駆け回る人気シンガーソングライターとなった亀山 淳紅(
ja2261)のものだ。
彼は目下にゃんこマネと一緒に全国ツアーの真っ最中だったはずなのだが、その途中に学園でのライブでも入れていたのだろうか。
だが、そんな話は誰も聞いていない――などと考えているうちに、ヘリはプレハブ小屋のど真ん前に降り立った。
「本日は同窓会と聞いて年に一度あるかないかのお休みをひねり出しました! 褒めてください!(どやぁ」
「いや、来れると思わんかった! ニャーディス君まじ有能!」
「ふふふ、もっと褒めてくださってもいいのですよ!」
「褒めたる! めいっぱい褒めちぎったる! 歌と嫁と子供の次くらいに愛してんでっ(きりり」
今日のこの時は、敏腕(猫)マネージャー兼パイロット、そしてマスコットでもある、かもしれないカーディス=キャットフィールド(
ja7927)からのプレゼント。
「いつも世界中引っ張りだこなのですから、一日くらい思い切り羽根を伸ばしてくるといいのですよ」
「そうさせてもらうわ、おおきにな!」
淳紅はカーディスのもふもふ毛皮をぽふぽふ叩くと、娘を抱き上げ、Rehni Nam(
ja5283)の手を引いて颯爽と大地に降り立った。
二人が結婚したのはレフニーが音楽大学を卒業した翌年のこと。
今年で結婚五年目となる二人の間には、三歳になる双子の男の子と女の子が生まれていた。
淳紅に抱っこされているのは女の子の方、名前は亀山・N・赤守(はにかみ)だ。
母譲りの銀髪は肩の下まで伸びているが、父譲りの癖毛のせいかボリュームたっぷりで、母のお下がりのヘアバンドも髪を抑えるものとしてはあまり役に立っていないように見えた。
しかし本人はそんなことにはお構いなく、ピンクでまとめた有名な子供服ブランドのワンピースに身を包んで上機嫌だ。
「なあなあ、めっちゃ可愛いない? どっち似やと思う?(でれでれ」
人垣の中にダルドフの姿を見付け、淳紅は挨拶もそこそこに親馬鹿全開で惚気まくる。
「そうさのう、奥方の方に似て……おぉう」
「くまさんー!」
顔を寄せたダルドフの顎髭を、赤守は容赦なく引っ張った。
よく子供に弄られはするが、ここまで力をこめて引っ張る子は初めてかもしれない。
「ハニーちゃん、くまさんのおひげはオモチャやないんやで? そくらいで勘弁……」
「や!」
少し釣り目気味なところに性格が滲み出ているのだろうか、なかなかに気の強い子だ。
「はにーちゃん、くまさんとあそぶの!」
淳紅の腕から脱出し、ダルドフに登り始める赤守さん。
子供はみんな、大きな熊さんがお好きなようだ。
「うぅ、大事な娘に嫌われてもーた」
がっくりと項垂れるお父さん。
妻のレフニーがその手をとった。
「そんなことはないのですよ、ジュンちゃん。さあ、ダルドフさんに遊んでもらっているうちにご挨拶を済ませましょう?」
「それもそうやな」
暫く頼むと言い置いて、二人は仲良く手を繋いで懐かしい顔に挨拶回り。
「レフニーさん、お久しぶりです! それい亀山さんも!」
さっそく雅人が駆け寄って来る。
いつもテレビで見ているので、あまり久しぶりという気はしないけれど。
淳紅も売れっ子だが、レフニーも今やプロのピアニスト兼ヴァイオリニストとして脚光を浴びる存在となっていた。
「そうですか、双子のお母さんに……あれ、でも男の子は?」
「今日は友達の家にお泊まりなのですよ」
「それは残念ですね、うちの凌雅君も残念なことにお留守番で……」
一方、カーディスは昔懐かしい黒猫忍者姿。
ただし胸元にはお洒落な赤いネクタイが結ばれていた。
「社会人なので正装ですのよ!」
中の人? さあ存じませんね。
「お久しぶりですのよ! ちょっと時間が遅れてしまいましたけど主役は後からやってくるってやつです★」
まあ、にゃーでぃす君もわりとメディアへの露出が激しいから、迎える側にとってはそれほど久しぶりという感じはしないのだけれど。
新進気鋭の若手アーティストの影に猫マネージャーありと聞けば、マスコミが放っておくはずもない。
今や彼はファンクラブが出来るほどの人気者だった――マネージャーなのに。
そしてもちろん、子供にも大人気。
「あっ、あっ、私は先生や皆さんにご挨拶を……!」
しかし無駄な抵抗は無駄、もふもふ黒猫はあっという間に子供達に取り囲まれ、身動きが取れなくなってしまった。
子供達に弄られながら料理とお喋りを楽しみ、お酒――は飲めませんの、運転しますのよ。
え、ヘリは操縦だろうって? こまけぇことはいいんだよ!
「この雰囲気! 久遠が原って感じですの!」
けれど、楽しい時間は続かない。
「亀山さん、そろそろお仕事に戻る時間ですのよ」
休日と言っても移動時間を考えれば丸々一日使えるわけではないのが売れっ子のツライところだ。
「せやな、名残惜しいけど……でも、その前に!」
特設ステージ、セット!
「最後に一曲、スペシャルコンサートやでっ!」
レフニーのキーボード伴奏に合わせ、学園時代の思い出の曲――あの最後の戦いでもみんなで歌った「瞬間エナジー」を披露する。
「自分の根っこの大事な部分やからな、いつまでたっても!」
「みんなで一緒に歌いましょう」
その曲は卒業生はもちろん、現役の学生達も多くが知っていた。
今年の入学式でも有志によって歌われていたとか。
「歌えない人は踊っても良いんですの☆」
カーディスは赤守と一緒にくるくる踊る。
今やチケットが取れないことでも有名な淳紅のステージ、しかもマイクを通さなくても聞こえる距離で味わえるとは何たる贅沢か。
「今度ツアーの招待チケット送るけんね、見に来てや!」
その余韻も醒めやらぬ中、敏腕マネのヘリに浚われ歌の日常に戻っていく亀山一家。
ヘリの爆音が秋空に吸い込まれて消えてしまうと、今まで聞こえなかった虫達の声が耳につきはじめる。
なんだか妙にもの寂しい気分。
「そう言えばラル、まだ来ないね」
校門に続く通路を見ながらあけびが呟いた、その時。
「ちぃーっす、お届け物でぃーっす!」
やたらと軽い感じの配達員が荷物を届けに来た。
「もしかして、今日は来られない誰かが差し入れ送ってくれたのかな?」
薄型テレビのような大きくて平たい段ボールを、現役部長のクリスが受け取る。
「毎度どうもっすー!」
「はーい、ご苦労様でしたー」
さて、これは何だろう。
宛名は「不良中年部御中」、日付と時間帯まで指定してあるが、差出人の名前はない。
「とにかく開けてみよっか」
もしかして爆発物かも、という思いはちらりと頭をよぎったが、撃退士ならきっと大丈夫。
念のために門木と子供達だけ退避させ、クリスは梱包を解いた。
「え、なにこれ……」
現れたのは白と黒のリボンがかけられた黒枠の額縁。
枠の中ではラファルがイェーイみたいなポーズで笑っていた――遺影だけに。
「どういうこと?」
あけびが眉を寄せる。
ラファルが悪戯好きなのは知っているけれど、ちょっとこれは。
と、額縁に仕掛けられたスピーカーから本人の声が流れ出した。
『おい、お前等、俺が死んだからって不景気な面してんじゃねーぞ』
死んだ?
死んだって、どういうこと?
室内に満ちあふれる疑問符を吹き払うように、一陣の風が吹き抜ける。
『ラファール、それはフランス語で「突風」を意味する名前だ。
10年後の不良中年部の同窓会を前にしてラファルは死んだ。
享年30歳。死因はアウルリアクターの自動停止。
8割機械化の彼女にしてみれば20歳まで生きられないだろうと言われていたので大往生だ』
本人の声で解説は続く。
『義体会社を興して軌道に乗せた。親友も助けた。因縁も片付けた。やり残したことはない……いや、ひとつだけある。
おめーら今、しんみりお通夜モードだろ?
そいつは俺の本意じゃねーからな、せいぜいこれで大爆笑してくれや!』
ぼん!
額縁が爆発し、色とりどりの紙テープや花吹雪、万国旗などと一緒に、これまでに撮り溜めたNG集のような写真がバラ撒かれる。
しかし。
「笑えないよ、ラル。こんなこと、笑いのタネにするなんて、いくらラルでも……」
あけびが拳を震わせる。
それに答えるように、最後に飛び出したバネ仕掛けのラファル人形が笑った。
『どうも日本の葬式は湿っぽくていけねーな。どっかの国じゃ一晩中笑い倒すって聞くぜ?』
「でもここは日本だよ。それに私は信じない……だってラル、昨日も会ったよね? 普通に元気そうにしてたよね?」
『あけびちゃん、人生一寸先は闇ってな、明日も今日と同じ日が続くなんて保証はどこにもねーんだぜ?』
「そうかもしれないけど……ラル、今私の質問に答えたよね?」
『これは自動応答AIだ、あけびちゃんならそう言うだろうと思ってプログラムしておいたのさ』
「じゃあこれは何? 仕掛けの中から天狼牙突が出て来たけど」
『そいつは俺の形見だ、欲しい奴に譲るからもらってくれると嬉しいぜ』
「ふぅん……でもこれ、刃毀れしてるよ?」
『なんだと、そんな筈は――』
「ラル、語るに落ちたね! AIにそんな受け答えが出来るはずない!」
『し、しまった!』
バレては仕方ない、ここは逃げるが勝ちだ。
『でもな、寿命が近いのは本当だ、だからこのままそっとしといてくれ』
「話の腰を折って悪いんだが」
ミハイルが割って入る。
「話を聞く限り、業務の引き継ぎは行われていないようだな」
管理職として、それは非常に困る。
場合によっては会社が潰れかねないレベルの非常事態だ。
『エカちゃんか。だがそこも抜かりはねーよ、ちゃんと資料はまとめてあるぜ』
「だがそこに不備がないとも限らんだろう」
「どっちにしたって、私に黙っていなくなるなんて許さないんだからね!」
『いや、だからこうして報告――』
「問答無用!」
怪しいのは先程の配送員か。
「あけび、見付けたぞ。隠しカメラと通信器だ」
「姫叔父ナイス!」
間違いない、本人はまだ電波の届く範囲にいる。
「このタイプだと半径100メートル程度だな」
門木の言葉に力強く頷いたあけびは、びしっと窓の外を指さした。
「待ってなさいラル、今みんなで捕まえに行くからね!」
逃がさない、絶対に。
こうして、不良中年部十年目の同窓会は盛大な鬼ごっこで幕を閉じるのであった。
●ヘヴホラの集い2028
久遠ヶ原学園からそう遠くない、秋景色を臨む河原。
バー『Heaven's Horizon』の従業員、及び関係者の同窓会は、肉の焼ける香ばしい匂いと共に始まった。
「こうして皆でバーベキューというのも久しぶりですね」
本日のお奉行様は主催者のひとり和紗・S・ルフトハイト(
jb6970)だ。
「私がやりたかったのにー」
相変わらずの食欲魔神、米田(旧姓:蓮城)真緋呂(
jb6120)が駄々をこねるが和紗は取り合わない。
「真緋呂に任せたら皆に配る前に胃袋に消えてしまいますから。或いは肉ばかりを焼き続けるとか」
「そ、そんなこと……っ」
ない、とは言えない。口が裂けても。
「そうなんだよね」
諦め半分の境地で米田 一機(
jb7387)が首を振る。
「あれから何年たってもこんなんです。おまけに最近、光も真緋呂みたいな大食いの気が出てきたんだよなぁ」
光は真緋呂との間に生まれた五歳になる一人娘。
黒髪に父親譲りのくりっとした茶色の瞳が可愛いと、一機は親馬鹿全開で鼻の下を伸ばす。
「まぁ、とーちゃん頑張って稼ぐけどさ」
愛する嫁と可愛い娘のためならば。
でも光が真緋呂の才能(?)を余すところなく受け継いでいた場合、ちょっと厳しいかもしれない。
「光ってさ、見た目は俺寄りだけど中身はまんま真緋呂のミニチュアなんだよね」
一機は企業撃退士、真緋呂も本土の病院勤務の助産師として働いているから、今のところは生活にかなりの余裕があるけれど。
そんな夫の心配などどこ吹く風とばかりに、懐かしい面子に会って食欲も↑↑な真緋呂さん。
和紗やその旦那様とは結構頻繁に会っているが――
「他の人達は結構久しぶりになるのかな?」
まずはお互い、近況の報告といこうか。
「蓮城さんと会うのは久しぶりだな……今は米田だっけか?」
ディザイア・シーカー(
jb5989)は長女のエリーを連れての参加。
妻のエリスは今、第二子の出産を控えて自宅待機中だ。
「一緒に来たがってたんだが、今日は大事をとって留守番させてる。予定ではまだ少し先なんだがな」
「出産予定日なんて飾りみたいなものよ、ずれるのが当たり前だから」
「そうらしいな。この子の時はそれでずいぶんと慌てたが……何しろ三月下旬と聞いていたのに、生まれたのは12日だったからな。だが今度は大丈夫だ」
この子と言ってディザイアが視線を注いだ先には、少しくたびれた黒兎のぬいぐるみを抱えた少女の姿。
「長女のエリーだ、今年で三歳になる」
「聞いてはいたけど、お母さんにそっくりね」
「エリスと言うより『エリー』の方かな。彼女の生まれ変わりなんじゃないかと思うことがある」
名前の由来となった「エリー」は、エリスを元に造られた存在だという。
だから結局、外見も中身も母親そっくりということになる。
父の影響、どこいった。
「俺のところは今でも店の二階に住んでます」
和紗は夫と共にバーテンダー兼フリー撃退士として忙しくも充実した日々を送っていた。
その忙しさと充実の主な原因は仕事、ではない。
店もそれなりに繁盛しているが、それ以上に大きいのが子供達の存在だった。
「この子は三歳になる次男の逢斗、四人兄弟姉妹の末っ子です」
黒髪に紫の瞳、無口で大人しいが人見知りをしない性格。
「控えめに言って天使ですね」
和紗も今や立派な親馬鹿だった。
「あらあら、みんな賑やかだこと」
おっとりと笑うのは、去年までバーの住込みホステス(?)だった華宵(
jc2265)だ。
何度か予定外の留年をした結果、大学部6年まで進級した彼も、去年無事に卒業することが出来た。
「でも卒業試験は一度で合格したのよ?」
留年も学力に問題があったわけではなく、試験の日程が大切な用事と被った等のアクシデントが主な要因だったらしい。
卒業後は故郷に戻り、今では何でも屋的にフリー撃退士として活躍している。
「はい、これ名刺ね。何か困ったことがあったら言ってちょうだい、文字通りに何でもお手伝いするわよ? もちろん子守もね」
去年までは和紗が店に出る時などは子守を引き受けていたし、自身もこれまでに700年あまり生きた中で三人の妻を娶り、それぞれに子宝に恵まれた。
今で言う「イクメン」だった彼は、子育てもそれなりに慣れたものだった。
「エリーちゃんも逢斗君も、少し会わない間に大きくなったわね」
当時二歳の二人は不思議そうに首を傾げている。
が、柔らかな微笑に記憶をくすぐられたのか、逢斗がやがて人懐こい笑顔を見せた。
「ずっと面倒を見てもらっていましたから、逢斗は何となくでも覚えているのかもしれませんね」
和紗が微笑む。
「上の子達は覚えているでしょうね。今日は店で留守番していますから、帰りにでも寄っていきませんか?」
「ええ、ありがとう。じゃあ久しぶりに寄せてもらおうかしら」
そう言って、華宵は次にディザイアに目を向けた。
「ディザイア君のところは2人目がもうすぐなのね」
「ああ、お陰さんでな」
「それは楽しみね……ふふ、落ち着かないみたいね」
くすりと笑う華宵に、ディザイアは「まあな」と頭を掻いた。
「なんか今この瞬間にも連絡が来そうな気がしてな」
なるほど、それでしきりにポケットを気にしていたのか。
そこには恐らく、マナーモードにしたスマホが入っているのだろう。
何かの拍子に「ヴヴヴ」と動いた気がして慌てて取り出す――そんな経験に覚えのある者は少なくなさそうだ。
そのうちの何割から、その際に落としてディスプレイを割ったこともあるかもしれない。
「ふふ、気を付けてね」
次に華宵は光に向き直った。
「光ちゃんは初めましてだったかしら」
「おばさん、だれ?」
幼児にとって、大人は全ておじさんおばさんである。
そして髪の長い人は全て女性である。
「お兄さんはね、光ちゃんのお母さんのお友達……の、そのまたお友達、でいいのかしら」
「ふぅん?」
光はよくわからないといった様子で首を傾げていたが、やがてぱっと顔を輝かせた。
「じゃあ、ひかりのおともだちだね!」
「そうね、仲良くしましょ?」
「うん!」
本当に、人見知りをしない子だ。
「さあ、そろそろ準備が出来ますよ」
肉や野菜の焼ける匂いが本格的に食欲を刺激し始め、そろそろ我慢の限度にさしかかった頃。
ようやくBBQ奉行様のお許しが出た。
和紗は相変わらず食が細いが、逢斗は好き嫌いなく何でも食べる育ち盛り。
それに今日はいつもなら争奪戦を繰り広げる(そして負ける)兄や姉達がいないため、思う存分に好きなだけ食べられる、年に一度あるかないかの貴重な機会だ。
「逢斗、野菜もちゃんと食べて偉いですね」
和紗は微笑し、クーラーボックスに入ったデザートのアイスを逢斗の前に置いた。
「これはご褒美です」
「逢斗君いい食べっぷりだねー、光もいっぱい食べよう!」
真緋呂は光の取り皿にお肉をどーん!
栄養バランス? 気にしたら負けでしょ!
「いやそこは気にしろよ母親として!」
そう言いつつも、一機は真緋呂の皿に肉をがんがん盛り上げる。
一機が用意して真緋呂が食べる、この関係は今も変わらない。
「うちもそうだけど、それにしても皆変わってないねぇ」
いや、種族的に外見が変わらないとかそういうことよりも、中身的に。
「うち? そりゃーもう円満ですよ」
そんなことを言いながら真緋呂の肩を抱き寄せ、ドヤる一機。
だがしかし、奥様は旦那よりもお肉に夢中だった。
「オメーー食ってばっかじゃねーーかよぉ!!」
「そんなことないし! 光にも食べさせてるし! ね、光? ほらもっと食べよう?」
「おかあさんくらいは、ちょっと」
「え」
その片鱗があるとは言え、まだ五歳だしね。
やがてお腹がいっぱいになった子供達は、三人で仲良く遊び始める。
逢斗とエリーは仲良しだが、光は二人とは初対面。
しかしここでも光の社交スキルは遺憾なく発揮された――いや、少しばかり発揮されすぎた。
気が付けばそこは戦場。
一人の男を巡って二人の女が争う昼ドラ顔負けの修羅場が展開されていた。
「あいくん、とっちゃだめぇ」
エリーが逢斗の袖を掴めば、光は年上の体力にモノを言わせて反対側の腕を引っ張る。
「だめ、ひかりとあそぶの!」
間に挟まり大岡裁き状態の逢斗は涙目でオロオロ。
「いっしょに、なかよくしよぉ?」
子供達の可愛い三角関係に、華宵は「あらあら」と見守る構え。
「ここはひとつ、親御さん達のお手並み拝見といこうかしら」
最初に動いたのはディザイアだった。
「エリー、離してあげようね? エリーにはパパがいるだろー?」
しかしエリーは暫し考え――
「……や!」
断固として首を振った。
「あいくんがいいのぉ!」
ディザイアパパ撃沈!
二番手の一機は「もう大きいんだから」と小さい子には優しく親切にしましょう説を唱えてみる。
しかしそれも右から左でパパ無念!
こんな時に頼りになるのは、やはり母親の存在だった。
「光! 逢斗君困ってるでしょ!」
真緋呂の鶴の一声で、光は弾かれたように手を離す。
エリーもその迫力に押されて思わず直立不動、逢斗は「ごめんなさい!」とますます涙目に。
いや、君は謝らなくていいから。
「三人で、仲良く、遊びましょうね?」
にっこり微笑む真緋呂母さんの声には、有無を言わせぬ迫力があった。
子供達が仲良く遊び、大人達はBBQの余韻を腹の中に片付けながら談笑し――
やがて夕暮れも迫り、ディザイアがポケットのスマホを気にする回数が飛躍的に増えた頃。
「そろそろ二人目もいいかな……」
その様子に目を細めた真緋呂が一機に話しかける。
「二人目……うん、光も落ち着いてきたしそろそろいいかもなぁ」
そんな矢先。
ヴヴヴ……ディザイアのスマホが着信を告げた。
「もしもし……えっ!?」
通話を受けたディザイアの顔色が変わる。
「生まれる!」
その一言で、場の空気が一変した。
「今どこ? もう病院?」
「俺クルマ取って来る!」
「いや、飛んだ方が早い。行くぞエリー!」
娘を抱えたディザイアは安全第一かつ最大出力で一直線に妻の元へ!
「行っちゃった……けど、私達も行った方がいいよね?」
「そうですね、真緋呂は特に――どうしました?」
急に蹲った真緋呂を見て、和紗は心配そうにその背をそっとさすった。
「食べ過ぎたかしら」
「それはないです」
バッサリ。
(「即答!? しかも全否定!?」)
抗議したいけれど、あまりの気持ち悪さに声も出ず。
「どうしたの? おかあさんびょーき?」
「いいえ、これは……」
駆け寄って来た光に和紗が答えた。
「もしかして……」
ちらり、一機を見る。
「えっ、なに!?」
「悪阻、だと思いますが」
まさかの妊娠疑惑。
「えっ、ちょ、待って、えっ、あの……っ!?」
「はいはい、お父さんはとりあえず落ち着きましょうね」
挙動不審になった一機の肩を華宵がポンと叩く。
「ここは私が片付けるから皆行きなさい」
嬉しいことに嬉しいことが重なりそうな予感。
手を振る華宵に見送られ、二度目になってもやっぱり慣れない新米お父さんは安全運転で車を飛ばすのだった。