「暑が夏い…」
蓮城 真緋呂(
jb6120)は枯れてチリチリになった田んぼを遠い目で見つめていた。
「いえ、それよりも」
稲 枯 ら す と か あ り え な い
「謝れ! 全国の農家さんに謝れ!! 今ここの田んぼだけでどれだけのおにぎりが失われたか!」
日頃は温厚な真緋呂も、こと食べ物に関しては沸点が下がる。
控えめに言っても激おこだった。
どれくらい激おこかと言うと、光纏しても『!』が付くくらい。
しかしまだだ、まだ動いてはいけない。
これから討伐前の神聖なる儀式が行われようとしているのだから。
「俺はハムエッグを作るぞ!」
ミハイル・エッカート(
jb0544)は太陽と戦いに来た、はずだ。
しかし右手にあるのは大きなフライパン、左手には透明な蓋。
用意した材料はバターに卵、ハム、食パンに塩とウスターソース。
いずれもアパートの冷蔵庫や食料庫から黙って持って来たものだが、後で補充しておくから見逃してくれ。
そう、これは確かに戦いなのだ、料理という名の。
ミハイルはフライパンにバターを敷き、ハムを刻んで…あ、ナイフ忘れた。
仕方ないから手で適当にちぎって敷き詰め、卵を割り入れる。
さあ、準備は出来た。
「暑ーい! むしろ熱ーい!」
雪室 チルル(
ja0220)は北国の育ちである。
彼の地に於ける太陽の熱と光は力強さとは程遠く、最強の存在と言えば雪と氷であった。
しかし今、氷雪は太陽に屈した。
「こんなに暑い時に金属鎧一式なんて着てられないわね!」
なにしろ噴き出た汗が一瞬で乾き、お肌サラサラになるほどのアツさだ。
チルルは白銀の鎧を脱ぎ捨て、太陽の軍門に降った。
いや、負けを認めたわけではない――これも勝つための戦略だ。
熱中症で倒れないように水着に着替え、氷を入れたペットボトルを組み合わせて作ったゴツいライフジャケットのような寒冷ベストを着て、首には凍らせたタオルを巻いて。
「これで暑さ対策は万全ね!」
それで何しに来たんだっけ、バカンス?
周囲に熱波を振りまく熱い太陽。
それを前にして、桜庭愛(
jc1977)は涼しい顔で立っていた――少なくとも、他の何人かよりは。
何故そんなに涼しげにしていられるかと言えば、「もう、既に脱いでいる」から。
いや、それだけで涼が取れるほど、この太陽達はヌルくない。
実は外殻強化@桜庭スタンスで体内の気を活性化させているのだ。
それが暑さ対策にも有効だとは知らなかったが、全ては気から、冷気バリアをイメージすればきっと行ける。
愛はいつもの蒼いハイレグ水着で、どこかの工事現場から持って来たような大きな鉄板にピザ生地を叩き付けていた。
「今日の私はピッツァ職人です」
ぺったん、こねこね。
「え、いや、なんかハムエッグ作るって言ってたから、だったらピッツァにしようかなーって」
ただし具材はない。ソースもない。
用意したのは生地だけである。
生地を焼いただけのピッツァは、果たしてピッツァと呼べるのか。
そもそも上手く焼けるのか。
あ、タイミング見て適当にやるので、皆さんはどうぞご自由に。
「よもや似たような敵が2年越しで出て来るとは予想外だったな」
「ああ、一度倒した敵が復活するのは王道とは言え、まさか今頃になって出て来るとは」
千葉 真一(
ja0070)と雪ノ下・正太郎(
ja0343)が互いに顔を見合わせる。
「しかしそれが事実なら、この敵にも再生怪人弱いの法則が――」
なに、違う?
全く関係ない?
そんな存在は知らなかった?
「なるほど、全く別の個体というわけか」
しかし見たところは殆ど変わらない、攻略法も流用が可能だろう。
「とは言え熱量はともかく数が3体ってのは思いの外厄介だな」
真一は敵の攻略法を見極めようと目を凝らす。
「まずはどう攻めるか…って、ミハイル先輩どこへ…?」
「待っていてくれ、美味しいのを作るからな。なあに心配はいらん、すぐに戻るさ」
サムズアップしたミハイルは白い割烹着の裾を颯爽と翻し、灼熱地獄へ飛び込んで行った。
「ここで目玉焼き、だとΣ」
「違う、ハムエッグだ!」
「無茶しやがって。だが、寄せ集まったこのタイミング、逃す手は無――」
「まだよ!」
範囲攻撃で一気に叩こうとした真一を、真緋呂の鋭い声が制した。
「何故だ!?」
問う真一に、真緋呂は無言でTシャツばーん!
その胸にはでかでかと書かれていた――『説明している暇はない』と。
全てをねじ伏せる文字の前には、さすがのヒーローも頭を垂れるしかなかった。
「腹が減っては何とやらで、あ! 2個! 私、卵2個以上でお願いします!」
はい!(挙手
「任せろ、卵は7つ用意したぜ!」
炎の中から料理人の声が聞こえる。
まだ彼は無事なようだ、しかしいつまで無事でいられるのか――
「大丈夫かな、私半熟派なんだけど…無理よね」
心配するポイントがずれている? いいえ、これでいいのです。
「日本ではこれが気合の入った料理人スタイルだと俺は聞いている」
頭から被ったミネラルウォーターは既に蒸気となって消えた。
だがここで退いては料理人を名乗る資格はない。
ミハイルは俺を囲めと仁王立ち、フライパンをフライ返しでカンカンと打ち鳴らす。
「俺が相手だ、灼熱地獄かもーん!」
心頭滅却すれば火もまた涼しと言うじゃないか、三連太陽がなんぼのもんじゃ!
「ぐぉぉぉ、命がけのハムエッグだぜぇぇぇぇ!!」
ミハイルは肌の露出部に水をかけてジュワッ!
目玉焼きが軽く焼けてきたらフライパンに水をジュワッ!
だめだこれ、蒸し焼きどころじゃない。
と言うか焦げ臭い。
「いかん、緊急脱出!」
こんがりローストされたミハイルは、太陽の隙間から転がり出る。
「ふーっ、俺まで料理されちまうところだった」
手遅れとか言わない。
その目の前に、ビーチリゾートがあった。
ビーチチェアにビーチパラソル、トロピカルドリンクに水着の美女(予定
それは日焼けしてかっこいい美人になれるようにアピールしつつ(なれるとは言っていない)、夏気分を満喫しているチルルの姿だった。
「ミハイル、すごい顔ね?」
チルルは氷で冷やしたタオルとドリンクを手渡す。
「うおぉ有難い、生き返ったぞ!」
「ビニールプールでもあれば全身冷やせたんだけど仕方ないわね。後はあたい達に任せて休んでると良いわ!」
ミハイル、お前はよくやった。もういい、もういいんだ、もう戦う必要なんてないんだよ、どうか安らかに…あ、生きてる?
「ねえ、先に食べちゃ…」
あ、討伐が先ですね、はい。
「冷めないうちに速攻で片付ける!」
ハムエッグのために、真緋呂は立ち上がった。
「目には目を、火にはファイアー!」
ファイアワークスどーん!
「あっっつい!」
真緋呂は脱皮した。
下から現れたのは萌えTシャツ。
「ふふふ…夏の某オタクイベントの正装。これで勝つる!」
あのクソ暑い会場を耐えてるんだからきっと大丈夫、それにここは匂わないし…あれ、なんか匂う。
焦げ臭い?
見れば三角に並んだ太陽を五徳代わりに鉄板が真っ赤に焼けている。
その上に載っているのは…消し炭。
ここで少し時間を戻してみよう。
「変身っ!」
「龍転っ!!」
真一と正太郎、二人のヒーローが爆発しそうな太陽をバックにダブル変身!
「天・拳・絶・闘、ゴウライガぁっ!!」
「青龍の化身が悪を断つ、我龍転成リュウセイガー参上!!」
二人のアツさは三連太陽のマックスヒートアップさえも凌駕した!
「偽りの太陽よ。人々に災いをもたらす存在は、俺が、俺達が許さん! 本当の太陽の輝きを見せてやるぜ!」
ゴウライガの指先が天に輝く太陽を指し示す。
「やるぞ、リュウセイガー!」
「おう、一気に決めるぞゴウライガ!」
リュウセイガーは闘気解放で己を強化し、聖なる刻印を自身と仲間に施すと、新たな技をセット。
「喰らえ。ゴウライアーク、シュート!」
「リュウセイガーパンチ!!」
真緋呂のファイアワークスに合わせて、和弓「天波」が太陽の中心を貫き、闘神の巻布を巻いた拳が青白い炎を叩き込む。
そこにチルルの氷砲『ブリザードキャノン』が白い尾を引いていった。
愛はミハイルのクッキングタイムを横目に見ながら薄く延ばした生地を両手で伸ばし、それを空中に片手で投げ上げながら薄く広げていた。
作っているのはオーソドックスな「マルゲリータ」の生地。
料理人の脱出直後、愛は生地を載せた鉄板を担ぎ上げる。
リュウセイガーから聖なる刻印を貰い――
「とぉっ!」
月面宙返りをキメて、三つの太陽を鉄板で押し潰すようにムーンサルトプレス!
そこに炸裂する仲間達の一斉攻撃!
そしてこうなった。
ええ、火力が強すぎたんでしょうね。
しかし鉄板で動きを抑え込む効果はそれなりにあったようだ。
「サッカーしようぜ! お前ボールな!」
星の鎖で地上に墜とし、フォースで他から引き離した一個の太陽を、真緋呂は華麗なるドリブルで更に引き離す。
これで気温は普通の猛暑並に下がったはず。
気温下がっても足熱いだろとは思っても言ってはいけない。
熱くない、熱くない、これはボールだ、ボールは友達。
ほーら熱くない、熱いけど。
「お前らは用済みだ」
こんがり焼けたミハイルが不死鳥の如く戦場に復帰する。
そこにいきなり、真緋呂のキラーパスが飛んできた。
「エッカートさん、パスっ!」
「おう、任せ――ごふぅっ」
咄嗟にヘディングで受けるミハイル、生え際でなんかジュワッて音がしたぞ!
「髪が、髪があァァァ!!」
しかしボールはまだ生きている!
頭上に高く上がったボールからは怒りの炎が雨となって降り注ぐ。
だが二人の怒りはボールの比ではなかった。
「生え際の恨み思い知れ!!」
ミハイルはスターショットを発動、CRを極限まで上げて怒りの閃光を叩き込む。
発動の瞬間、ピカッと光ったのはアウルかそれとも生え際か。
「お米の恨みを思い知って、お前が焼きおにぎりな!」
真緋呂は燃えさかる炎の中で火事場の馬鹿力を発揮、愛刀火輪で怒りの斬撃!
太陽の炎と火輪の炎と、怒りの炎が炸裂し、枯れた田んぼに燃え移る――正確にはあまりの熱量に自然発火した。
これで太陽もろとも、稲に害をなす雑草の種や虫の卵も根こそぎに出来るだろう。
まさに汚物は消毒、来年はきっと美味しいお米が出来るに違いない。
が、今は食えない焼きおにぎりに用はなかった。
早く早く、ハムエッグ!(塩胡椒スタンバイ
「残るは二体か。リュウセイガー、俺達はこの一体を全力で倒すぞ!」
「決して逃がしはしない。愛ちゃん達はもう一体を頼む!」
リュウセイガーは跳躍からの華麗なる宙返りと共に、その身に青い炎を纏う。
「蒼き龍の姿、その目に焼き付けるがいい! ドラゴンストライク!!」
天空から襲い来る龍の如き急降下キックが炸裂、太陽の目――どこにあるのか定かではないし、そもそも存在するかも疑問だが――を釘付けにした。
「わかりました、お任せください!」
リュウセイガーに応え、愛は残った太陽に大馬鹿鉄山靠の二連撃を叩き込む。
目にも止まらぬ突撃にビリヤードの球のように弾かれる太陽、しかし弾かれた先には何もない。
三連太陽は、今やそれぞれに別の宇宙を彷徨う孤独な存在。
「なるほど、さすがに分断すれば夏日の日差し程度に収まるみたいだな」
ゴウライガが滴り落ちる汗を手の甲で拭う。
それでもまだ暑いことに変わりはないが、この程度なら活動に支障はない。
「戦いの無いビーチでなら健康的に肌を焼くのも良しってとこだが」
実際もう真夏のリゾートセットが用意されているし。
だが、夏を満喫するのはこいつを倒してからだ。
「人々に迷惑な偽物にはこの辺りでお引き取り願おうか!」
ゴウライガは偽太陽など足下にも及ばない輝きをその身から発した。
『IGNITION!』
『PROMINENCE!』
じゃりっ、ブーツの底が大地に刻印を刻む。
リュウセイガーもまた、足に力を溜め込んだ。
「行くぞ!」
「おう!」
二人は息を合わせて空高く舞う。
小さな炎のつぶてが襲いかかるが、炎や爆発が怖くてヒーローが務まるか!
「ゴウライ、プロミネンスバスターキィィィィック!!」
「リュウセイガー、萬打羅キィィィィック!!」
ダブルキックは男の浪漫。
偽太陽の炎は色を失い霧となって消える。
残った核がゴトリと音を立てて地面に転がり、ぱっくりと二つに割れた。
「こいつで最後ね、行くわよ!」
と言ってもチルルは太陽には近付かない。
「あたい知ってる、こういうのは攻撃でやられるより熱量でうんざりしてヤル気をなくすほうが怖いって!」
それに気温が下がったと言っても、遠赤外線で焼かれるような熱さは残っている。
小麦色の日焼け美人はかっこいいけれど、ガングロ山姥ブームはとうに過ぎ去ったのだ。
とりあえず氷槍『地対空アイスミサイル』で撃ち落とし、愛の攻撃が届きやすいようにして――後は遠くからブリザードキャノンぶっぱ。
愛はムーンサルトプレスで太陽の意識――これもあるのかどうか定かではないけれど――を自身に向けさせる。
そこからのロメロスペシャル、関節なんてないけれど持ち上げて叩き落とす!
「そろそろトドメね!」
駆け込んだチルルが奥義を放つ。
「凍り付きなさい! 氷剣『ルーラ・オブ・アイスストーム』!!」
両手に集中させた氷結晶状のアウルが熱気を押し返し、そこから形を成した氷の突剣が太陽の核を貫く!
「やっぱり強いのは太陽よりも雪と氷ね!」
かくして、平和は戻った。
暑さも平常に戻った…それでも猛暑日だけど。
目の前の枯れた田んぼはひとまず熱が引くまでそっとしておくことにして、まずは腹拵えだ。
ミハイルはビーチパラソルの下にレジャーシートを広げ、クーラーボックスから冷たいジュースを取り出して――
「ごちそうさまでした!」
え?
「真緋呂はもう食ったのか、と言うか俺が命削って作った料理を0.05秒で食っちまうとは…」
「大丈夫よ、ちゃんと皆の分は残しておいたから」
それとも今のプロセスをスローモーションで見てみます?
あ、必要ない?
「美味しかったー、こう、お煎餅みたいにバリバリで。どこに入ったのかわからないけど、うん」
「足りなければパンでも食うといい」
それでも足りない時は自分で何とかしてくれと、ミハイルは水分を失ったハムエッグを皆に配る。
調味料をかけてもパンに挟んでもよし、ただし水分補給は必須だ。
食後のひと休みを終えたら、今の時点で出来るだけのことを。
「この状態で放置するより、土を掘り起こして慣らしておいた方が良くないか?」
真一が腰を上げる。
「私は生き残ってる田んぼを見ておくわね」
真緋呂はおにぎりの元をフォローしに。
「あたいも何か手伝うわ!」
チルルはビーチチェアから身を起こす。
日向ぼっこは全部終わってからにしようか。