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マスター:STANZA
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
形態:
参加人数:32人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2017/07/29


みんなの思い出



オープニング



 そこは、まるで外国の絵葉書にでも出てきそうな小さな教会だった。
 白い壁に三角屋根、てっぺんに小さな十字架がちょこんと載っている。
 五段ほどの階段を上がってアーチ型をした木製の扉を開けると、真っ赤な絨毯が祭壇に向かって真っ直ぐに伸びている。
 祭壇の奥には小さな教会には不釣り合いなほどに立派なパイプオルガンがあった。

 昨年、この教会で行われた結婚式や見学会、ハーフウェディングなどのイベントが噂になって、今年の六月は挙式の予約で溢れていた。
 だが、この日――30日だけは、ぽっかりと予定が空いている。

「教会での式が増えたことで、周囲のホテルやレストランも売り上げが増えたらしくてな」
 門木章治(jz0029)はリビングのテーブルに式やドレス、披露宴などの資料を山と積み上げた。
「それも久遠ヶ原の学生達のお陰だってことで、この日だけは特別に空けておいてくれたんだそうだ」
「……で、何故それを私に?」
 テーブルを挟んで向かいに座ったテリオス・フィリア・アーレンベル(jz0393)は、仏頂面で兄を睨む。
「何故って……」
 言うまでもないだろうと思いつつ、門木は自分よりも更に輪をかけて鈍いこの異父妹に微苦笑を返した。
「今すぐにではないかもしれないが、いずれ必要になるだろう?」
「……そう、なのだろうか……」
 しかし、テリオスの顔色はすぐれない。
「確かに名前はもらったが、その……本当に、こんな奴でいいのだろうか。それに、私が責任を取れなどと言ったから、その、義務感で、とか……」
「それは本人に訊いてみないとわからないが」
 門木は軽く溜息を吐いた。
「あまり自分を卑下するようなことは言うなよ。それはつまり……お前を選んでくれた相手の想いを否定するってことなんだぞ?」
「……、…………経験者は語る、というわけか」
「……まあ、な」
 門木も未だにその傾向は強いが、近頃はつとめて自分を肯定的に受け入れようと頑張っている。
 増長は困るが、行きすぎればきちんと叱ってくれることもわかっているから、安心して自信を持つことが出来るのだ。
「しかし、その」
 テリオスは積まれた資料の一番上、表紙を飾る豪華なドレスに目を落とす。
「ドレス、着たくないのか?」
「そんなこと言ってない」
 ただ、皆に見られるのが恥ずかしいだけで。
「私はついこの間まで男だったんだぞ」
「だったら……こんなのはどうだ?」
 門木は付箋を付けたページを開いて見せる。
 そこには凛としたパンツスタイルのドレスに身を包んだ女性の姿があった。
「これでも良いし、いっそ二人ともタキシードでも良い」
 スタイルなど何でも構わない。
 たとえ夫婦らしく見えなくても、自分達らしく在ればいい。
 時間がかかってもいいから、納得のいく幸せの形が見付けられれば――
「まあ、結婚に拘ることもないだろうし、急ぐ必要もないだろうが……見ておいて損はないと思うぞ?」
「……お節介の馬鹿兄貴」
 そんなことを言いながらも、資料はしっかり持ち帰るテリ子ちゃんだった。





リプレイ本文


 初夏の眩い光を浴びた白い教会。
 鮮やかな緑の芝生。
 遠方には青く輝く海が見える。

 花嫁を包む純白のベールが穏やかな風にやさしく揺れ、傍らに佇む花婿の髪を撫でていた。
 生まれたばかりの夫婦の上に、色彩豊かな花びらのシャワーが舞う。

 そんな海外ウェディングのような一枚の写真。
 これは、それが彼等の手元に届くまでの、長い長い物語――


●準備開始

 不良中年部の部室には、狭いプレハブがパンクしそうなほど大勢の生徒達が集まっていた。
 学園生ばかりでなく、部員もそうでない者も、みな一様に期待の眼差しを一点に注いでいる。
 視線の先で居心地悪そうにしているのは、ミハイル・エッカート(jb0544)と真里谷 沙羅(jc1995)の二人だった。
「おい、何だこれ公開処刑か!?」
 いいえ、前夜祭です――正確には数日前昼祭と言うべきか。
 めでたいことは目一杯楽しむのが久遠ヶ原の、そして不良中年部の流儀。
 本番前に身内で盛り上がろうと、お菓子やジュース、酒や肴を持ち寄った次第――しかし、まずは報告がなければ始まらない。
 というわけで、どうぞー!
「……お、おう……」
 この場合、どう言えばいいのか。
 何か改まった挨拶を期待されて……いるわけがないな。
「遂にこの時が来た! 俺は沙羅と結婚するぞ!!」
 途端にクラッカーが盛大に鳴り響き、「おめでとう」の嵐が押し寄せる。
 ミハイルに対しては背中をどついたり髪をぐっちゃぐちゃにしたりと荒っぽい祝福を、沙羅には握手と静かな微笑みを。
 不良中年は女性には礼儀正しいのである。

「ミハイルぱぱ、沙羅さん、この度はおめでとうございます」
 嵐が落ち着いたところで、クリス・クリス(ja2083)が改めてちょっと背伸びした祝いの言葉を述べる。
 だってレディですもの。
「ミハイル殿、沙羅殿、おめでとうなんだの♪」
「おめでとうございます! ミハイルさん沙羅さんの結婚待ち望んでたよ!」
「おめでとう、部長の門出を祝わないとな」
 橘 樹(jb3833)に、不知火あけび(jc1857)、そして不知火藤忠(jc2194)――部員達が二人を囲んで嬉しそうに声をかける。
「学生結婚とはロマンチックじゃねぇか!」
 伊藤 辺木(ja9371)はミハイルの背中を思い切り叩いた。
「ミハイルさんには世話んなったからな、俺も一肌脱がせてもらうぜ」
 もちろん、他に式を挙げる人達がいれば分け隔てなく祝うつもりだ。
「結婚式ってのは祝福に満ちていなきゃあな」
「素敵な式にしたいの♪」

 で、具体的にどうやって祝うか、だが。
「やはり主役が楽しめるようにするのが一番なんだの。ふたりは何かやりたいことはあるかの?」
 樹の問いに、ミハイルは即答した。
「披露宴と言ったらスライドショーだろう、他の挙式組の分も交えて作ってみないか?」
「よし、乗った」
 藤忠がさっそく手を挙げる。
「俺の手元にあるのは最近のものばかりだが……」
「思い出の写真なら部室のアルバムにたくさんあるんだの♪」
 樹が部室に置いてある分厚いアルバムを持って来た。
「この部活はミハイルの学園での歴史と共にあるようなものだからな」
 それを覗き込み、門木が懐かしそうに目を細める。
「門木殿の成長記録でもあるんだの♪」
 確かに、アルバムの最初と最後の写真を見比べて最も変化が著しい人物かもしれない。
「そう言えば、章太郎にはもう見せたのか?」
 藤忠は用事を終えて人間界に戻ってきた門木の恩人、宮本章太郎について話を振った。
「いや、まだ……話したいことは色々あるんだが、多すぎて何から話せばいいのかわからなくてな」
 とりあえず嫁は紹介したけれど。
「なら丁度良い、これを見せれば章治のここでの暮らしぶりは一目瞭然だろう。ついでにスライド選びも手伝ってもらえば一石二鳥だ」
 なお、どんなものが出来上がるかは当日のお楽しみということで、当事者達は見ちゃダメです。

「そっちは関わりのある人達におまかせするとして……」
 七種 戒(ja1267)は先程クリスが「何かお花に絡めて行動したい」と言っていたことを思い出し、手伝いが出来ればと思案する。
「ブーケとか作れないかな……あっあっべつにゲットしやすいように小細工してくれとかじゃないよほんとだよ(小声」
 そうじゃなくても、ほら、フラワーシャワーの花びらとか用意しなきゃだし?
「これなら花びらぶちぶちするだけだから不器用さんでも大丈夫だし、ついでに恋占いとか出来そうだし……あっ、女子トークとかもいいし、あと花時計もいいな!」
 出来れば公園とかにありそうな、大きなやつをどーんと景気よく作りたいところ。
 でもさすがにそれは土木工事が必要なレベルだから自重するとして。
「小さいやつなら出来そうな気がする! センスないけど!」
 ザッシィに作り方載ってたし、きっと大丈夫だよね。
「ここから二人の時が始まるみたいな!」
 ケーキ入刀の代わりに、初めての共同作業として電池セットとか時計合わせとか……いや、絵柄が地味だね、うん、却下かな。

「うわぁ、ついにご結婚ですかぁ……」
 Rehni Nam(ja5283)は式場でパイプオルガンの演奏バイト中。
 だが今回は友人として演奏を引き受けるつもりだった。
「ミハイルさん、おめでとうございます! これは気合いを入れて演奏しないとですね!!」
 もちろんボランティアだからといって手を抜いた演奏はしない。
 むしろこんな時こそプロとして恥ずかしくない演奏を披露しなければと気合いを入れる。
 と、そこに木嶋 藍(jb8679)が声をけけて来た。
「レフニーさんは本職なんですね、すごいなぁ」
 真っ直ぐに注がれる尊敬の眼差し。
「私もピアノとかキーボードなら得意なんですけど、パイプオルガンは勝手が違うからどうかなって」
 それでも去年は頑張ってみたけれど、今年は本職がいるなら遠慮したほうがいいだろうか。
 そう考えていると、レフニーが言った。
「それなら連弾してみませんか?」
「えっ、良いんですか!?」
「せっかく演奏者が二人いるんですから、一緒に演奏すればお祝いの気持ちも何倍にもなると思うのですよ」
「ありがとうございます、じゃあ練習めいっぱい頑張らないと!」
 まずは特訓メニューを決めるところからかな、って昭和のスポ根マンガか!

「よっし、俺は物を運ぶ人間として、仕事を果たすとするか!」
 辺木は頭のタオルを締め直して宣言する。
「俺は今から旅に出る!」
「なんだ、式には出てくれないのか」
「いやいや、もちろん当日は参戦、いや参列させてもらうさ! そのための手土産と言うか何と言うか……まあ楽しみにしててくれ!」
 きっと、大勢参列する華やかな式になるのだろう。
 でも、世話になった人達が全員出られることもありえない。
 食堂の皆、用務員の皆、購買部の皆……各地の依頼で知り合った人達。
 学生生活の中で世話になった人達は、数え切れないくらいだ。
「だから、メッセージを託した色紙を、祝電を集め、俺が届ける!」
「……でしたら……ご挨拶状は私が用意させていただいてもよろしいでしょうかぁ……」
 月乃宮 恋音(jb1221)が声をかける。
 昨年の経験を活かし、恋音は今年も繁忙期の人手として結婚式場のバイトに精を出していた。
 シーズン中はほぼ無休だが、今日だけは準備作業のために休みをもらってある。
 その一日で、必要な手配の全てを終わらせるつもりだった。
「……伊藤先輩に挨拶状を届けていただいて……その場で先方からのメッセージを受け取っていただければ……」
 それとも案内状のほうが先に届くように郵送したほうが良いだろうか。
「そうだな、受け取る側も余裕があったほうがいいかもしれねぇ。後で俺が受け取りに行くって書いといてもらえりゃ、ビックリさせることもないだろうしな!」
「……わかりましたぁ……では、そのように手配させていただきますねぇ……」
 まずはリストアップから始めるとしても、一日あれば充分だろう。
 他にはスライドショーに必要な機材のレンタルに、フラワーシャワーで使う大量の花、花時計用のキットの手配。
 出席人数の見当が付いたら当日の料理や演出の内容を決めて差配し、撮影班の手配をして――

 数日後、恋音作成の最短距離で回れるルートマップ付きのリストを手に、辺木は愛車@デコトラに颯爽と乗り込んだ。
「さあ、俺の学生最後の仕事だ、祝を届けるぜ!」


●彼等の軌跡

「さて、まずはスライドの材料を選ばないとな」
 藤忠が自前のノートパソコンを部室に持ち込み、スタッフを集める。
 部室にもパソコンはあるが、旧式すぎる上にアップデートと称して改造を重ねた結果、妙にピーキーな性能に仕上がっていた。
 具体的には惑星の軌道計算には使えるが一般的な表計算ソフトは使えないとか、操作を間違えると何故かディスプレイの中で熱燗が出来上がるとか、そういうアレで。
 つまり今、この部室にまともに使えるパソコンはない。
「他にも門木殿の改造品や発明品はたくさんあるんだの♪」
 部室に足を踏み入れるのは初めてという宮本に、樹は自分が名付け親となった炬燵ロボ「しいたけしめじえりんぎ」を紹介する。
「カメラの前では普通の炬燵のふりをしてるんだの。でもわしらだけしかいない時は尻尾を振ったり走り回ったりと、可愛いやつなんだの♪」
 扇風機兼ファンヒーターの「ひまわりくん壱号」や、青いこいのぼり型エアコン「エターナルブリザード・鯉」なども、カメラが回っていない時には好き勝手に動き回っていたりする。
 棚に置かれたちびミハイル型チョコレートも今は動かないが、チョコつぶてで攻撃して来るいたずら小僧だ。
「この子達もスライドで紹介するんだの♪」
 それに、このプレハブ小屋を部室として整備している時の様子や、初めて撮った集合写真、メンバーの日常風景や文化祭等のイベントの様子、そして忘れちゃいけない居候の猫達。
「こんなのもあるんだの♪」
 未だ謎に包まれている青焼き図面の写真もある。
「ああ、廃墟探検の発端になったやつだな」
 それと併せて入れておこうと、藤忠が皆でお茶した時の写真を取り出す。
「あの時は不良中年部の部長として皆を先導していたな……ノリで突っ走っていたともいうが」
「むしろノリだけだった気がする……いや、それはいつものことか」
 門木が指さしたのは、ネジがぶっ飛んだ時の写真。
「これも入れるだろ?」
「いや、それはやめておこう」
 藤忠はその一枚をそっと隠そうとする。
 だってほら、結婚式の披露宴で流すスライドに他の花嫁を抱っこした写真とか、ねえ?
 やはり拙いと思うのですよ、その花嫁が男だったとしても。
「だったらキャプテン・カドゥーキはどうだ」
「いや俺は関係ないだろ」
「いやいや、友人の人となりを知ってもらうのも大切だぞ」
「それを言うならこの写真も」
 互いに写真を押し付け会う二人の上から、ひょいと手が伸びる。
「ほぉ、なかなか楽しそうじゃねぇか……この美人さんは兄ちゃんかい?」
 見られてしまった。
 宮本には秘密にしておくつもりだったのに。
 しかしバレてしまっては仕方がないと開き直り、素直に懐かしみつつ様々なエピソードを披露していく。
「それはそれとして、スライドショーには出さずにおこう」
「ああ、今回の主役はミハイルと沙羅だ。こいつの披露は藤忠の結婚式の時だな」
「何故俺だけなんだ、不公平だぞ」
「俺はもう終わったし」
「そうか、去年はスライドの企画はなかったな……だが一年遅れで振り返ってみるのはどうだ?」
「だが断る」
 嫁の写真だけを延々流し続けるなら歓迎だが、それは個人的に楽しむべきものだし、もう自分で作ったし。
「もう、三人とも手が止まってるよ!」
 あけびに叱られ、慌てて作業に戻る男達。
「大掃除のお父さんみたいなんだから」
「どういう意味だ?」
「ほら、ドラマとかであるでしょ? 畳上げの最中に古新聞を読み始めちゃって、奥さんに叱られるとか」
 そう言いながら、あけびは一枚の写真と音声データを取り出した。
 写っているのは運動会の奥様運びで、沙羅をお姫様抱っこするミハイルの姿。
 音声データはもちろん『沙羅、愛してる』の一言だ。
「それがあるなら、これも外せないな」
 藤忠は不適な笑みと共に、星空を背景に寄り添う二人の写真を差し出す。
 それは無人島を開拓した時のこと、ミハイルが沙羅にプロポーズした瞬間を撮ったものだ。
 おかしい、周りには誰もいなかったはずなのに。
「何故あるかって? 秘密だ」
 久遠ヶ原の七不思議がまた増えたとでも思えば良いんじゃないかな!
「思い出の写真というなら、このあたりも必要じゃろう」
 緋打石(jb5225)が選んだのは、風雲荘で撮った写真の数々。
 いずれも飾らない日常のスナップ的なもので、賑やかだが変なものばかりだ。
「これはミハイル殿が子猫を相手に鼻の下を伸ばしておるところじゃな。こちらは正月に寝込みを襲われた時のものじゃ」
 正確にはクリスの腹ダイブで潰し起こされたところ――なお、何故そんな写真を緋打石が持っているのかいう、それも久遠ヶ原の七不思議。
「菜園での写真もありますよ」
 レフニーが差し出した一枚目は、フルーツトマトを美味そうに頬張っているところ。
 二枚目はピーマン採取から逃げている場面、三枚目は大きなカブ……じゃなくて大根を引っこ抜いて、それを抱えたまま尻餅をついている場面。
「ミハイル殿と言えば、我輩との死闘の記録は外せないのである!」
 マクセル・オールウェル(jb2672)は五年という長きにわたった豆まきでの戦いの記録を、どーん!
「ミハイルさんと言えば、ピーマンとの戦いの記録も外せないのですねー」
 というわけで、アレン・フィオス・マルドゥーク(jb3190)はミハイルにこっそりピーマンを食べさせようとした軌跡を提出。
 最初は秋の紅葉狩りでのピーマンの肉詰め、そして雪山でのパスタとスープ。
「ピーマン検定は何級までパスしたのでしたかー」
 そうして集まった写真を取り込んで編集し、音楽やテロップを付けて。


●Philia

「私達の分は、フィリアさんをこっそり女装させた軌跡をスライドにしましょうかー」
 だが、アレンの提案にテリオス――フィリアは必死の面持ちで首を振った。
「どうしてですー? ちゃんと可愛いのですから、自信を持っていただきたいのですよー?」
「そっ、それとこれとは別だ!」
 可愛いと真顔で言われて茹で蛸になりながらも、フィリアは頑として譲らない。
「あれは正体がバレないと思って……、それに、お前以外には、見せたくない、し」
 ぷいと横を向いて怒ったように言う時は、本気で怒っているわけではなく、ただの照れ隠しだ。
 プロポーズを受けてくれた時もこんな顔をしていたと、アレンはその時の様子を思い出す。

 あれは数日前。
 地球式の結婚式を教えようと、教会での挙式を見学した帰りのこと。
「素敵な結婚式でしたねー、結婚式は人生で一番美しい姿である日なのですよー」
「……うん」
 フラワーシャワーの名残が舞う庭で、二人は立ち止まる。
「他にも日本の神様の前で行う神前式や、自由な形式の人前式がありますが、私はやはり教会式が良いと思うのです」
「……うん」
 覇気のない返事にアレンは首を傾げる。
「フィリアさん、どうしました?」
「……いや……、……本当に、私などでいいのか、と……」
 返事の代わりにアレンは言った。
「これから平和に向けて世界は歩いてゆくのでしょう」
 近くの木の枝に引っかかっていた小さな花をひとつ、フィリアの髪に添える。
「あなたがしがらみから開放された時。自分の為の人生を始める時。私は隣で支えたい」
「そう思ってくれることは、嬉しい。だが、お前にとっては……貧乏くじではないのか?」
「いいえ、私は特等を引き当てたと思っていますよ」
 多分、一生分のくじ運を使い果たしたレベルの幸運。
「あなたにとっては……どうなのでしょう、私はポケットティッシュですか? それともボックスティッシュ一年分くらいでしょうか?」
 言われて、フィリアは年末に見かけた商店街の福引きを思い出してみる。
 確か特等は――
「……二泊三日の、温泉旅行……」
「草津のリゾートホテルでしたね」
 それなら何も問題はない。
「人生で一番美しい姿である、その日……私の隣にいてくださいますか?」
「……本当に、物好きだな」
 フィリアは怒ったように、ぷいと横を向いた。
 その時、いつか友にもらったミサンガがはらりと落ちる。
 手首に巻かれたそれが自然に切れる時、願いが叶うと言われているが――
「ちっ、違う! こ、これはただの偶然だからな! 偶然!」
 はいはい、そうだねー(棒

「わかりました、ではスライドショーは諦めましょう」
 他の人には見せたくないなら、挙式も二人きりのほうが良さそうだ。
「ああ、でも章ちゃんやリュールさんには――」
 え、それもダメ? 恥ずかしい?
「では完全に二人きりで……章ちゃんには事後報告になってしまいますが、そこは我慢してもらいましょう」
 指輪はホワイトデーに渡したものがあるけれど、新しい門出のためには新しく作ったほうが良いだろうか――


●暗躍、終章

 一度は残念な結果となった、その同じ相手と再び結婚する例は多くないだろう。
 しかし、全くないというわけでもない。
 互いを嫌っての結果でなければ、その原因となった問題が消滅した時点で二人の間を隔てるものは何もない。
 確固たる信念をもって行ったことを後から覆すのは恥ずかしいかもしれないが、おめでたいことならばいくらでも前言撤回して構わないはずだ。

 というわけで、ユウ(jb5639)のラブラブ大作戦は、再婚(?)式大作戦に装いを改め絶賛継続中。
「フラワーパークで言質は取りました」
 こっそり録音した音源を手に、ユウはダルドフに迫る。
「将来的にはほぼ確定なら今挙げてもいいですよね? むしろ挙げない理由はありませんよね?」
 そういうわけで、準備は勝手に進めてます。
 あとはダルドフがリュールにOKをもらうだけ――いや、そのハードルが最難関なのは承知しているけれど。
「ダルドフさんもリュールさんの花嫁姿を見たいですよね?」
 と言うか自分が見たい。
 だから頑張れと、思いっきり背中を押す。
 そして影からそっと見守るが――ダメだ、当人達に任せておいたら二万年経っても話が進まない。
 援護射撃程度ではこの壁は崩せないと、ユウは前線に立った。
「リュールさん、記憶にないとは言わせません」
「いや待て、それは確かにそう言ったが、なにも式を挙げる必要は……」
「あります」
 確かに書類さえ揃えれば婚姻は成立する。
 しかし敢えて儀式を行うことで、夫婦としての意識が高まり絆も深まりうんたらかんたら。
 去年は上手く逃げられたが、今年こそは逃がさない。
「隣に立つのはダルドフさんですよ」
「しかしだな……」
 リュールはまだゴネている。
 だが、ユウは手応えを感じていた。
 ここはもう一押しと、長年の経験から来る勘が告げている。
「ダルドフさんは、リュールさんに嫌われることを承知で……それでも守ろうとしてくれたんですよね?」
「……、…………」
 暫しの沈黙の後、リュールは軽く溜息を吐いた。
「まったく、お前の熱意には負けたよ」
 何故そうも世話を焼きたがるのかと苦笑しつつ、ユウの頭を撫でる。
「お前の言う通り、あれには無理もさせたし……侘びのつもりで受けてやろう」
「本当ですね? もう撤回は出来ませんよ?」
「ああ、観念したよ」
 その言葉を噛み締め、ユウは万感の想いを込めてリュールを抱きしめた。
「おめでとうございます……!」
「こらこら、泣くのはまだ早かろう」
 と言うか何故ユウが泣くのか……まあ気持ちはわからなくもないけれど。
「そうですね、涙は本番までとっておきます」
 まずはリュールのドレスを選ばなくては。
 それにダルドフも今度は和服というわけにはいかない。
 サイズがなければオーダーで!


●早朝の誓い

 まだ朝日も昇りきらない早朝。
 朝露に濡れた芝生を踏んで、ふたつの影が教会へ向かう。
 シャンパンカラーのロングタキシードに身を包み、長い髪を緩く三つ編みにしたアレンは、階段の手前で花嫁に手を差しのべる。
「足下に気を付けて」
 こくりと頷いて素直に手を取ったフィリアは、オフホワイトのAラインにレースのボレロが付いたウェディングドレス。
 淡い緑の髪は後ろで纏め、バラの髪飾りで留められている。
 二人は誰もいないバージンロードをゆっくりと歩き、祭壇の前へ。
 まだ少し眠そうな神父が、新しい夫婦の誕生を見届ける。
「ひゃぅっ」
 誓いのキスを交わした直後、花嫁から変な声が漏れたのは仕方ない。
 だってこれが初めてのちゅーだったんですもの。


●念じれば、きっと叶う

「シャヴィくんにあいたい、です……」
 ドーナツ屋の店先で、茅野 未来(jc0692)は一心に念じていた。
 シャヴィが知っている場所はいくつかあるけれど、何となくここが一番会える確率が高そうな気がしたから。
 そしてやはり、予感は的中した。
「……来ちゃった」
 少し決まり悪そうに笑うシャヴィの後ろに、大きな男の人――ヴァニタスの宮本章太郎が控えている。
 普段ならその大きさにビビる未来も、今はそんなことを気にしてはいられなかった。
「シャヴィくん……っ」
 思わず駆け寄り、思い切り抱き付く。
「かえってこれたの、ですね……けがは、だいじょうぶ、です……?」
「うん、ありがとう。もう平気だよ」
 笑顔を返すシャヴィは、以前と変わらないように見える。
 ただ、少し大人びた気がするのは……やはり、あの一件が影響を与えているのだろう。
「よかったの、です……」
 怪我も心配だったけれど、もうこちらの世界に来てはいけないとか、どこかに閉じ込められていたりとか、そんなことになっていたらどうしようと、それも心配だったのだ。
 しかしとりあえず、行動の自由は許されているようだ。
「それで、なに? 今日はどこに遊びに行くの?」
「あ、あの、けっこんしきじょう……なの、です……」
 首を傾げるシャヴィに、宮本が結婚式場の何たるかを説明する。
「へえ、こっちの世界じゃ結婚する時にそんな儀式するんだね。それで……未来ちゃんが結婚するの?」
「ちっ、ちがうの、です……! あのっ、おようふく……タキシードとか、いろいろあるの、です……」
「ああ、遊園地でやった……えっと、コスプレみたいな?」
 ちょっと違うけど、大体あってる。
「いいよ、じゃあ行こうか」
「きっとすごくかっこいいの、ですね……(ほわ」

 宮本も別件で呼ばれているらしく、三人は連れだって教会へ。
 途中で別行動となってからは、いつものように二人きりだ。
「こういうの、どう……です?」
 未来の想像通り、タキシード姿のシャヴィはとてもカッコ良かった(未来フィルタON
「しゃしん、とってもいいの、です……?」
「いいけど、どうするの?」
「それは……ないしょなの、ですよ……」
 だってスマホの待ち受けにするなんて、恥ずかしくて言えないじゃないですか。
「ねえ、女の子のドレスもあるよ? 着てみない?」
「えっ、あの、ボクは……きっと、にあわないの、ですね……」
「なんで? すっごく可愛いと思うけどな。ねえ、着て見せてよ、それで一緒に写真撮ろう?」
 断れない。
 ニコニコ笑顔でそんなこと言われたら絶対無理。
「うん、やっぱり可愛いね」
 二人で並んで写真を撮って、あとは――
「せっかく着替えたんだし、結婚式の見学とお祝いもして行こうか。ミヤに聞いたんだけど、今日は知ってる人が結婚するんだって」
 具体的にはシャヴィの甥っ子(ただし年上)の友人が。


●比翼の誓約

 午前中、ハーフウェディングが行われる時間帯。
「……あの、ギィ先輩」
 陽向 木綿子(jb7926)は困惑の表情でギィ・ダインスレイフ(jb2636)を見上げた。
「近くで結婚式をやっているから見たいと言ったのは確かに私なんですけど」
 目の前にずらりと並ぶ白いドレスは何ですか。
 いや、ウェディングドレスなのは見ればわかるけど。わかるけど!
「何で衣装選んでるんでしょうか」
「ユーコは『特別』になったのだろう?」
 覚えてる。約束、したから。
「特別なユーコには、特別な白いドレスを着せてやる」
 そういうものだと聞いた。
「まだ正式な儀式には準備というものが要るだろうが、こんな日があるなら丁度いい」
 もしかして嫌だったのだろうかと心配そうな顔になるギィに、木綿子は慌てて首を振った。
「あ、嫌なんじゃなくて、嬉しいことが多すぎてついていけてないんです」
 もう、この間から急転直下のジェットコースターに乗ってる気分。
 彼氏と呼ぶのもまだ恥ずかしいのに、真似事とは言え結婚式だなんて。
「う、嬉しい、ですけど……その」
「嬉しいなら、いい」
 木綿子にはプリンセスラインのドレスを選び、自分は白を基調にしたタキシードを着る。
「この衣装は新郎が着るもの、だそうだが……ユーコは何故そんなにそわそわしているんだ?」
「あっ、いえっ、その……っ」
 タキシード姿のギィがカッコ良すぎて直視できないとか、なのにそんな可愛らしく首を傾げるものだからもうどうしようとか。
 だから目を逸らしたまま答える。
「私はずっと前からギィ先輩が『特別に』好きでしたけど、まさか応えて下さるt……え?」
「ユーコ。ずっと『先輩』呼びだが、もう呼び捨てでいいぞ」
「え、でも」
「もう『特別』なのだから」
「で、でも、心の準備がその……!」
「ちゃんと名前で呼ばないと、此処でキスする」
 真顔でじっと見つめられ、木綿子の心臓はかつてない規模で早鐘を打ち始める。
「こっ、ここじゃダメー!」
「………」
 それでも視線を逸らさないギィに迫力負けしたのか、木綿子は観念したように小さく熱い息を吐いた。
「……あう」
 深呼吸をひとつして心を落ち着かせ……ようと思ったけれど、全然落ち着く気配がない。
 けれど、この試練を乗り越えなければ他に見学者もいるこの場でキスされてしまう。
「私の命の続く限りは、ギィ……のお傍にいます。約束します」
「ん、よくできました」
「今は結婚式ごっこですけど、いつか本物の式があげられると……って何してるんですかあ!」
 ちゃんと名前で呼んだのに、どうしてキスされているのか。
 それはまあ、おでこだからセーフと言えなくもないけれど、でもずるい。
「ちゃんとしたのは、本番で、な」
 放心した木綿子の手をとって、ギィはバージンロードに導く。
「大丈夫だ、俺はちゃんと此処にいるぞ」
 それとも、抱き上げて歩こうか――


●半分を何度でも

「あらあらあらあらまあまあまあ!!」
 悪魔ネイサンはリコの姿を見て、すっかり親戚のオバチャンと化していた。
「リコちゃんったら、なんて可愛いのかしら! アタシ見違えちゃったわぁ!!」
 彼女、いや彼の言う通り、ウェディングドレスに身を包んだリコは、贔屓目に見ても可愛い。
 ネイサンでさえそうなのだから、浅茅 いばら(jb8764)の心中は推して知るべし。
「あー、もう、こうなったら絶対に本番も見届けなきゃだわね!」
 当時は特に考えがあってのことではなく、リコを助けたのは単なる気紛れだった。
 けれどもう、気紛れに命の糸を切るような真似は出来ないし、する気もない。
「イバちゃん、安心していいわよ。アタシの寿命が尽きるまでこの子の命は保証するわ」
 なおその寿命は数百年単位で残っている。
 何か事故でも起きない限り、半永久的と言っていいだろう。
「おおきに、おネィさん」
 銀色に輝くタキシードに身を包んだいばらは、ネイサンに頭を下げる。
「うちはリコを幸せにしたい……いや、うちがリコを幸せにする」
 本当はリコの家族に言うべきことなのだろうし、いつかきっと、祝福してもらえる日が来ると信じている。
 けれどまずは、今の保護責任者(?)であるネイサンに挨拶をしておきたかった。リコの姿を見てほしかった。
 本番の結婚式を挙げるのはまだ先でも、約束を交わすことはできる。
 たとえ見た目がまだ幼くても、結婚したいという気持ちに嘘はないから。
 今日はその為のハーフウェディングだ。
「ほな、いこか」
 いばらはリコに向けて手を差し出す。
 白い手袋に包まれた手が、そこにそっと重ねられた。
 ふわふわの羽毛のようなレースが幾重にも重なったドレスには、淡いピンクのバラの花が散りばめられている。
 後ろから見るとふんわりとしたAラインだが、前の部分は大胆にカットされたミニ丈。
「去年とは違うのにしてみたんだ♪」
 バージンロードを歩きながら、リコが小声で囁く。
「本番が出来るようになるまで、毎年こうやって一緒に歩きたいな。ドレスも髪型も毎年変えて、その中でいばらんが一番ステキだなって思ったので、本物の結婚式するの」
「それは難題やな」
 いばらは困ったように苦笑する。
「去年も今年も、どっちも一番や。きっとこれから先も、新しいドレス見る度にこれが一番やて思うやろし」
 それに、リコも自分もこれからは少しずつ時間を進めて成長していく。
 その時々によって、一番似合うスタイルも違ってくるだろう。
「でも毎年やるいうんはええかもな」
「うん! じゃあ帰りに来年の予約しとこうね☆」
 祭壇の前までゆっくりと進み、ハーフなりの誓いを交わす。
「これがうちらの絆のしるしや」
 指輪の交換に使われたのは、薔薇の形にカットされたラピスラズリがあしらわれたリング。
 ラピスラズリは恋人たちの愛と夢を守る石、石言葉は 「永遠の誓い」だ。
 揃いの指輪を嵌めて振り返ると、ネイサンが化粧の崩れまくった鬼気迫る形相で号泣していた。


●べつに一度で越えなくても良いんですよね?

「リュールのねぇさん!」
 ばーん!
 秋野=桜蓮・紫苑(jb8416)は、控え室のドアを思い切り開け放つ。
 挙式予定のカップルごとに与えられたその部屋に、リュールはまだ普段着のままで座っていた。
「ねぇさん、まだ着替えてなかったんですかぃ?」
「そう急ぐこともあるまい……それよりも紫苑、お前こそ急いだほうが良いのではないか?」
 紫苑はこれから百目鬼 揺籠(jb8361)とハーフウェディングを行う予定だったはず。
「そうでさ、だから今回はねぇさんにドレスえらんでもらおうってぇすんぽうで……あっ、めんどくせぇですかぃ? ダメならかまわねぇんですよぃ、自分でえらびやすから!」
「何を言っている」
 苦笑混じりの笑みを漏らすと、リュールはどっこいせーと立ち上がった。
 若作りでもやはりBB……いえ何でもありません。
「任せておけ」
 とびきり可愛いドレスを選んで、未来の旦那と花嫁の父を骨抜きにしてやろう。

「これだから髪を上げるのは苦手なんだ……!」
 招待客として精一杯のおめかしをしたファウスト(jb8866)は、教会に辿り着くまでに呼び止められること、三回。
 そのいずれも、いわゆる職務質問というもので――つまりは不審人物と認識された模様。
 何故だ、ただ前髪を上げてスーツで正装し、両手に溢れんばかりの花束を抱えていただけなのに。
 確かに刺青は目立つし、吸血鬼をモチーフにした燕尾服のような黒スーツに黒マントは少々時代を間違えた感はある。
 しかし花束を抱えた不審者など――いや、ストーカーと見られた可能性はあるか。
 花束にゴツい銃を隠す手口もありふれたものになっているし……うん、まあ、仕方がない……のか?
 それはともかく、どうにか任意同行を免れ式場に辿り着いたファウストは、まず知った顔を探して周辺をウロウロ。
 ようやく探し当てたダルドフの控え室では……バトルが始まっていた。

 無言で見つめ合う、ダルドフと揺籠。
 いや、ダルドフのほうが一方的にガンを飛ばし、揺籠は全ての目を全力で背けている。
「揺籠よ、何故ぬしは某の目を見ようとせぬ」
 あ、ちゃんと名前で呼んでくれた。
 思わず嬉しくなって、一瞬そちらに目を向けようとする揺籠。
 だが、やはり見られない。
 見たら身体じゅうの目が血の涙を流しそうな気がする。
「そう怯えることもあるまい、取って食ったりはせぬ」
「ほ、ほんとですかぃ、おとーs」
「どわぁれがぬしの父かぁぁぁっ!!」
 あ、だめだこのひとたち。

「貴様達はこのめでたい席で何をしているのだ」
 魅惑の低音ボイスが場の空気を冷やし、三白眼ビームが二人を射る。
「ダルドフ、貴様も意地を張るのは大概にしたらどうだ。百目鬼もいいかげん覚悟を決めないか、往生際の悪い」
「いや、往生しちまっちゃ困るんですがね」
 揺籠がひとつ大きな溜息を吐く。
「屍を越えるしにても、物理は程々でってぇお願いしたらこの有様で」
 眼力勝負なら数で勝てると思ったんですよ、ええ。
「まったく、どちらも紫苑の幸せを願うことに変わりはないだろうに」
 眼力にかけては恐らく頂点に君臨するであろうファウストにジロリと睨まれ、小さくなる二人。
「それで……百目鬼、お前達はいつなんだ」
「いやあの、これからハーフのアレを」
 ダルドフをちらりと見て、揺籠は小声で付け加えた。
「本番はいつになりますかねぇ」
 時期としては紫苑が一人前になる頃にと考えてはいるが、それまでにこの壁を崩せるかどうか。

 その時、控え室のドアがばーんと勢いよく開けられる。
「おとーさ……、あっ!」
 声の主は揺籠の姿を捉えると、慌ててドアの影に隠れた。
「なんで兄さんがここにいるんですかぃ、兄さんはまだ見ちゃダメなんでさ、あっち行っててくだせ!」
 しっしっ、隙間から手だけを出して追い払う。
 揺籠が退散したところで、紫苑はひょっこりと顔を出した。
「ファウのじーちゃも来てたんですかぃ」
「ああ、ダルドフがいよいよ式を挙げると聞いてな」
 ファウストは持っていた花束のひとつをダルドフに手渡す。
「奥方を大切にしろ、今度はその方法を間違えんようにな」
 己を偽る愛は、きっと誰も幸せにしない。
 たとえ当時は他に手段がなかったとしても。
「それはそうと……紫苑、その頭はどうしたのだ」
 綺麗なドレスに身を包んでいるのに、髪だけは普段のままだ。
「今日はお父さんにやってもらうんでさ!」
 なるほど、そういうことか。
「では、我輩は席を外すとしよう。他にも挨拶をする予定があるのでな」

 ファウストが辞した後、紫苑は鏡台の前にちょこんと座る。
「このドレス、リュールのねぇさんにえらんでもらったんでさ。これでお父さんにかみゆってもらったら、二人のきょう同作業ってことになりやすねぃ」
 あ、ちょっと、今から泣くのは早すぎるから!
 ドレスに鼻水垂らさないでー!

「結こん式なの! お祝いするのー!」
 支度を終えた紫苑が控え室を出ると、そこにはクリームイエローの可愛いミニ丈ドレスでおめかししたキョウカ(jb8351)が待っていた。
 頭に乗せたケセランは、ファウストとお揃いだ。
「しーた、とってもキレイなの!」
「ありがとうごぜぇやす。きょーかもかわいいいですぜ、おれが男ならこのままさらってヨメにしてぇとこでさ」
「ありがとなの、でもうわきはメッ、だよ?」
 くすくす笑いながら、キョウカは紫苑の背中を押す。
「花むこさんがお待ちかね、なの」

「あー、ちいと大人っぽくなりましたかぃ?」
 綺麗に着飾った紫苑の姿に、揺籠はそんな感想を漏らした。
 何かもう少し言うことはないのかと問い詰めたくなるが、紫苑も紫苑で「ええ、胡散臭い感じによく似やってやす」などとにやにや笑いを返しているのだから、どっちもどっちか。
 紫苑は着物を仕立て直したような、薄紫の地に大胆な花柄をあしらい、金色の帯を大きなリボンのように背中に流したドレスに身を包んでいた。
 肩には白いレースのショール、髪は緩く結い上げて紫苑の花飾りで留めてある。
 早くもあちこちからほつれ毛がはみ出しているのは、お父さんの不器用さゆえ仕方がない……が、それが却って大人びた色香を感じさせる仕上がりになっていた。
 一方の揺籠は黒のタキシードに、紫苑のドレスに合わせた薄紫のシャツ。
 タイとポケットチーフは紫苑の花芯のような濃い黄色だ。
「お互い馬子にも衣装ってやつですかねぇ」
 揺籠はそう言って、カメラを構えるファウストにポーズを決める。
「撮影係、よろしくお願いしますよ」
「任せておけ、後でアルバムにして送り付けてやる」
 将来、夫婦喧嘩の際に武器に出来るほど分厚いものを。
「じゃ、一通りやってみましょうかね」
 キョウカやファウスト、相変わらず和服姿のダルドフ、シンプルなドレスに着替えたリュール、それに門木夫妻を始めとする何人かのゲストが見守る中、揺籠は紫苑の手をとってバージンロードを歩き出す。
 蕾が花開くまでは、ほんの瞬きの間。
 ならばゆっくり、共に歩きたい。
 時の流れを惜しむように――
「結婚できる年齢まで後十年ってとこですかぃ?」
 歩きながら、紫苑に声をかける。
「待ってますから、ゆっくり歩いてきなせぇよ。……その間に良い人いたら乗り換えてくださっても結構でsってぇ!?」
 足、踏まれた。ヒールで思いっきり。
「何するんですかぃ紫苑サン」
「兄さんがろくでもねぇこと言うからでさ」
 今度言ったらその全部の目にレモン汁ぶしゃぁするかんね。
「いいですよぅべつに、兄さんのまばたきの間でも」
 だから早くと、紫苑は先に立って揺籠の手を引いた。
「その分、わすれられねぇけしきを見せてやりやさ。おれは紫苑ですからねぃ」
 紫苑の花言葉は「君を忘れない」という。
「それじゃ、その時までにもう少し預金増やしとかなきゃですねぇ……」
 祭壇の前で立ち止まり、誓いのキスは軽く額に。
 振り向くと人目も憚らずに滂沱の涙を流す父の姿があった。
「その前に、でっけぇカベがありやすけどねぃ」
 越えられるかどうかは揺籠の戦闘力次第だが、きっと大丈夫。
「本番までには何とかなりやす」
 俺が保証すると、背伸びした紫苑が揺籠の肩をぽんと叩いた。

 一通りの儀式を終えて戻ると、スケッチブックを抱えたキョウカが駆け寄って来た。
「しーた、おめめのにーた、おめめとうなの!」
 あれ、何か間違えた気がするけど、まあいいか!
「はいこれ、ふたりにプレゼント、だよ!」
 差し出されたスケッチブックには、誓いのキスの瞬間が写し取られていた。
「あとね、これはキョーカからのおめでとうのきもちなの!」
 一輪だけのピンクのスイートピーは、二人の門出を祝う花。
 キョウカが大地の恵みで咲かせたものだ。
「ひとつだけ、だけど、おめでとうはいっぱいいっぱいつめこんだ、だよ!」
「ええ、その気持ちはしっかり伝わってますよ、キョウカさん」
 大事に受け取った揺籠が、紫苑の胸元に挿してやる。
「きょーか、兄さんも、ありがとでさ」
 そう言ってから、紫苑は何か違和感を感じたように首を傾げた。
「……そういや……兄さん呼びもどうなんでしょ」
 カッコカリとは言え、誓いのキスまでしたのだから、二人は婚約者ということになるのだろう――壁はまだ崩せないにしても。
「……ゆ、ゆりかごさん……?」
「えっ」
「あっいや、やっぱなしにしやしょう!」
 なしなし、今のなし、忘れて!
「はずかしいったらありゃしやせんよねぇ父さん!」
 とばっちりでばしばし叩かれるお父さん。
 なおダルドフは、今の「揺籠さん」で重大な精神ダメージを負った模様です。


●いつも隣に

「ダルドフ、大丈夫?」
 式の合間の待合室、魂の抜けたダルドフの顔を、七ツ狩 ヨル(jb2630)が覗き込む。
「花嫁の父も難儀なもんやね」
 その後ろで蛇蝎神 黒龍(jb3200)がくすくすと笑っていた。
「むぅ、いや、かたじけない……大事ないぞ、うむ」
 明らかに無理をしている様子だが、ここは本人の意思もとい意地を尊重しておこう。
「で、ダルドもいよいよ結婚やねんて?」
「うむ、まあ……とりあえず形だけではあるがのぅ」
 黒龍に言われ、ダルドフは赤く染まった頬をぽりぽり。
「ぬしらこそ、その格好は……?」
 黒龍は黒のタキシード、そしてヨルはウェディングドレス。
 おかしい、ヨルくんは男の子だったはずなのに……ドレス?
 何度目を擦っても、やっぱりドレス。
 二人の様子を見るに、おかしな偏見を気にして女装することにした、というわけでもないようだ。
「これが結婚式の正装って、聞いた」
 ああ、誕生祝いのメイド服と同じパターンか。
「ボクらはまだハーフ体験やけどね」
 ヨルにはまだ、結婚の意味がよくわかっていなかった。
 二人が一緒に暮らすということなら既にそうしているが、それだけでは結婚とは呼ばないらしい。
 では、結婚とは何なのか。
 結婚式にはどんな意味があるのか。
「まずは体験してみて、あとはミハさんやダルドらの式に参列させてもろて、何か感じ取ってもらえたらええ、と……そんなとこやね」
 こくりと頷き、ヨルはデンファレの小さな花束をダルドフとリュールに手渡す。
「これ、お祝い。花屋さんでお勧めされた……花言葉は、お似合いっていうんだって」
「ボクからはこれやね、日付入りのウェルカムボードや」
 あとはダルドフにだけ特別に、フラワーケーキを。
「もう後押しの必要もないやろけど、奥方に渡したら喜ばれるで?」
「うむ、気遣い痛み入る」
 ヨルはその場にいた門木達にも花束を贈る。
「カドキとカノンにも、遅くなったけど……結婚おめでとう。あ、カフェオレのほうがよかった?」
「いや、これでいい……ありがとう。俺達からのお返しは披露宴でな」
「何か、あるの?」
「大したものじゃないが、一応な」
 こくりと頷いたヨルは、ファウストに向き直って花束を渡す。
「その、指輪。そういう意味だと思って。違った?」
「いや……確かに、これはそういう意味だな。ありがとう」
 差し出された花束を受け取り、ファウストは左手の薬指に視線を落とした。
 それは「彼女」との邂逅の願いと、魂の繋がりの形としてそこに在る。
 形見ではないが、物を介して人の記憶や想いを繋ぐ、その触媒としての存在を形見と呼ぶなら――この指輪も、キルシュトルテも、自身の存在さえも、彼女の形見なのかもしれない。
 そんなことを思いつつ、ファウストからも花束を返す。
「おめでとう。正式なものではないとは言え、この一歩は祝福を受けて然るべきだ」
 しかし、素直に祝うつもりがついつい説教臭くなるのは歳のせいか。
「式を挙げられる現状に感謝するんだな。時代と場所が違えばこうはいかん」
 ああ、いかんいかん。
 ファウストはひとつ咳払いをして、説教風を吹き飛ばす。
「だから精一杯祝われていればいい。沢山の祝福を受けるといい」
 単純に、皆が幸せなのは良い事だ。
(「もし今の時代に出会えていたなら、あいつにも……いや」)
 あの時代に、あの場所で出会えたからこそ。
(「そうだよな、─── 」)
 心の中でその名を呼ぶと、肩の辺りに何か温かいものが触れた気がした。
 彼女は、確かにここにいる。
「じーちゃ、鬼の目にも涙ってやつですかぃ?」
 からかう紫苑を花束で黙らせ、ファウストは改めてヨルと黒龍に向き直った。
「さて、二人の門出を見届けさせてもらうぞ」
「あ、でも……ちょっと待って」
 ヨルが残った花束を掲げて見せる。
「これ、先に渡したいから」
 ミハイルと沙羅、いばらとリコ、アレンとテリオス――いずれも風雲荘のお仲間だ。
「ああ、それがな……」
 テリオスの名を聞いて、門木が渋い顔をする。
「あいつ、見られるのが恥ずかしいからと、誰もいない時に済ませたらしくて」
「そうなの?」
 男同士だからって恥ずかしがることはないのにと、ヨルは不思議そうに首を傾げる。
 彼が彼女であることを、ヨルはまだ知らない。
 そして遂にこの日、ヨルが真実に気付くことはなかったという――

「やはり、このほうが落ち着くな」
 せっかくのドレスをさっさと脱いで、テリオスはタキシード姿でヨルと黒龍のハーフウェディングを見守っていた。
 きちんと結っていた髪は下ろしてアレンとお揃いの三つ編みに、手には二つの花束を持って。
「しかし、あいつは何故ああも堂々としていられるのか……」
 ドレス姿のヨルが、ちょっぴり羨ましい。
「でしたら、もう一度着てみますかー?」
 だがその提案は断固として却下だ、たとえこっそり撮った写真がこのあと盛大に公開されるとしても。

 ミハイルや門木、ダルドフなど馴染みの顔が見守る中、二人はバージンロードを歩く。
 祭壇の前で立ち止まり、普段から身に着けているミスラの指輪を改めて贈り合うと、黒龍がまず誓いの言葉を述べた。
「ボクはヨル君をずっと愛してます。だから側に居てください」
 その返事は、すぐには届かなかった。
(「……『愛』の形は結局まだ見えないけど……」)
 ヨルは二人で歩いてきた深紅の道を振り返る。
(「もしそれが『ずっと二人で一緒に歩いて行く』事であるなら……」)
 それならば、誓える。
「俺は、これからもずっと、黒と一緒に歩いていく……それで、いい?」
 頷いてヨルの手をとった黒龍は、その指に光る指輪にそっと口付けをした。


●縁の下の力くらべ

「さて裏方をしましょうか」
 逢見仙也(jc1616)は厨房のヌシと化していた。
 今日は知り合い――そこを敢えて友人とは呼ばないところが仙也らしいと言うべきか――の祝いの席、腕を振るうには良い機会だ。
「仙也君、手料理期待してるよ!」
 藤忠と共にひょっこり顔を出したあけびは、期待するだけで手伝うつもりはないらしい。
「だって私は他に仕事あるし! あ、姫叔父は暇だよね、手伝う?」
「いや、俺は……」
 こう見えて忙しいのだと言おうとした矢先、仙也から戦力外通告が突き付けられた。
「結構です。手は足りてますし、見張っていなくても毒を盛ったりはしませんから」
「やだなー、そんなつもりで言ったわけじゃないよ?」
「まあ、わかってますけど」
 ですよねー。
「別に祟りたい相手がいるわけでもなし、真面目に作りますから大人しくテーブルに着いて待っていてください」
 二人がその場を辞すと、仙也は本格的な仕込みに取りかかる。
 メインは鯛飯に、はま吸い、その他祝いの席に相応しいものを和洋折衷で色とりどりに。
 デザートは桃のケーキと柑橘のソルベあたりで良いだろうか。
 まずは貝を塩抜きして、その間に出汁を取って下処理をし、鯛は圧力鍋で骨も食べられるように柔らかく。
「あとは……」
 そうそう、おまけに祝いの品をもうひとつ作っておこうか。

 教会に隣接する結婚式場、招待客の控え室にもなっている一室では女子会が開かれていた。
 中央のテーブルに山と積まれているのは、定番のバラの花はもちろん、カーネーションやマーガレット、カスミソウの小さな花など。
「わしはこれを持って来たんだの♪」
 樹が取り出したのは、籠いっぱいのブルースター。
 結婚式に相応しく、花言葉は『信じ合う心』や『幸福な愛』だ。
「今朝つんできたばかりなんだの、サムシングブルーとしてブーケや飾り付けにも使ってもらえたら嬉しいんだの」
 なお、これは自分で手塩にかけて育てたもの。
 誰かに言われる前に言っておく。
「キノコだけではないんだの!」
 もちろんキノコも採ってきたけどね!
「さすがにフラワーシャワーに混ぜるのは遠慮しておくんだの」
「んー、私は良いと思うけどな!」
 藍が言った。
「他に白い羽根もいっぱい入れるつもりだし……あと、ピーマンも一緒にって」
 後の方はひそひそ声で、にやりんぐと共に。
「ほむ、では問題ないんだの!」
 ないのか。
「ピーマン良いじゃないか、きっとミハイルさんも泣いて喜ぶだろうな!」
 メッセージを集めて戻った辺木が清々しい笑顔を見せる。
「シャワーにグリーンを混ぜるのも最近の流行りらしいし……ってことで、俺は各地で採ってきた葉っぱを提供する!」
 思い出の地にあったモミジやツタの葉、名前は知らないが小さくて鮮やかな緑の葉っぱたち。
「じゃあ、葉っぱに負けないようにお花も大量生産しなきゃ!」
 藍は赤や黄色、ピンクにオレンジのラナンキュラスをどーん!
「これはちぎらないで、花のままでどうかな」
 え、大きいんじゃないかって?
 気にしない気にしない!
「足りなくなったら、おばあちゃんに連絡すれば超特急で送ってくれると思うよ!」
 なんたって花卉農家ですから!
「私はこれで! フラワーパークから送ってもらったんだ」
 あけびは色とりどりのガーベラをむしり始める。
「あ、誰か恋占いしたい人いる?」
 なんて悠長にむしってたら時間なくなるかな?
「あとコスモスも送ってもらったんだ、ほら、無人島の時にミハイルさんが赤がいいって言ってたし」
 これは軽そうだし、むしったら何の花かわからなくなりそうだから、そのままでいいだろうか。
「バラの花はトゲがあるから気を付けてなー」
 戒は無心でぶちぶちぶちぶち……ああ、いかん、黙ってやってると眠くなる。
「何か話そう、そうだ女子トーク! こういう時は女子トークで盛り上がるもんだよな!」
「女子とーく……ほむ、わしが混ざっても大丈夫かの?」
「無問題! むしろ橘氏が男子だといつから勘違いしていた的な!」
「樹君、違和感がない……!」
「ほむ、それなら問題ないんだの!」
 ないのか。
「でも女子トークって何を話せば良いのかな?」
 女子力なら姫叔父のほうが高そうな気がするけど、と思いつつ、あけびが首を傾げる。
「そうだねー……あ! あそこの定食おいしいよ、とか? あそこの食べ放題めちゃお勧め、とか?」
「女子トーク………………す、スイーツ的な??」
 藍と戒、試される二人の女子力。
 しかしあけびは信じた。
「女子トークってそういうので良いんだね! えーと……あ、最近苺と南瓜のお菓子をよく食べるんだ、お師匠様と姫叔父の好物だから!」
 師匠お気に入りの苺スイーツが絶品のケーキ屋さん紹介とか、姫叔父が菜園で育ててる南瓜の話とか。
「スイーツは自分でも作ってるけど、お師匠様にはなかなか合格点をもらえなくて……」
「あけび氏、それは女子トークとは言わないな」
 ぶちっ、戒がバラの花びらを一息にむしり取る。
「えっ、今の違った!?」
「それは女子トークの上位カテゴリに君臨する絶対領域、恋バナというものだ!」
「えええっ!?」
「はい、あけびちゃん。そのお師匠様について、もっと詳しく」
 藍がラナンキュラスをマイクに迫る。
「えっ、あの、お師匠様とはそんなんじゃ、な……ないと、思う、かな……って、恋バナだったら藍さんのほうが!」
 マイクを押し返すあけび。
 そんな騒ぎの中、レフニーは淡々と自分と恋人のらぶらぶっぷりを語る。
「言葉にしなくても想いが伝わる、というのでしょうか……あれ、これ、それ、だけで意思の疎通が出来るのです」
 その様子はまるで新婚さん……いや、待って、それは既に熟年夫婦の域に達しているのでは――まだ結婚前なのに。
「はぁ、みんな若いねぇ」
 いつのまにか出されていた渋いお茶をすすりながら、戒が孫を見守るおばあちゃんの目で周囲を眺める。
「ワシも若い頃には蝶よ花よともてはやされて、浮いた話の十や二十……って何を言わすんかい!」
 セルフでボケツッコミを終えたところで、ふと目に入る雫(ja1894)の様子。
「しぃ、どうした?」
 手が止まっているようだが、トゲでも刺したのだろうか。
「……あ、いえ……」
 大丈夫だと首を振り、雫は独り言のようにぽつりと言った。
「……何時かは私も花嫁になれるんでしょうかね?」
 どうやら場の雰囲気に釣られ、自分の時はどんな感じになるのだろうと想像してみたようだ。
「なれるなれる、しぃならきっと可愛いお嫁さんになるんだろうなー!」
「……え、そ、そうでしょうか……」
 否定しつつも、雫の頬は見る間に赤く染まる。
「今まで考えてもみなかった事ですが……」
 自分の姿や隣に立つ人のこと、プロポーズはどんなシチュエーションでどんな言葉をもらったのだろう、そのとき世界は――
 一度考え始めたら止まらなくなる、それどころかどんどん加速する、それが妄想。
「しぃ、手! 刺さってる、刺さってるから!」
「え?」
 気が付けば、トゲだらけのバラの茎をぎゅっと握り締めていた。
「あ……大丈夫です、これくらい……」
 気合いとリジェネレーションであっという間に傷を塞ぎ、雫は邪気のない目で戒を見る。
「……そう言えば、姉さまは結婚の予定はあるんですか?」
「あー、渋いお茶が美味しいなー」
 ずずー。
 わかりました、今の質問はなかったことに。

 そこに声をかける謎の美女。
「七種氏、そろそろ打ち合わせの時間じゃ」
「え、誰?」
 見覚えがあるような、ないような……
「ふ、我が真の姿を見抜けぬとは見損なったぞソウルブラザー!」
「なんと!? では生き別れのマイブラザー緋打石氏か!」
 そう、それは変化の術でタテヨコめいっぱいに伸ばしてせくしーぼでーを手に入れた緋打石の姿だったのだ。
「今頃気付くようでは、氏もまだまだ未熟よのう……とても神父の座は譲れぬわ」
「くっ、では仕方がない、今回は牧師の座に甘んじよう……!」
 で、なんだっけ、打ち合わせ?
「ここでは人目に付く、場所を変えよう」
「うむ」
 そしてやって来た聖職者の控え室。
 十字架やらなんやらが周りを取り囲む神聖なる地で、神父と牧師の教義を巡る戦いが幕を開ける。
「そもそも神父とは自身が結婚を許されぬ身、なのに人様の結婚を司るとは笑止千万」
「牧師こそ元を辿ればただの羊飼い、つまりはただの信徒と同じ身分の分際で神聖なる儀式を執り行おうなどと、何たる思い上がりじゃ」
「ならば問う、結婚に必要なものは愛か忍耐か」
「そんなもの決まっておる、金じゃ! 世の中ゼニや!」
「おお、なんと世知辛い……さすがは階級の軛に囚われし者!」
 フリーダムな悪魔だけどな!
「さてはその地位もカネで買ったのかソウルブラザー! よもやそこまで堕していようとは……幼き日々、お花畑できゃっきゃうふふしていた純粋な瞳は何処へ!?」
「そのような過去、とうに捨てたわ!」
「フッ、貴様は我を怒らせてしまったな……! 大切な思い出を土足で踏みにじるその愚行、地獄で悔いるがいい!」
「笑止、牧師ごときにこの我を止められるか? 神父は時を加速できたり、重力を操ったりできそうじゃろ! 肉体を再生し、心臓を貫かれても死なない強キャラぞ!」
「牧師キャラとて負けはせん、えーと、えーと……っ」
 その時、ノックの音がした。
「……そろそろ時間ですが……姉さま、何をしているのです?」
 扉を開けた雫に胡乱な目で見られ、はたと我に返るブラザーズ。
「えっと、あれ、何してたんだっけ?」
「確か式次第の打ち合わせをしていたはずじゃな」
 結局なにも決まってないし、決着も付いてないけど。
「牧師よ、命拾いをしたようじゃな! 続きはブーケバトルじゃ。決勝で待っておる」
「望むところよ、首を洗って待っているがいい!」
 かくして魂の双子は双子であるがゆえに争う運命となったのである。


●再婚(予定)式

 カノン・エルナシア(jb2648)は助けを求めるように夫を見た。
 今日はミハイルと沙羅の待ちに待った結婚式。
 自分達の時も盛大に祝ってもらったことだし、そうでなくても戦友の祝いの席に礼を欠かすような選択肢はない。
 しかし、これは聞いていなかった。
 リュールとダルドフが再婚式を挙げるなんて。
「いや、俺も今初めて聞いた」
 まったく、妹はこっそり式を挙げるし母はゲリラ再婚式だし、なんなのこの家族。
 いや、考えてみたら自分達も去年はゲリラ挙式だったような……それが発端か、うっかり伝統を作ってしまったのか。
 まあ、それはいいとして。
 今日の主役は式を挙げる当人達、ゲストは礼儀を欠かさない範囲で控えめな服装にしなければと、カノンは何かと気合いを入れたがる夫を宥めてシンプルなワンピースで折り合いを付けたのに。
「新郎新婦のご家族なのですから、もう少し華やかにしても良いと思いますよ?」
 やたらテンションの高いユウが、突き抜けた笑顔で待ち構えている。
「門木先生もカノンさんも、衣装選びはお任せくださいね」
 そう言われては、もうお任せするしかないだろう。
 そして当然の如く、リュールのドレスもユウの見立てだ。
 ラインはもちろんスレンダー、オフショルダーで甘さを一切排除したクールなスタイルが、瞳のアイスブルーに良く似合う。
「ヘアメイクはお任せくださいー」
 アレンの手で綺麗に纏められたプラチナブロンドに、やたらゴージャスなティアラが乗せられると、なんだかもう綺麗を通り越して神々しくさえ見えてくる。
 一方のダルドフは、オーダーメイドのタキシードを窮屈そうに着込んで、ガチガチに固まっていた。
「お父さん、そうきんちょーしねぇでも大じょうぶでさ」
 ぽふぽふ、その背を紫苑が軽く叩く。
「ちょいとそこまで行ってもどって来るだけですからねぃ」
 まあ、行きと帰りでは世界が180度変わるのだけれど。

 しかし、やがて花嫁(予定)が姿を現すと、緊張も何も吹っ飛んでしまう。
「……昔よりも、一段と綺麗になったな」
「お前はまず、その横幅を半分に削ることだな」
 その褒め言葉に、いつもと変わらぬ態度でリュールは「ふん」と鼻を鳴らす。
「いずれ、その無理に付けた筋肉も必要なくなる……全てはそれからだ」
「そうだな……しかし半分というのも、それはそれできつそうだが」
「それでも重いくらいだ、潰されてはかなわん」
 そんな会話をしながら歩調を合わせてバージンロードを歩く。
 祭壇では神父と牧師が緊張の面持ちで待ち構えていた。
「あー、えー……、この場合は何をどうすればいいのじゃ?」
「適当に何か誓いますか的なことを言えばいいんじゃないかな」
 こそこそ、ひそひそ。
「ふむ、では……(こほん)……汝、オーレン・ダルドフは、リュール・オウレアルを妻とすることを誓いますか?」
「うむ、いずれ時が至れば……ということで、いいのだろう?」
「そうだな、今はまだ再婚カッコカリだ」
 今の時点で誓えることは、そう遠くない将来の約束のみ。
 指輪も今のサイズで作ったのでは、いずれ合わなくなってしまうだろう。
 交換も誓いのキスも当分お預けということで、あっけにとられた神父と牧師を残し、二人はさっさと引き返して行く。

 その行く手では、ユウが満面の笑みで号泣するという器用な顔芸を見せていた。
「お二人とも、本当におめでとうございます」
 苦節どれくらいになるのか、もう忘れてしまったし、まだ条件付きではあるけれど。
 それでも、ここまで来ればもう願いは叶ったも同然だ。
「次はお前の番だな」
 リュールは手にしていたブーケを押し付けるようにユウに手渡す。
「い、いけません、これは……っ」
「いや、これはぬしが受け取るべきよのぅ」
「そうでさ、ユウの姉さん。えんりょなくもらっちまいなせぇよ」
 ダルドフと紫苑にもそう言われ、頷いたユウの頬にまた幾筋もの川が出来た、
「だるどふたま、りゅーるたま、おめでとうございます、なの!」
 駆け寄って来たキョウカが二人の姿を描いたスケッチと共に、一輪のスズランの花を手渡す。
「すずらんの花ことばは、こうふくのさいらい、なの」
 もう一度、今度はずっと幸せに。
「ケンカしても、いっぱい泣いても、もっともっといっぱいにこにこでいられますよーに! なのー!」
「うむ、ありがとうのぅ」
「キョウカもいずれ素敵な花嫁になるのだろうな。楽しみにしているぞ……その時にはまた、こやつが大泣きしそうだが」
 もう既に泣いてるし、おとーさん。
「ダルドフ、おめでとう……と言って良いんだよな」
 真っ赤な目をゴシゴシ擦っていると、今度はミハイルが声をかけてきた。
 もちろん沙羅も一緒だ。
「うむ……いや、祝うてくれるのは有難いが、ぬしら支度はどうなっておる」
「おっと、そうだった」
 ミハイル達の式は本日のトリだ。
「悪いな、また後でゆっくり話そう」
 ミハイルは沙羅の手をとって、少し早足でチャペルを後にした。


●Eternal Wings

「ミハイルぱぱのハレ舞台、娘は頑張る」
 精一杯のおめかしをしたクリスは、決意の面持ちで拳を握る。
 とは言え、パパのために直接何かをするわけではない。
 その花嫁のベールを持つ、ベールガールが本日の最重要任務だ。
 今日の衣装は寒椿の腕輪に朝顔の耳飾り、秋薔薇の首飾りを身に着け、髪を可愛らしい花の飾りがついたヘアゴムで纏めている花づくし。
「今日のボクは『花クリス』だよ♪」
 フラワーシャワーの準備には参加出来なかったため、せめて花係の皆さんに敬意を表して何か……と思ったら、こうなった。
 そしてまずは、支度も簡単で暇を持て余していそうな新郎の控え室へ。
「ぱぱってば、お友達多いからなー人が一杯かなー」
 ドアの隙間からそっと覗いてみる。
「うん、一杯だね」
 それでも構わず、ドアを開け放ったクリスは一直線にミハイルのもとへ駆け寄った。
「お邪魔しまーす!」
 魔法のようにさっと開けた人垣の間を抜けて、首っ玉にどーん!
「パパ、おめでとー!」
「おお、クリスか。今日はよろしく頼む」
「うん、任せといて。ねえ、どうかな? おかしくない?」
 飛び降りたクリスはミハイルの目の前でくるりと回って見せる。
「ああ、可愛いぞ。俺もこんなに可愛い娘がいて鼻が高いさ」
「ボクもパパの娘で嬉しいよー」
 うんと背伸びをして、ぱぱのほっぺに親愛のちゅっ☆
「じゃあまた後でね」
「おう、沙羅のところに行くのか」
「うん、ぱぱより先に花嫁さん見て来るんだ♪」
 いいでしょーと笑いながら、クリスは部屋を出て行く。
 ミハイルとしてはちょっぴり悔しいが、ここは我慢だ。

 入れ替わりに現れたのが――
「ミーーーちゅわぁぁぁーーーーん!!!」
 リカ、マリ、ミキのオカマッチョ三兄妹、見参!
「誰だこいつら呼んだの、って俺か、俺だな!」
 うん、確かに呼んだと、ミハイルは覚悟を決めて三人に向き直る。
「ちょっとミーちゃん何よぉ、アタシたちに黙って結婚だなんてもう、許さないんだからァ!」
 涙目でハンカチを噛み締め、クネクネと膝をねじる長男リカ。
「でも仕方ないわね、ミーちゃんが幸せになってくれるならアタシ達も本望よ……なんて言うと思った?」
 次男のマリが凄んでみせるが、その顔はすぐに崩れる。
「幸せになりなさいよ? ならなかったら今度こそアタシ達がモノにするんだから!」
「あの、ごめんなさい、兄達はああ言ってますけど、本当は心から喜んでるんです」
 ぺこぺこと頭を下げる三男ミキ。
「ああ、わかってるさ。だから俺もこうしてお前らを呼んだんだ。来てくれてありがとう」
「んまぁミーちゃんったらオトコマエ!」
「やだわ惚れ直しちゃいそう、あぁっ、また未練が……バカバカ、アタシのバカ!」
 三人はそのまま式が始まるまで、この部屋に居座るつもりのようだ。
 お陰で控え室はエアコンフル稼働でも蒸し暑く、それ以上に絵面が暑苦しい。

「いやぁ、ミハイル君には面白いご友人がいらっしゃるのですね!」
 袋井 雅人(jb1469)が声をかける。
 ラブコメ仮面には言われたくない気もするが、今日の彼はちゃんと空気を読んで、黒のスーツに黒のネクタイ姿。
 どこから見ても常識的で真面目な好青年だ。
 今日は友人達の門出を心から祝福するのはもちろんだが、ついでにいずれ訪れる自分達の結婚式のために準備を進めておこうという心づもりもあった。
「情報誌などを参考にするのも良いとは思いますが、やはり本物を間近に見るのが最も参考になりますからね!」
 ということで本日はしっかり祝いながらも参列者数や式次第、料理の内容や披露宴イベントの内容など、詳細にメモしていく所存。
「ですからミハイル君、私達の良いお手本となるように頑張ってくださいね!」
「何をどう頑張るんだ」
 よくわからないが、まあとにかく頑張ろう。

 一方の、沙羅の控え室。
 こちらは新郎側とは打って変わって、静かで落ち着いた雰囲気に包まれていた。
 クリスはヘアメイクを終えたアレンと入れ替わりに部屋に入っていく。
「アレンさんお疲れさまでしたー、沙羅さんお邪魔しますー」
 その声に顔を上げた沙羅の姿に、思わずクリスの足が止まる。
「わぁ……綺麗ー」
 そのまま魔法にかかったように暫し立ちすくみ、花嫁の姿をガン見する。
「そんなに見つめられると、ちょっと恥ずかしいですね」
「はっ! ご、ごめんなさい、つい……」
 頬を染めて俯いた姿もまた、可愛らしくも美しい。
「パパには勿体ない……かも?」
 ぼそっと呟いた声は、沙羅には届かなかったようだ。セーフ。
「クリスさんはとても可愛いですよ」
「そう? ありがとー」
 あ、そうそう、見とれてばかりいないで、ちゃんと仕事もしなくちゃね!
「ベール、ちょっと触ってもいい? 長さとか確認しておきたいのー」
「ええ、どうぞ……」
 ゆっくりと立ち上がった沙羅に近付き、クリスは背中に垂れたベールの裾を持ち上げてみる。
「ふむふむ……これくらいかぁ」
 足下を見ると、すぐ手前にドレスの裾があった。
「本番で踏まないよう注意注意……」
「クリスさん」
「なにー?」
「ありがとうございます」
「え、なにが?」
「ベールガールを引き受けていただいて……」
「ぱぱのお嫁さんになってくれるんだから、娘がサービスするのは当然だよー」
 それを抜きにしても沙羅さん大好きですから。
 もう一度礼を言うと、沙羅は自身の髪色に合わせて薄いピンクや柔らかなオレンジでシックに纏めたブーケの中から、一輪の小ぶりなバラを取り出して、クリスの髪に挿してやった。
「え、いいの? ありがとー♪」
 そうしているうちに、ドアの外が騒がしくなってくる。
 どうやら新郎とその友人達が廊下に集まり始めたようだ。

「ミハイルさん、いよいよだな!」
 つん、スーツでビシッと決めた辺木がミハイルの脇を小突く。
「お、おう……」
 ミハイルは黒タキシードの裾を伸ばしたり、曲がってもいないタイを直してみたり、そわそわと落ち着かない様子。
 だが、ふと見れば辺木の頭にはお馴染みのタオルが。
「辺木、トレードマークなのはわかるが……」
「おっといけねぇ、いつもの癖でつい!」
 慌てて外し髪を整える姿に、ミハイルも落ち着きを取り戻した――かに見えたが。
 花嫁の姿を見て口からなんか抜けそうになるのは、どうやら花婿として避けられない運命のようだ。
 現れた女神はマーメイドラインのドレスを纏い、ピンクブラウンの髪は両サイドを残してアップに纏めてある。
 サムシングオールドは胸元のネックレス。
 サムシングニューはドレスから小物に至るまで殆ど全て。
 サムシングボロードはちょうど一年先輩の夫婦に借りたティアラ。
 サムシングブルーは樹がくれたブルースターの髪飾り。
「綺麗だ」
 それ以外の語彙を失うのも、やはり誰もが同じらしい。
 過去の辛い記憶が走馬燈のように脳裏に浮かぶ。
(「あれ、俺もしかしてここで死ぬのか」)
 生まれ変わって新たなスタートを切るという意味では、確かに過去の彼は今この瞬間に天へと召されたのかもしれない。
 だが人生はまだまだこれからだ。
 ミハイルは抜けかかった魂を引き戻し、改めて花嫁を見る。
「綺麗だ」
 やはり、それしか出て来なかった。
 こうした場合、概して女性の方が度胸が据わっているものだ。
「ミハイルさんも、とても格好良いです」
 惚れ惚れと見とれながらも、沙羅は落ち着いた様子で微笑んでいる。
 誰かに背中を押され、前に出たミハイルは花嫁の手を取る。
 結婚など自分には無縁のものと諦めていた。
 だが、今は――

 バージンロードの両脇を埋める人の波は、いずれも知った顔ばかりだ。
 樹に辺木など部活仲間に、門木とカノン、雫、ユウ、キョウカ、ファウスト、未来とシャヴィ、宮本の姿もある。
 直前まで受付担当兼よろず問題処理係として式場の制服で忙しく走り回っていた恋音も、今は淡桃色のカクテルドレスに着替えて雅人の隣に立っていた。
 それにヨルと黒龍、揺籠に紫苑、アレンとテリオス、いばらとリコ、ダルドフとリュールなど、式を挙げたりハーフを体験したばかりのカップルの姿。
 とある一角は感涙にむせぶマクセルや、それに負けじと泣きじゃくる三兄妹のおかげで非常に暑苦しいことになっていた。
「長年一緒に戦ってきた仲間だし、やっぱり幸せになってくれることは良いことよね!」
 雪室 チルル(ja0220)は白い雪の結晶が散りばめられたアイスブルーのワンピースに身を包み、新郎新婦の入場を最前列で待ち構えている。
 その隣には明るいピンクのドレスを着たあけびと、ダークスーツの藤忠の姿。
「姫叔父は結婚式の流れ、覚えておいた方が良いんじゃない?」
 小声で言うと、藤忠は曖昧な笑みを浮かべてチャペルの天井を見上げた。
「さあ、どうだろうな……」
 いつかその日が来るとしても、スタイルは違ったものになるかもしれない。
 それよりも今は、あけびの花嫁姿を想像してしまい、気分は花嫁の父。
 いやいや、まだ早い。
 まだ早いのはわかっているけれど――

 やがてレフニーと藍が奏でる荘厳なパイプオルガンが響き始めると、辺りは水を打ったように静まり返る。
 チャペルの扉が開き、新郎新婦が姿を現した。
 ベールガールを務めるクリスの歩調に合わせ、二人はバージンロードをゆっくりと進む。
 やがて祭壇の前で歩を止めて、そっとベールを下ろしたクリスが脇に下がると、次は新婦と牧師の出番だ。
 しかし感極まった戒牧師はハンケチで顔を覆い、とても進行役が務まる状態ではなかった。
「やはりここは神父の出番じゃな」
 最強キャラに隙はないと、緋打石神父が二人に祝福を与える。
「とにかくめでたいことじゃ、聞いてやるから誓いの言葉を述べるが良いぞ」
 結婚証明書にサインをし、二人はそれぞれの想いを口にする。
「沙羅がいる場所、それが俺のエリュシオンだ」
 こみ上げる何かをぐっとこらえ、ミハイルはこの幸せを離さないと心に誓う。
「まさか私が結婚する事になるなんて、それもこんなに素敵な方と……私は幸せ者です」
 それに応えて、沙羅がベールの下で微笑みを返した。
「この先もずっとよろしくお願いします」
 その瞳を潤ませながら、滲んで揺れる視界の中で薬指に指輪を嵌めるミハイルの手の動きを見つめる。
 アイスブルーのダイヤに励まされ、沙羅は震える手でミハイルの指にもうひとつの指輪を嵌めた。
 ふたつの翼が今、重なり合ってひとつになる。
「では、誓いのキスを」
 軽く膝を曲げた花嫁のベールを上げて、軽く触れる程度の口付けを。

 途端、パイプオルガンがファンファーレのような音を立てる。
 それまでは厳粛な式に相応しい音を奏でていたものが、一転して誰もが知っているスタンダードナンバーに。
「この曲を聞いた時、式を思い出して倖せになってもらえればいいな!」
 それは藍の提案によるものだった。
「ミハイルさん沙羅さんおめでとう!」
 軽快な曲に乗って、新郎新婦が退場する――もちろんお姫様抱っこで。
「2人の結婚、本当に嬉しいであるよ! 幸せになっての♪」
「ミハイルさん、良かった、良かったなあ!」
「ミハイル君、沙羅さん、御結婚おめでとうございます!!」
「お前達と出会えて良かった。幸せになれ」
「末永くお幸せにー!」
「ミハイル、沙羅、おめでとう! あたいも嬉しいわ!」
 駆け寄って来たにこにこ笑顔の樹が、男泣きの辺木が、雅人が、藤忠が、あけびが、そしてチルルが口々に祝いの言葉を述べる。
「いつになるかと待っていましたが……おめでとうございます」
 扉の近くまで来たところでカノンが進み出る。
「これからの世界はこういった笑顔と幸せがどんどん増えていく世界であるように……、と堅苦しくなってしまいましたね」
 つい肩に力が入ってしまったことに照れ笑いし、改めて祝いの言葉を。
「どうか末永くお幸せに」
 これからの世界はきっと、当然そうなっていくのだから。
 世界がどこかで足踏みするようなら、自分達が背中を押せばいい。
 そうですよね――と、振り仰いだカノンの視線に、門木は小さく頷いて見せた。

 遠ざかる二人の背中を見送るクリスは、跳ね回る心臓をそっと押さえる。
「パパと沙羅さんの永遠の誓いを見てたら、ドキドキしてきた……」
 結婚式は女の子の憧れ、その一部始終を特等席で見ていたのだから舞い上がるのも無理はない。
「ボクの運命の人は今何処にいるんだろう」
 探し始めた時には既に出会っているという説もあるけれど。
 もしかして、この中に?
 いやいや、ぱぱのお友達は大人の人ばかりだし……でも、どこかでちらりと黒咎ズ三人の姿も見たような?
「でも、まさかねー」
 それより今は庭に出ないと。
 今回、フラワーシャワーは教会の前庭で行われる。
 ゲストが先に準備を済ませなければ、新郎新婦はチャペル脇の隠れ場所からいつまでたっても出られないのだ。


●フラワーシャワーとブーケバトル

「小さい教会だけど、屋根に上がるとけっこう見晴らし良いんだね」
 一足先に壁走りで屋根に陣取ったあけびは、眼下に広がる芝生の庭を見下ろす。
 そこでは手に手に花籠を持った招待客が、新郎新婦が姿を現すのを今か今かと待ち構えていた。
「七種ちゃん、いくよー!」
 戒を屋根まで連れて行こうと、背中から抱き付いた藍は陽光の翼を広げる。
「あっ背中に、あっ柔らかな、あっあっアッー」
 やばいなにこの特大マシュマロ。
「なるほどここが楽園か……」
「えっ、ちょっと七種ちゃん大丈夫!?」
 って言うか鼻血は困りますお客様!
 フラワーシャワーが血の雨になってしまいます!
「あー、大丈夫、こうしてティッシュを鼻の穴にって乙女のすることじゃないな!?」
 うん、その柔らかなアレが背中から離れた途端に楽園も幻と消えたから大丈夫よ、喪失感半端ないけど。
「そうだ、せっかくだから皆で屋根からってどう?」
「いいなそれ!」
「じゃあ他の子達も連れて来るね!」
「あっ、あっ」
 ということはもしかして、あの楽園がみんなのものに!?
「大丈夫、女の子限定だから!」
 そういう問題でも、あるような、ないような。

「では私達も……」
「カノン、ちょっと待って!」
 花籠を手に翼を広げようとしたカノンを門木は慌てて引き留める。
「今なにも考えずに飛ぼうとしただろ」
「それはそうですが……何か?」
 飛ぶ時に考える必要のあることなど、何かあっただろうか。
「スカート」
「あっ」
 このまま飛んだら下から丸見え――という事故は以前にもあった。
 あれは見ていたのが自分だけだったからいいけれど(いいのか
「だから、これで」
 はい、お姫様抱っこ。
 もしかして、これがやりたいだけだったんじゃないかとか、そんなことは……あるかもしれない。
 既婚者だって、いちゃらぶしたいのです(きりり

 樹は考えた。
「ほむ、ここは式を挙げたみなを祝いたいんだの」
 ミハイルと沙羅はもちろん、本番もカッコカリもハーフの人も。
 というわけで、はいはい並んで並んでー。
「いや、私はそういうのは……っ」
 相変わらず恥ずかしがってツンツンしているテリオスも、ドレスでなければ断る理由はないわけで。

 教会の鐘が鳴り響く中、ミハイルと沙羅が姿を現すと、その頭上から花びらの雨が降り注ぐ。
「みな、おめでとうだの♪」
「おめでとう! 倖せいっぱい広がれー!」
 色とりどりの花びらが甘い香りを振りまき、白い羽根がふわふわと舞い降りる。
 芝生にぽこんと跳ねるのは白いキノコと緑のピーマン。
 それに混じってパラパラと降り注ぐのは、レフニーのライスシャワーだ。
 フラワーシャワーは花の香りで周囲を清め、幸せを妬む悪魔から新郎新婦を守ると言われている。
 ライスシャワーはお米が豊かに実るように、子孫繁栄に恵まれますようにという願いが込められているそうだ。
 二人に続いてダルドフとリュール、ヨルと黒龍、揺籠と紫苑、いばらとリコ、最後にアレンとテリオスが教会の階段を下りて来る。
 まるでパレードのような賑やかさで繰り広げられるフラワーシャワー、その中にちらほらと混ざるグリーンは辺木が降らせる葉っぱ達だ。
「みんな、おめでとうっ!!!」
 その中に、ひときわ大きなグリーンが――ぼこん!
 ミハイルの頭に当たった。
「ミハイル殿ぉぉーっ! ご結婚、おめでとうであるぅーっ!!」
 愛を込めてそれを投げたのは、自他共に認めるかもしれない永遠のライバル、筋肉天使マクセルだ。
「我輩のピーマンシャワー、心して受けるがいいのである!!」
「待て、なぜに祝いの場で緑の悪魔を投げる!?」
 食べなければどうということはない。
 どうということはないが、マジックシールド展開。
「ふむ? ミハイル殿は受けて立つ気満々であると見たのである!」
 阻止の文字がどこにも見えないし、これは対戦おっけーということで!
「一戦交えるのは構わぬであるが……別に倒してしまっても構わぬのであろう?」
 ピーマンシャワー用にピーマンでフル武装した卑怯筋肉(自称)が不敵な笑みを浮かべる。
 携帯覧は全てピーマンで埋まっているぞ!
 心残りは、全てをLv5、オリジナル化してピーマンシャワー用ピーマンに出来なかった事か。
 だがそれも運命とあらば潔く受け入れよう、この素ピーマンでいざ勝負!
「奥方の前で敗北の苦渋を味わいたくば、かかってくるがよいのである!」
「おう、妻の前でみっともないところを見せるわけには……、……妻……、そうだ、もう妻なんだな」
 恋人でも婚約者でもなく、妻。奥さん。女房。
 その事実に気付いて、今更ながら感動に震えるミハイル。
 そこに容赦なく迫るピーマンシャワー、どうなるミハイル!
「あらあら、楽しそうですこと」
 奥様は余裕の表情でころころ笑い、止める気配はない。
「沙羅さん、男の戦いはぱぱに任せて、女の戦いを始めなきゃ。ブーケトス、みんな待ってるよ?」
 ボクは見学組だけどね、と言うクリスに促され、沙羅は戦いの場へと赴いた。

「あら、何が始まるのかしら?」
「あれはブーケトス言うてな……」
 見るもの全てに興味津々な様子のネイサンに、いばらが説明する。
「受け取った女の子は次の花嫁になれるゆう言い伝えがあるんや」
「あらまあ、ステキねぇ」
 うっとりと目を細めるネイサン。
「おネィさんも参加してみたらどや?」
「でも女の子限定なんでしょ?」
「大丈夫、オネェさんだって心は女の子だよっ☆」
「せやな、かわいいもん好きやし楽しんでもらうのが一番や」
「あら、じゃあお言葉に甘えて頑張っちゃおうかしら」
 ネイサンはいそいそと女子達の間に紛れ込む。
 その中には当然のように例の三兄妹の姿もあったが、気にしてはいけない。
「リコはええのん?」
「だってリコは投げるほうだよ?」
 ハーフのブーケでも、きっと御利益は変わらない。
 幸せな未来はもう決まっているのだから。
「あ、ねえねえ、ってゆーことはリコ、いばらんのフィアンセ?」
「……もうとっくにそうやと思うてたけど……」
 今頃気付いたのか。
 でも可愛いから許す。

「ぶーけとす? 豚とヤカンの怪獣みたいなやつかな?」
 チルルは知っている。
 豚は「ぶー」と鳴くし、ヤカンは英語で「ケトル」だと。
 最後の「ス」はきっと、「ル」だと強そうに聞こえないから変えたのだ。
「あたいは『ル』でも強いけどね!」
 そうだ、真にさいきょーの座を手に入れたら、チルスに改名しようか。
 ひとまずそれは置いといて、今は目の前のバトルに集中だ。
「きっとみんな、翼とか使ってくるわね! だったらあたいも全力で勝負よ!」
 スキル、全力跳躍セット!
 まあメタな話、みんなストレートに挑むのなら、ダイスで決めるのも良いんじゃないかなって思うけどね!
 え、なに、ほんとにダイス?
 1D10でIDの末尾と一致したらゲット、何らかの工夫と根性を見せた人には複数回のチャレンジあり?
 なお末尾が同じ人が複数いる場合は決戦ダイス、誰も当たらなかったらNPCに、と。

「そういうことなら!」
「まずはチャレンジ回数を増やすのじゃ!」
 火花を散らす牧師と神父。
 戒はゴム銃で軌道修正し、アクロバティックに空中キャッチする算段。
 これでプラス2回。
「神父よ、貴様には渡さん……!」
「だが所詮は牧師、神父との格の差を思い知るが良いのじゃ!」
 変化の術はリーチ伸長の伏線だ、闇の翼と物質透過で強襲し、卑劣な攻撃は空蝉スクジャで回避すればもう完璧、これでチャンスはプラス4回!
「勝ったな」
 さあ、どうだろう?

「大佐、ふぁいと!」
 レフニーは自身とヒリュウの二段構え、しかもヒリュウは飛んでいる。
 これでプラス2回のチャンス。

「私はそんなに頑張らなくてもいいかな」
 憧れはあるけれど、どうしても欲しいというわけでもなし。
 第一まだ相手が――と考えて、ふと思い出す師匠の顔。
「えっ、どうしてここでお師匠様が!?」
 ぶんぶんと首を振っても離れないイメージを脳裏に貼り付けたまま、赤い顔のあけびはその瞬間を待つ。

「ねえ、未来ちゃんもやってみれば?」
「えっ、ぼ、ボクはまだ、あの……そういうのは、えんりょしておくの、です……」
 シャヴィに言われ、未来は真っ赤な顔でぶんぶんと首を振る。
「お嫁さん、なりたくないの?」
 ぶんぶんぶん、更に大きく首を振る。
「なりたいのに、欲しくないの?」
 よくわからないな、と首を傾げるシャヴィ。
 乙女心は難しい。
「え、えと、あの……」
「なに?」
「あの、シャヴィくんが……お、およめさんにするなら、どんなひとがいいの、です……?」
 参考までに、あくまで参考までに!
 教えてもらったら理想に近付けるように頑張るけど、タテマエはあくまで参考ということで!
「んー、そうだな……いつも楽しくさせてくれるひと、かな」
「たのしく、です……?」
「うん、レドゥはさ、僕が楽しく暮らせるようにって、頑張ってくれてたんだ。だから僕は、レドゥのためにも……幸せにならなきゃって」
 こくり、未来は頷く。
 シャヴィにはいつも笑顔でいてほしい、その想いは未来も同じだ。
 それに、それなら自分にも難しくないかもしれない。
「未来ちゃんと一緒なら、ずっと楽しそうだよね」
「え……っ」
「だからさ、行っておいでよ」
 背中を押すシャヴィ。
 ただの天然なのか、それともさらっと口説いてるのか、どっちだ。

 ファイター達の準備が整ったところで、沙羅が後ろ向きにブーケを投げる。
 続いてヨルが、紫苑が、リコが、テリオスが、それぞれに自分らしい花で作ったブーケを投げた。
 そのひとつひとつに、飢えた獣のように群がる乙女達。
 過酷な戦場を生き残った者達が、その手に戦利品を掲げる。
「とったどぉーーーーーっ!!」
 戒の手に燦然と輝く沙羅のブーケ!
 これで未来は約束された、もうヤケ酒をカッ喰らう必要も……ない。多分。
「あたいも取ったわ!」
 チルルの手にはリコのピンク色のブーケが握られていた。
「さすがあたい! やっぱりさいきょーね!」
 それで、豚とヤカンの怪獣はどこに?
「わかったわ、きっと怪獣はこの花が好物なのね! これで誘き寄せて退治するのよ!」
 多分それは違うと思いますが……まあ、楽しそうだから良いか!
「はわわ、ぼ、ボクがもらっちゃって、いいの、です……?」
「こういうのって、やっぱり無心で挑むのが良いのかもね」
 未来とあけびの手には、ブーケのほうからストンと舞い込んできた模様。
 しかし、ここで戦士達の明暗は分かれる。
「……くっ、何故じゃ……ここまでやって、何故ひとつも手に入らぬのじゃ!」
 緋打石は打ちひしがれていた。
「ダイスの女神、無情すぎるじゃろう!!」
「まあ、確率ってそういうものですよね……」
 達観したように遠くを見つめるレフニーと大佐。
 ごめんね、出目がめっちゃ偏ってたん。
 残る一つが誰の手に渡ったか、それは敢えて言うまい。
 マッチョな人達がきゃっきゃしてたとか、そんな。

「受け取った人が次の花嫁と聞きますが……この光景を見たら男性が二の足を踏む気がするんですけど」
 冷静に様子を眺めていた雫がハイライトを失った目で呟く。
「ここは戦場だったんだの(まがお」
 彼女達の勇姿は、多分記憶に残してはいけないものだ……そう樹は直感した。
 だから大丈夫、きっと男性陣は何も覚えてないよ!
 ええ、ナニモオボエテイマセントモ(がくぶる
「……ふ。生きとし生ける者全ては幸せを求める放浪者よ……」
 緋打石先生から至言をいただきましたので、お納めください。

 しかし世界は戦いに敗れた戦士達にも平等に優しかった。
「ミニブーケですけれど、よろしかったらどうぞ?」
 沙羅さん、あなたはやはり女神か。
 幸福や愛を意味する花言葉を持つ、胡蝶蘭やカスミソウ、アイビーなどで作った小さなブーケが敗残兵達に生きる希望を与えた。
「私にもいただけますか?」
 ブーケ戦争には参加しなかったけれど、藍も結婚が気になるお年頃。
 白を基調にしたブーケは、深い海色に桜を添えたドレスに良く似合う。
「私もいつか大事な人と倖せな式を挙げられたらいいな」
 希望者に一通り配り終えると、最後に女神はクリスのもとへ。
「クリスさんが運命の方と出会えますように」
「え、ボクにも……? 沙羅さんありがとー」
 それは白の中にブルースターを散りばめた、クリスだけの特別なミニブーケだった。

 ブーケ戦争が終結した頃、もう一方の戦いにも決着が付いて……いなかったけれど、ひとまず勝負はお預けだ。
 悪ふざけはしたが、マクセルの友を祝う気持ちは本物である。
「どうか二人、幸せになられよ」
 そう言い残し、夕日の彼方へ去って行く筋肉天使――まだ昼だけど。

「この騒がしさが、いかにもあいつららしいな」
 空中に浮かんだまま、地上の様子を眺めていた門木がくすりと笑う。
「ええ、私達の時のことも、思い出しますね」
 目を細め、カノンは夫の首に両腕を回す。
「あれから時は経ちましたが、あせぬ思いは、ここに」
 そのまま唇を寄せ合い――ぱしゃっ。
「え?」
 なんか今、シャッター音しなかった?
 顔を上げると、カメラを構えたファウストと目が合った。
 誰も見てないと思ったのに……!


●披露宴と大団円

 教会での予定を終えて、舞台はホールの披露宴会場へ。
 お色直しをした六組の新郎新婦(予定含む)と共に、気楽な立食パーティの始まりだ。
「遂にこのメッセージを披露する時が来た!」
 スライドショーを背景に、辺木は集めたメッセージを自ら読み上げていく。
「これは食堂のおばちゃんからだな」
『好き嫌いしないでピーマンもちゃんと食べるんだよ!』
 次は購買のお姉さん。
『これからは毎日、支給品のオマケにピーマンひとつお付けしますね!』
 これは同僚から。
『奥方の手料理ならピーマンも食えるだろう?』
「ちょっと待て、どうしてどいつもこいつもわざわざピーマンに言及するんだ!」
 もっとこう、あるだろう、祝いの席に相応しいメッセージが!
「そんなミハイル氏にご祝儀じゃ、ありがたく受け取るがよいぞ」
 緋打石が籠に山盛りのピーマンをどーん!
 汝、勇気もてピーマンの中に分け入るならば、必ずや目するであろう――底に隠れた芳醇なるプリンの姿を!
 緋打石はやさしさで出来ています、多分。
 その後ろからそーっと差し出される、リボンをかけた四角い箱。
「あっあっ、一応その、出来たから! 気に入らなかったら、そのへんにうっちゃっておけばいいと思うよ!」
 緋打石の背に隠れるようにして、戒がぱたぱたと手を振っている。
 箱の中身は壁掛けタイプの丸い置き時計だった。
 文字盤の背景には二人の写真が使われ、その周りには色とりどりのプリザーブドフラワーが敷き詰められている。
「よく出来てるじゃないか」
「とても綺麗……ありがとうございます」
 なおピーマンは入っていない、花じゃないからね!
 しかしピーマンの攻勢はなお衰えることを知らず、出て来た特大ケーキもピーマンだった。
 ベースは普通のデコレーションケーキに見えるが、イチゴの代わりに載っているのはピーマン。
 三段重ねの一番上は、なんと丸ごと巨大なピーマンだ。
 なおプロデュースby恋音さん。
「……あのぉ……、大丈夫ですよぉ……」
 ピーマンに見えるのは緑のチョコでコーティングしたマシュマロ、巨大ピーマンも中身は普通のスポンジケーキだ。
「……本物のピーマンは一切使っていませんのでぇ……」
「言われてみれば、確かにあの青臭い匂いはしないな」
 本物でなければ何も怖くない。
 いや、本物だって別に怖いわけじゃないけどな、苦手なだけで!
 では正体がわかって安心したところで、初めての共同作業をどうぞー。
 一本のナイフに二人で手を添えて、ケーキ入刀。
 更に小さく取り分けて、友人達のところへ挨拶と共に配っていく。
「ミハイル君、沙羅さん、改めておめでとうございます! 印象に残るとても良い式でしたよ!」
 これを参考にすれば自分達も素敵な式を挙げられるに違いないと雅人。
「あら? そう言えば、恋音さんはブーケを希望されませんでしたね」
 沙羅の問いに、恋音は傍らの雅人にちらりと視線を投げる。
「……ええ……私は、そのぉ……もう、決まっておりますのでぇ……」
「そうそう、沙羅さんにはまだ言っていませんでしたね!」
 雅人はここぞとばかりに大々的に宣言した。
「私と恋音も学園を卒業したらこの教会で結婚式を挙げますよ! ね、恋音?」
 こくり、頬を染めた恋音が頷く。
「その時もこんな風にみんなからお祝いして貰えたら幸いです」
「もちろんだ、有給をむしり取ってでも祝いに駆けつけるさ」
 二人とも友人が多いし、恋音はビジネス面でも顔が広そうだ。
 きっと賑やかな式になることだろう。

「私達もやりましょうかー」
 アレンが用意したのは、極太のカッパ巻き……に見えるロールケーキ。
 キュウリ味とかそういうのじゃないよ、味は普通のケーキだよ、海苔に見えるのはチョコだし、キュウリに見えるのは抹茶クリームだから。
 切るのもただストンと輪切りにすればいいだけだから、不器用さんでも大丈夫!
「リュールさん達はしないのですか?」
「いや、私達はまだ予定だしな」
 ユウに問われ、それに今更初めてのなんちゃらでもないだろうと、リュールは苦笑する。
 それよりも、スイーツだ。
「そうですね、今日は無礼講です。存分に召し上がってください」
 らぶらぶ再婚大作戦はこれにて終了、今は寧ろスイーツ三昧の邪魔になる。
 祝いの席なのだから、好きなだけ満喫するといい――そう言って微笑むユウには、娘を無事に嫁がせた母の風格があった。
「お父さんにはこっちに美味い酒がありやすぜ!」
 手を振る紫苑に誘われて、ダルドフはいそいそとそちらのテーブルへ。
 酒と聞いて、藤忠も嬉々として腰を浮かせる。
 花嫁の父気分絶賛継続中の彼は、娘の晴れ姿に号泣するダルドフにシンパシーを感じたようだ。
 未来の息子として同席していた門木も書き込んでクダを巻く。
「あいつなら、俺も安心して任せられるんだがな……ああ、ほら……最近入居した、あの天使だ」
「あの無愛想な奴か」
「あれは照れているだけだな」
 思いがけずこちらの世界に住むことになって、戸惑っている部分もあるのだろう。
「そのうち慣れれば天然ぶりを発揮して取っつきやすくなるだろうから、長い目で見てやってほしい――ん? 俺か?」
 藤忠の頬が朱に染まったのは酒のせい、ということにしておこう。
「そうだな……いつかそうなれば良いんだが」
 そこに差し出される、紅白の水引が掛けられた小さな箱。
「仙也か、何だ?」
「藤姫にプレゼントです。恋人が出来たと聞いたので紅白饅頭を」
「そうか、ありがとう……ん?」
 その呼び方は引っかかるが祝いの席とてスルーして、藤忠は箱を開ける。
「仙也、これは……両方とも紅なんだが」
「ええ、そうです。女(装)と女性だから白いらないのでは?」
 しれっと答える仙也。
「それにまだ終わっちゃ困るでしょうに」
「どういう意味だ?」
「それは自分で調べてください」
 紅白饅頭の由来は源平合戦にあるらしい。
 そこでは滅亡した平氏が赤とされていたらしいから、縁起を担ぐならむしろ白白饅頭のほうが適しているのかもしれない。
 ただ、もうひとつ――赤ちゃんとして生まれて白い死装束を着て逝くから紅白、という話もあるらしい。
 それを考えると紅オンリーのほうが縁起が良い。
 ほら、赤飯だって赤だし?

 パーティを楽しむ間にも、巨大スクリーンではミハイルと沙羅の軌跡を辿るスライドショーが流れ続けている。
「にこにこ笑顔がいっぱいかけたの!」
 キョウカはあちこちのテーブルを回り、談笑の様子やスライドを見つめる皆の姿を描いていた。
 出来上がった絵はもちろん、モデルになってくれた人達にプレゼント。
 にこにこ笑顔を切り取って、幸せな空気も切り抜いて。
 合間に甘いお菓子を食べながら、せっせと手を動かして。
「しあわせのまほう、みんなにおすそわけ、だよ!」

 やがてミハイルと沙羅の長い物語もゴールに辿り着き、これで幕かと思いきや――
「……俺?」
 次に映し出されたのは、バスの中で居眠りをしているヨルの姿。
 ここからはヨルと黒龍の歩みを振り返るミニコーナーだ。
「カドキが言ってたお返しって、これかな」
「多分そやろね。ボクも知らん写真、けっこうあるな」
 学園に来たばかりの頃から毎年の修学旅行、沖縄の某リゾート、風雲荘に移った日、クリスマスの夜、そして最近のものまで。
 写真を撮った記憶がないものが混ざっているのは、あるはずのない素材を探すことにかけては定評のある藤忠氏の尽力によるものだろう。

 続いてはアレンとテリオスの記録――もちろん、本人の希望により女装(?)部分は省いてあるが、その代わりにアレンの女装(ではないと本人は主張)がこれでもかというほどに流される。
 事情を知らない人が見たら混乱することは間違いないだろう。
 その後も短いながらも他カップルの映像が続き、紫苑の姿が映し出された時にはお父さんが再び泣きながら吠え――
「これで本当に幕だと思っただろう?」
 ニヤリ、ミハイルが不敵な笑みを見せる。
 直後、スクリーンには門木とカノンの軌跡が映し出された。
「どうだ驚いたか、サプライズを仕掛けたのは章治だけじゃないんだぜ」
 うれしはずかし、恥ずかしすぎる。
 ちょっと穴掘って埋まってもいいですか。

「本番でもっと増やせるように、ファウさんにはいっぱい撮っていただきやしょうね」
「もちろんだ、任せておけ」
 揺籠に言われるまでもなく、ファウストは既に撮りまくっている。
 そのシャッターチャンスを捉える三白眼はなかなかのもので、音声ガイドだけでなくカメラマンでも食べていけそうだ。
「おとーさんも一緒に写真どうです? 奥方もドレスなんでしょう、ほらほらほら」
 揺籠はダルドフも誘うが、やっぱり目が合いにくいのは気のせいではないはず……いつか全部の目で真っ正面からガンを飛ばsじゃなかった、見つめることが出来るようになるといいな!

 スライドショーで盛り上がる周囲を横目に、チルルはひたすら戦っていた。
 何を相手にって、美味しい食べ物に決まってるじゃないですか。
「出されたものは全部いただくのが礼儀よね!」
 いや、お持ち帰りも出来るんですがその選択肢はありませんか、そうですね。
 ケーキ美味しいしね。仕方ないね。

 その傍らで、あけびもまた色気より食い気スキルを遺憾なく発揮していた。
 が、ふと顔を上げると見覚えのある姿が目に飛び込んで来る。
 どうやら今来たばかりらしい二人のもとに、あけびは藤忠を誘って挨拶に行った。
「こんにちは、巴さん達もいらしてたんですね!」
「ええ、今からでもお邪魔させてもらおうと思って」
「堅苦しいのは苦手だからな、ってことでちょっくら邪魔させてもらうぜ」
 葛城 巴(jc1251)が微笑みながら軽く会釈をし、向坂 玲治(ja6214)がいつもと変わらぬ様子で笑う。
 本人の言う通り、玲治はせっかくの正装だというのにタイを緩めて若干着崩していた。
 それに対して巴はシックなドレスを一分の隙もなく着こなしている。
「さすが似合ってるな、綺麗だ」
「戦う貴方は綺麗だけれど、今日の貴方も素敵です」
 玲治の言葉に巴はほんのり頬を染める。
「さて、ちょいとミハイルをからかって来るかな」
 その言葉通り、玲治は祝いの言葉をかけつつも、ミハイルのグラスに天魔や撃退士さえも酔わせるという幻の酒を注ぐ。
「さあ飲め、そして爆発するがいい」
「おい、新婚早々嫁の前で酔っ払って醜態をさらせと!?」
「いいじゃねえか、そういう部分も見せ合ってこその夫婦ってもんだぜ?」
 なお、その酒で本当に酔っ払うかどうか、そこは定かではない。


●永遠の一瞬を

 飲んで騒いで夜も更けて。
 二次会から三次会、四次会にでも雪崩れ込みそうな会場を抜け出して、玲治と巴は一足先に帰途に就いていた。
「お二人とも幸せそうでしたね」
「ああ」
「あのお二人なら、きっと素敵な家庭を築けるでしょう」
 二人の姿が羨ましく微笑ましく、巴には眩しくて痛い程に。
 幸せのお裾分けをもらったはずなのに心が痛むのは、それが誰の妻にもなれない自分にとって、辿り着けない愛の形だから、だろうか。
 心の痛みが身体にも伝わって……いや、違う。
「あ……」
 巴はふと立ち止まり、ヒールの踵を気にする。
 慣れない靴で靴擦れを起こしたようだ。
「ごめんなさい、少し待って……」
「なんだ、靴擦れか?」
 ヒールを唱えようとした巴を軽々と抱きかかえ、玲治はその唇を唇で塞ぐ。
 そのまま人気のない公園までゆっくりと歩き、ほんのり灯る明かりの下でベンチにそっと降ろした。
 肩を抱いて隣に座り、玲治は暫く黙って夜空を見上げる。
 やがて、意を決したように口を開いた。
「いつか、こういう風な式を挙げてみたいな」
 何を言い出すのかと自分を見つめる巴の唇を人差し指で制し、玲治は続けた。
 答えはわかっている。
 ただ、この気持ちだけは伝えたくて。
「俺と……同じ苗字になってくれないか?」
 正面から合わせた巴の瞳が波打つように揺らいだ。
「……指輪は以前、お返ししましたよね?」
 返答に困り、迷いながら、巴はやっとそれだけを口にする。
 イエスと答えられない理由を、彼は――彼だけが知っている。
 それでも贈られたその言葉に、巴の胸は痛んだ。
 半分は喜びで、もう半分は――
「私なんかに入れ込んで、馬鹿なひと……」
 玲治の首にしがみつき、嗚咽を漏らす。
「救いようもなく馬鹿で憐れな、私の いとしいひと……」
 その震える身体を、玲治はただ抱きしめていた。
 いつまでも、夜の暗さが朝日に解けるまで――


●きみのとなり

 夜の教会、月明かりに照らされた屋根の上で。
「……で、どやった? 結婚式の感想は」
 問いかけた黒龍に、ヨルは星空を見上げながらこくりと頷く。
「うん、式では皆が笑顔だった。皆が幸せそうで……」
 それは、いつか夢に描いた理想。
 夢だと思ったものが、殆どそのままの形でそこにあった。
「だから結婚は良い事なんだろうな、と思う……多分」
 自分に当てはめた場合、まだ何となくモヤモヤと掴み所がない感じではあるけれど。
「ヨル」
「……うん?」
 黒龍が自分を呼び捨てにする時は、何か特別な意味がある。
 それを知るヨルは、まっすぐに黒龍を見つめ返した。
「ヨルは俺の輝かしい暁、柔らかな月光、そして俺の人に欠かせない運命の人です。ずっと俺と居てくれますか?」
 暫しの沈黙が降りる。
 答えが出るまで、黒龍は辛抱強く待っていた。
「前じゃなく、後ろでもなく、隣にいてくれるなら……それなら、いい」
 庇護ではなく、影でもなく、対等な存在として、隣に。
「そっか」
 安堵の息を漏らした黒龍は、月明かりの下でヨルの顔をじっと見つめる、
 そのまま、どちらからともなくそっと唇を重ねた。
「今のボクの気持ちが未来の君に届いた時、きっと素敵な夜(ヨル)になるよ」
 その日が今日の様に綺麗でありますように――


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:30人

伝説の撃退士・
雪室 チルル(ja0220)

大学部1年4組 女 ルインズブレイド
あんまんマイスター・
七種 戒(ja1267)

大学部3年1組 女 インフィルトレイター
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
アルカナの乙女・
クリス・クリス(ja2083)

中等部1年1組 女 ダアト
前を向いて、未来へ・
Rehni Nam(ja5283)

卒業 女 アストラルヴァンガード
崩れずの光翼・
向坂 玲治(ja6214)

卒業 男 ディバインナイト
しあわせの立役者・
伊藤 辺木(ja9371)

高等部2年1組 男 インフィルトレイター
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
大祭神乳神様・
月乃宮 恋音(jb1221)

大学部2年2組 女 ダアト
ラブコメ仮面・
袋井 雅人(jb1469)

大学部4年2組 男 ナイトウォーカー
夜明けのその先へ・
七ツ狩 ヨル(jb2630)

大学部1年4組 男 ナイトウォーカー
precious memory・
ギィ・ダインスレイフ(jb2636)

大学部5年1組 男 阿修羅
天蛇の片翼・
カノン・エルナシア(jb2648)

大学部6年5組 女 ディバインナイト
伝説のシリアスブレイカー・
マクセル・オールウェル(jb2672)

卒業 男 ディバインナイト
Stand by You・
アレン・P・マルドゥーク(jb3190)

大学部6年5組 男 バハムートテイマー
By Your Side・
蛇蝎神 黒龍(jb3200)

大学部6年4組 男 ナイトウォーカー
きのこ憑き・
橘 樹(jb3833)

卒業 男 陰陽師
新たなる風、巻き起こす翼・
緋打石(jb5225)

卒業 女 鬼道忍軍
優しき強さを抱く・
ユウ(jb5639)

大学部5年7組 女 阿修羅
陽だまりの君・
陽向 木綿子(jb7926)

大学部1年6組 女 アストラルヴァンガード
娘の親友・
キョウカ(jb8351)

小等部5年1組 女 アカシックレコーダー:タイプA
鳥目百瞳の妖・
百目鬼 揺籠(jb8361)

卒業 男 阿修羅
七花夜の鬼妖・
秋野=桜蓮・紫苑(jb8416)

小等部5年1組 女 ナイトウォーカー
青イ鳥は桜ノ隠と倖を視る・
御子神 藍(jb8679)

大学部3年6組 女 インフィルトレイター
Half of Rose・
浅茅 いばら(jb8764)

高等部3年1組 男 阿修羅
託されし時の守護者・
ファウスト(jb8866)

大学部5年4組 男 ダアト
撃退士・
茅野 未来(jc0692)

小等部6年1組 女 阿修羅
永遠の一瞬・
向坂 巴(jc1251)

卒業 女 アストラルヴァンガード
童の一種・
逢見仙也(jc1616)

卒業 男 ディバインナイト
明ける陽の花・
不知火あけび(jc1857)

大学部1年1組 女 鬼道忍軍
Eternal Wing・
サラ・マリヤ・エッカート(jc1995)

大学部3年7組 女 アストラルヴァンガード
藤ノ朧は桃ノ月と明を誓ふ・
不知火藤忠(jc2194)

大学部3年3組 男 陰陽師