●母の日、波乱の幕開け
ショッピングモールの一角、母の日のプレゼントを特集したコーナーは、まるでバーゲン会場のようにごった返していた。
赤とピンクで溢れる売り場を遠目に見ながら、門木――ナーシュはそっと溜息を吐いた。
「……あそこに割り込んでいくのは、ちょっと厳しいかな……」
「そうですね……同じ数なら敵の軍勢の方がいくらか楽な気がします」
あれが敵なら遠慮なく蹴散らせるのにと物騒なことを呟きながら、横に並んだカノン・エルナシア(
jb2648)も同じように溜息を吐く。
プレゼントはどうしようかと悩んでいるうちに、母の日は目前に迫っていた。
そんな風にぎりぎりまで悩む者は多いらしく、この時期の売り場はまるで戦場のような有様になる。
「残り物には福があるって言うけど、福さえ残りそうもないな」
「ええ、何か他のものを考えましょうか」
売り場を離れ、二人はモールの中をのんびりと歩き始めた。
人は歳を重ねると、角が取れて丸くなると言う。
しかし中にはその流れに逆行し、ますます角を尖らせる者も少なくない。
それは天使でも同じことであるらしかった。
「「……ごめんなさい……」」
リュールに眼光鋭く見下ろされ、雁首揃えて小さくなった二人は蚊の鳴くような声が見事にハモる。
「まったく……カノン、お前まで一緒になって忘れていたとはな。仲が良いのは結構だが、そんなところまで歩調を合わせなくても良かろう」
正直なところ息子には期待していなかったが、今年はしっかり者の嫁がいるから安心だと思っていたのに。
そう言われれば、カノンとしてはもうひたすら恐縮するしかなかった。
今年からは自分にとっても「母」だというのに、初回から何という失態。
「大丈夫、母上も本気で怒ってるわけじゃないから」
「だと良いのですが……」
それでも心配そうなカノンに、ナーシュは小さく笑って見せた。
「うん、あれは多分……楽しんでる」
他愛もないことで怒ってみたり、拗ねてみたり、小言を並べてみたり――そんなやりとりが楽しくて仕方がないのだろう。
しかし調子に乗ってやりすぎると鬼姑と呼ばれ、嫁どころか息子にまで嫌われることになりかねないこともわかっているはずだ。
だから「プレゼントには期待しているぞ?」というプレッシャーをかけて二人を放免したのだろう。
「期待に応えられるようなプレゼント、ですか」
店先に並ぶ品々を眺めながら、カノンは眉間に皺を寄せた。
「甘い物はパーティーでたっぷり出そうですし、装飾品というのも中途半端なものだとリュールさんの見た目に負けそうですし……難しいですね」
アクセサリが負けるって、どんだけゴージャスなの。
「奇をてらわずにカーネーションの花束とかの方が『直球過ぎてサプライズ』になるかもしれませんね」
「じゃあ先に花屋に寄るか」
しかし、それだけでは足りないと文句を言われそうだ。
「他に何かないかな……いや、まあ、確実に喜びそうなものは心当たりあるんだけど」
何だろうと首を傾げるカノンに、ナーシュはそっと耳打ちする。
たちまちその頬が朱に染まった。
「それは……その、何というか……授かりもの、ですから……っ」
「うん、わかってる」
長命な種族ゆえ、その確率は人間よりもかなり低いのだろう。
そこは気長に待ってもらうしかない。
「ひとまず、何か他にないかな」
「……カーネーションをデザインしたインテリアとか……いつまでも置いておけますしね」
「そうか、部屋を洋風に改造するって言ってたし、丁度良いかもしれない」
ついでに自分達に必要な家具も見て来ようと、ナーシュはカノンの手を引いた。
そう、風雲荘では現在、第二次改装計画が持ち上がっている。
改装には腕の良い職人と潤沢な資金が不可欠――ということで。
ミハイル・エッカート(
jb0544)は馴染みの工務店に顔を出していた。
住人が増えたことだし、風雲荘は義娘や婚約者も使うのだから少しでも快適にしたい。風呂とトイレは増やさないと……
「って、まだ貼ってあったのか、このポスター!?」
店に入ってすぐ、商談用の応接セットがある脇の壁に、少々色褪せてはいるが見覚えのある(そして我ながら形が良いと自画自賛したくなる)尻が、どーんと。
「いやーこのポスターね、未だに欲しいと仰るお客さんが多いんですよ、ええ」
奥から現れた店主が、揉み手せんばかりの勢いで迫って来た。
「それで今回はどういったご用件で?」
問われて、ミハイルはアパートの改装計画を話す。
「詳細はこれから詰める予定だが、とりあえず決まってる部分だけでも見積もりをもらえないかと思ってな。それに……」
「ええ、ええ、お勉強させていただきますとも!」
値引きを頼もうと思ったら、店主に先回りされた。
さすが馴染みの店は話が早い。
「その代わりと申し上げては何ですが……」
「わかってる、またモデルになれと言うなら一肌脱いでも構わん」
ただし、以前とは状況が違う。
若気の至りで突っ走っていたあの頃と、同じノリで引き受けるわけにはいかないのだ。
「今の俺には婚約者がいる。その意味が、わかるな?」
無駄にハードボイルドに、ミハイルはずらしたサングラスの下から眼光鋭く店主を見る。
しかし、店主は怯むどころか目を輝かせてミハイルの両手を握った。
「それです!」
「どれだ」
「その超ハードボイルドから、一転してのファミリー路線ですよ!」
これまでのCMやポスターで、一定の嗜好を持つ層の熱烈な支持は獲得した。
しかし彼等の需要は既に満たされてしまったのだ。
「確かに、新築やリフォームなど普通はそう何度も必要になるものではないだろうからな」
「そうなのです、仰る通りなのです」
だから、ここは新たな客層を開拓したいところ。
「いかがでしょうね、こう……捕まったら懲役三百年は確定くらいのコワモテハードボイルドが一転マイホームパパに、とか!」
きっと多分おそらく幅広い層にアピールすること間違いないに決まってるような気がするかもしれない!
「よくわからんが、婚約者に顔向け出来なくなるようなシロモノではないんだな?」
「ええ、それはもちろんですとも!」
「なら構わん、好きに使ってくれ」
「承知いたしました。では詳細は後日、広告代理店と相談した上でご連絡さしあげますので……!」
どんな内容になるのかわからないが、恐らくは名作アニメのような心温まるストーリーが展開されるのだろう。
「おう、ハードボイルドと子猫なら素で行けるぜ」
これで費用はかなり抑えられるはずだ。
久しぶりに風雲荘を訪れたユウ(
jb5639)は、最初しょんぼりと力なく肩を落としていた。
故あって学園を離れている間に、リュールの誕生日が過ぎてしまった。
無事に帰って来られたけれど、間に合わなかったことが一生の不覚レベルの重さで背中にのしかかって来る。
けれど、過ぎたことは仕方がない。
気分を入れ替えて、今日は盛大に祝うと意気込んだところに――
「おお、ユウか。久しぶりだな、元気にしていt……」
「リュールさん……っ!!」
出現と同時にダッシュあんど全力ハグ。
めきめき、みしみし。そんな音が聞こえた気がする。
こんな時にもしっかり仕事をするカオスレートさん、ちょっと働きすぎではないだろうか。
ユウは慌てて腕に込めていた力を緩めると、リュールの身体から抜けかかった何かを引き戻した。
「す、すみません力を入れ過ぎてしまいました」
「いや、大丈夫……大丈夫、だ……」
笑顔が引き攣ってるし足下フラついてるけど問題ないよ!
「お詫びというわけではありませんが、今日はリュールさんの好物を作りますね。何が良いですか? 何でもリクエストしてくださいね」
「うむ、それはありがたいが……」
好物と言われればスイーツしか思い浮かばないスイーツ脳。
しかしユウの手料理も捨てがたい。
「何でもいい、というのは困るのだろう?」
「そうですね……では、一緒に買い物に行きませんか? 何か食べてみたい食材があれば、それに合わせて作りますから」
連れだっての買い物は楽しいものだし、その楽しい時間をプレゼントにしても喜ばれるだろう。
「なるほど、それは良い」
さすがのズボラもそれを察したのか、素直に出かける準備を始める。
さて、どこへ行こうか。
馴染みの商店街ならいつもの食材が安く手に入るし、ショッピングモールなら珍しいものが揃っているだろうし――せっかくだから、両方回ってみようか。
アレン・フィオス・マルドゥーク(
jb3190)は、テリオス――フィリアを誘って商店街に来ていた。
「母の日とリュールさんのお誕生日ですねー、プレゼントを用意しましょうフィリアさん」
「……私には、別に関係ないが……まあ、お前が祝いたいと言うなら付き合ってやってもいい」
相変わらずのツンデレっぷりだが、そんな反応も予測済み。
確かにリュールは兄である門木の養母であって、フィリアとは縁もゆかりもない赤の他人だ。
フィリアが自分から関わるようなこともなかったし、リュールのほうも積極的に動くタイプではないために殆ど話をしたこともない。
けれど、それならこれをきっかけに今から仲良くなればいいのだ。
「リュールさんには何が良いでしょうねー、甘いものお好きですしスイーツは外せないでしょうかー」
ふと、沿道のショーケースに並べられたカラフルなクッキーに目が留まる。
「あれなどはどうでしょうー、とても綺麗なのですー」
丸い箱に詰められたアイシングクッキーは、それぞれが色とりどりの花をモチーフに作られているが、全体としても大きな花に見えるようにデザインされていた。
値札の脇に添えてある「ギフト好適品・人気ナンバーワン」という言葉を信じるなら、喜ばれることは間違いなさそうだ。
「フィリアさんはどうしますー?」
「私は……」
ピンクのクリームをカーネーションのように飾った可愛らしいケーキが目に入るが、カーネーションが母の日の贈り物であることくらいはフィリアも知っている。
自分がそれを贈るべき相手は、もういない。
「お前に便乗させてもらってもいいだろうか」
「構いませんよー、ではこれは二人からの誕生日プレゼントということでー」
フィリアが目を向けたものに気付いていながら、アレンは敢えてそう答えた。
「後でお花屋さんにも寄って行きましょう、遠いところにいるお母さんには白い花を贈るそうですよ」
その言葉に、フィリアは素直に頷く。
「その前にパーティー用のお総菜もみつくろっていきましょうかー」
忘れちゃいけないカッパ巻きも。
「ああ、それに……赤信号皆で渡れば怖くないとかいう言葉がありまして」
「赤は止まれだろう、何故それを渡ろうとする」
「いえ、これはものの喩えというものでー」
つまり、こういうことだ。
「私も一緒に女装しますから、フィリアさんも女装で女子会体験をぜひー」
大丈夫、衣装は貸す。
体格も殆ど変わらないし、デザイン豊富によりどりみどり。
「……そういうの、似合わないし」
「そんなことないのですよー、今はただ見慣れないからそう感じるかもしれませんがー」
人はどうしても、見慣れたものに安心感を抱くもの。
けれど最初は見慣れないものも、何度も見ていれば見慣れたものに変わってくる。
つまり、似合うようになるということで。
「そうだろうか……」
「私のこの格好も、もう見慣れたでしょう?」
今日のアレンは……いや、このところいつも普通に男の格好だ。
「言われてみれば、そうだな」
なんだか上手く言いくるめられた気もするが、悪い気はしなかった。
「そうそう、風雲荘改築するなら私は衣装部屋ほしいかもですー」
衣装に限らず、これまでに集めた綺麗なものは数多い。
それらを飾って、見て楽しめるような収納場所があれば服や雑貨達も喜んでくれるだろう。
「フィリアさんも好みな感じのお部屋作って貰うとよいのですー」
「そう言われてもな……」
確かに山奥のゲートからここまで通うのは手間だし時間もかかる。
向こうを完全に引き払うわけにはいかないけれど、こちらにも落ち着ける場所があっても良いだろう――とは思うものの。
「どんな部屋がいいのか、よくわからない」
「ふむー、では住宅展示場に行ってみましょうー」
いずれ新居を普請する時の参考にもなる、かもしれないし?
●千客万来
外に出ていた彼等が戻る頃、風雲荘にはパーティの噂を聞きつけた者達が続々と集まり始めていた。
「母の日兼誕生日、のパーティですか。派手に盛り上げないとですね!」
Rehni Nam(
ja5283)は菜園を借りている関係で、風雲荘にはよく顔を出している。
それに加えて最近はお猫様と遊ぶという目的も増えたため、ますます足繁く通い詰めるようになっていた。
その時に聞いた、パーティの計画。
ここは一肌脱がねばと、レフニーはさっそく畑に出て行った。
殆ど通年で栽培しているベビーリーフや、柔らかな春キャベツ、アスパラガスに、グリーンピースなどの豆類。
新じゃがもそろそろ収穫の季節だ。
ハウスではトマトも育っているし、それを使って野菜炒めやサラダを作ろうか。
収穫物を抱えてキッチンに入ると、緋打石(
jb5225)がひょっこりと顔を出した。
「何やら楽しげなことが始まるようじゃなー」
どん、作業台に山と積まれるピーマン。
「レフニー殿、土産じゃ。好きに使うが良いぞ」
何故にピーマンなのかと問われても、なんか楽しいことになりそうだったから、としか。
酒も持って来たが、こちらは自分用だ。
「まあ、飲みたい者がおれば分けてやらんこともないが」
そう言い残し、緋打石はリビングに消える。
残されたレフニーはさっそく料理に取りかかった。
「まずはこのピーマンですね」
売り場にあるものを全て買い占めたのではないかと思われるほどの、大量。
「青椒肉絲に、ピーマンの肉詰め、あとは無限ピーマンくらいですか……ピーマンが主役になる料理って、意外に少ないですねえ」
なお無限ピーマンとは「美味すぎて無限に食べられる」という噂の、レンチンするだけの簡単ピーマン料理である。
残ったピーマンはピザのトッピングにでも使えば良いだろうか。
「唐揚げやフライドポテトなんかも定番ですね」
折角だからいろいろディップも用意したいところ。
ケチャップにハーブマヨ、ガーリックチーズ、カレーにヨーグルト味噌なんかも良いだろうか。
お菓子は皆が用意するらしいけれど、クッキー程度なら多くあっても困らないし、持ち帰ることも出来る。
「他に何かリクエストはありませんかー?」
今日はずっと料理係してるので、遠慮なくどうぞー。
「ダルドフさん、とうとうですか!」
「ダルドフさんがついにリュールさんと同居と聞いて〜」
一人息子、望の手を引いて来た星杜 藤花(
ja0292)と星杜 焔(
ja5378)は、リビングにその姿を見付けて嬉しそうに口を揃えた。
でもちょっと待って、その情報びみょーに間違ってませんか。
「違うのですか? ダルドフさんのお部屋を作ると伺ったので、てっきり……」
時にはこっそり、時には堂々と、二人を再びくっつけようと世話を焼いていた周囲の努力が実ったのかと喜んでいたのに。
「いや、まあ、同じ屋根の下という意味では同居ということになるだろうがのぅ」
二人がけのソファを一人で占領したダルドフは、膝によじ登ってきた望を肩に乗せたり腕にぶら下げたりして遊んでやりながら照れた様子で頭を掻く。
子供にとって、ダルドフの巨体はどっしりとした大岩のモンスターのように思えるらしく、望はすっかり勇者気分でその身体に取り付いていた。
それを少々荒っぽくあしらいつつ、ダルドフは続ける。
「今すぐという話でもないし、実現するかどうかもまだわからんしのぅ」
彼が東北を離れても問題がないほどに世界が平和になる、それが大前提だった。
しかし藤花は微笑みながら首を振る。
「大丈夫ですよ、きっと実現します。とても良いお話だと思いますし、お部屋を作るの、大賛成です!」
「ふむ、そうかのぅ」
屈託のない笑顔でそう言われると、心配することは何もないという気になってくる。
「お話を聞いてから、焔さんと二人で少し考えていたんですよ」
藤花はテーブルに紙を広げると、頭の中にあった部屋のデザインをそこに写し始めた。
「ダルドフさんのお部屋、折角なら和風にしたくないですか〜?」
「以前に伺ったお家も立派な武家屋敷でしたし……シックに砂壁、障子戸に押し入れや床の間のあるような感じで……」
「ほう、上手いものだのぅ」
墨を含ませた筆の先から流れ出る線を目で追いながら、ダルドフは感心したように顎髭を捻る。
「ええ、母から水墨画の手ほどきも受けていますので、多少は……」
それに、書のほうでは既に各方面から一目置かれる存在だった。
「もし良ければ、掛け軸にはわたしがなにか書かせていただこうかと……何かご希望の図柄はありますか?」
藤花に訊かれ、ダルドフは顎髭を捻りつつ暫し考える。
「何でも構わぬのかのぅ?」
「ええ、ダルドフさんのお好きなもので」
「好きなものと言えば、猫と酒かのぅ」
「では、それで」
頷いて、藤花はデザインを考え始める。
その間に、焔はダルドフを誘ってキッチンへ。
「一緒にリュールさんへ甘味のプレゼント作りませんか〜」
「う、うむ……それは喜びそうだが……某はもっぱら飲み食いするほうが専門でのぅ」
「大丈夫〜簡単なレシピ教えますよ〜」
お団子なら捏ねて丸めて茹でるだけだし、クッキーの型を抜くだけでも立派な料理。
え、作ってる間に匂いでクラクラしそう?
そこは根性で耐えてもらうしか……いえいえ、冗談です。
「和菓子の方が甘い匂いは全体的に控えめでしょうか〜」
今月はこどもの日もあったし、柏餅なども良いかもしれない。
「お子さんに作ってあげたら喜ばれますよ〜」
がんばれ、おとーさん。
「そうそう、改築作業は俺も手伝いますね〜」
危なっかしい手つきで作業を進めるダルドフを見守りながら、ふと思い付いたように焔が言った。
「む? ぬしは大工仕事も出来るのか……多才だのぅ」
「才というほどではありませんが〜、大工の日雇いはもう長年お金ほしくてよくやってるので〜」
焔は細く見えるが実は脱いだらスゴイ系の肉体派、この筋肉は料理と大工でついたといって過言ではないと力瘤を作って見せた。
ここの住人であるアレンにはいつも息子が世話になっていることだし、ここで一肌脱がねばどこで脱ぐということで。
「……こんにちは……お邪魔しますぅ……」
月乃宮 恋音(
jb1221)は持ちきれないほどの手土産を抱えて、風雲荘のドアを開け――いや、開けるまでもなく開けっ放しだった玄関をくぐる。
その後ろには、恋音が持ちきれなかった分の荷物を抱えた……、えぇと、その……
「はい! 私が来ましたよ! ラーブコメかめーんっ!!」
頭にパンツを被った変t……いや、ラブコメ仮面、袋井 雅人(
jb1469)である。
その登場に、リビングで寛いでいた者達は思わずじっと見入ってしまう。
「あぁっ、この突き刺さる視線がたまりません!! ゾクゾクしますよっ!!」
とは言え、その視線に忌避や嫌悪の色はない。
あるのは「なんか変なのキター」という好奇の色のみ。
ここに集まる者達はそれぞれに個性の強い者ばかりであるせいか、ラブコメ仮面もそんな個性のひとつだと許容するだけの素地が出来上がっているようだ。
「ねえ、それ……ぱんつ? どうしておかおにかぶってるの?」
アパートの中をひとりで探検していた望が、ラブコメ仮面をじっと見上げている。
そんな状況になっても、藤花は「見ちゃいけません」とは言わなかった。
ただ、パンツの正しい使用法に関しては、改めてきちんと言い聞かせておく必要があるだろう。
「これはね、愛と正義と平和の象徴なんですよ。ラブコメは世界を救う!」
そんな、どう見てもただの変態であるラブコメ仮面の姿を写し、幼い瞳はキラキラと輝いていた。
堂々と開き直ったものは、何であろうと無闇にカッコ良く見えるものだ。
「きみも一緒にどうですか? はい、ラーブコメかめーんっ!!」
「らーぶこめ、かめーんっ!!」
何だかよくわからないポーズを真似してみる望。
大抵の場合、こうなる前に「子供が真似するでしょ!」というクレームが入るものだが、子供は真似をしながら育つもの。
意味もわからず影響を受けて、真似をして、けれど服に好みがあるように、自分には合わないと思えば脱ぎ捨てるだろう。
まかり間違って似合うと思ってしまった時は……それも運命と諦めるしかないのかもしれないけれど。
「たのもーぅ!」
ユリア・スズノミヤ(
ja9826)が玄関先で大声を張り上げる。
「ぱーちぃがあると聞いて参上つかまつったで候! いざ尋常に勝負ー!」
「何の勝負だ……」
道場破りでもするつもりかと、背後に控えた飛鷹 蓮(
jb3429)が苦笑い。
「んみゅ? だってスイーツ食べ放題って聞いたよ? 食べ放題と言えば、提供する側のキャパを越えた食欲で応じるのがマナーだって誰かが言ってた☆」
「誰だ、ユリアにそんなトンデモ知識を植え付けたのは」
それに食べ放題はこの前の海賊船イベントの話で――
「だいじょーぶだよ、お菓子いっぱい作るから!」
呼びかけに応えて顔を出したリコが二人を招き入れる。
「ああ、どうも……初めまして、か」
「うん、初めましてだね! リコはリコだよ、よろしくっ♪」
「我が名はユリアであーる、よろしくねん☆」
しかしこのユリアさん、そのすっきりと引き締まったスタイルからは想像も出来ないほどの大食漢である。
「本当に大丈夫なのか、安易に食べ放題などと言えば本当に遠慮なく食べ尽くすが」
「うん、やる時は思いっきりどーんってやるのが、このアパートの伝統なの。だから遠慮しなくていいよ♪」
リコに案内されて、二人はリビングのテーブルへ。
そこには既に、様々な種類のお菓子が山盛りになっていた。
まずは恋音が用意した甘くなくて酒のアテにも良い、チーズと粗挽きペッパーのサブレ。
チョコレートテリーヌは半生で濃厚な味わいに。
「……わらび餅はさっぱり系ですねぇ……お土産にも良いと思いますぅ……」
それに酒類以外のソフトドリンクも各種揃えて、特に牛乳は欠かすべからざる必須アイテム。
「お酒は私が持参しましたよ! おつまみも各種用意しましたので、飲める方はどうぞご遠慮なく!」
ラブコメ仮面の酒を飲んだらラブコメ推進部に強制加入、なんてことはありませんからね!
良識ある変態、それがラブコメ仮面なのです。
一見するとホールのレアチーズケーキのように見えるものは、焔が作ったポルトガル風の固いプリンだ。
「切り分けてどうぞー」
「なんだと、プリンが切れるのか!?」
プリンスキーのミハイルとしては、是非とも食べてみなければ。
そこにダルドフ苦心の作、三色団子がそっと差し出される。
団子と呼ぶには大きすぎるほとんど饅頭サイズの塊だが、味は上々だと焔先生にも褒められた。
「先生が良かったのよのぅ」
他には皆で持ち寄った、スイーツショップが開けそうなほど多種多様なスイーツ類。
藤花が持参したのは、白いういろうの上に小豆が乗った三角形の和菓子だった。
「これは水無月といって、京都に伝わる有名な和菓子なんですよ」
早くも手を出したくてウズウズしている息子と、同レベルで待ちきれない様子のリュールに、藤花はその由来を説明する。
「京都では6月30日にこれをいただく習慣があるのです。今はまだ早いですけれど……」
かつては夏が来る前に氷を口にすると夏バテの予防になると言われていたとか。
けれど冷蔵庫もなかった時代には夏場に氷なんて、余程の偉い人でもなければ口に入らない。
そこで、いつしかこの菓子を氷に見立てるようになった……と言われている。
「三角形なのは、氷のかけらを表現しているのだそうですよ」
「ふむ、では上の小豆は?」
「小豆には悪魔払いの意味があるそうですね」
つまり水無月は夏バテ対策と厄除けを兼ねた縁起の良いお菓子、ということになるだろうか。
「縁起、か。お前達は本当に、そうしたものが好きだな」
「ええ、素敵な伝統でしょう?」
ただの迷信と否定して斬り捨てるより、何でも楽しんだほうが人生は豊かになる。
そんな心を息子にも伝えていければいいと、藤花は思う。
それに、他の色々なことも。
(「頭のいい子だから、そろそろ少しずつ説明しないといけないかもですね……」)
食事系は定番の揚げ物に焼き物、スープ系にサラダ、主食は焼きたてのパンにパスタ、ピザ、寿司におにぎり、炊き込みご飯。
見たこともない食材で作られた聞いたこともない料理も並んでいる。
和風、洋風、中華風、エスニックにアラブ風、ジャンル分け不明なオリジナル料理。
これだけ揃えばどんなに好き嫌いが激しくても、必ずひとつは気に入ったものが見付けられるだろう。
賑やかになってきた風雲荘を、門扉の影からそっと伺う者がいた。
「……ど…どう、しよう……入っても…いいのか、な……」
ちらりとアパートを覗いてはまた引っ込むという往復運動を繰り返しているのは、つい最近久遠ヶ原学園に転入して来たばかりという桃源 寿華(
jc2603)だった。
パーティの噂を聞いて、体験学習のつもりでここまで来たのは良いけれど。
学園に来てまだ日の浅い彼女にとっては、どこに行っても知らない人だらけ。
ほぼ唯一の知り合いである黄昏ひりょ(
jb3452)も遊びに来ると言っていたけれど――
(「……黄昏お兄ちゃん、と……一緒に、来れば…よかった、かな……」)
彼と一緒なら安心だし、離れたくない気持ちもある。
けれど自分がくっついていたら邪魔になるかもしれない。
(「……お兄ちゃん、優しいから…そんなこと言わないだろう、けど……」)
それに、これからは一人で依頼に行けるようになりたい。
そのためにはまず、この試練を乗り越えなければ。
(「……だ、だいじょう、ぶ……」)
ここにいるのは学園の生徒や関係者ばかりなんだから、全然知らないわけじゃない――そう自分に言い聞かせ、寿華は門の影からそっと一歩を踏み出した。
ひりょから貰った破霊護符をお守りのようにぎゅっと握り締め、敷石を踏んで一歩一歩。
ようやく玄関前まで辿り着いた寿華は、目を閉じて大きく息を吸い込んだ。
「……こ、こここ、こんに……こん、にち……っ」
声がひっくり返っているのが自分でもわかる。
その耳に、聞き覚えのある声が飛び込んで来た。
「いらっしゃい、桃源さん。よく頑張ったね」
「……ひりょ、お兄ちゃん……!」
目を開けると、柔和な笑みがすぐそこにあった。
「さあ、パーティを楽しもうか」
手を差し延べたひりょは、緊張でガチガチになったお姫様を優しくエスコート。
「思い出作りに協力するっていう約束、守れたね。今日はよろしく」
「……あ、ありがとう…嬉しい、です……一緒に、お出掛け…できました……」
しかし安心したのも束の間、リビングに入った寿華は再び石化。
「……大きい…人、が…一杯…いる…ぅ!」
「大丈夫だよ、大きいけど優しくて楽しい人達ばかりだから」
まあ、確かにダルドフなどは予備知識なしで目の前に現れたら卒倒モノかもしれないけれど。
「でも……そうだね、こっちに座ったほうが良いかな」
ひりょは年齢高めの集団から少し離れたところに席を確保し、椅子を引いてやった。
隣では、ユリアと蓮が何やら話し込んでいる。
「で、何のぱーちぃ?」
「それを今聞くか……母の日だ。誕生日も兼ねているそうだが」
「……母の日?」
ユリアは目の前に並ぶお菓子を次々に平らげながら、ふと故郷の母を思い出す。
「そいえば、母さんに会ってないなぁ……」
「ユリアの母親……どんな人なんだ?」
「んみゅ、今日もはっするふぃーばーしてロシアの雪溶かしてそうな、そんな感じ?」
「ああ、それは……容易に想像出来るな」
その母にしてこの娘あり、と言うか。
「蓮、今なにか失礼な想像しなかったかにゃ?」
「してない」
ふむ、まあ信じておこう。
「……蓮、父の日っていつだっけ?」
「唐突だな。6月の第3日曜日だが……ユリア、覚える気ないだろう」
「そんなことないよーん☆」
「先月も『母の日は何時か』と訊いていたよな、俺に。覚えてるか?」
「どっちを? 訊いたこと、それとも母の日?」
「母の日だな」
「母の日は今日でしょー、だからぱーちぃやってるんだしー」
「そうか、わかった」
来年も同じことを訊かれるパターンだな、これ。
そんなユルい会話を聞きながら、それでも寿華の緊張はなかなかほぐれなかった。
身体を硬くしたまま、目だけを動かして周囲を見やる。
(「大きな人…沢山で…先生もいて、緊張する…! 話しかけられるの…怖いぃ…!」)
それに、このパーティは母の日のお祝いだ。
今更ながら、そんな席に自分がいて良いのだろうかと不安になってくる。
かといって学園に来たばかりの自分がいきなり戦闘依頼なんて無理。
気楽なパーティなら、と思ったけれど……ちっとも気楽じゃなかった。
寿華は誰にも話しかけられないように「今お菓子で口が塞がってるのでお話できません」状態を作り出し、うっかり誰かと目が合ったりしないように下を向く。
そんな様子を見て、ひりょは先日のことを思い出していた。
学園で顔を合わせた時、寿華は「憧れていた学園に来られて、それだけでも嬉しい」と言っていた。
その学園で最初の思い出になるはずの、今日の出来事を溜息の色に染めてはいけない。
(「せっかく学園に来てくれたのだもの、楽しい思い出作ってほしいな」)
幸い、すぐ近くにノリの良い友人もいることだし――
「んー、おいしぃー」
ユリアの前に置かれたお菓子の皿や酒のグラスがあっという間にからっぽになっていく。
しかし、そのペースは普段に比べれば緩やかだった。
気に入ったものを蓮の皿にお裾分けする余裕がある程度には。
「蓮、これも美味しいよ、これもこれも、はい!」
どんどん増えるユリアのオススメをのんびりとつまみながら、蓮はその様子をじっと観察していた。
(「相変わらず幸せそうに食べるな」)
それはどんな調味料よりも料理を美味しくさせる、最高のスパイスだ。
と、それは良いのだが。
「ユリア、口……」
「んみゅ?」
「ここ、付いてる」
蓮は自分の口の端を指差し、ユリアのそこに跡を残したチョコをナプキンで拭い取ろうとする。
「こら、動くな。食事は逃げたりしない」
「ちがーうー、そういう時はこうするものでしょ?」
ぺろり、ユリアは蓮の口元に逆襲、そこに付いていた(と主張する)クリームを舐め取った。
「んふー、ごちそうさまー☆」
「なるほど、そうするのか」
自分は口の周りを汚すような食べ方はしないと心の中で反論しつつ、蓮は身を乗り出す。
そのまま甘い雰囲気に雪崩れ込むかと思いきや……
「あ! 黄昏ちゃん発見!」
180度、方向転換。
「おー、お友達?」
「そうなんだ、つい最近転入したばかりで……」
紹介を受け、それでも相変わらず固まっている寿華に、ユリアは全開の笑顔を向けた。
「初めまして! 私はユリア・スズノミヤだよん」
「……あっ、あの、ええと……っ」
きちんと返さなければと思いつつ、寿華はなかなか言葉が出て来ない。
「だいじょーぶ、ゆっくりでいいよん。素敵な想い出たくさん作ってね☆」
ということで、二人に金平糖が入った小瓶をふぉーゆー。
「お近付きのしるしだよん☆」
「……あ、ありがとう、ございます……」
キラキラ可愛い星屑に、寿華の緊張がふわりと緩む。
ひりょの存在に背中を押され、ちょっと勇気を出してみた。
「……あのっ、こ、これ……」
差し出したのは産地直送ふっくら美味しい笹かまぼこ。
何故に笹かまなのかと言えば、内陸部にある彼女の田舎では新鮮な海の幸は手に入らず、比較的日持ちのする練り製品でさえハレの日にいただくご馳走と位置づけられているから。
もちろん今では何でも好きな時に食べられるが、その伝統はかつての流通網が整っていなかった時代の名残として根付いていた。
「……みな、さんも…よろしかった、ら……どうぞ、です……」
その声に、待ち構えていたように四方八方から手が伸びる。
中にはやたらと太い丸太のような腕もあった。
「うむ、やはり日本酒には和のアテが合うのぅ」
大丈夫、その熊は怖くない。
「お返しにプリンをやろう、買えるものの中では一番のお勧めだ」
そのハードボイルドも実はハーフボイルドだし。
「……ひと工夫して、和風のオードブルにしてみるのも良さそうですねぇ……」
この牛さんも、温和でやさしい乳牛だから。
その隣のパンツかぶった人も、変態なだけで人畜無害だし……多分。
解説が色々と失礼だが、とにかくみんな怖くないよ、ということで。
「ねぇねぇ寿華ちゃん、黄昏ちゃんの武勇伝とか知りたくないかにゃー?」
「……ぶ、武勇、伝……?」
そう聞いて、素直に凛々しく勇ましい活躍を思い浮かべる寿華。
でも多分ちがうそうじゃない。
「待って、ちょっと待ってユリアさん!?」
嫌な予感しかしないんだけど!?
「そうそう、リュールにプレゼントを渡しておかないとな」
宴もたけなわになった頃、ミハイルが冷蔵庫からホールケーキほどの箱を取り出して来た。
工務店の帰りに立ち寄った馴染みの店、そこのプリンは世界で二番目に美味い……もちろん一番は言うまでもなく婚約者のお手製に決まっているが。
使われている卵は放し飼いの鶏が今朝産んだばかりのもの、砂糖は上品な甘さの和三盆、これで美味いプリンが出来ないはずがない。
小さいカップに入ったプリンは皆にも配っていたが、こちらはそのプリンを贅沢に使ったフルーツ山盛りのアラモードだ。
「ありがとう、じっくりと味わって食べるとしよう」
次に、黙って差し出されるクッキーの箱。
「……フィリアさん、ちゃんと言わないとー」
アレンに耳打ちされ、フィリアはひとつ咳払い。
「……た、誕生日……おめでとう。アレンから、だ……私も少しだけ、出資をしたが」
「そうか、ありがとう……アレンもな」
頭を撫でられ「可愛いぞー」などと言われて思わず槍をぶん投げそうになったフィリアを、アレンが慌てて引きずって行く。
ユウからは日頃の感謝を込めてカーネーションの花束が手渡された。
「いつもお世話になっています」
「いや、世話になっているのは私のほうだが……ありがたくいただいておこう」
その様子を見て、何となくほっとした様子の息子夫婦。
言えない、油断してたらカーネーションが売り切れていたなんて言えない。
最初に店の前を通った時には売れ残りを心配するほどカーネーションだらけだったのに、帰りに寄ってみたら全部なくなっていたなんて。
でも、もうひとつのほうは頑張って選んだから、きっと大丈夫。
「お義母さん、お誕生日おめでとうございます」
「それに、いつもありがとう……なのです」
二人が手渡したのは、背丈ほどもある細長い箱。
中身は洋風の部屋に合いそうな、カーネーションをモチーフにしたレトロモダンなフロアスタンドだった。
金属製の花茎が五本、緩く絡み合いながら立ち上がり、高さを変えて咲いた花の奥に小さなランプが仕込まれている。
明かりを入れると、間接照明のように柔らかい光がふわりと広がった。
「ほう……これは美しいな。さすがうちの嫁はセンスが良い」
リュールはカノンがひとりで選んだものと思い込んでいるが、実際殆どその通りだった。
「うん、俺……カノンにこれはどうだろうって言われたもの、何でも素晴らしく見えるから……あれもこれもって、迷ってしまって決められないの、です」
はいはい、ごちそうさま。
なお、その選に漏れたものは自分達の部屋に置くことに決めたらしい。
酒をちびちび飲みながら、その様子をぼんやりと眺めていた緋打石は、ふとあることに気が付いた。
うちの嫁って何だ、どゆこと?
「え? 門木結婚? マジ? おっと口調が」
驚きすぎて思わず素が出ちゃったけど、マジでマジですか。
なに、もうそろそろ一年になる?
「気が付かなかった……!」
そして改めて周囲を見渡せば、カップルの姿がやたらと増えているではないか。
時は無情に緋打石を置き去りにして過ぎて行く……
いやいや、されてない。
されてないけど、なんだか寂しくなってきた。
「よーし、今日は飲むぞー(棒」
酒だー酒もってこーい。
ヤケ酒を始めた緋打石に、リコが心配そうに声をかける。
「ねえ、ちっちゃい子がお酒なんて飲んで大丈夫かな?」
「むぅ、ちっちゃいとは何じゃ!」
こう見えても年齢三桁、この場にいる大抵の者よりは年上だ。
「そうなの? ごめんね、ひーたん可愛いから見たまんまの歳なのかなって思っちゃった☆」
「ひーたん!? 可愛い!?」
緋打石は思わずヤケ酒の手を止めて、目の前でニコニコしているリコをまじまじと見た。
「ふむ、リコと言ったか。面白い娘じゃ……よし、酌を許すぞ遠慮なく注げ!」
「はぁーい♪」
●改造計画
楽しそうにお酌をするリコの姿を眺めて、浅茅 いばら(
jb8764)は目を細める。
自分もいつか、リコのお酌で晩酌を楽しむようになるのかな……なんて。
その時はどんなところに住んでいるだろう。
ここを出て小さな家でも建てているだろうか。
それとも、ずっとここに――いや、そんな先のことよりもまず、目の前の改装計画だ。
(「ぬいぐるみの部屋か……リコらしゅうて、可愛い発想やな」)
リコが自分から何か欲しいとか、何かしたいと言い出すことはそう多くない。
ここは自分が一肌脱がねば男が廃る。
「どんなんがええやろな……」
「よろしかったらどうぞー」
悩み始めたいばらの前に、分厚いカタログの山が差し出された。
「え?」
「皆さん参考になるかなと、あちこちのモデルハウスやシェアハウスの資料あつめてきたのですー」
顔を上げると、綺麗に着飾った見覚えのない女性がにこやかに微笑んでいる。
いや、見覚えは……あるような?
「私ですよー、209号室のアレンですー」
言われてみれば確かにそうだし、以前は大抵こんな格好をしていた気がする。
けれど、近頃はすっかり紳士服が板に付いてきたと思っていたのに、どういう風の吹き回しだろう。
ふと横を見ると、こちらは全く板に付かない可愛らしい格好の……テリオス?
「へえ、誰やと思たら……そない可愛らし格好もするようになったんやね」
すると、このやたらファンシーな部屋が載っているページに貼られた付箋は彼、いや彼女の好みということだろうか。
「……これも」
押し付けるように手渡された家具のカタログにも、可愛いものが詰まったページに付箋が貼られていた。
これは意外にも、リコと話が合うかもしれない。
それはともかく、これはありがたく参考にさせてもらうとして――
リコの髪色に合わせた淡いピンクの壁紙とカーペットは外せない。
「女の子らしい可愛い部屋の方がリコも好きやろし……」
「なになに、いばらんなに見てるの?」
場の空気に酔って絡み始めた緋打石をリュールに押し付け……いや、任せてきたリコが後ろから抱き付いてくる。
「ん、ぬいさんの部屋考えよう思て……こんなんどうやろ?」
「わぁ、可愛いっ!」
開かれたページを後ろから覗き込み、リコは嬉しそうに声を上げた。
「せやろ? ぬいぐるみは増える一方やろから棚をしつらえて、本棚もあるとええな」
「本棚? リコあんまり持ってないけど」
「これから増やせばええんや、リコ絵本とか好きやろ?」
「好きだけど……頭悪いって笑われるよ。そんなのしか読めないのって」
昔、そんなことがあったのだろうか。
「今もそんなん言うやつおるん?」
「今は、いない」
「なら平気や、それに絵本は難しい本が読めないからって読むもんやない」
むしろ読者の想像力次第でいくらでも世界が広がる絵本の方が、楽しむために要求されるスキルは高いかもしれない。
「大人の本だってアホみたいなんぎょうさんあるしな」
他にも女の子達が好みそうな小説なんかも置いて、小さなテーブルやハートのクッションも用意して。
「うちな、この部屋がリコだけでなく女の子たちのリラックスルームになったらええかなって思うんや」
元々リコは友達の少なかった子だ。
もう二度と寂しい思いをしないように、ぬいぐるみとも人間の友達とも楽しく過ごせる部屋にしたい。
「壁紙はバラの模様でどうやろ。うちらの絆の花やし……な?」
照れて笑ったいばらの首に、リコは抱き付いたままぴょんぴょん跳ねる。
「うん、いい! すっごくいい! いばらんだいすきっ!!」
「ちょ、リコ、首、首しまる……!」
ぎぶぎぶぎぶ!
「んー、このアパートって今はどうなってるのかにゃ? え、お風呂が共同!?」
風雲荘の現状を聞いて、ユリアは目が回りそうな勢いで首を振った。
ない、それはないって言うか無理!
「いつでもゆっくり疲れをとれるように男女別々にしようよぅー、日替わりの入浴剤とかアロマバスとかさー」
「一応、数はそれなりにあるんだけどな」
それに今まで事故が起きたことは一度もないと、門木が弁護を試みてみるが。
「ちっちっち、今まで起きてないからってこれからも起きない保証はないんだよーん」
「そう言えば、内風呂を断念したのは強度の問題があったからって聞いたけど〜」
大工の目を持つ焔が言った。
「この際だから耐震補強も兼ねて強度を上げればクリア出来るんじゃないかな〜」
「ふみゅ、じゃあ内風呂が出来るなら、こっちの共同浴場は銭湯みたいに大きくしよーぅ☆」
あ、もちろん男女別でね!
デザインとか変えて、日替わりで男女交代でも良いよ!
「はいせんせー」
今日一日ほとんどキッチンに籠もりきりだったレフニーが手を挙げる。
「キッチンまわりの改造をお願いしたいです」
システムキッチンは必須、オール電化はお任せだけど。
「いや待て、水回りは俺が身体を張って確保した最新設備だぞ」
ここでミハイルから異議ありの挙手。
「出来てから数年経つが、まだ充分に新しいだろう」
「あ、それなら……」
ユウがそーっと手を挙げる。
「メインのキッチンは、私が殆ど占領していましたので……レフニーさんが仰るのは、個室のキッチンのことではないでしょうか」
「そう、それです!」
実は今日、レフニーさんは空き部屋のキッチンを使っていたのです。
「ああ……そこは確かに、申し訳程度の設備しかないからな」
門木も納得した様子で頷く。
「そうしますと、問題は広さでしょうか」
カノンが言った。
「一人で使う分には余裕がありますが、季節行事ごとにこうしてパーティーなど開いていますし、たくさん作ることも多いですから」
広ければ料理勉強会なども出来そうだし、もしかしたらいずれは自分が教えるほうになるかも……なんて?
「そうだ、冷蔵庫も足りないぞ」
「それは誰かがプリン専用にしてるからだろう」
扉を開けたら一段ぎっしり「ミハイル」と名前が書かれたプリンが並んでいた、という経験も一度ならず。
「仕方ないだろう、せっかくのプリンを腐らせるわけにはいかないからな」
それに、それがなくても冷蔵庫は殆ど常に満杯だった。
「わかった、とにかくキッチンの拡張と冷蔵庫の追加配備、それに各部屋にシステムキッチンとユニットバスの追加……これで良いか?」
共有部分については、他に何もなければこんなところだろうか。
「……あのぅ……私はお部屋をお借りしたいのですがぁ……」
恋音がおずおずと手を挙げる。
「……卒業後は、どこかで事務所を開きたいと考えていましてぇ……出来ればここを使わせていただければとぉ……」
学園島内のこの場所に事務所があれば、企業撃退士とフリー撃退士の双方に対応しやすいだろう。
戦争終結後も撃退士が必要とされる世の中であることに変わりはないのか、そもそも本当に戦争が終わるのか……それはまだわからないけれど。
もし不要となっても、在学中に培ったスキルは多方面に応用が利くだろう。
「……つきましては、各種収納や電気機器の強化をお願いしたいのですがぁ……」
「電気関連はソーラーパネルの設置で大丈夫かな」
門木が答える。
収納は部屋の拡張で対応出来るだろう。
「実際に事務所として使うなら、専用の玄関も必要になるか」
自分達の部屋にもアパートに通じる出入り口とは別に、オーナー特権で個別の玄関が欲しいと思っていたところだから、それもついでに検討してみよう。
「……もし予算が厳しければ、削減案なども考えてみますが……」
「そこは大丈夫だろう、ミハイルが頑張ってくれたからな」
ただ、細かい申請やら工事の段取り、日程の調整などは恋音に任せたほうが良いだろう。
何と言っても専門家だし。
「……では、事務関連は引き受けさせていただきますねぇ……」
はい、頼りにしてます事務総長様。
「章治、俺達も部屋をもうひとつ貰えないだろうか」
不知火藤忠(
jc2194)が言った。
「今はまだ使う予定はないんだが……」
そこまで言って、妹分を見やる。
「あいつのこと、話してもいいか?」
「お師匠様のこと? うん、構わないし、むしろ章治先生にも知っててほしいかな」
不知火あけび(
jc1857)の返事を聞いて、藤忠は改めて門木に向き合った。
「実はな――」
自分達二人にとって、欠くことの出来ない存在について、藤忠は静かに語る。
「そいつの部屋も用意しておきたいんだ。今はまだ、戦いがどう転ぶかわからない。あいつが無事でいるかどうかもわからない」
けれど、信じているから。
三人で暮らす未来を。
ここから始まる新しい時を。
「ああ、そういうことなら好きに使っていい」
改造も好きなようにして構わないと言い、門木は小さな鍵を手渡した。
「ありがとう章治先生、お師匠様に会えたら真っ先にここに連れて来ますね!」
その日のために、まずは受け入れ準備を整えなければ。
「……そうだ、もうひとつ……」
少し言いにくそうに、藤忠が言った。
「庭に稽古場が欲しいんだが」
「稽古場……道場みたいなものか?」
「まあ、そうだな……そこまで本格的なものでなくて構わんのだが」
本格的じゃない道場って、どんなのだ。
「場所はあるし、予算さえあれば問題ないだろう」
後で見積もり取って事務総長と相談してね!
「改造かー、どーせなら変形して最終必滅兵器クオン・ガハラーとかにならんかー」
場に酔った緋打石が、なんかてきとーに提案してくる。
「こう、ガーっとなってドーンでガッシャーン! シャキーン! みたいな!」
よくわからないが、何となくわかった気がする。
何と戦うのかはよくわからないけれど。
「楽しみじゃのー、完成した暁にはこの自分が総帥となってなんかしてやろう!」
なんかって何。
よくわかんないけど、あくのひみつけっしゃ的な何かがここに爆誕、した気がする。
「ふむ、鍵はこれか。この鍵で変形するのじゃな!」
浪漫だ。
なおクオン・ガハラーは仮名につき、何か強くてカッコイイ名前も絶賛募集中。
締切は完成直前まで!
いつ完成するのかって? それは組織の最高機密ですので、たとえ総帥が相手でもお教えするわけには参りません――と、事務総長が申しておりました。
そして最後に、満を持してラブコメ仮面が颯爽と手を挙げた。
「私は謎の地下室や拷問部屋を希望しますよ!」
うん、ますますあくのひみつけっしゃ的な何かっぽい。
「部屋には鞭とか三角木馬とか素敵な拷問グッズを飾る予定です(きりり」
いや、まあ、普通に部屋は貸すし使用目的も問わないけど。
でも飾るだけにしといてね!
なお地下室は自力で掘ってください、陥没事故が起こらない程度に。
●えんどれすぱーちぃ
改造計画を話しながらも、宴は続く。
今日のユウはラブラブ大作戦も休止して、ずっとリュールのそばにくっついていた。
それならいっそアパートに越してくればいいのにと思うけれど、そこは色々と事情があるのだろう。
リュールを挟んでユウの反対側でとぐろを巻いていた緋打石は、ふとした拍子に雰囲気酔いが醒めたらしく、杯に残った酒の波紋をじっと見つめる。
緋打石の両親はもういない。
甘えてばかりで親孝行する前にいなくなった。
こんなふうに母を囲んで祝うことの出来る門木がちょっと羨ましい。
「門木ー、『いつか』はいつか来るんだからちゃんと孝行しろよー」
不幸自慢したいわけではないと、まだ酔っているふりをして門木に絡んでみた。
「後悔なんていつまでもできないぞー」
と、息子が答える代わりに母の手がその頭に置かれる。
「親孝行なんてものは、しようと思ってするものではない……存分に甘えてやるのが一番の孝行だぞ」
「むぅ」
なんだこの人、えすぱーか。
頭で考えたことが何故わかるのだ。
そんな考えさえ読んだように、リュールが笑う。
「そういうものだと思うがな」
感謝されるよりも、目の前で笑ってくれるほうが幸せを感じるものだろう?
「ねぇ、蓮」
衰えることのない食欲を満たしながら、ユリアが尋ねる。
「蓮は卒業したら探偵に戻るの?」
「なんだ突然」
「んー、ほら、このアパートもそういうこと考えて改装するみたいだし、そんな時期なのかなーって」
「卒業したら……か。そうだな、それもいいかもしれない」
元々思い入れのある仕事ではなかったせいか、これまで考えもしなかったけれど。
「何かに執着するという楽しみを知ったことだしな」
ユリアの瞳をまっすぐに見ながら答える。
「だが、再開するには助手が欲しいところだ」
「助手? なにそれカッコいい!」
「そうか?」
「やる、私それやる、尾行なら任せて!」
キラキラ輝く瞳の中に、蓮は幻を見た。
そこには「いかにも尾行してます」感を全身から漲らせ、すっかり怪しい人状態で目立ちまくっているユリアの姿が……
「ユリア、人には得手不得手というものが……」
適材適所、とも言うかな……うん。
互いにピーマン料理を押し付け会ったミハイルとラブコメ仮面は、どちらが勝ったのかわからない。
しかし互いに殴り合った後で夕日に向かって走るような爽やかさで、二人は猫達のところへ向かった。
「マイスイートハニーな黒子猫ちゃん! 今日も会いに来ましたよ!!」
今はまだ母猫のもとで暮らしているが、黒い子猫はいずれ彼のところに貰われていくことになっている――とは言え、部屋を得た今では貰われた後でも子猫の生活状況に殆ど変化はなさそうだけれど。
そんな子猫のところへ、雅人はこのところ暇さえあれば足繁く通って親交を深めていた。
しかし、ラブコメ仮面として子猫に会うのはこれが初めてである。
もしかしたらこの仮面のせいで「あんた誰?」になってしまうのではないか……と少しばかり不安に思っていたのだが。
「おぉ、マイスイートハニー! 会いたかったですよ、会ったばかりな気もしますが!!」
全くの杞憂だった。
子猫は尻尾を立ててトコトコ近寄って来る。
「はい、お土産の子猫用おやつですよー!」
子猫達もそろそろカリカリが食べられるようになってきた。
手のひらに一粒載せて差し出すと、鼻を鳴らして我先に群がって来る。
けれど、まだ匂いの元がどこにあるのか正確な位置を掴むのが難しいようで、ふんふん探している間にのっそりやって来た母猫がぱくり。
「こらこら、ミケにはダルドフが買って来た猫缶があるだろう」
ミハイルが水を向けると、ダルドフは待ってましたとばかりにいそいそと猫缶を開けた。
母猫が行ってしまうと、そこは子猫天国。
ミハイルは日に日に増える猫のおもちゃ箱から鈴の入ったボールを取り出すと、白猫風鈴(ぷりん)の前に転がしてやる。
しかし、そこは元々マイペースなのんびり屋、目で追うだけで動かない。
子猫なのに、遊び盛りなのに。
「それならあれはどうだ」
ミハイルはダルドフを指さした。
「さあ、ぷりん、あそこに大きな山があるから登って遊んで来い」
なに、めんどくさい? 若さが足りないぞお前。
かと思えば他の子猫が遊び疲れた頃にのっそりと起き出して、これで遊べと猫じゃらしを咥えて来たりして。
天の邪鬼か、それとも超スロースターターなのか。
いずれにしても、大物になることは間違いない。
「お師匠様の部屋かぁ」
一足先にパーティを抜け出したあけびは、藤忠と共に新しい部屋の鍵を開けた。
雨戸を閉め切った部屋に光が差し込んだ瞬間、窓際に白っぽい人影が見えた気がする。
それは幻に違いないけれど、きっともうすぐ、それが現実になる。
現実にしてみせる。
「姫叔父、章治先生に頼んでくれてありがとうね」
あけびはこれから大学を卒業するまで、このアパートで暮らすつもりでいた。
その時に三人一緒なら、どれほど心強いか知れない。
「俺も補佐役に必要な勉強をするからな……あいつにも付き合って貰おう」
人界を知らない天然天使の社会勉強にもなるし、と藤忠。
不知火の家は現代ではかなり特殊な部類に入るだろうから、社会勉強には不向きだろう。
実際、あの家にいる間に得た人界知識には色々と怪しいものが多そうだし。
その点ここなら安心……いや、安心していいのか……まあ、大丈夫だろう、多分。
「ここには人間も天魔も、ハーフもサーバントもヴァニタスもいるし、色んな世界のごった煮みたいで……それでも皆が仲良くしてて、なんか理想の世界の縮図みたいだよね」
「そうだな、きっとあいつにも良い影響を与えるに違いない」
雨戸を開けて、部屋の真ん中に大きな紙を広げる。
二人はそこに理想の間取りを書き込んでいった。
部屋の大きさは、それぞれ10畳。
「今度の改造で各部屋にユニットバスを作ると言ってたな。キッチンは……あいつ料理出来たか?」
「わかんないけど、あったほうがいいよね。覚えたらハマるかもしれないし!」
エプロン姿の天使を想像し、二人はくすくすと笑い合う。
「部屋はどんな感じがいいかな、サムライだから和室のイメージしかないけど……」
「そうだな、しかし時々布団から足がはみ出してなかったか?」
「あっ、あった!」
「今の俺より少し高かったからな、布団じゃ無理があるだろう」
「うん、大きいベッド買わないと。そうなると洋室のほうがいいのかな?」
「そのあたりはあいつが来たら決めれば良いだろう」
「うん、そうだね!」
頷いて、あけびは桐の箱を藤忠の前に置いた。
「ねえ姫叔父、部屋を新しくしたら……これを置きたいんだ」
蓋を開けると、中から洒落たデザインの香炉が現れる。
「これは姫叔父の、こっちがお師匠様の……入学した頃、撃退士としての初めてのお給料で買ったんだ、私の分もあるんだよ」
三人お揃いで、それぞれをイメージした花を描いて貰った特注品。
「最初のお給料は私の家族の為に使うって決めてたからね」
「ありがとう、あいつも喜ぶだろうな」
早くその顔が見たいものだ。
あけびの部屋は焦げ茶色を基調にした大正浪漫風味。
広めの窓に格子戸に、レトロなペンダントライト、二人掛けの猫足ソファなどアンティーク家具を揃えて。
ふかふかベッドの枕元には愛刀を飾って、木通の蓋付香炉からは華やかな白檀の香りを漂わせて。
藤忠の部屋はダークブラウンを基調に、白い壁が洗練された印象を与えるシックモダン。
素朴な間接照明と二人掛けのソファを置いて、藤の蓋付香炉からは落ち着いた白檀の香りを漂わせて。
棚には大切な人から貰った鬼灯の簪を飾ろう。
まだ主のいない部屋に、白菊の蓋付香炉が置かれる。
その脇に置いた写真立ての中で、三人が肩を寄せ合っていた。
「お師匠様、ちょっと表情が硬いね」
「ああ、魂が吸われると思ってたらしいぞ?」
「えっ、ほんと!?」
「さあな、冗談かもしれないが……今度会ったら訊いてみよう」
軽々しく冗談を言うようなタイプではないから、それはそれで驚きだけれど。
「また三人で暮らせるよ、絶対。私も未来を信じてるから」
「そうだな。そこにミハイルや章治がいれば、なお嬉しい……きっと酒が美味くなるぞ」
「もう、ほんとにお酒が好きなんだから」
くすりと笑い、あけびはもうひとつのプレゼントを取り出した。
「そんな飲兵衛さん達に、これが入居祝い!」
徳利とぐい呑み3つの酒器セットだ。
「私が20歳になったら三人で飲もうね!」
皆で飲むのもいいけれど、まずは三人で。
「ああ、日本酒も用意しておかないとな」
それも、とびきりの美味いやつを。
「きっと私は強いよ?」
「それは頼もしいな」
二人の笑い声が、静かな部屋に響く。
その声が三つになる日も、そう遠くない気がした。
風雲荘の改造は、少しずつ何回かに分けて行われる。
その度に施設の一部が使えなくなったり、一時的に部屋を移動する必要があるかもしれない。
だが基本的にはそこに住んだままの状態で、工事は進められるだろう。
台風の季節が来るまでには完成を予定している。
夏が終われば、生まれ変わった風雲荘でまた新しい生活が始まるだろう。