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マスター:STANZA
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2017/04/21


みんなの思い出



オープニング



 一面に広がる白い大地。
 その下に隠された人間牧場の経営は順調だった。

 昨年の夏頃には撃退士による総攻撃を受けたが、背水の陣で臨んだ牧場主レドゥはこれを撃破、以来ここに至るまで再度の攻撃はない。
「なんだか知らないけど、奴等も忙しそうだし? ボクとしては好都合だよ」
 少年はそう言って歪んだ笑みを見せた。
 その表情に以前のような子供らしいあどけなさがないのは、濁った右目と周辺に走る傷のせいばかりではないだろう。
 付き従う女性拳士も険しい表情を崩すことなく言った。
「はい、レドゥ様。人間達も今は天界への対処で手一杯の様子、この隙に規模の拡大を図るのが得策でしょう」
「お前に言われるまでもない、呂号」
 少年――マルコシアスの息子レドゥは配下のヴァニタスに向かって鼻を鳴らす。
 彼女も最早、以前の彼女ではない。
 甘さと感情を捨てた呂号は今や、その主人に危害を加える存在を排除するだけの存在と化していた。
 そんな彼女を頼もしげに見て、レドゥは呟く。
「見てろよ人間ども、雪が溶ける頃にはもう何もかもが手遅れだ」

 これで父の自分に対する評価は揺らぐことのない確実なものになるはずだ。
 兄たちは皆、その期待に応えられなかった。
 ある者は魔界を裏切った挙げ句に天使の手にかかり、ある者は戦いの中に散り……中には父が自ら手を下した者もいる。
 残った兄弟の中で、父が求める「出来の良い息子」に最も近いのは自分だ。

(「そうさ、ボクは強い……出来損ないのアイツとは違うんだ」)
 レドゥには一緒に育てられた、殆ど双子と言って良いほどに歳の近い腹違いの弟がいる。
 しかし何をやらせても満足に出来ない彼は、最初から父の眼中にはなかった。
(「父上が目をかけてくださるのはボクだけだ。今までも、これからも」)
 その片割れは全く期待されていないのを良いことに、様々な世界を好き勝手に遊び歩いているそうだ。
 だが、それを羨ましいと思ったことはない。
 むしろ勝者の余裕とでも言うべきか、彼には自分の分まで好きなように生きてほしいとさえ思っている。
(「そうさ、羨ましくなんかない」)
 何かを振り払うようにぶるんと首を振ると、レドゥは意識を目の前の光景に引き戻した。
 今はこの人間牧場の規模を拡大し、軌道に乗せること。
 そして二度と人間達に邪魔をさせないことだ。

「呂号、守りはお前に任せたぞ」
 レドゥは以前に比べて格段に頼もしくなったヴァニタスを見上げる。
 彼女はもう迷わない。
 主人の望みを叶えること、それだけが彼女の存在意義だった。


 ――――――


「前回の攻撃では、残念ながら捕らわれた人々の救出は叶いませんでした」
 斡旋所の職員は悔しさを滲ませた声で言った。
「人間牧場は順調に……という言い方も癪ですが、彼等の側からすれば計画通りに事が運んでいるようです」
 襲撃を受けて、彼等は更に守りを固めた。
 レドゥを守るヴァニタスのひとりは以前よりも力を増している。
「いざとなれば、向こうは捕らえた人々を盾にすることも出来ます。それに、彼等の背後にはマルコシアスが控えている……正攻法では消耗が激しく、また一気に殲滅を狙えるほどの戦力を割く余裕は、残念ながらありません」
 だが、このまま放っておくことは出来ない。
 牧場では既に第一世代の赤ん坊が誕生し、日々「家畜」として成長を続けている。
 ヒトが人間になるために必要な一切を与えられることなく、ただ魂の宿る肉の器として。
「あの、ちょっと質問」
 話を聞いていた撃退士のひとりが手を挙げた。
「悪魔にとっては魂の質っていうのが大事なんじゃないんですか? 人間的に立派な人とか、すごい偉業をなしとげた人とか……そういうのが美味しいって聞いたんですけど」
「ええ、一般的にはそうだと言われています。ですが人間にも色々な嗜好があるように、悪魔の好みも多様であるようで……」
 しかもマルコシアスは研究肌――と言うより、マッドサイエンティスト。
 採算や実用性は度外視、とにかく自分のやりたい事をやる、そんなタイプらしい。
「じゃあただ人間を育てるだけじゃなく、何か他の研究や実験に使おうとする可能性もあるってことですか?」
 その問いに、職員は黙って頷いた。
「ですから余計に、出来るだけ早く手を打つ必要があるのです」
 しかし正面から事を構えたのでは損害が大きくなりすぎる。
 そこで――
「少人数による各個撃破を狙います」
 今の時期、牧場はまだ雪の下にある。
 大規模な攻撃を仕掛けるには不適だが、潜入作戦には丁度良い。
「まずはレドゥを守るヴァニタス、呂号と呼ばれる女性拳士を排除します。レドゥはこの部下を随分と頼りにしている様子ですから、彼女がいなくなれば動揺も激しいでしょう」
 その隙に一気に攻め込んでレドゥを討つ――と、それは次の作戦で、ということになるが。
「どうにかして彼女一人だけを誘き出すことが出来れば、後はそう難しくないでしょう」
 以前に比べてパワーアップしているようだが、多勢に無勢ならそれも殆ど脅威にはならない。
「とにかく迅速に、そして他の敵……特にレドゥやマルコシアスに気付かれないように、お願いします」
 呂号を片付けた後、別働隊でマルコシアスを抑えつつ、速やかにレドゥを討ち人々を解放する。
 人質の心配がなくなったところでマルコシアスと決着を付けるというのが計画の概要だ。
 だが、それはまた別の話。
「今回の任務は呂号の始末、その一点のみです」
 単に無力化するだけでも構わないが、説得の類にはまず応じないだろう。
 彼女はもう、「未来」ではないのだ。


 ――――――


「誰かを頼ろうなどと考えた私が愚かだった」
 雪の降りしきる中、外に出た呂号は真っ白な闇に向かって呟いた。
 期待は裏切られるものだと知った今、頼れるものも、信じられるのも、己の力のみ。
「レドゥ様は私が守る」
 どうせ一度は捨てた命、誰かのために使い切るなら悪くない。
 雪の冷たさも感じない体の芯に、決意だけが明々と灯っていた。




リプレイ本文

「なるほど、そんな事になっていたのですね」
 事の経緯を聞いて、間下 慈(jb2391)は腹の底に何か重たいものが居座った様な感覚を覚える。
 その感覚には覚えがあった――が、今は気にしている場合ではない。
「速やかに、丁寧に、躊躇う前に…全力で、行きましょう」
「ハックアンドスラッシュってやつね!」
 雪室 チルル(ja0220)が言う様に、背景にあるストーリーなど関係ない。
 必要とされているのは、ただ標的を倒す事のみ。
 中には因縁のある者もいたが、今は感情を挟むべき時ではなかった。
「お互い元の立場に戻る、それだけだ」
「はい。もう手を差し伸べる未来が無いのなら、忍として任務を全うするだけです」
 ミハイル・エッカート(jb0544)に言葉を返す不知火あけび(jc1857)の声にいつもの明るさはない。
 呂号を殺す。
 その目的を果たす為には、サムライの部分は不要だった。

 まだ春の訪れなど気配さえ感じられない北の大地。
 吹き溜まりになった雪の陰に身を寄せて、撃退士達は周囲を警戒する。
 全員が白一色の装束を身に着けていた。
「黒コートじゃないと調子狂いますね」
 皆の緊張をほぐす様に慈が小声で囁く。
「と言っても気分の問題ですので、仕事に支障はありませんからご安心を」
「そう? あたいは気分だけでパワー三倍よ!」
 雪国育ちのチルルは寒ければ寒いほど各種能力が向上する――というのは気のせいだと思うけれど。
「それにしても、いっぱいいるわね!」
 サイロの周辺には、雪の白に紛れるように何匹ものイカが飛び回っていた。
「まずはあれを排除しちまわねえとな」
 向坂 玲治(ja6214)が作戦手順を確認する。
 周囲の地形や敵の配置、逃走経路などを確認したら、中の敵に気付かれない様に全てを排除、その後は標的を誘き出して素早く撃破だ。
「ようやく他所も落ち着いてきたんだ、牧場経営もそろそろ終わりにしてもらおうぜ」
「ああ、邪魔が入る前に手早く片付けよう」
 ミハイルが逃亡阻止に阻霊符を活性化させる。
 唯一の出入り口となる扉は閉ざされているから、これで逃げたイカが増援を呼ぶ恐れはないだろう。
 ただし、向こうの動きが見えない以上は誰かが偶然上がって来る可能性もあるし、モタモタしていれば向こうも何か勘付いて動くかもしれない。
 焦りは禁物だが、そうのんびり構えてもいられない。
 確認を終えると、撃退士達は一斉攻撃に移った。

 頭から白い布を被ってこっそり近付いた玲治は、敵陣のど真ん中でそれを投げ捨てると同時にタウント、イカ達を煽ってその意識を自分に惹き付ける。
「これがほんとのアオリイカってか」
 突然の襲撃に驚いたイカ達は隊列を乱して右往左往、しかし中には主に危険を知らせようと落ち着いて行動するものもいた。
「行かせねえよ、お前らはここで焼きイカにでもなってろ」
 その言葉が終わらないうちに、イカ達は派手な炎に包まれた――逢見仙也(jc1616)のファイアワークスによって。
 ただし最初の入れ替えで一回分を消費した為に、それは一度しか使えない。
「まあスキルの種類なら使い切れないほどありますから」
 更なる入れ替えにも時間がかかるため、この面子だと準備を整えるまでに全てが終わっていそうな気もするけれど。
「それならそれで…今日は他に仕事もありますし」
 仙也の予想通り、イカの排除は殆ど時間をかけずに終わっていた。
「生かしてはおけません、…イカだけに」
 慈が放った慈雷が雪と共にイカ達を穿つ。
 普段は閃光と轟音で戦場が硬直するほどの派手な技だが、今回はちょっと控えめに、ただし威力は通常通り。
 嵐の様な猛射撃によって、イカが乱切りにされていく。
「お前ら全部イカロスバレッで撃ち落としてやるぜ、イカだけにな!」
 ミハイルの攻撃が炸裂、別にここで大喜利を始めるつもりはなかったのだが、何故かそういう流れになっているなら乗るしかあるまい。
「ああっ、それ私が言おうと思ったのに!」
 ニンジャヒーローの眩い光で別の一団を惹き付けたあけびは、ちょっと不満そうに頬を膨らませつつ得物を和弓に持ち替える。
「ミハイルさん、その技お借りします!」
 忍法・鏡傀儡でそっくり真似た赤と黒の鎖がイカ達に絡み付き、雪の中に叩き落とす。
「武芸は一通りやってるからね、刀だけじゃなイカら!」
 とは言え、やはり本家とは違って一撃で撃ち落とすと同時に息の根を止める、とまではイカないようだ。
 しかしそれもきっちりトドメを刺せば良いだけのことと、あけびは雪の中に落ちてもがいているイカ達を弓で淡々と射貫いていった。
「範囲攻撃だけじゃイカんともしがたいイカは、あたいが冷凍イカにしてあげるわ!」
 いつもの大剣から弓に持ち替えたチルルは相手の射程外から矢を放ち、反撃と離脱を封じていく。
 あらかた撃ち落とした後は雪の中も確認し、一匹残らず潰していった。

 しかし、余裕があったのはそこまで。
 大喜利の終了と共に、張り詰めた空気が辺りを支配していく。
「さて後の為にも面倒な護衛を倒せると良いけど」
 阻霊符を一旦切り、仙也は透過でサイロのドアを通り抜けた。
 そのまま地下通路へと降りて、見付からない様に奥へ進む。
 以前の調査で見た人々の姿を真似て一般的な服装に着替え、魔具や魔装はその下に着込んだり隠すなどしてカモフラージュ。
 これで上手く脱走者に見えれば良いのだが――
 奥のドームが見える位置まで進んだところで、見張りのイカ達が騒ぎ出した。
 それに気付いて、上手い具合に呂号だけが姿を現す。
 しかし。
「下手な芝居だな」
 仙也の姿を見るなり、呂号は鼻で笑った。
「牧場の人間が外に出る筈がない、奴等はそれが出来ないようになっているのだからな」
 ここに人がいるなら、それは当然外部からの侵入者――敵だ。
「斥候からの連絡がないところを見ると、既に倒されたか。で、何をしに来た?」
 正直に答えて良いものか、仙也は迷う。
 しかし黙って逃げれば敵は総力をもって排除にかかるだろう、自分だけではなく上で待つ全員を。
 当然、呂号が一人で追ってくる筈もない。
 となれば、ここは正直に話してしまうのが得策か。

 暫く後。
 サイロの中に重い鉄扉が開く耳障りな音が響いた。
 中から姿を現したのは、呂号。
 背後には仙也が続いていた。
「久しぶりだな、呂号。だがこれはどういう事だ?」
 物陰に身を隠していたミハイルが扉を塞ぐ様に立つ。
「望み通りに出て来てやっただけだ。私を倒しに来たのだろう?」
 呂号はその姿にちらりと目をやった。
「貴様らの背後に他の敵はいないと聞いた。最後に一度だけ、信じてやる」
「それはどうも」
 ミハイルは小さく肩を竦める。
「なら、さっさとやろうぜ…仕事の時間だ」
 対峙する二人はさしずめ美女とマフィア、何も知らない者が見れば、どちらが悪役なのかと首を傾げるに違いない。
「ここで貴様らが私に敗れたなら、この件から手を引くと約束しろ――などとは言わぬ。その程度ではレドゥ達には絶対に勝てぬからな」
「勝ちます」
 答えたのはあけびだった。
「貴女を倒して、レドゥも倒して、ここの人達を解放します」
 信じて欲しいとはもう言えないけれど、彼女のレドゥを守りたいという気持ちは信じている。
 立場は違っても、誰かを護りたいという気持ちに違いはないから。
「私にも守りたい人が二人いる。その人達の為なら何だって出来るんだ」
 だからこそ、負けない。
「私も誠意をもって貴女を斬る」
 手を取り合う未来が無くなったのは悲しいけど、それを「仕方がない」の一言で片付けたくはないけれど。
 あけびの視線を呂号は真っ直ぐに受け止めていた。
 その意志の強い光に、慈の脳裏にひとつの面影が蘇り、重なる。
 かつて自分の後輩だった――そして自分が裏切った、彼女。
(「救う道も探さず、また、撃つのか?」)
 自分に問う。
「ええ…また、撃つのです」
 躊躇わない、謝らない。
 罪悪感は感じるが、何があろうと飲み込み、受け入れ、戦う。
 …『凡人のまま』戦うと決めたから。
「存分にどうぞ、支援します」
 ぴたりと向けた銃口は寸分の狂いもなく、揺らぐ事も震える事もない。
「お喋りの時間は、もう終わりにしていいみたいね」
 チルルがいつもの得物に持ち替えて正面に立つ。
「勝負よ!」

 その声を合図に戦いの火蓋が切られる。
 直後、ミハイルのスターショットが呂号を撃ち抜いた。
「この距離なら反撃もないか」
 流石にライフルよりも射程の長いスキルはない様だと判断したミハイルは、その距離を保ったまま銃撃を続ける。
 呂号が射撃に気を取られた隙を狙い、背後に回り込んだあけびは神速の居合斬りを放った。
「後ろならその爪も届かない!」
 そのまま勢いに任せて包囲の中心に向けて突き飛ばしたが、呂号もすぐさま体勢を立て直す。
 斬られた事など幻であったかの様に――いや、実際に幻だったのだ。
「全ては夢だ、貴様は攻撃などしていない」
「えっ!?」
 幻覚を見せられ、攻撃が決まったと思い込んでいただけ。
 呂号の背には傷ひとつ付いていなかった。
「でも、そんな技そう何度も使えやしないわよね!」
 チルルの大剣が真っ正面から振り下ろされる――が、それは囮だ。
 呂号が爪で弾こうとした瞬間、チルルは軌道を逸らして大事な剣を腐食作用から守る。
 直後、仙也が背中から影縛の術をかけ、ほぼ同時に慈の双銃が側面から攻撃を仕掛けた。
 更にミハイルの銃撃が容赦なく襲いかかる。
「六対一とは卑怯だとは思わないか?」
「思いませんね」
 思わず眉を寄せた呂号の言葉に、仙也がしれっと答えた。
「だとしても記録には残りませんし?」
 歴史は勝者が作るもの、都合の悪い真実は闇に葬られるのが世の常だ。
「理不尽だと言うなら坊ちゃんに助けを求めてみますか? 出来ませんよね、守ると決めた相手に泣きつくなんて」
 呂号は援軍など呼ばないと言っていたが、追い込まれれば考えを変えるかもしれない。
 こうして煽っておけば自ら恥を晒す様な真似は出来ないだろう。
(「危険は減らしたうえで次から坊ちゃんを片付けたいし」)
 何せ他に居るのは肉盾作れそうな相手と優れすぎてるような悪魔、脅威は減らしておくに限る。
 なおレドゥを助けるつもりは毛頭なかった。
「確かに、この程度を退けられない様では、この先レドゥ様を護り抜く事は出来まい」
 呂号はその場を一歩下がると、何かのスキルを発動させる素振りを見せた。
 しかし。
「させねえよ!」
 玲治が瞬時に活性化させた盾で、呂号を横から弾き飛ばす。
 だが、それは相手の足元をふらつかせただけで、望む効果は得られなかった。
 呂号を中心に、自分の手さえ見えない闇が広がっていく。
 テラーエリアだ。
「数で押せば容易く倒せるとでも思ったか?」
 夜目さえ利かない程の真の闇、混乱の中に見えない三日月が舞い、近くにいる者を容赦なく斬り付けていく。
 離れている者も安心は出来なかった。
 突如、ミハイルの足元に奈落の様な暗闇が口を開け、そこから呂号が現れる。
 咄嗟にマジックシールドを展開したが、鈍色に光る爪はそれさえも突き抜けてコートを切り裂き、馬革を腐食させた。
 反撃に出ようとした時には既にその姿はなく、呂号は闇から闇を渡って慈の目の前に現れる。
 爪の一撃を双銃で受けた慈は、銃身が脆く崩れそうになったそれをリボルバーに持ち替えた。
 が、共に死線を潜り抜けてきた相棒を盾にするわけにはいかない――後で直せるとわかっていても。
「…白一色の服じゃ味気ないと思ってたとこです」
 鋭い爪が腕に食い込む。
 真っ白な世界に赤い花が咲いた。
 が、刺さった爪を抜くまでは相手も身動きが取れない。
「…凡人として、お相手します」
 慈の全身と右の目が金色に輝き、至近距離から光弾が放たれた。
 避けきれない。
 たたらを踏んだ呂号はしかし、膝を突く寸前で立ち直り、その身に常世の闇を纏った。
 腕を上げるとそこに周囲の光が呑み込まれていく。
 だが。
「させねえっつってんだろ!」
 玲治、再びのシールドバッシュ。
 虚を突いた為か、今度は利いた。
「そろそろこっちの時間帯だな、覚悟してもらうぜ」
 それでもまだ、呂号は諦めなかった。
 足払いと同時に後ろへ跳んで距離を取り、体勢を立て直して再び闇に潜る。
「どこに消えた?」
 見当たらない。
 ということは、テラーエリアの闇の中か。
「丁度良い、あの闇を囲んで一斉掃射だ」
 ミハイルの声で、皆が闇の塊を取り囲む。
 狙いは付けられないが、休息と回復の暇を与えなければ良い。
「そのうち効果が切れて丸見えになったところでトドメ、ですね」
 慈が闇の中心に受講を向ける。
 仲間に当たらない様に、距離と方角だけは注意して。

 やがて闇が薄れて来る。
 その中で、呂号はまだ立っていた。
 視界が晴れると同時に再び攻撃に転じる。
 が、その爪を玲治の盾が受け止めた。
「来いよ、盾のストックならいくらでもあるぜ!」
 いや、流石に限度はあるけれど、その間に仲間が仕留めてくれるだろう。
「お陰で背中ががら空きですね」
 魔剣に持ち替えた仙也が渾身の一撃を叩き付ける。
 しかし、呂号はそれでもまだ落ちなかった。
「流石に粘るわね! でもこれでどう!?」
 チルルが大剣を振りかざして正面から突っ込んで行く。
 今度はフェイントではなかった。
 その攻撃を、呂号は爪で受け止める。
 大剣の刃が欠け落ちる――が、チルルはそのまま腕に力を込めた。
 欠けた刃が氷で覆われ、氷剣が顕現する。
「いっけぇぇ!」
 氷の刃は鈍色の爪諸共、呂号の腕を切り裂いた。
 だが、爪はまだ片方残っている。
 その爪があけびの攻撃を打ち払うと、親友に貰った刀が真っ二つに折れた。
 しかしあけびは怯まない。
 刀を持ち替えると舞う羽をも断つ一撃で腕ごと斬り払う。
「この程度でお師匠様から貰った技は鈍らない」
 返す刀でもう一撃。
 それでもまだ、あけびは攻撃の手を緩めない。
 ミハイルの技を借り、赤い雫が滴る切り口に向けてスターショットを放つ。
 血溜まりの中に、肉片がボタボタと落ちて小さな山を作った。
「この施設の事、お前らの事、忘れたことは無かったぜ。嘘じゃない、本当だ」
 ミハイルが魔銃を構える。
「これで終わりだ。おやすみ、呂号」
 派手なパレードで最期を飾らせてやる。
「あの世があるなら以号もレドゥも送ってやるさ」

 呂号はヴァニタスだ。
 元から死人だったものが死体に戻っただけだ。
 感傷も無い。
 その身体に雪を被せてやっている慈の様子を無表情に眺めながら、こういう時は以前と変わらないとミハイルは思う。
 無理に変わる必要も、ないのだろうが。
 その傍らであけびが呟く。
「後悔はないよ。彼女はもう敵だった」
 ただ、少し…忍の中にいるサムライが、悲しんでいるだけだ。



 彼女の未来は潰えた。
 多くの人々の未来と引き替えにして――


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:9人

伝説の撃退士・
雪室 チルル(ja0220)

大学部1年4組 女 ルインズブレイド
崩れずの光翼・
向坂 玲治(ja6214)

卒業 男 ディバインナイト
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
非凡な凡人・
間下 慈(jb2391)

大学部3年7組 男 インフィルトレイター
童の一種・
逢見仙也(jc1616)

卒業 男 ディバインナイト
明ける陽の花・
不知火あけび(jc1857)

大学部1年1組 女 鬼道忍軍