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マスター:STANZA
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
形態:
参加人数:10人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2017/04/24


みんなの思い出



オープニング



※このシナリオはエイプリルフール・シナリオです。
 オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。



 その日、久遠ヶ原に不思議なことが起こった。
 頭で考えたものが全部、現実になるのだ。

 よく考えれば、そんなことは不思議でも何でもないかもしれない。
 だって今日はエイプリルフールだし、それでなくてもここは久遠ヶ原だから。

 そんなわけで、生徒達は事態を把握した三秒後にはもう、それにすっかり馴染んでいた。
 いや、順応性が高いのは生徒達ばかりではない。

「俺も猫になりたい」
 日当たりの良い屋根の上でゴロゴロしている野良猫を見上げ、門木章治(jz0029)は溜息を吐いた。
 このところ新しい兵器の試作やら改造やら調整やら、なんだかんだと忙しくてゆっくり休む暇もないのだ。
 わかっている、それが今後の戦いの行方を決める重要な要素であることは。
 それために自分が必要とされ、それなりの成果を上げていることも、素直に嬉しく思う。
 けれど。
 本当は兵器なんか作りたくないのだ。
「手にした人が笑顔になれるような、楽しいものだけ作って暮らしたいのになぁ」
 ここが、天魔との戦いなど始めから存在しない世界だったら良いのに。
 天界でも魔界でも、人間界でもない――猫界、とか。

 そうだ。
 みんなねこになってしまえ。

 その願いは聞き届けられた。
 生徒も教師もみんな猫。
 ぽかぽかと暖かい日差しの下で、ゴロゴロと日向ぼっこをするのが彼等の仕事。
 喧嘩もしない、悩みもない、お腹が空けば何も言わなくても美味しいごはんが目の前に現れる。
 いいじゃない一日くらい、だってエイプリルフールだもの。

 その頃には他の者達も、それぞれに独自の世界を作り上げていた。
 核戦争後の世界のような荒涼とした廃墟に、ただ独り生き残った者。
 既に物語のハッピーエンドを迎えている者。
 現実と何ら変わらない日常を送る者。
 過去でも未来でも、現実では有り得ない世界でも、今ならどこにだって行ける。
 同一人物がいくつもの世界に同時に存在していても構わない、だってこれはエイプリルフールだから。

 さあ、楽しもうぜ?




リプレイ本文

●ようこそクオンパークへ

「ここはクオンパーク、俺は犬ボロのカイだよ!」
 龍崎海(ja0565)はヒトの姿をした犬ディアボロになっていた。
 くるんと丸まったふさふさ尻尾、もっふもふの尖った耳、人懐こくていつも嬉しそうにパークを駆け回っている、元気なディアボロだ。
 どうしてこんな姿になってしまったのか、それは誰にもわからない。
 気が付いたらこのクオンパークの中にいて、素敵な仲間達とどったんばったん大騒ぎをしていたのだ。

 クオンパークは世界のどこかに作られた不思議なテーマパーク。
 そこでは神秘の力、ゲートの力で生き物たちが次々とヒトの姿をしたディアボロへと変身していた。
 けれど住人達は物事を深く考えない。
 だってディアボロですもの。
 自分の存在意義とか、何故こうなってしまったのかとか、ここで自分の果たすべき役割は何なのか……とか、そういう難しいことは、図書館の偉いヒト達が考えればいいのだ。

 そんなわけで、カイもまた自分の置かれた状況をあるがままに受け入れて、毎日をのんびりのほほんと気楽に過ごしていた。

 そんなある日のこと。
 がくえんちほーに見慣れないディアボロが現れた。
「ねえねえ、君は何のディアボロなのかな?」
 その生まれたての新入りは自分が置かれた状況を全く理解していない様子だった。
 もちろん何のディアボロなのかもわからない。
「名前は?」
「……なま、え?」
「自分の名前もわからないのか、でもそれじゃ呼ぶ時に困るし」
 カイは新入りの姿を上から下までじろじろと眺めた。
 ちょっとくたびれたシャツとズボンに白衣を羽織り、足にはサンダルを履いている。
「ねえ、これは何?」
 カイはその顔に目を留めた。
 何か変なものが顔にくっついている。
「……え……えっと……メガネ、かな?」
「メガネ……うん、じゃあ君の名前はメガネくんだね!」
 はい、けってーい。
「でも自分が何のディアボロなのか、わからないのは困るね」
 わからない事は図書館……いや、これはゲートの主に訊いてみるのが一番だろう。
「俺達はみんな、主が作ったんだ。作り主なら君が何のディアボロか知ってるはずだよ!」

 ゲートは「はいきょちほー」にある。
 それは知っているけれど、行き方は知らなかった。
「……多分、あれでわかると思う」
 メガネくんが指さしたのは、パーク内の案内図。
「ほら、ここに書いてある」
「え……すごーい! 君は字が読めるんだね!」
 その案内に従って、二人は歩き始める。
 しかし、体力のないメガネくんはすぐに疲れて座り込んでしまった。
「うーん、何かで楽に移動出来れば良いんだけど……」
 目に付いたのは、錆び付いた大きな鉄の箱。
「これ何だろう?」
「……バス、かな」
「バス?」
「これに乗れば目的地まで運んでくれると思う……ちょっと待ってて」
 そう言うと、メガネくんは都合良く近くに置いてあった道具を使って、バスの修理を始めた。
「すっごーい! 君はモノ作りが得意なディアボロなんだね!」
「……そう、なのかな……」
 あっという間に修理は終わり、燃料電池も何故か満タン。
「ねえねえ、乗ってみようよ!」
 二人が乗り込むと、バスは勝手に走り出す。
「たーのしー!」

 ガタゴト走るバスは、がくえんちほーに点在する「校舎」と呼ばれる巨大な箱の間を巡回するようにプログラムされているようだ。
 そのルート上のあちこちに、バスと同じようなガラクタが転がっていた。
「こういうの、パークにはまだいっぱいあるよ。もっと直そう!」
 バスから飛び降りたカイは、フレームがひん曲がった自転車の前で尻尾を振る。
「これは何になるのかな! 楽しみだね!」
 ゲートのことも、メガネくんの正体も、カイの頭からはすっぽり抜け落ちていた。
 だって仕方ないじゃない、ディアボロですもの!



●可愛い顔したガチ軍団

「私がサーバントやディアボロを作ったらどれ位の強さがあるんでしょうか?」
 雫(ja1894)はふと、そんなことを思い付いた。
 けれど作り方がわからない。
 ネットで調べても図書館で本を漁っても、そんな情報は見付からなかった。
「それはそうでしょうね……情報があれば誰にでも簡単に作れそうですし」
 そう、きっと作ること自体はそれほど難しくないのだ。
 でなければ、サーバントやディアボロがあれほど大量に湧いて出るはずもない。
 簡単に出来るからこそ門外不出の秘法として厳しく規制されているのだろう。

 しかし、雫は諦めない。
「わからなければ、適当にやってみるだけですね」
 サーバントもディアボロも、ゲートを通して異界から呼び寄せるのだと聞いたことがある。
 それと同じ機能を果たすもの言えば、魔方陣だ。
 正式な書き方などわからないし、呼び出しの呪文も知らないけれど。
「まぁ、何とかなるかな?」
 平らな地面に円を描いて、そこに適当なそれっぽい文字を書いて、要所に火の点いたロウソクを立てて。
 でも、何か足りない気がする。
 こういう悪魔的な儀式には、何かもっと背徳的な、正気を削り取るような何かが――そうだ、生贄。
 ということで、魔方陣の真ん中にフライドチキンを置いてみる。
 アートを爆発させて派手な演出効果を狙ってみたりしながら、雰囲気重視で――

「……出来ました」
 もっふもふで、めっちゃふぁんしーな毛玉が。
 足の短い猫のような毛玉、垂れ耳のウサギのような毛玉、毛玉のような羊のような毛玉……もう何だかよくわからないけれど、とにかく毛玉。
 サーバントなのかディアボロなのかもわからないけれど、ただひとつはっきりとわかる事がある。
 どの毛玉も殺人的に可愛い。
「みっ、見た目は完全に私の好みですね……」
 しかも雫を見ても逃げない、怯えない、それどころかスリスリと寄って来る。
 ここは天国ですか。

 いやいや、和んでいる場合ではありませんでした。
「後はどれ程の力が有るかですね」
 そう、彼等は戦うために生み出されたのだ。
 決してモフモフして癒やされるためのものでは……ない、けれど……もう少し、モフモフを堪能してもいいかな。
 もっふもっふもっふ。

 ひとしきり堪能した後は、心を鬼にしてもふもふ達を戦場へと送り込む。
 模擬線を行って彼等の力を試すのだ。
「さぁ、頑張って下さいね」
 対戦相手はいずれも腕に覚えのある歴戦の撃退士。
 だが被造物はすべからくその創造主に似ると言う――つまり、もふもふ達は雫のパワーをそっくりそのまま受け継いでいた。
 その意味は、わかるな?

 かくして、ここに史上最強(推定)のもふもふ軍団が誕生するのだった。



●黒猫のマンボ

「そろそろ冬毛仕様では熱が籠もるようになってきましたの(もふ」
 ぽかぽかと温かい春の日差しの下、黒猫忍者カーディス=キャットフィールド(ja7927)は被り物を外そうと頭に手をかけた。
 もっふもふのガワは着ぐるみではないけれど、たまに着替えることもある。
 そこに中の人などいないけれど、たまに出て来ることもある。
 特に自宅で寛いでいる時などは。
 しかし――

「おや、何か変ですの(もふ」
 手が上手く使えない、と言うかそれ以前に二本足で立っているのがツライ。
 ぺたん、両手を地面に付いて四つ足になってみる。
 楽だ、めっちゃ楽だ。

 そこで初めて異変に気付いた。
 見慣れた自室のはずなのに、周りの景色が全く違う。
「なんですのこれは、椅子もテーブルも異様に大きいですの!」
 ……と、自分ではそう叫んだつもりだったのだが、耳に聞こえたのは「にゃー」という鳴き声。
「まるで本物の猫さんのような……?」
 ような、ではない。
 顔を上げると、正真正銘どこから見ても本物の黒猫が、姿見の中から自分を見返していた。

「見てくださいこのピンとたった耳とおひげ!」

「そしてピンクの肉球と長い尻尾の凛々しさを!」

 どやぁ!

 驚きはなかった。
 いや、驚いてはいたけれど、一瞬で馴染んでいた。
 もう生まれた時から本物の猫だった気がする。

 ということで、かーでぃすさんは黒猫へくらすちぇんじした!
 素早さが上がった!
 ジャンプ力が上がった!
 可愛さが上がった!
 他にも色々上がった!

 なお下がるパラメータなど存在しない。
 猫は全てに於いてヒトよりも遙かに優れているのだ!

 名実共に猫になったにゃーでぃすは仲間を探して旅に出る。
 換気のために少し開けておいた窓の隙間から外に出て、壁走りで縦横無尽にどこへでも。
 なお途中で行く手を阻んだ網戸には実力の差を見せ付けておきました(爪きらりん
「ところで久遠が原的にはいつものことだと思うのですが、一応原因のきゅーめーというか元凶を探さないといけない気がするのですにゃ」
 なんとなく見当は付いているけれど、猫は紳士なのです。
 ヒトと違って証拠もないのに疑うような頭の悪い真似はしないのです。

 探し人、いや探し猫はすぐに見付かった。
 日当たりの良い庭先に置かれた物干し台、竿にふかふかの布団がかかっているその上で、一匹の猫がモノレールになっている。
 耳と尻尾の先だけが緑色に染まった薄茶色の猫。
 両目の周りにはメガネのような黒い模様がある。
「にゃー(門木せんせいですの?」
「……にゃ(そうだが、何か用か? 俺は今、光合成で忙しいんだ」
「にゃにゃ(お手間は取らせませんの、少しお伺いしたいことが……」
「にゃぅ(光合成はスルーか」
「うにゃっ(ええ、だって門木せんせいですもの」
 話を聞くと、やはりこの現象を引き起こしたのは彼だった。
 納得の表情で頷くと、にゃーでぃすは質問を続けた。
「にゃにゃんっ(ところで、この姿はいつまでですの?」
「うにゃぅ(好きなだけ、いくらでも」
 猫化したことで身体その他に悪影響はないし、爪研ぎ等で周囲に被害が出てもヒトに戻れば全ては元通り。
「にゃっ!(そういうことでしたら思い切り楽しみますの!」
「……にゃ(まあ、がんばれ。俺は帰る」
「にゃっ?(一緒に遊ばないんですの?」
「にゃふん(飼い主が呼んでるからな……日向ぼっこの後でスリスリすると、良い匂いがすると喜んでくれるんだ」
 惚気か、くそぅ。
 布団の上で伸びをすると、門木猫の背中に翼が現れる。
 猫になっても片方だけのそれを広げると、彼はフラフラと飛び去ってしまった。

「ふむぅ、せっかくですから私も何かお土産持って帰りたいですの」
 にゃーでぃすにも飼い主的な存在がいる。
 そのヒトは何を喜ぶだろうと、すっかり猫化した頭で考えた。
 ネズミ? ヘビ? モグラ? それともスズメ?
 その時、にゃーでぃすの頭上を一匹の蝶がひらひらと通り過ぎて行った。
「ちょうちょですのー!」
 じゃーんぷ!
 その爪は虚しく空を切るが、にゃーでぃすは諦めなかった。
 高く低く、からかうように飛ぶ蝶を狙ってジャンプ、そしてまたジャンプ。
「わーいたのしいですのー★」
 何か色々と忘れている気もするけれど、何を忘れたのかも忘れている。
 そんな黒猫の、のどかで平和な春の一日だった。



●猫とヒトの幸せなカンケイ

 ミハイル・エッカート(jb0544)は猫である。
 世の中にはよく「自分を人間だと思っている猫」というものが存在するが、彼の場合は逆だった。
 いや、逆というのは正しい表現ではないかもしれない。
 自分のことを猫だと思い込んでいる猫又……だと思い込んでいる、ヒト。
 そんなややこしい存在だが、見た目はごく普通の白黒ハチワレ猫だ――先が白くなった長い尻尾が二股に分かれていること以外は。

 彼は今、婚約者である真里谷 沙羅(jc1995)の膝にだらしなく寝転んで、ゴロゴロとさかんに喉を鳴らしていた。
 いや、今の文章におかしな点など何もない。
 ヒトが猫の婚約者だって良いじゃない、愛さえあれば種族の差なんて!

 猫ミハは沙羅の膝でクネクネしながら体を擦り付け、ここは自分の場所だとナワバリを主張する。
 大抵の猫はその様子を見て空気を読むが、中には全く読めない猫もいた。
「みゃーん」
 トコトコと近寄って来たのは、まだ乳離れも出来ないような子猫――ミハイル本人が最近飼い始めた風鈴(ぷりん)だ。
 しかし猫ミハは譲らない。
 たとえ自分の飼い猫でも譲らない。
(「俺以外のオスを近寄らせてなるものか!」)
 ぷりんがオスなのかメスなのか、まだわからないけれど予防線は張っておくべし。
 子供相手に「ふしゃあぁぁっ」なんてことはしないが、先が白くなった猫手でサングラスをくいっと持ち上げ、青く光る瞳でじっと子猫を見つめる。
 その仕草はヒトから見ればキュン死ものの可愛さだが、やっている本猫はハードボイルドな俺カッコイイと自己陶酔。
 だが、年端も行かない子猫には大人の格好良さは理解出来なかった。
 ぷりんは威嚇にも怯まずトコトコと近寄って来る。
 そのうえ沙羅が「おいで?」などと手招きするものだから、猫ミハはますます危機感を強めて更に大きく喉を鳴らし始めた。
 ごーろごーろごろごろぐるぐる。
「沙羅の膝は俺のものだ、誰にも渡さないぜ」
 物理的に占領してしまえば子猫が乗る余裕もスキマもあるまい!
 しかし沙羅は、そんな猫ミハの頭を優しく撫でた。
「ミハイルさん、大丈夫ですよ? この子は私に危害を加えるようなことはしませんから」
 なんと、沙羅は猫ミハの嫉妬丸出し独り占め作戦を「自分を護るための行動」と勘違いしているようだ。
「私を護ろうとしてくれるのはとても嬉しいですし、とても格好良いですけれど……ね?」
「沙羅はなんて優しいんだ……!」
 それに比べて自分ときたら、なんとちっぽけで心の狭い男だったのか!
 猫ミハは恥じた、そして改心した。
「来いよ、ぷりん……膝くらいならいつでも貸してやるぜ」
 空気を読まないマイペース猫は、その言葉より先に上がり込んでいたけれど――猫ミハを踏んづけるようにして。
「おいこら、俺を踏んでるぞ……まあいいけどな」
 俺は寛大な猫なんだぜ、たった今からそうなったんだぜ。
 それに、膝の上で丸まって肉球ぷにぷになんてされた状態でハードボイルドが維持出来るはずもない。
 沙羅の指先から流れ込む「ミハイルさん可愛いオーラ」が全身を駆け巡り、ハードボイルドをぐにゃぐにゃに柔らかくする。
「こうしていると、とても幸せですね」
「ああ、俺も幸せだ」

 暫くそうして堪能したところで、猫ミハの耳に緊張が走る。
 顔を上げると、庭先に小鳥の姿が!
 滾る野性の本能、狩猟せよと血が騒ぐ!
 愛する女性にプレゼントせねば!
「待ってろ沙羅、今あれを獲ってくる!」
 そう言ったつもりが、沙羅の耳には「にゃおぉん!」としか聞こえなかった。
 野生に目覚めてしまった代償だろうか。
 おかげで猫ミハの真意は沙羅には伝わらない。
「小鳥と戯れる姿も可愛らしいですね……狩りごっこかしら?」
 ごっこではない、真剣勝負だ。
「でも可哀想ですから、あまりいじめてはいけませんよ?」
 いじめているわけでも――あぁっ、逃げられた!
 耳を伏せ、尻尾を力なく垂らしてとぼとぼと戻って来る猫ミハ。

「お疲れさまでした、遊んだらお腹が空いたでしょう?」
「いや、俺は遊んでいたわけでは……」
 しょぼくれた猫ミハはしかし、次の言葉で生き返った。
「一緒にお昼ご飯の時間にしましょうか」
「メシか! 食うぞ、もちろん食う!」
 差し出されたのは高級キャットフード……ではなく、もちろん沙羅手作りのごちそうだ。
 スープやパンをメインにした料理は二人とも同じメニュー。
 ただし、猫ミハの分は猫食いでも品良く上手に食べられるように盛りつけやカットを工夫してある。
 それでもヒトのようには上手く行かないけれど――
「お鬚についていますよ?」
 そっと拭ってあげたりするのも、されるのも、また幸せ。
「デザートにはプリンもありますからね」
 もちろん猫用の、猫型をした、猫まっしぐらの。

 お腹が膨れれば瞼が重くなるのは猫もヒトも同じこと。
「腹いっぱいだー昼寝の時間だぜー」
 猫ミハはぽんぽんに膨らんだお腹を上に向けて、ヘソ天状態でひっくり返る。
「沙羅、俺と一緒に寝ようぜー」
「ええ、一緒に日向ぼっこしてお昼寝しましょうね」
 猫ミハはあられもない格好で、それでも大人の猫の嗜みとして食後の毛繕いをしてみようとするが……睡魔には逆らえないのか、耳の後ろに手を回した状態のまま電池が切れる。
 その様子を見て、沙羅は愛おしそうに目を細めた。
 起こしてはいけないと思いつつも、あまりの可愛らしさに負けて思わず鼻にちゅっ。
 だが、猫ミハはビクともしなかった。

 猫ミハがふと気が付くと、沙羅の寝顔が目の前にある。
「……っ(きゅんっ」
 どうしてくれよう、この胸のトキメキ。
 何故俺は今、猫なのか。
 いや、猫で良かったのかもしれない。
 猫でも平常心が音を立てて崩れそうなのに、これがヒトなら――いや、それでも耐えるけどな!
 猫ミハは、ぷにぷにの肉球で沙羅の頬を優しく撫でる。
「沙羅はいい匂いだな」
 ぷにぷに、ぷにぷに。

 ぽかぽかと暖かい日差しの下、沙羅は夢を見ていた。
 ミハイルが可愛い猫になった夢。
「肉球の感触が気持ちいい……」
 その肌触りはまるで本物のようで、息遣いまで聞こえる気がして――

 これは、夢?
 それとも……



●牛娘の危険な研究

 ある朝、眠りから覚めた月乃宮 恋音(jb1221)の手には奇妙な宝石が握られていた。
 昨晩そんなものを握って寝た覚えはないし、そもそも見覚えがない――いや、ある。

 夢の中で、恋音は確かに同じものを手にしていた。
 それは明らかに人類の住む世界ではない、どこか見知らぬ森の中。
 その奥にひっそりと佇む祠に、それは祀られていた。
「……私を呼んでいたのは……あなたですかぁ……?」
 そうだ、と石が答えたような気がする。
 呼ばれたからには、自分はその石を手に入れなければならないのだろう。
 まるでよくあるゲームのようだと思いつつ、恋音は石に手を伸ばす。
 触れた瞬間、恋音は理解した。
 それがどんな性質を持つものであるかを――

「……あれは……ただの夢ではなかったのですねぇ……」
 恋音は手の中の石を見つめる。
 夢で見たことが事実なら、これは人間を悪魔に変える「呪いの宝石」だ。
 呪いというからには、代償は小さくはないだろう。
 しかしそれでも、恋音はそれを使ってみることにした。
 好奇心には勝てなかったのだ。

 結果。
 恋音は変身した。
 立派な牛の角とコウモリのような羽根、そして矢尻のように尖った尻尾を持つ――牛娘系のサキュバスへと。
 なお質量の殆どを角に取られたせいか、胸部装甲は標準的なサイズに収まっていた。
「なんて動きやすいのかしら、これで肩こりに悩まされることもなくなるわね」
 言葉遣いまで変化している。
 そして性格も少々小悪魔的になっていた。
 とは言え基本的な部分は変わらず、目的も忘れてはいない。
 恋音はさっそく学園にかけあって、かねてから考えていた、とある研究に着手したのである。

 その研究とは、冥魔の魂吸収について。
「冥魔は魂を糧にするけれど、何かその代わりに出来るものはないかしらって、前から思ってたのよね」
 自分で体験してみれば、その行為がどんなものであるかがわかるだろう。
 人間に置き換えてみた場合は何に似ているか――或いは他の何にも似ていないか、どんなものでなら代替が可能か、それもわかるかもしれない。
「ねえ、誰か協力してくれない? 報酬は出ないけど、上手く行けば魂よりもっと美味しいエネルギー源が手に入るかもしれないわよ?」
 もっとも、それは研究を続けてみないことにはわからないし、今すぐ手に入るものでもないけれど――それをわざわざ言う必要はないだろう。

 そして集まった冥魔の協力を得て、恋音は実験を始めた。
 まずは魂の実物を観測し、各種のデータを取って、魂の「モノ」としての定義を作ってみる。
 それは確かに人間界に存在するモノなのに、データが示す数値は他のどんな実在するエネルギーとも似ていなかった。
「こんなもの、科学的に作り上げるのは不可能に近いわね……」
 だが、恋音は諦めない。
「摂取した時に魂の吸収と同程度か、それ以上の感覚を呼び起こして、かつエネルギー源としても同等以上のものであれば良いわけよね?」
 恋音は自分の身体でその感覚を味わってみた。
「ん、これは……」
 腹の底から湧き上がるような、満ち足りた気分と高揚感、そして幸福感。
 この感覚は。
「素晴らしく美味しいご馳走を食べた時の感じに似てるわ……!」
 喩えるなら、ディナーのフルコースがピンポン球サイズに凝縮したような。
 舌の上でふわりととろけるその一瞬で、食事に関わる全ての感覚が最大限に満たされるような。
「やっぱり、魂の吸収は食事で置き換えることが出来るのね」
 となれば研究目標は決まった。
 最高に美味しくて栄養たっぷりのサプリを作れば良いのだ。

 体験レポートと研究計画が書かれた書類を手に、恋音は颯爽と学園内を歩く。
 まずは学園長にかけあって、研究のための予算と施設の使用許可をもらわなければ。
 悪魔となった恋音の姿を見て、見知った者達が驚きの声を上げる。
 その声に笑顔で手を振り返すのもまた、なかなか気分が良いものだった。

「……という、夢を見たのですぅ……」
 目が覚めても、頭の上に何か重い物を乗せていたように首筋の筋肉が張っている。
 そして魂を吸収した時のあの感覚も、まだ残っているような気がした。



●猫達の夢

 芽生えたばかりの丈の低い草が風になびく、なだらかな丘。
 その中に出来た一本の道を、飛鷹 蓮(jb3429)はゆっくりとした足取りで歩いていた。
 行く手には北欧スタイルの一軒家が見える。
 見晴らしの良い丘の頂上に青い空を背景にして建つその家は、最近手に入れたばかりの新居だった。
 そこに、自分を待っている人がいる。
 そう思うと蓮の足は自然と歩幅を広げ、交互に繰り出す速度も上がっていくのだった。

 しかし、何かがおかしい。
 せっせと歩いているのにちっとも前に進んでいる気がしない。
 おまけにいつの間に迷い込んだのか、周囲は背の高い草が鬱蒼と茂るジャングルのようなところで――

 いや、違う。
 蓮はぴたりと立ち止まった。
 周囲のものが大きく見えるのは、自分の目線が低いからだ。
 じっと手を見る。
「……毛深い」
 掌をひっくり返してみる。
「………肉球?」
 ぷにっぷにだ。
「猫か」
 そう思った途端、二本足で立っているのが辛くなってきた。
 地面にぺたりと両手を付き、走り出す。
 速い。
 人間の姿で走るよりも、ずっと快適だ。
 人は前足を手として使うために、こんなにも素敵なものを捨てていたのか。

 そんなことを考えながら走るうちに、蓮は家に辿り着いていた。
 しかし困った、このサイズではドアノブに手が届かない。
 届いたとしても器用に回すことはおろか、鍵を差し込むことも出来そうにない。
 けれど、ふと見れば玄関のドアにはもうひとつ、小さな出入り口が付いていた。
 猫用ドアだ。
 そんなものを作った記憶はないのだが、まあいい。
 蓮はそれを鼻先で押し、くぐり抜ける。
 玄関先に置かれた鏡に自分の姿を映してみた。

 赤毛で逆三角の金眼猫が、じっとこちらを見つめ返してくる。
「……無愛想な顔だ。やはり俺だな」
 猫のくせに服を着ているのが何とも奇妙だが――
「……ん?」
 ふと見ると、鏡にもう一匹の姿が映っていた。
 やはり猫だ。
 振り返ると、耳に紫色の百合を挿した白猫が……踊っている。
 二本足で、器用にくるくると、楽しそうに。
 蓮も二本足で立ち上がると、その白猫に近付いた。
 気付いた白猫は踊りを止めて駆け寄って来る。
 蓮はその頬を肉球でぷにぷにと触ってみた。
 垂れ目の赫眼、そしてこの餅のような感触。
「君か」
「決まってるにゃー、他に誰がいるにゃー」

 白猫はそう言って笑うが、家の中には他の猫もいた。
 キッチンでは三角巾と割烹着を身につけた鼠色の猫がブリ大根を作っている。
 猫舌で味見が出来るのだろうかと心配になるが、ふーふーすれば大丈夫らしい……と言っても、猫がふーふーしている姿など見たことがないのだが。
 自分でもやってみたけれど、猫の口は息を吹き出せるようには出来ていなかった。
 多分、冷めるまで気長に待つのだろうと思ったら、団扇を取り出してきた。
「なるほど、その手があったか」
 リビングのソファでは海色と桜色の猫が二匹、丸く寄り添って寝ている。
 互いのピアスの煌めきが美しい。
 彼等はどんな夢を見ているのだろう。

 いつもの五人が、いつもの五匹になっている。
 それでも――
「変わらないな、俺達は」

 ……これは、「猫」の夢なのだろうか。
 それとも――……



●なかったら、作ってしまえホトトギス

 いつぞや久遠ヶ原を探検した時、人造撃退士研究施設は見つからなかった。
 そこで詠代 涼介(jb5343)は考えた……無ければ作ろう、と。

 そして実際、作ってしまった。

 そこで作り出された人造撃退士はとても優秀な戦士だった。
 生まれた時点で既にレベル100、学園に蓄積された全ての戦闘データを組み込まれているため、どんな状況にも対応可能。
 奥義はもちろん更に上の秘術までも使いこなし、疲れも恐れも知らず、心理的な要因でその刃が切れ味を鈍らせることもない。

 それは完璧な存在。
 あまりにも、完璧すぎた。

 生身の撃退士に代わって人類側の主力となった彼等は、瞬く間に戦況を覆し、天魔を押し返した。
 そこまでは良かったのだ。
 しかし優秀すぎる被造物は、しばしば創造主に対して牙を剥く。
 彼等には人間が脆弱で無能な、価値のない存在に見えたのだろう。
 ある日を境に、彼等は人類の敵となった。
 天魔ごと人類を滅ぼそうとしたのだ。

「こんなはずじゃなかったのに……!」
 涼介は悔やんだ。
 しかし、それでは何の解決にもならない。
 人造撃退士はもう、創造主たる涼介のコントロールさえ受け付けない。
 涼介が野に放った獣は既に生態系の頂点に立ち、自分以外の全ての存在を消し去ろうとしていた。
 抗うすべはない。
 ただひとつの手段を除いては。

 涼介は残された全ての時間と能力を使って、過去にタイムスリップする方法を開発した。
 それを使って、僅かに残った悪魔の中から一人を選んで過去へと送り込む。
 ……何故自分が飛ばなかったのかと?
 その頃には長年の研究生活によって、涼介の身体は自力で立つことも出来ないほどに弱り果てていたのだ。

 涼介は祈った。
 悪魔が間違いを犯す前の、子供だった頃の自分を襲い、殺してくれることを。
 過去の涼介が死ねば、今ここにいる涼介は消滅する。
 その時点から現在までの全ても同時に消えてなくなるだろう。

 だが、何も起きなかった。
 涼介は存在を続け、世界は終末に向けて歩み続けている。

 タイムスリップは成功した。
 だが、悪魔は歴史を変えることは出来なかった。
 何度繰り返しても、ひとりの撃退士が涼介の命を救ってしまうのだ。
 涼介は過去を映し出すモニタに向かって叫ぶ。
「やめてくれ、そいつには救う価値なんかないんだ!」
 しかし、その声も彼には届かない。
 その撃退士――父親の死を何度も繰り返し見せられて、涼介は遂にその方法を諦めた。

 次に考えついたのは、召喚獣の世界にアクセスして究極の召喚獣を作り出すこと。
 しかし、涼介にはもう戦う力は残されていない。
 それどころか、召喚獣をこちらの世界に喚び出すことさえ出来なかった。
 誰かに代わりを頼もうにも、この世界に残されたのは、もはや涼介ただひとり――

 結局、それは一度も喚び出されることなく世界の狭間に封印された。

 その後、この世界がどうなったのか……
 語れる者は、いない。



●202X年の傭兵達

 その時、牙撃鉄鳴(jb5667)は三十代の後半になっていた。
 この世界にはもう、天魔は存在しない。
 しかし、アウルに覚醒した者達からその能力が失われることはなかった。
 結果、ヒトを越える能力を手にしたアウル覚醒者は、その力を恐れた一般人に迫害を受けることとなる。
 世界を救った英雄達は、今や危険なバケモノとして世界の隅に追いやられている――そんな未来。

 人類に学習能力はない。
 愚かな歴史は愚かな人々の手によって繰り返される。
 天魔という脅威がなくなった時、人類はまた別の脅威を欲した。
 共通の敵に立ち向かう必要がなくなった途端、互いを敵と見なすようになった。
 かくして、世界は人類同士が血で血を洗う三度目の大戦に突入する。

 これは、その前夜に起きた小さな出来事。

 かつて撃退士と呼ばれたアウル覚醒者達は、今や傭兵として各国の軍隊に秘密裏に使われる存在となっていた。
 それは鉄鳴も例外ではない。
 かつて少年兵として訓練を受けた彼にとって、軍隊は古巣のような馴染み深いものだった――かといって、愛着があるわけではないが。
 ここで、鉄鳴はひとりの少女と組んで仕事を受けていた。
 歳は鉄鳴の半分にも満たない。
 確か今は十五歳だったか。
 数年前に鉄鳴が戦場で拾った時には男か女かもわからない棒きれのような体つきだったが、今では細いなりに相応の凹凸もある。
 全体としては小柄な猫科動物のような印象を与える娘だった。
 国籍不明、人種も不明だが、まずまずの顔立ち。
 しかし、いつも不満そうに眉を寄せて口を尖らせているせいで、見た目にはだいぶ損をしていた。
 笑っていれば可愛いだろうにと鉄鳴は思う。
 だが、彼等が置かれた状況がそれを許さないことは、鉄鳴にもわかっていた。
 アウル覚醒者は、ただの兵器なのだ。

 そして今日も、二人は兵器としての任務を遂行する。
 仕事を請け負うのは鉄鳴の役目だった。
 請け負うと言っても、選ぶ自由は殆どない。
 大体の場合、彼等は命令に従うだけだ。
 しかし、少女はそれが気に食わなかった。
「鉄鳴」
 彼女はいつも、鉄鳴を呼び捨てにする。
 だが言葉遣いだけは丁寧だった。
「私達にも仕事を選ぶ権利はあるはずですが」
「ああ、確かにタテマエではそうなってるな」
 文句を言われ、鉄鳴は小さく肩を竦める。
「だが実際には俺達に回ってくる仕事に違いなどありはしない……地獄の一丁目と二丁目と三丁目、そのどれを選ぶかってくらいなものだ」
 或いは危険な仕事を受けて死ぬか、拒否して殺されるか――選択肢があるとすれば、それくらいだ。
 それは少女にもわかっている。
 だが、既に何もかも諦めた鉄鳴とは違って、彼女はまだ若い。
 未来には希望があり、現状は変えられると、まだ辛うじて信じていられる年頃だった。
「私達は何故、こんな目に遭わなければならないのでしょう」
「さあな、理由など知らん」
 知ったところで何の解決にもならないことだけは知っているが。
「食うために必要なのは、文句を垂れる口でも余計なことを考える頭でもない」
 ここだけだと、鉄鳴は自分の腕を叩く。
「わかってます」
 射撃の腕は、鉄鳴よりも彼女のほうが上だった。
 彼女がいるからこそ、鉄鳴は今まで命を落とさずに済んでいるのだろう。
「余計なこと、ではないと思いますが」
「まだ言ってるのか、行くぞ」
 鉄鳴に促され、少女は渋々ながらも後に続く。
 拾われた恩は忘れていないし、返しきれたとも思っていない。
 ただ、鉄鳴がこうやって現状を許容して、無茶な依頼でも引き受けてしまうから何も変わらないのではないか――そんな思いはあった。
 しかし現場では、それは確かに余計なことだ。
 頭も身体もフル稼働させなければ、生き残ることは出来ない。

 今回の任務は敵軍事基地への潜入と破壊工作。
 夜陰に紛れて忍び込み、基地を制圧するだけの簡単な仕事という触れ込みだった。
 もちろん本当に簡単なら、こうしてアウル覚醒者を使う必要もないわけで――
 基地の至る所に傭兵が配置されていた。
 当然それもアウル覚醒者だ。
「奴等は俺が引き付ける」
 鉄鳴が囮となり、観測手と呼ばれる少女がそれを狙い撃つのがいつものパターン。
 絶妙なコンビネーションで、二人は次々に敵を倒していく。
 だが、いつその立場が逆転するかもわからない。
 一瞬後には、彼等のほうが血溜まりの中に転がっているかもしれない。

 次の朝日は、無事に昇るだろうか――



●薔薇の蕾はふわりと開き

『…………、……ら……、……ばら……』
 誰かが呼んでいる。
『……いばら……』
 誰だろう。
 聞き覚えがあるような、でも少し違うような――

 浅茅 いばら(jb8764)は、誰かが自分を呼ぶ声で目を覚ました。
「……ん……なんや、もう少し寝かせといて……」
 枕を抱え込んで、寝返りを打つ。
 だが、眩しい朝の光がその閉じた瞼を射貫いた。
 誰かがカーテンを開け放ったのだ。
「もう、二度寝禁止ー! 今日は大事な日なんだからね!」
 頭の上から声が降ってくる。
 いばらは目を擦りながら渋々起き上がり……もう一度、目を擦った。
 更にもう一度ゴシゴシと。
 しかし、いくら擦っても見えるものは変わらない。
「……え? ……ちょ、なんなんこれ、うち、成長しとる……?」
 ひとまわり大きく、がっしりと骨太になった手。
 顎に触れるとザラザラという感触が伝わって来る。
 立ち上がると、見慣れた家具がいつもより低く、小さく見えた。
 いや、家具が低くなったわけではない。
 自分の身長が伸びたのだ。
 そして何よりも驚いたのが――
「……え、り、リコ……?」
「そうだよ? なに驚いてるの? 子供の頃の夢でも見てた?」
 そう言って笑うリコは、何と言うか、こう……

 普段のリコは元気で少しおしゃまで。
 だけどどこかほっとけん子やけど。
 いまのリコは……

 男どもなら誰もが振り向く美人さんや。

 ピンクの髪は結ばずに、そのまま背中に流している。
 ふっくらと丸かった顔の線は少し鋭くなったけれど、きつい印象はなかった。
 化粧も控えめで、派手さはない。
 なのに、目が離せなくなるほど綺麗で、可愛くて……

 愛らしさに息が詰まりそうになる。

「もう、いつまで寝ぼけてるの?」
 硬直しているいばらの頬に、リコが唇を寄せる。
「あたしはもう支度できてるよ?」
「……支度って……」
 呆けたように繰り返しながら、いばらは思う。
 ああ、リコはもう自分のことを「リコ」とは呼ばないのだ。
 そう言えば、いばらのことも「いばら」と呼んでいたような。
「あ、あんな、リコ。うちのこと……もういっぺん呼んでみてくれる?」
「なに? へんなの」
 くすくすと笑いながら、少し背伸びをしたリコはいばらの耳元に囁いた。
「いばら?」
 首筋の毛を逆撫でされたような、ゾクゾクとした感じが脳天を突き抜けて行く。
 膝から力が抜けそうになった。
「もう、ほんとに変なんだから……しっかりしてね、旦那様?」
「……ひぇっ!?」
 なんか変な声が出た。
 同時に思い出した、と言うか何かが脳裏に閃いた。

 そうだ、今日は――

「結婚式、やったね」
「うん」
 はにかんだように笑うリコ。
 その手を取って、いばらは笑みを返した。

 まずは身支度をしなくてはと、いばらは洗面所へ立つ。
 鏡に映った自分は記憶にあるよりも大人びて、落ち着いた雰囲気を持つ青年になっていた。
 中性的な部分も残っているけれど、年相応に一晩放置すればヒゲが生えてくる。
 それを丁寧に剃り落とし、髪に櫛を入れて、角もいつも通りに帽子で隠す。
 クローゼットの中は帽子だらけだったけれど、もしかしたらあれは全部リコからのプレゼントだろうか。
 だとしたら、自分はお返しに何を贈っているのだろう――そんなことを考えながら、精一杯のおめかしをして。

「お待たせ、リコ」
「うん、格好いいよ、いばら。さすがあたしの旦那様♪」
 二人は手を繋いで歩き出す。

 昔、結婚式の真似事をしたあの教会で。
 招待客もいない、二人だけの小さな式だけれど。
 レースのヴェールと指輪を準備して、二人だけの愛を誓おう。
 これがたとえゆめまぼろしでも、その気持ちを間違えなく伝えたい。
 大人になんてなれない身体だけれど、それでも心はもう大人だ。
 せめて夢の中ではその思いを成就させたい。

「ずっと、一緒や」
「うん、ずっと一緒だね」
 楽しい時も、苦しい時も。
 病める時も、健やかなる時も。
 死が二人を分かつまで――


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:7人

歴戦勇士・
龍崎海(ja0565)

大学部9年1組 男 アストラルヴァンガード
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
二月といえば海・
カーディス=キャットフィールド(ja7927)

卒業 男 鬼道忍軍
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
大祭神乳神様・
月乃宮 恋音(jb1221)

大学部2年2組 女 ダアト
繋ぎ留める者・
飛鷹 蓮(jb3429)

卒業 男 ナイトウォーカー
セーレの大好き・
詠代 涼介(jb5343)

大学部4年2組 男 バハムートテイマー
総てを焼き尽くす、黒・
牙撃鉄鳴(jb5667)

卒業 男 インフィルトレイター
Half of Rose・
浅茅 いばら(jb8764)

高等部3年1組 男 阿修羅
Eternal Wing・
サラ・マリヤ・エッカート(jc1995)

大学部3年7組 女 アストラルヴァンガード