見えない結界に貼り付き、助けを求める人々の顔には、恐怖と己の不運を嘆く色が見てとれた。
(兎にも角にも、早々に片を付ける必要が有るでありますねっ…!)
そこに、邪魔するモノは一般人でも飛ばして散らす勢いで走り込んで来る鉄砲玉。
無論それは物の例えだが、その勢いに気圧された人垣はあっという間に二つに割れて道を作った。
「ご協力感謝でありますよっ!」
走り抜けながら、鉄砲玉こと綾川 沙都梨(
ja7877)が叫ぶ。
「信じる者を救いに行くとしましょう!」
その後ろから、アクセル・ランパード(
jb2482)が続いた。
「ひとまずは俺が抑える。早いとこ集めといてくれよ」
安全な場所を素早く見定めた向坂 玲治(
ja6214)は、目印の発煙筒をセットすると、敵が湧き出て来る社殿の方へ向かう。
「神様が助けてくれないなら、人の手で何とかしないとな。…だからこそ、俺達に弱さは許されない訳だ」
ドニー・レイド(
ja0470)がそれに続いた。
「敵の数が少ないうちに皆さんを集めないといけませんね。少しでも早く、この状況を打破しないと」
それを援護すべく、ウイングクロスボウを携えた神棟星嵐(
jb1397)が走る。
「皆さんを救出しに来ました! 敵は引き受けますので、あちらの場所に集まって下さい!」
発煙筒の煙を指差し、そう叫びながら。
撃退士の到着を知って、人々の顔には僅かだが安堵の色が浮かぶ。
だが、その時どこかで悲鳴が――
声の出所を咄嗟に探ったルカーノ・メイシ(
ja0533)は、ヴァニティブーストで飛び出した。
「なんとか間に合ったようだね」
錆びた刀を斧槍で受け止めると、受けた刃を押し返し、腹を蹴り飛ばして敵を遠ざける。
だが、女性はそれにも気付かない様子で悲鳴を上げ続けていた。
「落ち着いて! あの地点に集合してください」
その声に悲鳴こそ止んだものの、女性は石になった様にその場に座り込んだまま動かない。と言うより、動けない様子だった。
そこに駆け寄った望月 忍(
ja3942)が、女性の肩にそっと手をかける。
「お怪我はありませんか〜?」
非常事態の真っ最中である事も忘れさせる様な、ほんわりとした微笑み。
彼女が持つその独特の癒やし効果の故か、女性の表情が緩む。
「さあ、あちらへ〜」
怪我のない事を確認し、忍は女性に肩を貸してゆっくりと歩いて行った。
それを見届け、ルカーノは反撃に出ようと刀を振りかざした落ち武者に向き合う。
「…遅いっ!」
鎧の継ぎ目を目掛けて斧槍の穂先を突き刺した。
引き抜くと同時に赤黒い血が溢れて来る。
「トドメだ!」
斧槍が赤い尾を引いて翻る。兜が割れ、その中身がぐしゃりと潰れた。
「皆さん、こっちです! 離れないよう付いてきてください!!」
その間に、アクセルは近くの参拝客を集めて誘導する。
「ゆっくり、落ち着いて…慌てなくても大丈夫ですから」
バラバラに逃げていた人々は、やがてその殆どが一ヶ所に集められた。
敵の抑え込みが効き始めたと見て、身を隠した場所から姿を現した者もいる。
星嵐は彼等を守る様に立ち、全体を視野に入れながら援護の矢を放った。
「あそこにも誰かいます」
その声に応えてルカーノが救助に向かう。
「ここは任せて、他に逃げ遅れた人がいれば教えてください」
「そう言えば、誰か社殿に逃げ込んだ奴が…」
社殿には、片側だけに裏手に続く小道が作られている。敵はその道を通って、次々と境内に溢れ出そうとしていた。
だが、まだ境内をうろつく敵の姿はそう多くない。
まずはそこを塞げば、とりあえずの安全は確保出来そうだった。
「そら、落ち武者は落ち武者らしく、おとなしく首級を置いて行けってんだ」
道を塞ぎ、タウントで敵の目を引き付けた玲治は、戦槌をその首元に突き付けて不敵に笑う。
その時――
「助けてえぇっ!」
社殿の中から悲鳴が聞こえた。
賽銭箱の後ろに身を隠していた青年が、転がる様に飛び出して来る。
その背後から、賽銭箱を素通りして歩み寄る数体の落ち武者達。彼等には障害物など無意味だった。
沙都梨とユリア(
jb2624)が慌てて救助に向かう。
ユリアは走り込みながらMoonlight Burstを放ち、敵の頭上に月光色の光球を炸裂させた。
続いて盾を構えた沙都梨が飛び込み、至近距離からPDWをぶっ放す。
その隙に、ユリアは青年の身体を抱えて安全な場所へ。
「か、神様…!?」
「神じゃないけどまあいいでしょ」
残った沙都梨は得物をアルビオンに持ち替えて、その純白の糸で落ち武者の身体を切り刻む。
「コアは破壊する、民間人は守る、どっちもやるのが撃退士…と言うやつでありますねっ!」
その場は沙都梨に任せ、玲治は自分が引き付けた敵の始末に専念した。
赤錆びた兜の奥に光る目が、玲治を射貫く。抜き身の刀がゆっくりと弧を描いた。
だが、その緩慢な動きは玲治の目には止まっているも同然。
首元に突き立てていた戦槌を握る手に力を込め、一気に薙ぎ払う。
胴から離れた首が地面に転がっても尚、その落ち窪んだ目は玲治を睨み付けるかの様に見開かれていた。
「これで皆さん揃いましたでしょうか〜」
忍が仲間達に確認する。
探せる場所は全て探した筈だ。呼びかけにも、もう反応はない。
「では、ここはお任せしますね〜」
引き続き護衛に当たるルカーノ、玲治、そしてアクセルの三人を残し、忍は他の四人と共にコアの破壊に向かった。
「武者――いざ尋常に勝負…とはいかないな。…一人残らず救う為、全て尽く斬り捨てる…!」
際限なく湧いて来る敵を捌きながら、ドニーは社殿の裏手に走る。
そこには直径2mほどの円形のゲートが口を開けていた。
「ここから先は、外からの援護は無しか…責任重大、だな」
「覚悟は既に良いのでありますよっ!」
立ち止まって身長に中の様子を伺おうとしていたドニーの脇をすり抜けて、鉄砲玉が飛び出して行く。
「あ、レジスト・ポイズンを〜」
忍が慌ててサポートを申し出たが、その時にはもう鉄砲玉はゲートに吸い込まれていた。
「それは、実際に毒にやられた時の為に温存しておいて下さい」
微笑と共にそう言いながら、ドニーが続く。
「時間を掛けられないんだから、一点突破でいくよ!」
続いて突入したユリアは前方に纏まった数の敵を発見するや、Moon Bladeの刃で道をこじ開けた。
「飛べっ…!」
その間を抜けて走る沙都梨は、行く手を塞ぐ影を片っ端から突き飛ばし、狭い通路を塞ぐものは目から怪光線ならぬ貫通式目からレーザーで貫いて、脇目もふらずに進んで行く。
「これでっ…!」
中の構造は単純でこれといった装飾もなく、まるで自然の洞窟の様にも見えた。
通路は狭く天井も低い。罠の類も見当たらなかった。が、所々で道が枝分かれしており、沙都梨はその度に…
「困った時は…南無三っ!」
野生の勘で道を選んだ。
「カオスレートの影響も考慮すれば、この攻撃は有効な筈です。突破しましょう!」
その後ろを走る星嵐は得物を機械剣S-01に持ち替え、沙都梨が受け流した敵を撃破しながら進んで行く。
まずはコアの破壊が最優先、残った敵はその後に纏めて始末すれば良い。
「…後ろは任せて、そちらは前へ。できる限り、時間は稼ぎます」
ドニーの言葉を信じ、戦闘の二人は敵を蹴散らしながらひたすら奥へと進む。
間もなく、行く手に開けた空間が現れた。
「行き止まりの様ですね」
星嵐が言った。恐らくここが最深部。多くの敵が何かを守る様にひしめき合っている所を見ると、この何処かにコアがあるのだろう。
二人に追い付いて来たユリアは充分な高さがあると見て、闇の翼で上空に舞い上がった。
「飛び道具を持った奴も見当たらないし、大丈夫でしょ」
下で蠢く落ち武者達の頭上を越えて、ユリアはその中心部を探した。
その姿を直接見る事は出来なかったが、中心付近に敵が湧き出している場所を見付けて、上から強襲をかけてみる。
Moonlight Dustで周囲を氷漬けにし、月光の刃を叩き込んだ。
しかし、落ち武者達は倒れたものの穴を埋める様に、その身体を踏みつけて小波の様に周囲から押し寄せて来る。
「ここは一点突破、集中攻撃を仕掛けるしかないでありますねっ!」
後続の二人が合流するのを待って、沙都梨が言った。
猛攻、とにかく猛攻あるのみ。
「ブチ壊すでありますっ…!」
ここでもやっぱり先頭を切った沙都梨は、後に続く星嵐が撒き散らすファイアワークスの炎の中、居並ぶ敵をレーザーで串刺しにし、突き飛ばし、銃で風穴を開けながら突き進む。
ドニーはその勢いを押し返そうと集まって来る敵をひたすら斬り続け、後方に残った忍はライトニングの雷でそれを援護した。
敵の集団に楔を打ち込む様に、四人はひたすら前へ。
彼等が中心部に近付くタイミングを見計らって、ユリアが上空から月光色に輝く欠片を降らせる。
「見えた!」
誰かの叫びと共に、ありったけの火力が一点に集中した。
雷が落ち、闇の矢が突き刺さり、月光色の刃が舞う。更には銃撃と斬撃が加わり――
何かが砕け散る音が聞こえた。
その途端、中心に向けて押し寄せていた波が力を失い、敵がバラけ始めた。
「コアは潰したから、後は犠牲を出さないようにしつつ全滅させるだけだね」
ユリアの声に、仲間達は一息つく間もなく残った敵の掃討にかかる。
落ち武者達は今や、一斉にゲートの外に向かって歩き出していた。
「守るべきものを失い、ひたすらに破壊と殺戮を求める亡者となり果てた…という所でしょうか」
ドニーが言い、その行く手を塞ぐ。
これだけの数が地上に溢れ出しては、残った護衛班だけで人々を守る事は難しいだろう。
多少の撃ち漏らしはやむを得ないとしても…
「ここは何としてでも食い止めますよ」
その言葉に、仲間達が頷く。
ここから先は消耗戦になりそうだった。
その頃、護衛班は突入班が撃ち漏らした敵の対処に追われていた。
数はそれほど多くないとは言え、民間人を守りながらの戦いは一歩間違えば彼等の命を危うくする。
「こいつは任せて…!」
前に出たルカーノはハルバードを一閃、近付く敵を薙ぎ払った。
だがその一撃では倒しきれず、逆上した敵はなりふり構わず刀を振り回しながら向かって来る。
斧槍でそれを受け流し、ルカーノは反撃を叩き込む。
その時――人々の中から悲鳴が上がると同時に、ルカーノは背中に痛みを感じた。
振り向くと、いつの間にか接近していた別の敵が、錆びた刀に付いた血を舐めながら笑っている。
「この程度…膝をつくようなもんじゃない!」
身体から力が抜けそうになるのを踏ん張って、ルカーノは斧槍を振り下ろす。
「…隙を見せた…そこかァ!」
落ち武者はその顔に笑みを貼り付かせたまま、その場に崩れ落ちた。
(神前だと言うのに無粋な事をする輩も居たものですね)
アクセルは、ともすればパニックに陥りそうになる人々を宥めつつ、応戦に追われていた。
白銀の御手でガードを固め、槍の穂先で鎧の隙間を狙う様に突く。
(俺はクリスチャンですから、困った時に神に縋りたい気持ちも良く分かります)
だからこそ、許してはおけなかった。
振り下ろされる刀を槍の柄で弾き、そのまま手を返すと穂先をその身体に沈める。
すぐ傍で見ている人々を安心させる為にも、無様な戦いは出来なかった。
「悪いがここまでは俺の領域なんでな」
別方向から迫り来る敵の前には、玲治が立ち塞がる。
仲間を庇う余裕はなかったが、そんな時でも守るべき人々が狙われているとなれば躊躇う事はない。
庇護の翼で割って入り、受けたダメージは三杯返しだ。
「こいつは礼だ、受け取りな!」
叩き付けられた戦槌が、その鎧を撃ち砕いた。
「…ふん、まだまだ。この程度の痛みで、倒れてなどいられるか…!」
ゲートの中でも、戦いはまだ続いていた。
「もう少しです、頑張りましょう〜」
傷を受け、膝を折ったドニーは、忍のレジスト・ポイズンを受けて再び立ち上がる。
残った敵は、あと僅か。
五人は互いに協力し、最後の敵を退ける。
「あたしは外を見て来るね」
動くものの姿がない事を確認すると、ユリアはゲートを出て護衛班の援護に回った。
だが、こちらもあらかたの敵は片付いていた。
「いきなり動かないで! こっちが安全を確保するまでは待っていて下さい」
ルカーノの声が聞こえる。
ユリアは神社の外へ逃げた敵がいないかと確認して回り…
「大丈夫そうだね」
戻る頃にはゲートに入った仲間達も全員が顔を揃えていた。
「参拝客の皆さんには、怪我などはない様です」
ルカーノが言った。しかし問題は、心の傷だ。
(神頼みしたい気持ちもわかるが、もうちっとやることやってからやるんだな)
と、内心そう思った玲治は正しい。正しくはあるのだが…
「もうダメだぁ、襲って来たのがよりによって落ち武者なんてぇっ」
まあ、受験生にはキツい敵だったに違いない。
そんな彼等に、アクセルがにこやかに声をかけた。
「皆さんは本当に運が良いようですね」
その言葉に「コイツ何言ってんだ」と言いたげな視線が集中する。
しかしアクセルは構わず続けた。
「これ以上の不運に巻き込まれる機会など、そうはないでしょう」
あってたまるか。
「これはきっと神様が与えてくれた機会です」
そんな馬鹿な。
「一生分の厄を祓っていると思いますので、自信を持ってください」
そ、そうかな…
「後は万事上手く行くだけですよ」
そうかも?
「私は小さい頃、病気がちで入院することが多くて〜」
ちょっとその気になり始めた人々に向かって、忍が独り言の様に話し始めた。
「苦しい時、寂しい時、両親がそばにいて、元気になるようにって神様に祈ってくれました」
今こうして天魔と戦う事が出来るまでに元気になれたのは、両親のお陰。
そして、願いを聞き届けてくれた神様のお陰だった。
「私は両親にも、神様にも、感謝しています」
辛さや苦しさは本人にしかわからないもの。神様に頼る事でしか、和らげる事が出来ない場合もあるだろう。
「でも、少しずつ分かち合える誰かと出会えたなら…きっと幸せですよね〜」
ほわわん。
空気が和んだ所で、人々は晴れやかな顔で家路に就き始めた。
それを見送り、仲間の傷を手当てしてから、忍は社殿の奥に向かって手を合わせ、皆の無事を感謝する。
「ふぅ…どっかに甘酒とか置いてないかね」
背後には糖分を求めて彷徨う玲治の姿があった。
「結局、これといった手がかりは残されていなかったのでありますよっ」
後刻、ゲートを調べていた沙都梨が報告を上げる。
ただ余り作り慣れていない印象は受けた。なりたての使徒か何かだろうか。
「あのサーバントは、受験生に対するただの嫌がらせという感じでしたね」
ルカーノが言った。
何か社会に不満を持つ者が仕掛けた悪戯――そんな気がする。
これは新たな敵が活動を始める、その前触れだったのかもしれない。