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マスター:STANZA
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
参加人数:18人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2017/02/18


みんなの思い出



オープニング



「さて、今年はどうするかな……」

 門木章治(jz0029)は悩んでいた。
 悩むと言うほど大袈裟なものではないが、眉間に皺が寄る程度には真剣な問題――恒例の豆まきについて。

 現在ただいま天界勢との真っ向勝負の最中だが、それはそれ。
 どんな状況にあっても日々の生活を楽しむことを忘れない、それが久遠ヶ原の流儀だ。

 よって、豆まきを行うこと自体に問題はないのだが。

 五回目ともなると、もうネタがない。
 そもそも鬼に豆をぶつけるだけの行事に、そうそうバリエーションがあるはずもなかった。
 自分に豆をぶつけて溜飲を下げようとする生徒も、近頃はそれほど多くない。
 きっとこの五年で彼等も成長し、寛大な心で失敗を許せるようになったのだ――と、思っておく。

「……五年……か。あっという間だったな」
 月日は瞬く間に過ぎて、気が付けば五年前には想像もしていなかった未来を生きている。
 生徒達の中にも、そうした者は多いに違いない。
 今年を限りに学園から巣立って行く者もいるだろう。
 だから五年目の節目として、何か思い出に残るような行事にしたいと考えていたのだが――

「もう、好きなように楽しんでもらえれば良いか」
 腕組みを解き、思考を放棄する。
 自分が下手に考えるよりも生徒達に任せたほうが盛り上がることは、これまでの経験からも明らかだ。
 つまり丸投げ。

 ルール無用、標的自由のバトルロワイヤル。
 互いにぶつけられたりぶつけたり、皆で楽しく騒ぐことが出来ればそれで良い。

 終わったら、いつものように打ち上げパーティで楽しもう。



リプレイ本文

 その日、学園のグラウンドには歴戦の豆闘士達が顔を揃えていた。
 初回から毎年欠かさず参加している永遠のライバル、ミハイル・エッカート(jb0544)とマクセル・オールウェル(jb2672)の二人はもちろん、皆勤は逃したものの、もう何度も参加している強者も珍しくない。
「我輩が門木殿とミハイル殿を狙わぬはず無いのである」
 マクセルは豆鉄砲を手に、給豆(弾)ベルトを肩に掛け、気分は乱暴!
「…む、違ったかな?」
 そして腰には対ミハイル専用の秘密兵器、その名も手榴ピー弾!
 それは何かと? 意味ありげな名前だけを明かして、敵に怖ろしい想像をさせるのも戦略のうちなのである!
「我輩、ミハイル殿とは今年こそ決着を付けるのである!」
「おう、望むところだ」
 ミハイルはいつもの戦闘服に、申し訳程度の鬼要素として頭に小さな角を付けている。
 その隣には大きな赤鬼が佇んでいた。
 黄色に黒のしましまパンツ、手には巨大な棍棒、頭には二本の大きな角。
 ご丁寧に赤い塗料を全身に塗りたくり、すっかり本物になりきっているそれは、ダルドフだ。
「髪型とメイクもそれっぽくしてみたのですよー♪」
 アレン・マルドゥーク(jb3190)がほわんと微笑む。
 なるほど、彼が手伝ったなら出来が良くて当然だ。
「ぱんついっちょはさすがにヤバイかと思ったが…うん、鬼らしくて良いな!」
 控えめに言っても、ものすごく似合っていた。
「ふふふ、そうであろう?」
 本人もご満悦である。
 遠くから突き刺さるリュールの視線が冷たい気がするのは、きっと気のせいに違いない。
「章治、俺は鬼だからな。思いっきり豆を投げつけてもいいんだぜ」
 門木の姿を見付けたミハイルは、山盛りの豆が入った升を手渡す。
「章治が投げるなら甘んじて受け入れよう、去年の俺が章治に祝砲投げつけたようにな!」

 と、そこへ三人の女の子を連れた鳳・白虎(jc1058)が声をかけて来た。
「よぉ、門木先生さんや。うちのチビ連れてきたぜ」
 その声に、もしゃもしゃ頭の女の子、新田 六実(jb6311)がぺこりと頭を下げる。
「こんにちは、父から話は聞いていらっしゃると思いますが…」
「そんなわけで、これから娘共々よろしくな」
 部屋のことはまた後で詰めるとして、今日は普通に豆まきを楽しみに来た次第。
「ついでに娘の友達も連れて来た…いや、一人は友達と言うか、色々と複雑な事情があるんだがな」
 その複雑な事情を抱えた鏑木愛梨沙(jb3903)は今日も心ここにあらず状態だったが、親子に強引に手を引っ張られて連れて来られたらしい。
 もう一人はリコだ。
「今日は彼氏が来てないらしくてな。うちのチビも、リコとは友達になりたいと言ってたし」
 六実もリコとは以前から面識があったが、トモダチ認定されたのは父の方が先だったという逆転現象。
「愛梨沙ちゃんの事も誘いたそうだったんで…と言うか俺の可愛いお姫様はもう少し積極的でも良いと思うんだがね?」
「それは、お父さんが何でも先にやっちゃうから」
 ちゃんと自分で誘おうと思ったのにと、六実は頬を膨らませてみせる。
「そうか、それは悪かった」
 くすくすと笑いながら娘の頭を撫で、白虎は愛梨沙とリコに言った。
「まあ、今日は楽しもうや、な?」
「うん、楽しむよ!」
 リコは元気に答え、愛梨沙は小さく頷く。
(「とりあえず今は楽しもうかな、兄様に心配かけそうだし…リコちゃんも同じ風雲荘の住人だし仲良くなる第一歩かな」)
 いつまでも沈み込んではいられないと、愛梨沙はもう習い性になってしまった天使の微笑を頬に貼り付けた。



 各自の準備が整ったところで、そろそろ戦闘開始だ。

 一般的に、節分の豆まきとは「鬼は外、福は内」という掛け声と共に鬼に向かって豆をまく事によって邪気を祓い、無病息災を祈る行事である。
 だがここは久遠ヶ原学園――その意味は、わかるな?

「今年もこのシーズンがやって来たわね!」
 豆バズーカを肩に担いだ雪室 チルル(ja0220)は、開始の合図と同時に脇目もふらずに突撃する。
 狙いはもちろん科学室のヌシだ。
「いくわよ、覚悟なさい!」
 今年はバトルロワイヤル、敵も味方も関係ない。
 例年ならば複数の盾役が周囲を取り囲み、なかなか攻撃が通らない門木も今はノーガードだった。
「あたいの豆を喰らいなさい、おにはーそとー!」
 鬼じゃないけど気にしない!
 だが、咄嗟に踏み込んだ愛梨沙が身体でガード、再び天使の微笑を浮かべる。
「あたしは大丈夫、今日は楽しもうね兄様」
 それが自己暗示をかけるているようで却って心配になるが、強がりはひとまず尊重するのが礼儀だろう。
「ああ、お前の誕生日だしな…おめでとう、愛梨沙」
「え…っ」
 自分でも毎年のように忘れてしまう『愛梨沙』の誕生日。
 それを覚えていてくれたなんて。
 思わぬ不意打ちに、愛梨沙は一瞬何を言われたのかわからないといった顔で門木を見た。
 が、そこに容赦なく突っ込んで来るチルル!
「隙ありー!」
 どぱぱぱぱぱ!
 空気とか読まない見えない遠慮もしない!
「全弾命中、成敗完了!」
 反撃を受けないうちにとっとと戦線離脱、補給を終えたチルルは次なる標的を探す。
「見付けたわ、ブラックオカン!」
 炬燵でぬくぬくしていたところを引きずり出されたリュールは、コートの前をかき合わせ、ぐるぐる巻きのマフラーと帽子の間から目だけを出して、いかにもやる気がなさそうな顔でぽつんと佇んでいた。
「おにはーそとー!」
 ここでダルドフが身を挺して庇ったりすれば、その株は急上昇待ったなし…だったかもしれない。
 しかし彼はすっかり鬼になりきってミハイル達と共に逃げ回っている最中、とても周りを気にする余裕はなさそうだった。
「残念だったわね、あたいの勝ちよ!」
 ところが、ここにも救いの神はいた。
「いただきまーす、じゃなくてリュールさんあぶなーい」
 最後は棒読みになりつつ、目の前に立ちはだかったのは蓮城 真緋呂(jb6120)ぽりぽりぽり。
「炒り大豆の良い香りが私を呼んで、じゃなくて鬼にもガードは必要よね!」
 予測防御で豆の軌道を読んだ真緋呂は目にも留まらぬ早業で飛んで来る豆を掴み、次々に口へと放り込む…だけでは足りず、口を開けてダイレクトキャッチ!
「やっぱり炒りたてのお豆は美味しい」
 ぽりぽりぽり。
 そう、この豆はたった今、調理室を占拠した月乃宮 恋音(jb1221)が大きな鉄鍋で炒ったばかりの熱々だった。
「もっとちょーだい」
 ぽりぽりぽり。
 撃たれた豆だけでは飽き足らず、抵抗の壁を気合いと食欲で打ち破ったダークハンドでチルルを足止め、真緋呂は豆のストックを根こそぎ奪い取った。
「美味しい」
 ぽりぽりぽり。
「くっ、いくら食べられてもあたいは負けない! 待ってなさい、今たっぷり補給して来るわ!」
 恋音さん、炒り豆追加…え、作るのが間に合わない?
「それじゃ、お豆が来るまで勝負はお預けね」
 その間に他の鬼から豆を横取り、じゃなくて豆から守ってあげる!
 豆まき、つまりそれは豆が食べ放題…いや、空気のように吸い放題と言うべきか。
 効率よく豆を吸うには鬼をマークするに限る。
(「鬼についていけば豆は必然的に集まるものね」)
 私頭いい(キリッ
 あれ、でも鬼はどこ行った?


 その頃、豆まきの前線はグラウンドを出て商店街へ移ろうとしていた。
 路上に置かれたワゴンの影に潜んで待ち伏せるのは、クリス・クリス(ja2083)が扮する鬼――そう、個人的に設定した今回のテーマは「鬼の逆襲」なのだ。
「鬼っ娘クリス、出撃だよー」
 彼女がこの姿で出陣するのは二年ぶり二回目のこととなる。
 画用紙にクレヨンで描いた手作り鬼面と得物の天凰翔扇も当時のままに、しかし中身は成長…あれ、成長して、ない?
 今、ここに二年前のデータがあります。
 身長と体重を比較してみましょう…おや?
「それは、ちょっとうっかりして書き換えの申請忘れてただけで、ちゃんと立派に成長してるんですー!」
 大丈夫、きっとパパが証言してくれるから!
「成長したボクの姿に見惚れるがいいぞっ」
 というわけで、物陰に隠れて待ち構えてみる――と、その前に。
 商店街に陣取る以上は、ご協力への感謝も込めて自らにノルマを課さねばなるまい。
 定めたのは一升マス二つを撃ち尽くすこと。
「これで『商売ますます(升升)ご繁盛』間違いなし(ぐっ」
 駄洒落かよって?
 いいの、商店街のおじちゃんおばちゃんにはウケるんだから!
「まあ、わざわざ商店街まで出張る物好きは、ミハイルぱぱくらいだよねー」
 よって、この豆は全てぱぱに向けて、愛を込めて投げられることになるだろう。
「あ、きたきた♪」
 すたんばーい、れでぃ――
「今だっ」
 物陰から飛び出す鬼!
「覚悟し…ろ?」
 あれ? 何か予想外のことが起きてるよ?
「って、パパも鬼なのー??」
 しかも他にも大勢いるんだけど、聞いてないよ!?
「くっ、同士討ちで怯むボクじゃないぞっ」
 多勢に無勢だって泣かない、いや、こちらにも強い味方がいる!
「地の利は我が商店街チームにありっ」
 今結成したけど、ノリの良いおじちゃんおばちゃん達はきっと嬉々として乗っかってくれるって信じてる!
 そして期待通り、商店街のあちこちから湧いて出る鬼達!
「大人しく払われろー! ツケは払えー!」
 豆どばー!
「おう、豆は甘んじて受けるがツケは溜め込んでないぞ! ない、よな?」
 ミハイルは飛んで来る豆をシールドで受けつつ、思わず酒屋の鬼に確認する。
「なに、正月の福袋の分がまだだと!?」
 そう言えば娘の福袋だけで重体になった財布を救う為に、新年早々に借金を拵えた気がするが…
「あれは夢だと思ってたぞ」
 いや正夢か、とにかく夢じゃないなら払うから、だから祓わないでとダル鬼の影に隠れるミハ鬼。
「某、そう簡単に祓われはせぬぞぉ!」
 ふんがー!
 手にした棍棒で飛んで来る豆を次々に打ち返すダル鬼、さすがマッチョな鬼は迫力が違う。


 ところで、鬼の中には別な意味で迫力の違う者がいた。
「さあさあ、みんな思いっきり私に豆をぶつけるといい!!」
 とうとう商店街にまで姿を現してしまった歩く18禁、その名も変t…ラブコメ仮面、袋井 雅人(jb1469)その人である。
 鬼のパンツいっちょもラブコメ仮面の褌いっちょも、露出度としては大して変わらない。
 なのに何故、ラブコメ仮面ばかりが蔵倫様の目の敵にされるかといえば、それはひとえに頭にパンツを被っているか否かの差ではないだろうか。
「普通に歩いているだけでは皆さん恐れをなして豆をぶつけて来ないかと思いまして、今日はミハイルさんに同行させていただくことにしましたよ!」
 これならきっと、逃げずに向かって来てくれるに違いない。
 流れ弾ならぬ流れ豆でも構わないから、誰かぶつけて! 目を逸らさないで!
「じゃあお言葉に甘えて遠慮なく行くよ! それそれー!」
 佐藤 としお(ja2489)はラブコメ仮面のビジュアルにも怯まず、思い切り豆を投げ付ける。
「鬼は外ー!」
「ふっ、その程度でこの鬼コメ仮面を撃退することが出来るとでも!?」
 鬼のようなラブコメ、略して鬼コメ。
 どんなラブコメなのか想像も付かないが、多分なんか色々すごいに違いない。
 そしてこの鬼コメ仮面、度重なる蔵倫からの指導にも耐えて生き延びた猛者である。
 生半可な攻撃が通じる筈もなかった。
「ダメダメ、腰が入っていないですよ! ちゃんと気合を入れて投げなさい! えいっ!!」
 鬼コメ仮面の逆襲!
 鬼のように豆を投げ返す!
 しかし、としおも負けてはいなかった。
 雅人がラブコメ仮面なら、としおはラーメン王。
「互いに一芸に秀でた者同士、ここは負けるわけにはいかないね!」
 そして始まる、商店街を縦横無尽に駆け巡り豆で豆を洗う仁義なき戦い!
「観念なさい、この島は私達鬼の軍団が占拠しました! 今日から久遠ヶ原島は鬼ヶ原島と呼ばれることになるのです!」
「くっ、天魔に続く第三勢力が現れただと!? これは天魔と人が争っている場合ではない、今こそ力を合わせてこの苦境を乗り越える時!」
 
 MISSION UPDATED

 以後、この戦いは「久遠ヶ原島への侵略を開始した鬼軍団と、迎え撃つ撃退士との壮絶なる戦い」という設定のもとに行われることとする。
 が、「そんなものは知らん」と無視してもいいし、好きなように書き換えても構わない。
 それでは設定の意味がない?
 大丈夫だ、我々には魔法のキーワードがある。
 即ち。

 ここは久遠ヶ原だからな!

 ただし乱闘は商店街の外でどうぞ、何か壊したりしたら弁償だかんね!
「なんと!? 我輩これよりミハイル殿に向けて絨毯爆撃を仕掛けるところだったのである!」
 これでは一切の攻撃を封じられたも同然と、マクセルは途方に暮れる。
 冷静に考えれば、たかが豆で器物損壊など起きる筈が…あるか、あるな、久遠ヶ原だし。
「我輩ピンチである!」
 マクセルは焦った。
 焦る余りに場所を移せば良いという考えも浮かばない。
 だがそこは強敵と書いて「とも」と読むミハイルが助け船を出してくれたぞ!
「よし、戦場は学園の廃墟だ! 鬼軍団、進軍せよ!」
 商店街のおじちゃんおばちゃんに余った豆をもらい、こうして両軍は廃墟へと雪崩れ込むのであった。


「縛りプレイを好きに決めて良いだと…?!」
 何をどこでどう聞き間違えたのか、それとも故意にそう解釈したのか、歌音 テンペスト(jb5186)の中ではそういうことになっていた。
 故に彼女は衣装と称してロープを身に纏う。
 バスローブとか魔導師のローブとか、そっちのローブではなく、縛る方のロープである。
 Bではなく、P。
 紛らわしいが、間違えてはいけない。
 そしてロープを選んだ歌音も間違えてはいない。
 ロープを着る、それは正しい表現である。
 誤字でもないことは、今の彼女の状況をご覧いただければ理解されるだろう。
 借りたロープで亀の甲的に己を縛りプレイの真っ最中、他に身に着けているものと言えば…ない。
 何もない。
 そこには、蔵倫的に見えてはいけないものは巧みなロープワークで覆い隠すという、無駄に高度な技術が惜しげもなく使われていた。
 そして歌音は固定砲台と化す。
「動けないどころか手足も動かせないけど無問題! あたしには強い味方がいるから!」
 はい、ヒリュウしょうかーん。
 まずは上を向いて口を開けます。
 次にヒリュウが升に入れた豆を上から流し込みます。
 装填完了、あとは獲物が通りかかるのを待つだけの簡単なお仕事。
「そうそう上手く獲物が飛んで来るわけない? 大丈夫、ここは天下の首都TOKYO!」
 という設定の廃墟であるが、歌音の目にはきっと首相官邸とか国会議事堂とか、何か重要そうな建物が見えているに違いない。
 そしてここは、商店街から学園に戻るルートの途上にあったのだ。
「敵機発見、掃射用意!」
 頭上を通過する筋肉天使をロックオン、人類への怒りを込めた豆を――相手は天使だけど気にせず内閣総辞職ビーム的に!

 ぷっ!!

 頭上に吐き出された豆は弾丸の如く目標を貫き、辺り一面はたちまち火の海に…なる筈だったんだけど、脳内イメージでは。
 しかし、豆はやはり豆だった。
 途中で失速し、重力に身を任せた豆は歌音の額にぺちっと当たって地面に転がる。
 天に唾する、いや豆する行為によって歌音は自滅――いや、まだだ。
「あたしの怒りは首都を焼き尽くしても収まらないわ!」

 ぷぷぷぷぷっ!!!

 スイカの種を飛ばすが如き激しい乱射が無差別に襲いかかる!
 しかし、所詮は豆だった。
「ゴジ…いや、ビジュアル的にガメの方か? どっちでもいい、怪獣は外だな」
 通りすがりの白虎と風雲荘の愉快な仲間達、六実、愛梨沙、リコ、そしてリュールと黒咎三人組が豆をぶつけて行く。
 大人はさすがに手加減をするが、子供は遠慮というものを知らない。
 全力で豆をぶつけられ、歌音は痛みに震えた――主に危ない方向で。
「きゃああああ! Oh,Yees!」
 痛みを快感に変えればノープログラム(無計画)いやノープロブレム!
「痛みはあたしを何度でも強くしてくれる!!」
 もっと!
 もっとちょうだい!

 あ、これあかんひとや。
 はいはい、よいこはスルーしましょうね。
「あのロープ、ほどいてあげなくて良いのかな?」
 去り際に六実が心配そうに振り返る。
 でも大丈夫、世の中には色んな趣味の人がいるんだよ。


 天宮 佳槻(jb1989)は、今年もせっせと落とし穴を掘っていた。
 去年も一昨年も、同じことをしていた気がする。
 これで三度目ともなれば、正直ネタ切れの感も否めない。
 しかし、掘らねばならぬ。
 自分が掘らねば誰が掘ると言うのか、ここまで来たら今年も掘るのが使命である。
 例によってスキルを駆使して落とし穴を掘る。
 スキルと才能の無駄遣いとか言うな、去年も言われたけど。
 穴の底には竹槍を仕込み――なんて、する筈ないでしょう?
「僕は久遠ヶ原には希少な良識派ですから、ええ」
 落ちても痛くないようにクッションを敷いて、その下には豆に因んだ景品を仕込んで。
 今年は豆大福にナッツケーキ、ナッツ煎餅、豆乳プリン、豆焼酎などなど。
 なお景品はひとつの穴に一種類、つまりそれだけの数の落とし穴を掘ったということで――だから無駄とか言うなってば。
 やりきった佳槻は気配を消して陽光の翼で宙に舞う。
 そこから穴の様子を見守ること…いや待て、既に誰か落ちている。

「何か良い匂いがするなーと思って来てみたら、なにこれ美味しいラッキー!」
 穴の底でナッツケーキをむしゃぁしているのは、言わずと知れた腹ぺ娘真緋呂さん。
 なお、そこが落とし穴であることには気付いているのかいないのか。
「炒り豆ばっかりでも全然平気だけど、たまにはこういうのも良いわね。誰だか知らないけどありがとう、ごちそうさまでした」
 食べ終わった真緋呂は何事もなかった様に穴を出て、次の穴へと向かう。
 落とし穴とは何だったのか。
 いや、それよりもこのままでは彼女ひとりに全てを食べ尽くされてしまう。
 景品は見つけて貰ってこそだし、以前の様に誰も落ちてくれないよりはずっと良い。
 けれど、落とし穴として機能していない現状は如何なものか。
 そこで佳槻は一計を案じた。


「まったく、相変わらずお前達は遊んでばかりいるのだな」
 アレンに引っ張られてきたテリオスは、毎度お馴染みの呆れた様な溜息を吐く。
「去年は審判とやらをさせられたが、今年は必要ないのか」
「そうですねー、今年はまたやり方を変えたみたいですよー」
 と言うか、正確に言えばこれは遊びではない。
 七夕もそうだが、これは日本の伝統的な行事である。
 そのあたりを勘違いしていそうなテリオスに、アレンは節分の由来や意味、その本来の在り方などを丁寧に説明していった。
「学園で行われる行事はどれも大幅にアレンジされていますから、テリオスさんが遊びだと思ってしまうのも無理はありませんねー」
 説明が終わったところで、二人は激しく燃え上がるバトルのまっただ中…は避けて、隅っこの方でまったりと豆まきを楽しむ。
「参加できる時はいつも章ちゃん側にいましたから、投げる側になるのは新鮮ですねー」
 と、その袖をテリオスが引っ張った。
「アレン、あれも…鬼なのか?」
 言われて視線を辿ると、そこにはどう見ても鳳凰にしか見えない召喚獣の姿があった。
 ただし、頭に小さな角を付けている。
「そうですねー、誰かが召喚して鬼に仕立てたのでしょうー」
 仮にも聖獣に対して豆をぶつけるなんて、とは思わないのが久遠ヶ原スタイル。
 鬼として現れたなら相応の対処をするのが礼儀と、二人は遠慮なく豆を投げ付ける。
 が、鳳凰は素早くそれを避けると、誘う様に飛び――
「テリオスさん気を付けて下さいねー、これは多分何かの罠…、…あー…」
 アレンが気付いた時には遅かった。

 ずぼぉっ!

 見事に嵌まる、天使一匹。
 そこに現れたのは落とし穴を掘った本人、ではなかった。
「見事に引っかかったわね、掘ったのはあたいじゃないけど!」
 豆バズーカを構えたチルルが穴の縁で勝ち誇ったように胸を張る。
「かしこい撃退士は他の人が作った罠だって上手に利用するものよ!」
 そーれ、おにはーそとー!

 どぱぱぱぱ!

 しかし、その攻撃をアレンが身体で受け止める。
(「テリオスさんが豆怖いーとなってはいけないのですー」)
 とは言え、至近距離で受ける大量の豆はけっこう痛かった。
 穴の縁からふらーりと後ろへ倒れ込むアレン、降って来るところをテリオスが下で受け止めようとするが――べちゃ!
 さて、こういう場面では下にいる方が押し倒される格好になるのがお約束。
 しかし良い雰囲気になる前に、上から容赦なく降って来る豆の雨!
「あたい、さいきょー!」
 ええ、空気は読むものじゃありませんから!
 でも上に覆い被さって守る構図も尊いと思いませんか?

 なお佳槻が後ほど何食わぬ顔で確認したところ、穴の底に仕込んだ景品は気付かれることなく、そのままそこにあった。
「まあ、あの状況では気付く余裕もありませんか…」
 残ったものは例によって、パーティに提供しておこうか。


「お豆のおかわり自由…おかわり自由!?」
 ユリア・スズノミヤ(ja9826)は、大事な事だからと二度繰り返す。
 そこから導き出される結論、それはつまり――
「食べ放題!?」
「違うと思うし、炒り豆の食べ放題で喜ぶのもどうかと思うが」
 飛鷹 蓮(jb3429)はそう言いつつも、それが彼女の望みとあらば協力を惜しむ選択肢など持ち合わせてはいない。
 それよりも、もっとどうかと思うのは彼女が選んだ衣装だが、それが彼女の以下略。
 ここで男鹿半島名物のナマハゲを選ぶセンスには脱帽するしかない。
 しかも面を被ってケラミノと藁靴を装備した本格仕様とか、拘り方も半端ではなかった。
 何が彼女をそこまで駆り立てたのか、それは永遠の謎であるが…それはさておき。
「ほらほら、早く逃げないと食べちゃうぞー」
 ナマハゲユリアは豆鉄砲にチョココーティングを施した豆を装填、それを蓮に向けるかと思いきや、自分の口にポンと発射。
「10数えたら追いかけるからねー」
 いーち、ポン、ぽりぽり。
 にーい、ポン、ぽりぽり。
 さーん…
「一粒ずつじゃ食べた気しないなー」
 ぽりぽりぽり。
 よっしゃ、食べながら撃って食べよう。
 え? 意味がわからない?
 補充用の豆を手掴みでぽりぽり食べながら、自分の口に一粒ずつ撃って食べるんだよ。
 もちろん攻撃もするけどね!
「蓮はいねがー」
 ぽりぽりぽり。
 ゆっくりと10数え終わったナマハゲユリアは、蓮が逃げたであろう廃墟の方角に向かって歩き出す。
「物理的に食べちゃうぞー」
 ぽりぽりぽり。

 カウントダウンの声を聞きながら、逃げる蓮は思う。
(「…無垢な笑顔で容赦なく投げてきそうだな、ユリアは。まあ、甘んじて受け入れるが」)
 それもまた良し、ただしナマハゲ仮面のおかげでその笑顔が見られないのが残念ではあるが。
 そして受け入れはするが逃げないとは言ってない。
 ハイドアンドシークを発動し、気配を隠しながら廃校舎の上に陣取って待ち伏せる。
「蓮はいねがー」
 ユリアがその下を通りかかった瞬間、どざざーーーーっと豆の雨が降って来た。
「うみゅ!? 天の恵み!?」
 ナマハゲの仮面を外し、あーんと大きく開けた口で豆を受け止めぽりぽりぽり。
「あ、蓮みーっけ☆」
 ぽりぽりぽり。
「足らぬわもっと寄越せー!」
 がおー、ぽりぽりぽり。
「寄越さないと…そーれチョコ豆ふぁいやー☆」
 ドギャギャギャ!
 予想通りに容赦なく撃たれた蓮は再び気配を隠して廃墟に紛れる。
 が、うっかりすると逆にユリアを追いかけていたりするのは、きっと元の職業柄だろう。
(「追うのは慣れているが、追われるのは未だに慣れないな…」)
 と、行く手に見えるあの人影は。
(「…む、門木教員か」)
 そう言えばユリアは先日、何か大事なものをくず鉄にされたと言っていた。
 これは使えると、堂々と姿を現した蓮はさりげなさを装いつつ門木の脇を通り過ぎる。
「うみゅ? 門木先生だー」
 かかった。
「…この前は私のドロワーズがお世話になりましたー」
 めっちゃ良い顔でにこっと笑うユリア。
 だが気を付けろ、その笑顔には毒がある。
「これはほんのお礼です、遠慮なく受け取るがいいふぁいやー!」
 大丈夫、気持ち手加減はする!
 門木先生いじめると後が怖いって、こないだ報告書で見たから!
 でも豆鉄砲で手加減ってどうすれば良いんですか先生!
「とりあえず足元を狙えば良いんじゃないか?」
「そっか、蓮あったまいいー!」
 ドギャギャギャ!


「さて、楽しくやりましょう」
 夕貴 周(jb8699)はニコニコ笑顔を夜叉の面で覆い隠す。
「僕が鬼をするんですね、任せてください」
 対する相手は幼馴染みの木嶋 藍(jb8679)とあって、ちょっと子供の頃に戻った気分だった。
 こうしていると昔とちっとも変わらないと、ヒーローを気取る藍の姿に仮面の下で目を細める。
「マメマキヒーロー見参! 鬼退治しちゃうぞー!」
 叫んだ藍は両手を空に向けて高く掲げるポーズを決めて、芝居がかった調子で名乗りを上げている最中だった。
「やぁやぁ、遠からんものは音に聞け、近くば寄って目にも見よ! 我こそは南の海と林檎の化身、青のヒーryいたたた!」
 ちょっと、名乗りの途中で攻撃するとか禁じ手なんだけど!?
「あーちゃんまだ名乗ってる途中! 最後まで聞いて!」
「長いよ、それに隙だらけだ」
「それでもちゃんと待ってるのがヒーローもののお約束なの!」
「そうなの? でも今日は鬼だから厳しくいくよ? ごめんね」
 仮面の下で笑いながら、周は再び豆をぶつける。
「ちょ、どんな悪人だって全員が名乗り終わるまでは攻撃しな、いったぁ!」
「ははは、ほらほら、喋ってる暇はないよ?」
 再び攻撃を受け、藍はようやく名乗りを諦めた。
「もう、名乗りのないヒーローなんてネタのないお寿司みたいじゃない!」
「そうかな、せいぜいサビ抜きくらいだと思うけど?」
 だとしても、必殺技を叫ぶことだけは外せないし譲れない。
「必殺! 水のように流れる大マメ攻撃!」
 フツーに豆鉄砲を撃っただけとか言わない!
 ヒーローが必殺と言えば、どんな技でも必殺技なの!
 しかし、夜叉怪人は全ての豆を雷鳴と共に叩き落とす!
 やばい、ただの棒として使ってるだけなのに、そっちの方がカッコイイしヒーローっぽいかも!
 危うし藍のヒーローとしての存在意義…って、あぁ、逃げたらますます存在意義が…!
「だってあーちゃん打ち返して来るんだもん!」
「それはそうだよ、僕だって黙って倒されるわけにはいかないからね」
 それに、ヒーローとは打たれて強くなるものだ。
 びしっと喰らう反撃は愛の鞭と思ってもらおうか。
「がんばれ、ヒーロー。僕を倒すんだろう?」
 仮面の下の表情は見えないけれど、その声は明らかに楽しんでいた。
「もー怒った、くらえあーちゃん!」
 豆鉄砲を投げ捨てたヒーローは、ついでに大人としての分別も投げ捨ててしまった様だ。
 両手で豆をがしっと掴み、腕をぶんぶん振り回して駄々っ子パンチからの豆攻撃――もちろん拳は当てないし当たらないけれど。
「必殺! ぐるぐる豆マシンガン!」
 もはや、ただの子供の喧嘩。
 その楽しさに、周の口から盛大な笑い声が溢れ出た。
 こんなに楽しい気分になったのは久しぶりかもしれない。

 はしゃぎながら駆け回る二人が廃校舎の脇を通りかかった時。
 藍の頭上から大量の豆がパラパラと降り注いだ。
「えっ、なに!?」
 見上げた視線の先には――
「ユリもんに蓮さん!? もー何するのー!?」
 そう言いながらも笑っているのは、降って来る豆が全然痛くないから。
「うん、さすが蓮さんは優しくて紳士的だね!」
 女性に優しくするのは男として当然のこと…そう答えようとして、蓮はふと思う。
 思った時にはもう、口から言葉が転がり出ていた。
「…自分の彼女にも容赦なく豆を投げそうだな、君の彼氏は」
「う、否定は出来ない、かも…。でも優しくないとか、そういうことじゃないよ、スパルタなだけだよ!」
 フォローになってない気がするのは気のせいだよ! ね!
「あっぷるちゃ…藍ちゃんお疲れーぃ☆」
 飛び降りたユリアが抱き付いて、ぎゅー!
「そろそろパーティの時間だよー☆ アップルパイいかが?」
 むふー。



「まさか集団で鬼役であると?!」
 廃墟へと戦場を移したマクセルは、そこに居並ぶ鬼の数に戦慄する。
 が、敵が強ければ強いほど、多ければ多いほど歓喜に震える、それが筋肉の本能だった。
「良かろう。ならば、戦争である!!」
 ここならば周囲への被害も弁償も気にせず思う存分に暴れられると、マクセルは歩兵用軽機関銃型豆鉄砲を地上の鬼達に向ける。
「まずは毎分550豆の性能を誇る、この機関銃の威力を知るのである!」
 ぱらららぱららら!
「だが当たらなければどうってことはない!」
 踊る様にステップを踏んで華麗に避けるミハイル、しかしそこまではマクセルも予想していた。
 だからこそ、この秘密兵器である。
 対ミハイルに特化したこのピーマン型手榴弾の威力を今こそ見せる時!
「盾ごと弾け飛ぶが良いのであるぅ!」
 ぱぁん!
 ピーマンそっくりの手榴弾が弾けると、中からピーマンの汁がぶしゃぁ!
 なんてことは、なかった。
 ピーマンが弾けて豆をばら撒くだけだよ! 可愛いだろ!
「さあミハイル殿、遠慮なく反撃するが良い! 我輩、逃げも隠れもせぬのである!」
 だが、ミハイルは投げなかった。
 そもそも投げるべき豆を持っていない。
「今日の俺は鬼に徹すると決めたんだ。さあマクセル、もっと投げろ! 章治も遠慮せずに投げて来い!」
 両腕を広げ、カモーン!
「うむ、門木殿! 我輩にも豆を投げるのである! この筋肉が全てを弾き返して見せようぞ!」
 マクセルはライバック式説得術で挑発してみる。
「わかった、投げれば良いんだな?」
 門木は豆を一粒つまむと、まずはミハイルに向き直った。
「はい、あーん?」
 言われて思わず反射敵に口を開けたところに、ぽいっと投げ込まれる豆ひとつ。
「おにはーそと」
 違うそうじゃない。
「次はマクセルな? ほい、あーん?」
 そうじゃないってば。
「ふくはーうち」
 ぽいっ。
「ノリが悪くて、ごめんな」
 でも、いくら豆でもぶつけられたら痛いから。
 大切な友人達にそんなことは出来ないと笑う門木を前に、二人は毒気を抜かれた様に呆然と立ち尽くすのだった。



「…そろそろ皆さん、お腹を空かせて戻られる頃合いですねぇ…」
 パーティの準備に専念していた恋音は、時間を見計らって食堂に顔を出した。
 テーブルのセッティングなどは手の空いている者に任せてあるから、後は出来たての料理を並べて待つだけだ。
 今日のメニューは節分らしく、大豆や大豆製品を中心にしたヘルシー志向。
 メインディッシュはチリコンカンに、豆腐ハンバーグ、豚肉と油揚げのチーズ焼き。
 デザートには大豆マフィンと豆腐ティラミス。
 それに、コーヒーや抹茶、イチゴ味など様々なフレーバーの豆乳飲料を各種。


「…皆さん、お疲れ様でしたぁ…」
 ぞろぞろと戻って来た参加者達を出迎えて、恋音はラブコメ仮面を解除した雅人と共に席に着いた。
「いやいや、恋音、今年の豆まきもなかなかにハードでしたよ」
 主に蔵倫との戦いがと、雅人はイチャコラしながら武勇伝を披露する。
「天魔人連合軍と鬼の戦いも凄まじいものがありましたけどね!」
「…それで、勝敗はどうなったのでしょうかぁ…?」
 恋音が尋ねるが、雅人はその結果を知らない。
 恐らく誰も知らない。
 過程が楽しければ結果なんてどーでもいい、それも久遠ヶ原流だった。


「節分には年の数だけ豆を食べるのですー」
 ごちそうを食べる前に挑戦しないとクリアが難しくなると、アレンはテリオスの前に小皿に盛った豆を差し出した。
 女性に歳を訊くものではないし訊く気もないから正確なところはわからないが、門木よりも年下であることは間違いない。
「適当に50粒ほど用意してみましたー」
 これくらいなら食べきることは難しくないだろう。
「私はちょっと食べるのだるい数なので、おからにしてせんべいにして食べるのですー」
 それから最近の流行と言えば恵方巻き。
「願い事しつつ恵方向いて黙々一気に食べましょうー」
 個人的に具はキュウリ尽くしのカッパ恵方巻きでも良かったのだけれど、テリオスの好みには合いそうもないので普通に海鮮巻きを買って来ました。
「あ、ワサビは入ってませんからー」
 もぐもぐもぐ。
 テリオスさんが女の子に戻れる日が早く訪れますように…。


「…99、100、101…394、395、さんびゃく…うぇっぷ」
 歌音の推定年齢は五億歳。
 確か普通の人間だった気もするけれど、五億歳。
 よって歳の数だけ豆を食べるのは至難の業と言うより拷問に近い、と言うか不可能。
 五億粒の豆って何トンですか。
 しかし歌音は食べる。
 必死で食べる。
 食べ終わるのは何年後になるのだろう。


 だが、たとえ五億歳でも五百億歳でも、この人なら多分大丈夫。
 年齢分の豆なんて開始五秒で食べ終えた真緋呂は、テーブルに並んだ料理の数々を体内のブラックホールに次々と吸収していく。
「あ、ちゃんと味わってるから大丈夫よ?」
 彼女がいる限り、食材が無駄になることも残り物の処分に困ることもない。
 だからどんどん作ってくれても良いのよ?


 合流したユリア達は四人だけで隅のテーブルを占めていた。
「みゅ、いっぱい動いたらお腹すいたねー」
「ユリもんはいつもお腹すかせてるけどね。あ、そうだ…ちゃんとした紹介がまだだったね!」
 暖かい豆乳カフェオレでのんびりしつつ、まずは藍が周を紹介する。
「あーちゃんは幼馴染なの。イケメンでしょ、すごく暖かい子なんだ」
 手放しで褒められた周は、少し恥ずかしそうにしながらもそれを否定せず、丁寧な物腰で二人に頭を下げた。
 二人とも、よく藍から話を聞いて想像していた通りの印象だった。
「あのね、あーちゃん。ユリもんと蓮さんは優しくて心も絆も強い、私の憧れのカップルなんだ」
「ああ、素敵なカップルだな」
 まだ知り合ってから間もないが、僅かな時を過ごしただけで伝わってくるものがある。
「藍ちゃんが憧れている気持ちがわかります」
 にっこり笑って、周は先ほどのお返しとばかりに言った。
「藍ちゃんは可愛いでしょう。自慢の幼馴染みなんですよ」
「それは認めるが、一番可愛いのは俺のユリアだ」
「うみゅ、ありがとー。中身も外側も、やっぱり蓮が世界一のイケメンだよー☆」
 褒め倒し大会の会場はここですか。
「ああ、そう言えば…」
 それぞれに褒めるネタが尽きることはなさそうだったが、とりあえず一段落したところで蓮が見覚えのあるガラス玉を取り出した。
「あ、それ…クリスマスの時の!」
「ああ、きちんと伝えていなかったからな」
 そう言われて何の事だろうと首を傾げる藍に、蓮は青いハムスターと黒狼のオーナメントを差し出す。
「君の光と、どうか幸せに」
「…ありがとう…!」
 蓮さんやっぱりイケメンだ!


 風雲荘の面子を中心にしたテーブルでは、ささやかな誕生会が開かれていた。
「愛梨沙ちゃんは今日誕生日なんだってな、おめでとう」
「おめでとうございます」
 白虎と六実から手渡されたプレゼントを、愛梨沙は複雑な表情で受け取る。
 それほど親しいわけでもない彼等が何故?

 その答えは、プレゼントに添えられていた六実からの手紙に書かれていた。
『もしも、少しでも昔の記憶を取り戻したいと思う気持ちがあるなら読んでください』
 そんなメモが付いていたせいで、昼間は読む勇気が湧いて来なかった。
 けれど、これは知らなくてはいけないことだと意を決し、一人の部屋で封を切る。
 二重になった内側の封筒には「アルテライア・エルレイス姉様へ」と宛名が書かれていた。
 内容はごくシンプル、しかし愛梨沙にとっては衝撃的なものだった。

 私の天界での名前はリルレイア。貴女の異父妹です。
 隠し子として別の場所で育ったので余りエルレイスの家は知りませんが…リーアはまた姉様と呼びたいです。

「六実ちゃんが、異父妹…あの子が私の妹?」
 確かに、朧気に残っている記憶の中では妹が居たような気がする記憶がある。
「あの子、ずっと近くに居たのに私が思い出せない、思い出そうともしないせいでどんな気持ちだったんだろう…」
 謝って済むことではないかもしれない。
 完全に思い出せたわけでもない。
 けれど――

 愛梨沙はアパートの住人となった親子が住む、部屋のドアをそっと叩いた。


「…さて…これで今年の節分も終わりですねぇ…」
 その日の夜中、もう日付も変わろうかという頃。
 風雲荘の一部屋に大きな木桶を担ぎ込んだ恋音は、やり遂げた表情で溜息を吐いた。
 桶の中身は仕込んだばかりの自家製味噌。
 熟成におよそ一年が必要となるそれは、来年のお土産用にと作ったものだ。

 来年も無事にここでと、そんな願いを込めて――


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:9人

伝説の撃退士・
雪室 チルル(ja0220)

大学部1年4組 女 ルインズブレイド
アルカナの乙女・
クリス・クリス(ja2083)

中等部1年1組 女 ダアト
ラーメン王・
佐藤 としお(ja2489)

卒業 男 インフィルトレイター
楽しんだもん勝ち☆・
ユリア・スズノミヤ(ja9826)

卒業 女 ダアト
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
大祭神乳神様・
月乃宮 恋音(jb1221)

大学部2年2組 女 ダアト
ラブコメ仮面・
袋井 雅人(jb1469)

大学部4年2組 男 ナイトウォーカー
陰のレイゾンデイト・
天宮 佳槻(jb1989)

大学部1年1組 男 陰陽師
伝説のシリアスブレイカー・
マクセル・オールウェル(jb2672)

卒業 男 ディバインナイト
Stand by You・
アレン・P・マルドゥーク(jb3190)

大学部6年5組 男 バハムートテイマー
繋ぎ留める者・
飛鷹 蓮(jb3429)

卒業 男 ナイトウォーカー
208号室の渡り鳥・
鏑木愛梨沙(jb3903)

大学部7年162組 女 アストラルヴァンガード
主食は脱ぎたての生パンツ・
歌音 テンペスト(jb5186)

大学部3年1組 女 バハムートテイマー
あなたへの絆・
蓮城 真緋呂(jb6120)

卒業 女 アカシックレコーダー:タイプA
Survived・
新田 六実(jb6311)

高等部3年1組 女 アストラルヴァンガード
青イ鳥は桜ノ隠と倖を視る・
御子神 藍(jb8679)

大学部3年6組 女 インフィルトレイター
白花への祈り・
夕貴 周(jb8699)

大学部1年3組 男 ルインズブレイド
225号室のとらおじさん・
鳳・白虎(jc1058)

大学部6年273組 男 ディバインナイト