感情は先に爆発させた者の勝ちだ。
タイミングを逃して出遅れてしまうと、頭に上りかけた血が一気に引いて、却って冷静になる。
自分が冷静にならねば一体誰がこの場を収めるのだという、使命感にも似た何か。
(「先にあそこまで怒られると、怒り切れなくなりますね…」)
リュールの様子を目の当たりにして、カノン・エルナシア(
jb2648)は思う。
これまでにも何度か、似たようなことがあった気がする、と。
彼が穏やかな性格に育ったのも、この母による影響が多分にあったに違いない、とも。
リュールは今、なかなか足並みが揃わない参加者達に対して苛立ちを募らせているところだった。
「カンジキだかダンジキだか知らぬが5秒で作れぬなら無用、雪など気合いで吹き飛ばせ!」
そんな無茶なと思いつつ、ユウ(
jb5639)がとりあえず宥めにかかる。
「お気持ちはわかります…とは言いません。リュールさんの怒りも後悔も悲しみもどれ程のものか推し量ることができません。それでもここで過ごした時間を、私達が傍にいることを忘れないでください」
しかし頭に血が上ったリュールの意識には、言葉の半分も届いていない様子だった。
「聞いていますか、リュールさん」
その問いにも上の空。
これは実力行使に出るしかないだろうかと、ユウが手を上げかける。
しかし、それは下手をすれば火に油どころか核爆弾のスイッチを押すにも等しい行為――
ではどうすれば良いのか。
こうするのだ。
「私達も彼等を放っておこうというわけではありません」
カノンが言った。
「捕縛の過程で多少のやりすぎは仕方なし、ですよね」
ここまでは恐らく聞こえていないだろう、しかし最後のこれはどうだ。
「お義母さん」
ずっきゅうぅぅん!
「お、おか…っ」
効いた、めっちゃ効いた。
効きすぎて今の状況を忘れるくらいに効いた。
「それに章ちゃんがそう連絡してきたということは、一人で逃げられたということですよねー」
アレン・マルドゥーク(
jb3190)が普段の五割増しくらいにのんびりした声で言う。
「なら、例のジョロキア弾を使ったと思うのですー」
昔と違って彼が様々な自衛手段を講じていることはリュールも知っている筈だ。
それに、あれをまともに喰らえばいくら天使でもすぐには動けない。
「ですから慌てず騒がず、準備を万端に急ぎましょうー」
「わかった、確かに準備は必要だな」
だが、そこでたこ焼きを焼き始めているゼロ=シュバイツァー(
jb7501、お前は置いて行く。
「なんでや、たこ焼きは出来たてのアツアツが美味いんやで!」
熱ければ中に仕込んだジョロキアの辛さも百万倍――ただし今現在手元にはない。
「そこはきっつぁんに弾を分解してもろてやな」
「ならば現地で焼けばよかろう」
たこ焼き神ならば、いつでもどこでも焼ける筈!
数分後、一行は雪野原のど真ん中に放り出されていた。
魔法少女(褌おじさん)・矢野 古代(
jb1679)には雪原の歩き方などわからぬ、かんじきを作ろうにもオカンの妨害に遭ってしまった。
だが、これだけは成し遂げねばならぬと考えた。
即ち。
「魔法少女を雪山の雪に埋もれさせねばならぬ」
彼の言う魔法少女とは、雪原に咲く六輪の花――
魔法少女・ベルにゃん☆ミ・青空・アルベール(
ja0732)!
「おうおう、久遠ヶ原の魔法少女を舐めるなー…って、私魔法少女だったの? えっ」
だったのですよ、ちゃんと称号にもあるでしょう?
こうかはばつぐんだ・Spica=Virgia=Azlight(
ja8786)!
「魔法少女って…たしかに、依頼では…」
しかし振られたネタには答えねばなるまいと、スピカは古代に向けて銃を構える。
何の「効果」なのか、それは――
「世の中には…知らない方が幸せな事も…ある」
あっはい。
アド褌ティの勇士・ミハイル・エッカート(
jb0544)!
「待て、なんで俺まで魔法少女なんだ!? オッサンには厳しいだろう!」
大丈夫だ、魔法少女には年齢も性別も関係ない!
なお称号から何かが抜け落ちている気がするのは気のせいです。
そこに可愛い妹分・華桜りりか(
jb6883)と、サディスティック貴族・ゼロ=シュバイツァーを加え、そして最後に古代を加えて、六人の魔法少女が勢揃い。
この中で魔法はともかく少女を名乗れる者は一人しかいない気もするが、その一人が誰であるかはご想像にお任せする。
それはともかく、魔法少女が六人揃えば生き残りを賭けた戦いが始まるのはお約束――
「と考えてたがこの数は余裕ないな」
古代は周囲を取り囲む犬サーバントを見て残念そうに吐き出した。
今まで見て見ぬふりをしていたが、さすがにこう数が多くてはそれもままならぬ。
「青空さんとゼロもそう思うだろ」
「私は最初からサーバント退治のつもりだったのであるよ」
あれ?
「古代さん何一人で明後日の方に突っ走っとるん? 俺ら真面目にお仕事しに来たんやで?」
え?
「二人とも酷いな、裏切り者!」
事前の相談ではあんなにノリの良いこと言っといて!
という冗談(多分)はさておき、犬の始末である。
獲物の発見を主人に伝えようというのか、犬達はギャンギャンと喧しく吠え立てている――その獲物が見当違いである事にも気付かずに。
「対処は難しくなさそうですが、こちらの戦いぶりを見た天使達が恐れをなして逃げる可能性がありますね」
「ええ、テリオスさんのゲートも近いですし、章ちゃんが見付かってしまうのはもっと困ります」
カノンの言葉にアレンが頷く。
逃がす気はないが、動き回られては厄介だ。
「彼等が堕天使狙いなら、私やアレンさんは良い獲物の筈ですね」
自分達が囮として彼等の目を引き付けておけば、余計な行動は抑えられるだろう。
「あたしも、囮役になるの…です」
「私も、そちらに…」
見た目だけは人畜無害なか弱い少女、りりかとスピカを加え、囮は四人。
「ならば私も」
天使絶対殺すマシーンと化したリュールがその後に続こうとする――が、ミハイルが止めた。
「リュールはこっちだ。気持ちは分かるが、バカ天使3人組よりも章治を探すのが先だろう」
「大丈夫だ、あれは逃げ足だけは速い」
「万が一という事もある」
「有り得ん、その前に私があのガキ共を欠片も残さず消し去ってくれるわ!」
こりゃあかん、聞く耳持たん、このオカン。
だがしかし、りりかがその口にチョコをぽいっと放り込めば、途端に切れる暴走スイッチ。
「とどめをさしたらくるしむ事がなくなってしまうの、ですよ?」
にこやかに、涼やかに。
「それよりくるしい思いを記憶に沁み込ませてあげて、一生気が休まらない状態にする方が良いと思わない…です?」
次いでアレンが言った。
「章ちゃんを苦しめた酬いが一瞬の死の苦痛で済むとか優しすぎるのです」
表情はいつものように穏やかだが、それだけに底知れぬ恐ろしさを感じる。
「捕縛して長期に渡って苦しめないとです。その間に堕天使認定もされるでしょうね」
そうなれば、今度は自分達が狩られる側だ。
「せやな、ただ殺すなんてつまらん事したらもったいないですやん。生殺しにしないと」
ゼロはいつものわるいかお。
平常運転すぎるせいか、今ひとつインパクトに欠ける気がしないでもないが。
彼等の言葉に、リュールは「それもそうか」と頷いた。
「それに、章治は生け捕りにしろと言ってるんだろう? だったらここはその希望を叶えるべきだ」
自分だって殺したいのを我慢しているのだと、ミハイルは疼くハートをやはり疼いて仕方がない右手で押さえた。
「ったく、章治は相変わらず甘いぜ」
その甘さに付き合おうとしている自分も随分と角が取れたものだと思うけれど。
「章治は木の陰に身を隠していると言って来たんだったな」
渋々ながらも承知したリュールを連れて、ミハイルは森の中へと足を踏み入れる。
見渡す限りの雪野原では、確かに身を隠せるような場所は他にないだろう。
「相手がいくらバカでも、その見当くらいは付けてるだろう…森にサーバントを放った可能性もあるな」
敵が木々をすり抜けてこられては困ると、阻霊符を発動しつつスレイプニルを喚んだ。
自分はクライムでその背に乗り、光学迷彩で全員の姿を隠して、森の中をそろそろと移動する。
「学園に連絡を寄越したんだ、携帯は持ってるんだろう」
とにかく救援が来た事だけでも伝えておこうと、ミハイルは一言「来たぞ」とメールを送った。
すぐさま、位置情報だけが付いた返信が来る。
それを仲間に転送すると、ミハイルは森の奥へと進んで行った。
一方、犬退治に残った者達はまず包囲に穴を開けて、囮と捜索班を逃がす。
それに気付いた犬達が追いすがろうとするが、彼等の注意はすぐさまゼロの華麗なる雷打蹴によって惹き付けられる事となった。
「余所見すんなや犬っころ、俺らが遊んだる言うとんのや」
凶翼で宙に舞ったゼロは追って来た犬達をその漆黒の翅から放たれた闇の翅で切り刻む。
上から叩き付ける様に斬り付けられた犬達は、続けて飛び立とうとしていた仲間達を落下の衝撃で押し潰した。
「お前らが空を飛ぼうなんざ百億年早いわ」
ゼロは制空権を死守したまま、地上に向けて無差別爆撃を続ける。
その攻撃から逃れようとしても、そこにはもう一人の無差別爆撃機が待ち構えていた。
ユウは手近な集団を三日月の刃で千切りにし、影の刃でみじん切りに。
運良くそれを逃れても、銃撃によって鼻先を吹き飛ばされて、雪の上を転がる羽目になる。
青空は飛べない獲物を狙って空から近付こうとする犬達をバレットストームの暴風に巻き込んで粉砕、その余波に紛れて天使達の姿を姿を探してみる。
が、まだこちらの存在に気付いていないのか、或いは求めていた獲物ではないと知った為か、近くにそれらしい気配はなかった。
「なら、まずはこっちを確実に抑えるのが大事であるね!」
視界を奪い、足を奪い、聴覚を奪ってしまえば斥候としての役には立たない。
潰すのは後で余裕が出来てからでも遅くないだろう。
古代は雪に足を取られつつも撃退士の身体能力と気合いでカバー、群れを抜けて来る個体を狙い、「凡人の奇射」という謙遜に過ぎる名を持つ技で一体ずつ確実に仕留めていく。
赤金にアシッドショット、どの技にも派手さはないが、狙った獲物は必ず仕留める一撃必殺の手。
僅か四人の攻撃に、犬達はあっという間に数を減らしていく。
一気に半数近くまで減った時、その動きが変わった。
「逃げる気か?」
戦意を失った様に尻尾を巻いて空に舞い上がった一体を、古代が撃ち落とす。
「或いは囮に釣られた飼い主に戻れと命じられたか」
「でも逃がさないのだ、加勢にも行かせない!」
青空が別の一体を雪の中に沈め、更にもう一体に狙いを付けた。
しかし引き金を引くよりも早く、それは射程外へと飛び去ってしまう――が、それで逃げ切れるほど魔法少女は甘くない。
「追いかけっこやったら負けへんで?」
追いかけ、追い付き、追い越したゼロが真っ正面から大鎌を振り下ろし、叩き落とす。
まるでそこに見えない壁でもあるかの様に、犬達はそれ以上先に進む事が出来なかった。
追って来たユウが背後を押さえると、もう逃げ場はない。
それまで高度を控えめに飛んでいたユウは一気に頂点まで舞い上がり、遙かな高みから見下ろすように銃を構えた。
その威圧感と共に撃ち出される弾丸は、犬達の決して小さくはない身体をいとも簡単に雪の中へと突き落とす。
落ちたものは順次、地上の二人がトドメを刺していった。
そうしながら、古代は索敵スキルで辺りを探る。
「あの網から逃れられるものはいないだろうが、念の為だ」
雪の窪みに身を隠したとしても上からは丸見えだが、上空の二人も全てに目が届く訳ではないだろう。
視線の先にちらりと動く影を見付け、古代は声を張った。
「青空さん、そっちだ!」
「任されたであるよ!」
ズドンと雪ごと吹っ飛ばし、成敗。
犬達は数では遙かに勝っても、圧倒的な火力の前ではただの動く的にすぎなかった。
全てを撃ち落とし、確実に仕留めた事を確認すると、古代は囮班が向かった方角に目を向ける。
天使達がここに姿を現さなかった所を見ると、囮作戦は成功したのだろう。
「弱いとは言え天使相手だ、数で当たれなきゃ荷が重…」
と言いかけて、面子を思い出す。
「いや、大火力二人行ったしな…」
だからこそ、急いでフォローに駆けつける必要があるかもしれない。
あの二人がやり過ぎてしまう前に。
その少し前、囮班はいかにも無防備な様子で雪原を彷徨っていた。
「章ちゃんの帰りが遅いのですー心配なのですよー」
「午後の授業には間に合うように戻ると言っていたのに、どこまで飛んで行ってしまったのでしょう…」
アレンとカノンは翼を広げ、低空を飛びながら学園所属の駄天使である事をアピールしてみる。
二人の白い翼は雪の上では見えにくいが、その少し前方を飛ぶヒリュウのピンク色は派手に目立っていた。
「章治兄さま、迷子になっていたりしなければ良いの…ですが」
りりかは不安げな様子で辺りを見回し、時折雪に足を取られて転びそうになる演技も忘れない。
そんな三人から少し距離を置き、スピカは周囲を警戒しながらブーツのホバリング機能で雪の上を滑る様に移動していた。
「私達が探し回るより、章ちゃんに見付けて貰った方が早そうですねー」
暫く進んだ所で、アレンは懐から発煙手榴弾を取り出して、ぽいっと投げてみる。
「これならきっと、どこにいても気付いてくれるのですねー、…天使の皆さんが」
最後にぼそっと付け加えた。
その狙い通り、三人組はまんまと罠に嵌まった。
「なんだ、蛇じゃねぇのか」
「でも駄天使だよ、良い獲物じゃない?」
「獲物じゃねぇ、カモだ」
ここで点数を稼ごうと、三人は嬉々として戦闘態勢に入る。
それを見て、アレンとりりかは一番強そうに見えるカノンの後ろに素早く隠れた。
「な、何ですかあなた達、私か弱い美容師なのです、戦闘員じゃないのですー」
「あたし達は章治兄さまを探しに来ただけなの…です」
しかし彼等は見逃してくれと言われれば、逆に絶対見逃すものかと考える様な連中だった。
「逃げても良いぜ、逃げられるもんならな!」
まだ目をショボショボさせながら、ヴォルギが分厚い鉄板の様な大剣を振り下ろす――が、その一撃は予想外の抵抗に遭った。
カノンが盾で受け止めたのだ。
「ちっ、駄天使のくせに生意気な!」
苛立たしげに吐き捨てると、ヴォルギは嵐の様な連続攻撃を仕掛けて来る。
しかしその太刀筋は単純で、攻撃を見切るのは難しくなかった。
パワーには自信がある様だが、本当に重たい一撃というものは腕だけではなく身体全体が痺れる様な衝撃が来るものだ。
最下層とは言え駄天使に劣る事はあるまいと思っていたが、地上での経験はカノンにそれ以上の力を与えていた様だ。
本気で受け止めたのは初撃のみ、後は盾を構えているだけで容易に凌ぐ事が出来た。
とは言え油断と慢心は禁物、万が一にも捕まる訳にはいかないと気を引き締める。
「へぇ、案外やるじゃねぇか」
背後の上空から別の声がした。
「だが三方同時にゃ防げねぇよな?」
ヴォルギにはそのまま、ストゥラには背後に回って攻撃しろと命じ、リュゲは杖を振りかざす。
その瞬間、一発の銃弾が髪を散らして頭を掠めていった。
「迎撃準備、完了…やめるなら、今のうち…」
雪の中に身を潜めたスピカが、スナイパーライフルの照準をリュゲの頭に合わせる。
「ちっ」
警告を聞き流し、反撃に苛立ったリュゲは自分の攻撃が届く距離まで一瞬で詰めて来た。
「瞬間移動…」
「邪魔だ、消えろ」
杖の先端をスピカに向ける。
しかし。
「お前がな!」
ふと日差しが陰ったかと思うと、声と共に衝撃が降って来た。
振り下ろされる血に濡れた大鎌は、天使の翼を赤く染める。
「お前らの犬っころは綺麗に片付けたで?」
残るはそこの三匹だけだと、ゼロは高空からリュゲを見下ろした。
彼等は芝居を見抜けない程度には愚かだが、明らかに実力差を誇示して来る相手に対して無闇に戦いを挑むほど愚かではない。
すぐさま掌を返し、自らの非を素直に詫び始めた。
「なるほど、お前ら今までそうやって上手いこと世の中渡って来たんやな」
しかし、それも今ここで終わる。
「さぁ、お し お き の 時 間 で す」
その頃、森の中では季節外れの台風が猛威を振るっていた。
「リュール、地球の資源は大切にしようぜ」
具体的に言えば、敵と一緒に木々を薙ぎ倒すのはご遠慮下さいという事なのだが。
しかしリュールはミハイルの言葉に耳を貸さないどころか、屁理屈で応戦して来た。
「これは間伐だ。全く、この森の管理人は手入れがなっておらん」
「ここは自然林だろう…それに、もし章治に当たったらどうする」
「そんなヘマをするか」
どかーん!
ばきばき!
わかった、これただのストレス解消だ。
「まあ気持ちはわかる」
わかるが自分まで冷静さを欠いては山が丸裸になってしまうと、ミハイルは時折ちらりと見える犬サーバントのみに狙いを絞る。
「間伐が間伐になっている間に出て来てくれ、章治」
その願いが通じたのか、或いは周囲に敵の気配がなくなった事を感じてか、尋ね人は木の上から降って来た。
「迷子は無事に保護出来たそうですよー」
ミハイルから連絡を受け、囮班は被っていた猫を一斉に脱ぎ捨てる。
「なら…もうお芝居は必要ないの、ですね?」
りりかはカノンの背後から躍り出ると、腕に抱えていた人形を小首を傾げつつヴォルギの目の前に突き出した。
その動作だけを見れば、「見て見て、この子あたしのお気に入りなの♪」とでも言いそうに思えるが、実際に出て来る台詞がそんな可愛らしいものでない事は、三人組以外の全員が知っていた。
「おいたをするとお仕置きをされると知らないの、です?」
近接型のヴォルギは勿論、舐めきっていたストゥラも距離を取る事を忘れている。
りりかはにっこり笑って二人を射程に収め、因陀羅の矢で焼き払った。
「息の根がとまる方が良いと思うようにしてあげるの…」
腐っても天使と言うべきか流石に抵抗は高く、麻痺を与える事は出来ない。
が、不意打ちによる精神的な打撃は大きかった。
その隙を突いて、カノンがディバインランスを活性化させる。
「あくまで目標は、捕縛。ただ…」
冷えた怒りが水晶の如き輝きとなって穂先に満ちた。
「ナーシュが晒された痛み、そして傷。何分の一でも、味わいなさい…!」
渾身の一撃がヴォルギの腹を貫く。
「ぐぅっ!?」
雪の上に尻餅をついた所でもう一撃、今度は空中から叩き付ける様に振り下ろした。
不利を悟ったヴォルギはなりふり構わず逃げ出そうとするが、アレンのスレイプニルが行く手を塞ぎサンダーボルトで追い討ちをかける。
それでも体力と悪知恵だけはあるらしく、雪の中を無様に転がりながら逃げて行く――と見せかけ、じっと動かないスピカを人質に取ろうとした。
しかし彼女もまた、被っていた皮を脱ぎ捨てる。
「狙撃手が、接近戦に弱いなんて…思わないで…」
スピカはその手に巨大な槌を顕現させ、伸ばされた腕をかいくぐると下からフルスイング。
「一対多、とは言え…愚かな…」
その一撃にはレート差と恩師に仇をなした事への報復、ついでにその恩師への恨みが込められていた。
とばっちり? いいえ、とんでもない。
打ち上げられたその身体を上空で待ち受けるユウがスナイパーライフルで狙い撃ち、落ちてきた所を再びスピカが打ち返すという華麗なるボレーの応酬。
「意外に、頑丈…」
これならうっかり殺してしまう危険もなさそうだ。
「くそっ、誰だよカモなんて言ったの!」
ストゥラは逃げる時間を稼ごうと、上空から彗星の雨を降らせようとする。
しかし発動の直前、その背中にアレンの放った矢が突き刺さった。
天魔の翼は魔力的なもので実体を持たず、損傷しても飛行に支障がない場合が多いが、本体への攻撃は流石に堪えた。
バランスを失った所に青空のイカロスバレットが命中し、その身体は浮力を失う。
雪にめり込んだ所に飛んで来る三個パックの納豆。
「魔法少女はこういう攻撃をするものと聞いたのだ」
青空がパックを撃ち抜くと、糸を引く納豆の雨がストゥラの頭上から降り注いだ。
「何だこれ、臭ぇっ!」
「因みに賞味期限は一年くらい前に切れてるであるよ」
確か去年の節分あたりに配られたものだった筈。
納豆って実は何年経っても食べられるらしいから、遠慮せずに食べていいのよ?
「くそっ、ネバネバして取れねぇっ」
ジタバタしている所に古代が燦然と輝く褌を手に近付いて来る。
「さてと、ひとまずは大人しくしていて貰おうか」
縛り上げるつもりだ、褌で。
だが、その手をりりかが止めた。
「縛らなくても、自力で動けないようにすればいいの、ですよ?」
「あっはい」
障らぬだいまおーに祟り無しと古代が大人しく引っ込むと、りりかはストゥラに向けて式神を放ち、移動の自由を奪った。
「縛りはしないの…でも、動いて良いとは言っていないの、ですよ?」
にこりと微笑むが、目は全く笑っていない。
どうぞ、後はお好きな様に。
窮地に陥った仲間を助けようともせずに、リュゲは一人逃走を図る。
しかしその背にはいつの間にか、赤く光る紋様が付けられていた。
「どこに逃げてもお見通しなのだ」
視力を高めた青空は、雪の中を遠ざかろうとする背中に視線を据える。
「居場所さえ掴んでいれば、たとえ地の果てでもゼロが追いついてくれるって私知ってるから!」
「地の果ては大袈裟やけどな!」
目の届く距離なら手も届くと、またしてもゼロが退路を塞いだ。
リュゲは慌てて進路を変えるが、何故この期に及んで逃げ道が残されていると思うのか。
「逃がしませんよ」
ユウの一撃で翼を射貫かれ、ゼロの星の鎖で絡め取られてジャイアントスイングかーらーのー、お星様に…なられては困るので、地面に叩き付ける。
そうして三人は、めでたく雪の上に雁首を揃える事となった。
その姿を見下ろし、リュールはとても良い笑顔で白銀の杖を振りかざす。
「久しいな、クズども」
が、その手をユウが止めた。
「リュールさん」
「わかっている、ただの脅しだ…見ろ、あの怯えた様子を」
オカン、心底楽しそうである。
しかし彼等が味わう恐怖は、まだまだこんなものではなかった。
いや、まだ始まってもいない。
「章治はお前らと違って出来がいいんだよ。頭脳も人徳も何もかもだ。お前らカスが勝てると思うんじゃねぇぞ」
頃合いを見計らって合流したミハイルが胸を張る。
本人は褒めすぎだと恥ずかしそうに首を振っているが、堂々としていろとその背を叩き、ミハイルは続けた。
「もし何かあれば学園が黙っちゃいないさ、勿論この俺もな!」
続いてにこやかな笑顔と共に、りりかが言った。
「章治兄さまに手を出すなんて…覚悟は出来ているの、です?」
なお出来ていないと言われても、お仕置き待ったなしですので悪しからず。
「まずは頭を地面へ付けて、土下座で章治兄さまに謝って下さい、です」
りりかの言葉には「まだそれが出来るうちに」という言外の脅迫が含まれていた。
しかし、門木は首を振る。
「下げた頭の影で舌を出す様な奴等だ、謝罪なんて意味はないし、望んでもいない」
ただ、彼等は侵略者だ。
侵略を受けた側――人間には、防衛と報復の権利がある。
「皆が望むなら、俺は止めないし、止められない」
「じゃあ、こいつらの手足をもいでもいいか?」
ミハイルはどうせダメだろうなーと思いつつ、念の為に尋ねてみた。
「いいぞ」
「ほらな、流石は人格者――えっ!?」
予想外の答えに、思わず顔を二度見する。
「いいのか、本当に?」
「ああ、治療が可能な範囲なら構わない」
人間界の技術なら、千切れた手足を復元する事も難しくないだろう――それだけの医療資源を彼等に回す余裕があるかどうかは別にして。
「ただし、逃亡と抵抗が可能な状態で頼む」
相手を縛り上げた上での暴行は捕虜虐待で後々問題になりそうだが、交戦中であれば大抵の事は不問にされるものだ。
「逃げようと思えば逃げられるようにしてやる。それでも逃げないなら、何をされても構わないという事だろう?」
門木はかつて投げられた台詞を、彼等にそのまま投げ返した。
「温厚な門兄ちゃんにそこまで言わせるなんて、よっぽどの事なのだ」
青空は悲しそうに首を振る。
ただ、だからといって酷い事はしたくなかった。
「だってもう、私達が居なくても門兄ちゃんのが強いよ」
わざわざ手を出す必要も、価値もない。
「あと私ヒーローだから、弱いものイジメはできないし。だって門兄より弱いから三人がかりで虐めてたのであろ?」
いや、全部で四人か。
「本当に弱いのであるな」
本来ならばヒーローは弱きを助け強きを挫くもの。
それでも今回ばかりは、本人や仲間の気が済まないと言うのであれば止める気はなかった。
「喋れなくなる前に、ひとつ訊いておきましょうか」
アレンが尋ねた。
「あなた達はエルダー派ですか、それとも王権派ですか?」
エルダー派なら、それを救う立場になった久遠ヶ原の戦力を支える技術者を害するのは手柄にならないどころか、逃げ帰ったら処罰は免れないだろう。
と、真摯に心配するフリをして脅すつもりだったのに、彼等はその名称さえ聞いた事がなかった。
「ああ、平社員なんてそんなものだよな」
古代の呟きが、妙に心に染みた。
「ところで門木先生、人界には『バレなきゃ拷問じゃないんですよ』と言う言葉があってな」
古代は門木の肩をポンと叩き、次いでその視線を三人組に向ける。
「幸いここには撃退士と、学園の教員と、貴様らにお怒りの天使様がいらっしゃいますね…」
この意味が分かるな?
そう言って、古代は手近な枯れ枝を真っ二つにヘシ折った。
だってこいつら通信機とか持ってないんだもん、仕方ないじゃない!
だが、意図するところは充分に伝わった様だ。
「とりあえず、殺さないように…」
スピカは四つの選択肢を彼等に示した。
1.大人しく学園へ引き渡す
2.魅力的な相手なので優遇
3.歯向かうならそれ相当の報いを
4.とにかく拷問だ、拷問にかけろ!
「当然、拷問…」
選択肢とは何だったのか。
「さぁて、きっつぁんのお許しが出たでぇ♪」
それはそれは悪い顔で、ゼロが楽しそうに指の関節を鳴らす。
「おっしおっきおっしおっきたのしいな〜♪」
まずはじゃんけんで勝負しようか。
勝負なら戦いだからね、一方的な暴力じゃないからね。
「だっさなきゃ負けよじゃんけん…ぐー!」
相手が反応するよりも早く、握った拳で顔面パンチ!
「ちょき!」
目潰し!
「ぱー!」
平手打ち!
なお手を縛ったりはしていません。
でも出すのが遅いからね、後出しは反則だからね。
「反則負けで俺の全勝やな!」
屁理屈? 聞こえませんね!
罰ゲームはこちら!
まず、たこ焼きを焼きます。
たこの代わりにジョロキア弾を入れます。
なおこの弾丸は軽い刺激で炸裂するように出来ています。
それをお口にイン!
ガムテで塞ぐ!
徹しで口内でたこ焼き破裂!
「どや、美味いやろ?」
あ、ちなみに魔法少女(褌)もおるからお前ら今から褌一丁に着替えろ(ぎむ
着替えたか?
着替えたらそこに並べ、スピカさんの出番だ。
スピカはゴミを見る目で三人を見た。
「逃げたければ、逃げて…いい」
逃げられるとは言ってない。
「逃げない、なら…」
げしっ!
強烈な蹴りが股間を見舞う。
何度も何度も蹴ってオンナノコにしちゃえ@物理
大丈夫、もげても潰れても修復出来るよ、証拠が残らないほど綺麗にね。
相手が少女だからご褒美?
いいえ拷問です、でも言わなきゃバレないバラさない。
「もう二度と、関わらないと…誓うか」
なに? 聞こえないよ?
喋れるわけないけどね、口はガムテで塞いだままだし。
「誠意、見せないなら…本気で、やる」
魔法少女になって潰しあいに参加して貰おうか。
ただ残念な事に、見ているだけで自分まで痛くなるという男性陣の悲痛な声により、オンナノコ計画は完遂には至らなかった模様です。
「俺、この中ではフェアリーだな、癒し系だな!」
ミハイルも青くなって震え、不本意ながら思わず同情しかかる程の恐ろしさ。
お陰で三人は手足をもがれずに済んだ様で…良かった、のかな?
だが、それも全ては前座だったのだ。
既に虫の息となった彼等の前に、甘い甘いホットチョコレートが差し出される。
が、それはたった今ゼロのテントを借りてグツグツと煮立たせたばかりの、マグマの様な代物だった。
りりかはガムテを剥がし、煮えたぎる液体をその喉に流し込む。
「火傷をしたなら、雪で冷やすと良いの…です」
雪玉をずぼっ!
「可愛そうに、ほら今治療してやるぞ…」
流石に哀れを催したのか、古代が慈母の如き笑みを浮かべながら三人の前に跪く。
が、その手はジョロキア弾を要求する様に差し出され――しかし、門木の姿は見当たらなかった。
「門木先生?」
「あそこだ」
リュールが顎で行き先を示す。
大きな木の下に、寄り添う二つの影があった。
「流石に見ているのは辛かったらしい。かつての自分や…痛みを思い出すのだろう」
かく言うリュールは憑き物がが落ちた様な表情をしていた。
だいまおーと愉快な仲間達の所業を見て、あれには敵わないと戦慄したのがその理由だとか。
感情は先に爆発させた者の勝ち――とは限らない様だ。
出遅れてもパワーで圧倒すれば、先の爆発を飲み込み吹き飛ばす事が可能らしい。
結論。
天使達はとんでもない種族を敵に回してしまった様です。