学園の視聴覚ホール。
今からそこで天界と魔界の真実が明かされるとあって、客席は立ち見が出るほどの盛況ぶりだった。
もちろん、誰もが知っている。
目の前のスクリーンに映し出される映像が真実ではないことを。
しかし虚構を楽しむ能力も、ヒトに与えられた神の恩寵のひとつである。
その神とやらも、その能力で作り出した虚構であるという説もあるが、それは置いといて。
「予めお断りしておきますが、この話にオチはございません」
完全に投げっぱなしエンドである。
「だって夢ってそういうものでしょう?」
ですから、どちらさまもそのつもりでご覧くださいませ。
場内の明かりが落とされ、スクリーンだけが闇の中に明るく浮かび上がる。
● 世界の真実 天界編
学園に於いて「これが正解」と言われている、天界のイメージがある。
それは点々と島が存在する諸島から成る世界であるらしい。
だが、それ以上の詳しいことは知らされていなかった。
だから、私達は想像する。
島はそれぞれに異なる文化を持ち、そこに暮らす天使達の文化や民族も島ごとに異なっているのだと。
中にはケモナー垂涎の半獣系天使ばかりが住む島があると。
転生した勇者がハーレムを築いている島も、ひんぬー天国も、きょぬー天国も存在するに違いないと。
だが、月乃宮 恋音(
jb1221)が最初に訪れたのは、至極真っ当で常識的な(天界基準)島だった。
そこは群島の中でも最大の面積と人口を誇る、天界の中心地。
周辺の島々から集まった様々な民族が暮らす文化の坩堝のような都市。
「……これだけ多様な文化を持つ人々が集まって、それでも一見争いもなく平和に共存しているということはぁ……ここの人々には異文化を受け入れる素地があるのではないかとぉ……」
そんなわけで、実験である。
用意したのは本格的なキッチンを備えた白地に黒い牛模様の移動販売車、ボディのサイドにはピンクの文字で「恋々亭」と書かれていた。
ハンドルを握るのは袋井 雅人(
jb1469)、今のところはごく普通の一般的な、接客商売に相応しい服装をしている。まだ。
「恋音、私も全力で恋音のお手伝いをしますねー。その代わりこの後で協力をお願いしますよ」
この後に何があるのか、何となく想像は付く。
付くけれど、今は恋音のターン。
彼等はそれぞれの目標を達成するために、この移動販売車で天界を旅していた。
恋音の目標は、食事という文化の無い天界にその概念を広めること。
そして将来的に、食事をエネルギー摂取の手段として受け入れることが可能か否か、その可能性を探るためのシミュレートを実施すること。
そのために選んだのが、カレー、ラーメン、ハンバーグといった地上では一般的な、多くの人が好みそうなメニューだった。
「さあいらっしゃいませ、地球の美味いものはここにある! なんでもキッチン恋々亭ですよ!」
街の広場に車を停めて、その周りに椅子やテーブルをセットすると、雅人は周囲の天使達に向かって呼び込みを始めた。
「移動販売と言ってもお代はいただきません!」
天使達にはお金の概念もなさそうだし、大切なのはお金よりもまず一口食べてもらうことだし。
その声に、好奇心旺盛な子供達がまず集まって来る。
最初は遠巻きに見ているだけだった彼等も、雅人が恋音の料理を美味そうに食べて見せるだけで警戒心をかなぐり捨てた。
子供が釣れれば大人を釣るのも難しくない、恋々亭はたちまち黒山の人だかり。
「……おぉ……これなら現実でも期待できそうでしょうかぁ……」
ただし、ここは夢の世界。
体験している本人にとって都合が良いようにバイアスがかかることをお忘れなく!
どこまでも続く青い空。
エメラルドグリーンの海に浮かぶ群島。
白い浜辺に打ち寄せる穏やかな波。
それが陽波 透次(
ja0280)の思い描く天界のイメージだった。
学園で得た知識に理想を織り込んで出来た世界は、恐らく現実よりも平和で緩く寛容なものとなっているのだろう。
暑くもなく寒くもなく、適度に雨が降って、緑も豊かな島々。
そのひとつで空いた土地を貰い受け、透次は開拓民としての生活をスタートさせた。
「こんな良い土地があるのに誰も作物を作ろうとしないなんて勿体ないよね」
畑を耕し、現実世界から持って来た野菜や穀物の種を蒔く。
辺りを見れば美味しそうな果物がたわわに実っている。
その実からも種を取り、一緒に蒔いてみた。
蒔いた種が一瞬で大きくなって、収穫が出来るのはさすが夢。
気が付けば畑の傍らには小さな食堂が出来ていた。
「僕の畑で採れたばかりの作物を使った料理だよ。魂吸収よりも美味しいよ!」
それに作物を育てるのは楽しいよ!
最初は「なんか変なヤツが来た」と胡散臭そうにしていた島の住人達も、次第に透次のペースに巻き込まれて行く。
店先の「従業員募集」の貼り紙にも反応があった。
どこかで見たような面影を持つ幼い天使が戸口からひょっこりと顔を出す。
「ここで働きたいの? じゃあ一緒に頑張ろうね」
朝早くから畑仕事に精を出し、お昼は波の音を聞きながら浜辺で昼寝。
夕方から店を開けて、やって来る天使達とお喋りを楽しみながら料理を振る舞って。
「ここは本当に良いところだね」
良い土地、綺麗で良い世界。
争いもなく、悲しいことも辛いこともない。
「いつか現実でも行ってみたいな」
その呟きに、天使の少女が首を傾げる。
「いや、なんでもないよ」
彼女達にとって、この世界は現実――有り得たかもしれない未来のひとつ。
本物の天界を見てみたい。
人と天使が仲良くなれれば、そんな希望の未来にも、手は届くだろうか。
「……届かせたいな」
そう言って、透次は少女の真っ赤な翼にそっと指先を触れた。
そんな長閑な雰囲気で始まった天界編、しかしこのままで済むはずがないのはお約束。
「天界と天国は違うんでしょうね……」
雫(
ja1894)が降り立ったのは、もう何が何だかわからない、ごった煮の世界。
大通りでは裁判官のような格好をした偉そうな天使を先頭に、胸に「天畜」と書かれたシャツを着た天使達が一糸乱れぬ行進を繰り広げ、その傍らにあるオープンカフェのような店先では真っ昼間から人にお見せ出来ないような快楽に興じる天使達の姿がある。
かと思えば瞑想に耽ったり木の上で昼寝をしている天使がいたり、空を見上げれば曲芸飛行でハートを描く天使がいたり。
それは法で雁字搦めになった堅苦しい姿と酒池肉林的な姿、心穏やかに過ごせる爽やかな世界がごっちゃになったイメージが産んだカオスだった。
「……今までに出会った天使やシュトラッサー達のせいでイメージが一つに絞り込めませんね」
どれか一つに絞ったほうが良いだろうとは思うものの、どれに絞れば良いのやら。
「せっかく来たのですから、出来れば平和な世界で心身ともにリフレッシュしたいものですが……」
そう思いながらカオスな街をぶらぶらと歩く。
歩いているうちに気が付いた。
ここはカオスではあるけれど、カオスなりの秩序があるということに。
おかしな集団はそれ自体で世界が完結しているようで、他の集団がどんなにおかしなことになっていようと我関せず。
雫のような異邦人の存在にも寛容と言えば聞こえは良いが、要するに無関心だった。
「本当に天界がこんな世界なら、態々こちらの世界に来なければ良いのに……」
来るとしても観光目的なら何の問題もない。
「観光と言えば、他の島にはもふもふケモノ天国があるとか」
彼等は半人半獣の姿をしていると言うから、さすがに雫が食料と認識することもないだろう。
ならば普通のケモノと違って怯えられることもない……と思いたい。
「とにかく、行ってみましょう」
しかし別の島に渡ろうにも、雫には唯一の移動手段である翼がなかった――と思ったら、さすが夢。
「へーい、お嬢ちゃん乗ってかなーい?」
軽いノリで声をかけてきたのは、頭に「空車」と書かれたランプを乗せた青年だった。
ただし半人半馬のケンタウロス、しかも人間と馬の両方の背に翼が生えている。
「乗れ、と言うのは……背中に、でしょうか」
「決まってるじゃーん、さあ乗った乗った!」
青年が頭のランプをポンと叩くと、その表示が「貸切」に切り替わった。
「ここが天界か」
ミハイル・エッカート(
jb0544)は夢の中でもやっぱりダークスーツだった。
しかし、その背中には眩く光る純白の翼が……あれ?
「俺の名前は大天使ミカエルをロシア風にしたものだ、だから当然背中には白い翼が生えると思っただろう?」
残念、真っ黒だった!
「これはこれで、俺らしくていいか」
心のどこかに真っ白なんて恥ずかしいという思いがあったのかもしれないが、それはさておき。
見上げた青い空には七色の雲が漂っていた。
空気には桃の香りが混ざり、遠く耳に聞こえる音楽は何となく中華風。
そう思って見れば、背景もどことなく色の付いた山水画といった風情だった。
その中に、和服姿の少女がいた。
「あっ、ミハイルさん!」
視線に気付いたのか、その少女――不知火あけび(
jc1857)は手を振りながら駆け寄って来る。
「あけびも来てたか。とすると藤忠もいるな」
何しろ二人はセットだからと周囲を見渡すと、ふいに仙女のような出で立ちの女性が姿を現した。
「あっ、西王母ですよミハイルさん!」
「西王母?」
「中国に古くから伝わる女性の仙人のことですよ。やっぱり美人だね、姫叔父にそっくり!」
……って、あれ?
「誰が美人だって?」
西王母の滑らかな喉元にゴツい膨らみが現れ、紅を引いた口元から男性の声が漏れる。
それは姫叔父、不知火藤忠(
jc2194)本人だった。
彼が姿を現した途端、朱塗りの門の向こうに白亜の城がにょきにょきと生えて来る。
今にもガラスの靴を履いたひらひらドレスのお姫様が駆け下りて来そうな、西洋風の城だ。
「何だこのチャンポンなイメージは」
「チャンポンじゃないですよ? お師匠様が天使は仙人みたいなものかなって言ってたので、仙人が住んでいそうな場所をイメージしてみたんです」
あけびには、あの白亜の城が見えていないのだろうか。
「確かに和と中華は混ざってますけど、これはお師匠様が着物だったから、きっと天使の衣装は着物だと思って」
しかし、藤忠の目にはあけびの衣装は何か別のものに見えているらしい。
「折角だから皆洋風の白い礼装で良いじゃないか。あけび、そのドレス似合ってるぞ」
真っ白な石造りの城に、真っ白なドレス。
まるで花嫁衣装のようではないかと、藤忠はいつの日か訪れるであろうその瞬間を思い浮かべて思わず目頭を押さえる。
「って父親か俺は」
「姫叔父は西王母のコスプレなんだね。そうすると、東王父は和と対ってことでミハイルさん?」
「俺もあけびのドレスに合わせて白のタキシードにしてみた」
「あっ、豪華な中華風もアリかな!」
なんだこれ、話が全然噛み合ってないぞ。
おまけにあけびのイメージと藤忠のイメージがせめぎ合い、映像がバグっている。
ミハイルの目には――そして記録された映像でも、あけびの衣装は上半身が着物で下半身がドレスという珍妙な組み合わせになっていた。
藤忠に至っては左半身がチャイナドレスで右半身がタキシード、しかも所々にブロックノイズが出てモザイクがかかっているようにも見えるという、怪しさ満点のコーディネート。
しかし本人達にはそれぞれ自分の希望通りの姿に見えているらしいから、問題はないのだろう……多分。
「さすが夢だな」
ミハイルはその一言で全てを呑み込み、受け入れた。
「それで、俺もコスプレをすれば良いわけか」
「はい、三人で桃源郷を満喫しましょう!」
あけびがそう言った途端、目の前に桃の枝が伸びて来る――しかも実付きの。
「これを食べると背中に翼が生えて来るんですよ!」
桃を一口囓ったあけびは生えたばかりの翼を広げて宙に舞う。
「この空は、章治先生が天界には月も星もないって言ってたなーと思って。でも雲のことは何も言ってなかったから、想像で作ってみました!」
なお雲は綿菓子で出来ているので美味しく食べられますよ!
「お菓子と果物だけじゃお腹が膨れないと思いました? でもここは桃源郷ですから!」
木々の間に漂う、白檀の香りを纏った霞。
「これを吸うと満腹になるんですよ!」
「美味い酒もあるぞ、そこの川には大吟醸が流れている」
洋風押しだった藤忠の思考に乱れが生じ始める。
「大元は噴水だ、酒のシャワーを浴びるのも良いな。未成年には桃のジュースが出る水道もある……ん?」
ここで漸く藤忠は気付いた、自分のイメージが浸食されていることに。
どうやら、ここでは最も押しの強い者の思考が優先されるらしい。
「待て、何故俺が西王母なんだ? 何だこの奇天烈な格好は!? 他に似合いそうなやつがいるだろう!」
「他にって、まさかミハイルさんじゃないよね?」
あけびは和洋漢混ざった二人のコスプレ姿にカメラを向ける。
「……何だか中国マフィアみたいだね」
うん、すごく似合ってるよ!
他に似合いそうな人と言ったら――今なにかおぞましいビジョンが頭の隅を横切った気がしたけど、気のせいだよね、うん。
そうして三人は平和で長閑な桃源郷で、無限に湧き出る大吟醸に酔い、桃ジュースで浮かれ、七色綿あめと霞で満腹になったら、ふわふわの翼に包まれてすやすやお昼寝。
そのまま、とうとう現実世界に戻れなくなってしまったのです。
あまりに居心地の良いVR世界を作るのも考えものですね。
と、それでは困るので強制帰還プログラムをインストール。
さあ目覚めよ、惰眠を貪る戦士達。
「よし、飛行障害物競走しよう!」
がばっと跳ね起きたミハイルが、何の脈絡もなく言い出した。
しかしそれも夢だと思えば、おかしな点は何もない。
「コースは……そうだな、森林を高速で飛び抜け、雲の上を滑空、水のアーチを水面ギリギリ低空飛行、最後にあの丘の教会でゴールインだ」
そうして指さした先に、言った通りのコースが出来上がる。
「しかし三人では競争として少し物足りないか。数あわせで誰か適当に……」
その瞬間、高らかに響く野太く茶色い嬌声。
「まぁっ、教会でゴールインですって!?」
「ミーちゃんったら、ダ・イ・タ・ン(はぁと」
「あの、兄たちがいつもご迷惑を……」
現れたのは言わずと知れたミハイル追っかけ隊、リカ、マリ、ミキの三人である。
「誰だこいつら呼んだの! 俺か!」
いや、もしかしたらあけびかもしれない。
西王母コスが似合うと聞いて脳裏を過ぎったのがこの三人だったなんて、そんな。
彼等、いや彼女達は、それぞれのシンボルカラーである赤、水色、白のチャイナドレスに、そのマッチョボディを押し込んでいる。
背中には髪の色と同じ、金、ピンク、薄紫の翼が生えていた。
「こいつらも天使化してやがるのか!」
「やだわァミーちゃん、こいつらなんて、そんな愛のない呼・び・か・た♪」
リカちゃんって呼んでも良いのよ?
「誰が呼ぶか! 俺には心に決めた婚約者がいるんだ、俺の身も心も全て彼女のものだ!」
「ミーちゃん、独り占めは良くないわ。幸せは皆で分かち合わないと」
「そうそう、何事もシェアしてハッピー、ラブ&ピースよ(はぁと」
ミハイル、もう何度目になるかわからない貞操の危機!
(「こっ、これは負けたら何かされるヤツか、それとも競技中に追いかけられて掴まって貞操がヤバくなるのか」)
どっちも御免被ると、ミハイルはコスプレ衣装を脱ぎ捨てて男の戦闘服、いつものダークスーツにコスチュームチェンジ!
衣装の効果で
イケメン度が2上がった
ガードが5上がった
社畜度が10上がった
幸運が20下がった
「負けられるかぁぁぁぁーー!」
彼の貞操を賭けた戦いが、今! 始まる!
「そこで見ている可愛らしい天使の方、貴方もショーに参加しませんか?」
一方その頃、移動販売車「恋々亭」は、移動ステージ「ラブコメコマンダーZ」に改造されていた。
何がコマンダーで何がゼットなのかよくわからないが、そこは恐らくノリと語感だけで名付けられたものと思われる。
その中で、ひとつだけ確かな信念をもって付けられたもの、それがラブコメだった。
「私の目標は、このお堅い天界にラブコメ仮面を! ラブコメを! SMという名の変態行為を! 布教することですよ!! 」
ラブコメ仮面は、とうとう天界にまで進出を果たしてしまった。
どうしよう。
「さあ天使の皆さん、これが地球の誇るスーパースター☆HENTAI☆の勇姿です!」
残念ですが、映像ではお見せ出来ません。
「あなたがたも羞恥心をかなぐり捨て、身も心も解放するのです! この僕のように!」
残念ですが、映像ではお見せ出来ません。
「しかし変態道は複雑にして怪奇、その解放した身と心を敢えて縛るという苦行にも似たプレイも存在するのです! ほら、このように!」
残念ですが、映像ではお見せ出来ません。
「これは基本の縛りで、その名も――」
だが恋音をモデルに解説をしようとした、その時。
「貴様そこで何をしておるかぁっ!」
人垣をかき分けて、きょぬーの軍団が現れた!
きょぬー軍団は、その視線をじっと恋音の上に注ぐ。
そして、何かを納得したようにこくりと頷いた。
「ここにおわすお方は、カウシュタイン王国第一王女レネウシ・カウシュタイン様にあらせられるぞ!」
その尋常ならざる胸囲こそ王家の証と、きょぬー軍団は確信をもって言い放つ。
「我らがカウシュタイン王国を統べる女王カカウシ・カウシュタイン様には、世継ぎの御子がいらっしゃったのだ。しかし、その御子は政敵の手により赤子の頃にいずこへかと連れ去られ……ああ、今再びこうして相まみえることが出来ようとは!」
彼等は乳牛の半獣。
その社会では、乳の大きさで全てが決まる。
つまり女王たるカカウシは一族最大の大きさを誇り、その娘である恋音の胸が異常なほどの成長ぶりを見せるのは当然の結果というわけだ。
「……なるほどぉ……そういうことだったのですねぇ……」
納得した。
「……その方に、お会いすることは出来るでしょうかぁ……」
「当然です! さあ帰りましょう、母君が乳を長くしてお待ちですよ!」
めでたしめでたし……で、良いのだろうか。
「姫叔父、龍を探すよ!」
あけびと藤忠は障害物競争に参加していたと思ったら、いつの間にか龍退治になっていたでござる。
「天界に来たら戦いたいと思ってたんだ」
「見物じゃなく退治なのか……」
「龍威しの由来だからね!」
龍威しとは、あけびのスキルである。
師匠の剣技に改良を加えたものだが、命名は師匠が天界の龍と戦った際、その威圧感に使用前から龍が怯えたという話に由来している。
「だから、私の威圧で龍が怯えたら……倒せたら龍威しは完成する!」
まだ未完成だったのかというツッコミを聞き流し、あけびはいかにも龍が隠れ住んでいそうな山奥へと分け入って行く。
そして出会ったのが、一頭のいかにも何か悪さをしていそうな龍相の悪い龍。
「ここで会ったが百年目、何の恨みもないけど退治させてもらうよ! ほら姫叔父も一緒に!」
韋駄天の勢いで天駆けるあけび。
四神結界で援護した後は黙って見守るつもりだったのに、気が付けば藤忠も共に戦う羽目になっていた。
あけびは敵の猛攻を空蝉でかわし、その腕を切り落とす。
その隙に藤忠が石縛風で龍の動きを止めた。
「今だ、トドメを!」
「はい!」
あけびは龍に向き合い、ガンを飛ばす!
ガクブルと怯える龍!
かこぉーーーーーん。
龍威しの完成――いや、待て。
あけび、ちゃう!
それ鹿威しや!
そして、もふもふ島へと渡った雫は、島の獣人達によって非常に友好的な歓迎を受けていた。
この場合の友好とは、強敵と書いて「とも」と読む的な何かである。
「良いでしょう、そちらがその気なら……受けて立ちます」
可愛いもふもふが相手でも一切の手加減はせず、本気の乱れ雪月花にばたばたと倒れ伏すもふもふ達。
「流石天界、CRがマイナスのスキルが良く効きます」
天使と人間はしょせん敵同士、結局は刃を交わすことでしか語り合えないのだ――
などとクールに決めたのも束の間。
むくりと起き上がったもふもふ達は何事もなかったかのように雫の周りに集まって来た。
「おまえ強い、群れのカシラに相応しい!」
「皆の者、祝え! 新しい長の誕生じゃぁっ!」
こうして雫はもふもふ獣人達の王として、群島のひとつに君臨することとなったのである。
● 世界の真実 魔界編
魔界は常に夜であると言われている。
空にかかる分厚い雲が本当に雲なのか、或いはそこは地下世界で、雲に見えるものは空を覆う地殻の底なのか、それもわからない。
だから、私達は想像する。
秩序とは無縁の享楽と、地獄の責め苦が隣り合う世界を。
煮えたぎるマグマを越えた先にある、火を噴くドラゴンに守られた宝の山を。
そして――
「悪魔メイド軍団がいるくらいだもの……魔界はメイドパラダイスに違いありませんわ!」
そう考えた斉凛(
ja6571)は、勝負メイド服で魔界へと足を踏み入れた。
その瞬間。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
通路の両脇にずらりとらなんだメイド達が、一糸乱れぬ呼吸で一斉に頭を下げる。
その角度も、再び顔を上げるまでの時間も完璧だ。
(「さすがに本場のメイドはレベルが高いわね」)
メイド達も優秀だが、彼女達を束ねるメイド長も、さぞかし出来る人物に違いない。
(「是非とも一度お会いして、ご教授を賜りたいものですわ」)
そこで学んだ成果を活かし、天魔人の三世界で一番のメイドになるのだ。
「それでは特別に、一日だけ入学を許可ましょう」
弟子入りを頼み込んだ凛に対して、メイド長は言った。
この世界にはどうやら悪魔メイドを育てるメイド教育機関があるらしい。
それは魔界に生まれた女子なら一度は憧れ、そしてあまりの狭き門に多くの者が最初の一歩すら踏み出せずに終わるという超難関のメイド女学院。
全寮制のその学園では、若い女の子達が競う様にメイド修行に明け暮れていた。
ゲストという形で見学を許された凛は、寸暇も惜しんで知識と技術の吸収に励む。
「ここでは試験の代わりに、月に一度メイドスキルを競う選手権が開催されます。そこでは毎月、下位の一割にあたる学生が不適格として退学処分になります」
「厳しいのですわね……」
「いいえ、どこに出しても恥ずかしくないメイドを育成するためには当然の処置です」
そこで、メイド長はキラリと片眼鏡を光らせた。
「たまたま今日がその日にあたるのですが……あなたもメイドの端くれならば、挑戦してみますか?」
端くれなどと言われて黙って引き下がるわけにはいかない。
「もちろんですわ」
受けて立とう、人類世界のメイド代表として。
「わたくしにお任せくださいませ。どんなご命令でもこなすのがメイドの挟持ですわ」
競技に臨んだ凛は、まず第一の試練「ご主人様の帰宅を100メートル手前で察知し、まるで自動ドアのように完璧なタイミングでドアを開けて出迎える」という課題を難なくクリア。
「当然ですわ、メイドですから」
「では次はどうでしょう」
次の試練は食事時、ご主人様がうっかり落としたフォークを、本人が落としたことに気付く前に拾い上げて新しいものに取り替えるという、スーパー超高難度の課題だった。
「ええ、クリアしてみせましょう」
無茶ぶり上等、ハードルは高いほど燃える性分ですから。
凛はその課題さえも軽く……とはいかないまでも、ノーミスでクリアして見せた。
だがそれでも、総合成績は退学をぎりぎりで免れるライン。
(「これが魔界のメイド養成法……」)
なんて質が高いのだろう。
やはりメイドのレベルなら天界より魔界の方が遙かに上を行っている。
「でも天使でメイドなら……わたくしの上を行く者はいませんわ」
いつの日か悪魔メイドさえも越える究極のメイドとなる誓いを胸に、凛はメイド女学院を後にするのだった。
「地獄といえば火山、つまり宝探しよ!」
雪室 チルル(
ja0220)はトレジャーハンターである。
どうしてそうなったかと言えば、そこに山があるからだ。
「宝探しって言ったら山よね!」
ほら、将軍様の埋蔵金とか山の中にあるイメージだし!
そんなわけで、目的地は地獄の火山。
地獄と魔界は別モノだなんて誰が言った。
「だって魔界っていつも暗くて溶岩の川が流れてて、湖とかも溶岩で、悪魔の人たちがそれをお風呂にしてるって聞いたわ!」
そんな怪しすぎる情報を元に作り上げたイメージが、この世界である。
周囲の岩肌はマグマの照り返しで赤く染まり、気温はもちろん普通の人間が活動出来るレベルではない。
「でもあたいは平気よ、なんたってさいきょーだから!」
北国育ちで寒さには滅法強いが、暑さはちょっと苦手かもしれない。
けれど、この北国パワーが灼熱のドラゴンとの戦いで必ず役に立つと信じて、チルルは進む。
やがて山の中腹に、いかにも何かが隠されていそうな洞窟を見付けた。
「お宝はきっとこの奥ね」
頭にライト付きヘルメットを被り、手にはピッケル、背中にはお宝を持ち帰るための大きなリュック。
洞窟の壁に光を当てると、時折何かがキラリと光る。
それは炎がそのまま固まったような形の真っ赤な鉱石や、溶岩を閉じ込めた結晶、炎の中で作られると言われる幻の宝石など、持ち帰れば一財産が出来そうなものばかりだった。
チルルはピッケルで周囲を掘っては、取り外したお宝を背中のリュックに放り込む。
作業の邪魔をしてくる炎を纏った巨人や炎の精霊を北国パワーで薙ぎ倒し、チルルは更に奥へと進んだ。
やがてゲームなら10くらいレベルが上がった頃。
「この奥に、何かとんでもないお宝の匂いがするわ!」
それは炎のドラゴンが吐き出す焦げ臭い息の匂い、とも言うかもしれない。
進むたびに気温は上がり、身体中から汗が引き出てくる。
その中には少しだけ冷や汗も混ざって――
「そんなわけないじゃない、あたいを誰だと思ってるの!」
踏み込んだ奥の部屋には絵に描いたような金銀財宝の山、そして真っ赤なウロコの凶悪そうなドラゴン。
チルルのポケットどころか背中のリュックにも収まりそうにないけれど、ここで引き下がったらさいきょーの名が廃る。
「さあ、あたいと勝負よ!」
チルルは氷剣を抜き放ち、その柄を握る両手に自らのアウルを極限まで集中させた。
「俺は魔界を滅ぼすぜ。つまり俺TUEEE」
ラファル A ユーティライネン(
jb4620)にとって、魔界とは悪の帝国。
「なんで悪の帝国かって? 見ろよ、この身体」
一見すると見分けは付かないが、ラファルの身体はその殆どが機械に置き換えられている。
「つまり、奴等は俺の体の仇ってわけだ。そんな奴等の本拠地がこの世の楽園みたいなところだったら、ぶっ潰したときの後味が悪いだろう? 」
だから、それは悪であってもらわなければ困るのだ。
「制度は王政で、その王ってやつはもちろん残虐非道で頭が悪くて、奴隷どもを酷使していて、退廃で腐敗していてそれからそれから……」
とにかく想像もつかないくらい悪いやつに違いない。
もちろん悪魔の中にもそんな国王の悪政に反旗を翻そうとしている者がいるだろう。
だが、そいつらも悪魔には違いない。
「個人的な恨みはねーが、そんなやつらの手を借りるほどラファル様は落ちぶれちゃいねーんだ」
というわけで、ラファルは自前の軍を纏め上げた。
兵隊は全てラファルである。
さすが夢。
夢だから何でもアリだ。
全員が自分ならその中で優劣を付けるのは難しいが、そこはやはりオリジナルが最も優秀ということで。
「俺オブ俺が指揮官たるラファル様だ」
ラファルはラファル達を率いてルビコン川(と仮定した魔界の川)を渡り、象に乗ってアルプス(と仮定した魔界の山)を越えて進撃する。ぐららがあ。
と、ここまでは夢の設定。
映像が始まった時には既に、何万というラファル達が魔界の首都に雪崩れ込んでいた。
まるで大河の流れる如く、或いは瘴気が地上を這うが如く、列をなして行進するラファル達が通った後には草木一本残らない。
そんな映像が延々と続き、やがて魔界は一面の焼け野原となった。
しかしそれでも気が済まないのか、ラファルは焦土に塩を漉き込み、レテ川(と仮定した魔界の川)の流れに土砂を詰め込んで埋める。
その川の水を飲んだ者は何もかも忘れてしまうと言われているが、忘却さえ許さない。
「そうしてやったら気分いいだろうな……という夢を見たのさ」
――――――
そして上映会は終わった。
投げっぱなしにされた後、彼等がどうなったかと心配する向きもあるかもしれない。
だが心配はいらない、全員が無事に――少なくとも身体的には無事に、夢の世界から戻っている。
たとえどんな酷い目に遭おうとも、現実の身体には何の影響もない。
尻が痛いなんて気のせいですよ。
なお、どちらの世界が楽しそうだったか、その判断はご覧いただいた皆様にお任せいたします!