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マスター:STANZA
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
形態:
参加人数:18人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2017/01/27


みんなの思い出



オープニング



 天魔との戦いも大詰めを迎えつつあるこの時期。
 クリスマスだ正月だと浮かれている場合ではないのかもしれない。
 呑気に初夢など見ている時間があったら、少しでも腕を磨いて決戦に備えるのが戦士として正しい在り方なのかもしれない。

 しかし。

「こんな時だからこそ、何でもない日常を大切にしたい……そう思わないか?」
 誰にともなく呟いた門木章治(jz0029)の手には、固く絞った雑巾が握られていた。
 本日、アパート「風雲荘」は大掃除の真っ最中。
 一年の締めくくりに、皆が帰る家であるこのアパートを隅から隅まで綺麗にするのだ。
 それが終われば年賀状を書いて、おせち料理を準備して、門松や鏡餅を飾って、新年のカウントダウンをして、初日の出を見て、初詣に行って、餅つきをして、凧揚げや羽根突きをして、書き初めをして――
「……正月って、けっこう忙しいな」

 毎日の生活を楽しみ、季節の移ろいを感じ、節目ごとの行事を楽しむ。
 それもまた、侵略に対する抵抗のひとつかもしれない。

 楽しむことを忘れ、ただ勝つことばかりに気を取られ、眉間に刻んだ皺の深さを競うような空気の中で勝利を得たとしても、後に何が残ると言うのか。

 なんてね。

 真面目な話を抜きにしても、正月くらいは何を思い煩うこともなく、のんびりと過ごしたい。
 家族と過ごすために帰省する者もいるだろう。
 既にこの学園が故郷であり家である者もいるだろう。
 皆と騒ぐのも良いし、或いはひとりで趣味に没頭するのも良い。


 ――皆さんは、この年末年始をどんな風に過ごしますか?





リプレイ本文

 今年も一年、色々なことがあった。
 大きく変わったこともあれば、相変わらず何も変わらないように見えることもある。

 変わっても、変わらなくても、時は着実に流れ過ぎて行く。
 けれど、年に一度くらいは流れる時の速さを変えて、ゆっくり歩いてみるもの良いだろう。

 後ろを振り返り、そこから繋がる未来へと思いを馳せながら。


●年越しのお供は召喚獣

「クリスマスが終わったと思えば、次は年越しの準備……さすがに年末は慌ただしいですね」
 Rehni Nam(ja5283)は寮の自室で、ひとり黙々と大掃除に励んでいた。
 いや、ひとりではない。
 黙々と、でもない。
「フェイ大佐は高いところをお願いしますね」
 何故俺がそんなことを、とでも言いたげに渋い表情を作るヒリュウに、レフニーは問答無用ではたきを押し付けた。
「掃除は高いところから、それが基本なのですよ」
 だったらクライムでソラに乗って、お前がやれと?
 無理ですね、金色のもふもふ九尾狐ソラさんは、この部屋には大きすぎます。
『ちっ』
 大佐がなんか鳴いた。
 でも知ってる、嫌そうにしてても実は面倒見が良いって。
 上から埃を落としたら、今度は家具に降りかかったそれを毛玉ワイパーで拭き取って。
「この子が何の役に立つのだろうと思いましたが……なるほど、大事な家具も傷付けずに埃を払うことが出来ますね」
 なお、毛玉とはケセランのことである。

 掃除が済んだら、次はおせちケーキの準備だ。
 何故におせちでケーキかと?
 年が明けてすぐ、三日は大事な恋人の誕生日なのですよ。
 当日には万が一にも失敗のないように、まずは本番前に実験を。
「どうしましょう、ショートケーキみたいに小さく作って重箱に詰めればそれっぽく見えるでしょうか」
 それとも四角い大きなケーキに色々な飾りを載せて、おせちっぽく飾ってみようか。
「とりあえず両方やってみましょう」
 スポンジは普通に作って、それに色とりどりのクリーム、アイシングした焼き菓子に、ゼリーにカットフルーツ――飴細工や寒天などの和菓子系も使って和洋折衷にしてみたり。
「実験なんですから、何でもアリですよね」
 出来たものの味見は召喚獣の皆さんに……ちょっと、どうして逃げるのかな?
 大丈夫、怖くないよ、美味しいよ?
 ただ、見た目で味が想像出来ないだけで――うん、最初は味覚が混乱するかもしれない。

 実験が終わったら本番の準備をしつつ、大晦日には大きな天ぷらを載せた年越し蕎麦を食べて、年が明ければ実験作のおせちケーキで正月気分を楽しんで。
「ひと休みしたら本番の用意ですね」
 誰かと一緒に過ごす正月も良いけれど、誰かを想いながらひとり静かに過ごすのも悪くない。

 三日になったら完成したケーキを持って、おめかしをして、会いに行こう。
「お誕生日おめでとうございますですよー!」


●年末年始もやっぱりらぶらぶ大作戦

「さあ、お世話になった風雲荘の汚れを綺麗に落として新年を新たに迎えられるよう頑張りましょう」
 掃除道具一式を両手に持ったユウ(jb5639)が家じゅうの窓を開け放つと、師走の冷たい風が部屋に溜まった温かな空気を一気に押し流した。
「こら、何をするか! 寒いだろう!」
 炬燵でぬくぬくしていたリュールが文句を言うが、ユウはにっこり笑って炬燵布団を引きはがす。
「冬は寒いのが当たり前です、それに動けば温かくなりますよ」
「私は動かずに温まりたいのだ」
 人間はその為に、この炬燵という魔具を発明したのではないのか。
 この寒い中、炬燵から出て労働に勤しむなど発明者への冒涜だ、そもそも何故この寒い季節に大掃除などするのか、もっと過ごしやすい季節にするべきではないのか――
「頑張ったらご褒美に、スイーツバイキングに連れて行ってあげますから。きっとまだ食べたことのないお菓子がたくさんありますよ?」
 リュールを釣るにはお菓子に限る。
 そうしてまんまと怠惰なヌシを釣り上げたユウは、物質透過をスイッチオン。
「これなら埃を被ることもありませんし、家具を動かさなくても後ろの壁や床を拭いたり出来ますよ」
 高いところは翼を使い、普段の掃除では行き届かない場所まで徹底的に、少し目を離すと手を抜こうとするオカンの監視と指導も忘れずに。

 他の住人達の協力も得て掃除を何とか無事に済ませると、今度はおせち料理の準備に取りかかる。
「まだ何かあるのか、私は寝正月が良い……と言うかバイキングはどうした」
「のんびり寝正月を楽しむために、おせち料理を作るのですよ?」
 バイキングは材料の買い出しついでに行きますから、ご心配なく。
「あ、もちろんダルドフさんにも差し入れしますので、頑張って美味しく作りましょうね」
「美味しく作れと言うなら私は手を出さぬほうが良かろう」
「そんなことありませんよ、大切なのは愛情ですから」
「そんなものはない」
 またまた、照れちゃって。
「お酒に合いそうなものを多めに作りましょうね」
 栗きんとんとか伊達巻きとか、甘いものばっかりだと泣いちゃいますからねー?

 年が明けたら晴れ着で初詣。
 ユウは振袖、リュールは留袖、形は違えど柄はお揃いの大胆なクール系、二人で並ぶとめっちゃ戦闘力高そうに見えるのは何故だろう、晴れ着なのに。
 寒いとかめんどくさいとか動きにくいとか、そんな文句は聞き流しつつ神社まで引きずって行く。
(「リュールさんとダルドフさんが幸せに過ごせますように」)
 ブレない。
 お参りが済んだら撮影会、むしろこちらがメインかもしれない。
 リュールの写真を撮りまくり、本人よりも一足お先に電波でお届け。
 どこにって、決まってるじゃないですか。
「さあ、明日はおせちを持って秋田に出発ですよ。ダルドフさんに新年のご挨拶をしましょうね」
 ブレない。
 それはもう見事にブレない。
 面倒だから向こうが来いとか聞く耳持たない。
 一年の計は元旦にありと言うから、今年もきっと裏に表に大活躍してくれるに違いない。


●初めてのお正月

「カイ、結婚して初めてのお正月だね」
「ん、二人でのんびり出来たら良いよねぇ?」
 水無瀬 快晴(jb0745)と水無瀬 文歌(jb7507)は九月に結婚したばかり、まだまだ新婚モード全開で年末を迎えていた。
 のんびりも良いけれど、正月気分もしっかり味わいたいところ。
「新妻としては旦那さまのために,おせち料理はしっかり用意しないとっ」
 気合い充分な奥様は、正月前からのんびりしている旦那様に尋ねてみた、けれど。
「おせち何が食べたい?」
「……うーん。基本的におせちってあまり好きじゃないんだよね。甘いのとか甘辛いのが苦手、だし」
 デキる新妻計画、早くも破綻の危機?
 しかし、ここでメゲてはデキる新妻なんて名乗れない。
「んー。甘いのや甘辛いのはダメなのかぁ……」
 甘くないおせち料理って、何かあったっけ。
「大丈夫そうなのは,だし巻きくらい?」
「まぁ、だし巻きならだいじょぶ、かなぁ?」
 だし巻き卵なんて普段から普通に食べている気がしないでもないけれど、旦那様のお望みとあらば!

 でもその前に、年越し蕎麦の準備だね。
 自宅でのんびりテレビを見ながら蕎麦を食べて、どこからともなく聞こえる除夜の鐘に耳を傾けて。
 時計の針が重なる前に全てを片付けて準備万端、炬燵に入ってその時を待つ。
「みゅぅ。ねみゅい」
「もう少し頑張って?」

 3、2、1――

「文歌、明けましておめでとうだねぇ」
「明けましておめでとうだよ、カイ」
 年が明けると同時に濃密なキスを交わし、あとはそのまま触るな危険。

 元旦の昼近くまで時間が飛ぶと、おせちの重箱に黄色い花畑が出来ていました。

 いちめんのだしまき
 いちめんのだしまき
 いちめんのだしまき
 いちめんのだしまき
 いちめんのだしまき
 いちめんのだしまき
 いちめんのだしまき
 すみからすみまで
 いちめんのだしまき

「見た目は伊達巻きっぽいけど甘くないから大丈夫だよ!」
 おせち料理だから、気分だけでもそれらしくと思って。
 あとはさすがにそれだけだとツライものがありそうだから、お雑煮も作ってみました。
 ぜんざいはNGだから、醤油仕立てで小松菜や鶏肉、焼いた角餅が入った関東風。
「は〜い。温かいうちに食べて食べて〜」
「うん、美味いよ。ありがとう。にゃー。雑煮食うと、新年だって気がするねぇ?」
 快晴はほくほく笑顔で文歌をなでなで。
 正月休みはこのまま二人でいちゃらぶして過ごそうね。

 初詣は多分そのうち!


●家族三人水入らず

「もう年末なんですね……なんだか早い、と思います」
 星杜家に家族が増えてから、これで何度目の正月になるだろう。
 星杜 藤花(ja0292)はキッチンに立つ夫、星杜 焔(ja5378)の背中を見ながら思う。
 今年は息子の望も三歳になって、少しずつではあるけれど大人と一緒に楽しめることが増えて来た。
 自分も夫もかつて経験した、楽しいお正月。
 これからは、息子の中にも同じ思い出が作られていくのだと思うと、たまらなく幸せな気分になる。
「ごはんの準備が出来たよ〜」
 炬燵の上にカセットコンロを用意して、大きな鉄鍋をどんと置く。
 中身は焔が腕によりをかけて作ったすき焼きだ。
「もふらの分もちゃんとあるからね〜」
 マルチーズのもふらには、犬用のごちそうを。
 三人と一匹でテレビを見ながら鍋を囲んで、年越し蕎麦を食べ……あれ、望くんはもう寝落ちてる。
 仕方ないね、いつもは早寝早起きで夜更かしなんてものが存在することも知らないのだろう。
 でも今日だけは、年に一度の特別な日だから。
 そっと揺り起こして、小さなお椀をその手に持たせる。
「美味しいですね……おそばから作っただけあります」
「次は畑の土を作るところから初めてみようか〜」
 半分ほど食べたところで電池が切れた息子と、添い寝ですやぁしているもふらに毛布をかけて、あとはゆっくり二人の時間。
「除夜の鐘を聞きながらご飯を食べるって贅沢ですね」
 数えてはいないけれど、107回目の鐘が鳴ったところで新しい年が始まる。
 一年の煩悩を年内に全て祓って、新しい年はスッキリとした気分で迎えようという意味で、最後の108回目の鐘は新年になってから鳴らされるものらしい。
 でも煩悩って108個あるから、最後にひとつは祓いきれずに新年まで持ち越した、ということにならないだろうか。
 まあ、それでも始まってすぐに退治されるから問題ないのかもしれないけれど――それはさておき。
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いしますね」
「明けましておめでとう。今年もよろしくね」
 炬燵を出て、互いにきちんと三つ指突いて向き合って。
 それが由緒正しい新年の迎え方なのです。
 時報と同時にキスなんて、そんな、ねえ?

 朝になったら望にお年玉をあげて、凧揚げやコマ回し、すごろくや福笑いで一緒に遊んで。
「あれ、藤花ちゃん書き初めは?」
「元旦には書かないんですよ」
「へえ〜、そうなのか〜」
 書き初めの意味や由来なども教えてもらい、翌日は朝から墨を擦って半紙に向かう。
 まずはお師匠様、藤花がお手本を……えーと、それは何て書いたのかな?
「さいわい、です。誰にも幸せが降り注ぎますように……と、そう願って」
 素人目には何かの暗号にしか見えないが、それは変体仮名という書体であるらしい。
「本当に皆が幸せでありたいものですね」
「うん、そうだね〜」
 それに倣って焔が書いたのは、戦争が終わりますようにという願いをこめた『平和』の二文字。
「……藤花ちゃんみたいにうまくはいかないな〜」
「いいえ、想いのこもった良い字だと思いますよ」
「ありがとう〜」
 さて次は望の番と見れば、彼は見よう見まねで筆をとり、自由奔放に書き散らしていた。
 その大胆な筆致は半紙の上に留まらず、床一面に敷かれた新聞紙にも踊っている。
「とても元気な、良い字が書けましたね」
 それを字と呼んで良いものかどうかはさておき、とにかく褒めて伸ばすのが藤花流。
 ただし思い切り褒めた後での軌道修正も忘れない。
「お筆はこう持つんですよ?」
 藤花は望の小さな手に自分の手を添えて、初めは一緒に手を動かしてみる。
 選んだ文字は、もふら。

 ……も……ふ……

 最後の「ら」の字を書こうとしたところで、焔が声を上げた。
「はっ、もふらが墨汁にあんよつっこんでる!」
 ぺたぺた、ぺたぺた。
 気付いた時には既に遅く、望の書き初めは『もふら』本犬の肉球印付となりました。
「あんよ洗ったら初詣行こうか〜お散歩だよ〜」
 ついでに墨汁が飛び散った望の顔や、真っ黒になった手も洗って――

 あぁぁ望ちゃん壁に手形とか付けないで……!
 それも良い記念になりそうだけれど。


●敏腕マネージャに正月はあるか

 大晦日、月乃宮 恋音(jb1221)の一年は労働で暮れようとしていた。
 以前にも手伝ったことがある馴染みの蕎麦屋から「人手が足りないから手伝ってくれ」と言われれば断れるものではない。
 昼間から年越し蕎麦を食べに来る客で溢れる店の裏手から厨房に入り、まずはネギを大量に刻む。
 それが終われば、かき揚げやエビ天などトッピングの調理を。
 揚げても揚げても終わらない怒濤の天ぷら調理にクラクラしながら、合間に配膳を手伝ったり、客の注文を聞いたり、効率の良い出前のルートを指示したり――
 無事に営業を終え、報酬として手打ち蕎麦を貰ったのは良いけれど、家に帰って調理していたのでは年が明けてしまう。
「……あのぉ……ここの厨房をお借りすることは出来るでしょうかぁ……」
 良いの? ついでに余った食材も使い放題、むしろ使い切ってくれ?
 ですよね、三が日は店も休みだし、揚げてしまった天ぷらはとっておけないし。
 ということで、店の従業員や助っ人さん全員分の年越し蕎麦を作らせていただきました。
「……皆さん、遅くまでお仕事お疲れ様でしたぁ……」
 このやたら豪勢な賄い蕎麦を食べて、来年も元気に過ごしましょう。

 そして新年、恋音の正月は僅か一日で終わりを告げた。
「……はいぃ……今度は百貨店のお手伝いですかぁ……」
 こちらも以前に手伝いをしたことのある縁で、斡旋所経由で呼び出しがかかった次第。
 仕方ない、初売りセールは書き入れ時だから仕方ない――


●スタートライン

 例年ならこの時期、アレン・マルドゥーク(jb3190)は勤め先の面倒を見るのに大忙しで、とても他のところに気が回る余裕はなかった。
 しかし今年は嬉しいことに彼等の家族関係が改善されたおかげで、そちらの準備が早めに片付いた。
 結果、アレンにも自由に使える時間が増えたということで。
「テリオスさんも風雲荘で年越しするとよいのですーカウントダウンのパーティもあるのですよー」
「……お前達は、また騒ぐのか……」
 ハロウィンだクリスマスだと騒いだばかりなのに、今度は正月か。
「まったく、よく飽きないものだな」
 溜息混じりの呟きをスルーして、アレンはテリオスを引っ張って行く。
 わりと押しに弱いタイプであることは既に把握済みだった。
「最近章ちゃんと仲良しですよねーなんとなく。よいことなのですー♪」
「あいつが一方的に世話を焼いてくるだけだ、鬱陶しい」
「またまたー」
 暫く顔を見ないと心配になるくせにー。

 というわけで。
「ただいま帰りましたー」
 道中で年末年始の催しについて丁寧にレクチャーを施しつつ、戻ってみれば風雲荘は大掃除の真っ最中。
 アレンはさっそく掃除道具一式をテリオスに押し付ける。
「人海戦術で手早く終わらせてしまいましょうねー」
 掃除の仕方は……わかる、よね?
「わからなかったら、とりあえず皆さんの真似をしておけば大丈夫ですよー」
 掃除の必要な面積はやたらと広いが、そのぶん人手も多い。
 帰省せずに残った者や、わざわざ手伝いに来てくれる者もいて、今年も大掃除は恙なく終了。

「次はおせち料理の準備ですねー」
 カッパ巻きはおせちに入りますか?
 いいえ。
「でも、おせち料理にもそれぞれ家ごとに特色があっても良いと思うのですー」
 縁起物だから定番は揃えるとして、それ以外の部分で工夫が欲しいところ。
 重箱いっぱいにカッパ巻きとか浪漫を感じませんか?
 いいえ。
「浪漫は感じないが、お前がそうしたいなら好きにすればいい」
 作り置きの食材を詰めるなら、要は弁当と同じだろう。
「言っておくが、私は作らないからな」
 テリオスが釘を刺す。
 なにしろお料理一年生入学準備号さえクリア出来ない程度の腕前ですから。
 というわけで、アレンからそれぞれの縁起や由来の説明を受けながら、テリオスはスーパーで買ったものを重箱に詰めていく。
「なるほど、これが三日分のエネルギーになるわけか」
 ぎっしり並んだカッパ巻きの緑が清々しい。
 ところでこれ、三日も日持ちしましたっけ……?

 正月の準備を終えて帰ろうとしたところを引き留めて、そのままカウントダウンパーティへ。
 パーティと言っても特にイベントがあるわけではない。
 皆がリビングに集まって、各自で好きなようにゲームをしたりテレビを見たり、酒を飲んだりお菓子を食べたりしながら日付が変わるのを待つ。
 ただ、それだけ。
「……それの何が楽しいのだ」
「こうしてただなんとなく一緒にいて、のんびり同じ時を過ごすのも素敵だと思いませんかー?」
 一年の締めくくりと、新しい年のスタート。
 その瞬間を共にし、喜びを分かち合う相手がいる。
 たとえその相手が色々よくわかってなかったりしても、それはそれで良いものだ。

 日付が変わる瞬間、アレンは自分の背中に隠すようにテリオスの前に立つ。
「何をしている?」
「いえ、何か事故でも起きはしないかとー」
 しかし、何も起きなかった。
 そして、テリオスも何もしてくれなかった……いや、まあ、そうですよねー。
 気を取り直して、アレンはテリオスに向き直る。
「秋の日に見た日没は覚えていますか」
「……まあ、な」
 テリオスは居心地が悪そうに目を逸らす。
 語尾を伸ばさすに話しかけられると、何故か緊張するらしい。
「新年に初めてのぼる太陽もまたよいものなのです」
 一緒に見ませんか。
 それに……クリスマスプレゼントのお返しも、まだもらっていませんし?

 誰もいない浜辺で、ふたつの影が日の出を待つ。
「この寒いのに、物好きな奴だ」
「そう言いながら付き合ってくれるあなたも、ですね」
 帰りには何か美味しいものをお土産に持たせてあげよう。
 ひとまずは、温かいお茶とホカホカの肉まんを。

「あ、ご来光ですよ」

 新しい年の始まりに、新しいスタートを切れますように――


●いっしょのしあわせ

 悪魔っ子シャヴィは今、風雲荘のリビングにちんまりと座っていた。
 その隣には、少し緊張気味な茅野 未来(jc0692)がひっついている。
 何度か来たことがあるとは言っても、周りには未来の苦手な大きい人ばかり――と思ったら、リコがいた。
「あっ、ミクりんだー!」
「え……っ」
「イルカのるーたん助けてくれた子だよね? 覚えてないかな、リコだよ!」
「お、おぼえてるの、です……」
「もー、ずっと声かけようと思ってたんだー、あの時はありがとね!」
「はわわわっ!?」
 だきゅっとハグされて、未来は目を白黒。
「ごめんね、こういうの苦手だった?」
「いえ、あの……び、びっくりした、だけなの、です……」
 そう言われて安心したように微笑むと、リコは「ゆっくり楽しんでね」と言い残してその場を離れた。
 少し驚いたけれど、それで少し緊張がほぐれたようだ。
「えと……ここが、ふつうのひとの、おうちなの、です……」
 撃退士だらけのアパートが普通かどうかはともかく、家の作りとしては一般的なものだろう。
「きょうは、としこしのパーティなの、ですね……」
 大晦日には家族でテレビを見ながら年越し蕎麦を食べて、除夜の鐘を聞いて、年が明けたらおめでとうと言うのが一般的な過ごし方、だと思う。
 こんな風に大勢でパーティをするのは、まだあまり一般的ではない……かな?
「ことしはシャヴィくんとあえたから、いままででいちばんすてきなとしだったの、です……」
 畳スペースに置かれた炬燵で年越し蕎麦を食べながら、未来はふわりと微笑んだ。
「いっしょにはつもうでにもいきたいの、ですね……」
「はつもうで?」
「おしょうがつには、かみさまのところにいって……おねがいごとするの、です……」
「え、また願いごと? 神様ってそんなにたくさん、お願いかなえてくれるの?」
「えと……かなえてくれるように、おねがいすることもできるの、ですね……」
 でも多分きっと、数ある願いごとイベントの中でも初詣が最強だと思う。
 だって、わざわざ神様のところまで行って、お賽銭を払ってお願いするのだから。
「あしたは、きものをきていくの、です……」
 未来はレンタルしておいた二人分の着物を見せた。
 淡いピンクの花が咲いた華やかな振袖と、シンプルな紋付袴。
(「シャヴィくん、きっとにあうの、ですね……」)
 わくわくしながら時計の針を見る。
 もうずいぶん夜更かしした気分だけれど、時計の針はまだまだ重ならない。
(「がんばって、おきてるの……です……」)
 そうは思っても、炬燵はぽかぽか温かいし、お腹はいっぱいになったし――

「いつのまに、あたらしいとしになったの、です……?」
 気が付けば誰かが敷いてくれた布団の中、窓の外を見れば既に陽は高く昇っていた。
 慌てておめでとうの挨拶をして、朝ごはんにおせち料理を食べて、風雲荘の専属美容師さんに着付けを手伝ってもらって。
「はつもうでにいくの、です……」
 シャヴィにお参りの作法を教えて、二人で一緒に柏手を打つ。
(「シャヴィくんのおねがいがかないますように……」)
 お参りが済んだら次はおみくじ。
(「だいきちがでたら、シャヴィくんにあげるの、です……」)
 出ますようにと願いを込めて、引いたおみくじは――中吉。
 何事も初めは心のままにならずとも、神明を祈り、時節を待てば、後には悦びにあうべし――つまりは急がず焦らずゆっくり頑張れば良いよ、ということか。
「シャヴィくんは、どうだったの、です……?」
「僕のは……万事公の心を持ち、些細の事にかかわらず、時の至るを待てば、大いなる立身出世ありとす、だって」
「それ、だいきちなの、ですね……よかったの、です……」
 おみくじをご神木の枝に結んだら、無料で配られている甘酒で身体を温めて……あれ、なんかふわふわする。
「シャヴィくんだいすきなの、です(ふわふわ」
「ありがとー、ぼくもだいすきだよー(ふわふわ」
 果たして、これは告白としての効力を持つのか否か――?


●すてきなさんにんぐみ

「んどわぁっっっ!!?」
 正月早々、ミハイル・エッカート(jb0544)はクリス・クリス(ja2083)の腹ダイブで叩き――潰し起こされた。
 今、何かとても幸せな夢を見ていた気がする。
 しかし全体重を乗せた渾身の一撃により、それは文字通り儚い夢のごとく消え失せ……いや、違う。
 あれは夢ではない。
 記憶だ。

 大晦日の夜、あと僅かで日と月と年が一度に改まる頃。
 ミハイルは婚約者の真里谷 沙羅(jc1995)を連れて、そっとパーティ会場を抜け出した。
 屋根の上には恐らく先客がいるだろうし、翼を持たぬ身では華麗に舞い上がるわけにもいかない。
 二人きりになれる場所を探した結果、そこは庭に作られた菜園のど真ん中だった。
 少々ムードに欠ける気もするが、ここはこの一年ミハイルが丹精を込めて野菜作りに励んだ場所。
 一年の締めくくりを迎えるには丁度良い。
「寒くないか?」
 暖房の効いた部屋から外に出れば、いくら厚着をしても寒いに決まっている。
 だが、わかっていても敢えて尋ねるのが紳士の嗜み、そして大丈夫だと答えるのが淑女の嗜みだ。
 手足は冷えても、一緒なら心が温かい。
 くっついていれば、そのうち身体も温まる。
 星の光が降る音さえ聞こえそうな静けさの中、アパートの方からカウントダウンの声が微かに聞こえてくる。
 その声がゼロを数える瞬間、二人はそっと唇を重ねた。
「あけましておめでとう」
「おめでとうございます」
 恥ずかしさを誤魔化すためにそっと抱き付いた沙羅を、ミハイルは優しく抱き返す。
「ミハイルさん暖かいですね」
「沙羅が温かいからだ」

 そんな幸せの余韻にどっぷり浸りつつ寝正月を満喫していたところに、この仕打ちである。
 だがそれも仕方ない。
「どうかな、似合う?」
「ええ、似合っていますよ。ミハイルさんも驚くくらい、いつもよりもっと可愛いです」
「ありがとー。でもぱぱはきっと、沙羅さんしか目に入らないと思うよー」
「そんなことありませんよ」
 もし褒めなかったらお仕置きしちゃうぞー。
 そんな期待と不安を胸に、合鍵でドアを開けたら……これだよ。
 精一杯のおめかしをして初詣のお誘いに来たら、昨夜と同じ格好で布団にくるまって爆睡している、お世辞にもカッコイイとは言えないパパの姿を発見した時の娘の気持ちを140字以内で述べよ。
「明けましておめで……」
 どーーーん!
「んもー寝正月禁止!」
「寒い、もう少し眠らせて……」
 容赦のないあけおめダイブにも冬眠暁どころか昼さえ覚えず、ミハイルは頭の上まで布団を被って二度寝の構え。
「ふーん? じゃあ二人だけで行っちゃおうかー、ね、沙羅さん?」
「そうですね、お疲れでしたら起こしてしまうのは申し訳ないですから……」
 その声に、布団がピクリと動いた。
「沙羅と一緒だと!?」
 何故それを先に言わない!
 そう言えば、彼女もこの風雲荘に部屋を借りたのだった。
 布団をはね除けて飛び起きたミハイルは二人を廊下に押し出してドアを閉め、用意しておいた着物を取り出した。
 しかし、着方がわからない!
 沙羅に頼むのもちょっと恥ずかしいし――だが慌てることはない、この風雲荘には美容師からトンデモ発明家まで、日常生活に必要な才能が(不要な才能も)揃っているのだ。

 アレンの協力を得て羽織袴にインバネスコートという渋い和装に着替えたミハイルは、改めて二人の前に。
「どんな格好でも似合うのはずるい気がしますね……」
「沙羅こそどんな服装も似合うが……やはり和服は良いな。クリスも可愛いぞ」
 あんまり綺麗で可愛いので、ついついポエミーな表現に走ってしまう。
「寒さ吹き飛ぶ心温まる花が咲いたようだ」
 何ならミュージカル風にメロディを付けて歌っても良いぞ。
 だがここで、娘のスルースキルが遺憾なく発揮された。
「さ、初詣に行くよー♪」
 右手をミハイルと、左手を沙羅と繋いで、三人で商店街の近くにある神社へ。
「あそこは商売の神様じゃないのか?」
「うん、いいの。いつもお世話になってる商店街の人達のために、商売繁盛をお願いしてくるんだよー」
 というのは口実で。
 本命は元日から営業している店の福袋を手に入れること。
 人気の店では午前中に売り切れてしまうから、出来るだけ早く行きたいところだけれど――まずはお参りが先ですね、はい。
「参道の真ん中は神様が通る道ですから、少しよけて端の方を歩きましょうね」
「おお、沙羅はさすがに物知りだな」
 最初に手水舎へ寄るのを忘れずに、お清めが終わったら鈴を鳴らしてお賽銭を入れ、二礼二拍手一礼。
(「今年一年、皆が息災でありますように。それから、来年も三人で来れますように」)
(「大きな怪我がなく楽しく過ごせますように」)
 クリスと沙羅は時間をかけて丁寧に祈る。
 さっさと終わらせたミハイルは、そんな二人の様子を横目でチラリ。
 真剣に祈る表情もまた良い。
「さあ、次はおみくじだ」
 大吉に決まっていると張り切って引いたミハイルのおみくじには、見慣れない文字が書かれていた。
「文字……いや、記号か。……∞……凶……」
 無限大凶!?
「おい、ここの神、出て来い!」
 バレットパレード全力展開で神に向かってメンチ切りたい気分だが、沙羅とクリスの前ではそんなわけにもいかず、ぐっと堪えてぷるぷる肩を震わせる。
 それに今はインフィじゃないから使えないし!
「ここの神様はお茶目なんだねー」
 それとも「だからお守り買ってってね」という商売の神様ならではの販促活動なのだろうか。
「お守りは良いですね。三人お揃いでどうでしょう?」
 無病息災あたりが良いだろうかと沙羅。
 なお二人は恙なく大吉を引き当てた模様です。


●大正浪漫なハイカラさん

「正月かぁ。晴れ着姿のリコ……かわええやろなぁ」
 風雲荘の玄関先で、浅茅 いばら(jb8764)はそわそわうろうろ。
 今日はここでリコと待ち合わせしているのだ。
 同じアパートに住んでいるのだから、わざわざそんなことをしなくても良さそうなものだが、こういうことは気分が大切なのだ。
「こういうのもたまにはええやろ、なんたって記念すべき新年初デートやしな」
 いばらは渋い色の着流しにトンビコート、頭にはクリスマスにリコからもらった青みがかったグレーのソフト帽。
 リコは一緒に選んだ、昔の少女絵に出て来るようなレトロモダンな振袖を着て来るはず――

「おまたせー!」
 姿を現したリコは予想通り、いや予想を超えた可愛さだった。
 原色の太いストライプに簡略化された大きな花が大胆に咲く柄は、リコが好んで選ぶものとはだいぶ違うけれど。
「うん、やっぱり似合うとるわ」
「そう? ありがと! いばらんも似合ってるよ、昔の文豪さんみたい♪」
 二人で並ぶと大正時代あたりにタイムスリップしたような気分になる。
「ほな、行こか」
 きゅっと手を繋いで、近くの神社へ。
「リコはお参りの作法とか知っとる?」
「んー、よくわかんない。鈴ならして、パンパンってして、お賽銭いれて……」
「お参りにもちゃんと作法があるんや。教えたるから、うちの真似してな?」
「うん、わかった!」
 まずは鳥居を順番にくぐって、手水舎で手と口を清めて。
「これにもちゃんと順番があるんや」
 まずは左手、次に右手を清めたら、最後にもう一度左手に水を受けて口を清め、終わったら柄杓を立てて柄の部分に水を流して……
「終わったら、手は自然乾燥や」
「え、でも冷たいよ?」
「せやから、綺麗なタオルやハンカチなら使てもええことになっとる神社もあるんや」
 多分ここもそうだと、いばらは真新しいハンカチを差し出す。
「お清め言うても気持ちの問題やからな」
 本気で清めたいなら手や口をすすぐ程度では到底足りないわけだし。
「お参りは鈴を鳴らしてお賽銭、それから二礼二拍一礼や」
 鈴とお賽銭はどちらが先でも構わないらしい。

「ね、なにお願いしたの?」
 参拝を終えたリコが訊いてくるけれど、それは秘密だ。
「人に話したら叶わんようになるって話も聞くで?」
「そっかぁ、じゃあリコも秘密ね!」
 あとは帰る前に、参道脇に並んだテキ屋でも覗いてみようか。
「欲しいもんあったらいいや、こんくらいは彼氏の甲斐性やさかい」
「あっ、これ!」
 リコが指さしたのは、可愛いピンクの酉だるま。
 ちょっとヒリュウににていないことも、ないような。
「リコはほんまこういうんが好きやね」
 じゃあ一番大きなやつを買って、帰ったら二人で片目を入れよう。
「あとは……少し腹拵えでもしよか?」
「うん、でも……お正月はやっぱりお餅がいいな!」
 これからアパートで餅つきだし!

 これからもリコと一緒にいられる時間が一秒でも長くありますように――それがいばらの願いごと。
(「リコはヴァニタスやから、何時どうなるか判らん、それが不安なんや」)
 でも、リコの笑顔は何よりの安堵の種だ。
 リコが笑っている限り、悪いことなんて何も起きない気がする。
 おみくじだって二人とも大吉だったんだから、きっと大丈夫。


●敏腕マネージャのお正月

 年末年始も忙しく働いている恋音にも、元旦くらいは人並みに休む権利がある。
 その日とて救援を請われれば万難を排して駆けつけるだろうが、幸いなことに今のところどこからもSOSの発信はなかった。

 そんなわけで、初詣デートである。
「おおっ、恋音、その晴れ着素敵ですねー。本当に良く似合っていますよ」
 待ち合わせ場所に晴れ着姿で現れた恋音を、袋井 雅人(jb1469)は手放しで褒める。
 着飾った彼女を褒めるのは彼氏の嗜みではあるけれど、特に褒めることを意識しなくても褒め言葉が素直に出て来るという、それくらい恋音の振袖姿は可愛らしかった――胸元が少しばかり、いや、かなり……ものすごく、窮屈そうではあるけれど。
「……ありがとうございますぅ……」
 桜色の地に配された牡丹の花には「富貴」や「幸福」といった意味があるらしい。
 なお、雅人も今日はごく普通に紋付袴だった。よかった(二度目

「それじゃあ初詣に行きましょうか!」
 差し出された手を取って、恋音はゆっくりと歩き出す。
「足元に気を付けるんですよ」
 自分で足元が見えないのはいつものことだが、今日は前屈みになることも難しい。
 履き物に慣れないこともあって、足運びはいつも以上に慎重に。
 段差は特に気を付けないと――
「大丈夫ですよ恋音、僕がしっかりリードしますからね!」
 神社もなるべく階段や段差の少ないところを選んでおいた。
 それでも拝殿前の石段は避けて通れないので、そこはしっかりと手を添えて。
 恋音は何を祈願するのだろう、やはり胸のサイズに関することだろうか。
 そう言えば、あるところに「おっぱいの悩みを聞いてくれるありがたい寺」、その名も「おっぱい寺」というパワースポットがあるそうだ。
 寄せられる願いの多くはもっと大きくなりたいとか、母乳の出を良くしたいといったものだというが、その逆も……もしかしたら叶えてくれる、かも?

「うんうん、お参りが終わったらやっぱりおみくじを引かなきゃですよね。さあ、何が出たかな……吉ですね!」
 なになに、闇を離れて明らかな所へ出るたれば、これより後次第に立身出世あるべし?
 闇って何だろう、まさかあの仮面ヒーローのことじゃないよね!
 あれは世界を愛で照らすラブコメの光だから!
「恋音はどうです? 小吉?」
 心素直にして実地を踏みて世を渡りなば、天の恵みを受けて大いによし。
「……真面目に実直であれば、幸運が訪れる……ということでしょうかぁ……?」
「きっとそうですよ! 恋音にはぴったりの運勢ですね!」
 それを木の枝に結んだら、良い運勢を補強するためにもお守りを買って。
「後は出店を冷やかしつつ……あっ、そう言えば風雲荘で餅つきがあるんでしたね!」
 年始の挨拶ついでに、ちょっと混ぜてもらおうか。


●あべこべは健在でした

 俺、もう死んでもいい。
 この一年で、いったい何度そう思ったことだろう。
 思えばちょうど一年前の元旦が全ての始まりだった――いや、その前から無自覚に積み重ねていたものが、ようやく目に見える形になったと言うべきか。
「昨年は、ええ、色々と気合を入れた結果空回ってしまったので……」
 カノン・エルナシア(jb2648)は昨年のことを思い出し、その視線を遙か遠くの空の果てまで放り投げた。
 まだ告白の返事もしていなかったその時の着物が留袖で、結婚後約半年の今が振袖である。
 どうしてこうなった。
 あべこべなのは自覚している。
 でも、見たいって言うから。
「ええと、あの……どう、でしょうか」
 投げた視線を手繰り寄せ、目の前に焦点を合わせてみる。
「あの……ナーシュ?」
「は、はいっ!」
 未だに名前を呼ばれるとドキドキして顔から火が出そうになるという初心な旦那は、紋付袴でびしっと直立不動。
 そのまま固まってしまったように奥様をじっと見つめている。
「何か、おかしいでしょうか」
 ぶんぶんぶんっ。
「似合いませんか?」
 ぶんぶんぶんっ。
 心配ない、ただの惚気性突発失語症だ。
「きれい、なのです」
 やっとそれだけ呟いて、門木は熱にでも浮かされたような目でカノンを見つめ続ける。
 薄い菫色の地に流水模様と四季の花が描かれた古典柄の着物は、派手さはないが上品な仕上がりで、金地に淡い色の小花を散らした帯に良く似合っていた。
 どれくらいそうしていただろう。
 その姿を脳内メモリに保存した門木は、次に電子媒体へのバックアップ作業へと移行する――つまり、スマホやデジカメ、ビデオカメラで写真や動画を撮りまくるのだ。
 最後に一番良く撮れた一枚を待ち受けにセットして、作業完了。
「ありがとう、俺もう死んでもいい」
「困りますよ、まだまだ先は長いのですから」
 わかってる、わかってるし死ぬ気もないけれど、それくらい嬉しくて幸せで……でも、それを的確に表現する語彙がない。
 結果、こうなる。
「……こんな風にあれこれ着飾るようになるとは、学園に来た頃は思いもしませんでしたね」
 そんな様子に目を細めつつ、カノンはかつての自分を思い返してみる。
 自分を罰してるような黒ずくめの服は、コーディネートをあれこれ考える必要がないという点では楽だった気もするけれど。
「そう言えば、いつだったか……「俺が脱がせる」というようなことを言われたこともありましたが、その通りになったということでしょうか」
「そうだな」
 誤解を招く発言だが、物理的に脱がそうとしたわけではない、もちろん。
「あの服も窮屈そうだったけど、見えない服のほうが窮屈でしんどいんじゃないかと思ってさ……心とか、気持ちを縛ってる……そっちのほうが」
 それを少しでも楽にしてやりたいと思ったのが、そもそもの始まりだったのかもしれない。
 当時はまだ、自覚の欠片もなかったけれど。
「少しは楽になったかな」
 その問いに、カノンは小さく頷く。
 見えない拘束着の名残はまだあるけれど、それもいつかは全て脱がせてくれる日が来るのだろう。
「……行こうか、初詣」
 差し出された手を握り返す――交互に指を絡めて。

 お参りを済ませて、おみくじを引いて。
「分に過ぎたる望み事をなすべからず。その身の分限を守り、物の命を助けなどすれば、のち禍を転じて大いなる福を得べし……か」
「こちらは……初め悪しく、後よし。悪しき時に慎まざればその時身を失い、よき時節にあうこと叶わず。よくよく慎み、時の至るを待つべし……だそうです」
 占いによくある、どんな条件の誰にでも当てはまるような文言だ。
 信じる信じないはともかく、気を付けておいて悪いことはないだろう。
「お守り、買っておくか」
「そうですね、でもあまり無駄遣いはいけませんよ?」
 一年に一度の事だと思うと財布の紐が緩むのもわかるし、必要なものは買っておきたいけれど。
「これから色々と出費も増えるでしょうし……」
「え?」
 出費が増えるって、どういうことだろう。
 部屋を少し広げたいとは思っているし、そのリフォーム費用のことだろうか――と思っているところに袖を引かれた。
「……あの、ええと」
「ん?」
「ナーシュ、これ、買っておいた方が良いでしょうか……?」
 これ、と言って見せられたのは、安産祈願のお守り。
「……、…………えっ!?」
 まさか、もしかして、つまり――
「あっ、いえ、それは……まだ、です……と、思います……が」
「だ、だよな、うん」
 だってついこの間まで魔法(げふん
「……えと……だったら、こっちが先じゃないかな、うん」
 子宝祈願とか子孫繁栄とか。
「でも、まだ暫くは二人でいたいな」
 来るものは拒まずだし、お父さんになりたいという希望もあるけれど――まだまだイチャつき足りない! ので!


●もちもちパーティ

「あけおめことよろ! さあ餅つきの時間よ!」
 初詣をさくっと終えた雪室 チルル(ja0220)は、色気より食い気で一年のスタートを切った。
 いつものこと、とか言わないであげて。
 風雲荘の皆が帰って来るのを今か今かと待ちわびながら、杵を片手に臼の前に陣取ってスタンバイを完了したのが一時間ほど前のことだろうか。
 なお、待っている間に餅米を蒸しておこうとか、そんな配慮はない。
「だっていつ帰って来るかわからないもの、お餅は出来たてアツアツのお米をつくものでしょ!」
 というわけで、ひたすら待ちの姿勢。
 ようやく人数が揃ったところで餅米を蒸し始め、その間に臼と杵をお湯で温めて。
「なかなか手間がかかるわね!」
 そして待つこと更に一時間、ようやく蒸し上がった餅米を臼に入れ――
「さあ、つくわよ!」
 え、まだ?
 最初は潰すだけ?
「ほんとに手間がかかるわね!」
 米粒が潰れて団子になるまで、杵に体重をかけてギュッと。
 それが終われば、いよいよ待望の餅つきだ。
 まずはキャッチャー(返し手)とサインの交換(そんなものはない)、二、三度首を振ったチルル投手、ようやく頷きます!
「いくわよ! 唸れ、あたいのさいきょーぱぅわー!」
 大きく振りかぶって第一投、風を切って唸る杵!
 臼のど真ん中にストレートで――シュート!
 ゴオォォォル!
 え、野球とサッカーが混ざってる? 細かいことは気にすんな!
「超! エキサイティーング!」
 続いてチルル選手、相手の腹にマシンガンジャブ……なんてことはしませんよ!
「あたいはかしこいのーきんなんだから!」
 ちゃんと相手の動きも見るし、返し手が餅を返し終わるのを待ってから次の投球に移る。
 しっかりと狙いを定めて……ストライーク!
 今度は野球か、それともボウリングか。

 そんなこんなで、ほぼチルルさんひとりの尽力で餅がつき上がりました。
「ありがとー、ここからは食べる専門のボクの出番だね♪」
 戦利品を抱えて戻ったクリスは一足先にリビングに戻ってスタンバイ。
「……とりあえず、定番のタレをご用意してみましたぁ……」
 炬燵の上には恋音がキッチンを借りて用意した様々な種類のタレやトッピングが揃っていた。
「ゴマ餡、きなこ、ずんだ餅〜、甘味に飽きたら、からみ餅〜」
 クリスは一口大にちぎった餅を次々と口に放り込んでいく。
 砂糖醤油に磯辺巻き、バター醤油、納豆、くるみ、海苔チーズ。
 育ち盛りだから、たくさん食べても太らないよ……多分。
 余分なカロリーは縦の成長に使われるって信じてる。
「チョコも意外といけるわね!」
 そういえばチョコ大福なんてものもあるのだから、合わないはずがないか。
 だったら甘いものは何でもいけそうだと、チルルは冷蔵庫を開けて使えそうなものを片っ端から持って来る。
「大丈夫、ちゃんと許可はもらったわよ!」
 各種ジャムにホイップクリーム、カスタードは見当たらないから……プリンで良いか!

「おい、俺の名前が書いてあるやつは食うなよ!」
 食ったら撃つぞといつものリアクションをしつつ、ミハイルは酒の福袋を開けた。
「なかなか良いものが入ってるじゃないか」
 年代物に限定品、普通はまず手に入らないような酒が惜しげもなく――まあ、そのぶんお値段も良かったのだけれど。
「章治、さっそく呑もうぜ」
 昼間から堂々と酒盛り出来るのは正月の特権と、ミハイルは金箔入りの酒を開ける。

 大人が酒盛りに興じる脇で、クリスは戦利品の仕分けにかかった。
 手に入れたのは商店街一押しのお得感マックスと言われる福袋、しかも三つ。
 今時は珍しくなった、中身が全くわからないタイプのものだ。
「パパからのお年玉だよー♪」
 ドキドキな中身は紳士服に婦人服、子供服にペット用品、おもちゃに文具、アクセサリ、雑貨、日用品……
「うん、確かにお得感マックスだね」
 ただし家族が多く、かつ好みが多様であれば。
「家族は……うん、多いね。このアパートみんなが家族だし♪」
 これだけいれば好みも色々、きっと全部がお役に立てる。
 というわけで、自分で使うものだけキープして、あとはみんなにお裾分け。
「我ながら太っ腹だねー、将来大物になるよねー」

 お裾分けをいただいて、お腹もいっぱいになったチルルは旅に出た。
「どこかで適当に遊んで来るわね!」
 ただしノープランである。
 そして遊ぶと言っても、元日に開いているのはゲームセンターか映画館、一部の大型スーパーくらいなものだろう。

 遊ぶ場所が見付からなかったら帰っておいで。
 正月遊びを用意して待ってるからね。
 見付かっても遅くならないうちに帰るんですよー?


●自宅がいちばん

 初日の出見物から戻った龍崎海(ja0565)は、自分の部屋でこたつむりになっていた。
 特に見ているわけでもないが、とりあえずテレビをつけて、みかんを食べながら年賀状を眺める。
「ちゃんと元旦に届くように出すなんて、みんなマメだな」
 まあ、自分もちゃんと出しているけれど。
「これは家族と親せきから、これは学部や部活等の友人から……」
 一枚ずつ名前と文面を確認しながら、交友の種類ごとに分けていく。
「これは依頼等で交流を持つようになった人からっと」
 中には名前を見ても顔が思い出せない人もいたが、書かれた内容を見て「ああ、あの依頼の」と思い出す。
「何人かはこちらから出してない人もいるな。あとは……」
 残ったのは学園に来る前の人たちの分。
 他と比べて極端に枚数が少ない。
「うーん、仕方ないとはいえまた減ったなぁ」
 地元を離れて、もう何年になるだろう。
「学園から私用での外出はほとんどなかったから、年賀状だけのやり取りって感じだったし」
 そう言えば、去年は宛先不明で戻って来た年賀状が何枚かあった。
「あっちの人たちも社会人になって住居を変更したり、色々あるんだろうなぁ」
 今年も多分、何枚かが戻って来るのだろう。
 きちんと手続きをしていれば引っ越し先にも届くはずなのだけれど、それを知らないのか、忘れているのか。
「仕方ないな、縁があればまた何かで連絡がとれることもあるだろう」
 それが終わったら……どうしよう。
 初詣でも行ってこようかな。
「おせち料理も用意してないし、それ以前に冷蔵庫がからっぽだな」
 お参りのついでに出店で何か食べて来よう。
「初詣客を狙った出店で食べるんだから、充分正月らしいよね」
 願いごとはシンプルに、よい一年でありますように――


●ふるさと

 華宵(jc2265)にとって、今年は学園に来て初めての年越しになる。
 ここでの日々はとても楽しく、あっという間に月日が過ぎ去ってしまった。
「だから年越しも学園の皆で……と思ったんだけど」
 でも、だからこそ。
「元の住まいに一度戻ってみようかとも思うの」
 自分の原点に立ち返る意味でも、これからの日々をまた新たな気持ちで歩むためにも。
「それに、お正月は故郷で家族と一緒にすごすものって言うじゃない?」
 住込みで働ているオカマバーのお客さんの中にも、そう言って嬉しそうに帰って行く人が多かった。
 彼等も今頃は手土産を携えて、故郷への旅路を急いでいるのだろう。

 職場に休みを貰って、電車やバスを乗り継いで――っと、その前に。
「この耳はちょっと目立つわよね」
 華宵の外見は殆ど人と変わらないが、この尖った耳だけは誤魔化すことが出来なかった。
 おかげで昔は苦労もしたけれど、今は便利が術が使えるようになった。
「変化の術を学園で覚えたおかげで、人に紛れても生き易くなったわ」
 もっとも、学園島の中ではこの耳もまるで目立たない。
 尖っていても丸くても、たとえもっと目立つ見てくれだったとしても、華宵は華宵のままでいられる。
「だから時たま人間界に戻ると、うっかり忘れちゃうのよね」

 普通の人と変わらない姿になって、久しぶりに訪れた故郷。
 隠れる理由は特にない気もするけれど、夜陰に紛れて里の様子を伺って――家々の明かりや漏れ聞こえる声に、元気そうだとほっと一息。
 そのまま歩き慣れた山道を、住まいの社へ向かって歩く。
 通う者もなかったせいか、足元は枯れ草に覆われて少し歩きにくい。
 けれど肌に触れる空気も、目に映る景色も、鼻をくすぐる匂いも、少しも変わってはいなかった。
「然程時間は経っていないのに、懐かしく思えるものだ……」
 山奥の社に辿り着いた華宵は素に戻って呟く。
「ここからは、山の端に初日が拝めるのだったな」
 いつもの場所に佇み、何をするでもなくのんびりと、月や星の動きを眺めながらご来光を待つ。
 その光景も、記憶にあるものと変わらない。
 なのに、何故か少し違って見えるのは……自分が変わったせいだろうか。
 だとしたら、それは良い変化に違いない。
 そう思いながら、その場にごろりと寝転がった。

 日が昇ったとは言え、冬の朝は冷える。
 そのまま寝落ちてしまえば、下手をしたら二度と目が覚めないかもしれない。
 そうは思っても睡魔には勝てず――

 目覚めた華宵は、もふもふの毛皮布団にくるまっていた。
 気配に気付いた布団たちは、もぞもぞと動き始める。
 それは、森の動物達。
「元気で何よりだ。……ただいま」
 そして、ありがとう。
 微笑みながら、彼等の身体をそっと撫でる。
 どの子も皆、日なたの良い匂いがした。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:15人

伝説の撃退士・
雪室 チルル(ja0220)

大学部1年4組 女 ルインズブレイド
思い繋ぎし紫光の藤姫・
星杜 藤花(ja0292)

卒業 女 アストラルヴァンガード
歴戦勇士・
龍崎海(ja0565)

大学部9年1組 男 アストラルヴァンガード
アルカナの乙女・
クリス・クリス(ja2083)

中等部1年1組 女 ダアト
前を向いて、未来へ・
Rehni Nam(ja5283)

卒業 女 アストラルヴァンガード
思い繋ぎし翠光の焔・
星杜 焔(ja5378)

卒業 男 ディバインナイト
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
紡ぎゆく奏の絆 ・
水無瀬 快晴(jb0745)

卒業 男 ナイトウォーカー
大祭神乳神様・
月乃宮 恋音(jb1221)

大学部2年2組 女 ダアト
ラブコメ仮面・
袋井 雅人(jb1469)

大学部4年2組 男 ナイトウォーカー
天蛇の片翼・
カノン・エルナシア(jb2648)

大学部6年5組 女 ディバインナイト
Stand by You・
アレン・P・マルドゥーク(jb3190)

大学部6年5組 男 バハムートテイマー
優しき強さを抱く・
ユウ(jb5639)

大学部5年7組 女 阿修羅
外交官ママドル・
水無瀬 文歌(jb7507)

卒業 女 陰陽師
Half of Rose・
浅茅 いばら(jb8764)

高等部3年1組 男 阿修羅
撃退士・
茅野 未来(jc0692)

小等部6年1組 女 阿修羅
Eternal Wing・
サラ・マリヤ・エッカート(jc1995)

大学部3年7組 女 アストラルヴァンガード
来し方抱き、行く末見つめ・
華宵(jc2265)

大学部2年4組 男 鬼道忍軍