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マスター:STANZA
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
形態:
参加人数:28人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2017/01/20


みんなの思い出



オープニング



 皆でツリーを飾った数日後、クリスマス本番を間近に控えたある日。
 門木章治(jz0029)は弟(今のところ表向きは)であるテリオスのもとを訪ねていた。

「何の用だ」
 キッチンで包丁を使う練習をしていたらしいテリオスは、格闘の痕跡を慌てて隠しながら無愛想に応じる。
 近ごろ何かと世話を焼きたがるこの兄を鬱陶しいと思う反面、構ってもらえるのが嬉しくもあり――むしろ嬉しい気持ちのほうが大きいのだが、それを悟らせまいとの照れ隠しで声が冷たく低くなる。
 しかし門木は持ち前の鈍感スキルを遺憾なく発揮したのか、或いはテリオスの照れ隠しスキルが残念すぎるせいで全く隠しきれていないのか、そんな塩対応にも動じる様子はなかった。
「少し早いが、お前にクリスマスプレゼントを渡そうと思ってな」
「……、…………なんだ、それ」
 テリオスもクリスマスは知っている。
 クリスマスには親しい者にプレゼントを贈る風習があることも。
 だが自分が贈られる対象になるとは考えていなかった――しかも兄から。
「お前、前に言ってたよな。母親から、俺に付けるはずだった名前で呼ばれてたって」
「……は?」
 それはそうだが、何故今この時にその話を持ち出すのか。
「だから何だ……そんなこと、もう思い出したくもない」
「……ああ、そうかもしれない……。だから、それを少しでも良い思い出に出来ないかと思って、さ」
 テリオスは怪訝な顔で、ふわふわと脳天気に微笑んでいる兄を見た。
 相変わらず、何を考えているのかよくわからない。
「どういうことだ。説明してみろ……話だけは聞いてやる」

 そう言われて、門木は話し始めた。
 まだ二人の母親が生きていた頃、彼女はテリオスを「フィリアス」という名で呼んでいた。
 それは死んだと思われていた最初の子に授けられるはずだった名前。
 その名を背負い、テリオスは兄の代わりとして生きてきた。
 母が亡くなってからは、もう誰も呼ぶ者のない、封印された名前。
「……でも俺は、名前を付けられる前に捨てられたから」
 だから、それは自分の名前ではない。
 欲しいとも思わない。
 育ての母リュールが欲張って二つも名前を付けてくれたし……それに、もうひとつ大切な名前をもらった。
 それで充分だ。
 充分すぎるほど幸せだ。
「だから……上手く言えないんだが、その名前は最初からお前のものだったんじゃないかと思うんだ」
「……は?」
「そう考えれば、お前はずっと……お前自身の名前で呼ばれてたってことに――」
「なるか!」
「えっ」
 本気でそう考えていたらしい兄の顔を見て、テリオスは頭を抱えた。
「やっぱりお前は馬鹿兄だ」
「……だめ、かな」
「当たり前だ!」
 言いたいことは何となくわかる気がする。
 彼なりに一生懸命考えてくれたのだろうことも。
 けれど、それを素直に認めて受け入れるのは悔しかった。
「……そうか……ごめん」
 塩をかけられた軟体生物のように、しゅるしゅると縮こまる門木。
 しかし頑固な彼はそのままでは引き下がらなかった。
「とにかく……その名前はお前のものだから」
 フィリアスだと男の名前だし、苦い記憶を思い起こさせてしまうかもしれない。
 だから一部を変えても良いだろう。
「フィリアとか、どうかな……いずれ皆に本当の事を話す時にでも――」
「余計な世話だ!」
 ぶん!
 槍が飛んで来る。
 もちろん当たらないように投げてはいるらしいが。
「だったら、お前がそう呼ばれたい相手だけに伝えても良い……特別な人、とか」
 意味ありげに笑った門木の足元に、再び槍が飛んで来る。
「用が済んだらさっさと失せろ馬鹿兄」
 それが照れ隠しであることは、いくら鈍感な門木にも一目瞭然。
 なかなか可愛いじゃないか、などと言ったら今度こそ命中させられそうだから黙っておくけれど。
「はいはい、じゃあまたな」
「二度と来るな!」
 来ても良いけど、むしろ来てほしいけど!

 門木が逃げるように帰った後、テリオスはひとり呟いた。
「……まあ、一応……受け取るだけは受け取ってやる」
 それに、いつの間にかキッチンのテーブルに置かれていた、クリスマスパーティへの招待状も。




 冬の夜空に輝く、巨大なクリスマスツリー。
 今年はその緑の枝いっぱいに、色とりどりの綺麗な花を咲かせていた。

 遠くからでも見えるその光は、まるで灯台のようだ。
 場所がわからなくても、この光を目指せばいい。

 さあ、パーティを始めよう。




リプレイ本文

 クリスマスを間近に控えた科学室。
 机に置かれた小さなツリーがキラキラと光る様子を横目に見ながら、月乃宮 恋音(jb1221)は分厚い書類の束を差し出す。
「……手配が必要なものは、恐らくこれで全部だと思いますぅ……」
 敏腕マネージャの仕事は今回も完璧だった。
 パーティの数日前には全ての手配を終え、急な予定変更や人数の増減にも柔軟に対応出来るように体勢を整えてある。
「……それから、こちらは数日中に誕生日を迎える方々のお名前ですぅ……当日の飛び入りもあるかと思い、在籍中の全員をリストアップしてみましたぁ……」
 既に参加を表明している者はもちろん、参加者の友人などの名前にも赤で印が付けてあった。
「……誕生日ケーキは、多めに作っておきますねぇ……」
「ありがとう、いつもながら助かる」
 報告を受けた門木は、ついでにもうひとつと調達リストに何かを書き加える。
「……マジパン、ですかぁ……」
「ケーキの上に乗せる人形があるだろ、あれを作ろうと思ってな」
 絵はちょっとアレだが立体造形は得意な門木、誕生日を迎える者達に似せた人形を作ってプレゼントするつもりらしい。
「……では……ケーキにはそれを載せるスペースを確保しておきますねぇ……」
 その為にも、最終的なデコレーションは会場で行うことになるだろうか。
「……それと、もうひとつ……先生に提案というか、お願いがあるのですがぁ……」
 そう言って、恋音は小さな手編みの巾着袋を取り出した。
「……こちらを、全員へのお土産としてご用意させていただこうかと……つきましては、その、中身を先生にご用意いただくことは可能でしょうかぁ……」
「俺そういうのセンスないけど、いいのか?」
 それでも構わないし誰かと相談しても良いと言われ、門木はサンプルとしてクリスマスカラーの市松模様に編まれたそれを白衣のポケットに入れる。
 頼りにされれば断れない、寧ろ喜んでめいっぱい頑張っちゃう性分だった。


「この中に入るようなプレゼント、ですか……」
 家に帰って相談する相手はもちろん奥様。
 リビングで可愛らしい巾着袋を見せられて、カノン・エルナシア(jb2648)は真剣な表情で考え込む。
「サイズ的にはポケットティッシュが丁度良さそうですが」
「それは俺も考えたけど、流石にそれは」
「ですよね……」
 主役はあくまで巾着そのもの、中身はついでのオマケ程度の扱いだ。
 とは言え、貰った人が喜ぶようなものを選ばなければ主役の価値まで下げてしまいかねない――などと考えているうちに、眉間に皺が寄ってくる。
 そこへふらりと現れたリュールが、思い切り深い溜息を吐いた。
「……まったくお前達は……」
 何を難しく考えているのだと、これまた眉間に皺を寄せる。
「そんなもの、菓子でも詰めておけば良かろう」
「母上が欲しいものですよね、それは」
「でも……良いかもしれません」
 嫁を味方に付けて、リュールは「それ見たことか」と胸を張る。
「この時期にはスーパーなどでお菓子を入れたブーツなどを売り出していますし、クリスマスのお土産には丁度良いのではないでしょうか」
「言われてみれば、そうだな」
「よし、ではさっそく買い物に行くぞ!」
 リュールは息子から引きはがすようにカノンの腕をとる。
 このぐうたら出不精オカンにしては珍しいことだが、どうやらデパートのスイーツ売り場を見て歩くことだけは苦にならないようだ。
 それに、娘とデートを楽しむことも長年の夢だったらしい。
「あの、でもまだパーティの準備が……」
「なんだ、まだ何かあるのか?」
 そう言えば誰かの誕生パーティも一緒にやると言っていた。
「ミルとクリス、だったか」
 リュールには人の名前を妙な形に略して呼ぶ癖がある。
 なんでも4文字以上は長すぎて発音が億劫だと言うのだが……どこまでものぐさなのか。
「お二人にはいつもお世話になっていますし、ナーシュの大切なお友達ですから」
 ナーシュと呼ばれて、門木は子供のような屈託のない笑みを浮かべる。
 大切な人から大切な名前で呼んでもらえること、それが何よりも嬉しく、幸せで、まさに天にも昇る心地だった。
(「こんなに喜んでもらえるなら、もう二人きりでなくてもこの名で呼ぶようにしていっていいかもしれませんね……」)
 他の誰かがそう呼ぶことを案じていたけれど、仲間内ならその心配もないだろう。
 もし誰かが呼んだとしても、その度に事情を説明すればいい。
「ありがとう、カノン」
 自分の友人を大切にしてくれるのも、それと同じくらい嬉しいことだ。
 ミハイルなどは親友と呼んでも良い気がするが、本人としては自分からそう呼ぶのは恥ずかしいやら気が引けるやら……この遠慮が過ぎる性分は、なかなか直りそうもない。
「他にも誕生日が近い方がいらっしゃるようですし、何かお手伝い出来ればと」
 とは言え、料理は他にも腕を振るう者がいるだろうし、自分の腕前はまだまだという自覚もある。
 他に何か出来そうなことと言えば――
「今回はサプライズではないのですよね」
「そうだな、もう毎年のことだし」
 ならば、飾り付けなども堂々と行えるわけだ。
「紙を切って雪を作って、パーティーの時に降らせたりしてもいいかもしれませんね。ナーシュ、仕掛けお願いできますか?」
「うん、わかった」
 屋外だし、雪の上だから後片付けが大変そうだが……大丈夫、そこも何とかする。
 頼りにされれば以下略。
「話は終わったな、では買い物に行くぞ! 今日はデパ地下でスイーツの詰め放題セールがあるのだ!」
 待ち構えていたリュールが再びカノンの腕を引く。
「プレゼント交換の品も、まだ用意していないのだろう?」
 そう言えばそうだった。
 特別な相手に渡すものはもうとっくに準備してあるし、きちんと別の形で渡す算段もしてあるけれど。
「ああ、そうだ」
 カノンを引きずりながら、リュールが思い出したように付け加える。
「途中でもう一人の娘と待ち合わせしているからな、用が済んだら三人で何か美味いものでも食べよう」
 もうひとりの娘とは、ユウ(jb5639)のことだ。
 どうやらセールの情報も彼女から仕入れたものらしい。
「女子会か……」
 見送る門木がくすりと笑う。
 たまには女同士で出かけるのも悪くない。
 そういったノリに慣れていないであろうカノンには、少々ハードな経験になるかもしれないが――ユウが一緒なら上手く気を回してくれるだろう。



 そしてパーティ当日。
 ツリーの広場に作られた調理用テントでは、朝から大勢のシェフが自慢の腕を競っていた。


 袋井 雅人(jb1469)は恋音が事前に仕込みを終えた大量の食材と共に現地入り。
「力仕事ならお任せください、これでも鍛えてますからね!」
 なお本日は空気を読んで、ごく普通の誰が見ても恥ずかしくない出で立ちである。よかった。
「みんなに喜んで貰うためにいっちょ頑張りますかっ!」
「……はいぃ……よろしくお願いしますぅ……」
 雅人の手を借りながら、恋音はパーティメニューを仕上げていく。
 まずは飾り付けの時にも出した、お馴染みのメニュー。
 手毬寿司のリースと、花飾りのカルパッチョサラダ、タンドリーチキンに豚バラブロック、浅漬けと烏賊のマリネ、ミートローフのベーコン巻、小海老としめじのクリームパイ。
 特に手毬寿司のリースは見た目が可愛らしく手軽に食べられる上に、洋風料理の多いクリスマスパーティの席で和食は珍しいとあって、かなり好評だった。
「……今回は、少し多めにご用意しておきますねぇ……」
 あとは定番のローストチキンに、シュトーレンやスープあれこれ、クリスマスケーキと……それとは別に、誕生祝いのケーキも。
 門木が作ってきた人形を置いて、メッセージを書いたプレートとロウソクをセットして。
「……テーブルの用意は出来ているでしょうかぁ……」
「僕が見て来ますね! まだだったらセッティングの手伝いをして来ますよ!」


 天宮 佳槻(jb1989)は上空から会場の様子を眺めていた。
 ツリーの下の広場には、まるで地上絵のようにいくつもの線が引かれている。
 いや、線に見えるのは雪を踏み固めた通路だ。
 それが調理用や休憩用などの各種テントやパーティ会場、広場への出入り口などを繋いでいる。
 広場を四角く踏み固めたところに椅子やテーブルが並べられているのがパーティ会場だ。
 屋根もなく吹きさらしだが、ツリーを見ながら食事を楽しむには丁度良い。
 出される料理も温かいし、夜には周囲に焚き火が焚かれることになっているから、思ったより寒くはないのだろう。
「踏み固めずに残した雪が壁になって、風よけにもなりそうだな……ついでに目隠しにも」
 佳槻は会場から少し離れたところに舞い降りて、何やら細工を始めた。
 何を仕掛けたのか、それはパーティが始まってからのお楽しみだ。


「リコ、クリスマスや。今日はいっぱいたのしむで!」
 浅茅 いばら(jb8764)にとって、今年はリコの彼氏として過ごす初めてのクリスマス。
 弥が上にも気分は盛り上がるし、気合いも入る。
 だから今日くらいは自分にリードさせてほしいと思うのだが、リコは相変わらず自由奔放に跳ね回っていた。
「ねえねえ、この道ぜんぜん滑らないよ!」
 雪を踏み固めた通路を走り、リコはくるりと振り返る。
「ああ、滑り止めが撒かれとるんやろね」
 多分、久遠ヶ原の謎技術で作られた、目にも見えず環境にも影響を与えないようなものが。
「せやけど、そない走ったら――」
「きゃっ!?」
 ああ、言わんこっちゃない。
 転んだ拍子にミニスカートの中身がちらりと――見てない見てない、白だなんてそんな。
「大事ない? 怪我とかせぇへんかった?」
「うん、だいじょーぶ!」
 裾を押さえて立ち上がったリコの服装は、寒くても素足で頑張る女の子の定番ミニスカサンタ。
 いつもはツインテールにしているピンクの髪は、両サイドを緩く三つ編みにしたハーフアップスタイルにしてある。
 そんな大きな変化はもちろん、リップクリームの色がいつもと少し違うといった小さな変化も見逃さず、きっちり褒めるのが出来る彼氏の嗜みだ。
「えへへ、ありがとー☆ 気が付いてくれると、お洒落のし甲斐があるよねー♪」
 対するいばらは飾り気のないシンプルな服装。
 パーティに参加するには少し地味な感じもするが、改まった席でもないし、何より似合っているのが一番だ。
「さて、まずは準備の手伝いやね」
 リコの料理もまた食べてみたいけれど、それは個人的に頼めば作ってくれそうな気もするし。
 テーブルや椅子を運んで、ツリーに最後の仕上げを施して。
「ヤドリギは……誰も飾ってへんのやね」
 その下に立つ女性にはキスをしても良いという言い伝えがある。
 もしあれば、と思ったのだけれど。
 なかったら自分で吊してしまえばいい――とは思っても、実行に移すには少々ハードルが高かった。
(「そんなん、わざわざ自分で吊すもんでもないやろし……」)
 日本男児は奥ゆかしいのだ。
 ところが。
「いーばらんっ☆ なに探してるのかなー? もしかしてコレかなー?」
 リコが手にしているのはヤドリギの枝。
「これ、高いところに飾ってくれる?」
「え、ええの……?」
「だってリコ達カップルだよ? らぶらぶだよ? ヤドリギの下じゃなくてもOKだし、ってゆーかモタモタしてるとリコが先に奪っちゃうよ?」
「そ、それは……困る」
 それくらいはリードさせてください、お願いします。


「学園で初めてのクリスマス……本番ね」
 華宵(jc2265)は飾り付けの時と同じように、まずはツリーに挨拶を。
「とても楽しみだわ。貴方も楽しみにしてたかしら……ええ、きっとそうよね」
 綺麗に飾り付けてもらうのはもちろん、自分を囲んで楽しそうにしている皆の姿を眺めるのも、その声を聞くのも、この老木にとっては楽しいことに違いない。
「一緒に楽しみましょうね」
 そう声をかけて、華宵は会場のセッティングを手伝いに行く。
 勤め先のオカマバーで磨いたテーブルコーディネートのセンスを、今こそ遺憾なく発揮する時だ。
「クロスはクリスマスらしく真っ赤に、お花よりもグリーンを主体にしたほうがそれっぽくなるかしらね」
 あちこちに小さなツリーを置いて、金色の松ぼっくりを転がして――


「まあ、これだけ作れば足りなくなる事は無いと思いますが……」
 雫(ja1894)は朝からひたすら肉料理を作り続けていた。
 材料は……やはり、あれですか。
 そこらの野山を駆け回っていた新鮮なジビエですか。
「いえ、今回は店で買ってきました」
 材料費は主催者持ちと聞いたし、前回の七面鳥は正直あまり評判がよろしくなかったし。
「さすがに野生で生活していたものは肉が締まって……健康な証拠ではありますが、歯ごたえがありすぎましたね」
 やはり美味しく食べるには、ぬるま湯のような環境で苦労せずに育った若鶏が良い。
 ただ、元々野生のものを食していたカモやキジなどは別だろうと、朝一番で狩って来ました。
 というわけで、クリスマスだけどカモネギ鍋。
 夜は冷えるし、身体が温まってちょうど良いよね?


「さーて実験かな?」
 逢見仙也(jc1616)が作る七面鳥の丸焼きは、中にシチューが詰まっていた。
 と言ってもそのまま入れれば漏れて来るだろうし、だだ漏れ状態ならいっそ七面鳥の肉を入れたシチューにすれば良いわけで。
 しかし、それでは余りに普通すぎて面白くない。
 七面鳥のローストだって、他に作る人はいるだろう。
 差別化のためにも、ここは敢えて困難に挑戦するのが料理人の矜持だ。
「それならどうするのかと? こうするんですよ」
 七面鳥の内側にパイ生地を敷き詰めて、その中にシチューを注ぐ。
 こうすれば漏れないだろうという確信をもってオーブンに入れ、じっくりと焼き始めた。
「さて、この合間に何か……」
 熱の伝わり具合を気を付けて見ながら考える。
「当然ケーキはありますよね」
 ならば何か他にスイーツ系を作っておこうか。
「果物のパイやチーズのタルトでいいか」
 日持ちするから、残ったら持ち帰りにしても良いだろう……まあ、参加者の面子を見る限り、残り物の心配はなさそうだけれど。
 なお、つまみ食いも歓迎です。ええ、その度胸があるならば。
 調理台の上には炒めるのに使ったフライパンと、飾るためのひもの代わりに鎖がある。
 用途はご想像にお任せしますが、答えが知りたければ悪戯をしてみてはどうでしょう。
「ブラックサンタってどんなものか教えてしんぜよう」
 さあ、来いよ(イケボ


 ミハイル・エッカート(jb0544)は鶏肉と交戦中。
「鶏の唐揚げを作るぞ」
 簡単だ、衣を着けて油にぶち込めば良いのだろう?
 スーパーに行けば「誰でも専門店の味が出来る」という触れ込みの粉も売っていることだし――とは言っても素材に拘り手抜きをしないのが男の料理。
 美味いと評判のレシピもネットからダウンロードしておいた。
「この通りに作れば誰でも同じものが出来るはずだ……そうだろう?」
 失敗するのはきっと何か余計なことをしたり、必要なことを忘れたりするせいだ、そうに違いない。
 とは言え万が一ということもある。
「沙羅、変な料理にならないように監督を頼む」
「ええ、お任せください」
 しっかり監督しますと、真里谷 沙羅(jc1995)がその斜め後ろに立った。
 その厳しくも優しい視線を受けながら、ミハイルは鶏のモモ肉を一口大に切り分けていく。
「肉の線維に逆らって切る……どっちだ?」
「この方向ですね」
 でもその前にと、沙羅先生からさっそく指導が入った。
「フォークで数カ所穴をあけてお酒につけるとジューシーになりますよ」
 ふむふむ、なるほど。
 しかし、ただ切るだけだと思ったのに、意外に神経を使うものだ。
 残る工程を考えると、ちょっと誰かの手を借りたい気分になってくるということで、テントにふらりとやって来た二人に声をかけてみた。
「章治とテリオス、手が空いてたら手伝ってくれ」
「構わないが、火を使う料理は出来ないぞ? こいつに至ってはそれ以前の問題だし」
 失礼なことを言われたテリオスは兄を睨み付けるが、事実なのだから反論の余地はない。
「いや、火は使わないし難しいことでもないさ」
 そう言われて二人はミハイルを挟んで両脇に立つ。
 そっと後ろに退いた沙羅に対して申し訳ない気もしたけれど――
「お構いなく、私は皆さんの様子を撮影しておきますね」
 二人の時間はまた後でいくらでも作れるからと、沙羅はビデをカメラを回し始めた。
(「この学園でミハイルさんと一緒の最後のクリスマス、しっかり楽しみましょう」)
 卒業してしまえば、愉快な仲間達と大勢で盛り上がる機会もそうそう巡っては来ないだろう。
 だからこれは、貴重な記録になる。
 後で編集して部活の皆で上映会をしてみるのも良いかもしれない。
「それで、何をすれば良いんだ?」
「そうだな、章治は調味料を量ってタレを作ってくれ。テリオスはそいつをビニールにぶちこんで肉と一緒に揉む、簡単だろ?」
「確かに簡単だが……人の手を借りる必要はあるのか?」
 テリオスが首を傾げるのも尤もだが、大切なのは必要か否かではない。
 上手く出来たかどうかも、この際関係ない。
 皆で協力して作り上げたという事実こそが大切なのだ。
「こうやってワイワイやるのも良いもんだろ? ああ、テリオスは生肉触るのがイヤなら箸でつまめばいい」
 なに? 箸が上手く使えない? だったらフォークでも良い、突き刺した分だけ味が染みるからな、多分。
 そうしてタレを全体に馴染ませたら、冷蔵庫で30分程度冷やす……と、レシピには書いてある。
「章治、クーラーボックスはあるか?」
「さっき食材を運んできたやつが……ああ、あった」
 それを借りて、中に雪を詰めれば簡易冷蔵庫の出来上がりだ。
「30分か、けっこう長いな」
 これが家事に慣れた者なら、その間に他の料理を作るのだろうが、そこはたまーにしかやらない男の料理。
「さて、どうやって時間を潰すか……」
 雪合戦は夢中になりすぎて時間を忘れそうだ。
 雪だるまやかまくら作りを楽しんでいる者もいるようだし、少しの間そこに混ぜてもらおうか。


「あれ、テリオスさんは行かないんですか?」
 コンロのひとつに向かって鍋を掻き回していたクリス・クリス(ja2083)は、ひとり残ったテリオスに話しかける。
「……外は寒いだろう、わざわざ出て行く奴の気が知れない」
 布一枚で風を防いでいるだけのテントの中も暖かいとは言い難いが、それでも外よりはマシだ。
「それは何を作っているのだ?」
 近頃お料理に興味を持ち始めたテリオスが、血のように赤い何かがふつふつと煮える鍋の中を覗き込む。
「これはクランベリーソースですよー」
 クリスマスは鳥料理ということで、ミハイルぱぱを始めとして振舞う者も多いだろう。
 ほんのり甘酸っぱいソースは鶏肉料理と相性抜群なのだ。
 ベリーと砂糖、オレンジジュース、レモン汁を鍋に入れ、「美味しくなーれ、美味しくなーれ」と呪文をかけながら煮込むこと10分。
 そろそろベリーが弾けてソースらしくなってくる頃合いだ。
 と、そこに誰かから救援を求める声が。
「はい? 配膳を手伝えですか? わかりました、今行きますー」
 えと、誰か鍋を見ててくれる人――いるじゃないですか、目の前に。
「テリオスさんちょっとお願いがー。このソース焦げないように『見てて』もらえます?」
「見ていればいいのか?」
「はい、すぐに戻りますからー」
 グツグツ煮えるソースの鍋をテリオスに託し、クリスは暫しその場を離れる。
 残されたテリオスは、おかしなことを言うものだと首を傾げていた。
 自分はさっきから、この鍋を見ている。
 なのにわざわざ「見ていてくれ」と頼むのは……もしや、これは文字通りに捉えてはいけない類の言葉か。
 そう言えば、辞書には「見る」の意味として、ただ見ている以外の意味も色々と載っていた気がする。
 などと考えているうちに、鍋の底から何やら香ばしい匂いが漂い始めた――と思ったら、あっという間に焦げ臭い匂いに!
「えっ、こ、これは……どうすれば良いのだ!?」
 予想外の事態(当人基準)に狼狽えるテリオス、そこに絶妙なタイミングで救世主が現れた!
「とりあえずは火を止めましょうかー」
 のほほんと間延びした声と共に腕が伸びて、コンロのスイッチを切る。
「アレンか……助かった」
「いえいえー」
 アレン・マルドゥーク(jb3190)の適切な処置により、お鍋の危機は回避された。
 しかし、その中身は……
「あ、これくらいなら大丈夫♪」
 一仕事を終えて戻って来たクリスが鍋の中を覗き込む。
 無事な部分を他の鍋に移し替えれば、焦げ臭い匂いが移ることもなさそうだ。
 鍋も洗えば綺麗になるだろうし、問題なし!
「お手伝いありがとうございましたー、後はお料理を楽しみに待っててくださいね♪」


 調理テントから良い匂いが漂って来る中、ツリーに最後の仕上げを施す者達もいた。
「カイにぃと文歌さんと一緒に最後のツリーの飾りつけなんだよ♪」
 天王寺 伊邪夜(jb8000)は白猫のオーナメントを手に、うーんと背伸びをしてみる……が、届かない。
 どんなに重力に逆らってみても、一番下の枝にさえ届かない。
「うぅ、カイにぃ〜〜〜」
 義兄である水無瀬 快晴(jb0745)に助けを求めてみたけれど、彼も空を飛んだり垂直に歩いたり出来る便利なスキルを持っているわけではない。
 が、その代わりに脚立を用意していた。
「さすがカイにぃなんだよ!」
「ん、自分で飾る? それとも俺が飾ってやろう、か」
「ありがと! でも自分で飾るんだよ!」
 なんたって、このオーナメントは大事な我が家のお猫様ヴァロムを模しているのだから。
「うむ。俺のはティアラ、伊邪夜のはヴァロム、文歌のは、ピィだねぇ?」
 快晴は愛猫ティアラを模した黒猫、奥様の水無瀬 文歌(jb7507)は青い鳳凰型式神のピィちゃん。
 それぞれが大切な家族の一員とそっくりなオーナメントを用意していた。
「動物いっぱいなんだよ♪」
 快晴に脚立を支えてもらいながらオーナメントを飾り付けた伊邪夜は、その出来映えを満足げに眺める。
「ほんと、たくさん動物がいて,動物園みたいだね」
「鳳凰も、動物?」
 伊邪夜と文歌の言葉に、快晴はかくりと首を傾げた。
 仮にも伝説の霊鳥である鳳凰を動物と呼んで良いものかどうか……まあ、いいか!
「カイにぃ、文歌さん、お願いごとも書くんだよ!」
 脚立から降りた伊邪夜が、ツリーの形にカットされた短冊を二人に手渡す。
「あたしは『皆が幸せでずっと過ごせますように』って書くんだよ♪」
「私も『みんなが健康で幸せでありますように』って」
 素朴でささやかな願いだけれど、それさえ叶わないことも多い世の中だからこそ。
「カイにぃは何てお願いするの?」
「ん、俺は……」
 快晴は何も書かれていない短冊に視線を落とす。
 敢えて何も書かないという選択もあり、だろうか。
「だって、俺はもう叶えられる願いは色々叶ってる、しな」
 願いたいことがないわけではないけれど、それはひっそりと心の中にしまっておこう。


「竜胆兄、腰が入ってません。もっとたくさん雪を集めて下さい」
「へーいへい」
 雪の積もった広場の一角で、砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)は樒 和紗(jb6970)に遠慮なくコキ使われていた。
「若さが足りませんね。それに、返事は一回。へいではなく、はいです」
「はーい」
「伸ばさない」
「はい」
 どうしてこうなった。
 小隊の皆でカマクラを作るはずだったのに、何故にこうも労働の負荷が自分ひとりに集中するのか。
 いや、何も言うまい。
「分かってた! こうなるって分かってた……!」
 頬を伝う熱いものも一瞬で凍り付く寒さの中(誇大表現)、ジェンティアンはひたすら雪を盛る。
「砂原さんが頑張っt……頑張らされているから、私も頑張るね!」
 蓮城 真緋呂(jb6120)はジェンティアンが運んできた雪をぺたぺた叩いて積み上げるだけの簡単なお仕事。
「も少し雪くださーい」
「へいへ……はい!」
 和紗の視線に気付いて言い直してみたけれど、多分もう遅いよね。
「ジェン君がんばれ、がんばれ」
 米田 一機(jb7387)が応援してくれているのは嬉しいけれど、それだけじゃなくて手伝ってくれてもいいのよ?
「うん、手伝うよ。でもほら、インドア派だからあんまり役に立たないかなって」
 そんなわけで、肉体労働と雪の重みは全てジェンティアンひとりの肩に。
「明日は筋肉痛かな……」
 でも大丈夫、まだ遅れて来るような歳じゃない……多分。
 そもそも撃退士は筋肉痛にはならない気がするしね。


「クリスマスが今年もやってきたわよ!」
 雪室 チルル(ja0220)は、まだ誰も足跡を付けていない雪原で大きな雪玉を転がしながら、クリスマスツリーとなった樅の木を見上げた。
 まだ空も明るく、ツリーは日差しに微睡むように静かに佇んでいるだけだったが、そんな中でも一番上に飾られた大きな星はキラキラと輝いていた。
 あれは自分が取り付けたのだと思うと、なんだか誇らしい気分になる。
 目を下の方に転じると、ツリーの根元にはプレゼントの山が出来ていた。
 カラフルな包装紙に包まれ、綺麗なリボンをかけられたそれは、パーティの参加者がプレゼント交換のために持ち寄ったものだ。
「もちろん、あたいも提供者のひとりよ!」
 けれど、どのプレゼントが誰からの贈り物か、それは提供した本人にしかわからない。
 交換会の目的はプレゼントそのものよりも、それを介して互いの交流を深めることにある。
 プレゼントを話のタネにすれば、今まであまり接点がなかった人とも話しやすくなるだろうし、それをきっかけに話が弾めば「顔見知り」から「友達」にランクアップ出来るかもしれないし。
「もらった人は贈り主に選んだ理由や拘りポイントなんかを訊いてみると良いわね!」
 むしろ訊いて! 話したくてウズウズしてるんだから!
 と言うかチルルのチョイスはレベルが高すぎて、説明付きでないと真価を発揮しない気がするし。
「抽選会が楽しみね!」
 提供したプレゼントと引き替えにもらった番号札はポケットに入っている。
 パーティの最後に、番号の順にクジを引くことになっていた。
 もちろんチルルの番号は一番、それ以外に有り得ない。
 そろそろパーティの準備も出来た様子だけれど、本日のミッションを達成するまでご馳走はお預けだ。
「あたいはこのあたりで一番大きな雪だるまを作るわ!」
 勝手に認定したライバル達も既に作業を始めている様子だし、これは負けていられない。


 そのライバル、不知火あけび(jc1857)は不知火藤忠(jc2194)と共に雪だるまを作っていた。
 雪玉を転がしながら、あけびの心は遠い昔の雪の日へと飛んでいく。
(「子供の頃三人で作ったなぁ……お師匠様は雪兎を気に入ってたっけ」)
 庭に生えていた南天の緑の葉を耳に、赤い実を目に。
 彼はその「難を転じて福となす」という縁起が、特にお気に入りだった。
 ある暖かな日、うさぎが目と耳だけを残して消えてしまったと知った時には、ちょっと背中が寂しそうだったっけ。
 そんなことを考えながら、ごろごろ、ごろごろ。
「……あけび、どこまで大きくするつもりだ?」
 藤忠に声をかけられるまで、自分が何をしていたのかをすっかり忘れていた。
「うん、下はもうこれくらいで良いかな!」
 さも最初からこのサイズにするつもりだったような顔で答え、上に乗せる玉を作り始める。
 今度はちゃんと大きさを確かめながら、持ち上げられる程度のサイズにして、と。
「よいしょ……あれ?」
 持ち上げたは良いけれど、下の玉の直径はあけびの身長を遙かに超えていた。
「身長の壁がここにも……! 姫叔父、お願い手伝って!」
「いや、俺でも無理じゃないか?」
「うーん、仙也君なら届くかな、翼もあるし」
 彼は身の丈2メートルを軽く越える大男。
 べ、べつに羨ましいとかそんなことないけどね!
 でも今引っ張って来たら怒られるよね、料理の最中だし。
「その頭、乗せなくても良いんじゃないか?」
 藤忠の言葉に、あけびはかくりと首を傾げる。
「どういうこと?」
「外国の雪だるまは三段重ねらしいし、色々な形があるだろう? だったら重ねない雪だるまがあっても良い……こんな風にな」
 と、藤忠は自分が作った雪だるま――には見えない、雪玉をふたつ横に並べたような何かを披露した。
「それ、何?」
「わからないか?」
 ほら、この尖った鼻とピンと立った耳、くるんと丸まった尻尾。
「どう見ても腹這いになった犬だろう。隣の二段重ねはお座りした状態だな」
 なに、見えない?
「大雑把に分かれば良いんだ」
 まあ、わからなくても良いし独自に解釈しても良い。
「他の奴が個性を付けるのも面白い」
 例えばこんな風にと、藤忠はどこからともなく取り出したサングラスと赤ネクタイをセット。
「ミハイル犬だ」
「おお……!」
 これでダークスーツがあれば完璧か。
 黒縁眼鏡と白衣があれば門木犬も出来そうだ――と思っていたら、本人達が来た!
「なんだこれ、俺か!」
 なかなか可愛い猫じゃないかとミハイルが言えば、藤忠がすかさず犬だと訂正。
 そして再び作者自らの丁寧な解説が始まった。
「わかったか。わかったらモデルと並んで記念撮影だ」
 写真を撮ったり新たな雪だるまを作ったり、いつの間にか夢中で雪玉をぶつけ合っていたり――
 大きな子供が四人も揃えば、時間などあっという間に過ぎて行く。
「みんなそろそろ帰っていらっしゃい、ごはんの用意が出来ましたよ?」
 沙羅おかーさんが迎えに来た時には30分など遙か以前に過ぎ去っていた。
「ミハイルさんは唐揚げ作りの仕上げをお願いしますね」
 あとは衣を付けて揚げるだけ。
 今から取りかかれば、ちょうどパーティが始まる頃に出来上がるだろう。
「おう、料理は提供するタイミングも大事だからな」
 そうなのだ、ミハイルは遊び呆けて時間を忘れていたわけではない。
 丁度良い頃合いを見計らっていたのだ――ということに、しておこう。



 空に星が瞬き始める頃、ツリーもその輝きに負けじと光り出す。
「いよいよ楽しいパーティーが始まりますね」
 ユウはリュールとダルドフの間に挟まって、ほくほく顔でツリーを見上げていた。
 寒がりのリュールはユウが用意した防寒着でもっこもこに着膨れ、更にプレゼントの手編みのニット帽子と手袋を身に着けていた。
 実年齢九百オーバーの相手にこんなことを感じるのもアレだが……ニット帽を被ったリュールは可愛い。
 もっこもこになっていても、それでも寒そうにしているところも可愛い。
 可愛いついでに一計を案じてみる。
「こうすれば寒くないですよ」
 はい、ポジションちぇーんじ!
 席を入れ替えて、リュールをダルドフにくっつけた。
「……ふむ、まあ……夏は暑苦しいが、この時期なら我慢してやらんこともない」
 などと言いつつも嫌がらずにそのままでいるところを見ると、リュールもくっつくための口実を探していたのかもしれない……なんて妄想が広がる平常運転。
 実際のところは猫が暖を求めて人にくっつくのと同じかもしれないが、そんな浪漫のない考えは閉め出しておくに限る。


 その間にも、テーブルには湯気の立つ料理が次々に運ばれていた。
 ローストチキンにサラダ、オードブル、スープやケーキが所狭しと並ぶテーブルに最後に運ばれてきたのは、まだジュウジュウと音を立てているミハイル特製の唐揚げ。
「ミハイルぱぱ、こっちこっちー♪」
 上座に陣取ったクリスの手招きに従って、その目の前に大皿をどん!
「どうだ、美味そうに出来ただろう。自信作だぞ、冷めないうちに――」
 と、樅の木の背後からバイオリンの柔らかな音色が流れ出した。
 メロディはお馴染みのバースデーソング。
 弾いているのは誰かと見れば、幹の影から現れたのは光輝く女神様。
「……沙羅……!」
「ミハイルさん、クリスさん、お誕生日おめでとうございます」
 その声を合図に、助手を買って出たあけびと藤忠が両側からロープを引くと、沙羅お手製の大きな横断幕が現れた。
「……おぉ……!?」
「わあ、すごーい!」
 まるでタペストリーのように秘密な刺繍が施されたそれを見て、二人は目を丸くする。
 その頭上を飛ぶドローンからは、紙吹雪がはらはらと舞い降りていた。
「どうだ、綺麗なものだろう」
 自分も手伝ったのだとリュールが胸を張る――ハサミで紙をチョキチョキしただけですけどね。
 なお、白い紙はコーンスターチで作られたエディブルペーパー、キラキラ光る半透明のフィルムのようなものはオブラートだ。
 これなら片付ける必要もないし、少しくらい料理にかかっても問題はないだろう。
「とは言え、なるべくテーブルにはかからないようにしないといけませんね……」
 コントローラを握るカノンは真剣な表情でドローンを操作する。
 ミハイルとクリスの頭上に紙吹雪を降らせた後、それは白い尾を引きながら姫路 眞央(ja8399)とアレンのところへ飛んで行った。
「これはなかなか素敵な演出なのですね〜、皆さんお誕生日おめでとうございますー」
 のほほんと他人事のように言うアレンに眞央は苦笑い。
「お前もだろう、アレン」
「はいー?」
「……お前自分で決めた誕生日忘れてたのか。クリスマスだよ、私が飲んだ帰りに雪に埋もれてたお前を拾ったあの日は私の誕生日だった」
「……ああー……言われてみれば、そうでしたー」
 誕生日には一人で飲みに行くのが眞央の常、今年はどの店にしようかと考えていたところをアレンに誘われた次第。
「賑やかなクリスマスは久しぶりだが、まさか誕生日まで祝ってもらえるとはな」
 もうそろそろ年齢を数えるのはやめたいお年頃ではあるけれど、それでも祝いの言葉をかけられるのは嬉しいものだ。
「お二人もどうぞ、前にいらしてください」
 沙羅に言われて席を立った二人はミハイル達と並ぶ。
 その目の前に、恋音と雅人がワゴンに乗せたバースデーケーキを運んで来た。
 少し小ぶりなホールケーキが四つ、それぞれにロウソクとプレート、本人に似せた小さな人形が飾られている。
 その脇には恋音お手製のプレゼント、市松模様のマフラーが添えられていた。
 各自のイメージに合わせて配色を変え、ワンポイントのモチーフまで入っているオンリーワンだ。
「ミハイル君、クリスちゃん、お誕生日おめでとうございます!!」
「……姫路先輩とアレン先輩も……おめでとうございますぅ……」
 眞央さんは恋音と同じ大学部一年生だったりするけれど、もう何年も前から一年生してる人は先輩でいいですよね。
 それからしばらく「おめでとう」と「ありがとう」の言葉が飛び交い、それが落ち着いたところでロウソクに火を点ける。
 沙羅の伴奏に乗せて改めてバースデーソングを歌い、せーので吹き消した瞬間――

 どどん、ぱーーーん!

 周囲にセットされた打ち上げ花火が一斉に夜空へと放たれた。
 赤や緑のクリスマスカラーに咲く大輪の花を背景に、「おめでとう」の文字が弾ける。
 ついでにもうひとつ、「メリークリスマス」の文字も。
 打ち上げ花火は佳槻がこっそり準備していたものだ。
(「冬の花火は夏にも増して綺麗だというが、確かにその通りかもしれない」)
 冴えた夜空にひときわ鮮やかに咲き誇る花々は、パーティや誕生祝いといった華やかな催しに彩りの花を添える。
 今回の誕生祝いはサプライズではないということだったが、これくらいの演出はあっても良いだろう。
 仕掛けられた本人達はおろか、準備を進めていた者達でさえ驚いた様子で空を見上げているところを見ると、演出は大成功だったようだ。
 やがてその視線は「誰が仕掛けてくれたのだろう」と、思わぬプレゼントをくれたサンタクロースを探し始める。
 しかし、仕掛けた本人は姿を見せず黒子に徹する構え。
(「こういう時には仕掛け人が姿を見せない方が演出が引き立つ」)
 謎を残したまま、演出の立役者は何も告げず、姿も見せずに闇に消えた。
 そんなクールガイも良いけれど、盛大にアピールしていくスタイルもまた良し。
「ミハイルさん、クリスさん、おめでとうございます」
 二人の誕生祝いを行うと聞いて駆けつけた黄昏ひりょ(jb3452)は、この日のためにわざわざ新しいスキルを身に着けていた。
「しかも今回は特別バージョン、今日限りのアレンジ版ですよ」
 そう、夜空の文字はファイアワークスを巧みに操った、ひりょによるサプライズプレゼントだったのだ。
 器用なのか不器用なのかわからないと本人は言うけれど、ここぞという時に見事に成功させる運と勝負強さを持っていることは確かだろう。
「特にミハイルさんには日頃から色んな場でお世話になっていますから、感謝も込めてのお祝いということで」
 他に仕掛けてあったリアル花火のおかげで思いがけず派手な演出になったのも、祝い事らしくて良い。
「特に打ち合わせとかしてないけど、良い感じになったよね」
 何か祝い事があると聞けば、戦い以上に全力で挑むのが久遠ヶ原の生徒達だ。
 もちろん、それは日頃から多くの者達と親交を深め、互いに信頼を積み重ねてきたことの結果でもある。
「毎年祝ってもらってるが何度でも嬉しいものだな」
 ミハイルは照れくさそうに頬を染めた。
「皆、ありがとう。他にも誕生日迎えた人たち、おめでとう」
 こうして皆で祝うのも今年で最後かと思うと思わず涙腺が緩みそうになる。
「俺、学園卒業してもこの時を忘れないからな」
 しかし、まだだ。
 感涙にむせぶのはまだ早い。
「お誕生日おめでとう、幸福がいっぱいありますように☆」
 最後に華宵が一人一人の名前を呼びながら、幸福の花言葉を持つカスミ草のミニブーケを手渡して、セレモニーはひとまず終了。
 ここからは好きなように食べて飲んで、騒いで、存分に楽しもう。



「あらためて……お誕生日おめでとうございます」
 席に着いたミハイルの目の前に、沙羅特製の大きなバースデープリンが置かれる。
 もちろん上には「おめでとう」のメッセージが書かれたチョコのプレートが載っている――しかもハート型の。
「それから、これを……」
 差し出された誕生日プレゼントの中身は、薔薇のワンポイントが付いたネクタイだ。
「はいはーい、ボクからはこれだよー」
 クリスからは「万両」の実と葉を模したタイピンが贈られる。
「10倍大好きだよって気持だよ♪」
「二人とも、ありがとう……!」
 あ、やばい。マジで目から何か出そうだ。
 けれど、そこはぐっと堪えてクリスへのプレゼントを。
 中身は猫足型の耳あてだ。
「ちょうど猫の手で両耳を押さえられてるような格好になるんだ……可愛いだろ」
 耳当ても可愛いが、なんたってモデルが可愛いからな!
「クリスも来年は中等部だが、中学校の制服にも似合うさ」
「私からはこれを」
 沙羅が手渡したのは、花の香りのリップクリームとハンドクリームのセットだ。
「そろそろ、ちょっと大人のお洒落を楽しみたい年頃ですものね」
「うん、沙羅さんもミハイルぱぱも、ありがとー♪」
 クリスはプレゼントを胸に抱えたまま、二人を交互にぎゅっとハグ。
 プレゼントはもちろん嬉しいけれど、選ぶ事に費やしてくれた時間と想いも嬉しいもの――その間ずっと、自分のことを考えてくれていたのだから。

「ミハイルさん、クリスさん、お誕生日おめでとうございますー」
 アレンからのプレゼントは、ミハイルにはスナイパーライフル型のタイピン、クリスには白い小花がリボンの形に連なったブローチを。
「ありがとう、アレンも同じ日だったんだな……おめでとう」
 生憎とプレゼントの用意はないが、唐揚げなら山のようにある。
「好きなだけ食うといい」
 どーん!
「ありがとー、じゃあボクからは一部の層にとってはすっごく貴重な、小学生女児からのハグをプレゼントするねー♪」
 ぎゅー!
 なお、これを受け取れるのは今年で最後という意味でも貴重なプレゼントですよ!

「ミハイル、クリス、誕生日おめでとう」
「おお、誰かと思えば白虎か。久しぶりだな……ひとりか?」
 そう問われて、鳳・白虎(jc1058)は少し困ったように曖昧に頷く。
「娘も連れて来ようかと思ったんだが、生憎と都合が悪くてな」
 その代わりにと差し出したプレゼントは二人で一緒に選んだものだ。
 ミハイルには年代物のワイン、クリスには『あどけない』の花言葉を持つ白いフリージアの髪飾り。
「なかなかの上物じゃないか、ありがとう」
「わぁ、かわいいー」
 さっそく身に着けたクリスは、ハグで感謝を伝える。
「ありがとー、娘さんにもよろしくね♪」
「ああ、ここには来られなかったが……多分、すぐに会えると思う。と言うか、毎日顔を合わせることになるかもしれん」
「どういうことだ?」
「いや……俺も娘と一緒に、風雲荘に入居させてもらえないかと思ってな」
「そういうことか、ならさっさと決めちまおうぜ……章治!」
 ミハイルは善は急げと門木を呼び、白虎の背を押した。


「門木先生さんや。リコも入居したらしいし、俺も娘と一緒に風雲荘に入居させてもらえるかい?」
 言いながら、白虎は照れくさそうにポリポリと頭を掻く。
「やっと一緒に住んでも良いって許可が出たんでな」
「そうか……良かったな」
 入居はもちろん歓迎だが、六畳一間に二人一緒では狭くないだろうか。
 新婚さんにとってはその狭さが丁度良かったりもするけれど、父と娘の場合はどうなんだろう。
「女の子は何かと荷物が多いだろうし、プライバシーとか気にする年頃なんじゃないか?」
「言われてみれば、そうかもしれないな」
 それでも一緒がいいならそれでいいし、個室を別にしても共有のリビングでいつでも顔を合わせられる。
 部屋は空いているから、急ぐ話でなければゆっくり話し合ってみるといい。
「ありがとう、娘に確かめてみるよ。……ところで……」
 白虎は何かを言いかけて、言い淀んだ。
「……ちょっと、こっちに来てくれるか」
 何か言いにくい話らしく、白虎は門木を隅の方へ引っ張って行く。
「実は、愛梨沙のことなんだが」
 鏑木愛梨沙(jb3903)は白虎が愛した女性の娘。
 彼自身と血の繋がりはないが、娘にとっては父親の違う実の姉だ。
「アパートの屋根に上がって、ひとりでぼんやりしてるのを見付けてな。話しかけようかと思ったんだが……」
 どう声をかけていいものかと迷っているうちに結局は断念し、現在に至る。
「門木先生さんなら、どうにかしてやれないもんかと思ってな」
「……いや、俺に言われてもな……」
 引き籠もりたい気分には自分にも覚えがあるし、何か助けが必要ならどうにかしてやりたいとも思う。
 しかし彼女が何かを思い悩んでいるとしても、自ら助けを求めない限り動くつもりはなかった。
 自分の足で立ち上がろうとするなら喜んで手を貸すが、ただ座って助けを待っているだけの者に差しのべる手はない。
「冷たいようだが、今はそっとしておくしかないだろう」
「……そうか。出来れば彼女にも幸せになってもらいたいんだがな……」
 白虎が小さく溜息を吐く。
 門木もそう願ってはいるが、彼女が望む幸せを与えられなかった男に一体何が出来ると言うのか。
「すまん。気にかけてはおくが、それ以上は期待しないでくれ」
「そうだな……いや、俺のほうこそ、悪かったな」
 楽しいパーティに水を差したと頭を下げるが、二人が話している間にもパーティは楽しく盛り上がっていた。


「クリスちゃんミハイルさん、誕生日おめでとうございます! さあ、食べるよ!」
「二人ともおめでとう。そうだな、せっかくの料理が冷めないうちに遠慮なくいただこう」
 あけびと藤忠に言われ、クリスはテーブルに並んだご馳走に向き合う。
「どれも美味しそうだけど、やっぱり最初はこれかなー」
 選ばれたのは、ミハイルぱぱの唐揚げでした。
「パパの料理の腕前を、娘が厳正にジャッジしてあげるねー」
 程よく冷めた唐揚げをつまんで、ぱくり。
 かりっとした歯ごたえの後に続いて、じゅわぁっと肉汁が染み出てくる。
「……ん、おいふぃー!」
「そうだろう、何しろ先生が良いからな!」
 しかし本人としては、自分で作ったものよりも誰かに作ってもらったものを食べたいもの。
 バースデーケーキやバースデープリンも良いけれど、まずはクリスマスに相応しいブッシュドノエルとフォンダンショコラを狙ってみようか。
 どちらも沙羅の手作りと聞いて、ミハイルは二つのケーキに熱い視線を送る。
 それに応えて、沙羅が温めたばかりのフォンダンショコラにナイフを入れると、中からチョコソースがとろーり。
「美味い!」
 他にもっと何か気の利いた褒め言葉はないものかと、我ながら表現力の乏しさに歯ぎしりしたい気分だが、本当に美味いものは美味いとしか表現のしようがないのだから仕方がない。
 それに、どんな言葉よりも夢中で食べるその表情や勢いが、何よりの賞賛だろう。
「ほんとに美味しい! 私もこんなの作れるようになりたいな!」
 ほくほく笑顔のあけびは口の周りにチョコソースをくっつけていた。
 残念ながら、それをぺろっと舐めてくれる相手はまだいないようだが、今は色気より食い気な育ち盛りのティーンエイジャーは気にせず次の獲物を探す。
「その前に、これを使え」
 藤忠に差し出されたウェットティッシュで口と手を拭きつつ、目はテーブルの真ん中に鎮座する七面鳥の丸焼きに吸い寄せられた。
「これ仙也君が作ったんだよね!」
「まあ、実験料理ですがね」
 実験という表現に一抹の不安を覚えながらも、あけびは七面鳥を取り分けようとナイフを入れる。
 ぷしゅ。
 ナイフで切れ込みを入れた部分から、何かが溢れ出す。
 肉汁かと思ったけれど、白い。
「え、なにこれ……」
 それでも構わず切り進めろと仙也に言われ、あけびは思い切りよく七面鳥の腹をかっさばいた。
 どばーーーーーーーー。
 決壊したダムのように溢れ出したのは、トロトロのシチュー。
「ポットパイならぬポット七面鳥ですね」
「えー、でもポットパイってパイが器になってるやつじゃ……」
 これ、七面鳥が器の役を果たしてない気がするんですけど。
 もしかして、失敗?
「だから実験だと言ったでしょう」
 これは検証の結果であって、失敗ではない。
「成功への第一段階として、正当に評価していただきたいものです」
「わかった、次のバージョンアップに期待してるね!」
 うん、これはこれで美味しいし、こういう料理だと思えば良いし。


「しかし、いつもの部活と変わらないな」
 皆の様子を見て藤忠が笑う。
 部室では見ない顔もいくつかあるが、類友と言うべきか朱に交わって赤くなったと言うべきか、多少面子が変わっても、ものの見事にいつものノリだ。
「華宵はあまり飲み過ぎるなよ?」
「あら、バーで接客やってるんだから、普段は飲み過ぎたりしないのよ?」
 唐揚げの皿を差し出した藤忠にからかわれ、華宵は軽く片目を瞑って見せる。
「それに今日は美味しそうなお料理がこんなにあるんですもの、お酒はほどほどにしてお料理をいただくわ」
 そしてちょっとだけ、その道のプロっぽい事も。
 そう言って、華宵は藤忠の前に湯気の立つグリューワインのグラスを置く。
「温めた赤ワインをベースにしたカクテルよ。あけびちゃんにはノンアルコールのホットアップルサイダーね」
「ありがとう! でもどうして?」
「二人には今年たくさんお世話になったでしょ? だから、ほんのお礼にと思って」
 希望があれば他の人にも作ると言われ、藤忠は周りの者に水を向けてみる。
「ミハイルと章治もどうだ? ああ、章治はあまり酒には強くないんだったか」
「それならホットシードルなんてどうかしら? ミハイルさんはホットビールを試してみる?」
 温かい酒と言えば熱燗が定番だが、ホットシードルはフランス、グリューワインとホットビールはドイツの定番。
 他にもフィンランドのグロッギやイギリスのホット・ジン・スリングなど、世界には他にも色々な種類があるのだ。
「で、章治はどうだ?」
「……何が?」
 酒をジュースのように飲みながら問いかけてきた藤忠に、門木はかくりと首を傾げる。
「決まってるだろう、奥方とは――」
 いや、上手くいっているのは顔を見ればわかる。
 だが本人の口から聞きたいのが人情だ。
「酒の肴に聞かせろよ」
「何を?」
「新婚さんに聞きたいことと言ったら決まってるだろう」
 惚気だ、惚気。
 さあ、きりきり白状しろ。
 そして爆発しろ。
「……語り出したら止まらないけど、いいのか?」
 でも教えてあげないよ、隣で奥様が首をふるふるしてるからね!
「大丈夫、言いふらしたりしないよ」
 朱に染まった頬にキスをして、にこりと微笑む。
 そんな様子を見せ付けられるだけで、もうお腹いっぱいです。
「……わかった、もういい」
 訊いた自分が馬鹿だったと、藤忠はテーブルに突っ伏した。


「まさか、あの門木教諭が惚気を語るようになるとはね」
 少し離れた席でその様子を眺めていた眞央が目を細める。
 内面の変化はもちろん、見た目も変わったし、いくぶんか若返ったようにも見える。
 人は恋をすると変わると言うが、あの変わりっぷりはアレンの美容指導のお陰でもあるのだろう。
「芸能界に誘うのも面白そうだし……弟、の君も可愛いじゃないか」
 そう言って、眞央はテリオスの顔をまじまじと見る。
「……弟……だよね? あれ?」
 何か違和感を感じるのは気のせいだろうか。
『息子を娘として育てた人ですから、何か野生の勘のようなものが働いたのかもしれませんねー?』
 警戒の色を見せるテリオスに、アレンは意思疎通で語りかける。
『大丈夫、秘密はちゃんと守ってるのですよー』
 そんな二人の様子に何か怪しいものを感じつつも、眞央は大人の対応でさりげなく話の軌道を変えた。
「元は姫路家の専属だったアレンも、今では立派なフリーランスだな」
 それでもこうして出かける時には律儀に服を見立ててくれるが、それは衣装担当としてというよりも親友としてのアドバイスといったところか。
「白いコートがよくお似合いなのですよー」
「ありがとう、いつも助かってるよ」
 そのアレンは茶系のシックな紳士系にクリスマスカラーの小物を配した「お洒落なお兄さん」スタイルだった。
 近頃あまり女装をしなくなったのは、どうした風の吹き回しだろう。
 いや、本人に女装の意識がないことは承知しているが――もしかしたら、隣に座る彼の影響だろうか。
「そんなお前に誕生日のプレゼントだ」
 差し出された小さな箱の中には、誕生石のラピスラズリをあしらったタイピンが入っていた。
「ありがとうございますー、では私からはこれをー」
 もこもこに膨らんだ包みを開くと、刺繍を施したストールが現れる。
「これは……」
 息子も一緒に刺繍を施したと聞いて、思わず目頭が熱くなった。
 後で彼にも礼を言わなければ。
「テリオスさんにはこれですねー、クリスマスプレゼントなのですよー」
 手渡されたのは大きな紙袋、『ただし、ここで開けるのは危険ですので他に人のいない場所でお願いしますねー』と、そんな言葉が意思疎通で添えられる。
「良い子はクリスマスにプレゼントを貰えるのです」
「私はべつに……」
 良い子でもなんでもないと言おうとしたが、それを察したアレンに遮られた。
「テリオスさん、地球の皆さんと今こうしていられるのが良い子の証ですよ」
「それを言うなら、お前だって」
「いいえ、私は戦いから逃げただけのただの卑怯者です。穏健派が主流だった頃は良かったのですけど」
 珍しく目を伏せ、アレンは小さく笑みを漏らした。
「……それでも、お前は自分の意思で行動したのだろう? 何も考えずに、ただ命令に従っていただけの私よりも遙かにマシだ」
 言い方に少々難はあるが、これでも褒めているつもり、らしい。
「だからお前も良い子だし、誕生日は祝うべきものなのだろうが……」
 生憎とプレゼントの類は何も用意していない。
『でしたら、私のほうから希望を出しても良いでしょうかー』
 その紙袋は二重になっていて、外側はシンプルなクリスマスカラーだが、中は有名なガーリー系アパレルショップの袋なのだ。
 中身は今年のトレンド系冬物衣類セット、しかもアレンと並ぶとペア感漂うチョイスだったりする。
『今度どこかにお出かけする時にでも、それを着て見せていただければとー』
 それが自分へのプレゼントだと言われれば、断るのは難しい。
『そうそう、章ちゃんに聞いたのですが、正体隠して会う時は何と呼びましょうー?』
『……あの馬鹿兄貴……っ』
 バラしたのか。
 いや、口止めをしなかった自分にも落ち度はあるが。
『……べつに、好きなように呼べばいいだろう』
 アレンに決めてもらうのも良いかもしれないなんて、べつにそんなこと思ってないんだからねっ!
「ところで、テリオスさんの誕生日はいつでしょうかー?」
 通常の会話に戻ってアレンが続ける。
「……知らん、祝ってもらった記憶もない」
 母親が生きている間は祝いの言葉をかけてくれていたが、それは兄の誕生日であって、自分のものではなかった。
「それも、お前が決めていい」
「わかりました、名前も含めて考えておきますねー」
 よくある遠回しのお断りサインではなく、文字通りの意味で。
「良い子達にこの先幸いがありますよう」
 輝くツリーを見上げ、アレンはそっと呟いた。


「おねがいごと……かなうとボクもうれしいの、ですね……」
 テーブルの隅っこにちょこんと座った茅野 未来(jc0692)は、もちろん悪魔っ子シャヴィと一緒だった。
「それサンタクロースの格好だよね、可愛い」
 ワンピース型のサンタ服に身を包んだ未来をすかさず褒めるのは、年少と言えども男子の嗜み。
「ありがとう、です……」
 未来は頬を真っ赤に染めて、手にした小さな包みをそっと差し出す。
「いい子はクリスマスにサンタさんからプレゼントをもらえるの、です……」
「僕はあんまり良い子じゃないけど……ありがとう」
 中身は手作りのローズクォーツブレスレット。
「シャヴィくんが好きな色の石で作ってみたの、です……」
 喜んでもらえるだろうかと、そわそわ見守る未来の目の前で、シャヴィはそれをツリーの光にかざしてみる。
「きれいだね、ありがとう」
「えと、じぶんでつくったから……あんまりかっこよくないかも、です……」
「そんなことないよ、僕なんか何をやっても上手く出来ないし……あんまりダメだから父上に見放されちゃったくらいでさ」
 シャヴィは他人事のようにくすりと笑う。
「だから、こっちにいても誰も連れ戻しに来ないんだ。追い出されないかぎり、ずっとこっちにいられるかな」
「おいだすなんて、そんなこと……させないの、です……」
 させないように頑張ろうと、未来はぐっと拳を握る。
 その手はまだ小さくて、頼りなさそうに見えるけれど、それでも出来ることはきっとあるから。
「えっと、こういうのってお返しが必要なんだよね? でも僕、何も持ってなくて」
 そう言われて、未来はふるふると首を振る。
 お返しをもらえるのは嬉しいけれど、それが目当てで頑張ったわけではないし、それに――
(「ブレスレット、こっそりおそろいでつくったの、です……」)
 男の子はそういうのを嫌がるのではないかと思って言い出せないけれど、シャヴィがそれを身に着けてくれるならペアアクセになるし。
 女の子にとっては、それも嬉しいプレゼントなのだ。
「……ん、じゃあ……着けてくれる?」
 その考えを読んだかのように、シャヴィは左腕の袖をめくって見せる。
 触れた肌があまりに冷たかったから、未来は自分のマフラーを外してシャヴィの首にぐるぐる巻き付けた。
 手編みではないのが残念だけれど、これで少しは温かくなるだろう。
(「らいねんまでに、あみものもれんしゅうするの……」)
 あとはのんびりツリーを眺めながら、料理やお菓子を食べようか。
「……え、でも、これじゃ食べられない……」
 勢い余って顔の半分が埋もれたシャヴィは、マフラーの端を少し外して未来の首へ。
「長いから、半分こ出来るよね」
 未来の体温が急上昇したのは、マフラーの暖かさのせい……だけではなさそうだった。



 広場に作られたカマクラの中は、鍋パーティで盛り上がっていた。
 ただし、闇鍋ではない。
「早朝に市場で厳選してきた素材と、釣って来た魚介です」
 床面を掘り下げた簡易貯蔵庫には、和紗が提供した食材が山と突っ込まれていた。
「しかし釣って来たとか漁師か、和紗」
 その生存能力の高さには恐れ入るとジェンティアン。
 たとえ兵糧が途絶えても、彼女がいればこの小隊は前線で戦い続けることが――いや、うちにはそれを上回る食欲魔人がいるんだっけ。
「失礼ね、私だってTPOくらい弁えるわよ」
 ただし今日のように「いくらでも食べていいよ!」という前提のもとでは、その限りではない。
 むしろ遠慮したら失礼。
「うん、だからお肉もどーんと用意したよ」
 しかもそこそこ良いお値段のやつを。
 なんたって年長者だし、それなりに財力もあるからね!
 え、それは実家の金じゃないのかって? 聞こえませんね?
「年長者を自認するなら、そこそこではなく最高級の肉を提供してほしいところですが……まあいいでしょう」
「いや、そこは謙遜だからね!? 自分で最高級とか言っちゃったら痛いでしょ!?」
 だから味わって食べるように……なんて言ってもきっと瞬殺なのは知ってるけど。
「ほら、そろそろ煮えてきたよ?」
 三人がトリオ漫才を繰り広げているうちに、鍋奉行の一機が全てを準備してくれた。
 だって喰う係専門のつもりだったけど、自分がやらねば誰がやるみたいな空気になってたし。
「それでは不肖、このワタクシが音頭を取らせていただきます」
 ジェンティアンはコホンとひとつ咳払い。
「メリークリスマス、あーんど誕生日おめでとう真緋呂ちゃん☆」
「誕生日おめでとうございます」
「おめでとう!」
 次々と贈られる祝いの言葉に、真緋呂は晴れやかな笑顔で応える。
「ありがとう、皆に祝って貰えて嬉しいわ♪」
 え、プレゼント? それも嬉しいけど、まずは鍋でしょ!
「ほら、冷めるといけないし?」
 超笑顔の原因は主に鍋……いえいえ、そんなことありませんよね、多分……!
 ここで鍋奉行が交代し、和紗が真緋呂の隣にスタンバイ。
「お腹いっぱい……に真緋呂がなるかは分かりませんが、どうぞ食べて下さいね」
「うん、ありがとう!」
 わんこ蕎麦ならぬわんこ鍋状態で、和紗は鍋の中身を真緋呂の器に盛り続ける。
「熱いから気を付け……ああ、うん、消化器官の断熱性も半端なかったよね」
 ジェンティアンがふーふーしているうちに、器に三杯なんて軽いものだ。
「うん、知ってた。肉は飲み物だって」
 あっという間に鍋を平らげ、メイン会場からお裾分けされた料理も跡形もなく片付けて。
「御免もう無理喰えない」
 一機がダウンしたところで、タイミングよくお客様が現れた。

「……すみません、お邪魔いたしますぅ……」
 差し入れを持った恋音と雅人が顔を覗かせる。
 あまり大勢で押しかけても迷惑かと、二人が代表でプレゼントなどを持って行くことになったようだ。
「……お楽しみのところ申しわけありません、これを置いたらすぐに戻りますのでぇ……」
 バースデーケーキは自分達で用意しているだろうと、代わりに大きなアップルパイを。
 上に乗った人形は、ほくほく顔でホールケーキにかぶりつこうとしている黒髪の女の子だ。
「これ私じゃないわよね?」
 真緋呂さんは首を傾げていますが、どう見ても本人です。
「うう、門木先生にまでこんなイメージで見られてるなんて……」
 その印象が強いのはわかる気もするけれど、そこは気を遣って文学少女バージョンにしてほしかった乙女心。
 プレゼントは恋音からの手編みのマフラーに、華宵のミニブーケ、それにアレンからのブックマークを模したブローチに、皆からのおめでとうの寄せ書きを添えて。
「ありがとう、後でそっちにも顔を出すわね」
 カマクラにご招待しても良いけれど、それには少々手狭だし。

 差し入れを受け取り、一機が用意していたバースデーケーキで改めてお祝いしたら、あとはゆっくり雑談タイム。
「これからも元気でつつがなく過ごすんだよ」
「大丈夫、いつも元気よ?」
「うん、そうだね」
 ここは敢えて否定せずに、尤も心配しているであろう者に任せるのが大人の対応と、にやぁっと笑ったジェンティアンの視線が一機の上に注がれる。
「真緋呂ちゃんが元気ないと、皆心配だから……特にそこの小隊長とか」
 水を向けられ、一機は「ちょっと外の空気でも吸って来ようか」と真緋呂を連れ出した。
 和紗がその背をそっと見送る。
 心配はしているが、口を出すつもりはなかった。
「まあいっぱい悩めばいいと思うけど……若者の特権だよね」
「竜胆兄は若さが足りないのでは」
 その若さが足りない年寄りをさんざんコキ使ったのは何処のどなた様でしたっけ。
 なんてことは言わないけど!

「元気ないけど、悩み事?」
 若い二人は夜空に煌めくツリーを見上げながら、ゆっくりと雪原に足跡を付けていく。
「隠し通せると思わない方がいいよ」
「べつに隠してるわけじゃないんだけど、そう思わせてるなら……ごめんね」
 小さく笑って、真緋呂は足を止めた。
「……ハロウィンの時から考えてるんだ。私はどうしたいのかなって……でもまだ分からなくて」
「夢ってきっと直ぐにできるものでもないさ」
「そうなのかな」
「うん。焦らなくていい。一緒に考えればいいさ」
「一緒??」
 きょとんとした表情で首を傾げる真緋呂の白い頬に、ツリーの光が照り返す。
「そ。一緒に、ね。独りじゃないんだからさ」
 その言葉を暫くそっと噛み締めて、真緋呂はふわりと微笑んだ。
「そうね……皆がいるものね」
 その答えは、一機が望んだものとは少しばかり方向がずれていたかもしれない。
 けれど、今は仲間として頼りにしてくれるだけでも充分……かな。

「お帰り、さあ楽しいプレゼント交換の時間だよ♪」
 二人が戻ったところで、ジェンティアンが荷物を引っ張り出す。
「まずは真緋呂ちゃんに、はいこれ、食べ放題お食事券。和紗には絵具セットね。で、一機ちゃんにはこれ!」
 ゲーム情報誌である。
 いずれも「よくわかったチョイス」ではあるけれど、ちょっと男女格差がひどくないですか……!
 しかし本人はいたくお気に召した模様、どうやら今月号は買いそびれていたらしい……?
「俺からは、これを」
 和紗は和の布で手作りしたブックカバーを真緋呂に手渡す。
「竜胆兄にはこれですね」
 絵付けしたマグカップ、もちろん和紗お手製の世界にひとつしかないものだ。
「ありがとう和紗、家宝にするよ!」
「大袈裟です」
 一機にはゲーセン部室で使えるブランケット。
 ここでも微妙に格差が生じている気がするけれど、多分気のせい。
 そんな一機からのプレゼントは、真緋呂にはちょっといいマフラー、ジェンティアンには安くて丈夫な手袋、そして和紗には……石臼。
 何故に石臼なのか、確かに通好みの渋い選択ではあるけれど。
 そして真緋呂からのプレゼントは、どれも本だった。
 一機には星の写真集、和紗には日本の職人百選、そしてジェンティアンには自炊のススメ。
「うん、皆が僕のことをどう思ってるかがよくわかるよね、ありがとう」
 ジェンティアンの喜びの声は、何となく棒読みっぽかったなんて、そんなことは。
 その後は互いに礼を言い合ったり、贈った理由や貰ったものについての感想を言い合ったり――


 快晴達のテーブルにも、ケーキの差し入れとプレゼントが届いていた。
 ケーキの上に乗った人形は、頭に黒猫を乗せている。
 アレンから贈られたタイピンと、恋音からのマフラーもまた、猫のシルエットがモチーフになっていた。
「カイのティアラらぶって、けっこう有名なんだね♪」
「んむ、あちこちでアピールしてるから、かねぇ」
「カイにぃ、学生名簿の自己紹介にも書いてるもんね♪」
 もらったケーキを三人で分けて、ツリーを眺めながら食事を楽しんで。
「私もツリーの様に周りをキラキラ照らせるような存在になれる様にがんばらないとっ」
「文歌さんはもうキラキラなんだよ?」
 だってアイドルだもんと伊邪夜は言うけれど、自分が光り輝くだけでは足りないのだ。
「自分がキラキラに輝いて、その輝きで周りの人達もキラキラに出来るのが本物のアイドルなんじゃないかなって思うんだ」
「だったら、文歌はもう、ずいぶんそこに近付いてるんじゃないか、な」
 快晴がにこりと笑う。
「少なくとも、ひとり……文歌のおかげで、キラキラの毎日を過ごせてる」
「あたしもなんだよ! あたしも文歌さんのステージとか見てるとキラッキラになるんだよ!」
 これで少なくとも二人。
 多いか少ないかは主観によるだろうが、確実に存在することは確かだ。
「うん、二人ともありがとう。そう思ってくれる人が一人でも増えるように、もっともっとがんばるねっ」
「ん、応援してる」
「応援するんだよ♪」
 食事を終えてひと休みしたら、三人でプレゼントの交換だ。
 快晴はあったかい黒の手袋@ティアラ印
 文歌は銀粘土細工で自作した大好きなペンギンさん型ペンダント
 伊邪夜はあったかい白のマフラー@ヴァロム印
 それぞれに持ち寄ったプレゼントをテーブルに置いて、ナプキンに書いたアミダくじを辿る。
 結果、手袋は伊邪夜に、ペンダントは快晴に、マフラーは文歌の手に渡ることとなった。
「プレゼントももらったし、あたしは先に帰らせてもらうんだよ」
 そっと呟いて、伊邪夜はこっそりとその場を離れる。
 後は2人でお楽しみくださいませ♪
「あれ、伊邪夜?」
 気が付けば姿を消していた伊邪夜を、残された二人は捜そうとしない。
「きっと気を利かせてくれたんだね♪」
 そう解釈して、ならばその厚意に報いるためにも思い切り楽しまなければと、二人はいちゃらぶモードへ。
「クリスマスイブは,カイのお誕生日でもあるもんね。2人でカイのお誕生日会をしよう♪」
「ん、ありがとう、文歌。これからもどうぞ宜しく、ね」
 文歌の頬にキスをして、快晴は幸せそうに微笑んだ。


「ようやく落ち着きましたね」
 料理の配膳をしたりプレゼントを配ったりと忙しく働いていた雅人と恋音も席に落ち着いて、今から待望のイチャらぶタイム。
「はい、あーん?」
 お互いにケーキを食べさせ合いつつ、雅人はわざと恋音のほっぺにクリームを付けてみたりして。
「恋音、クリームが付いていますよ。じっとしてて下さいね」
 ぺろりと舐めて、ご満悦。
「うん、取れました」
 あ、でも自分のほっぺにも何か付いてる気がするなー、もちろんわざと付けたんだけど。
「……えぇとぉ……あのぉ……」
「ん? どうかしましたか?」
 そう言いつつ、雅人は自分の頬がよく見えるように首を傾けてみる。
「……、…………」
 頬を真っ赤に染めて、恋音は素早く雅人の頬をぺろり。
「ありがとう恋音。ではお返しに、僕からは濃厚な愛をプレゼントしますね」
 皆が見ていることも気にせずに、むしろ見ている人が思わず目を逸らす勢いで濃厚なキスを交わす。
 恋音が抱えていた雅人へのプレゼント、手編みのセーターを入れた袋がどさりと落ちたことにも気付かないほどに――


「ツリー綺麗だね! 頑張った甲斐があったよ」
 ピカピカ光る電飾が色を変える度に、真っ白な雪原や雪を被った木々が、赤や青、緑や黄色にほんのりと染まる。
 広場の雪だるまも瞬間ごとに様々な色を纏い、幻獣の群れのようにも見えた。
「現実じゃない、どこか不思議な世界に迷い込んだみたいな気分になるね」
「部仲間犬、全部作っても良かったな……食べ終わったら作って来るか」
 胃袋がひとまず落ち着いたところで改めてツリーに見惚れるあけびの前に、藤忠が小さな雪兎を置いた。
「あ、これ……」
「昔三人で作っただろう」
「うん、私もさっき同じこと考えてたよ」
 藤忠に礼を言い、あけびは雪兎の顔を覗き込む。
(「難を転じる……か。来年はそんな年になれば良いな」)
 そうだ、今からでも願い事は遅くないはず。
「老後も友達皆を弄りに行けますように……っと」
 さらさらと書き入れた短冊を覗き見て、藤忠は「七夕の時と同じだな」と小さく笑う。
「姫叔父だって同じじゃない」
「まあな」
 藤忠の願いは「周囲の人間を護りたい」――妹分だけではなく、手の届く限りの全てを。


「苦労して飾りつけしたかいがありましたね」
 雫はテーブルに並んだ料理の数々を堪能しながら、パーティの喧騒をゆったりと味わっていた。
 料理は何でも美味しくいただく――ただし、自分で作ったもの以外。
「……いえ、出来映えに問題があるとか、そういうことではありません」
 カモ鍋などはダルドフがひとりで抱え込んで食べている勢いだし、他の料理も概ね好評だ。
 ただ、せっかくのパーティでわざわざ自分の料理を食べるなんて、ねえ?
「もう今年もあと少しですね……色々と情勢が変わってあっと言う間だった気がします」
「うむ、そうだのぅ」
 呟きにダルドフが応えてくれたので、会話を繋げてみる。
「天界の祝祭って、荘厳で堅苦しいイメージがあるんですがどうなんですか?」
「うむ……祝祭とは基本的に、民の士気を高めるために行われるものであるからのぅ」
 頂点に立つ者を褒め称えたり、戦闘意欲を鼓舞したり、支配者にとって都合の良い形で行われるのが常だ。
 こうした仲間内での自由なパーティも行われることはあるが、それほど頻度は高くないし、大抵は何かの褒美としての色彩が強い。
「戦いで武勲を上げたり、滅多にないことではあるが階級が上がったり……というくらいかのぅ」
「それは、なかなか……退屈そうな世界ですね」
「そうだのぅ、だからこうして余所の世界に惚れ込んで、堕天する者が後を絶たぬのかもしれんわ」
 ダルドフはそう言って、豪快に笑った。



「さて、そろそろ帰る者もいるだろうからな……プレゼント交換を始めるぞ」
 門木の声で、番号札を持った者達がツリーの前に集まって来る――が、ひとり足りない。
 そう、雪だるま作りに燃えていたチルルは、まだ黙々と作り続けていたのだ。
 クリスマス感は一体何処に行ったのか。
「えっ、なに? もうパーティ始まってるの?」
「始まってるどころか、そろそろ終わりそうだよ!」
 あけびに引っ張られて合流したチルルは、番号札と交換で一番にクジを引く。
「何が当たるかしら! 楽しみね!」
 手渡されたのは軽くて小さな包み、中身はカノン提供の手袋だった。
「無難に過ぎたかもしれませんが……」
「ううん、そんなことないわ!」
 自前の手袋は雪遊びのせいですっかり濡れて冷たくなっていたから、ちょうどいい。
「サイズもぴったりね、ありがとう!」

 次にクジを引いたアレンは、恋音提供の手編みのマフラー……あれ、誕生日プレゼントと被っちゃった。
「でも色味も違いますしー、ありがたく頂いておくのですよー」
 誰かとペアで使っても良いかもね!

 その恋音はアレンが用意した、男女兼用の着まわし易い系マフラーを引き当てる。
「あらー、奇遇ですねー」
 期せずしてマフラーの交換という形になった。
 なお、クジには一切の細工をしておりません、すべてはダイスの女神の思し召しのまま。

「次は俺かな」
 ひりょには雅人特製、くず鉄再利用のドラゴンゾンビのミニチュア。
「すごいな、もしかして手作り?」
「ええ、自信作ですよ!」
 首と翼は可動式だから、好きなポーズにして楽しんでね!

「ボクはこれー♪」
 クリスには華宵作、久遠ヶ原島の海岸で拾ったシーグラスで作ったブレスレット。
 青や緑を主体にした爽やかな色合いは、暑い季節に似合いそうだ。
「とってもキレイだね、ありがとうだよー♪」
 もちろんハグのお返しも、ぎゅー!

 次にクジを引いたミハイルが手にしたのは、木製の……タマゴ?
「何だこれ?」
 首を傾げつつ提供者の門木に訊けば、それは寄木細工のパズルであるらしい。
「ちょっと作り方を勉強したんでな、ついでに作ってみた」
「作り方って、寄木細工のか。難しいだろう?」
 と言うか、何のために……いや、それは訊くだけ野暮というものか。
 大切な誰かへのプレゼントを手作りするためなら、どんな難しい技術でも気合いでマスター出来る……かもしれない。
「章治はこういう細かい作業が得意だからな。ありがとう、バラした後で元に戻らなくなったら助けてくれよ?」
 ついでに、奥方に何を贈ったのか教えてくれてもいいんだぜ?

「これは、ミハイルか?」
「おう、藤忠のところに行ったか」
 ミハイル提供のスノードームは、ちょうどこの広場のような風景に雪やスパンコールが舞い散る幻想的な一品だ。
 ドームにはほんのりと明かりが灯り、その柔らかな光が夜間の間接照明代わりにもなる。
「タッチセンサーで点灯するんだ、ベッドルームに最適だぞ」

 次にクジを引いたリュールがあからさまに不満そうな顔をしているのは、引き当てたのが和のお香セットという地味なプレゼントであったせいか、それとも贈り主がダルドフだった故か。
「ふむ、ダイスの女神もなかなか粋な計らいをしよるわぃ」
 と、贈り主は上機嫌だったけれど。

 そんなダルドフには眞央が提供したイルミネーションフォトフレームが。
「フレームがキラキラ光って綺麗だろう、普通に写真を入れることも出来るし、デジタルフォトフレームとして使うことも出来るぞ」
「うむ、かたじけない。これは良いものをいただいたのぅ」
 大丈夫、近頃はダルドフもデジタル技術にだいぶ慣れてきたし!
 帰ったらさっそく娘の写真を選ばねば。
 ついでにもうひとつ、ユウからも個人的なプレゼントをもらっていることは、リュールには秘密だ。
 なにしろそれは、リュールが今身に着けている手編みのニット帽と手袋とペアになっているのだから。
 リュールが知ったら余計に機嫌が悪くなる――まあ、それも照れ隠しであることはバレバレなのだけれど。
(「でもダルドフさんが秋田に戻ってそれを身に着ければ、遠距離なんちゃってペアルックの出来上がりです」)
 我ながら何と素晴らしいアイデアなのだろう――というのは建前で、本来の目的は日頃の感謝をこっそり表すこと。
 それを見抜かれたら、感謝するのはむしろこちらだと言われそうだが、生憎と……と言うか、都合の良いことに、二人ともそのあたりの機微には疎いようだった。

 沙羅の手元に来たのは、ひりょ提供の電子カイロ。
「使い捨てじゃなくて、充電すれば何度でも使える凄い奴だよ!」
 昔は使い捨てないカイロしかなかったとか、そんなことは知りません。
 これからの時期、依頼先とかでも待機の時に寒さを凌ぐのに使えるだろうという、実用一点張りの硬派な品。
 しかし女性に冷えは大敵と言うから、これはダイスの女神が良い仕事をしたと言っても良いのではないだろうか。

「次は私ね」
 華宵が手のしたのは、クリス提供のタイピンだった。
「あら、これも物々交換になったわね」
 新年を祝う「千両」の実と葉を模したそれは、女子でも襟元やポケットを飾れるようにデザインされている。
 とは言え華宵はオカマバーのホステス(?)だが、オカマにはあらず。
 これは普通にタイピンとして使わせてもらうことになるだろう。

「あっ、これ沙羅さんのだ!」
 あけびはお洒落なアロマミニライトと癒しのアロマオイルのセットを手に入れて大喜び。
 アロマオイルの使い方は正直よくわからないけれど、説明書が付いているから安心だ。
 いざとなったら本人に教えを請うことも出来るし。
「やっぱりセンスいいなー、ありがとうございます!」

 カノンには、なんだかやたらとキラキラした派手なものが。
「やっとあたいの出番ね!」
 贈り主はチルルである。
 クリスマスプレゼントで喜ばれるものは何か?
 それは間違いなく讃えられるものであることは明らかである。
 ということで!
「おめでとう、選ばれし者の栄冠はあんたのものよ!」
 チルルは手にしたおもちゃの王冠を、カノンの頭に厳かに載せた。
 たかがおもちゃと侮るなかれ、見た目は本物に忠実な本格派だ。
「え、ええと……ありがとうございます……?」
「だめだめ、王様なんだからもっと堂々としなきゃ! それに王様はお礼なんて滅多に言わないものよ!」
「え、では、どうすれば……」
 困ってる。
 王様めっちゃ困ってる。
「似合うよ、カノン」
 くすくす笑いながら旦那様に言われ、ますます困り顔。
「はい、そのショットいただきよ!」
 そこでチルルは、すかさずカメラのシャッターを押した。

「俺のは章治のところか」
 藤忠が提供したのは西陣織の匂い袋。
 三個セットになったそれは白檀の香り、袋の柄は柄は藤に紫陽花、それに菊。
「普通に持ち歩いても良いし、箪笥に入れて服の香り付けに使っても良い……白檀には防虫効果もあるしな」
 白檀の香りにはえっちな気分を盛り上げる作用もあるらしいけれど、新婚さんには必要ないかな?

 ユウに渡った薔薇のハンドクリームは、あけびの提供だ。
「ベタつかないから仕事中にもお役立ちの一品ですよ!」
「ありがとうございます、これからの季節には丁度良いですね」

 残るプレゼントはふたつ。
 その片方、ユウ提供の純白の手編みマフラーは雅人の手に。
 そして最後に残ったものは、ラストワン賞で特別に豪華な――なんてことはなかった。
「私が心を込めて選んだスイーツの詰め合わせだ、ありがたく受け取るといい」
 やたら偉そうにしたリュールから大きな包みを受け取った眞央は、それを丁寧に押し頂く。
「ありがとうございます、家族や仲間達といただきますね」
 ダルドフにはタメ口だったけど、なんかこのオカンには敬語を使わないといけない気がした!

 これでランダム交換は終了、最後に交換に参加しなかった者も含めて全員に、恋音特製クリスマスカラーの巾着袋が手渡される。
 中身はチョコやキャンディといった日持ちのする甘味系が主体だが、甘いものが苦手な者には煎餅や柿の種が入っていた。
「……中身がなくなったら、小物入れにでも使ってくださると良いかと思いますぅ……」



 プレゼント交換が終わっても、まだ帰る者はいなかった。
 引き続き存分に騒ぐも良し、残った料理を味わいながら、のんびりと余韻を味わうのもまた一興。
 或いは喧噪を離れてひとり静かに佇んでみるのも悪くない。


「雪化粧された景色、綺麗やね」
「うん」
「来年も一緒に、この景色みたい……ううん、もっともっと、ずっと……そばにいてや?」
「うん」
 いばらとリコが佇んでいるのは、ツリーに下げられたヤドリギの下。
 しかし、いざとなるとなかなか踏ん切りがつかない奥手な男の子はタイミングをはかりかねていた。
 そんなところに現れる、無粋なおじさん――いえいえ、煮詰まった空気を打ち砕いてくれる粋なオジサマ。
「悪いな、邪魔するつもりはないんだが……ちょっとリコに届け物があって」
「とらおじさん! ひっさしぶりぃー!」
 リコの全力ハグを受けた白虎は、少々よろめきながらも踏みとどまって、小さな包みを取り出した。
「クリスマスプレゼントだ。学園への入学祝いも兼ねて、かな」
 中身は『無邪気』の花言葉を持つ黄色いフリージアの花の髪飾り。
「わぁ、ありがとう!」
「今度、俺も娘と一緒に風雲荘に引っ越す予定だ。娘ともども、よろしくな……いばらもよろしく頼む」
 それだけ言うと、白虎は小さく手を振って樅の木の向こうへ消えて行った。
 きっとこれからサンタクロースになって、娘のところにプレゼントを届けに行くのだろう。
「せや、うちからもプレゼント……」
 ヤドリギに気を取られてすっかり忘れていたと、いばらが慌てて包みを取り出す。
 可愛い包みを解いて箱を開けると、華奢なオープンハートのペンダントが入っていた。
「これ……ありがちデザインやけど、似合いそうやと思って」
「かわいい……! ねぇ、つけてつけて!」
「ん……」
 それに応えて、いばらはリコの細い首に腕を回した。
 ネックレスの留め具をかけて――そのまま、動かない。
 リコがそっと目を閉じた。
 小鳥の嘴が触れ合うよりも、もっと短くて軽いキス。
 けれど、その思い出はふたりの心に暖かな光を灯し続けるだろう。


 ひりょは雪だるまがやたらとゴロゴロ転がる広場をのんびりと歩いていた。
「せっかくこんなに綺麗なんだから、ツリーだけじゃなくて夜空も見てあげないとね」
 とは言え、そうしていると足元から寒さが這い上がって来る。
「即席のかまくらでも作ろうかな」
 本格的なものは時間もかかるが、雪山でビバークに使うようなものならそれほど手間もかからない。
 周囲の雪を積み上げて、横穴を掘れば完成だ。
「寒いね、良かったら一緒に入らない?」
 ちょうど同じように星を見に来たらしい雫に声をかけてみる。
 あ、大丈夫だよ!
 ナンパとかじゃないから!


 花火の仕掛けでパーティを盛り上げた後、佳槻は再び空へと舞い上がっていた。
 樅の木の陰にひっそりと佇み、そこから賑やかなパーティ会場を静かに眺める。
 遠く聞こえる声と風が心地よかった。
 ふと夜空を見上げて手を伸ばしてみる。
「ここから地上までと、あそこまでの距離……」
 どちらも同じに見えると小さく笑う。
 実際の距離は空のほうが何倍も遠いだろう。
 でも、手を伸ばしても届かないなら同じことだと、佳槻には感じられた。


「星が綺麗ね……ちょっと空のお散歩でもしてみようかしら」
 蝶翅を広げてふわりと舞い上がり、華宵はツリーを上から眺めてみる。
 ツリーの明かりと、その下に見えるパーティ会場の明るさ、温かさ。
 そのどちらが欠けても、これほどの心安まる光景にはならない気がした。
「……綺麗だな。この平和な時間が続いて欲しいものだ……」


 キラキラと輝く大きなクリスマスツリーは、遠く離れた風雲荘の屋根の上からも見ることが出来た。
 愛梨沙はその遠い輝きを、見るともなしにぼんやりと見つめている。
 その物理的な距離が、今の自分と他の皆との心理的な距離であるようにも感じられた。
(「今年も願い事は決まらなかった。私はどうすれば良いんだろう?」)
 今年も買うだけは買った、いつもと同じ天使のオーナメントを見つめる。
(「何が出来るんだろう。どこへ向かえば良いんだろう? 起きたとき覚えていないけど、最近は怖い夢ばかりみている気がする。どんどん疲弊していく……」)
 膝を抱え、顔を埋める。
 と、その目の前に――天使、いや大天使が舞い降りた。
「何をしている」
 大天使は有無を言わせず愛梨沙の腕をとって立ち上がらせる。
 パーティはまだ終わらない。
「手間をかけさせるな――行くぞ」
 ツンデレオカンはそう言って、小さな手編みの巾着袋を愛梨沙の手に押し付けた。



 クリスマスの夜は、静かに、そして賑やかに更けてゆく。

 来年も――その先も、ずっとずっと……この木の下で。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:16人

伝説の撃退士・
雪室 チルル(ja0220)

大学部1年4組 女 ルインズブレイド
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
アルカナの乙女・
クリス・クリス(ja2083)

中等部1年1組 女 ダアト
想いの灯を見送る・
姫路 眞央(ja8399)

大学部1年7組 男 阿修羅
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
紡ぎゆく奏の絆 ・
水無瀬 快晴(jb0745)

卒業 男 ナイトウォーカー
大祭神乳神様・
月乃宮 恋音(jb1221)

大学部2年2組 女 ダアト
ラブコメ仮面・
袋井 雅人(jb1469)

大学部4年2組 男 ナイトウォーカー
陰のレイゾンデイト・
天宮 佳槻(jb1989)

大学部1年1組 男 陰陽師
天蛇の片翼・
カノン・エルナシア(jb2648)

大学部6年5組 女 ディバインナイト
Stand by You・
アレン・P・マルドゥーク(jb3190)

大学部6年5組 男 バハムートテイマー
来し方抱き、行く末見つめ・
黄昏ひりょ(jb3452)

卒業 男 陰陽師
208号室の渡り鳥・
鏑木愛梨沙(jb3903)

大学部7年162組 女 アストラルヴァンガード
優しき強さを抱く・
ユウ(jb5639)

大学部5年7組 女 阿修羅
あなたへの絆・
蓮城 真緋呂(jb6120)

卒業 女 アカシックレコーダー:タイプA
光至ル瑞獣・
和紗・S・ルフトハイト(jb6970)

大学部3年4組 女 インフィルトレイター
ついに本気出した・
砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)

卒業 男 アストラルヴァンガード
あなたへの絆・
米田 一機(jb7387)

大学部3年5組 男 アストラルヴァンガード
外交官ママドル・
水無瀬 文歌(jb7507)

卒業 女 陰陽師
来年もまた、この木の下で・
天王寺 伊邪夜(jb8000)

卒業 女 アストラルヴァンガード
Half of Rose・
浅茅 いばら(jb8764)

高等部3年1組 男 阿修羅
撃退士・
茅野 未来(jc0692)

小等部6年1組 女 阿修羅
225号室のとらおじさん・
鳳・白虎(jc1058)

大学部6年273組 男 ディバインナイト
童の一種・
逢見仙也(jc1616)

卒業 男 ディバインナイト
明ける陽の花・
不知火あけび(jc1857)

大学部1年1組 女 鬼道忍軍
Eternal Wing・
サラ・マリヤ・エッカート(jc1995)

大学部3年7組 女 アストラルヴァンガード
藤ノ朧は桃ノ月と明を誓ふ・
不知火藤忠(jc2194)

大学部3年3組 男 陰陽師
来し方抱き、行く末見つめ・
華宵(jc2265)

大学部2年4組 男 鬼道忍軍