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マスター:STANZA
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
形態:
参加人数:39人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2016/11/20


みんなの思い出



オープニング


 久遠ヶ原島の一角には、巨大テーマパークが存在する。
 その名も久遠ヶ原ドリームランド、透明な巨大ドームの中に様々なアトラクションがコンパクトに纏められた遊園地だ。

 毎年この季節になると、ドリームランドはオレンジと黒のハロウィンカラーに彩られる。
 特に今年は、その装飾に気合いが入っていた。
 施設を覆うドームにはオレンジ色の南瓜のランタンがホログラムで投影され、遠目には半透明の南瓜に施設全体が呑み込まれてしまったかのように見える。
 まるで地獄の門のような入口をくぐると、そこはメインストリート。
 道の両脇には十字架や墓石が並び、その周囲をホログラムの白いオバケがふわふわと舞い、黒いコウモリがバサバサ飛び回っている。
 街灯はカボチャのランタン、沿道に並ぶ建物も廃墟のような装飾が施されていた。
 上を見ると、色とりどりの花火が打ち上がる中に幽霊船のシルエットが浮かび上がる。
 ゆらゆらと漂うそれはホログラムではなく、内部はゴーストやゾンビ、ガイコツ船長などと戦うことが出来るお化け屋敷になっていた。
 観覧車のゴンドラもジェットコースターの車両も、ティーカップもゴーカートも、オレンジ色のカボチャ型。
 フードコートも限定メニューで溢れ、全てがハロウィンの色に染まっていた。

 そんなハロウィン一色に染まった空気の中、普通に遊園地を楽しんでも良いし、メインストリートで行われる仮装パレードに参加してみるのも良い。


 一日限りの特別な夜、あなたはどんな風に過ごしますか?

 トリック オア トリート?
 トリート アンド トリート?
 らぶあんどぴーすでも良いし、お砂糖まみれで爆発しても良い。

 どうぞ、ご自由に。
 そして悔いを残さぬように。




リプレイ本文

 十月三十一日。
 それは西洋に於いて年に一度、彼岸と此岸とが交わる日。
 古くは一年の終わりとされていたその日、冥界の門が開き、そこから現れた魔物達が我が物顔で地上を跋扈する。
 人間達は、そんな彼等に「獲物」として狩られることのないように、眷属の如き衣装を身に纏い、仲間のふりをして難を逃れていた。

「――と、それがハロウィンの起源と言われているものですねー」
 風雲荘の美容師さん、アレン・マルドゥーク(jb3190)は裏方としてゲスト達の仮装を手伝いながら、テリオスに対してハロウィンに関する正しい知識をレクチャーしていた。
「ですから、ハロウィンがただのお祭になった今でも、仮装の風習が残っているのですよー」
 手伝ったところで何か手当が出るわけでもないが、そこはボランティア――と言うより、ただの趣味。
「ハロウィンといえば仮装、仮装といえば私の出番なのですー♪」
 というわけで、本日アレンは更衣室のヌシと化していた。
「仮装のお手伝いはお任せあれー♪」
 髪のセットはもちろん、化粧から小物使いのアドバイスにサイズ調整など、任せて安心の存在感。
 仮装は必須ではないが、入場者の多くがまずは更衣室を訪れ、身も心もハロウィンの色に染めてから、夢の国へと繰り出して行くのだった。



●久方ぶりの保護者会

「じゃーん、なのっ」
 セルフ効果音と共に、童話に出て来る三月ウサギのような格好をしたキョウカ(jb8351)が現れる。
 頭にはうさ耳を着け、丸いぽんぽん尻尾が付いたショートパンツに、白いもこもこ毛皮のブーツ。
 手にも同じ素材のふわふわミトンと思いきや、それはよく見ればうさぎのパペット、そしてうさ耳を着けたヒリュウのキーを腕に抱えている。
「きょーかはさすがのウサギづくしですねぃ」
 親友のブレない姿に、秋野=桜蓮・紫苑(jb8416)は「にしし」と笑った。
 余りお上品とは言えない笑いかたではあるけれど、ウサギがキョウカのトレードマークなら、紫苑のトレードマークはこの笑い方だ。
 外見的な特徴を指すなら、もっと他に目立つものがあるだろう。
 けれどここは敢えて、自分で選び取ったものを自身の特徴としたいところ。
「どーめきの兄さんは、やっぱしけちけちお目めですかぃ?」
「人を貧乏神か何かみてぇに言うもんじゃありませんよ紫苑サン」
 百目鬼 揺籠(jb8361)が反論してみる。
「って言うかそれ外から見えるモンじゃねぇでしょ」
「見えやすぜ、兄さんいっつもバーゲン品の着たきりスズメですし、エコバッグの中身はね引きシールがついたモンばっかですし」
「普段着なんてものは洗ってさえあれば何でも良いんですよ、それにたまには良いモノだって着ますし」
 値引きシールは、あれだ、食品ロスを減らすという社会的に意義のある活動であって、決してケチだからというわけではない。ない。
「今日だってほら、ちゃんとバッチリ決めて来たでしょうよ」
 黒いタキシードも、真っ赤な裏打ちの黒マントも、シルクハットも白手袋も、いかにも高級そうな艶やかな光沢を放っている。
 普段は殆ど和装だが、決める時は決めるし、洋装だってけっこう似合うのだ。
「吸血鬼ですぜ? 西洋の鬼だそうじゃねぇですかぃ、丁度いいでしょう?」
「そりゃ今日は全部タダで出来ますしねぃ」
 にしし。
「タダでも手を出さねぇのが本物のケチってやつなんですよ。そう言う紫苑サンは何ですかぃ、仮装はしねぇんですかぃ?」
「してやすぜ? オニのかそうでさ!」
 いつも通りの格好でも仮装に見えるのが鬼っ子の安上がりなところ。
 タダだと言われてもつい節約指向になってしまうのは、どう考えても「けちけちお目々」の影響だ。
「だから俺はケチじゃねぇんですって」
 影響を受けるのは構わないが、そこは正しく受けてもらいたいものだと、揺籠は軽く溜息。
「それはそうと、楽しまなきゃ損ですぜ、紫苑サン」
 言われて、紫苑はちらりとダルドフを見る。
「そうですねぃ……」
 ダルドフも特に仮装はしていない。
 と言うか、お気に入りの和装そのものがコスプレっぽく見えないこともない、ような。
「何ならお父さんとおそろいでもいいんでさ、何しやす? まほー少女? クマ男?」
 魔法少女と聞いて、天駆 翔(jb8432)が黙ったまま首を左右に振る。
 うっかり何かを想像してしまったらしく、その目からはハイライトが消えていた。
「シオンはにあうと思うよ、ぜったいにあう。でも……」
 じぃっとダルドフを見て、再び「いやいや」をするように首を振る。
 そこまで嫌がることも……あるか、あるな。
 これで矢野 古代(jb1679)とダブルで魔法少女親父とかだったら……いや、それはむしろ見てみたい気がする。
 いっそ、そこまで突き抜ければもう何も怖くないと言うか、感覚が麻痺して恐怖が快感に変わると言うか。
 しかし残念なことに、今日の古代はミイラ男。
 包帯を解くという定番のイタズラをされても大丈夫なように、下にはしっかり黒インナーを着込んでいる。
 つまり全身タイツですよ、マニアックですね!
 もちろん、その更に下――最も重要な部分は褌できっちりと締め上げてあった。
「ここが安定しないと自分の存在自体が揺らぎかねないからな!」
 褌は重要、超重要。
「んー、じゃあやっぱりお父さんはクマ男ですかねぃ」
 そして自分は可愛い熊の女の子!
 というわけで、ダルドフは熊と言うより熊の毛皮を担いだマタギのような格好に、紫苑は熊耳に熊の手のようなミトンを着けて、あとはちょっと大人っぽい和洋折衷の着物ドレス。
 背には花の翼を展開し、角には造花とラインストーンを絡ませて、花咲く枝に見立ててみました。
「へっへーん、どうです?」
 着替えた紫苑は皆の前でくるりと回って見せる。
「きょーかもしょーもよくに合ってやすぜ! おれがこの中で一番いけめんですけどねっ(どやっ」
 いや、お嬢さん、ドヤ顔をキメるのは良いけど、ドレス着たまま大股開いて仁王立ちはちょっと、ね?

「皆様の衣装姿、どれも素敵ですね」
 キョウカと同じく、童話の白兎を模した格好のイーファ(jb8014)がふわりと微笑む。
 白いうさ耳、スカートは少し長めで大人しく、チョッキのポケットに忍ばせた懐中時計のチェーンには小さなリボンが結ばれていた。
「いーふぁねーたのうさぎさんもとってもかわいいのーっ(きゃっきゃっ」
「お揃い、ですね。キョウカさんもとっても可愛らしいです」
 ぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶキョウカに、イーファは姉妹のような親近感を感じているようだ。
「あれ、くろうさじーたはうさぎさんじゃない、なの?」
 その傍らに立つインレ(jb3056)の姿に、キョウカはかくりと首を傾げる。
 インレは黒兎の悪魔、だから当然イーファとお揃いでうさぎの姿になると思っていたのに……それは、何?
「これか、これは遥か昔に狩った狼の毛皮でのう」
 それを被って狼男、というわけだ。
「ほお、翔も狼男か。わしと一緒だな……なかなか決まっておるぞ?」
 インレとしてはもちろん褒めたつもりだった。
 肩に狼の毛皮を羽織っているところなど自分とお揃いだし、当然それは狼男だろうと考えたのだ。
 しかし。
「ちがーうー!」
 翔くん、ご立腹であります。
「よく見てよー、ほら! ほらこれ!」
 差し出した両手には狼風のパペットが嵌まり、頭には狼の耳。
 となれば、それはやはり狼男ではないのか。
 しかし、やはり翔はぷんすこ怒ったままだった。
 では近頃流行りのアニメかゲームのキャラクターだろうか。
 そうなるともう、おじいちゃんお手上げなんだけど。
「あ、もしかして……」
 そこでイーファが気が付いた。
「この狼さん、頭が……いち、にい、さん……三つありますよ、インレ様」
「む? 頭が三つ……おお、これはもしやケルベロスか!」
「あったりー!」
 あれは確か犬ではなかったか、などという細かいことは気にしない。
「なるほど、イーファはよく気が付いたのう。さすがはわしの自慢の娘だ」
 頭も良いし、よく気が付くし、それに何より可愛い。
「その衣装もとても似合っておる」
「インレ様も格好良くて素敵です……いつものヒーロー姿も、とても格好良くて素敵ですけれど」
 後ろの半分は誰にも聞こえないよう、こっそり耳打ち。
「実はこの衣装も、こっそりインレ様のヒーロー姿を意識したんですよ? ほら、この耳とか……私のは白ですけど」
「うむ、お揃いだのう。よく似合っておる。可愛いよ」
「ありがとうございます、嬉しいです」
 白黒うさぎで並んで歩きたい気持ちもあるけれど、ヒーローとは正体を隠すもの。
「ですから誰にも内緒です、ふふっ」
「うむ」
 ヒーローとは孤独なものだが、秘密を共有する者が存在するシチュエーションもまた良し。
 だがしかし、そこに百目吸血鬼の無粋な一言が。
「普段の仮装とは違うんですねぇ」
 煽ってるわけではない、ただ純粋かつ素直に事実を述べたまで、なのだが。
「……揺籠よ、おぬしの目には熱き魂を込めたヒーローの姿が戯れに見えると言うか」
 嘆かわしいことだと、インレは悲しげに首を振る。
 イーファなど、とても格好良くて素敵だと目をキラキラ輝かせているのに。
「おぬしとは一度、じっくりとO・HA・NA・SHIする必要がありそうだのう」
 しかし今はその時ではない。
 何しろこれから可愛い「うちの子」達の撮影会を始めるのだから。
 この時のために機材も用意した。
 撮影のノウハウも学んだ。
 ロケーションの下見もばっちり、打ち合わせも完璧。
 あとは愛し子らの姿をフレームに収めてシャッターを切るだけだ。
「イーファ、ほれ、こっちを向いてごらん?」
 かくりと首を傾げた瞬間を狙って、ぱしゃー。
「うむ、可愛く撮れておる」
「ありがとうございます、インレ様。でも私ばかりではなく、皆さんのことも写してあげてくださいね?」
「無論そのつもりよ、ささ、次は皆で並んで撮るかのう」
 ああもう、咄嗟に周囲を気遣うことの出来るこの優しさときたら、やはりうちの娘は世界一だ。
(「本当に良い子に育ったものよ……」)
 少し、心配なくらいに。
「おっ、おっ、さつえい会ですかぃ? かわいくとってくだせぇよ!」
 紫苑は揺籠が構えるカメラに向かって両手でダブルピース。
「上手く撮れたモンは大きく引き延ばして、後でダルドフさんトコに送りますからね」
「モデルがいいんだから、うまくとれないはずないよねー!」
 翔にキョウカも加わって、子供達は思い思いのポーズで写真に収まっていく。
「はい、良いよー、その笑顔もらった! うん、この角度も良いねえ、はいはいそのままー」
 などとモデルに声をかけながら、古代は全力で撮りまくった。
「いや、みんなほんと可愛いし、凛々しいな……」
 眼福、眼福。
「まあ結局俺の娘の仮装には及ばないがな!」
 ほら見て、今日は来られなかったけど写真ならいっぱいあるよ! ほらほら!
「うむ、確かによく撮れてはおるのぅ」
 画面を覗き込んだダルドフが顎髭を捻る。
「しかし、やはり実物に勝るものはあるまいて」
 そこで、突然ですが古代さんがいきなり喧嘩を売ってきました。

「『チキチキ! うちの娘の仮装が一番可愛い討論会』を開催する!」
 ほんと突然だな!
「かかってこいヒーローとダルドフ! 今日こそはうちの娘が一番可愛いという事を心に刻み込んで帰るが良い!! 」
「よかろう、受けて立つ」
 インレが自信満々にニヤリと笑う。
 受けて立つといっても手は出さない、無粋に過ぎるし、そんなことをしなくてもうちの子が一番なのは自明の理。
「どうだこのイーファの可愛らしさは。白を基調とした衣装がよく似合っておる。それに兎の仮装を選んだ理由がまたいじらしい」
「何だ、その理由というのは?」
 古代に問われ、インレは実に爽やかな笑みを浮かべながら答えた。
「ひ・み・つ♪」
「く……っ」
 萌えた、不覚にも爺ちゃんに萌えた。
 それがなんか悔しいから、ことさらに娘フォルダに火を噴かせる矢野古代さんじゅうはっさい。
 しかし、やはり画面の中だけで勝負するのは厳しかった。
 目の前できゃっきゃしている娘達の生き生きとした可愛らしさには、どうしても……いや、負けるとは言わない。
 その、あれだ、ライヴ感に欠けると言うか……!
「む、無念……!」
「まあまあ、皆可愛いで世界は平和、違いますかぃ?」
 穏健派を自認する揺籠がその場を取りなすが、それだけでやめておけばいいものを、ついうっかり余計な一言を付け加えてしまったのが運の尽き。
「え、いやいやまぁ一番はうちの妹分連中に決まってますけど」
 かくして議論は振り出しに戻り、参加者が増えたおかげでますますヒートアップ。
「まったく、そろいもそろって大人げねぇんですから」
 見かねた紫苑が割って入る。
「祭のはなとはいえ、こんな日にケンカはいけやせんよ!」
 ここは紫苑ちゃんが一番ってことで、どちらさんも矛を収めちゃくれませんかね?
 ついでにスイーツ食べ放題で奢り放題してくれてもいいのよ?



●甘いものは正義

「リュールさんはどんな衣裳も似合いそうですから、腕がなりますね」
 ユウ(jb5639)はご機嫌だった。
 それはもう、歩く度に足元から「♪」が飛び出して来そうなほどに、超ご機嫌だった。
 だって、長年の苦労がようやく実を結びそうな気配がするんですもの。
 そう、事あるごとに陰に日向に進めてきたラブラブ大作戦が着実に成果を上げているのだ、これが喜ばずにいられようか。
 そんなわけで問答無用でリュールを引っ張り出し、仮装はどれが良いかと着せ替え人形宜しく衣装を取っかえ引っかえしている今ここ。
 包帯ぐるぐるのミイラに、黒マントの吸血鬼、黒ずくめの魔女に、真っ白な雪の女王、それにちょっとせくしーな狼女……ユウの独断によって似合いそうだと思ったものを、片っ端から試着させてみる。
「リュールさん、どれが一番気に入りましたか?」
「どれも却下だ」
「え、何か言いましたか?」
 めっちゃ良い笑顔で聞き返すユウ、聞こえてたけど聞こえないよ、選ばないという選択肢はないからね!
「……お前は何にするんだ」
「私ですか? 私はリュールさんが選んだものとお揃いがいいです」
 にっこり。
「……ならば……これにするか」
 選ばれたのは吸血鬼でした。
 しかし普通に同じ格好というのも面白くないということで、ユウがドレスで女性バージョン、リュールはスーツの男性バージョンだ。
「では、ここからは私がエスコートしますね」
 ドレス姿のユウが手を差しのべる。
 女性役が男性役をリードしたっていいじゃない。
 アトラクションとイベント制覇はもちろんだけれど、まずはスイーツ食べ放題でリュールの心を鷲掴み!


 星杜 焔(ja5378)のバイト先は、毎年ハロウィン前後に休業となる。
 と言っても店を開けないだけで、シェフ達は裏で忙しく働いているのだが――いつもお世話になっているお得意様や、近所の子供達にお菓子を沢山振舞う為に。
 焔もまた、ただ休んでいるはずもなく、その腕には大きな籠に山盛りの手作りお菓子を抱えていた。
「今年もやってきたね〜。餌付けの! 季節が!」
「餌付けの季節……わたしも餌付けされたのかしら……?」
 その様子を見て、息子の手を引いた星杜 藤花(ja0292)はふわりと微笑む。
 この季節に夫の瞳が楽しそうに生き生きと輝くのはいつものことだけれど、今年は更にキラキラ度が増しているように見えた。
「お菓子を振る舞うなら仮装パレードは狙い目だねぇ!」
 それを手伝うために、藤花も今日はハロウィンらしい格好――以前と同じ白い精霊の衣装に身を包んでいた。
「覚えていますか? 二人で双子の精霊に扮した時のこと」
 まだ中学生だったあの日から歳月は流れ、二人の関係も家族の形も変わったけれど。
「うん、藤花ちゃんは今でも似合うし、昔よりもっと可愛くなったね〜」
「焔さんも、似合うと思いますよ?」
 それにもっと格好良くなったと、藤花は大事にしまっておいたお揃いの黒い衣装を差し出してみる。
「そうだね〜、久しぶりに着てみようか〜」
 パレードまでにはまだ少し時間があるし、それまではアトラクションで遊んだり、美味しいものをいっぱい食べて過ごそうか。
「美味しいもの……それなら、スイーツ食べ放題に行ってみましょうか」
 藤花も甘いものは好きだし、お菓子好きな知り合いにも会えるかもしれない。
 特にリュールなど、甘いお菓子が食べ放題と聞けば家で大人しくしている筈もないし……見付けたら女子会ならぬママ友会なんてどうだろう。
「ダルドフさんもお誘い出来れば良いのですが……」
「じゃあ誘ってみようかー」
 遠慮がちに呟いた妻の背を押すように、スマホを取り出した焔はダルドフの番号をプッシュ。
 少し前までは居候先の事務所を連絡先にして、何かあれば呼び出してもらっていたのだが、流石にそれは不便だし迷惑もかかると、どうにか携帯端末を使えるように頑張ったのだ。
「あ、ダルドフさんですかー、焔ですー、どうもー。突然ですけど、リュールさんをスイーツ食べ放題にお誘いしてみるのはどうでしょうー、ほら、収穫祭のお誘いのお礼という口実でー」
 え、なに、これから子供達と一緒に行くところ?
「なるほど家族サービスですかー」
 それは何を置いても優先すべき超重要事項、是非とも全力で頑張っていただきたいところ。
 でもきっと近くの席にいるだろうから、何かあったら頼りにしてね!
 メールでも対応するよ!


 食べ放題の会場は、朝から大勢の客で賑わっていた。
 その殆どがハロウィンの仮装をしているおかげで、テーブルごとに様々な空気が醸し出されている。
 ある一角にはアニメのキャラが作品の枠を越えて一堂に会していたり、不思議の国のイカレたお茶会風だったり、魔女のサバトにしか見えなかったり――
 出されるお菓子も普通に美味しそうなものから、とても食べ物には見えない不気味な何かまで、バリエーションも様々。
「え、なに、これがいいの……?」
 もふらの着ぐるみに身を包んだ焔の星杜家の養い子、望(三歳)は血の池に浮かんだ目玉のようなゼリーを指してきゃっきゃと喜んでいる。
 他にも血の付いた魔女の指のようなクッキーや、黒と紫に色付けされたドクロ型のキャンディ、クモの巣型のホワイトチョコ(巣の主付き)などなど、普通は怖がって泣きそうなお菓子を喜んで食べていた。
 肝が据わっていると言うか、将来がちょっと心配と言うか。

「あ、リュールさん……」
 会場の一角にその姿を見付け、やっぱりいたと、藤花は小さく手を振ってみた。
「あの、ご一緒させていただいても、いいでしょうか……?」
 その声に、ユウが笑顔で手招きをする。
 リュールは黙って頷いただけだが、この人の場合はこれが精一杯の歓迎ムードなので、どうぞ遠慮なさらず。
「ではお言葉に甘えて、お邪魔させていただきますね」
 息子は夫が面倒見てくれるようだし、少し羽根を伸ばしてのんびりさせてもらおうか。
 そうそう、息子と言えば。
「門木先生はご一緒ではないのですね」
「ん? ああ、多分そのへんにいるだろ……近頃はだいぶ親離れも進んで、いちいち私に何か言って来ることも少なくなったから、居場所までは知らんが」
「寂しい、ですか?」
「いや、せいせいした」
 酷い言われようだが、まあ良い歳をした息子にベタベタされても、ねえ?
「うちの息子は最近すっかり腕白になって、私では時々持て余してしまうくらいなんです」
 少し目を離すとひとりでどこかに行ってしまうし、足が速くなったから追いかけるのも大変で……などという子育ての苦労話から始まって、門木の幼少時、いわゆるナーシュきゅんの超絶可愛い自慢話に飛び火して――


「……くしゅんっ!」
 会場の隅の方で、現在の門木がクシャミをした。
「風邪ですか?」
 傍らの奥様、カノン・エルナシア(jb2648)が少し心配そうに覗き込むが、これはあれだ、どこかで誰かが噂している系の。
「……お袋だな」
 どうやら世の親というものは、我が子のこととなると総じて馬鹿になるものらしい――自身がそれを実感するのは、まだ先のことになりそうだけれど。
 二人は特に仮装もせず、何かイベントに参加する予定もない。
 ハロウィンの雰囲気を楽しみながらのんびりするのが、予定と言えば予定らしきものだった。
 なお、お互い別の誰かと合流する計画はない。
 それはそうだろう、大勢で一緒に楽しむパーティのような場合は別にして、カップルで楽しむ色彩の強いこうしたイベントに妻帯者を誘う者はまずいない。
「だから遠慮しなくてもいいのに……なかなか誘ってくれないから、興味ないのかと思った」
 ようやく話が出たのは昨日の夜、風呂上がりに二人で晩酌を楽しんでいる時。
 しかも何か重大な秘密でも打ち明けるかのように耳元で囁かれたのだから、何事かと思うではないか。
「……いえ、別にこそこそする必要はなかったのですが……皆さんがいる前ですと、変に気を遣わせてしまうかも……と」
「そういうの、気にしなくていいから……自分のやりたいこと、好きなようにやればいい」
 こんな時に遠慮して楽しめないなんて、何のための家族か。
 それに、独占してもらえない旦那など、面白くないし楽しくないしストレス溜まるし寂しいし、本当に愛されているのか疑問に思えてくるし。
 浮気はしないけど、やさぐれるよ?
「俺もまだ慣れてないから、ゆっくりでいいけど」
 いつか、ちゃんと夫婦になろう……ね。


「だるどふたま、これどうぞ、なのっ」
 甘いものの匂いだけでクラクラしているダルドフのもとに、キョウカがどう見ても甘くなさそうなお菓子を選んで持って来てくれた。
 煎餅にポテトチップス、スナック菓子、ピーナッツに柿の種、それに磯辺焼きやみたらし団子など。
「おぉ、これは気が利くのぅ……どれ、ありがたく頂戴……うぐっ!?」
 皿に盛られたナッツを口に放り込み、奥歯で噛み砕いた瞬間に、ダルドフの表情が固まった。
「だるどふたま?」
「お父さん、どうしたんでさ? あんまりウマすぎて声も出なくなっちまったんですかぃ?」
 紫苑の手がひょいと伸びて、ナッツをひとつ摘み上げる。
 それをぽいっと上に投げ上げて、ぱくん、ぽりぽり。
「……ぇっ!?」
「しーた、どうしたなの?」
 それには答えず、紫苑は黙って同じものをキョウカに勧めてみる。
「……このおかし、とってもあまい、だよ!?」
「そういえば、ここはスイーツの食べ放題……でしたね」
 イーファが少し心配そうにダルドフの顔を覗き込みながら呟いた。
「ってことは、もしかして!」
 翔がいかにも塩辛そうに見える煎餅をばりん、ぼりん……
「あっまー! これクッキーだー!」
 これもハロウィンのイタズラなのか、向こうではいかにも甘そうなケーキを前にして、リュールが涙目になっている。
「あー、そういえばハズレもあるって聞いたね〜」
 それを見ていた焔は、すかさずダルドフにメールを送った。
『チャンスですよ〜』
 ハズレのケーキを食べてあげればリュールも喜ぶし、ダルドフの株も上がるし、一石二鳥!
 ただしハズレはハズレだから、ただ甘くないだけで美味いとは言い難いシロモノかもしれないけれど。
「なるほど、そのアイデアいただきやした!」
 画面を脇から覗き込んだ紫苑は、隣のテーブルに飛んで行ってケーキの皿を掠め取る。
「リュールの姉さん、ちょいと失礼しやすよ!」
 代わりにこっちの見た目詐欺な甘いお菓子を置いとくからね。
「安心してくだせ、次からはハズレはぜんぶお父さんが食べてくれやすぜ! ね、お父さん!」
「ん? おぉ、紫苑は気が利くのぅ」
 ハズレのケーキは不味いなんてレベルではなかったけれど、うちのこせかいいちフィルタが機能したお陰でめっちゃ美味しかった! 気がする!
 しかし、流石にそれだけでは可哀想なので、焔は再びメールでご注進。
『このあたりならダルドフさんも食べられるのではないでしょうか〜』
 送った画像は遊園地のサイトや食レポサイトからの拾いもの。
『中でも蜂蜜後かけの南瓜チーズピザがお勧めですよー。これだったら蜂蜜の量で余せ調節できるし、二人で食べられないでしょうかー?』
「わかった、とってくるねー!」
 すかさず翔が飛び出して行く。
 みんな、ええこや。


 一方、こちらは少し離れたテーブルの一角。
「……アレン、それ……無理に食べなくても、いいんだぞ……?」
「はいー? 何故でしょう、とても美味しいですよー?」
 テリオスに言われ、アレンはかくりと首を傾げる。
 目の前にはハズレケーキの皿が置かれ、それは今もごく普通に食べ進められていた。
「……美味い……のか。そうか……」
 嬉々として頬張るその様子を見ると、ついうっかり自分も食べたくなってしまう。
 けれどそれは何の味もしない、まるで台所用のスポンジを囓っているようなシロモノだったはず。
 もしかして、味オンチなのだろうか。
『時にテリオスさん』
 ハズレのお菓子を一手に引き受けながら、アレンは意思疎通で話しかけてみた。
『いい機会ですし仮装ダンスパーティに仮面をつけて女性で参加してみませんかー練習なのですー』
『……練習……』
 テリオスは未だに女性らしい仕草が殆ど出来ないどころか、どう見ても女装した男にしか見えない自信がある。
 おまけにダンスは一応仕込まれてはいても、当然のように男性パートしか踊れなかった。
『上手く出来ないからこその練習なのですよー』
 そう言われれば、確かにその通りだが。
『しかし、それではお前が恥をかくことになるぞ』
『構いませんよー、それに顔がわからないのですから恥も外聞もありませんねー?』
 反論は、なし。
 なおアレンはどちらのパートも問題なく踊れるらしい。
「では、それまで何をして過ごしましょうー、一通りアトラクションでもまわってみますかー?」
「いや、あれは遠慮する……」
 それに、そろそろいつもの面子が迎えに来る頃合いだし。
「少し、出てきてもいいか?」
「どうぞご自由にー」
 楽しんでいらっしゃい、そう言ってアレンは美味しそうに激辛マフィンを頬張った。



●ゆうえんちこわい?

「……確か、今日はここにいるって聞いたのです……」
 シグリッド=リンドベリ(jb5318)はスイーツ食べ放題会場の周辺でうろうろきょろきょろ。
「早く見付けないと、大変なことに……!」
 何が大変かって、あれですよ、ゼロ=シュバイツァー(jb7501)が先に見付けてしまったら、遊びに誘っても絶対に「だが断る」と言われるに決まっているのですよ。
 しかし物事は何かと「こうなってほしくない」方向へと転がっていくもので。
「てーりーおーすーくーん! あーそーぼー!」
 やはり、第一発見者はゼロさんでした。
「だが断る」
 テリオスの返事も予想通りすぎて、ああもう、これどうすればいいの。
「え……? 断る……? テリーお前だいまおーの誘いを断るのか……? 正気か……?」
「……だいまおー……?」
 問われて、ゼロは視線を後方に投げる。
 そこには柔らかく微笑みながら佇む華桜りりか(jb6883)の姿があった。
「つまりそういう事だ楽しく遊ぼうねテリー」
 しかし、ここでだいまおーさま直々に、やんちゃな下僕への指導が入る。
「ゼロさんはテリオスさんにへんな事を教えないでほしいの、です」
 とりあえずその口にチョコを放り込んで黙らせ、ヴァンパイアの仮装を押し付けて更衣室に放り込むという荒技をやってのけました流石だいまおー。
 妨害がなくなったところで、くるりとテリオスに向き直る。
「テリオスさん、遊びましょう……です」
 あ、まずはチョコをどうぞー。
 だいじょうぶ、ゆうえんちこわくない。
 だいまおーもこわくない、って言うかゼロさんが勝手に言ってるだけだし?
「仮装パレードとかスイーツ系とかなら、怖くないのですよ?」
 シグリッドが誘ってみる。
「……あ、びっくり系に興味あればお付き合いするのですよ?」
 そうですか、そんなに高速回転で「いやいや」するほど思いっきり拒否の姿勢ですか、わかりました。
「じゃあ、まずは仮装ですね。テリオスお兄さんはどんなのが着てみたいですか?」
「べつに……」
 更衣室に引きずられて来たテリオスは何でもいいと言いかけて、ふと衣装のサンプルが並ぶショーケースに目をやった。
「これがいいか」
 指さしたのは、なんと白と水色のエプロンドレス。
「え……お兄さんが着るのです……?」
「まさか」
「じゃあ、華桜さん……ですよね?」
「んと……あたしはこれにするの、ですよ?」
 りりかが手にしているのは某魔法学校的な魔女っ子衣装。
 ということは。
「僕……なのです?」
 いや、ちょっと待って、少し前なら文句なしに似合ったかもしれない。
 でも今は背だって伸びたし、どこからどう見ても男ですよねそうですよねそうじゃありませんか、ねえ!
「大丈夫だ、アレンがちゃんと可愛く仕上げてくれる。安心して任せるといい」
「はいー、お任せくださいー」
 名前を呼ばれたことに反応して、いつのまにかスタンバっていたアレンが奥でひらひらと手を振った。
 この二人、いつの間にこんな仲良しになったのだろう。
 いや、それより今はどうにかしてこの危機を回避……え、回避不能?
「しぐりっどさん、ふぁいと……なの」
 にっこり笑って背中を押され、シグリッドは更衣室へと消えるのでありました。



●パンプキンワールド・アトラクションズ

「結婚してからのデートはこれが初めて……かな?」
「……ふむ? 結婚してもこういう催しは楽しいもんだよねぇ?」
 晴れて同じ姓を戴くことになった水無瀬 快晴(jb0745)と水無瀬 文歌(jb7507)は、これが夫婦としての初デート。
 と言っても、恋人時代と比べて何かが変わるというわけでもなく、相変わらずのらぶらぶっぷりを周囲に見せ付けていた。
 それはそれとして……せっかくのデートなのに普段着で来るってどういうことですか快晴さん、しかもハロウィンの遊園地に!
 文歌は気合いの入った(でもちょっと寒そうな)パイレーツ衣装で思いっきり着飾って来たのに!
「はい! せっかくのハロウィンだから,これ被って!」
 ぽすん、文歌は自分の被っていた海賊船長風ハットを快晴の頭に被せる。
「……はい?」
「もう、ノリが悪いんだから!」
 反応の鈍い快晴に、文歌はちょっと頬を膨らませてみる……が、本気で怒っているわけではない。
「うん、似合ってるよ、カイ」
 普段着とは言え黒っぽい服装だから、それなりに収まりも良い。
 それに――
「これが飛んじゃうようなスピードはダメだからねっ」
「……え……ジェットコースター、なのに……?」
 そう、二人が並んでいるのは絶叫マシンの列。
 快晴はスピード大好きだが、文歌はあまり得意ではないようで、乗る前からちょっぴり涙目になっている。
「……ん、わかった……でも、一回だけなら……いい?」
「うん」
 大丈夫、一回分の心の準備なら出来ている。
 でもそれ以上は多分無理、きっと無理、絶対無理……ほら、無理だった。
「ふにゃあぁぁぁ……」
「……ん、よく頑張ったね」
 快晴は、足はフラフラ目はグルグル、すっかりダウンしちゃった文歌の頭をぽふぽふ。
 何回も乗り回したい気分だけれど、次はもう少し大人しい乗り物にしておこうか。
 カボチャのティーカップとか……え、ぜんぜん大人しくない?


「どこもかしこもカボチャだらけね!」
 そう言って目を輝かせる雪室 チルル(ja0220)も、まるでカボチャの精のような魔女っ子スタイル。
 オレンジ色の裏地を付けた黒マントを留めるのはカボチャのブローチ、袖からちらりと覗くブレスレットにもカボチャ、腰のベルトにもカボチャ、とんがり帽子の飾りもカボチャ、髪留めもカボチャ、靴にも、もらったお菓子を入れるための大きな袋にも、その他あらゆるところにカボチャが顔を出している。
 そしてチルルと言えば忘れてはならない雪結晶のモチーフは、首にかけたキラキラのネックレスと、手にしたステッキに。
「さて、まずはどこから回ろうかしら!」
 やっぱりあれかな、ジェットコースター!
 さすがに遊園地の目玉だけあって長い行列が出来ているけれど、今日はハロウィンということで皆が仮装しているし、それを眺めているだけで順番なんかあっという間――ただし、席の選り好みをしなければ。
「あたいは当然、最前列よ!」
 上手くタイミングが合うまで、何度だって最初から並び直しちゃうんだから!
 それはまるで、ちょうどぴったりの目が出るまではゴールに上がれないどころか振り出しに戻されてしまう双六のようだけれど、特別な空気の中ではそれもまた楽しいもの。
「ようやくあたいの出番ね! 係員さん、全力全開で回して!」
 遠慮は要らぬ、コースター界の最速に挑むがいい!
 そして、チルルを乗せたジェットコースターは光を越えた……気がする。
 襲い来るホログラムのゴーストも光の速さで後方に飛び去り、攻撃する暇もないと言うかそもそも見えない。
「さささすがぶぶぶれぶれいかかかかしししようねねねねね!!!」
 風圧で声も出ないが、それでもなんとか絞り出し、余裕の笑みを浮かべてみる。
 地獄行き直行便でさえ牛車かと思えるほどの、その恐ろしいまでのスピードを思う存分に満喫し、ふらつく足で降りたところで――
「死ぬかと思ったわ……もう一回!」


 ザジテン・カロナール(jc0759)は、これが初めての遊園地体験だった。
 一緒に誘ったサトル、マサト、アヤの黒咎トリオに一通りの話は聞いていたけれど、そこには想像以上の別世界が広がっていた。
「すごいのです、すごくすごく、すごいのです……!」
 あまりの衝撃に、もう「すごい」しか言えなくなっている。
 そこを敢えて言葉で表現するならば、人間はゲートも作れないし別の世界に行くことも出来ない代わりに、自分で別世界を作り出すことが出来るんだ、それって殆ど神様――といったところだろうか。
「すごいねクラウディル、ほんとにすごいね!」
 ウサギの耳と尻尾を付けたヒリュウを頭に乗せて、自身は迷った挙げ句にヒリュウの格好。
 ピンクのパーカに角や耳を、ピンクのズボンに尻尾を付けて、背中には小さな羽根を背負って。
 黒咎ズはどんな衣装を選んだのかと見れば――
「可愛い女の子ひとりに取り巻きのブサイク男が二人って言ったら、これしかないでしょ?」
 というわけで、お色気担当がアヤ、頭脳担当がサトル、怪力担当がマサトという某三悪トリオである。
「待てよおい、誰が可愛い女の子だ、つーかなんで俺がブサイクで怪力担当なんだよ!?」
 マサトはその配役に非常にご不満な様子だが、ブサイクかどうかはさておき実際に脳筋なのだから仕方ない。
 サトルはとりたてて成績優秀というわけでもないが、一応は門木の弟子であることからそうなった。
「そうですね、アヤさんはとても可愛くてお似合いなのです」
 お色気は今後に期待するとして……と、ザジテンは思ったことをそのまま口にした。
「ザジ、お前……度胸あるな」
 いや、何も考えていないだけだろうかと、マサトはその顔をまじまじと見る。
「そうなのです? あれ、どうしてマサトさんが殴られているのです……?」
 しかもグーで。

「はいはーい、はしゃいで怪我した子はどこかなー?」
 そこに颯爽と現れたのは、ぼろぼろの黒い衣装を纏った幽霊ライダー、大空 彼方(jc2485)。
 彼方はフルフェイスのメットを取ると、バイクのシート下から救急箱を取り出した。
 と言っても園内は車両の乗り入れ禁止、バイクに見立てているのはカボチャ型の園内カート@最高時速3kmだが、細かいことは気にしない。
「ありゃー見事な青タンだねぇ」
 マサトの頬に出来た大きな痣に保冷剤を貼り付けながら、彼方はおかしそうに肩を震わせる。
 やはり、どこの世界も強いのは女の子であるらしい……世間はなかなか認めようとしないけれど。
「ま、仲が良いのは結構なことだけど、グーはやめたげようね?」
 そう言い残し、マシンに収まった幽霊ライダーは颯爽と去って行く――

 キコキコキコキコキコキコ……

 えっと、それで……何だったっけ。
 そうそう、アトラクション!
「ザジくんが初めてなら、好きなところ選んでいいよ? 私達、付いてくから」
「え、いいのです……!?」
 アヤに言われてザジテンは目を輝かせる……が、どうしよう、たくさんありすぎて選べない!
「だったら全部回ればいいんじゃね?」
 マサトはそう言うけれど、そうなると今度はどれを最初に回るかでまた悩むことになる。
 そうして散々迷った結果、やっぱりまずはジェットコースター。
「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
 初めて経験するスピードに、ザジテンは終始バンザイ状態で大はしゃぎ。
「もう一回いいのです?」
 いたくお気に召したようで、もう一回、もう一回とエンドレス。
 うん、他のアトラクションはまた今度にしようね。


 鳳 静矢(ja3856)と鳳 蒼姫(ja3762)の夫婦は、本日もまたお馴染みの姿だった。
 すなわち、ラッコの着ぐるみに身を包んだシズらっこと、ペンギンの着ぐるみにすっぽり覆われたアキぺんぺん。
 二人は遊園地のマスコットと間違われ、あちこちで記念撮影などに招かれつつ、目当てのアトラクションへ。
「キュゥ!」
「夢のメリーゴーランドなのですよぅ☆」
 全体が巨大なカボチャのように見えるハロウィン仕様のそれは、逆に回すと時間が戻るとかなんとか、まことしやかに囁かれているらしいけれど……それは本当だろうか。
「ひとまずは普通に乗ってみるのですよぅ☆」
 白馬に跨ったラッコの王子様に姫抱っこされるペンギン姫という図が既に全く普通ではないが、そこはそれ。
 メリーゴーランドはゆっくりと……いや、いきなりのぶっちぎり高速回転だ!
 おかしい、全年齢対応でお子様も安心な遊具の代表格なのに!
「あぁぁぁぁ目が廻るのですぅぅぅ」
 ぐるぐるぐーる。
 しかしそこは撃退士、そしてウケを狙う芸人!
 シズらっこはアキぺんぺんを華麗にリフト、まるでフィギュアスケートのように舞う!
 四回転半どころかもう何回転したかわからない、ただし舞台が。
 そして回転が止まった瞬間に華麗なポーズでフィニッシュを決める!
「キュゥ!」
 掲げられたボードには『ALL10.0間違い無し!』の文字が(ただし自己採点)!


「シャヴィくんとあそびたいの、です……」
 茅野 未来(jc0692)は、遊園地の入口ゲートになっている巨大なカボチャに手を合わせ、思いよ届けとお祈りしてみた。
 するとどうでしょう、顔を上げると目の前に彼が立っているではありませんか!
「呼んだ?」
 にこりと笑う少年はエスパーか、それとも魔法使いか……いやいや、やはり現実的にストーカーの線が濃厚か。
 しかし、未来にとってそんなことはどうでもいい。
 よくない気もするけれど、細かいことを気にするのは大人の役目なのである。
 子供は素直に喜んで、楽しめばいい。
「シャヴィくん、またあえたの……です」
 にこっと笑って手を差し出す。
「きょうはハロウィンなの、です……ハロウィンって、しってる……です?」
 知らないよね、そうだよね、でも一緒に遊べば自然にわかるから、ということで、まずは仮装!
 未来はおもちゃの懐中時計を首に提げたうさぎのぬいぐるみを抱え、エプロンドレスに、頭には大きな水色のリボン。
「このせかいでは、ゆうめいなおはなしにでてくる、おんなのこなの、です……」
「へぇ、可愛いね」
 にこっと笑って素直に褒めるシャヴィは、きっと将来は無自覚に女の子達をたらし込むようになるに違いない。
 そんな彼自身は、とにかく普段とは違う格好をすればいいのだろうと、普段は隠している角と翼を出してみた。
 尖った耳の上から生えている長い角は、古い木の枝のようにねじ曲がっている。
 翼はコウモリのような皮膜と鉤爪をが付いたもの。
 赤い瞳は瞳孔が線のように細くなり、普段は短い薄紫色の髪も今は腰までまっすぐに伸びていた。
「本当はもっと……んー、人間達が言う、バケモノみたいな姿なんだけど。これでも、怖い?」
 問われて、未来はふるふると首を振る。
 ちょっと驚いたけれど、怖くはない……中身がいつものシャヴィのままで、変わらないなら。
「ん、ありがと。それで……何する?」
「……ぁ、えと……シャヴィくんはおばけ、へいきなの、です……?」
 頭上を漂う幽霊船を見上げ、未来が尋ねる。
 お化けは怖いけれど、お化け屋敷には興味があるし、あの船にも乗ってみたい、でも怖い。
 でもでも、シャヴィくんと一緒ならきっと大丈夫……!
「お化けって、何?」
「……ぇ……」
「人間達が怖がってるのは見たことあるけど、よくわかんないな。何が怖いの?」
「こわくないの、です……?」
「うん、へーき」
「じゃあ、いっしょにいくの、です……」
 シャヴィの手をぎゅうっと握り、反対の手ではぬいぐるみが破れて中身がはみ出しそうなほど強く抱きしめ、いざ幽霊船へ……!


 ミハイル・エッカート(jb0544)は英国海軍の将校である。
 白いズボンに濃紺のジャケット、頭にはナポレオンのような二角帽子、腰には礼装用の軍刀。
 傍らの真里谷 沙羅(jc1995)はコルセットでウェストを締め上げた中世ヨーロッパ風のドレスに身を包んでいる。
「綺麗だ、沙羅。いつもと違った趣もいいものだな」
 ミハイルは沙羅の衣装を上から下まで舐めるように眺め、その青い目を細める。
 今日、それは何にも遮られることなく、まっすぐに沙羅を見つめていた。
 その視線と言葉を受けて、沙羅は恥ずかしそうに目を逸らす。
 ミハイルさんも格好いいです……と言い返したいのだが、心臓が跳ね上がってしまい上手く言葉が出て来なかった。
 なおミハイルは現在、婚約者である姫を祖国の両親に引き合わせるため、自らが船長を務める船で大海原を航海している最中……という設定だった。
 その途中で幽霊船に襲われて乗組員の殆どが息絶えた中、生き残った二人が元凶たるガイコツ船長を討つべく逆襲を仕掛ける、というのが今までのあらすじだ。
 豪華な刺繍が施された沙羅のドレスは、よく見ればあちこちの糸がほつれ、所々に鉤裂きが出来ているが、それもハロウィンを意識した演出であり、激戦を潜り抜けて生き残った証でもあった。
 幽霊船に乗り込んだ二人は真っ暗な船内に足を踏み入れる。
 沙羅も天魔が相手ならミハイルと肩を並べて戦うところだが、お化け屋敷は勝手が違う。
 薄暗いことや、実はお化けが少し苦手なこともあって、沙羅はぴったりとミハイルに身を寄せていた。
「大丈夫だ、俺がいる」
 大きな物音に驚き、ぎゅっと抱き付いてきたその背を、ミハイルは優しく包み込む。
 左手で沙羅の腰を抱き、右手で軍刀を打ち払いならがら、ミハイルは船長室へ。
「ここにラスボスがいるはずだな……」
 ドアに耳を当てて中の様子を伺う。
 人の気配を感じ、思い切り蹴り開けた。

「ひぃぃあぁぁぁ…………っ!!!」

 途端に響き渡る悲鳴と、目の前に現れた小さな影。
「ガイコツ船長じゃ、ない……?」
 その声に、影は素早く一歩後ろに下がる。
「お化けじゃ、ないの……?」
 よく見れば、影は角の生えた少年だった。
 その背後では、見覚えのある少女がガクブル震えている。
「ごめんなさい、脅かし役ではなかったのかしら……ミハイルさん、武器を降ろしてください」
 沙羅はミハイルの脇をすり抜けて、その少女、未来の前にしゃがみこんだ。
「だ、だいじょうぶなの、です……」
 その様子を見て、少年も鋭い爪を引っ込める。
「ガイコツ船長なら、ここにはいないよ」
 シャヴィと名乗った少年は豪華な机を指さした。
 その背後にあるこれまた豪華な椅子にはガイコツ船長が腰掛けている……ように見えたが、その顔にはイタズラ書きのような「ハズレ」と書かれた紙が貼り付けられていた。
「ここは囮か……!」
 二人に別れを告げ、ミハイルと沙羅は探索を続ける。
 そして――

「見付けたぞ、あそこだ!」
 マストのてっぺん、見張り台の上。
「登ってきてもいか?」
「気を付けて……」
 沙羅に見守られつつ、ミハイルは身軽にシュラウド(マスト上部から両舷に張られた縄梯子のようなロープ)を登っていく。
 一番上のヤード(帆を支える横桁)に辿り着いた時、ガイコツ船長もまた見張り台から飛び降りてヤードの上に立った。
 狭い足場での決闘は男の浪漫と少年のように瞳を輝かせ、ミハイルは軍刀を振るって高らかに金属音を響かせる。
 足を滑らせればこの高さが命取りだ、なるべく下を見ないようにと思いつつ、しかし残してきた沙羅が気になるのも事実で――
 うっかり見てしまった瞬間に、彼女を狙う敵の影を見付けてしまうのもお約束。
「沙羅、危ない!」
 声をかけるが、助けに入るには間に合わない。
 しかし、翻ったドレスの裾からちらりと見えたガンベルト、沙羅はそこから素早く銃を引き抜いた!
 一発の銃声と共に崩れ落ちる敵の影。
 銃口から立ち上る煙にふっと息を吹きかけ、クルクルと回して再びホルスターに収めるまでの一連の動きは流れるように見事だった。
「さすがは俺の嫁(予定)だ、惚れ直したぜ」
 視線を戻したミハイルは軍刀を一閃、ガイコツ船長は乾いた音を立てて崩れ落ち、バラバラになって落ちていく。
 それを確認すると、ミハイルは手近なロープを伝ってするりと甲板へ降りた。
 これもまた男の浪漫、そしてゴールで待ち受ける姫を抱き上げるのもまた男の浪漫だ。

 かくして海の脅威は去った。
 その後、無事に祖国の土を踏んだ二人は帰還を祝うダンスパーティへ……という設定。


「おばけやしき……入ってはいけないところだったの、です……」
 こちらも無事(?)に帰還を果たした未来は、シャヴィの腕にちょこんと掴まって、がくがくぶるぶる。
 叫んだのはあの一回きりだったけれど、実は声も出ないレベルで恐怖に震えていたらしい。
 それでもシャヴィを楽しませようと頑張るあたり、実にいじらしいと言うか、これって爆発案件ですか?
「シャヴィくんは、ほかになにかのってみたいものとかありますか、です……?」
 きっと怖いのも平気なんだろうなーと思いつつ尋ねてみたら、やっぱりお好みは絶叫マシンだった。
「だ、だだ、だいじょうぶ、なの、です……こ、こわくなんか、ないの、です……!」
 って、そんな思いっきり震えた声で言われても。
「冗談だよ、僕も怖いのはちょっと苦手だから」
 にこっと笑って、シャヴィは未来の手を引いた。
「ね、向こうでお菓子のシャワーが始まるって。行こう?」
 きっとドーナツも降って来るよ!



●空から幸せが降って来る

 どうしてこうなった。
 シグリッドはこのところ、毎回のようにその台詞を頭の中で繰り返している気がする。
「もう、女装はないと思ってました……」
 しかも、鏡を見て我ながら案外似合っていると思ってしましました、どういうことですか。
「しぐりっどさん、とても可愛いの……」
 りりかの言葉はお世辞ではないけれど、そこがまた嬉しくもあり複雑でもあり。
 彼女の服装はプリーツスカートにVネックのニット、ハイソックスに赤と黄色の縞々ネクタイ。
 上に羽織った黒いローブの肩にはタイと同色のマフラーをゆったりと巻いて、手には短い棒を持っていた。
「棒ではなくて、杖なの……ですよ?」
 あ、それは失礼しました。
 そしてテリオスは鏡の国の白い騎士、白銀に輝く鎧が淡い緑色の髪に映えて、なかなかの男前である。
「ん……お菓子のシャワーに、行くの……ですよ?」
 りりかに引っ張られ、三人と腹の中で何かを企んでいそうなヴァンパイアゼロはお菓子の雨が降る会場へ。
 これは一日に何度か行われるらしいが、雨を降らせるためには何か特別な呪文が必要であるようだ。
「とりっくおあとりーと、と言えば良いらしいの」
「トリックオアトリート……いたずらかお菓子か、って意味ですよ」
 そう言いながら、シグリッドは無造作に伸ばされたテリオスの髪を三つ編みして、猫のヘアゴムで結んでやる。
「纏めた方が動きやすいと思います……と、これどうぞ」
 手渡したのは可愛く包装したオレンジとコーラの飴。
「自分で食べても良いし、誰かにねだられた時にあげてもいいのですよ」
 そして魔法の呪文と共に降り注ぐ甘い雨。
「チョコはゆずれないの……です」
 もちろん、りりかが持って来た南瓜型バスケットには手作りチョコがぎっしり詰まっています。
 けれど、それはそれ、誰かにいただくチョコは別腹なのです。


「リコと、ハロウィンデートとか、できるとええなぁ……」
 掲示板に貼り出されたポスターを見て、浅茅 いばら(jb8764)が呟く。
 もちろんそれは独り言のつもりだったのだけれど。
「なになに、デート!?」
 後ろから勢いよく抱き付いてきたのは、当のリコ本人。
 そうだ、今はもうリコも学園内を自由に出歩ける身、会おうと思えばいつでも会えるようになったのだ。
「あ、うん……ええかな?」
「ええよー♪」
 真似して答え、リコはにこっと微笑む。
 そう言えばもう、住むところも決まったのだったか。
「うん、風雲荘っていうアパート。友達のお姉さんとか、先生とかも一緒なんだ♪」
 それなら安心……とは思うけれど。
「……あんな、リコ」
「なに?」
「……ん……、……うちも、その……アパートに住んでも、ええかな」
 あ、いや、もちろん一緒の部屋とかそういうのじゃなくて。
「近くにおったら、あかん?」
「ううん、あかんくない! ありがと!」
 飛び付いて、首にぶら下がるように抱きしめる。
「やっぱり、ちょっと不安だったんだ。学校行くの、すっごい久しぶりだし……」
「ん、なら……今からちょっと下見に行かせてもろてええかな。部屋とか見たいし、挨拶もせなあかんやろ」
「挨拶……リコの未来のだんなさまです、って?」
「えっ」
 思わず顔を真っ赤にしたいばらを見て、リコは楽しそうにくすくすと笑った。
「冗談……だけど、ちょっと本気♪」
 頬に軽くキスをして、シャボン玉が弾けるようにぱっと離れる。
 捕まえようと思った時にはもう、手の届かない所で「早く早く」と手招きしていたり、落ち着きがないと言うか掴み所がないと言うか。
 女の子って、不思議だ。

 そして当日、リコの希望によって二人はプリンス&プリンセスへと変身するのだった。
 いばらはカボチャの冠で角を隠し、リコは淡いピンクのミニスカドレスにカボチャのティアラ。
 開園と同時に繰り出してアトラクションを満喫し、昼は芝生の広場でお弁当を広げる。
 もちろんそれは、リコのお手製だ。
「えへへー、ちょっとがんばってみたよっ♪」
 オバケの形をしたおにぎりや、ニンジンで作ったカボチャのランタン、赤いウィンナーのロウソクなどなど、ハロウィンに相応しいキャラ弁の数々。
 味はまあ、相変わらずそこそこで……頑張る方向が微妙にズレた気がしないでもないけれど、可愛いから良し。
 午後はお菓子のシャワーに参加して――

「あっ、リコさんとイバラさん!」
 その最中、風雲荘の先輩ザジテンが声をかけてきた。
「こっちで一緒に拾いませんか、です!」
 誘われれば断る理由もないと、二人はグループに合流、中高生の集団はきゃっきゃとお菓子を拾いまくる。
「風雲荘のみんなで食べるおやつを確保するです!」
 ザジテンと黒咎達はレジャーシートの四隅を持って、リコはスカートを広げて、降って来るお菓子を残らずキャッチ。
 それをそのまま芝生の広場に持って行って、おやつの時間だ。
 戦利品を選り分けて、日持ちのしそうなものは持ち帰り、生ものはその場でお茶と一緒にいただきます。
「アヤさん達はどんなお菓子が好きです?」
「私はマドレーヌとかフィナンシェとか、紅茶に合いそうなのが好きだなー」
 マサトは質より量とばかりに駄菓子のようなものばかりかき集め、サトルは渋く和菓子が好みらしい。
「あ、リコもお菓子作って来たよ! えっと、お口に合うかわかんないけど……どうぞ♪」
 差し出されたのは、オレンジ色のカボチャ型クッキーや、コウモリ型のココアクッキー、紫芋のカップケーキや、魔女の帽子を象ったチョコなどなど。
「うわぁ、美味しそうなのです、もらっていいのです?」
「うん、いっぱい作ったから、どんどん食べて♪ 味はフツーだけど……うん、フツーすぎてわざわざ作る必要なかったかなーって感じ?」
「普通でええやん、普通に美味しいのが一番や」
 片っ端から頬張りながら、いばらはさりげなく彼女自慢してみる。
「リコはこういう可愛いの作るん得意やね、手芸も上手やし……いつも持ってるポシェットも自分で作ったんやろ?」
「うん、リコのお気に入りなんだ♪」
「女の子らしくていいなぁー」
 そうボヤいたのはアヤだ。
「私、そういうの苦手だから羨ましい」
「でもアヤぽんすごく頭良いって聞いたよ、リコ頭悪いから羨ましいなー」
「アヤぽん!?」
「うん、アヤぽん、マサとん、サトるん……で、ザジてん♪」
「僕、変わってないです……?」
「ザジって天使だからザジ天なのか? あ、なんかザジの天ぷらみてーだな!」
「僕は食べ物だったのです!?」
 そんな他愛もない話をしながら、おやつタイムはのんびりと過ぎて行く。
「皆さんは夢とか目標とか、そういうのあるです?」
「そういうザジくんは?」
 アヤに問い返されて、ザジテンは自信満々意気揚々、キラキラと光る曇りのない瞳で答えた。
「僕は大きくなったら海になるです!」
 好きのパワーって、すごいよね。



●パレード!

 やがて陽が暮れて、空には夜の帳が降りて来る。
 ここからがハロウィンナイトの本番だ。
 昼の間はあまり目立たなかったカボチャのランタンやホログラムのオバケ達が一斉にその存在を主張し始め、モンスターに扮した人々や……或いは本物の何かが活気づく時間帯。


「スゴイ人数だね、大丈夫?」
 パレードに参加しようと恋人の手を引いてきた佐藤 としお(ja2489)は、その人の多さに思わず尻込みしそうになる。
 だが、彼女――華子=マーヴェリック(jc0898)は周りの人など全く目に入っていない様子。
「んふふ〜♪」
 そう、この世界には今、自分と彼の二人しかいない。
 だってデートですもの、しかも久しぶりの!
「そうか、じゃあ……」
 その様子に安心したとしおは、恭しく手を差し伸べてみる。
「お手をどうぞ、お嬢様……?」
「はい、伯爵様♪」
 としおは黒のタキシードにノリの利いた真っ白なシャツ、紫を基調にしたネクタイ、そして黒に金色で刺繍が施されたマントを羽織り、左目にはモノクル。
 ちょっとバンパイアの伯爵っぽいような、そんな雰囲気を目指してみました。
 手を繋いで歩く華子は、お菓子の篭を肘にかけ、杖を持ったとんがり帽子の魔女に扮している。
 パレードと言っても特に誰かに見せ付けるためではなく、ただ二人で歩くのが楽しい……そんな気分。
 端の方で流れに逆らわず、けれど無理に流れに乗ることもなく、華子のペースに合わせてゆっくりと歩く。
「疲れない? 大丈夫?」
「はい、大丈夫です♪」
 それどころか、いつまでもこうして歩いていたい。
「うん、でも疲れたら遠慮なく言うんだよ?」
「ふふ、過保護なんですから……」
 そうなってしまうのも、仕方がない面もあるかもしれない。
 気楽に過ごしているように見えても彼等は撃退士、戦いの矢面に立つ身なのだから。
 けれど今は、今だけは忘れて、この時間を楽しもう。
「としおさん、大好きです♪」
 少しだけ前へ行き、くるりと振り返ると、華子はそう言って周りの空気に花を咲かせた。


 雫(ja1894)は後悔していた。
 着替えて三秒で既に後悔していた。
 べつに誰かに参加を強要されたわけではない。
 自分自身で、自主的に、興味を持って参加したのだ。
 しかし、そのハードルは想像よりも遙かに高かったようだ。
「お、思ったよりも恥ずかしい……」
 そのまま更衣室に引き返せばまだ間に合ったものを、何故か足は勝手に動き出して、いまここ。
 かくして、ネコミミと二股の尻尾を付け、鈴の付いた首輪をした猫又姿の雫は、人混みに紛れるように列の中央に潜り込んでいく。
「う〜、失敗しました……周りも仮装しているから平気だと思ったのですが」
 ここなら周りの人が壁になって姿を隠してくれるだろうと考えたのだ。
 しかし……何故かそこだけ、ぽっかりと穴が開いたように人が少ない……いや、少ないどころか、自分の他には二人しかいなかった。

「さあ、恋音行きましょうか。まずはお手をお取り下さい」
「……は、はいぃ……」
 恋人の袋井 雅人(jb1469)に手を差し出され、月乃宮 恋音(jb1221)はおずおずと自分の手を重ねた。
 今日の恋音はウィッチに変身、黒をベースにしたビスチェのようなミニスカドレスにとんがり帽子、足元にはまるで本物のように見える黒猫の使い魔を連れていた。
 元はアウルで動く乳牛のぬいぐるみだったものに、お手製の黒猫の着ぐるみを着せているのだ。
 こちらはいつものように、胸元がやたらと目立つと言うか寧ろそこしか目に入らないと言うか、そのあたりの若干の問題を除けば特に変わったところもない、ごく普通の仮装である……多分。
 しかし、問題は隣を歩く、その、それは、何ですか?
 え、ラブコメ仮面?
「そうです! 久遠ヶ原学園でも名が知れてしまったあのラブコメ仮面です! ご存じありませんか!?」
 申し訳ない、寡聞にして存じ上げませんが、それはどういったもので……いや、ビジュアルは一目でわかるのですが、その、女性用のぱんちーを頭に被っている以外はほぼ全裸っていう。
「その認識は間違いではありませんが、少し訂正させていただいてもよろしいでしょうか」
 ええ、はい、どうぞ。
「まず、このパンティは恋人である恋音のものです! 一括りに女性用などと、安易に一般化しないように!」
 あっはい。
 し、使用済みですか、なんてことは、訊かないほうが身のためですよね、きっと。
「それにもう一点、今回は自分のリアルにAV出演記念特別バージョンとして下半身には褌を穿いてきました! ですからお子様の前に立っても安心です!」
 そ、そうでしょうか……。
「見た目はどうしようもなく変態そのものですが、とてもエレガントかつ紳士的なヒーローなのです!」
 わ、わかりました。
 その昔にお会いした時は、もっとこう、普通にまともな学生さんだった気がするのですが、何がどうしてそうなったのかは永遠の謎ということにしておきますね。
「それにしても、未だにこのラブコメ仮面の存在をご存じないかたがいらっしゃるとは、世の中は広いものですね。僕は今、大海を知った蛙の気分です!」
 いや、知らなくていい、知らないままでいてくださいお願いだから。
「ラブコメ仮面のことを皆さんにもっと知っていただく為に、この機会に宣伝を――」
 しなくていいです、普通にハロウィンを楽しんでくださいぷりーず。
「そうですか? では……みんなー、ハッピーハロウィーン!! 今夜は存分に楽しみましょう!」

 そう言われても、周囲の反応は思わしくなかった。
「おかーさーん、あれなぁにー?」
「しっ、見ちゃだめよ! 目を合わせてもだめ!」
 そんな親子の会話が、そこかしこから聞こえて来る。
「申し訳ありませんが、ここはちょっと退かせてもらいますね……」
 雫はそう言いながら、そろそろと後ずさり。
 彼等とご一緒することに問題はないが、そうなると結果的に自分まで目立ってしまうのは大問題だった。
「あれに比べれば、私の恥ずかしさなど足元にも及ばない気がしますが……」
 しかし自分の上にどれだけ恥ずかしい人がいようとも、それで自分の恥ずかしさが減るわけでもなく、むしろ相乗効果でもっと恥ずかしくなるもの。
 そして何とか人混みに紛れ、これで一安心――と思ったのも束の間、そこに誰かの声がかかる。
「とりっくおあとりーと!」
 くいくいと尻尾を引っ張られ、振り返るとそこにはキャンディを手にした子供が立っていた。
「おかしがほしかったら、なにかやってみせて?」
「いえ、私は……」
 お菓子が欲しいわけでも、何か芸を見せて受けを狙おうというわけでもないのだけれど。
 それに、トリックオアトリートってそういう意味じゃないし。
 しかし子供はキャンディを持った手を突き出したまま、じっと動かない。
 その眼力に、負けた。
「……、…………、………………にゃ〜」
 顔を真っ赤にし、俯きながら蚊の鳴くような声で呟く。
 しかし、その手はしっかり招き猫のポーズをとって、しかも膝を僅かに曲げた斜め45度のモデル立ちをしているではないか!
「はっ、私は何を……!?」
 それに気付いた雫は脱兎のごとく逃げ出した――猫だけど。
「おねーちゃんありがとー、かわいかったよー!」
 手の中にキャンディと、背中にはそんな声を残して。


「これは良いステージを見付けました」
 周りに誰がいようと気にしないし、むしろそれで人の目が集まるなら何を気にすることがあろうかと、ぽっかり空いた空間に踊り出たのは超リアルな二足歩行の白くまー。
 超リアルなのに頭には三角帽子を被り、背にはマント、手には杖というリアルでは有り得ない姿なのは、中に人が――Rehni Nam(ja5283)が入っているためだ。
 つまり、着ぐるみである。
「白く魔女(しろくまーじょ)仕様なのですよー、はっぴー☆はろうぃーん!」
 ぐおぉぁぁぁーっと鳴きながら杖を手にくるりと回れば、ほら、お菓子が……え、怖くて近寄れない?
 確かに、着ぐるみに内臓されたレコーダーからは本物の鳴き声が聞こえるようになっているし、造形はめっちゃリアルだけど……白くまー、可愛いですよね?
 大丈夫、獲って食べたりはしないよ、むしろお菓子あげるよ……!
「トリックオアトリート!」
「……あ、はい……どうぞ、ですよぉ……」
 声をかけられて、恋音は作って来たジャックランタン型のクッキーを手渡す。
「ありがとうございます、ではお返しにこれを」
 差し出したのは、それはそれはリアルな……ちぎれた指。
「すみません、残りは私が食べてしまいました」
 残り、すなわち本体。
 もちろん冗談だし、指も本物ではなく、所謂フィンガークッキーというものだ。
 しかしそれはまさしく、熊に襲われて胃袋に収まった人の指だけが残った……という風に作られていた。
 さすがにくまーの口に咥えて渡すようなことはしないけれど、普通に渡されてもインパクトは大きいだろう。
「……ありがとうございますぅ……本物と間違えてしまいそうですねぇ……」
 心臓の弱い人には渡さないほうが良いかもしれない。
 交換を終えると、白く魔女は再びステージの中央へ躍り出る。
(「お菓子、いっぱい貰えると良いなぁ」)
 自分で作るのも好きだけど、買ったり貰ったりするのも好き。
 あげるのも好き。
 どっちも嬉しくて、幸せな気分になれるし。
「美味しいは正義くまー☆」


「とぃっく、おあーとぃーとー!」
 焔に肩車をしてもらいながら、恐れを知らない三歳児はきゃっきゃとはしゃいでいた。
 どうやら父母の行動から、ハロウィンとはお菓子をもらうのではなく、あげる行事だと学習したらしい。
 肩の上からひとつずつ、個包装されたお菓子を丁寧に手渡していく。
 なお、食べ物を投げてはいけません、ということも学習しているので、お菓子のシャワーは避けて通る模様です。
「そういうのを楽しむのは、もう少し色々わかるようになってからだね〜」
 この場合は特別とか、例外とか、三歳児には難しいだろう。


 その少し後ろには、いばらとリコの姿があった。
 人の波に流されないように手を繋いで、いばらがちょっとリードして。
「一応……彼氏、やしな」
「えっ」
 ぽつりと呟いた言葉に反応して、リコが大きく目を開く。
「いちおう、だったの!? リコ知らなかったよ!? いちおうなのに結婚式とかしちゃったの!?」
「いや、あれは真似事やし……」
「マネでもなんでも、女の子にはすっごく大事なことなんだよっ!?」
 リコさん、ご立腹です。
 そりゃぁもう、めっちゃ怒ってます。
「リコとのことは遊びだったの!?」
「そういうわけやない。……じゃあ、一応やなくても、ええの?」
「ええのっ!」
 リコはむにゅーっといばらの両頬を引っ張った。
「ふん、へぁら、ふぁんひん(うん、せやな。かんにん」
「わかればよろしい」
 ぱっと手を離し、いばらの腕に絡み付く。
「リコが編入したら一緒に通学もできるし、学校でふつうに会える。アパートも一緒やしな」
「うん」
「天魔との戦いがだいぶ激化しとるけど……その、守ったるから」
「うん、でもリコだっていばらん守るんだからね!」
 可能かどうかは置いといて、気合いだけは!


 メリーゴーランドで華麗なフィニッシュを決めたアキぺんぺんは、まだ足元がふらふらしていた。
 しかし、パレードが始まると聞けばベンチに転がっている場合ではない。
 二人並んで短い手をぱたぱた振りながら、ギャラリーに愛嬌を振りまき練り歩く。
 気分が乗ってきたら、手に手を取ってレッツダンス!
『ラッコの国から遊びに来たシズラッコ!』
 びしっとホワイトボードを構えるシズらっこ。
『一緒にラッコダンス!』
 しかし、ここでアキぺんぺんからダメ出しが入った!
「アキぺんぺんの紹介もしてほしいのですよぅー」
 てしてし、どうしてラッコだけなの、ラッコダンスなの!
 はい、訂正。
『こちらはペンギンの国から遊びに来たアキぺんぺん! 二人で踊るよ! みんなも一緒に踊ろう!』
 それでよし。
 華麗なステップと身のこなしにカクカクしたロボットのような動きを合わせ、二人は音楽に合わせて軽やかに踊る。
『子供達に夢と希望を!』
「アキぺんぺんとシズらっこを宜しくなのですよぅ☆」
 トワイライトの光球で照らせば存在感アップ、注目の的は間違いなし!


「妖怪もお化けも楽しいのが好きですからねぇ、こういうのには必ずホンモノが紛れてるもんでさ」
 ホンモノのひとり、吸血鬼揺籠はそう言って鋭い犬歯を見せながらニヤリと笑う。
 あまり怖くないのはご愛敬、今日は怖がらせるより楽しませたいと、歌だって披露しますよ!
「ドウメキのにーちゃん、うたなんてうたえるの!? あっ、そうか、た〜ら〜ち〜ね〜のぉ〜、とかっていうやつ!」
「ふむ、雅だのう」
 翔とダルドフが感心したように「うんうん」と頷くが、流石にそこまで古くない。
「失敬ですねぇ、俺だって流行り歌のひとつやふたつ歌えますよ?」
「演歌かのぅ?」
「それはダルドフさんでしょォよ」
 そう言って歌い出したのは、お子様がたに大人気の妖怪アニメの主題歌だった。
 しかも振り付けまで入っている!
「紫苑サンに付き合って見てるうちに覚えちまったんですよ」
「なに言ってんですかぃ、兄さんのほうがハマって見てんでしょォが」
 ニヤニヤ笑いつつ、紫苑も一緒に歌って踊る。
「ぼくもしってるよー!」
 翔も交えて三人で歌って踊りつつ、パレードは賑やかに進んで行く。

「ことしもハロインなのー!」
 ようやく周りの空気がそれらしくなってきたと、キョウカはイーファの手を引いてパレードの先頭に躍り出た。
「トリックオアトリートなのー!」
 お姉さんうさぎと手を繋いで、腕にはヒリュウのキーを抱えて、キョウカはぴょんぴょんと跳ねるように歩く。
「おかしくれないと、イタズラしちゃう、だよっ!」
 キョウカは過去のハロウィンを経て悪戯を覚えた。
 その悪戯とはすなわち『スケッチ』で絵を描いてしまうのだ!
 パレードの列から離れて、見物客の服や持ち物にうさぎの絵を描いていく。
「10ぷんしたらきえるから、あんしんしてほしいのっ(にぱー」
 けれどその絵があまりに可愛かったので、消えるのが惜しいとの声もちらほら。
「じゃ、パレードがおわったらみんなにかいてあげる、なの!」
 スケッチブックも持って来たから、ご希望のかたは遠慮なくどうぞー!
 あ、お代はもちろん美味しいお菓子でね!
 お持ち帰りもご自由に!

「トリックあんどトリート! お菓子くれてもイタズラしやすぜっ」
 紫苑は久々のお父さんとのお出かけ、しかも今回は友達も保護者たちも一緒とあって、そのテンションの上がりっぷりは天井を知らない。
 歌と踊りに飽きると、未だ「うちの子が一番バトル」が終わらない保護者達の後ろに回って特大クラッカーぱぁん!
「あぁぁっ!!!」
 途端、ミイラ男がこの世の終わりのような声を上げる。
「ふむ、どうした?」
 インレがその顔を覗き込み、次いでその光を失った目が呆然と見つめるスマホの画面に目を落とした。
 そこには何も表示されていない……「削除が完了しました」という無機質なメッセージの他には。
「いなく、なっちゃった、あはっ」
 古代さんが壊れました。
 どうやら驚いた拍子にフォルダの一括削除ボタンをぽちっとやってしまったらしい。
 先程まで火を噴いていた「まいすいーとえんじぇるふぉるだ」がデータの海の藻屑と消えてしまったのだ。
「そ、それは申しわけねぇでさ……」
 流石に反省モードの紫苑ちゃん、だがしかし、そこは情報ツールを自在に使いこなす現代っ子。
「ちょっと見せてくだせ……あ、これなら大じょうぶでさ、元にもどりやすぜ……ほい」
「おぉっ! 娘が! マイらぶりードーターが帰って来た! ありがとう紫苑さん!」
 古代さん、復活。
 原因は紫苑にあるのだが、もうそんなことはどうでもいい。
「お礼に何でも好きなお菓子を買ってあげよう!」
 そりゃもう全力で!
「えー、シオンだけー? ぼくには? ぼくにはー?」
 翔の両手のパペットが、ミイラ男にがぶがぶ噛み付いてきた。
「トリックオアトリート♪ おかしくれなきゃイタズラするぞー! ほーたいぜんぶ、とっちゃうからなー!」
 えーい、ぐるぐるー!
「あーーれーーー!」
 古代さん、ノリが良い。
 大丈夫、皆に全力で奢るよ!
「じゃ、それまではひとつコレで勘弁してやっちゃくれませんかねぇ」
 揺籠がキャンディのように包んだ一口サイズのカボチャ大福やミニ饅頭などの和菓子を差し出してみる。
「ありがとー! いただきまーす!」
 はしゃぎ回ってお腹が空いたのか、翔はもらったそばからペロリと平らげてしまう。
 さっきスイーツ食べ放題を満喫したばかりなのに、さすがは育ち盛りだ。
「ダルドフさんもいかがです? もちろん甘いモンじゃありませんよ、ここで倒れられちゃ困りますからねぇ」
「む、かたじけない」
 差し出されたのは醤油味の煎餅……に見えるけれど、これさっきみたいなフェイクじゃないよね?
「安心してくだせぇよ、大事なお父さんにそんなこと――」
「誰がぬしの義父かぁっ!!」
 あ、やばい。
「いえ、紫苑サンのお父さんってぇ意味で!」
「大事な紫苑とな!?」
 え、そこ繋げるって無理やりすぎませんか!?

「あれも色々と末期よのう……」
 その様子を他人事のように眺めるインレ。
 その顔をひょいと脇から覗き込み、イーファはかくりと首を傾げる。
「インレ様、お菓子お持ちでないですか?」
 やばい、おじーちゃんうっかり鼻血出るところだったよ。
 お菓子はもちろん用意した、しかし可愛い娘に悪戯をされたくない親などいるだろうか。
「うむ、では悪戯して貰おうか」
 精一杯の威厳を保って言ってみる。
「ではトリックですか……」
 そう言って悩む姿もまた可愛いと思うインレも確実に末期である。
「えっと……後ろを向いていただけますか……」
「む、こうかの?」
 くるりと向けた背中に――
「わっ!」
 大声を出してみた。
 一体何が起きたのかと目を丸くするインレさん、そっと振り向いてみればイーファは顔を真っ赤にして俯いていた。
「……悪戯は不得手かもしれません……」
「……、…………うっ」
 やばい今度こそ鼻血出る、って言うか手遅れだった!
「インレ様!? 大丈夫ですか、死なないでください、今救急車を……!」
 いや、大丈夫だから。
 死にそうではあるけれど、これはいわゆるキュン死というやつで、ね。
 その背に大きくうさぎの絵を描いて逃げて行くキョウカ。
「くろうさじーたも、うさぎさんになるの!」
 うさぎさんは正義、なのです。


「わかってるよな? 逆らうなよ? だいまおーがいるからな」
 パレードの列に紛れ、ヴァンパイアゼロは相変わらずのわるいかおでテリオスに迫る。
 一体何を企んでいるのかと言えば、「最近やさぐれてるシグ坊を元に戻すためりんりんとデートさせよう計画」プロデュースばいゼロさん、らしい。
 そんなこんなでガチデート、採点はテリオスの担当であるらしいのだが……いったい何を採点しろと言うのか。
「いいかテリーこれは遊びだ。恐怖と戦うっていうな」
 しかし二人の間に割って入るように立ち塞がる、りりかとシグリッド。
「ゼロさん、おいたはいけません……ですよ?」
 にっこりだいまおースマイル。
「これやテリー、この背筋も凍るような微笑……怖いやろ?」
「べつに」
 普通に可愛いと思うけど、って言うか内心ちょっと羨ましいと思っているのは秘密だ。
「ゼロお兄さん、遊びっていうのは楽しいと思う事です」
 シグリッドは表情筋や目が若干死に始めている。
「それに僕はやさぐれてなんていません大丈夫です、だからプロデュースとかしなくていいです」
「つーかよシグ坊、もうそろそろ楽しくやってこうぜ? 色々世界も変わってきとるんやしな」
「僕は楽しいですよ。恐怖と戦うのはゼロお兄さんが楽しいなら是非御自分でどうぞ」
 にこっと笑うシグリッド、いつまでもイジラレーだと思うなよ。
 いや、自分が弄られるのは構わないのだ。
 しかしテリオスが今以上に変なトラウマを植え付けられたり、誤解が激しく進んだり、なにより楽しめないことが心配で……結果、こんな顔になる。
「私はべつに、大丈夫だ……こいつのノリにはもう慣れた」
 ちらりとゼロを一瞥し、シグリッドの頭をくしゃっと掻き回す。
 その背丈はまだ若干テリオスの方が高いが、目線は殆ど同じ高さだった。
「私のことより、お前が楽しめ」
 楽しんで、手本を見せろ。
 そう言われて、りりかが手を差し出してみた。
 ここはお姉さんである自分がリードしなければと、そんな使命感に駆られたらしい。
「しぐりっどさん、お手をどうぞ……なの」
 男前である。

 そんな姿を見て、ゼロはふらりとどこかへ旅立って行った。
 恐らく何かオモロイことを探しに行ったのだろう。
 彼がミイラ男の古代さんを発見するのは時間の問題と思われたが、カメラはそこまで追い切れないので悪しからず。


「とりっく おあ とりーとよ! お菓子くれないといたずらしちゃうよ!」
 ジェットコースターを最前列で満喫したチルルは、ここでも列の一番前に陣取っていた。
 賑やかな音楽に合わせてステップしながら、沿道を埋める観衆や一緒に歩く者達にお菓子をねだる。
「くれないなら……こうよ! カボチャランタンフラッシュ!」
 ぺかー!
 解説しよう、カボチャランタンフラッシュとは、カボチャ型に改造したソーラーランタンで照らすだけの、とてもおちゃめなイタズラのことだ!
「あたいってば、やっぱりさいきょーね!」


 そんなパレードの喧噪から少し距離を置いた場所。
 時折、賑やかな断片が傍らを弾んで、転がっては消えていく、そんな片隅に小さな休憩所がある。
 そこに、白と黒が隣り合って座っていた。
 ミニスカートにニーハイ、パンプスまでの全てが白い――ただし一部が返り血で赤く染まったセレス・ダリエ(ja0189)。
 猫耳、尻尾、襟毛にファーのティペットと、黒ずくめの猫がケイ・リヒャルト(ja0004)。
「少し冷えるけれど、こうしていると寒さも忘れるわね」
「はい、温かいです」
 まるで恋人同士のようにぴったりと寄り添い、二人は自作のお菓子でティータイムを楽しむ。
「Trick & Trick……じゃなくて」
 魔法の言葉は何だったかと、ケイは手のひらに乗せた自作の南瓜スコーンに視線を注いだ――まるでジャックオーランタンを模したそれが返事をくれる、とでも言うかのように。
「Trick & Treat……これも違うわね」
「Trick or Treat」
「そう! Trick or Treat!」
 助け船に感謝しつつ、ケイはそれをセレスに差し出す。
 お返しに贈られたのは上にチョコレートでジャックオーランタンのような顔が描かれた南瓜のマフィン。
「ふふ、お揃いね」
「でもケイさんのほうがお上手です」
「そんなことないわ……いただきます」
 マフィンを口に含むとほろりと溶けて、カボチャのほんのりとした甘さが口いっぱいに広がった。
「美味しい……セレスはまるで魔法使いね」
 お世辞ではなく、本心だ。
 添えられたアッサムの葉を使ったミルクティーもまた、お菓子によく合う。
「紅茶はあの紅髪の人に教えて貰ったので、美味しいと思うのですけど……如何ですか?」
「そう、どうりで美味しいはずだわ」
 紅髪の人、セレスの恋人は紅茶には造詣が深い。
 その彼に仕込まれたなら、そして合格点をもらったのなら、間違いはない。
「よかった」
 セレスの中では、ケイはいつも戦っているイメージがあった。
 だから、こんな時くらいはお祭り騒ぎで休んで、そして、一緒に過ごしたい。
「ね、パレード。間近で見てみましょうか」
 誘うような音楽に耳を傾け、ケイはそっと紅茶のカップを置いた。
「きっと……普段は見えない、不思議で素敵な姿だわ」
「はい」
 ただ、一緒に過ごす。
 そんな些細な……でも幸せな時間。
「色んなモノがキラキラ光って見えます」
「そうね、ハロウィンのせいかしら……ううん、それだけじゃない気がするわ」
「きっとケイさんの魔法ですね」
「私の?」
 問い返されて、セレスは真面目な顔でこくりと頷く。
「さっき、ケイさんは私のことを魔法使いと言いましたけれど……私にとってはケイさんが魔法使いです」

(「そう、私にだけくれる魔法」)

 すぅっと目を細めた黒猫は、しなやかな身のこなしで立ち上がる。
「魔法を掛けられたのは……どちらかしら」
 それが解けてしまう前に、ひとつ……この夜と踊りませんか?



●トリック&トリック

「はあー、つまんねー」
 楽しい祭の夜だというのに、ラファル A ユーティライネン(jb4620)はひとり足を引きずるようにして歩いていた。
 一歩踏み出すごとに、ボヤキとタメイキが漏れてくる。
「あークソつまんねー、来るんじゃなかったー」
 そんなにつまらないなら来なければいいのに、何故に彼女は遊園地のど真ん中で盛大にぼやいているのだろう。
「しょーがねーじゃん、他に行くとこもねーし余ったチケット押し付けられちまったし」
 それでも最初は何かやりたいことがあったはずなのだが、それがどうしても思い出せない。
 健忘症か、メンテの不具合か。
 周りを見れば、知った顔がちらほらと見えた。
 けれど何となく声をかける気にもなれず、かといってただブラブラ歩いていても面白くない。
「とりあえず、なんか騒がしてみっかー」
 というわけで、目についたものに片っ端から参加して悪戯の限りを尽くしてみる次第。
「ヒャッハー、お菓子くれても悪戯しちゃうぜー!」
 まずはコーヒーカップを高速でぶん回してみた……けれど、こういうのは相方がいないと面白くも何ともない。
 次にパイ投げパーティに参加して、そこら中をクロテッドクリームだらけにしてみたけれど……自分も被っちゃって、これちょっとヤバくないですか機械の部品的に。
 とりあえずシャワーで流し、次は白いシーツを被ってオバケに変身、そこら辺を走り回って迷子の子供にちょっかい出してみたり――
 しかし、ちょっとイタズラが過ぎただろうか。

 キコキコキコキコ……!

「皆が楽しい一日にしたい、それがアタシの願い!」
 迷子の子供と気分的に迷子になっちゃった大人の味方、幽霊ライダー彼方さん参上!
「誰かと思えばラル先輩! この子を保護してくれてたんだ、アリガト!」
「え、いや別に俺は」
 ただオモチャにしてただけなんだけど、まあそう思ってくれるならそういうことにしておこうか!
「アタシ、この子を迷子センターに届けて来るね、親御さん、きっと血眼で探してると思うから」
 と、そこまで言って彼方は気付いた。
 この人も迷子なのだ、と。
「ラル先輩、一緒に行こう! そんで届け終わったらお菓子拾いに行こう!」
 そろそろまた、何回目かのお菓子のシャワーが始まる時間。
 それに迷子達にあげようと思って買っておいたお菓子も、これが最後のひとつになってしまった。
「まだまだ賑わいそうだし迷子も増えるだろうから、少し補充しておかないと。ラル先輩も手伝ってくれるよね!」
「お、おう……」
 なんか、押し切られてしまった。
「もし良かったらダンスに付き合ってくれてもいいし!」
 お菓子のシャワーを浴びながら踊るのも良いかもしれない。
 雨に唄えば、なんて知らないかな?


 そしてここにも、ペンギンとラッコの姿があった。
「拾いまくるのですよぅ☆」
 着ぐるみの手ではさぞかし拾いにくいだろうと思われるかもしれない、しかし二人は日頃からこの姿で自在に活動するための厳しい訓練を重ねているのだ、多分。
 シャカシャカシャカシャカ、目にも留まらぬ速さでお菓子を拾いまくるアキぺんぺんとシズらっこ。
 二匹が通った後には草木も生えない、いや包装紙のゴミさえ残らない。
『ついでに掃除もしておいたよ!』
 拾ったあとにはお菓子が拾えなかった子供達にも分けてあげよう。
『みんなで食べると美味しい!』
 と言うか、ハーメルンの笛吹きよろしくパレードから付いて来ちゃったんだけど、君たち大丈夫かな、ちゃんとお家に帰れる?
 もしかして、迷子ですか……?

「そうそう、みんなでわけていっしょにたべるとおいしいいよねー」
 いつの間にか子供達の間にちゃっかり紛れ込んでいた翔が、戦利品を山分けしている。
 駄菓子系は紫苑、甘くてふわふわなお菓子はキョウカ、イーファにはちょっと大人っぽいお菓子――なお翔の認識では、大人っぽいお菓子というのは名前に「大人の」とか「プレミアム」とかが付いているもののことである。
 大人のんめぇ棒とか、ガリゴリさんプレミアムとか。
「あ、ぼくたちマイゴじゃないよ?」
 迷子になったのは保護者の方。
 あとで迷子センターに迎えに行ってあげようね!



●仮装ダンパの華麗なるひととき

 ハロウィンの主役は子供達だけれど、こちらは少し大人向け。
 真っ黒な蜘蛛の巣のカーテンを抜ければ、そこはダンスパーティの会場だった。


「私なら絶対スイーツの食べ放題に行くと思ったでしょ」
 蓮城 真緋呂(jb6120)は謎のカメラ目線でどこかの誰かに問いかける。
「残念でした、はらぺ娘はもう卒業よ」
 少なくとも今だけは。
 今日は先日の戦いの打ち上げも兼ねて、米田 一機(jb7387)、樒 和紗(jb6970)、砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)の小隊メンバー四人で大人の夜を楽しむのだ。
「Trick or Treat ?」
 マントばさぁな吸血鬼に扮したジェンティアンは、鼻先に一口サイズの甘いケーキを差し出されてうっかりダメージを受けるとか何してるんですか。
「ニンニクも十字架も平気だけど、甘い物はしぬ」
「竜胆兄が自分で要求したのですよ?」
 例によってクールに言い放つ和紗は、クラシカルなロング丈の修道服を纏ったシスターに扮している。
 知ってる、にっこり笑ってロザリオで首絞めたり聖書の角でガツンとやったりするアレですよね。
「何か言いましたか」
 こちらもカメラ目線で問いかけて来るけれど……いいえ、なにも。
「じゃあ、踊ろうか」
 一機が当然のように真緋呂に手を差し出す。
 優雅なワルツのリズムに乗って体を密着させると、真緋呂の体温が伝わって……伝わって、こないね、あんまり。
(「ちょっともふもふにしすぎたかな」)
 今日の一機は狼男風だが、着ぐるみではない。
 それでもかなりもっふもふな素材を選んだため、密着度に関しては少々残念な結果になっていた。
 しかし真緋呂はベルトに付けた尻尾がお気に召したようで、背中に回した手でその感触を存分に楽しんでいる様子。
(「うん、喜んでくれてるならいいか」)
 パートナーは胸元が大きく開いたミニスカセクシー魔女っこ衣装。
 真上から覗き込むその景色は思わず理性が吹き飛びそうで――
「いてっ」
「ご、ごめんなさいっ……っ」
 足を踏まれるのはお約束、おかげで正気に戻りました、多分。
「大丈夫大丈夫、痛くないよー」
 冷や汗ダラダラなのは踏まれて痛いからじゃなくて、安堵したせいだからねー。
 何をって、その、谷間をガン見していることを見透かされたわけじゃなかったんだって。
 一方のはとこペアはもう何の不安もなかった。
「流石に竜胆兄は慣れてますね」
 和紗もずいぶんと慣れた様子で、パートナーのリードに素直に身を任せて優雅に踊る。
 むしろハプニングの要素が欠片もなくて面白くな……いえ、なんでもありません。
 次に相手を変えてもう一曲。
 ここは当然男女のペアという暗黙の了解のもと、和紗は一機に向かって手を差しのべる――と思ったでしょう?
「……真緋呂」
 ふわりと微笑し、腰に腕を回して引き寄せる。
 真緋呂は真緋呂でジェンティアンの手をさらりとかわし、簒奪者のもとへ逃避行。
「え?」
 待って、この行き場を失った手はどこに――
「……え?」
 受け止めたのは一機くんでした。
「えぇ……」
 自分で受け止めておきながら、困惑の表情を隠しきれない一機。
 しかし次の瞬間にはなし崩し的に踊り始めてしまったのだから、勢いって怖い。
 ヤケクソと言いつつ、なかなかサマになってますよ?
「ふっ」
 その様子をイイ笑顔で生温かく見つめつつ、男前女子のパワーを遺憾なく発揮した和紗は真緋呂をリードして華麗に踊る。
 その心地良いリードに身を委ね、真緋呂は男二人をニヤニヤと眺めた。
「ちょ! 視線が生温かいんだけど!?」
「なかなか楽しそうよ?」
 がんばれー?


「大丈夫? 疲れてない?」
 としおはここでも過保護に華子の体調を気遣っていた。
 彼女のペースに合わせてゆったりと、負担少なく楽しめるように――となると、自然に踊りの輪を外れて隅の方へと流されることになる。
 最後は壁際で、踊ると言うよりただ音楽に合わせて体を揺らすだけになってしまったけれど、華子にはそれが心地良かった。
「最近色々あったけど、こうしてまたとしおさんと一緒に居られる事が何より嬉しい♪」
「うん」
「ありきたりだけど、この幸せな時間がずうっと続けば良いのに……あぁ本当に幸せ〜♪」
 彼女にここまで言ってもらえるなんて、男冥利に尽きる。
「戦いなんて無ければいいのに、こうしてずーっととしおさんの隣にいたい……」
 イエスと答えることは出来ないし、それは華子もわかっているのだろう。
 でも、いつかはきっと、それが無理なお願いではなくなる時が来る。
 当たり前のように隣にいられる時が来る。
 そう、信じているから。


「……お前、本当に男だったんだな……」
 貴族風の男性用衣装に身を包んだアレンを見て、テリオスはそんな失礼なことを呟いた。
「まったく、私の周りには性別のよくわからない者が多すぎる」
 自分のことは、ぽいっと棚上げである。
「テリオスさんもお似合いなのですよ〜」
 アレンの見立ては、フリルとリボンで胸元にボリュームを持たせ、その下からストンと落としたエンパイアラインのカラードレス。
 ウィッグで髪質と色を変え、仮面で顔を隠せばもう、それがテリオスだとわかる者はいないだろう。
『時にテリオスさん、これからどうされるおつもりですかー?』
 転ばないようにカバーしつつ、アレンは意思疎通で尋ねてみる。
『もし堕天されるなら、実家の名誉を落とさない為に……男で名誉の戦死を偽装して女で堕天する、とかー』
『……家の名誉など、どうでもいい。むしろ地に落ちてしまえばいいんだ』
 ただ、今のところ堕天するわけにはいかない。
 三人の使徒を抱えていることもあるし、自分までこちら側に来てしまったら、天界との間を繋ぐ橋の役割を担う者がいなくなってしまう。
『下っ端天使でも、いないよりはマシだろう?』
 その必要がなくなった時には、考えてみてもいいか……と、思わなくはないけれど。
『もしお前が……いや、なんでもない』
 形になりかかった言葉を、テリオスはくしゃっと丸めて意識の外に放り出した。


 ミハイルと沙羅は例の仮装のまま、ダンス会場に乗り込んでいた。
「いつもと違う服装のダンスも面白い」
「仮面はどうしましょう? 付けているかたも、あまりいないようですが……」
「そのままでいい、仮面で隠すのは勿体無いだろう?」
 ずっと見ていたいからと言われ、沙羅は恥ずかしそうに顔を伏せる。
 仮面があれば真っ赤になった顔を隠すことも出来るのに、けれど見たいと言われればそれも叶わず、見つめられてまた赤くなる。
「ミハイルさんは何を着ても様になるのですね」
「沙羅こそ、何を着せても綺麗だ」
 照れ隠しに褒めたつもりが逆に褒められ、顔の火照りが鎮まる暇もない。
「2人でダンスをするのはもう何度目でしょう」
「もう慣れたか?」
 その問いに、沙羅は微笑みながら首を振る。
「慣れてしまうのが勿体ないです。いつになってもダンスをするような2人でいたいわ……」
「ああ、これからもずっと一緒に踊ろう。いくつになっても……な」


 恋音と雅人も、やはり例の格好のままで踊っていた。
 パーティ会場に集うのは色々と慣れた猛者達ばかりであるせいか、周囲に空間が出来ることもない……パレードの時に比べれば。
 雅人はその服装さえ常識的な範囲に収めれば、共に踊るには理想的なパートナーと言えるだろう。
 優しく紳士的にエスコートされ、恋音はただそのリードに身を任せるだけでいい。
「上手ですよ、恋音」
「……社交ダンスは、一通り習いましたのでぇ……」
 他には日本舞踊も嗜んでいるが、さすがにこの場で必要になることはなさそうだ。
 踊りながらふと周囲を見れば、見知った顔がちらほらと。
 ミハイルと沙羅の二人も目を惹くが、その向こうの吸血鬼ペアもなかなかに目立っていた。
「……あれは、ユウさん……男性役はリュールさんでしょうかぁ……」
 後で少し、声をかけてみようか。


「リュールさん、お上手ですね」
 女性パートが踊れるであろうことは予想していたけれど、男性パートまでマスターしていたとは。
「まあ、息子に教えるために多少は、な」
 ということは、門木も一応は踊れるらしい……この場にはいないようだけれど。
「天界でもこうして踊られることはあったのでしょうか?」
 ユウの問いに、リュールは華麗にステップを踏みながら曖昧な笑みを浮かべる。
 明確に答えないということは多分イエス、相手はダルドフに違いない……というところまで読み取れる程度には、ユウはリュールのツンデレ具合に詳しくなっていた。
 しかしここで「ダルドフさんと踊ってみませんか」などと安易に誘ってはいけない。
 待つのだ、その機が熟すまで焦らずゆっくりと。

 やがて踊り疲れた二人は隅のテーブルへ。
 それを見計らったように、恋音はドリンクを差し入れてみた、が。
「……ユウさんは、お疲れのようですねぇ……」
「ああ、電池切れだ」
 テーブルに突っ伏して寝息を立て始めたユウの頭を、リュールはそっと撫でてみる。
 今日は一日やたらとテンション高くリュールを引っ張り回し、ハロウィンを存分に満喫したようだ。
「最後に観覧車に乗ると言っていたが、これは無理だな」
 暫くそっとしておいて、頃合いを見て連れて帰ろう。
「……でしたら、この上の階がホテルになっていますが……よろしければ、お部屋の手配をしておきましょうかぁ……?」
 いつもの癖で敏腕マネージャぶりを発揮する恋音。
 ここはその厚意に甘えさせてもらおうか。



●夜間飛行

 オレンジ色のオーロラのような淡い靄がかかった夜空に、カボチャのランタンを連ねた観覧車のシルエットが浮かび上がっている。
 そのランタンは膨れたり縮んだり、表情を変えたりクルクル回ったり、まるで楽しそうに踊りながら夜空を回転しているように見えた。
 それはゴンドラに投影されたホログラムで、中身のゴンドラが飛び跳ねているわけではないけれど。


「本当にファンタジーな世界に迷い込んだようだね」
「うん、そうだねぇ。ファンタジーの世界ってこんな感じなんだな」
 ゴンドラに収まった文歌と快晴は、窓から見える夜景に目を奪われていた。
 今まで自分達がいた世界がどんどん下に遠ざかり、あっという間に小さくなる。
 その高さから見る遊園地は、まるで精巧に作られた模型のようだった。
 上を見れば、全体を囲うドームの天井が間近に迫っている。
 そこにも色とりどりの光が踊り、世界全体が妖精の粉に覆われたようにキラキラと輝いて見えた。
「……んっ!?」
 ゴンドラが頂点に差しかかった瞬間、景色に見とれる快晴の隙を突いて、文歌が不意打ちのキス。
「観覧車のてっぺんでキスしたら,そのカップルは永遠に結ばれるみたいな話があるでしょ?」
「……そんなの、あるの?」
「うん、そういうジンクスがあるんだよ? それ夫婦でも有効だよねっ」
 返事の代わりに、快晴は文歌をシートに押し倒しつつ、それはそれは濃厚な反撃のキス。
 漸く離した時はもう、ゴンドラは一番下まで降りていた。
「……倍返しは当たり前、だよね?」
 倍どころではなかった気もするけれど。
 さて、もう一周……いきますか?


「外、出てみる?」
 ゴンドラの窓に貼り付くようにして夢中で外を見ていたカノンは、その声ではっと我に返った。
 透過と翼があれば可能なことに気付き、差し出された手を取ってふわりと外へ。
 屋根の上に並んで座り、遙か遠くを見渡す間にも、ゴンドラはゆっくりと上昇を続けていた。
 眼下に広がる景色は、自分達なら容易く見られるものかもしれない。
 けれど、ただじっと座っているだけでその視点が得られるというのは、考えてみれば不思議なことだった。
 それに、もう自力で飛べる高さを超えている。
「カノン」
 一番高く上がったところで名前を呼ばれ、顔を向けると唇と視界を塞がれた。
 そのままゴンドラが降りるのを待ってもいいけれど――
「飛ぼうか」
 翼を広げ、滑り落ちるようにゴンドラを離れる。
 カラフルなイルミネーションに彩られた巨大なホイールの瞬きを背に、二人はゆっくりと地上に舞い降りていった。


「俺達は次に乗りますから」
「いってらっしゃーい」
 和紗とジェンティアンに何故かそっと背中を押され、真緋呂と一機は二人きりでゴンドラへ。
 それで自然と他のカップルのように良い雰囲気になるかと言えば、とりたてて普段と変わらないのがこの二人。
「ねえ見て見て、下からじゃ気付かなかったけど……」
 高い場所からでなければ見えないようなところにも、ホログラムの映像が飛び交っていた。
 オバケが追いかけっこをしていたり、カボチャ頭の子供達が寸劇を繰り広げていたり。
 まるでアクションゲームのようにアトラクションの屋根から屋根へ飛び移っている様子を見ると、二人とも無意識に指が動いていたりして――まるでコントローラを握っているかのように。
「思わず自分で動かしたくなっちゃうね」
 そんな他愛もない会話がふと途切れた瞬間。
「この戦争が終わってからどうするか……何か決めてる?」
 いい機会だからと、一機が切り出してみる。
「この戦いが終わった……ら……?」
 真緋呂は一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。
 暫く反芻し、初めて気づく――目の前の事に精一杯で、その先を全く考えていなかったことに。
「……私の夢って、何だったっけ……」
 家族を失う前には、何か夢を抱いていた気もする。
 それとも、何もなかったのだろうか。
 思い出せない。
 その不安を誤魔化すように、笑って見せた。
 しかし、その試みは失敗に終わる。
 一機は真緋呂の思いを見透かしたかのように小さく微笑んだ。
「今は解らなくていい」
「……え?」
「不安でもそれでも……明日を考えられる」
 今やっとそれができる処まで来た。
「此れから又、見つけにいこうか」
 今ならきっと、出来るはずだから――

 一方こちらは次のゴンドラに乗り込んだ和紗とジェンティアン。
 こちらの二人には、甘い展開など最初から期待するのが無理というもの。
「……最近楽しそうですが、目標を見つけましたか?」
「え、そう見える?」
 和紗の問いに、ジェンティアン最初こそ少し面食らったものの、考えてみれば自覚がないわけでもなかった。
「んー……そだね。『僕が』向かいたい未来が見えたかもしれない。……らしくない?」
 ふわりと微笑んでみる。
 今までは和紗の幸せな未来だけを願って来たけれど。
 東京での戦いでケッツァーと出会い、自分の目指す道が見えた。
 これからは、それも追いかけて行きたい。
「貴重な竜胆兄のヤル気です。偶には付き合うのも悪くない 」
 微笑に笑みを返し、和紗は頷く。
 今までは支えられてばかりだったけれど、これからは少しずつでも返していけるかもしれない……なんて、顔にも言葉にも出さないけれど。
 そう言われて気を良くしたジェンティアンは、案の定調子に乗った。
「ありがとう和紗! 愛だね!」
 抱き付こうとして本気の肘打ちを喰らったことは、言うまでもない。


 様々なドラマが繰り広げられる夜の観覧車を望むレストランでは、星杜ファミリーが食事をとっていた。
 きちんとドレスアップして、ステージで繰り広げられる歌や踊りのショーを眺めながら、ハロウィンのスペシャルメニューを楽しむ。
「夜景がとても綺麗ですね……」
 今夜はこのままホテルにお泊まり、ハロウィンの魔法はまだまだ解ける気配はなかった。
 ただ、留守番になってしまった愛犬の様子も気になるところ。
「遊園地のショップに、犬用のお土産は売っているでしょうか……」
「何かハロウィンっぽいぬいぐるみでも良いんじゃないかな〜」
 あとは、もふもふのクッションとか、毛布とか。


「さて、何にしようか」
 としおはいつもの癖でついメニューの中にラーメンを探してしまう。
 しかし、さすがに着飾って入るようなレストランにラーメンは……あった。
 しかも地獄のような色をした、なのに何故か美味そうな限定ラーメンが。
(「……いやいや、今日くらいは華子の好きなモノを一緒に食べよう」)
 ふるふると首を振ったところで、華子の笑顔が覗き込む。
「そのラーメン、楽しそうです♪」
 美味しそう、とは言えないけれど。
「え、でもいいの? せっかくこんなちゃんとした店に来たのに」
「としおさんの好きなものを、私も一緒に楽しみたいです」
 それが今、一番の幸せだから。


 スイーツ食べ放題の会場には、雫の姿があった。
「すみませ〜ん、メニューの端から端までお願いします」
 パレードでのアレコレは黒歴史として封印し、きれいさっぱり忘れよう。
 溜まった鬱憤はヤケ食いで晴らすのが女子の嗜みと、目指すはメニュー全制覇。
 あ、時間制限とかありませんよね?


「や〜っぱアタシ、周りの笑顔が好きなんだよねェ♪」
 やりきった充実感を胸に、彼方はひとり花火に興じていた。
 大音声を響かせながら打ち上がる派手な花火と、パチパチと可愛い音をたてる手持ち花火を見比べて。
「アタシはこのちっちゃい花火のほうかな?」
 ドカンと派手に目立つことは少ないけれど、身近で親しみやすく、頼れる存在。
 そんな人に、なれたらいいな。




 そろそろ、冥界の門が再び閉じる。
 現世に飛び出した魔物達も、慌てて帰り支度を始めた頃合いだろう。

 おやすみなさい。
 また来年、夜に魔法がかかるまで――


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:16人

胡蝶の夢・
ケイ・リヒャルト(ja0004)

大学部4年5組 女 インフィルトレイター
撃退士・
セレス・ダリエ(ja0189)

大学部4年120組 女 ダアト
伝説の撃退士・
雪室 チルル(ja0220)

大学部1年4組 女 ルインズブレイド
思い繋ぎし紫光の藤姫・
星杜 藤花(ja0292)

卒業 女 アストラルヴァンガード
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
ラーメン王・
佐藤 としお(ja2489)

卒業 男 インフィルトレイター
蒼の絶対防壁・
鳳 蒼姫(ja3762)

卒業 女 ダアト
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
前を向いて、未来へ・
Rehni Nam(ja5283)

卒業 女 アストラルヴァンガード
思い繋ぎし翠光の焔・
星杜 焔(ja5378)

卒業 男 ディバインナイト
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
紡ぎゆく奏の絆 ・
水無瀬 快晴(jb0745)

卒業 男 ナイトウォーカー
大祭神乳神様・
月乃宮 恋音(jb1221)

大学部2年2組 女 ダアト
ラブコメ仮面・
袋井 雅人(jb1469)

大学部4年2組 男 ナイトウォーカー
撃退士・
矢野 古代(jb1679)

卒業 男 インフィルトレイター
天蛇の片翼・
カノン・エルナシア(jb2648)

大学部6年5組 女 ディバインナイト
断魂に潰えぬ心・
インレ(jb3056)

大学部1年6組 男 阿修羅
Stand by You・
アレン・P・マルドゥーク(jb3190)

大学部6年5組 男 バハムートテイマー
ペンギン帽子の・
ラファル A ユーティライネン(jb4620)

卒業 女 鬼道忍軍
撃退士・
シグリッド=リンドベリ (jb5318)

高等部3年1組 男 バハムートテイマー
優しき強さを抱く・
ユウ(jb5639)

大学部5年7組 女 阿修羅
あなたへの絆・
蓮城 真緋呂(jb6120)

卒業 女 アカシックレコーダー:タイプA
Cherry Blossom・
華桜りりか(jb6883)

卒業 女 陰陽師
光至ル瑞獣・
和紗・S・ルフトハイト(jb6970)

大学部3年4組 女 インフィルトレイター
ついに本気出した・
砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)

卒業 男 アストラルヴァンガード
あなたへの絆・
米田 一機(jb7387)

大学部3年5組 男 アストラルヴァンガード
縛られない風へ・
ゼロ=シュバイツァー(jb7501)

卒業 男 阿修羅
外交官ママドル・
水無瀬 文歌(jb7507)

卒業 女 陰陽師
撃退士・
イーファ(jb8014)

大学部2年289組 女 インフィルトレイター
娘の親友・
キョウカ(jb8351)

小等部5年1組 女 アカシックレコーダー:タイプA
鳥目百瞳の妖・
百目鬼 揺籠(jb8361)

卒業 男 阿修羅
七花夜の鬼妖・
秋野=桜蓮・紫苑(jb8416)

小等部5年1組 女 ナイトウォーカー
もふもふヒーロー★・
天駆 翔(jb8432)

小等部5年3組 男 バハムートテイマー
Half of Rose・
浅茅 いばら(jb8764)

高等部3年1組 男 阿修羅
撃退士・
茅野 未来(jc0692)

小等部6年1組 女 阿修羅
海に惹かれて人界へ・
ザジテン・カロナール(jc0759)

高等部1年1組 男 バハムートテイマー
その愛は確かなもの・
華子=マーヴェリック(jc0898)

卒業 女 アストラルヴァンガード
Eternal Wing・
サラ・マリヤ・エッカート(jc1995)

大学部3年7組 女 アストラルヴァンガード
『久遠ヶ原卒業試験』主席・
大空 彼方(jc2485)

大学部2年5組 女 阿修羅