「だれだぁ、あいつは? 見ねー顔だな」
同行メンバーと斡旋所で顔を合わせたラファル A ユーティライネン(
jb4620)は、訝しげに呟いた。
どうやら他の仲間達も直接の面識はない様だが、何人かは「ああ、あれが例の…」と思い当たる程度には噂を見聞きした事があるらしい。
しかし今は事件への対応が先、詳しい話はそれを片付けてからだ。
「一緒に戦うのは初めてですね、よろしくお願いします」
浪風 悠人(
ja3452)は自分よりも年下に見える少年に対しても、きちんと丁寧な挨拶を欠かさなかった。
それにしても、もう既に一戦交えてきた様な格好なのは何故だろう。
「ああ、これですか…実はまだ帰還して間もないんですよ。着替える間もなく、この事件を知ったものですから」
「こんな簡単な事件、他の誰だって出来るだろ」
なにもそんな状態で無理をすることはないのにと、少年は何か不思議なものでも見る様に悠人を見た。
「でも、誰かが助けを求めていると聞けば、放ってはおけませんから」
まだ戦えるなら、そして誰かに必要とされる限りは。
「誰かの為に戦えるのならこの程度何ともないんですよ、僕の中では、ね」
「…ふぅん」
気のない返事をして、少年は目を逸らす。
まるで、その姿が眩しすぎるとでも言う様に。
「ともかく、足は引っ張りませんがもしもの時はよろしくお願いします」
「もしもなんて、あるわけないだろ。相手はゴブリンだぜ?」
そっぽを向いたまま、少年は答えた。
戦場に着いた悠人は、獲物を求めて突出しようとした一体を弾き飛ばす。
「隊列を乱してはいけませんね」
そのまま群れ全体を押し戻し、周囲を巻き込まない所に纏めて押し込んだら討伐開始だ。
悠人は少年が背後を取られない様に背中のカバーに回る。
本人は「こんな雑魚にやられるわけないだろ」と不満そうだが、レート差もあるし念には念を。
「おい、ディバ君、雑魚だからって手ぇ抜いて戦うんじゃねぇぞ」
鐘田将太郎(
ja0114)は、少年に対してそう声をかける。
雑魚多数、負傷者無しとの報告の通り、どう転んでも面倒な事にはなりそうもない現場だった。
とは言え世の中そういつも同じパターンばかりとも限らないのだが。
「さっさと退治して避難警報解除させようぜ」
将太郎が『俺は鐘田だ!』と大書された大鎌を振るうと、小鬼達の首が面白い様に飛んで行く。
やはり雑魚は雑魚――だが、普通ならこの程度で逃げ去る子鬼達が、今日は妙に粘るのが気がかりと言えば気がかりだが。
「見慣れないゴブリンがいるのも気にかかるな」
遙か後ろに目をやったミハイル・エッカート(
jb0544)が呟く。
後方に控えた何体かは、他の子鬼達よりも…何というか、お洒落をしていた。
身体には入れ墨の様な模様があり、鳥の羽で作った様な房飾りを頭に付けている。
人間で言えばシャーマンの様な雰囲気を纏っているが、あれは何だろう。
「まあいい、何だろうと蹴散らすだけだな!」
ミハイルは魔銃を構え、まるで縁日の射的の様に軽く撃ち倒していった。
「おーい達人君」
かったるそうにランスを振り回す少年に、戦闘そっちのけでラファルが話しかける。
「見ねー顔だから新人かと思ったが、随分と手慣れた様子じゃねーか」
それにしては、その目に生気がないのが気にかかっていた。
「やる気のなさや緊張感の欠如は大事故の元だぜ?」
不安の芽は事前に摘み取っておくのがラファル流という事で、戦いの最中でも構わず突っ込んで行く。
巷では爆破魔だのペンギンが本体だの言われている様だが、実は案外人好きの世話好きであるとは本人の談。
根性のねじまがった撃退士や勘違いしている新人やなんかにちょっかいを出すのが大好きで、話を聞いたりからかったり諭したりすることに無上の喜びを見出しているというからには、この少年に絡まない筈もなかった。
大丈夫、話しながらでも雑魚退治は出来る。
「こんな奴等、指先一つでダウンさせてやっから心配いらねーよ」
実際にそうしながら話を聞いた結果、何かを察したラファルは、ふいっと戦場を離れた。
「36レベルなんてヒーローにも悪魔にもなれるってのに、もったいねー」
口で言っても解らんだろうから、違う事を起こしてみしょうホトトギス。
御用聞きよろしく子供達の話を聞きに行ったラファルは、そこで予想もしないトンデモ回答に出くわす事になる。
普通の大人なら誰も信じないだろうが、生憎と撃退士は普通のカテゴリには入らない。
「俺は信じるぜ、話してくれてアリガトな」
その話とは一体…?
「さてェ、雑魚掃討作戦ねェ…」
黒百合(
ja0422)は余り気乗りのしない様子で、召喚したヒリュウに適当に戦わせていた。
なお召喚獣達のストライキは解除された模様。
「こうも歯応えが無いと面白くないわねェ…」
溜息を吐きながらアイアンスラッシャーを命じると、小鬼達がボウリングのピンの様に倒れていく。
「まったくだ、面倒なだけの作業だな」
それに応える様に少年がボヤいた。
「あらァ、ならどうしてこの仕事を受けたのかしらァ?」
「そっちこそ、なんで来たんだよ」
少年の問いに、黒百合は小さく笑みを浮かべるばかりで、何も答えなかった。
「数が多いし、面倒…」
Spica=Virgia=Azlight(
ja8786)は低空を飛行しながら、小鬼達の頭上にクレセントサイスと炸裂陣の爆弾を落として行く爆撃機と化していた。
上空からだと戦略シミュレーションゲームの様に、地上にマス目が描かれている状態が容易に想像出来る。
なるべく多くの敵が集まっている所に狙いを定めて撃てば、素早く効率の良い殲滅が可能――な筈なのだが、如何せん数がやたらと多い。
「少し纏まってくれると、楽なんだけど…」
その願いが通じたのだろうか。
ゴブリンAが現れた!
ゴブリンBが――以下どこまで続くのか、とにかく沢山!
ゴブリン達は合体してキングゴブリン(以下KG)になった!
「って、ディアボロって合体でけんのか!? どこぞのスライムか!」
しかも王冠付けてるし、と将太郎が驚愕の表情でそれを見上げる。
そう、それは見上げるほどに大きかった。
それが全部で8体も出来上がったのだから、これはちょっとした事件だ。
斧を手にした筋骨隆々のムッキムキで、接近戦が得意なパワー型に見える。
かなり強そうだ――見たところ中堅撃退士がタイマン張れる程度か。
「ああ、そうでないとな! 少しは骨のある殺し甲斐が欲しいぜ!」
ミハイルが嬉しそうに前に出る。
温存しておいたスキルを今こそ存分に使う時!
スタンエッジで足止めし――いや、止まらない。
「なんて奴だ、魔攻で俺を上回るのか!?」
流石はキングと名乗るだけの事はある、いや自分で名乗った訳ではないが。
しかし、よく見れば片足だけが麻痺した様に動かなくなっている。
しかもKGはそれを引きちぎって歩き出していた。
「くそ、どうなってやがる!?」
上空からその様子を見ていたスピカは手元の端末で過去の記録と照合してみるが、該当する記録は存在しなかった。
「新種…?」
スナイパーライフルに持ち替えて空中からの狙撃を狙うも、当たった筈の攻撃に怯む様子は全くない。
「っ…、効いてない…っ」
銃撃は効果がないのだろうか。
ならばと再び銀の槍に持ち替えて接近、アウルの雷を纏う巨大な槌を頭上から振り下ろした。
「手応え、あり…」
押し潰される様にひしゃげたKGの身体がバラバラに砕け散る――いや、元のゴブリンに戻った?
「なるほど、一定以上の攻撃を加えれば合体が解けるんだな」
多分そういう事だと、ミハイルは破魔の射手を撃ち放つ。
「手も足も出ないまま肉片散らかして地面這い蹲ってくたばれ」
その言葉通り、崩れてバラけた小鬼達は地面に叩き付けられて這いつくばった。
しかし、大部分はくたばる前に泡を食って逃げて行く――ただ、例のシャーマンの様な一体を残して。
「こいつが核になってたのか?」
ということは、こいつを倒せば良い訳だ。
KGの状態ではどこに隠れているのかわからないが、恐らく頭か胸の辺りだろう。
「わかりました、そこを狙えば良いんですね」
悠人はウエポンバッシュで一体だけを他から切り離し、一対一の勝負に持ち込んだ。
大剣にアークの光を宿し、核を狙って斬り付ける。
まずは頭、次に心臓を狙うが、個体によって核の場所が違うのだろうか。
「ならば、ここは…!」
身体の中心、腹を狙って斬り付ける。
途端、合体が解けてただの小鬼の寄せ集めに戻った。
「きゃはァ、ずいぶん強そうなのが出て来たわねェ♪」
黒百合はヒリュウを飛ばして退路を塞ぎつつ、弾丸蟲を放つ。
だが、どうやら点での攻撃は効率が悪い様だと、漆黒の巨槍に持ち替え接近戦へ。
敵の大振りな攻撃をかいくぐって突き刺し、振り抜く。
「人数少ないから、ディバ君、お前もゴブリン退治しろ。ベテランならちょちょいのちょいだろ?」
将太郎は少年にそう声をかけ、自身は闘気を解放、外殻を強化して、いざ本気を出してKGへ攻撃を加えて行った。
大鎌を振るう度に数体のゴブリンが剥がれ、KG本体は小さくなっていく。
「これで止め――」
だが、その視界の隅に何かを捕らえ、手を止めた。
「子供!?」
逃げ遅れたのか。
しかも、フリーになった一体のKGと、取り巻きの様にそれに従う一群の子鬼達がそれに気付いて近寄ろうとしている。
「ディバ君、手が空いてるんだったらお前があの子助けろ! 戦う気がないならそんくらいやれ!」
「空いてねーし、戦ってるし!」
だが、そこに駆け込んで来る者がいた。
「こいつは俺に任せろ」
ミハイルだ。
「その代わり少年、お前が一番守りが堅い。頼んだぜ」
格好いいところを見せるがいいと背中を押す。
「ちっ」
不満そうな様子を見せながらも、少年は子供の目の前に飛び込んで庇護の翼を展開、振り下ろされた斧の一撃を受け止めた。
直後に悠人が背中からアイビーウィップを撃ち込んで腕の動きを止める。
横からは黒百合が放ったアウルのロケット弾が炸裂、少年はその隙に子供を抱えて安全な場所まで下がった。
「ここは任せて、その子を避難所に届けてあげて下さい」
家族が心配しているだろうからと悠人に言われ、少年はその場を離れた。
「よし、戻って来るまでに残りを全部片付けるぞ」
動きを抑えていたKGに将太郎が引導を渡す。
残るは3体、全員でかかればあっという間だ。
「おっと、モタモタしてっと俺の見せ場がなくなっちまうぜ」
ラファルは光学迷彩で姿を消して背後に回り込み、魔刃「エッジオブウルトロン」を叩き込んだ。
スピカは空中からミョルニルを打ち下ろし、将太郎は大鎌で薙ぎ払い、バラけて散った子鬼達も黒百合が退路を断ち、一匹残らず追い詰めてプチプチと潰していく。
少年が戻る前に、全ては綺麗に片付いていた。
「おにーちゃん、ありがとう」
仲間達が少年と合流したのは、丁度そんな言葉をかけられている時。
「小さい子でも感謝されるのはいいモンだろ?」
将太郎にそう言われても、素直に「うん」とは言えないお年頃。
「どうだ、胸きゅんきゅんだろ」
そう言ったミハイルに対しては「ロリコンか、おっさん」などと悪態を吐く始末だった。
しかし、依頼の開始前に比べれば、その表情には生気が戻っている。
「どうよ、刺激を求めんならいつもと違うことしねーとな。自分から一歩踏み出すのが秘訣さ」
ラファルがカラカラと笑い、一同は反省会という名のトークタイムへ――
雪崩れ込んだのは近くのファミレス。
「まずは、一緒に戦ってくれてありがとうございます」
悠人がドリンクバーで乾杯の音頭を取る。
「それに皆で助け合えた事にも…たまにはこうゆういつもと違う事があると楽しいでしょ?」
笑いかけた悠人に、少年はまたしてもそっぽを向いた。
「こんなの、たまたまだろ」
そう毎回の様に劇的なドラマがあるわけでもないし、それを期待して依頼に出るのも撃退士としてどうなんだと少年は反論する。
(しかし、感謝されなくなったっつー理由で撃退士やめようかなって言ってたんだよな…?)
ドラマを期待するのがNGで感謝を期待するのはOKな根拠は何だと、将太郎は内心でツッコミを入れた。
(能力伸び悩みはわかるが、そんな理由でやめられてもなあ…)
その気持ちは、まだ変わらないのだろうか。
「後輩だけど、強い…。けど、まだやめたい…?」
スピカが尋ねる。
彼女にとっては、依頼とは新作コンボや戦術を試す場であり、今回の空爆もその一環だった。
初の試みで、まだ実験段階である為、今後も実践を重ねる必要がある。
だから、少年の「やめたい」という気持ちがわからなかった。
「どうして、撃退士になったの…?」
「それは、適性があったから」
「ディバ、選んだのは…?」
「守りたいから」
ヒーローとはそういうものだ。
少なくとも選んだ当時はそう思っていた。
「今は、違うの…?」
その問いには沈黙が返る。
「当時ってのは、まだ小学校の低学年か…随分長いな」
ミハイルが大きなプリンにかぶりつきながら言った。
「戦闘ジャンキーでもなければ10年近くやってられないと思うぜ?」
「あんたは?」
「俺か? 正義の味方ではないな。賞賛なんて気にしない、存分に力を振るい、人間を家畜扱いする天魔をぶちのめす、実に楽しい」
プリンが美味いのと同じくらい単純明快だ。
「私は…新しい事、試す為…」
スピカが言った。
阿修羅を選んだのは「火力こそ正義」だから。
レベル1でどこまで強くなれるか試し、その後も火力に特化して腕を磨いてきた。
コンボを見つけて試しトライ&エラーを繰り返して戦術も磨いてきた――経験は、まだそれほど多くはないけれど。
「ディバ君はこれからどうしたいんだ?」
将太郎が尋ねる。
続けるのも辞めるのも本人次第だから、それに関して口出しはしないが、悩んでいるなら何かしらアドバイスくらいは出来るだろう。
「高レベル、活かして…新人育成も、良いかも…」
黙ったままの少年に、スピカが提案してみる。
「お前はまだ若い」
暫く待って、ミハイルが言った。
「もし道が見えなくなったら周りを見回せ。違う道を歩いてもいい」
遠回りも悪くないものだ。
「…ま、今日はいい戦いぶりだったぞ。引退するには惜しい逸材だ」
あ、プリンおかわり。
「伸びが鈍った事を気にしてる様だが、楽しめばなんだって伸びるさ。俺、31のオッサンだが伸び盛りだぜ?」
そう言って、ミハイルは二つ目のプリンを口に運んだ。
その数日後、屋上には奥義修得の為に訓練を受ける少年の姿があったという。
もう一つ。
KGとはゴブリンが組体操の様に積み重なっただけの単なる寄せ集めであり、一つの個体に見えたのは強力な幻覚作用のせいであった、らしい。
しかし、あれはキングだったのだ――君達の心の中では!