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マスター:STANZA
シナリオ形態:イベント
難易度:普通
参加人数:14人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2016/09/18


みんなの思い出



オープニング


 近頃、他人を褒めることの重要性が見直されているという。
 企業や教育現場では、研修や授業の一環として「褒めスキル」を教えているところもあるそうだ。

 余程の天の邪鬼でもない限り、誰だって叱られたり卑下されたりするよりは、褒められて持ち上げられたほうが気分が良いに決まっている。
 自分に対して文句ばかり言う人よりも、いつも笑顔で褒めてくれる人に好感を抱くのも当然だ。
 褒める要素を積極的に探そうとすることで、普段は気付かなかった「相手の良いところ」にも気付きやすくなるだろう。

 そんなわけで、ブームにはとりあえず乗っかる久遠ヶ原学園でも、当然のようにそれに関する教育が取り入れられることとなった。
 その名も「褒め倒しバトル」という、いかにも学園らしい方法で。


 ルールは簡単、とにかく相手のことを褒めて褒めて褒め倒せば良いのだ。
 ただし、何でもかんでも適当に褒めれば良いというものではない。
 きちんと相手のことを理解して、或いは理解しようと努力した上での褒め言葉でなければ、受け取った方も良い気分にはなれないだろう。

「例えば……人の欠点を褒めるのは難しい」
 何故かその場に駆り出された門木章治(jz0029)が言った。
「俺に対して『くず鉄を作ることにかけては天下一品』とか……『突然変異には定評がある』などと言っても、それはただの嫌味だからな」
 本人が「欠点」として認識していることを「美点」として褒め称えるのは難しい。
 ただ、それも上手く褒めることが出来れば、心からの賛辞と受け取ってもらえるだろう。
 気でそう考え、真摯に伝えようとするならば、それは必ず相手にも伝わる。
 もっとも、それが好きな相手から言われたものであれば、真っ赤な嘘やお世辞だとわかっていても、単純に舞い上がって惚れ直すのが人や天魔という生き物だが。
 特に男はちょろい――などと思うのは偏見だろうか。

「褒める相手は友人、家族、恋人……誰でも構わない」
 二人で向き合って互いに褒め合っても良いし、目の前にいない相手に対して一方的に褒め言葉を並べても良い。
 内容によっては盛大な「ノロケ大会」になるかもしれないが、それはそれで大いにけっこう。

 或いは、敢えて嫌いな相手や敵の良いところを探して褒めてみるのも良いかもしれない。
 今は敵対する陣営に所属しているとしても、いずれは互いの壁が取り払われる時が来るだろう。
 その時に、笑顔で手を差し出すことが出来るように。


 なおバトルはショーの形をとって公衆の面前で行われるため、些少ではあるが報酬も出る。
 それが恥ずかしいなら、個人的に秘密の場所で囁いても良い。
 ただし、その場合は報酬は出ない。

 結局は報告書によって人目に触れるのだ。
 それなら開き直って人前で叫んでみても良いのではないかと思うが――

 まあ、そこはご自由に。



リプレイ本文

 バトル会場は異様な熱気に包まれていた。
 いや、甘ったるくて暑苦しい空気と言ったほうが良いだろうか。
 なにしろイベントの内容が内容であるだけに、舞台の上は熱々のカップルだらけ。
 見ている方もカップルであれば、みんな幸せで良かったねーとほのぼのするのだろうが、そうでない場合は血涙と共に「爆発しやがれ」と叫ぶ以外に何が出来ると言うのだろうか。
 もっとも、彼等はそれを承知で見に来ているのだろうから……まあ、自業自得と言うか自虐趣味乙と言うか。


 そんな中、ようやく一人で壇上に上がる者が現れた。
 雫(ja1894)である。

「そうですね……付き合いは学園に来た初期からでしょうか」
 誰のことを指しているのか、何も言わずに雫は静かに語り始めた。
「それからずっと苦楽を共にして来て、自身が傷付こうとも構わずに私を守って来た頼れる存在です」
 顔を上げ、会場を見渡す。
 その存在とは一体誰なのか、興味津々の顔、顔、顔。
 そこに雫が求める顔はなかった。
 少し安心したような、ちょっぴり残念であるような。
「それに私の成長を直ぐ傍で見守り続けてくれたかけがえのない存在です」
 そう言って、雫は自分のスピーチを終えた。
「えっ、誰のことか……ですか? 長年愛用している魔装についてですよ?」
 尋ねられて、今も身に着けているこのドレスアーマーのことだと、雫はしれっと答える。
「ルール的にも褒めたい相手ならOKと聞いたのですが」
 モノではいけないと、そんなことは言われていない。
「私の成長と共に手直しが入って来た防具ですから発言に嘘は一切言って無いのですが?」
 嘘は言っていないが、誤魔化したことはある。
 舞台袖に退いた雫は、誰にも聞こえないとうにそっと呟いた。
「本当に好きな人について大勢の前で話せる訳が無いじゃないですか……」
 そういうことは周囲に誰もいないところでそっと囁くものだ。
 ただひとり、本人だけに聞こえる距離で。


 会場が微妙に釈然としないような、モヤモヤする空気に包まれる中。
 次に壇上に上がったのはヒリュウを連れたエイルズレトラ マステリオ(ja2224)だった。

「まずはご紹介しましょう」
 エイルズレトラは奇術士らしい身振りで観客席に頭を下げると、傍らに浮かんだヒリュウに手を差しのべた。
「この子の名前はハート、僕の大切な相棒です」
 言葉に合わせて、ハートはくるりと一回転。
「みなさん、最強の召喚獣であるヒリュウを活躍させていますか?」
 まさか彼等を可愛いだけのマスコットだと思ってはいないでしょうね?
「ステータス目的であれば確かに低いと言わざるを得ないでしょう。しかしコストは軽く、他の召喚獣とは比べものにならないほど持続が長いのは明らかな利点です」
「キィ!」
「飛行もでき、知能も比較的高いため、召喚獣を召喚者から離して独立運用させるには最も向いた性能を持つ召喚獣なのです」
「キィキィ!」
「召喚獣は、シューティングゲームで自機にくっついて弾を撃つオプションではないのです」
 今はこうして、自分の周囲をクルクル飛び回っているけれど。
「頭数が増えるという最大の利点を活かし、自分と召喚獣が別々に行動しなきゃもったいないでしょう? 現実的にそれを可能にするのはヒリュウくらいなんですよ」
 つまり、オンリーワン。
「みんな、もっとヒリュウを活躍させるべきですね」
 そうだそうだと言うように、ハートはうんうんと頷いて見せた。
 しかし、それはそれとして。
「僕が最も声を大にして言いたいこと、それは――可愛さならうちのハートが最強ってことです!」
「キィ!」
 ご静聴ありがとうございました!


 会場がほのぼのとした空気に包まれた、次の瞬間。
 壇上に現れたのは、またしてもカップルの姿。
 浪風 悠人(ja3452)と浪風 威鈴(ja8371)夫妻のベタ褒め合戦が始まる。

「ここはレディファーストで、と行きたいところですが……」
 悠人は隣に立った威鈴の顔をちらりと見て、徐に会場へと目を戻す。
「威鈴はこの通り、とても可愛いので……もう我慢できません!」
 ということで、先に言わせてもらいます。
「まず最初に可愛い、とにかく可愛い。ほら、こんな風に撫でると目を細めるとこや褒めると照れるとこや舌ったらずな喋り方が可愛い!」
 実際にナデナデしながら、悠人はスピーチを続ける。
「甘えてくるとこも天然かますとこも分からないとすぐ聞きにくるとこもフラフラとどっか行っちゃうところも可愛い……ああ、ほら、もう少しだからじっとしてて?」
 フラフラどっか行きそうになるのを捕まえて、続行。
「寝顔も笑った顔も怒った顔も泣いてる顔すらも可愛い、でも一番はにへ〜と幸せそうな顔してるところが可愛い」
 そうそう、こんな顔です皆さん!
 でも可愛いだけじゃないんですよ!
「狩人としての腕は一流で的確に獲物を仕留めることに関しては圧巻です。仕留めた獲物も丁寧に皮と肉と分けてくれるし下処理や保存調理もお手の物、おかげで調理がし易いのなんの」
 まだまだありますよ!
「鍵開け、罠外し、地形把握、潜行も得意で戦闘でも支援攻撃がバッチリ噛み合うんですから……ほら今も可愛い!!」
 結局のところ、全てが「可愛い」に収束されるわけですが!

 その可愛い奥様は、悠人の一言一句にいちいち反応を返しては彼をキュン死させ、会場を「爆発しろ」コールで埋め尽くしていた。
 そして、いよいよ自分の番になり――
「んと…悠はいつも周りを見て気遣うの。ボク…いつも伝えるの…下手だから…悠が…ボクの言いたい…事…言ってくれる…の…嬉しいし有難い…の」
 今だって先にスピーチしてくれて、おかげで少しリラックス……んー……、却って緊張マックスになってしまった気が、しないでもないけれど。
 でも結果は問題ではないのです、その気遣いこそが素晴らしいのです。
「後…いつも…戦闘…の時…フォロー…してくれる…んだ…ボクは…壁…になってくれたり…殿…してくれたり…ボク…には…出来ないから…凄いんだ…」
 隣では褒められた当人が、「可愛い可愛い可愛い……」と呪文のように繰り返している。
 あの、もしもし、奥様の言うこと聞こえてますか?
「それに…料理出来るの…お弁当…作ってもらうんだけど…いつも美味しい…もの…とか好きな物…とかいれてくれ…るんだ…何時も…撫でてくれたり…ボクの…ペース…に合わせてくれる…の…嬉しい…」
「ああ、やっぱり可愛い!!!」
 はいはい、ごちそうさまでした、もうお腹いっぱいですー。


 しかし甘かった。
 いや、甘い甘い空気の話ではなく……まあ結局はそういうことになるのだが。

 次の参加者は長田・E・勇太(jb9116)、お一人様なら安心だと思うだろうが、そこが落とし穴だ。
「ミーはパートナーのことを褒めようと思う」
 勇太はまるでテレビの教育番組で見るようなスタイルでプレゼンを始めた。
「パートナーと言っても召喚獣のことではないヨ」
 フェンリルのエーリカは少々機嫌を損ねているようだが……いやいや、そんなことはない、多分。
「まずは、ミーと両思いになってくれた……Oh、名前は出せないネ?」
 それは残念。
 では彼女と呼ぼうか――名前がなくても、きっとわかる筈だから。
「まずは、彼女にサンクスと言いたいネ」
 彼女流に「!」を10個くらい付けまくれば、この想いが伝わるだろうか。
「彼女は一見明るい、明るすぎるほどに明るい……ナニ?」
 観客席から何か聞こえた気がするよ?
「アホの子なんじゃないかって?」
 失礼な。
 いや、そう思われるのは寧ろ本望か。
「分かってないナ、アホの子を彼女は演じてるのさ。人にばれないようにナ」
 え、バレてるって?
 それはまあ、部活などで付き合いのある一部のメンバーには見抜かれているかもしれないが。
「明るくする事で周りの空気を変える。やろうとしても、なかなかできない事だ」
 ここでまた、勇太は聴衆の声に耳を傾ける――大袈裟にも見える身振りを交えて。
「エ? 天然なんじゃないか?」
 そう見えることもあるだろう。
「天然だとしても、それは才能だゼ」
 寧ろ才能がなければ天然キャラは務まらないだろう。
「次に彼女は……」
 それからの五分間、勇太は褒め続けた。
 どこにそんなに褒めるネタがあるのかと感心するほど褒め続けた。
「以上でミーのプレゼンは終わりだ。どうダろう? みんなも彼女がほしくなったやつがいるんじゃないカナ?」
 あ、この「彼女」はガールフレンド……この国で言う恋人を意味する一般名詞だからネ?
「ミーの彼女はあげないヨ!」


 勇太がステージの袖に消えると、会場は闇の中に包まれた。
 観客は照明装置の故障かとざわつき始めるが、そうではない――これも演出なのだ。

 やがてステージの一角をスポットライトが照らす。
 そこに浮かび上がったのは長椅子がひとつ。
 向かって右には葛城 巴(jc1251)が腰を下ろし、その隣には何か細長いものが立てかけられていた。
 よく見れば、それは抱き枕。
 顔の部分には巴のお手製らしき似顔絵が貼り付けられている。
 どうやらそれを恋人に見立てて一人芝居を始めるようだ。
「こんばんは」
 巴は抱き枕に笑顔を向ける。
「依頼、MVPおめでとうございます。やっぱり貴方は、私の自慢の恋人です」
 そこで少し間を置いたのは、相手の返事を想定してのことだろうか。
「戦う貴方は綺麗で、いつも見とれてしまいます……『美は乱調にあり』と美術の先生も仰ってましたし」
 目を逸らすように俯き、頬を染める。
 一分の隙もなく整ったものよりも、少し乱れたり不完全だったりするほうが美しい……というような意味だ。
「いつも、私は貴方からたくさん貰っています」
 巴は抱き枕に寄り添い、そっと目を閉じた。
「優しさとか、元気とか、安心感とか……きっと貴方なら私を大切にしてくれるだろうと感じて、それが現実のものになって、言い表せないくらい嬉しくて、感謝しているんです」
 そしてまた「彼」から何かを言われたのだろう、数秒の間を置いて、巴は頬を染める。
「え……、そんな事を言う貴方は、可愛いです……」
 一体何を言われたのか。
 非常に気になるところだが、残念ながらそれが明かされることはなかった。
「それではおやすみなさい。私の いとしいひと……これからも、素敵な騎士で居てくれると嬉しいです」
 そして暗転。
 ドラマか何かなら、この後は朝チュンになりそうな状況ではある。
 けれど、一人芝居はこれでおしまい。
 この後は二人で――


 次のカップルがステージに上がった瞬間、誰もが思ったことだろう――「あ、これは爆破待ったなしだ」と。
 口を開く前から甘ったるい空気が周囲に充満し、非リアな聴衆を打ちのめしていく。
 彼等の名はミハイル・エッカート(jb0544)と、真里谷 沙羅(jc1995)。

「俺は常々思ってるんだが」
 ミハイルは客席に向けていきなりそう言った。
「日本人は口下手が過ぎるぞ。愛する女性は大いに褒め称えるもんだ!」
 俺が手本を見せてやると、ミハイルはナイトの如く沙羅の前に跪く。
「最初に出会ったときから思っていたんだ、こんなに柔らかな空気を纏った女性は初めてだと」
 かつて自分が属していた世界が特殊だったせいかもしれない。
 そこは彼女のような女性が存在できる場所ではなかった。
 だがそれを抜きにしても、沙羅は特別だ。
「一緒にいるだけで緊張がほぐれる」
 この自分が。
 我ながら信じ難いが、それが事実だ。
「料理は美味い、気立てがいい、美人だ、可愛い、笑顔が素敵だ……ありきたりの言葉では言い表せないな」
 ミハイルは立ち上がり、沙羅の手をとった。
「沙羅、君がいるだけで俺の周りに花が咲くようだ。その優しさは俺だけでなく、友人知人にも平等に降り注ぐ……」
 そこまで言って、ミハイルは言葉に詰まる。
(「俺は薄汚い闇社会の膿にまみれてきた。ずっと柔らかな温かい光が欲しかったんだ……」)
 沈黙が会場を支配した。
 やがて、これがラジオ放送ならば放送事故を疑われるほどの時間が過ぎた頃、ミハイルは再び口を開いた。
「俺がなぜこんなに沙羅に惹かれたのか分かった」
 顔を上げ、真っ直ぐに見つめる。
「君は光だ」
 台詞と共に、沙羅の全身が柔らかな光に包まれた。
 どうやら即興で入った演出のようだ。
「眩しすぎず、皆を心地よく和ませる。戦闘で乾いた心も癒してくれる。なんて素晴らしい女性なのだろう」
 歯の浮くような台詞を連発しても違和感が無いあたり、ビジュアル的に得している感がある。
「一緒にいるだけで俺は幸せだぜ」
「……はい、私も幸せです……」
 頷いて、微笑を返す沙羅。
 もうこれで砂糖は生産過剰、これ以上続けたら甘すぎて死者が出かねない状況だった。
 しかし、まだ沙羅の返礼が残っているのだ。

「ここの学生の皆さんも先生方もとても頑張り屋さんで素敵ですよね」
 深呼吸で動悸を鎮め、沙羅は教師の目で客席に向き直った。
「でもここは恋人であるミハイルさんの事を褒めたいと思います」
 先生は、ひとまずお休み。
 ここからは一人の女性として、ただ一人だけを見つめる。
「もちろん格好良いのは言うまでもないくらいですし、決めるところではしっかりと決めていて素敵なのですが……」
 何を思い出したのか、沙羅は小さく笑みを漏らした。
「お茶目な部分やピーマンが嫌いという可愛い部分があるのも魅力の一つですよね」
 それに、プリンが好きなところも。
「私の作った物を美味しそうに食べてくれる所もとても素敵で、よく私の事を褒めてくれます。何より私の事を好きと思ってもらえているのが行動の端々で伝わって来るのがとても嬉しいです」
 どんなに想っていても言葉にしなければ伝わらない。
 言葉だけでも伝えきれないものがある。
 継続して伝えていかなければ、流されて消えてしまう想いもある。
 面倒がって伝えることを怠ったために、想い合っていながら破局を迎えたカップルのなんと多いことか。
「本当、ミハイルさんに出逢えてこうして恋人同士になれた事はとても幸せだわ……」
 沙羅はそう言うと、再び客席に目を向けた。
「とにかくミハイルさんは素敵な方ですよ」
 ミハイルにスポットライトが当たり、頭上から紙吹雪が降りかかる。
「そんなミハイルさんの事が大好きです」
 まるで学校の朝礼か、何かの発表会のようなお辞儀をして、沙羅はミハイルの腕をとった。
 何となく「新郎新婦のご退場です」とアナウンスしたくなる雰囲気だ。
 もう、いっそこのまま教会に雪崩れ込んではどうでしょう?
 え? まだ早い?


 甘い空気にあてられた会場に、そこはかとなく漂う桜餅の香り。
 気のせいだろうかと斉凛(ja6571)は会場を見渡してみるが、そこに主の姿はなかった。
(「そうですわね、あの方がここにいらっしゃる筈がありませんわ」)
 この大会に参加することは教えていないのだから。

 凛はステージの中央に立ち、マイクスタンドに向けてそっと膝を折った。
 まるで、そこに「主」が存在するかのように。
「昔のわたくしは皆のメイド……でも今は、我が主は貴方だけと誓いましょう」
 ここは戦場ではないけれど、衣装はいつもの勝負服。
「嘘はつきませんわ」
 それでは聞いてください。
 我が主への、心からの賛辞を……!

 凛はマイクから一歩下がって、今度は会場へ向けて礼をひとつ。
 どこからともなくバックミュージシャンの演奏が流れ始める。
 メイドは軽やかに舞い、歌うように語り始めた。

 お姿麗しき
 誰もが振り返る佳人
 風雅な立ち振る舞い
 卓越した美的感覚
 まさに芸術品

 でも主の真の魅力は心

 穏和な口説で魅了し
 慈愛に満ちた気遣いが心を癒す
 意地悪な言動も相手へのリップサービス
 自身の事は忍耐強いが
 大切な人を傷つけられれば苛烈
 貴方の紡ぐ言の葉は全て他者への愛に溢れる

 貴方の微笑みに心が蕩け
 怒り露な様は凛々しく
 刀振るう仕草は舞
 流す血も鮮やかで美麗
 滲む色気が艶やか
 仕草一つが魅惑的

 貴方に一生捧げ仕える我儘を許して
 気高い誇りと繊細な優しさ
 唯一無二の至高の主人――


 語り終えた凛は、はっと我に返り、頬を染めながら逃げるようにステージを降りた。
 その姿を遠巻きに眺める影ひとつ。
「相変わらず情熱的だな……」
 影はちょっぴり意地の悪い笑みを湛え、呟いた。
「そんなに褒めても、君が望むようなご褒美は与えてあげないのに」
 くすくす。


 次にステージに上がったユリア・スズノミヤ(ja9826)も、褒める相手は同じ人物だった。
 真っ暗なステージに、スポットライトがひとつ。
「私の大好きな先生のコト、皆にもたくさん知ってほしいから」
 ユリアは場慣れした様子で、その光の中に立っていた。
 さすがに踊り子だけあって、立ち姿は美しい。
「その人は艶のある黒髪を持ち、いつも穏やかに微笑んでいて、仄かに桜の香りがする先生」
 いつもなら踊りで表現するところを、今日は言葉に託して記憶を形にしていく。
「最初は綺麗な人だなって、それだけだった。でも、先生と言葉を交わしていく内に……この人は、一人一人の生徒に親身に接してくれる優しい人なんだなって気付いたの」

 誰かの幸せを心の底から喜べる人
 誰かが悲しんでいたら、そっと添える人
 誰かが苦しんでいたら一緒に抱えてくれる人
 他人が傷つくのなら、自分が代わりに傷つく人――

「涙が出るくらい優しくて、尊敬する唯一の先生。だから……」
 ユリアはまるでその場に当の本人が存在するかのように、会場の一角をじっと見つめた。
「だから、そろそろ先生も幸せになるべきだと思うの」

「先生が大切に想う人と――」


 優雅に一礼し、ユリアはステージを降りる。
「芯が強く、優しい百合の香りには負けるよ。でも、ありがとう。……ふふ、幸せになれるかな?」
 ここにいない筈の誰かは、ひっそりとそう囁き、桜餅の香りを残して闇に溶けていった。


 続いて登場したのは、ラファル A ユーティライネン(jb4620)と不知火あけび(jc1857)の二人。
「どーもー、ラルでーっす!」
「アケビーでーす!」
 いやいや、違う、今日は漫才をしに来たわけではないのだ。
 真面目にいこう、真面目に。

「じゃあまずは私からね!」
 あけびは親友に向き合い、咳払いをひとつ。
「ラルの良い所はね……うん、ちゃんと自分を持っている所かな」
 ブレないって言うか。
「ラルは相手にどう思われようと自分を貫くでしょ? 大抵の人は相手にどう思われるか気にして多少自分を偽る……」
 そこで一旦言葉を切って、あけびはぷるぷると首を振った。
「あ、勿論これも悪い事じゃないよ。人間関係を円滑にするのも大事。だけどラルは自分がやりたい事を必ずやる。これもすごく強いことだと思う」
 我を通す為なら手段を選ばないような人もいるけれど、それとは違う。
「独善的じゃないんだよね。ラルの周りに人が沢山いるのが何よりの証拠だと思う。たまに少し物言いがきつい時もあるけど、全然後に引かないさっぱりした気性だから気まずくなる事が一切ないし」
 たまーに、ほんのちょっと険悪な空気になりかけることもあるけれど。
「そんな時だって、笑顔に愛嬌があって許せちゃう」
 そんな真っ直ぐな笑顔を向けられたら、どんな引っ込み思案でも自分の殻から出て来たくなるだろう。
「私達がこんなに仲良くなれたのはラルが躊躇わずぶつかってきてくれたから。だから私も素直に自分が出せたんだよ」
 あけびはラファルに手を差し延べる。
「これからもよろしくね、ラル」

「また随分と派手に褒めてくれたじゃねーか」
 少し照れくさそうに笑って、ラファルはその手を握り返した。
「じゃ、今度は俺の番だな」
 遠慮なく行くぜ。
「アケビちゃんはなー、自分の足りなさを自覚して先輩に対して教えを乞う謙虚さがすごいんだぜー。そしてそれを物にするのも早い」
 天性の呑み込みの良さもあるのだろうが、それだけではないだろう。
「サムライガールになるって言う明確な目標があるからね。そのまっすぐさが俺なんかにはまぶしいよ」
 くいっとペンギン帽子を直して、ラファルは続ける。
「最後に天魔被害者たちに対してもとことん優しい。敵を倒すことに集中しがちだが同時に被害者にも深く共感し最善の解決策を一緒になって考えてやれる。まだまだ甘い面もあるけれど、そんな彼女の親友でいられることを俺は誇りに思うね」
 それから……もう一人、ここにはいない相手を褒めてもいいだろうか。
「知ってるだろ、俺はサプライズが大好物なんだよ」
 褒める相手はもちろん、大事な彼女だ。
「かっこいい子だよ。普通なら諦めちまうような事でも愚直に悩んで前に進む。それが敵でも味方でも常に最善を考えてそして信じてくれる。それが俺の相棒なのさ」
 果たして彼女は見ているだろうか。
 見ていなくても、運営のほうで動画は撮ってある。
 後で送り付けてやるのも良いかもしれない。


 次に登場したのは、頭に白と茶色のぶち猫を載せたシグリッド=リンドベリ(jb5318)だった。
 会場内をきょろきょろと見渡して、標的の存在を確認。
 頭の猫をもふもふして心を落ち着かせ、大きく息を吸って――
「章兄……っ!」
 げほっ!
 会場の隅っこで、誰かが咳き込む。
「章兄は芯が強くて、真面目で、気遣いやさんで、優しくて、でも遊び心に溢れてて頭が良くて発明品とか凄い物一杯作ってて尊敬してます」
「……え、ちょ、おい!?」
 咳き込んだ誰かが今度は声を上げるが、周りに「しーっ」と窘められて小さくなった。
「それから、章兄の学校での白衣姿は学園一……いえ、世界一かっこいいです……!」
 シグリッドは本気だった。
 心の底から本気で思っているから、遠慮も自重もしない。
「眼鏡が知的で……あ、無くてももちろんかっこいいんですけど」
 しかし、褒められた当人はひたすら困惑していた。
 自分のどこに褒める要素があるというのか、ダメなところならいくらでも見付けられるけれど。
「僕の一番は章兄です、世界で一番だいすきな、……」
 そこで喉がきゅっと詰まる。
 けれど頑張って、声を絞り出した。
「だいすきな、兄です」
 それから、もうひとつ。
 面と向かっては言えないけれど――
「結婚おめでとうございます、章兄」
 それだけ言うと、シグリッドはステージを降りた。
 逃げるように、猫で顔を隠したまま。
「おい待て、シグ!」
 褒め逃げする気か、一方的に褒めるだけ褒めて逃げるとは何事だ。
 新手のテロか、褒めテロか。
「だって僕は、褒められるところなんて、ひとつもないのです……!」
 そんな声が聞こえた気がする。
「それはこっちの台詞だ!」
 結局のところ、似たもの同士なのだろうか。
 わかった、後で家に帰ったらとっ捕まえて褒めちぎってやる。
 覚悟しておけ……!


 そしてここにもう一人、当惑している者がいた。
 ステージに上がったのは桜庭愛(jc1977)、名指しされたのは雫。
「私、ですか……?」
「そう、雫ちゃん!」
 何がどうしてそうなった。
 愛はいつもの蒼いハイレグ水着でマイクを握る。
 ステージの上にはいつの間にか四角いリングが出来上がっていたが、今日の勝負はプロレスにあらず。
 マイクアピールでいつもの勧誘、心にぐっときちゃう言葉でノックアウトさせちゃうぞ!
 詩のボクシングなんてものがあるんだから、褒めプロレスがあってもいいよね!
 ということで、こうなった。
「あ、これ、プロレスっぽいから参加したんだけど、思いのたけをぶちまけるのは、最強、雫ちゃん♪」
 褒めて、倒せば良いんだよね?
 だったらやっぱり、対戦相手は強くなきゃ!
「んー、雫ちゃん。すっごく可愛いし、性格いいし、最高だよね!」
「そうでしょうか……」
「そんな雫ちゃんには絶対、このハイレグ水着が似合うと思うんだ」
 だから、どうしてそうなるの。
「チョイスとしては、手首にリストバンド、膝パット、リングシューズ♪」
「それは、部活の勧誘でしょうか」
「ちがう、ちがう。だって、これ、『褒める』ってバトルだから」
 愛は雫に向けてマイクを突き出した。
「さあ、最高の返しをして!」

 その後、二人がどんな勝負を繰り広げたのか、詳しい記録は残されていない。
 何故か突然、様々な電子機器に不具合が起きて、録画も録音も全て消えてしまったというのだが。

 不思議なこともあるものだ、うん。



 不思議と言えば、もうひとつ。
 出番を終えた凛とユリアが控え室に戻ってみると、そこには見覚えのある和菓子店の包みが置かれていた。
 聞けば、それは二人の「ファン」からの差し入れだという。

 ずっしりと重いその包みからは、桜餅の香りがほんのりと漂っていた。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:8人

歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
おかん・
浪風 悠人(ja3452)

卒業 男 ルインズブレイド
紅茶神・
斉凛(ja6571)

卒業 女 インフィルトレイター
白銀のそよ風・
浪風 威鈴(ja8371)

卒業 女 ナイトウォーカー
楽しんだもん勝ち☆・
ユリア・スズノミヤ(ja9826)

卒業 女 ダアト
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
ペンギン帽子の・
ラファル A ユーティライネン(jb4620)

卒業 女 鬼道忍軍
撃退士・
シグリッド=リンドベリ (jb5318)

高等部3年1組 男 バハムートテイマー
BBA恐怖症・
長田・E・勇太(jb9116)

大学部2年247組 男 阿修羅
永遠の一瞬・
向坂 巴(jc1251)

卒業 女 アストラルヴァンガード
明ける陽の花・
不知火あけび(jc1857)

大学部1年1組 女 鬼道忍軍
天真爛漫!美少女レスラー・
桜庭愛(jc1977)

卒業 女 阿修羅
Eternal Wing・
サラ・マリヤ・エッカート(jc1995)

大学部3年7組 女 アストラルヴァンガード