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マスター:STANZA
シナリオ形態:イベント
難易度:普通
形態:
参加人数:14人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2016/09/15


みんなの思い出



オープニング



 遠い昔、遙か彼方の久遠ヶ原島で……

 時は内戦のさなか。
 凶悪な久遠帝国の支配に、秘密基地から奇襲を仕掛けた反乱軍は初めての勝利を収めた。
 更にその戦闘の合間に、反乱軍のスパイは帝国軍の究極兵器の設計図を盗み出すことに成功。
 それは「スクラップ・キャノン(略してSC)」と呼ばれる、命中したもの全てをくず鉄に変えてしまう恐怖の大砲だった。
 凶悪な帝国軍に追われながら、反乱軍の姫は盗み出した設計図を手に秘密のアジトへと急いだ。
 人類を救い、久遠ヶ原島に自由を取り戻すために……

 だが、姫はアジトを目前にして帝国軍に捕らわれ、基地に連行されてしまう。
『助けてカド=キン・セノービ。あなただけが頼り』
 そのメッセージのみを残して――

 メッセージを受け取った反乱軍は、姫を救出し、また未だ完成を見ていないSCを完全に破壊すべく、帝国軍の基地へと果敢にも攻め入ったのである。



「……という設定で、サバイバルゲームを始める」
 残暑が続くとある休日、門木章治(jz0029)はそう宣言した。
 水鉄砲を使ったそのゲームは、ほぼ毎年の恒例行事。
 ただ毎年同じようなことを繰り返しているだけでは飽きが来るので、今年はちょっとした設定を考えてみたという次第。

 ルールは簡単、帝国軍と反乱軍に分かれて撃ち合い、倒された人数で勝敗を決める、それだけだ。
 ただし特例として、帝国陣地に捕らわれている姫を無事に救出した場合には反乱軍にボーナスポイントが与えられる。
 と言っても、時間の経過でポイントは減っていく。
 あまり手間取ると、せっかく助け出してもポイントが付かない可能性があるので注意が必要だ。

 帝国軍には赤い水、反乱軍には青い水が入った水鉄砲が支給される。
 両チームとも白いTシャツを着て参加、胸から下を撃たれた場合は即リタイア、ただし下半身には当たり判定がない。
 撃たれた場合でも自陣に戻って新しいシャツに着替えれば何度でも戦線復帰が可能だ。
 ただ、勝敗は色の付いたTシャツの数で決まるため、あまり何度も着替えると敵に点を与えてしまう結果になる。
 何回まで着替えるかは、戦略上の重要なポイントになるだろう。

「俺はカド=キン・セノービ、反乱軍を支援するシャダイの騎士だが、助けてと言われても実戦では役に立たない。あくまで後方支援に徹する……という設定だ」
 皆も好きなように設定を考えても良いし、そんなものは一切無視してひたすら撃ち合いだけに興じても良い。

 他、細かいことは解説にまとめてあるから、参加を希望する者は一度は目を通しておくように。


 では諸君、健闘を祈る。




リプレイ本文

 防砂林の奥、木々の間に隠れるように帝国軍の要塞はあった。
 反乱軍の奇襲攻撃を察知した帝国軍は、いずれ劣らぬ精鋭達を要所に配置して守りを固める。

「確かコーホーコーホー言う方ってこっちだよね?」
 雪室 チルル(ja0220)は何やらそれっぽいフルフェイスのヘルメットを装着、ダースチルダーと名乗った。
 ダースチルダーはバズーカ(タイプの水鉄砲)二丁を両肩に担ぎ、赤い色水が入った補給タンクを背負う。
 タンクの重さで一歩も動けないが、怪我のために元々殆ど身動き出来ない状態なのだから、これはペナルティではない。
「動けないんじゃないわ、動かないのよ!」
 壁の後ろでドンと構えて動かざること岩の如し、この超火力固定砲台の前を無傷で通り抜けられるものなら抜けてみるがいい!
「やっぱりあたいは天才ね!」

 ダースチルダーが右翼の守護神なら、黒百合(ja0422)は左翼の守護神だった。
「きゃはァ♪ 反乱軍は1人残らず処分してしまいましょうねェ♪」
 装備はやはりバズーカ二丁と補給タンク、そして何故か周囲にはクーラーボックスに入った大量のドライアイスと空のペットボトルが置いてある。
 これはいったい何に使うのか、気化したドライアイスで煙幕を張るのか、それともまさかのリサイタル開催か――それは始まってからのお楽しみ。

「確かに、色んな意味で暗黒面に堕ちた人達が多いですね」
 雫(ja1894)は周囲を見渡し、ぽつりと呟く。
 その中に自分自身が含まれているか否かはさておき、レベルの高さは闇の深さ、闇の深さは落とし穴の深さ。
 ということで、あちこちに落とし穴を掘っておきました、深さ50メートルほどの。
「落ちたら出られませんね……」
 翼があっても苦労しそうだし、自分もこの深さまで掘るには相当な苦労をしたものだ――いや、掘ること自体は大した手間でもなかったのだけれど。
 壁が崩れて生き埋めになりかけたり、うっかり温泉を掘り当ててしまったり、色々と。
 だからそこまで深い穴はひとつしかない、後は全て5メール程度に止めてあるから安心してほしい。
 全部で何個あるかは秘密だけれど。

 精鋭達が守りを固めた更にその奥、司令室にちんまり座るのは皇帝の側近クリス卿。
 お祭の屋台で買ったお面と、教室の暗幕を失敬して来た黒マントで気分を盛り上げたクリス・クリス(ja2083)だ。
「あ、借りたものは後でちゃんと返すよ!」
 脇に控えるのはグラサージュ・ブリゼ(jb9587)、白い甲冑(という設定の白シャツと白ボトム)に身を包み、白いヘルメット(に見立てた袋)を被った狐人型兵士だ。
 クローン兵は帝国に忠誠を誓い、命令には絶対服従する使い捨ての駒。
 彼等には識別番号の他には名前もない。心もなければ、死に対する恐怖も、殺すことに対する罪悪感もない。
 ただ、彼女は少しばかり他とは違っていた。
 何の因果か気まぐれか、クリス卿によって名前を与えられたのだ。
 その時からずっと、彼女は卿のそばに付き従っている。
「グラサージュよ、その命に替えても皇帝陛下をお守りするのだ」
「Yes! コマンダー!」
 クリス卿の言葉にびしっと敬礼を返すグラサージュ。
 今やその名を呼ばれることが、彼女にとって無上の喜びとなっていた。
 しかし同時に、心の疼きを感じる。
 これで良いのだろうか、これは果たして善なる行いと言えるのだろうか。
 帝国軍に、果たして正義はあるのか――
 しかし彼女は帝国のために戦うことを唯一の目的として造られた、それ以外には存在意義も価値もないクローン兵士だ。
(「深く考えない……これでいいはずだもん 」)
 この戦いに疑問を持つこと、それはすなわち己を否定すること。
 そればかりか、この名を与えてくれたクリス卿をも裏切ることになる。
 メットの下に苦悩を隠し、グラサージュは銃を構えた。


 戦いの始まりを告げる笛の音が鳴り響く。
 一斉に動き出す反乱軍の兵士達、彼等が要塞を目前にして真っ先に遭遇したのは、何と――

「キュゥ!」
 ラッコだった。
 正確にはラッコの着ぐるみに身を包んだ鳳 静矢(ja3856)だが、ここはラッコになりきった本人の意思を尊重してラッコと呼ぼう。
 ラッコは毛皮の上から白シャツを着込んで、敵の侵攻ルート上に立ちはだかった。
『この要塞を攻略したくば私の屍を越えて行け!』
 両手で掲げたホワイトボードにはそう書かれている。
 なお彼は丸腰だった。
『君達に撃てるか、この武器も持たない無抵抗な可愛いラッコを!』

 ずびしゃ!

 撃たれた。
 何の躊躇いもなく、真上から、バズーカで。
「キュゥ! キュゥキュゥ!」
 しかし頭のてっぺんから足の先まで青く染まったラッコは喜んでいる!
『もっと! もっと!』
 掲げられたホワイトボードの文字も水に流れて滲んでいるが、確かにそう見えた。
 撃たれたらリタイア、復帰する場合は新しいシャツに着替えて、というルールはどこへ行ったのか。
『だって暑いんだもん!』
 このラッコ、実はこの暑い夏に耐えかねて、ただ水を浴びて涼を取ることだけを目的に参加したらしい。
 サバイバルゲーム? なにそれ美味しいの?
 ルール? 知らない子ですね?
『さあ、私はここだ! もっと水を!』
 盛んにアピールするラッコ、しかし敵の弾に当たってもリタイアしないプレイヤーを、サバイバルゲームではゾンビと呼ぶ。
 ゾンビはいくら撃っても得点にならないお邪魔虫。
 それを排除するために、わざわざ貴重な弾薬(色水)を消費する奇特なプレイヤーはいるのだろうか。

 ラッコを水浸しにした重爆撃機ミレニアムラファルコン――ラファル A ユーティライネン(jb4620)は、防砂林を一気に飛び越えて早くも要塞の上空へ到達していた。
「帝国軍はそうそうたるメンツじゃねェか。だったら同盟軍にも決戦兵器が必要だな」
 俺式フライトフレーム「Rコンクエスター」で飛行形態になったミレニアムラファルコンはバズーカ二門を搭載、水陸両用モード「ラッガイ」を起動して機械部分への水の浸入を防いでいる。
 補給タンクを搭載し、移動力にペナルティを受けてもなお、歩兵の倍近いスピードを誇っていた。
 上空からバズーカを放てば、それは物理法則に従って眼下の標的を濡らす。射程距離など関係ない。
 だが下から上を狙うには、その物理法則が邪魔をする。
「圧倒的有利、この勝負もらったぜ」
 しかし、その進路を塞ぐ空飛ぶ筋肉天使こと戦闘爆撃機マクセル・オールウェル(jb2672)!

「誰にも我輩の邪魔はさせぬのである! 我輩、何としてもカド=キン・セノービの首を取らねば気が済まぬのである!」
 なにやら相当な恨みを買っているようだが、カド=キンはいったい何をしたのだろうか。
 ここで少し時間を戻してみよう。
 それはゲームが始まる少し前のこと、マクセルはアイデンティティ崩壊の危機に瀕していた。
「わ、我輩にシャツを着ろというである!?」
 彼にとって服とは、己の鍛え上げられ磨き抜かれた芸術品の如き素晴らしい肉体を覆い隠してしまう邪魔者である。
 決して相容れぬ存在であり、服を着ること即ち改造人間にされるも同然なのだ。
「何の権利があってそのような……っ!」
「権利はないが、それがルールだ」
 カド=キンは問答無用で白シャツを押し付ける。
「これを着なければ参加者とは認められないが、いいのか?」
「ぐぬぬ……!」
 ここまで来て蚊帳の外、皆が楽しそうに遊んでいる様子を三角座りで見ていろと言うのか。
 それは御免被るが、しかし服を着たら負けだ。
 完全なる板挟み、そして無言で突き出される白いシャツ。
「やめるであるショッカドキー! ぶっとばすであるぞ!!」
 その圧力に耐えきれず、マクセルは思わず握った拳を振り上げた。
 むろん、本気でぶっとばす気はない……多分。
 ただ、少し脅せば引き下がると思ったのだ。
 狙い通り、カド=キンは素直に引き下がった――と思ったら、代わりにスゴイの出て来た!
 薄紫の振り分け三つ編みを白いリボンで結んだムキムキマッチョのオネェさんである。
「紹介しよう、オカマ三兄弟の三男、ミキだ」
 そう言ったのはミハイル・エッカート(jb0544)、彼女(?)をこのゲームに誘った超本人だ。
「心配するな、あの三人の中では比較的まともな常識人……だと思う、多分」
 それに何より、彼女(もういいや彼女で)はミハイルの尻を狙わない……多分。
「ええ、アタシには心に決めた殿方がいますもの(ぽっ」
 そう本人も言っている。
「ただ、イケメンにトキメいちゃうのは許してネ、浮気とかそんなんじゃないけど、良い男にドキドキするのは乙女の嗜みでしょう?」
 誰が乙女か。
 いや、それは置いといて。
「マクちゃーん、お洋服着ましょうねー(はぁと」
 シャツを手に、じりじりと迫るミキ。
 体格差は殆ど無い、いやウェイトリフティングが趣味というミキのほうが、より重量感があるだろうか。
「や、やめるである! これはショッカドキーの差し金dッアーーー!!」
 抵抗虚しく、褐色の上半身に輝くぴっちぴちの白Tシャツ。
 サイズが合わないのは仕方がない、経費節約の為にフリーサイズで統一したのだから。
「うぐぐ……仕方あるまい」
 潔く敗北を認めたマクセルは、せめて着ていない風に見せようと忍法「雫衣」で誤魔化してみる。
 これで筋肉を着ているように見える、はず、だが……動くと術が解けてしまうのが玉に瑕。

 回想が長くなったが、そんなわけでマクセルは全ての黒幕であると個人的に認定したカド=キンを狙っているのだった。
「そこをどくのである!」
 ツイン・マッスル・エンジン搭載のTMEボマーは、肩のバズーカ二丁をミレニアムラファルコンに向ける。
 が、なかなか射程に射程に入らない。
 懸命に羽ばたいても、ちっとも前に進んでいる気がしなかった。
「くっ、補給タンクが重すぎるのであるっ!!」
 まるで泥沼を泳いで渡ろうとしているかのようだ。
「あー、まー頑張れよー」
 ひらりと手を振って、ミレニアムラファルコンはさっさとその脇をすり抜けて行った。
「なにっ、邪魔だてせぬであるか!?」
「わりーな、俺の目当ては姫さんの救出なんだ」
 それにミレニアムラファルコンの飛行モードは僅か2分程度しか続かない、モタモタしていたら姫のところへ辿り着く前に時間切れだ。
 マクセルとしては少しばかり拍子抜けである。
 しかし、これで何の妨害もなくカド=キンのところまで行けると思えばラッキー!
 ただ、いつになったら辿り着けるのか……試合終了までには、多分?

 誰も邪魔する者のない空を、ミレニアムラファルコンはその名の如く鷹のように翔る。
 バズーカによる空爆で地上の全てを青く染め、地上部隊の血路を開きつつ、囚われの姫のもとへ一直線。
 しかし。
「わが帝国の空を自由に飛べるとは思わないことです」
 待ち構えていた雫が星の鎖を放ち、ミレニアムラファルコンを引きずり下ろそうとする。
 だがミレニアムラファルコンはエンジン全開でそれに抗し、絡み付いた鎖を断ち切ってバズーカをぶっ放した。
「俺の翼は誰にも縛れねーぜ!」
 悠然と飛び去るその姿を、雫は黙って見送る――新しいシャツに着替えたら、今度こそ返り討ちにすると誓って。

「みずでっぽう……いっぱいうてるほうがつよそうなの、ですね……」
 茅野 未来(jc0692)はマシンガンタイプの水鉄砲を手に開始の合図を待つ。
「がんばっておひめさまをたすけるの、です……」
 始まる前に見かけたお姫様役の人がとても綺麗だったので、未来はちょっと張り切っていた。
 心なしか憮然とした表情をしていたけれど、それがまた美しさを際立たせ、本物のお姫様のような気品を感じさせた。
 それを見て何故かクスクスと笑う人達もいたけれど、どこに笑う要素があるのか未来にはさっぱりわからない。
 それはそうと、とにかく頑張らなくては。
(「シャヴィくんにも、すこしはいいところ、みせたいの、ですね……」)
 彼を誘った覚えはない、と言うか相変わらず連絡先はわからないままだった。
 ただ、一緒に遊べたらいいな、と思っていただけで――そうしたら偶然、シャヴィがここにいた。
「ヒーローはいつだって、呼ばれなくても駆けつけるものだよ?」
 人間界に滞在している間に特撮番組にでも嵌まったのだろうか、とにかく彼は今、未来の隣で水鉄砲を弄っている。
「面白いね、これ。銃って怖い武器なのに、それを当たっても怪我しないようなのに変えちゃうなんて……人間って面白い」
 しかし、そんな分析をするシャヴィの声も、未来の耳には半分くらいしか届いていなかった。
(「もっとかわいいみずぎ、よういすればよかったの、です……」)
 わかっていれば、こんな動きやすさ重視で何の飾り気もない白のワンピースなんて着て来なかったのに。
「ほら、始まるよ?」
 その声に未来は我に返った。
「いきましょう、です……」
 帝国軍に見付からないように、防砂林の中をそろそろと進む。
「……このきかいに、ちょっとでもたたかうのになれたいの、ですね……」
 マシンガンをぶんぶん振り回し――ズボッ!
 二人仲良く、落とし穴に嵌まった。
 幸い浅い方の穴だが、それでも深さは5メートルある。
「一網打尽ですね」
 見上げた穴の縁に人影が見えたと思ったら、上から赤い水が降ってきた。
 さて、いったん陣地に戻って着替えて来ようか。

「なるほど、要塞の前は落とし穴地獄か」
 その様子を見ていたミハイルは、身をもって危険を示してくれた二人に感謝しつつ対策を講じる。
「スレイプニルを先行させよう、上空からの攻撃に対しての盾にもな……いや、それじゃ落とし穴対策にはならんな」
 仕方ない、上から狙われるものは素直に撃たれよう。
「それよりも、穴に落ちたら大変だからな」
 自分はいいが、大事な恋人である真里谷 沙羅(jc1995)に怪我をさせるわけにはいかない。
 それにシャツなら予備はいくらでもある、こんな時のためにオカマッチョのミキを呼んでおいたのだ。
「ええ、補給なら任せてちょうだい☆」
 ミキがウィンクを投げてくる。
 付け睫毛がバサッと音を立てたような気がした。
 装備のせいで足は遅いが、寧ろそのほうが敵の攻撃に巻き込まれずに済む。
 いや、彼女のことを心配しているわけではない、タンクが壊れたり、替えのシャツが台無しになることを避けるためだ。
 足先で地面を確かめながら進むスレイプニルの背後に隠れ、ミハイルと沙羅はゆっくりと敵の要塞へ近付いて行く。
 そうだ、前方からの攻撃を防ぐ盾にもなるじゃないか、ついでに敵を蹴散らしてくれれば尚良し。
「沙羅、この戦いが終わったら俺と……」
 どさくさに紛れてうっかりフラグを立てそうになったミハイルは、慌てて続く言葉を呑み込んだ。
 フラグはへし折るものだが、わざわざ好んで立てるものでもあるまい。
 代わりに、こんなことを言った。
「実はな、帝国軍に娘がいるはずなんだ」
「まあ、娘さんが?」
 心配そうに聞き返した沙羅に頷き、ミハイルは続ける。
「赤ん坊の頃に帝国軍に浚われてな……今年でもう10年になる」
「それは、さぞかしご心配でしょう」
 沙羅はその手をそっとミハイルの手に添えた。
「必ず助け出しましょう。そして三人で一緒に帰りましょうね」
「沙羅……」
 いかん、思わず「コブ付きでもいいか」などと口走ってフラグを増築するところだった。
 しかしそんな細心の注意を払ってフラグを回避したにも関わらず、二人にはとんでもない危険が迫っていたのである。

「防壁の向こうに一人、誰か潜んでいます」
 生命探知を使った沙羅に注意を促され、ミハイルは効果時間の切れかかったスレイプニルを還し、再び喚び戻す。
 これで防御は完璧、だったはずなのだが。

「さァ、出番よォ♪」
 黒百合によって召喚されたヒリュウは、怯えた様子で小刻みに震えていた。
 その小さな肩にはヒリュウの手でも引き金が引けるように改造された大きなバズーカが乗せられている。
 腹巻きのように胴体に巻かれているのは、ドライアイスと色水を詰めたペットボトルの補給タンク。
 命令を聞かされたヒリュウは「いやいや」をするように首を振っているが、拒否権はなかった。
「いってらっしゃい、気を付けてねェ♪」
 ぽーんと投げられたヒリュウは意を決したのか諦めたのか、それとも自暴自棄か、とにかく言われた通りにバズーカの引き金を引いた。
 大量の色水がぶちまけられ、更にはアイアンスラッシャーで目の前を一直線に薙ぎ払う。
「きゃはァ、水鉄砲じゃ攻撃スキルは使えないけど、これなら問題ないでしょォ?」
「くっ、その手があったか!」
 沙羅を背後に庇いつつ、ミハイルはスレイプニルにも攻撃スキルを積んでおけばよかったと奥歯をギリリ。
 しかし攻撃自体はその巨体が盾となって防いでくれたから、これはこれで作戦成功――
「だと思うでしょォ?」
「なに!?」
 まだ何かあるのか、そう言えばあのヒリュウは攻撃を終えた後も撤退せずにその場でデタラメに暴れている。
 疑問に思ったその瞬間。

 バァン!!

 ヒリュウが爆発した。
 破裂音と共に飛び散る色水、その衝撃でスレイプニルは還り、飛沫が二人に襲いかかる。
 ヒリュウが身体に巻き付けていたのはドライアイス爆弾だったのだ。 ※よいこはまねしてはいけません、わるいこもだめですよ!
「カミカゼか!」
 なんちゅー無茶な真似を。
 予想外の出来事に沙羅を庇う暇もなかった。
「ここはいったん着替えて仕切り直しだ」
 全身真っ赤に染まったミハイルは、やはりイチゴのようになった沙羅の手を引いて後退する。
「何度来ても同じことよォ、反乱軍は一人も残さず処分するって言ったでしょォ♪」
 黒百合はドライアイス爆弾を増産、再びヒリュウを喚び出した――が。
 出て来ない。
 あまりの無茶ぶりと扱いのヒドさにヘソを曲げたのだろうか。
「大丈夫よォ、今度はちゃんと爆発の直前に還してあげるわァ♪」
 さっきの爆発でタイミングを計ったから、今度は上手く行く。
 しかし、いくら言ってもヒリュウは応えなかった。
 仕方なく他の召喚獣を喚んでみたが、どれもこれも反応がない。
 どうやら黒百合は謎の召喚獣ネットワークによってブラックテイマーと認識されてしまったようだ。
「意外と根性無いのねェ」
 ならばもう頼らないと、黒百合は残ったペットボトル爆弾を手当たり次第に投げてバラ撒き、自身はタンクとバズーカを担いで壁の後ろから躍り出た。
 おかしい、タンク担いでるのに移動力42とか、どうなってるのこのひと。
 召喚獣の特攻よりも、本人の通常攻撃のほうが何百倍も危険な気がする。

 着替えを終えて復活を果たしたミハイルは、沙羅と共に黒百合を迎え撃った。
 ダークハンドで動きを止めて――止まらない!
 ならば命中率の高さで真っ向勝負と思ったが、黒百合は一撃離脱の神出鬼没、狙いを定める暇もない。
 そればかりか、どこからともなく飛び出して来た謎のラッコが邪魔をする!
「そこのラッコ! 邪魔だ、どけ!」
 しかしラッコは寧ろ自分から当たりに来る勢いで射線に割り込んで来た。
「キュゥ!」
 両手を広げて「私を撃て」アピール。
『だって暑いんだもん!』
 大事なことなので二度。
「だったらその暑苦しい着ぐるみを脱げばいいだろう!」
『その発想はなかった!』
 しかし脱ぐ気はない。
 ラッコのままで涼を取るのが今回のミッションなのだ。
「くっ、弾切れか!」
 ラッコのせいで手間が増えたと、ミハイルは補給に戻ろうとする。
 だが、それを沙羅が引き留めた。
「どうぞ、こちらを使って下さい。その間に私が補給しておきますから」
 満タンのハンドガンをミハイルに手渡し、沙羅は補給に走った。
「ありがとう、さすがに気が利くぜ!」
 沙羅がいれば百人力、いや千人力だと舞い上がるミハイル。
 しかしそんな上昇気分を叩き潰すように、上空から赤い水の塊が落ちて来た!
「ミハイル殿、いざ勝負である!」
 カド=キンのところへ向かったはずのマクセルだ。
「我輩、火急の用なれど宿敵の姿を眼下に収むれば、どうしてこのまま素通りなど出来ようか!」
 実のところ、まだそのへんを飛んでただけなんですけどね。
「行きがけの駄賃である!」
 バズーカどーん!
「ククク、ミハイル殿! ミハイル殿では我輩には届くまい!」
「確かにそうだ」
 ミハイルは認めた。
「だがマクセルよ、お前はそれで良いのか。戦士として恥じるところはないのか!」
「ぐぬぬ! 確かにミハイル殿の言う通りである! しかし我輩、故あって地上に降りること罷り成らぬ!」
 だって一度降りたら飛べないルールだし。
「ああ、俺も今は大事な任務の遂行中だ。どうだ、ここはひとまず勝負を預けないか」
「心得たのである! しからばまた後ほど相まみえるのである!」
 そして風のように飛び去るマクセル――と、脳内では変換しておこう。

 だが、彼が去っても黒百合の攻撃は止まない。
 それに、帝国軍の守りにはまだダークチルダーと雫が、更にはクリス卿とその忠実なる配下グラサージュが残っているのだ。
 層が厚すぎるだろう帝国軍、それに比べて同盟軍の心許ないこと!
 頼りと言われたカド=キンはご隠居よろしく自陣に引き籠もっているし――だって誰も指示出してくれないんだもの!
 自分から進んで動こうとしないのは不良中年として正しい在り方である気もするけれど、良い歳をしてひたすら指示を待つだけというのも情けない。
 他のメンバーはそれぞれにどこかで暗躍しているのかもしれないが、帝国の精鋭部隊の前には結果的にミハイルと沙羅、そしてオマケのミキだけが残されることとなった。
 二人はもう何度シャツを着替えたことか。
「俺に、俺達にリタイアは無い! 何度倒れても不死鳥の如く蘇ってやるぜ!」
 そんな二人を黒百合はじりじりと右翼へ追い詰めて行く。
 そこには固定砲台ダースチルダーが待ち構えていた。

「やっと来たわね、待ちくたびれたわ!」
 動けないダースチルダーは溜まりに溜まった待機ゲージを一気に解放する。
 バズーカ二丁の片方を撃つ間にもう片方をリロードしつつ、絶え間ない範囲攻撃の連射を浴びせた。
「火力は裏切らない! 固定値も裏切らない!」
 攻撃は最大の防御、火力は正義、水鉄砲だけど!
 オーバーキル? さあ、なんのことやら?
「ヘイ、かかって来いよ!」
 やるなら本気でやろうぜ、その方が楽しいだろー! アハハハハハハ!

 ダースチルダー、何か危ない薬でもキメているのだろうか、それとも暑さのせいか。
 或いはホースの暗黒面(どこ)が暴走を始めたか――

 いつの間にか、ラッコの姿は見えなくなっていた。
 落とし穴に嵌まっていたのである。
 穴の底から青い空を見上げ、ラッコは考える……そして閃いた。
(「そうだ、補給タンクに浸かれば合法的に水に浸かれるのでは……!?」)
 あんまりずっと障害物だとゲームの邪魔になるしね!
 頑張って穴から這い出したラッコは自軍の赤水タンクに忍び寄り、上の方に穴を開けてドボン!
 涼しげな色とは言い難いが、水には変わりない――少し生ぬるい気がするのは気のせいだ。
『最初からこうすればよかった!』
 そしてタンクの中でぷかぷか浮きながら、ジュースとお菓子を腹に乗せてのんびりゲームを観戦するラッコ。

 コマンド:みんながんばれ

「まさか本当に姫役になるとは……どうしてこうなった」
 不知火藤忠(jc2194)は頭を抱えていた。
 姫役はまあ仕方がない、自分よりも沙羅のほうが適役だとは思うが、本人に「姫ではミハイルさんの傍にいる事ができませんから……」などと言われては、もう「爆発しろ」と返す以外に何が出来ると言うのか。
 しかし、それはそれとして。
「ドレスまで着る意味ないだろう!」
 まさかの藤姫再臨である。
「いや、意味はある!」
 響いた声は佐藤 としお(ja2489)ことトシザハット、ヒューマノイド人種ラメンに属する男だ。
 彼はありとあらゆる犯罪に手を染めている犯罪組織のボスであり、その性格は強欲にして冷酷、大胆にして野蛮。
 しかし自分に利益をもたらす相手には比較的寛大である。
 姫は今、そんな凶悪な男のもとに囚われているのだ。
「こういうのはなりきってナンボですからね、ガワを整えて雰囲気を盛り上げるのは大事ですよ」
 というわけで。
「大変申し訳無い! 協力して貰えないでしょうか?」
 拘束用のロープを手に満面の笑みを湛えるトシザハット。
「もちろん窮屈な思いをさせる分、快適に過ごせるように待遇には配慮させていただきますよ!」
「拘束しておいて快適もなにもないと思うが……まあいい、好きにしてくれ」
 ここまで来たらもう何も怖くない。
「では、お言葉に甘えまして!」
 トシザハットはパラソルの付いたサマーベッドに姫を座らせ、いそいそと縛り上げる。
 あ、趣味とかそういうのじゃないから! あくまで演出のためだから!
 なお両手は自由に動かせるようになっていますので、ご安心を。
「それは……縛る意味あるのか?」
「だって手が動かなかったら不便でしょう?」
「それはそうだが……」
 まあいいか!
「冷たいお茶のグラスも持てるし、拉麺だって食べられますよ!」
 そして出される熱々の拉麺。
「いかがですか、この宇宙では知る人ぞ知る行列の出来る店、トシザ拉麺の一番人気メニューですよ!」
「いや、それはちょっと……」
 心遣いは有難いけれど、暑いし、姫にラーメンってなんかその、イメージが。
「そうですか、それは残念ですねえ……美味しいのに」
 トシザハットは拉麺が好物である。
 目の前に拉麺があれば、どんな状況だろうと食べずには居られないほどの大好物である。
 よって、食べる。
 食べながら姫の救出を阻止する予定だった。

「姫叔父が本当に姫になったー!」
 藤忠のドレス姿に、不知火あけび(jc1857)はクスクスどころか遠慮なく笑っていた。
「笑うな!」
 薙刀で斬られそうになって、あけびはようやく笑いを引っ込めようとする――が、引っ込めきれずに余韻を残したまま言葉を返す。
「なら私は侍……違った、騎士になりますとも!」
 お姫様を迎えに行くのはナイトの役目ですからね、アケビー卿とお呼びください!

 試合開始直後、アケビー卿はマシンガン二丁を手に反乱軍の陣地を出る。
 いやでも目立つらぶらぶカップルの後ろにこっそり付いて行き、隙を見てそっと離れた。
 べつに夏の暑さをますます暑くする二人の熱にあてられたわけではない、目立つ存在を隠れ蓑に隠密行動を取るのはシノビの基本……いや、サムライだけど! それに今はナイトだけど!
「忍軍のスキルって便利なものばっかりなんだもん、仕方ないよね」
 それに生き延びるためには使えるものは何でも使うのがシノビの……いやいや、だからサムライだってば。
 そこらへんの問答はきりがないので置いといて、まずはとにかく任務の遂行が最優先だ。
「さて、誰の姿を借りようかな……」
 変化の術で帝国軍の誰かに化けて、何食わぬ顔で堂々と要塞に潜入する計画である。
 反乱軍に奪われる前に姫を別の部屋に移すとかなんとか言って近付けば、きっと誰にも怪しまれないだろう。
「うん、我ながら頭いい!」
 そう思ったところで、近頃よくそんなフレーズを使う友の顔が脳裏に浮かんだ。
「そうだ、チルルちゃんにしよう」
 彼女のことならよく知っているし、今日は帝国軍だし、ちょうどいい。
「ちょっと姿借りるね!」
 とは言え着ているものまでは真似出来ないから、なるべく見付からないように遁甲の術で気配を消して。
 本物と鉢合わせしないように戦場をぐるっと迂回して要塞に近付いた。
 しかし、姫はこの要塞のどこに囚われているのだろう。
 本物の帝国軍兵士なら迷うはずもないところで立ち止まっていると、壁の向こうから声がした。
「あなた、帝国軍ではありませんね?」
 見ればバズーカを構えた雫が立っている。
「そ、そんなことないわ! ほら、よく見て! あたいよ、あたい!」
 アケビー卿は友の声色を真似てみた。
「しかしチルダー卿なら右翼の固定砲台として守りを固めていたはず……」
「ちょ、ちょっと人質の様子が気になっちゃって!」
「そうですか……」
 雫はその説明に納得したように、バズーカの砲身を下げた。
 しかし。
「では、その青い水は何ですか?」
 残りの水量がわかるよう、水鉄砲には透明な窓が付いている。
 アケビー卿が持つマシンガンの窓から見えるのは、確かに青い色水だった。
「し、しまったぁぁっ!」
 バレた瞬間、砲撃を警戒したアケビー卿は畳返しで目くらましを狙う。
 だが雫の狙いは、まずダークハンドで動きを止めることだった。
 そして飛んで来る赤い水の範囲攻撃は避けられず。
「着替えて出直して来るよ……!」

 クリス卿の命を受け、要塞を出たグラサージュは反乱軍の兵士を狩っていた。
 木々に隠れながらハンドガンで狙い、逆に狙われればふさふさ尻尾でシャツを守るよう体を丸めて回避、反乱軍を一掃すべく戦場を走り回る。
 しかし、心の奥には抑えがたい思いが渦巻いていた。
 否定すれば否定するほど、それは前にも増して大きく膨れ上がり――
「最近何が正義か分からないの」
 気が付けば対峙した反乱軍の騎士、アケビー卿にそう漏らしていた。
「もしかして、帝国軍を抜けたいと思ってるの?」
 そう問い返され、グラサージュは否定とも肯定ともつかない声を喉の奥から絞り出す。
「帝国軍を裏切るつもりはない……ただ、彼等に正義があるとは思えなくて……」
 やがて渦巻いていたものがひとつの形になった。
「正しいことがしたいんだ……! ついてきて」
 罠ではないのかと疑うのは当然だろう。
 しかしその瞳を見て、アケビー卿は信じてみることにした。
 もしも罠だったら後ろから撃てばいい――卑怯な手ではあるが、向こうが騙すつもりなら非難される謂われはないだろう。
「そこは罠だ! 気を付けろ!」
 落とし穴を避け、グラサージュは注意を促す。
 そこに再び雫が姿を現した。
「性懲りもなく、また戻って来たのですね……しかも今度は正真正銘、帝国軍の兵士と共に」
 雫は二人にバズーカの狙いを定める。
「一応、訊いてあげましょう。何故帝国を裏切り、反乱軍の手助けをするのですか?」
「なぜ助けるか? それが正しいことだから!」
 叫びと同時にグラサージュは要塞の壁に向けてバズーカを撃ち放った。
「姫はその先だ!」
 そう言い残すと、雫に向かって突っ込んで行く。
 白い甲冑の右肩が赤く染まった。

「そろそろ私の出番だな」
 後方に控えていたクリス卿はゆっくりと立ち上がると、反乱軍――ミハイルと沙羅の前に立った。
「ここまでは敵ながら良くやったと褒めてやろう、しかしここまでだ」
 クリス卿は片手を前に突き出し、手のひらを二人に向ける。
「貴様らを赤染料の海に沈めてくれよう」
 だがしかし、ホースは発動しなかった!
 と言うかクリス卿は丸腰だ!
「何のつもりか知らんが、俺達にそんな技は通用しないぜ!」
 ミハイルの反撃!
 その間、他の帝国軍兵士の攻撃からは沙羅(が召喚したケセラン)が身を挺して守る!
「とても心苦しいのですが、他に方法を思い浮かばなくて……」
 盾代わりにされたケセランは白いもふもふの毛を真っ赤に染めて、何か言いたそうに沙羅を振り返った。
 焦点の合わないエメラルドグリーンの瞳に見つめられると、なんだかものすごく悪いことをしたような気になってくる。
「本当に、ごめんなさい」
 後で良い香りのするシャンプーで綺麗に洗ってリンスしてあげるから、今だけは我慢してくれないだろうか。
 召喚獣を洗うって、あまり聞いたことはないけれど。
「きゃー集中攻撃がキター」
 マシンガンの連射を浴びて、クリス卿はあえなく退場、そして復活。

「油断大敵……今度は負けない」
 ぐっと拳を握り、しっかり装備を調える。
「ミハイルーク・ランドウォーカーにホースは効かぬか……やはりな」
 意味ありげな笑みを漏らし、クリス卿は再び反乱軍の前に出ようとした。
 しかし、その時。
「クリス卿、反逆者を捕らえました」
 雫によって目の前に引き出されたのはグラサージュだった。
「何故だ、私が名を与え、目をかけてやったというのに」
「そのせいかもしれません」
 名付け親の言葉にグラサージュは答える。
「名前をいただいた時、私の中で何かが変わりました。クリス卿、あなたは私に名前だけではなく、心をも与えてくれたのです」
「ならばこの私が、自ら裏切者を作り出してしまったということか」
 皮肉なものだが、皇帝に逆らう者には理由を問わず死あるのみ。
「さらばだ」
 水鉄砲ぴゅっ!
「私が死んでも代わりはいるもの……」
 これでいい、これでよかったのだ。
 満ち足りた笑みを浮かべ、鎧を赤く染めたグラサージュはその場に崩れ落ちた。

「思わぬ手間をとったな」
 何事もなかったかのように、クリス卿は戦場へ舞い戻る。
 敵の攻勢を崩すには、やはりミハイルークを止めるしかないようだ。
「私が直々に手を下そう」
 クリス卿は配下に命じ、攻撃の手を止めさせた。
 その隙にミハイルと沙羅は要塞の奥へと侵入する――だがしかし。
「反乱軍、ここまでだっ」
 抜き足差し足で背後から迫ったクリス卿は、二人の背に向けてマシンガンを構える。
 引き金に指をかけ、勝利を確信――ところが、ミハイルは思わぬ行動に出た。
「甘いな!」
 振り向きざまにマシンガンの銃身を掴み、それをクリス卿の手から取り上げたのだ。
「そんな、白兵戦は想定外だよー」
 こうなったら奥の手だ、この台詞で揺さぶってやる!
「Mikhail I'm your Daughter!!」
 ホースが効かぬのが何よりの証拠!
「Nooo!!」
 うそだ、俺の娘が悪の親玉であるはずがない!
「パパはそんな子に育てた覚えはないぞ!」
「当然だよ、育てられる前に浚われたんだから!」
 隙あり!
 ハンドガンで至近距離からぴしゅっ!
 勝利の味は苦かった。
 しかしミハイルはその場で着替えリスタート!
「クリス、お前は俺が助ける!」
「クリスさん、今なら誰も見ていませんよ。着替えてしまえば、もう帝国の騎士とは誰もわからないでしょう」
 二人はクリスをダークサイドから引き戻しにかかる。
 姫の救出?
 もちろんそれも大事だけれど、今はもっと大事なことが……!

 ラファルは光学迷彩で姿を消しつつ上空から接近し、姫を捕らえたトシザハットに奇襲をかけていた。
「反乱軍よ姫は儂のもんじゃ!」
「そうはいかねー、姫は返してもらうぜ!」
 ここまで運んでくれた翼は既になく、地上を駆ける歩兵となった今では高低差によるアドバンテージも望めないが、代わりに周囲を縦横無尽に走り回ってマシンガンを連射することで優位に立とうとする。
 しかしトシザハットはシールドで自身を守りつつ、ビーチパラソルを掲げてその攻撃を悉く防いでいた。
 ラファルが近付いたタイミングを狙ってパラソルの下から狙いを付け、クイックショット(に見せかけた普通の早撃ち)でびしゃー! ※水鉄砲でそのスキルは使えません
 それをラファルは空蝉で華麗にかわす!
「ここで墜ちるわけにはいかねーんだよ!」
「墜とす必要はないのじゃ、粘れば儂の勝ちじゃからのう!」
 そう、彼の目的は25分以上の時間を稼ぎ、反乱軍に得点を入れさせないことだったのだ。
「それを過ぎてしまえば、後は姫を取り返されても痛くも痒くもないのじゃ!」
 残り20分弱、粘れば勝ちだ――個人的に。
「そういうことかよ!」
 だがラファルも、ただ闇雲に駆け回っているわけではなかった。
「こういうときに、からだがちいさいと、べんりなの……ですね」
 トシザハットがラファルに気を取られている間に、こっそり近付く未来とシャヴィ。
 そしてもうひとり、アケビー卿がそっと忍び寄っていた。
「助けに来たよ、お姫様」
 小声で囁き、わざと目立つように見得を切る。
「トシザハット、姫は返してもらうよ!」
「なんじゃと、そうはさせるか!」
 姫のもとへは近付けさせまいと、トシザハットはハンドガンびしゃー!
 しかし狙いは明後日の方へ逸れていく!
「な、なんじゃ、どうしたのじゃ!」
 方向感覚がおかしいぞ!
「悪いな、奇門遁甲をかけさせてもらった」
 見ればいつの間にか、姫が縄を解かれているではないか!
「ぐぬぬ、そのガキどもか!」
 悔しそうに地団駄を踏むトシザハットは姫を縛っていたロープでグルグル巻きにされ、サマーベッドに転がされていた。
 念のためにそのシャツを青く染めて、救出完了!
「わ、儂の完璧な計画がー! せめてあと1分粘っていれば!」
 現在、開始から9分。
 反乱軍のボーナスポイントは10点になる。
「10点でもそれほど有利になるとは思えねーがな」
 もう少し早ければ30点が入ったのにと少し悔しそうに、ラファルが姫にバズーカを投げて寄越した。
 アケビー卿はマシンガンを一丁手渡す。
「さっさと戻って着替えるぞ!」
 そして帝国兵を倒しまくって得点を稼ぐのだ。
 姫は仲間を周囲に集めて韋駄天をかけ、全力疾走――いや、待て。
「どうした、何を震えてる?」
 未来といっただろうか、小さな女の子がぷるぷるしながら自分を見ている。
「お、おとこのひと、だったの、です……?」
 他の人達がクスクス笑っていた理由がやっとわかった。
 声を聞くまでわからなかった。
 わかった瞬間、反射的にぴゃーっと逃げた。
「ごめん、あの子は大きな男の人が苦手なんだ」
 彼女の友達だという男の子が、そう言って後を追いかけて行った。

 人質の姫が救出されてしまっては、もう要塞を守る意味はない。
 帝国軍の兵士達は逃げた反乱軍を追って林の中を駆けた。
 しかしダースチルダーは動けないし、動かない。
「こんな時こそ待ち伏せよね!」
 砂の中にロープを埋めて、反乱軍が通りかかったタイミングを見て――引く!
 壁走りを駆使して木から木へと飛び移るように走っていたアケビー卿とラファルには影響がなかったが、全力疾走していた姫はものの見事に引っかかった。
「さあ、観念してもう一度囚われの身に戻りなさい!」
 ダースチルダーはバズーカをズドン!
 しかし姫も負けじと打ち返し、真ん中で混ざりあった紫色が弾けて飛んだ!
「姫が戦えないと思ったか?」
 攻撃は最大の防御と笑顔で返す姫、だが両者とも飛沫を被って紫色に染まっている。
「引き分けね! まだ勝負は付いてないわ!」
 ダースチルダーはもう一丁のバズーカを担いで狙いを定めた。
「今度こそあたいの勝ちよ!」
 ばしゃっと上書きされて、紫は赤へと染められる。
「さあ、次の獲物は誰かしら!」
 それともそろそろ動いてみようか、タンクさえ背負わなければ何とか歩けるだろう。
 タンクだってきっと誰かが運んでくれるよ!

「門木殿、先ほどの恨みー!!」
 元ネタ的に考えて、我輩、反乱軍の基地を爆撃である!
 ただし翼はもう使い切った故に、今は爆撃機と言うより戦車である!
 そんなわけでマクセルはカド=キンに向けてバズーカをずどーん!
 しかし!
「間に合ったよ!」
 アケビー卿がその前に立ち塞がり、身を挺して赤い色水を食い止めた!
「大丈夫です、まだ2つ分ライフは残ってますから!」
 消耗したスキルを入れ替え、新しいシャツに着替えて、マシンガン二丁を両手に持って。
「ここからは……切り込み隊長だよ!」
「いよっ、アケビちゃん男前!」
 ラファルに茶化されたけれど、まんざらでもない気分だった。
「しょ……カド=キン・セノービは我らの希望、帝国軍には指一本触れさせないんだから!」
 どこらへんが希望なのかよくわからないが、物語的には多分そう言うのが正しいのだろうと思った。
 ニンジャヒーローで大きく羽ばたく翼の幻影を背負い、アケビー卿はマシンガンの銃口をぴたりとマクセルに向ける。
「まずは私が相手になるよ!」
 しかし。

「ちょっと待った、そいつの相手はこの俺だぜ!」
 満を持して、ミハイルの帰還である。
「待たせたな」
「おおミハイル殿、約束通り勝負である!」
 ハンドガンとマシンガンを手に、ミハイルは筋肉戦車に迫る。
 相手のバズーカが火――いや水を噴く直前に思い切り脇へ飛び、マシンガンを連射!
 だがマクセルはシールドという名の物質透過で全てを無効化――べちゃっ!
 あれ、無効化できない。
「誰である、阻霊符を使っておるのは!?」
 ちょっと待って、着替えるから。
「我輩何度でも甦るのである、帝国は量・質どちらも備えている故に!」
 次はちゃんとシールドのスキルを使うのである!

 自陣に帰り着き、速攻で普段の服装に着替えた藤忠は、ハンドガンとマシンガンを手に取った。
「……まぁ姫らしく支援型にするか」
 姫役を担ったからには最後までそれを全うするのがスジというものだろう。
 もっとも、口調まで姫っぽくしろと言われてもそれは断固拒否する構えではあるが。
「空になった銃を渡すから、カド=キンは補給を頼む」
 どうやら彼を狙っていたのはマクセルだけではないらしいと、藤忠は気配を消して木陰に潜む。
 代わりにアケビー卿が前に出て自分の存在をアピールした。
 その目の前に、雫が現れる。
「今度こそ負けないよ!」
 アケビー卿は木の幹を足場に高所へと駆け上がり、マシンガンを放った。
 しかしそれを木陰に隠れてやり過ごした雫は、ボディペイントで周囲の景色に溶け込みつつカド=キンに近付く。
 ダークハンドによる拘束からの、バズーカ攻撃――しかし、雫は撃てなかった。
 その直前に、藤忠が放ったショットが背中に命中していたのだ。
 目を離さずに追っていれば、気配を殺しても動きはわかる。
「よし、当たった!」
「姫叔父、やったね!」
 連携の勝利と喜ぶ不知火ズ。
「銃は苦手だったけど案外いけるね!」
「ああ、使ったことが無かったが案外面白いな」
 何でもやってみるものだとご満悦の二人。
 一方の雫は淡々とその事実を受け止めていた。
「……やられましたね」
 だが、まだ終わりではない。
 着替えたら仕切り直しだ、ついでに銃の中身も満タンにして来よう。
「やられたらやり返しましょう、二人分ですから20倍返しですね」
「おっと雫卿、そいつはこの俺を倒してからにしてもらおうか!」
 怪我の心配をせずに強敵と戦える絶好のチャンスと、ラファルがマシンガンを振りかざす。
「その次は黒百合卿だ、首を洗って待ってるがいいぜ!」

 勝負は混戦状態、時間内でどれだけ倒せるかという赤青入り乱れての撃ち合いになった。
 ようやくショックから立ち直った未来は、大きい人を選んで狙う。
「まとがおおきくて、あたりやすそうなの、ですね……」
 でも大きい人は怖いから、あまり近付けない。
 近付けなければなかなか当たらず……あれ、もしかして小さい人に近付いて撃ったほうが当たりやすい?
 しかし、その小さい人達がレベルの上位を軒並み占めていたりするのだから、世の中は――いや、撃退士はわからないものだ。
 ダースチルダーは新たに戦場となったフィールドのど真ん中に補給タンクを置いて、手当たり次第にバズーカを撃ちまくっていた。
 基本は近寄らせないスタイルだが、近付かれても大丈夫。
「砂ごと吹っ飛ばせばいいのよ!」
 足下を狙って、どーん!
 舞い上がる砂で自分も一緒に埋まっても気にしないのがダースチルダー流だ。
 補給タンクの赤い水にはラッコがぷかぷか浮かんでいる。
 しかし補給の度に水はどんどん失われ、遂には浮かべるほどの量さえなくなってしまった。
『水位が、水位が!?』
 出口の穴が遠くなる、出られない!?
 誰か助けて!


 そして、戦いは終わった。
 各自の死亡回数、もとい着替えたシャツの枚数は以下の通り。

【帝国軍】
 雪室 チルル 13
 黒百合 9
 マクセル・オールウェル 8
 雫 4
 クリス・クリス 1
 グラサージュ・ブリゼ 1
 佐藤 としお 1
 鳳 静矢 1

【反乱軍】
 ミハイル・エッカート 24
 真里谷 沙羅 15
 茅野 未来 4
 ラファル A ユーティライネン 3
 門木章治 3
 不知火あけび 2
 不知火藤忠 2
 シャヴィ 2

 合計:
 帝国軍 38(+10ボーナス)
 反乱軍 55

「これは倒された回数だから、少ない方が勝ちになるのか」
 藤忠が門木の手元を覗き込む。
「つまり、あたい達の勝ちってことね! 帝国ばんざい!」
「負けちまったかー」
 拳を突き上げるチルルに、がっくり肩を落とすラファル。
「エカちゃんとこは集中攻撃喰らってたもんなー」
 しかし、終わったことは終わったこと。

 ところで、クリス卿はあの後どうなったのだろう。
「ボク? 一度はパパ達に助けられたけど、裏切者として皇帝のホースにやられちゃったんだー」
 でもご心配なく。
「奇跡のご都合主義で生き返って、今は家族と一緒に幸せに暮らしてるよ」
 めでたしめでたし。

「よし、腹も減ったし、皆で飯にしよう……俺はラーメンがいいな」
 藤忠の鼻の奥に、食べ損ねたラーメンの匂いが蘇ってくる。
 姫役でなければ遠慮なく食べたものを……!
「ふふ、そうおっしゃると思って!」
 パラソルの下に転がされていたはずのトシザハット――としおがひょっこりと顔を出した。
「作っておきましたよ、トシザ拉麺の一番人気拉麺!」
 もちろん全員の分をね!

 あ、でもその前に……シャワーと着替えかな?


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:9人

伝説の撃退士・
雪室 チルル(ja0220)

大学部1年4組 女 ルインズブレイド
赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
アルカナの乙女・
クリス・クリス(ja2083)

中等部1年1組 女 ダアト
ラーメン王・
佐藤 としお(ja2489)

卒業 男 インフィルトレイター
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
伝説のシリアスブレイカー・
マクセル・オールウェル(jb2672)

卒業 男 ディバインナイト
ペンギン帽子の・
ラファル A ユーティライネン(jb4620)

卒業 女 鬼道忍軍
『楽園』華茶会・
グラサージュ・ブリゼ(jb9587)

大学部2年6組 女 アカシックレコーダー:タイプB
撃退士・
茅野 未来(jc0692)

小等部6年1組 女 阿修羅
明ける陽の花・
不知火あけび(jc1857)

大学部1年1組 女 鬼道忍軍
Eternal Wing・
サラ・マリヤ・エッカート(jc1995)

大学部3年7組 女 アストラルヴァンガード
藤ノ朧は桃ノ月と明を誓ふ・
不知火藤忠(jc2194)

大学部3年3組 男 陰陽師