「子供が一人で…急がねばですね」
知らせを受けて、イアン・J・アルビス(
ja0084)は反射的に席を立った。
詳しい状況はわからないが、子供が襲われている事だけは確かな様だ。
転移装置へと急ぐ間に、同じ目的を持つ仲間が二人、三人と増えていく。
「…ともかく一刻も早く救出しなくてはなりませんよね。わたしも全力を尽くさせて貰います」
走りながら、楊 玲花(
ja0249)が軽く頭を下げる。
「急ぎますか、最善の為に」
間に合ってくれと祈りつつ、彼等はゲートをくぐった。
そこは一面の銀世界だった。
ニンジャの脚力を発揮して、犬乃 さんぽ(
ja1272)は現場に近付く。
その目が捉えたのは、一本の木の周囲に群がる人型の何かと……
「あそこ! 木の上に男の子が…大変だっ」
「なんと、木の上にお子がおるとな?」
それを聞いて、真っ白い猫のスーツに身を包んだラカン・シュトラウス(
jb2603)が光の翼で空に舞い上がる。
見れば確かに、木の上で身を固くしている子供の姿があった。
その上には、何か謎の物体が引っかかっている様だが…あれは何だろう。
「あれはグライダーの様ですね」
小天使の翼で舞い上がったイアンが言った。
「お子と一緒にあるという事は、お子の物であろうな」
「その様です。壊してはいけないですね」
グライダー、と言われてもラカンにはよくわからないが、ともかくそれも救助対象である事に間違いはなさそうだ。
『今向かうのである、そなたを助けるゆえジッとしているが良い!』
「ぇっ!?」
頭に直接響いて来た声に、少年は目を丸くして辺りをきょろきょろ。
その拍子に――
「うわぁっ!?」
足が滑った。
下で蠢く異形のもの達が、嬉しそうな声を上げて鋭い爪の付いた手を広げる。
しかし――
「そうはさせないわよ!」
一瞬のうちに間合いを詰めた東雲 桃華(
ja0319)は闘争心を解き放ち、ハルバードで一帯の敵を一気に薙ぎ払うと、落ちて来た少年の身体を受け止めた。
「大丈夫?」
桃華は身を固くした少年の緊張が解れるのを待って、その身体を雪の上にそっと降ろす。
少年が何か答えようとする前に、その手にチョコバーとカフェオレを握らせた。
「はいこれ、お裾分けよ。君にあげるね」
「ぇ、あのっ」
事態の急展開に思考が追い付かない様子の少年は、言われるままにそれを受け取って…まだ目を白黒させている。
「チョコは好き?」
「ぇ、ぅ、うん」
「そう、よかった」
桃華は少し低い位置にある少年の目線に合わせて背を屈め、にこりと微笑む。
「ここは私たちに任せて。ね?」
その耳に、どこからともなく軽快な音楽が聞こえて来た。
「ニンジャ参上!」
声と共にスポットライトが人影を照らす。
「…これ以上の悪事は許さない、お前達の相手はボクだよ!」
デュエルヨーヨーをびしっと構え、敵に久遠ヶ原の校章を見せつけたヒロイン…いや、ニンジャヒーロー。
(危険な目に遭ってる人を、正義のニンジャとしては放っておけない、父様の国の平和はボクが守るもん!)
さんぽは、目を丸くして自分を見つめる少年に向かって「大丈夫」と言う様に小さく頷いた。
その反対側に回り込んだもう一人のニンジャ玲花は、残った敵の注意を引き付ける。
「今のうちに、その子を出来るだけ遠くへお願いします!」
それに応えて、白鳳院 珠琴(
jb4033)が光の翼で飛び込んで来た。
「助けに来たよ、ここは危ないから少し離れてようね」
「て、天使っ!?」
その姿を見て、少年は思わず後ずさり。どうやら天使や悪魔は全て怖いものだと思っている様だ。
そこに、よろよろふらふらと危なっかしく飛びながら現れた巨大な影。
「ええと、羽とかありますけど、私達は撃退士です。助けに来ま…」
「うわあぁぁっ!」
「うわっ!?」
驚いた少年の声に、牛図(
jb3275)は自分も驚いてバランスを崩し、雪の中に真っ逆さま。
「…あの。私、怖くないです」
そう言われても、雪の中からぬぼーっと現れた姿は…子供には怖いんじゃなかろうか。
けれど、牛図は安心して貰えるように精一杯頑張った。
「木の上のも大丈夫です。あと、これ。お守りです」
少年に乾坤網を付与し、出来るだけ可愛く見える様にニコリと笑ってみる。
「さあ、行くんだよ♪、ちょっとだけデモフライトだね♪♪」
珠琴は少年の身体を強引に抱え上げた。
「で、でもっ」
少年はまだ木の上を気にしている。
「大丈夫、あれが少年の大事な物だって事はわかってるよ」
御門 莉音(
jb3648)が天使の微笑を浮かべながら言った。
「グライダーは、あのカッコいいお兄さんが守ってくれてるからねー」
そう言われて、カッコいいお兄さん…牛図がこくりと頷き、グライダーの傍まで舞い上がる。
牛図はその場で懸命にホバリングをしながら、死守する姿勢をアピールした。
ちびっこの夢を守るのも撃退士の仕事なのだ。
「グライダーが無事でもパイロットたる少年が怪我してちゃ、意味ないでしょ?」
「我等に任せ、安全な場所で待つのである」
こくり、ラカンが頷いた。
「こ、今度はネコが喋ったぁっ!」
ああもう、きりがない。
「しっかり掴まってるんだよ♪」
問答無用で飛び立つ珠琴。
「うわ、ちょっ」
見た目の割に発育の良い胸に顔を押し当てられ、少年はモガモガと暴れている。
だが、暴れれば暴れるほどに腕はきつく締まった。
「暴れちゃだめなんだよ、落ちちゃうよ」
「でも、むにゅって、むにゅって!」
「そ、そんな事は今は気にしちゃだめなんだよ」
言われて珠琴も頬を赤らめるが、こうしていればもし敵が追って来ても少年には何も見えない。胸に気を取られていれば、その背後で起きている事にも気付かずに済むだろう。
(態々血生臭いモノを見せることもないよね)
莉音はショットガンを構えて周囲を警戒しながらその脇を飛ぶ。
やがて追撃の危険もなさそうだと判断した珠琴は、腕を少し緩めて少年に語りかけた。
「ね、見て。今きみ飛んでるんだよ」
言われて、少年は少し首を動かしてみる。雪の地面が少し遠くに見えた。
「今はボクが支えているけど、ちゃんと勉強していつか自分の力で飛ぶと良いんだよ」
「その為に、あのグライダー作ったんだよね?」
莉音の言葉に少年は頷く。
「テスト飛行、俺達も付き合うよ。だからもう少し待っててね」
戦いの場が見えなくなるまで飛び続けた珠琴は、見通しの良い野原の真ん中辺りで少年を降ろした。
ここなら近付くものがあればすぐにわかる。
二人は少年を間に挟む様に立ち、警戒を続けた。
「少年はおまかせします。此方は抑えてみせますので」
飛び去った二人に声をかけ、イアンはタウントで敵の注意を引く。
再び空に舞い上がると、グライダーから引き離す様に飛んだ。
「あまり賢そうにもみえませんが…流れ弾が当たってもいけませんね」
距離を離すと、敵は雪玉をぶつけて来る。手の届く距離なら爪で攻撃して来る様だ。
「向こう側は住宅地ですか。そちらに行かせる訳にはいきませんね」
イアンは直接攻撃が届く距離を保ちつつ、住宅地とは反対の開けた場所に敵を誘う。
そこにはハルバードを構えた桃華が待ち構えていた。
ぞろぞろと現れた敵の姿を改めて観察し、桃華はそれをゴブリンの様なものだと判断する。
天魔いずれだろうと、その違いは大した影響を与えないだろう。
「目立った武器も持っていないようだし、脅威は少ないと見て良いわね」
だが油断は禁物。
桃華はイアンに注意を促すと、アウルの力を集中させて迫り来る一団に向けて解き放った。
直線上に並んだ何体かがそれに貫かれて吹っ飛ぶ。
後はもう、ひたすら押しの一手だ。
「私のやることは一つ…害なす天魔を斬り潰すだけ」
ハルバードが翻る度に、雪の上に赤い模様が描かれていった。
ラカンは阻霊符を発動させると、少年の姿が見えなくなるまで見守っていた。
「お子に戦闘は毒なのである」
こくり。
「天魔であろうが人の形をしているゆえ特に心に傷が出来たら不憫なのである」
こくり。
敵がどんな攻撃をしてくるのかもわからない。まさか範囲攻撃など持たないとは思うが、子供に見せない為にも戦いは離れた場所で、かつ素早く行うのが最善。
それに、あのグライダーというものも守らなければ。
今は牛図が懸命に守っているが、彼の飛行はいかにも危なっかしい。
和槍、雷桜を振り回す度にバランスを崩して、木に体当たりしそうになっている。
彼の負担を減らす為にも…間違ってグライダーに激突しない為にも、敵をこの場から引き離すのが得策だろう。
ラカンは上空からライトクロスボウを放ち、群がる敵を蹴散らしていった。
目指すは早期殲滅。
「逃亡を図る敵も逃がさないのである」
こくり。
万が一取り逃がしても、そこでは玲花が待ち構えている。
「街の方へ近づけさせる訳にはいきませんから、逃さぬように気をつけないといけませんね」
住宅地へのルートを塞ぐ様に立った玲花は、敵の目を引き付けたまま棒手裏剣や胡蝶扇を投げ付けた。
ラカンの矢を受けて逃げ出そうとしたものを優先して、その足を止める。
「ここから先は、ご遠慮くださいませ」
接近した敵にはにっこり笑って蹴りを入れ、フォトンクローで串刺しに。
影縛の術が必要なほど手強い敵ではなかったが、隙を衝いてコソコソと逃げるものを足止めするには丁度良い。
「さぁ、こっちだ!」
さんぽは歌と踊りに魅せられた敵を引き連れて、開けた場所に出た。
ここならグライダーにも被害は及ばないし、ヨーヨーが木にひっかかる事もなく存分に暴れられる。
「鋼鉄流星ヨーヨー☆シャワー!」
影手裏剣・烈で広範囲の敵を纏めて攻撃。飛び出したのはヨーヨーではなく無数の棒手裏剣だが、ニンジャたるもの細かい事を気にしてはいけない。
運良くそれを逃れたものは、踵を返してその場から逃げ出そうとするが…
「一匹たりとも逃がしはしない、ここは通せんぼだ!」
バシーン!
先回りして退路を塞ぎ、ヨーヨーを投げ付ける。
「あ、あそこ。一匹逃げてます」
頑張ってホバリングを続けていた牛図が、雑木林の切れた辺りを指差した。
届かないのを承知で、しかし方角を示す役には立つだろうと、牛図は六花護符で威嚇射撃。
「私が行きます!」
最も近い場所にいた玲花が飛び出し、行く手を塞ぐ。
爪が一閃、雪の上に赤い花が咲いた。
「これでもう、動くものはないであるな」
こくり、上空から敵の姿を探したラカンは、ふわりと地上に降り立った。
と、その頭上からどさどさと降り注ぐ雪。
「あ。すみません…」
大きな身体を小さくしながら、牛図が上空で頭を下げている。
その手に掴んだグライダーをそっと持ち上げ、枝でビニールを切らない様に気を付けながら地上に降ろした。
(あれ? これってタコって言う奴かと思ったら…)
よくわからないが、どうもそれとは形が違う様だ。
「これ、あの子が作ったのかしら」
手作り感溢れるその細工を見て、桃華が言った。
「とにかく、一刻も早くお子のもとへ届けるのである」
こくり。
「きっと心配しているのである」
こくり。
「あ、ほら……お兄さんが持って来てくれたよ」
雪の中を歩いて来る牛図の姿を見付け、莉音は少年の背中を軽く叩いた。
「大丈夫でしたか? ええと、これ、大事なものですよね? 私には壊れているかどうかわからないですけど…」
牛図は、グライダーを雪の上に降ろして少年の反応を伺う。
「…さっきは、ごめんなさい」
少年が言った。
「ありがとう。皆も、ありがとう。うん、全然壊れてない」
「そうですか、良かった」
心底安心した様な表情を浮かべた牛図に、少年はもう一度礼を言うと、グライダーの説明を始めた。
「凄いですね、自分で空を飛べるって素晴らしいです。私は…今回凄く頑張れましたけど、人間で言うとカナヅチみたいので…」
大きな身体が、シュンと項垂れる。
翼はあってもオマケみたいなもので、飛べない牛とか色々呼ばれた身としては、きちんと空を飛べる事は憧れなのだ。
「わぁ、凄い凄い…」
雪の上に置かれたグライダーを見て、さんぽが声を上げた。
「これ自分で作ったんだよね。ボクも飛ぶとこ見てみたいな」
「私も。せっかくの機会だし、見せてくれないかしら」
興味津々の様子で桃華が言う。
かくして…少年は再びジャンプ台の上に立った。
今度は、グライダーにしっかりと自分の体を括り付けて。
「命綱とか…あ、これハーネスって言うんだ?」
珠琴がその強度を確かめ、万一の為にと牛図が乾坤網をかける。
「怪我をしないおまじないです、あんまり長続きしませんけど…」
「うん、ありがと」
下では念の為にとイアンが待ち構えていた。
「彼には思いっきり挑戦して欲しいですしね」
「…自分だけで作り上げたものは何にもまして尊いものですからね。是非、見届けさせて下さいね」
玲花もそう声をかけて下に降りる。
「じゃ、行くよ!」
助走を付けて、グライダーは雪の野原に飛び出して行った。
ハラハラしながらその様子を見守っていたラカンは、すぐ後について飛び立つ。
自分もと続いた牛図は…いきなりスピンを始めて錐揉み急降下。
だが、仲間達に彼を気にする余裕はなかった。
――バキッ
ほんの一瞬、風を捉えて滑空したグライダーは、あっという間に空中分解。
「うわあぁっ!」
咄嗟の事に、後ろを飛んでいたラカンはオロオロウロウロ、下で待ち構えていた二人は慌てて駆け寄り――
しかし、その身体は平行して飛んでいた莉音に支えられ、無事に軟着陸。
「…壊れちゃった…」
見るからにガッカリした様子の少年に、イアンが声をかけた。
「失敗は存在しません、これは成功への過程の一つです。…まぁ受け売りですが」
「その夢…実現するといいわね」
桃華が項垂れた頭を優しく撫でる。
「実現するよ、きみみたいな人間の空に対する憧れが大きな飛行機を作ったりしたんだからね」
珠琴が微笑んだ。
「それはきっと天使でも出来ない素敵な事なんだよ」
「ね、こういうのはどうかな」
莉音が言った。
「仲間を集めてみるとか…おんなじ『飛んでみたい』っていう夢を持ってるのって結構いると思うんだよね」
「でも皆、僕のこと変な奴って」
「恥ずかしくて言えないだけかもよ? それに何人かでやった方が知恵も浮かぶんじゃないかな?」
そしてあわよくば仲間うちでBL的展開げふんげふん…ナンデモナイヨー。
「うん…」
生返事を返した少年を元気づけようと、さんぽがにっこりと微笑む。
「きっと出来るよ。これからも空への夢頑張ってね、ボク応援してるから」
と、そこに…
「また失敗です」
現れたのは、角の生えた巨大な雪達磨。
その姿を見て思わず笑い出した少年は、明るい声で言った。
「大丈夫、失敗は成功への過程のひとつだよ!」
暫く後、少年が通う学校の教室には、こう書かれた壁新聞が登場したという。
『飛行仲間、大募集!』