「リコが危ない?」
一報を聞いた浅茅 いばら(
jb8764)の頭に浮かんだ事はただひとつ。
助けに行かなければ。
何がどうしてそんな事になっているのか、詳しい事は後でいい。
(うちはリコの味方や。リコの、…きっと、恋人、やし)
恥ずかしくて口には出せないが、その認識は間違っていない筈だ。
その彼女が助けを求めているなら、飛び出して行く事に理由なんて必要だろうか。
けれど闇雲に飛び出したところでどうにかなるものではない、という事もわかっていた。
「まずは状況をきちんと確認して、準備を整える必要があるな」
鳳 静矢(
ja3856)の言葉に異存はない。
到着が多少遅れたとしても、きっと持ち堪えてくれていると、そう信じて。
「その悪魔は、僕達に対して明確な敵対の意思を示しているわけではないのですね?」
確認する様に黒井 明斗(
jb0525)が問う。
「リコさんは味方なの! オネイサンもきっと、悪い悪魔じゃないなの!」
「そうだよ、オネイサンはまだ少しわからない所もあるけど、リコさんは良い子なんだよ!」
種子島のカマキリーズ、香奈沢 風禰(
jb2286)@カマふぃ&私市 琥珀(
jb5268)@きさカマが間髪を入れずに力説した。
それならひとまずは信用して良いだろうと、明斗は頷く。
「行きましょう」
助けを求めるものが居て、助けていけない理由が無いなら、助ける事に迷いは無かった。
「撃退署に協力を仰ぐなら、こちらで連絡しておこう」
他に頼みたい事もあるからと、静矢がそれを買って出る。
「我々が突破する際の援護とその後の外の敵の足止めをお願いしたい……それと、もう一つ」
ネイサンの行動や身辺の調査を行い、問題が無ければ戦闘中でも構わないから連絡が欲しい、と。
「学園への受け入れ交渉を行いますので――ええ、現状冥魔に属している悪魔であれば未知の情報を持っている可能性があります。天魔との戦いが激化してくるのであれば味方は多い方が良いでしょう」
撃退署と交渉を行うには、感情面よりも利害を強調した方が話が通りやすいだろう。
そう読んだ通り、調査の結果から妥当と判断出来るならそれで構わないとの返答があった。
希望を叶える為にも、二人を無事に救出しなければ。
一方、礼野 智美(
ja3600)は学園のとある部署に問い合わせていた。
「今ヴァニタス養える悪魔って学園に存在します?」
学園に所属する冥魔には魂吸収もヴァニタス作成も禁じられている。
(複数の悪魔が少しずつ力を譲渡して養えたら良いけど、そんな事出来るかわからないし)
結果、少数ではあるが存在するとの返答があった。
よって、はぐれた悪魔が学園に帰属し、ヴァニタスを養う事自体は不可能ではない様だ。
ただしその際には身辺調査や適性検査などを厳密に行い、厳しい審査基準をクリアする必要があるという事だった。
結果として希望が実現しないケースもあるし、ましてや悪魔がその力を保持したままで受け容れられる事は稀であるらしい。
この事は仲間達にも伝えておいた方が良いだろう。
「本人の希望一番尊重だけど」
「と、なんでこんなに強襲受けてんのさ!?」
現場を見て、獅堂 武(
jb0906)は思わず声を上げた。
どこから手を付ければ良いのかわからない程に敵が密集している。
「まずは突破口を開けないとね!」
考えるよりも動くのが先と、雪室 チルル(
ja0220)が指示を出した。
「初手から全員で突撃、穴が空いたらゲートに突入よ! あたいは残ってここを守るから、後ろの事は気にしなくていいわ!」
撃退署から助っ人も来てくれたしね!
「それじゃ行くわよ!」
攻撃の気配を察して、ゲートを取り囲む様に展開する三首狼達が陣形を変えて来る。
輪になった鎖の一端が外れる様に開き、撃退士達の行く手を阻む何層もの壁になった。
だが、そうして纏まってくれた方が効率が良い。
「わざわざ濡れに来るとはご苦労な事だ、な」
アスハ・A・R(
ja8432)は真っ先に行動を開始、その手を天にかざした。
蒼く輝く針の様な魔法弾が敵の頭上に万遍なく降り注ぐ。
「雨は全ての者を等しく濡らすもの、だ」
そこに味方がいても平等に濡らす――が、行動が早かったが故に、まだ誰も射程内に踏み込んではいなかった。
続いてチルルが氷砲『ブリザードキャノン』を連射、吹雪のような白い輝きが狼の巨体を貫いていく。
雨に降られた上にチルルのパワーで三連射を浴びれば、さしもの巨体も大半があえなく膝を突く。
ぎりぎりで踏ん張っているものは武が封砲で吹っ飛ばし、トドメを刺した。
範囲外に逃れた三首狼は反撃のブレスを吐き出そうとするが、それが放たれる前にアスハの魔銃フラガラッハによる銃撃で口の中を撃ち抜かれる。
首のひとつが撃ち抜かれた狼は痛みの為か残る首を振り乱し、手当たり次第にブレスを放ってきた。
それをきさカマのコメットが押し潰し、カマふぃが撃ち出した炎の鳥が焼き払う。
「邪魔はさせないんだよ!」
「向こうが見えたなの!」
突破口が開いた。
それが再び塞がれてしまう前に、撃退士達は楔を打つ様に切り込んで行く。
静矢の紫光閃が敵の侵攻を押し止める様に炸裂し、ダメージを与えたところで山里赤薔薇(
jb4090)が眠りの霧で包み込む。
「暫くそうしてバリケードになっていなさい」
霧が届かないものには、殿に付いた明斗が春雷のルーンから生み出された雷の槍を投げ付けて動きを封じた。
しかし狼達は眠りに落ちた仲間にブレスを放って叩き起こし、倒れたものは踏みつけてでも穴を塞ごうとする。
その統率された動きに違和感を覚えたアスハは、司令塔がいる筈だと目を凝らした。
「あれ、か」
巨大な狼の影に潜む、人の形をしたもの。
人の形ではあるが、人間とも天魔とも異なる種族である様に見えた。
それが何であろうと興味はないが、問題がひとつ。
攻撃の射線が通らない。
もとよりここは自分の持ち場ではないと諦めて、アスハはゲートまでの距離を一気に跳んだ。
その背を追う様に、背後から一斉射撃が開始される。
撃退署からの応援部隊だ。
「そっちが数で来るならこっちだって!」
チルルの声が響く。
「ゲートの応援になんか行かせないわ! 行きたかったらあたいと勝負しなさい!」
その挑発に乗せられたのか、それとも後ろに控えた数を驚異と見たのか、狼の群れから人が姿を現した。
その隙に仲間達はゲートに飛び込んで行く。
「お願いします」
最後に明斗がそう言い残して姿を消すと、地上には静けさが残された。
ゲートの内部は壁自体がぼんやりと発光している様に、仄かな光に包まれていた。
「リコ! おネィさん! きたで!」
突入直後、いばらは借りて来た拡声器で思い切り叫んだ。
これでは敵にも自分達の存在をアピールする事になってしまうが、どうせ侵入は知られているだろう。
寧ろそれで敵の戦力がいくらかでもこちらに割かれるなら御の字だ。
「カマふぃ来たなの! リコさん! オネイサン! どこなのー?」
「助けに行くよー!」
拡声器を引ったくる様にして、カマキリーズが叫ぶ。
どこかそれほど遠くない場所から戦いの喧噪が聞こえて来るが、その方向に向かう通路は三本に分かれていた。
「中央の音が一番大きい…」
赤薔薇が呟く。
そこで最も大規模な戦闘が行われているのだろう。
とすれば、天使もそこに居る可能性が高い。
「わかりました、サポートはお任せ下さい」
明斗が頷いた。
「やはり身体が重い、な」
ゲート内のペナルティを感じ、アスハが凝りを解す様に身体を揺らす。
つまり、自分達はこのゲートの主ネイサンにとっては天使と同じただの侵入者扱いという事だ。
「オネイサンに会って助けに来た事をわかって貰えば、きっと普通に動ける様になるなの!」
というカマふぃの考えは楽観的に過ぎるかもしれないが、早めの合流が必要である事は確かだ。
「とにかく善は急げってこったね」
武は走りながら刀印を切り、通路の向こうから近付いて来る気配に向けて封砲を放った。
続いて走り込んだきさカマがコメットをぶちカマす。
「カマ流星群どーん!」
その攻撃で小型の狼サーバント達が押し潰された。
天井ぎりぎりまで飛んだいばらは通路の先に目を凝らしてみたが、途中で緩くカーブしている様で遠くまでは見通せない。
見える範囲に限って言えば、天使の姿はなかった。
(うちは実力的にもふるわへんけど、サーバントが相手なら何とかなる筈や)
いばらは隼の様に急降下し、両手に持った小太刀で狼に斬り付けていく。
反撃を受けない様に素早い攻撃と離脱を繰り返し、一頭ずつ確実に。
いばらが上空に離れた瞬間を狙って、武は狼の鼻先にショットガンをばらまき、牽制。
思わず怯んだ所で鉄数珠を鞭の様に伸ばしてしならせ、叩き付けて足を止める。
「後は任せたぜ!」
任された智美は手近なものから刀で斬り付けていった。
「足さえ止めればトドメは必要ないかな」
追って来ない様に無力化さえ出来れば良いと、間髪を入れずに次の獲物へ。
赤薔薇は天使の姿を探しつつ、邪魔な狼達を爆散する小龍の戯れで蹴散らしていった。
(悪いけど、ディアボロに配慮はしないわ)
例えその中にディアボロがいたとしても識別する気はない。
助けを求めて来た悪魔達は顔も知らなければ、他の者達の様に思い入れもなかった。
(人類の未来のために、今だけは冥魔と共闘する。言えることはそれだけよ)
撃退士達は順調にサーバントの群れを切り崩していく。
しかし、順調すぎた。
「背後から敵です!」
明斗の声に、外の三首狼が追って来たのかと振り向くが、そうではなかった。
他の通路から戦力を割いたのだろうか、狼の群れがこちらに向けて走って来る。
その背後、空中には白い翼を持つ人の姿があった。
「挟み撃ちかよ!?」
武がショットガンを宙に向ける。
アスハは零の型でその真下に跳び、PDW『闇御津羽』の狙いを定めた。
赤薔薇は星の鎖で引きずり下ろそうとする――しかしそれよりも早く、撃退士達の足下に巨大な魔方陣が現れ黄金色の光を放ったかと見えた瞬間、それは金の針となって足下から飛び出して来る。
テラ・マギカの上下反転バージョンだった。
その頃、ゲートの外ではチルルが踏ん張っていた。
「逃げるなら見逃してあげても良いわよ、あんたのご主人様がなんて言うかは知らないけどね!」
煽られて、使徒は戦う気になった様だ。
その得物は両手の刀、通常攻撃ならチルルの大剣の方が射程が長い。
真っ向勝負に出たチルルは大剣を頭上に振りかざし、力任せに振り下ろした。
しかし相手はその大振りな攻撃を避けようともせずに正面から突っ込み、チルルの懐に入り込むと両手の刀を交差させる様に薙ぎ払う。
氷の結晶を身代わりにそれを防ぎ、チルルは完全に氷結した世界へと相手を閉じ込めた。
範囲攻撃なら容易に回避は出来ないだろうと見て、連続で叩き込もうとする――が、使徒は翼を広げて空中へ逃れた。
そしてチルルの反撃がぎりぎりで届かない高さまで急降下、一直線に飛ぶ燕の様な衝撃波を放ってはまた空中へ。
一撃の威力はさほどでもないが、ハエの様に鬱陶しい上に手が届かないのでは一方的にやられるだけだ。
「それじゃ、あたいがさいきょーになれないじゃない!」
チルルは使い切ったスキルを星の鎖に変えて、急降下の瞬間を捕らえた。
引きずり下ろし、地面に叩き付け、起き上がる前に奥義を発動。
「くらえ、氷剣ルーラ・オブ・アイスストーム!!」
氷の突剣がその身体を大地に縫い留めた。
手応えはあったが、打たれ強さと落ち難さでは定評のある阿修羅タイプはそれでも立ち上がり、チルルを突き飛ばしてゲートに飛び込む。
チルルはそれを追わなかった。
「残った三首狼を片付けるのが先ね!」
逃がしたところで、流石にもう戦力にはならないだろう。
それよりも、この狼達が人のいる場所へ散る方が怖い。
「全部倒すわよ!」
「怪我が重い人は僕の周りに集まって下さい!」
明斗が声をかけ、周りを見る。
演出は派手だが威力はさほどでもなく、殆どの者が軽傷で済んでいた。
しかし、中にひとり倒れたまま動かない者がいる。
「浅茅さん!?」
「大変なの! ひどい怪我なの!」
レート差もあって抗しきれなかったのだろう、いばらが受けたダメージは入院による治療が必要な程だった。
「大丈夫です、僕に任せて下さい」
傷の浅い者達が追撃を防ぐ中、明斗が生命の芽で癒やしの光を注ぎ込む。
それはいばらの全身に満ち、受けた傷をたちどころに修復していった。
「おおきに…堪忍や、えらい迷惑かけてもうて…」
「気にしないで下さい、それより動けますか?」
答える代わりに、いばらは自分の足で立って見せた。
「それじゃ、ここで二手に分かれるんだよ!」
「リコさんとオネイサンを捜してまっしぐらなの!」
カマキリーズといばらは、当初の予定通りにリコ達の所へ向かう。
「っと、俺はどうすっかね」
武はどちらに行ったものかと思案するが、先程の攻撃を見ても天使が相手では分が悪そうだ。
「悪りぃ、俺もこっち行くな。その代わり切り込み隊長は任されたぜ!」
残るメンバーは天使の所へ。
「遠距離から高火力の一撃、か」
通路の奥に姿を隠した天使を探しながら、アスハが呟く。
セオリー通りだが、魔術師の真骨頂は搦め手にこそあるものだ。
バステ付与による拘束、瞬間移動による仕切り直し、呼び手やミストによる戦線崩し――そして物理。
それを教えてやる、などという親切心はない。
思い知らせてやろうとも思わない。
ただ必要な情報を取った上で殲滅する、それだけだ。
直接殴れる距離まで近付く事が出来れば目的の半分は達成する。
その頭から記憶を読み取るシンパシーを使える者はアスハと赤薔薇の二人。
しかし。
(私のシンパシーじゃ役不足。どうにか出来るのはアスハさんだけだ)
それに相手が空中にいるのでは手が出せない。
(なんとか引きずり下ろさないと)
赤薔薇は彼のサポートに徹することに決めた。
「私が天使の気を引きます」
「なら俺は取り巻きを片付けますね」
智美は遠方から放って来る天使の攻撃を逆手にとって、その真下へと跳んだ。
ただし真上の天使はひとまず無視、くるりと後ろを振り返ると手近な狼の尻に向かって目にも止まらぬ一撃を繰り出し、弾き飛ばす。
まだ何が起きたかわからずに尻を向けたままの狼達を次々と弾き飛ばし、或いは斬り付けて、天使の真下に仲間が飛び込める場所を作っていった。
背中にブレスの衝撃を感じるが、今は気にしている場合ではない。
「他メンバーの消耗避けたいし、アスハさんが触れられる余裕を作らないと」
しかし撃退士の接近を嫌った天使は瞬間移動で更に遠くへと距離を広げてしまった。
残るのは道を塞ぐ大量の狼達。
しかし何度逃げられようと追いかけるまで。
「いくら天使でも無尽蔵にスキルを行使出来る筈はないでしょう」
赤薔薇が言った。
手札が尽きるまで追い続け、追い詰めて、仕留める。
進行方向にショットガンをばら撒きながら、武は先頭を切って走った。
倒すのは二の次、今はとにかくリコ達と合流するのが最優先だ。
暫く行くと、足下にバラバラになった人形や潰れたぬいぐるみが転がっている姿が目立つようになる。
まだ動いているものもある様だ。
「それは攻撃しちゃダメなの!」
「っと、そうだったな」
武は得物を持ち替え、鉄数珠を右に左に打ち払って行く。
「リコさん、来たなの!」
「お待たせなんだよ!」
「リコ!」
通路の向こうにピンク色の頭が見えた瞬間、三人は口々に叫んだ。
「ちょっ、何よアンタ達、なんで…っ」
「ほら、やっぱり来てくれた!」
消耗した様子だったリコの表情が、ぱっと明るくなる。
「ね? さっきリコ言ったでしょ、みんなの声が聞こえるって!」
拡声器で叫んだ、あの声は届いていた様だ。
「わかったわ、悪かったわよ空耳だなんて言って!」
そう言いながら、ネイサンはマネキン達の壁を開いて彼等を通す。
「積もる話は積もって雪崩が起きそうだけど、それは後なの!」
転がる様に飛び込んだカマふぃはまず、その場で四神結界を張った。
「みんなのチカラを底上げぐっじょぶ! なの!」
続いてきさカマが癒しの風をありったけ使って、リコとネイサン、それにディアボロや、ここまでの突破で傷ついた自分や仲間達を纏めて回復する。
「カマキリ救助隊頑張るよ!」
回復を終えた武は結界の端に立って、再びショットガンで狼の群れを押し返していった。
リコの無事を確認したいばらは自分の怪我を悟られる前に宙へ舞い上がり、そこからオートマチックP37を乱射する。
カマふぃは鳳凰を頭上に舞わせつつ、底上げされたカマキリパワーで炎の鳥を狼達にぶつけていった。
きさカマは氷瀑のロザリオで援護しつつネイサンに声をかける。
「他にも僕達の仲間が戦ってるよ、みんな二人を助ける為に来てくれたんだ」
一部そうではない者もいそうだけれど、そこは伏せておいて。
「だからこのペナルティ、解除して貰えないかな!」
その瞬間、身体がふわりと軽くなった。
「ふむ、どうやらネイサンは我々を味方と認めた様だな」
静矢が天使の方を見る。
瞬間移動を繰り返した天使は、どうやら別の通路を抜けてコアに向かうつもりらしい。
「そろそろ潮時だな、私が道を作ろう」
紫に光る刀を一振りすると、一息に三体の狼が斬り捨てられる。
そのまま敵陣深くまで斬り込んで行く静矢、攻撃を逃れた狼がその行く手を阻もうとするが、その鼻先で明斗が投げ付けた雷の槍が炸裂し、足を留めさせた。
智美もこれが最後の一暴れとばかりに狼達を斬り付けていく。
その間、赤薔薇は敢えて何もせずに、自分の存在が天使の意識から外れる瞬間を待っていた。
天使は今、足下で暴れる智美や静矢に気を取られている。
そう判断し、赤薔薇はスリープミストで眠らせた狼の背後を縫う様にして天使の背中に回った。
視界の端にアスハの姿を捉え、視線で合図を交わす。
次の瞬間、アウルで紡がれた鎖が天使の足に絡み付いた。
手応えを感じた赤薔薇はそれを思い切り引き、天使を床に叩き付ける。
だが、それだけではまだ足りない。
次の行動を考える暇も与えないよう、天使が起き上がる前に波状攻撃を仕掛ける。
(接近して精神集中削ぐだけでも力になれる筈…!)
智美は鬼神一閃、静矢はカマふぃとの絆で得た力を使って連続攻撃を試みた。
(情報を得るまでは倒しきらないようにせねばな)
かといって半端な攻撃では意図を悟られるかもしれない。
倒しきらず、罠とも悟らせず、防御に集中させる。
その狙い通り、いずれも真っ正面からの攻撃を、天使は前方に張ったシールドで防ごうとした。
当然、背後は無防備だ。
その機を逃さず、アスハは擬術:零の型で跳んだ。
「おい」
真後ろから声をかける。
天使が振り向いた瞬間――
「魔術師を舐めるなよ、天使風情が」
その額に向けて掌を突き出し、弾き飛ばす。
インパクトの一瞬で記憶を読み取った。
「なるほど、目当てはエネルギー、か」
まるで自分が経験した事であるかの様に、アスハの脳裏に天使の記憶が蘇る。
命令を受けたのは、つい昨日の事の様だ。
「お膳立ては全て上が整え、お前はただそのプランに忠実に従い、このゲートを狙ってきた…命令を下したのはザインエル、だな」
この天使はエネルギーを確保するのみで、そこからエネルギーを取り出す作業はまた別の天使が担当する様だ。
他にも同じタイミングで多くの冥魔ゲートが狙われているが、その目的も同じであるらしい。
その記憶には何人かの天使と共に同じ部屋に集められ、同じ命令を受けている様子も残されていた。
だが、何故このタイミングで大量のエネルギーが必要とされているのか、その理由は聞かされていない。
ザインエルの後ろに控えた黒幕が誰であるかも、或いは黒幕が存在するのかどうかも知らない。
「所詮は三下、か」
肝心な事は何も知らされず、ただ命令を忠実に実行するだけの、ただの駒。
或いは漏れても問題のない情報を敢えて持たされた、とも考えられるが。
「天使がどうも派閥抗争してるって話は聞いた事あるけど、これもその抗争の一環なんでしょうか」
智美が呟く。
抗争の為だとすれば、放っておいても問題はない気がする。
何しろ天使同士が潰し合った上に、冥魔まで巻き添えにしてくれるのだから。
しかし恐らく、事はそう楽観出来るものではないだろう。
「もう少し、絞って吐かせましょうか」
赤薔薇が天使の喉元に黄金の大鎌を突き付ける。
直近三日間の記憶だけでは読み切れない情報もあるだろう。
「ザインエルの配下なら、いくら下っ端でも得るものは多い筈です」
その為なら拷問も辞さない構えだ。
しかし、それを明斗がやんわりと止めた。
「勝敗は決しました、降服して下さい」
天使に呼びかける。
「あなたの記憶が読まれた事で、わかった筈です。実力的に私達の方が上であると」
抵抗しても無駄に傷が増えるだけで、目的の達成は叶わないだろう。
その状態で天界に逃げ帰っても、厚待遇が待っているとは思えない。
それなら降伏して、洗いざらいぶちまけてしまった方が楽ではないのか。
だが、天使にその気は見られなかった。
「ならば、その気になるまで相手をさせて貰おう」
静矢の両腕に紫の光が溢れる。
左に明るく、右に暗く、それが練り合わされ、刀に注ぎ込まれた。
「…此処からは手加減は無しだ、いくぞ!」
しかし、そこに吹き抜けた一陣の風が天使の姿を浚って行く。
物陰に潜んで機会を伺っていた使徒が主人の危機を救ったのだ――本当にそれが救済になるのかどうかは別にして。
「追いますか?」
智美が尋ねるが、既に通常の手段で得られる情報は手に入れた。
そこから意味を読み取り、活用するのは自分達の仕事ではないだろう。
それよりも残されたサーバントを片付けるのが先決だ。
「他の人達も、まだ戦っているかもしれません」
地上に残った者と悪魔の所へ向かった者、赤薔薇はそれぞれに連絡を入れた。
「そろそろ纏めて片付けるとすっかね」
武は結界を離れて狼の群れに突っ込んで行く。
ドレスミストで攻撃を避けながら闘刃武舞を発動、周囲の敵を剣舞で切り刻んだ。
一撃で倒れなくても、傷口に塩ならぬショットガンの追撃でも撃ち込んでやれば大抵は沈黙する。
「っと、そっち行くんじゃねーよ!」
隙を見て抜けて行こうとするものは身体で塞ぎ、リコやネイサンの所には寄せ付けない。
彼等を助ける事に関しては何の迷いも躊躇いもなかった。
やがて残りの者達が合流すると、狼達はあっという間にその数を減らしていった。
「お待たせしました、加勢します」
ゲート内部を片付け、明斗は外で三首狼と対峙しているチルルの救援に向かった。
撃退署の応援があるとは言え、一人では厳しいだろう――と思ったのだが、その頃にはこちらもかなり片付いていた。
流石さいきょー。
「あたいが先に片付けて救援に行くつもりだったのに、先を越されちゃったわね! でもありがとう、ちゃちゃっと片付けちゃいましょ!」
ちょっと悔しいけど、今回は手柄を譲ってあげよう。
さいきょーの撃退士は、さいこーに寛大でもあるのだ。
「で、何がどうなってるなの? 詳しく解ってることを教えてなの!」
ゲート内に残っているサーバントがいない事を確認した直後、カマふぃはネイサンに詰め寄った。
「んー、何がどうなってるのかはアタシが知りたいくらいなんだけど」
ネイサンは困った様に頬に手を当て、首を傾げながら眉を寄せる。
ちょっとケバい化粧が崩れてデッサンの狂った絵の様な顔になっていたが、誰も笑う者はいなかった――懸命に我慢していたのかもしれないけれど。
「アタシよりもアンタ達の方が詳しいんじゃない? もう調べてあるんでしょ?」
それはそうだが、現時点でネイサンははっきり味方と決まった訳ではない。
味方であるという確証が得られるまでは、どんな些細な情報でも漏らすわけにはいかなかった。
「堪忍な、うちらリコは味方やて思うとるけど、おネィさんはまだ『多分』の段階やし」
いばらに言われて、ネイサンは小さく肩を竦めた。
「せやけど、二人とも無事で良かったわ」
改めて安堵した様に、いばらが大きく息を吐く。
「リコのぬいさん達は、だいぶ可哀想な事になってもうたけど…」
残っているのは腕に抱えたどらごんのぬいぐるみ一体だけ。
ネイサンのマネキンやドールも、その多くがバラバラ死体の様になって床に転がっている。
そして、それ以上に多く転がっている狼達の抜け殻。
こんなに多くのサーバントを犠牲にしてまで欲しいものが、ここにあるとは思えない。
それとも数で脅せばあっさり落とせると考えたのだろうか。
だとしたら、これは天界側にとって想定外の敗北という事になる。
「何にしても、アンタ達にはお礼を言わなきゃね。アリガトウ、助かったわ」
それに答えてカマふぃがカマを振る。
「お礼はいいから、オネイサンにカマキリの仲間になってほしいなの!」
じゃなかった。
「リコさんと一緒に学園に来てほしいなの!」
丁度その時、少し離れた場所で何処かと連絡を取っていた静矢が戻って来た。
「学園からの情報では、ネイサンの保護に対して今の所は問題がないらしい」
とりあえず学園に残された範囲内では、凶悪な事件を起こしたという記録もない。
記録にないだけかもしれないし、更に厳密な調査を行う必要はあるだろうが。
「大丈夫、オネイサンが悪い人じゃないのはカマキリ知ってるからね!」
「せやな、このゲートだっておネィさんのシュミからして必要以上のエネルギー取ってると思えへんしね」
きさカマといばらが顔を見合わせて頷き合う。
「アンタ達、そう簡単に他人を信用するモンじゃないわよ?」
その反応に、ネイサンは思わず苦笑い。
「アタシだって、ちゃんとお仕事してるんだから」
確かに熱心ではない事は認めるけれど。
「だとしても、はぐれた上で学園に来ると言うなら問題はないだろう、実際そうした事例もあることだしな」
静矢の言う通り、久遠ヶ原学園にはかつて人間界で大暴れしていたという天魔生徒も珍しくない。
「再度侵攻があったら守り切るのは難しいだろう」
これだけ攻められても冥魔勢から援軍が送られて来ないのだ、ならばネイサンが彼等に義理立てする必要もないだろう。
「理不尽な扱いを受けるよりはいっそ学園に来てはどうか?」
「リコも前から学園に来たいて言うてたしな」
いばらが頷く。
無理にはぐれさせるつもりはないが、今は天界側が何やらキナ臭くなっている状況だ。
ネイサンとしても情報は欲しいだろうし、学園側としても冥魔側の協力者は欲しい。
どちらにとっても損のない話だし、ネイサンにとっては学園側の援護を受ける事も可能になる。
「オネイサン、どうしても学園に来るのは駄目かな?」
きさカマが続けた。
「これからも天使に狙われるかもしれないし、冥魔の援軍が望めなかったらとっても危険がデンジャーなんだよ!」
「天使とか悪魔とかカマふぃは大事な人たちを傷つけたりするのは嫌なの! リコさんもオネイサンも護りたいなの!」
カマふぃも呼応してカマを高く掲げる。
智美はリコにトモダチ認定を受けた義弟と後輩、それに親友から預かった学生証を見せた。
「リコが学園に来る事は彼等も望んでいます」
他にも大勢いる筈だし、その来歴や人物、適性に関して好意的に評価する者も多いだろう。
ただ、ネイサンに関しては難しいかもしれないが――不可能ではない。
「前提として、はぐれて貰う事になりますが」
「それって、もしダメだったらハグレたまま路頭に迷うって事?」
ネイサンは顔の前でヒラヒラと手を振った。
「アタシ、ギャンブルってあんまり好きじゃないのよ。その代わりリコちゃんはアンタ達に預けるわ」
どうやら今は、これ以上説得しても無駄な様だ。
「じゃあ、せめてまた危ない時は連絡してほしいんだよ」
光信機は依頼ごとに返却が原則だから貸せないけれど、電話番号とメアドの交換なら良いよね?
「オネイサンが居なくなったらリコさんも悲しむしカマキリも悲しいんだよ」
「そうね、それくらいなら折れてあげるわ」
ネイサンはやたらとデコったピンク色のキラキラしたスマホを取り出す。
そこで暫しのアドレス交換会。
それが終わった頃を見計らって、智美が尋ねた。
「これからどうするつもりです? また何処かにゲート作って侵略の片棒担ぐつもりですか?」
「それはないわね、なんかもうヤんなっちゃった」
ハグレではないが、半グレ位にはなって潜伏する予定だ。
「だったら、いっそここ壊しませんか? 又襲われるよりマシでしょうし、序に自爆で生死不明とか力回復させる為潜伏とか言い訳出来る余地残しておけば好きな事に割ける時間もっと増えますし」
だが、ネイサンが答える前に固い口調で赤薔薇が言った。
「ゲートは壊す。それは使命よ」
コアは破壊し、ゲートを絶対に残さない。
「いいわ、好きにして頂戴。アンタ達にはいっぱい借りが出来ちゃったし――その自爆で生死不明説、いただくわね☆」
それではお言葉に甘えてと、カマふぃが音頭を取る。
「みんなで壊すなの! せーの!」
ちぇきーら!
じゃない!
後日、リコの久遠ヶ原学園への編入手続きが開始された。
ただ本人は、智美から「ディアボロの保持は認められていない」と聞かされて暫く落ち込んでいたけれど――
誰か彼女に可愛いぬいぐるみを作ってあげてくれませんか?