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マスター:STANZA
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
形態:
参加人数:24人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2016/07/24


みんなの思い出



オープニング



 天界は今、二つの勢力に割れているらしい。
 旧来の権力基盤である長老エルダー達が率いる「エルダー派」と、それに対して反旗を翻したベリンガム王が率いる「ベリンガム派」という構図になっているそうだ。

 しかし、そう言われても……
「正直、よくわからないんだよな」
 門木章治(jz0029)は黒ずくめの大天使と強化ガラス越しに対峙しながら、困ったように頭を掻いた。
「俺はそういう政治的な争いとは無縁なところにいたし、お袋も興味はなさそうだし」
 興味はなくても否応なしに巻き込まれていたのかもしれないが、息子に対してそんな話をしたことはなかった。

 この人間界に侵攻しているのはエルダー派であり、天界の秩序を頑なに守ろうとして、逸脱や堕天を許さないのも、このエルダー派だ。
 それなら、そのエルダー派に対してケンカをふっかけているベリンガム派に大義があるのかと言えば、これも単純にそういうわけではなさそうで。
 あちこちで語られるもっともらしい噂話を総合してみると、ベリンガムはただの脳筋で、彼が勝ったとしても秩序の大枠は崩れず、ただ新しい秩序の枠が嵌められるだけ、ということらしいのだが。
「まあ、それも噂にすぎないんだがな」
 情報としては信憑性も公平性も、甚だ怪しいものだ。
 とは言え、人の噂というものは時として事の核心を突くものだが。
「どっちにしても、まだ判断材料が足りない状況だ」
 材料が充分に揃ったとしても、「どちらの勢力に付くか」という単純な話にはならないだろう。
 だが、とりあえずは。
 ついこの間まで天界で現役の切り込み隊長として――或いは影の参謀として、この人間界への侵略行為を行っていた彼、メイラスに話を聞いてみたいと考えたのだが。

 ガラスの向こうで、メイラスは相変わらず無表情に虚空を見つめていた。
 門木がそこにいることはわかっているのに、目を合わせるどころか、ちらりと見ることさえしない。
 だが、話をする気だけはあるらしかった。
「メイラス、お前はどちら側なんだ?」
 その問いに、初めて視線を動かす。
「用済みになった囚われの手駒にエルダーもベリンガムもなかろう」
 しかも天界でクーデターが起こった時には、彼は既に自由を奪われていた。
 それに、どうせ上司ハージェンからの答えは既に得ているのだろう。
「その裏を取るつもりか」
「違う」
 そう言われ、メイラスは僅かに好奇の色を見せた。
「では何だ」
「伝聞ではなく、本人の口から直接聞き出すことに意味がある」
 それに、メイラスと話がしたいという思いもあった。
 いや、話がしたいというのは少し違う。
 なるべくなら、こんな辛気くさい奴とは関わりたくない。
 強いて言うなら「拾った生き物は最後まできちんと責任を持って面倒を見なければ」という義務感のようなものか。
 彼の感情に揺さぶりをかけることは、きっちり償いをさせる為に必要でもあるし――落とせるものなら落としておいて損はないという打算もある。

「まあいい、それは別件のついでだ」
 気が向いたら話してくれてもいいし、話さなくてもいい。
 本来の用件はこれだと、門木は竹で編んだ小さな虫かごをガラスの際に置いた。
「お前、蛍って知ってるか」
 返事はないが、その目つきは多分「馬鹿にするな」と言っている。
「そうだな、ネットで探せば情報はいくらでも出てくる。でも本物は見たことないだろう?」
 どうやら、その籠に蛍を捕まえて来たらしい。
「花見の次は蛍狩りはどうかと思ったんだが、施設の敷地内では見られそうもないからな」
 流石に拘留中の天使をそれ以上遠くへ連れ出すわけにはいかなかった。
 たとえ周囲を手練れの撃退士が固めていたとしても。
「だから、これで我慢してくれ。ただし楽しめるのは今夜だけだ」
 明日になったら元の場所に戻すために回収する。
 もっと見たければ、中庭に清流でも作って育ててみるといい。
「その気があるなら、卵か幼虫でも採ってきてやる」
 そう言い残し、門木はその場を後にした。



 さて、ここからが本題だ。

 今年の七夕は商店街との合同企画である。
 何故そんなことになったのかと言えば――

「ほら、平塚とか仙台とかの七夕祭りがあるじゃない?」
 例によって旅行代理店のお姉さんが、通りすがりの門木を捕まえたところから話は始まる。
「うちの商店街でもそういうのやってみようかなって。でもほら、うちの商店街ってオジサンオバサンばっかりでしょ?」
 もちろん自分はオバサン枠から除外して、お姉さんは続ける。
「どうせなら派手に盛り上げたいし、学生さん達なら、ほら、若い感性っていうの? そういうのあるだろうし」
 そのために、久遠ヶ原学園の生徒達にも協力を頼みたい、ということだった。
 門木としては日頃の恩もあるし、先日は色々と便宜を図ってもらったことだし、その要請を受けることには何の問題もない。
 生徒達も、楽しむことにかけては労力を惜しまない者が多い。
 僅かなりとも報酬が出るとなれば、協力を申し出る者もそれなりの数になるだろう。
 客として楽しむだけでも構わないということだった――ただし、その場合の出費は自腹になるが。

「ほんとはイルミネーションのトンネルとか、豪華にやってみたいんだけどねー」
 残念ながら、そこまでの予算はないらしい。
「代わりに、当日の演出を手伝ってくれるならスキルとか派手に使っちゃっていいから。あ、もちろんお客さんに危険がない範囲でね」
 商店街の沿道を豪華な笹飾りで派手に飾るのがメインだが、その他にも色々と企画がある。
 定番のスタンプラリーや、小さな笹を持ってコスプレパレード、大きな山車を引いたり御輿を担いだり、歌ったり、踊ったり、演奏したり。
 沿道の店が七夕にちなんだセールやサービスを行う他にも、各種屋台が並ぶ予定もある。
 中央の広場にはひときわ大きな笹を飾り、夜には照明を落として蛍を放す計画もあった。
 蛍が飛ぶ中でのミニコンサートも予定されている。
「他にも何か楽しそうなアイデアがあったら何でも言って、特に若い子が好きそうなやつとかね」
 多くの人で賑わえば商店街も潤うし、報酬も多少は上乗せされるかもしれない。
 そこはアイデアと運営の腕次第、ということになるけれど。
「じゃ、よろしくね新婚さん!」
 ばしぃん!
 手の跡が残りそうな勢いで、お姉さんは門木の背を思い切り叩いた。


 当日は飾り付けなどの準備が終わってしまえば、あとは店や屋台、イベントなどの手伝いがない限りは自由行動になる。
 客として祭を楽しんでも良いし、静かな雰囲気が味わいたいなら、いつもの場所に行ってみるのも良い。
 久遠ヶ原学園の廃墟には、知る人ぞ知る蛍の観賞スポットがいくつか点在していた。
 毎年恒例のことでもあるし、奥の祠に笹を持ってお参りしてみるのも良いだろう。

 グループでも個人でも、やりたいことをやりたいように。

 のんびりと平和に過ごせる日々は、じきに終わりを告げるだろうから――




リプレイ本文

●七夕祭り実行委員会


 商店街の一角に、空き店舗のひとつを利用した集会所がある。
 立っているだけなら百人くらい入れそうなそのスペースは普段パーティションで仕切られ、買い物客の休憩所やご近所のサークル活動の場、ちょっとした習い事の教室などに使われていた。
 今はその仕切りが取り払われ、大きなひとつの作業場として解放されている。
 その日は作業の初日とあって、商店側の主立った者達や、手伝いを申し出た久遠ヶ原の学生など、全員が一堂に会していた。


「きゃはァ、今回はお手伝いだわァ。お祭りごと、って準備段階でも色々と楽しめるのよねェ♪」
 黒百合(ja0422)は最初に手渡された企画書を捲り、その内容と必要事項を確認していく。
 しかし。
「作業場はどこになるのかしらァ?」
 大きな飾りを作るには、この集会所では手狭だろう。
 かといって他に広いスペースなど、この商店街にあっただろうか。
「そこなんだよ、問題は」
 疑問を口にすると、実行委員の腕章を付けたオジサンが答えた。
「だから悪いんだがな、学園のほうでどこか使わしてもらえねぇかな……体育館でも倉庫でも何でもいいからよ」
「そういうことなら、ちょっと掛けあってみるわねェ♪」
 ついでに他の皆にも作業計画を訊いて、必要な場所や情報、資材などを纏めて手配しておこうか。
「元々の計画にあるものは資材の手配も済んでるみたいだけどォ……誰か新しいコトやりたい子はいるかしらァ♪」


 隅の方では、カノン・エルナシア(jb2648)と門木が、おじちゃんおばちゃん達に取り囲まれている。
 どうやら先日の礼を言おうとしたようだが、そんなところに二人で突入すれば新婚夫婦に対するお決まりの質問や冷やかしの類が雨あられと降り注ぐのは世の当然。
 恩があるとは言え、そろそろ逃げ出したくなってきた頃――その声は救いの手のように差しのべられた。

「カドキ、結婚おめでとう」
 聞き慣れた声に顔を上げると、七ツ狩 ヨル(jb2630)の姿があった。
 その傍らには蛇蝎神 黒龍(jb3200)が佇んでいる。
「これお祝いのカフェオレ。凄く人気で、ネットですぐ完売しちゃう奴」
 差し出されたコーヒー色の包みはずっしりと重たかった。
「ちゃんと二人分、あるから」
「ありがとう……さすがブレないな」
 常温保存が可能だが、今の時期なら冷蔵庫で冷やして飲むのがベストであるとのマイスターの助言に従い、後で風呂上がりにでもいただくことにしよう。

「じゃ、まあ仲良くな!」
「何かあったらいつでも相談に乗るからね?」
 二人の登場によってスイッチが切れたのか、周りを取り囲んでいた面々もそれぞれの持ち場に戻り始める。
 良い人達なのだが、良い人の度が過ぎて限度を知らないのが玉に瑕といったところか。

 解放されてほっと一息ついた門木は、改めて二人に向き直った。
「そういえば黒龍は久しぶりだな」
「本の修繕に呼ばれてな、暫く留守にしとったんや」
 世界各国どこへでも、お呼びがかかれば馳せ参じる出張修理というやつだ。
 そして久しぶりに戻ってみれば、まさかの急展開という次第。
「二人とも、おめでとうやね」
 急なことなので祝いの品は用意できなかったけれど、お土産なら……ほら、何だかよくわからないモノがたくさん。
「どれでも好きなん選んでええよ?」
「そう言われても、な……」
 目の前に並べられたのは、壁に飾ったら呪われそうなお面や、夜中にカタカタ動き出しそうな木彫りの人形、ゴテゴテと飾りの付いた儀礼用と思われる刀剣類、とても食べ物とは思えないような食品の缶詰……などなど。
 いったいどこまで行ってきたのか、どう見ても人間界の産物ではないようなモノも含まれている気がする。
「じゃあ……これ、もらおうかな」
 門木はその中でも比較的害のなさそうな(失礼)、ドリームキャッチャーに翼と鈴が付いたような飾りを選んでみた。
「ああ、それは玄関のドアに下げておくと幸運を招き寄せるて言われとるお守りやね、ドアベルにもなるで?」
「それなら風雲荘の玄関ドアに付けておこうか……ありがとう」

 ところで、二人も七夕企画に参加するのだろうか。
「うん、これで記念撮影とか……どう?」
 ヨルは織姫と彦星の衣装を取り出して見せる。
「絵本で見たけど、普段あまり見かけない衣装だから楽しいかなって」
 女性用がピンク系、男性用がブルー系、どちらも奈良時代か、或いは唐と呼ばれていた頃の中国のような衣装だ。
「黒が作ってくれたんだけど、大人用と子供用……どっちもあるから」
 希望者に着せて広場で撮影会なんて、盛り上がるのではないだろうか。
「暗くなってからは蛍が見られるみたいだけど、昼間は特に何もないんだよね」
 それとも、他に何か考えている人はいるだろうか。


 問われて、北條 茉祐子(jb9584)が少し遠慮がちに手を挙げた。
「新しいこと、ではなく……広場に蛍を放す計画について、なんですけど」
 完成予想図を指さして続ける。
「これを見る限り、囲いを作る計画はないようです。これだと蛍が逃げてしまわないでしょうか」
 言われてみれば、確かにその絵には何の囲いもなかった。
 ただ広場の真ん中に水辺を作り、グリーンを配置しただけに見える。
 開放感を重視した作りと言われれば、それで良いのかもしれないけれど。
「お祭りが終わったら、蛍はまた元の場所に戻すんですよね?」
 あちこちに散ってしまったら捕まえるのも大変そうだ――ということで。
「こんなのはどうでしょう」
 茉祐子は書いてきたメモを見せる。
「運動会などに使うテントを横2列に立てて、壁代わりに簾をかけます」
 蛍のトンネルといったイメージだろうか。
「金魚すくい用の大きな桶とエアーポンプと水流ポンプをレンタルして、竹や露草のような葉のものを植木鉢で飾って……」
 グリーンは元の計画にあるものだけで足りるだろうし、足りなければ追加でレンタルしてもいい。
「蛍用のビオトープ、ですね」
「……びおとーぷ、ですか……?」
 聞き慣れない言葉に、カノンが首を傾げる。
 これは例によって図書館で調べてみるべきか、いやネットで検索したほうが早いか――と思っているうちに、茉祐子から答えが返ってきた。
「日本語では生物生息空間と言うそうですが、この場合だと蛍が快適に暮らせる空間……というような意味になるでしょうか」
 厳密に言えばホタルがそこで子孫を残して命のサイクルを続けて行けるような環境を作る、ということになるのだろう。
 が、商店街の真ん中でそれを実現するのは流石に無理がある。
 一時的なものならば、綺麗な水の流れがあって木や草がある場所を作るだけで充分だろう。
「では、そちらをお手伝いしましょうか」
 カノンは出来上がりを想像してみた。
 広場は小さなステージを置いて、ちょっとしたショーが出来る程度の広さがある。
 週末には大抵、売り出し中の芸人や趣味でやっている素人などが、コントや大道芸などを披露していた。
 そこに結構な人だかりが出来ていても通行には支障がない程度だから、かなりの広さがあるはずだ。
「せっかくの蛍狩りですから、あまり狭い場所だと感じるのももったいないですし……」
 野生の蛍は水辺の広い空間を自由に飛び回っていた。
 あの感じに少しでも近づけることは出来ないだろうかと、傍らの門木に問いかけてみる。
「薄くて透けるような布か、目の細かい網あたりか?」
「いえ、それ以外で何か……難しいでしょうか」
 例えば窓や戸口を開けても虫が入ってこないようにする、でも網戸などではなく、一見すると何もないような――
「空気とか、蒸気とかが吹き出しているような」
「ああ、エアカーテン?」
 そうそう、それ。
「先生、大道具担当するようですし……どうでしょう?」

 しかし、その問いに門木が答えるよりも早く、外野から声がかかった。
「おいおい何だよ先生って」
「新婚さんらしからぬ色気のない呼び方だねぇ」
 商店街の面々、リターンズ。
「学校にいる時ならわかるが、外でそれってのもなぁ」
 口々にそう仰るのはごもっともだが、特別な名前は人前では呼ばないことにしているのだ。
 とは言え、確かに学校の外で先生と呼ぶのも何か変な気がする。
「では……章治さん?」
「は、はいっ」
 うん、これはこれで、なかなか良いものだ。
「あらあら二人とも真っ赤になっちゃって、初々しいねぇ」
「そりゃ新婚さんだからな、ウチみてぇな古漬けたぁワケが違うさ」
 ああ、また始まった。
 そんな風に弄られ、からかわれるのも、世話になった礼のうちは言え――

「それならミストシャワーで囲んでみるか」
 門木は半ば強引に話を戻した。
「上から霧を吹き付けて温度を下げるやつ、あれなら設置も簡単だし費用もそれほどかからない」
 蛍は湿度が高い場所が好きらしいし、昼間は暑さを和らげる為にも使えるだろう。
 その上で茉祐子の案も取り入れ、どちらの顔も立てるようにするには……さて、どうしようか。
「茉祐子、テントはどんな風に使うんだ?」
「あ、はい、中に縁台を置いて休憩所としても使えると良いかな、と」
「休憩所、か」
 蛍を見るためには明かりは禁物、だが休憩所には明かりが欲しい。
 そうなると――
「広場の真ん中に水場と植物を置いて、その周囲を丸く取り囲むようにミストを設置……」
 門木は簡単な図を書き始めた。
「植物とミストの間の通路はなるべく広く取って、ミストの真下にも何か植物を置けば良い具合に露が付くだろう」
 その四方に屋根付きの出入り口を付ければ、見物客が濡れる心配もない。
「その出入り口をテントで作るんですね?」
 茉祐子が「わかりました」と頷く。
「それなら屋根も葦簀か何かのほうが……あっ、笹の葉を被せるのはどうでしょう」
「そうだな、良い雰囲気になりそうだ」
 縁台の下に光量を抑えた赤色灯を置けば視界も確保できるだろう。
「赤い色、ですか? 青とかのほうが雰囲気ありそうですけど……」
「いや、青だと蛍の発光に影響を与えるらしい」
 赤などの波長の長い光は比較的それが少ないと言われている――あくまで程度の問題だし、蛍に向けて照らせば発光をやめてしまうようだが。
「なるほど、あくまで足下をほんのり照らす程度に、ですね」
 メモを取りながら茉祐子が感心したように言う。
 しかし門木にしたところで、つい今し方スマホで調べたものをそのまま受け売りしているだけだったりするのだが。
「植物のデザインや配置なんかは茉祐子に任せるから……カノンはそれを手伝ってくれるかな」
 ついでに仲良くしてくれると嬉しいなー、なんて。
 あっ、ヤキモチとか妬かないから、相手が女の子なら(ここ重要


「五年1組クリス・クリスお手伝いに参上ー」
 クリス・クリス(ja2083)は、まずは商店街の皆さんにご挨拶。
「今日はなんと、若夫婦候補を引き連れてきたのー」
 保護者ミハイル・エッカート(jb0544)と真里谷 沙羅(jc1995)の二人を、思いっきりのどや顔で紹介した。
 やはり、若さには華がある。
 出来ればもう少し、その、何と言うか……いや、充分に若いですよね、商店街の皆さんに比べれば!
 それだけでも商店街の平均年齢は下がるし、そこにクリスも加われば一気に若返る、はず!
「日ごろ可愛がってくれる、おじちゃんおばちゃんのためだからね♪」
「俺たちが一肌脱がずに誰が脱ぐってんだ、なあ?」
「そうそう、ボクなんか沙羅さんに着付けてもらった浴衣を諸肌脱ぎしそうな勢いだよー」
 え、浴衣を着るのはまだ早い?
 いいじゃない、着たかったんだもん!
「ええ、明治の頃……洋服が定着する前は普段着として着られていたとも聞きますし、いいと思いますよ」
「さすが沙羅さん、物知りだねっ」

 さて、それで当日は何をするのかと言えば――
「花屋にもちかけて、屋台を出そうかと考えている。手のひらサイズの小さな籠に花を盛ってな」
「幸運の花籠って言うんだって、可愛いよね」
 なんと発案者はミハイルぱぱだ。
「クリスも沙羅も花が好きだからと思ってな」
「ええ、とても素敵です」
「沙羅さん、ぱぱに惚れ直した?」
 その言葉に沙羅はただ微笑むだけだったが、それで充分、答えになっていた。
「必要なものは花籠と、お花と……お花は何が良いかな?」
「笹の葉と身に短冊もな。花の種類は分からん、任せた!」
「知ってる、任されるから安心して♪」
「では花言葉と合わせて考えてみましょうか」
 可愛く纏めるのはもちろん、短冊と共に花にも願いを込められるようにと沙羅がリストを書き出してみる。
 カスミソウは幸福、デイジーは平和と希望、赤いバラは愛――
「蛍狩りもやるなら露草も足そうかなー」
「露草、ですか?」
「うん、露草って蛍草とも言うんだって」
「それは知りませんでした」
 そう言われて、クリスはえへんと胸を張る。
 花のことなら先生にだって負けないのだ。


「そうだ、チラシやポスターに見本を載せるって、どうかな」
「見本て何の?」
「これ」
 黒龍に問われ、ヨルは衣装を広げて見せる。
「見本としてカドキ夫婦が最初にやってみせる、とか」
 ちらりと門木を見た。
「似合うと思う、けど」
 しかし。
「織姫と彦星って年に一度しか会えないんだよな? しかも天気によっては何年も……」
 それは困る、と言うより絶対ヤダ。
 科学的根拠の欠片もないただの言い伝えだし、たかがコスプレだけど、それでもヤダ。
「……じゃあ、リュールとダルドフでもいい、と思う」
「そうだな、お袋は知らないだろうし……知っていても多分、気にしない」
 ただ問題は、例によって面倒くさいからと手伝いには来ていないこと。
 それにダルドフも誰かが誘いをかけているようだが、来るとしても前日あたりになるだろう。
 そして最大の問題が――サイズだ。
 仕立て直すと言っても、そもそも布地が圧倒的に足りない。
「新しく初めから作ったほうが早そうやね」
 というわけで。
 誰かモデルになりたいカップルはいらっしゃいませんかー?


「さァて、これで希望は出そろったかしらァ♪」
 黒百合が皆のところを巡回して希望をとりまとめていく。
 ビオトープと花籠関連の資材、食品屋台の食材や燃料から、ポスターやチラシの制作と印刷、果ては祭の終了後に発生するであろう大量のゴミを引き受けてくれる業者や、笹を供養してくれる神社まで。
 人手が多く必要になりそうな企画に人を集めたり、手伝いを申し出た者を能力や適性に合わせて配置したり――
 当日までのスケジュール管理も黒百合の仕事だ。
「頼まれたのがけっこうギリギリだったから、効率よくやっていかないと間に合わないわねェ」
 来年からはもう少し早く声を掛けるようにと、商店街への要望も出しておこう。


「ベルねぇも何かやりたいって言ってたよな?」
「そうですね、ガラス細工の材料と工房の手配が出来るなら……」
 獅堂 武(jb0906)の問いにフレデリカ・V・ベルゲンハルト(jb2877)が答える。
「おっ、何作んの?」
「風鈴を少々……風情が出るかと思いますので」
「へえ、良いな。じゃあ俺も手伝う……っつっても無理だな、作り方なんて全然わかんねぇし」
「コツを覚えれば、それほど難しいことでもありませんが。実際、風鈴作りの体験教室なども盛んに行われていますし」
「でもそれって絵付けだけとか、そういうのだろ?」
「いえ、ガラス吹きから体験できるところもありますよ」
「へぇ……でも今回は裏方でいいや。その代わり、ベルねぇが作るほうに全力で集中できるように、しっかり手伝わせてもらうぜ」
 そうなると、まずは工房の手配からか。
 先程、黒百合が皆の注文や要望を纏めて手配すると言っていたが、武は人任せにすることを良しとしなかった。
「こういうの、どこに頼めば良いんだろうな?」
 商店街の伝手を頼って……みたいなことで良いのだろうか。
「とにかく、ちょいと探して来るな!」
 そう言い残し、武は鉄砲玉のように飛び出して行った。


「さて、俺はどうしようかな……」
 龍崎海(ja0565)は毎年のように、この七夕関連イベントに参加していた。
 そして毎年のように「アイテム強化の大失敗が減りますように」とお願いしているのだが……効果のほどは定かではない。
 それはさておき、今年は今までとひと味違うということで、自分も何か手伝わなければと考えた。
 雑用でもしようかと思って企画書を見れば、そこには種々雑多なイベント計画が無造作に書き込まれている。
 屋台の方も何をどこに配置するか、まだ決められていないようだ。
「まさか早い者勝ちで場所を取り合うわけでもないだろうに」
 仕方ない、少し整理してみるか。
 イベントのタイムスケジュールを調整し、同じ種類の屋台が近くに来ないように全体のバランスを考えて――
「よし、これで完璧だ」



●数日前〜当日朝


 星杜 焔(ja5378)は出来上がったチラシをバイト先の鉄板ステーキ店に置かせてもらっていた。
 もちろんメニューを渡すついでにさりげなく宣伝しつつ手渡すことも忘れない、店内にも大きなポスターが貼ってある。
 熱心な宣伝の理由は、そこに載っている織姫と彦星のモデルが自分達夫婦だから――ということもあるけれど、殆どは純粋にイベントを手伝いたいという気持ちからだった。
 その熱意に圧されたのか、店長も今年は「誕生日くらいゆっくりしろ」と言ってくれた。
 その日はちょうど七夕祭り。
 屋台で出す料理などの仕込みや手伝いは前日までに終わらせて、当日は久しぶりに夫婦水入らずでのんびりしよう。
 息子もちょうど、友達の誕生日会におよばれしていることだし――


「なかなか風流なイベントがあると聞いてな……一緒にどうだ?」
 祭のポスターを見た鳳 静矢(ja3856)は、早速ダルドフに連絡を入れた。
 蛍を見ながら酒を酌み交わすのも風流で良い――ただし色気はないが。
「もちろん、ただ蛍を見るだけではない。その前に祭の手伝いもするつもりだ……ああ、私もだが貴殿も細かい作業よりは向いているだろう?」
 電話の向こうでダルドフの呵々とした笑い声が響く。
『確かにのぅ、人の使う道具はみな小さくていかんわぃ』
「近頃は何でも小型化が著しいからな」
 静矢は小さく笑い、集合の日時を告げて通話を切った。


「七夕祭り、ですか」
 学園内に貼られたポスターの前で、水屋 優多(ja7279)は足を止めた。
(「もうそんな季節なんですね」)
 優多は今年、受験生だ。
 久遠ヶ原の生徒ならば、進級試験でよほどの下手を打たない限り(或いは望んでそうしない限り)進級と同じ感覚で大学部に進学できるし、志望する医学部もある。
 しかし彼は外部の大学も受けてみようと考えていた。
(「学園の医学部だとどうしても撃退士としても求められますし……」)
 そしてふと気が付けば、去年の九月に沖縄の遊園地で遊んで以来、恋人の礼野 智美(ja3600)と何処かに行った記憶がない。
(「これではいけません」)
 部活では時々顔を見るし、そんな時には様子を気にかけたりもする。
 しかし、いくら受験生でも恋人に対してその態度はないだろうと、我ながら反省しきり。
(「智美もあちこち転戦してるんですし……」)
 危険を伴うことも多いだろうし、たまには息抜きをしたくなる時もあるだろう。
 なのに、ただ顔を合わせるだけで安心していたなんて。
 そう言えばこの前、幼馴染や年少組が蛍を見に行くと話していたことを思い出した。
 あれはいつの予定だろう。
(「いつでもいい、とにかく誘わないと……!」)

「蛍狩り? ああ、楽しんで来るといい」
 ホタルホタルと騒がしい年少組を軽くあしらい、智美は部屋の奥に引っ込んでしまった。
 今回は親友とその夫が引率して行くそうで、それなら自分の出番はないだろう。
(「優多も受験勉強で忙しいだろうし、こっちから誘うわけにもいかないよな……」)
 スマホを取り出し、優多のアドレスを呼び出して――キャンセル。
 その時、手の中で着信音が鳴り響いた。
 電話だ、しかも優多から。
 何事だろうと慌てて通話をタッチした智美の耳に、優多の声が飛び込んで来る。
『蛍を見に行きませんか?』
 考える間もなく「行く」と答えたのは、言うまでもない。


 商店街は通常通りの営業を続けているため、祭の飾り付けは前日の夜、営業を終えてからの作業となる。
 沿道の小さな笹飾りなどは早くから準備しても問題はないが、通りを塞ぐような大きな吹き流しや広場のビオトープなどは、人々の往来がある中での作業は危険だ。
 それに目玉となる出し物は直前まで秘密にしておきたいという心理も働いていた。
「さァ、時間もないし巻いていくわよォ、ただし安全第一でねェ♪」
 黒百合の指揮のもと、作業は粛々と進められる。
「ええと、まずは広場の中心に水場を作りますね」
 ビオトープ班では事前に細かな設計図を作り、それに従って鉢植えの植物を組み合わせてユニットを作り、それぞれに番号を割り当ててあった。
 どうせやるなら本格的にという誰かの要望を受けて、水場は大きなビニールプールで作られることになった。
「真ん中にAユニット、その周囲にB1からB8までを置いて……ああ、そこは上げ底でお願いします」
 茉祐子の指示でユニットを運ぶのは、主に静矢とダルドフの仕事だ。
「ブロックの上に鉢を置いて、それを隠すようにダミーの岩を……はい、そうです」
 その裏にポンプを隠して、水の出口を滝のように見せる。
 青いビニールが見えないようにプールには砂利を敷き、縁の部分も樹脂製の岩でカバー、更に背の低い植物で周囲を囲み、花籠作りで余った枝葉や花も取り入れて。
 その作業と並行して、上ではミストシャワーの配管工事が行われていた。
 パイプを円形に組んで、それを中空で支えるためのワイヤーを張り、強度を確かめる。
 試運転が済んだら、次にテントを組み立て、屋根の代わりに笹を乗せ、側面には壁の代わりに簾を下げて。
 同じものを四方向に作ったら、大枠はほぼ完成だ。
 あとは縁台を運び入れて、細かな部分に仕上げを施し、最後に蛍を放す――が、その前に。
「ひと休みしませんか?」
 茉祐子が声をかけた。
「葛羊羹と杏ジャム羹を作ってきましたので……門木先生に、カノンさんも、どうぞ」
 リュールにもと思ったけれど、あの人はきっと今ごろ夢の中だ。
(「後で迎えに行ってみようかな」)
 彼女の分は残しておいて、と。
「鳳先輩と……あの、ダドルフさんにも……ど、どうぞ……」
 どうぞと言う割には腰が引けている。
 まるで容器を差し出した腕に引っ張られるように、けれど身体はそれに抗うように、相反する力が綱引きをしていた。
 どうやら初対面の相手と接するのはあまり得意ではないようだ。
「北條さん、怖がることはないよ。この男はこう見えても……」
 静矢が助け船を出してみるが、こう見えても、何だろう。
「そうだな、ぬいぐるみのクマだと思えばいいか」
「そ、それがし……いや、ぼ、ぼく、かわいいくまちゃんで、ござる、だよ?」
 いや喋るなダルドフ、その口調だとなんか余計に怖いから。

 そこにチリンチリンと軽やかな風鈴の音色が近付いて来た。
 と、思う間もなくそれはチリンコロンジャランキンコンと賑やかな音に変わる。
「や、悪いな、風鈴もこんだけ数が集まるとなんつーか……派手だよな」
 鈴なりの風鈴をじゃらじゃらとぶら下げた屋台を引いた武が申し訳なさそうに頭を掻いた。
「よろしかったら、飾り付けにお使いください」
 蛍の光に風鈴の音、夏の夜に風情を出すならこれに勝る組み合わせはないだろう。
「そうですね、ではテントの中に飾らせてもらいましょう」
 茉祐子が頷く。
 せっかくだから扇風機で風を送るようにしても良いだろうか。


「七夕祭りに行きてー」
 ラファル A ユーティライネン(jb4620)は、滅多に言わない我が侭を言った。
 彼女には義体特待生として果たすべき様々な義務があるらしい。
 傷病撃退士の社会復帰のための義体開発に協力して毎日が訓練、試験、テストの繰り返し。
 正直遊んでいる暇がないことは本人も理解している。
 けれど。
 学園内や商店街のあちこちに貼られたポスターを見たり、友人達が参加するという話を聞いたりしているうちに、どうしても我慢が出来なくなったのだ。
 しかし、答えはもちろんノーだ。
 そんなことが許されるはずもなかった。
「わかってるさ」
 わかってた、けれど。
 祭に行けないなら、せめて手伝いくらい。
「空いた時間に何をしようと俺の勝手だろ?」
 それに義体の動作試験と言うとこなら大抵の事は何とかなる――もちろん、後でレポートを書かされる羽目にはなるわけだが。
 それでも何かしたかったのだ。
「俺にできねーことは何もねー、できねーこと以外はな!」
 広場のビオトープ作りの為に水を通すパイプを運び、設置に手を貸し、沿道では吹き流しを下げるカーボン製の笹を立てたり、出店で使うガスボンベを運んだり――

 そんな中、聞き覚えのある声に呼び止められた。
「ラファルさん、こちらもお手伝いをお願いできますか?」
 見れば作業場で花籠を作っている沙羅が笑顔で手招きをしている。
「いや、俺はそういうガラじゃねーし」
「心配するな、俺もガラじゃないが気にすることはない。やってみると意外に楽しいぞ?」
 小さな花籠にちまちまと花を活けるミハイルの姿も、ミスマッチの妙と言うか何とも言えないかわいらしさがある、気がする。
「花なんて知らねーし、わかんねーし」
「大丈夫だよ、ぱぱだってボクと沙羅さんで選んだの挿してるだけだし♪」
 あ、バラした。
 しかしまあ、つまりは技術もセンスも必要ないからと、そういうわけだ。
 力仕事ばかりでは疲れるだろう、なんてことは思っているけど誰も言わない。
 言わないけれどそこは察して、ラファルは招きに応じることにした。
 義体の性能試験としては、どこまで細かく繊細な動きが出来るかを確かめるため……とでもしておけばいいだろうか。



●七夕祭り

 徹夜で作業に当たっていた者の多くが仮眠を取るために家に帰った頃。
 商店街の七夕祭りは無事に開会の運びとなった。
 青空の下にカラフルな吹き流しが揺れる中、大勢の見物客達が通りをそぞろ歩く。
 普段着の者、浴衣の者、コスプレ衣装を身に着けている者、何を勘違いしたのか豪華なドレスで優雅に歩く者――老いも若きも嬉しそうに、楽しそうに。
 沿道の店はこの日の為に用意したバーゲン品を売り出し、或いは七夕をテーマにしたグッズや食事を提供し、或いは店を閉めて完全に楽しむ方へ回り、シャッターが降りた店の前には屋台が店を広げている。
 その軒先にはフレデリカ作の風鈴が揺れていた。
 他にも笹飾りの中に紛れていたり、吹き流しと同じようにいくつも連なって揺れていたり、その数は七夕にちなんで77個。
 急遽、その全てを発見した者には抽選で豪華賞品が当たるという「風鈴を探せ」というクエストも立ち上がっていた。


「さーさーのーはーふんーふふふーん!」
 雪室 チルル(ja0220)はすっかりお祭り気分で会場に繰り出していた。
 白地の浴衣にはアイスブルーで淡く縁取られた雪の結晶が、白く浮き出るようにデザインされている。
 紺色の帯にも雪の結晶が映え、手にはお揃いの巾着、足下は紺の雪駄。
 流石にいつものウシャンカにはお休みいただいて、頭には大きな空色のリボンが揺れていた。
 お目当ては屋台、特に食べ物を中心に制覇する心づもりの、まだまだ花より団子なお年頃。
 入口でもらった小さな笹を振りながら、鼻歌を歌いつつ……なお歌詞をぼかしてあるのは大人の事情です。
「この短冊に願い事を書けばいいのね!」
 笹に付いていた白紙の短冊をじっと見つめ、暫し考え――いや、考えなくても決まっている。

『さいきょーになれますように!』

 これしかないでしょ!
 ほら見て見てー!
 もう充分さいきょーな気もするけれど、真のさいきょーたるには現状に甘んじていてはいけないのだ。
 それを自慢げに振りかざしながら、チルルは商店街を歩く。
 連れはいないけれど、寂しくはない。
 だってさいきょーだから!
 とは言え、笹を持ったままでは食べ歩きの際に少し邪魔になるのも事実。
 そう思い始めた、ちょうどそのタイミングを見計らったように見えて来たのは『願いの笹はこちらへ』という文字だった。
「笹はここに挿すのね!」
 発泡スチロールで作られた壁のど真ん中、一番目立つ場所にそれを突き刺す。
 もちろん短冊がよく見えるように。
「これで両手が空いたわね!」
 さあ、本格的な食べ歩きの開始だ。
「たなバターコロッケ団子って何かな?」
 百聞は一食にしかず!
 まずは食べてみるべし!
「うん、普通にバターコロッケね!」
 ただ丸くて串に刺してあるってだけの。
 でも美味しかったから良し。
「次行こう、次!」
 食べ物屋台、全制覇するぞ、おーっ!


「きゃはァ、盛り上がってるわねェ♪」
 黒百合は場内警備も兼ねて、祭の会場を回っていた。
 完成したビオトープは今、涼を求める者達で賑わっている。
 霧のカーテンの真下には視界を遮らないような背の低い植物の鉢植えが並び、そこを突き抜けて中に入ることは出来ないようになっていた。
 その向こうでは、水場の中心に置かれたひときわ大きな笹飾りが揺れている。
 そこに下げられた短冊は、昨日までの期間に商店街の客から集められたものだ。
 出入り口を兼ねた休憩所にに置かれた縁台には、既に何組かの客が座って談笑したり、屋台で買ったものを食べたりしている。
 屋根がミストで冷やされているせいか、中もひんやりと涼しく感じられた。
「今のところ、特に問題が起きそうな気配はないかしらァ♪」
 黒百合は自分もそこに座って青い七夕ゼリーを食べながら、周囲の様子を観察する。
 ビオトープへの入口はかなり広く作られているため、そこに座ったままでも内部の様子はよく見えた。
 これなら夜の蛍観賞も問題ないだろう。
 ミストは屋根に遮られているから蛍がこちらに迷い込んで来ることもあるかもしれないが、出口側にはエアカーテンが仕込まれているから、外に出てしまうことはなさそうだ。
「誰かが故意に逃がしでもしない限りはねェ」
 もしそんな奴を見付けたら……どうなるかはお察しください。
 ミストやエアカーテンなど、設備に不具合が起きた場合は門木が対処することになっている。
 多分、今もそのあたりに貼り付いているのだろうと、黒百合はその姿を探してみた。
 今、会場内の全ての情報は彼女のもとで一元管理されている。
 自分の目には見えていなくても、会場全体に散った生徒達の目や監視カメラから逃れることは不可能に近いのだ。


「ナーシュ?」
 近くに誰もいないことを確認して、浴衣に着替えたカノンはそっと声をかけた。
 広場の隅にひっそりと佇んでいた門木は時計を確認する。
「カノン……早いな」
 夕方まで家で休んでいていいと言ったのに、この様子では着替えてすぐにトンボ返りして来たのだろう――まあ、そんな気はしていたけれど。
「ありがとう」
 手渡された紙袋には、頼んでおいた浴衣が入っている。
 せっかくだから着替えて少し見て回りたいところだが、安全管理上ビオトープから目を離すわけにもいかないし――
 と、ポケットでスマホが震えた。
『きゃはァ、ぼんやり眺めてたって時間の無駄じゃないかしらァ♪』
 黒百合だ。
『大丈夫よォ、何かあったら遠慮なく呼んであげるわァ♪』
 そういうことなら、少し甘えさせてもらうとしようか。
「着替えたら、まずは腹拵えだな」
 門木の知る限り、カノンはこうした縁日の屋台で遊んだ経験は殆どないはずだ。
 今日の目標は屋台の全制覇でどうだろう。


「さて、手伝いで貰った報酬は地元に還元しないとな」
 海は楊柳縞の涼しげな浴衣姿に着替えて、商店街を散策していた。
 頭の上で吹き流しが揺れている――自分が作ったものが一体どれだったか、もうわからなかうなってしまったけれど。
 自分が配置した屋台のバランスを確かめてみようと、入口から奥に向かって歩きながら一通り買い物をしてみる。
 まず最初に目に付いたのは甘味を売る店で、その次がドリンク類、飴細工の実演を見て射的で遊んだ後は、がっつり食事系の屋台が来る。
 よし、完璧だ。
 ビオトープの周囲にはそこから出る水を利用した金魚すくいや花籠の屋台。
 その近くで行われている「織姫・彦星なりきり撮影会」は、写真館の全面協力によってプロの手になる写真が手に入るようになっていた。

「七夕と蛍狩りのお供に花籠はいかが? とびきりの幸運が訪れますよ」
 可愛い声に呼び止められて、海は花籠の屋台の前で足を止める。
「む、お客さんアイテム強化に受難の相が出ていますね」
「何故それを……!?」
「そんなあなたには、この花籠はいかがですか?」
 ネモフィラ、スターチス、黄色いポピーを使った「成功」セット!
「……買う」
 毎度ありがとうございます!
 あ、ミニ短冊にはお願いごとも書けますよ!


「やー、売れたねー」
 花籠をひとつお買い上げいただき、クリスは満足そうに鼻の穴を膨らませた。
 屋台の後ろに三人で座るのは少し狭いけれど、仲良し度をアピールするのも商店街の繁栄のため。
 仲良しと言えば、三人が着ている浴衣もさりげなくお揃いのモチーフが使ってある。
 沙羅が選んだ柄はクリスが好きなオキシペタラム、薄青色の五弁の花が星のようにも見えるため、ブルースターとも呼ばれる花だ。
 クリスの浴衣は白地にふんわりと手まりのように纏まったブルースターが大胆に配されている。
 いくつかの花が淡いピンクや薄紫に差し替えてあるのがアクセントで、帯もその差し色に合わせた色になっていた。
 沙羅の浴衣は大人の女性らしく彩度を落とした落ち着いた色合いで、ベージュにピンクのピンストライプ地に白い小花が散っている。
 こちらはブルースターの色違いであるホワイトスター、そしてクリスの柄と同じように所々が濃いピンク色に差し替えられていた。
 帯は髪色に合わせたピンクブラウン、結い上げた髪を留めているのはホワイトスターの簪だ。
 そしてミハイルは一見すると黒一色のように見えて、実は細かな笹の模様が入っている。
 裾の方にかけては天の川のように細かな銀の星が斜めに散っているという、こちらもスター繋がり。
「ミハイルさんはとても格好良いです」
 その姿に思わず見惚れていたのは秘密です。
「クリスさんは可愛いし……」
 自分の見立てながら実に素晴らしい。
(「目の保養ですね、なんて」)
 心の中で呟いて、少し悪戯っぽく笑う。
「沙羅、その浴衣も似合ってるぜ。ふぅ、沙羅はいつだって俺の女神だ」
 その仕草がミハイルのハートにダイレクトアタックをかましたようで、心の声までだだ漏れするアクセル全開の惚気っぷりである。
「もちろんクリスも可愛いさ。自慢の娘だからな」
「二人とも取って付けたようなお褒めの言葉をありがとうだよー」
 クリスが混ぜっ返し、笑いが起こる。
 知ってる、二人ともお互いしか眼中にないって。
 でも仕方ないよね、付き合い始めたばかりの頃は誰でもそんなものだって愛読するティーン向けの雑誌に書いてあったし。
 それにデキる娘は寛大なのです。
 そんな娘の心の内など思いもよらないミハイルは上機嫌。
「美男美女カップルと美少女の店員で、商売繁盛間違いなしだな」
 そう、ミハイルだってサングラスを外せば怖い人には見えないのだ……多分。
「おうダルドフ、ひとつどうだ?」
 往来にひときわ目立つ巨体を見付けたミハイルは早速声をかけてみた。
「リュールには花を愛でる趣味は――」
 あるのか、と言いかけて相手の格好をまじまじと見る。
「何だそれは」
「黒の字が、これが七夕の正装だと言うものでのぅ」
 ダルドフは例の彦星の格好をしていた。
 どうやら黒龍が新しく作ってくれたらしいが、肝心の織姫が見当たらない。
「誰かと連れだって、そのあたりで何か甘い物でも物色しておるのだろう」
 気のせいか、視線が遠くに泳いでいた。
 お揃いの格好を断られたなんて、言えない。
「でも、お花をいただいて嬉しくない女性はいないと思いますよ」
 沙羅が「愛の花言葉てんこ盛りセット」の花籠を差し出してみる。
「いかがですか、贈り物にも最適ですよ?」
「ふむ……ではひとつ、もらうとするかのぅ」
 沙羅さん、意外に商売上手だった。


「仕事も終わったし、今度は客として祭の見物に行くかね」
「そうですね、風鈴がどんな風に使われているか……狙った効果が出ているかどうかも確認したいですし」
 そんなわけで、武とフレデリカは連れだって七夕祭りの会場へ。
 武は紺絣の浴衣で渋く決め、フレデリカは晴れた空に向かって咲き誇るような朝顔の浴衣に紫の帯、手には尾びれがふわふわと広がった赤い金魚のような巾着を提げている。
 その姿を横目でちらりと見ながら、武は「手を繋いで回れたらいいなあ」なんて――思っていたのが顔に出たようだ。
「……何か?」
 振り向いた拍子にポニーテールの尻尾が揺れる。
「いや、別に何も……」
 と、そっぽを向きつつ、武はそっと小指の先でフレデリカの手の甲に触れてみた。
「手を繋ぎたいのですか?」
 それならそうと言えば良いのにと、フレデリカはくるりと手を返し、武の手を握る。
「い、いいの、ベルねぇ?」
「良いも悪いも、武がそうしたいのでしょう?」
 だったら自分はそれに応えるまでと、フレデリカはさっさと歩き出す。
 それに引っ張られるように足補踏み出した武は危うく転びそうになったが、何とか踏ん張る男の子。
「ベルねぇ、そんな急がなくても……」
「特に急いでいるつもりはないのですが」
 わかった、ゆっくり行こう。
「じゃ、まずはどこを回るかな。綿あめとかリンゴ飴とかどう、ベルねぇ好き……」
 ああ、いや、その視線が向いている先はガラス細工の出店だ。
「ずいぶん凝った出店もあるもんだな」
 どこかの工房が出しているのだろうか、子供の小遣いでも買えそうな小さな動物達から、触れたら割れてしまいそうなほどに薄い花びらを重ねた花々、本物と間違えそうなほど精巧に造られたカワセミ――
 それらの作品を、フレデリカは食い入るようにして見つめていた。
「どれか気に入ったもんとか、あるかねぇ?」
「全部」
 ああ、それはわかる気がするけれど。
(「俺の財布じゃ、これくらいが限度かねぇ」)
 武はその中の赤い金魚の置物を指さした。
「これ、包んでくれっかな」
 それが気に入ったのだろうかと目で問うフレデリカに、武は少し照れくさそうに首を振った。
「いや、ベルねぇにと思って。ほら、巾着とお揃いだし?」
 つまりはプレゼントだ。
「……ありがとう、ございます……」
 両の掌でそっと受け取り、フレデリカは嬉しそうに頬を染めた。


(「七夕は焔さんの誕生日、息子も知人に預けて水入らずで過ごしましょう」)
 久しぶりに休みをとった夫の腕をとり、星杜 藤花(ja0292)はカラフルな吹き流しの隙間を縫うように歩いていた。
 今日の服装は、藤花が藍に朝顔の浴衣に紅色の半幅帯を文庫に結び、結い上げた髪は酸漿の簪で留めてある。
 カラコロと下駄を鳴らす焔は藍地に縞模様の甚平姿。
 そうして歩いていても、誰もポスターで見た織姫彦星のモデルとは気付かなかった。
「あの時はずいぶんお化粧もしたからね〜」
 お陰でバイト先の店長や仕事仲間にも気付かれなかったくらいだ。
 自分から言い出さない限り、気付く者はいないだろう――つまりは、二人とごく一部の関係者のみが知る秘密。
 そう考えると、ちょっと楽しくなってくる。
「そういえば七夕というのもかの童話作家の言う『銀河のおまつり』のようなものなのでしょうか?」
「ああ〜、そうかもしれないね〜」
 もしそうなら、街角から烏瓜の明かりを持った少年達が走り出て来る……なんていうことも、あるかもしれない。
「なんだかそう考えると、少し胸が高鳴ります」
 藤花は嬉しそうに微笑むと、作中に出て来た星めぐりの歌を小さな声で口ずさみ始めた。
 けれども、今はまだ陽も高い。
 銀河の祭が始まるのは夕暮れを過ぎてから――
「日差しも強いし、少し暑いですね」
「そうだね〜、何か冷たいものでも食べようか〜」
 近くにあった屋台でかき氷を買って、広場の休憩所でひと休み。
 藤花は苺ミルク、焔は黒蜜きなこ味。
「苺ミルクも好きだけど、藤花ちゃんのを少し分けてもらえばいいかな〜」
「そうですね、ひとりで全部食べるときーんとなりますし……折角です、分け合いましょう、焔さん」
 分け合うと言うより、手伝ってと言ったほうが良いかもしれない。
 二人で仲良く食べながら、藤花はビオトープのほうを見る。
 今はまだ、涼しげなグリーンが目に優しいお休み処にしか見えないけれど、暗くなったらここに蛍が現れるらしい。
「蛍も見て見たいですね」
「そうだね〜、でもせっかくだから外に出てみない?」
 廃墟ならきっと天の川も綺麗に見える。
「藤花ちゃんの言う銀河のお祭りは、そっちのほうが感じが出るんじゃないかな〜」
 それまでは、この会場をのんびりと散策していよう。
 自分が仕込み手伝った店や屋台がどうなっているか、それも気になるし、ね。


「さあ、行こうか」
 佐藤 としお(ja2489)は華子=マーヴェリック(jc0898)の手を取ってエスコート、まずは大勢の人で賑わう祭の会場からだ。
「わぁ、何だか沢山あって楽しそう〜♪」
 華子は白地にピンクの花が咲いた浴衣に藍色の帯、髪はうなじをアピールするようにアップにしていた。
(「としおさんドキドキしてくれるかなぁ?」)
 どきどき。
 あ、自分がドキドキしてたら世話ないね!
 でも後れ毛をさりげなく流したりしたらもっと効果的かも、なんて?
 一方のとしおは紺色の浴衣に雪駄という粋な出で立ち。
 うなじにドキドキしているかどうかは……まだ昼間ですから!
(「今日は華子にお祭りを楽しんでもらわないとな」)
 繋いだ手の主導権は、完全に華子に握られていた。
 特に理由はないけれど、ケセランを頭上にふわふわと漂わせてみたりして……
「あっ、これ吹き流しに似てませんか? ほら、ケセランがくす玉で、私が下のヒラヒラのやつ!」
 はしゃぎながら屋台を梯子して、あっちに行ったりこっちに行ったり。
「今日は目一杯楽しんじゃうぞ〜♪」
 あ、としおさんとしおさん、このテンションに付いて来れてますか?
「うん、大丈夫――」
「あっ、としおさん! 向こうにラーメンの屋台がありますよ!」
 ぴきーん!
 その一言で何かのスイッチが入る。
「ラーメンと聞いたら行かねばなるまい!」
 そして食わねばなるまい!
「お祭りにラーメンの屋台ってあまり聞かないけど、敢えて出してくるからには腕に相当の自信ありと見た!」
 その挑戦、受けて立つ!


 こそ〜り。
 雑踏の中に見覚えのある姿を見付けた茅野 未来(jc0692)は、そーっとそーっと後をつけてみた。
 数歩歩いては立ち止まり、物珍しそうにあちこちきょろきょろしているのは、悪魔の少年シャヴィだ。
(「こんなところで、あえるなんて……おもっていなかったの、ですね」)
 自分の連絡先は教えてあったけれど、この前の依頼からずっと、何の音沙汰もなかった。
 もう魔界に帰ってしまったのか、もう会えないのだろうかと思っていたところの、思いがけない再会――といっても、まだ声もかけられずにストーカーと化しているだけ、なのだけれど。
(「ど、どうしましょう、こえをかけても、いいの……です?」)
 あれ、もしかしてそれってナンパって言わないかな。
 女の子からナンパするってどうなの、そもそも相手は悪魔で自分は天使のハーフ、嫌がられたりしないだろうか――
 などとオロオロしているうちに、シャヴィの姿は人波に呑まれてどんどん遠くへ行ってしまう。
「あっ、まって……っ」
 べしゃ!
 転んだ。
 白地に朝顔が咲いた浴衣の膝あたりに、じわりと赤いものが滲む。
「……大丈夫?」
 上から降ってきた声は、甲高い少年の声だった。
 しかも聞き覚えがある。
「きみ、ドーナツの子、だよね?」
 覚えていてくれた。
 少しばかり覚え方に難がある気もするけれど、この際そこは気にしない。
「あ、えと、シャヴィくん……」
「ひざ、平気?」
「だいじょうぶ、なの……です」
 未来は往来から外れ、隅にあった縁台に座って救急箱を取り出す。
 何も言わないのに、シャヴィも勝手に付いてきた。
 膝に絆創膏を貼って顔を上げると、興味津々な様子でじっと手元を見ていたシャヴィと目が合った。
 未来のほっぺがほんのり染まったのは、じっと見られていたためか、それとも目が合ったせいだろうか。
「えと、えと……」
 彼の様子を見るかぎり、嫌がっているふうには見えない。
 恥ずかしいけれど、今がチャンスとばかりに一気に言葉を吐き出した。
「シャヴィくんがいやじゃなかったら……いっしょにあそびませんか、です……」
「うん、いいよ?」
 拍子抜けするほどあっさりと、少年は頷いた。

「えと、それで……なにしてあそびましょう、です……?」
「ぼくはこっちのこと、よくわかんないし。ドーナツちゃんに任せるよ」
「あの、ボクのなまえ……」
「ドーナツちゃんじゃ長いから、ドナちゃんでいい?」
「え、あの」
 否定も肯定も出来ずにオロオロしている様子を肯定と受け取ったらしい。
 シャヴィは先に立って歩き出すと、くるりと振り返って手招きをした。
「ねえ、どれがいちばん楽しいの? あ、それとぼく、お金もってないから!」
 やっぱり。
(「そうだろうな、とはおもってたの……です」)
 人間界では何をするにもお金が必要であることだけは、前回の件で学習したみたいだけれど。
「だいじょうぶ、おかねはボクがもってるの……ですね」
 あまり多くはないけれど、遊びすぎなければ足りるだろう。
「えと、まずは……」
 真っ先に目に入ったのはチョコバナナの屋台。
「はんぶんこすれば、いろいろ食べられるの、ですね……シャヴィくんは、あまいのすきですか、です……?」
「ドーナツは気に入った!」
 じゃあ大丈夫かな。
 ベビーカステラにクレープ、わたあめ――
「りんごあめは、べろがまっかになるのですね……」
 これを半分こは難しいから、姫リンゴの小さい飴をひとつずつ。
「うわ、ほんとだすごい!」
「シャヴィくんも、すごいの……です」
 お互いを指さしてクスクスと笑う。
 射的では未来のほうが腕が良く、欲しかったウサギのぬいぐるみは結局自分で取るとこになったり――

「あ、たなばたでは、これにおねがいを書くの、です……」
 お小遣いも尽きたころ、未来は沿道で配られていた短冊をシャヴィに手渡した。
 そこに『シャヴィくんとなかよしになれますように』と書いて、彼の手元を見る。
 そこには見た事もない字が綴られていた。
「なんてよむの、です……?」
「ないしょ」
 悪戯っぽく笑うと、シャヴィは未来の分と一緒に一番高いところに飾る。
 そして暫く、揺れている多くの願いごとにじっと見入っていた。

 そして、あっという間に子供は家に帰る時間。
「ボクのだいすきなおみせの、です……すごくおいしいの、ですね……」
 帰り際に手渡されたドーナツを見て、シャヴィは嬉しそうに笑った。
「やっぱりドーナツちゃんだ」
「あの、ボクのなまえは……」
「ミクちゃん」
 あれ、覚えてた。
「約束のやつだよね、これ。ありがと……またね!」
 そう言って手を振ると、少年の姿は人混みに紛れて消えていった。


「……は?」
 ラファルは耳を疑った。
 今日は大きな試験が入ってたはずだ。
 突然「中止になった」と言われても、困る。
「こっちはそのつもりで準備してたんだぜ?」
 七夕祭りには行けないと諦めて、覚悟も決めて。
 それなのに。
「好きにしていいって、今さらだろ」
 当日になってドタキャンされても、こっちにだって都合があるのだ。
 具体的に言えば、恋人も親友も別な用事が入っている。
 あいにくとラファルは「休みの日にはひとりでのんびり」というタイプではなかった。
「どうしろってんだよ」
 などと、ぶーたれていても仕方がない。
 せっかくだから、楽しみにしていた七夕祭りに行ってみることにした。

 しかし、そこに期待していたような楽しさはなかった。
 知った顔はちらほらと見かけるが、大抵は誰かしらと一緒にいる。
 話しかけるのも憚られ、かといって一人で長居できるような空気でもなく――
「ここには、俺の居場所はねーみてーだな」
 途中までやってみた風鈴探しも諦めて、偶然に行き会った誰かにスタンプ帳を押し付けた。
「残りはもうちょいだ、興味があるなら後は自分で探しな」
 事態を飲み込みかねているその誰かを置き去りに、ラファルは祭の会場を後にした。


 やがて陽が沈み、広場の明かりが落とされる。
「どうですか、リュールさん。こういう場所で見る蛍もなかなか良いものでしょう?」
 蛍が舞い始めたビオトープを案内しながら茉祐子が尋ねる。
 その装いは昨年と同じ、紺色の地にナデシコが咲く浴衣に臙脂色の帯。
 リュールもまた昨年仕立ててもらった白地に大きなアイスブルーの薔薇が咲く浴衣に身を包んでいた。
「そうだな、蛍というものは何故あんな足場の悪いジメジメと湿った場所に棲んでいるのか……」
 それに、わざわざ遠くまで出かける必要のないところがまた良い。
 休憩用の縁台があるのも良いし、これで甘味があれば尚良し。
「ええ、ちゃんとご用意していますよ」
 葛羊羹と杏ジャム羹、それに屋台で買ったお菓子なども――



●廃墟の蛍と天の川

 まだ夕焼けの名残が残る空の下。
 静矢は廃墟の中に御座を敷き、クーラーボックスに入れた冷した酒類をどっさり用意して、蛍の出現を待ち構えていた。
 傍らには巨大な影が岩のように鎮座している。
「さて、そろそろ始めようか」
 周囲に青白い光が舞い始めた頃、静矢は一升瓶の栓を抜いた。
「うむ、では遠慮なく馳走になるかのぅ」
「蛍を肴に酒宴というのもまた風流じゃないか。それに働いた後の一杯はまた格別だ」
 天上には星の光、地上には蛍の光。
 それを眺めていると、この世には憂うべきことなど何もないかに思えてくる。
 だが実際は――
「……現在は何処もかしこも厳しい戦いが続いているな」
 ダルドフが居を構える秋田の地でも状況は似たようなものだろう。
 本来ならこうして一息ついている暇さえないのかもしれない。
 しかし、だからこそ思うのだ。
「せめて楽しめる時は楽しみ……悔いは残さぬ様にしたいものだ」
 明日をも知れぬ我が身なれば。


 ヨルと黒龍は去年と同じお揃いの浴衣で、去年と同じ場所に立っていた。
 今年もまた、夜空の星々のような蛍の光に囲まれている。
 違うのはただ、あれから一年が過ぎたということ。
「はぐれる前よりもずっと、一年があっという間な気がする」
 あっという間に過ぎて、あっという間に何もかもが変わっていく。
 自分は何か変わっただろうかと、ヨルは思う。
 そうだ、思い出したことがある。
 大切なものを取り戻した。
「ボクは相変わらずやね」
 傍らで黒龍が肩を竦めた。
「そういえば今年もメイラスに送ったの?」
 去年と同じ小さな笹を手に、ヨルが尋ねる。
「もちろんや、今年はちゃんと本人宛に直接送ったったで」
 笹は省略して短冊のみ、その代わりに七夕についての説明をした手紙と、お土産のヨクワカラナイ魔よけを付けて。
 願い事をかけば叶うらしいと書いておいたから、気が向いたら書いてくれるのではないだろうか。
 まあ、あのヒネクレた性格なら気が向いたとしても敢えて破り捨てるくらいのことはやりそうだけれど。
 なお切手を貼った返信用の封筒も入れておいたけれど、今のところ音沙汰はない。
「メイラスもいつか変わるのかな」
「さあね、それは本人にもわからんのとちゃうやろか」
 変化とは、予想もしない時に予想もしない所から訪れるもの――なんて。
「……あの名前を譲り合うん、ええね」
「カドキのこと?」
「うん、なんや羨ましい」
 どちらかが片方の姓に合わせる形ではなく、そもそも姓という概念さえない。
 なのに二人が共に分かち難い存在であることが、名前を見るだけで誰にでもわかる。
「真似してみる?」
「ええの?」
「うん、良いんじゃないかな……」
 はぐれた身には縛るものとて存在しない。
 良いと思ったものは柔軟に取り入れても構わないのではないだろうか。
「せやな、考えとこうか」

 そんな二人が短冊に書いたのは――
『俺、今幸せだよ』
 ヨルのそれは願いごとではなく、遠くの空へのメッセージだった。
「願いが空に届くなら、お姉ちゃんへの言葉も届けてくれるかな……って」
 黒龍の願いはいつでも同じ、ヨルの傍にいる事、身体に寄り添い心に寄り添う事――空の運河が幾年も同じ輝きを放つように。
 それは願いであり、誓いでもある。
 短冊に書かれたのは、見慣れない文字で一言。

『世界を人の手に』


「やっぱりここまで来ると星空が綺麗だね〜」
 首が痛くなるほど目一杯に上を向いて、焔が感嘆の声を上げる。
 この辺りには人工の光が殆どない。
 おかげで空は暗く、どこまでも透き通って見えた。
 その星々がそのまま地上に降りて来たような、蛍、蛍、蛍。
 昔から、死者は夜空の星になると言い、蛍の光となって還るとも言う。
 それなら、この場所にはなんと多くの魂が群れ飛んでいることか。
 その儚い光に囲まれて、二人はそっと瞳を閉じる。
 自分達はこれまで、いくつの別れを経て来たのだろう。
 心の中でその名を呼び、面影を辿り、想いを伝える。
(「まだまだだけどなんとか毎日がんばれているよ」)
 焔は亡くなった家族に手紙を送るように、或いは日記を綴るように。
(「……天魔との戦いもそろそろ決着、つくといいね」)
 いつか笑顔で、胸を張って報告に来るから。
(「……みまもっててね」)
 手にした笹には二枚の短冊が揺れている。

『皆が笑顔で暮らせる平和な世界になりますように』
『家族仲良くしあわせに』

 片方は墨痕鮮やかに柔らかく流れるような筆致で書かれていた。
 ただ、達筆すぎて神様にも読めるかどうか――?


 智美と優多は幼馴染達から去年や一昨年の話を聞いて、それを参考に蛍狩りのルートを決めていた。
 他の者達、特に年少組と鉢合わせすることがないように、慎重に――
(「……合流してしまったら、絶対親友や年少組に構ってしまうでしょうから」)
 今日くらいは二人きりで、静かな時間を楽しみたい。
 虫除けを塗って、携帯用の蚊取り線香を腰にぶら下げて。
 服装は二人とも浴衣ではなく、ごく普通の普段着だ。
「虫さされもそうですが、草で皮膚を切る可能性が高いですからね」
 風情よりも実用性を重視すれば、長袖シャツと長ズボン以外の選択肢はほぼなくなる。
 暗がりで目立つように色は白か明るめのもので、足下はグリップの利いた長靴。
 色気はないが、滑って転ぶよりは遙かに良いだろう。
「そこ段差があるぞ、足下気を付けて」
「ここは滑るからな」
 ゆっくりと歩き始めた二人の間に会話らしい会話はなかった。
 ただ短く指令のような言葉を発するだけ。
(「優多の受験勉強もあって、最近話していなかったな」)
 智美は「これではいけない」と反省してはみたものの、いざ二人きりになると何を話せばいいのかわからなかった。
 話したいことはたくさんあったはずなのに、言葉が思うように出てこない。
 受験勉強はどうだと訊くのも場違いな気がするし、かといって依頼で苦労した話など聞かせても心配をかけるだけだろう。
 それなら将来の話でも……いやいや、それはまだ早すぎる。
 などと考えながら歩いていると、優多がふと足を止めた。
 口元に指を当てて「静かに」という形を作る。
 暫くじっと待っていると、周囲の草むらから淡い光がぼんやりと湧き上がって来た。
 光はたくさんの小さな点となり、すうっと尾を引きながら飛び交い始める。
 やがて小さな呟きが聞こえた。
「……綺麗ですね……」
「……ああ、綺麗だ……」
 なんだかもう、それ以上の言葉は必要ない気がした。


 武とフレデリカも蛍狩りを楽しむために廃墟まで足を伸ばしていた。
「おっ、あのへん座れそうだな」
 元は何かの建物の一部だったらしいコンクリートブロックに足をかけ、武はフレデリカを引っ張り上げた。
 そこに腰掛けると、足下の草むらに群れ飛ぶ蛍の様子がよく見える。
「ベルねぇ、祭はどうだった?」
「そうですね、とても有意義な時間を過ごせました」
 猛としては楽しかったかどうかを訊こうとしたのだが、聞き直そうとして気が付いた。
 それはつまり、彼女にとっては最高に楽しかったということなのだろう。
(「それに、あの荷物を見れば大体わかるな」)
 彼女の手にはリンゴ飴と飴細工の棒が握られ、巾着と一緒に綿飴の袋とヨーヨーが揺れている。
「どこらへんが有意義だった?」
「それはもう、あのガラス細工ですね。それに目の前で実演を見せてくれた飴細工の屋台も――」
 フレデリカは目を輝かせながら話し続ける。
 話の種は当分、尽きることがなさそうだった。


 小さな笹とランタンを手に、海はいつもの道なき道を歩いていた。
 途中で蛍スポットに立ち寄りつつ、もう馴染みの場所となった祠を目指す。
「何しろもう三度目だからな……」
 今年こそ三度目の正直で願いを叶えてほしいものだが。
 そう思いつつ、海は祠に笹を奉納する。
 そこに下げられた短冊は信頼の黄色、願いごとはもちろんこれしかない。

『アイテム強化の大失敗が減りますように』

 あれ、今年は打ち上げのパーティないんですか?
 ゴチになろうと思ったのに。


 ドニー・レイド(ja0470)とカルラ=空木=クローシェ(ja0471)は付き合い始めて三年目。
 三年目と言えば結婚生活ならそろそろ倦怠期を迎える頃合いだが、恋人同士の場合はそんな心配はまずないだろう。
 それどころか、ますます熱く燃え上がってくる頃合いかもしれない――特に彼等の場合は。

「水音は落ち着くな」
「風も静かでいいわね」
 二人は林の中に見付けた小川のほとりを寄り添って歩いていた。
 片手に小さな笹を持ったドニーは暗く渋めな灰色を基調にしたかすれ縞の浴衣。
 空いた腕に自分の腕を絡ませたカルラは、仄かな明りに銀糸の装飾が映える藍色の浴衣に身を包んでいた。
「足元、気をつけろよ?」
「ふふ、大丈夫よ? ドニーがいるもの」
 暗い中でも不安はなく、足取りは軽い。
 この腕を離さない限り何の心配もいらないと知っているから。

 途中に廃屋を見付け、少し休ませてもらおうと足を踏み入れる。
 中は少し埃っぽいが、乾いていて清潔そうだった。
 床が抜けているようなところもないようだ。
「何に使われていたのかしら?」
「水車小屋だな……壊れて動かないようだが」
 斜めに傾いだ水車は水に浸かったままコトリとも動かない。
 ふと顔を上げると、小さな明かりが尾を引いて飛んで行くのが見えた。
 カルラに外を見るように促して、ドニーは明かりを消す。
 暫くすると、窓の外に淡い光が溢れ始めた。
 ガラスの嵌められていない枠だけの窓に肘を突いて寄り添い、二人はその光を一心に見つめる。
 カルラの銀髪と浴衣の銀糸に蛍の光が照り映えていた。
 その姿を、ドニーはまるで踊る妖精のようだと思う。
 蛍の光に包まれながら夢中になって周囲を見渡すカルラの美しい姿と、心からの笑顔を瞼に刻み込むよう見つめ――
「ドニー、どうしたの?」
「……いや、何でもない」
 ふと視線を感じて振り向いたカルラの問いに、ドニーは小さく微笑んで首を振った。
「……ただ綺麗で、ずっと見てたいと思っただけだよ」
「……う、ん。綺麗よね、蛍……」
 本当はわかっていた。
 ドニーの視線が捉えていたものが蛍ではなく、自分だったということに。
 だからカルラも染まる頬を隠すように蛍へと視線を戻し、それでも消えない頬の火照りを振り払うように話題を変えた。
「そうだ、お弁当……」
「ああ、ここで食べようか」
 開け放たれた戸口に腰を下ろし、手作りの弁当を広げる。
「はい、交換」
「ありがとう、カルラの弁当はいつも美味そうだな」
「ドニーのもね。いつも楽しみ」
 傍らに立てかけられた笹の葉に、二枚の短冊が揺れている。

『俺の大事な人が、いつまでも幸せに笑ってられますように』

『私の大好きな人との日々が、これからも変わらず続きますように』

 水車小屋の屋根に星の光が降り注ぐ。
 その下で寄り添う二つの影はやがて一つに重なり――

 熱く長い、幸せな夜が始まる。
 朝の光が差し込むまで、ここは二人だけの世界。



「沙羅はここでの蛍狩りは初めてだろう?」
 ミハイルが、さも自分はよく知ってるんだぜ、みたいな口調で言う。
 しかし、実は彼もここで蛍を見るのは初めてだった。
 肝試しでは何度か足を踏み入れていたが、蛍狩りを目的に来たことはなかったのだ。
(「だが問題はない、蛍スポットは経験者に聞いて来たぜ、これで俺の株はますます急上昇だな!」)
 その狙い通り、沙羅はうっとりと蛍の乱舞に見入っている。
「クリスさんにも見せたいですね」
「ああ、そうだな」
 二人がここまで来られたのは、クリスが店番を買って出てくれたおかげだ。
 その恩を忘れてはいない。
「蛍はまだ暫く見られるだろう、日を改めて今度は三人で来るのはどうだ?」
「ええ、ぜひそうしましょう。またお弁当を作ってきますね」
 またひとつ、楽しみが増えた。

 と、その耳に何やら悲鳴のような声が――?


「さてさて? 遊びましょうか」
 逢見仙也(jc1616)はコッソリと暗躍していた。
「肝試しにドッキリ役は必須ですよね?」
 というわけで。

 仙也くんの三分クッキングの時間がやって参りました。

 まずは切り取られた生首を用意します。
 調達が難しいときは「創造」スキルで作っても構いません。
 次に炎の番人が宿ると言われる魔剣グラムを用意します。
 こちらは発火していない状態が望ましいですね。
 次に大きめのマント、こちらは適度に切り裂くなど使い古した感じを出すと良いでしょう。
 そしてスレイプニル召喚とトーチのスキルをセットします。
 翼もあればなお良いでしょう。
 クライムがあればベストですが、ない場合でも根性で何とかなります、します。
 最後に隠し味として気合いを一欠片。

 さあ、これで材料が揃いました。
 次はこの材料を組み合わせていくわけですが、ここはスピードが肝心です。
 なにしろスキルの持続時間は短いものが多いですからね。

 1、スレイプニルを呼びます
 2、気合いでよじ登ります(翼で乗った振りでも可)
 3、マントを頭まで被り頭が無いように見せます
 4、グラムを出し、血や絵の具で着色した顔擬きを小脇に抱えます
 5、トーチなどで雰囲気を出します

 はい、これでデュラハンもどきの完成です!
 後は飛んで脅かして回るだけです。
 簡単ですね、お料理の初心者でも失敗しません。
 ただし食用ではありませんので、誤食には充分な注意が必要です。

「本当はハロウィンで使うつもりだったのですが」
 少し早めのお披露目となってしまったけれど、試運転だと思えば良いか。


「七夕と言えば夏! 夏と言えば定番は肝試し!」
 としおは華子の手を引いて、と言うか手を引くふりをして実は命綱のようにしっかり握り締めながら、廃墟に足を踏み入れた。
「ぼぼぼ、僕にしっかり掴まっておいで」
「はい、頼りにしてますとしおさん! もうガンガンリードしちゃってくださいね!」
 なんて満面の笑顔で言われてはもう退くに退けない。
 そもそも得意じゃないのに何故自分は肝試しをやろうなどと考えたのか。
 そうだよ、彼女の前で良いカッコしたかったからだよ!
(「大丈夫だ、僕の中にはまだ、あのラーメンパワーが残っている!」)
 祭の屋台で食べたあのラーメンは、今までに食べたことがないような絶妙な味わいだった。
 決して手放しで美味いとは言えないが、不味いと切り捨てることも出来ない、そして何故かもう一度食べたくなる中毒性。
 超えるべき新たなハードルが現れたと感じたその瞬間の喜び。
(「僕はまだ戦える!」)
 そうだ、肝試しなんてどうってことない。
 感情に訴えてくるモノに感情で対抗しようとするからいけないのだ。
 ここは科学と論理的思考で解決しようではないか。
 まずは【夜目】で暗闇対策、【サーチトラップ】でギミックを探し、【索敵】と【鋭敏聴覚】で隠れたお化けを発見!
(「我ながら完璧だ……これなら苦手な僕でも大丈夫!」)
 足なんか震えてないし、奥歯だってガチガチ言ったりしてないから。
 お、お化けなんて、い、いるわけ、わけ、ななな、ないじゃない、か?
 あれ、でも待って、あそこにふわふわ浮かんでぼんやり赤く光ってるのは何?
「きゃ〜♪ 怖〜い♪」
 全然怖がってなさそうな悲鳴を上げて、華子はとしおの首に思いっきり抱き付く。
 お化けに驚くのは女子の嗜みですよね、たとえ生命探知で予め出現場所がわかっていたとしても。
 そしてここで密着するのは女子の特権、この機会を逃してなるものか!
「だだだ、大丈夫だよ? ぼぼ、僕が付いてるから、ね?」
 スキル使って分かっていても怖いものはやっぱり怖い!!
 寧ろしっかり見えちゃってるから余計に怖い!!
 あれって首なし騎士だよね、デュラハンだよね!?
 いや、待てよ、もしかしたら天魔か?
 ここは廃墟だし、その可能性はある。
「天魔だったら怖くない!」
 としおはスナイパーライフルを取り出して、デュラハンに狙いを付け――あれ、逃げた。
 やったぞ、お化けを追い払ったぞ!

 暫く後、隠れ蛍スポットに辿り着いた二人はそこでひと休み。
「大丈夫? 疲れてない?」
「はい、としおさんが守ってくれましたから!」
 守れたのかどうか、あまり自信はない。
 けれど本当に守れたのだとしたら……守るべき相手が華子だったから。
 華子がいてくれたから、頑張ることが出来たのだ。
「華子……いつも支えてくれてありがとう」
 唇がそっと重なる。
 二度目のそれは、不意打ちではなく堂々と――


 ラファルは半ばふて腐れた様子で、廃校舎をぶらぶらと散策していた。
「せっかく来たんだから、幽霊とか出ねーかなー」
 どうせならネタの二つや三つは持って帰りたいものだが……
「出るわけねーよなー」
 だがラファルは知らなかった。
 としお達の元から逃げたデュラハンもどきが、つい先程までそこに隠れていたことを。
 そしてラファルの姿を確認した直後、危険を感じてそっと退散していたことを。

「明らかに危険ですからね、あの人は」



●祭のあと

 夜の九時を過ぎた頃、商店街には一般客の帰宅を促すアナウンスが流れ始めた。
 その三十分後には、通りを歩く人の姿も殆どなくなり――残ったのは主催者である商店街の面々と、スタッフとして尽力した久遠ヶ原の生徒達のみとなる。
「それじゃグランドフィナーレいくわよ!」
 最後にはみんなで七夕の歌を合唱しようと、チルルが音頭を取る。
「せーの!」
 蛍が舞うビオトープの前で大合唱、声も音程も全然揃っていないのはご愛敬だ。
 そこに集う者達の多くがカップルであるという事実に気付いたチルルは、来年こそは自分も織姫みたいな感じで彼氏が欲しいなー、なんて少しだけ思ってみたり。
 あれ、それって短冊に書けば良かったんじゃ……?


「章治、カノン、二人ともお疲れさん」
 片付けに入る前に、沙羅を伴ったミハイルが声をかけてきた。
「俺と沙羅からのプレゼントだ」
 手渡された花籠には、愛や幸福の花言葉をもつ花が溢れんばかりに盛られていた。
「花を選んだのは沙羅だが、これを書いたのは俺だ」
 ミハイルは小さな短冊を捲って見せる。
 そこにはこう書かれていた。

『夫婦円満』

「二人とも、ありがとう」
 七夕様にお願いしなくても円満だけどね! 多分!


「さァ、片付けに入るわよォ」
 黒百合の言葉と共に掃除用具が配られる。
 周囲にゴミなどを残さないように、分別も徹底して、使う前より美しく。
 のんびりと余韻を楽しみたいところだが、そんな暇はなかった。
 何しろ明日の朝までに全てを元通りにする必要があるのだから。
「そうそう、ビオトープの蛍も一匹残らず捕まえて元の場所に戻さないとねェ」
 それが一番大変な作業かもしれない――


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:12人

伝説の撃退士・
雪室 チルル(ja0220)

大学部1年4組 女 ルインズブレイド
思い繋ぎし紫光の藤姫・
星杜 藤花(ja0292)

卒業 女 アストラルヴァンガード
赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
二人の距離、変わった答え・
ドニー・レイド(ja0470)

大学部4年4組 男 ルインズブレイド
二人の距離、変わった答え・
カルラ=レイド=クローシェ(ja0471)

大学部4年6組 女 インフィルトレイター
歴戦勇士・
龍崎海(ja0565)

大学部9年1組 男 アストラルヴァンガード
アルカナの乙女・
クリス・クリス(ja2083)

中等部1年1組 女 ダアト
ラーメン王・
佐藤 としお(ja2489)

卒業 男 インフィルトレイター
凛刃の戦巫女・
礼野 智美(ja3600)

大学部2年7組 女 阿修羅
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
思い繋ぎし翠光の焔・
星杜 焔(ja5378)

卒業 男 ディバインナイト
希望の守り人・
水屋 優多(ja7279)

大学部2年5組 男 ダアト
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
桜花絢爛・
獅堂 武(jb0906)

大学部2年159組 男 陰陽師
夜明けのその先へ・
七ツ狩 ヨル(jb2630)

大学部1年4組 男 ナイトウォーカー
天蛇の片翼・
カノン・エルナシア(jb2648)

大学部6年5組 女 ディバインナイト
忘れられない笑顔・
フレデリカ・V・ベルゲンハルト(jb2877)

大学部3年138組 女 アーティスト
By Your Side・
蛇蝎神 黒龍(jb3200)

大学部6年4組 男 ナイトウォーカー
ペンギン帽子の・
ラファル A ユーティライネン(jb4620)

卒業 女 鬼道忍軍
守り刀・
北條 茉祐子(jb9584)

高等部3年22組 女 アカシックレコーダー:タイプB
撃退士・
茅野 未来(jc0692)

小等部6年1組 女 阿修羅
その愛は確かなもの・
華子=マーヴェリック(jc0898)

卒業 女 アストラルヴァンガード
童の一種・
逢見仙也(jc1616)

卒業 男 ディバインナイト
Eternal Wing・
サラ・マリヤ・エッカート(jc1995)

大学部3年7組 女 アストラルヴァンガード