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マスター:STANZA
シナリオ形態:イベント
難易度:普通
形態:
参加人数:38人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2016/06/20


みんなの思い出



オープニング



 久遠ヶ原学園は万の単位を数える生徒数を誇る超マンモス校である。
 その生徒数に比例して、校舎や関連施設の数は多く、グラウンドも広い。
 しかし、その生徒達が一堂に会して熱い戦いを繰り広げるスポーツの祭典を行う為には、場所も時間も不足していた。
 そればかりではなく、生徒の方にも依頼その他の様々な都合があり、なかなか全員が一度に集まる機会はない。

 そこで。

 久遠ヶ原学園の運動会は、季節を変えて何回かに分けて行われることになっていた。
 今のような暑くもなく寒くもない、運動に適した季節に行われることもあれば、わざわざ暑さ寒さが厳しい真夏や真冬に行われることもある。
 開催日ごとに規模も種目もメンバーも、ルールでさえ異なるのは当たり前。
 参加者は自分の都合に合わせて、どれか一日だけの参加でも、根性で全ての日に参加してもいい。
 得意な種目だけをハシゴして回ることも可能だ。

 というわけで。
 学園では、その日も運動会が行われる予定になっていた。

 以下はそのプログラムと解説である。


――――――


 会場:久遠ヶ原島全域
 時間:午前9時〜午後5時(正午より休憩一時間)

 雨天決行、いかなる事情でも中止はない

 ――午前の部――

【障】障害人物競走
 会場:久遠ヶ原島全域(グラウンド→海岸線→森林地帯→廃墟→グラウンドの指定コース)
 トラックに仕掛けられた各種トラップと、生徒による妨害をくぐり抜け、通過証を取りつつ素早くゴールを目指す。
 罠は落とし穴や地雷原、待ち伏せによる狙撃や集中砲火、色仕掛け、泣き落とし等、硬軟取り混ぜて様々(各自で事前に決めてプレで指定も可)
 スキル各種無制限に使用可能。
 素早さと戦闘力、サバイバル技術を試す競技。

【玉】大玉転がし二人三脚
 会場:グラウンド
 透明な大玉(直径2m)の中に二人三脚で入り、上手く玉を転がして素早くゴールを目指す。
 敵にぶつかってコースから弾き出してもOK。
 玉が地面から離れなければ飛行も可。透過で玉の中から身体を出すのは不可。
 二人の息の合った連携と信頼を試す競技。

【追】追いかけ玉入れ
 会場:グラウンド
 逃げ回る鬼を追いかけ、背中のカゴにボールを投げ入れる。
 鬼は一人、ボールは赤白、三分間でカゴに入ったボールが多い色のチームの勝ち。
 飛行、透過、召喚を含むその他一切のスキル及び道具の使用禁止。
 体力のないお子様も安心な競技……の、はず。
 なお、鬼は門木先生が務める模様。

 ――昼食、休憩――

 食事は各自で用意のこと。
 グラウンドの隅にレジャーシートを広げてお弁当でもいいし、食堂で済ませてもいい。

 ――午後の部――

【猫】キャットレース
 会場:体育館
 あの手この手で猫の気を引いて上手くゴールまで誘導、その速さを競う。
 オモチャや食べ物など使用可、ただし猫の身体に触れてはいけない。
 出場猫は猫カフェで働くプロの皆さん。人には慣れている。でも気まぐれ。
 パートナーとなる猫は自由に選べる。
 和み枠。

【買】買い物競争
 会場:商店街の端から端まで約200mの区間
 スタート直後に置かれた札を取り、そこに書かれた品物を商店街で買う。
 品物は「花束」「還暦祝いの赤パンツ」「百科事典全巻セット」「軽トラック」など、「現実に買えて持ち運びが可能なもの」の範囲でランダムに(各自で事前に決めてプレで指定も可)
 値切り交渉の手腕と素早さを競う競技。

【奥】奥様運び
 会場:グラウンド
 かつて修学旅行で行われた、あの競技が帰って来た!
 二人一組となり、夫役が奥様役を担いで運び、様々な障害を乗り越えてゴールを目指す。
 コースは平坦直線→25mプール(水深1m)→砂場(爆竹仕込み)→丸太渡り(落ちるとチョコまみれ)→油を塗った坂(下り)→平坦直線→ゴール
 ペアを組む二人は夫婦、恋人、親子、友人、その場限りのドライな関係等、何でもいい。
 奥様の年齢性別その他一切不問、男女逆転も無問題。
 奥様の身体が一部でも地面や水面に触れた場合は失格となる。
 スキル使用可、ただし飛行・透過は禁止。
 敢えて勝利を目指さず、らぶらぶっぷりをアピールするだけでもいい。ばくはつしろ。

【食】ロシアンパン食い競走
 会場:グラウンド
 いわゆる普通のパン食い競走。ただしパンの中身は様々(一応、食べ物ではある・各自で事前に決めてプレで指定も可)
 一度くわえたパンは食べ終わらなければゴール不可。
 お笑い枠。

【騎】騎馬戦
 会場:グラウンド
 ごく普通の乱戦型。最後まで生き残ったチームの勝ちとする。
 チーム構成は一人〜無制限、帽子や鉢巻き、ヅラなどの目印が取られた時点でリタイア。
 落馬は問題なし。落ちても這い上がれ!
 飛行、透過は不可。その他スキルは使用可。
 ガチ戦枠。

 その他、綱引きやフォークダンスなど一般的なプログラムもあり。


――――――


 では皆さん、怪我や死亡に気を付けて、今日は思う存分に楽しみましょう!




リプレイ本文

「今年も来たわね! 大運動会!」
 雪室 チルル(ja0220)は白い鉢巻きをキリリと締めて、小石ひとつ落ちていないフィールドを見た。
 ローラーで平らに均され、まるで刷毛で鋤いたように綺麗に掃き清められている。
 グラウンドがこれほど綺麗な状態になっているのを見たのは始めてかもしれない。
 昨日の夜、小人さんが頑張ってくれたのだろうか。

 もちろん、それは違う――いや、人が寝ている時間にせっせと働いてくれた陰の功労者という点では、小人さんと同じかもしれない。
 今朝、日の出と共に会場に来て人知れず黙々と小石を拾っていた、その小人さんの名は黒井 明斗(jb0525)という。
「楽しいはずの運動会で、怪我などしたらつまらないですからね」
 少しでも危険を減らすべく超真面目に、それでも何かあった時の為に救護テントも設置して。

 そして今、チルルの目の前を白線引きをカラカラと転がしながら、明斗が通り過ぎて行く。
 綺麗なカーブを描くトラックのラインも、短距離走の真っ直ぐなラインも、スタートやゴールの線も、どれもこれも真っ白だ。
 赤い色は白線引きの塗装と、赤組の帽子や鉢巻きくらいなものだ。
 つまり、フィールドに占める赤白の割合は圧倒的に白が有利。
「ここから導かれる結論はたったひとつよ、つまり……白組の勝利!」
 そう、なのだろうか。
「さいきょーのあたいが言うんだから間違いないわ!」
 自信たっぷりにそう言い切られると、なんだか正しいことを言っているような気がしてくる。

 さあ、果たしてその予言は的中するのかどうか。

 ドーン、パパン、パン!

 逢見仙也(jc1616)がファイアワークスを真上の空に向けて打ち上げる。
『久遠ヶ原春の運動会始まりまーす!』
 胸に付けたピンマイクがその声を拾い、島の至る所に設置されたスピーカーから大音声で再生された。
 そう、これは単なる学校行事ではない。久遠ヶ原島全域を巻き込んだお祭り騒ぎなのだ。
 こんな行事が年に何度も行われ、その度に否応なく巻き込まれるのでは、住民達もたまったものではないだろう。
 しかし彼等も久遠ヶ原のプロ島民として万事を心得、そして楽しんでいた。


●障害人物競走

 運動会は、いきなりハードな種目からのスタートとなった。
 スタートラインに並ぶ選手は20人ほどだろうか。
「運動会フィーバーなのですよぅ☆」
 白組の鳳 蒼姫(ja3762)は観客席から『キュゥキュゥ』と声援を送る謎のラッコ(中身は鳳 静矢(ja3856)であるらしい)に向かって手を振った。
 その両隣では緑と白のカマキリが盛んにカマを振っている。緑のカマは私市 琥珀(jb5268)、白いカマは香奈沢 風禰(jb2286)、お馴染み種子島のカマキリーズだ。
「運動会でもカマキリは健在なの! 楽しく行くなの!」
 なお二人は赤組である。白組の蒼姫やラッコとは敵同士である。が。
「大丈夫、楽しければ問題ないよ! カマー!」
 ……だそうだ。
 真面目に、かつ念入りに準備運動をしているのは、こちらも白組の龍崎海(ja0565)と地堂 光(jb4992)だ。
 対する赤組では、いつものダークスーツに身を包んだミハイル・エッカート(jb0544)と、サムライガール不知火あけび(jc1857)の姿が目立っていた。
「ミハイルさん、そんな装備で大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ、問題ない」
 あけびに問われ、ミハイルは自信たっぷりに頷いた。
「一番いい装備だからな!」
 何しろ上から下まで全身高級魔装である。
 だが質問の意図は別のところにあった。
「そうじゃなくて、そのスーツ汚れないかなって」
 だってこれ障害物競走だよ? 普通の運動会でもけっこう汚れる競技だよ?
「それも大丈夫だ。俺は今日、このスーツにシミひとつ付けずに戦い抜いて見せるぜ、しかも全てトップでな!」
 そう、ここでスーツが汚れるようなヘマをするようでは、大事な奥様を無傷で運ぶことなど出来はしないだろう。
 ビシッと決めたスーツ姿で迎えに行くから待っていろと、ミハイルは観客席で見守る真里谷 沙羅(jc1995)にサムズアップして見せた。
「はい、わかりました、じゃあお互い正々堂々と頑張りましょうね!」
 あけびはミハイルと固い握手を交わす。
 競技中は同じ組でも敵同士、容赦はしない。

(「運動会…今年もこの季節がやってきましたね。皆さんが真剣にそして楽しく競技を行えるように少しでも手助けできればいいのですが」)
 ピストルを手にライン際に立ったユウ(jb5639)は、皆の様子に目を配ると「ピッ」と鋭くホイッスルを鳴らした。
 その音に、選手達の視線が一斉に集まる。
「では、改めて注意事項を説明しますね」
 ルール違反がないように注意を徹底し、それでも羽目を外すようならこうなりますと具体例を示して見せた――くず鉄をハリセンで粉砕するという、お馴染みの方法で。
「ご理解いただけたところで、どうぞ位置についてください」
 にっこり笑顔でスタートラインを示し、ピストルを頭上に掲げる。
「用意――」

 パァン!

 空砲が鳴り響くと同時に、選手達は走り出した。
 が、出遅れた何人かが突風に煽られて転倒、その衝撃で身体が麻痺して動けなくなる。
 蒼姫が放った北風の吐息の影響だ。
「悪く思わないでくださいねー、勝負は非情なのですよぅ☆」
 転がした選手達を尻目に蒼姫は先を急ぐ。
 だが先頭集団からは既にスキルも届かないほど引き離されていた。
「俺の走りは誰にも邪魔させん!」
「ミハイルさん、インフィなのにどうして忍軍の私より速いんですかー!」
 普通はニンジャが最速だろうと、あけびの声だけが追いすがる。
「ふっ。どうだ、これが高級魔装で固めた俺の本気だ!」
 またの名を大人の財布が持つ絶対的な力とも言う。
「それなら私は堂々と実力で勝負を挑むまでです!」
 あけびは本来ならその下をくぐるように置かれたハシゴを切り刻むと、迅雷で飛び出し距離を稼ぐ。
 大丈夫だ、久遠ヶ原の障害物競走では、障害はぶっ壊すもの。
 皆もやってるから怖くない、ルール違反でもないよ!

 グラウンドを怒濤の勢いで駆け抜けた一団は海岸線へと雪崩れ込んで行く。
 観客席からは見えなくなってしまうが、心配はない。
 お馴染みゼロ=シュバイツァー(jb7501)提供、謎の高性能ドローンによるライブ映像が巨大スクリーンに映し出される。
 何台ものカメラを駆使して撮影された映像は、俯瞰の全体像から個人のズームアップまで、あらゆる角度からの映像を提供する手はずになっていた。

 海岸線のコースは砂に足を取られて走りにくい上に、何の障害物もないために見通しが良い。
 障害物競走なのに障害がないとはどういうことだと言われそうだが、それこそがこのコースの障害なのだ。
 背後に広がる防砂林に身を隠したスナイパーにとっては、ここは格好の狙撃ポイントだった。

 チュンッ!

 射撃音と同時に足下の砂が弾けて飛ぶ。
 二発、三発と撃たれる度に、被弾箇所は確実に選手を捉えて近付いて来る。
 止まったら死ぬ、そんな思いに駆られた選手達は、とにかくこの砂浜をさっさと抜けようと、なりふり構わず走り出し――たいところだが。
 このコースの通過証は砂の中に埋もれているのだ。
「宝探しかよ!」
 誰かが文句を言うが、お上が定めたルールには従うしかない。
 狙い撃ちの恐怖と戦いながら、選手達は必死に砂をかき分け、見付けたそれを握り締めて残りのコースを駆け抜ける。
 だが。

「いってぇっ!!」
 砂の中に非公式トラップが埋め込まれていた。
 ウニのようなトゲトゲの玉が付いたそれは、仙也がこのためだけに特注した厚い靴底さえ貫通する特別製だ。
「撒菱トラップ……!」
 あけびはトゲトゲ地雷原の手前で海に向かって直角に方向転換、水上歩行で海の上を走る。
「ここなら何も仕掛けられないよね!」
 コースを外れちゃ駄目ってルールはなかったし!
「飛んで避けてはいけないというルールもなかったよね」
 海は陰影の翼で空を駆け抜け、あっという間に次のコースへ。
「くっ、俺には便利なスキルも翼もねえ……っ」
 いとも簡単に地雷原を抜けていく二人の背を見送り、光は悔しそうに拳を握った。
「だが根性なら誰にも負けん! しぶとく! 泥臭く! いっくぜえぇぇっ!」
 なりふり構わず、ただひたすらに真っ直ぐ突っ走る。
 トゲなんか痛くない、痛いと思うから痛いのだという精神論で押し切った。
「どうだ、全部踏んでやったぜ!」
 まだだ、まだ意地を見せる時じゃない。
 靴底にくっついたトゲ玉を剥がして捨て、足裏の痛みに耐えながら光は次のコースを目指す。
「これは良い道が出来たのですよー☆」
 蒼姫はちゃっかり光の足跡を辿って楽々コース縦断。
 続くミハイルも同じ手で楽をしたいところではあったが――頭上のカメラが気になった。
 男たるもの、大事な人が見ているとなれば正々堂々と勝負するしかあるまい。
「見ろ、これが俺の本気だ!」
 サーチトラップで罠を見破り、防砂林の側に盾を構えて走り抜けた。

『さあ、次のコースは森林地帯、見通しの悪いここでは待ち伏せによる奇襲が予想されます』
 さらっと申し訳程度の実況を流した仙也は、これで仕事は終わったとばかりにマイクを投げ捨てた。
 今から彼は非情な妨害者である。
 スキルを入れ替え奇門遁甲で選手の方向感覚を狂わせ――おぉっと、しかし奇門遁甲の使用回数がなくなっている!
 そう、スキル入れ替え時には問答無用で一回分を消費する、つまり元々一度しか使えないスキルは使用不能になってしまうのだよ明智君!(誰
 だが妨害を企てているのは彼ばかりではない。
「うんどーかーい♪」
 底抜けに明るい声と共に、周囲が真っ暗闇に閉ざされた。
 謎の地下ネットワークから情報を貰った、狗猫 魅依(jb6919)によるテラーエリアの発動だ。
 突然の暗闇に包まれた選手達は右往左往、周囲の木に激突したり、落とし穴に嵌まったり、方向感覚を失って逆走を始めたり。
 良い具合に混乱したところでその混乱に拍車を掛けるべく、魅依は氷の夜想曲を発動させた。
 次々に眠りに落ちる選手達、だが中には抵抗する者もいれば、折角眠っても誰かに蹴飛ばされたり踏まれたりして目を覚ましてしまう者もいる。
「でも、こんな時のために……トラップ第二だーん♪」
 ダークハンドで束縛だ!
 ちなみに本人にも暗くて何も見えていない。スキル発動のタイミングは、謎の地下ネットワークから送られて来る情報が頼りだ。
「上手くいったかにゃ? あれ、でもミィも出口がわかんにゃいよ!?」
 右往左往するその頭上に、とげとげの鉄球が落ちて来て――ごん!
 ぱたりと倒れた魅依は、最後の気力を振り絞って犯人の名を書き残そうとした。
 しかし、地下ネットワークは何故か沈黙を守っている。
「こ、これは……にゃにかの巨大にゃ陰謀が動いて……きゅぅ」
 トラップを仕掛けたのは雫(ja1894)だった。
 暗闇が薄れた頃合いを見計らって姿を現した雫は、そこに倒れ伏した死屍累々を簀巻きにして担ぎ上げる。
 まさか彼女が地下ネットワークを黙らせた巨悪の大ボスなのだろうか。
 捕まった者達は悪の資金源としてどこかに売り飛ばされてしまうのだろうか。
「まさか、そんなことはしません」
 これは次のコースに仕掛けるトラップの材料だと言い残し、雫は木々の向こうに姿を消した。

 その怖ろしい罠を回避した選手達は、それぞれの方法で森の出口を目指していた。
 ここでもやはり、翼でショートカット出来る海が圧倒的に有利と見えた、が。
「結局は下に降りないと通過証が取れないんだよね」
 どこにあるのかもわからないそれを探すため、海は仕方なく地上に降りた。
「誰かの待ち伏せなら生命探知で見破れるけど……」
 何かヒントはないものか。
 そう考えていると、頭の上を一台のドローンが通り過ぎて行った。
 その基部には何かヒラヒラしたものがぶら下がっている。
「通過証だ」
 海はそれを追いかけた。
 木々の間をぬって、妨害をかいくぐり、邪魔な根っこを飛び越えて、もう少しで手が届くと思った、その瞬間。

 ドローンが火を噴いて墜落した!

 落下点で待っていたダークスーツの男が、ドローンの残骸から通過証を回収する。
「悪いな、こいつは俺の獲物だ」
 通行証を握った手を勝ち誇ったように高く掲げるその男、ミハイル。
 しかし次の瞬間、彼の周囲は深い闇に包まれる。
「ナイトアンセムか、だがインフィの俺に命中で対抗出来ると思っ……なに!?」
 海の狙いは認識障害による足止めではなかった。
 辺りを闇が包んだその一瞬に、ミハイルの手から通過証をかっさらい、そして逃げる。
「返してもらうよ、これは俺が先に見付けたんだ」
「待て!」
 背後から飛んで来る炎の槍。
 森の中で火を使うとは、なんて奴だ。
 海がそう思った次の瞬間。

 ピピィーッ!

 鋭い笛の音が森に響き渡った。
「ミハイルさんに危険行為によるペナルティを与えます」
 その声と共に審判役のユウが舞い降りる。
「ここで延焼の炎を使うなんて、火事になったらどうするのですか」
「いや、俺はちゃんと通過証だけを狙って――」
「問答無用です」
 そこに座りなさいと、ユウはハリセンで地面を指した。
「10分間のお説教の後、再スタートとします。いいですね?」
 なお、拒否権はない。

「障害は先に入った連中があらかた片付けてくれたか」
 片付けたと言うよりも引っかかって無効にしたと言ったほうが正しいかもしれないが。
「敢えてトップを切らずに少し遅れる、頭脳的な作戦が的中したってわけだ」
 光は盛んに痛みを訴えてくる足裏からの叫びを無視して森の中を急ぐ。
 そう、この痛みのためにトップを切りたくても切れなかったという深い事情は封印し、全てが作戦だったことにしておくのだ。
 しかし、流石にこの痛みは放っておけない状態になってきた。
「仕方ねえ、そろそろ使うか……こんなところで倒れちゃいらんねぇからな」
 光は傷ついた体に活を入れ、自己再生を促す。
「次の廃墟エリアで逆転してやるぜ……!」
 だが、その前に通過証だ。
 あれを手に入れないと次のコースに進めない。
 その時、木陰から姿を現す妖艶な美女。
「坊や、コレが欲しいんじゃなぁい?」
 うっふん(はぁと
 投げキッスと共に、たゆんと揺れる胸の谷間。そこには通過証が挟まれていた。
「いらっしゃい、お姉さんがお相手してア・ゲ・ル☆」
 だが健全な男の子としてあるまじきことに、光はそれを拒んだ。
「色仕掛けは効かん、他をあたってくれ」
 間に合ってるから。
(「相方いるしな、効いたらまずいだろ」)
 光は目を閉じてひとつ大きく息を吐くと、つかつかと美女に歩み寄り、その谷間から通過証を引き抜いた。
「こいつは貰って行くぞ」
 あらやだ格好いい(ぽっ

 その頃、あけびもまた通過証を探して森の中を彷徨っていた。
「うーん、どこにあるんだろ……」
 木の枝も根元も草の陰も、どこを探しても見付からない。
 まさか誰かが持ってたり、なんてことは――あった。
「通過証ならここにありますよ」
「仙也君!?」
 振り向くと、司会進行役、だったはずの仙也が通過証をヒラヒラと振っている。
「もしかして私のために取って来てくれた……わけない、よね」
「当然でしょう」
「わかった、それを仙也君から奪い取ればいいんだよね!」
 そういう事なら遠慮なくと、あけびは影手裏剣・烈で先手必勝!
 しかし仙也のほうが僅かに速かった。
 足下に呪縛陣の結界が広がり、あけびの動きを阻害する。
 だが、あけびはそれを回避、背後に回って目隠で特殊な霧を発生させると、仙也の意識が頭の中で空回りを始めた。
「認識障害ですか」
 油断した。
 その隙に仙也の手から通過証を奪い取り、あけびは出口を目指して走り出す。
「ありがとう仙也君、ひとつ借りにしとくね!」
「いや、べつに助けたつもりは……」
 まあ、いいか。

 次のコースはこれまた難関の廃墟である。
 そこに一歩足を踏み入れた選手達の目に、猿轡を噛まされてロープでグルグル巻きにされた者達の姿が飛び込んで来た。
 それは先ほど、森の中で雫にお持ち帰りされた選手達。
 肝心の雫の姿が見当たらないが、恐らくどこかに隠れて様子を見ているのだろう。
 そして誰かが彼等を助けようと近付いた瞬間、何かの仕掛けが発動するのだ。
「どうしよう、助けてあげたいけど……」
 あけびは躊躇した。
 あれはどう考えても罠だ。それに今は競技の最中、助けに行く義理も義務もない。
 ない、けれど。
 ここで見捨てたら色々と各方面に顔向け出来ないことになりそうだ。
 それに何より、自分が助けたい。
「助けに来たよ!」
「んぐ、もがもが、んんーっ!」
 最も近い場所に転がされていた魅依に駆け寄り、猿轡を外そうとする。
 だが、その時。
 物陰から放たれた銃弾が、あけびの心臓を正確に狙って飛んで来た。
(「あ、これ当たったら死ねる」)
 そう直感したあけびは空蝉を発動、影手裏剣・烈で反撃に出る――かと思ったが。
「ごめん皆、悪く思わないでね!」
 逃げた。壁走りでスタコラさっさとトンズラした。
「むが、むががーっ!」
 その背にくぐもった声が追いすがるけれど、振り向いている余裕はない。
 だってレベルが違いすぎるもの、相手はもう少しでレベル50に手が届く勢いの超ベテランですもの。
 大丈夫、きっと他の誰かが助けてくれるから!

「もう疲れたのですよーう」
 森の中で散々に迷い、やっとの思いで通過証を手に入れた蒼姫は、ふらふらとおぼつかない足取りで廃墟を歩く。
 周辺には簀巻きにされた人々が転がり、周囲の壁には「近道」と書かれた矢印の付いたドアが誘うように配置されていたが、そこに目を向ける余裕もないらしい。
 後から来た誰かがそのドアを開けて踏み込んだ途端、足下の超強力巨大バネ仕掛け落とし穴に嵌まってどこかに弾き飛ばされたりしていたが、それにも気付かない様子だった。
 やがて辿り着いたのは、白いマットの四角いジャングル。
「ようこそ私の戦場へ!」
 そこで待ち構えていたのは黒髪の美少女レスラー(自称)桜庭愛(jc1977)、学園美少女プロレスの部長である。
 つまりこの四角いジャングルはプロレスのリング。
「ここを通りたくは私を倒してゆけーい」
「んー、それはちょっと遠慮したいのですよぅ」
 蒼姫はリングを避けて通ろうとする、が。
「この両脇は見渡す限りの地雷原、安全に通るためにはこのリングを通るしかないのだー!」
 さあ勝負しなさい、とっととリングにお上がりなさい。
 なおロープブレイクは有効です。
 え、何のことかわからない?
「解説しましょう、ロープブレイクとはつまり、ロープに手をかけたら見逃してあげるってことです」
 やる気ない人と戦っても面白くないからね!
「じゃあ……はい、なのですよぅ☆」
 蒼姫はリングに上がったその直後、ロープにタッチ。
「ちょ、まだ何もしてないじゃないですか! そういうのは、こう、ギリギリと締め上げられた時に最後の手段として使うものですよ!」
 逃げ場を求めて必死に手を伸ばす、その瀬戸際感が良いんじゃない。
 でも相手が素人なら仕方がない。
「今回は見逃してあげましょう」
 次なる強敵と戦うために!
 が、次の瞬間――ミハイルの放つアサルトライフルが炸裂した。
「悪いが少し休んでてもらおうか、スーツを皺にしたくないんでな!」
 しかし愛は己のプロレススタイルを貫いて……つまり闘気開放で回避を上げる。
「気合いだーっ!」
 だが相手が悪かった。
 プロレスに持ち込むならまだしも、通常戦闘では勝ち目がない。
「物理命中は600超えだ、目を瞑ってても当たるぜ」
 大丈夫だ、急所は外した。
 暫く休めば試合も再開出来るだろうと言い残し、ミハイルは堂々とリングを突っ切って行く。
 その間に、あけびは壁走りで、海は翼で地雷原を越えて行った。
「お疲れ様ですー、はいどうぞー」
 出口の手前でポケットティッシュの様なノリで配られた通過証を手に、彼等は最後のコースへと雪崩れ込む。
「ちょっと待ってよ、誰か私に挑戦する人は……」
 白いリングにひとり残された、蒼いハイレグ水着の美少女レスラー。
 だが、最後にひとり残されていた。
「俺にはこのトラップを回避する術はねぇ……わかった、その挑戦受けて立つぜ!」
 半ばヤケクソでリングに上がった光は、相手が女性でも容赦はしないと飛びかかる。
 が、プロレス勝負なら愛の独壇場だった。
「来ましたね! では遠慮なくいきます!」
 光の突進を受け止め、痛打を込めたサブミッションで寝技に持ち込み、関節技で締め上げる。
 更にヒールホールドで足首を極め――
「苦しかったらロープに逃げても良いんですよ?」
「くっ、なんの……っ」
 飛びかけた意識を不落の守護者で呼び戻し、光は懸命に抗う。
 しかし……そこまでだった。

 再びグラウンドに戻って最後の直線コース、ここまで生き残った選手達は団子になってゴールを目指す。
 海は発煙手榴弾を使って視界を妨害し、更にはフローティングシールドでライバルの行く手を塞いでみるが、あまり効果は感じられなかった。
「ええい、邪魔だどけ!」
 ミハイルはアウルパワーで盾を変化させたアサルトライフルをぶん回し、邪魔者を払いのけようとする。
 あけびは影縛の術で周囲の動きを止めようとするが――その時。
「こうなったら、ユキの『大炸裂SHOW』なのですよぅ☆」
 蒼姫がでっかい花火を打ち上げた!

 パァン、パパパン!

 団子になった一団の全員を巻き込んで、色とりどりの大輪の花火が一気に打ち上がる。
 最後に蒼姫自身をモデルにしたという大きな顔を描いた花火が炸裂した!

 どどーん!

「今ごろ行ってもしょーがねぇ気はするけど……」
 最後まで走りきることに意義があると、光はひとりゴールを目指す。
 だが、その目に飛び込んで来たのは死屍累々の事故現場だった。
「こいつは……何が起きたんだ?」
 何だかよくわからないが、ゴールの向こうでは相棒の黄昏ひりょ(jb3452)が「こっちこっち!」と盛んに手を振っている。
 何だかよくわからないまま、光はゴールテープを切った。

『おめでとうございます、優勝は白組の地堂光くんです!』
 アナウンスが流れ、拍手が湧き起こる。
 何だかよくわからないが、どうやら一着だったらしい……?

(「自分が参加すると嫌な予感が……」)
 そう思って競技に参加するのは自重した浪風 悠人(ja3452)だったが、参加しなくても何だかヒドイことになっていた。
 悠人は明斗と共にクレーターの出来た事故現場に駆け寄り、そこに倒れていた選手達を救護テントに運び込む。
「大丈夫ですよ、すぐ楽になりますからね」
 悠人は癒しの風で数人をまとめて治療し、落ち着いたところで用意しておいたドリンクを差し出してみる。
 大抵の選手はそれだけで復活し、家族や友人達のいる観客席へと戻って行った。

「まいったな……」
 ミハイルは無残に焼け焦げたダークスーツを見下ろして、深い深い溜息を吐いた。
 シミひとつ付けずに完走する予定だったのに、なんてこったい。
 沙羅に見られる前に予備のスーツに着替えて来ようかとも思ったが、もう遅い。
 心配した彼女はテントのすぐ外で、ミハイルが出て来るのを待っていた。
 それにごまかしは良くない、うん。
「お疲れさまでした。頑張っているミハイルさん、格好良かったですよ」
「こんな格好でもか?」
「ええ、勿論です」
 そう言ってくれると思っていた。
 沙羅が差し出した冷たい濡れタオルで顔を拭き、ミハイルは満面の笑みを浮かべる。
 さて、着替えたら手作り弁当で舌鼓を――
 え、まだ早い?


●大玉転がし二人三脚

 開始一分前のアナウンスと共に、選手達はスタートラインに並べられた透明な大玉に入る。
 二人一組になったそれぞれの片足は、相方の足に紐でがっちりと固定されていた。
 大玉が閉じられ、しっかりとロックがかけられる。

「今こそカマキリーズの息の合ったところを見せる時なの!」
「僕達が組めば無敵なんだよ!」
 赤組だが白いカマふぃと緑のきさカマは、大玉の中でポーズを決める。
 きさカマは何故か片手にバトルケンダマを持っているが、これは何か意味が……
「特に意味はないんだよ!」
 あ、そうですか。

「ったく、大玉転がしなんてガキじゃあるめーし」
「そうかな、けっこう楽しいと思うけど」
 幼馴染のひりょに無理やり道連れにされた光は、ぶーぶーと文句を垂れている。
 だが内心では頼ってくれたのが嬉しいなんて本人には死んでも言わないんだからな!
「うん、知ってる、ほんとは嬉しいんだよね」
「言ってねーし勝手に捏造すんな!」
「はいはい」
 どう見ても仲良しですね、はい。

『出場は全部で12組ですがモブの描写は割愛させていただきます!』
 観客席ではRehni Nam(ja5283)が白旗を振っている。
「こうでもしないと午前中は出番がもらえませんから」
 え、戦う前から降参してるっぽい?
「違いますよ、応援ですから。ふれーふれーしーろーぐーみー」

 それでは、よーいドン!

 空砲の合図と共に、各玉一斉にスタート!
「よし、幼馴染ならではの連携を見せるよ、光!」
「言われなくてもわかってらぁ!」
 せーの、いち、に、いち、に。
 数年前にあった大運動会の大玉転がしを思い出す。
(「あの時は結構無茶もしたからなぁ…楽しかったけど」)
 なんて感慨に浸っている場合ではなかった。
 足を揃えることに気を取られすぎて、玉は方向が定まらずあっちにフラフラこっちにフラフラ。
「おい、どこ行くんだよ真っ直ぐ進めよ真っ直ぐ!」
「進んでるじゃないか、光が変な方に体重かけるからだろ!」
「俺のせいだってのかよ!」
 息の合った売り言葉に買い言葉、玉はますます方向を見失って迷走する。

「ライバルは自滅しそうなの! このままカマキリパワーでゴールを目指すなの!」
「わかった、いくよ!」
 カチ、カチ、カチ、カチ。
「もっしもっし○っめよーかっ○さんよー♪」
 ケンダマを構えたきさカマは大皿から中皿へ、かの有名な童謡を歌いながら交互に玉を乗せていく。
 そのリズムに乗って、大玉は華麗にリズミカルに転がって……いかない。
 ケンダマに気を取られると足がもつれ、足に気を付けるとケンダマが落ちる。
「りょ、両方やるのは難しいんだよ!」
 なお繰り返すがケンダマに意味はない。
 意味はないが、意味のないことに全力で挑むのが撃退士、多分。
 そうして、とにもかくにも色々頑張って、どうにか大玉を転がしていく。
 そこに――

 ぱっかーん!

 どこかの迷走チームが体当たりしてきた!
 故意ではない、と思う。
 勢いよくぶつかった二つの大玉は互いに弾かれてあらぬ方向へ転がり、そこでまた他の玉を弾き弾かれ、フィールドはたちまちビリヤードの様相を呈する。
「「ああぁぁあぁぁぁああぁっぁぁぁぁっっっぁぁあぁっっっぁああああ」」
「「おおぉぉおぉおおぉぉおぉおぉおおぉぉっぉぉぉぉおおぉおおおっっ」」
 ゴロゴロぱっかんゴロゴロぱっかん。
 中の人達はドラム式洗濯機に突っ込まれたように、ぐるぐるぐるぐる目が回る。

「だめだ光、いったん止めよう!」
「止めるってどうやって!?」
「わからない」
 わからないけど、一箇所に体重をかければそれが重りになって止まるんじゃないかな!
 というわけで、ひりょは光を思いきり抱きすくめ、大玉の内側に押し付けた。
「ぎゃあぁぁぁぁっ!?」
「我慢しろよ、これも勝利のためだ!」
「俺には心に決めた人があぁぁぁ」
 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ……ゴロン、ぴたっ。
「と、止まった……」
「いつまで貼り付いてんだよ、さっさと体勢立て直すぞ!」
「わかった、じゃあ右から行くよ、せーの!」
「おわっ!?」
「えっ」
「自分で言っておいて逆の足出すとか、相変わらず妙な所で抜けてるよなぁ、お前」
「そっ、そんなことないよ、今のは光から見た右足ってことで……」
「お前それ、俺の目を見てもう一度言ってみろ」
 あっ、目を逸らした。

「向こうはケンカしてるなの! 今が逆転のチャンスなの!」
 カマふぃは大玉の外に鳳凰を呼び出し、呪縛陣で周囲の玉の動きを止めた。
 しかし、きさカマの動きまで止まってしまった!
「きさカマは動けない、カマふぃがきさカマの分まで頑張るんだよ!」
「わかったなの! カタキは取るなの!」
 荒ぶるカマキリのポーズをひとりでキメて、カマふぃは走った。
 きさカマを引きずってホップ、ステップ、ジャンプ!
「カマァァァ?!」

 弾む大玉は一直線にゴールに向かう。
 しかし、ひりょと光は仲良くケンカしているうちに呼吸が掴めてきたようだ。
 猛スピードで追い上げ、追い越しにかかる。
「こうなったら呪縛陣アゲインなの!」
 カマふぃは彼等の動きを強制的に止めようとした。
 呪縛陣が発動し、中の二人は動きを止められて転倒……と、ここまでは計算通り。
 しかしその時、思いがけないことが起きた。
 バランスを崩したひりょ達の大玉は、カマふぃ達の進路を塞ぐようにコロコロと転がって――

 カァーン!

 スピードに乗ったカマふぃは、目の前の大玉を避けることが出来なかった。
 良い音と共に突き出された大玉は、見事ゴールへ一直線。

『一着、白組ひりょひかチーム!』
 光くん、何か憑いているのではなかろうか。


●追いかけ玉入れ

「玉入れは止めておきますか……また、グラウンドを使用停止する訳にはいきませんからね」
 競技開始のアナウンスを受けて、雫が立ち上がる――が、思い直して再び座った。
 見ればグラウンドの一角には既にクレーターのような大穴が開いているが、自分が出たらあんなものでは済まない予感がする。
 いや、それは確信だ。
「今日のところは見物に回っておきましょう」

 座り直した雫の脇では、あけびがラファル A ユーティライネン(jb4620)の腕を引っ張っている。
「ほら行こうよラル、玉入れ面白そうだよ?」
「やだよ運動会なんてかったるいもん誰が出るかっての……」
 動きたくないでござる状態で、ラファルはシートに座り込んでいる。
「でも強制エントリーされたって言ってなかった?」
「まあなー」
 そう、その身体の特殊性ゆえに、ラファルはよく性能試験と称した活動に問答無用で放り込まれる。
 この運動会もまた、そうした試験の場となっっているらしい。
 超高性能の義体を格安で提供されている身としては、断るわけにもいかないのがツライところだ。
「まあ今回は好きな種目を選んでいいってことだし、少しはマシかー」
 あけびに腕を引っ張られたラファルは、それでもまだシートに未練を残した様子で立ち上がる。
 その時。
「ラーーーちゃーーーーーーーん!」
 妙に間延びした脳天気な声が、ラファルの鼓膜を揺さぶった。
 反射的に身構えたラファルに、あけびが声をかける。
「知ってる人?」
「ああ、知ってるもなにも……姉貴だ」
「えっ!? 知らなかったよ、ラルにお姉さんがいたなんて!」
「まあ俺も話してねーからな」
 わざわざ話す必要もないだろう、もう会うこともないと思っていた生き別れの身内のことなんて。
 しかも自分が苦しいときに結婚引退子作りと言うハッピー三重奏を奏でていた脳天気女だ。
「それが今更どのツラ提げて会いに来ようってんだ」
「いややわーこのツラよぉ〜、久しぶりすぎてお姉ちゃんの顔も忘れてもーたんかいな〜?」
 両腕を広げたクフィル C ユーティライネン(jb4962)は、砂煙を上げんばかりの勢いで迫り来る。
 生き別れの姉妹、感動の再会……多分。
「やぁっと会えたわー、ラーちゃんったら恥ずかしがってからに〜もう」
 ル○ンダイブからの抱擁→コブラツイスト→ノーザンライトボムの流れるような三連荘を決めて、呆然と見つめるあけびに爽やかな笑顔を向けた。
「初めましてやね、うちはクフィル。ラーちゃんの素敵なお姉さんやらしてもろーてますー」
 本邦初公開です、うそだけど。
「あ、初めまして、不知火あけびと言います、ラルにはいつもお世話になって……!」
「べつに世話してるつもりはねーけどな」
 ぽつりと呟くラファルの声など耳に入らない様子で、クフィルは妹の友人にあることないことピンからキリまで吹き込んでいく。
「おい、信じるんじゃねーぞ。そいつは舌先三寸、クチから先に生まれて来たんじゃねーかってくらいのペテン師だからな」
「もー、ラルったらお姉さんのことそんなに悪く言うもんじゃないよ?」
「べつに構わねーよ、どうせこのスーパーポジティブ脳天気なクソ姉には嫌味を言っても通じやしねーんだからな」
 その言葉通り、クフィルはあっけらかんとした笑顔でラファルの手を取った。
「なに、ラーちゃん玉入れ出るん? じゃあうちも一緒さしてもらうわー」
 来なくていい、と言うか出場するなんて誰が言った。
 しかし、わかっている。この姉にはどうやっても逆らえないということを。
「俺も焼きが回ったなぁ」
 溜息を吐きながら、ラファルはフィールドに出た。
 どちらの組に所属するかも決めていなかったが、あけびが赤だから赤でいいか。
「じゃあうちも赤組やねー、ラーちゃんとおそろやわー」
 ああもう、この脳天気姉は。

 そしてフィールドに散った選手達は、真ん中に立った鬼から一定の距離を置いて待機する。
 鬼と選手達との間には、赤と白の玉がランダムに転がっていた。
 開始の合図と共に、選手達はこの玉を拾って投げるのだ。
「ふふっ合法的にイケメンを追いかけられるなんてステキな競技よねぇ?」
 フィールドの真ん中に熱い視線を送りながら、タイトルコール(jc1034)はひとりほくそ笑む。
「……あらヤダ。本音が(ニコッ 」
 しかし隠すつもりはない。一切ない。
 えい、ついでにウィンクも送っちゃえー☆

「なんだ、今なにか寒気が……」
 ブルルと身を震わせて、鬼役の門木は鳥肌の立った両腕をさする。
 寒気の発生源を探るのは……やめておいたほうがよさそうだ。
 それにしても何故自分が鬼なのか、追いかけられるのは苦手なのに。
 おまけにこの布陣、全方位を撃退士に囲まれて、どこへどう逃げろというのか。
 翼も透過も使用禁止ということは、フルボッコ前提か。
「上等だ、とにかく三分間耐えれば良いんだろう」
 三分と言えば……36ターン?
 長いぞ。
「……俺、生きて帰れるかな……」

 そんな門木の不安などお構いなしに、競技開始の笛が鳴る。
 直後、一気に押し寄せた人の波に、あっという間の四面楚歌。
 逃げ場はない、が、とにかく逃げなければ生き残れない――特にあの投げチュを飛ばしながら迫り来るオネェさんからは!
「あらやだ、逃げることないじゃなーい?」
 タイトルコールは追う、そして投げる。真っ赤なキスマークを付けた白い玉を。
「逃げられると追いたくなっちゃうわセンセ! 受け止めてちょーだいっ♪」
 ぎゅんっ!
 しっかりと筋肉の付いた腕から繰り出される豪速球が、唸りを上げて飛んで行く!
 ズボォッ!
 籠に穴が開いた。
「待ってセンセ、その穴あたしが塞いであげるわ!」
「謹んで遠慮しておく!」
「あぁん待ってー!」
 タイトルコールは追う、そして投げる。
 追う、投げる、追う、投げる、投げる、投げる!

「いくわよ、あたいの速球をくらえーっ!」
 チルルは足下の玉を適当に掴むと、鬼を目がけて思い切り投げ付けた。
 赤でも白でもどちらでもいい、まずは玉を当てて転倒させる作戦なのだから!
 しかし他にも次から次に飛んで来る赤白の玉に弾かれ、それはなかなか狙ったところに届かない。
「むぅ、あの弾幕がアダになってるのね!」
 かといって投げるなとは言えないし、さてどうしよう?

「だったら接近戦に持ち込めば良いんだよ!」
 あけびが飛び出し、弾幕をものともせずに門木に近付く。
「門木先生!」
 その声に振り向いた門木は、もしかしたら盾になってくれるのだろうかと淡い期待を抱く――が、そんなはずはなかった。
「先生、ごにょごにょごにょ」
「えっ!?」
 あけびが何事か叫んだ言葉は周囲の歓声にかき消されて聞こえないが、門木がいきなり真っ赤になったところを見ると何かのネタで弄られているらしい。
「ちょ、待て、俺そんなこと言ったか!?」
「さあどうでしょうねー?」
 思わず足を止めた門木は頭の中で記憶を辿る。
 確かにあけびにはコイバナに関するアレコレを色々と訊かれた覚えはあるが、答えは適当に誤魔化したはずだし、真面目に答えた部分も報告書を見ればわかる範囲のことで――
「はい、ごちそうさまー。お返しに私の気持ち、どうぞ!」
 赤い玉をごそっと抱え込み、どさっと籠に入れる。
 大量得点げっとー!
「あっ」
 だが、それだけではなかった。
 門木があけびに気を取られている隙にそっと背後に忍び寄ったラファルが、その背から籠を奪い取る。
「色ボケも程々にしとけよ、かどきちー」
 赤い玉をどさどさ入れて、そのまま抱えて走り去った。
 タイトルコールが開けた穴は、とりあえず身体を密着させて塞いでおけば大丈夫!
「みんなー、カゴはこっちやでー♪」
 その後を追いかけ、クフィルが赤い玉をどんどん投げ入れていく。
 流れは変わり、もはや誰ひとりとして門木のことなど見ていなかった。
「……もしかして、助けられた……?」
 そのつもりはなかったとしても、ありがとう。

「このままじゃ白の完敗ね、なんとかしなきゃ!」
 チルルはターゲットを変更、逃げるラファルに向けて手当たり次第に玉を投げる。
 恐らくラファルに当たってもビクともしないだろう、だからあの籠を落とさせるのだ。
 きちんと背に負っているなら背負い紐を切るなどしなければ難しいだろうが、ラファルはただ両腕に抱えているだけだ。
「まだ勝機はあるわ!」
「そうはさせねー!」
 逃げるラファル、追うチルル、その意図を察した周囲からも白い玉が飛んで来る。
 そうはさせじと赤い玉も応戦し、戦況はもはや玉入れと言うより玉のぶつけ合いだった。
 と、一発の玉がラファルの手に当たり、思わず指先の力が抜ける。
 まずいと思った時にはもう遅かった。
 腕の中から滑り落ちた籠は赤白の玉を派手に撒き散らしながら地面に転がる。
「今よ、白組のみんな!」
 チルルの声に応えて、白い玉が次々に飛んで来た。
 中には赤い玉も混ざっているが、チルルはそれを手で打ち返してブロックする。
「赤い玉は入れさせないわ!」
 スキルも道具も使ってないし、反則にはならないはず!

 そして三分が過ぎた。
 笛の音と共に全員がぴたりと動きを止める。

『厳正なるカウントの結果、僅差で白組の勝利が確定しました!』

 え、カウントの途中で籠の穴から赤い玉が何個かこぼれた?
 あれを加えれば赤のほうが多いはずだって?
 いいえ、籠の穴も戦術のうちと見なしますので!


●昼休憩

 大きな休憩用テントから、食欲をそそる匂いが漂ってくる。
「皆さん午前中の競技お疲れ様でした」
 そこでは悠人が大きな鍋で大量の豚汁を煮込んでいた。
「無料で振る舞っていますので、お弁当を持参した方も遠慮なくどうぞ」
 傍らのケースには様々な具が入ったおにぎりが整然と並んでいる。
「左の列から、梅干し、鮭、ツナマヨ、昆布、おかか、たらこ、明太子になっています、お好きなものを取ってくださいね」
 もちろんお茶も用意しています。
 熱中症対策にスポーツドリンクもありますよー。
 そして本人はテントを他のスタッフに任せ、もうひとつの豚汁鍋とおにぎりパックを台車に乗せて出張販売へ。
 あ、お代はいりませんけどね?

「さあ昼だ、弁当だ」
 予備のダークスーツに着替えたミハイルは、沙羅の前で正座待機。
 そこに並べられた弁当は、もちろん沙羅の手作りだ。
「食べていいか?」
「ええ、でもその前にちゃんと手を拭いてくださいね」
 差し出されたおしぼりで手を拭いて……ああ、顔は拭いちゃだめですよー、それやると一気におっさん臭くなりますからねー。
「では、いただきます」
 どれも美味しそうで目移りするが、さてどれから食べようか。
「どれでもお好きなものからどうぞ?」
「そう言われても全部が好物だぞ」
 既に好みは把握されているらしい。
 ついでに言えばピーマンは入っていない――今のところは、まだ。

「流石にあそこに入り込む度胸はないな」
 テントから豚汁とおにぎりを貰って来た不知火藤忠(jc2194)は、ミハイルと沙羅の様子を遠目に見ながら苦笑い。
「うん、こっちはこっちで楽しく食べようね!」
 あけびも自分の分を手に、観客席の一角に敷かれたシートに足を投げ出した。
「ひりょ先輩と光さんも一緒にどうぞ! あ、仙也君もおいでよー!」
 声をかけられ、三人もそれぞれの弁当を手にシートに腰を下ろす。
 ひりょと光は購買で買ったパン、仙也は自分で作って来たものらしい。
「ありがとう、大勢でわいわいお喋りしながら食べたほうが美味しいもんね」
「ま、よろしくな。楽しく行こうぜ?」
 どっかり座り込んだ光は、挨拶もそこそこに焼きそばパンにかぶりついた。
「ごめんね、こいつ無愛想だけど悪い奴じゃないから」
「はい、大丈夫です、わかってますから!」
 ひりょの幼馴染なら良い人に決まっていると、あけびは無条件の信頼を寄せている。
「それはいいけどよ……」
 ラファルが不満げな声を上げた。
「なんでコイツまでここにいるんだよ」
「ラーちゃんってば、素直にお姉ちゃんって呼んでくれてええのよ? 照れ屋さんなんやから♪」
「だめだ、コイツといると調子狂う」
 がっくりと項垂れるラファルにあけびが言った。
「でもやっぱり、こうして二人でいると姉妹だなーって感じするよ? 仲よさそうだなって」
「でしょー?」
「ねーよ!」
 ほら、言ってることは正反対だけど息はぴったりだし。
 と、そこに現れるオネェの影。
「ここはずいぶんと賑やかなのね、あたしもお呼ばれしていいかしら?」
 どうぞどうぞ、遠慮なく。
 そう言われて、タイトルコールはシートの上に持参の弁当を広げた。
「おおっ、すげえ!」
 三段重ねの大きな重箱にぎっしり詰められた料理の数々を見て、光が思わず声を上げる。
「これ自分で作ったのか?」
「ええ、でも少し作り過ぎちゃったみたいで、良かったら皆で食べてくれるかしら」
 そう言われて光はさっそく定番の唐揚げをつまみ上げた。
「美味ぇっ!」
 その声に、我も我もと四方八方から手が伸びて来る。
 オネェな人って、どうしてこう女子力高いんだろう、ね。
「お邪魔しまーす」
 ん? 今度は誰だ?
 ユリア・スズノミヤ(ja9826)だ!
「ここは賑やかだねー、私も入れてもらっていいかな?」
 手作りロシア料理のお弁当で英気を養うために、お重で持って来たから!
「ロシア料理って何?」
「ピロシキとボルシチくらいしか知らない……!」
 ならば味見をさせてあげよう。
 その代わり、みんなのお弁当も少しずつ分けてね☆

「はい章兄、タオルどうぞなのです」
 玉入れから無事に生還した門木に、シグリッド=リンドベリ(jb5318)が冷たい濡れタオルを差し出す。
「ああ、ありがとう」
 汗をかいて火照った顔に、その冷たさが気持ちよかった。
 その間にシグリッドはレジャーシートの上に用意してきた弁当を並べ、次々に蓋を開けていく。
 今日はほぼこれだけのために来たのだから、当然その中身も気合いが入っていた。
 五目いなりに唐揚げ、マカロニサラダ、タコさんウインナー、その他お弁当の定番と言われるものは一通り。
「デザートに凍らせたフルーツもあるのですよー」
「ありがとう、いつも悪いな」
「いいのです、僕が好きでやってるのですから……」
 頭をくしゃくしゃと撫でられて、返す笑顔が少し寂しげに見えた。
 それを本人に言えば「そんなことないのです」と即座に否定されるのだろうけれど。
 いや、寂しく感じているのは自分のほうだろうか。
 そう言えばいつの間にか背も伸びたし、女の子と間違われることは……ない、とは言い切れない気もするけれど。
 もう以前のように無邪気に後をくっついて回ることはないのだろうか。
 自立への第一歩と思えば、それは喜ぶべきことなのかもしれないが――
「……章兄、章兄?」
「ん?」
「もう、さっきから呼んでるのですよ?」
「ああ……悪い、どうした?」
「お茶、冷たいのとあったかいのありますけどどっちがいいです?」
「ん……冷たいほうがいいかな」
「はい、どうぞなのです」
 礼を言って、氷が浮かぶカップを受け取る。
 受け取って手にしたまま、門木はぼんやりと午後の準備が進められているフィールドを眺めていた。
「章兄、食べないのです?」
「ん、いや……食べるよ」
 もう「あーん」はしてくれないのだろうか。
 してくれないんだろうな、きっと。

「お昼なのですよぅ☆」
 そこにはペンギンとラッコと二匹のカマキリがいた。
 その輪の中に弁当を広げるペンギンは、アキぺんぺんと呼ばれているらしい。
「カマふぃリクエストのカマウィンナーも入ってるのですよぅ☆」
「やったなの! アキ姉のお弁当のカマキリウィンナーラブなの!」
 カマを振り上げてウィンナーと同じポーズをとってみるカマふぃ。
「うん、美味しいね! カマキリパワーは万能なんだよ!」
『キュゥ』
 きさカマの言葉に同意するように鳴くラッコは、シズらっこというそうだ。
 なお『キュゥキュゥ』だけで意思疎通は出来ているらしい。
 実は見えないところで筆談による会話を行っているのだが、見せないところにはカメラを向けないのが礼儀というもの。
「いっぱい食べるのですよぅ☆」
『キュゥ』
「言っておくけどカマキリウィンナー以外のおかずもちゃんとあるんだよ!」
 きさカマがカメラに向かってびしっとカマを突きつける。
 あ、そうなんだ、お弁当箱いっぱいにカマキリウィンナーが詰まってるのかと……
「もちろんお重の一段目は全部カマキリなの!」
 カマかまぼことかカマたまごとか、色々あるよ!
 二段目にはラッコみたいな揚げ物が、三段目にはペンギンおにぎりがいっぱい詰まってるよ!

 さて、運動の後の食事は美味しく感じるものだ。
 しかし特に何をしたわけではなくても、恋人と一緒に食べる食事は美味しいものと決まっている。
 それが結婚式を間近に控えたカップルなら尚のこと。
 というわけで、水無瀬 快晴(jb0745)と川澄文歌(jb7507)はお弁当タイムからの参加だった。
「たまご焼き。食べたいって、言ったの。覚えて、る?」
「うん、ちゃんと覚えてるよ!」
 文歌が弁当箱の蓋を開けて見せると、鮮やかな黄色が目に飛び込んで来た。
「だし巻き卵は,自信があるよ! 前にお料理番組に出演したときに教えてもらったの」
 ということで。
「はい。あ〜ん,して」
「……あーん」
 ぽいっ。
「どう? ……おいしい?」
 待って、今ちゃんと味わってるから。
「ん、ほんとだ。だし巻き卵なんだ。美味しい、よ」
 満足そうに微笑みながら、快晴は文歌の頭を撫でる。
「他、は。お勧め、ある?」
「全部オススメだよ!」
「ん、わかった。全部食べる、ね」
 もしかして最後まで「あーん」で食べさせてくれるのかな?


●キャットレース

『食事の後は腹ごなしに少し軽めのプログラム、キャットレースが行われます。選手の皆さんは体育館にお集まりください』
 そのアナウンスを聞いて、門木はシグリッドに声をかけた。
「猫だぞ、出ないのか?」
「あ、ぼくは……見てるだけで、いいのです」
 猫と聞いたら真っ先に飛びつくかと思ったのに、珍しい。

 体育館に行ってみると、そこには既に何重もの人垣が出来ていた。
 その向こうに選手達の姿が見える。

『まずは出場選手をご紹介します』

 白組:
 ユリア選手とパートナーの赤毛猫「紅福」さん、逆三角形の目が一見無愛想ですが怒ってなどいないのです。
 快晴選手のパートナーは愛猫ティアラによく似た黒猫「ソアラ」さん。
 魅依選手は小柄な三毛猫、その名も「ミィ」と組むようですが、本人の一人称と猫の名前が丸被りで混乱しそうです。

 赤組:
 ミハイル選手の相棒はハードボイルドな白黒ハチワレ猫、その名も「ミハイル」と、これまた丸被りです。
 しかもその猫の尾は二股に分かれているように見えるのですが……気のせいですよね。
 藤忠選手は最初に目が合った純白オッドアイの美猫「エカテリーナ」さんに一目惚れ、是非にと頼み込んでパートナーになってもらったそうです。

 なお他のモブ選手と猫さん達の紹介は、例によって割愛させていただきます。

『それでは猫さん達、スタート位置に並んで……並んでくれませんね、気ままに歩き回っています』
 さすが猫、どんな時でもフリーダムだ。
『仕方ありません、今いるその場から――スタート!』

 突然の宣言にも選手達は慌てない。
「よし、良い位置に付いたぜ」
 ゴールを目の前にしたハチワレ猫のミハイルに、ダークスーツのミハイルが語りかける。
 レースが始まってからはお触り禁止だが、ミハイルは相棒を選ぶ時に頭を撫でて、触れるとどんな相手でも友好的になってしまう(かもしれない)謎のフェロモンをたっぷり擦り付けておいた。
 これで言うことを聞くはずだと、ミハイルは命じる。
「仕事だ、俺と一緒に来い。報酬はマタタビ酒だ」
 だが。
 猫のミハイルは横を向いたまま尻尾を振っている。
 犬とは違い、猫が尻尾を振るのはイラついているサイン、そしてこれも犬とは違い、猫は命令されることを好まない。
 更にもうひとつ、妖怪ならぬ普通の猫に酒はアカン。
「なら最高級のマタタビでどうだ、いや、どうですか、お願いできませんか」
 下手に出たのが功を奏したのか、猫ミハイルは渋い声で「に゛ゃあ」と鳴いた。
 その場に腹を見せてひっくり返り、クネクネしている。
 マタタビと聞いただけで酔ったのだろうか。
「あらあら、可愛いらしいこと」
 応援席の沙羅がほっこりと微笑む。
 このレースは可愛いだけでは勝てないのだが……沙羅に受けているならミハイルの中では勝利確定、問題なしだ(いいのか

「ソアラ、おいで」
 快晴は右手にねこじゃらし、左手に猫缶を持って猫を呼ぶ。
 いずれも愛猫ティアラのお気に入り、どんなに機嫌の悪い時でも見せれば必ず飛びついて来る最終兵器だ。
「ほら、おいで……楽しい、よ」
 じゃらしフリフリ。
「猫缶、美味しい、よ」
 缶の蓋を僅かに開けて匂いで誘う。
 が。
「にゃー!」
「にゃーにゃー!」
「うみゃおん!」
 他の猫達が寄って来た。
 なのに肝心のソアラさんはそっぽを向いて知らん顔。
「これは、好きじゃないのか、な」
 まったく猫ってやつは、なんて気まぐれでワガママなんだ可愛いぞ。

「にゃんにゃん、かもーん☆」
 ユリアは腰に長い紐をぶら下げ、その先に鈴を結び付けてみた。
「……てゆーか、取れるもんなら取ってみ」
 この鈴を見事に奪うことが出来たなら、最速ハンターofにゃんこの称号を与えよう!
 そう宣言して猛ダッシュ、なんだかもう目的が違っている気がするけれど、多分どさくさでゴールラインを割ることもあるんじゃないかな。
 猛然と追いかける猫の紅福さん……いや違う、魅依選手だ!
「みぃ♪」
 魅依は自前の尻尾に鈴を付け、猫のミィを誘導しながらユリアの後を追いかける。
「なんか違うの釣れた!?」
「みぃみぃ♪」
 てしてし、ちりん。
「にゃにゃー♪」
 ぺしぺし、ちりりん。
 なにこれ新手の妨害?
 いいえ本能です。
 紐を引きずり走るユリアと、それを追いかける魅依、更にそれを追って走る猫。
 ぐるぐる、ぐるぐる、体育館の真ん中で回っている。
 無愛想にふて腐れたような顔をした赤毛の紅福さんは、それを横目に退屈そうに大あくび、すみっこにのそのそ歩いていって、くるりと丸まってしまった。

「他の参加者達は口ほどにもないな」
 余裕の表情を浮かべ、藤忠は運命の猫エカテリーナさんの前に跪いた。
 大丈夫、動物には好かれるタイプだ。
「ほら、おいで……一緒に遊ぼう」
 藤忠は低姿勢からゆっくりとじゃらしを振り、お嬢様の興が乗ってきたところで段々と早く動かしてみる。
 そのままゆっくりと後ずさりながら、届きそうで届かない絶妙な位置でふわふわ、ふわり。
 けれどたまには捕まえさせてあげないとヘソを曲げるのも猫という生き物だ。
「おっ、上手い上手い……あっ、ちょっと返せ、持って行くな……っ」
 くわえて逃げたはいいけれど、人の手を離れたはらしは動かない。
 動かない獲物はたちまち魅力を失って、そのままポイっと放置される。
 取って来いと言っても知らん顔なのが猫という生き物だ。
 仕方なく人間の方が取りに行き、再びじゃらしを降り始める……これが「人間は猫の下僕」と言われる所以である。
「今度はどうだ、そーれそれ、取れるか、ん?」
 我を忘れて猫と戯れる藤忠。
 いつの間にかゴールラインを超えていた。

『藤忠選手とエカテリーナさんのペア、一着でゴールイン!』

「なんだ、勝ったのか?」
 エカテリーナを撫でながら、藤忠は不思議そうに首を傾げる。
 そんなことより、もう少し彼女と遊びたいんだけど。


●買い物競争

「ようやく出番が回って来ましたね」
 商店街の端っこ、スタートラインに立ったレフニーは、待ちくたびれたとばかりに大きく伸びをした。
 目の前50メートルほどの位置には参加者の人数分より多めの封筒が並べられている。
 買い物の指令が書かれたメモは、その中に入っていた。
 なお指令は学園生からの公募によって決められた「この商店街で入手可能な物」らしいが、本当だろうか。
 学園生が考えたと聞いた聞いただけで、もう嫌な予感しかしないのだけれど。

 参加者は白組のレフニー、文歌、タイトルコール、そして赤組の藤忠、他モブは例によって省略するが全部で10人。
 その全員が一列に並び、商店街の皆さんが見物する中でレースが開始される。

 最初から全力で飛ばしたレフニーは、走り抜けざまに目の前のコース上に置かれた封筒をかっさらい、足を止めずに封筒を開いた。
 中に入っていた指令は――
「……アイスケーキ、ですね」
 よし、アイスケーキか。昼を過ぎて気温も上がってきたし、ちょうどいい……え?
「アイスケーキ!? ふ、普通のケーキならともかく!?」
 それって多分ケーキ屋さんには売ってませんよね?
 アイス屋さんですか?
 どこにあるの、見たことないし、あっても多分ファストフード的なチェーンだし。
「それって値引きとか出来ないですよね!?」
 え、たまにクーポンとか出してる?
 スマホで登録?
「登録しました! でも肝心のお店はどこですか!?」
 その前に、次回のクーポン発行は一週間後って!
「うわーーーーーーん!!」

 藤忠が手にしたメモには「優勝カップ」と書かれていた。
「そんなもの、どこで売ってるんだ?」
 事前に調べておいた商店街の配置図を取り出して、それらしい店を探す。
「カップと言えば食器……のはずはないな、金属製なら金物屋……でもないだろう」
 だいいち、いくら何でもアリのこの商店街にも流石に金物屋は――あった。
「あるのか!?」
 とりあえずその店に入って尋ねてみる。
「すまないが、ここではこういう物を扱ってはいないだろうか」
 メモを見せると、店の奥から出て来た気難しそうな顔をしたオジサンにいきなり笑われた。
「あんたそりゃ店を間違えとるよ」
「では教えてほしい、どこへ行けば手に入る?」
「この先にあるタナカヤさんに行ってみな、学園指定の制服や体操着なんかを扱ってる店だ」
 そう言えば、その手の店は文具屋や駄菓子屋と同じように、大抵は学校近くにある。
 藤忠自身も何度か利用していたが、まさかそんな物まで扱っていたとは。
 店主に礼を言い、藤忠はその店に飛び込んだ。
(「そう言えば、値切りもしないといけないのだったな」)
 ガラスケースに並んだカップを適当に指差し、女性店員に取り出してもらう。
 サイズや材質の指定はないから、一番小さなものでいいだろう。
「すみませんが、ルールらしいので百久遠だけまけて頂けませんか?」
「ああ、買い物競走ね」
 女性は勝手を知っているらしく、くすりと笑って見せる。
「でも、どうしようかな。交渉テクも採点に入るんでしょ? そう簡単には――」
「そこを何とか……お願い、できませんか?」
 かくり、困ったように眉を下げ、小首を傾げて上目遣いに相手を見た。
「わかった、百久遠でいいのね? その代わり写メ撮らせてくれる? あ、顔とポーズはそのままで、はい!」
 ぱしゃー!

「アラ、女性用勝負下着の上下セット……ランジェリーのお店にありそうね♪」
 性別を超越した存在であるタイトルコールには、その手の店に入ることにも、そうした買い物をすることにも躊躇いはない。
「問題はそのお店がどこにあるのか、だけど……」
 こんな時は地元の人に尋ねるのが一番だ。
「ねえちょっと、古本屋さんを探してるの、知らないかしら?」
 昔ながらの八百屋の店先でオバチャンに尋ねてみる。
 と、台に並べてある美脚な大根や艶々と黒光りする茄子、大きくて柔らかそうなキャベツなどが目に入った。
「アラ。このお野菜、カタチがイイわねぇ!」
「そうでしょ、ご近所のスズキさんが作ってるのよ、ウチの指定農園ってとこね!」
「おひとついただこうかしら、気に入ったらお店でも使わせてもらうわ!」
 買い物ついでに店の場所を教わって、生活臭漂うレジ袋を提げたタイトルコールは目当ての店に一直線。
 オバチャンにはちょっと変な顔をされたけど、気にしない。
 教えられた店は下着から洋服、アクセサリ、バッグなどの小物類まで何でも揃う女性用品の専門店だった。
 口調はオネェでも見た目は比較的普通の男性に近いタイトルコールの姿は、店の中では流石に浮いて見える。
 そこで彼は一計を案じた。
「ねえ、知り合いの女の子にあげるプレゼントを探してるんだけど」
 これなら怪しまれずに買い物が出来るだろうと踏んだ思惑通り、店員は親切に相談に乗ってくれた。
「丁寧にありがとう♪ じゃあこの商品二組頂くわ。片方はプレゼント用に、えぇ……」
 適当なアクセサリを購入し、綺麗に包んでもらう。
 そしてもう片方は「……ハイ! こっちはアナタによ♪」と、店員にプレゼント。
「アナタもこれがお気に入りなんでしょう? だから、ね?」
 その代わりと言ってはなんだけど、ひとついいかな。
「コレ、少しお安くならないかしら?」
 その手には、いつの間にか赤と黒の派手なレース模様のランジェリーが――

「匠の一本漬け……?」
 メモを見た文歌は思わず首を捻った。
 一本漬けって何だろう、漬け物であることは想像出来るけれど、匠のって……?
「わからないことは聞けばいいんだよね」
 それを禁止したルールはないと、文歌は周囲の観客達にメモを見せる。
「え、タクアン? 専門店があるんですか? はい、ありがとうございます!」
 教えられたのは間口が一間ほどの小さな店だった。
 なるほど確かに看板には「匠の一本漬け」と書かれているし、店の中にもタクアン以外の商品はない。
 これだけの商品でよく商売が続けられるものだと思いつつ、文歌は店の奥に向かって声をかけてみる。
「すみませーん、タクアンくださーい!」
 それに応えてのそりと現れたのは、いかにも気難しく頑固そうな職人気質の老人だった。
 値切りの件を持ち出すと、老人は思った通りの反応を見せる。
「てやんでぇ、こちとらてめぇんトコの商売モンにゃ命かけてんだ。嬢ちゃんはナニか、人の命を安く買い叩こうってのかい? 命ってなぁな、この地球より重いんだぜ?」
 いや、そんな大袈裟な話じゃないんですけど、どうしてそこまで話が大きくなるの。
「いえ、その……これは大将を匠と見込んでのお願いなんです!」
 文歌はこっそり「アイドルの微笑み」と「匠」のスキルを使った。
「大将が漬け物の匠なら、私はアイドルの匠! 私の歌を聴いてください!」
 狭い店内での即興ライヴを、店主は目を閉じて腕を組んだまま、身じろぎもせずに聞いていた。
 やがて一曲歌い終わった文歌は改めて値引き交渉に挑んでみる。
「私の本気をわかっていただけましたか?」
「いや、わからん」
 眉間にシワを寄せ、店主は首を振る。
「今時の歌ってやつは俺にはちっともわからん。だが……嬢ちゃんの心意気は伝わったぜ」
 漬け樽の中から一本のタクアンを取りだし、ビニールに入れて包装紙に包み始めた。
「今の歌が代金だ、持ってきな」
 文歌は匠の一本漬けを手に入れた!

 その瞬間、店の周囲を取り巻いていたギャラリーから拍手が湧き起こる。
「早く、それを持ってゴールへ!」
「今なら一番になれるよ!」
 声援に応え、文歌は走り出した。
 頑固な店主の魂が籠もった、匠の一本漬けを胸に抱えて――


●奥様運び

「フィンランドよ、私は帰って来た」
 鷺谷 明(ja0776)は改良型の正式名称「奥様」を抱え、グラウンドに立つ。
 もちろんここはフィンランドではないが、気分は沈まぬ太陽とサンタクロースの国。
 なお明の「奥様」はとてもスリムで色白だ。スリーサイズはどこを測っても変化なし、つるぺたすとーん。
 しかし、スリムだが重い。なにしろ身長12メートルの鉄筋コンクリート製だ。
 そしてその身体には一定の間隔を置いて、太い釘のようなものが突き刺さっていた。
 ただの電柱にしか見えないって? 気のせいだ。
「前回のような悲劇は二度と繰り返さないよ」
 失敗を糧に、人は強くなる。
 前回は顔の絵が描かれた紙を貼り付けただけという横着をしたのが敗因だった。
 しかし今回は直接ペンキで顔を書いたから、思わぬ事故が起きる危険はない。
 愛を込めたお手製の一品は、まさしく奥様と呼ぶに相応しい。
 奥様(自作)
 ほら、なんて……なんて素晴らしく……なんかすごくあわれにおもえてくるのはなんでだろう(棒

「だから、なんでこうなるんだよ」
 ずっしりと重たい感触を背に、ラファルは渋面を隠そうともしなかった。
「身長155センチが238センチを担ぐって、どう考えてもおかしいだろ」
 と言うか普通は姉が妹を担ぐものだ。
 なのに何故、こんなことになっているのか。
「だってラーちゃん鍛えてるし火力も充分だし? ほんま頼りにしてるわー♪」
 クフィルにしても、ラファルが半死半生で苦しんでた時に姉らしいことをしてやれなかったことを気にはしているのだ。
 そのせいで嫌われていることも知っている。
 だが、それはそれ。済んだことをあれこれ言っても始まらないから前を向いて歩こう的なスーパーポジティブ思考で突き進むのが、クフィルなりの気遣いなのだ……多分。
「さあ、姉妹でめっちゃ息の合ったとこ見せたろなー」
「合ってねえし」

 ペンギンの着ぐるみをきたアキぺんぺんは、カマキリーズの声援に応えて羽根を振った。
「応援ありがとうなのですよーぅ☆」
『キュゥ』
 その脇に荷物のように抱えられた、ラッコの着ぐるみを着たシズらっこもピコピコと短い手を振り返す。
 中の人はペンギンが奥様でラッコが旦那様だが、運ばれるのはラッコのほうだ。

「俺が奥様役なのか……ああ、そんな気はしていた」
 あけびにお姫様抱っこされた藤姫は、ハイライトの消えた目でどこか遠くを見つめていた。
 ミハイルに女装はしないのかと言われ、即座に断固としてお断り申し上げたところまでは覚えている。
 なのに、どうしてこうなった。
「姫叔父を運ぶんだから優勝しなくちゃ! 姫、最後までお守りします!」
 冗談めかして笑うあけびに、藤姫は憮然とした表情を返す。
「ああ、心配はしていない」
 していないが……何故に自分はドレスを着ているのだろう。
 ネジが飛んだ時の名残だろうか。

 他にも何組かの出場者がいたが、普通に男性が女性を運ぶペアは、どうやら快晴と文歌、ミハイルと沙羅の二組だけのようだ。
 うん、さすが久遠ヶ原。

『では位置について……用意、スタート!』
 合図と共に各ペアは平坦な直線コースを猛然とダッシュ、出来なかった者もいた。
「パサランちゃん、しょうかーん!」
 文歌が喚び出したパサランに呑み込まれる名もなき白組カップル、どうして白組なんだ俺達は味方じゃなかったのか……!
 そんな抗議には聞く耳持たず、文歌達はさっさと先を急ぐ。
 アキぺんぺん・シズらっこペアは少々出遅れたが、彼等には秘策があった。
「ここで一気に距離を稼ぐのですよーぅ☆」
 アキぺんぺんは脇に抱えたシズらっこを、マジックスクリューに乗せてミサイルよろしくぶん投げた。
 投げられたシズらっこは紫に光ハリセンで行く手を塞ぐ的をシバき倒す!
『蒼姫選手、これは大胆な作戦に出ました! しかしこのまま静矢選手が地面に落ちてしまえば失格となってしまいますが……!?』
 次の瞬間、アキぺんぺんの姿が消えた。
『おおっと、これは瞬間移動か! 蒼姫選手、静矢選手に見事追い付きキャッチした!』
 僅か数秒の間にアキぺんぺん・シズらっこペアはトップに躍り出る。
「だが、まだ慌てる時間じゃない」
 沙羅をお姫様抱っこしたミハイルは余裕の表情で笑った。
 落ちないように、また走りやすいようにしっかりと掴まった沙羅は、ミハイルには見えない背後や左右の動きに気を配る。
 なお、沙羅はスリットの入ったスカート姿だが、下にショートパンツを装備しているから、残念なことに見えても大丈夫。
「今残念とか言った奴、後でシメる」
 その背後から猛然と追い上げてくるラファル・クフィルの姉妹組、更にすぐ後ろにはあけびと藤姫のペアがぴったりとくっついていた。
「友達だからって手加減しないよ!」
「そいつはこっちの台詞だぜ!」
 抜きにかかるあけびに、そうはさせじと前を塞ぐラファル。
 藤姫の奇門遁甲が炸裂――しない!
『一度しか使えないスキルは入れ替え不能、このルールを理解していない生徒が多いようですね。これは徹底した周知が必要なようです』
 自分もそのひとりだったことには触れず、仙也がしれっとアナウンス。
 その隙にクフィルが鎌鼬を放ち、ラファルは全力移動であけび達を引き離し、更には前を行くぺんぺんラッコ組をも抜き返した。
「あけび、大丈夫か?」
「大丈夫だよ、姫叔父こそしっかり掴まっててね! 次のプールが勝負だから!」
「……こけるなよ?」
 調子に乗って落としたらアウトだからな?

 他の組が最初から勝ちに来ているのに対して、明と奥様はマイペースに進んでいた。
 いや、明は出来れば奥様で周囲の的を薙ぎ倒し、完全独走で突っ走りたいところだったのだ。
 しかし自在に振り回すには彼の奥様は長くて重すぎた。
 実際にはどちらの端も地面に付けないようにバランスを取りながら歩くだけで精一杯。
「だが私にはまだ切り札があるんだよ」
 その時まで奥様が無事ならば、だけど。

 そして快晴と文歌組は……イチャついていた。
 あ、真面目に走ってはいますよ、でもついついイチャついてしまうのは仕方がない、だってもうすぐ結婚式だから。
「カイ、落とさないでね?」
「大丈夫、だ。落とすはずが、ない」
 姫抱っこされた文歌は快晴にしがみつくふりをして、その豊かな胸を押し付ける。
(「カイは小さな胸の方が好きらしいけど、私の少し大きな胸はどうかな?」)
 ぎゅっと押し付けて、ちらりと顔色をうかがう。
 しかし断言しよう、サイズの大小に関わらず自分の彼女のおっぱいが嫌いな男などいない。
 だからやめてさしあげろください。

『プールエリアに一番乗りしたのは姉妹組、ラファル選手はクフィル選手を頭上高く掲げて進みます!』
 濡れるのは好きじゃないと文句を言いつつ、ラファルは慎重に足を運ぶ。
 が、そんな彼等の脇を吹き抜ける一陣の風。
「この時ばかりはニンジャで良かったって思うよ!」
 水上歩行が可能な鬼道忍軍にとって、水は何の障害にもならない。
 だが水が障害にならないのはペンギンとラッコも同様だった。
 アキぺんぺんは再びシズらっこを発射、一気にプールを飛び越える。
 残った者達はそれを悔しげに見送りながら、奥様を水に濡らさないよう慎重に運んでいった。
「あの、大丈夫でしょうか……」
 ミハイルの頭上から沙羅が心配そうに声をかける。
 彼女は今、肩車で運ばれていた。
 が、流石に成人女性の肩車は何かと厄介だ。
「くっ、たった25メートルがこんなに長く感じるとは……!」
 少しでも油断すればバランスを崩しそうだし、急げば足を滑らせそうだし、他にも色々と平常心が危ない。
 おかげで他チームを妨害する余裕もないが、状況はどのチームも似たようなものだった。
 まだだ、まだ慌てる時間じゃない。

『先頭の二組は早くも第三エリアの砂場へ突入、ここには砂中に爆竹が仕掛けてあります!』
 あ、爆竹と言っても威力は撃退士仕様ですので怪我には充分にご注意ください。
「でもそんなの蒼姫には関係ないのですよぅ☆」
 ぺんぺんラッコはまたしてもミサイル発射と瞬間移動でひとっ飛び。
 ずるい。
 しかしこれもルールの範囲内、使えるものは何でも使ってしぶとく勝ちを狙うのが久遠ヶ原の流儀。
『キュゥ』
 ラッコの手から紙が舞う。
 そこには「お先に失礼」と書かれていた。
「踏んだら怪我するってことかな」
 あけびはエリアの手前で立ち止まる。
「でも多少のダメージなら強引に突っ切るのもありだよね!」
 覚悟を決めて一歩を踏み出した、その瞬間。

 バン!

 鼓膜を裂くような大音声と共に砂が巻き上がり、炸裂する火花が足下で踊る。
 その威力は「多少のダメージ」どころではなかった。
「危なかった、空蝉が残ってなかったら足がなくなってたかも……!」
 これは迂闊に踏み込むことは出来ない。
 トラップ感知系のスキルがあれば避けて通ることも出来るのに!
「ふっ、いよいよ俺の出番だな」
 その声に振り向くと、そこには沙羅を抱えたミハイルの姿があった。
 サーチトラップで意識を集中すると、脳内に安全なルートマップが出来上がる。
「ここで逆転させてもらうぜ」
 ミハイルは悠然と一歩を踏み出した。
 濡れた足下に砂が纏い付き、一歩ごとに重さを増していくが、そんなものは何の重荷にもならない。
 そう、この腕に抱えた愛の重さに比べれば!
「あの、私そんなに重いでしょうか」
 心を読んだ沙羅が恥ずかしそうに尋ねるが、物理的な重さではない。
 寧ろ沙羅はもう少し肉を付けてもいくらいだ、学園の女性は総じて細すぎるぞ。
「あ、ミハイルさん後ろ……!」
 彼等の後をついて行けば安全だと判断したのだろう、背後にはライバル達がぞろぞろと列を作っていた。
「くっ、明鏡止水で気配を消していたのに何故!」
 藤姫が悔しげな声を上げるが、後ろにぴったりくっついていれば、そりゃね。
「楽して勝てると思うなよ!」
 行け、ダークハンド!
 砂の中に出来た影から現れた無数の腕が、彼等の足に絡み付く!
「それじゃ、俺もそろそろ本気出す、かな」
 団子になって詰まった後ろの方で、快晴はテラーエリアの暗闇を作り出した。
 自身に闇の番人を付与して視界を確保すれば、後は放って置いてもライバルは自滅する。
 闇の中で文歌にこっそりキスし、混乱を狙う余裕も生まれ――しかし、ここで思わぬ事態が起きた。
「この時を待ってたぜ!」
 ラファルは暗闇の中でほくそ笑む。
「謳技、死閃、星辰乱れしとき巨星をも墜とす……プラネッツフォールダウン!」
 手近なペアを狙って死角からの一撃、その衝撃で誘爆を起こした爆竹が一斉に炸裂する!

 耳を聾する爆音と視神経を焼き切るような閃光が迸り、巻き上げられた砂場の砂が巨大なキノコ雲を作った。
『これは大惨事です! 果たして選手達は無事なのでしょうか!』
 駆けつけた救護班が倒れた者を担架に乗せて運び出す。
 その爆発の大きさに被害は観客生にまで及んでいたが、こちらは衝撃波で服が大破する程度で済んだようだ。
「とりあえずこれを、テントの中に更衣室がありますから、そこで着替えてください」
 女性達にバスタオルを羽織らせてから、明斗は救護テントへ急ぐ。
 既に治療を始めていた悠人と共にありったけのスキルを使って手当をし、重傷の者は医務室へ運び込み、更に状態が悪い者は病院へ送り出した。
 これはいくらなんでもやり過ぎではないだろうかと、審判のユウはハリセンを握り締める。
 けれど行われたこと自体はルール違反ではない。
 ということは……厳重注意に処すべきはこんな危険なトラップを仕掛けた運営側ということになる。
「後でじっくりとお話を聞かせていただきましょうか……ええ、じっくりと」

 だが、そんな状況でも選手達の多くは競技を続行していた。
 回復スキルで応急手当を施しつつ、爆竹という名の地雷が全て吹っ飛ばされた砂場の跡地を全速力で駆け抜ける。
『それでこそ久遠ヶ原の撃退士です』
 どうやらこれはもっとフリーダムに楽しんでも問題なさそうだと思いつつ、仙也は実況を続けた。
『先頭のぺんぺんラッコはまたしても裏技で丸太ゾーンを越えて行きます、誰か彼等の独走を止める者はいないのか!』
 ここまで来たら後はもう小細工なしにひたすら走るだけと、選手達は丸太の上を脇目もふらずに駆け抜けて行く。
 そう、なまじ周囲を見てしまうから足を踏み外すのだ、平地を真っ直ぐに走っているだけだと思えば――ずる、ぼっちゃん!
 まあ、落ちたら運が悪かったと思って。
『しかしここは落ちても奥様を落とさない限りは失格になりません!』
 気を取り直していざ進め愛の戦士達よ!

 最後の難関、ツルツル油坂。
 ぺんぺんラッコはここも一気に駆け抜けようとしたが、もうスキルが残っていない!
『キュゥ』
 え、大丈夫? 自分が全力跳躍で飛距離を稼ぐから、その間に走れ?
「了解なのですよぅ☆」
 ラッコをぽーんと投げ上げて、ぺんぺんは走る。
 油でツルツルの坂を登る……のぼ、る……登れない!
『キュゥーーーーー!』
 投げ上げられたラッコは空中で懸命にもがき、ぺんぺんの元に戻ろうとするが無駄な足掻き!
 ひゅるるる、べしょ!
「ああっ、シズらっこが落ちたなの! きさカマ、助けに行くなの!」
「わかった、きさカマは救助するよ!」
 斜面に落ちて油まみれ、ツルツル滑って降りてきたラッコに治癒膏とライトヒールぺかー!
『ぺんぺんラッコペア、奮闘虚しくここでリタイアです!』

 生き残ったの者達は坂に取り付き懸命に登る。
 だがミハイルは落ち着いていた。
「油など全て燃やし尽くしてしまえばいい、死にたくなかったらそこをどけ!」
 その手から撃ち出された火球が炸裂し、灼熱の炎が広範囲に撒き散らされる。
 それはまるで、炎の隼が翼を広げて獲物に襲い掛かるように見えた。
 が、元はファイヤーブレイクであり、その炎は自然現象の再現ではない。
 よって、油は燃えない。
「し、しまったあぁぁっ!」
 揺らめく炎の中から沙羅を抱き上げてカッコ良く現れる俺、そんなイメージが脆くも崩れ去る。
「エカちゃんお先!」
「ごめんミハイルさん、先に行くね!」
 友人達にも先を越され、ミハイルは呆然とその背を見送……っている場合じゃない。
「ここまで来て、負けてたまるか!」
 なりふり構わずとにかく足を動かして、気合いで坂を登ってツツーっと滑って。
 残すは最後の直線のみ!

「さて、本気を出そうか奥様」
 今まで力をセーブしていた明は、この最終局面で漸く動いた。
 奥様を頭上高くに抱え上げ、やり投げの要領で思い切りブン投げる。
 着弾予想地点はゴール直前、今まさにレースを終えようとしているライバル達を、この一撃で蹴散らしてやるのだ。
 もちろんそのまま着弾すれば奥様の接地と見なされ、明は失格だが。
「勝利のためには一時人型を捨てることも止むなし!」
 明は自らの腹をかっ捌き、その生命力に致命的なダメージを与えた。
 そして、その状態まで追い込まれた時にしか発揮されない生存本能の覚醒による勝利への逃走!
 驚異的な加速で奥様を追い越した明は、くるりと向き直って両腕を広げた。
「さあ、おいで……!」
 その腕の中に、唸りを上げて飛び込む奥様。

「ごふぅッ」

 それはそれは、美しく感動的な光景だった。
 奥様の頭突きを果敢に受け止めた明はそのままゴールラインの向こうに吹っ飛ばされる。
 だがそれでも、明は奥様を離さなかったのだ。
 押し潰された彼の身体を土台に、直立にそそり立つモニュメント。
『一着、赤組の明・奥様ペア!』
 あー、もしもし。生きてますか?

 惜しくも優勝を逃したミハイルは、爽やかな笑顔で沙羅に向き直った。
 ダークスーツは水に濡れ、汗と油と砂にまみれてヨレヨレだ。
 一着でゴールインすることも叶わなかったが、全力を出し切ったのだ。
 それで良いじゃないか。
「大切なことまだ言ってなかったな」
 真っ直ぐに見つめ、告げた。
「沙羅、愛してる」
 ざわ……っ!
 周囲のギャラリーが一斉に視線を向けるが、まだだ、まだ肝心の答えを聞いていない。
 頬を朱に染めた沙羅は、その視線を真っ向から受け止めて、返した。
 嬉しそうに、そして幸せそうに。
「ありがとうございます。私も、その…愛しています」

 パァン!

「ミハイルさん、沙羅さん、おめでとうございます!」
「ひゅーひゅー!」
 見ればいつの間に用意したのか、あけびとラファルの手にはクラッカーが握られていた。
 その後ろでは微笑をたたえた藤忠が手を叩いている。
「ミハイルさん、今の告白は久遠ヶ原島の隅々までライブ中継しておきました」
 テレビカメラを担いだ仙也が厳かに宣言する。
「ついでにネットにも流しておきましたから、一時間もすれば全世界的な有名人ですよ」
 ヨカッタネ!


●ロシアンパン食い競走

 順調に競技も進んで、そろそろ三時のおやつが欲しくなった頃。
 スタッフという名の友人達と一緒に定価で買ったアイスケーキを美味しくいただいたレフニーは、次なる試練に立ち向かう決意を固めた。
「パン食い競走ですか、ふむ」
 大食いや早食いの要素はあるが、それとはまた違った競技であるらしい。
「走って食べて、また走る……」
 なるほど、脇腹が痛くなりそうな競技だ。
「どんなパンだろう、本場のライ麦かな、それとも日本風の菓子パン? 」
 どちらにしても楽しみだと、レフニーは期待に胸を躍らせる。

「食べ物は粗末になんか絶対しない」
 こくりと頷き、ひりょは遠目に見える仕掛けに目をやった。
 近頃ではビニールで包装されたパンをくわえて走るのが主流のようだが、ここでは昔ながらに剥き出しのまま紐でぶら下がっている。
(「もたもたしてると食べかけで下に落としそうだな」)
 下にはシートなどな敷かれておらず、落としたら土まみれになることは確実だ。
(「まあ土は食べても大丈夫、それどころかミネラルが豊富で健康に良いって説もあるけど」)
 さすがにそれは遠慮したい。
 よし、即効で食べきる気持ちで挑むぞ。

 カマふぃは勿論、白いカマキリの着ぐるみを着込んでの参加だ。赤組だけど。
 その目は驚異的な視力で捉えていた――普通の丸や少し細長い形のパン、素っ気ない食パンなどに混ざって燦然と輝く、緑色をしたカマキリ型のパンに。
「カマふぃがあれを取るのはきっと運命なの!」
 あれだけは、誰にも譲れない!

「ロシアンパン……!」
 その名を聞いて、ユリアはキラキラと目を輝かせた。
 ロシアンパンだから、ロシアのパンだよね?
 遠目にはよく見えないけれど、きっとそうに違いない。
「ロシアンパン、ロシアンパン、ロシアンパン……!」
 狩人の目をしたユリアは、呪文のように唱えながらクラウチングスタートの構え。

 用意、パン!

 レフニーはスタート! ダッシュ! そしてジャンプ!
 勢いを落さず、慣性を消す様後に蹴出して――
「あ、あれ?」
 すかっ!
「うまく……うまく、取れません!」
 ぴょんぴょん!
「このパン、回避に全振りしてるのです……!?」
 えいっ!
 このっ!
「いいかげんに観念して、食べられなさい!」
 ばくんっ!
「あ、ふぉれふぁのれふ!」
 あぐ、あぐあぐあぐ……ごくん。
「これ、きんぴらごぼう?」
 もにょーん。
「悪くないですけど、なんだかなー」
 あっ、もにょっている場合ではないのです。
 食べたらゴールに急がないと!

「カマキリパン、覚悟なの!」
 目当てのパンにかぶりついたカマふぃは、○イソンも真っ青な吸引力でそれを胃袋に吸い込……吸い――
「うっ!?」
 カマが喉にひっかかった!
「た、大変だ、お水お水!」
 きさカマが救助に飛んで行こうとするが、選手に手を貸せばルール違反で退場になってしまう!
「だ、だいじょぶなの、カマふぃは不死身なの!」
 復活!
 なお見た目はアレだが中身は抹茶あんという、ごく普通の美味しいパンだった。
「ウマイなの! もっと欲しいなの! プリーズ!」
 食べさせてくれるまでここを動かない。
 動かないったら動かない。
 え、レース?
 なんのことかな?

(「どうか変なものに当たりませんように」)
 そう願いながら、ひりょは何の変哲もなさそうな丸いパンにかぶりついた。
 確かに何の変哲もない、そして中身もない。
 小麦粉の代わりに石灰でも使ったんじゃないかと思えるような、ぼそぼその食感。
 噛んだ時の甘みもなければ香ばしい匂いもない。
(「それでも食べ物には違いない……!」)
 どう作ったらこんなに不味いパンが作れるのかと、製造者に問い詰めたいところだが。
 それでもどうにかこうにか呑み込んで、ひりょはゴールを目指す。
 勝利よりも今は、切実に水分が欲しかった。

「あ、ロシアのパンじゃないんだー」
 ピロシキだと思っていたユリアは、ちょっと残念そう。
 でも、食(や)る気は十分。
「ユリア、行きまーーーす☆」
 蝶のように舞い、獅子のように食らいつく!
 食らいついたまま紐を引きちぎり、Gのように逃げーーーる☆
「え、食べ終わらなきゃゴール出来ない?」
 走りながら食べちゃったんですけど。
 具は何だったかな、丸呑みしたからわかんないや!
「イクラじゃなかったことは確かだけど、なに、まさかレースってこれで終わり? ごめん、足りないくらいなんだけど……」
 あれ、なんだろう、身体が火照ってる?
 身体の内側から熱い闘志が漲って……違う、胸焼け?
 この熱さ、辛さ、そして痛み、まさかさっきのは激辛ジョロキアクリームパン!?
「だ、誰か水、みずぅ……っ!!」

 熱中症対策としてドリンクを配っていた悠人が、その声に気付いて駆け寄って行く。
「大丈夫ですか、はいどうぞ。辛い物を食べた時は乳製品が良いそうですよ」
「ありがと!」
 ユリアは差し出されたパックの牛乳を受け取って一気飲み。
 これで少しは胃の中が中和されると良いのだけれど。
 なお既にゴール後なので問題はない。
「え、あれ? いつの間にゴールしてたの? あ、一着? やったー☆」
 ご褒美にピロシキください。
 ないの?
「浪風さん、俺にも何かもらえますか? お茶でいいんだけど」
 冷たいお茶を受け取ったひりょは、ついでに聞いてみた。
「お昼時にもおにぎりとか配ってたけど、まだあるかな。なんか中途半端に食べたらかえってお腹すいちゃって」
「あ、俺も! 俺も腹減った!」
 光が脇から顔を出す。
「うん、まだテントに残ってると思うから、一緒に行こうか」
 今のレースのロシアンぶりを話ながら、三人はテントに向かう。
「青汁パンとか、おからパンなんてのもあったらしいぜ?」
「おからって、卯の花? だったらそう悪くないと思うけど」
「違う違う、絞りたての何の味付けもしてない奴がそのまま入ってたって」
「それは……」
 ぼそぼそパンと、どちらがマシだっただろう。


●騎馬戦

「きゃはァ、飛行と透過だけ禁止、それ以外は大丈夫なのよねェ…それなりに全力で行かせてもらうわァ」
 満を持してこの競技一本に勝負をかけてきた黒百合(ja0422)は、赤い鉢巻きを頭にしっかり巻き付けた。
 なお単独での参加である。
 騎馬戦とは何だったのかと問い詰めたくなるが、ここは久遠ヶ原だ。
 人が馬を兼ねても何ら問題はないし、実際に馬な人だって在籍している。
 よって参加者の殆どは馬と大将を兼ねた単騎での戦いだった。

「私は、かませになりたい。画面の外で無双していざ画面に映ると主人公格に一瞬でやられて『馬鹿な……!』って爆散したい」
 明はなんかそういう衝動に駆られたらしい。
 先ほどはどう見ても重体だろうというレベルの傷を負ったように見えたが、何故か無事だった。
「私は熟練の撃退士、そこらの駆け出しとは鍛え方が違うnごふぅっ」
 吐血。
 目印はその真っ赤に染まった包帯でいいかな、赤組だし。

 雫の目印は髪に結んだ赤いリボン。
 あっさり取られてしまいそうに思えるが、そこは歴戦の戦姫である。
「取られる気はしませんね……取る気もありませんけど」
 少なくとも相手に戦意のあるうちは。
 皆さん、逃げたほうがいいと思います。

「だから、なんでまたてめーがくっついて来るんだよ」
「もーラーちゃんてばほんまクチが悪いわー、でもうちにはわかるわ、それ照れ隠しやねんな」
「照れてねーし隠してねーし」
 ラファルとクフィルの仲良し()姉妹はここでも一緒だった。
「ラーちゃんが出るならうちも出る、これはもう最初から決まっとることや」
「周り見ろ空気読め、全員が単騎じゃねーか」
「ラーちゃん、みんながそうだからうちも、なんていうのはあんまり感心せんなぁ」
 あ、これだめだ、話が通じない。
 ラファルは諦めた。
 諦めて、赤い帽子を被ったクフィルを肩車した。
 もう勝てる気はしないが、どんな状況でも諦めない投げ出さないのが撃退士。
「やってやるよ、クソッタレ」
 だから悪態くらい好きに付けさせろください。

 さて、ここまでの参加者は全て赤組である。
 もとより最後まで生き残った者が勝つというサバイバル方式、人数の偏りは影響しないのだが――
「大丈夫、あたいがいるわ!」
 寒い国からやってきたチルルはもちろん白組だった。
 五月人形が被っているような立派な兜の緒を締めて、軍配……もとい大剣を天高く掲げる。

 なお例によっていちいち紹介はしないが、フィールドには彼等の他にも大勢の参加者が入り乱れていた。
『それでは本気の生き残りを賭けた騎馬戦の開始です!』
 ぶおぉ〜〜〜ん!
 アナウンスと共に法螺貝が吹き鳴らされる。

 その音と同時に黒百合はありったけの発煙手榴弾や発煙筒を正面に向かって投げ付けた。
 もわもわと立ち上る色とりどりの煙に呑まれ、黒百合の姿が霞んでいく。
 同時に幻惑蟲による潜行の効果を得て、そろりそろりと標的に近付いていった。
 珍しくまともに五人でチームを組んでいる馬が、煙の中で未だに右往左往している。
 それをカモだと見た黒百合は、こっそり近付きアンタレスの燃え盛る劫火で纏めて焼き尽くした。
「あらァ、まだ動けたのねェ?」
 無駄な抵抗をしなければ、すぐ楽になれるものを。
 白銀の槍ロンゴミニアトを一振りし、大将を馬から叩き落とす。
 解体された馬は慌てて逃げて行き、残った大将は――
「い、命ばかりはお助けを……っ!」
 自ら首(目印)を差し出し、薄情な仲間の後を転がるように追いかけて行った。
 まず、ひとつ。
 次に狙うのは単騎、死角から近付いて弾丸蟲で足を撃ち抜く。
「えっ、なに!?」
 攻撃を受けた気配も、痛みさえ感じないのに、足が体重を支える力を失って倒れそうになる。
 どうしたことかと狼狽えているその隙に、黒百合は膝裏を槍で払った。
 転倒したところで近付いて、目標を奪う。

 別の場所では雫が無双していた。
 その身は邪神を宿したが如くに禍々しく紅い光を放ち、同じ光を宿した両刃の大剣を縦横無尽に振るう。
 相手のCRが天界寄りと見れば乱れ雪月花、冥魔寄りならアークと使い分け、相手が動かなくなるまでとにかく叩く、容赦なく叩く。
「目印を取れば勝ち、ですか? そんなヌルい勝負に興味はありあせんね」
 殺らなければ殺られる実戦のつもりで、奪った目印は倒した相手の首のつもりで。

 そんな戦場の鬼神の如き存在に、明はのっけから目を付けられてしまった。
 だが大丈夫、彼とて熟練の撃退士……レベルだけは。レベルだけなら。
 しかし、その頼りのレベルも雫の前では心の支えにすら、なってくれなかった。
(「死んだな」)
 明は思う。
 しかし最初から強敵にあたって激戦を画面に映すのもまた一興。
「やあ、お相手を願えるかな」
 明は墨化粧で能力を底上げし、聖杭ラミエルを構える。
「望むところです」
 その見た目から相手のCRをマイナスと読んだ雫の周囲に粉雪の如きアウルが舞った。
 冷たい月のような刃が明に向かって振り下ろされる。
 が、明はそれを空蝉でかわし、己の身体を古の霜の巨人へと変化させた。
 凍てつく冷気が迸り、雫に向けて襲いかかる。
 雫はそれをブレスシールドでガード、反撃に転じようと刃を返した――が。
「きゃはァ、背中がお留守よォ♪」
 黒百合による背後からの奇襲が決まる!
「馬鹿な……!」
 明の望みは果たされた。
 今は安らかに眠れ――

「白組のみんな、あたいに続けー!」
 チルルは一騎当千の威力で戦場に切り込んで行く。
 ツヴァイハンダーを振り回し、赤と見れば手当たり次第にその首(目印)を奪っていった。
 単騎が相手なら虹色の光を目に鮮やかな一撃で目印ごと切り裂き、集団はサソリの燃え盛る劫火で焼き尽くし、向かうところ敵なしという言葉を体現するかのように突き進む。
 しかしその快進撃を冷静に見つめる者がいた。
「さっきの借りは、きっちり返すぜ!」
 ラファルは光学迷彩で潜行し、アウルオーバーロード「VMAX」で周囲からの攻撃をかいくぐりながらチルルに近付く。
 しかし今のラファルはひとりではなかった。その背にはクフィルという強い味方が……と言いたいところだが、今回に限っては少々困ったことになっていた。
(「くっそ目立ってやがる!」)
 そう、いくらラファル自身が気配を殺しても、その効果はクフィルにまでは及ばない。
 従って――
「そこね!」
 チルルに見破られてしまった!
「くらえ、氷迅アイシクルブリッツ!」
 目にもとまらぬ二段攻撃がクフィルの帽子を真っ二つに切り裂いて行く。
「今度もあたいの勝ちね! 挑戦ならいつでも受けるわよ!」
 半分に分かれた赤い帽子を拾い上げ、チルルは颯爽と次なる戦いの場へ去って行った。

 戦いも大詰め、未だ戦場に立っているのは黒百合と雫、そしてチルルの三人のみ。
 三つどもえの戦いはいつ果てるともなく続いていた。
 いずれ劣らぬ猛者揃い、彼等のたたかいぶりを見つめる観客達も、その応援には自然と熱が入る。
 静矢はいつのまにかラッコの変身を解き、学ラン姿で軽快に踊りながらエールを送った。
 その両サイドではカマキリが踊り、少し離れたところではレフニーが相変わらず白旗を振っている。
 向こうではマタタビに身をくねらせるハチワレ猫を膝に抱き、沙羅が真剣な表情でなりゆきを見守っていた。

 勝負は一瞬だった。
 回復スキルが切れた雫がまず倒れ、そちらに一瞬チルルの意識が向けられる。
 黒百合はその隙を逃さず最後に残った発煙筒で煙幕を作り幻惑蟲で潜行、見えない攻撃でチルルを惑わせ、渾身の力を込めた一撃で兜を打ち据えた。
 その衝撃で緒がちぎれ、チルルの兜はがらんと音を立てて地面に転がった。
「負けたわ、あたいはさいきょーだけど、あんたも強いわね!」
「あらァ、お褒めにあずかり光栄だわァ♪」
 転がった兜を、チルルは自ら黒百合に手渡す。
 それにしても強いね、久遠ヶ原女子。

 かくして、戦いは終わった。
「すごかったね、手に汗かいちゃったよ」
 惜しみない拍手を送るひりょは、ベタベタになった掌を隣の光のシャツで拭く。
「なにすんだよ、きったねえな!」
 お返しとばかりに光はひりょの背中をゴシゴシ。
「俺さっきトイレ行って手ぇ洗ってねーから」
「ちょ、何するの!?」
 仲良くケンカする二人に、らぶらぶな二人、和気藹々の仲間達。
 出番を終えた彼等が見守る中、いよいよ最後の競技が始まる。


●棒倒し

 棒倒しとは、二手に分かれたチームがそれぞれの陣地に立てた柱を守りつつ、相手の陣地に置かれた柱を倒すために暗躍する、運動会ではお馴染みの競技である。
 ただし、ここ久遠ヶ原の棒倒しはひと味違っていた。

 立てるのは無機物の棒や柱ではなく、ヒトである。
 俗にこれを人柱……とは言わないが、結果的には似たようなものになる可能性も、なきにしもあらず。

 それはともかく、その棒を先に地面に倒したチームが勝ちという、ルールとしてはごく単純なものだ。
 しかし単純なものほど奥が深いのが世の真理。
 さあ、彼等はこの棒倒しで一体何を見せてくれるのか――

 まずは選手の紹介といこう。

 赤組:チーム鰹棒
 加倉 一臣(ja5823)「こんにちは、棒役です」
 橋場 アイリス(ja1078)「打倒アスハさん!」
 月居 愁也(ja6837)「今日こそ下克上だ!」※フラグ
 エルナ ヴァーレ(ja8327)「あ、だめだこれ」(察し
 ゼロ=シュバイツァー「諏訪は許さない絶対にだ」

 白組:チーム雨棒
 アスハ・A・R(ja8432)「生殺与奪」(棒役)
 月臣 朔羅(ja0820)「よろしくね」
 櫟 諏訪(ja1215)「さて……全力で楽しみましょー!」
 夜来野 遥久(ja6843)「<○><○>」

 だいたいわかった、これヒエラルキーが下の人が棒役なんだ。
 人数に偏りがあるけれど、そこは多分問題ない。
「アイリスちゃん以外、やられオーラある」
 最もオーラ全開の人が自分で言っているように、オーラの分は人数でカバー……カバー、しきれていない気がするけれど。

「運動会っていうか、この学園の行事って大体サツバツよね」
 今までの競技を観客席から眺めていたエルナが真顔で言う。
「ま、そこそこがんばっていきましょーってことで、作戦会議とかしてみる?」
「いや、やめといたほうがいいね」
 一臣が首を振る。
 だって白組の顔ぶれ見てよ、小細工で勝てる相手だと思う?
「寧ろこっちは何も考えずに自然体でいったほうが良いと思うんだ」
 下手に何か考えると諏訪ちゃんあたりが逆手に取ってきそうだしね!
 つまり、いつも通り。
 それこそが作戦。
 それって結局全部読まれてるんじゃ、とか考えない。
「アメフラレ……今日は俺が攻める番や!」
 ゼロが白組のアスハを指さして高らかに宣言する。
 久々の攻める側ということでテンション上がっている様子だが……果たして本当にそうだろうか。
「ゼロ、現実を見た方が良いと思う、ぞ」
 それに気付いたアスハが歩み寄り、その方をぽんと叩いた。
 ついでに言えば降られるのはゼロさんであって、アスハは降らせるほうである。
 と、雑談を始めるふりをして、アスハはこっそりシンパシーを使った。
 その記憶を覗き見て、彼等の作戦を仲間に伝えようと考えたのだが……直後、激しい後悔の念に襲われる。
 だめだこいつら何も考えてない。
「どや、恐れ入ったか!」
 勝ち誇るゼロは、あの空の褌座に勝利を誓った。
「そこ、勝ち誇っていいところなんでしょうか?」
 アイリスがツッコミを入れるが、褌座とかそのへんはスルーでいいのだろうか。

 さて、ではそろそろ始めましょうか。
 よーい、スタート!

「さーていよいろ始まりました運動会最大のクライマックス雨棒倒し!」
 ゼロは自分で実況しながら敵陣に向けて凶翼で飛ぶ。
 アイリスは合図と共にケセランを召喚、雨棒のアスハに向けて投げ付けた。
「私の思い、受け取ってください!」
「だが断る」
 アスハはそれをヘディングで打ち返す。
 あれ、棒役って動いても良いんだ?
「せや、ただし魔具魔装、攻撃スキルの使用は禁止やで!」
 ここで再びゼロさんの登場、今度は解説役だ。
「ダメージがないもんやったらいくらでも使ってええで」
 あと棒役はちゃんと真っ直ぐ棒になるように。
「でも俺、くの字までは許されるって知ってる」
 とりあえずピンと立った一臣が、そのまま腹をへこませて身体を折り曲げてみる。
 が、そこで審判の笛が鳴った。
「え、なんで!? くの字ダメ!?」
 だめです、くの字とかΛとかもアウトです。
「くっ、これ多分、俺の腹筋が試される」
 多分じゃなくて絶対かな。
「でもうちには対アスハ最終兵器アイリスちゃんがいる。勝つる」
 勝つる……よね?(弱気
 その期待に応え、アイリスは投げ返されたケセランを攻撃と見なし、Atomizareaを発動させる。
 身体を包んだ深紅の霧状のアウルが大気に散ったその瞬間、アイリスはアスハのすぐ横に移動していた。
「よし、がんばれアイリスちゃん、そのままアスハを押し倒そう!」
 これは棒を倒す競技である。
 だから一臣のその発言に何ら問題はない。
 ないよね?
「こっちはその隙に防御を固めるんだ、ゼロくん――」
 あれ、いない。
「じゃあ愁也を盾に」
「あ、俺ちょっと遥久倒して来るから!」
「え?」
 待って遥久は棒じゃないよ?
「知ってる、でもほらどことなく棒に見えるじゃん背高いし」
 そ、そうかな。
「青棒は黙ってても折られそうだし」
 ああ、うん、それは同意する。
「だから行ってくる! もちろん加倉さんも守るけど!」
 え、待ってどうやって?
 そう言ってる間にも縮地で飛び出して行っちゃったんだけど?
「臣さん…(いろんな意味で)死なないけど頑張って( 」
 上空から祈りを捧げるゼロ、しかし戻る気はなかった。
「これはどうすればいいのかな」
 みんな攻撃に行っちゃって、残ってるのは魔女さまだけなんですけど。
「さすがに魔女さま盾に出来ないし」
「オミーさん! ぼーっとしてたら殺られるわよ! 棒だけに!」
「あっはい」
「ま、元々棒だから屠られるんだけどね!」
 待って何その理屈よくわかんないんだけど。
 しかし混乱する一臣をよそに、ただ一人残った頼みの綱はにっこりと笑った。
「倒れたらだめだけど倒さずに盾にするならありよね?」
 あの、今なんて?
「逆に考えるのよ! 倒れなきゃいいんだと考えるのよ!!!」
「え、むしろ俺が盾……ぇええぇぇぇっ!?」
 背中に回ったエルナはベルトに両手をかけて、えいっと地面から引っこ抜くように一臣の身体を持ち上げた。
「そーれ突撃!!」
 え、棒って動いていいの?
 そうか、いいんだ?
 いいならいいけど、でも。
「待って魔女さま俺どうなっちゃうの!?」
「突撃したら……えっと……なるようになるわ!」
 わかりました、つまり何も考えてないと。
「とりあえず当たって砕けてみましょ!」
「いや困りますそれは困りますお客様! あーっ!!」
 多分だめだ、この人達。

 一方こちらは雨棒サイド。
 彼等は開始直後から敵陣に向けて進軍を始めていた。
 三人の仲間に守られ、アスハは進む。
 ただし棒役は常に一直線、途中で枝分かれなどしてはいけないのである。
 よって歩くことは許されない。
 両足を揃えたまま、ぴょんぴょんと小刻みにジャンプしながら進んで行く。
 敵陣からアイリスが飛び込んで来たのは、アスハが三回ほど跳ねた時のことだった。
 アイリスは取り付いた雨棒によじ登り……いや、登らせない!
 スリープミストで眠気を誘い、眠気を誘ったところで朔羅と身体を入れ替えた!
「あらあら。こんな所でいちゃつきたいの? ふふ……♪」
「え、朔羅さんいつの間に?」
 その誘惑に抗えなかったアイリスは、なんかクネクネしてる朔羅に後ろから抱きついて……ふよん。
「はーむぁ〜?」
 ぷにょん、ぽにょん、ああ柔らかい。
 しかし、それはもちろん朔羅の罠だった。
 隙を見てくるりと後ろに振り返り、抱き返して押し倒し、思いっきりもふり返しながら上になり下になって地面をゴロゴロ、まるで転がる土管のように敵陣に向けて転がっていく!
「はい、ごめんなさいね!」
 どかーん! 土管だけに!
 ぶつかったのは一臣を盾に突進して来るエルナだった!
 その拍子に鰹棒はエルナの手を離れ、飛んだ。
 くるくると回りながら飛ばされた先にはぴょんぴょん跳ねる雨棒が!
 しかし雨棒も黙って激突を待ってはいなかった。
 擬術:零の型で瞬時に距離を詰め(ただし両足揃えたジャンプで)、その勢いでライダァァァキィィック!
「なんの、カウンターアタァァァック!」
 自分では制御も出来ずにただ回っているだけでも、そう叫んでみると何となく自分の意思で回っているような気になってくる。
 そして垂直ジャンプと回転アタックが空中衝突、両者ともにバランスを崩して落下した!
「おぉっと、これは早くもまさかの相打ちか!?」
 しかし、それは雨棒チームの諏訪と遥久が許さなかった。
「まだまだ勝負はこれからですよー?」
 と言うか殆ど始まってもいませんからねー?
「ええ、まだまだ楽しませていただきませんと」
 落ちて来た二本の棒をキャッチして、立て直す二人。
 その位置は肩も触れ合わんばかりの隣同士、こうなればもう陣地など意味はない。
 かくして両チーム入り乱れての乱戦が始まるのだった。

 鰹棒がくるくる空を飛んでいる間、愁也はそれにも気付かずに敵陣へと突き進んでいた。
 敵の足を引っかけさせようとシャベルで穴を掘りつつ、まるで犬の砂かけのように掘り出した土で弾幕を張りながら。
 しかし残念ながら、その作業は迅速に行われたとは言い難い。
 よって、敵にとっては格好の的であった。
「愁也さん、ご苦労さまですよー。ご精が出るのですねー?」
「いやあ、それほどでも……って諏訪くん!?」
 えいっ、土かけ目つぶし弾幕!
 しかし諏訪は弾幕の射程外でにこにこと微笑んでいる。
 そして、やおら取り出したのは水鉄砲。
「今日は暑いですからねー、水遊びなどいかがでしょうかー?」
 ただし中身はタバスコ入りですけどね!
 その微笑みに不穏なものを感じた愁也は、盾を構えてその場から飛び退いた。
「そうだ、俺はこんなことしてる場合じゃなかっったんだ!」
 目指す標的は遥久のみ、目指せ下克上!
「がんばってくださいねー」
 諏訪に手を振られ、サムズアップで応える愁也。
 あれ、なんかおかしい気がするけど、まあいいか!

 その頃、遥久はちょうど上空を飛ぶゼロを星の鎖で引きずり下ろしたところだった。
「私を上から見下ろすなど、何年早いとお思いですか?」
「そんなん俺に聞くなや!」
「そうですか、ではわからせて差し上げましょう……いや、それはまた後ほど」
 奴が来た。
 そう直感した遥久は、ゼロとの勝負を諏訪に預けて背を向ける。
「櫟殿、ここは頼みました」
 その言葉にゼロの眉がピクリと上がる。
 闘気を開放し、対決に備えた。
「そこにおるんか、諏訪君」
 答えはない。
 その代わりに頭の上からスレイプニルが降ってきた!
 からくも避けたところに、今度はタバスコ水鉄砲が目を直撃!
「ぐっ……っ!」
 そこにスリングで飛ばされた野球の硬球が唸りを上げて飛んで来る!
 まるで昔のスポ根野球マンガの特訓に出て来る特訓のように、猛スピードの球が次から次へとゼロに襲いかかった。
 これでは近付くことも出来ない。
「コソコソ隠れとらんで、正々堂々出て来たらんかい!」
「これも立派な戦術のうちですよー?」
 その声が耳元で聞こえたと思った瞬間、鳩尾の左側に鈍い痛みを感じた。
 砂を詰め込んだ靴下ブラックジャックが命中したのだ。
 思わず腹を押さえて蹲ったところに忍法「髪芝居」で拘束完了。
「さて、次は誰ですかねー?」

 愁也は飛んだ。
 向こうで待ち構える遥久の落ち着き払った顔を目がけて拳を――べしゃっ!
 叩き落とされた。
「俺はハエか!」
 その言葉に、遥久はふふんと鼻で笑う。
 漸く気付いたのかとでも言いたげなその表情。
 飛びついても縋り付いてもおぶさってもぶら下がっても、相変わらずビクともしない。
 だが愁也は引きずられても投げられても、バックドロップで落とされてもブレーンバスターを喰らっても引き下がらなかった。
 生命の危機を感じてもリジェネレーションがある。不撓不屈の闘志だってある。
 めげない負けない泣かない、って言うかいつものことだしもう慣れたよ!
 それに知ってる、どうせ神の兵士でそう簡単に倒れたりできないって。
 しかし!
 負けられません勝つまでは!
 下克上の星に、俺はなる!
「見てろよ遥久、今日の俺はひと味違うんだ! そこで黙って見てろよ! いいか動くなよ!」
 そう宣言すると、愁也はシャベルで穴を掘り始めた。
「俺の!(ざっ) 親友愛は!(ざっ) この程度じゃ!(ざっ) 終わらねえぜ!!!(ざっ)」
 ざっざっざっざっ、掘る、掘る、ひたすら掘る。
 そんでもって遥久の腕を掴んで引っ張り、出来た穴に引きずり込もうとしたら逆に掴まって埋められたんだけど、こうのを墓穴を掘るって言うんですか?
「なんでだよ! 一緒に埋まれよ! 俺ひとりなんて寂しいだろ!」
 だが遥久は問答無用で愁也をピンと伸ばして穴の中に立て、土を埋め戻して満足の表情を浮かべた。
 ここに第三の棒、現る。
「さあ、次はどなたが棒に?」
 <○><○>カッ

「すまん、後は頼んだぜ魔女様……!!」

 ローリング土管の暴走に巻き込まれたエルナは、何かの電波をキャッチした。
「はっ、あたいは何を……」
 そうだ、鰹棒は?
 あった、まだ立ってる! しかも雨棒と二本仲良く!
 その時、エルナはひらめいた。
 曰く、守るより攻めろ。
「そうよ、守ってばかりじゃ勝てないわ!」
 だから、エルナは再び鰹棒を手にした。
「え、あの、魔女さま? 今度は何を……」
「今度は、こうよ!」
 ぶん!
 鰹棒の足を両手で持ったエルナは、野球のバットよろしく雨棒を目がけてそれを振った!
「どっちの棒が強いか、勝負よ!」
「あぁぁぁおやめください魔女さまあぁぁぁ」
 無駄だと思うけど言ってみる。
 そしてやっぱり無駄だった。
 どっかーん!
 だが、そんな鰹棒の捨て身の攻撃(強制)は、雨棒の鉄壁ディフェンスの前に弾き返されてしまった!
 空虚ヲ穿ツ、それは空間に干渉することで相手を弾き飛ばし、更には身体の自由をも奪う術。
 弾かれた鰹棒は再び宙を飛んだ。
 しかし、埋められていたはずの第三の棒が飛び出し、落下点でそれを待つ!
「うおおぉぉ加倉さんは俺が守るぅぅぅっ!」
 死活、発動!
 鰹棒の体当たりを受け止めて、文字通り死守する愁也!
「こ、今度こそ、本当に……後は頼んだぜ魔女様……!!」
 一方、受け止めてもらたのはいいが、鰹棒はバランスを崩して今にも倒れそうになっている!
 しかし、ここは身を挺して受け止めてくれた愁也のためにも倒れるわけにはいかない!
「くっ、こ、根性……っ!」
 こんな時は何を使えばいいんだっけ、そうだ、急所外し?
 使い方あってるか分からないけど身体ひねるのはなんか良さそう!
 ふくらはぎとかプルプルしてるけど頑張れ俺!

 雨棒が鰹棒を弾き飛ばした瞬間、アイリスは今度こそ雨棒の背に取り付いた。
 雨棒はドリルのように身体をスピンさせてそれを振りほどこうとするが、くっついたアイリスは離れない。
 強引に登って肩車の体勢になり、アスハの頭を羽交い締めにして思い切り後ろに体重をかけた。
「スカートの方みたらこのまま首折りますからね〜」
 いや見えないし真後ろに首回らないし。
「なかなかしぶといですねぇ、ならこれはどうです?」
 身体を左右に揺らしてみる。
 だがそれでも倒れない。体幹はそれなりに鍛えているようだ。
「誰かもうひとり手を貸してくれると良いんですけどねぇ」
「わかった、加勢するわ!」
 アイリスの背中にエルナが飛び付く。
 ぐらぁ……っ!
 しかし雨棒もそう簡単には倒れない、と言うか倒れさせてもらえなかった。
「アスハさん今助けますよー」
 貼り付いた二人を目がけ、諏訪が容赦なくスリングで硬球を投げ付ける。
 一部雨棒にも当たってるのはご愛敬。
 二人が振り落とされたところで、朔羅は雨棒の上半身に組み付いた。
「要は、全身が地面に触れなければいいのよね」
 両腕に力を込め、腰を落として……
「せーの!」
 大根を引っこ抜くようにその身体を持ち上げ、次いでパイルドライバーの要領で、垂直に、埋める!
 もちろん頭から。
「立て直し、完了!」
 言い笑顔でサムズアップを決める!
 しかし、なんだか雨棒の様子がおかしいぞ!
 地面に突き刺さったまま、ぐらぐらと揺れている!
「おや、気を失いかけていますね」
 遥久が神の兵士を付与し、その意識を支える。
「呼吸用に挿しておきますねー」
 頭が埋まった地面の中に、諏訪がストローを挿してやる。
 ご親切にどうもありがとう、でも出来れば気絶させてもらったほうが有難いんだけどな。
「何をおっしゃいますか、まだまだこれからですよ」
 遥久が、それはそれは良い笑顔を見せた。
「簡単に終わってはつまらないですからね」

 というわけで。
 自陣の棒をしっかり固定した三人は顔を見合わせ、頷き合う。
 今、鰹棒を支えているのは意識が飛びかけた愁也ひとり。
 チャンスだ。
「……っ!」
 ぞくり、鰹棒の背筋に冷たいものが走る。
 彼はこのまま敵の餌食となってしまうのか!
 しかし、僕達にはまだゼロがいる!
「やってくれたやないか……!」
 復活したゼロは再び宙に舞い上がり、地上にナイトアンセムの闇をもたらした。
「勝利は暗闇の中に…や!!」
 だがしかし、テラーエリアとは違ってその闇は長くは続かない。
 視界が晴れた瞬間、ゼロの目に飛び込んできたものは――
「おやめくださいベンチではありません!!」
 ブリッジで耐える鰹棒にどっかりと腰をかけた遥久の姿だった。
「心配するな、落ちそうになったら支えてやる」
「いや寧ろ落として! 何の罰ゲームなのこれ!?」
 いっそ気絶してしまいたい。
 なんなの、このどえすなひとたち……!


●戦い済んで

「あたいの予言、当たったわね!」

 激しい戦いだった。
 赤と白は接戦の末、僅差で白が総合優勝を果たした。
 決め手は最後の棒倒し。
 果てなく続くかと思われた立て直し合戦の末、とうとう赤の鰹棒が力尽きたのだ。
 やはりと言うか、当然と言うか、彼等のパワーバランス的にも納得の結果だったのではないだろうか。
 何よりも、鰹棒の一臣自身がそれを望んでいたというインタビュー記録もあった。

 ともあれ、これで数ある運動会のうちのひとつが終わりを告げた。
 夕暮れのグラウンドで、明斗は黙々とゴミを拾い、ローラーを引く。
「使う前より美しく、ですよね」

 それでは皆様、お疲れ様でした。
 またいずれかの運動会でお会いしましょう。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:23人

伝説の撃退士・
雪室 チルル(ja0220)

大学部1年4組 女 ルインズブレイド
赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
歴戦勇士・
龍崎海(ja0565)

大学部9年1組 男 アストラルヴァンガード
紫水晶に魅入り魅入られし・
鷺谷 明(ja0776)

大学部5年116組 男 鬼道忍軍
封影百手・
月臣 朔羅(ja0820)

卒業 女 鬼道忍軍
踏みしめ征くは修羅の道・
橋場 アイリス(ja1078)

大学部3年304組 女 阿修羅
二月といえば海・
櫟 諏訪(ja1215)

大学部5年4組 男 インフィルトレイター
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
おかん・
浪風 悠人(ja3452)

卒業 男 ルインズブレイド
蒼の絶対防壁・
鳳 蒼姫(ja3762)

卒業 女 ダアト
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
前を向いて、未来へ・
Rehni Nam(ja5283)

卒業 女 アストラルヴァンガード
JOKER of JOKER・
加倉 一臣(ja5823)

卒業 男 インフィルトレイター
輝く未来を月夜は渡る・
月居 愁也(ja6837)

卒業 男 阿修羅
蒼閃霆公の魂を継ぎし者・
夜来野 遥久(ja6843)

卒業 男 アストラルヴァンガード
撃退士・
エルナ ヴァーレ(ja8327)

卒業 女 阿修羅
蒼を継ぐ魔術師・
アスハ・A・R(ja8432)

卒業 男 ダアト
楽しんだもん勝ち☆・
ユリア・スズノミヤ(ja9826)

卒業 女 ダアト
鉄壁の守護者達・
黒井 明斗(jb0525)

高等部3年1組 男 アストラルヴァンガード
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
紡ぎゆく奏の絆 ・
水無瀬 快晴(jb0745)

卒業 男 ナイトウォーカー
種子島・伝説のカマ(白)・
香奈沢 風禰(jb2286)

卒業 女 陰陽師
来し方抱き、行く末見つめ・
黄昏ひりょ(jb3452)

卒業 男 陰陽師
ペンギン帽子の・
ラファル A ユーティライネン(jb4620)

卒業 女 鬼道忍軍
舌先三寸・
クフィル C ユーティライネン(jb4962)

大学部6年51組 女 陰陽師
道を拓き、譲らぬ・
地堂 光(jb4992)

大学部2年4組 男 ディバインナイト
種子島・伝説のカマ(緑)・
私市 琥珀(jb5268)

卒業 男 アストラルヴァンガード
撃退士・
シグリッド=リンドベリ (jb5318)

高等部3年1組 男 バハムートテイマー
優しき強さを抱く・
ユウ(jb5639)

大学部5年7組 女 阿修羅
諸刃の邪槍使い・
狗猫 魅依(jb6919)

中等部2年9組 女 ナイトウォーカー
縛られない風へ・
ゼロ=シュバイツァー(jb7501)

卒業 男 阿修羅
外交官ママドル・
水無瀬 文歌(jb7507)

卒業 女 陰陽師
みんなのお姉さん・
タイトルコール(jc1034)

卒業 男 アストラルヴァンガード
童の一種・
逢見仙也(jc1616)

卒業 男 ディバインナイト
明ける陽の花・
不知火あけび(jc1857)

大学部1年1組 女 鬼道忍軍
天真爛漫!美少女レスラー・
桜庭愛(jc1977)

卒業 女 阿修羅
Eternal Wing・
サラ・マリヤ・エッカート(jc1995)

大学部3年7組 女 アストラルヴァンガード
藤ノ朧は桃ノ月と明を誓ふ・
不知火藤忠(jc2194)

大学部3年3組 男 陰陽師