演台の前に六人の発表者が並んでいた。
順番は事前にくじ引きで決められた通り。
五分間にセットされたアラームが発表者から見える位置に置かれる。
最初の発表者が少し緊張した面持ちで演台に上がり、タイマーのスイッチを入れた。
●狩野 峰雪(
ja0345) 「秘剣 殺生石」
「最近、テレビではめっきり時代劇をやらなくなったよねえ」
開口一番、峰雪は深い溜息を吐いた。
「でも映画はけっこう作られてるし、それなりにヒット作も生まれているんじゃないかな。
そこで、今日はこんな本を紹介してみようと思う……だいぶ前に公開された映画と同名の小説だよ」
峰雪は白い紙に筆文字で作者とタイトルだけが書かれたシンプルな表紙を見せる。
「ご覧の通り、表紙を見ただけではどんな事が書かれているのか、殆ど想像は出来ないだろうね。不親切にも程がある。
でも、これはこれで良いんだよ。寧ろこれが良いんだ。
作者は有名な時代劇作家、しかもこれは何冊も出ているシリーズものの一冊だ。
もうね、この書体と手抜きにも見える素っ気ないデザイン、それこそが何よりも雄弁に本の内容を語ってるんだ……少なくともファンにっってはね」
峰雪などは新刊のコーナーに平積みされているのを見ただけで、中身も見ずにレジに直行するクチだ。
作者の名前とタイトルさえ書かれていれば、表紙のデザインなど気にしない。
しかし残念ながら、それでは馴染みのない層を読者に取り込むことは難しいだろう。
だからこうして、ファンが熱心に布教活動を行うこととなる。
「主人公は、死に場所を求めていた秘剣の使い手だ。
だが、一度は命を捨てる覚悟を決めた彼にも、やがて大切にしたいと思える女性が現れるんだね。
その女性のために、彼はもう一度生き直してみようと思い始める……生きる目的を得たんだ。
けれど運命とは非情なもので、彼はその忠義の心を利用され、死地へ向かわざるを得なくなるんだ。
サラリーマンのような江戸の下級武士の悲哀、不条理をも受け入れなければならない絶対の上下関係。
だからこそ際立つ男の美学、生きぎまと死にざま……ラストのカタルシスなんか、それはもう全身の肌が粟立つくらいでね……」
その時の感動を思い出したのか、峰雪は暫く静かに目を閉じていた。
残り時間も僅かとなった時。
「このラストシーンに全てが込められてるんだ。
その剣が何故『殺生石』と呼ばれているのかも、そこで明らかになる。
知りたくなったら、是非この本を読んでみてほしい」
活字が苦手なら、映画でも構わない。
それを観たら、きっと原作も読みたくなるだろうから。
●鷹代 由稀(
jb1456) 「神の足跡」
壇上に上がった由稀は、発表者用の椅子にすらりと伸びた足を組んで座った。
トレードマークの咥え煙草に火は付いていない。
ポケットから取り出したスマホを弄ると、スピーカーから某戦う考古学者のテーマが大音声で流れ始めた。
「ちょっと古いから、今の若い子は知らないかもしれないわね……ああ、この曲じゃなくて、紹介する本のことよ、勿論」
かく言う壇上のお姉さん、由稀も「今の若い子」からさほど離れてはいないように見えるのだが、実年齢はいったい……あ、いえ、どうぞ続けて下さい。
「そう? じゃあ続けさせてもらうわね」
由稀は一冊の年季の入った本を取り出した。
「このタイトルを見て、トンデモ本じゃないかと思った子もいるかしら。
まあ……確かに若干、それ系な部分もあるわね。
この少し前に別の人が書いた似たようなタイトルの本が大ヒットしたんだけど、そのおかげでコレ系の本が大ブームになったのよね。
まあ、そのブームに乗っかった便乗本の殆どは正真正銘のトンデモ本だったと私は思ってるんだけど。
でも良いじゃない、トンデモ本だって。興味のきっかけになるって意味でお勧めよ?」
と言っても、この本はそこまでぶっ飛んだ内容ではないと、元考古学屋である由稀は評価していた。
「学術的な話もあるし、読み物としての部分もあるから楽しみ方はそれぞれね。
ただ、発刊年代からして全体的に古い部分が目立つから、今だと単純に読み物として楽しむ方がいいかもしれないわ。
学術的な話をしだすと、私でもツッコミ入れられる部分が多々あるから」
それでも、時代遅れとして葬り去るには惜しい内容だと思うのだ。
由稀は目次に書かれた表題をいくつか読み上げていく。
「物品や建築物ごとに分割された章立てだから、興味ある部分だけ読むってのもアリよ。
例えば……ピラミッドについても書かれてるんだけど、いろんな学説を挙げた上での考察なんかは面白いわね」
何か心惹かれるタイトルはあっただろうか。
「書店で新刊を……ってのは難しいかもしれないわね。私が中学生ぐらいの頃の本だし」
そこ、死にたくなければ出版からの経過年数を計算しないこと。
「でも図書館にはあるだろうし、何なら私が貸してあげてもいいわ。興味があるなら他の本でもいいし……
凶器になりそうなレベルで分厚い学術書とか、どう?」
●雫(
ja1894) 「マンVSワイルド」
「取りあえずは推薦したい本をプレゼンすれば良いんですね」
ならば、何を置いてもこれしかないだろう。
「私がアウルに目覚めてから定期的に買っている本です」
雫は一冊の分厚い本を取り出した。
「これには、食べられる野草や昆虫、生き残る為に必要な道具等を近場にある物から生み出す方法等が書かれているんです。
私達撃退士は何時何処で遭難や孤立無援になるか判らないので、とても役に立ちます」
要するにサバイバルの教科書といったところだが、携帯するには重く大きすぎると思われるだろうか。
しかし、それこそがこの本の最大の利点なのだ。
「内容も良いのですが、実はこの本……食べられるんです」
聴衆がざわつく。
もしかして、あれは本に見せかけたシークレットボックスで、表紙を開くと中に保存食がぎっしり、とか。
「いいえ、違います」
そんな聴衆の心の声を読んだかのように、雫は厳かに首を振った。
「表紙は牛革、ページは古くから使われている羊皮紙でインクはイカスミで作られているんです。つまり」
べりっ!
雫は本を分解して、その1ページを煮立った湯の中に入れた。
「今日は時間がないので茹で時間は二分ほどですが」
軽く味付けしたものをアシスタントに配ってもらい、雫は話を続ける。
「その上、ページ数がかなりあるので重いので天魔には通じませんが不審者や獲物を攻撃する際の鈍器になる事も可能です」
ごんっ!
「この通り、調理台も真っ二つです」
いや、それは雫さんの素の攻撃力gいえなんでもありません。
「ただ……欠点として、長期の保存に向かないと言うのが有るんですよね」
開封後は冷蔵庫が基本。
「それでも梅雨の時期だとカビる事があるし、虫食いも良くされます。
先ほど私はこれを定期的に買っていると言いましたが、これは定期刊行物ではありません。
ただ保存が利かないために、定期的に買い直す必要があるのです」
その為、この本は一度に爆発的に売れるベストセラーとはならないものの、水面下で着実に販売部数を伸ばし続けているらしい。
「どうでしょう、読んでみたいと思いませんか?」
おや、聴衆の様子がおかしいですね。
そうそう、ひとつ言い忘れていました。
「まぁ、一番怖いのは見た目が普通なのに食べたら食中毒になる事ですが……」
撃退士達なら大丈夫だろう、多分。
●蓮城 真緋呂(
jb6120) 「びゅーてぃふるな日本語」
「大食いキャラが前に出過ぎて忘れられてるけど、私は本来読書大好き文学少女」
読んでる間もおやつを手放さないけれど、メインは本だから。
おやつは脳細胞に栄養を補給するためだから。
「これはアイデンティティを取り戻すチャンスね!」
真緋呂は勢い込んで壇上に上がり、本の表紙を掲げて見せた。
「私が紹介するのはこれよ。その名の通り綺麗な日本語が一日一語綴られていて、その解説がされているの」
ぱらぱらと中を開いて見せる。
「こんなふうに一日一語が1ページに書かれているから、何処から読んでもいいし、何処で終わってもいい。
気になるページだけ拾っていってもいいし、自分や気になる人の誕生日にどんな言葉が充てられてるか調べるのもいいわ。
そうやって見ると誕生花とかの言葉版みたいって気もするわね」
適当に開いた場所を読み上げてみた。
「例えば……6月10日は『刹那』、8月9日は『花氷』、1月20日は『想紅』といった感じ。
目次を見るだけで見慣れた言葉から珍しい言葉まで、色々と並んでいてわくわくしてくるわ。
ちなみに私の誕生日12月23日は『天手古舞』……てんてこまいって書いてあるけど、普段は漢字じゃあまり見ない言葉よね。てんてこは当て字ではあるらしいけど」
もしかして、辞書みたいでつまらなそうだと思われただろうか。
「この本のポイントは、ただ綺麗な単語を集めて解説してるだけじゃなく、そこから『心が綺麗になる』、癒しの文章というかアドバイス? こうできたらステキですねって語りかけてるところかな。
ちょっと落ち込んじゃったりする時とか、ぱらぱらとページを捲ってみるのも良いし、そんな風に気軽に読めるのもポイントかしらね。
あ、怪しい自己啓発本とか、そういうのとは違うから。
そろそろ時間だから、最後に私が好きな言葉を読み上げるわね。
6月17日は『潦(にわたずみ)』
雨が降って出来た小さな水たまりや流れを意味する言葉よ。
小さな一筋の流れが、やがて大きくなったり別の流れに分かれたり、また重なったり……それは人の生きざまと同じかも」
パタンと本を閉じて、真緋呂は微笑んだ。
「どうぞこの流れが良き本との出会いになりますよう」
●リベリア(
jc2159) 「週間混沌ジャン○」
「私は……これ。……え……伏せ字……?」
まあ、仕方ないか。
元々がどこかで見たことあるような週刊誌の作品ネタをこれでもかってぐらいに詰め込んだパロネタ満載の色んな意味での超大作、ぎりぎりの綱渡りどころか殆どアウトじゃないかってくらい飛ばしてる本だからね。
「主人公は、海賊兼…死神兼…忍者兼…エクソシスト兼…ハンター兼……○タンド使い」
何そのジャン○オールスター並の布陣。
しかも全ての要素がひとりの主人公の中に収まっていると?
もうそれ全部、主人公ひとりで良いんじゃないかと思えてくるけれど。
友情も努力もスルーしたまま勝利を掴めるのでは?
「ところが……そう簡単には……いかない」
主人公が強い分、敵もまた笑える強さになっているらしい。
「要約すると……ある日死んでしまった主人公が……集まると願いが叶う七つの玉を生き返るために求めて……バスケしたりテニスしたり……アメフトしたり囲碁したり……漫画書いたり……料理したりカードバトルしたりする傍ら……仲間を増やしながらも……迫り来る敵と戦う……」
淡々と語る口調と変化に乏しい表情。
しかしこれでも普段と比べれば饒舌な方だし、超楽しそうだと彼女を知る者は言うだろう。
その証拠に、背中の翼がパタパタしている。
どうやら興奮しているようだ。
「お勧めは……四部の聖闘○編と…六部のデ○ノート編。……すごかった。まさか……、六部までやってきて……主人公達の名前……、……っと……この先は……自分の目で……確認」
ネタバレは自重しないと。
「今は……とらぶる編。唐突に始まったラッキースケベの連続に……読者は混乱中。
とにかく……読むなら……今。
いつ……本家に訴えられて……打ち切りになるか……わからないから」
本家公認、公式が病気という噂もあるけれど、それはあくまで噂。
「だから……消される前に」
本ばかりではなく、もしかしたら読者も――?
●星杜 藤花(
ja0292) 「こもれび荘の白い幸せ」
「こんにちは、今日はよろしくお願いします」
以前からビブリオバトルに興味があったという藤花は、とっておきのお勧めを手にとった。
「これはわたしが大好きなシリーズで、これまでに4冊が刊行されています。
もう少し大きくなったら息子に読み聞かせたい、わたしのお気に入りな児童書なんですけど……簡単にあらすじを紹介しますね」
藤花はひとつ深呼吸をすると、楽しそうに話し始めた。
「海が見える丘の上に、大きな大きな樫の木がありました。
その木の下に、こもれび荘という名前の小さなアパートがあります。
これは、そのアパートに住む住人たちと、そこに現れる子犬の姿をした精霊のほのぼのとした、あたたかなお話なんです。
幸せを運ぶというその精霊が、うちの愛犬に似ていて……ああ、愛犬はマルチーズなのですけど。
今三歳の息子が凄く可愛がっているし、その子に似た精霊の話なら、喜んでくれると思って」
ちなみに愛犬の名前は「もふら」という――そう言ったとき、その由来となった作品を知る者達の頬が緩むのが見てとれた。
話の通じる人がいた、そう思うと何だか嬉しくなって、藤花の舌はますます滑らかになった。
「児童書と言っても親子で楽しめるような、結構しっかりした構成で、大人が読んでも普通に感動できるお話になっているんです。
しかも、この作者さんの作品は他の作品とリンクしているんです。
この作者さんの作品の多くは同じ街を舞台にしていて……同じ街だから、例えば別の作品でちらりとすれ違うとかも発生したり、そう言う小粋な演出がわたしは好きなんです」
ただ、それはあくまでファンサービスのようなもの。
知っていれば『今回は誰が出て来るかな』と探す楽しみが出来るけれど、それと気付かなくても充分に楽しめる。
「作品は現実と地続きな、エブリデイマジックと言われるジャンルと思いますが、こういうささやかな幸せが読んでいて楽しいんです」
ページを開くと、そこに彼等の住む世界がある。
新刊が出るたびに、まるで遠く離れた友達からの便りを読むような気分になったりして。
「ですから、是非皆さんに読んで貰いたいです。そして一緒に、友達のことを語り合えたら嬉しいです」
●決定、チャンプ本
これで全員の発表が終わった。
最後に六冊の中からチャンプ本が決められる。
一冊ずつ本のタイトルが読み上げられ、各自が読んでみたいと感じた本に手を挙げていった。
発表者の技量や熱意、本のチョイス。
それを聞く者の好みや年齢、性別。
様々な要素が絡み合い、その一冊が選ばれる。
選ばれるのは「良い本」ではない。
立派な本でもない。
読みたいか、それほどでもないか、それだけだ。
そして投票の結果が出た。
チャンプ本に決まったのは――
『神の足跡』
さあ皆、図書館もしくは古本屋に走れ。
人気が出れば、ここ久遠ヶ原学園が震源地となってブームが再燃する可能性もある、かもしれない――?