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マスター:STANZA
シナリオ形態:イベント
難易度:普通
形態:
参加人数:23人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2016/06/06


みんなの思い出



オープニング



 その日、学園の廃ゲートからとんでもない敵が現れた。
 見た目は毛糸が絡まったボールのような、黒いモジャモジャの塊。
 大きさは直径2mくらいだろうか。

 廃墟にある冥魔勢の廃ゲートから現れたそれは、風に吹かれるタンブル・ウィードのように転がりながら移動を始める。
 カサカサ、コソコソ、カサコソカサ。

 風に吹かれてあちこち転がりながら、それはモジャモジャの毛(?)をウニョウニョと波打たせ始めた。
 そこから何やら怪しい電波が発せられ――


――――――


「……俺は、誰だ?」
 いつものように科学室でアイテムの強化を行っていた門木章治(jz0029)は、まるで夢から覚めたばかりのように呆然と辺りを見回した。
 見覚えのない部屋に、見覚えのない生き物がたむろして、自分を見ている。
 いや、あれは確か……そう、セイトという生き物だった。
 それにしても、あのセイト達は何故自分を見ているのだろう。
 そもそも自分は何だ。
 首にかけた紐から何か板きれのようなものがぶら下がっているが、それが何なのか……いや、名札だ。
 名札には名前が書いてある筈だと思って見てみるが、そこに描かれた何か模様のようなものが何を意味するのか、さっぱりわからなかった。
 そして、名札を手に取ろうとして気付いた事がある。
「何だ、これは」
 右か左かわからないが、手に何かを握り締めている。
 真っ赤な布きれだ。
 細長い薄手の生地、その片側に細い紐が付いている。
 紐の近くには、何かキラキラと眩しい模様が存在を強く主張していた。

 それは金糸で「金」の文字が刺繍された真っ赤な褌だった。
 恐らくは強化の為に持ち込まれた物だろう。
 だが記憶と思考力が失われた彼には、それがわからなかった。

 ふと机を見る。
 正面のコルクボードや隅に置かれた写真立てには、沢山の写真が飾られていた。
 それが僅かに残った彼の記憶を刺激する。
「そうだ、俺は……俺は海賊だ!」
 一度そうと思い込んだら、もう止まらない。
「俺の名はキャプテン・カドゥーキ! そしてこれは、俺達の旗!」
 門木は手にした真っ赤な褌を高々と掲げた。
「「キャプテン!」」
「「キャプテン・カドゥーキ!」」
 部屋のあちこちから、彼をボスと崇める声と視線が集まって来る。
 そう、自らもまた記憶と思考力を失った生徒達は、門木の「なりきり」に影響されてしまったのだ。
 今や彼等は海賊キャプテン・カドゥーキの忠実なる手下どもだった。

「この船のお宝は全て、俺達がいただく」
 海賊キャプテン・カドゥーキとその手下どもは、ここを船の中だと思い込んでいるようだ。
「野郎ども、続け!」
「「おーーー!!!」」
 真っ赤な褌を聖槍アドヴェンティに結び付け――いや、流石に本物は厳重に保管してあるから、そのレプリカに結び付けて。
 何でそんなものがあるのかって?
 カッコイイからだよ、科学室のシンボルにと思ってこっそり作っておいたんだよ。

 赤フンを華麗にはためかせ、一味は科学室を飛び出した。
「キャプテン、この船には『ガクエンチョの黄金のゾウ』ってぇお宝があるそうですぜ!」
「よし、そいつは俺達がいただくぞ!」

 しかし、彼等の行く手に立ちはだかる、また別の思い込み集団。
「王宮は俺達が守る!」
 こちらでは、舞台設定が何処かファンタジー世界の王宮になっているらしい。
「姫、ここは我らに任せて、どうかお逃げください!」
 姫と呼ばれているのがどう見ても男子生徒だったりするあたり、ネジが飛んでもやっぱり久遠ヶ原だ。


 科学室の周辺がそんな事態になっている頃。
 学園内の至るところで同様の現象が起きていた。

 野生化した着ぐるみ。
 グラウンドで輪になって踊る、お花畑な生徒達。
 校舎の屋上から逆バンジージャンプを始めた天魔生徒は懸命に空に向かって飛び上がっては、ゴムに引き戻されて涙目になっている。
 あれは一体、何がしたいのだろう。

 他にも、しゃもじに生卵を乗せて運ぶことに命を賭ける者や、ブロッコリーの蕾をピンセットでつまみながら数え始め……たのは良いけれど、手足の指が足りなくなって泣き出す者――

 大丈夫なのだろうか、この人達。


 なお、この現象は廃墟に現れたディアボロを倒すことで解消されるらしい。
 だがしかし、今の久遠ヶ原学園にまともに戦える者がいるのだろうか。

 いや、期待しよう。
 期待するしかない。

 何かの偶然によって、運良くそれが退治されることを。




リプレイ本文

 ★ 第一章 プロローグ

●全てはここから始まった

 久遠ヶ原島、その廃墟の一角。
 そこに、黒マントに身を包み左目には片眼鏡(モノクル)、頭にはシルクハットという「いかにも」な姿をした男が立っていた。
 その名を鷺谷 明(ja0776)――いや、悪の権化アーク・サギーヤという。

「この学園で起きている混乱。全て私の仕業である」

 ……カサカサカサカサ……

「我こそ悪徳、我こそ悪思、我こそお前たちの罪過の具現」

 ……コソコソコソコソ……

 背後で何か黒くてモジャモジャな物体がカサコソ転がっているが、気にしてはいけない。

 あれが本当の黒幕ですと?
 ご冗談でしょう。

 アーク・サギーヤはその全能なる神の如き予見の術によって、来るべき破滅と混沌の世界をその眼前に幻視していた。
 即ち、間もなくこの世界は終焉を迎える。
 それは勇者を名乗る愚昧なる輩にこの身が討たれるが故か、或いは己が術によってもたらされる凄烈なる災禍によってか。
 前者ならば己自身が、後者ならば己を巻き込み全ての存在が消える。
 いずれにしてもアーク・サギーヤにとっては同じことだ。

「私はどちらでも構わないのだよ。さあ、来たまえ。そして見事、この私を討ち果たして見せよ!」

 ……カサカサカサカサ……
 ……コソコソコソコソ……

 廃墟に響く高笑い。
 果たして、彼を斃す勇者は現れるのだろうか。



 ★★ 第二章 大魔王クエスト


●勇者、誕生!

 それは雪室 チルル(ja0220)が16歳になる誕生日のことではなかったけれど。

 ……おきなさい……

 ……おきなさい、わたしのかわいい……

 謎の声と共に、チルルは目覚めた。
「あたいは……そう、さいきょー勇者よ!」
 手にしているのは携帯ゲーム機。
 そう、彼女はたった今このゲーム機の世界から現実へ飛び出して来た勇者なのだ。
 しかし出て来たばかりなのでレベルは低い、はっきり言ってレベル1だ。
 装備も貧弱、と言うか何も持っていない。
「でも、その前にもっと重大な問題があったわね!」
 勇者って、ナンデスカ?
 でも、これだけは覚えている。
「今日はあたいが初めてお城に行く日よ!」
 チルルは自分の部屋を出た。
 その瞬間。

 モンスターが あらわれた!

 腐りかけたゾンビが二体。
 実はごく普通の久遠ヶ原学園の生徒だが、チルルの目にはそう見えた。
 そして彼等も、ゾンビと言われてその気になった。
 二体のゾンビはゆっくりと、しかし着実に、その腕を伸ばしてチルルに近付いて来る。
「大丈夫よ、だってあたいはさいきょー勇者なんだから!」
 レベル1で装備もないけど、きっと出来る。
 やれば出来る。
 出来る出来る出来……無理!
 危うしさいきょー勇者、絶体絶命のピンチ!

 そこにもうひとりの勇者、森田良助(ja9460)の声が響いた。
「勇者とはッ!」
 魔導勇者りょうすけは陽光を浴びてキラリと光る光魔の杖で天空を指す。
「勇気ある者のことであるッ! きみの勇気はモンスターなどに負けはしないッ!」
 その言葉に、さいきょーの勇者チルルの魂は奮い立った。
「そうよ、あたいは勇者! さいきょー勇者! あんた達なんかに負けないわ!」
「その意気です! さあ、これを使ってください!」
 魔導勇者りょうすけから手渡された双翼の剣で、さいきょー勇者チルルは敵を切り裂く。
「援護します! 湧き立て芳醇なる歳月の香りよ、チュウネン!」

 ゾンビたちは はなをおさえて くるしんでいる ようなきがする!

「今です、彼等が自らの加齢臭に打ちのめされている間に!」
「わかったわ! くらえ、あたいのさいきょー必殺技、ぱーとわん!」
 閃く剣閃!

 ゾンビたちは つちにかえった!
 ようなきがした!

「やりましたね!」
「ありがとう、あたいはさいきょー勇者チルルよ!」
「僕も勇者です! 魔導勇者りょうすけ! チルルさん、一緒に大魔王を倒す旅にでましょう!」

 ゆうしゃ りょうすけが なかまになった!

「まずは武器屋で装備を整えましょう、良い店を知ってるんです!」
 魔導勇者りょうすけの案内で、さいきょー勇者チルルは町の武器屋へと向かった。
 看板には調理実習室と書かれているが、ここは武器屋だ、いいね?
「チルルさんにはこれが似合いそうですね!」
 勇者の盾は鍋の蓋、勇者の兜は鍋本体、勇者の衣は割烹着。
 武器は魔導勇者りょうすけから譲り受けた双翼の剣――ただの菜箸にしか見えないのは、君の心の目が曇っているからだッ!
 なお、魔導勇者りょうすけの装備は龍の盾に黄金の兜、光魔の杖に賢者のローブという、この世にひとつしかないという最強装備だった。
 鍋の蓋に本体、お玉にエプロンにしか見えないのは、君の以下略。

 そして勇者ご一行様は旅立った。
 遙か遠く、いずこにあるとも知れぬ大魔王の城に向けて。
「まずは城の周りでスライムをやっつけて、経験値を稼ぐのが基本よね!」
 レベル1さいきょー勇者チルルはグラウンドに出た。
 そこに群れなす様々なスライムを、ばったばったと薙ぎ倒し――
 スライムに見えたのは、部活動を放棄した生徒達が放置した野球やテニス、サッカー等のボールだとか、そんなはずがないでしょう?
「頑張りましょう、ここでレベルを上げておけば後が楽ですからね!」
 ちなみに魔導勇者りょうすけはレベル30くらいの魔法系勇者、たぶん。


●少女、少年と出会う

 黒百合(ja0422)は一瞬、何かが頭の中を駆け抜けたような感覚にとらわれた。
 しかし、それが何だったのかを意識する間もなく――
「……ここ……どこぉ……?」
 英知を湛えた瞳の怜悧な輝きは失われ、代わりにその奥に眠っていた何かが目覚める。
 黒百合は不安げに揺らぐ瞳で辺りを見た。
 そこが学校という施設の校舎という建物であることを、今の黒百合は知らない。
 記憶にない風景。
 記憶にない顔。
 周りの全てが敵に見える。
「……こわいよォ……」
 黒百合はじりじりと後ろに下がり、廊下の壁に背を付けた。
 無防備な背中を無意識に守りつつ、そのまま横歩きで廊下を進む。

 そこに、気のよさそうな青年がぼんやりと佇んでいた。

「……俺は……いや、ボクは……なんでココにいるんだろ?」
 その青年、黄昏ひりょ(jb3452)はかくりと首を傾げる。
 姿形は大人だが、その仕草は幼い子供そのもの――彼もまた記憶を失い、幼児退行していたのだ。
「ボク、なにしてたんだっけ?」
 友達と遊んでいたような気がするけれど、トモダチって何だっけ。
 何もかも忘れていた。
 しかし、記憶を失っても根っこのところは変わらないらしい。
「きみ、どこの子?」
 不安げに佇む黒百合の姿を見て、その手を差しのべた。
「……うー……お兄ちゃんこそ……誰ェ……?」
 壁に貼り付き、今にも泣きそうな目で自分を見上げる少女を見て、ひりょは初めて気が付いた。
 目線が高い。身体が大きくなっている。
「わあ、すごいや! たかいとこからみると、こんなふうに見えるんだね!」
 何の疑問も持たずにあっさり馴染む柔軟性は、やはりネジが吹っ飛んでいるが故か。
「ボクはひりょ、きみは?」
「……ユリ……」
「ユリちゃん、かわいい名前だね!」
 その屈託のない笑顔を見て、ユリは確信した。
 こいつカモだ――じゃなくて、このお兄さんは味方だ、と。
「……お兄ちゃん、こわいよォ……」
 ぎゅっと抱きつき、ウルウルと潤んだ瞳で見上げる。
 しかし、ひりょは孤高の一匹狼。
 誰かと一緒になかよしこよしなんてガラじゃない。
 でも……。
(「おいていくわけに、いかないよね」)
 そう、これは単なる人助け。
 べつに一人が寂しいとか仲間が欲しいとか、そういうことじゃないんだからね!
 他に仲間が見付かるまでなんだからね!
「だいじょうぶ、もうこわくないよ。ボクがまもるからね!」
 ひりょはユリの手を握って歩き出した。
「いっしょにたんけんしよう! ココにはきっと、楽しいことがいっぱいあるよ!」


●カワイイは正義

 目が覚めた時、緋打石(jb5225)は大きな黒い物体に寄りかかったまま、本の山に埋もれていた。
 黒い物体は何かもふもふと温かくて、お日様に干した布団のような良い匂いがする。
 と、その物体がもぞもぞと動き出した。

「アイエエエ!?」
 開口一番、発せられる謎のキアイ。
 だがここは図書館である。図書館では、お静かに。
「アッハイ」
 黒猫忍者カーディス=キャットフィールド(ja7927)は、詫びのしるしにケジメを付けようとした――いや、そういうのもいいから、よそでやってください、よそで。
 何がどうしてこうなったかと言えば、その答えは彼の足下にあった。
 そこには猫の写真集が積み重なっている。
 どうやら意識を失う直前まで、それを眺めて至福の時を過ごしていたらしい。
 下はふかふかのカーペット、ここは床に座って自由に読書を楽しめるスペースのようだ。
 そこに昨夜遅くまで読んでいたニンジャコロスっぽい本の内容が影響を与え……結果、こうなった。
「もふもふ最高かわいいは正……義……」
 ウッ……頭が……!
「ドーモ、緋打石=サン。黒猫忍者デス」
 黒猫忍者は胸の前で合掌の形を作りながら頭を下げる。
 何もかもすぽーんと忘れていたが、目の前にいるのが誰であるかは、うすぼんやりと覚えていたようだ。
「あたし、ひだせきってゆぅの?」
 かくり、目の前の幼女が首を傾げる。
 こちらもどうやら記憶とネジがすぽーんらしいが、黒猫忍者のことは記憶の縁に辛うじて引っかかっていたらしい。
「うん、あたし、ねこちゃん知ってる」
 にっこり笑ったゴスロリ服の似合う幼女は、黒猫忍者の毛皮をもふっと掴んだ。
「ねぇ、ねこちゃん。ご本よんでくれる? あたし、急に字が読めなくなっちゃったみたいなの」
 足下に積み重なっていた本を取り上げ、黒猫忍者に手渡す。
 ずっしりと重いその本は、どうやら彼女が記憶をなくす直前まで読んでいたもの、らしいのだが。
「アイエエエ!? こ、これは何という怖ろしい禁書めいた記録! 文字ばかりとはケシカランのでござる!」
 つまり、黒猫忍者にも読めない。
 仕方ないね、色々吹っ飛んでるんだから。
「このような本を読んでいることがお上に知れたら、市中引き回しの上に磔獄門でござりますの!」
 いや、もう既に目を付けられたかもしれない。
「ここは危険ですの、さあ早く外へ!」
 黒猫忍者は幼女の手を引いて図書館からの脱出を企てる、が。
「あたし歩きたくない」
 幼女は駄々をこね始めた!
「むぅ、仕方がないですの、では拙者の肩に乗るでござるよ!」
 合体、そして完成、黒猫幼女忍者!

 一見して、それはただ黒猫忍者が幼女を肩車しただけのものに見えるだろう。
 実際その通りだッ!
 だがしかし、わかる者にはわかるのだ、それが究極合体カワイイ忍者ゴス黒ネコようじょであることが!
 司令塔である幼女が猫耳型コントローラを動かすことによって、それは思うままに動き回る。
「ゆけ、究極合体カワイイ忍者ゴス黒ネコようじょ!」
「ヨロコンデー!」
 ゴス黒ネコようじょは走り出した。
「せっしゃもふもふちょーかわいいフゥーーーー↑ヽ(*´∀`)ノ」
 やはりかわいいは正義でござるな!!

 ……えっと、それで……何するんだっけ?


●刀狩り

 雫(ja1894)が意識を取り戻したのは、学生寮の自室だった。
 自分の背丈を遙かに超える長さの大剣を膝に置き、柔らかな布を手にしている。
 その刀身を手入れしている最中だったのだろうか。
 厳密に言えば、一般的な意味での手入れはV兵器には必要ない。
 しかし雫は時折こうしてヒヒイロカネから取り出しては、日ごろの感謝を込めて、そっと撫でるように丁寧に手入れをしているのだ。
 が、今の雫はそんな事情など綺麗さっぱり忘却の彼方。
「これは一体……?」
 他にも、部屋の壁には数々の刀剣類や銃器、槍、斧、弓、鞭などなど、博物館もかくやと見紛うほどのコレクションが飾られている。
 しかもそれらは、ただ飾るために揃えられたものではなかった。
「使い慣らした武器が沢山……」
 その傷や汚れの付き具合などから、実戦で使われたものと思われる。
 ここから導かれる結論は、ただひとつ。
「わかりました、私は武具の収集家だったんですね!」
 え、そっち?
「武器の収集家と言えば武蔵野弁慶、そう、私はかの弁慶の一番弟子!」
 師匠は通りすがりの武芸者に勝負を挑み、勝利の証として相手の刀を奪ってきた。
 しかし、あと一本で千本の刀を奪えるとなったその時に、スネを蹴り上げて野望を砕き、「弁慶の泣き所」ということわざを作ったのもこの私。
 そして今は師匠のコレクションを譲り受け、一万本の刀を集めるのが私の使命。
 なお、ここで言う「刀」は「武器全般」と同意であるものとする。
「では早速、使命を果たしに参りましょう」
 世紀末の混沌の中、今ひとりの少女が立ち上がった。
 彼女は果たして、一万本狩りの悲願を達成することが出来るのだろうか……!?


●デコトラは京都である

 シエル・ウェスト(jb6351)が目覚めた時、その脳裏には何故かデコトラのイメージが鮮明に残っていた。
 それはまるで、宇宙人からの怪電波を受信したかのように、彼女の心を揺り動かす。
 だから。
「そうだ、デコトラに乗ろう」
 京都へ行こうみたいなノリで彼女は言った。
 そして脳内では、その言葉を口に出したことによる化学反応が起きていた。
 つまり、デコトラ=京都の式が成り立ったのである。
「デコトラは京都。なんと美しい言葉の響きでしょう……」
 しかし、ここは京都ではない。
 ネジが吹っ飛んだ頭でも、辛うじてその程度の認識は可能だった。
 京都でなければデコトラもない。
 だが、新たな怪電波がシエルの脳髄に作用し、その口を動かした。
「なかったら、作ればいい」
 普通のトラックなら、どこにでも転がっているはずだ。
 そして案の定、都合良く転がっていた……白い軽トラが。
「見付けました……軽トラもトラックには違いありませんよね」
 デコればデコトラ、問題なし。
 シエルは早速、アーティストのスキルをフルに使って……あ、あれ? 使えない?
「なんで今日に限ってアーティストじゃないんですか私……」
 がくり、膝をつく。
 だがシエルは諦めなかった。
「デコる素材なら、ここにあります」
 じゃーん! 死のソースぅ!
 死のソースにも色々あって、ハラペーニョが原料なら緑っぽく、オレンジのハバネロを使えばオレンジっぽく、赤いハバネロは真っ赤に、そして原材料不明の黒に近い赤。
 ほら、これだけで四色になる。
 ビン入りだから絵の具として精密な表現をするには不向きだけれど、芸術は爆発だ。
「こうして描きなぐるのもデコの新しい潮流ですよねー」
 適当にぶちまけて、前衛芸術の出来上がり。
 それでもまだ何か足りない、寂しい。
「特設ステージパス余ってるしこれでいいかー」
 ぺたり。
「ついでに阻霊符も貼り付けておきましょう」
 ぺたぺた。
 なお糊はそこらじゅうにベタベタしている死のソースである。
 うん、刺激的。
「いざ出陣です」
 BGMは冒険の旅に出たくなるようなケルト音楽。
「ケルトが聴ケルト聞いて!」
 軽やかなフィドルとティンホイッスルの爆音を響かせ、デコトラは走り出した。


●僕の歌を聴け!

 とある校舎の屋上。
 人の気配がないその場所で、藍那湊(jc0170)はこっそり歌の練習をしていた。
 いや、まだ歌いはしない。
 まずは基礎訓練、腹の底から声を出すために腹式呼吸のトレーニングから――

 その瞬間、彼の脳裏で何かが閃いた。
「……あれ、僕は何を……?」
 湊は僅かに残った記憶をかき集め、傍らにあった荷物を漁ってみる。
 そして振り付けの練習用に持ち込んでいた鏡に自分の姿を映した時に、湊は確信した。
「わぅ……マイクにアイス……そうだ……僕は愛を愛するアイドルだった気が!」

 愛の歌は世界を救う、歌って踊って戦える、スーパーアイドル救世主ミナトン、ここに降臨!

「んむ? 周囲が騒がしい……争いの気配!?」
 ミナトンの頭部にぴょこんと立った、アホ毛レーダーが反応した!
「いけない、世界の愛のために歌わなくては……っ」
 戦いは何も生み出さない。
 世界を救うのは剣でも銃でも爆弾でもない、歌だ。
 この歌声が皆を救う、かもしれない!

 ミナトンは悲しい戦いの続く戦場をめざし、その蒼の翼を広げた。


●旅の仲間

「そろそろレベルも上がってきたわね!」
「ええ、そろそろ次の橋を渡っても良い頃合いでしょう」
 地道な経験値稼ぎを続けたさいきょー勇者チルルは、魔導勇者りょうすけと共に新たな世界に旅立つ。
 なお橋とは校舎を繋ぐ渡り廊下のことである。
「ひとつ橋を越えるとモンスターの強さは何倍にもなります。気を緩めずに行きましょう」
 勇者ふたりのパーティは、グラウンドという名の道なき道を進んでいく。

 やせいのきぐるみが あらわれた!
 やせいのきぐるみは ようすをみている!

「どうしますか、チルルさん」
「もちろんやっつけるわ!」

 チルルは そうよくのつるぎを ふりかざした!
 くうきを きりさく かぜのやいば!
 やせいのきぐるみは まるはだかになった!

「この調子でどんどんやっつけるわよ!」
 意気揚々と、勇者ご一行様は旅を続ける。
 しかしメンバーが二人だけというのも少し寂しい気がした。
「敵が集団で現れた場合は厳しいかもしれませんね」
 せめて僧侶がいてくれれば、傷薬の消費も減らせるのに――なんて言うと「僧侶は傷薬じゃない」と怒られそうだけれど。

 暫く行くと、道端に二人の旅人の姿を見付けた。
「ねえ、なんだか強そうなお兄ちゃんとお姉ちゃんだよ!」
 連れの少女にそう話しかける青年は、どう見ても勇者達よりも年上である。
 しかし全員のネジが吹っ飛んでいるため、誰もその不条理には気付かなかった。
「旅の人ね! どうやら武器も持ってないようだけど、このあたりは物騒だわ。良かったらあたい達と一緒に来ない?」
「いっしょに行ってもいいの? じゃあボクはいいから、この子をおねがい」
 さいきょー勇者チルルに誘われ、ひりょと名乗った青年(中身幼児)は連れの少女を見る。
 が、少女はひりょの背後に隠れ、ぴったりくっついたまま動こうとしなかった。
「ユリちゃんはこわがりで、さびしがりやなんだ」
 でも大丈夫。
「このお兄ちゃんとお姉ちゃんは、こわい人じゃないよ」
「……ほんとに……?」
「うん、ほんと」
「お兄ちゃんとお姉ちゃん……ごはん、くれる……?」
 きゅるるー、黒百合のお腹が鳴き声を上げた。
「……おなか、すいた……」
 ひりょの背をふらりを離れた黒百合は、さいきょー勇者チルルに抱きつき、そして――

 どこからともなく流れて来る、陰鬱なハミング。
 スーパーアイドル救世主ミナトンが奏でるBGMに乗せて、事態は急展開を迎えた。
 なおミナトンは平和を歌いに来たわけではないらしい。
 むしろ戦いを煽りに来た、ような。
『愛を求める幼気な幼女、しかし、その実体は〜♪』

「ごはん、ちょうだい……?」
 ガブリ。

 くろゆりは チルルのくびすじに かみついた!
 チルルは せいめいりょくを すいとられた!

「くっ、油断したわ!」
 黒百合の身体を突き飛ばし、後ろに下がったさいきょー勇者チルルは剣を抜き払った。
「あんた達ヴァンパイアね!?」
「えっ、そうだったの? ボクも? わあ、すごいや!」
 言われて喜ぶひりょ。
「でも、ばんぱいあって、なに?」
 まあいいか!
 なんか響きがカッコイイし!
「チャンバラごっこだね! ボクまけないよ!」
 ひりょは途中で拾った50cm定規を振りかざす。
 それを見た魔導勇者りょうすけは驚きの声を上げた。
「あ、あれはまさしく、伝説の最強勇者の剣! それを使いこなす、きみはまさか……本物の最強勇者!?」
「なに言ってるの、さいきょー勇者はこのあたいよ! ニセモノめ、覚悟しなさい!」
 さいきょー勇者あたーーーっく!

 スーパーアイドル救世主ミナトンの奏でるBGMが切り替わる。
『通常戦闘その1〜♪』

 チルルは なんかすごいひっさつわざを つかった!
 ひりょは ぼうへきじんで ガードした!

 ひりょの こうげき!
 ひりょは せんとうようえんぴつを なげつけた!

「わ〜い、プスッて突き刺さったぁ〜」

 ひりょは にげだした!
 しかし まわりこまれてしまった!

「逃がしませんよ!」
 魔導勇者りょうすけが光魔の杖を振りかざす。
「この聖なる光の前に、邪悪なるものは屈服せずにはいられないはず……!」

 戦場に流れる処刑用BGM。
『ヒーロー優勢、このままイケイケどんどん〜♪』

 しかし なにもおきなかった!

 一転、無音がその場を支配する。

「あれ、おかしいな。モンスターには効くはずなのに」
 ということは、この子はモンスターではないのだろうか。
「ボクはモンスターじゃないよぉ〜」
 ユリちゃんはちょっと怪しい気がするけれど、でも多分だいじょーぶ!
「そうだったのか、ごめんね! じゃあ、一緒に大魔王の城を目指しましょう! そして大魔王を倒して、世界に平和を取り戻すのです!」
「んー、でもボクはいいや!」
 なんたって孤高の一匹狼だし。
「ユリちゃんだけ、いれてあげて?」
 
 ここうのいっぴきおおかみひりょは さっていった!

 ヴァンパイアプリンセスリリーが なかまになった!

 そして、世界の一部に平和を取り戻したスーパーアイドル救世主ミナトンは、次なる戦いを求めて旅立つ。
 自らが救った人々の前に姿を現すこともせず、ただ黙して、その美しい歌声のみを残して。
 ただ歌ってただけとか、印象薄いとか、そんな失礼なことを言う人はいませんね?
 気が付かなかったかもしれませんが、彼が一度も音を外さずに歌いきったことは、未だかつて、一度も、ないのです、たぶん。
 つまり、君達はそれと知らずに超、超すごい歴史的瞬間を目撃、いや耳撃していたのです!
 これも全てはネジが吹っ飛んだおかげ! ※ネジとは

 三人に増えた勇者ご一行様は旅を続ける。
 そして今度は――

 きゅうきょくがったいカワイイにんじゃゴスくろネコようじょが あらわれた!

 再び、どこからともなく流れて来るスーパーアイドル救世主ミナトンの歌声。
 今それは「ニンジャのテーマ」だった。

「ドーモ、勇者=サン。究極合体カワイイ忍者ゴス黒ネコようじょデス」
「出たわね、今度こそモンスターよ!」
 さいきょー勇者チルルは再び剣を抜いた。
「今度こそやっつけるわ、経験値のために!」
「アイエエエ……この究極合体カワイイ忍者ゴス黒ネコようじょが経験値にしか見えぬとはッ」
 よろしい、では戦争だ。
「ねこちゃん、なんだかよくわかんないけど、ニンポーでやっつけちゃいましょ!」
「ヨロコンデー!」

 せんてひっしょう!
 きゅうきょくがったいカワイイにんじゃゴスくろネコようじょは かげしゅりけん・れつをはなった!
 ゆうしゃパーティに だいダメージ!

 ヴァンパイアプリンセスリリーのはんげき!
 ヴァンパイアプリンセスリリーは こおりのノクターンを はなった!
 いてつくきりが ねむりにさそう!

 きゅうきょくがったいカワイイにんじゃゴスくろネコようじょは ねむってしまった!
 さいきょーゆうしゃチルルも ねむってしまった!
 まどうゆうしゃりょうすけも ねむってしまった!
 ヴァンパイアプリンセスリリーまでも ねむってしまった!

 ここうのいっぴきおおかみひりょは とおくでようすをみている!

 パーティは ぜんめつした

 耳に聞こえるのは悲しげなBGM。

 おお ゆうしゃよ しんでしまうとは なさけない

 そこに いちまんぼんがりの しずくがあらわれた!

「仕方がありません、私が生き返らせてあげましょう」
 雫神は待った。
 特に何もせず、勇者ご一行様が自然に目覚めるのを待った。
 しかし当人達はそう言われなければわからないだろう。
 目が覚めた時に目の前にいた人物にそう言われれば信じるしかない。
 これを刷り込みという。

 目を覚ました彼等に向けて、雫は厳かに言い放った。
「気が付きましたか。本来ならば蘇生の費用として所持金の半分と全アイテムを没収させていただくところですが……」
 雫は慈愛に満ちた微笑みをたたえる。
「今回は皆さんの武器を差し出すことで、費用を免除してさしあげましょう」
 悪い提案ではないだろう。
「私は皆さんが死んでいるうちに、こっそり武器をいただくことも出来たのですよ?」
 しかし、そんな火事場泥棒のような真似は許さないのが、弁慶の一番弟子たる雫の矜持。
 とは言え五人(プラス隠れて様子を見ているひとり)を相手に戦いを挑むのは分が悪い、そこで咄嗟に思いついたのがこの策だった。
 世紀末のモヒカン的にヒャッハーするだけが能ではないのですよ!

 しかし、魔導勇者りょうすけがが問いかけてきた。
「助けていただいたこと、感謝します。あなたはさぞや一流の武芸者とお見受けしますが……どうでしょう、ここはひとつ手を組みませんか」
 魔導勇者りょうすけは手にした光魔の杖を目の前にかざす。
「これは確かに名のある武器、これを手にすることは戦士の誉れと言えるでしょう。しかし僕達には果たさなければならない使命があるのです!」
 それは大魔王を討ち斃し、この世界に平和を取り戻すこと。
「噂ですが……大魔王は超ものすごい武器をいくつも隠し持っているそうです」
 自分達の武器などガラクタ同然に見えるほどの。
「僕達は報酬には興味がありません。ですから……」
「なるほど、協力してそれを倒せば、それが全て私のものになるということですね」
 そればかりか大魔王を倒した勇者という名声も転がり込んで来る。
 これは、美味しい。
「わかりました、今からあなたがたは私の獲物ではありません」

 ぶきしょうにんしずくが なかまになった!

「仲間が増えたのはいいけど、これだけ大所帯になると移動手段が欲しいわね!」
 さいきょー勇者チルルが言った。
 気が付けばなし崩し的に究極合体カワイイ忍者ゴス黒ネコようじょも仲間になってたし。
 彼等を一人と数えるか二人と数えるかは微妙なところだが、ゲームでは戦闘に参加できるのは四人までだし。
「そうですね、どこかに馬車でも……」
 魔導勇者りょうすけが辺りを見回した、その時。

 高らかに鳴り響くケルト音楽!
 死のソースの刺激的な匂い!

 デコトラが あらわれた!

「あれに乗せてもらおうよ!」
 無邪気に駆け寄って行く孤高の一匹狼ひりょ。
 って、ちょっとキミ、仲間になるのはやめたんじゃ……?
 だがその時。

 デコトラは ひきにげじょうとうで つっこんできた!

「轢きます! 全てを轢き倒します!」
 ケルトのリズムでタイヤが唸る!
「この究極合体カワイイ忍者ゴス黒ネコようじょに、そんな温かい攻撃が効くと思うてか! イヤーッ!」
 だが必殺の畳返しもぶっちぎり、デコトラは突き進む!
 しかし!

 デコトラは そのままはしりさった!

 ……何だったんだろう、あれ。



 ★★★ 第三章 海賊達の仁義なき戦い


●久遠の海は俺の海

 かつて、この久遠ヶ原一帯は見渡す限りの大海原であった。
 海賊達が海の覇権を賭けて互いに争い、或いは協力し、裏切り、騙し合い、その勢力図を刻一刻と塗り替える――そんな時代があったのだ。
 しかし今、海は干上がり船は陸に上がり、栄華を極めた海賊達もその殆どがチンケな山賊に成り下がってしまった。

 だが、ここに未だ海への憧れを捨てきれず、陸に上がってもなお自らを海賊と称する者達がいた。
「それこそが、我がカドゥーキ海賊団!」
 真っ赤な旗(という名の褌)を翻し、キャプテン・カドゥーキは船の舳先(という名の校舎の屋上)に立つ。
 だが、そこに舷側を接するもう一隻の海賊船(という名の校舎)から、高らかな声が放たれた。
「何を言うんだい、キャプテン・カドゥーキ! この海を制するのは君達じゃない、僕らレフ夫海賊団さ!」
 正確に言えば、レフ夫海賊団は生粋の海賊ではない。
 私掠船である。

 解説しよう!
 私掠船とは、簡単かつ大雑把に言えば、国家の後ろ盾を得た公認の海賊船のことである。
 彼等は無法者ではない。ちゃんと免許も持っている。
 そこには「国が戦争でドンパチやってる時なら、敵の船から何でも盗んでいいよ、沈めてもいいよ、寧ろ沈めちゃって!」と書かれているのだ。
 国にとっては維持費もかからず統制の必要もない、放っておけば勝手に敵の船を沈めてくれる、都合の良い放し飼いの軍隊といったところか。

 しかし放し飼いとは言え、たまにはお目付役の海軍が私掠船の護衛に就くこともある。
 そう、たとえば今のように、強敵にして仇敵と相対する時――

「ちっ、国家の犬が飼い主を連れて来やがったか」
 右を見れば海賊船、左を見れば海軍の軍艦。
 カドゥーキ海賊団、絶体絶命のピンチ!


●これまでのおはなし

 昨夜、Rehni Nam(ja5283)は自室で映画鑑賞会を開いていた。
 観客は自分ひとり、感想を分かち合う者もいないが、それはそれで気楽なものだ。
「映画はひとりで見るに限るのですよ」
 友達や恋人と見に行って、気まずい思いをした経験のある者は多いだろう。
 二人とも楽しめたなら文句なしだが、面白くなければ二人でダメ出し合戦をするのも良い。
 しかし評価が割れた日には、映画館を出てそのまま喧嘩別れ、最悪の場合は破局に至ることもあると聞いた。
 定番と言われる映画館デートには、そんな怖ろしいギャンブル性が秘められているのだ。
「その点、ひとりで見るなら心置きなく趣味に走れますし」
 というわけで、本日の特集は海賊映画。
 古いモノクロ映画から、カリブなアレ、海賊王になるアニメなどを片っ端から見まくった翌朝。
「そう言えば、私が海賊になった依頼もありましたね」
 レフニーが昨夜の余韻が残る寝起きの頭で記念写真を眺めていたその時、謎の怪電波がその脳髄を貫いた!
「そう、僕は海賊! 私掠船団レフ夫海賊団の団長!」
 そしてここは船長室!
 ドアを開ければ、そこには天下無敵の手下どもが!
 怪電波を受けた者は、そこにカリスマの高い者がいれば雛鳥のように後をついて歩くぞ!
 かくして、あっという間にレフ夫海賊団の出来上がりだ!

 ミハイル・エッカート(jb0544)は映画監督である。
 しかも自ら主演しながら監督までやってしまうというスーパー俳優だ。
 きっと例の尻CMを撮られて以来、カメラを向けられることが快感になったのだろう。
「今回の映画は血湧き肉躍るスペクタクルだ、撮影クルーの準備は良いか!」
 おや、返事がない。
 誰もいないのだろうか。
 ミハイルはスタジオ(と思い込んでいるアパートのリビング)でスタッフの姿を探す。
 と、相変わらずヤル気のなさそうなサボリ魔問題社員、リュールがぼんやりとテレビの画面を眺めていた。
「おい、仕事だ」
 ミハイルはその肩を叩き、ハンディタイプのビデオカメラを手渡そうとするが。
「わたくし、お箸より重いものは持てませんわ。どなたか他のかたにお願いしてくださらないこと?」
 待って、キャラ違う。
 あなた今テレビで何見てたの。
 新聞のラテ覧を見ると、この時間帯は「奥様ロードショー・真昼の伯爵令嬢と運命の白い茄子」がオンエア中であるらしい。
 タイトルを見ても内容がさっぱりわからないが、リュールは今その伯爵令嬢とやらになりきっているようだ。
「よし、わかった。お嬢さん、これがその白い茄子だ」
 ミハイルはビデオカメラをその手に押し付ける。
 ボディカラーはシルバーだし、大きさも手頃、これなら白茄子に見えないこともないだろう、多分。
「まあ、これをわたくしに……?」
 よし、かかった。
「いいか、これがあんたの運命の白い茄子だ。これを持って俺に付いて来い、きっと新しい世界が開ける」
「承知いたしましたわ。ああ、あなたが私を外の世界へと導いてくれる騎士様でいらしたのね……!」
 よくわからないけれど、そういうことにしておこう。

 その時、不知火あけび(jc1857)は科学室のすぐ近くにいた。
 近すぎたと言ってもいい。
 それにより、あけびの精神は海賊キャプテン・カドゥーキの影響下に置かれてしまった!
 洗脳完了!
「はぁーっはっは! カドゥーキの雇われ暗殺者とは私のこと!」
 暗殺者のくせに態度でかいとか声でかいとか気にしない!
「シノビなれども忍ばざるのがサムライガール! 船長、何なりとご命令を!」
 たとえこの身が海の藻屑と果てようと、船長の手となり足となり或いは盾となって見せましょう!
 ただし、報酬の範囲内でね!
 だって雇われ暗殺者だもん、金の切れ目が縁の切れ目だよ、世の中シビアなんだよ!

 一方、殆ど同じ場所にいた筈の不知火藤忠(jc2194)は、何故かあけびとは真逆の影響を受けていた。
「俺は、一体……?」
 藤忠は自分の手を見る。
 それが鷲掴みにしているのは、上品なデザインの白いドレスだ。
「何故、俺がこんなものを持っている……うっ、頭が……!」
 それはつい先ほど、科学室での突然変異の結果に生まれたものだった。
 断じて、藤忠自身が好んで選んだものではない。
 が、今の彼がそんなことを知る由もなかった。
「そうか、俺は……いいえ、わたくしは、わたくしこそが王宮の姫!」
 なのに何故、わたくしったらこんな変な格好をしているのでしょう!
 はっ! そうだわ、きっと海賊に捕まってしまったのね!
 そして賢いわたくしはこのドレスを取り返し、隙を見て逃げ出して来たのだわ!
「ここはまだ、海賊カドゥーキの本拠地のようね」
 あちらにもこちらにも、海賊達がうようよしているわ。
 お城に帰るには、どうすればいいのかしら!
 ああ、誰か助けて!

 ザジテン・カロナール(jc0759)は何もかも忘れていた。
 覚えているのはただ、ザジという自分の名前と、クラウディルという名前の相棒がいたことだけ。
「あえ……? ザジ、どうしちゃったんだお……?」
 きょとんと首を傾げたその中身は、大体五歳児程度。
「くやう……くりゃうでる? く、くにゃっ」
 上手く舌が回らない。
「くりゃう、いない……」
 いつも一緒のヒリュウ、クラウディル。
 いつも一緒なのに、今はいない。
「どこ、いっちゃった……?」
 今のザジには、ヒリュウの喚び出し方もわからなかった。
「ふぇ……っ」
 両の目に大粒の涙が溜まり、決壊。
「びぃええぇぇぇぇぇ……っ!!」
 ギャン泣きしながら、ザジは船(という名の校舎)を歩き回る。
「くやうでゆ、くやうでゆぅぅぅ……どこぉぉぉぉ!?」
 その声は船の外にまで響いていたという。


●そしてこうなった

 相棒クラウディルの姿を探して、ザジはひたすら歩き回った。
 もう、どこをどう歩いたのかわからない。
 気が付くと、目の前に海賊キャプテン・カドゥーキの姿があった。
「どうした、何を泣いている?」
 声をかけられ、ザジは直感した。
 そうだ、この人は――
「パパ!」
 駆け寄って思い切り抱きつく身長160cmの五歳児、しかも「パパ」だと!?
 しかしカドゥーキは何の疑問も持たずに受け容れている!
「パパ、くりゃうがいないの! ザジがよんでも、でてきてくえないの!」
 涙でぐちゃぐちゃになった顔で、ザジは訴える。
 その頭を軽く撫でて、キャプテン・カドゥーキは言った。
「ザジ、忘れたのか? お前は今、クラウディルとかくれんぼしてるんだろう?」
「え、そうだっけ……?」
「そうだ」
 きっぱり言われると、そうだった気がしてくる。
「クラウディルはかくれんぼが上手なんだ。でも、お前がなかなか見付けてくれないから、もう隠れるのは飽きたって言ってるぞ?」
「ほんと?」
「もう一度、落ち着いてよんでごらん?」
「うん、わかった!」
 ザジは目を閉じて深呼吸、大きな声でその名を喚んだ。
「おいで、くりゃうでりゅ!」
 ぽんっ!
 出た、ザジの目の前にピンク色のヒリュウが!
「くりゃうでりゅ、かえってきた!」
 ザジはそれをぎゅうっと抱きしめ、キラキラと光るそんけーのまなざしでキャプテン・カドゥーキを見上げる。
「しゅごい、パパしゅごい! パパのゆーとおりにしたら、くりゃうかえってきた!」
 もう一生あなたに付いて行きます的な何かがザジの中で生まれた。
「良かったな、ザジ」
 その頭をくしゃくしゃに撫でて、キャプテン・カドゥーキは通路の奥を指さした。
「では行くぞ、宝探しだ!」
「たかやさがし! えいえいおー!」
 真っ赤な海賊旗のもとに集ったカドゥーキ海賊団は王宮の宝物庫を目指す。
 もはやここが船なのか王宮なのか、よくわからないことになっているが、こまっけぇこたぁいいんだよ!

 一方その頃。
「はっはっは、待っていたよフリョチュネーン王国海軍提督アドミラル・エッカート!」
「おう、レフ夫か! 今日こそカドゥーキ海賊団を砂の海に沈めてやるぜ!」
 海賊船に乗り込んだ私掠船団団長レフ夫と海軍提督アドミラル・エッカートは、互いに固い握手を交わす。
(「そう、思い出した……! 海賊キャプテン・カドゥーキこそ僕達の宿敵!!」)
 アドミラル・エッカートの顔を見た瞬間、レフ夫の中で何かが弾けた。
 そうだ、これは前世のそのまた前世、始原の時より続く三つどもえの因縁!
 裏で糸を引くのはどこかのめっちゃ暑苦しい筋肉天使!
 しかし筋肉天使は巧妙に姿を隠し、彼等三人が手を触れることも叶わない。
 あの存在感でどこにどうやって隠れているのか疑問だが、気配すら感じさせないあたり、かなりの強敵であることは間違いない。
(「奴とはいずれ必ず決着を付けるよ。でも今はカドゥーキを倒すのが先決!」)
 そして頃合いを見てアドミラル・エッカートをも倒し、二人の力を取り込んで最強になった僕の前では、あの筋肉天使も逃げ隠れ出来まい!
 その時こそ、この僕が世界の全てを支配する――なんて、考えてないよ?
 これっぽっちも考えてないからね?
 そして同時に、ミハイルもまた思い出していた。
(「そう、俺はフリョチュネーン王国海軍提督アドミラル・エッカート!」)
 そして海賊キャプテン・カドゥーキは、かつて共に王国を支えた同志にして裏切り者!
「レフ夫、カドゥーキの狙いは王宮の宝、ガクエンチョの黄金のゾウだ」
「ああ、わかっているとも、我が友よ!」
 互いに交わされる信頼のアイコンタクト。
 友情って美しい。
「奴は必ず、それを奪いに現れる」
 コートを翻したアドミラル・エッカートは、自信満々に歩き出した。
「そこで張ってりゃ、何の苦もなくお縄に出来るって寸法だ。我ながら頭いいな俺!」
 その背に燦然と輝く『大漁』の文字は、男らしい毛書体で書かれている。
「おい、カメラちゃんと回ってるか? 俺の勇姿を格好良く撮ってくれよ!」

 しかし、カメラを構えているのはあの真昼の伯爵令嬢リュールお嬢様だ。
「回す……? これを回せばよろしいんですの?」
 伯爵令嬢はビデをカメラに付いたストラップを握り締める。
 次の瞬間――ぶんっ!
 カメラをぶん回し始めた!
「違うそうじゃない! 回すってのは――っ」
 ぶちっ。
 今、なんかいやな音がしなかった?
「あら? あらあらまあ、わたくしの運命の白茄子ちゃんが! 自由を求めて旅に出てしまいましたわ!」
 がっしゃーん!

 あいきゃんふらーいしたビデオカメラは、どこかの船室(という名の教室)の窓を突き破って、そこに隠れていた藤姫の前に落ちた。
「はっ、これは敵の攻撃……もしや追っ手が!?」
 藤姫は外の様子をそっと伺ってみる。
 廊下には大勢の海賊達が溢れている、いや、海賊だけではないようだが……どうやらカドゥーキの一味ではないようだ。
「味方かしら? もしそうなら保護を願い出てみましょうか……」
 しかし、藤姫は思い直した。
 そう、信じられるのは自分ひとり。
 王宮に無事帰り着くまで油断は大敵よ、藤姫!
「あの人達がこの部屋に乗り込んで来る前に、逃げなくてはいけないわ」
 退路を探して、藤姫は周囲に視線を投げる。
 と、その目の前に。

「じゃーん!!! スクープ求めて神出鬼没!!! 私は写真を撮るマシーン!!!」
 ダリア・ヴァルバート(jc1811)が現れた!
 今の彼女は何処から持って来たのか分からないカメラを片手に戦場を駆けるパパラッチ!
「人呼んでパパラッチダリア!!! ってそのまんまですね!!!」
「しーっ、声が大きいわよ!」
 騒がしいパパラッチを羽交い締めにし、藤姫はその口を塞ぐ。
「見付かったらどうするの!」
「その時こそ!!! 激写のチャンスですね!!!」
 パパラッチが求めるはただ一つ、スキャンダルのみ!
 そしてスクープ!
 スリルとサスペンス!
 あれ、一つじゃなかったけどまあいいか!
「はい、じゃあ撮りますよー!!! 笑って笑ってー、はい!!! イイ笑顔いただきましたー!!!」
「ちょっとあなた、写真なんか撮っている場合ではないでしょう?」
「なんて言いつつ、藤姫さんもポーズなんか取っちゃって乗り気じゃないですかコノコノ!!!」
 えいっ、つっついちゃえ! つんつん!
「きゃっ☆」
 なんて、じゃれてる場合ではないのですよ、お嬢様がた。
「追っ手が来るわ、逃げましょう」
 しかし、遅かった!
「シ・ラヌーイ王国の藤姫殿とお見受けした!」
 バーンと勢いよく扉が開き、現れたのはシノビなれども忍ばざるサムライガール!
「我があるじ、海賊キャプテン・カドゥーキの命により参った。その首……じゃなかった、藤姫の持つ宝物庫の鍵を頂戴いたす!」
「何のことかしら? 宝物庫の鍵なんて、わたくし……」
「とぼけても無駄だ藤姫。姫がそれを持っていることは、この台本に書いてある!」
 見よ、これが今回の映画「ハードボイルド超大作・嵐を呼ぶ海軍提督」のシナリオだ!
「くっ、さすがシノビね、たいした仕事ぶりだわ」
 藤姫はしかし、懐からもう一冊の台本を取り出した。
「でも、あなたが持っているその本は、少し古いみたい。わたくしが持っているこれが、赤字の入った最終稿……ここにはあなたの知らない情報が書かれているわ!」
「な、なんですってー!」
 知りたいでしょう?
「わたくし達を見逃してくださるなら、この本をさしあげてもいいわ」
 その一言に、サムライガールの心は揺れる。
 しかし、鍵を奪えと言った雇い主の命令は絶対だった。
「そんな口車には乗りません!」
「あら、でもここには……こう書いてあるわ。あなたの大切なご主人様は、今から五分後に私掠船団団長レフ夫と海軍提督アドミラル・エッカート両名の挟み撃ちに遭い、捕縛される……」
 海賊は捕まったら吊るし首だ。
「今ならまだ間に合うわ。わたくし達のことは諦めて、早く船長のもとへお帰りなさい」
 しかし、サムライガールは首を振った。
「しょせん私は雇われ者です。雇い主の命令通りに動く、それがシノビ」
 自分を守れという命令は、受けていない。
「そう、あなたが本当にシノビならね。でも、あなた……本当はサムライになりたいのではなくて?」
「な、何故それを……っ」
 驚くあけびに、藤姫は「うふふ」と笑って言った。
「あなたのお顔に、そう書いてあるわ」
「……っ!」
「サムライには、時に主命に背いてでも、やらねばならぬことがある……そうでしょう?」
 お行きなさいと、藤姫はサムライガールの背中を押した。
「確かに、宝物庫の鍵はわたくしが持っています。船長を助けたら、またお会いしましょう……それまで勝負はお預けです」
 そう言うと、藤姫はパパラッチダリアの身体をひょいと抱き上げた。
 そのままお姫様抱っこで脱兎の如く走り去る!
「あなたも我が国の民。国民を守らずして、どうして姫を名乗れましょうか!」
 あらやだ格好いい姫様!
(「どうしよう、これじゃ私がスキャンダルになっちゃう……!?!」)
 けれど止まらない、この胸のトキメキ。
 これは何?
(「もしかして……これが、鯉!?!」)
 そうか、まな板の鯉ってこんな気分だったのですね……!

 彼等が去った後、部屋に踏み込んだアドミラル・エッカートは床に転がっていたビデオカメラを拾い上げた。
「だめだ、壊れている……」
 ああ、せっかく俺がスーパーハードボイルドに格好いいところを見せるはずだったのに。
「残念だが今日の撮影は中止だな」
 しかし、その時。

「ヘイユー、チョット待つネ!」
 アメリカ訛りの怪しい日本語が飛んで来る。
 見ると、そこにはカメラを手にした長田・E・勇太(jb9116)の姿があった。
「ミー、このカメラで藤姫=サン写すネ! コレ動画も撮れるスグレモノ、問題ナッシングね!」
「いや、しかし藤姫はここにはいないぞ?」
 アドミラル・エッカートにそう言われても、勇太は「ちっちっちっ」と人差し指を振り、余裕の笑みを見せた。
「ユー達これから宝物庫に行くネ? でも場所は知らないネ? 知ってるの藤姫=サンだけネ?」
 ならば結局、アドミラル・エッカートは藤姫を探して合流するしかない、というわけだ。
「なるほど、わかった。レフ夫もそれで問題はないな?」
「ああ、僕の頭の中ではもう、最後の一行まで筋書きが決まっているよ」
 そう、カドゥーキ海賊団に未来はない。
 海賊滅ぶべし!

「というわけで追い詰めたぞキャプテン・カドゥーキ!」
 展開早いな!
 しかも探す相手がいつの間にか変わってる気がするよ!
「問題ない、僕はカドゥーキさえ見付かればそれで良いんだ」
 藤姫を探そうとしたのも、彼女を餌にカドゥーキを罠にかける為。
「もう藤姫になど用はない!」
「OH、そんな! 約束が違うネ!」
 勇太が訴えるが、レフ夫は聞く耳を持たなかった。
「僕を誰だと思ってるんだい? そこらのお上品な連中と一緒にしてもらっちゃ困るね」
 そう、僕は手段のためなら目的を選ばない冷酷非道な海賊!
 私掠船団を名乗っちゃいるが、気分次第で海軍にさえ牙をむく凶暴な野犬さ!
「けれど安心したまえアドミラル、今日の僕は機嫌が良いんだ」
 海軍を裏切るような真似はしないと言って、レフ夫は腰のサーベルを抜いた。

「陸の上とはいえ、ここで会ったが百年目!! お前を倒し、七つの海は僕達が制覇する!」
「くくく、カドゥーキ、いよいよ年貢の納め時だぜ」
 じわじわと迫る私掠船団と海軍の連合部隊、じりじりと後退するカドゥーキ海賊団!
 しかし、無垢な瞳がそれを制する!
「パパ、あのひとたちみんな、パパのおともだち?」
 その問いにカドゥーキが答えるよりも早く、アドミラル・エッカートが言った。
「そうだ、お友達だ。一緒に遊ぼうと思ってパパを迎えに来たんだよ」
 精一杯の良い人っぽい笑顔を作り、アドミラル・エッカートはザジを手招きする。
(「いいぞ、油断しろ。こっちに来い」)
 こいつを人質に取れば、カドゥーキは手も足も出まい。
 ふふふ、海賊よりも汚い手を平気で使い、海賊よりも海賊らしい、それが国家の犬、正規海軍ってモンだぜ!
 クラウディルを抱っこして、ザジは何の疑問も持たずにアドミラル・エッカートに駆け寄ろうとする。
 キャプテン・カドゥーキの制止も、その耳には届いていない様子だった。

 しかしその時、一陣の風がザジを巻き込んで吹き抜ける!
「ザジ殿は我があるじの大切なご子息、むざと敵の手に渡すわけには参りません!」
 サムライガール、見参!
 ザジの身体を抱きかかえ、キャプテン・カドゥーキの陣営に颯爽と舞い戻る!
「おお、よくやったぞサムライガールあけび!」
「ありがたききお言葉、しかし本来の使命である鍵の奪還には――」
「いや、俺が間違っていた。お宝はもう俺の手の中にある、金銀財宝や黄金のゾウなどよりも、大切な宝が」
 そう言って、カドゥーキはザジの頭を撫でた。
 だがしかし。
「待てキャプテン・カドゥーキ! なんか良い話っぽく締めようとしたって、そうはいかないよ!」
 レフ夫が叫ぶ。
「ちっ、バレたか!」
 この隙に逃げようと思ったのに!
「なんだと! 俺ちょっと感激してウルウルしちゃったぞ!」
 目頭を押さえたアドミラル・エッカートは、あまりの恥ずかしさに逆上した!
「喰らえ、怒りの刻印!」
 キャプテン・カドゥーキを狙って撃ち出されるマーキング弾、しかし!
「パパをいじめちゃ、らめえぇぇぇっ!!」
 その前に仁王立ちしたザジは無意識にインビジブルミストで白い霧を発生させる。
 ついでに怒りのブレスで反撃!
「パパいじめる、わりゅいしと! ザジがゆりゅさないんだかや!」

 そこに飛び込んで来る、ひとつ――いや、ふたつの影!
「あら、ここは……?」
 パパラッチダリアを腕に抱えた藤姫は、困惑した様子で周囲を見渡した。
 王宮の皆に避難を呼びかけながら逃げる間に、どうやら迷子になってしまったらしい。
 しかもここは敵陣のど真ん中。
「ああ、わたくしとしたことが……!」
 なんたる不覚!
 しかし不幸中の幸いと言うべきか、すぐ近くに正義の味方(推定)が!
「もし、そこな殿方」
 藤姫はつい先ほど信じられるのは自分だけと誓った言葉をポイ捨てて、アドミラル・エッカートに助けを求めた。
「フリョチュネーン王国正規海軍のお方とお見受けします。わたくしはシ・ラヌーイ王国の藤姫」
 見知らぬ将の足下に跪き、きりりと顔を上げる。
 顔にかかる半透明のヴェールから覗く顔(かんばせ)は、まるで藤の花がこぼれ落ちるように美しかった。
「わたくしはどうなっても構いません、けれど、せめてこの娘だけはお助けを……っ!」
 その瞬間、響き渡るシャッター音!
「OH、これは藤姫=サン! 噂通りの美しさネ!」
 念願の邂逅を果たした勇太は、ここぞとばかりにシャッターを切る。
 その音に刺激され、ダリアもまた己の使命を思い出した。
「そう、私はパパラッチ!!! スクープ、ゴシップ、スキャンダル!!!」
 さっきと言ってることが違う気もするが気にしない。

 こうして、戦場は更にカオスの度を増してゆくのであった。


●汚物は消毒していいですよね

「……どいつもこいつも、面倒だな……」
 逢見仙也(jc1616)はズキズキと疼くこめかみを指で押さえた。
 何なんだ、こいつらは。
 何がどうしてこうなった。
 わからない。
 なぜなら、彼自身もネジが吹っ飛んでいるから。
 だが、なんかイラつく。
 それは盗んだチャリで走り出したくなるような、青春の疼きにも似て……ないか。
 とにかく。
「考えんの面倒だからしょ・う・ど・く、消毒する」
 仙也はふらりと立ち上がった。
「……鍋も釜も騎士も海賊も忍者も……全員消えてしまえ」
 知人も友人も他人も蔵倫も、まとめて吹き飛ばしてくれる。




 ★★★★ 第四章 それでも我は我が道を征く


●爆誕、29歳児!

 小宮 雅春(jc2177)は、どこにでもいるごく普通の撃退士……ではなかった気もする。
 しかし、ここまで壊滅的に色々ダメな方向にぶっ飛んでいる男ではなかった筈だ、ほんの一瞬前までは。
『ピポパポピポパ……ピーヒョロロー』
 今の若い子には通じないであろう、そんな懐かしい音をたてる怪電波を受信したその瞬間、彼の中で何かが目覚めた。
「らぁーぶあんどぴぃーーーーす!」
 そう、世の中は愛と平和で出来ている!
 愛とは惜しみなく与えるもの!
 平和とは退屈な日常!
 つまり、何故か手にしていたこの釘バットで惜しみなく破壊の限りを尽くす!
 それがラブアンドピース!
「今、私は目覚めた! 我が名は愛の戦士ジェニー!」
 そう、普段は木偶人形に身をやつし、世間の目を欺いてきたけれど!
 実はこの私こそが本体だったのだ!
 漲ってきた、脳内にエンドルフィンが漲ってきたぞ!
 迸るエンドルフィンの激流に、理性がきれいさっぱり洗い流される!
 もう怖いものなど何もない!
「皆仲良く☆殺死愛★しーましょー! あっははは!」
 そしてジェニーちゃんは戦いの中に身を躍らせた。
 これが私の生きる道!


●あしたのダンスの星をねらえナンバーワン!

 人通りも少ない裏町にかかる橋のたもと。
 そこには知る人ぞ知る競技ダンスの名門スタジオ、砂原ダンスアカデミーがあった。
 今、ここに伝説が幕を開ける……!

「和紗! そんなステップ、ブラックプールじゃカスよ、カス!」
「はいっコーチ! 申し訳ありませんっ!」
 厳しい叱責の声を上げるのは、スタジオの名物鬼コーチ砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)、だがオネェだ。
 それに応えて歯を食いしばり、倒れても立ち上がる根性を見せるのは樒 和紗(jb6970)、このスタジオ唯一の教え子であった。
 彼等は今、一時間後に迫った世界で最も有名な社交ダンスの競技会、ブラックプールダンスフェスティバルに向けて猛特訓に励んでいた。
 え、一時間後に迫っているのに未だに特訓しているのかと?
 もうどう考えても間に合わないだろうとお思いか。
 しかし、そこが素人の浅はかさ。
「根性よ、根性! 何事も根性が基本にして最強の奥義なのよッ! 根性さえあれば時空さえも自在に操れるわッ!」
「はいっコーチ!」
「さあ、晴れの舞台でアタシと並び立ちたいなら、せめてこれくらいは踊れるように特訓よッ!」
「はいっコーチ!」
 これくらいとは、どれくらいか。
 コーチは自ら手本を示して見せた。
「これがクイックステップよ! あなたがひとつステップを踏む間に、アタシならお湯を沸かして香り高いお紅茶を淹れてスコーンで優雅なティータイムを満喫出来るわッ!」
「はいっコーチ! でも、コーチのステップは速すぎて、俺にはとても見えませんでした! どうか、どうか今一度……!」
「甘ったれんじゃないわよッ! 見えないのは動体視力の鍛え方がなってないからでしょッ!」
「はいっコーチ! すみませんでしたっ!」
「わかればいいのヨ、べつにアタシだってアナタを苛めたくて無理難題を押し付けてるわけじゃないのヨ? そこんとこを理解してもらわないと、アタシもツライわ」
「コーチ、そこまで俺のことを……っ!」
「わかったら、さあ、特訓の続きよッ! はい、スロースロークイッククイって違ぁ〜う! こうよこう!」
「はいっコーチ! こうですかっ!」
「そうよ、そう! やれば出来るじゃないってほら、少し褒めるとすぐ調子に乗る!」
「はいっコーチ! すみませんでしたっ!」

 そして特訓は続く。
「コーチ、足にマメがが!」
「マメなんて潰れてからが本番よ!」
「コーチ、マメが潰れました!」
「潰れても踊るのよッ! ほら足を止めないッ! 一秒止まるたびに上達が一時間遅れると思いなさいッ!」
「でもコーチ、もう足の感覚が……!」
「なくなっても踊るのよッ! 無意識の動きこそが究極の美!」
 そんな無茶な。
「コーチ……やっぱり俺には無理です……」
 とうとう和紗は崩れるように横座りになり、ハンカチを噛み締めてよよよと泣き崩れた。
「俺にはダンスの才能なんてなかったんです……!」
「なにを言ってるの!」
 砂原コーチはその前に膝をつき、和紗の両肩を掴んで激しく揺さぶった。
「アナタ、アタシと約束したじゃない! 俺がコーチを世界一の鬼コーチにしてみせますって言ってくれた、あの言葉は嘘だったの!?」
「コーチ……!」
「二人でブラックプールの晴れ舞台に立つんでしょう!? アタシはアナタと踊りたいのよ! それともアナタ、アタシがあのお嬢婦人と踊るところを舞台の袖から眺めていたいのッ!?」
 お嬢なのか婦人なのか、どっちだ。
 その言葉に、和紗の中に眠っていた何かに火が付いた。
「そう、でしたね……コーチ。俺は甘えていたのかもしれません」
 ゆらり、和紗は立ち上がる。
「俺、頑張ります! 俺には才能があると言ってくれたコーチを、嘘つきオネェにしないためにも!」
「ええ、よく言ってくれたわ和紗!」
「コーチ、もう一度お願いしますっ!」
「何度でもいくわよッ!」

 二人は再び踊り始めた。
 手を取り合って肩を寄せ合い、チャチャチャで大人な世界を醸し出し、サンバで蠱惑的に、パソドブレで情熱的に。
「いいわよいいわよぉ〜! その調子!」
「はいっコーチ!」
 ダンススタジオ(という名の空き教室)を出て、通行人を蹴り飛ばし、障害物を蹴倒して。
 彼等はいったい、どこへ行こうとしているのだろう……色んな意味で。


●最後の良心、敗北

「だめだこいつら、早く何とかしないと……!」
 幸いにも電波の圏外にいた天宮 佳槻(jb1989)は決意した、この馬鹿げた乱痴気騒ぎを一刻も早く終息せしめねばならぬと。
 しかし、彼がその決意をもって一歩を踏み出した途端。
「とりあえず原因を探さ……、ない、と……???」
 あれ、何を探すんだっけ。
 何かを探そうとしていた事だけは、辛うじて覚えている……気がする。
「確か……ええと、あれは何だったか……」
 その時、彼の脳裏に何かが閃いた。
 頭の中で渦巻く軽快なマーチ。
「これは、あの有名な戦う考古学者のテーマ……!」
 思い出した。
 全て思い出したぞ!
「そう、僕はまだ見ぬお宝を探すトレジャーハンター!」
 今回の発掘現場は幻の古代都市クオンガーハラ。
「そうか、僕は探検の途中で崖から足を滑らせて転落し、暫く気を失っていたんだな」
 どこを見ても崖はおろか僅かな段差すら見当たらないが、彼の目には何かが見えているのだ、きっと。
 そこらへんに落ちていた古いロープの切れ端を手に、佳槻は遺跡(廃墟)の億へと進む。
「この奥に古代都市クオンガーハラのまだ見ぬお宝が……ところでお宝って何だっけ……?」
 いや、なにしろまだ見ぬお宝だ、それが何であるかはわからないのが当然だ。
 わからないからこその浪漫がそこにある。
「まあ、見つけてみればわかるだろう」
 テーマ曲をセルフ再生しながら佳槻は進む。
 進むにつれて、周囲が何だか騒がしくなってきたのは気のせいか。
「おかしい、この古代都市は無人の廃墟だと聞いたのに……」
 まさか、自分の他にも宝を狙っている者が!?
 急がなくては、ライバルに先を越される前に!



 ★★★★★ 第五章 混沌の呼び声


●真の恐怖を教えてやろう

 きみはラファル A ユーティライネン(jb4620)を知っているか。
 そう、ペンギン帽子がトレードマークの金髪碧眼北欧系美少女だ。
 その身体の多くの部分が、実は精巧に作られた無機質なものであることを知る者も少なくないだろう。
 しかし彼女はまだ、その全てを白日の下に晒してはいなかったのだ。

 謎の怪電波は、心の奥底に封じられていた禁断のスイッチを押してしまった。
 そしてここに恐るべき真の姿が覚醒する。
「くくく、今あるはかりそめの姿。俺様はめぇぇぇぇざぁぁぁあめぇぇぇたぁぁぁぞぉぉぉ」
 今や機械化されたパーツの全てを隠すことなくさらけ出し、機械化フルパワーマーックス状態となったその姿まさに機神のごとし。
 踏み出す一歩は地を割り、拳の一突きは天を落し、火器が火を噴けば海は沸騰し、一声吠えれば死者が墓から蘇る。
 とにかくもう、そのくらいスゴイあれが目覚めてしまったのだ。
 これぞまさしく、この世の終わり――

 だが遭遇しなければどうということもない。
 ラファルが目覚めた場所は、何故か皆が集まる場補とは反対側の端っこだった。
 見渡す限り無人の廃墟で、ラファルはそっと溜息を吐く。
「しゃーねえ、俺様のほうから出向いてやっか」
 地響きを立てて、ラファルは歩き出す。

 待っていろ、もうすぐ全てにケリを付けてやる。


●加速するカオス

 創作界隈のお約束のひとつに「特撮ワープ」という現象がある。
 それは読んで字の如く、特撮作品でよく見られる「現実の物理法則を無視した強引な場面転換」のことである。
 しかし、何の説明もなく室内から広大な採石場などに一瞬で舞台が変わっても、それは尺の都合や大人の事情によるものである。
 大きなお友達は、決してそこにツッコミをいれてはならないのだ。

 というわけで、海賊達の戦場は今や海の墓場(という名の学園廃墟)へと移っていた。
 しかし前述の通り、状況は殆ど変わらない。
 だがツッコミは無用だ、いいね?

「藤姫、ここは危険だ。安全な場所まで俺が送り届けてやろう」
 フリョチュネーン王国海軍提督アドミラル・エッカートは、シ・ラヌーイ王女藤姫を軽々と抱き上げる。
 むろんビジュアル的に美味しいお姫様抱っこだ。
「え……っ」
 その紳士的かつイケメンな行動に、思わず頬を赤らめる藤姫。
「おっと、俺に惚れるなよ。港には俺を待っている人がいるんだ」
「ええ、承知しております。海の男とはそうしたもの……」
 あれですよね、港々に女ありって……え、違う?
 そこに浴びせられるストロボの嵐!
「シャッターチャンス! イタダキネ!」
「良いね良いねー!!! はい、もう一枚!!!」
 パパラッチダリアと有能カメラマン勇太は競うようにシャッターを押しまくる!
「藤姫=サン、とてもいい表情寝ネ! 恋する乙女のカンジよく出てるヨ!」
 言われて、藤姫ははっと我に返った。
(「いけないわ! わたくしとしたことが、殿方に心を奪われそうになるなんて!」)
 まだだ、まだ奪われてはいない。
 それに自分にはまだ大切な仕事が残されているのだ。
「ありがとうございます、アドミラル。けれどわたくしは、この国の姫として海賊船長と対決しなくてはいけないのです!」
 その決意に満ちた表情を目の当たりにしては、危険だからやめろとは言えなかった。
「わかった、だが俺達の狙いも船長だ。よかったら手を組まないか?」
「はい、よろこんで!」
 そこに再びストロボの嵐!
 二国の同盟が成った記念すべき瞬間に、アドミラル・エッカートもカメラに向けてナイスなポーズを決める!

「はっ!!! 私はたった今、重大な事に気付いたのです!!!」
 と、パパラッチダリアが頓狂な声を上げた。
「皆さん、私のことをただのスキャンダルスキーだと思っていますね!?! でもそれは世を忍ぶ仮の姿だったのです!!!」
 特別に皆さんにだけ、本当の姿をお見せしましょう!
「実は私は、戦場を駆ける報道カメラマン!!! 正義と平和を愛するジャーナリストだったのです!!!」
 目指せピュリッツァー賞!
 そんなわけで写真撮るよ、この目に映る全てを記録に残すために!
「あっ!!! でも、もうフィルムがありません!!!」
 色んな人を追いかけ回したいのに!
 ダリア・ヴァルバート一生の不覚!
「ただ普通に追いかけ回すだけでもいいですか!!!」
「それなら、写真の代わりに文字で記録してみるのはどうでしょう?」
 藤姫に言われ、ダリアはぽんと手を打った。
「それです!!! さすが藤姫さん頭いい!!!」
 誰か、紙とエンピツ持ってませんか!

「カドゥーキ船長、奴らが手を組んだのでは多勢に無勢、ここはいったん退きましょう!」
 海賊側の陣営では、サムライガールあけびがそう進言していた。
 しかしカドゥーキ海賊団は既に三方を敵に囲まれ、更に後方からは別の勢力が近付いて来る気配がある。
「もう遅い、お前はこいつを連れて逃げろ」
 ザジの背を押し、サムライガールに預けようとするカドゥーキ。
 だが。
「いやだよパパ! ザジはパパといっしょにいゆ! いっしょがいいの!」
 はらはらと零れる大粒の涙。
「仕方がありません、ここは私にお任せを……!」
 サムライガールは船長の鳩尾に腹パンを見舞おうとする――しかし、その拳は空を撃った。
「パパをいじめちゃ、らめえぇぇぇっ!!」
 再びのインビジブルミスト、そして無差別ブレス攻撃!
「パパはザジがまもりゅー!!」
 なお、サムライガールは船長を苛めようと思ったわけではない、もちろん。
 ただ、気絶させて担ぎ出すのが最も安全かつ手っ取り早いかなーと思ったのだが……甘かった。
「わかりました。ならば……攻撃は最大の防御! 勝てば官軍、卑怯上等!」
 突撃、いきまーす!
 暗殺者とは何だったのかって?
 ふっ、そんな風に呼ばれたこともあったかな。
 昔の話さ!

「皆、ヤツの部下は抑えてくれよ! ミハイルさんと僕が、ヤツを討つ!!」
「では、わたくしは援護を!」
 飛び出したレフ夫とアドミラル・エッカートに、藤姫が王女の加護を与える。
「お二人とも、ご武運を……!」
 それを迎え撃つサムライガールには方向感覚を狂わせる妖術を仕掛けた。
 しかし。
「そんなもの、覚悟を決めたサムライには通用しません! 火遁・火蛇!」
 一直線に炎が走り、レフ夫とアドミラルは左右に散る。
「ならばこれで、影縛の術!」
 だが相手は歴戦の海の勇士、生半可な手段は通用しなかった。
「かくなる上は……っ」
 すとん、サムライガールはいきなりその場に座り込んだ!
 膝を抱え、鼻をすすり上げ、涙を溜めたウルウル目で二人を見上げる。
「ふ、甘いな。どうせ嘘泣きだろう!」
「僕達を騙すには、まだまだ演技力が足りないね!」
 ちょっと君達、のっけから人を疑ってかかるのはよくないな。
 ほら見てごらん、純真なお子様は心から信じ切ってるよ?
「おねーちゃん、だいじょぶ? ぽんぽんいたいの?」
 座り込んだサムライガールの傍らにしゃがみ、ザジは心配そうにその顔を覗き込む。
 その光景を見て、レフ夫は言いしれぬ思いに囚われた。
「くっ、何故だ……この二人を見ていると、僕の中の何かが疼く……っ」
「おい、レフ夫! しっかりしろ!」
「ミハイルさんは平気なのか……!? さすが年の功だな。でも僕はもうダメだ、先に行ってくれ……!」
「わかった、後は任せろ!」
 一瞬のためらいも見せず、アドミラル・エッカートはレフ夫を見捨てて行った!
 残されたレフ夫は座り込んだサムライガールにそっと近付く。
「ごめんよ、僕達だって好きでこんなことをしているわけじゃ……」
 その時、サムライガールの伏せた瞳がキラリと輝いた。
「かかったな、影縛の術・物理!」
 仕込み簪を抜き放ち、壁はないから床ドンでレフ夫を地面に押し倒す!
「さあ、もうこれで動けな――」
「さて、かかったのはどっちかな?」
 サムライガールの喉元に、冷たい刃が押し付けられる。
「動かないでよ、僕の方が速い」
 危うしサムライガール!

 その時、後方のキャプテン・カドゥーキにも危機が迫っていた。
「今度こそ大人しく喰らうがいい!」
 マーキング弾、発射!
「くくく、良い目印が付いたじゃないかキャプテン・カドゥーキ! お次はこいつだ!」
 その手から放たれた炎が、海賊の魂を焼き尽くす!
「ああっ、俺達の海賊旗が!」
 それ、元々は誰かが科学室に持ち込んだ装備品だったんだけど、良いのかな燃やしちゃって。
 ダメって言われても手遅れだけど。
 魂を灰にされたキャプテン・カドゥーキは呆然とその場に立ち尽くす。
「ふっ、いよいよ年貢の納め時だな」
 大人しくお縄についてもらおうか!

 だが、神はキャプテン・カドゥーキを見捨てなかった。
 背後から近付いて来る気配は、勇者ご一行様のものだったのだ。
「あそこにモンスターの集団がいます!」
 魔導勇者りょうすけが、ドンパチやってる海賊達を指さす。
「多勢に無勢、きっとあの数が多い方が悪いやつね! 強そうだし人相悪いから、大魔王軍の手下に違いないわ!」
 思い込んだら一直線、さいきょー勇者チルルは鬨の声を上げた。
「先手必勝よ、正義は我にあり!」
 その声と共に雪崩れ込む勇者ご一行様。
「あんたが大魔王軍団のボスね!」
「違う、誤解だ!」
 問答無用で殴り込みをかけてきたさいきょー勇者チルルに、アドミラル・エッカートは必死の味方アピール。
 しかし、相手は脳筋だった!
「あたいが間違えるはずないわ、だってあたいはさいきょー勇者チルル!」
 正義は必ず勝つ!
「ええ、これだけ数が多いということは、大魔王の本拠も近いということですね!」
 加勢に入った魔導勇者りょうすけも、彼等が大魔王の手下だと信じて疑わない。
 脳筋は周囲に伝染するのだろうか。
「大人しく退治されなさい!」
「チルルさん! 僕の魔法で援護します! キノセイ!」
 さいきょー勇者チルルの攻撃力は三倍になった、かもしれない!
 ただの思い込みだが、思い込みの激しいチルルにとって、それは本物の効果を発揮する!
「あたい、さいきょーーー!!」

 そんな熱く燃える戦いの傍らで、ヴァンパイアプリンセスリリーは回っていた。
 くるくる、くるくる、全長6m、最大直径250mmの漆黒の巨槍を手に踊る。
 そこに施された改造の結果による圧倒的なパワーを扱いきれず、振り回され、引きずられるように。
 もちろん敵味方の識別など出来ないし、その方法もわからない。
 何よりまず、誰が味方で誰が敵か、今イチよくわかっていなかった。
 くるくる、くるくる、回りながら燃え盛る劫火を身に纏い、触れるもの全てを焼き尽くす。
「……なんだか……たのしい……」
 くす、くすくす……。

「なになに、あばれていいの? やったぁ!」
 孤高の一匹狼ひりょが、スーパーアイドル救世主ミナトンの歌う戦闘BGM『中ボス戦』に乗って走り出す。
 あ、勇者ご一行様の仲間にはなってないよ!
 面白そうなことを探してたら、たまたま同じところに行き着いただけだからね!
「いっくよー、どっかぁーん!」
 くらえ掌底!
「わわ、手が飛んでっちゃったよ〜。……あれ?ついてる?」
 おかしいな、飛んでったと思ったのに。
 まあいいや! なんか楽しいし!
「もういっかい、どっかーん! どっかーん!」
 しかし、四発目は不発だった。
「あれ、もうおしまい? じゃあなんか他ので……えいっ!」
 いくぞ、炸裂陣!
「わぁ〜すごいすごい、でっかい花火みたいだ〜!」
 きゃっきゃとはしゃぐ孤高の一匹狼、ぜんぜん孤高じゃないとか言わないであげてください。

「ここは天国ですか……?」
 秩序の崩壊した戦場を眺め、武器商人雫は思わずその頬を緩めた。
 敵とか味方とか、どうでもいい。
 とにかくその武器をよこしなさい、私の武器コレクションを埋めるために。
「逃げる人は獲物です! 逃げない人は良く訓練された獲物です!!」
 手近な獲物を狙って両刃の大剣を容赦なく振るう。
「ホントに学園は地獄ですね」
 その地獄を呼び込んだのは、他でもない雫自身であるような気がするのだが。

 だが、それはまだ地獄の一丁目、ほんの入口でしかなかったのだ。

「う〜ん、絵面がとってもピースフルだね」
 迫り来るデコトラに釘バットで挑み、見事な敗北を喫したジェニーちゃんは、折れたバットを杖代わりにして立ち上がった。
「バットは殴るもの 、ではなくなってしまったよ。けれど僕にはまだ、この愛がある!」
 この溢れ出る愛を、あなたにも分けてあげたい!
「僕はこの愛を皆にバラ撒きましょう! さあ受け取って!」
 ジェニーちゃんは、いつの間にか友達になったジョニー君を呼んで来た。
 ジョニー君は顔のない道化師。
 そのボディにめいっぱいの愛を詰めて、みんなのところに届けに行くよ!
 そーれどっかーん!
 愛は爆発だ!

 ぶおおぉぉん!
 エンジンが奏でる爆音とスピーカーから流れるケルト音楽、そして何故か荷台に乗ったスーパーアイドル救世主ミナトンの奇跡的に音程を外さない歌声と共に、デコトラが走る!
「愛スクリーム・愛ストリーム♪」
 ウインクしながら謎の合言葉をケルト音楽に乗せて、移動ステージの野外コンサート。
「はい、みんな一緒に歌ってー♪」
 無理、無理無理、歌ってたら轢かれるから!
 デコトラは廃墟の悪路をものともせずに猛スピードで縦横無尽に走り、手当たり次第に轢いていった。
 海賊だろうと勇者だろうと、その他いかなる勢力であろうとも一切の区別をせず、平等に。
「これが京都パゥワァ!」
 京都とは何だ。
 デコトラだ。
 疑問の余地はない。

 暴走するデコトラの前に現れた二人組、それはコーチ砂原と教え子和紗。
 二人は互いに向き合い、周囲の混沌などまるで目に入らないかのように踊る。
 ひたすら踊る。
 その様子はまるで恋人同士のようで、二人の間には入り込む隙がない。
 だが違うのだ、二人の間に甘い感情は欠片もない。
 そこにあるのはただ、ダンスへの情熱のみ。
 突っ込んで来た暴走デコトラをタンゴのリズムで逆に撥ね飛ばし、取り付こうとしたジョニー君をリフトの勢いでカッ飛ばし、ワルツで優雅にかつ問答無用で押し通る。
 だが、刺激的なセクシーさを売りにしたダンスは今ひとつ決まらなかった。
「仕方ないわネ、こればっかりは経験の差ヨ」
「はいっコーチ!」
「そこでターン、はいクイックステップいくわよ!」
「はいっコーチ!」
「良いわ、良いわね! 良くなってきたじゃないッ」
「ありがとうございます、コーチ!」
「次はインメルマンターン、いくわよッ!」
「はいっコーチ!」
 ダンスじゃないものが混ざっている気がしますが、気にしてはいけません。

「ふおぉぉぉ! 猫は可愛い、可愛いは正義、つまり猫こそ正義! 黒猫忍者イズヒア!」
 しかし、この場に猫はいない。
 守るべきもの、己が正義を見失った黒猫忍者は戦意喪失!
 だが、肩に乗ったブレイン緋打石は殺る気満々だった!
「究極合体カワイイ忍者ゴス黒ネコようじょ、悪い海賊をやっつけるため、ただいま惨状よ!」
 緋打石に耳をつかまれた黒猫忍者は、その意のままに動く操り人形となるのだ!
「いけ、ねこねこパーンチ!」
 しかし、まだ本気は出さない。
 ゴスロリようじょの本能で、緋打石は見抜いていたのだ。
 この廃墟のどこかに究極の悪が潜んでいることを。


●大魔王、降臨?

 混沌の世界に彗星の雨が降り、その下に立っていた全ての者を押し潰す。
「女装した変態は、潰す」
 大地からは針の山が現れ、その上に立っていた全ての者を刺し貫く。
「何かを振り回す変態は、串刺しにする」
 しかし、その変態は翼を広げて上空に逃げおおせた――自分にくっついていたザジと、ついでにアドミラル・エッカートを抱えて。
「お、おう、すまんな……ひとつ借りが出来た」
「昔のよしみだ、気にするな」
 しかし今の敵も味方も区別しない無差別攻撃。
「どうやら小競り合いをしている場合じゃなさそうだな」
「ああ、一時休戦といくか」
 共通の敵の出現により、フリョチュネーン王国海軍提督アドミラル・エッカートと、元フリョチュネーン王国科学局長にして現海賊キャプテン・カドゥーキの間に休戦協定が結ばれることとなった。
 もちろん、この協定は私掠船団長レフ夫とその部下達にも適用される。

「変態どもが手を組んだか……」
 期せずして三者を結び付けることとなった仙也は、特に意に介した風もなく呟いた。
「まあいい、何がどうなろうと全てを吹っ飛ばすまでだ」
 ふと思いついて、手に持ったウォッカの瓶を投げ、そこに火を放つ。
 アルコールの作用で、炎は何倍もの勢いで燃え広がった。
「なるほど、これは使えるな」
 新たな知識を獲得した仙也は、次に瓶を割って中身を振りまいたところに炎焼の炎を燃え移らせる。
 辺り一帯は一瞬にして火の海と化した。
「清潔は義務だ……精神的、物理的汚物は消毒しないと」
 真っ赤な炎の照り返しを受けてひとり佇む仙也の姿は、まさに大魔王の風格があった。

「ねこちゃん、あれよ! きっとあの人が大まおーなの!」
 黒猫忍者の肩に乗った緋打石が仙也を指さす。
 あれ、でもちょっと待って。
 炎の中で平然と踊ってるあの人達も絶対普通じゃない。
 あの燃えてるデコトラも、その荷台で歌って踊ってるアイドルっぽい人も、折れた釘バットを振り回してラブアンドピースを叫んでる人も……
「どうしよう、みんながラスボスに見える……!」
「こうなったら、全部まとめてネギトロですの!」
 黒猫忍者がリボルバーを構える。
 だが!



 ★★★★★★ 第六章 混沌を超えて


●最後の戦い

 ……カサカサカサカサ……

 ……コソコソコソコソ……

 風もないのに、枯れ草が転がってくる。
 その乾いた音に混じって、低い笑い声が響いて来た。

「くく……くくくく……」
 現れたのは、悪の権化アーク・サギーヤ。
 彼こそが全ての黒幕にして諸悪の根源(自称)だった。
「漸く我がもとへ現れたか、勇者の諸君」
 よかった、もしかしたら忘れられてるんじゃないかなって心配してたんだ。
 あと五分して誰も来なかったら、酒飲んで帰って寝ちゃおうと思ってたんだよ?
「だが残念だったな。私は大魔王などではない、我が野望は世界平和!」
 そう、ラブアンドピース!
「平和のために武力は要らぬ。そのために一定以上の戦闘力を持つものを滅殺するのが我が使命!」
 つまり、ここにいる全員を抹殺する。

「そんなこと、させないんだから!」
 黒猫忍者の肩の上で、ゴスロリようじょ緋打石が叫ぶ。
 しかし、黒猫忍者は動かない!
「どうしたの、ねこちゃん! あいつをやっつけないと、たいへんなことになるわ!」
 耳を引っ張っても、くすぐっても叩いても、黒猫忍者はウンともスンとも言わなかった。
 故障したのだろうか。
 いや、違う。
「……もじゃ……」
 その目は悪の権化アーク・サギーヤの背後でカサコソ動いている、謎のモジャモジャに釘付けになっていた。
「うぬのもじゃ……美しさに欠ける」
 黒猫忍者は震えていた。
 あのようなモノの存在を許すわけにはいかないと、野生の勘で感じ取っていた。
「モジャ 死ぬべし!!!」
 古事記にもそう書かれている!
「イヤアアアアモジャ絶対コロスパンチーーーー!!」
 リボルバーガンガンガン!
「セイヤアアアモジャ絶対コロスキーーーーーック!」
 ツヴァイハンダーFEぶんぶんぶん!
 しかし当たらない!

 ……カサカサカサカサ……
 ……コソコソコソコソ……

「そうか、宝はここに!」
 そこに踏み込んだ戦う考古学者佳槻が声を上げる。
 恐らく、目の前に立つこの男がラスボスなのだろう。
 一見すると人間のようだが、モンスターの中には擬態能力を持つものもいるはずだ。
 ならば、ここに間違いない。
「だってお宝には守ってるモンスターとか罠とかが付き物ですから!」
 しかしアーク・サギーヤは不敵に笑った。
「くく……もはや遅い。私を倒してもこの混乱は続く」
 なお負け惜しみではない。
 事実だ。
 だって本当のラスボスは、そこで転がってるモジャモジャのアレですもの。
 だが、そんな事とは思いもよらない勇者達は、アーク・サギーヤを取り囲んだ――モジャに弄ばれている黒猫忍者を除いて。

「さあ、これがラストバトルよ!」
「もう魔力を惜しんでいる場合ではありませんね!」
 さいきょー勇者チルルと魔導勇者りょうすけが前に出る。
「これが僕の最強呪文です! くらえ、カドキルト!」
 カドキルト、それはくず鉄になる確率が2倍になるという、それはそれは怖ろしい呪文だ!
 しかし、ここでは効果がなかった!
「ならば、これです! この呪文でお前の胸はぺったんこになる! くらえ、ペチャ!」
 しかしアーク・サギーヤは男だ!
「大丈夫、あたいに任せて! いくわよ、あたいのさいきょー必殺技、ぱーとつう!」
 チルルの大剣が打ち下ろされる!
 しかし大振りな一撃は虚しく空を切った!
「もう、悪い子にはおしおきだよ……メッ♪」
 デコトラの荷台から飛び立ったスーパーアイドル救世主ミナトンが、歌いながら冷たい風を纏ったキスを投げる。
 そこに走り込んだジェニーちゃんが折れた釘バットをぶん回した。
 愛故にノーガード、そして愛故に単騎突入、返り討ち上等むしろ本望!
 それもまた殺し合い、いや殺死愛だよラブアンドピース!
 だが折れた釘バットではリーチが足りなかった!
 ぺしっ!
 ジェニーちゃんの手の甲に、二本の木杭を十字に組んだ素朴な木杖が打ち付けられる。
「愚かな木偶よ、貴様がこの我に触れるなど百億年早いわ!」
 デスヨネー。

「さあ、誰かこの我を楽しませてくれる者はおらぬのか!」
「なら、あたしと遊んでくれる?」
 黒猫忍者から分離した緋打石が、ぬいぐるみを抱えてアーク・サギーヤの前に立つ。
 その姿は一見すると何ら驚異にはならないように見える。
 しかし。

 ぬいぐるみにしこんだわいやーがわるいやつをずたずたにきりさいちゃうよ!
 きをつけてね!
 もうおそいけど!

 まあ実際はズタズタどころか殆どダメージが入らない。
 しかし、ほんの一瞬でもアーク・サギーヤの動きを止めることは出来た。
「これでトドメです、大人しく倒れてください……そして武器を置いていってください……乱れ雪月花!」
 武器商人雫が蒼く冷たい月の如くに輝く大剣を一振り、粉雪が舞う中に花びらが舞う。
 がくり、アーク・サギーヤは膝をついた。
 そこに――ぷすり。
「わぁ〜い、やったやったぁ〜!」
 背後から戦闘用えんぴつを突っ込んで(何処にとは言わない、言わない)、孤高の一匹狼ひりょが脱兎の如く逃げて行く。
 これは痛い……主に精神的に。
「くくく……見事だ……」
 声を震わせ、アーク・サギーヤは最期の言葉を喉から絞り出す。
「だが、言っただろう……もう遅いと。お前たちの負けだ!」
 この混乱は終わらない。
 そりゃそうだよね、本物の黒幕は別にいるんだから。
 言行不一致?
 ネジが飛んでるからしかたない。


●真の黒幕

 その時、不気味な地鳴りが足下から響いてきた。
 ズシン……ズシン……
 揺れ動く大地、空気を震わせる重低音。

「何かが近付いて来るネ!」
 勇太が音のする方へ目を凝らす。
 やがてもうもうと舞い上がる土埃の向こうから、それは現れた。
「すごぉい、ちょーきょだいロボだ!」
 ひりょが嬉しそうな声を上げる。
 だが、それは彼等の味方ではなかった。
 誰の味方でもなかった。

「俺様は超巨大破壊神ロボ、ラファル! この世の全てを破壊するために目覚めた地獄の使者!」
 本当はそんなに大きくない、と言うかほぼ元の人間サイズだ。
 しかしネジがぶっ飛んだ影響と思い込み、演出その他の関係で、今のラファルは本人が言う通りの超巨大ロボに見えているのだった。
 ラファルは全身の砲門から破壊の嵐をまき散らして進軍を始める。
 それはさながら超巨大台風が竜巻と稲妻を引き連れてやって来たような、すさまじい破壊力だった。

 こんなものに勝てるわけがない――普通ならそう思い、抵抗もせずにただ死を待つのみだろう。
 だが、ネジがぶっ飛んでいても彼等は撃退士。
「なるほど、あれが真のラスボス……」
 戦う考古学者佳槻が手にした鞭(と思い込んでいるただのロープ)を握り締める。
 こんな鞭ひとつでどうにか出来るとは思えないが、無抵抗のままにやられる趣味はなかった。
 例え周りを囲む者達が全て、お宝を狙う悪の一味であろうとも、ここは共闘するしかない。
「見付かったお宝は平等に山分けということで、どうですか!」
 なんて言っている間に、ラファルはもう目の前だ!

 スーパーアイドル救世主ミナトンを荷台に載せたデコトラが、ラファルに向けて果敢に突っ込んで行く。
「轢きますよ、巨大ロボだろうと轢きますよ、だってそれが京都!」
 わけわかんないけど、なんかカッコイイぞ!
 その荷台で、ミナトンは皆の勇気を奮い立たせる歌を高らかに歌い上げる。
「この歌をみんなの力に……!」
 爆音で奏でるケルト音楽と、ミナトンの歌声。
 それはラファルを取り巻く弾幕の嵐に吹き消され、誰の耳にも届かない。
 だが、心には響いていた。
 その調べに乗せて、スポ根ダンスペアが軽やかにステップを踏む。
 リフトでミサイルを蹴り上げ、微動だにしないホールドでビームを避け、じわりじわりと近付いて。
 しかし、ラファルはその全てを呑み込み、どんどん巨大化する!

 \ラブアンドピース!/
 闇雲に突っ込んで行くジェニーちゃん。
「……こわいよぉ……」
 そう言いながらも、ヴァンパイアプリンセスリリーは漆黒の巨槍をぶん回す。
 時にサソリの劫火を、時に凍てつく氷を撒き散らしながら、くるくる、くるくる。

 だが全ての抵抗は、ラファルを更に強大化させるだけだった。
 範囲攻撃で周辺を薙ぎ払いつつ巻き込む様に周囲の全てを回収し、さらにパウワーアップ。
 もう誰にも止められない。
 ラファル自身にさえ。
「誰か、この俺を倒せる奴はいねえのか……」
 誰もいない。
 もはや地上にはラファルひとり。

「寂しい、もんだな」
 ぽつりと呟くと、ラファルは体内に仕込まれた自爆スイッチを押した。



 ★★★★★★★ 終章 エピローグ


 戦いは終わった。
 吹っ飛んだネジも元に戻った。

 後に残ったのは、見事にズタボロになった撃退士達と、思い出すのも恥ずかしい数々の記憶。
 まあ、中には綺麗さっぱり忘れた者もいるようだけれど。

「お、俺は……何を……」
 これ以上ないほどに顔を赤く染め、和紗はがっくりと膝から崩れ落ちる。
 夢だ、夢だと言ってくれ。
 いや、夢だとしても恥ずかしすぎる。
 しかし一方のジェンティアンは、全く何もこれっぽっちも覚えていない様子だった。
 が、話をする時に口元へ持って行く手の仕草。
 おまけに小指がぴょこんと立っている。
「え、なにこれ? なんで僕、こんな癖ついたのかな?」
 おまけに背筋が妙に冷たいんですけど。
 視線の先を辿ると、案の定。
 和紗の氷よりも冷たい視線と目が合った。
 その目は語る。
『つまり全てお前の所為だな?』(
 と。

「原因はアレだったのか……」
 アレですよね、あの巨大ロボット。
 佳槻は勝手にそう納得し、決着を付けた。
 それ以外の何かだったかもしれないが、今となっては確かめようがないし。
「そんなことより、この汚れちゃんと落ちますかね……」
 早く家に帰って、洗濯液に浸けておかないと。

「ああああ、私は一体何を……っ」
 雅春は頭を抱えた。
 何をしていたか、それははっきり覚えている。
 出来れば忘れたかったが、こんな時に限って記憶力が仕事をしてくれた。
 今後暫くはフラッシュバックに悩まされ、その旅に頭を抱える羽目になるだろう。

「きゃはァ、面白い経験したわねェ♪」
 思い切り幼児退行していた黒百合も、しっかり全てを覚えていた。

 しかし、その傍らで雫は首を傾げている。
 雫のヒヒイロカネには、手に入れた覚えのない武具がぎっしり詰まっていた。
 一体何があったのだろう。
「欲しかった魔具が……」
 これ、このままパクったらダメ……ですよね、はい。
「いえ、ネコババは止めて学園に届け出ますか」
 落とし物として届け出ればいいだろうか。

「あれ、僕は……何してたんだっけ?」
 横倒しになったデコトラの荷台で目を覚ました湊は、自分の置かれた状況に首を傾げる。
 あちこち怪我してるし、喉は二時間くらい歌いっぱなしだった時のような違和感があった。
 確か屋上でこっそり練習しようとしていたところまでは覚えているのだけれど。
 なお、ネジが戻った湊は元通り、音程が迷子になってしまったようだ。
 ネジとは何だったのか。

「うわああぁぁぁ……っ!」
 ザジテンは思わず両手で顔を覆った。
(「門木先生をパパとか、僕は一体……っ!」)
 呼ばれた本人は覚えているだろうか。
 ああ、あの顔はしっかり覚えてるね……。
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
 米つきバッタのように頭を下げるザジテンに、門木は苦笑い。
「なかなか貴重な経験だったな」
 べつに怒ってはいないし、気を悪くしてもいない。
 さすがにリアルでパパと呼ばれるのは遠慮したいが、パパ的な立ち位置なら構わない。
 まあ、出来れば兄貴分がいいなー、とは思うけれど。

「ああ? なんかすかっとした夢だったな」
 元の身体に戻ったラファルは、大きく伸びをして辺りを見回す。
「おーおー、元気だねぇ」
 視線の先では藤忠と勇太が追いかけっこを演じていた。
「待て、カメラは全て没収だ!」
「ノーサンキュー、遠慮するネ。ほら綺麗に撮れてるヨ!」
 大きく引き延ばした写真をヒラヒラと振りながら、勇太は逃げる。
 全身全霊でシャッターチャンスを狙い、命がけでモノにしたネタだ、そう簡単に渡してなるものか。
 それに今更カメラを没収しても手遅れだ。
 勇太が撮りまくった藤姫の写真は既にプリントアウトされ、更にはクラウドのストレージに保管済み。
「誰でも自由にアクセスOKヨ!」
 SNSにアップしなかったのが武士の情けと思って貰おう。
 もっとも、藤姫の態度によってはネット配信も辞さない構えだけどネ!
「くっ、遅かったか……っ!」
 まずは着替えと、そこに時間をかけたのが敗因だった。
 先にカメラを奪っておくべきだったのだ。
 しかし、あの格好のままでいれば、更なるシャッターチャンスが増えてしまう。
 つまりはどっちに転んでもアウトか、八方塞がりか。
「よくやった勇太」
 ミハイルがその偉業を褒め称える。
「さっそく上映会しようぜ!」
「なっ、そんなもの阻止だ阻止! 絶対にさせてたまるか……!」
 そんなこと言われても、動画も撮ってあるし。
 パパラッチと化したダリアが撮った分もあるし。
「諦めようよ藤姫ちゃん♪」
 ぽん、あけびがその肩を叩く。
「みんなの楽しみを奪うのは、良くないことだと思うなー」
「そうですよ!!! 藤姫さんはみんなのアイドルなんですから!!!」
 ダリアが猛スピードで首を縦に振る。
「私達にはアイドルを鑑賞する権利と義務があるのです!!!」
 藤忠はそれに対抗して同じくらいのスピードで横に振ってみたが、ただ目が回っただけだった。
「無駄な抵抗は無駄ですよ」
 何やらびっしりと書き込んだノートを見せながら、仙也が言った。
「藤姫が女装に目覚めた瞬間も、門木先生が下着を振り回している一部始終も、この通り記録してあるんですから」
 もちろん写真付きで。
「気が付きませんでしたか、俺もカメラ持ち込んでたんですが」
 退路は断たれた。
 ついでに門木まで弱味を握られてしまった気がするけれど――

 全てはネジが飛んだせい。
 みんなで飛ばせば怖くない。

 そして始まる上映会。
 あ、良く撮れた写真は引き伸ばして額に入れて、部室に飾っておこうね。
 誰のって……それは勿論、ねえ?


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:14人

伝説の撃退士・
雪室 チルル(ja0220)

大学部1年4組 女 ルインズブレイド
赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
紫水晶に魅入り魅入られし・
鷺谷 明(ja0776)

大学部5年116組 男 鬼道忍軍
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
前を向いて、未来へ・
Rehni Nam(ja5283)

卒業 女 アストラルヴァンガード
二月といえば海・
カーディス=キャットフィールド(ja7927)

卒業 男 鬼道忍軍
セーレの王子様・
森田良助(ja9460)

大学部4年2組 男 インフィルトレイター
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
陰のレイゾンデイト・
天宮 佳槻(jb1989)

大学部1年1組 男 陰陽師
来し方抱き、行く末見つめ・
黄昏ひりょ(jb3452)

卒業 男 陰陽師
ペンギン帽子の・
ラファル A ユーティライネン(jb4620)

卒業 女 鬼道忍軍
新たなる風、巻き起こす翼・
緋打石(jb5225)

卒業 女 鬼道忍軍
久遠ヶ原から愛をこめて・
シエル・ウェスト(jb6351)

卒業 女 ナイトウォーカー
光至ル瑞獣・
和紗・S・ルフトハイト(jb6970)

大学部3年4組 女 インフィルトレイター
ついに本気出した・
砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)

卒業 男 アストラルヴァンガード
BBA恐怖症・
長田・E・勇太(jb9116)

大学部2年247組 男 阿修羅
蒼色の情熱・
大空 湊(jc0170)

大学部2年5組 男 アカシックレコーダー:タイプA
海に惹かれて人界へ・
ザジテン・カロナール(jc0759)

高等部1年1組 男 バハムートテイマー
童の一種・
逢見仙也(jc1616)

卒業 男 ディバインナイト
勇者(RPG的な)・
ダリア・ヴァルバート(jc1811)

大学部2年249組 女 アストラルヴァンガード
明ける陽の花・
不知火あけび(jc1857)

大学部1年1組 女 鬼道忍軍
愛しのジェニー・
小宮 雅春(jc2177)

卒業 男 アーティスト
藤ノ朧は桃ノ月と明を誓ふ・
不知火藤忠(jc2194)

大学部3年3組 男 陰陽師