学園の食堂。
その一角にハーレムが出来上がっていた(いいえ
「…章兄同様お誕生日お祝いしそこねてしまったのです…リュールさんごめんなさい」
テーブルの端で、シグリッド=リンドベリ(
jb5318)がぺしょんとなっている。
だが彼の場合はそれを気にかけていたというだけでも、充分に出来た子だと言えるだろう。
しかし。
「先生、リュールさんの誕生日を忘れていたって、本当ですか?」
そう尋ねた礼野 智美(
ja3600)の声に非難の色はなかったが、出来てない息子は思わず首を竦めて頷いた。
「私も正直、開いた口が塞がりませんでした」
カノン(
jb2648)にまで言われて、ますます小さく縮こまる。
だが落としてから持ち上げる、それが賢い女性の上手な男性操縦法だ。
「でも母の日のことで頭がいっぱいだったというなら、仕方なしとしましょう」
ほら復活した。
「それで、いつだったんです?」
智美は誕生日の日付と、何を贈ったのかを尋ねた。
「俺の父の誕生日が父の日と近いんで、毎年どの日に何を送るのか、姉妹弟と話し合ってるもんで…わかりました、何か被らないものを考えてみます」
なるほど、そうして予めセットで考えておくのも良いか。
うん、来年からはそうしよう。
「それで、プレゼントはサプライズで行うのですよね」
念のためにユウ(
jb5639)が尋ねる。
風雲荘のリビングを避けてここに集まったのは、そういう事だと解釈して良いのだろうけれど。
「そうですね、一応は」
答えたカノンは、ちらりと門木を見た。
「え、なに?」
「そうは言っても、筒抜けになりそうな気がしますので」
この人に隠し事が出来るとは思えない。
まして相手はあのオカンだ、見抜かれずに済む筈がないと確信をもって断言出来る。
「きっとだだ漏れなのですね…」
「それは間違いないと思います」
「あたしも無理だと思うな」
シグリッドやユウ、鏑木愛梨沙(
jb3903)にまで言われてしまった。
ひどいなみんな!
本人もそう思ってるけど!
「でも、私も隠し事は苦手ですし」
頃合いを見てカノンがフォローに回る。
ここでもやはり、落として上げる手法は有効だった。
「気付かれても、それはそれで囮になると言うか」
リュールの注意が自分達に向けば、他の皆が何をしていても気付かないかもしれない。
まさか他にも準備を進めている者がいるとは思わないだろうし。
そうれはそうと、リュールは母の日の事を知っているのだろうか。
「去年はスルーしても何も言われなかったな」
「それは多分、事情を考慮しての事ではないでしょうか」
サトルの事とか、色々。
誕生日スルーは根に持っていた様だが、母の日を特に気にしているとは考えにくいし。
テレビの情報番組あたりで見て、理解はしているだろうけれど。
それで、具体的には何をしようか。
「リュールさんが嬉しいと思うサプライズプレゼントですか…」
ユウの瞳がキラリと輝いた。
「ここはダルドフさんのリュールさんへの愛…(ごほん)感謝の言葉以外あり得ませんね」
なお実態はいつもの「ラブラブ大作戦」である。
大丈夫、これまでに手応えは掴んでいる。
後は地道に積み重ねていけば、いつか花咲く時が来る、はず。
「それでは準備のために出かけて来ますね。前の日までには戻って、パーティの準備を手伝いますから」
そしてあっという間に飛び出して行く猪突猛進暴走娘。
「お袋の事になるとキャラ変わるよな、あいつ」
それだけ慕われている証拠かと、門木は後ろ姿を見送りながら可笑しそうに呟く。
母親らしい事など何一つしていない気がするのだが――そこに居てくれるだけで良いというのは、あるだろうか。
「俺はちょっとホームセンターに用があるから」
続いて席を立った智美の元々の目的は、風雲菜園での農作業の継続にある。
だが、それと同時にちょっと実験してみたい事があった。
「去年の合宿の時、風雲荘にはクーラーがないって聞いたんだよな」
緑のカーテンを作った場合の効果がどれくらい見込めるのか、それを調べたい。
その為に夏の間だけ西向きの部屋を借りられないかとアパートに立ち寄った時、母の日の話を耳にしたのだった。
「西側は階段スペースになってるのか」
窓はないから西日の心配はないだろうか。
それなら南の窓にカーテンを作って、隣の部屋とどれだけ差が出るか調べてみよう。
「今回で気温下がる効果あったら、来年以降菜園ついでにやっても良いし」
智美はホームセンターでゴーヤの苗とプランターなど必要なものを買い込んで、作業をしながら当日を待つことにした。
「ママには、もう、贈りましたので、今回は、お友達として、楽しみましょう」
アルティミシア(
jc1611)は、リュールとはほぼ初対面だ。
でも、そんな事は気にしない。
誰でも最初は知らない人、一度でも会えば友達だ。
「ボクは、キャンディーを、買いに行くの、です」
目当ての店はもう決まっている。
「誰か、一緒でも、いい、ですが」
そう言えばシグリッドとは、この前の海賊ごっこで一緒に料理を作った仲だ。
「あ、僕は…」
ちらり、シグリッドは門木を見る。
そうですよね、フリーな筈ないですよね。
気付かれていませんようにと祈りつつ視線を外す――が。
「皆で一緒に行けば良いじゃないか、なあ?」
がしっ。
門木の手がその肩を捕まえる。
「俺な、もう遠慮するのやめたんだ」
にっと笑って、もう片方の手でカノンを引き寄せた。
「言っただろ、順番なんか付けられないって」
恋人も友達も、弟分や妹分も皆大事、だから遠慮なく両手に花だ。
自分が間に入れば問題ない、という事にしておく。
「カノンも構わないよな?」
「ええ、せっかくですし皆で選んだ方が…共同出資なら良い物も買えますしね」
二人になりたい時は、また別に機会を作るから大丈夫。
変に遠慮されると自分も遠慮しなければいけない様な気になるし。
というわけで、愛梨沙も巻き込み五人で商店街へ。
「母の日、かぁ。今では相手が居なかったけど…そうか、リュール母様にしてあげれば良いんだよね」
赤やピンクに彩られたディスプレイが目を引く通りをぶらぶら歩く。
「でもプレゼントは何が良いのかな」
「章兄はもう決めたのです?」
シグリッドに問われて即座に首を振った門木は、助けを求める様にカノンを見る。
だが、そうそういつも助けて貰えるとは限らないのだ。
「私も甘いものくらいしか浮かびませんでした…」
これでは全然足しになっていない。
もしかして、思考回路が似てきたのだろうか。
それに母親の誕生日を忘れるあたり、門木にも自分のドジがうつりつつある気がしてならないのだが。
(…いえ、もともと抜けているところは抜けている人でしたね)
つまり似たもの同士という事か。
「女性へのプレゼントって何がよろこばれるんでしょう…」
勿論ケーキは用意するつもりだが、食べ物の様に残らないものだけというのはなんだか寂しいと、シグリッドは雑貨屋に入ってみた。
「これから夏に向けて髪を纏めるアイテムはどうでしょう」
シュシュにバレッタ、ヘアクリップ、ターバン等々。
悩みに悩んで手に取ったのは、ブルーのカーネーションが付いた上品なフラワーバレッタ。
「気に入ってもらえるか解りませんが、リュールさんの金の髪にきっと似合うのです」
「では、こちらはそれに合う様な物を何か探してみましょう」
あまり大したものではなくするなら、やはり小物類だろうか。
ふらりと入った洋品店で、カノンは一枚のスカーフを広げて見せた。
「これなどはどうでしょう」
薄手で透け感のある白地に大柄な青いカーネーションの透かし模様が入っている。
「良いな、お袋が好きそうだ」
青い花はムーンダストという品種らしい。
花言葉は「永遠の幸福」、少々お高いが最近では母の日に贈る人も多いとか。
愛梨沙と三人で資金を出し合って、これでプレゼントは決まりだ。
後は花屋に寄って――
ちまちま。
ちまちまちまちま。
アルティミシアは、やけに歩幅の小さいちまちました歩き方で花屋を目指す。
それは癖の様なもので、意識しないと自然とそうした歩き方になるらしい。
ちまちま…ぴたり。
「この、花」
目当ての店先で立ち止まる。
「ボクの、故郷で、仲が良い、友達に贈る花、です」
こんなところに売っているとは思わなかった。
「ボクは、これに決めたの、です」
花束にお気に入りのキャンディの袋を結び付けて、プレゼントの出来上がり。
「本物は少し紫っぽいのですね…」
ムーンダストを見付けたシグリッドは、定番の赤やピンクに青を入れた花束を作って貰う。
これは残る四人の共同出資だ。
準備を整え、いよいよ当日。
庭園の作物の経過を見に来たという名目で風雲荘を訪れたユウは、リュールやサトルにさりげなく希望を聞いて、料理の準備に取りかかった。
が、何が始まるのかは恐らくもうバレているのだろう。
「一応、誤魔化してはおきましたが…」
あれはわかってる顔だと、カノンが首を振る。
「でもサプライズに関しては、気付かれていないと思います」
そういう事にしておいて、準備を進めよう。
「これはなかなか豪勢な食事だな」
リビングに呼ばれたリュールは、まんざらでもない様子でテーブルの上を眺め渡す。
「なるほど、母の日の祝いか」
やっぱりバレてました。
「しかし私とナーシュ、カノン、ユウ…この四人で食べるには少し多すぎるのではないか?」
そう言った瞬間、カーテンの後ろに隠れていた智美とシグリッド、愛梨沙、そしてアルティミシアが姿を現した。
「「お母さん、ありがとう!」」
その声と共に、一斉に差し出されるプレゼント。
「俺も先日はお世話になったし。食べ物なら被っても気にならないかな」
智美は自分でも出来そうなものを家で作って来た。
「春人参と空豆のマフィン、育てる物関連で南瓜のプリンとスイートポテト、それからこっちは薔薇のジャムだ」
それに妹お手製のブルーベリージャムと林檎ジャムもある。
スイーツは箱に、ジャムは袋に入れて、リボンをかけて、はいどうぞ。
「ふふ、この前、食べて美味しくて、幸せ気分に、なりましたので、幸せのお裾分け、です」
アルティミシアは何故か全身から美味しそうな甘い香りを漂わせていた。
どの様な感情であれ、気持ちが昂るとそうなってしまう体質であるらしい。
「リュールさん、いつもありがとうございます」
シグリッドは手作りのいちごシフォンケーキに、バレッタを添えて。
「お口に合うかわかりませんが…いちごはお好きですか」
チョイスの理由は「いちごって女性が好きそう」という勝手なイメージによるものだが、いちごシフォンは甘酸っぱく、添えてある生クリームは甘さ控えめだから、どうだろう。
「私は確かに甘い物が好きだが、何でもやたらと甘ければ良いというものではないぞ」
つまり、美味しい。
「よかったのです…あ、カーネーションは僕と章兄、カノンさんと鏑木さんで選んだのですよ」
「それと、これはあたし達三人から」
愛梨沙がスカーフの包みを手渡す。
「選んだのはカノンだけどな、センス良いだろ」
そう自慢げに胸を張ってる門木はとりあえず爆発しときなさい。
しかしサプライズはこれだけではないのだ。
更にもう一人、隠れていたサトルが姿を現して、ピンクのカーネーションと刺繍の入ったハンカチを手渡す。
自分に全く懐いていないと思っていた子供にそんな事をされたら、誰でも涙腺の決壊は免れまい。
「皆、ありがとう」
言葉に詰まったリュールは、一人一人の頭を撫でて、ハグして回る。
「私も随分と子沢山になったものだな」
殆ど女の子ばかりだが、実はずっと女の子が欲しかったリュールにとっては念願が叶ったという所だろうか。
落ち着いたところでユウが声をかけた。
「では、そろそろ食事にしましょうか。私からのプレゼントは、この料理です」
と、そういう事にしておこう――今の所は。
「こんな服を、私服として、送ってくるママを、どう、思いますか?」
食事をしながら、アルティミシアは簡単なスケッチをリュールに見せた。
「何だこれは、ただの紐にしか見えんが」
「服なの、です」
はれんちだと、思いませんか。
「ママは大好きだし、尊敬しているの、です」
でも、ママはエッチなのです。
教科書と言ってエッチな本を送って来るのです。
水着の方が布面積が多い服を送って来るのです。
どうにかしてほしいのです。
わりと切実に。
「会えない寂しさや不安を、それで紛らせているのかもしれんな」
リュールがくすりと笑う。
「これだけインパクトが大きければ、娘に忘れられる心配もなかろう」
「そんな事、しなくても、忘れる筈ない、のに」
でも少しは我慢してあげようかな、という気になれた、気がする。
「普通の友達が、出来て、ボクは、幸せです」
「えっと、そう言えばリュール母様にはまだ教えてなかったの」
リュールの隣に座った愛梨沙が小声で囁く。
「私ね、天界での記憶は殆ど覚えてないんだけど、自分の名前だけは何故か覚えてたの。兄様以外には教えていないんだけど母様になら…」
フルネームだとひょっとしたら家名から素性がわかってしまうかもしれない。
それが怖くて今まで言えなかったけれど。
「アルテライア…アルテライア・エルレイス。愛称はアルトって言うの。ねぇ、母様…何か、知ってる?」
少し怯える様に、そして恥ずかしそうに、愛梨沙は尋ねる。
しかしエルレイスは家名だと聞かされ、リュールは首を振った。
「私の住んでいた地域には、家名というものが存在しない」
心当たりもなかった。
「すまんな」
「ううん、いいの」
ほっとした様な、残念だった、様な。
その向かいで、ユウは二人を見つめていた。
会話はよく聞こえないが、リュールを屈託なく「母様」と呼べる愛梨沙が少し羨ましい気がする。
だが、自分などがリュールを母と慕うのは不遜であり恐れ多い事――と、本人は思い、隠していた。
隠しているつもり、だったが、多分きっと丸わかりだろう。
と、急に部屋の明かりが落ちて、奥の壁にかかったカーテンが開き始める。
ユウが門木を脅して、いや、頼んで作って貰った装置が作動したのだ。
カーテンの後ろから現れたのは巨大なスクリーン。
そこに映し出されたのはサプライズ第三弾、ユウからの渾身のプレゼントだ。
『あー、おほん。何か感謝の言葉を述べよと、そう言われたのだがのぅ』
ダルドフの顔がスクリーンいっぱいに広がる。
撮影者は勿論ユウだが、カメラが近い、近すぎる。
『その、某には気の利いた事は言えぬでな…代わりに一曲、歌わせて貰おうと思う』
こほん。
そして始まるド演歌リサイタル。
ああ、今までわりと良い話っぽい流れだったのに。
でもリュールには意外に受けているし、これはこれで良いんじゃないか、な。