「既に住民が集まってしまっているようだね」
狩野 峰雪(
ja0345)がステージの袖から会場を覗き見る。
「元々の依頼は、この人達の説得ですからね」
その後ろからそっと顔を出した不知火あけび(
jc1857)が頷いた。
「でも、それじゃ根本的な解決にはならないんですよね」
今、彼等は一様に不安そうな表情を浮かべている。
もし説得が成功したとしても、その顔が明るく輝く事はないだろう。
「どうすればみんな幸せになるんだろうね?」
その様子を見て、雪室 チルル(
ja0220)は「うーん」と腕を組む。
いつもの様に「突っ込んでって、どーん!」で済めば簡単なのだけれど。
「概要をお聞きした限り」
そう前置きして五十鈴 響(
ja6602)が言った。
「よその土地に移住したり、このまま不便な暮らしを続けるよりは、ゲートを破壊してより安全になった町に住んでいただくのがよいと思います」
安全になれば移住した人々も戻って来られるだろうし。
「そうだよね、理不尽には抗ってやろうよ」
木嶋 藍(
jb8679)が、にっこりと笑った。
「誰だって、どんな人にだって自由に生きる資格があるんだから」
その為に今、出来る事。
「まずは説得材料を集めないと!」
「そうだね」
拳を握ったあけびに藍が頷く。
「突然来た私達に何を言われても、やっぱりあんまり説得力がないよね。私だったら何も知らないくせに、って思っちゃうだろうし」
必要なのはゲートの情報と、敵の数や種類、それから――
「ここの皆が本当に望んでる事は何か、どうすればあたい達の言うことを聞いてくれるのか、それを調べるのも大事ね!」
チルルが指を折りながら言った。
「その為にも、まずは役所の人や住民達に私達の方針を納得して貰う必要があるね」
峰雪が会場の様子を見る。
いくらリタイア組が多いとは言え、皆それぞれに予定や都合があったことだろう。
その中でわざわざ集まってくれた人達を手ぶらで帰すとなれば、それ相応の納得のいく理由が必要だ。
「住人にも役所にも郷土愛はあるはずだ」
ミハイル・エッカート(
jb0544)は役所の係員に言った。
「俺達はどちらにとってもベストな方法を探るために来た。まずは調査をさせて欲しい。そして再度、説明会を設けたい」
「しかし、そうは言ってもねえ」
係員は渋い顔で見返す。
「ゲートを潰すのが一番良い事くらい、私らだってわかってますよ」
だがその選択は現実的とは言い難い。
「住民の命を預かる者として、万が一にも被害を出す訳にはいかないんです」
「だからこそ、調査が必要だと言ってるんだ」
ミハイルは食い下がった。
「俺達の手に負えないものなら、当初の予定通りに住民の説得にかかる」
だが、被害を出さずに潰せる規模ならば。
「ゲートを破壊し、住民の皆さんには一時退避という形でお話したいのです。依頼の内容をその方向へ変更していただけないでしょうか」
響が言葉を継ぐ。
「不便で危険と隣り合わせでも、ここに居たい気持ちはわかります。ここで失われた大切なものもあるでしょう。でも、だからこそ…」
出来ることなら最善を尽くしたい。
もしこのまま退去を勧めるにしても、今の自分達には明確な説得材料もないのだ。
裏付けのない言葉にどれほどの説得力があるというのだろう。
「今まで一度も調査した事がないなら、良い機会だと思うんです」
藍が言った。
「危険なゲート周辺の情報を収集するのは私達撃退士にしか出来ないだろうし、折角来たのだから、情報を集めてからでも判断は遅くないのかなと」
なかなか始まらない説明会に、会場に集まった住民達はざわつき始めていた。
その彼等に向けて、藍は言う。
「だから時間が欲しいんです。皆さんの望みを少しでも叶えたいから」
ざわめきが、ぴたりと止んだ。
「あたい達は今日、皆の立ち退きを説得する為に呼ばれたの」
チルルが続ける。
「でも、それよりもっと良い方法があるかもしれないわ」
だから今日は、皆の話を聞かせて欲しい。
この町の好きな所や、離れてしまった人達の事。
どんな条件なら避難に応じて貰えるのか、心から望む事は何なのか…等々。
「それなら、今日ここに集まって貰った事も無駄にはならないわよね!」
「そういう事で良いかな」
峰雪が柔和な笑みを浮かべたまま、係員に言った。
「そちらにも時間やら都合やらもあるだろう、延長してもらう期間はなるべく希望に添えるようにしたいと思うんだけどね」
「わかりました」
ここまで待ったのだから、あと一週間くらいなら待ってもいい。
それが役所側の答えだった。
「でもねえ、こんな老い先短いバアさん達の為に、若い子に苦労をかけるのもねえ」
住民達の輪の中に飛び込んだチルルに、上品そうな老婦人が言った。
「よそに移り住んだって、どうせすぐコロッと逝っちまうんだぜ? だったら移るだけ無駄ってもんだろうがよ」
今度は下手な若者よりも元気そうな爺さんが笑う。
しかしチルルはメゲなかった。
「大丈夫、あたいってばさいきょーなんだから!」
今までに倒した天魔は数知れず、絶体絶命のピンチも大逆転のチャンスに変えて、どれだけの人々を救ってきた事かと武勇伝を披露する。
「だから、あたい達の事は心配しなくていいわ! でも、あたいがさいきょーになれたのは、あたいだけの力じゃない」
仲間と、そしてどんな厳しい戦いに巻き込まれても負けずに頑張る人達がいたから。
その人達が、自分を強くしてくれた。
「あたい達は戦える、でも町の事はよくわからない」
わからないから一緒に考えたい。皆が大好きなこの町を元に戻す為には、どうしたら良いのかを。
「この町も、町の皆も、あたい達に助けさせて欲しいの!」
その熱意に、多くの住民達が心を動かされた。
後は計画の実行が可能であるという裏付けがあれば――
「それにしても、ゲートを作ったあと、あまりディアボロの襲撃がないというのも変な話だね」
後日、周辺の調査に向かった峰雪は町の様子を観察しながら考えを巡らせる。
ゲートの維持にはエネルギーが必要だ。
効率が悪いという理由だけで襲撃しない、などということはあるのだろうか。
「これまでのディアボロによる被害について調べてみようか」
その結果、ゲートの発生初期には様々な場所で大規模な襲撃があった事が判明した。
だが最近は殆ど被害の記録がない。
「悪魔の世界でも費用対効果の計算は重要なのかな」
めぼしい獲物を狩り尽くした土地では、多くの収穫は望めない。
儲けが多いとわかっている所しか狙わない、という事か。
それを裏付けるように、人口の多い町ほど襲撃の規模は大きく、回数も多くなっていた。
反対に、襲撃や避難によって人口が減った町は殆ど狙われていない。
「だとすると…」
もしかしたら、悪魔は避難先の人口が増えるのを待っているのではないだろうか。
今のところディアボロの目撃情報はないが、人間に見つからないように、こっそり調べているのだとしたら。
「あとで一気に襲おうとしているのかもしれないね」
気の長い悪魔なら、年単位で活動を休止する事もあるだろう。
やはりゲートが残っている限り、どこにいても安全とは言い難い。
「多少無理をしてでも潰しておく必要がありそうだね」
「町の皆さんに訊いてみましたが、やはり最近はディアボロの姿を見かけないようですね」
聞き取り調査から戻った響もそう報告した。
結界のすぐ外だからといって、体への影響なども特にないようだ。
日常生活に不便は感じるが、それも近所の住民同士で助け合えばそれほど苦にはならないと、皆が口を揃えて言っていた。
寧ろ人は多くても互いの関係が希薄な都会よりもずっと暮らしやすい、とも。
既に移住を終えた住民との交流は電話やメール、たまに役場に用事がある時などについでに会う程度で間に合っているらしい。
「だから余計に、ここを動きたくないという気持ちが強くなっているのではないでしょうか」
今が安全だからといって、この先もずっとそうだという保証はないのに。
「ゲートの直径は3mってところかな」
藍の歩幅で普通に歩いて四歩分くらい。
その半径の百倍程度が結界の半径になる筈だが、その計算通りの距離の同心円状に廃墟が広がっていた。
襲撃からかなりの時間が経過している為、当時の状況を示すものは見当たらない。
ただ、ここを襲ったのは比較的小型のディアボロだったようだ。
「家が壊された様子は殆どないものね」
町並は綺麗なまま、生き物の姿だけが全くない世界。
いかにも廃墟といった瓦礫がゴロゴロしているような風景よりも、何故か余計に寂しく感じられた。
今、そのゲートの中にはミハイルとあけびが潜入していた。
突入前、ミハイルはその研ぎ澄ました視力で辺りの様子を伺う。
「周囲をウロついている奴はいないな」
安全を確認し、二人は気配を殺して忍び込む。
ゲートの中には重力の方向がおかしくなっていたり、殆ど落とし穴だったり、直下に敵がひしめいていたりと意地悪なものが多いが、このゲートは特に変わった所はなさそうだ。
ざっと見た感じ、敵の気配も感じられない。
「ずいぶん殺風景なんですね…」
初めてのゲート内探索にドキドキしながら、あけびが小声で呟く。
そこは壁で囲まれた十字路の真ん中。
壁の見た目はコンクリート打ちっ放しの様だが、その声が反射せずに吸い込まれた事から、何か柔らかいもので出来ているのだろうと見当を付けた。
試しに触ってみると、やはりブヨブヨと柔らかい。
足下も一歩ごとにじんわりと沈み込む様な柔らかさだった。
「さて、まずはどの道に進むか…」
ミハイルはじっと耳を澄ますが、何も聞こえない。
通路の先に目をこらしてみたが、どの方角を見ても通路の先は闇に沈んでいた。
ナイトビジョンのお陰で視界は確保出来るが、本番では何か光源が必要だろうか。
ただし今は明かりを付ける訳にはいかない。
「敵に見つかってしまいますもんね」
正面に伸びる通路を足音を忍ばせて歩き出したミハイルの、闇の中でも仄かに光を放つ金髪を目印に、あけびが続く。
暫く歩くとT字路に突き当たり、それを左に曲がる。
更に歩いて直角に曲がった通路を左に折れ、次は左手の壁に開けた通路に入った。
「あれ、元の場所に戻っちゃいましたよ?」
東西南北、どの通路を選んでも結果は同じ。
ということは、ここは「田」の字に区切られた真四角の空間らしい。
だが部屋などはなく、あるのはただ通路だけ。
「どこかにコアがある筈なんだがな」
「うーん、田の字って四角が四つありますよね?」
あけびが手近な壁に指で図を書く。
「それが四つの小部屋になってるんじゃないですか?」
「なるほど、だがどの部屋にコアがあるかは…」
「入ってみないとわかりませんね」
生命探知でもあれば見当を付けられたかもしれないが。
「コア周辺はディアボロで固めているはずだからな」
「そうか、敵の密度が濃い所にコアがあるっていう事ですね!」
しかし、ここで無い物ねだりをしていても始まらない。
「きっとどこかに隠し扉がある筈ですよ、私そういうの見つけるの得意なんです!」
お任せ下さい、元は(今でもそうだった気もするけれど)忍ですから!
「もし何もなければ壁を壊すしかないんでしょうけど…」
今はそんな派手な真似は出来ないと、あけびは壁面の感触を探っていく。
と、手のひらに違和感を感じて立ち止まった。
「ここ、だと思うんですけど」
開けてみますか?
「この程度の規模なら私達でも対応出来そうだね」
資料を纏めるあけびの手元を覗き込み、藍が言った。
隠し扉(推定)は全部で四箇所、四つの小部屋にひとつずつ付いていた。
結局開けずに戻って来たが、何が飛び出すかは本番でのお楽しみ。
「初期の情報になるけど、出現する敵はムカデやサソリ、クモなどだそうだよ」
峰雪が言った。
「どれもサイズは人間並だったらしい」
それが集団で押し寄せる様子はあまり想像したくない。
だが、これで攻略の目処は立った。
最初の訪問から一週間後、住民達が再び体育館に集まる。
「それまでに、きっちり資料を作っておくね!」
「では、私は皆さんが見やすいように大きな紙に書き写しておきましょう」
あけびの言葉に響が応える。
「あたいはこのまま家庭訪問を続けるわね!」
元気なチルルは個別に説得を行うつもりが何故かすっかり気に入られ、今やジジババの茶飲み友達となっていたが、それもまた良し。
そして当日。
まずは役所の者達に調査の結果を報告し、今後の計画を示す。
「役所としても町を取り戻すことができた方が良いだろうし、立ち退きよりも一時避難の方が住民を説得しやすいよね」
相変わらず人当たりの良い笑みを浮かべた峰雪が先鋒となった。
「ご老人なんかは特に、立ち退くくらいなら故郷に骨を埋めたいと考える方も多そうだ。ゲートを破壊して町に戻れると聞けば、避難に応じてくれるんじゃないかな」
それに、と続ける。
「ゲート攻略を惜しんで強制退去とかしたら、世間の風評もあまりよろしくなさそうだし、ね」
世間体を気にする者には、金の話よりもコレが効く。
「住民の退去が進めばインフラ保全の費用が浮くはずだ、その金でゲート排除の依頼を出して欲しい」
続けてミハイルが具体的な案を提示した。
「コミュニティの分裂を避けるために移転は集団で行う事…年寄りには知った仲間がいないと慣れない土地は辛いものだからな」
「私達が必ず力を貸します。ゲートを壊した後も危険がないようにフォローしますから…!」
あけびの熱意は、ただ熱いだけではなかった。
「私も自分の故郷が大好きです」
避難する事は町を捨てる事だと思っているかもしれないが、それは違う。
「むしろこの町に戻るために一度離れてほしいんです」
住民達に向き直り、マイクを手に取る。
「ここにいたら戦闘の余波で皆さんを傷つけてしまうかもしれません」
勿論そんな事がないように細心の注意を払うつもりだが。
「守るものがなければ100%の全力でゲートをぶっ壊せる、それだけ早く仕事が終わるってもんだぜ」
ミハイルが脇で親指を立てた。
「だからお願いします。皆さんが平和に暮らすお手伝いをさせて下さい」
「なにも捨てる必要も、諦める必要もない。根を断ちましょう」
マイクが藍の手に渡る。
「敵は見えないものじゃない、必要以上に恐れる必要はないと思う」
最後にミハイルが駄目押しの一言。
「害虫退治にバ○サン炊くときは部屋を出るだろ。それと同じだ」
例えはアレだが、わかりやすい。
会場に「おぉ〜」というどよめきが湧き起こり、かくして――
「あんたがたを信じてみるよ」
熱意に負けた係員が苦笑混じりにそう言った。
依頼はまた改めて出されることになるだろうが、急いだ方が良い。
ゲートの主は侵入者の存在に気付いている筈だから。