「助けを求めてきたのならそれに答えたいと思うのです」
要請を受けて集まった者達のひとり、真里谷 沙羅(
jc1995)はそう考えて依頼を受けた。
「そうですよね、私も手を差し伸べるのが当然だと思います」
華子=マーヴェリック(
jc0898)が頷く。
その相手が誰であろうと、何であろうと、そこに助けを求めている人がいるならば。
「だって、その為の力だと思うんです」
華子の父は天使だが、人間である母を、そして共に暮らす人間を守る為に戦った。
その血と想いは自分の中にも流れている。
だから。
「人も天魔も関係ありません、困った時はお互い様なんです」
しかし相手の名前もわからないのでは、接触するにも何かと不便だ。
「相手の電話番号は分からないか?」
わかれば折り返し電話をかけてみるのだがと、ミハイル・エッカート(
jb0544)が職員に尋ねる。
しかし、相手は非通知で連絡してきたらしい。
「まずは飛び込んでみるしかない、という事だな」
何 静花(
jb4794)が言うように、動かなければ始まらない。
詳細は不明だが、助けてくれと言うからにはそれなりに急を要するのだろう。
「急ぎましょう、でも雪に備えた準備は忘れずに、ですね」
Rehni Nam(
ja5283)は雪に溶け込みそうな真っ白いコートを羽織る。
これは特に魔装でなくても、保護色になれば何でもいいだろう。
ミハイルはコンビニでレインコートを買って行くらしい。
「上下に分かれた使い捨て同然のやつが売ってるだろう、あれで白いのがあれば充分だ」
「足元はどないする? 普通の靴やと雪に埋もれそうやし……」
「そうですね、カンジキがあれば良いのですが」
葛葉アキラ(
jb7705)の問いに、レフニーが答える。
「北海道ならそれもコンビニで買えるでしょうか?」
売ってない?
じゃあどうすれば――あ、必需品として用意して貰えるんですね、よかった。
「しかし私はこの儀礼服以外を着る気はないぞ」
それが静花の拘りポイントらしい。
「ではホウさん。その儀礼服、白く染めても良いですか?」
「許す。よきにはからえ」
そこは良いんですね。
「では白の染料も用意して……」
あ、それは流石にコンビニにも売ってないし、斡旋所でも用意してくれませんか。
ボディペイントで白く塗れば大丈夫かな?
そして、とりあえず来てみた大雪原。
「はー、どこもかしこも真っ白やねー」
アキラは方位術を利用して、まず第一歩を記したその地点を記憶する。
念の為に、そこにはペンライトを置いておいた。
昼間なら目立って困るほどの光量はないが、雪に埋もれても光で場所がわかる程度には明るい。
万一場所がわからなくなっても、或いは自分にもしもの事があったとしても、それがあれば皆は無事に戻れるだろう。
「助けに来て遭難しましたなんて、シャレにもならへんしね」
皆それぞれに雪対策の装備をし、二手に分かれて探索を開始した。
「しかし、こんな白一色の何もないところでどうやって探すのだ」
そもそも何を探せば良いのかと静花が尋ねる。
「連絡してきたその者に会うにしても、どうすれば確実に会えるかさっぱりわからん」
よって、皆に任せた。
頑張れ。
応援されて、まずはミハイルが青白く光る目を雪原に向ける。
「これをやると音が煩わしいのが難点だな」
耳鳴りに耐えつつ意識を集中すると、雪の白に紛れて飛ぶイカ達の姿が目に入った。
よく見れば同じ所をグルグルと回っている様だ。
「では、その中央付近に何かがあると考えて良いでしょうね」
レフニーが小声で囁く。
ここからは二手に分かれて行動だ。
A班はレフニー、静花、華子の三人――あれ、華子さんは?
「遭難したか」
静花が周囲を見渡すと、ちょっとスリムな雪だるまが手を振っている。
「北海道の雪だるまは人間の様に動くのか」
「いいえ私です、華子です!」
え?
白無地スキーウェアのフードを被ってフェイスマスクとスノーゴーグルなんか付けてるから、うっかり退治する所だったじゃないですかー。
「ごめんなさい」
「謝る所ではないが。行くぞ」
さらさらの雪は足音を消してくれる。
後は声や物音を立てないように、足跡を消しながら進めば敵に気付かれる危険は減るだろう。
ゆっくりと近付き、レフニーは生命探知を使ってみる。
遥か下の足元に何かの気配が感じられた。
「冬眠している蛇や蛙がいたとしても、地中数センチの所ですよね」
反応があったのは、もっと下だ。
「この下に何かがあるんでしょうか。掘ってみますか?」
華子が尋ねるが、掘り進めてどうにかなる深さでもないだろう。
「阻霊符を使えば出入口を使うしかなくなりますから、戻る時に後をつければ発見出来そうですが……」
レフニーはそこまで言って首を振った。
それでは撃退士が来ていることも知られてしまう。
「地道に探すしかない」
静花が言った。
ボディペイントの効果が切れるまでに見付かると良いのだが。
一方B班のミハイルと沙羅、アキラの三人は、こちらも沙羅の生命探知によって、地下に何かがあるらしいと見当を付けていた。
「まあ、地上に何もないなら普通はそうなるだろうな」
ならば排気口が必要だろうと、ミハイルは数mの積雪でも問題ないほど突き出た何かを探す。
「あのイカが多く飛んでいる場所が怪しそうやね」
アキラが指差した場所には、確かに多くの敵が群れをなしていた。
「大事な場所ほど見張りが多いんは道理やし」
「そうですね、見付からないようにそっと近付いてみましょう」
沙羅が頷く。
息を殺して、足音を忍ばせ、そーっとそーっと。
「突き出た何か、ですか」
B班から連絡を受けた華子は、じっと辺りに目を懲らす。
「あれって何でしょうか?」
指差した先の雪が少し不自然な形に盛り上がっていた。
何かの建造物が雪に埋もれているのだろうか。
「崩れかけたサイロの様ですね」
レフニーが言った。
雪原の中に一基だけぽつんと、打ち捨てられた様に存在している。
しかも周囲にはイカの姿が多い。
これは怪しい。
「私達も今、その場所に向かっている所です」
A班から連絡を受けて、沙羅が答える。
近付けるぎりぎりまで近付いて合流し、さてこれからどうしよう。
「俺が見て来よう」
本日の黒一点、ミハイルが言った。
唯一の男子として――と言うよりもインフィとして、ここは自分が行かねば誰が行く。
ボディペイントでより迷彩度を上げ、索敵を始める。
「駄目だ、敵が多すぎてこれ以上は近付けん」
それなら、と華子が言った。
「あのイカ達の注意を逸らせば良いんですよね?」
大きな雪玉を作り、目指すサイロとは反対の方向に思いっきり投げる。
ぽすんと軽い音がした場所に、イカ達の視線が一斉に向けられた。
その隙を衝いて、潜行したアキラが近くのイカ達に奇門遁甲をかけ、方向感覚を狂わせる。
「今のうちや!」
アキラは次いで韋駄天を使い、仲間達をスピードアップ、ついでにどーんと背中を押した。
「結局は全員で雪崩れ込むのか」
「大丈夫です、あの中には誰もいません」
静花の呟きに、生命探知を使ったレフニーが答えた。
つまりサイロの中に飛び込んでしまえば、ひとまずは安心という事だ。
「だが入口はどこだ!?」
サイロそのものの入口が見付からないとミハイル。
「きっと雪の下ですね」
沙羅が言う。
「よし、掘るぞ!」
イカ達はあまり頭が良くないのだろう、術にかからなかったものまで巻き込んで、大乱闘の真っ最中だ。
今なら気付かれる事はない、多分、そう祈っておこう。
音を立てない様に素早く掘り進み、見付けたドアを静花が足で蹴り破る。
誰かが止める暇もなかった。
ガン!
「……何だ?」
その音は、呂号――未来の耳にも届いていた。
勿論、その主人である悪魔レドゥと、同僚の耳にも。
「呂号、見て来い」
そう命じるレドゥに、以前の様な子供らしい明るさはない。
もしこのまま父親に与えられた仕事を無事に終えたとしても、以前の彼は戻らないだろう。
しかし、彼を救う道は絶たれてしまった――
そんな事を考えながら、呂号は地上へ向かう。
主人の警護役としては当然の任務だった。
「今の、聞かれてしまったでしょうか」
早鐘を打つ心臓を押さえながら、華子が声を潜めて囁く。
イカ達に気付かれた様子はないが、地下にいる誰かには聞こえたかもしれない。
「だとしても、今更どうにもならない」
静花が恐らくは地下へと続いているであろう、床面にあるドアに視線を投げた。
「これで誰か話のわかる奴が出て来れば探す手間が省けるぞ」
それを聞いて、ミハイルはドアに耳を押し当ててみる。
誰かの声が聞こえないかと聴覚を研ぎ澄ましたが、聞こえて来たのは規則正しい足音だった。
「誰か来るぞ、隠れろ」
言われて、一同は壊れかけた大きな機械の影に身を潜める。
息を殺して待つこと暫し。
床のドアがスライドし、人影が現れた。
すらりと引き締まった身体に鋭い目つきの女性――
「呂号、いや……未来か!」
姿を現したミハイルが声をかけると、その女は驚いた様に目を見開いた。
「お前は、あの時の撃退士か」
顔は覚えていないが、その名を知っているならあの場所に居た一人なのだろう。
「ミクさん、ですか……?」
その名に、レフニーは聞き覚えがあった。
鶴ヶ城で大切な人達が出会い、名を贈ったヴァニタス。
「ここに逃れていたのですね」
「という事は、あの悪魔ともう一人のヴァニタス……宮本も一緒か」
ミハイルの問いに、未来は黙って頷く。
「学園に救援の電話をかけて来たのは、あなたですか?」
沙羅が尋ねる。
「未来さん、私達はその要請に応える為にここに来ました。お話を聞かせて頂けませんか?」
「何を今更……」
久遠ヶ原は悪魔の頼み事など聞く耳を持たないのだろう。
「それはどこかの誰かが内容を聞かずに終わったせいだ。あいつが悪い」
静花が首を振る。
「あいつは後で蹴り倒しておく。だが、あいつの意思は久遠ヶ原の意思ではない。久遠ヶ原の意思は、生徒の意思だ」
だから今、自分達はここに居る。
救援要請に応える為に。
「要請があれば応えるのが久遠ヶ原の流儀だ」
聞かせて貰おうか、話の続きを。
「私の流儀は、私が決める。そして、私はお前の意思を聞いている」
そう言われて、未来は話し始めた。
「そんな事になっているのですね」
話を聞いたレフニーは、その内容を整理しながら頷いた。
主が死ねば、そのヴァニタスも運命を共にする。
しかし、主はともかく彼女は助けたい。
「せっかく繋いだご縁です。私はミクさんを死なせたくありません」
出来れば生きて欲しい。
助けたい。
「だが、人を殺めた悪魔を学園で保護するのは無理だ。会津で派手にやったこともあるからな」
ミハイルが首を振る。
「とは言え、事情次第では秘密裏に手を貸せるかもしれない。相当な理由が無いと難しいだろうがな」
「協力するにしても、保護ではなく捕獲の扱いになると思います」
レフニーが付け加えた。
「或いは別人として保護するか、人間の勢力下で外部協力者的な立ち位置になって頂くか……でも、それは難しいでしょうね」
第一、ここは何なのか。
彼はここで何をしようとしているのか。
未来が答える。
「ここは牧場だ。人間を増やして刈り取る為の」
元々はレドゥの父が始めた事だ。
人が所詮は家畜だと言うなら、家畜らしく飼い慣らしてやればいい。
餌を与えて繁殖させ、その魂を収穫すればいい。
時間はかかるが、悪魔にとっては人の寿命などネズミにも等しいのだ。
「そんな、人をそんな風に扱うなんて、ひどすぎます」
華子は今にも泣き出しそうな目で未来を見た。
「どうにかして、助けられませんか?」
「出来ない事はないだろう……ただ、そうすればレドゥは失敗の責任を取らされ、父親に殺されるか――」
或いは撃退士に倒されるか。
「どう転んでも先はない。だが……」
「私達ならどうにか出来るかもしれないと、そう考えて、頼って下さったのですね」
沙羅が未来の手を取った。
「ありがとうございます。でも、その為にはもっと詳しく知る必要があると思うのです」
情報が足りない。
「その人達にお会いして、お話をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「その牧場とやらの様子も見させて貰ってええかな」
そう尋ねたのはアキラだ。
しかし、未来は首を振った。
「それは出来ない」
主に対する明白な裏切りとなってしまうから。
「しかし、五分程度なら……うっかり警備を疎かにするようなミスを犯す事はあるかもしれない」
「うっかりなら仕方ないな」
静花が頷く。
その間に偶然どこかに迷い込んで、何かを見てしまったとしても。
「私はそろそろ戻らなければ」
レドゥが何かを疑い始める前に。
「馬鹿なイカ共が喧嘩を始めたせいで、ドアが壊れてしまったな」
そう呟いて、未来は下へ降りて行った。
うっかりドアを閉め忘れたまま。
「下の様子を見て来る事くらいは出来るでしょうか」
華子が下を覗き込む。
その先には長い階段が続いていた。
「そうですね、お話を伺う事は難しそうですが……」
沙羅が頷く。
「ほな、うちがちゃちゃっと調べて来たるわ」
アキラが申し出た。
「大勢で行って目立つんも都合悪いやろし――」
悪いけど誰か見張り頼んで良いかな。
通路を進んだ先には、大きな開けた空間があった。
そこに、透明なボウルを伏せた様なドームがひとつ。
その中に、町があった。
地上の町をそっくりそのまま移設した様な、それでいてどことなく不自然な感じがする町。
暫く眺めているうちに、アキラはその不自然さの原因に思い当たった。
ここには子供も老人も、中年さえいない。
目に入るのは二十歳くらいの若者ばかり、しかも女性の殆どが大きなお腹を抱えていた。
人間牧場という話は、まんざら嘘や誇張でもなかった様だ。
ただ、ドームの中に囚われた人々が皆一様に幸せで満ち足りた表情をしているのが救いか。
それとも、それも何かで気分を操作されているだけなのかもしれない。
何にしても、一刻も早く助け出さなくては――
「そうですか、その宮本という方は門木先生の恩人なのですね」
アキラが町を調べる間、周囲の警戒に当たっていた沙羅は、その傍らでミハイルから話を聞いていた。
「恩のある方がヴァニタスになってしまったなんて……」
しかも今のところ救う手立てがないなんて。
「知らせない方が良いでしょうね」
レフニーが頷く。
「そうですね。何かの弾みに知ってしまう事がないように、気を付けておきましょう」
少なくとも今は、知らせるべき時ではないだろう。
どうにかして、彼を――そして未来も、レドゥも、捕らわれた人々も、全てを救う手立てが見付かるまでは。
そう言えば、聞き忘れていたけれど。
レドゥの父親とは誰なのだろうか――?