「助っ人募集か」
礼野 智美(
ja3600)は掲示板の前で立ち止まる。
「鉱石探しは必須だし、俺未だ行った事ないんだよな」
どんなものか一度見てみようか。
そうすれば、今後も同じ様な依頼があったら積極的に参加出来るだろうし。
長袖の下着を二枚重ね、ジャージの下にセーターを着込み、カイロを入れて、温かいはちみつゆず茶を魔法瓶に入れて、防寒対策はほぼ完璧。
「雪の照り返しでサングラスは…特殊鉱石も青い光を放つという話だし、見分けがつかなくなりそうだな」
それは却下して、代わりに目薬を荷物に入れた。
後は雪かき後の地面に残った雪を払う為に棕櫚箒を持って、転移装置に急ぐ。
しかし、そこには智美の防寒対策さえも軽く凌駕する装備を用意している者がいた。
「え、炬燵……それも持って行くのか?」
思わず尋ねた智美に、その生徒シェリー・アルマス(
jc1667)はにっこり笑顔を返した。
「かまくらに入れたら暖かいだろうと思って」
「それはそうだが、電源はどうするんだ?」
「大丈夫、門木先生の発明品だから!」
シェリーが抱えているのは、不良中年部の部室で使われている炬燵の「しいたけしめじえりんぎ」略して「しめりん」である。
それは犬の様に尻尾を振り、歩き、走り、愛想を振りまくという「生きた炬燵」であるという噂もあるが――今はとりあえず、ただの炬燵だ。
ただし特殊な機構が組み込まれている為、雪や氷から電気を作る事が出来るのだ。
「よくわかんないけど、すごいよね!」
特許が取れるどころかノーベル賞ものかもしれないが、当人はそうしたものには全く興味がないらしい――と、それはともかく。
二人で炬燵を抱えて転移装置を抜け、着いたところは一面の雪野原。
そこでは既に、先行組の生徒達が雪を掻き分けていた。
真面目にやっている者もいれば、そうでない者もいて――
なんか、でっかい猫が走り回ってるし。
いや、猫ではない。ライオン……っぽい、赤いもふもふの悪魔、ジョン・ドゥ(
jb9083)だ。
彼が走った後には、丸い形に雪の壁が出来ている。
その中心にいるのは黒いベンチコートとネックウォーマーに、フードを目深に被ったパウリーネ(
jb8709)だ。
「雪は好きだけど日光は自重してほしい。いやぁもう、日差し強すぎだって。溶けそう」
寒いけど。寒くたって溶けるのだ、だって魔女は日光に弱いから。
直射日光でなくても、この雪なら照り返しでも溶けそうだ。
よって、ジョンはパウリーネの為に一刻も早く避難所としてのかまくらを作らねばならぬのだ。
「お兄さん寒くない? 平気ー?」
声をかけられてもジョンは止まらない。
「私は大丈夫だ、寒くは無い」
この毛皮のお陰か、裸足に袴と上半身裸でも全く寒さを感じない。
獣のもふもふと毛皮ってすごい。
それともパウリーネの為に気合いで雪をかき続けているお陰だろうか。
「…あっ、今目に光入った。ヤバい溶けるうわあああ」
「待ってろ、すぐ屋根を作る!」
よし、出来た!
「おー、すごいすごい、がんばったー」
でもこれってさ、ただ雪を被せて埋めただけって言わない?
つまり生き埋め。
「いや大丈夫、うん。空間あるし」
内側からシャベルで叩いて固めれば良いかな。
雪かきの為に持ってきたやつだけど、なんかそっちはジョンが全部やってくれそうだし。
よかった、一日遅れの筋肉痛にならずにすむよー。
え、仕事はどうしたって?
「いや、遊びに来たんで。わりと普通に遊びに来たんで」
しかし雪合戦とかアクティブで疲れる遊びをする気はない。
「雪合戦に石を使う愚か者はたまに見るけど、特殊鉱石使う奴がいたら逆に尊敬する」
その前に、この直射日光の下で遊べる事を尊敬する。
そんなわけで、安全地帯が出来たらそこで改めて雪の煉瓦を積み上げて、本格的なかまくら作り。
「大きく作らないと、お兄さんが入れないね。もっと雪が欲しいな」
「任せろ」
フルパワーで除雪を敢行、めざせ直径100メートル!
完成したら引き籠もって、もう出て来ない。
石? きっと他の誰かが見付けてくれるよ。
「うーん……。こういう細かい作業は苦手なんだけどなぁ」
薄陽 月妃(
jc1996)は、自分の周り半径50cmほどの雪を掘ったところでもう挫折しかかっていた。
(せっかくだから雪景色をバックに歌おうかな)
でも、いきなり仕事を放り出して歌い出すのも何となく気が引ける。
ここは「やる事はやりました」というポーズだけでも見せておくべきだろうか。
ということで、まずは炎焼で作った炎の槍を振り回して雪を溶かそう。
「流石にこの程度の炎ならジュッとはいきませんよね……よね?」
不安に思い、門木に尋ねてみる。
「そうだな、攻撃が直接当たらなければ大丈夫だろう」
炎焼の炎は自然現象と同じものだ。
大気圏突入でも燃え残った隕石が、その程度の温度でジュッと逝くとは思えない。
「では、どういう風に使ったら効率的に雪を溶かせるでしょうか?」
「まずは何かに燃え移らせてみたらどうだ」
そのままでは2〜3回しか使えないだろうが、燃え移った炎は10分ほど燃え続ける。
「雪を溶かすならそれで充分だろう」
「そうですね、やってみます」
まずは木の棒を探して、それに炎を燃え移らせて。
「えいっ」
振り回す。
ひたすら振り回す。
「いや、あのな?」
「はい?」
ぶんっ。
「そんなに振り回しても――」
「大丈夫です、とにかく鉱石は巻き込まないように気を付けますから」
ぶんぶんっ。
「その前に俺が巻き込まれそうなんだが」
「あっ、すみません」
でも周り雪だし、そこに沈んで貰えば消えますよね。
「もし白衣に燃え移ったら、雪の中に吹き飛ばしてあげますから」
無言で飛び蹴りという強硬手段を取らせていただきますが、緊急事態ですから構いませんよね。
「遠慮しておく」
それ死ぬから、下手しなくても。
「……この広大な雪原から、直径1〜2cmの鉱石を探すとか……無茶振りも過ぎるだろ!?」
雪原のど真ん中に達、月詠 神削(
ja5265)は呆然と周囲を見回した。
「どーするかなぁ……?」
問題の鉱石は隕石の一種らしい。
つまり、宇宙から飛来したものか……。
なら――
「これしかないだろ」
神削はグレイ型宇宙人を模したキモカワイイ着ぐるみを装着、宇宙に向かってその両手を差し伸べた。
「……いや、何つーか……」
この格好なら、宇宙の電波とか何かを受信して、鉱石の場所が解るんじゃないかと。
「さあ来い電波、俺のアンテナを震わせてくれ……!」
いや、それはどう見てもご本人が電波です。
「駄目か」
そりゃね。
「ならば奥の手だ。これだけは使いたくなかったが仕方がない」
いやー昔流行ったよね、ピンクな二人組のおねーさんが歌って踊った、警部に追われたり透明になったり左腕のエースになったり……地球の男に飽きたりするやつ。
彼の年齢で何故それを知っているのかという疑問は置いといて。
「踊りまーす」
ちゃっちゃっちゃっ、ちゃららちゃっちゃっちゃ♪
「――UFO♪」
……………………………………………………。
「……あの、俺がここまでやったんだから、何らかの形で鉱石の反応、ないですか?」
ありません。
寧ろ何故それで反応があると思ったのか。
「…彼女さん、この場にいなくて良かったですね…?」
つつーっと距離を取りながら、シェリーが呟く。
うん、殆ど誰も真面目に探してないね。
ただひとり、逢見仙也(
jc1616)だけが一生懸命に頑張っていた――寒いの苦手なこたつむりなのに。
「さっさと見つけてしまいたいけどな」
創造のスキルでスコップを作り出し、地道に雪をかいていく。
「特殊な物らしいし、欠片位回収出来たら……これなんか怪しいか」
とりあえず袋に入れて、鑑定は後で纏めて頼めば良いだろう。
遊んでいる者も多いが、この寒さではその気力も湧いて来なかった。
カイロを服に貼り付けて、水筒に入れて来た温かいスープで時折身体の中から温めても、まだ寒い。
もっと着込むどころか炬燵を背負って動かないと行動不能になりそうだ。
とは言え、こんな雪原の真ん中で使える炬燵など――
あった。
シェリーが運んで来た、しめりん。
あれこそ究極の防寒着。
だがしかし、わかっている。
あれは自分の為に用意された物ではない。
「借りられるなら、俺も今度頼んでみるか……」
だが今回は炬燵に頼らず自力で頑張る。
仙也はひたすら、小さなスコップで雪を掘り返し続けた。
「シーカーの反応は、もしかしたら鉱石が細かくかつ広範囲に渡って存在しているからかな?」
積雪がある富士山で掘り出せた以上、雪が原因とは思えないと、別の報告書を確認してきたシェリーが言う。
「故障じゃないとしたら…使えない大きさの鉱石が大量に散布してるとか?」
それがノイズになって霊波を乱しているのかもしれないと、こちらは智美。
「そうか、それは考えられるな」
二人の意見を聞いて門木が頷く。
「ノイズになるほど細かいものは回収しても使い物にならないだろう。ある程度の大きさがあるものを探してくれ」
「わかりました、でもその前に……かまくら作って良いですか?」
シェリーが抱えて来たしめりんを見せる。
「ずっと外にいたら寒くて手がかじかむし…後、門木先生じゃないと鑑定出来ないんだろ?」
智美が尋ねた。
「先生も探索をされていたら、それらしいものを発見した後先生探さないといけないし」
だから居場所を固定してもらった方が良いし、それなら暖かい場所の方が良いだろう。
「それなら俺も手伝います」
宇宙人――いや、神削が申し出た。
向こうにもかまくらを作っているカップルがいるが、そこは邪魔したらイカンだろうし。
「じゃあ、とりあえずここの雪を溶かしてみるな」
智美が槍状にした炎を振るって周囲の雪を溶かす。
「これで何もなければ、取り敢えずそこにはなかったと言い切れるから…うん、何もないな」
取り除いた雪はここに溜めて、それでかまくらを作れば良い。
シェリーは雪遊びに興じている生徒達に声をかけて、作業を手伝って貰えるように頼んだ。
あっという間に出来上がったその中に、炬燵を入れて温かいお茶やスープを入れた保温容器を並べて――
そして宇宙人が、しめりんのヒーターで餅を焼き始める。
「皆もどうだ、焼きたては美味いぞ?」
醤油と海苔の他にもチーズやバター、唐辛子や黒胡椒、餡子やきな粉もあるから、どれでも好きなものを。
「雪でキンキンに冷やしたビールもあるぞ」
熱々の餅をほおばりながら飲むコレがまた美味いのだ。
「……平日の昼間から酒を飲んでるなんてダメ人間みたいだが、俺はさっきまで充分働いたはずだ。身も心も削ってまで!」
そうだよな。そうだと言ってくれ。
「それにしても――カマクラの中で餅を食ってビールを飲むグレイ型宇宙人とか、都市伝説になりそうだ……」
え、石? きっと誰かが以下略。
「もー、しょうがないなぁ」
シェリーは自分で用意したかまくらには入らずに、ひたすら石探し。
シーカーを持った生徒を中心に人海戦術で一気にガーッと!
「さっきまで遊んでたんだから、もういいでしょ? それに雪遊びで減らしきるには無理があるからね」
遊び足りないなら、ほら、宝探しのゲームがあるよ。
雪を掘った後に見えた土を掘り返すだけの簡単なお仕事です……あ、ゲームじゃなかった。
「いや、掘り返すよりコレで掃いた方が良いだろう」
智美が櫚箒で地面から雪を払う。
「隕石なら地中に埋まってるとは考えにくいし」
「あ、言われてみればそう――」
べしゃっ!
その時、シェリーの背中に雪玉が飛んで来た。
すかさず投げ返そうとしたところに、流れ弾がもう一発。
今度はちょっと痛かった。
「誰よ、雪玉の中に石なんか仕込んだの――あれ?」
この石、もしかして。
一方、シーカーを借りた仙也は反応の強いポイントを探していた。
大体の当たりを付けて、ウォッカを口に含む。
実年齢は酒が飲める歳だし、ロシアでは体を温める為に飲む意味も有ったそうだが、喉には流さず霧の様に吹き出して火を点ける。
ちょっとした炎のマジックの様に、雪が燃えた。
やがて露わになった土の表面は、シーカーと反応して全体が蒼く輝き――
「ここは屑だけか」
また他を探してみよう。
炎焼のスキルを使い切った月妃は後の作業を仲間に任せ、既に自分だけの世界に入り込んでいた。
雪原のステージで、やたらと荘厳な響きのある歌を高らかに歌い上げる。
歌謡いのスキル効果か、それとも生まれ持った素質なのだろうか――
その歌を遠く聞きながら、パウリーネはかまくらの中でBBQを楽しんでいた。
林檎に餅に羊肉、野菜にパンにマシュマロ、ベーコン、ソーセージ、チーズにスルメなどなど、焼いたら美味しくなりそうなものを大量に用意して。
「匂い的に焼く順番どうしようか」
まあいいか、好きなものからで。
そうなると当然、真っ先に来るのが林檎だろう。
酒やワインも用意して、ちょっとした酒盛りといこうか。
「呑んだらきっと温まるな」
ジョンが頷く。
単に酒盛りがしたいだけではない。たぶんきっと。
石探しって何だっけ。
そんなことより焼きナントカ系の料理をどこまでも楽しもう。
なおパウリーネの椅子はジョンの膝である。
暖かくて、もっふもふである。
「私だけの特権だ、モフらせろー」
お、なんか今日は機嫌良い空気が出てるね?
じゃあダイブさせろー。
もっふー。
暫しの後。
ふたつのかまくらがトンネルで繋がった。
そしてここに、異文化交流(?)が始まる。
「上手く焼けたぜ、食うか」
赤いもふもふ悪魔がのっそりと現れ、焼きナントカを色々置いて行く。
代わりに暖かいスープや餅のタレを貰って帰り、宴会はまだまだ続く模様。
雪原から聞こえる歌声は、いつの間にか皆の疲れを癒すような静かで柔らかいものに変わっていた。
「それで、石はちゃんと集まりましたか?」
「ああ、使えそうな物が三個、これだけあれば充分だろう」
シェリーの問いに門木が答える。
「ありがとう、ご苦労だったな」
シェリーと智美、二人の指摘のお陰で、シーカーの不調の原因も突き止められた。
今後は同じ様な不調があれば、すぐに対策を立てられるだろう。
「よかった、じゃあ後は……」
シェリーが携帯の画面を見せる。
「ここ、寄って帰りませんか? さっき見付けたんです」
「温泉か、良いな」
場所もすぐ近くだし、冷えた身体を温めるには丁度良い。
もっとも、ずっとかまくらの中でぬくぬくしていた者も多かったりするけれど。
「筋肉痛にも効くそうですよ。あ、でも費用とか……」
大丈夫、それくらいは経費で落とせる。
「じゃあついでに豪華なお食事とか……!」
「そこまでは厳しそうだがな」
まあいい、駄目元で――駄目だったら割り勘な?