カラフルなパッチワークの布マフラーやリボンを幹に巻き、様々な色や形のオーナメントをその枝に下げて、モミの木は雪原の中に立っていた。
緑の葉に白く積もるのは本物の雪か、それともふわふわの白い綿か。
キラキラと光るイルミネーションがその全体を楽しげに彩り、雪の上に七色の影を落としている。
周囲を賑やかに取り囲む様々な雪像や雪だるま達。
物言わぬ彼等と共に、巨木は静かにその日を待っていた。
「これは、夢かな?」
龍崎海(
ja0565)は空を見上げて首を傾げる。
透き通るような青に浮かぶ白い綿雲。
そこから舞い散る粉雪。
「うん、夢だね」
晴れた空から雪が降って来るなんて、現実では有り得ない。
「それなら、こんな事も出来る筈だね」
普段着から時代劇に出て来るお奉行様のような裃へ、魔法で衣装の早変わり。
クリスマスだけど和装、でもクリスマスだから配色は肩衣が白、袴が赤、着物が緑というクリスマスカラーだ。
「和風のサンタクロースってところかな」
かなり派手だがパーティに参加するならこれくらいで丁度良いだろう。
海は頭の上にキラキラの赤いとんがり帽子を乗せて、準備に追われる会場の様子を見回した。
「あれは、門木先生か?」
先程まで誰もいなかった筈の場所に、門木の姿があった。
まるで瞬間移動でもしたかのように、何もないところから忽然と現れたようにも見えたのだが――
「まあ、夢だからな」
不思議な事は全て、その一言で片付けよう。
だって夢だから。
その門木は、寒そうな格好のままぼんやりと突っ立っていた。
そこに二人の妹達(?)が駆け寄って来る。
「くりすます……なの、ですね」
華桜りりか(
jb6883)は何もない空間から魔法でマフラーを取り出して、門木の首に巻いてやった。
「章治兄さま、おかえりなさい…です」
その冷えた両手を自分の手で温めてから、手袋も。
「章兄、メリークリスマスなのです!」
シグリッド=リンドベリ(
jb5318)はその肩にコートを着せかけて。
防寒対策を整えたら、せーので両側からさんどいっちハグをぎゅーっと。
「ん、ただいま……メリークリスマス」
門木は二人の頭を両手で撫で――ようとしたら、逆に撫でられた。
「お疲れさま、なの……」
「章兄、いっぱい頑張ったのです」
なでなでなで。
「いや、俺は何もしてないよ。頑張ってくれたのは、お前達の方で――いや、堅い話はやめておくか」
夢か現かその境目も曖昧だけれど、これが夢なら楽しいことだけを考えよう。
現実だとしても、反省会はまた後で。
今日はクリスマス、ツリーも石像も料理の数々も、皆がこの日のために用意してくれたものだ。
「門木先生、お帰りなさい!」
黒咎の三人を引き連れたシェリー・アルマス(
jc1667)が雪を掻き分けて来る。
その後ろにはいつの間に呼んだのか、門木の異父弟テリオスの姿もあった。
「今日のパーティは先生の帰還を祝う為のものでもあるんですよ?」
テーブルが並んだ会場の方に向けて、シェリーが門木の背中を押す。
「だから主役はどっしり構えて、皆の準備が整うまで待っていてください」
「ん、わかった」
門木は素直にその言葉に従おうとして、何かを思い出したようにふと足を止めた。
「今日は24日だよな」
「クリスマスイブですから、そうですね」
「だったら、ひとつ皆に頼みたいことがある。協力してくれないか」
とある参加者達には内緒で――ひそひそこそこそ。
「お料理、がんばるのです」
シグリッドは前回の参加者から預かったレシピを見ながら、テントの下に設置された調理台に向かった。
「章兄は写真でしか見てないのですよね」
タンドリーチキンに豚バラブロック、キャベツとキュウリの浅漬けに、燻製イカのマリネ、一口サイズに巻いたミートローフのベーコン巻き、小海老としめじのクリームパイ、その他クリスマスにぴったりな料理の数々。
「そんなに作るの?」
準備された食材の山を見て、シェリーが目を丸くする。
「レシピにはこの前作らなかったものも載ってるので、それも一緒に作ってみようと思うのです」
「じゃ、私も手伝おうかな」
「そうしてもらえると助かるのです」
下拵えは前日に済ませたけれど、それでもこれだけの料理を一人で作っていたなんて信じられないほどの種類と量だ。
出来ればもう何人か、アシスタントに付いてくれると嬉しいなー、なんて。
「テリオスおにーさん、手伝ってくれても良いのですよ?」
多分、いや絶対、料理なんてしたことないよね。
「これも人間界の勉強だと思って、どうぞ」
ずいっとエプロンを差し出してみる。
胸に大きな猫の顔が付いた、シグリッドお気に入りの一品だ。
「焦がさないように火加減を見ていてくれるだけでいのですよ」
兄の方に火を使わせると何故か大惨事になるが、弟はきっと大丈夫、だと思いたい。
「見ているだけだぞ、手は出さないからな」
エプロンを渋々受け取ったテリオスだが、でも知ってる、なんだかんだで頼まれた事はきっちりこなしてくれるって。
完璧主義が習い性になっているだけに、半端な事は決してしないのだ。
「ね、アヤもやってみる?」
シェリーは黒咎のひとり、アヤにも声をかけてみる。
黒咎達はテリオスの使徒だが、それは逆らうことの出来ない上司の命令によって強引に進められた計画の一部だった。
テリオスも黒咎達も共に被害者であると言って良いだろう。
(お互いに色んな思いはあるだろうけど、だからこそ、こういう機会にもっと仲良くしてみるのが良いんじゃないかな)
直接顔を合わせたり、一緒に作業をすることは難しいかもしれない。
でも同じ空間で付かず離れず別々の作業をするくらいなら、互いにそう気になることもないだろう。
そうして自然に、少しずつでも近付いていければ良い。
「そうね、料理なんてしたことないけど」
「大丈夫、私が教えるから」
お姉さんに任せなさいと、シェリーは胸を張る。
目指せ、頼れるお姉さん。
「でも、あの二人は無理だと思うな」
アヤが冷たい視線を向けるその先では、残る二人サトルとマサトが雪合戦に興じていた。
「ほんと、男子っていつまでたっても子供なんだから」
「そうだね……」
腕組みをして眉を顰めるアヤに、シェリーも釣られて苦笑い。
「でもほら、料理って美味しく食べてくれる人も大事だから」
遊び疲れた彼等の胃袋はブラックホールと化すに違いない。
「食いしん坊さんが大勢いるなら、私も何か作りますね」
北條 茉祐子(
jb9584)が申し出る。
作る料理はビーフシチューのポットパイ、少し大きめのココット型に入れたものを人数分よりも少し多めに。
「皆で食べられるように……お代わりをする人もいそうですし」
それに、ジンジャーマンクッキーも追加で焼いておこうか。
ツリーに飾ったものも食べられるけれど、焼きたてはもっと美味しいから。
「あたしは、いつもと同じ……お菓子やケーキを作るの」
りりかが作るのは毎度お馴染みのチョコケーキにチョコスイーツ。
「そろそろお料理も作れるように頑張ろうかとも思うの、ですが……」
料理もお菓子も両方得意そうな茉祐子やシグリッドの様子をちらりと見る。
二人とも良いお嫁さんになれそうだ――なんて言うと、どこかの団体から「家事は嫁がするものと誰が決めた」なんてクレームが来そうだけれど。
しかし意中の相手を落とすならまず胃袋からという言葉があるように、料理の腕が嫁選びの重要な要素となることは間違いないだろう。
自分で料理が出来るなら嫁の腕は問わないだろうが、それでもやはり、結婚したら嫁の手料理を美味しくいただきたいもの――
え、突っ込むところが違う?
大丈夫、ここで言う「嫁」は性別不問だから。
ね、問題ないでしょ?
とは言うものの、りりかはチョコ愛してるし皆にも好評だし、チョコはりりかの代名詞だし。
だから気が付けばつい、量産体制に入っている。
料理の修業はまた今度。
ツリーの周囲に食欲をそそる良い匂いが漂い始めた頃。
「今日も裏方で頑張ります」
天宮 佳槻(
jb1989)は夢の中でも縁の下の力持ち。
前回と同じように暖かい飲み物を作って皆に配っていた。
今日のメニューは前回とは少し変えてみた。
・ホットカシスベリーミルク
牛乳にカシスとブルーベリーを加えた優しい味わいの、ノンアルコール。
・梅風味緑茶
梅ジュースと緑茶の仄甘く爽やかな味わいが飲みやすい、こちらもノンアルコールだ。
・オレンジと林檎のホットワイン
柑橘のさっぱり味、アルコールも入って暖まる一品。
・苺のホットワイン
赤ワインに苺と林檎、そこにシナモンを加えた、優しいけれどちょっと刺激的なアルコール飲料。
「もっと強い刺激を求める向きには、ウォッカのブレンドもありますよ」
せっかくの夢だし、撃退士さえ酔わせる更に強い酒があっても良いかもしれない。
普段はあまり自分から人と関わったり、何かを勧めるようなことはしないけれど、夢ならば。
「どうですか? 暖まりますよ」
召喚した鳳凰の頭に小さなカチューシャの飾りを付け、足にぶら下げた籠の中にグラスを入れて給仕をさせてみる。
メイド鳳凰は、ちょうど近くにいたサンタ和服の海にとびきり強い酒をデリバリー。
『どうぞ、ご主人様』
「鳳凰が喋った!?」
流石は夢だと驚きながら、海はそれを受け取り一気に飲み干す。
忽ち顔が爆発したかと思うほどに熱くなり、喉は焼け、胃から全身に向けて炎が噴き出すような感覚に襲われた。
「うおぉぉ、燃えてきたぁーーーっ」
海の人格は変貌した。
普段の真面目な堅物イメージが弾け飛んで、ラテン系のチャラ男が顔を出す。
それは彼が元々持っていたものか、それとも酒が作った人格か。
「細かい事は気にしたら負けだよ、夢なんだからね!」
人格の変貌と共に、その衣服も変わった。
白いラインの入った赤い海パンに、赤いサングラス、足には緑のビーチサンダル。
そこだけ局所的に真夏のビーチ仕様になっている。
「寒くないよ、俺は今真っ赤に燃え上がってるからね!」
夏の海と言えばナンパ、陽気に騒いでサンバのリズムで盛り上がろうぜー!
「よし、俺がこのドリンクを皆に配ってあげよう」
なに遠慮することはない、女性陣に声をかけるついでだ。
まず最初の標的は――
なにこれ、まわりカップルだらけじゃないですかやだー。
「な、リコ!」
数日前、浅茅 いばら(
jb8764)は種子島にいるリコ・ロゼ(jz0318)に電話をかけていた。
「今年は一緒にクリスマスすごさへん? な? な?」
電話の向こうでくすくす笑う声に、我ながら少し張り切りすぎただろうかと、いばらは咳払いをひとつ。
「や、その、もし迷惑やなかったらで、ええんやけど」
本音は迷惑でも何でも強引に誘いたい、いや迷惑に思われることなんてある筈がないと、そう思いながらも最後の方で尻つぼみに声が小さくなる。
電話の向こうの笑い声は、ますます楽しげに響いてきた。
『うん、いいよ♪』
「ほんま?」
『うん、ほんまほんまー』
いばらの口調を真似てみる。
からかっているわけではない、親しい人の口癖や口調、方言などは、自分でも気付かないうちにいつの間にか伝染っているものだ。
『誘ってくれてありがとね、いばらん。リコすっごく嬉しい!』
その声の様子からも、リコが本当に喜んでいるのがわかる。
『えっと、ね、どんな格好して行けばいいかな? そっち寒い? 雪とか降ってる?』
「せやな、種子島に比べたらようけ寒いわ。雪も積もっとる」
だから寒くないようにきっちり着込んで来るように。
本音はミニスカサンタ服とかクリスマスっぽいドレスとか、目一杯お洒落した格好も見たい。
けれど風邪をひかせるわけにはいかないし。
『うん、わかった!』
元気に答えたリコだったが、本当にちゃんとわかっているかどうかは不安なところ――
そして当日。
いばらは紺のダッフルコートにコールテンのパンツ、タートルネックのセーターにマフラー、帽子、手袋と防寒装備は完璧。
しかし待ち合わせ場所に現れたリコは案の定、見るからに寒そうな格好をしていた。
サンタ服のようなショート丈のコートに、下は淡いピンク色のミニスカワンピとロングブーツ。
14歳の乙女として、寒くても素足にミニスカは外せないのだ。
「寒くないよ?」
「いや、リコが寒くのうても見てるうちの方が寒なるわ」
いばらは自分が巻いていたマフラーをリコの首にかけてやる。
「ありがと、でもこれじゃいばらんが寒いでしょ? だから……」
マフラーを半分こ。
少し短いから、二人で幕にはぴったりくっつかないといけないけれど。
でも、それが良い。
「じゃ、いこっか♪」
腕を組んでくっついたまま、二人は歩き出す。
恋人同士に見えるかな、見えるよね。
(そろそろマブダチから昇格したいんやけど、リコはどう思っとるんやろな……)
訊いてみたいけれど、ちょっと怖い。
けれど、こうしてツリーの下に辿り着き、目をキラキラ輝かせているリコの姿を見ると、そんなことは大した問題ではないと思えて来る。
「リコ、こんな大きいツリー見たの初めて! すごいね、キラッキラだね!」
いばらの目には、そんなリコの嬉しそうな笑顔のほうが何倍も輝いて見えた。
そんな姿を見るだけで自分も自然と笑顔になれる。
この関係に名前はいらない。
敢えて付けるとすれば、それは――
「幸せ、やろか」
「え、なに?」
振り向いたリコに、いばらは何でもないと首を振る。
そろそろ食事の用意が出来る頃合いだ、軽く食べて身体を温めようか。
穂原多門(
ja0895)は、クリスマスだからといって特別に着飾ったりはしない。
いつもの黒スーツに身を包み、いつもの待ち合わせ場所で巫 桜華(
jb1163)が来るのを待っていた。
約束の時間までは、まだ間がある。
多門の方が早く来すぎて、こうして時間を持て余すのもいつものことだった。
目の前を通り過ぎて行くのは、やはりカップルが多い。
女性は皆美しく着飾り、その顔は幸せそうに輝いている。
(だが、やはり桜華の笑顔が一番だ)
などと内心で惚気たところに――
ぴとっ。
冷たい感触が頬に触れた。
振り向かなくてもわかる、それは桜華の手だ。
「む〜ん、届かないのデスね……」
後ろから「だ〜れだ?」をやりたくて、そっと近付いてはみたものの。
精一杯に、足がプルプル震えるほどに頑張って背伸びしても届かない。
「多門サン背が高いカラ、ほっぺ触るだけになっちゃいましタ……」
「それはすまなかった」
その冷えた手を取って両手で包み込み、多門は背を屈めて桜華のかをを覗き込む。
「ふむ、では今度からは楽に目隠しが出来るように、しゃがんで待つことにしようか」
「それはちょっと、変な人なのデスよ? でも、そう言ってくれて嬉しいデス♪」
向き合った二人は改めて互いの姿を見た。
「そのドレス姿。良く似合っているな」
「そうデスか? 多門サンに褒めてもらえるように、いっぱい頑張ってみたのデス♪」
そう言って、桜華は淑女のようにお辞儀をしてみる。
鮮やかな緑を基調に赤と金糸で彩りを添えたチャイナアレンジのドレスに、上は白のファーコート。
ぬくぬくと暖かいが、手だけはひんやりと冷たかった。
「では、この手を温めるものを受け取ってもらえるか」
多門が取り出したのは、黒いファーの付いた手袋。
「センスの無い俺の選択ゆえ、気に入ってもらえるかは分からぬが……寒い冬少しでも暖かくしてもらいたいなと思ってな」
「ありがとうデス、多門サンが選んでくれるものなら、うちは何でも嬉しいのデスよ?」
この手袋もきっと、お気に入りのひとつになる。
「うちからは、これをプレゼントなのデス」
桜華はリガードジュエリーをあしらったカフスボタンを、その場でシャツの袖口に付けてやった。
「多門サンはスーツでいる事が多いのデ♪」
ボタンに付けた宝石の意味を、多門は知っているだろうか。
「リガードジュエリーというノは、宝石を組み合わせテ、その頭文字で言葉を作ったジュエリーのことデス」
その典型的なものが、Ruby(ルビー)・Emerald(エメラルド)・Garnet(ガーネット)・Amethyst(アメシスト)・Ruby(ルビー)・Diamond(ダイアモンド)の六つの頭文字を合わせたもの。
「それだと、REGARDで敬愛という意味になるのでスね」
桜華が多門に贈ったものには「DEAREST(最愛)」の意味が込められている。
「気に入って貰えたラ嬉シイでスv」
「ありがとう、ずっと大切にしよう」
照れたように視線を外し、多門は手首のボタンを包み込むように肩手を添える。
「多門サン、うちも貰った手袋、着けてみてもいいでスか?」
「ああ、サイズが合わないことはないと思うが……」
勿論それは、誂えたように桜華の手に馴染んだ。
「ふふ、あったかいでス……♪」
あったかい、けれど。
「でも、手も繋いで欲しいかナ?」
じぃっと見上げる。
「ああ、わかった。ではこのまま、モミの木までエスコートさせてもらおうか」
その手を取って、多門はゆっくりと歩き出した。
桜華と歩調を合わせて歩く打ちに、繋いだ手がじんわりと温まって来る。
「暖かいな」
「はい、とても暖かいのデス」
まるで、互いの手を通して想いが流れ込んで来るように。
「クリスマスは大事な人と過ごす日なんだけど」
その日の約束を交わした後、陽向 木綿子(
jb7926)は思わず小さく溜息を吐いた。
「先輩は私でよかったのかな。そう思いつつ毎年付き合って貰ってるけど……」
木綿子にとって、ギィ・ダインスレイフ(
jb2636)は「大事な人」だ。
それは間違いない。
けれど彼にとってはどうなのだろう。
「私でいいのかな……」
もう一度繰り返してみる。
木綿子が理解している現在の関係性は、一方通行の片思い――の、筈なのだけれど。
少しは期待してみてもいいのだろうか。
そんなことを考えながら、木綿子はクッキーを焼く。
考え事をしながらぼんやり作っていたら、大量に作りすぎた。
「でも大丈夫よね、ギィ先輩ならきっと喜んで食べてくれる」
寧ろ本命のプレゼントよりも喜ばれそうなのが、嬉しいやら切ないやら。
そして当日。
「あ、ギィ先輩!」
木綿子は前日の悶々とした気分も忘れたように、テンションを上げてはしゃいでいた。
「見てください。クリスマスツリー綺麗ですよ! 雪だるまさんも可愛い!」
無理に上げているわけではない。
ギィの顔を見た瞬間、前日の悶々とした気分が吹っ飛んだ。
これが恋の力というものだろうか。
雪をはね上げて子犬のように走る木綿子の姿を、ギィは目を細めてぼんやりと眺めていた。
「クリスマスは、全部きらきらしている」
木綿子が指差すツリーも雪だるまも、そして木綿子自身も、キラキラと輝いて見えた。
「ユーコはきらきらしたものが好き、なのだろうか」
あのキラキラをプレゼントしたら、木綿子は喜ぶだろうか。
けれど、あのキラキラはどれも全部ポケットに入れるには大きすぎる。
何よりも木綿子自身が一番キラキラしているのだから――
と、ぼんやり考えていたら、いつの間にか木綿子が目の前にいた。
「ギィ先輩、楽しんでます?」
「ああ、楽しい」
そろそろ食事の支度も調う頃合いだし。
「クリスマス。は、美味い物沢山食べられる日、だな」
「そうですね、ご馳走いっぱいありますよ?」
「それから、欲しいものが貰える日」
「あ、そうだ」
言われて木綿子は思い出した。
「これ、クリスマスプレゼントです」
「俺に……か」
「はい! ギィ先輩、カッコいいし何がいいか分からなかったんですけど……シルバーの剣のペンダントです。先輩を守ってくれそうなので」
ずいっと差し出される、綺麗にラッピングされてリボンを掛けられた細長い箱。
しかしギィは何故か微妙な表情をしている、ような?
「あっ。そんな寂しそうな顔しなくても、ちゃんとクッキーも焼いてきましたから!」
はい、クッキーの袋どーん!
「……いや、食べ物じゃなくても、ユーコがくれるものは有難いさ」
勿論クッキーも遠慮なくいただくけれど。
中身を取り出し、ギィはその場でペンダントを身に着ける。
「……大事にする」
この剣が自分を守ってくれるというなら。
「お前の事も、俺が護る」
「え? あ、あのっ、ギィ、先輩?」
「飯は一人でも食えるし、欲しいものは自分でも買える」
「あ……そう、ですね」
もしかして、プレゼントなんて余計なお世話だったかと、木綿子は不安になる。
渡した時の微妙な顔は、そのせいだろうか。
でも今、大事にすると言ってくれたし――
「誰かが傍にいて、一緒に楽しいから、特別な日になる……だろう?」
その言葉に、木綿子は黙って頷いた。
「俺はユーコにいつも多くのものを貰ってるから、これは礼だ」
「いえっ、そんなお礼だなんて……っ」
その髪にギィの指がそっと触れる。
木綿子の瞳と同じ鮮やかな翠の宝石を銀細工で縁取った髪飾りが耳の上に留められる。
少しずつ変化する「特別」 は、今また僅かにその様相を変えた。
神谷 愛莉(
jb5345)は、誰かを探すようにツリーの周辺を歩き回っていた。
「エリ、誰を探してるの?」
礼野 明日夢(
jb5590)が首を傾げる。
兄の神谷 託人(
jb5589)と従兄の音羽 聖歌(
jb5486)の二人はすぐそこで、仲良く並んでツリーを見上げているけれど……どうもお目当ては彼等ではないようだ。
「やっぱりあれかな、あの人達……?」
お盆かハロウィンか、夢でしか現れない彼等。
柔らかな蜂蜜色の髪をしたぽやぽやおにーさんと、輝く金髪を腰まで伸ばした目つきの鋭いお兄さん。
「これって夢みたいだし、あのお兄さん達もやっぱり来てるのかな……?」
クリスマスの料理とお菓子を作って来た愛莉、絶対に作らないといけない!と思ったのが凄く甘いピーチパイ。
「……でも何でだったっけ?」
誰かの好物だった気がするのだけれど。
その時、目の前にあるツリーの幹がゆらりと揺らいだ。
その揺らぎの中から現れた、二つの人影。
「あ、何時ものお兄さん達だー」
「こんにちは、呼ばれた気がしたので来てみましたよ」
蜂蜜色のぽやぽやおにーさんが、にこーっと笑う。
「そっか、こっちの笑顔がほやほやなお兄さんの好物だったっけ、ピーチパイ」
うん、キラキラなお兄さんに合わせて作ったんだった。
「パーティの準備が出来てますの。二人とも、一緒に楽しみませんか?」
料理は勿論、甘いお菓子もたくさん用意してありますの――そう言われて、ぽやぽやおにーさんが首を横に振る筈もなかった。
「どこもかしこもカップルだらけだね」
酒の勢いでナンパ師になった海は、フリーの女性を探してあっちをウロウロこっちをキョロキョロ。
そして漸く見付けたのが、後ろ姿だけは麗しい――
「あら、アタシ?」
オネェさんだった。
他にもマッチョのオネェが二人、彼等は知る人ぞ知る女装オカマ三兄弟。
「困ったわ、アタシにはミーちゃんっていう心に決めた人がいるのに(はぁと」
彼等は誰に呼ばれたのだろう。
いや、お目当ての「彼氏」の匂いを嗅ぎ付けて、勝手に現れたのかもしれない。
「わぁ……かまくら融けなかったー」
クリス・クリス(
ja2083)は大きなかまくらの前に立ち、背後のツリーを拝んだ。
「樅の木のご加護だね。ありがとうございます♪」
入口に積もった雪を掻いて中に入ってみる。
「うん、泥棒が入った形跡もない、と」
「それはそうだろう、盗まれる物なんか何もないぞ」
続いて入って来たミハイル・エッカート(
jb0544)が笑う。
盗まれる物どころか何もない、寒々としたドーム型の空間。
ミハイルの後ろから飛び跳ねるように入って来た炬燵犬「しいたけしめじえりんぎ」通称「しめりん」が部屋の真ん中に鎮座して、漸く部屋の形になった。
そこに猫耳猫尻尾の付いた扇風機兼ファンヒーター「ひまわりくん壱号」と、青い鯉のぼり型エアコン「エターナルブリザード・鯉」略して「ブリりん」が入って来て部屋を暖め始める。
「おいおい、二匹ともあまり張り切るなよ?」
氷が溶けて天井が崩れたら生き埋めだ。
まあ、撃退士ならその程度ではビクともしないだろうが、苦労して作ったかまくらが一瞬で潰れる精神的ダメージは計り知れない。
「後はしめりんにお餅を焼いてもらって。かまくらで炬燵でお餅……あれ? 今日クリスマスだよね?」
気分はすっかりお正月だとクリスが笑う。
「なに、ここは日本だ。日本流に祝ったところで文句はあるまい」
それに今日のメインはどこかの知らないおっさんの誕生祝いではないと、ミハイルは雪の下に隠してあった大吟醸を取り出して来る。
「氷温熟成させた酒は一層美味くなるらしい、もっとも一ヶ月じゃ効果はないかもしれんが」
しかし物は試し、例え気のせいでも美味く感じればそれで良し。
「じゃ、ボクはお料理の準備してくるねー」
と言っても自分で作るわけではないけれど。
「シェリーさん達がお料理振舞うって言ってたから、お裾分けもらて来るよー♪」
と思ったら料理が向こうから来た。
「お待たせしました、お料理持って来たのですよー」
シグリッドがメインのタンドリーチキンを持って現れる。
「わー、シグリッドさんありがとー♪」
その後ろからサイドディッシュを両手に持った門木が続いた。
「お、章治、帰ってきたか。年末に間に合って良かったぜ」
ミハイルの歓迎はクリスマスパーティに関して、ではない。
門木の名義で酒屋のツケが溜まっているという事実は伏せておいたほうが良いだろうか……せめてこのパーティが終わるまでは。
シェリーと茉祐子、それに黒咎達も、それぞれ料理を手に炬燵を囲む。
それに続いて鏑木愛梨沙(
jb3903)と、何故か呼ばれもしないのにリュールまでもが顔を出した。
尚、炬燵もかまくらの内部も収容人数に応じて大きさが変わる可変式、なんたって夢ですからね。
そして最後に、りりかとテリオスが二人がかりで大きなケーキを運び込む。
「わー、大きなクリスマスケーキだねー」
クリスが目を丸くするが、それはちょっと違う。
「え、違うの?」
部屋の明かりが消され、炬燵の真ん中に置かれた二段重ねのケーキにに立てられた11本のロウソクに火が点けられる。
「クリスさん、ミハイルさん、ろうそくを吹き消してください……です」
ここまで来れば、もう疑いようもなかった。
それは二人のバースデーケーキ。
お馴染みの歌に乗せてロウソクを吹き消すと、明かりの復活と共にクラッカーが盛大に鳴らされる。
「「誕生日おめでとう!」」
一日早いけれど、細かいことは気にしない。
下のチョコケーキはりりかが、その上に乗った生クリームのケーキはシグリッドが作った。
デコレーションはシェリーの担当、上の段に飾られた手を繋いだ親子のように見える人型のクッキーは茉祐子が、その足元の「たんじょうびおめでとう」の文字は門木が書いた。
最後にイチゴを飾ってロウソクを挿すという大役(?)を果たしたのはリュールだ。
そんなわけで、今年もサプライズの誕生パーティは成功かな?
「みんな、ありがとう」
「相変わらずやってくれるぜ」
クリスは素直に喜び、素直じゃないミハイルは照れ隠し。
「それじゃ、お料理が冷めないうちにパーティ始めましょうか」
愛梨沙がニコニコ笑顔で音頭を取る。
ただし、その笑顔は殆ど無意識に天使の微笑を使ったもの。
それに気付いたのは、この場でただひとり悪魔の血をその身に宿す茉祐子のみ。
しかし彼女は何も言わなかった。
そうでもしなければ笑顔ではいられない理由が、きっとあるのだろう。
とは言え、その原因が目の前にいることには気付かなかったようだ。
「門木先生も召し上がりませんか?」
茉祐子はジンジャーマンクッキーの入った籠を差し出してみる。
「ツリーにも飾ってあるんです……その、甘いものがお嫌いではなかったら、ですが」
もし苦手ならビーフシチューのポットパイもあるけれど。
しかし門木が答えるよりも早く、リュールが手を伸ばして来た。
「これは味覚がお子様だからな。甘い物は好きだし、ポットパイとやらも気に入るだろうよ」
尚その母親の味覚は更にお子様寄りに偏っている為、ジンジャーマンクッキーを大層お気に召したようであります。
「じゃあ、俺もひとつ貰おうかな」
勿論パイもいただきます。
「章兄、こっちもどうぞなのですよー」
反対側ではシグリッドが給餌の準備を整えて待ち構えている。
「おねーさん直伝です、がんばりました」
はいどーぞ、あーん?
その隣ではテリオスがりりかとシェリーに挟まれていた。
「はい、あーんなの……」
りりかはテリオスの口にチョコをぽーい。
「テリオスさん、送った写真は見て頂けました?」
シェリーは前回、黒咎達が楽しそうにしている写真を送り付けておいた。
門木宛のデータにこっそり紛れ込ませたから、本人がスルーしたとしても気付いた門木が見せているだろう。
「でも写真で見るよりも、あの子達を直接見てもらった方が良いかな」
アヤとはさっき一緒に料理を手伝ったけれど、他の二人は外で遊んでいたし――
「んむ、食べ終わったらみんなで外に出て遊ぶの、ですよ……?」
りりかがにっこり微笑むと、テリオスは何故か条件反射のようにその身を固くする。
おかしいなー、怖いことなんて何もないのになー。
「熱々お料理はふはふ美味しい♪」
クリスはしめりんで焼いた餅をパクつきながら、色々な料理を梯子して回る。
育ち盛りはダイエットなんて気にしないのだ。
パーティはかまくらの外でも同様に行われていた。
食が細めのいばらも、甘い物は別腹のようだ。
リコと一緒にケーキを食べて、それから――
(ヤドリギはないんやろか……)
さりげなくツリーの周囲に注意を向けてみる。
一昨年は誰かが飾ってくれたと報告書に書いてあった気がするが、今年は見当たらない。
クリスマスにヤドリギの下に立つ女の子には、誰でもキスをして構わないという言い伝えがあるらしい。
もしあるなら、リコを近くに連れて行ってみたいなー……なんて、下心が見え見えすぎて嫌われてしまうだろうか。
(せやな、ヤドリギなんかに頼らんでも堂々とキス出来るように、うちが頑張ればええんや……)
ハードル、めっちゃ高い気がするけれど。
「これ、プレゼントや……受け取ってくれるか?」
食事を終えて一息ついた頃、いばらはリコをツリーの下に誘った。
可愛いリボンがかけられた箱の中身はローズクォーツのペンダント。
淡いピンク色をした半透明の石が、花開いた薔薇の形に刻まれていた。
「ローズは薔薇や、リコにきっと似合う」
「ちょっと大人っぽいかな……リコはつぼみだし。でもありがと、可愛いね」
早速自分で付けてみようとするが、上手くいかない。
「貸して、うちが付けたるわ」
リコの首に腕を回し、チェーンをかけてやる。
「うん、よく似おうとる」
「ありがと! じゃあリコからはこれあげるね!」
じゃーんというセルフ効果音と共に取り出されたのは、可愛らしいピンクの服を着た女の子のマスコット。
「これ、リコだよ?」
言われてみればピンクの髪がツインテールになっている。
「リコはまだ、いつも一緒にはいれないけど。この子がいれば寂しくないかなって」
それはいかにも女子中学生が考えそうなことだ。
「うん、おおきにな」
鞄にでも付けておこうか――ちょっと恥ずかしい気もするけれど。
「モミの木にお願い事書いて吊るすでスか? 七夕の短冊みたイなものデスね!」
ツリーの下に並んで立った桜華は、願い事を書いたプレートを多門に手渡した。
「多門サンなら、うちより高い所に手が届くのデス」
だからお願い、少しでも高い所に吊した方が御利益ありそうな気がするし。
「何と書いたんだ?」
見ても良いかと断りを入れ、多門はプレートに視線を落とす。
そこには『多門サンが幾久しく幸せでありますように』と書かれていた。
「多門サンは何て書いたのデス?」
「俺か? 俺は……桜華がいつまでも健やかに幸せに過ごせるように、と」
勿論、神頼みばかりではなく自分でものために力を尽くすつもりだが。
「お揃いなのデスね」
お互いがお互いを想い合う、その願いはきっと叶う筈だ。
その反対側では、どうにか平常心を取り戻した木綿子が思いきり背伸びをしていた。
が、翼を持たぬ身には一番下の枝さえ遠い。
「せめてもう少し! 身長があれば!」
「これを吊せばいいのか」
懸命に伸び上がる木綿子の手から、ギィがひょいとプレートを取り上げる。
そこには『ギィ先輩が幸せになりますように』と書かれていた。
「これに書くと願いが叶うのか」
「叶います、叶って貰わないと困ります!」
「では俺も、何かを願ってみるか」
願い事は――
ツリーの天辺近く、愛梨沙は細い枝の一本に座って下の様子を眺めていた。
そこでは門木や仲間達が無邪気にはしゃいでいる。
けれど愛梨沙はその中に入っていけなかった。
手には何も書かれていない天使のオーナメント、去年も一昨年も買ったそれと同じものを今年も買ってあった。
「でも……お願い事が思いつかないの……」
記憶を取り戻すのはまだ怖い。
「センセ、ううん兄様にはすでに想い人が居る」
結局は何も書かず、真っ白なままてっぺんにそっと飾った。
「章治兄さま、テリオスさん、そこに並んでください……なの」
雪だるまの前で、シグリッドと一緒に二人を挟んで、はいチーズ。
二人の頭には、りりかから贈られたお揃いのニット帽が乗せられていた。
もっとも、テリオスはものすごく嫌そうな顔をしているけれど。
「お帽子は好きではないの、です?」
「似合わないだろう」
「そんなことないの、とてもよく似合うのです、よ……?」
にっこり微笑むだいまおー様は、主にテリオスを引っ張り回して遊び倒す。
「こうしてたくさん遊んだりして、楽しい事を知ってほしいの…です」
そろそろ「遊びは怖くない」って覚えてくれたかな?
「ねえぱぱ、お腹も膨れたし、ちょっと外に出てみない?」
夜も更けた頃、クリスはミハイルを誘ってみた。
「冬の星空はキンと冴えて綺麗だよ。一緒に見ようよー」
「外は寒いだろ」
大人は寒がり、動きたくないでござる。
「だったらしめりん達も一緒に、それなら寒くないでしょ?」
というわけで炬燵に潜って天体観測。
「大きな樅の木のシルエットと天空のオリオン座、白い吐息でパパやしめりん達と見上げる夜空……特別な奇跡が無くともボクにとっての聖夜なの♪」
「クリスは詩人だな」
そう呟いたミハイルは、ふと呟いた。
「俺達、あと何回こうして一緒にいられるんだろうな……」
「どうしたの、パパ? 急にしんみりしちゃって、おじいちゃんみたい」
「ん、いや……なんとなく、な。俺達は学園を卒業しても家族だからな。俺はそう思っている」
「うん、ずっと家族だよ。ボクがお嫁に行っても、ずっとね」
「嫁に行くのか」
「いつか、多分?」
もしかしたらパパのお嫁さんになる可能性もワンチャン、素粒子レベルくらいには?
少し離れたところでは、シグリッドもしんみりモードになっていた。
「そういえば、章兄にとってのぼくってどういう存在なんでしょう」
「どうした、急に?」
「ちょっと訊いてみたいなって」
これが半分夢みたいなものなら、ダメージもきっと少ない、気がする。
「まさか妹ポジションなんてことは……」
どきどき。
「家族だよ」
門木は迷うそぶりも見せず即座に答えた。
「大切な家族だ」
それ以外の答えを望むなら、残念ながら応えることは出来ない。
「お前の気持ちは、ちゃんとわかってるつもりだ」
けれど、望む答えを返すことは出来ないから。
「だからいつも、はぐらかすような答えになって……」
それが却って相手を傷付けているという可能性に思い至らなかった。
「怖いんだよ、答えを返したらもう二度と会えなくなりそうで」
「そんなことないのですよ」
なでなで、シグリッドは思いきり沈み込んだ門木の頭を撫でる。
届かない言葉を言い続けるのは辛い、けれど、言い続けられる方も決行しんどいのかもしれない。
投げ返すことが出来ないボールは、そこに溜まっていくしかないのだから。
「俺は、ずっとここにいるよ。皆が家族でいてくれる限り、ここにいる」
卒業して、それぞれに独立して、皆がバラバラになったとしても。
「風雲荘を……盆や正月に家族が帰る場所を守り続ける」
たとえ一人になったとしても。
「さて、夜も更けてきたな」
そろそろお開きの時間だと、門木が立ち上がった。
「だいぶ冷えてきましたし、温かい飲み物はいかがですか?」
ヒリュウのデリバリーで、佳槻が皆にホットドリンクを届けて回る。
最後の締めに行われるプレゼント交換は、これで身体を温めながら。
ツリーの根元には、皆で持ち寄ったプレゼントの数々が集められていた。
プレゼントにはそれぞれに番号札が付けられている。
学生番号の若い順にクジを引き、出た数字のプレゼントが貰える仕組みだ。
もし自分が出したものに当たったら、もう一回引き直しになる。
最初にクジを引いた海が当てたのは、リュール提供甘いお菓子の詰め合わせ。
因みに彼の酔いはもうすっかり冷め、通常モードに戻っているようだ。
「次はボクだね」
クリスには猿のマスコットのスノードーム。
「あ、それ私の……」
提供者のシェリーが手を上げる。
「無難な所チョイスしたから問題無いよね?」
「うん、可愛い。ありがとう!」
でも、なんで猿?
「それはほら、来年の干支だから?」
次にクジを引いたミハイルは、強化保証書を引き当てた。
それを出したのは海だ。
「ずいぶん実用的と言うか、堅実なプレゼントだな」
「門木先生のパーティの夢なら強化アイテムがふさわしいような気がして」
なるほど。
次は愛梨沙の番だが……
「いないな、何処に行ったんだ?」
つい先程まで門木に付かず離れず、食事を楽しんだり、しめりん達と遊んだりしていたのに。
「仕方ない、後で探しに行くか」
というわけでひとつ順番を飛ばして、次はりりかの番。
「これは……うさぎさんなの、です?」
「あ、それボクのー」
雪ウサギ人形付き携帯ストラップ、但し雪ウサギは硬い樹脂製だ。
「ふわもこのほうが良かったかな?」
「いいえ、とても可愛いの……ありがとう、です」
「これは、オルゴールですね」
茉祐子の手に渡ったのは、愛梨沙が提供したオルゴール。
蓋を開けるとジングルベルの音楽と共にトナカイの引くソリに乗るサンタが動くギミックが付いている、クリスマスらしい一品だ。
「後できちんとお礼を言わなくてはいけませんね」
シェリーにはチョコレート色の毛糸で編んだトイプードルの編みぐるみ。
「わあ、可愛い!」
「あ、それは私の……」
茉祐子が控えめに手を挙げる。
「これ、自分で作ったの? すごく可愛い、ありがとう!」
えっと、名前つけなきゃ、名前!
リュールが引いたのは、りりか提供にゃんこぬくぬくグッズ詰め合わせ。
カイロ入れやブランケット、もこもこ靴下など全てが猫モチーフ。
シグリッドが、それを涎を垂らさんばかりの勢いでじぃっと見つめているが――
「わかった、後で好きなものを分けてやるから」
だからそんな目で見るな。
そして門木にはミハイル提供、しめりん、ひまわり君、ブリりんのフィギュアセットが。
「どうだ、可愛いだろう」
元の本体を作った本人の手に渡るのも何かの縁、それともクジの神様の悪戯だろうか。
すると残りは愛梨沙の分だが、これは自動的に門木が出したものになるか。
「お、日付が変わったか」
ミハイルが時計を見る。
「クリス、誕生日おめでとう」
「ぱぱとボクの誕生日☆おめでとーありがとー」
二人は先程ヒリュウの給仕さんが届けてくれたホットドリンクで乾杯。
周りの皆も改めて祝いの言葉を贈り、乾杯のグラスを合わせる。
と、そこへ――
「「ミーちゃん、お誕生日おめでとーーー!」」
茶色い声を上げて、招かれざる客が来た。
「キャーこのお姉さん達何っ!?」
クリスが思わず5メートルほど後ろに飛び退く。
「へ? 三兄弟?」
三姉妹じゃなくて?
「いやいやいや。何言ってるか意味不明ー」
クリスはひまわり君達と身を寄せ涙目ガクブル、一方のミハイルは逃げるが勝ちとスキル全開で猛ダッシュ。
だがしかし。
びったーん!
地面から生えて来た無数の触手に足を絡め取られ、ミハイルは顔から地面に叩き付けられる。
「あらヤダせっかくのイケメンが台無しじゃないの!」
「でも大丈夫ヨ、これくらいの傷アタシが愛の力で治してあげるわ!」
ムッキムキの腕に抱え上げられたミハイル、その顔に近付く分厚い唇。
それだけでも結構な悪夢なのに、更にダーク門木が現れてくず鉄ビームを放つ。
ミハイルの装備は上から下まで――勿論ぱんつも、忽ちくず鉄となって雪の上にゴロンと転がった。
危うしミハイル、貞操の危機、いやもう既に万事休す!?
シャッター音が耳に痛い。
「誰だ写メってる奴は! 見るな、データを消せ!」
って言うかこれ夢だよね?
「頼む、夢なら醒めてくれー!」
マッチョなオネェさん達のちゅーの嵐に沈んでいくミハイルの様子を生温かく見守る仲間達。
大丈夫、夢だから。
助けなくてもいいよね、もう手遅れだし(ひどい
「もしこれが夢なら、きっと門木先生も一緒にクリスマスを過ごして欲しかった人たちそれぞれが見ている夢が橋みたいに連なって繋がっているんでしょうね」
目の前で起きている阿鼻叫喚は見なかったことにして、茉祐子が門木に声をかける。
「先生、この夢を辿っていったら、学園まで続いているかもしれませんね」
「面白い事を考えるな」
でも、そうかもしれない。
「そうだと、良いな」
この夢を辿って、目が覚めたら……会いたい人に会えるだろうか。
「……味覚や嗅覚の記憶は他の感覚よりも原初的で残りやすいと言うけれど 」
それを聞いて、佳槻が呟いた。
「夢から覚めて自分の事は忘れても、この味が誰かの記憶に残ったりするのだろうか?」
それを確かめる為にも、そろそろ目覚めなくては。
その頃、愛梨沙はパーティ会場をそっと離れ、ひとり風雲荘の屋根の上で膝を抱えていた。
満点の星を眺めながら、物思いに耽る。
「思い出したい、思い出したくない……怖いよぉ」
と、そこに――
カタカタ、カタ。
二足歩行の小さな猫型ロボットが、温かいお茶を手に持って運んで来た。
それは門木がプレゼント交換に出した、新しい発明品。
見た目も可愛く、組み込まれた知能回路によって人との簡単な会話が可能、そのうえ猫語の通訳も出来るというスグレモノだ。
『あったかくてあまいものは、ココロもポカポカにするにゃん』
うん、さすが夢。
そして戻った現実の世界では――
「章治ー! 俺の財布がピンチだー!」
酒屋のツケが溜まっているのを思い出したミハイルが、門木に泣きついていた。
だがしかし、門木もこのところ連続で依頼を出したせいで、財布の中はすっからかん。
夢の中に戻ってそのまま引き籠もっていれば、そのうちツケもチャラになるのではないだろうか。
さて、財布の危機と貞操の危機、どちらを選びますか?